Krishnamurti Subtitles
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BR76CTM7 - 生は神聖である。
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| 0:11 クリシュナムルティ(K): 今朝(の対話)の後、 部外者として、あなたは 私を、完全に 空っぽにしてしまいました - 完全に、何の未来もなく、過去もなく、 イメージもなく、です。 で、私はどこに、いますか。 |
| 0:42 S: そうです。今朝、私たちを 見ていた誰かが、言いました。 または、このあたりの人々の 一人が、言いました - 「朝に私は、どうやって、 ベッドから出るんだろうか」と。 |
| 0:50 B: ああ、そうです。 |
| 0:53 K: いいえ。私は、それは相当に たやすいと、思います。 朝にベッドから出るという 問題は、相当に単純です。 なぜなら、私は起き上がり、色々と しなくてはいけないからです。 生は、私が行為することを、要求します - 余生の間、ベッドにいるだけでなくて、です。 私は、これらを 視聴している部外者、 これらを聞いている者として、「空白の壁」の 感覚とともに、取り残されています。 「あなたが言ってきたことを、 私は理解します」という感覚 - なぜなら、それは私へ、 きわめて明らかにされたからです。 私は一瞥で、体系すべて、 導師すべてを、 拒絶してしまいました。 禅仏教、この仏教、この冥想、 あの冥想などを、です。 1:51 私はそれらを捨て去りました。 なぜなら、私は、 冥想者が冥想であることを、 理解したからです。 でも私は、まだ・ ・・ 感じます・・・ 私は、自分の悲しみの問題を、 解決したのでしょうか。 私は、愛するとはどういう 意味かを、知っていますか。 私は、慈悲とは何かを、 理解しますか。 生きる - 理解するのではない・ ・・ 知的に私は、たくさんの言葉を、 紡げますが、 このすべて これら対話の後、 みなさんと議論し、 みなさんに聞いた後、 私は、この驚異的なエネルギー、すなわち 慈悲の、感覚を、持っていますか。 私の悲しみの終わり、です。 私は、誰かを愛するとは、 人間たちを愛するとは、 どういう意味かを、知っていますか。 |
| 2:45 S: 実際に愛する。 |
| 2:46 K: 実際に、実際に、です。 S: それについて、話をするのではない。 |
| 2:47 K: ええ、ええ。私は、 それらを越えてきました。 |
| 2:48 あなたはまだ私に、死とは何かを、 示していません。 |
| 2:59 B: ええ。 |
| 3:01 K: 私は、死について、 何一つ、理解していません。 あなたは、それについて、 私へ話をしていません。 で、私たちは今晩、終了する前に、 扱うべき、これらのことが、ある - 扱うべき、たくさんの地面です。 |
| 3:17 B: いいです。私たちは、 死の問いについて、始められるでしょうか。 |
| 3:20 K: ええ。死について、始めましょう。 |
| 3:24 B: 一つの点が、私に浮かんできました。 私たちは、午前に議論しましたが、 観察者が観察されるものであると 見える点に来た、 そのとき、本質的に、 それは死である、というのが、 あなたが言われたことです。ですね? |
| 3:37 K: ええ。 |
| 3:37 B: さて、これは疑問を生じさせます。 もし自己がイメージでしか ないのなら - ですね? - そのとき、死ぬのは何なのか。 イメージが死ぬなら、それは何でもない。 ですね? それは死ではない。 |
| 3:51 K: ええ、そのとおりです。 |
| 3:52 B: で、何か死ぬ、 実在のものが、ありますか。 |
| 3:55 K: 生物学的な死が、あります。 |
| 3:57 B: 私たちは、当面、それについて 議論していません。 |
| 3:59 K: ええ。 |
| 4:00 B: あなたは、或る種の死について、 議論していました。 |
| 4:03 K: 私たちが今朝、話をしていたとき、 私は指摘しようとしていました - まったくイメージがないなら、 私の意識に、多様なイメージがないなら、 私は死んでいる、死がある!と。 |
| 4:18 B: それが、明らかでない点です。 死んだのは、何ですか。 死は、何かが死んだ、 という意味合いです。 |
| 4:23 K: 死んだ?イメージが死にました。 「私」が死んでいます。 |
| 4:26 B: でも、その何かは・・・ それは、真正の死でしょうか。 |
| 4:29 K: ああ、それが、私が 入りたいことです。もちろんです。 それは、言語的な了解でしょうか。 |
| 4:37 B: ええ。または、もっと深く、何か 死ななくてはいけないものが、ありますか。 何か実在物か、と私は言おうとしています。 |
| 4:41 S: 何か物が? |
| 4:43 B: 言い換えると、有機組織が死ぬなら、 私はそれが、或る点まで、分かります。 何か実在物が、死んだのです。 |
| 4:49 K: ええ、何か実在物が、死んだのです。 |
| 4:51 B: でも、自己が死ぬとき・・・ |
| 4:53 K: ああ、でも、私はこれまで、 受け入れてきました・・・ 自己は、驚くほど実在物だったのです。 |
| 4:59 B: ええ。 |
| 5:01 K: あなたたちがやってくる。 あなたたち三人がやってきて、 そのイメージは虚構である、と私に語ります。 私はそれを理解します。 私は少し怯えています - それが死ぬとき、イメージがないとき ・・・よろしいですか・・・ 何かに終わりが、あります。 |
| 5:25 B: ええ。でも、終わるのは、何ですか。 |
| 5:28 K: ああ、全くです! 終わるのは、何ですか。 |
| 5:34 B: なぜなら、終わるのは、 何か実在物ですか。 または、イメージが終わるのは、 まったく終わりではない、と 言えるのでしょうか。いいですか? |
| 5:39 K: まったくそうでない。何ですか? |
| 5:42 B: 終わるのがイメージだけなら、 それは、終わることのイメージです。 私は言おうとしています - それが イメージだけなら、大したものは終わらない、と。 |
| 5:48 K: ええ、それが、私が 取りかかりたいことです。 |
| 5:50 B: 私がいう意味が、分かりますか。 |
| 5:52 K: それが単に、イメージが 終わることであるなら・・・ |
| 5:55 S: そのとき、何も大したことはない。 K: 何もない。 |
| 5:56 B: ええ。それは、テレビを 消すのに似ています。 |
| 5:57 K: ええ。それで、私には何も残りません。 |
| 5:59 S: それは、死とは何かですか。 |
| 6:04 B: それは、死とは何かですか。 |
| 6:06 または、死ぬのは、 もっと深い何かですか。 K: ああ、はるかに深いです。 |
| 6:10 B: もっと深い何かが、死ぬ。 |
| 6:11 K: ええ。 |
| 6:12 S: イメージ作りの 過程については、どうですか。 |
| 6:13 K: いえ、いえ。 |
| 6:17 それは、イメージの終わり、 すなわち死、ではなく、 それよりはるかに深い何かだ、と 私は言うでしょうね。 |
| 6:29 B: でも、それはやはり、 有機組織の死ではない。 |
| 6:31 K: やはり、有機組織の死ではない。 もちろんです。有機組織は・・・ |
| 6:35 B: 或る点まで、つづくでしょう。 |
| 6:37 K: ええ、或る点まで。 病気に罹る、 事故、老齢や老衰などまで、です。 しかし、死は・ ・・ それは、イメージが 終わることですか - それは、相当に単純だし、 相当に、そうね、受け入れやすいし、 通常ですが・ ・・ K: ・ ・・論理的に、または、実際にも。 でも、そうね、それは、 とても浅い水溜まりに、似ています。 わずかな水を 取り去ってしまうと、後には、 泥しか残されていない。 何もない。 で、何かはるかに大きなものが、ありますか。 |
| 7:27 S: 死ぬものですか? |
| 7:30 K: いえ。 死ぬものではなく、死の意味です。 |
| 7:39 S: 死ぬイメージより、 何かもっと、あるのか。 または、イメージの死を越えて、 死には、意味があるのか。 |
| 7:50 K: もちろんです。それが、 私たちが訊ねていることです。 |
| 7:52 S: それが問いです。 死について、イメージの死より 何か大きなものが、ありますか。 |
| 7:56 K: 明白です。あるにちがいない。 |
| 7:59 B: これは、有機組織の死を、 含むのでしょうか。 |
| 8:02 K: ええ。有機組織の死は・・・ つづくかも・・・ いや、有機組織は、つづく かもしれない、ということですが、 最終的に、終わりになる。 |
| 8:09 B: でも、もしも私たちは、 死が何を意味するかが、普遍的に、 全体として、見えたのであれば、 そのときまた、有機組織の死が 何を意味するかも、見えるでしょう。 |
| 8:18 K: ええ。 |
| 8:19 B: でも、自己イメージの死にも、また 何か意味がありますか。 同じ意味ですか。 |
| 8:25 K: それはただ、とても小さな部分だ、 と私は言うでしょう。 |
| 8:29 B: それは、とても小さい。 S: そうです。 |
| 8:29 K: それは、きわめて小さな部分です。 |
| 8:30 B: でも、そのとき、こう 考えられるかもしれません - |
| 8:32 自己イメージの死が、あるかもしれない。 そのとき、自己イメージを越えて、 過程や構造が、あるかもしれない - 死ぬかもしれず、 自己イメージを 創り出すものが、です。 |
| 8:45 K: ええ、それは思考です。 |
| 8:46 B: それは思考です。あなたは、 思考の死について、議論していますか。 |
| 8:49 K: ええ、それもただ、またもや表面的です。 |
| 8:52 B: それは、とても小さい。 K: とても小さい。 |
| 8:53 B: 思考自体を越えて、 何か死ぬべきものが、ありますか。 |
| 8:54 K: それが、私が取りかかりたいことです。 |
| 8:56 S: 私たちは、死の意味に、 取りかかろうとしています。 |
| 8:57 B: 私たちは、すっかり 明らかではありません。 |
| 8:59 S: ・・・それは、自己、思考や イメージの死を、越えている。 |
| 9:01 K: いえ、ただ見てください。イメージは死ぬ。 それは、相当に単純です。 |
| 9:04 それは、とても浅い事柄です。 B: ええ。 |
| 9:12 K: そのとき、思考が終わることが、ある |
| 9:14 - それは、終わること・・・ 思考へ死ぬことです。 |
| 9:18 B: 思考は、イメージより深いが、 やはりさほど深くない、と 仰るんでしょうか。 |
| 9:21 K: さほど深くない。それで、 |
| 9:24 私たちは、イメージを作る者と、 イメージ自体を、取り除きました。 さて、もっと何かが、あるのでしょうか。 |
| 9:34 B: どういう意味で、もっと何か、ですか。 もっと何か、存在するものか、 もっと何か、死ななくてはいけないものか・・・ |
| 9:41 S: これは、起きるのは、 何か創造的なことですか。 |
| 9:43 K: いえ。私たちは、 見出そうとしています。 |
| 9:45 B: でも、あなたが、「もっと何かが、 あるのか」と言われるとき、 質問が明らかでない、 ということです。 |
| 9:49 K: ありますか・・・いや。 それは、すべて死ですか。 |
| 9:56 B: ああ、分かります。それは、 死であるすべてですか。 |
| 9:59 K: ええ。 S: これが死です。 |
| 10:00 K: いえ、いえ。私は、イメージを、 イメージを作る者を、理解します。 |
| 10:02 でも、それは、とても浅い事柄です。 |
| 10:08 S: で、そのとき、他の何かがある。 |
| 10:10 K: そのとき私は、「それがすべてですか。 それが、死の意味ですか」と言います。 |
| 10:16 S: 私は思うに、あなたと進んでいますが・・・ それが、死の意味ですか - あの小さな部分においてのみ、です。 もっと大きな意味が、ありますか。 |
| 10:23 K: 死は、甚大に意義深い何かを、 持っているにちがいない。 |
| 10:26 S: そうです。 |
| 10:27 B: あなたは、死は意味がある、 と仰っています - あらゆる物事にとって、 生の全体にとって、 意義がある、と。 |
| 10:32 K: ええ、生の全体です。そのとおり。 |
| 10:33 B: さて、初めに、なぜそう仰るのかを、 仰れるでしょうか。言い換えるなら、 私たちが視聴者について、考えているなら、 死がその種のことであることは、 一般的に受け入れられていません。 言い換えると、今、私たちが 生きるさま。死は・・・ |
| 10:45 K: ・・・その終わりにある。 |
| 10:47 B: ・・・終わりにある。 それについて、忘れようとする。 それを、目立たぬように しようとする、などです。 |
| 10:52 K: でも、あなたは・・・あなたたち三人が、 それに取り組み、指摘してきたように、 私の生は、騒動の中にあったのです。 私の生は、常なる葛藤、抗争、心配、 その他すべてであったのです。 |
| 11:07 S: そうです。 |
| 11:09 K: それが、私の生でした。 私は、知られたものへ、縋りついてきました。 ゆえに、死は、知られていないものです。 で、私は、それを恐れています。 あなたか、私たちがやってきて、 「ごらん。 死は部分的に、イメージや、 イメージの作り手が、終わることです。 死は、単にこれより、空っぽの皿より、 はるかに大きな意義を、 持っているにちがいない」と言う。 |
| 11:38 B: なぜそれが、持っている「にちがいない」かを、 もっと明らかにできたなら・・・ |
| 11:43 K: 「なぜそれは持っているに ちがいないのか」。なぜなら・・・ |
| 11:49 S: なぜそれは、 持っているにちがいないのか。 |
| 11:53 K: 生は、浅い空っぽな 水溜まりだけでしょうか。 その終わりに、空っぽの泥ですか。 |
| 12:00 S: まあ、なぜあなたは、他の何かが ある、と、想定されるんでしょうか。 |
| 12:03 K: 私は知りたいのです。 |
| 12:05 B: でも、他の何かがある、としても、 私たちは訊ねなくては いけません - 死が、それを理解する 鍵であるのは、なぜですか。 |
| 12:13 K: なぜなら、それは、あらゆる物事が 終わることであるからです。 |
| 12:16 B: よろしいです。 S: あらゆる物事が、です。 |
| 12:18 K: 実在、 B: ええ。 |
| 12:20 K: 私の概念、イメージのすべて・・・ 記憶すべての終わり。 |
| 12:22 B: でも、それは、思考が 終わるところに、ある。ですね? |
| 12:24 K: 思考が終わるところに、です。また、 それは、時が終わることをも、意味しています。 |
| 12:34 B: 時が終わること、です。 |
| 12:36 K: 時は全的に、止まってしまう。 |
| 12:40 そして、未来はない - |
| 12:44 過去が現在に出会い、続けていく、 という意味で、です。 |
| 12:58 B: 心理的に言って、です。 |
| 12:59 K: ええ。もちろん、心理的に言って、です。 |
| 13:02 B: そこで私たちは、やはり 未来と過去を、認めます。 |
| 13:04 K: もちろんです。 S: そのとおりです。いいよ。 |
| 13:06 K: 終わること。あらゆる物事が、 心理的に終わること。 |
| 13:07 それが、死なるものです。 |
| 13:17 B: 有機組織が死ぬとき、 その有機組織にとって、あらゆる物事が死にます。 |
| 13:23 K: もちろんです。 有機組織、この有機体が死ぬとき、 それは終了しました。 |
| 13:33 S: そうです。 |
| 13:34 K: でも、一分間、待ってください。 私はイメージを終わらせないなら、 イメージ作りの流れは、 つづいていきます。 |
| 13:46 B: まあ、どこでそれがつづいていくかは、 あまり明らかでない、と私は思います - 他の人々において、ですか。または・・・ |
| 13:51 K: それは、他の人々において、顕現します。 すなわち、私は死ぬ。 |
| 13:57 S: そうです。有機組織が。 |
| 13:59 K: 私は死ぬ。有機組織は死ぬ。 最後の瞬間に、 私はまだ、自分の持つ イメージとともに、います。 |
| 14:08 B: ええ。で、そのとき、 それへ、何が起きますか。 |
| 14:10 K: それが、私が言っていることです。 そのイメージは、 継続性を持っています - 他の残りのイメージ、あなたのイメージ、 私のイメージとともに、です。 |
| 14:19 S: そうです。 |
| 14:20 K: あなたのイメージは、 私のより、違っていない。 |
| 14:22 S: そのとおり。私たちは、 それを分かち合っています。 |
| 14:24 K: いえ、それを分かち合っていない。 それは、違っていない。 |
| 14:26 S: そうです。 |
| 14:28 K: それは、少し多くのひだ飾り、 少し多くの色を、持っているかもしれません でも、本質的に、イメージ、 私のイメージは、あなたのイメージです。 |
| 14:34 S: そうです。 |
| 14:36 K: さて、それで、イメージ作りの この常なる流れが、ある。 |
| 14:42 B: それは、どこで起きますか。 人々において、ですか。 |
| 14:45 K: それはある。それは、 人々において顕現します。 |
| 14:49 B: ああ、それは、より広いと、 感じますか。 何らかの形で、それは、 より一般的で、より普遍だ、と。 K: ええ。はるかに普遍的です。 |
| 14:52 B: それはなかなか・・・ |
| 14:54 K: あ? |
| 14:55 B: それはなかなか変だと、私は言います - それについて考えることは、です。 |
| 14:56 K: ええ。 |
| 14:59 S: それはある。 |
| 15:02 K: それは・・・ |
| 15:04 S: それは川です。ええ、 川に似ていて、そこにある。 |
| 15:06 それは、流れにおいて顕現する - それが人々と呼ばれる。 |
| 15:14 K: 顕現する。いえ。その流れは、 イメージの作り手と、イメージです。 |
| 15:22 B: 言い換えると、 あなたは、こう仰っています - イメージは、頭脳において 発生するだけでなく、 何らかの意味で、それは普遍的だ、と。 K: そうです。普遍的です。 |
| 15:28 B: でも、それは明らかでない。 |
| 15:29 あなたは、それは、頭脳すべての 効果の総計だけだ、 と仰っているだけではなく、 何かもっと多くを、含意していますか。 |
| 15:38 K: それは、頭脳すべての効果です。 それは、人々において顕現します - 彼らが生まれるときに、です。 遺伝子と、その他すべて、です。 さて、 それがすべてでしょうか。 死により、私は・ ・・ 死は、甚大な、終わりなき このエネルギーの 感覚を、もたらしますか - 始まりもなく、 終わりもないものの(感覚)を、です。 または、それはただ・ ・・ 私は、自分のイメージを、 取り除いてしまった。 イメージの作り手は・・・ 私はそれを、止められます。 それは相当に単純です。 それは、止められます。 ええ。 でも、私は、はるかに深い物事に、 触れたことがありません。 生は、無際限の深さを、 持っているにちがいありません。 |
| 16:48 B: さて、それを開く死は・・・ |
| 16:51 K: 死が、それを開きます。 |
| 16:53 B: それは死だと言われましたが・・・ 私たちは、それは、 イメージ作りの死以上だ、と言います。 これが、明らかでないことです。 私は言おうとしています - 何か実在のものが、ありますか。 それが自体を悟るのを、 妨げているものが、です。 |
| 17:07 K: ええ。「私」が、イメージをとおし、 思考の作り手、イメージの作り手をとおして、 それ自体を、妨げています。 |
| 17:13 S: それが、それを妨げているものです。 イメージ作りと、 思考作りが、より大きいものを、 妨げています。 |
| 17:18 K: 待って。それを妨げている。 |
| 17:20 S: ええ、それを妨げている。 |
| 17:21 K: でも、さらに他の妨げ、 より深い妨げが、ある。 |
| 17:24 B: それが、私が 取りかかろうとしたことです。 すなわち、実在している、 より深い妨げが、ある。 |
| 17:28 K: それは実在しています。さて・・・ |
| 17:31 B: それらは本当に、死ななくてはいけません。 K: そうなんです。 |
| 17:33 S: それは、話しておられた、この流れに、 似ているんでしょうか。 |
| 17:34 K: いえ、いえ。 悲しみの流れがある。でしょう? |
| 17:37 B: どういう意味で、ですか。 悲しみは、イメージより深いのですか。 |
| 17:43 K: ええ。 S: そうです。 |
| 17:46 B: それは重要です。 K: そうです。 |
| 17:47 S: そう思われますか。 K: そう思いませんか。 |
| 17:48 S: ええ、そう思います・・・ |
| 17:49 K: いえ、気をつけてください。これは、 とても深刻です - このことは。 |
| 17:50 S: そのとおりです。 |
| 17:52 B: 悲しみと苦しみは、同じである、 |
| 17:54 違った言葉だけである、と 仰るのでしょうか。 |
| 17:56 K: ああ、違った言葉です - 悲しみと苦しみは。 |
| 17:59 S: このイメージ作りより、 悲しみは深い。 |
| 18:01 K: そうでないですか。 |
| 18:05 人は百万年、悲しみとともに、 生きてきました。 |
| 18:08 B: 私たちは、悲しみについて、もう少し 言えるでしょうか。それは何ですか。 |
| 18:11 それは、痛み以上です。 |
| 18:19 K: ああ、痛みよりはるかに大きく、 損失よりはるかに大きい。 |
| 18:24 私の息子や親やあれこれを 失うより、はるかに大きい。 |
| 18:31 S: それより深い。 |
| 18:33 K: それより、はるかに深い。 S: そうです。 |
| 18:34 B: それは、イメージを越え、 思考を越えて行きます。 |
| 18:36 K: もちろんです。思考を越えています。 |
| 18:38 B: ああ。ふつう、感情と呼ばれる だろうものを、越えています。 |
| 18:40 K: もちろんです。感情、思考を、です。 さて、それは終わりうるでしょうか。 |
| 18:43 S: あなたが進む前に・・・ |
| 18:47 悲しみの流れは - 私が純真でありうるなら - イメージ作りの流れより、 違った流れである、と 仰っていますか。 それがある、と言わざるをえなかったなら、 それは、二つの違った流れですか。 K: いえ。それは、流れの一部です。 |
| 19:03 S: 同じ流れの一部です。 |
| 19:04 K: が、はるかに深い。 S: はるかに深い。 |
| 19:06 B: すると、とても深い流れが ある、と仰っていますか - |
| 19:06 K: それだけです。 B: イメージ作りは、 |
| 19:07 この流れの表面にあり、 表面の波だ、と。 |
| 19:14 K: それがすべてです。でも、私たちは、 それとともに、残されてきました。 私は透徹したいのです。 |
| 19:17 B: 私たちは、この流れの 表面の波を理解した、 と言えるんでしょうか - それがイメージ作りと呼ばれますが。 |
| 19:22 K: イメージ作り。そのとおりです。 |
| 19:23 B: どんな動揺でも、 「悲しみ」の中にあるものは、 イメージ作りとして、表面に出てきます。 |
| 19:28 K: そのとおりです。 |
| 19:28 S: で、今私たちは、深海のダイビングを しなくてはいけません。ですね? |
| 19:32 K: 川のダイビングです。 |
| 19:38 B: でも、悲しみは何でしょうか。 |
| 19:41 K: そうね・・・ 普遍的な悲しみが、あります。 |
| 19:46 B: ええ。それが明らかになるように、 しましょう。それは単に、 異なった人々の悲しみすべての 総計だけではない。 |
| 19:54 K: ええ、ええ。それはこの・・・ 私たちはそれを、このように 表されるでしょうか - 川面の波は、 慈悲を、もたらさない。 慈悲と愛は、同じです。 それらは、同義語です。 だから、 慈悲という言葉で、通しましょう。 波は、これをもたらさない。 何が、もたらすのでしょうか。 慈悲なしには、人間たちは、 自分たち自身を破壊しています。 今そうしているように、です。 で、慈悲は、悲しみの終わりと ともに、来ますか - それは、思考により 創り出された悲しみではない。 |
| 20:49 B: ええ。で、思考において、 あなたは、自己のために 悲しみを持っている、と言うべきでしょうか。 |
| 20:54 K: ええ、自己のための悲しみです。 |
| 20:55 B: それは、自己憐憫です。今、あなたは、 もう一つの悲しみがある、と仰る。 私たちは、それをすっかり 捉えていない、と思います。 より深い悲しみが、ある。 |
| 21:02 K: より深い悲しみが、ある。 |
| 21:04 B: ・・・それは普遍的である。 単に総計ではなく、 むしろ、普遍的な何かだ、と。 K: そのとおりです。 |
| 21:08 S: 私たちは・・・ |
| 21:10 それを詳しく綴れるでしょうか。 それに入れるでしょうか。 K: あなたは、それを知りませんか。 |
| 21:15 S: ええ。 |
| 21:17 K: 私にかかわらず・・・ 私はただ訊ねています。 あなたは、はるかに深い悲しみを、 |
| 21:18 知りませんか。それに気づきませんか - 思考の悲しみ、自己憐憫、 イメージの悲しみより、深く、です。 |
| 21:34 B: その悲しみは、 何か内容を、持っていますか。 それは悲しみである、と言うこと - 人がこの事態にある。それから 抜け出せない、という事実にとって、です。 |
| 21:44 K: 部分的にはそれです。それは部分的に、 無知の悲しみ、という意味です。 |
| 21:49 B: ええ。人は無知であり、 それから抜け出せない、と。 |
| 21:52 K: 抜け出せない。よろしいですか。 B: ええ、そうです。 |
| 21:53 K: そして、その悲しみへの知覚が、慈悲です。 |
| 21:55 S: そうです。 |
| 22:00 B: いいです。すると、 無知覚が悲しみですか。 |
| 22:01 K: ええ、ええ。 |
| 22:04 私たちは、同じことを言っていますか。 |
| 22:12 S: いえ、私はそう思いません。 |
| 22:14 K: 例えば、あなたは、 無知の中の私を、見ます。 |
| 22:18 B: または、人類の全体を、見ます。 |
| 22:20 K: ・・・無知の中の人類、です。 幾千年を生きてきた後、 彼らはやはり無知です。 私たちが話している意味で、無知です - すなわち、 イメージの作り手、その他です。 |
| 22:33 B: さて、そうね、私の精神が本当に、 正しい、良い、明晰であるなら、 それは、私に、深い効果を持つはずです。 K: ええ。 |
| 22:39 B: そうですか。 |
| 22:39 K: ええ。 |
| 22:40 S: 何が、深い効果を持つんでしょうか。 |
| 22:41 B: このものすごい無知を、この |
| 22:42 ものすごい破壊を、見ることが、です。 K: 私たちは、それに取りかかっています。 |
| 22:45 S: そうです。 |
| 22:46 K: 私たちは、それに取りかかっています。 |
| 22:47 B: でも、そのとき、私は 十分に知覚しないなら、 |
| 22:50 私が、その知覚より逃れはじめるなら、 私もまた、その中にいますか。 |
| 22:59 K: ええ、あなたもまた、その中にいます。 |
| 23:01 B: でも、感情はやはり・・・ 普遍的な悲しみは、まだ 私が感じられる何かである - それが、あなたが 仰ろうとすることですか。 |
| 23:12 K: ええ。 |
| 23:14 B: それが何を意味するかについて、 私はあまり知覚できないけれども・・・ |
| 23:16 K: いえ、いえ。あなたは、 思考の悲しみを、感じられます。 |
| 23:21 B: 思考の悲しみね。でも、私は、 普遍的な悲しみを、 感知できるとか、何やら気づけます。 |
| 23:26 K: ええ。それはできます。 |
| 23:28 S: 普遍的な悲しみがある、と 言われます。 |
| 23:30 K: あなたはそれを感じられます。 B: それを感じるか、感知できる。 |
| 23:32 S: そうです。 B: そうです。 |
| 23:33 K: 人がこのように生きていることの悲しみです。 B: それが、その本質ですか。 |
| 23:34 K: 私はただ動いて、それへ入ろうと しています。動いて、入りましょう。 |
| 23:36 B: ええ。すると、それには、もっと多くありますか。 K: それには、はるかに多くです! |
| 23:37 B: ああ、すると、おそらく、私たちは それを、はっきりさせようとすべきでしょう。 |
| 23:39 K: 私はそうしようとしています。 S: ええ、悲しみを、です。 |
| 23:41 K: あなたは、私を見ます。 私は、普通の生を生きます - |
| 23:43 イメージ、悲しみ、恐れ、 心配、それらです。 |
| 23:44 私は、自己憐憫の悲しみ、 それらを、持っています。 |
| 23:46 括弧付きの「覚った」あなたは、 |
| 23:48 私を見て、言います・・・ |
| 23:49 あなたは、私のための悲しみに、 満ちていませんか。それが慈悲です。 |
| 24:17 B: それは一種のエネルギーだ、と 私は言うでしょう - この状況のために、 ものすごく掻き立てられている、と。 |
| 24:22 K: ええ。 |
| 24:23 B: ですね? K: ええ。 |
| 24:24 B: でも、あなたはそれを、 悲しみと、呼ぶのでしょうか。 |
| 24:25 または、慈悲と、 呼ぶのでしょうか。 |
| 24:29 K: 慈悲です - それは、 悲しみから出てきたものです。 |
| 24:32 B: でも、あなたは初めに、 悲しみを感じたのでしょうか。 覚った人物は、悲しみを感じて、 それから慈悲を感じたのか。 |
| 24:39 K: いえ。 |
| 24:40 S: 逆ですか。 K: いえ、いえ。気をつけてくださいよ。 |
| 24:42 よく気をつけて、行ってください。 そうね、あなたは、 慈悲を持つためには、 初めに悲しみを持たなければ ならない、と仰っています。 |
| 24:57 B: 私は言っていません。 私はただ、それを探検しています。 |
| 24:59 K: ええ。私たちは探検しています。 悲しみをとおして、慈悲へ来る。 |
| 25:03 B: それが、あなたが仰っているように 見えることです。 |
| 25:05 K: ええ。私は言っているようです。 でも、それは、私は、人類の恐怖すべてを 経ていかなければならない、 という意味合いです。 |
| 25:13 S: 経験する。 |
| 25:14 K: 順次に。 S: そうです。 |
| 25:16 K: いいえ。 S: いいえ? |
| 25:17 K: いいえ! B: でも、そうね・・・ |
| 25:18 K: それが論点ですよ。お許しください。 |
| 25:19 B: そうね、覚った人は・・・ |
| 25:20 覚った人は、この悲しみを見る |
| 25:21 この破壊を見る、としましょう。 |
| 25:22 彼は何かを感じます。ですね? 彼は何かを感知します。 それは、ものすごいエネルギーです。 |
| 25:33 K: ええ。 |
| 25:34 B: 私たちはそれを、慈悲と呼びます。 さて、彼は、人々が 悲しみの中にいることを、理解します。 |
| 25:40 K: もちろんです! |
| 25:41 B: でも、彼自身は、悲しみの中にいない。 K: そのとおりです。 |
| 25:43 B: でも、彼は、何かをするための ものすごいエネルギーを、感じます。 |
| 25:45 K: ええ。慈悲のものすごいエネルギーです。 |
| 25:48 B: 慈悲です。彼らのために感じること。 K: 慈悲です。 |
| 25:51 S: するとあなたは、覚った人は、無能さを |
| 25:52 - 私はその言葉を使うのは嫌ですが - 葛藤を、 |
| 25:54 知覚するか、それに気づくと、仰るんでしょうか。 彼は、悲しみに気づいていない。 彼は、生の不器用さ、 しくじり、損失に、気づいている、と。 |
| 26:19 K: いえ、シャインバーグ博士。 ただ聞いてください。 あなたは、これらを経てきました。 仮に、あなたがこれらを 経てきた、とします。 |
| 26:30 S: 悲しみを。 |
| 26:33 K: イメージ、思考、 思考の悲しみ、恐れ、心配を、です。 あなたは、「私はそれを理解した。 私の中で、それは済んだ」と言います。 でも、あなたには、ほとんど何も残っていません。 あなたは、エネルギーを持っていますが、 それは、とても浅い事柄です。 生は、それらほど浅いのでしょうか。 または、それは、無量の深さを、 持っていますか。 深さは、間違った言葉ですが・・・ |
| 27:05 B: 内面性を持っていますか? |
| 27:07 K: 大きな内面性、です。 それを見出すには、・ ・・ あなたは、知られた物事すべてに、 死ななくてはいけなくないですか。 |
| 27:27 B: ええ。でも、これはどうやって、 同時に、悲しみに関係しますか。 |
| 27:30 K: 私は行こうとしています・・・ あなたはこう、感じるかもしれません - 私は無知だ、私は自分の心配、 その他すべてを持っている。 あなたは、それを越えている。 あなたは、いわば、流れの向こう岸にいる。 あなたは、慈悲を持っていませんか。 S: ええ、私は持っています。 |
| 27:59 B: ええ。 |
| 28:02 K: この上で、ではない。 |
| 28:04 S: ええ。分かります。 でも、私はそれが見えるし、私は・・・ |
| 28:05 K: 慈悲です。 S: ええ。 |
| 28:08 K: それは、悲しみが終わることの結果ですか - 普遍的な悲しみが、です。 |
| 28:10 B: 何ですか。普遍的な悲しみね。 K: 普遍的な悲しみ、です。 |
| 28:12 B: 待ってください。あなたは、 悲しみが終わることを、仰る。 |
| 28:18 今、あなたは、始まりに、 |
| 28:19 悲しみの中にいる人物について、 話しておられます。 |
| 28:20 K: ええ。 |
| 28:26 B: 彼において、この普遍的な悲しみが、終わる - それが、仰っていることですか。 |
| 28:27 K: いえ、いえ。それより もう少し多い。 |
| 28:32 B: それより多い。 |
| 28:34 でも、私たちはゆっくり、 行かなくてはいけません。 なぜなら、普遍的な悲しみが終わることを 仰るなら、悩むことは、 それがまだ存在する、と言うことです。 |
| 28:41 K: 何? |
| 28:43 B: そうね、普遍的な悲しみが終わるなら、 それはすべて、去っています。 |
| 28:47 K: ああ!いえ、それはまだ、ある。 もちろんです。 |
| 28:49 B: そうね、言語には、 一定の謎があります。 或る意味で、普遍的な悲しみは、 終わりますが、 もう一つの意味で、それは存続します。 |
| 28:56 K: ええ、そのとおりです。 |
| 28:58 B: でも、私たちは、こう 言えるのでしょうか - 悲しみの本質、普遍的な悲しみへ、 洞察を持っているなら、その意味で、 その洞察の中、悲しみは終わる。 それが、仰る意味ですか。 |
| 29:08 K: ええ、ええ。 |
| 29:09 B: それはまだ、そこにあるけれども。 |
| 29:10 K: ええ。それはまだ、 つづいているけれども。 |
| 29:12 S: 私は今、より深い問いを、持っています。 その問いは・・・ |
| 29:15 K: ああ。あなたが理解なさったとは、 私は思いません。 |
| 29:17 S: 私は、そのことは理解したと思いますが、 私の問いは前に、来ます。 すなわち、私はここにいます。 イメージ作りは死にました。 ですね? それは波です。 今、私は、悲しみの中へ入ってきます。 |
| 29:36 K: あなたは、思考の悲しみを、 失ったのです。 |
| 29:39 S: そうです。思考の悲しみは、去ってしまった。 が、より深い悲しみが、ある。 |
| 29:43 K: ありますか。または、あなたは、 より深い悲しみがある、と想定していますか。 |
| 29:48 S: 私は、あなたが仰っていることを、 理解しようとしています。 |
| 29:50 K: ああ!いえ、いえ! 私は、こう言っています - 思考に関係していない慈悲が、 ありますか。 または、その慈悲は、 悲しみから生まれますか。 |
| 30:13 S: 悲しみから生まれる・・・ |
| 30:15 K: 悲しみが終わるとき、 慈悲がある、という意味で、生まれた。 |
| 30:19 S: いいよ。それで、少し明らかになる。 思考の悲しみが・ ・・ K: 個人的な悲しみ、ではない。 |
| 30:29 S: ええ。 |
| 30:30 K: 思考の悲しみ、ではない。 |
| 30:31 B: 思考の悲しみではなく、 何か、より深いもの。 |
| 30:33 S: 何か、より深いもの。 その悲しみが終わるとき・・・ |
| 30:35 K: そうなんです。 |
| 30:38 S: その悲しみが終わるとき、 誕生がある・・・ |
| 30:40 K: 慈悲の・・・ B: 慈悲の、エネルギーの(誕生)。 |
| 30:44 K: さて、思考の悲しみより、 深い悲しみが、ないでしょうか。 |
| 30:48 S: 悲しみがある、と ディヴィッドは言っていました。 |
| 31:01 無知のための悲しみは、思考より深い。 この悲しみの罠にかかった人類の 普遍的な災難への悲しみ。 継続的な戦争と、歴史と貧困の 反復の悲しみ。 互いに虐待しあっている人々。 それは、より深い悲しみです。 |
| 31:30 K: それらは理解できます。 |
| 31:32 S: それは、思考の悲しみより、深い。 |
| 31:43 K: 私たちはこの質問をできますか - 慈悲とは何でしょうか。 それは愛ですが。 私たちは、広い分野を扱うために、 その一つの言葉を、使っています。 慈悲とは何でしょうか。 悲しみ、思考、イメージの中にいる人、 彼は、それを持てますか。 持てません。 絶対に持てません。ですね? |
| 32:15 B: ええ。 |
| 32:18 K: さて、それはいつ、生じますか。 それなしには、生は何の意味もない。 あなたは、それなしに、 私を残していきました。 で、あなたが私から取り去って しまったものすべてが、 表面的な悲しみであるなら - 思考とイメージです・ ・・ 私は、はるかに多くの何かが、 ある、と感じます。 |
| 32:49 B: そうするだけでは、 より空っぽな、無意味なものが・・・ |
| 32:53 K: ええ。 B: ・・・残っていますね。 |
| 32:54 K: この浅い小さな事柄より、 はるかに大いなる何か、です。 |
| 32:55 B: 私たちが、悲しみと自己憐憫を産出する 思考を、持っていて・・・ |
| 33:03 でも、また、人類の悲しみへの 悟りも、持つとき・・・ こう言えるでしょうか - より深いそのエネルギーは、何らかの形で・・・ |
| 33:15 K: 動かされる。 |
| 33:16 B: まあ、まず第一に、 この悲しみの中には・・・ このエネルギーは、渦巻きの中に 捕らわれています。 |
| 33:21 K: ええ、そのとおりです。 小さな分野に。 |
| 33:24 B: それは、思考より深いが、或る種の・・・ エネルギーのとても深い動揺が、ある・・・ |
| 33:30 K: ええ。全くそのとおり。 |
| 33:31 B: ・・・それを私たちは、深い悲しみと呼ぶ。 K: 深い悲しみです。 |
| 33:33 B: 究極的に、その起源は、 思考の中の妨げなのでしょう。 |
| 33:36 K: ええ。それは、人類の深い悲しみです。 |
| 33:40 B: ええ。人類の深い悲しみです。 |
| 33:42 K: 幾世紀に幾世紀もの間、それは・・・ |
| 33:45 それは、広大な悲しみの 貯水池に、似ています。 |
| 33:52 B: それは一種、動き回ることであり・・・ 何らかの形で、それは無秩序であり・・・ |
| 33:57 K: ええ。 |
| 34:00 B: ・・・明晰さなどを阻止し、 無知を永続化させている。 |
| 34:04 K: 無知を。そうです。 無知を永続化させている。 |
| 34:07 B: なぜなら、そうですね、 もしも、それがなかったなら、 人の自然な学ぶ能力は、 これらすべての問題を、 解決するでしょう。 それは可能でしょうか。 |
| 34:14 K: そのとおりです。 |
| 34:15 S: そうです。 |
| 34:17 K: あなたたち、三人が、私に 与えてくれたり、助けてくれたり、 示してくれたり、 はるか大いなる何かへ、 洞察を持っているのでなければ、 私は、「ええ、これは とてもすてきです」と言って、 私は去ってしまいます。付いてきていますか。 |
| 34:35 B: ええ。 |
| 34:39 K: 私に見えるかぎり、私たちが しようとしていることは、 死を越えた何かへ、透徹することです。 |
| 34:48 B: 死を越えて。 |
| 34:50 K: 死は、有機組織の終わりだけでない、と 私たちは言います。 また、意識の内容すべてと、 私たちが今、知っているような 意識が、終わることなのです。 |
| 35:05 B: それはまた、悲しみの 終わりではないですか。 |
| 35:07 K: その種の悲しみの終わり・・・ |
| 35:10 B: 表面的なものの。 K: ・・・表面的な種類の、です。 |
| 35:11 それは明らかです。 B: ええ。 |
| 35:14 K: それらを経てきた人 - |
| 35:16 彼は、「それは十分でない」と言います。 「あなたは私に、花を、 香りを、与えてくれていない。 あなたは私に、その灰を与えただけだ」と。 今、私たち三人は、灰を越えているものを、 見出そうとしています。 |
| 35:37 S: そうです。 |
| 35:39 B: 死を越えているものが、ある、と あなたは仰る。 |
| 35:42 K: 絶対にです。 |
| 35:44 B: それは永遠であるとか、 仰るのでしょうか。 |
| 35:47 K: 私は、それらの言葉を、 使いたくありません。 |
| 35:49 B: ええ。でも、或る意味で、 時を越えている、ということです。 |
| 35:52 K: 時を越えています。 |
| 35:53 B: ゆえに、「永遠」は、 それにとって一番良い言葉ではない。 |
| 35:56 K: ゆえに、この表面的な死を 越えた何かが、ある。 始まりも、終わりも 持たない動きです。 |
| 36:05 B: でも、それは動きです。 |
| 36:07 K: それは動きです。 動きだが、時の中ではない。 |
| 36:10 B: 時の中ではなく・・・ |
| 36:12 S: 時の中の動きと、 時の外の動きの間の違いは、何ですか。 |
| 36:22 K: 常に新たになりつつあるもの、 常に・ ・・「新しい」は、その言葉でない。 常に新鮮で、花開いていて、 果てしなく花開いている。 それは、時がない。 それはすべて・・・ 花開くは、時を含意しています。 |
| 36:41 B: ええ。まあ、私たちはその点は 分かる、と思います。 |
| 36:43 S: 私たちはそれを捉える、と思います。 創造において、新たになる感じ・・・ 推移なく、持続なく、直線性なく、 来ることと行くこと、それは・・・ |
| 36:56 K: そうね、違った形で、それへ 戻って来させてください。 通常に、相当に智恵のある人であり、 様々な書物を読み、 様々な冥想を試した - 禅、これとあれと、他のことを、です。 私は一瞥で、それらへの洞察を、持つ。 一瞥で、です。 それは終了しました。 私はそれに、触れないでしょう! それは、このイメージ作りとそれらの 終わることなのかもしれません。 そこで、冥想が起こるにちがいない - 掘り下げるように、 精神がかつて触れたことがない何かへ、 洞察を持つように、です。 |
| 37:54 B: でも、たとえそれに触れるとしても、 次回に、それが知られるだろう、 という意味ではないですね。 |
| 38:02 K: ああ!それは、けっして知られません・・・ |
| 38:04 B: それは、けっして知られません。 それは、何かの意味で、いつも新しい。 |
| 38:06 K: ええ。それはいつも新しい。 それは、記憶が蓄えられ、変更され、 変化して、「新しい」と呼ばれるのではない。 それはけっして、古かったことがない。 |
| 38:20 B: ええ。 |
| 38:21 K: 私は、それをそのように 表せるのかどうか、知りません。 |
| 38:23 B: それは理解できる、と思います。 悲しみを知ったことがない精神のよう、 と言えるでしょうか。 |
| 38:30 K: ええ。 |
| 38:31 B: それは、初めに、分かりにくく 見えるかもしれませんが、 それは、悲しみを知ってきたこの状態より、 抜け出す動きです - 悲しみを知ったことがない状態へ、です。 K: ええ。そのとおりです。 |
| 38:40 B: でも、あなたはない。それで・・・ |
| 38:42 K: そのとおりです。 |
| 38:43 S: それは、このようにも言えますか - |
| 38:44 それは、「あなた」がないところで、 動いている行為である、と 言えるでしょうか。 |
| 38:53 K: そうね、「行為」という 言葉を使うとき・・・ 行為は、未来においてや、 過去において、という意味ではない。 行為は、することです。 |
| 39:03 S: ええ。 |
| 39:06 K: 私たちの行為のほとんどは、 原因や過去の結果です。 または、未来に沿って、です。 理想などです。 S: これはそれではない。 |
| 39:14 K: それは行為ではない。 |
| 39:15 それは順応だけです。 |
| 39:18 S: そうです。いや、私は、違った種類の 行為について、話しています。 |
| 39:21 K: で、いや、私は・・・ 行為の含意は・・・ 幾つものことが、関与していますね。 これへ透徹するには、精神は、 完全に静寂でなければなりません。 |
| 39:38 S: そうです。 |
| 39:39 K: さもないと、あなたは、その中へ、 何かを投影しています。 |
| 39:43 S: そうです。それは、何の中へも 投影していません。 |
| 39:47 K: 絶対的な静寂です。 その静寂は、制御の産物ではない - 願われ、予め計画され、 予め決定されたのではない。 ゆえに、その静寂は、意志をとおして もたらされていない。ですね? |
| 40:07 B: ええ。 |
| 40:09 K: さて、その静寂には、 何か、時すべて、死すべて、 思考すべてを越えたものの 感覚がある。 付いてきていますか。何か・・・ 何もない! 何一つない。 理解できますか。 何もない!ゆえに、空っぽです。 ゆえに、ものすごいエネルギーです。 B: これは・・・ |
| 40:47 S: 動いている。 |
| 40:48 K: エネルギーです。それを 放っておいてください。放っておいてください。 |
| 40:49 B: これはまた、慈悲の本源ですか。 |
| 40:52 K: それが、私が・・・ そうです。 |
| 40:54 S: 「本源」といわれるのは、 どういう意味ですか。 |
| 40:57 B: まあ、このエネルギーの中に 慈悲がある、と。 |
| 40:58 K: ええ、そのとおりです。 S: このエネルギーの中に・・・ |
| 41:01 K: このエネルギーが、慈悲です。 B: 慈悲です。 |
| 41:02 S: それは違っている。 K: ええ、もちろんです。 |
| 41:04 S: このエネルギーが、慈悲です。 |
| 41:05 それは、「本源」と言うのより、 違っている。 |
| 41:06 K: そうね、それを越えて、 もっと何かが、ある。 |
| 41:08 S: それを越えて? K: もちろんです。 |
| 41:09 B: まあ、なぜあなたは、 「もちろん」と仰るのですか。 |
| 41:14 もっと多くなのは、 何でありうるのでしょうか。 |
| 41:19 K: それを違ったように表し、 接近しましょう。 |
| 41:20 思考が創り出してきた 物事すべては、神聖でない。 |
| 41:21 B: ええ。それは断片化しているから。 |
| 41:37 K: 断片化しています。 私たちは、それを知っています。 |
| 41:49 イメージ・像を掲げ、それを 崇拝するのは、思考の創造です。 |
| 41:51 手により、精神により、作られていて、 それはやはりイメージです。 で、そこには、何も神聖なものはない。 なぜなら、彼が指摘したように、 思考は、断片化し、制限され、 有限であるからです。 それは、記憶などの産物です。 だから、何も・・・ |
| 42:12 B: ゆえに、神聖なものは、 制限なきものですか。 |
| 42:16 K: そうです。 慈悲を越えた何かが、ある - それは神聖です。 |
| 42:23 B: ええ。それは、動きを越えていますか。 |
| 42:26 K: 神聖です。動きとか、 動きでないとか、言えません。 |
| 42:31 B: 何も言えない。 |
| 42:33 K: 生きているものは・・・ あなたは、死んだものを、 検討できるだけです。 生きているものを、検討できません。 私たちがしようとしていることは、 神聖だと呼ばれる、その生きているものを、 検討することです。 それは、慈悲を越えています。 |
| 42:52 B: そのとき、神聖なものへの、 私たちの関係は、何ですか。 |
| 42:57 K: 無知である人にとって、 何も関係はありません。 いいですね? それは本当です。 イメージ、それらを取り除いた人、 イメージと、イメージの作り手から 自由である人 - 彼はやはり・ ・・ それは、まだ意味を持っていません。 いいですね? 彼が、あらゆる物事を越えていくときだけ、 それは、意味を持っています - 彼が、あらゆる物事へ死ぬとき、です。 死ぬとは、一秒の間も、 けっして何をも、心理的に 蓄積しない、という意味です。 |
| 43:50 S: あなたは質問をされましたが、 何かあると、仰るんでしょうか。 神聖なものへの関係は、何ですか。 神聖なものへ、いったい関係があるのか。 または、神聖なものは・・・ K: いえ。彼は何かを訊ねています。 |
| 44:01 S: ええ。 |
| 44:02 K: 彼は訊ねています - 神聖なものとの間、 |
| 44:04 実在への関係は、何でしょうか。 |
| 44:13 B: ええ。ともかく、それは暗黙裡です。 |
| 44:16 K: え? B: それは含意されている、という意味です。 |
| 44:17 K: もちろんです。 |
| 44:18 私たちは、幾らか前に、 それについて話してきました。 この問いについて、です。 すなわち、 思考の産物である実在は、 それへ何も関係を、持っていません。 なぜなら、思考は空っぽで小さな・・・ |
| 44:33 S: そうです。 |
| 44:34 K: ・・・事柄であるからです。あれは、 これと関係を持つかもしれません。 |
| 44:38 B: 何らかの形で。 |
| 44:44 K: 関係は、 洞察、智恵、慈悲をとおして、来ます。 |
| 44:58 S: どう・・・ その関係は何ですか、 智恵とは何か、と私たちは訊ねている、と 私は思います。 |
| 45:06 K: 智恵ですか。 智恵は何でしょうか。 |
| 45:10 S: 智恵はどのように、作用しますか。 |
| 45:13 K: 待って、待って!あなたは、 イメージへ、洞察を持ちました。 あなたは、思考の動きへ、 洞察を持ちました。 思考の動きは、自己憐憫ですが、 それは、悲しみとそれらを、 創り出します。 あなたは、それへ本当の洞察を、 持ったのでしょう。 それは、言語的な同意や不同意や、 論理的な結論ではありません。 あなたは、その事柄へ、 本当の洞察を持ったのです - 川の波へ、です。 さて、あなたはまた、洞察を持ちますか・ ・・ その洞察が、智恵ではないですか。 それは、利巧な人の智恵ではない。 私たちはそれについて、話していません。 で、それがあるなら、あなたはすでに、 その智恵を持っています。 |
| 46:04 S: そのとおりです。 |
| 46:06 さて、その智恵とともに動いてください。 それは、あなたのや私のではない。 智恵です。 シャインバーグ博士のや、 Kのや、誰かのではない。 それは、普遍的な智恵です。 地球的とか宇宙的な智恵です - その洞察は。 さて、さらに一歩動いて、それへ入ってください。 |
| 46:30 S: ええ、ともに動く。 |
| 46:33 K: 悲しみへ洞察を持ってください - それは、思考の悲しみ、それらではない。 人類の、無知の、甚大な悲しみです。 付いてきていますか。 そのとき、その洞察の中から、慈悲です。 さて、慈悲への洞察です。 慈悲は、生すべての終わり、 死すべての終わりですか。 そう見えます。 なぜなら - そうですね - あなたは、重荷を・・・ 精神は、重荷すべてを、 放りすてたからです - 人が自分自身へ課してきた そのすべてを、です。 ですね? で、あなたは、あのものすごい感じを、 あのものすごいものを、 47:29 内側に持っています。 さて、その慈悲 - それを 掘り下げてください。 何か神聖な、人が 触れていないものが、ある。 人の精神により、人の渇望により、 人の要求により、人の祈りにより、 人の永久のごまかし、仕掛けにより 触れられていない、という意味で、です。 それは、あらゆる物事の 起源なのかもしれません - 人はそれを、誤用してきました。 付いてきていますか。 それが人の中に存在する、ということではない。 すると、私たちは迷ってしまうからです。 |
| 48:21 B: それは物質すべて、自然すべての 起源であると仰るなら・・・ |
| 48:25 K: あらゆる物事、 物質すべての、自然すべての(起源)、です。 |
| 48:27 B: 人類すべての(起源)、です。 |
| 48:29 K: ええ。そのとおりです。 私は、それに拘りましょう。 で、これら対話の終わりに、 あなたは何を、 視聴者は何を、得ましたか。 彼は何を、捉えましたか。 |
| 48:54 S: 彼が何を捉えたのを、 私たちは望むのでしょうか。 彼が何を捉えたのを、私たちは望むと、 仰るのでしょうか。または、 彼は実際に、何を捉えたのでしょうか。 |
| 49:02 K: 彼は実際に、何を捉えたのか、です。 - 望むのではない。 彼は実際に、何を捉えたのでしょうか。 彼のお椀は、満たされましたか。 |
| 49:14 S: 神聖なもので満たされた・・・ |
| 49:17 K: または彼は、 「まあ、私は、たくさんの灰が、 残されています。 ありがとうございました。 でも、私はどこにも、 それを得られません」 と言うのでしょうか。 どの論理的な、理性的な人間も、 言うでしょう - 「ええ。 議論することにより、 あなたはこのすべてを拭い去れるが、 私には何も残されていない」と。 |
| 49:35 S: 彼は得ましたか・・・ |
| 49:37 K: ええ、それが、私が・・・ 彼は、あなたへ来ました。 私は、見出したくて、 自分の生を変容させたくて、 あなたたち三人へ、来ました。 なぜなら、私は、それが絶対的に 必要だと、感じるからです。 そうね・ ・・自分の野心と、 人類が収集してきた バカげたものすべてを、 取り除くためではない。 私は自分自身から、 そのすべてを空っぽにします。 私は・ ・・どうぞ、私が「私」という 言葉を使うとき、それは・・・ 「私」は、それ自体を空っぽにできません。 「私」は、それらへ死にます。 さて、私は、これらから、 何かを得ましたか。 あなたは私に、あのものの香りを、 与えてくれましたか。 |
| 50:32 S: 私はあなたに、香りを与えられますか。 |
| 50:34 K: または・・・ ええ、それを私と、分かち合う。 |
| 50:42 S: 私はそれを、あなたと分かち合えます。 視聴者は、私たちと分かち合いましたか・・・ |
| 50:48 B: ええ。 |
| 50:49 S: ・・・私たちが一緒にいて、 してきた経験を、です。 |
| 50:51 K: あなたたち二人は、このものを この人と、分かち合ってきましたか。 |
| 50:54 S: そうです。私たちはこれを この人と、分かち合ってきましたか。 |
| 51:04 K: そうでないなら、何ですか。 利口な議論、対話。 ああ、私たちは、 それに飽き飽きしています! あなたは、本当に空腹であるとき、 分かち合えるだけです。 - 付いてきていますか - 空腹で燃えているとき、です。 さもなければ、あなたは 言葉を、分かち合う。 で、私はその点に来ました。 私たちはその点に来ました - そのとき私たちは、 生がとてつもない意味を 持つことが、見えるのです。 |
| 51:51 B: そうね、それは、私たちが普通考えることを、 はるかに越えた意味を、持っています。 |
| 51:55 K: ええ。これは、とても浅くて空っぽです。 |
| 51:57 B: まあ、この神聖なものはまた、 生でもある、と仰るのでしょうか。 |
| 52:00 K: ええ。それが、 私が取りかかっていたことです。 生は神聖です。 |
| 52:07 B: 神聖なものは、生です。 |
| 52:09 K: ええ。 S: 私たちはそれを、分かち合ってきましたか。 |
| 52:10 K: あなたはそれを、分かち合ってきましたか。 |
| 52:11 それで、私たちは生を、 誤用してはなりません。 |
| 52:21 B: そうです。 |
| 52:23 K: 理解されますか。 私たちはそれを、むだにしてはなりません。 なぜなら、私たちの生は、とても短いからです。 |
| 52:33 B: 仰るのは・・・ 私たちの生の各々は、あなたが話される この神聖なものの中で、 果たす役割を、持っていると、 あなたは感じられますか。 |
| 52:39 K: 何ですか。 |
| 52:40 B: 私たちの生の各々は、 或る意味で、果たすべき 重要な意味を、持っている。 |
| 52:43 K: それは部分です。それはそこにある! |
| 52:45 B: それは、全体の一部です。 それを誤用することは・ ・・ まあ、それを正しく使うことは、 ものすごい意義を持っています。 |
| 52:54 K: ええ、全くそうです。 でも、それを理論として受け入れることは、 他のどの理論とも、同じようなものです。 |
| 53:06 S: でも、何かがあって・・・ 私は困った感じです。 私たちは、それを分かち合ってきましたか。 |
| 53:16 K: ええ、そうです! |
| 53:18 S: それは焼けつきます。 その問いは、焼けつきます。 私たちは、神聖なものを、 分かち合ってきましたか。 |
| 53:27 K: それは本当は、 これらすべての議論、対話は、 冥想の過程であった、という意味です。 利口な論争ではなく、 本当の透徹する冥想です - 言われつつあることすべてへ、 洞察をもたらすものです。 |
| 53:53 B: ああ、私たちはそうしてきたと、 言うべきでしょう。 |
| 53:56 K: 私たちはそうしてきたと、 私は思います。 |
| 53:57 S: 私たちは、そうしてきました。 私たちは、それを 分かち合ってきましたか。 B: 誰と、ですか。私たち自身の中で、ですか。 |
| 54:02 S: 視聴者と、です。 |
| 54:03 B: まあ、私が思うに・・・ K: ああ! |
| 54:05 B: ・・・それが困難です。 |
| 54:06 K: あなたは、視聴者のことを、 考慮していますか。または・・・ |
| 54:07 視聴者は、まったくいないのですか。 |
| 54:08 あなたは、視聴者に語っていますか。 または、あのものだけですか - 視聴者、あなたと私と、 あらゆる物事がそこにある、あのもの。 私が言っていることを、理解されますか。 もう二分間、あります。 |
| 54:41 S: まあ、すると、「私たちは冥想の中に いた」と、ディヴィッドが言ったことへ、 あなたは、どう応答されるんでしょうか。 「私たちは冥想の中にいた」と、 あなたは言います。 私は言います。 私たちは、冥想の中、どう 分かち合ってきましたか。 |
| 54:53 K: いえ、いえ。それは冥想であったのか、 というのです - |
| 54:57 S: ええ。 |
| 54:59 K: この対話は、です。 冥想は、論争だけではありません。 |
| 55:06 S: ええ。私たちはこの中で、 分かち合ってきた。私はそう感じます。 |
| 55:08 K: あらゆる発言の真理を、見る。 または、あらゆる発言の虚偽を、見る または、虚偽の中に真理を見る。 |
| 55:17 S: そうです。 私たち一人一人の中、 私たちみんなの中の、虚偽に気づく。 - それが出てきて、 明瞭化されるままに、です。 |
| 55:23 K: そのすべてを見る。ゆえに、 私たちは、冥想の状態にある。 そのとき、何でも私たちが言うことは、 あの究極のものへ、つながるにちがいない。 そのときあなたは、分かち合っていません。 |
| 55:42 S: あなたはどこにいますか。 |
| 55:45 K: 分かち合うことは、ない。 もう一分間あります。 K: 分かち合うことは、ない。 それは、あれだけです。 |
| 55:49 S: あれです。 冥想の行為はあれです。 |
| 55:56 K: いいえ。そこには何も・・・ あれだけがある。 |
| 56:00 S: いいです。 |