Krishnamurti Subtitles
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BR76CTM6 - どの形のイメージも、関係の美しさを阻止する。
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| 0:07 クリシュナムルティ(K): 私は、あなた、 ボーム博士に、お訊きしたいと思います。 あなたは、こんなに有名な 物理学者と科学者であり、 実質的に、世界中で、あらゆる学校生徒が、 あなたについて知っていますが、 私は、お訊ねしたい・ ・・ 私たちが行ってきた、これら四、五回の 対話すべての後で、ですが、 何が人を、変化させるのでしょうか。 何が、人間たちの全的な意識に、 根本的な変容を、 もたらすのでしょうか。 |
| 0:55 B: 私は、科学的背景が、この問いに あまり妥当するだろうのかを、 知りませんが・ ・・ K: そうでしょうか。 |
| 1:02 B: 科学的背景が、その問いに |
| 1:04 妥当するにちがいないことは、 明らかでない、と私は言いました。 |
| 1:07 K: ええ。たぶんそうでしょうが・・・ 私たちは、相当の長さ、 話をしてきた後 - 今だけでなく、以前の年々に、です - エネルギーとは、何でしょうか。 私は、「エネルギー」(という言葉)を 使っていますが、 どの科学的な意味で、でもない。 ただの普通の意味での 活力、エネルギー、衝動・ ・・ それが、欠けていると、見えます。 結局、私が視聴者として、あなたに、 私たち三人に、聞くなら、 私は、「ええ、それはすべて、 これら哲学者やこれら科学者、 専門家にとって、とても良いだろうが、 それは私の分野の外にある」と言うでしょう。 「それは、あまりにはるか遠い。 もっと近くに持ってきてください。 私が自分の生を取り扱えるように、 はるか近くへ持ってきてください」と。 |
| 2:02 B: 前回の議論の終わりに、 私たちは、その本性の一点に 触れつつあった、と思います。 私たちは、イメージについて、 議論していたからです。 |
| 2:12 K: ええ、イメージです。 |
| 2:14 B: そして、自己イメージです。そして、 私たちはそもそも、イメージを持たなくては いけないのかどうかを、問うていました。 |
| 2:22 K: もちろんです。 私たちは、それに入りました。 でも、そうね、 私は視聴者として、望むのは・ ・・ 全然外部で、初めてあなたに、 あなたたち三人に、聞いていて・ ・・ 私は、「さて、それは私の生にどう 触れますか」と言います。 「それはすべて、漠然として、 不確実だし、 大変多く考えることが必要ですが、 私は進んでそうしたくない」と。 付いてきていますか。 「で、どうか、二言、 三言で、または長々と、私に語ってください。 私は、自分の生で、何をすべきでしょうか。 私はどこで、それに触れるべきでしょうか。 私はどこで、それを壊してしまうべきでしょうか。 どこから私は、それを見つめるべきでしょうか。 3:18 私は、ほとんど時間が、ありません。 私はオフィスへ行きます。 私は工場へ行きます。 私は、すべきことを、とても多く持っています - 子どもたち、がみがみ言う妻、貧困と」と。 悲惨の構造全体。 あなたはそこに 座っている。あなたたち三人は、 何か私に触れないことに ついて、話をする - それは、少しも私に触れない、と。 で、私たちはそれを、いわば要点へ 下ろせるでしょうか - そこで、 私が、普通の人間として、 それに組み付けるように、です。 |
| 4:02 B: 私たちは、出発点として、 日々の関係に生ずる問題を、 考慮できるでしょうか。 |
| 4:10 K: それが、本質なのでしょう。 私はそれから、 始めようとしていました。 私の、人間たちとの関係は、 オフィスに、工場に、 ゴルフ・コースにある。 |
| 4:34 B: または、家庭にある。 |
| 4:36 K: または、家庭にある。 家では、かなり・・・ そうね、決まり切った道筋です - セックス、子ども・ ・・ 私は、子どもを持っているなら、 私は、子どもが欲しいなら、です。 そして、生涯ずっと、常に 闘いに、闘いに、闘いです。 侮辱され、傷つき、負傷し、 私の中とまわりで、 あらゆることが、進んでいる。 |
| 5:02 B: ええ。連続的な失望が、ある。 |
| 5:04 K: 連続的な失望、連続的な望み・・・ もっと成功を収めたいとの欲望、 もっと多くのお金、 あらゆる物事を、 もっともっと多く、です。 さて、どこで・ ・・ 私はどのように、自分の関係を、 変更すべき、 変化させるべきでしょうか。 私の関係の存在理由、起源は、 何でしょうか。 もしも、私たちは今朝、 少しそれに取り組めて、 私たちが議論していたことへ、 進めたなら - それは本当に、とても重要です。 それは、まったくイメージを、 持たないことです。 |
| 5:49 B: ええ。でも、昨日、 議論していたように、私たちは、 ほぼいつも、イメージをとおして、 関係しがちなように、見えます。 |
| 5:54 K: イメージをとおして、です。 そのとおりです。 |
| 5:56 B: 私は、自分自身とあなたの イメージを、持っている、とします。 あなたは、私への関係に あるはずだからです。 そのとき、それは 失望して、傷つくなどです。 |
| 6:06 K: でも、私はどうやって、その イメージを、変化させるべきでしょうか。 わたしはどうやって、それを、 壊してしまうべきでしょうか。 あなたが、普通の人間としての私に、 話をしてきた後で、 私は、自分がイメージを 持っていることが、よくよく見えます。 それは、幾世代をとおして、 組み立てられ、構築されてきました。 私はそれを、持っています。 私は、相当に智恵があります。 私は相当に、自分自身に気づいているし、 私は、自分がそれを持っているのが、分かります。 私はどうやって、それを 壊してしまうべきでしょうか。 |
| 6:39 B: 論点は、私が見るところ、 私は、そのイメージに、 気づかなくてはいけない、 それが動くままに、見守らなくては いけない、ということです。 |
| 6:47 K: で、私は、それを見守るべきですか - 私は、対極を取っています - 私はオフィスで、それを見守るべきですか。 |
| 6:56 B: ええ。 |
| 6:59 K: 工場で、家庭で、ゴルフ・クラブで、です。 なぜなら、これらすべての区域に、 私の関係があるからです。 |
| 7:06 B: ええ。私は、それらすべての場所で、それを 見守らなくてはいけないと、言うんでしょうね。 また、私がそこにいないときも、です。 |
| 7:12 K: 私がそこにいないとき、です。で、私は実は、 いつの時も、それを見守らなくてはいけません。 |
| 7:16 B: ええ。 |
| 7:17 K: さて、私はその能力が、ありますか。 私は、エネルギーを 持っていますか。 なぜなら、 妻はセックスを欲しがり、 私は、それを欲しがらないとか、 セックスを楽しむとか、 私は、あらゆる種類の悲惨を、 経ていくからです。 一日の終わりに、私はほぼ・ ・・ 私は這って、ベッドへ入ります。 あなたは、私はエネルギーを 持たなければならない、と言います。 で、私は、関係が最も重要であると、 悟らなければなりません。 |
| 7:44 B: ええ。 |
| 7:45 K: ゆえに、私は、一定のエネルギーの むだを、進んで、あきらめるでしょう。 |
| 7:52 B: どんな種類のむだですか。 |
| 7:57 K: 酒、 タバコ、役に立たないおしゃべり。 パブからパブへ、 果てしなく這っていくこと。 |
| 8:06 B: とにかく、それは 始まりになるでしょう。 |
| 8:08 K: それは始まりになるでしょう。 でも、そうね、私は、それらすべてと、 加えてもっと多くが、欲しい。付いてきていますか。 |
| 8:17 B: でも、私は、あらゆる物事がこれに、 依存することが、見えるなら・・・ |
| 8:20 K: もちろんです。 |
| 8:21 B: ・・・私はパブへ行かないでしょう - それが介入するのが、見えるなら、です。 |
| 8:25 K: で、普通の人間として、 私は、悟らなければなりません - 最大の重要性は、 正しい関係を持つことである、と。 |
| 8:34 B: ええ。 私たちがそれを持たないなら、 何が起きるかを、言えたなら、 良いでしょうね。 |
| 8:41 K: ああ、私がそれを持たないとき、ね。 もちろんです。 |
| 8:44 B: そのとき、あらゆる物事が、 バラバラになる。 |
| 8:45 K: あらゆる物事が、バラバラになる。 あらゆる物事が、 バラバラになるだけではなく、 私は身の回りに、荒廃を創り出す。 で、私は・ ・・ タバコ、酒、パブと、 あれやこれやについて 果てしないおしゃべりを 脇に置くことにより、私は、 そのエネルギーを、集めるでしょうか。 |
| 9:12 B: まあ、それが始まりですね。 |
| 9:14 K: それを私は訊ねています。私は、そのエネルギーを、 集めるでしょうか。私が持っている映像、 私が持っているイメージに向き合うのを、 助けるだろうエネルギーを、です。 |
| 9:25 B: ええ。それはまた、 野心と、他の多くの 物事を、意味しています。 |
| 9:30 K: もちろんです。そうね、 私は、明白な物事により、始めます - タバコ、酒、パブ、 その他すべてのように、です。 |
| 9:36 S: ここで、止めさせてください。 仮に、私のイメージが、あなたがそれを、 私のためにやってくれるだろう、というものだ、とします。 私の本当のイメージは、私はそれを 自分自身ではできない、というものです。 |
| 9:52 K: ああ、それは、私たちの お気に入りの条件づけの一つです - 私はそれを、自分自身ではできない、 ゆえに私は、助けてくれる誰かへ、 行かなければならない、と。 |
| 10:03 S: または、私はパブへ行く。なぜなら、 私はそれを、自分自身でできないから。 で、私は条件を創り出す・ ・・ 私がパブへ行くことより、 幾つものことが、出てきます。 一つには、私は絶望しています。 なぜなら、私は自分自身で、それを できないからです。 それで、酒をとおして、自己を 滅却しようとしています。 それで、私はもはや、 この痛みを感じません。 |
| 10:23 B: 少なくとも、当分は、ね。 |
| 10:24 S: そうです。また二つには、 私は、自分自身でそれを できないとの自分のイメージが 正しいことを、 自分自身に証明しつつあります。 結局、私を見てください。 私は、地べたに、どん底にいます。 あなたは、それを 否認しようとしていますか。 第二には、自分自身をそういうさまで 扱うことによって、私は、 自分自身、それをできないことを、 あなたへ証明しようとしています。 たぶん私はあなたに、それを 私のためにやってもらうでしょう。 |
| 10:44 K: いえ、いえ。 私たちは、正しい関係の、 全くの絶対的な重要性を、悟らない、 と私は思います - 私たちの誰もが、です。 私たちがそれを悟るとは、 私は思いません。 |
| 10:59 S: 同意します。私たちは悟りません。 |
| 11:00 K: 自分の妻と、隣人と、 オフィスで、 私がどこにいても、です。 また、自然とも、です。 私たちが、 楽で静かで満ちて 豊かで幸せな関係を、 悟るとは、私は思いません - その美しさ、その調和を、です。 私たちは、それを悟りません。 さて、私たちは、普通の視聴者、 聞き手に、それの大きな重要性を、 語れるでしょうか。 |
| 11:31 S: やってみましょう。 私たちはどうやって、誰かに、 正しい関係の価値を、 伝達できますか。 あなたは私の妻です。 あなたは、めそめそと言っています。 私へ、がみがみ言っています。ですね? あなたは、私があなたのために 何かをしているべきだと、 考えます - 私が疲れていて、あなたのために 何もしたいと感じないときに、です。 |
| 11:49 K: 分かります。 パーティーへ行こう、と。 |
| 11:50 S: そうです。 「パーティーへ行きましょう。 あなたは、私をぜんぜん外へ 連れていってくれないわ」と。 |
| 11:55 K: ええ。(笑) |
| 11:58 S: そうね?「あなたは、私を どこにも連れていってくれないわ」と。 |
| 12:00 B: ええ、イメージを作っている。 |
| 12:02 K: ええ、そうです。 あなたは、関係の重要性を 悟りますが、どうやって、 私を取り扱うべきでしょうか。 あなたは、どのように 取り扱うべきですか。 いえ。私がいうのは、 私たちは生にこの問題を、持っているんです。 |
| 12:20 B: 誰も私のためにそれをできないことが、 きわめて明らかであるべきだ、と私は思います。 他の誰かが何をしようとも、 それは、私の関係を反映しないでしょう。 |
| 12:29 S: あなたはどうやって、それを 誰かへ、明らかにしようとしていますか。 |
| 12:32 B: でも、それは明白でないですか。 |
| 12:33 S: それは明白ではない。私は 強く感じます。私は視聴者です。 あなたが私のために、それをしている べきだと、私はとても強く感じます。 母は私のために、けっしてそれをしてくれなかった。 誰かが、私のために、それをしてくれなくてはいけない。 |
| 12:43 B: でも、それができないことは、 明白でないですか。 それはただの幻惑である、と 私は言っています。 なぜなら、あなたが何をしようとも、私は 前と同じ関係に、あるだろうからです。 仮に、あなたが完璧な生を生きる、とします。 私はそれを模倣できない。 それで、私は 前のように、つづけるだけでしょうね。 で、私は、自分自身、何かをしなくては いけません。それは明らかでないですか。 |
| 13:06 S: でも、私は、自分自身、 何もできるとは、感じません。 |
| 13:09 B: でも、そのときあなたは、自分自身、 何もしないなら、それは回避不可能だ、 それがつづいていくに ちがいないことが、見えますか。 それがいずれ良くなるだろうとの 観念はどれも、幻惑です。 |
| 13:18 S: 正しい関係は、私が自分自身で 何かをしなくてはいけないと 悟ることから始まる、と 言えるでしょうか。 |
| 13:25 K: その全くの重要性を、ね。 |
| 13:28 S: そうです。全くの重要性。 私が自分自身で持っている責任、です。 K: なぜなら、あなたは世界であり、 |
| 13:33 S: そうです。 |
| 13:34 K: 世界はあなたであるからです。 あなたはそれを、逃れられません。 |
| 13:35 B: おそらく私たちは、それについて、ちょっと 議論できるでしょう。なぜなら、視聴者の幾人には、 |
| 13:40 「私は世界である」と言うことは、 変に見えるかもしれないからです。 |
| 13:46 K: でも、結局、あなたが 考えていることすべて・・・ あなたは、文化の結果です・ ・・ 気候、食べ物、環境、 経済的な条件、 あなたの祖父母・・・ あなたは、それらの結果です。 |
| 13:58 S: それは分かりますね。 |
| 14:00 B: そのとおりです。それが、 あなたは世界である、と 仰ることが、意味していることです。 |
| 14:05 S: お分かりになる、と思うんですが、 自分は世の中により 世話される権利があると 感じる人物について、 私がここに拡げてきたことですが・ ・・ 世の中は、実はその方向へ、 動いています・ ・・ 楽しみすべてと、 テクノロジーのそれですが・・・ |
| 14:17 K: いいえ。これは、単純な事実です。 インドに行くと、 同じ苦しみ、同じ心配が、見られます。 ヨーロッパ、アメリカに来ると、 本質的に、それは同じです。 |
| 14:29 B: 各人が、苦しみと混乱と 欺瞞などの同じ基礎的な 構造を、持っています。 ゆえに私が、 「私は世界である」と言うなら、 それは、普遍的な構造がある、 それは、私の一部である、 私は、それの一部である、 という意味です。 |
| 14:42 K: その一部です。で、さて、 そこから前進しましょう。 この狂ったやり合いの中で生きている、 普通の人間としての私に、初めに あなたが語らなくてはいけないことは・ ・・ あなたは私に、語らなくてはいけません - 「ごらん。 生において 全く最大の重要なことは、 関係であると、悟りなさい」と。 あなたは、自分自身について イメージを持っているなら、 関係を持てません。 または、楽しめるイメージを創り出し、 それに拘るなら、持てません。 |
| 15:21 S: または、自分は権利があるとの イメージ、です。それは前に来て・・・ |
| 15:25 K: どの形のイメージも、 あなたが、他の一人についてとか、 あなた自身について、持っているのも、 関係の美しさを、阻止します。 |
| 15:34 S: そうです。 |
| 15:35 B: ええ。例えば、私は これこれの状況では、安全であり、 違った状況では、安全でないとの イメージです。 それは、関係を阻止します。 |
| 15:45 K: そのとおりです。 |
| 15:47 B: なぜなら、私は 言うでしょうが・・・ 私は、相手の人物に対して、 彼が私を、 私が安全だと考える状況に、 置いてくれることを、要求します。 そのとき彼は、そう したくないかもしれない。 |
| 15:55 S: そうです。それで、私たちの関係は、 私が、楽しめる関係の イメージを持っているなら、 私の行為すべては、 この相手の人物に関連してですが、 私は、無理やり彼に、私を動かして、 それをさせてもらおうとするんです。 それで私は、1)彼に言います - あなたは このようであるべきです。 なぜなら、それが、 私のイメージを完成させるだろうから。 2)私は、相手の人物に対する、 要求と呼ぶものを、持っています。 言い換えると、私は、彼が そのイメージを認知するようなさまで、 行為するのを、期待します。 |
| 16:26 B: ええ。または、 私が言いそうなのは・・・ 私は、何が正しいのかなどの イメージを、持っています。 言い換えると、個人的にそうである というのではないが、 私は、それが、誰もがみな振るまう 正しいさまだろう、と言います。 |
| 16:35 S: そうです。私のイメージを 完成するために、です。 |
| 16:38 B: ええ。 例えば、妻は、「夫は妻を、頻繁に パーティーへ連れ出すべきよ」と言う。 それはイメージの一部です。 |
| 16:46 S: そうです。 |
| 16:47 B: 夫は、対応するイメージを 持つし、ゆえに・・・ そのとき、そのイメージが、 傷つきます。分かりますか。 |
| 16:55 S: そうです。さて・・・ 私たちは、とても具体的でなくては いけないと、私は思います - これの小さな切れ切れが、 激しさをもっているように、です。 |
| 17:06 B: エネルギーをもっているように。 |
| 17:07 S: エネルギーと激しさ、必要性 - 関係において、このイメージを 完成させるように、です。 ゆえに、関係は無理やり、 枠に填められます。 |
| 17:13 K: ええ、それらは理解できます。 でも、そうね、 私たちのほとんどは、真剣ではない。 私たちは、楽な生活が欲しい。 あなたがやってきて、 私に語ります - 「ごらん。 関係が、 最も大きなことですよ」と。 私は、「全くそうです」と言い、 私は、古い道を続けていきます。 私が、取りかかろうと していることは・ ・・ 何が、人間をして、これを 聞かせるのでしょうか - 二分間、真剣にでも、です。 彼らは、あなたに聞かないでしょう。 |
| 17:54 S: そうです。 |
| 17:56 K: もしも、あなたが、 心理学の専門家の 大物の一人へとか、 何へでも、行ったなら、 彼らは、時間を掛けて 聞こうとしないでしょう。 彼らは、自分の計画、自分の映像、 自分のイメージを、 持っています。 いいですね? 彼らは、これらに 取り囲まれています。 で、私たちは誰に、話していますか。 |
| 18:18 S: 私たちは、自分たち自身に 話しています。(笑) |
| 18:20 K: いえ。それだけではない。 私たちは、誰に話していますか。 |
| 18:22 B: まあ、誰であれ、聞くことが できる人に、です。 |
| 18:25 K: それは、幾らか真剣な誰か、 という意味です。 |
| 18:29 B: ええ。 私たちは、真剣である能力がない などという自分自身のイメージを、 形成さえする かもしれないとも、私は思います。 |
| 18:37 K: そのとおりです。 |
| 18:39 B: 言い換えると、 それはあまりにきつい、と。 |
| 18:40 K: ええ、あまりにきつい、と。 |
| 18:42 B: それは、イメージです・・・ 私はそれが、楽であってほしい。 それは、 「これは私の能力を越えている」という イメージから来る、という意味です。 |
| 18:48 K: 全くです。で、 そこから動きましょう。 私たちは、こう言います。 あなたがイメージを持っているかぎり - 快くても、快くなくても、 創り出された等々、 思考により組み立てられた、などです - 正しい関係はないのです。 それは今、明白な事実です。 |
| 19:10 S: そうです。 |
| 19:11 B: 生は、正しい関係なしには、 何の価値をも、持たなくなってしまいます。 |
| 19:14 K: ええ。 生は、正しい関係なしには、 何の価値をも、持たなくなります。 さて、私の意識は、これら イメージで満たされています。 |
| 19:24 S: そうです。 |
| 19:29 K: いいですか? イメージは、私の意識を作ります。 |
| 19:34 S: そのとおりです。 |
| 19:37 K: さて、あなたは私に、まったく イメージを持たないよう、頼んでいます。 それは、私が今知っているような 意識は、ない、という意味です。 |
| 19:53 B: ええ。 私たちは、意識の主要な部分は、 自己イメージである、 と言えるでしょうか。 それが、仰っていることですか。 他の部分が、幾つか あるかもしれませんが・ ・・ K: 私たちはそれへ行くでしょう。 |
| 20:01 B: 私たちは後で、それへ行くでしょう。 |
| 20:02 でも、そのほとんどは、今のところ・・・ 私たちは、ほぼ 自己イメージに占領されています。 |
| 20:07 K: そのとおりです。 |
| 20:10 S: 自己イメージについては、 どうですか。 それが自体を生成するさま全体は・ ・・ あなたは、どう思いますか。 |
| 20:16 B: 私たちは前に、それについて 議論した、と思います。 それは、自己を実在と考えることに、 引っ掛かります。 それはいつも、暗黙です・・・ 例えば、イメージは、 私は一定のさまで 苦しんでいる、私はこの苦しみを 取り除かなければならない、 というものかもしれません。 でも、そこには、暗黙の意味が、 いつもある - 「私」はそこに 実在する。 ゆえに、私は、 この実在について、考えつづけ なければならない、というものです。 それは、私たちが話していた このフィードバックに、捕らわれます。 そうね、思考は、フィードバックし、 築き上げます。 S: もっとイメージを、築き上げる。 |
| 20:56 B: ええ、もっと多くのイメージ、です。 |
| 20:57 S: もっと多くのイメージ。 で、それが意識です。 |
| 20:58 K: つまり、私の意識の内容は・・・ |
| 21:00 S: ・・・すべてイメージです。 K: ・・・広大な一連のイメージです - |
| 21:03 相互に関係しあっている。 分離していなくて、相互に関係しあっている。 |
| 21:05 B: でも、それらはすべて、 自己に集中しています。 |
| 21:11 K: 自己に、です。もちろんです。 自己が中心です。 |
| 21:13 B: ええ。それらはすべて、自己を目指していて、 すべて、そのためであるからです - |
| 21:16 自己を正しく、正確にするため、です。 自己のみが、全く重要だと見做されます。 |
| 21:26 K: ええ。 |
| 21:27 B: それは、そこへ、 ものすごいエネルギーを、与えます。 |
| 21:29 K: さて、私が取りかかっていることは・・・ あなたは、私に頼んでいます - 私は、普通の人間として、 相当に真剣であり、 相当に智恵がありますが、 あなたは、私に、その意識を 空っぽにするよう、頼んでいます。 |
| 21:45 S: そうです。私はあなたに、 このイメージ作りを止めるよう、頼んでいます。 |
| 21:51 K: イメージ作りだけではない。 私が持っているイメージも・・・ そして、さらなるイメージ 作りを、防止する。 S: そうです。そうです。 |
| 21:58 K: どちらも関与しています。 |
| 22:00 S: ええ。私はあなたに、意識の機構を 見つめるよう、頼んでいます。 |
| 22:02 K: ええ。一分間、待ってください。 私は、それに取りかかりたいと思います。 |
| 22:05 これはとても重要です。 |
| 22:10 S: いいよ。行きましょう!(笑) |
| 22:15 K: あなたは私に、頼んでいます。 私は、あなたを理解したい。 なぜなら、私は本当に、 違った生き方を 生きたいと、思うからです。 なぜなら、私は、 それが必要だと、見るからです。 私は、言葉を玩ばない。 私は、もったいぶりたくない。 私はこのものを、取り扱いたいのです。 あなたは私に、自己から 自由であるよう、頼んでいます - すなわち、イメージの作り手からです - そして、さらなるイメージ作りを、 防止するように、です。 |
| 22:58 S: そうです。 |
| 23:01 K: 私は言います - 「どうか、何をすべきか。 どうすべきかを、語ってください」と。 あなたは、私に語ります - 「あなたは私に、どうやって それをすべきかを、訊ねるとき、 あなたはすでに、イメージ、 体系、方法を、築いています」と。 |
| 23:22 B: ええ。あなたは、「私はどうやって それをすべきか」と言うとき、 すでに「私」を、真ん中に 置いてしまった、と言えるでしょうね。 |
| 23:27 K: 真ん中に、ね。 |
| 23:28 B: わずかに違った内容で、 前と同じイメージです。 |
| 23:31 K: で、あなたは私に語ります - それを どうやるのかを、けっして訊ねないでください。 なぜなら、「どうやる」には、 それをしている「私」が、 関与しているからです。 |
| 23:42 S: そうです。 |
| 23:44 K: ゆえに、私は、もう一つの映像を、 創り出しています。 |
| 23:46 B: で、それは、あなたが それへ、滑り込むさまを、示します。 なぜなら、 「それをどうやるのか」を言って、 「私」という言葉は、そこにはないが、 それが暗黙裡にあるからです。 K: ええ、暗黙裡に。 |
| 23:53 B: ゆえに、それへ滑り込む。 |
| 23:54 K: 「私」はどうやって、 それをするのか、と。もちろんです。 |
| 23:55 B: でも、それはふつう、 滑り込みます。 |
| 23:57 なぜなら、それは、明示的でなく、 暗黙裡に、そこにあるからです。 それがしばしば、ごまかしです。 |
| 24:04 K: ええ、明示的でない。 |
| 24:06 S: そうです。 |
| 24:07 K: さて、それで、あなたは私を止めて、 「では、そこから前進しなさい」と言う。 私は、この意識から、 どのように自由であるべきですか - その一角、その制限された 部分からさえも、です。 そうするであろう行為は、 何でしょうか。 私はそれについて、 あなたと議論したいと思います。 それをどうやるのかを、私に語らないで ください。 私は、これを理解しました。 私は、「どうやって、それをするか」を、 二度と訊ねないでしょう。 「どうやって」は、彼が 説明したように、暗黙裡に、 それをやりたい「私」を、 含意しています。 ゆえに、「私」は、 イメージの作り手の要因です。 |
| 24:55 K: 私はそれを、きわめて明らかに理解しました。 そのとき私は、あなたに言います - 「私はこれを悟ります。 私は何をすべきでしょうか」と。 |
| 25:06 S: あなたはそれを、悟りますか。 |
| 25:07 K: ええ。私はそれを知っています。私は、自分が いつの時もイメージを作っているのを、知っています。 私は、よくよく気づいています。 |
| 25:17 S: ええ。でも・・・ |
| 25:18 K: 待って。終了させてください。 私はそれに、よくよく気づいています。 妻は、私を馬鹿者と呼ぶ。 すでに、頭脳に登録された。 思考がそれを、引き継ぐ。 私が自分自身について 持っているイメージが、傷ついている。 S: ええ。 |
| 25:39 K: いいですか? |
| 25:41 で、この過程を、私は知っています。 私はこれに、よくよく気づいています。 |
| 25:45 S: そうです。 |
| 25:47 K: なぜなら、私はあなたとともに、 議論してきたからです。私はそれへ入りました。 私は、これらの話と対話の間、 まさに最初から、 生において関係が、 最も重要であると、悟ってきたからです - それなしでは、生は混沌です。 |
| 26:04 S: 分かりました。 |
| 26:06 K: それは、私に打ち込まれてきました。 私は、あらゆるお世辞とあらゆる侮辱が、 頭脳に登録されるのが、見えます。 そのとき思考は、それを 記憶として、引き継ぎ、 イメージを創り出す。 イメージが、傷つきます。 |
| 26:36 S: そのとおりです。 |
| 26:37 B: イメージが傷つくと、仰るとき・・・ イメージは、楽しみであるからで・ ・・ 新しい内容 - 侮辱の - でもって・ ・・ 内容がお世辞であるとき、 イメージは楽しみです。 内容が侮辱であるとき、イメージは傷です。 |
| 26:49 S: そうです。 |
| 26:51 K: で、ボーム博士、自らは、何をすべき でしょうか。私は、何をすべきでしょうか。 そこには、二つの 関与したことが、あります。 一、さらなる傷を防止すること。 そして、 私が持ってきた傷すべてより、 自由であることです。 |
| 27:09 B: でも、それらはどちらも、 同じ原理です。 |
| 27:11 K: 私は思うに・・・あなたは、 私に説明してくれます。 私は、二つの原理が、 関与している、と思います。 |
| 27:17 B: そうですか。 |
| 27:19 K: 一つは、それを防止すること。もう一つは、 私が持っている傷を、ぬぐい去ること。 |
| 27:24 S: 私はそれを、少し 逆に表したいと思います。 それは、さらなる傷を防止したい、 ということだけではない。 初めに、こう言わなければならないと、 私は見えます - 私はどうやって、自分がお世辞を受ける事実に、 気づくべきか、と。 あなたはどうやって、気づくのでしょうか。 さて、私はあなたは見てほしいのですが、 私がお世辞を言うなら、 あなたは、内に 大きな、ほとばしりを、得ます。 あなたは、腹の中で、 大きく感じはじめます。 そのときあなたは、空想をします。 まあ、あなたが、このように すばらしいのなら、 あなたは二倍、すばらしいだろう。 で、今、あなたは、自分自身の イメージを、持っています - このお世辞に当てはまる、 このすばらしい人物として、です。 さて私は、あなたに、 あなた自身を見てほしい。 私のキャンディを食べてほしい。 |
| 28:07 K: いいえ。あなたは私へ、 きわめて明らかに、語ってきました - それは、同じ硬貨の両面です。 |
| 28:16 S: そうです。 |
| 28:17 K: 愉しみと痛みは、同じです。 同じです。 |
| 28:23 S: まったく同じです。 K: ええ。あなたは私に、それを語ってきました。 |
| 28:25 S: そのとおり。私はあなたに、それを語っています。 K: 私はそれを理解しました。 |
| 28:27 B: それらは、どちらもイメージです。 |
| 28:28 K: どちらもイメージです。 で、どうぞ・・・ |
| 28:30 私の問いは、答えられていません。 |
| 28:31 私は、これらを悟って - 私は相当に智恵ある人です。 私は、大変多く読んできました。 普通の人です。 私個人は読んでいません。 私は、普通の人について、 話しています。 私は、大変多く読んできました。 私は、これについて議論してきたし、 これらがどんなに とてつもなく重要なのかが、分かります。 私は、それを悟る、と言います - それらは、同じ硬貨の両面です。 頭脳は登録します。 そして、全体のことが、始まります。 さて、私はどうやって、 それを終わらせるべきでしょうか。 「どうやって」ではない。 方法ではない。 何をすべきかを、私に語らないでください。 私はそれを受け入れないでしょう。 それは私にとって、何の意味もないからです。 いいですね? |
| 29:30 B: まあ・・・ 私たちは、違いがあるのか どうかについて、議論していました - 蓄えられた傷と、 来たるべきものとの間の違い、です。 |
| 29:41 K: そのとおりです。 それが、私が理解しなくてはいけない 第一のことです。語ってください。 |
| 29:45 B: 根源的に、それらもまた、 同じ原理に則って働くと、 私には見えます。 |
| 29:51 K: どうですか。 |
| 29:53 B: 来たるべき傷を、取るなら、 私の頭脳はすでに、イメージをもって 応答するよう、設置されているとか、 設けられている。 |
| 30:07 K: いいえ。それは理解できません。 はるかに単純にしてください。 |
| 30:12 S: それは私にとって・・・ 私はそれを・・・ |
| 30:14 K: ああ、私は彼に、訊ねています。 S: いいよ。 |
| 30:15 K: あなたは、それの専門家です。(笑) |
| 30:16 あなたは、何ダースも 餌食を持っています。 彼はここで、一人だけ 餌食を、持っています。 |
| 30:25 B: そうね・・・ 過去の傷と、現在のものとの間に、 本当は区別が、ありません。 なぜなら、 それらはすべて、過去から来る、 過去の反応から来るからです。 |
| 30:38 K: で、そのとおりです。 あなたは私に、語っています - 「過去の傷や未来のを、 分割しないでください。 イメージは同じであるから」と。 |
| 30:49 B: ええ。過程は同じです。 |
| 30:51 K: 過程は。ゆえにイメージは、 受容しつつある。ですね? |
| 30:56 B: ええ。それは本当は大事ではない。 なぜなら、私はただ、過去の傷を 思い起こすかもしれないからです - それは、他の誰かが私を、 侮辱しているのと、同じです。 |
|
31:06
K: ええ、ええ。で、あなたは、 私に言っています -
過去や未来の傷を、 分割しないでください。
ただ傷だけが、ある。
B: ええ。 K: ただ楽しみだけが、ある。 で、それを見てください。 イメージを見てください。 過去の傷と未来の傷と いうことに立ってではなく、 ただイメージを、見つめてください - 過去でも、未来でもあるものを、です。 B: ええ。 |
| 31:43 K: いいですか? |
| 31:44 B: 私たちは言っています - 「イメージを見てください。 |
| 31:46 その特定の内容においてでなく、 その一般的な構造を、です」と。 |
| 31:51 K: ええ、ええ。そのとおりです。 さて、そのとき、 私の次の問いは、こうです - 私はどうやって、それを見つめるべきですか。 私はすでに、イメージを持っているから、 それでもって、私は見ようとしています。 すなわち、私はそれを抑圧しなければならない、と。 あなたは言葉で、私に約束してくれます - 正しくは、約束ではない。 私に、望みを与えてくれます - すなわち、私は 正しい関係を持つなら、 とてつもなく美しい生を、 生きるだろう。 私は、愛とは何かを知るだろう、 その他すべてを、です。 ゆえに、私はすでに、 この観念に興奮しています。 |
| 32:29 B: でも、そのとき私は、その種の イメージにも、気づかなくてはいけません。 |
| 32:33 K: ええ、ええ。ゆえに、私はどのように・・・ それが、私の論点です。 私はどのように、このイメージを、 見つめるべきでしょうか。 私は、自分がイメージを持っているのを、 知っています - 一つのイメージだけではなく、 幾つものイメージも、です。 でも、そのイメージの中心が、「私」です。 私は、それらを知っています。 さて、私はどのように、 それを見つめるべきですか。 たぶん今、前進しても いいですか。 よし。 観察者は、彼が観察しているものより、 違っていますか。 B: ええ、まあ・・・ |
| 33:17 K: それが、本当の問いです。 |
| 33:18 B: ・・・それが問いです。 |
| 33:19 それが、イメージの力の根だ、と 言えるでしょうね。 |
| 33:23 K: ええ、ええ。お分かりに なりますか。何が起きますか。 観察者と観察されるものと間に、 違いがないなら、 時の間隔がある - その中で、 他の活動が、つづいている。 |
| 33:38 B: ええ、その中で、頭脳は一種・・・ 寛いで、もっと快い何かへ、入る。 |
| 33:43 K: ええ、ええ。 |
| 33:45 B: ええ、それはだいじょうぶです。 |
| 33:48 K: そして、分割があるところ、 葛藤がある。 で、あなたは私に、 違ったさまで観察するよう、 語っています。 観察の芸術を学ぶように、です。 すなわち・ ・・ 観察者は観察されるものである、と。 |
| 34:12 B: ええ。でも、私たちは初めに、 自分たちの伝統全体、条件づけ全体を、 見つめられよう、と思います - すなわち、観察者は、観察されるものより、 違っている、と。 |
| 34:20 K: 違っている。もちろんです。 |
| 34:21 B: 私たちはおそらく、しばしの間、 それを見つめるべきでしょう。 |
| 34:23 K: ええ。 |
| 34:24 B: なぜなら、それが、あらゆる人が 感じることであるからです。 |
| 34:27 K: ええ。観察者は違っている、と。 |
| 34:29 B: ええ。それは、昨日私が実在について、 言っていたことと、結びついている、 と私は思います。 私たちが考える物事すべては、 或る種の実在です。 なぜなら、少なくとも、それは 思考、実在の思考であるからです。 でも、私たちは実在において、 区別をします - 自己言及、自己維持する実在・ ・・ それは、思考に依存せずに 成り立っている。 そして、思考により 維持される実在との間、です。 |
| 34:57 K: ええ。思考により 維持される実在、です。 |
| 35:00 B: 人により作られた かもしれない実在・・・ ですが、それは、 それ自体で成り立っている。 テーブルのように。 または、 自然のように。それは・・・ K: ・・・違っている。 |
| 35:06 B: ・・・違っている。 |
| 35:07 K: ええ。それを、 私たちは昨日、通り抜けました。 |
| 35:08 B: 観察者は、普通私たちが 考えるのは・・・ |
| 35:10 私は自分自身について 考えているとき、 その自己は、思考に 依存していない実在ですね。 |
| 35:20 K: ええ。私たちは、それが、 思考に依存していないと、考えます。 |
| 35:24 B: その自己は、 実在である観察者です。 |
| 35:29 K: 全くです。 |
| 35:30 B: 彼は、思考に 依存していなくて・・・ 彼は考えていて、 彼は思考を産出している。 K: でも、それは、思考の産物です。 |
| 35:34 B: ええ。でも、それが混乱です。 |
| 35:35 K: ええ、全くです。 |
| 35:37 あなたは、部外者として、私に、 観察者は過去の結果である、 と語っていますか。 |
| 35:53 B: ええ。それは分かります。 |
| 35:55 K: 私の記憶、私の経験、 その他すべて、過去、です。 |
| 35:58 B: ええ。でも、私たちは 視聴者について、考えるなら、 彼はそれを、少しきついと 見るかもしれないと、思います - 彼がそれに入ったことがないなら、 それに付いていくことは、です。 |
| 36:06 S: とてもきついと、私は思います - それをどう伝達するのか・・・ |
| 36:09 K: ああ、待ってください。それは相当に単純です。 S: それはどういう意味ですか。 |
| 36:11 K: あなたは、過去に生きませんか。 |
| 36:14 S: 私は、自分は過去に 存在する、と思います。 |
| 36:17 K: いえ、いえ、待って。 あなたの生は、過去です。 |
| 36:19 あなたは、過去に 生きています。ですね? |
| 36:26 S: そのとおりです。ええ。 |
| 36:28 K: 過去の記憶、過去の経験、です。 |
| 36:29 S: 過去の記憶、過去のなること、 なろうとしたこと。 |
| 36:32 K: 過去から、あなたは未来を 投影します - 望み、です。 「私は、それが良くなるだろうと望む。 私は良くなるだろう。私は違っているだろう」 - それはいつも、過去から未来へ、です。 |
| 36:42 S: そうです。 それが、いかに生きられるか、です。 |
| 36:45 K: さて、私は、過去が 「私」であることを、見たいのです。 もちろんです。 |
| 36:54 B: でも、それは、ただ、 あなたが見つめている何か 独立したものであるかのように、見えるんです。 |
| 36:58 K: それは、独立していますか。 |
| 36:59 B: 独立していないが、 それが見えるには・・・ |
| 37:01 K: 分かります。そういうわけで、 私たちは訊ねているのです。 「私」は、過去より独立していますか。 |
| 37:07 B: 「私」はここにいて、過去を 見つめているように、見えます。 |
| 37:09 K: もちろんです。全くです。 「私」は、壺に、籠に 入っています。 (笑) それが見ています。全くです。 |
| 37:19 S: そのとおりです。 |
| 37:21 K: しかし「私」は、過去の産物です。 |
| 37:25 S: それは分かります。でも、 私たちが経ていく飛躍は、何ですか - そこで私たちは・ ・・ 私はあなたへ、「それは分かります」 と、言えます - 「私は過去の産物です。 それは分かります」と。 K: あなたは、どのようにそれが見えますか。 |
| 37:36 B: 知的に、です。 |
| 37:37 S: 私は知的に、それが見えます。 K: そのとき、それが見えません。 |
| 37:38 S: それが、私が行こうとしていることです。 K: そのとき、あなたは、ごまかしをやっています。 |
| 37:40 S: そうです。私は知的に、それが見えて・・・ |
| 37:41 そのとおりです。 私は知的に、それが見えます。 |
| 37:42 K: あなたは知的に、これが見えますか。 |
| 37:44 S: いいえ。 K: なぜですか。 |
| 37:53 S: そこには、知覚の即時性が、あります。 |
| 37:54 K: 同じように、なぜ、真理の |
| 37:55 知覚の即時性が、 ないのでしょうか - |
| 37:56 すなわち、あなたは過去である、と。 |
| 37:59 それを、知的な事柄にしないで、です。 |
| 38:08 S: なぜなら、時が入ってくるからです。 私は、自分が時を 経てきたことを、想像します。 |
| 38:12 K: あなたのいう、想像とは、 どういう意味ですか。 |
| 38:14 S: 私は、三歳の自分自身の イメージを、持っています。 私は、十歳の自分自身の イメージを、持っています。 私は、十七歳の自分自身のイメージを、 持っています。 私は、それらが 時の中、順次、続いたと言います。 私は、自分自身が、 時をかけて発展してきたのが、見えます。 私は今、五年前の私より、 違っています。 |
| 38:31 K: 違っていますか。 |
| 38:33 S: 私は、それが私がそのイメージを 得たさまである、と申し上げています。 そのイメージは、発達順です。 K: それらは理解できます。 |
| 38:40 S: 時の中で、です。ですね? |
| 38:41 B: ええ。 |
| 38:42 S: 私は、蓄積した出来事の束の |
| 38:44 記憶の倉庫として、存在します。 |
| 38:52 K: それは、時がそれを 産出したことを、意味しています。 |
| 38:56 S: そうです。それは時です。 それは分かります。 |
| 39:00 K: 時とは何でしょうか。 |
| 39:01 S: 私はちょうど、それを あなたへ叙述しました。 時は、私の記憶です。 記憶の中の動きです。 |
| 39:06 K: それは動きです。 それは動きです。 |
| 39:10 S: そのとおりです。 |
| 39:13 K: 過去からの動き。 |
| 39:16 S: そうです。私は、自分が 三つだった時から、動いてきました。 |
| 39:21 K: 過去からです。それは動きです。 |
| 39:22 S: そのとおりです。三つから十、十七へ。 |
| 39:25 K: 理解できます。それは動きです。 さて、その動きは、実際ですか。 |
| 39:36 S: あなたのいう実際とは、 どういう意味ですか。 |
| 39:38 B: または、それはイメージですか。 K: え? |
| 39:39 B: それはイメージですか、 または、それは実際の事実ですか。 |
| 39:40 K: ええ、そうです。 |
| 39:42 B: 私がいうのは・・・ |
| 39:43 私は、自分自身についてイメージを 持っているなら - 「私はこれが必要だ」と 言うように、です。でも、それは、 実際の事実でないかもしれません。ですね? |
| 39:51 K: イメージは事実ではない。 |
| 39:55 S: でも、私が感じる・・・ |
| 39:56 K: ああ、いいえ。あなたが感じることは、 「私の経験」と言うのに、似ています。 あなたの経験は、最も不条理な 経験なのかもしれません。 |
| 40:03 S: いえ。でも、それは、「見なさい。 あなたはこれをつづけている」と 言うことにより、 私を放り出しています。 これは事実です。私は、 実際のことを、叙述しています。 |
| 40:11 B: でも、それが、イメージについての まさに論点です。 それは、実際の事実を模倣する、と。 分かりますか。 あなたは、 それが実在するとの感じが、します。 言い換えると、私は、自分が本当に そこにいる、と感じます - 実際の事実だ。 過去を、私がどう発達してきたかを、 見つめている、と。ですね? |
| 40:23 S: そうです。 |
| 40:24 B: でも、それは事実ですか - 私が そうしている、ということは。 |
| 40:27 S: それはどういう意味ですか。 私が、その感じを得るのは、 実際の事実です - 私がそれを見つめている、と。 |
| 40:32 B: ええ。でも、それが、すべてのありさま、 あったさまなどだ、というのは、 実際の事実ですか・ ・・ その含意すべてが正確だ、 ということは、です。 |
| 40:43 S: いいえ。それは実際ではない。 私は、自分の記憶の不正確さが、見えます - それが、時の中で私を構築します。 明白に私は、三つのとき、 思い出せるのより、はるかに多くのものでした。 私は、十のとき、思い出せるのより、 はるかに多くのものでした。 十七のとき、私が記憶に 持っているのより、明白に、 実際には、はるかに多くのことが、 つづいていました。 |
| 41:05 B: ええ。でも、今ここに いる「私」が、 今、それらを見つめています。 |
| 41:10 S: そのとおりです。 |
| 41:11 B: でも、彼はそこにいますか。 彼は、見つめていますか。 それが問いです。 S: 「私」は・・・ |
| 41:14 K: ・・・実際ですか。 |
| 41:16 S: ・・・実際ですか。 K: これがそうであるように。 |
| 41:18 S: そうね・・・ K: それに拘ってください。 |
| 41:22 S: それが、私がしようとしていることです。 |
| 41:26 実際なるものは、この発達です。 |
| 41:27 発達順序についてのこのイメージです。 |
| 41:28 B: そして、それを 見つめている「私」です。 |
| 41:38 S: それを見つめている「私」。 そのとおりです。 |
| 41:40 B: それは、私たちが滑り落ちることの一つだ、 と思います。なぜなら、私たちは、 |
| 41:44 客観的に発達順序がある、と言い、 で、「私」がそれを 見ていると、 ほのめかしているからです - 私がその植物を 見ているように、です。 |
| 41:54 S: そうです。 |
| 41:55 B: でも、それを見ている「私」は、 発達順序がそうであるように、 イメージである、 ということかもしれないし、 事実、そうなのです。 |
| 42:04 S: そうです。すると、あなたは、 仰っています - この「私」のイメージは・・・ |
| 42:10 K: ・・・非実在です。 それは非実在です。 |
| 42:13 B: まあ、唯一つの実在は、 それが思考だ、ということです。 |
| 42:15 K: ええ。 |
| 42:16 B: それは、考えることより 独立した実在ではない。 |
| 42:18 K: で、私たちは戻って、実在とは 何かを、見出さなければなりません。 |
| 42:22 K: 実在は、思考が組み立ててきた 物事すべてである、と私たちは言いました。 テーブル、幻影、教会、国家、民族 - 思考が発案してきた、組み立ててきた 物事すべては、実在です。 でも、自然は、その実在でない・・・ |
| 42:39 S: そうです。 |
| 42:41 K: 思考により、組み立てられていないが、 それは実在です。 |
| 42:45 B: それは、思考に 依存していない実在です。 |
| 42:46 K: 思考に依存していない。 S: そうです。 |
| 42:47 B: でも、そうね、見ている「私」は、 自然のように、 |
| 42:48 思考に依存していない実在ですか。 |
| 42:55 K: それが論点全体です。 理解されましたか。 |
| 42:58 S: ええ。私は見えはじめています。 質問をさせてください。 あなたにとってのその違いについて、 何かを言えますか - あなたの・ ・・ いや、それは公平でない。 私は言おうとしていました - あなたにとって、この知覚、 これについての知覚と、 「私」についての知覚の間に、 何か違いが、ありますか。 |
| 43:23 K: これは実在しています。 「私」は実在していません。 |
| 43:25 S: 「私」は実在していないが、 「私」についての知覚は? |
| 43:28 K: それは存在していません。 |
| 43:31 B: 仮に・・・ |
| 43:32 S: イメージについての あなたの知覚は・・・ |
| 43:35 K: 私はイメージを持ちません。私がイメージを 持たないなら、どこに「私」がありますか。 |
| 43:39 S: でも、私は、「私」の イメージを、持っています。 「私」についての、私の知覚は、何ですか。 |
| 43:44 B: それは別な形で、表せるでしょうか。 仮に、あなたは、奇術を 見ている、とします。 のこぎりで、女が半分に 切られているのを、知覚します。 それから、仕掛けが見えるとき、 この女についての、あなたの 知覚は、何でしょうか - のこぎりで、半分に切られている女の、です。 それは、彼女がのこぎりで、 半分に切られていないからではない。 私は、こう言おうとしています - 奇術の仕掛けを見抜けないかぎり、 一見、実在だと見えるものは、 誰かが半分に切られていることです。 でも、あなたは、一定の点を 見逃してきましたが、 自分が見逃してきた点が、見えるとき、 あなたは、誰も半分に 切られているのを、見ません。 |
| 44:16 S: そうです。 |
| 44:18 B: 仕掛けが、見えるだけです。 |
| 44:20 S: で、私は、その本質を 見逃してきました。 |
| 44:23 K: いえ。単純でありましょう。 私たちは、自分たちが イメージを持っている、と 言いました。 では・・・ 私は、自分がイメージを持っているのを、知っています。 あなたは私に、それを見つめるよう、 それに気づくよう、 イメージを知覚するよう、語ります。 知覚者は、知覚されるものより、 違っていますか。 それが、私の問いのすべてです。 |
| 44:53 S: 分かります。分かります。 |
| 44:55 K: なぜなら、彼は違っているなら、 葛藤の過程全体が、果てしなく 続いていくだろうからです。 ですね? でも、分割がなく、 観察者は観察されるものであるなら、 問題全体が変化します。 |
| 45:10 S: そうです。 |
| 45:12 K: いいですか? で、観察者は、観察されるものより、 違っていますか。 明白に違っていない。 で、私は観察者なく、そのイメージを 見つめられますか。 観察者がないとき、イメージがありますか。 なぜなら、観察者がイメージを作るから、 なぜなら、観察者は 思考の動きであるからです。 |
| 45:48 B: すると私たちは、それを 観察者と呼ぶべきではない。 なぜなら、それは見ていないから。 言語は混乱します。 |
| 45:53 K: ええ、言語は。 |
| 45:54 B: なぜなら、「それは観察者だ」と 言うなら、それは、 見ている何かを、含意するからです。 |
| 45:57 K: ええ、全くです。 |
| 45:58 B: あなたが本当に 仰ろうとしているのは、 思考が動いていて、 イメージを創り出している。 まるで、それが見ているかのように。 でも、何も見られていない。 ゆえに、観察者はない。 |
| 46:07 K: 全くそうです。でも、それを、 逆に表しましょう。 思考なしに、考えることがありますか。 |
| 46:13 B: 何ですか。 |
| 46:14 K: 思考なしに、考える者がありますか。 |
| 46:17 S: いいえ。 |
| 46:19 K: そのとおり。そういうことです! 経験者がないなら、経験がありますか。 で、あなたは私に、自分のイメージを 見つめるよう、頼んできました。 あなたは、「それを 見てください」と言いました。 それは、とても深刻で、 とても透徹する要求です。 あなたは言います - 観察者なしで、 それを見てください。 なぜなら、観察者は、 イメージの作り手であるからです。 もし観察者がないのなら、 思考者がないのなら、 思考はない。 ですね? で、何もイメージはない。 あなたは私に、何か甚大に 意義深いことを、示してくれました。 |
| 47:22 S: あなたが言われたように、 問いは、完全に変化します。 |
| 47:25 K: 完全に、です。それは去ってしまった。 私はイメージを持ちません。 |
| 47:28 S: それは完全に違った感じです。 それはまるで・・・静寂があります。 |
| 47:33 K: で、私は言っていました - 私の意識は、 世界の意識であるので - なぜなら、本質的に、それは 思考の物事で 満たされているからです。 悲しみ、恐れ、楽しみ、絶望、心配、 執着、無執着、望み・ ・・ それは、混乱の騒動です。 それらには、深い苦悩の感覚が、 関与しています。 その状態において、あなたは、 どの人間とも、 どんな関係をも、持てません。 で、あなたは私に言います - 最も大きく最も責任ある 関係を持つことは、 イメージを持たないことなのです。 |
| 48:33 S: それは、「有るもの」へ 応答できることです。 |
| 48:36 K: それを翻訳しないでください。 |
| 48:38 S: そうです。これは、(語源的に) 応答できる、ということです。 |
| 48:40 K: ええ。 S: それを開く。 |
| 48:41 K: で、あなたは、私に 指し示してきました - |
| 48:42 イメージから自由であるには、 イメージの作り手が 不在でなければならない、と。 イメージの作り手は、過去です。 観察者です - 「私はこれが好きだ」、 「私はこれが好きでない」、 「それは私の妻だ、私の夫だ、 私の家だ」と言う者、です。 付いてきていますか。 「私」 - 本質的に イメージであるものです。 で、そうね、私はこれを理解しました。 さて、次の問いは、こうです - イメージは、深くて、 隠れていますか。 イメージは、隠れていて、 私は、それらに取り組めない。 それらを、捉えられないのか。 付いてきておられますか。 それらは、洞窟に、地下にあり、 49:35 どこかに隠れていますか。 それらがある、と あなたは私に語ってきたし、 あなたたち、専門家みんなが、 私に語ってきた。 「ええ、地下のイメージが何十もある」と。 私は、あなたを 受け入れるからですが、 私は言います - 「いやはや、 彼らは知っているにちがいない。 彼らは、私より、 はるかに多く知っている。 ゆえに、彼らはそう言う」と。 で、私はそれを受け入れます。 「ええ。 地下のイメージがある」 と、私は言います。 さて、私はどうやって、それらを発掘し、 それらを、はっきり 露出させるべきでしょうか。 そうね、あなたは、私、普通の人を、 ひどい立場へ、入れてきました。 |
| 50:17 S: あなたは、それらを発掘しなくていい。 ひとたびこれが、あなたにとって、 明らかであるなら、何も・・・ |
| 50:23 K: いえ、あなたはすでに 私の中に、毒を確立しました。 |
| 50:28 S: あなたは、もはや存在しません。 ひとたび、あなたにとって、 観察者は観察されるものであることが、 明らかであるなら・・・ |
| 50:37 K: ゆえに、あなたは、 無意識はない、と言っています。 |
| 50:40 S: そうです。 K: ああ!専門家のあなたが、ですか? |
| 50:41 S: いえ、私が言った・・・(笑) |
| 50:42 K: あなたは、自分の患者さんたちへ、果てしなく、 無意識について、話をしますが。(笑) |
| 50:46 S: いえ、私はそうしません。(笑) |
| 50:50 K: ゆえに、あなたは、無意識はない、 と言いますか。 |
| 50:53 S: そうです。 |
| 50:56 K: あなたに同意します! そのとおりだ、と私は言います。 |
| 50:58 S: そうです。 |
| 51:01 K: あなたは、観察者が 観察されるものであり、 |
| 51:03 観察者は、イメージの作り手であることが、 見えた瞬間、それは終了しています。 S: 終了しています。そうです。 |
| 51:11 K: すっかり、です。 |
| 51:13 S: それが本当に見えるなら・・・ |
| 51:15 K: それなんです! |
| 51:16 それで、私が知っている意識 - その中で 私たちは生きてきましたが - それは、ものすごい変容を、遂げたのです。 遂げましたか。 あなたにとって、遂げましたか。 |
| 51:39 S: うーん。 |
| 51:39 K: いえ。そうなさらず・・・ あなたにとって、遂げましたか。 私がお訊きしてもいいなら、 ボーム博士、お二人は・ ・・ 私たちみんなは、観察者は 観察されるものであることを、悟って、 ゆえに、イメージの作り手が、 もはや存在していない。 それで、意識の内容 - それが、意識を 作り上げるのですが - それは、私たちが 知っているとおりではない。 ですね? そのとき、何か? もう、五分間、あります。 |
| 52:34 S: そこで、どうお答えすべきかを、 私は知りません。 |
| 52:36 K: これは・・・ いいですか? 私は、この質問をしています。 なぜなら、 そこには、冥想が関与しているからです。 私は、この質問をしています。 なぜなら、宗教的な人々すべて、 本当に真剣な人たちは - 私は、導師たちや彼らの たわごとについて、話していません - 本当の真剣な人々、 この疑問へ入ってきた人たち、です。 私たちは、日常生活で、 この意識の区域の中で、 生きるかぎり - 心配、恐れと その他すべての(意識の)中、 そのイメージすべてと、 イメージの作り手とともに、にです - 私たちが何をしようとも、それは、やはり その区域の中に、あるでしょう。 ですね? 私は或る年、禅に加わり、 禅僧になり、頭を剃り、 あらゆる種類のことを、 するかもしれません。 それから、別の年、私は行って、 誰か導師の・ ・・ 誰か導師に従う、などなど。でも、 それはいつも、その区域の中にある。 |
| 53:49 S: そうです。 |
| 53:50 K: で、思考の動きがないとき、 何が起きますか。 その動きはイメージ作りですが、 そのとき、何が起きますか。 質問を理解されますか。 時は、思考の動きですが、 時が、終わるとき、何がありますか。 なぜなら、あなたは私を、 この点まで、導いてきたからです。 私はそれを、よくよく理解します。 私は、禅仏教を試してきました。 私は、禅の冥想を試してきました。 私は、ヒンドゥーの冥想を、試してきました。 私は、あらゆる種類のみじめな実践、 それらを、試してきました。 私は、あなたに出会い、 あなたに聞いて、私は、「いやはや、 54:40 これは、何かとてつもないことだ。 これらの人々が 言っていることは」と言う。 彼らは言う - イメージを作る者が、ないとき、 意識の内容は、 根本的な変容を遂げるし、 思考は、終わりになる。 例外は、それが、 知識、その他すべてが、 絶対的に、自らの正しい所を 持つとき、だ、と。 で、思考は終わりになる。 時は止まる。 そのとき何か? 理解されますか。 それは、死ですか。 |
| 55:21 S: それは自己の死です。 |
| 55:22 K: いえ、いえ。 もう三分間、あります。 もう一分間、あります。 |
| 55:33 S: それは、自己の破滅と同じです。 |
| 55:35 K: いえ、いえ。それ以上です。 |
| 55:39 S: それは、何かの終わりです。 |
| 55:40 K: いえ、いえ。ただ聞いてください。 思考が止まるとき、 イメージを作る者がないとき、 意識に、完全な変容がある。 なぜなら、 心配がない、恐れがない、 楽しみの追求がないからです。 騒動、分割を創り出す 物事は、何一つ、ない。 何が生じてくるのか。 または、何が起きるのか。 経験として、ではない。 それは外れたからです。 そこに、何が起きますか。 - 付いてきていますか - 私は見出さなくてはいけないからです。 あなたは、私を、間違った道に 導いているかもしれません! 私たちは止めるべきだと、思います。 |