Krishnamurti Subtitles
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BR76CTM3 - 私は、まさしく根において、完全に変化できるのか。
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| 0:10 クリシュナムルティ(K): 私たちが 止めたところから、始めましょうか。 私たちは、訊ねていたでしょう - なぜ人間たちは、このように生きるのですか。 |
| 0:25 シャインバーグ博士(S): その根は何ですか。 |
| 0:27 K: 騒動、混乱、 そのすべての裏の悲しみ、葛藤、暴力。 多くの人々が、諸問題の 異なった解決法を、提示します - アジアの導師、 世界中の司祭者、 新しい書物、新しい・ ・・ あらゆる人が、新しい解決、新しい方法、 問題の新しい解決法を、提示します。 これはきっと、百万年の間、 つづいてきたと、私は思います。 「これをしなさい。 すると、 あなたはだいじょうぶだろう。 あれをしなさい。 すると、 あなたはだいじょうぶだろう」と しかし何も、人をして、秩序の中に、 幸せに智恵をもって、 生きさせることに、 成功しなかったように、 1:20 見えます - つづいていく、この混沌の 活動の何もなしに、です。 なぜ、人間たちは、 いわゆる教育を受け、 科学的知識すべてを 知っていて - 生物学、社会学、 あらゆる物事が、今、 あらゆる人に、開かれています。 なぜ私たち、人間は、このように生きるのか - このおぞましい悲惨の中に、です。 彼らの幾らかは、意識しています。 彼らの幾らかは、 意識していません。 彼らの幾らかは、言います - 「これは だいじょうぶだよ。 二、三年の間だけだし、私は死ぬだろう。 けっこう良いビジネスだし、 大事なことではない」と。 で、なぜでしょう。 何が・・・ なぜでしょう。 |
| 2:21 S: まあ、私はしばしば言ってきました - まさしく悲しみ、 まさしく騒動、まさしく問題自体が 安全であるから、 彼らはそうするのだ、と。 B: 私は・・・ |
| 2:35 K: それは・・・ |
| 2:37 ボーム博士(B): 私は本当はそうは思いません。 人々はただ、それに慣れてしまうと、私は思います。 |
| 2:38 彼らは、何でも自分が慣れているものが、 ないのを、さびしがるが、 人々は、けんか、闘いに慣れてしまい、 それがないとき、 彼らはそれをさびしがる。 しかし、私の見解では、 それは、なぜそれらが 始まったのかの、 一義的な理由ではない。 |
| 2:54 S: あなたの見解では、 何が一義的な理由ですか。 |
| 2:56 K: それが、私たちが 探検していることです。 |
| 2:58 B: 何が起きても、それに 慣れてしまう、と私は感じます。 しばらくした後、 それに慣れているから、 それがないのが、さびしくなる。 でも、それは、なぜそれが そこにあるかを、説明しません。 |
| 3:05 K: 私は先日、読んでいました - 歴史的に、或る作家が 言っていましたが、 五千年に、五千の戦争が 歴史的にあったのです。 何千の人々が殺され、 何百万が殺され、 女たちは泣きました。 付いてきていますか。 その全体。それでも、 私たちは、つづけています。 |
| 3:26 S: そのとおりです。 私は、同じ経験をしました。 或る時、私は仕事をしていて、 或る人が私に対して、自分は闘うために ヴェトナム(の戦場)へ行きたいと、 言いました - なぜなら、 さもないと、自分の生は毎夜、 バーにあるから、と |
| 3:42 K: 分かります。でも、 それは理由ではない。なぜでしょう。 |
| 3:46 S: それは理由ではないが、 彼らが保つものが、何かある。 私たちは、葛藤と悲しみへ、 取りすがる。 K: 私たちはそれが好きだ、ということですか。 |
| 3:53 S: 私たちがそれを好きだ、ということではない。 |
| 3:55 それはほぼ、それを好きでないのが 好きだ、ということです。 それは、一種の方位づけること、 一種の・ ・・「私は自分の葛藤を 知るなら、自分がどこにいるかを、知る」・・・ |
| 4:08 K: いえ。私たちはみんな、 神経症になったのでしょうか。 |
| 4:11 S: ええ。全部が神経症的です。 |
| 4:16 K: (精神科医の)あなたが、 そう言っていますか。 |
| 4:20 S: ええ。社会の全体が、神経症的です。 |
| 4:25 K: それは、全人類が神経症的だ、 という意味ですか。 |
| 4:30 S: そう思います。これは、 私たちがいつの時も、行う議論です。 社会は、病んでいるのか。 そのとき、社会は病んでいると言うなら - それはあなたの判断ですが - あなたが比較のために 使っている価値は、何なのか。 |
| 4:42 K: それは、あなた自身です - あなたが神経症的です。 |
| 4:44 S: そうです。 |
| 4:46 K: で、あなたが、それに向き合うとき - すなわち、人間たちは、 このように生きるし、 それを、幾千年もの間、 受け入れてきたことに、です。 救い主たちがいました。 導師たちがいました。 教師たちがいました。 そうですね。 けれども、彼らはこのように つづけていく。あなたは、こう言う - 「彼らはみんな半ば 狂っているね。 痴呆化している。 上から下まで、腐敗している」と。 私がやってきて、私たちがやってきて、 なぜかと言う。 |
| 5:27 S: なぜ私たちは、そうするのか。 |
| 5:29 K: なぜですか。 B: なぜ私たちは、狂っているのか。 |
| 5:30 S: なぜ私たちは、それをつづけるのか。 なぜ私たちは、狂っているのか。そうです。 |
| 5:30 私は、自分の子どもたちについて、 そうなっています。 私は、子どもたちへ言います - 「これは病んだ社会だ。 彼らは一週間に五十時間を、 テレビの前で過ごす。 それが、彼らの生全体だ」と。 私の子どもたちは、私を笑います。 彼らの友だちみんなが、 そうしています。 |
| 5:45 K: そうね、それを越えて動くと、 なぜですか。 |
| 5:48 S: なぜか。 それなしでは、何なのか。 |
| 5:52 K: いえ。それなしでは何なのか、ではない。 初めに、なぜか、です。 |
| 5:54 S: それが、私たちがぶち当たるものです。 |
| 5:56 B: いや、それは単に、二次的な効果ですね。 私たちは、今朝言っていたように、 没頭などするために、 それに依存しはじめる、と思います。 ヴェトナム(の戦場)は、 パブの退屈やら 何やらからの解放に、見えるでしょう。 しかし、それは二次的です。 |
| 6:12 K: また、私はヴェトナムへ行ったり、 戦争で戦うとき、 責任すべてが、 私から取り去られます。 他の誰かが責任を持つ - 将軍や・・・ |
| 6:22 S: そうです。 |
| 6:23 B: 昔の日々に、人々は、戦争は 輝かしいものだろうと、 考えたものでした。 大戦が始まったとき、 イギリスであらゆる人が、 大いに昂揚の状態にいました。 |
| 6:30 K: 大いに、です。そのとおり。 |
| 6:31 B: 彼らは、何が待ち構えているかを、 知りませんでした。 |
| 6:33 K: 彼らはみんな、団結しました。 で、なぜでしょう。 |
| 6:43 S: なぜでしょう。 |
| 6:47 K: それは、私たちが間違った道を 行きはじめた、ということですか。 |
| 6:56 S: それは、ほんのその一部分です。 |
| 6:58 K: または・・・ 種(しゅ)は、自分たち自身を殺しません - 動物の種(しゅ)は。 でも、私たちは、互いに殺し合う種なのです。 |
| 7:09 S: そうです。 |
| 7:11 K: で、これら恐怖と悲惨の展望を、見て、 私はとても強く、これを感じます。 なぜなら、 私は、いたるところを旅行するし、 このとてつもない現象が、 つづいているのが、見えるからです - インドで、アメリカで、 ここで、あらゆるところで、です。 私は言います - なぜ人々は、このように 生きるのか、これらの物事を 受け入れるのか、と。 歴史を読んでください・ ・・ 付いてきていますか。 それは、もはや隠蔽されていません。 彼らは、冷笑的になったのです。 すべて、そこにある。 |
| 7:45 S: そのとおりです。 彼らは、冷笑的になっています。 |
| 7:47 B: それについて、何かができるとも、 誰も信じていません。それが一点です。 |
| 7:50 K: そうなんです。 S: そうなんです。 |
| 7:51 K: それは、私たちがそれについて、 何もできないと感じる、ということですか。 |
| 7:52 S: 確かに。 B: それは、古い物語だったんです。 |
| 7:56 人々は、人間の本性は そのようである、と言います。 |
| 7:57 K: けっして変更できない、と。 |
| 8:00 B: ええ。それはまったく新しくない。 |
| 8:01 K: それは新しくない。 |
| 8:03 S: それは確かに真実です - 人々は、 または、私たちは・・・ |
| 8:05 「人々は」と言わないでおきましょう。 私たちは感じます・・・ 今朝、私が言ったように、 これが、そのあり方だ、 これが、私たちの生き方だ、と。 |
| 8:15 K: 知っています。でも、なぜあなたは、 それを変化させないのですか。 |
| 8:20 S: なぜ私たちは、それを変化させないのか。 |
| 8:27 K: あなたは、自分の息子が 五十時間、テレビを見ているのが、見える。 自分の息子がヴェトナム(の戦場)へ 行ってしまうのが、見える。 殺され、不具にされ、盲目になる。 何のためですか。 |
| 8:41 S: そうです。 |
| 8:43 K: すみません。 平和主義者たちが、いました。 戦争を売り歩く者たちが、いました。 |
| 8:54 B: 多くの人々は、言ってきました - 「私たちは、人間の本性がこのようであるのを 受け入れない。 私たちはそれを変化させようと しよう」と。それは働きませんでした。 で、多くの人々は、そうしました。 ですね? 共産主義者は、それを試してきました。 社会主義者は、それを試してきました。 他の幾らかは、それを試してきました。 |
| 9:07 K: ユートピア論者。 |
| 9:08 B: ユートピア論者・・・それほど多くの 悪い経験が、あったんです。 それはすべて、人間の本性は変化しない との観念に、付け加わります。 |
| 9:14 K: 変化しない、と。 |
| 9:16 S: そうね、フロイトがやってきたとき、 フロイトは、自分の研究を行いました。 彼は、心理分析は人々を変化させるためだ、と けっして言いませんでした。 彼は、私たちは人々について 研究できるだけだ、と言いました。 |
| 9:25 K: 私はそれに興味がない。知っています。 私は、フロイトを読まなくていい。 または、ユングや、あなたや、誰をも、です。 それは、私の真ん前にある。 |
| 9:32 S: そうです。で、言いましょう・・・ それは良い。 私たちは、これを知っている。 私たちは、 人々について、この事実を知っている。 私たちはまた、物質の事実をも 知っている。 彼らはそれを、変化させようとしない。 |
| 9:45 K: で、何が、彼らを阻止していますか。 |
| 9:46 S: それが疑問です。 それは、もう一つの事実です。 |
| 9:49 B: 人々は、多くの事例で、それを 変化させようとしてきましたが・・・ |
| 9:51 S: いいです。でも、今、彼らは それを変化させようしない、と言いましょう。 |
| 9:54 K: 彼らは、アシュラムへ行く。 彼らは・・・ 一ダースの道で、彼らは 変化しようとしてきました。 でも、本質的に、彼らは同じです。 |
| 10:01 B: 人々は、人間の本性を どう変化させるかを、 見出せないと、私は思います。 |
| 10:05 K: そうなのですか。 |
| 10:06 B: 少なくとも、まあ、どんな方法でも 試されてきたのは、全面的に・・・ |
| 10:10 S: そうなんですか。または、 それが事実ですか - 彼らがそれを変化させたい さまの本性こそが、 その過程自体の一部である、と。 K: それが、彼が言っていることです。 |
| 10:16 S: いえ、彼は・・・ |
| 10:17 B: まあ、いや、私は、どちらも 言っています。第一の点は、 |
| 10:18 人々が何を試してきたのも、 理解により、 導かれてこなかった、 ということです - 人間の本性への正確な理解によって、です。 |
| 10:28 S: で、それは、まさにこの過程自体により、 導かれています - 不正確さ、です。 |
| 10:32 B: ええ。マルクス主義者を、 取ってみましょう - 彼らは、 人間の本性は、改善できるが、 経済的、社会的な構造全体が 変更されたときだけだ、と言います。 K: 変更できたとき。 |
| 10:40 B: でも、そのとき・・・ |
| 10:41 K: 彼らは、それを変更しようと してきましたが、人間の本性は、同じままです。 |
| 10:42 B: 彼らはそれを変更できません。 人間の本性はこうであり、 |
| 10:44 彼らは本当に、それを 変更できないからです。 |
| 10:49 K: 彼らは、階級社会を 持ってしまっています。 彼らは、戦争なしだ、と始めました。 そうね・・・ |
| 10:53 S: でも、彼らは、 機械的な変化を起こすために、 機械的な道を、使っています。 |
| 10:57 K: 見てください。あなたを、あなた自身を 取ってみてください。個人的になって、すみません。 あなたが気にされないなら、です。 あなたは餌食です! |
| 11:04 S: 私は餌食になりましょう。 がっちり、やってください。 |
| 11:06 K: なぜあなたは、変化しないのですか。 |
| 11:09 S: まあ、私は・・・ K: いえ!説明をしないでください。 |
| 11:12 S: まあ、その感じは、・・・ |
| 11:15 その即時の感じは、 ・・・まだある、 それがある、というものです。 私は言うべきだったと 思うんですが、 或る種の虚偽の安全、 断片化が、ある、と。 断片化より得られる、即時の楽しみ、です。 言い換えると、いまだに、 その断片化の動きが、ある。 そのようにして、変化がないんです。 全体が見えていないんです。 |
| 11:54 K: あなたがそう仰るのなら、 こう仰っていますか - 経済的行為、 宗教的行為、社会的行為は、 すべて分離し、 すべて、ほぼ互いに戦っていて、 私たちはそれである。 |
| 12:14 S: そうです。 |
| 12:15 K: それが、仰っていることですか。 S: ええ。私はそう言っています。 |
| 12:17 私はそれから、何かを取り戻しつづけます。 私たちは、これらから、 これら即時の楽しみや 失敗、挫折を、得ます。 |
| 12:29 K: それよりはるかに深い主題が、 あるのです。 |
| 12:32 S: もっとある。私の即時の応答は、 なぜ私は変化しないのか、です。 私が全体を見るのを、妨げるのは、 何でしょうか。 分かりません。 私は、一種の感じを、持ちつづけます - 私は何かを得つつある、と。 私は、変化しないことより、 何かを得つつある。 |
| 12:56 K: いえ、いえ。それは、変化したいと願い、 変化の様式を定める実体ですか。 ゆえに、様式は、違った色のもと、 いつも同じです。 話が明らかになっているのか どうか、分かりません。 |
| 13:16 S: それを、別の形で言ってもらえますか。 |
| 13:19 K: 私は変化したい。 私は、何が変化するのか、 どうこの変化をもたらすのかを、 すっかり計画します。 計画者はいつも同じです。 |
| 13:33 S: そのとおりです。 |
| 13:36 K: でも、様式は変化する。 |
| 13:38 S: そのとおりです。ええ。私は、 自分が欲しいもののイメージを、持っています。 |
| 13:43 K: いいえ。様式は変化します。 でも、変化したい私が、 変化の様式を、創り出す。 |
| 13:50 S: ええ、そのとおりです。 |
| 13:52 K: ゆえに、私は古いものであり、 様式は新しいものですが、 古いものは、いつも、 新しいものを、征服しつつある。 |
| 13:58 S: そうです。 |
| 14:01 B: でも、もちろん、私はそうするとき、 自分は古いものだと、感じません。 |
| 14:04 K: もちろんです。 |
| 14:05 B: 私は、自分は新しいものだ、 と感じます。 |
| 14:06 S: 「私は、新しいアイディアを得た」と。 |
| 14:09 B: しかし、私は本当に、自分が その古いもの - 自分が変化させたいもの - に、 関与していると、感じません。 |
| 14:13 K: ちょうど今、昼食の後、 あなたは言っていました・・・ あのもの、カバラです。 新しい体系があります。 |
| 14:18 B: ええ。 |
| 14:19 K: 例えば、あなたは、これを研究するなら、 変容するでしょう、と。 |
| 14:22 S: そのとおりです。 |
| 14:23 K: これは、一億回、言われてきました - 「これをしなさい。 すると、 あなたは変容するだろう」と。 彼らは、そうしようとしますが、 中心は、いつも同じです。 |
| 14:32 B: でも、それをする各人が、 それはかつて 起きたことがないと、感じます。 |
| 14:36 K: ええ。 あの書物をとおした私の経験は、 全然違っている、と。 でも、経験者は、同じ古い自己です。 |
| 14:46 S: そうです。同じ古いもの。 |
| 14:50 K: それが、その根本原因の一つだ、 と私は思います。 |
| 14:53 S: ええ、ええ。 |
| 14:54 B: それは一種、手品の手管です - 面倒を起こしているものが、 それにより、一種、 地位へ収まるんです。 まるで、それが、変化を起こそうと しているものであるかのように、です。 そうね、それは欺瞞です。 |
| 15:08 K: 私は、「私はあれを変化させよう、 あれになろうとしている」と 言うことにより、いつの時も、 自分自身を欺瞞しています。 そのとき、それが働かないなら、 などなど、と。 そういうことですか。 |
| 15:22 S: それは、取りかかりはじめています。 |
| 15:24 K: いえ、いえ。あなた自身を見て、 「そういうことなのか」と言ってください。 ヒンドゥーのものを読むと・ ・・ ちょっと待ってください。 ヒンドゥーや何かの書物、です。 |
| 15:34 S: ええ。 |
| 15:35 K: そして、「ええ、それは 何と真実なのか」と言う。 「私は、それに沿って生きよう」と。 しかし、それに沿って 生きようとしている「私」は、 同じ古い「私」です。 |
| 15:44 S: そうです。でも、 私たちは、これに突き当たって・・・ 私は、例えば、患者について、 治療法の体系すべては・ ・・ 患者は言うでしょう - 医師は、自分を助けてくれる人に なるだろう、と。 それから、 分かるのですが、その医師は・・・ |
| 16:03 K: 自分に似ている、と。 |
| 16:05 S: 自分に似ているとか、自分を助けて くれないだろう。そのとき・・・ 彼らは良くなるはずですし、 彼らは元気になるはずですが、 実は彼らは、けっして その中心的な主題に 触れたことがない。 すなわち、 「私は、誰かが 助けてくれると思った」と。 そのとき彼らは、他の何かへ行く。 彼らのほとんどが、 別の理論へ行く。 |
| 16:23 K: 別の導師へ。 |
| 16:24 S: 別の導師、別種類のものへ、です - それが、精神の導師でも、です。 |
| 16:27 K: この午後、ここに或る人がいて、 新しい導師や、古い導師について 話していました。 それはすべて、同じ古いものです。 |
| 16:39 S: あなたは本当に、主題、事実を 取りかかろうとしています - すなわち、 根本は、何かが あなたを助けられる、 というこの信念です。 |
| 16:47 K: いえ、いえ。 根本は、同じままに留まります。 私たちは、枝を刈り取ります。 |
| 16:55 B: 根本は、何か見えないものだ、 と私は思います。 私たちはそれを、 見ているはずの人の 地位に、置くからです。 |
| 17:01 K: ええ。 |
| 17:03 S: それをもう一つの道と言う。 |
| 17:05 B: それは、一種、奇術の仕掛けです。 私たちは、根本が見えません。 なぜなら、根本は、 根本を探しているだろう誰かの 地位へ、入れられるからです。 お分かりになるのか、私は知りませんが。 |
| 17:16 K: ええ。根本は、 「私は根本を探している」と言う。 |
| 17:20 B: それは、「私は自分の眼鏡を探している」 と言うが、それを掛けている人に、 似ています。 |
| 17:24 S: または、あのスーフィーに物語に似ています。 「私は鍵を探している」といい、 「私はこちらで鍵を探している」という人です。 物語をご存じですか。 スーフィー、その人がやってきて、 その人は、電灯の柱のもとで、 這いつくばって、探している。 或る人がやってきて、「そこで 何をやっているんですか」と言う。 「私は鍵を探している」、 「ここでそれをなくしたのか」、 「いや、あちらでなくした。 でも、こちらのほうが、明るい」と。(笑) |
| 17:48 B: 私たちは、他の部分へ 光を投げかけます。 |
| 17:53 K: そうです。で、 私は、変化したいのなら・・・ なぜなら、私はそのように 生きたくないからです。 私は誰にも、従いたくありません。 なぜなら、彼らはみんな、 残りの連中に、似ているからです。 私は、これらにおいて、 どんな権威をも、受け入れません。 |
| 18:12 S: ええ。 |
| 18:15 K: 私が混乱しているときのみ、 権威は生じます。 |
| 18:18 私が無秩序にいるときのみ、です。 S: そのとおりです。 |
| 18:20 K: それで私は言います - 私は まさに根本で、完全に変化できるのか。 |
| 18:21 B: それを見ましょう。 あなたは「私」と仰っているから、 |
| 18:29 言語に混乱があるように、見えます。 なぜなら、「私」と言うことは・・・ |
| 18:36 K: 言語の混乱です。 |
| 18:38 B: それは、難しくなります。なぜなら、 「私は変化しようとしている」と言うからです。 「私」というのは、どういう意味か、明らかでない。 |
| 18:43 K: 「私」は根本です。 |
| 18:45 B: 「私」は根本です。で、どうし 「私」は変化できますか。 |
| 18:47 K: それが、全部の論点です。 |
| 18:49 B: 言語は、混乱させます。 なぜなら、「私は、根本で 変化しなければならない」と言うが、 私が根本であるからです。 K: ええ。 |
| 18:55 B: で、何が起きようとしていますか。 |
| 18:56 S: ええ、何が起きようとしていますか。 |
| 18:58 K: いえ。私はどうすれば、 私でないことになるのか。 |
| 19:00 S: それが疑問です。 B: それは、どういう意味ですか。 |
| 19:05 S: 私はどうやって、私でないことになるのか。 でも、一分間、巻き戻しましょう。 |
| 19:08 あなたは、どんな権威をも 受け入れないだろう、と述べられます。 |
| 19:11 K: 誰が私の権威ですか。誰ですか。 |
| 19:22 彼らはみんな、私に、「これをしろ。 あれをしろ。他をしろ」 と語ってきました。 「この本を読みなさい。 すると、あなたは変化するだろう。 この体系に従いなさい、 あなたは変化するだろう。 自身を神と同一視しなさい、 あなたは変化するだろう」と。 でも私は、まさに、前に そうだったとおりに、留まります - 悲しみの中、悲惨の中、 混乱の中、 助けを探している。 私は、自分に一番合う助けを、 選びます。 |
| 19:53 S: ここで一分間、止まれるでしょうか。 あなたは、何と仰るでしょうか。 私は、精神医学について、 何かを言いました。 私は、できるなら、何か率直なものを 得たいと思います。 この理論全体が、あります。 導師たちは、それを持っています。 彼らは、 それについて話をしないが、それを持っています。 精神医学すべてに、あります。 それは理論です - 私が権威とともにやっていくと、 私が自分の権威への中毒が、 見えるところまで、ですが、 そのとき私は、権威から自由になるでしょう。 それは分かりますか。 |
| 20:19 K: ええ。共産主義者は、言います - 「自由は、良き規律の終わりに、来る。 規律は、私があなたに語ることである」と。 |
| 20:27 B: ええ、その終わりには、 プロレタリアート(無産階級)の 独裁が、ある。 |
| 20:31 S: そうです。言い換えると、 自分自身を譲り渡すことにより、 私は自分の過誤を、発見するだろう。 さて、あなたは、それについて 何を言いたいですか。 |
| 20:41 B: それは明白でないですか。 |
| 20:43 S: そうです。私が同じことを しているのは、明白です。 それから私は、 この権威の失敗が、見えます。 でも、そこには、定説がある - すなわち、私が権威に従う 特定のことが、見えるなら、 そのとき、根本において、 普遍的なことが、見えるでしょう。 |
| 21:01 B: でも、なぜあなたは、権威を見るために、 権威へ従わなくてはいけないか。 これが、疑問の一つです。 あなたは、自己欺瞞を理解するために、 自分自身を欺瞞しなくては いけませんか。(笑) |
| 21:18 K: そうです。 で、人間は、自らの存在の まさに根において、 変化することは、可能でしょうか。 彼らは、様々な道を試してきました - 禅。 そうですね? 人を変化させるための 十もの違った道、多数の違った道 - 彼に褒美を与え、 彼を処罰し、彼に約束して、です。 何も、変化させなかった。 この奇跡的変化を、もたらしてこなかった。 それは、奇跡的な変化です。 |
| 21:57 S: そうでしょうね。ええ、ええ。 |
| 22:00 K: そうです。誰もがみな、約束します - これを しなさい、あれをしなさい、他をしなさい、と。 |
| 22:05 S: そうです。 |
| 22:07 K: 私のような人、私たちがやってきて、言います - 「いいかい、私はどんな権威をも 受け入れたくない」と。 |
| 22:14 S: そうです。 |
| 22:16 K: なぜなら、あなたは、あらゆる人を、誤って 導いてきたからです - すべての権威が、です。 |
| 22:22 S: 権威は・・・ K: ・・・それ自体が無秩序です。 |
| 22:24 S: そうです。 |
| 22:26 K: 人間たちが、無秩序の中にいるから、 権威は存在しています。 |
| 22:28 無秩序が、それらを創り出してきました。 明晰さが、ではなく、慈悲が、ではなく、 全然違った何かが、ではない。 無秩序が、それらを創り出してきました。 で、なぜ私は、それらに 従うべきでしょうか。 彼らは約束するけれども - これをしなさい、 この道に沿って 自己を修練しなさい、究極的に あなたは自由になるだろう、と。 私は、そのすべてを拒絶します。 智恵をもって、です。 なぜなら、私は見えるからです。 それは、気難しい拒絶ではありません。 それは、合理的な健全な拒絶です。 で、私はどのように、前進しますか。 私は、生きるための 五十年を、持っています。 私は、未来について、知りません。 たぶん、 私は見出すでしょうが、私は、 適切に生きるための五十年を、持っています。 正確な行為とは、何でしょうか。 |
| 23:36 S: 適切に生きるための、 正確な行為は、何でしょうか。 |
| 23:40 K: それがすべてです。健全であること! S: 健全であること。 |
| 23:42 K: 神経症的でないこと。 |
| 23:44 誰が私に、語るのでしょうか。 共産主義者ですか。マルクスですか。レーニンですか。 毛沢東ですか。 教皇ですか。または、 地元の司祭者ですか。誰が、私に語るのでしょうか。 なぜなら、彼らもまた、 正しく行為しないからです。 |
| 24:12 S: 私たちには、一個の 人々の集団が、います - 自分たちは、あなたに語るだろう、と 言わない人たち、です。 「自分がどう、私に従うかを、見なさい」 と言う、一個の人々の集団、です。 「あなたが私に従うなら、 私に従う自分の傾向を、見なさい」と。 K: ええ、ええ。 |
| 24:27 B: それは理解できます。 |
| 24:28 S: 自己欺瞞の事柄です。 |
| 24:29 自分の自己欺瞞を見抜くこと。 |
| 24:34 B: それは本当に、ありえない芸当です。 なぜなら、「私に従って、 自己を欺瞞しなさい」と言うなら、 あなたは真正に、自己を欺瞞しつつあり、 見えないからです。 |
| 24:41 S: そのとおりです。でも、定説は、 自分自身を欺瞞するなら、 自己欺瞞への自分の傾向が 見えるだろう、ということです - 見えないものが、です。 |
| 24:49 B: でも、それは、権威に ちがいありません。なぜなら、 私が自己を欺瞞するなら、 自己を欺瞞するのを、見抜くだろう、 と言うことは、意味をなさないからです。 自己欺瞞の要点は、 私は、本当にそれを、正しく やっているなら、自分が 何をしているかを、知らない、というものです。 |
| 25:01 S: そうです。 |
| 25:02 B: ゆえに、あなたはどうして、私に対して 自分自身を欺瞞することにより、自己欺瞞を 見抜けると、保証しますか。 |
| 25:07 S: 私は、あなたのをとおして、 あなたに示そうとしているからです・・・ 私は参加しないでしょう。 私はここにいるでしょうし、あなたは、 自分自身を欺瞞しようとしています。 そのときあなたは、この権威が 作用中なのが、見えるでしょう - 自分は権威が必要なさまが、です。 |
| 25:18 K: あなたは、グループ療法について、 話しています。 |
| 25:20 S: そうです。私は、一種の 心理療法について、話しています。 |
| 25:23 B: なぜ私は、自己欺瞞を見るために、 それらを経ていかなくてはいけないのか。 そうね、それは明らかではない。 |
| 25:29 S: ええ、それは明らかではない。でも、 それは唯一つの道です。言い換えると、 あなたは絶望的に、必要としている。 あなたは絶望的に、私が必要です。 |
| 25:36 K: 私はあなたが必要でない! |
| 25:37 S: でも、彼はそうです。 |
| 25:40 K: それは根源的に、 間違っています。 |
| 25:42 B: 私は権威を、受け入れつつある。ですね? |
| 25:45 S: ええ。あなたは根源的に・・・ そのとおりです。 彼は根源的に、間違っている。 ここで彼は・・・ 彼は根源的に、間違っている! |
| 25:50 K: 彼へそれを言いなさい! |
| 25:51 S: あなたは根源的に、間違っている。 彼は、話を聞きませんでした。 |
| 25:54 K: ええ。彼があなたへ訴えるのを、 許してはいけません。 |
| 26:01 S: この不条理の中で戯れるのを 止めなさい、ということです。 |
| 26:05 K: 私はあなたを、助けられません。 S: 私はあなたを、助けられません。 |
| 26:06 K: なぜなら、私はあなたに似ているからです。 B: 私はよそへ、商売を持って行くでしょう! |
| 26:08 S: 彼は、よそへ行くでしょう。 |
| 26:09 K: もしも誰もがみな、「私はあなたを、 助けられない」と言ったなら、 |
| 26:11 あなたは自分自身、それを しなくてはいけない。自分自身を見つめる。 |
| 26:13 そのとき、全部のことが、 作用しはじめています。 |
| 26:22 S: そうです。でも、全部のことが、 そのようには働きません。 二、三ドルのために、進んで 彼を欺瞞しようとする、 人々が、たくさんいるでしょう。 |
| 26:29 K: 彼らがみんな神経症の人々であるのを、 私たちは知っています。 ここに、或る人が、います - 「私は神経症です。 私は、健全になるために、 他の神経症の誰へも、 行かないでしょう」と言う人、です。 分かります。で、彼は何をしますか。 彼は、どんな権威をも 受け入れません。 なぜなら、私は、自分の無秩序の中から、 権威を創り出してきたからです。 |
| 26:59 B: ええ。それは単に、誰かが、 何をすべきかを知っている、という望みです。 |
| 27:02 K: ええ。 |
| 27:03 B: なぜなら、私は、この混沌は自分にとって 大きすぎると感じるし、他の誰かが、 何をすべきかを私に語れると、 ただ想定するからです。 でも、それは、この混乱の中から 出てきます。言い換えると・・・ |
| 27:12 S: ええ、無秩序が権威を創り出す。 |
| 27:15 B: 権威を、です。ええ。 |
| 27:16 K: もちろんです。(ここの)学校で、 私は言ってきました - あなたが適切に振るまうなら、権威はない。 私たちみんなが同意してきた振るまい、 時間厳守、清潔さ、これやあれ。 あなたは、本当にそれが見えるなら、 何の権威をも持たない、と。 |
| 27:37 S: ええ、それは分かります。 それは要点だ、と私は思います。 無秩序自体が、権威への必要を創り出す。 |
| 27:45 K: インドで起きてきたことを、見てください。 (イタリアの)ムッソリーニは、完璧な実例です。 (ストライキがなく)列車は適切に走った。(笑) |
| 27:51 B: それは実際には、 権威への必要を、創り出しません。 それは、人々の間に、 無秩序を是正するために権威が 必要だとの印象を、創り出します。 そのほうが、正確でしょう。 |
| 27:59 K: そうです。 |
| 28:00 B: なぜなら、権威は - 彼らは、まったくそれが必要でない。 なぜなら、それはただ、 破壊的であるからです。 |
| 28:04 S: そうです。そうです。 |
| 28:08 K: で、そこから始めましょう。 私はこれらを拒絶します - 狂って不健全なのではない。 権威の拒絶において、 私は、とても健全になったのです。 私は、健全になりかけています。 |
| 28:26 K: で、私は言います - 私は、自分が神経症で あるのを、知っている、と。人間は言います - 私は知っている。 今、私は何をしようか、と。 私の生において、何が 正確な行為でしょうか。 私は、神経症であって、 いったい、それを見つけられますか。 私は見つけられません。 で、私は、何が正しい行為かを、 訊ねないでしょう。 私は今、言うでしょう - 私は、自分の精神を、 神経症なのより、 自由にできますか。 それは可能ですか、と。 私は、(巡礼に)エルサレムへ行かないでしょう。 そうね、私は、ローマへ行かないでしょう。 私は、新しい(ニューヨーク市) パーク・ アヴェニューの医師へも、 行かないでしょう。誰へも、です。 |
| 29:12 S: そうです。 |
| 29:16 なぜなら、私は今、 とても真剣であるからです。 私は死ぬほど真剣です。 これは、私の生であるからです。 |
| 29:21 S: そうです。 |
| 29:22 B: でも、そのとき、あなたは、 真剣でなくてはいけません。 そのとき、あなたは言われました - 逃避するための無量の圧迫にもかかわらず・・・ |
| 29:27 K: 私はそうしないでしょう。 |
| 29:29 B: あなたは、そうしないでしょう。 でも、この連結点では、 たぶん、逃避へ向かう、 強烈な圧迫があるのを、 感じるだろう、と、私は言っています - これはあまりにすぎる、と言って、です。 |
| 29:37 K: いえ。何が起きるかは、見えますよ。 |
| 29:40 S: 実際にそれは、起きることではない。 B: なぜですか。 |
| 29:41 K: 私は、権威を拒絶するとき、 はるかに多くのエネルギーを、持ちます。 |
| 29:42 S: ものすごいエネルギー、です。 |
| 29:45 B: ええ。権威を拒絶するなら、です。 |
| 29:46 K: なぜなら、私は今、自分自身で 見出すよう、集中しているからです。 |
| 29:48 S: そのとおりです。 それが、起きることです。 |
| 29:51 私は、誰をも頼りにしていません。 |
| 29:53 S: 言い換えると、そのとき私は素で、 |
| 29:55 「有るもの」へ、開いていなくてはいけません - それが、私が持っているすべてです。 |
| 30:03 K: で、私は何を、するのでしょうか。 |
| 30:05 S: 私はいつ、素で、 「有るもの」へ開いていますか。 |
| 30:07 K: 開いているのではない。ここに、 人間がいて、これらに捕らわれている。 彼は何を、するのでしょうか - 権威なし。 社会の規律は不道徳であるのを 知って、です。ですね? |
| 30:29 S: そのとき、強烈な鋭敏さがある。 |
| 30:32 K: いえ。私に語ってください。 語ってください - あなたは医師です。 私が何をすべきかを、語ってください。 私は、あなたを拒絶します。 |
| 30:38 S: そうです。 |
| 30:40 K: なぜなら、あなたは、私の医師ではない、 あなたは、私の権威ではないからです。 |
| 30:43 S: そうです。 |
| 30:44 K: あなたは私に、何をすべきかを、語りません。 あなたは、混乱しているからです。 |
| 30:48 S: そうです。 |
| 30:49 K: で、あなたは、何をすべきかを、 私へ語る権利を、持っていません。 |
| 30:51 S: そうです。 |
| 30:54 K: で、私は、友だちとして、 あなたのところへ来て、 「見出しましょう」と言う。 あなたは 真剣であり、私は真剣であるからです。 S: そのとおりです。 |
| 31:00 K: どうかを、見ましょう・・・ |
| 31:01 S: ・・・私たちは一緒に働ける・・・ |
| 31:02 K: いえ、いえ。気をつけてください。 私は一緒に働いていません。 |
| 31:05 S: あなたは一緒に、 働こうとしていませんか。 |
| 31:09 K: いいえ。私たちは、ともに 究明しています。 |
| 31:11 S: 一緒に究明している。 いいです。そう呼ばないでおきましょう。 |
| 31:13 K: いいえ。一緒に働くとは、 協働を意味しています。 |
| 31:16 S: そうです。 |
| 31:20 K: 私は協働していません。 私は、あなたは私に似ている、と言います。 |
| 31:22 私たちは、何と協働すべきなのですか。 |
| 31:29 S: 協働して究明したくないのですか。 |
| 31:31 K: いいえ。なぜなら、あなたは私に似ていて・・・ S: そのとおりです。 |
| 31:34 K: ・・・混乱し、悲惨で、不幸せで、 神経症であるからです。 |
| 31:36 S: そうです。そうです。 |
| 31:40 K: で、私は言います - 私は どうして、協働できますか、と。 |
| 31:42 私たちは、神経症において、 協働できるだけです。 |
| 31:48 S: そのとおりです。仰るのは、 私たちは本質的に、自己欺瞞をするために、 結託するだろう、と。 で、私たちは、何をしようとしていますか。 |
| 31:56 K: で、私たちは一緒に究明できますか。 |
| 31:59 S: それは、とても興味深い疑問です。 それはできますか。 私たちは、どちらも神経症であるなら、 どうして一緒に究明できますか。 |
| 32:05 K: いいえ。で、私は言います - 「ほら、私は 初めに、どの形で自分が 神経症なのかを、見ようとしています」と。 |
| 32:13 S: いいですよ。それを見つめましょう。 |
| 32:16 K: ええ、それを見つめてください。 どんな形で私は、神経症なのか。 一人の人間 - ニューヨークから来た人か、 または、東京や デリーやモスクワや、 どこからであっても、です。 彼は言います - 「私は、自分が 神経症であるのを、知っています。 社会は神経症です。 指導者たちは 神経症です。私は一部分で・・・ 私は世界ですし、世界は私です」と。 だから、私は誰をも、頼れません。 それが何を与えるのかを、 見てください。それで、どうなりますか。 |
| 32:49 S: それで本当に、あなたは、 まっすぐ真ん前に置かれます。 |
| 32:54 K: それはあなたに、 ものすごい誠実さの感覚を、与えます。 |
| 32:59 S: そうです。あなたは、ボールを手にしている。 今、それをもって、走れ、と。 |
| 33:12 K: さて、私は - 私は一人の人間です - 私は、自分の神経症的な物事を、 見つめられますか。 私の神経症を見ることは、可能でしょうか。 神経症とは何でしょうか。 何が、私を神経症にしますか。 私の中へ入れられてきた物事すべて - これらを収集してきた「私」 という意味で、私の中へ、です。 それらが「私」を作ります。 私の意識は、それらを 空っぽにできますか。 |
| 33:46 S: あなたの意識は、それですが。 |
| 33:51 K: もちろんです。 B: それだけですか。 |
| 33:53 K: 当分の間、私はそれに制限しています。 |
| 33:54 S: それが私の意識です。 |
| 33:57 私の断片化、私の思考の まさにその増殖が、私の神経症です。 「私は、これについて、何をしようか。 私はここで、何をしようか。 私はどこで、これを得ようか。 私はそこで、何をしようか。 または、私はどうやって・ ・・」と。 この「私」は、これら断片の 増殖の中から、作られている、 っていうことです。ですね? |
| 34:26 K: もちろんです。でも、これはまた ものすごい問いを意味しています。 付いてきていますか。 私は・ ・・ 人の意識は、五百万年、 千万年前に始まりましたが、 その中へ入れられてきた 物事すべてとともに、 始まりから、世代から世代、 世代から世代へ、今まで、です。 あなたは、訊ねています - そのすべては神経症的ですよね。 そのすべては、断片化した集積です。 あなたは、一時にそれらの一つを取り、 それを見つめられますか。 または、その全体を取り、 見つめられますか。 |
| 35:16 S: ええ。あなたは、その全体を 取って、見つめられますか - それは明らかでない。 あなたはどのように、 その全体を取って、見つめられますか。 |
| 35:24 B: そこでは、言語の問題に見えます。 なぜなら、あなたは言われる・・・ もしあなたがそれであるなら、 あなたはどうやって、それを見つめるべきですか。 |
| 35:33 K: 私は一分間で、それを示しましょう。 私たちはそれに入るでしょう。 |
| 35:35 B: いえ。私がいうのは、それを 述べる困難である、ということでした。 |
| 35:39 K: 分かります - それを述べることは、ね。 それは言語的です。そうね、 言葉は間違っています。分かりますか。 |
| 35:44 B: ええ、言葉は間違っています。 |
| 35:45 S: 言葉は、まさにこの体系により 作られるからです。 |
| 35:48 B: で、私たちはこれらの言葉を、 あまりに文字通りに取るべきではない。 |
| 35:50 K: もちろんです。 あまりに文字通りに、ではない。 |
| 35:52 B: 私たちは、言葉は柔軟に使える、 と言えるでしょうか。 |
| 35:54 S: そうです。さて、それは良い点です。 |
| 35:56 K: いえ。言葉はそのものではない。 |
| 35:58 S: そのとおりです。言葉は そのものではない。でも、言葉は、 それ自体より、はるかに 大きな何かを、指しています。 |
| 36:03 K: いえ。言葉はそのものではない。 それは、大きなことなのか、 小さなことなのかもしれませんが、 言葉はそれではない。 |
| 36:09 S: それではない。 |
| 36:10 B: ええ。でも、私たちは言葉を使っているし、 問いは、私たちはどうやって それらを理解すべきなのか、です。そうね、 それらは、私たちが話していることへ・・・ |
| 36:16 K: ・・・障害です。全くです。 |
| 36:18 B: ・・・何らかの形で、手がかりです。 言葉についての面倒は、私たちの それらの取り方のように、 私には思えます。 私たちは、それらが、しっかり固定した 何かを、意味すると、取ります。 |
| 36:28 K: ・・・これは椅子だ、と。 |
| 36:29 B: ・・・これはまさしく椅子だ、と言うように。 私の意識は、ただそうです。 私は神経症です。ゆえに、私たちは それを、しっかり固定していると、取ります。 |
| 36:38 K: それは動いています。それは微妙です。 それは、はるかに・・・ |
| 36:41 B: それは、動いていて変化している。ゆえに 正しくは、「私は神経症である」とか、 「私は神経症でない」とかを、言えません。 |
| 36:46 K: それは常に、流転しています。 |
| 36:48 S: でも、彼は、何かより大きなことを、 言っています。 それは事実ですが、 私たちが究明しているものそのものは、 - 私たちがそのものとして、 言葉を使うさまなんですが - 私たちが究明しつつある、 まさに動きである、と。 それが意識です。 |
| 37:06 K: そうなんです。もう一度、 それを繰り返してもらえるでしょうか。 |
| 37:09 S: ええ。意識により、 言葉がそのものとして 見られるという その行為こそは・ ・・ まさにその動きこそが、私たちが 究明しなければならないものです。 K: ええ、もちろんです。 |
| 37:21 B: ええ。 |
| 37:22 K: さて、あなたは、言葉なしに それを見つめられますか。 |
| 37:23 それは可能ですか。 言葉はそのものではない。 言葉は思考です。 人間として、私は、 自分が神経症だ、と 悟ります - 私は信じる、 私は結論に、記憶に生きる、 という意味で、神経症です。 それらはすべて、 神経症的な過程です。 言葉、映像と実在に、です。 私は信じています! |
| 38:05 S: それが、あなたの生き方です。 |
| 38:08 K: 私の信念は、きわめて実在します。 それは、幻影なのかもしれません。 信念すべては、幻影ですが、 私が強くそうだと信じているから、 それらは、私にとって実在します。 |
| 38:18 S: そうです。それらは、 あなたにとって、きわめて実在しています。 |
| 38:22 K: きわめて、です。で、私は、 信念の本性を、見つめられますか。 それがどう生ずるかを、 見つめられますか。 |
| 38:32 S: 私が世の中で、 どう生きているかを、見つめる。 そこで私は、言葉はそのものだとの 信念の罠に、掛かっている。 その動きを見つめる。 |
| 38:41 K: それを拡大しないでください。 私は理解できます。ただ見てください。 あなたは、信念を持っているでしょう。 |
| 38:44 S: ああ、持っています。 |
| 38:46 K: さて、それを見つめてください。 それを見つめられますか。 |
| 38:51 S: 私は見ました - 今朝、私たちは、 信念は医師であるとの 事実について、話していました - 言葉、もの、です。 |
| 38:57 K: それを拡大しないでください。 あなたは、自分が信念を持っているとの 事実を、見つめられますか。 それが何であっても、です。 神・・・ 国家は、最も重要なものです。 または、何であっても、です。 |
| 39:13 S: そうです。 |
| 39:14 K: マルクスは最新の神です。または、 毛沢東などなどは、です。 |
| 39:23 S: でも、私は、それが真実だと 信じています。 |
| 39:26 K: いえ、いえ。あなたは、 その信念を見つめられますか。 |
| 39:32 S: 事実としてではなく、 信念として、です。 |
| 39:36 K: ああ、いえ。あなたがそれを、信じているとき、 それはあなたにとって、実在です。 カトリックや、ヒンドゥー教徒や、 マルクス主義者へ、行ってみてください。 |
| 39:44 S: そうです。でも、私は、本当にそれを信じている なら、どうして、それを見つめるのでしょうか。 言い換えるなら、そうね。 私は、神がおられる!と言います。 |
| 39:51 K: そうです。 |
| 39:53 S: 今、あなたは私へ、神への私の信念を 見つめるように、言っています。 |
| 39:58 K: なぜあなたは、信じていますか。 誰があなたに、信ずるように、頼みましたか。 神の必要性とは、何ですか。 私は無神論者である、というのではない。 私はあなたに、訊ねています。 |
| 40:06 S: 私は、それがあるのを、知っています。 私が信ずるなら、私にとって神はそこにある。 |
| 40:09 K: そのとき、究明はありません。 あなたは、止まってしまいました。 あなたは、自分自身を塞いだのです。 あなたは、扉を閉じたのです。 |
| 40:14 S: そうです。で、 私たちはどうやって・・・ そうね、私たちは、 そういう信念を持っています。 K: 彼に訊ねてください。 |
| 40:22 B: 何ですか。 |
| 40:22 K: あなたは、 とても強い信念を持つ誰かへ、 |
| 40:23 百回、示そうとしてきました。 彼は、「あなたは何の話をしているのか。 これが実在だ」と言います。 |
| 40:32 B: ええ。それが、私たちの言葉がどうして 実在になるかのことです。 私たちはそれを究明できますか。 |
| 40:38 S: 私たちはどうやって、それに取りかかれますか。 私たちは、これら無意識的な信念の 荷物を持っている、と思います - 私たちは本当に、それを揺すぶれない・ ・・ 「私」への信念のように。 |
| 40:48 K: 彼は、何か他の質問をしています。 |
| 40:51 B: どうして思考や言葉は、 実在の感覚になるのか。 |
| 40:56 K: なぜ言葉は、実在になったのか。 |
| 40:59 B: より深い疑問は、精神が どのように実在の感覚を、 設けるのか、だと思います。 私は、物事を見つめるなら、 時には間違って、 それらは実在すると、考える かもしれません。 それは幻影です。 でも、それが・ ・・ 対象物についても、 言葉を言えますし、 それをそのように叙述するとき、 実在に見えます。 ゆえに、何らかの形で、 言葉は、頭脳の中に、 実在の構築を、設けます。 そのとき、あらゆる物事が、 その実在の構築へ、参照されます。 |
| 41:29 S: 私はどうやって、 それを究明すべきですか。 |
| 41:32 K: 何が、その実在を創り出しましたか。 思考が創り出してきた物事すべては、 実在である、と 言われるんでしょうか - 自然を除いて、です。 B: 思考は、自然を創り出しませんでした。 |
| 41:51 K: もちろん、そうです。 |
| 41:52 B: でも、私が言ったのは・・・ |
| 41:53 私たちは、思考は自然を叙述できる、 と表せませんか。 |
| 41:57 K: ええ。思考は自然を叙述できます - 詩歌、その他すべて、です。 |
| 42:00 B: また、それを測量できます。 |
| 42:02 K: 想像、その他すべてです。 何であれ、思考が 組み立ててきたものは、 実在である、と言えますか。 椅子、テーブル、 これら電灯すべて。 それは、自然を創り出していないが、 それを叙述できます。 |
| 42:24 B: また、それについて理論を作れる。 |
| 42:26 K: 理論を作れる、その他すべてです。 また、それが創り出してきた 幻影も、実在です。 |
| 42:35 S: そうです。 |
| 42:37 B: でも、この実在の構築に、 持ち場があるのは、 一定の程度まで、ではないですか。 なぜなら、私が、テーブルは 実在だと感じるなら、 頭脳がそれを構築してきたけれども、 だいじょうぶです。 でも、或る段階で、私たちは、 そこにない実在を、構築します。 私たちは時々、闇夜の影に これが、見られます - そこにない実在を、構築します。 |
| 43:00 K: そこに人がいるとの恐れ、です。 |
| 43:02 B: ええ。また、あらゆる種類の 仕掛けと幻影が、可能です - 奇術師などによって、です。 でも、そのとき、それはさらに 進みます。 私たちは、精神的に・・・ 私たちは、心理的な実在を、 構築します。 |
| 43:14 K: そこが、それの来るところです。 |
| 43:16 B: それは、鮮烈に実在だ、と 見えます。とても強く、です。 でも、私にとって、 問いはこうだと見えます・ ・・ 構築された実在へ、あの実在感覚を 与えるために、 思考がするのは、何ですか。 |
| 43:29 K: その実在を創り出す、もたらすために、 思考は何をするのか。 |
| 43:35 S: ええ。あなたが、神を 信じている誰かへ、話をするなら、 彼らはあなたへ、それは実在する、 それは本当にそこにある、 構築ではない、と言うように、です。 自らの自己を本当に信じている 誰かへ、話をするなら・ ・・ 私は、多くの人々へ話してきましたし、 あなたは、心理療法者たちへずっと 話をなさっています。 彼らは、自己は実在する、 それは存在する、それは物である、 と言います。 かつて、或る人、心理療法者が クリシュナジへ言ったのを、 あなたは聞きました -「私たちは、 自我が存在するのを、知っています」、 「私たちは理論を持っています。 それは存在します」と。 |
| 44:08 B: それだけではないですね。人々は その実在を感じてきた、と私は思います。 起きることは、幻影がきわめて速く 築き上げられる、ということです。 ひとたび、実在を構築すると、 あらゆる種類の出来事が、 それへ参照されます - まるで、それらが その実在から来ているかのように、です。 それは、ものすごい構造を、 築き上げます・ ・・ 支援の雲に取り巻かれて、です。 |
| 44:26 S: で、私はどのように、自分の 実在作りの機構を、究明すべきでしょうか。 |
| 44:29 K: 待ってください。もう五分間、あります。 で、それへ来ましょう。 今、私たちは、何をしていますか。 |
| 44:38 S: 私たちは動いています。それは動いています。 |
| 44:40 K: 私たちは、何をしていますか。 私たちは、言ってきました - どの権威も、誰も、他の一人へ、 「これがなすべき、 正しいことだ」と言えない、と。 私たちは、見出そうとしています - 生における正確な行為は、何なのか。 私の中に、無秩序がないとき、 私はそれを、見出せるだけです。 ですね? 「私」は無秩序です。 |
| 45:07 S: そうです。そのとおりです。 |
| 45:10 K: その「私」が、どれほど実在していても、 それが、無秩序の起源です。 |
| 45:14 S: そうです。 |
| 45:16 K: なぜなら、それは分離する、 それは分割するからです - 私とあなた、我らと彼ら、 私の国家、民族、私の神。 「私」。 さて、私たちは訊ねています - その意識でもって・ ・・ その意識は、それ自体に気づけますか。 思考が考えているように、気づく。 |
| 45:50 B: それ自体について、考えている? |
| 45:51 K: 思考は・・・ ごく単純に表すと、 思考は、自らの動きに、気づけますか。 B: ええ。 |
| 46:00 S: それが問いです。 |
| 46:00 B: それが問いです。 |
| 46:01 私たちは、思考の自己参照、 と言えるでしょうか。 思考が、自らの構造と、 自らの動きを、理解する。 |
| 46:09 S: 自らの動きを、です。でも、自体に 気づいているのは、その思考ですか。 または、他の何かですか。 |
| 46:14 K: やってください!やってください! |
| 46:16 S: それをやってみる。 K: 今、そうしてください。四分間、あります! |
| 46:18 今、そうしてください。 あなたは、自分に気づけるのかどうか - あなたが、ではない。 思考は、それ自体に、気づけるのかどうか - その動きに、です。 |
| 47:00 S: それは止まります。 |
| 47:03 K: それはどういう意味ですか。 |
| 47:06 S: それは、言葉通りに意味しています。 それは止まります。それは・・・ 思考の観察でもって、 思考は止まるのです。 K: いえ。そのように表さないでください。 |
| 47:20 S: どう表されるんでしょうか。 |
| 47:22 K: それは、根本的変化を、 遂げつつあります。 |
| 47:25 B: で、「思考」という言葉は、 固定したものではない。 |
| 47:30 K: ええ。 S: 「思考」という言葉は、 |
| 47:33 B: ・・・固定したものを、意味していない。 それは変化しえます。ですね? |
| 47:34 K: そうです。 B: 知覚において、です。 |
| 47:35 K: あなたは、私に語ってくれました。 他の科学者たちは、 |
| 47:38 私に語ってくれました - 顕微鏡をとおした |
| 47:41 観察こそにおいて、対象は 変化を遂げるのです。 |
| 47:43 B: 量子論において、対象は、 |
| 47:51 観測行為より別に、固定できません。 |
| 47:58 S: 心理分析での、患者たちについても、 これは真実です。 患者と一緒にいると、 彼らは、自動的に変化します。 |
| 48:03 K: 患者を忘れてください。 あなたが患者です! |
| 48:05 S: 私が患者です。それは変化します。 |
| 48:08 K: いえ、いえ。 |
| 48:12 S: それは止まります。 |
| 48:13 K: 思考がそれ自体に気づくとき、 何が起きますか。 これは、とてつもなく重要なことなのです。 |
| 48:33 B: ええ。 |
| 48:37 K: すなわち、行う者は、 自らが行うことに、気づけますか。 私は、この花瓶を、ここから そこへ、動かしますが、 私はそれに、気づけますか - 動かしていることに、と。 |
| 48:58 S: ええ。 |
| 48:59 K: 私は物理的に気づけます。 それは相当に単純です。 私は腕を伸ばす、などなどです。 |
| 49:04 S: ええ。 |
| 49:05 K: でも、思考の気づきが、ありますか - 「ええ、私は思考が見える」と言うものが・・・ ああ、思考はそれ自体に、気づいています - その動き、その活動、その構造、 その本性、 それが何を創り出してきたのか、 それが世の中で何をしてきたのか、 悲惨、その他すべてに、です。 |
| 49:27 S: 頭脳がしていることへの 気づきが、ありますか。 何か、お訊ねしてもいいですか。 なぜあなたは、気づけると思うのですか。 |
| 49:44 K: 時間です。 |
| 49:46 S: 私はその問いを、明日のために、 取っておきたいと思います。 |