Krishnamurti Subtitles
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BR79CJLD2 - 私たちは、なぜ教育されるのか
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| 0:22 ジャン=ルイ・ドゥウェズ: 語ることは、可能でしょうか - 問いをどう表すべきですか - 私たちは語るだろうと 願いますが、 この議論の かなりの部分の間、 教育の問題について、です。 教育と、学校は - ここのようなものですが - 比較されると、ひどく脆い 何かであるように、思われます・・・ |
| 0:53 K: 何か甚大なものと 比べると、ええ。 |
| 0:56 D: 今朝、私たちが 話したこととの間には、 この対立が、あります - その自己認識は、 あらゆる人が、自分自身で 持たなくてはいけない 過程だと、思われます。 そして、他方での、例えば、 科学的な知識との間に、です。 そちらの知識は、 蓄積します。 そして今、人間たちは、自分自身が 甚大な力をもつのを、見つけます。 そして、世代から世代へ、 人類は、力を蓄積しますが、 そのすべての割には、人は、一万年前に そうだったのより、少しも賢くありません。 1:37 しかし、人類は けっして、自然などについて、 これほど多くの力と知識を、 持ったことが、ありません。 この破壊の力は、 こうも巨大なので、 自らは、教育の脆い問題が、 あまり明らかに見えません。 自らは、政治運動へ加わるよう、誘惑 されます - 行動しようとするように、です。 なぜなら、状況は、危機に 瀕してさえいるからです。 私たちは、教育と 自己認識の問題を、 今日そうである状況の脈絡に、 置かれるのでしょうか - そして、 行為のそれに、です。 |
| 2:34 K: で、私たちは なぜ、教育されますか。 あらゆる人が、世界中で、 実質的にあらゆる人が、 学校、専門校、 大学を、経てゆきます - 職、仕事、 結婚、子ども、 そのすべて、です。 なぜ私たちは、そもそも教育 されますか。 ただ、様式に従うため、 自分のお祖父さん、お祖母さん、 過去の世代が定めてきたこと、 様式に、従うため だけですか。 私たちは、それらに 従うだけですか。 階級の分割、民族の分割、 家族の分割、 そして、この常なる 格闘、葛藤、 外側での闘い、 内側での闘いが、 様式なるものです。 そして教育は、おそらく - テクノロジーとその他のですが - 外側の何かです。 そして、 他のことが、進んでゆきます。 私がいう意味を、理解されますか。 |
| 4:17 D: はい、理解します。 |
| 4:20 K: あなたがちょうど 仰ったように、心理的に、 人は、一万年か、百万年前に、 そうであったものであったのです - 葛藤、悲惨、 不幸せ、です。 私たちは、その側に、 まったく触れません。 そして私たちは、もっともっと 多くの知識を、取得しています - 外側の世界について、ですが、 私たちに起きつつあることに ついては、何もない。 それが、私たちの外側の世界を 破壊しつつあるのです。 で、ご存じのように、私たちは、世界の 色々な地方に、学校を持っています。 私はいつも、なぜ私たちは教育 されるのかを、訊ねてきました - 科学者になるため、 医師になるため、 大工、ビジネスマンに なるため、です。 5:40 彼らは、世界を変化 させようとしていません。 彼らは、環境を 修正するでしょうが、 心理的に彼らは、他の 人間たちに、似ています - 百万年の間、 存在してきたものに、です。 ですね? それは、こうも明白です。 わずかに 修正されて、です。 で、教育は単に、知識を 取得することだけですか - それで私たちが、自らの前に 定められてきた世界の中で、 上手に行為できる ように、ですか。 もしもあなたが、子どもを持っていた なら、彼にとって、未来は何ですか。 |
| 6:45 D: 私は、子どもを持っています。 1年4ヶ月なんですが。 |
| 6:51 K: すなわち、ものすごく 競争の激しい世界において、 専門校、大学において、学校において、 様式全体が、競争することです。 もしあなたが、競争して、一定の 水準に届く能力が、ないなら、 あなたは、 放り出されるだけです。 あなたは、労働者や 大工になります。 配管工、整備士、これやあれで、 他の何でもありません。 で、今あるような教育は、とても 利巧な、わずかな人を、準備します - 政治的、 宗教的、経済的に、 頂上へ到る ように、です。 残りは、だらだら 進みます。 そういうわけで、私たちは、自分の 子どもを、学校へ送るのですか。 あなたは、ここで 彼らを見ます。 何のためですか。 |
| 7:59 D: 私たちは、自分自身に こう言います - 彼らはたくさんの 物事を学ぶなら、 もっと良い立場を、得るだろう、 |
| 8:16 K: それだけです。 D: 世間に対して、自身を保護する ために、ちょっと力が増えるだろう、と。 K: 物事をありのままに 保持する、 現状維持をするのか・ ・・ 全体主義を、資本主義を、です。 物事を、ありのままに保つ、 それらを修正する、それらを変化させる - ここで少し、そこで少し、です。 それが、教育の すべてですか。 |
| 8:47 D: たとえば、経済学を研究する人は、 真摯に望むと、私は思います - 経済学の知識でもって、 自分は、何かを変化させよう、 より公正な社会を 創り出そうとしている、と。 少なくとも、彼は そう望みます。 |
| 9:03 K: ロシア革命が、ありましたが、 その歴史すべてを、ご存じですね。 それが終わりに、どうなって しまったのかを、ご覧ください。 官僚制度、暴政です。 で、あなたがそれを、 客観的に見つめるとき - あなたの科学的か、 ビジネス的な視点からではなく、 世界を、ありのままに、 見つめる。 不確実さ、恐れ、 職の不足、過剰な人口、 そして、民族的、 国家的な分割、 戦争と、進みつつある テロのすべてを、ですが、 自分の子どもたちの 未来は、何ですか。 理解されますか。 私たちは、彼らを 何のために、教育しますか。 で、私たちは、 問わなくてはいけません。 自分が息子や娘を 持っているなら、ですが、 あなたが彼らに、成長して、 なってほしいものは、何ですか。 10:35 彼らは、成長して、なろうと しているものは、これです。 あなたが子ども、学生たちに、 話してこられたのかどうか、 私は知りません。 私がしてきたように、ですが、 彼らは本当に、これに 怯えています。 理解されますか。 彼らは本当に、それらに 怯えています。 で、彼らは、何と・ ・・と言います。 彼らは、怯えています。 彼らは、何を すべきかを、知りません。 で、彼らは、何か戯言、薬物、 その他すべてへ、逃避します。 で、あなたが、世界全体を一体に 取らえて、それを見つめるとき、 私たちは、何を すべきですか。 もしあなたが、 年上の政治家であり、 一定の物事を変化させる能力を、 持つ人であるなら、 あなたは、何を するのでしょうか。 11:44 なぜなら、地位、権力に 就いた人たち、 彼らは、他の何をも、 ほしがらないからです。 理解されますか。 彼らは、 変化しようとしません。 で、何が・ ・・あなたは、自分の 子どもに、何がほしいのでしょうか。 良い社会 - そこで、彼らが幸せに、 平和に、生きられるところ。 このすべての ひどい葛藤なしに、です。 一定の物理的、道徳的な 安全の感覚。 ですね? さて、学校は、それを 準備できますか。 彼らが生を生きて、 彼らが、良い社会を、もたらす だろうように、準備するのです。 |
| 12:43 D: 現時点で学校は、彼らを試験のためと 良い地位や何かのために、準備させます。 |
| 12:52 K: それは、この腐敗した世界を 維持するよう、彼らを準備させます。 それが、私たちの 教育です。 あなたが、全体主義の世界を、 世界中を、見るなら、 それは、このひどい、 無秩序で、混迷し、 崩壊しゆく社会を、 維持するためです。 |
| 13:21 D: また、自分は何かをもたらすことが できるだろうとの観念も、あります - すべての科学とそれらを 理解してしまった後でのみ、ですが。 |
| 13:30 K: どうやって、ですか。その間に、 あなたの子どもは、殺されるでしょう。 いいですね? 彼らは、理論的に生きます - 理論の中で、です。 現実は、これです。 私たちの日常生活で実際に 進んでいることは、これです。 男と女との間の葛藤、 地位、民族、国家の 間の葛藤、抗争。 よろしいですか。 これらをご存じです。 私たちは、彼らを、それに 填まり込むよう、教育します。 |
| 14:19 D: すると、教育はただ、あちらの 良い地位に就くための、競走です。 列の前で、です。 |
| 14:28 K: 他の人 たちの前で、です。そうです。 |
| 14:30 D: すると、自分は、自らの子どもを、 良い学校へ、入れようとします - 彼が、先に 到着するように、です。 |
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14:35
K: たとえば、フランスの、エコール・ ポリテクニーク(理工科学校)ね。
で、問題は、こうです - 私たちは、教育できますか、
正しい種類の教育を、 もたらせますか。
それで、学生、教育者と 教育されるものが、
良い社会をもたらすように、です。
それが本当に、問題です。
ギリシャ人は、良い社会に ついて、話しました。
古代ヒンドゥーは、良い社会に ついて、話しましたし、
彼らの一定の集団は、そのように 生きました - 一定の期間です。
もちろん、それはすべて 去ってしまいました。
良い社会は、未来のどこかを、 意味していました。
私が何を言っているのかを、 理解されますか。
いつか私たちは、それを 創り出そうとしています。
それはけっして、生じてきません。 D: 楽園のように。 |
| 15:45 K: 楽園、そうです。 |
| 15:47 で、教育は、これを もたらせますか - 良い社会を、です。 そこで人間たちが 幸せであり - よろしいですか - 果てしなく互いに闘っていない ところ、という意味で、です。 |
| 16:05 D: 私たちが、その問い - 教育は、 これをもたらせるか - に、入る前に、 私たちは初めに、「もっと効果的に行為 しよう」と言うよう、誘惑されませんか。 このすべてを見てきて、 自分は、改革者に加わるよう、誘惑 されませんか。 これが問題です。 自分は、教育の問題が いかに重要であるかに、 本当に、入りたいと 思うなら、 初めに、行為、 改革と革命の問題に、 入るべきです。 |
| 16:44 K: はい。 改革せよ。 そして、これを改革する だろう行為を、もたらせ、と。 ですね? それは、 どういう意味ですか。 すなわち、改革する (リ・フォーム)。 |
| 17:08 D: 形(フォーム)を、 作り直す(リメイク)。 |
| 17:11 K: 同じものの、 形を変える(リフォーム)。 そういうわけで、 私たちが、 自己認識、自分自身を 知ることについて、話したとき、 根本的な革命の、本当の 起源が、あるのです。 物理的な革命ではありません。それは けっして、何をも、産出しませんでした。 |
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17:46
D: 小さな革命の例は、 たくさん、ありました。
私は、幾つかが、共同体の中で 作動するのを、見てきました。
人々は、「この社会は、もういい」と、 言います。
それから彼らは、まとまります。
私は知っているし、それを 見てきたし、参加さえしました。
彼らは、自分がどう生きるべきかの計画を 立案します。
K: そうです。そうです。 D: 彼らは言います - 「私たちは、 ともに生きようとしているが、 私たちは、これを持たないだろう。 私たちは、あれを持たないだろう」と。 そして彼らは、 出発します。 あなたがどれかを、ご覧になったのか どうか、私は存じませんが、 結果は、あらゆることが もう一度、始まるということです。 誰かが、指導者になる。 父親的に、です。 |
| 18:25 K: そうなんです。 組織が、始まります。 |
| 18:28 D: 彼らは、計画でもって、 社会がどうあるべきかの、 良い観念でもって、出発しましたが、 それが、一種の革命になります。 「私はここにいるが、 私はそこにいたい。 私は、全然違ったように 生きたい」と。 そして、結果は・ ・・ どの共同体が、違った生き方を 叶えられたのかについて、私は知りません。 |
| 18:46 K: ええ。私は、そういう 共同体を、知っていました。 私はかつて、試してみました。 それはけっして、成功しません。 |
| 19:00 D: それは、国の規模での革命の 良いイメージなのかもしれません。 最終的に、社会を作るものは、 構成、憲法や計画ではありません。 |
| 19:12 K: ええ。そうね、それは、組織は人を 変化させない、という意味ですよ。 |
| 19:19 D: けれども、それが、例えば、 マルクス主義者が望んでいたことです。 |
| 19:22 K: ああ、ご覧ください! |
| 19:25 D: 社会が、人を作るのか - それが、仮説です。 「私たちが、社会を 変化させるなら、 幾つもの世代の後、人は 変化しているだろう」と。 |
| 19:38 K: 私は世界中で、多くの共産主義者と 議論し、対話を行ってきました。 彼らは、一定の点へ来て、「あなたは 完璧に正しい」と言いますが、 彼らは、それを 越えようとしません。 D: たぶん真摯に、ね。妨げが、 あります。 |
| 19:55 K: そうです。 |
| 20:00 K: それは、カトリックの人へ 話をするのに、似ています。 カトリックの人と共産主義者は、どちらも 同じです。衣服が違っているだけです。 |
| 20:16 D: で、これらの実験を とおして、現実に見られます - 歴史をとおしてずっと、 共同体や革命のように、です。 近頃は、 カンボジアで、ですが、 全般的に世界を 変化させよう、 社会の違った様式を再建しようとの 最大の試みさえも・・・ |
| 20:39 K: それは、けっして 働きません。 |
| 20:45 D: けれども、それを別として、 自己認識は、思うに・・・ |
| 20:57 K: 一度、私たちが、 智恵をもって、認識するとき - 世界が私であることを、 そして、私たちが、私が、世界を 創り出してきたことを、です。 めちゃくちゃ、 混乱、暴力を、ですが、 一度、私たちがそれを、観念として ではなく、事実として認識するなら、 そのとき、自己の研究が、 本当の教育です。 なぜなら、それが、社会を 変化させるであろうからです。 私たちは、諸々の組織を、或る種、 神格化してきたように、思われます - 組織されるべき、 何か神聖なものに、です。 |
| 22:04 D: 自分は、外部を組織したいと思います。 それは、同じことです。統合です。 |
| 22:14 K: で、問いに 戻ってくると、 私たちは、 自らの子どもを、 良い市民であるよう、 教育できますか。 順応するという意味で、 良いのではない。 それで、彼らの生が 良いように、 彼らが、暴力的でなく、そうね、 その他すべてでないように、です。 さもないと、あなたは、 良い社会を、産出できません。 あなたは、けっして それを、産出しないでしょう - あらゆる物事が、どんなに よく組織されても、です。 全体主義世界を、 ご覧ください。 彼らは、新しい社会を創り出したいと 思って、出発しました - 階級なく、軍隊なしに、です。 |
| 23:22 D: 良い観念をもって、です。 |
| 23:24 K: 彼らは、政府は消え去らなければ ならない、と言いました。 そして、ご覧ください! |
| 23:32 D: 彼らは、外的な理由を 見つけます - たとえば、他の者たちが 自分たちを攻撃しかねない、と。 それは、私たちについても、 同じです。 最終的に、障壁を蓄積するために、 外的な理由を、見つけます。 |
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23:47
K: で、そうね、私たちは、もの すごい問題を、持っているのです。
子どもたちは、その親たちにより 条件づけられます。
D: はい。 子どもたちは、自らが生きるところの 社会により、条件づけられます - 自らの友だちにより、自らの お祖母さんによって、です・ ・・ 彼らは、条件づけられて、 学校へ来ます。 その条件づけは、 残ります。 そしてあなたは、彼に 知識を、積み上げます。 彼は、科学者でなければなりません。 彼は 医師、技師などでなければなりません。 しかし、彼の意識は、 条件づけられています。 |
| 24:37 D: はい。ですが、ここで私は、 微妙な点があると、思います。 なぜなら、例えば、マルクス 主義者を、取ってください。 彼らは、私たちが条件づけられて いるとの観念を、受け入れます - 世界により、私たちの親により、 私たちの文化等によって、ですが、 注意してください。 なぜなら、 彼らの結論は、こうであるからです - もしも子どもたちが、幼くして連れて ゆかれ、良い環境に置かれたなら・ ・・ 一例を取りましょう。 私の息子は、1歳半です。 仮に、私は彼をここに連れてきて、 彼がここで生活する、とします。 彼は、にもかかわらず、条件づけの 問題に、出くわすでしょう - 彼が、どこに生活して いても、ここでも、です。 もし彼が、あなたと ともに生活しても、 彼は、条件づけの問題に、出くわす でしょう。 |
| 25:22 K: それが、問題です。 教育者の意識と、学生の意識は、 変化させられますか。 その変化が、正しい教育です - 単に数学を学ぶことだけではない。 D: 数学とそれらね、これらは、 メカニズムです。 |
| 25:57 K: そうです。 D: それは、チェスのゲームに、 ちょっと似ています。 規則があります。 あなたは、それらを 適用しなければなりません。 数学のように、 一組の規則が、あります。 あなたは、それらをどう使うのかを、 よく知っています。 または、知りません。 が、これは、あなたを助けようと していません - 人生で心理的に、 そして、他の人たちとの関係に おいて、です。それは、明白です。 |
| 26:26 K: で、もしあなたが、教育者であるなら、 それが、あなたの問題になるでしょう。 あなたは、良い社会を、 創り出したいのです。 葛藤がない社会、という 意味で、良いのです - よろしいですか - 平和の中に 生きる、その他すべてです。 それは、あなたが 植物状態、ロボットになる、 という意味では ありません。 人が全的に安全でありうる ところの社会、です。 D: 心理的に、です。 |
| 27:08 K: ええ、心理的に、です。 |
| 27:10 彼らは単に、外的に安全を ほしがります。彼らのみんなが、です。 私は、保守党、自由党、労働党、 共産党に、聞いてきました - 彼らはみんな、外的に安全を 与えることに、関心を持っています。 |
| 27:28 D: それは、重要です - 安全を提供する問題は。 |
| 27:31 K: はい。ですが、彼らが外側で ほしい、その安全こそが、 安全の欠如を、自分自身に、引き起こし つつあります。理解されますか。 |
| 27:46 D: 危険が、あります。 なぜなら、自分自身のためと、 一緒にいる子どもたちのために、 良い社会をほしい教育者は、 良い社会が何であるかの先入観を、 持っているかもしれません。 |
| 28:03 K: いいえ、それは持てません・・・ そういうわけで、もしあなたが・・・ 良い社会は、叙述され、 計画立案できます。 「原則的に、それは、 これやあれであるべきだ」と。 しかし、それは 観念です。 それは、あなたが学生を、観念に 順応させている、という意味です。 すなわち、あなたが 確立してきたもの、 すなわち、別方向での 同じものに、です。 理解されますか。 |
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28:41
D: 石に刻まれた「良い社会」は、 けっして存在できない、という意味です。
それは、あなたと私との間の 関係において、だけです
- 私が、感じることを とおして、
関係が正しいのか、そうでないかを 学ぶのは、です。
K: そうです。 D: しかし、教育者たちは、どうやって、 こういう問題に、取り組めますか。 なぜなら、彼らが、そこに安全を 探し求めるとか、自分自身のために 権力を探し求めるとの怖れも、ある からです。 |
| 29:21 K: そうです。そうです。 それは、教育者に 教育が要る、という意味です。 もっと多くの学士や修士や博士と それらを、取得するのではない。 彼は、心理的に、教育 されなくてはいけません。 学生と教師のどちらも、 自らの責任を見るとき、 その教育は、 起こりうるだけです。 そうね、誰も、これらに 入りたくないのです。 彼らは、自らの子どもたちに 何が起きるかを、気にしません - 彼らが、小さなお金、小さな地位を 得ているかぎりは、です。 それが、すべてです。 |
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30:18
D: しかし、それらに入るには、
少し時間が、要りますね - 探究するには、です。
K: ええ、そうです。
D: が、 親たちは、こう言います - その学校は、それを見つめる ために、時間を掛けるが、 時間を掛けるなら、自分は 十分に学習をしない。 で、自分は、社会の中で トップの中にいないだろう」と。 で、彼らは、こう 言います - 「私は、おまえが一日中、 学習する学校を、選択しよう。 そこで、時間が、考察に むだにされないところを。 なぜなら、子どもは、自分のために、 トップに行かなければならないから」と。 それは、その子の ためなのです - 学校が一種の牢獄になるのは、です。 |
| 30:54 K: 条件づけの場所に、です。 |
| 30:57 D: そうです。教育することは、しばしば、 条件づけるのと同じと、考えられます。 彼らを条件づける - 彼らが、 いつでも必要とされたとき、 ふさわしく反応できる ように、です。 |
| 31:08 K: それで、 これは、きわめて 深刻、真剣な事態です。 そして、真剣でありたい人々は、 ほとんどいません。 で、私たちは、何を するのでしょうか。 真剣な人は、何をするので しょうか - 子どもを持ち、 それらの子どもに 責任を感じる人、 彼らを学校へ送ってしまう だけではなく、子どもたち自身が、 良い社会を創り出す責任を 持つよう、見届ける責任です。 初めに、親たちは、 自分の問題を、持っています。 彼らのどちらもが、 占有されています。 なぜなら、彼らの どちらもが、 もっともっともっと多くの お金が、ほしいからです。 彼らは、商業主義の 奴隷です。 で、彼らが、 小さな子どもであるとき、 彼らは、可愛がられ、世話を されます。 後で、放り出されます。 D: 学校は、託児所になります。 |
| 32:44 K: ええ。 |
| 32:46 D: あなたは、その子を、 とても早く連れてゆき、 |
| 32:48 晩に遅く彼を 拾ってこざるを、得ません。 なぜなら、自分は、はるか遠くで 生活するからです。 |
| 32:58 K: そうです。 そのすべては、愛の欠如を 表示しています。 理解されますか。 そして、 責任の欠如を、です。 つまり、あなたは、 それを見つめるなら、 あなたは、自分の子どもを、 良い学校へ、送ります。 そのとき彼らは、軍隊に加わるよう 訓練されます。 二年間の兵役です。 で、彼らは、殺すよう 条件づけられます。 そして、他方もまた、 条件づけられています。 そして、これが、「私は、わが子を 愛している」と、呼ばれています。 理解されますか。 |
| 34:01 D: が、問題は、こうです。 もし私が、子どもを持っていて、 私が彼に、良い地位を 持ってほしいなら、 私は彼に、晩に宿題を させなくてはいけません。 それで彼が、初めにポリテクニーク (理工科学校)に入るだろうし、 後で彼は、指導者に なるだろう、と。 そして、私は父親として、自分の 仕事をしたと、私自身、感じます。 なぜなら、私は、彼が安全である だろう地位に、就くよう、 彼を 手助けしたからです。 なぜなら、彼は、権力を 持つだろうからです。 |
| 34:33 K: そうね、あなたは、彼に、外的な 安全を、持ってほしいと思います。 内的に、彼は、何も 安全を、持ちません。 彼は、何かに 執着しています。 ですね? 自分の妻、自分の家具、 誰かに、ですが、 その執着は、不安全を 表示します。 |
| 35:01 D: もちろんです。「私は、そのすべてを 失ってしまうかもしれない・・・」と。 |
| 35:07 K: で、彼は、外的な安全を、ほしがり ますが、内的に彼は、安全を持ちません。 ゆえに、内的な行為のほうが、 他方より、はるかに実在します。 で、彼は、外的な安全を 破壊します。 それが、世界で起きつつ あることなのです。 ご覧ください。 各民族が 安全を、ほしがります。 彼らは、どちらも 分離しています。 彼らが何を産出しているのか、 ご覧ください。 つまり・ ・・彼らは、これらに おいて、こうも愚かです。 それはたぶん、彼らが自分自身の生に、 関心を持っているだけ、という意味です - 短い時間の間、ですね。 私は、五十年、六十年か、八十年の間、 生きます。 それがすべてです。残りは・・・ 私の後には、 洪水よ、来い、と。 D: 洪水は、人類の大部分を押し 流そうとしています。 |
| 36:22 K: そうです。 D: 西洋は、相当に快適な所だと、 見えます - 当面の間は、ですが、 実際に、世界は、完全に 燃えさかっています。 |
| 36:45 K: あなたは、世界が どれほど多くを、 軍備に使っているかを、 ご存じですか。 一年で、 4000億ドル、です。 理解されますか。 |
| 37:03 D: はい。 そして、各々が、 安全のために、そうします。 |
| 37:12 K: それが、彼を 破壊しようとしています! ゆえに、自己認識、自分自身を きわめて深く知ることは、 とてつもない安全を、 もたらします。 執着の安全、 ではありません。 D: 権力のそれではない。 |
| 37:36 K: ええ。 智恵の安全です。理解されますか。 |
| 37:38 D: 正しい行為です。 K: 正しい行為です。 |
| 37:43 K: それが、変化させようと しています - |
| 37:47 人間たちの間の関係、 その他すべてを、です。 さて、私たちは、これに ついて、話してきました。 誰が、これらを 聞こうとしていますか。 誰が、こう言おうとしていますか - 「神様、これは、こうも真実だ。 私はこれに、自分の生を 捧げよう」と。 または、「それは、すばらしい観念だ。 それはけっして、起きないだろう。 私は、やっていこう。 自分の職と、 自分の執着を、続けるだろう」と。 トップの人々は、 聞こうとしません。 宗教的な人々は、 聞こうとしません。 科学者たちは、 聞こうとしません。 で、普通の人、 「おそらく、ここには 真理があるかもしれない。 後生だから、それについて 何かをしよう」と言う人、です。 |
| 39:09 D: 誰かが、それを 見るし・・・ これを、学校の問題へ、 関係させましょう。 そして、自分自身への 仕事をするとか、 この仕事を起こすとかの 問題へ、です。 学生と関係している 等の間に、です。 |
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39:30
K: いいえ。教師、 教育者と、学生は、
正しい関係に、 なければなりません。
教壇の上の教師、 下の学生は、いません。
理解されますか。
D: はい。 K: なぜなら、彼らは、どちらも 条件づけられているからです。 で、もし、教師が望むなら・ ・・ その他すべてですが、 彼は、「私は、条件づけられている。 君は、条件づけられている。 ともに、それについて話そう。 私たちは それより自由になろう」と、言います。 「君が学んでいる 教科は、別として、 これが、私たちの 主な関心事だ」と。 どの公立の学校も、これを 支持しないでしょう。 どの宗教的な大学や学校も、これを 支持しようとしていません。 彼らは、自分のものを、 永続化したいのです。 D: 永続化させるか、方向を変化させる。 |
| 40:38 K: それはいつも、同じ方向です。 |
| 40:45 私たちはみんな、 こうも怯えています。 なぜなら・ ・・ 何ですか。 私がこれをするなら、 何が起きるでしょうか。 私は、自分の職を、 失うでしょう。 私は、自分の住宅を失うかもしれません。 だから、それについて忘れろ、と。 彼らは、自分たちが何を しているのかが、見えません - それを認識されますか - これの危険を、です。 |
| 41:35 D: ですが、教育者は、何を できますか。またはむしろ、 人は、人のために、何をできますか。 教育者がいて、学生がいます。 が、終わりに、それは、一番 重要なことではありません。 二人の人間が、います - 条件づけと、 私たちの関係において、それに 向き合おうとする問題が、あります。 それはどうして、 可能ですか。 誰かは、他の誰かのために、 何をできますか。 |
| 42:09 K: いいえ。 D: 何もない。 |
| 42:11 K: 待って。 いえ、いえ、待って。 |
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42:12
仮に、あなたは 条件づけられている、とします。
仮に、私は 条件づけられている、とします。
条件づけは、同じです。
K: いいですか? D: 起源は、同じです。 |
| 42:30 K: それが、私が言っているすべてです。 |
| 42:32 あなたは、フランス人として、条件づけ られている等々かもしれません。 他の一人は、ヒンドゥーとして、 条件づけられているかもしれません - 彼の戯言すべてを もって、 そして、フランス人は、 彼の戯言すべてをもって、です。 で、条件づけ、起源、基礎的な ことは、各々に共通です。 ですね? 同意されますか。 もちろん、そうしなくてはいけません。 フランス人は、他の者の不可欠な 一部です - 心理的に、です。 彼のほうが、裕福で、利巧で、 もっとあれこれであり、 よりよい食べ物を摂っているかも しれませんが、本来的に彼らは・ ・・ もし彼は、それを 見るなら、 そのとき、自己認識、自分自身を 知ることを、究明する人 - 彼は、他の人にもまた、影響 しています。理解されますか。 |
| 43:41 D: はい。が、この探究は、 教育と平行し、 学業を教えるのとも そうですが・ ・・ 特定の教科を、教えるとき、 前進が、あります。 単純な練習から、 開始しますが、 それから、問題で、 それから、他のことで・ ・・ が、これは、完全に違っています。 |
| 44:09 K: どちらも、できませんか。 |
| 44:13 D: それが、問いです。 K: そのとおりです。 |
| 44:15 学校で、どちらも、 されるべきです - 自分自身の研究と、 教科の研究が、です。 もちろん、 それはできます。 |
| 44:30 D: が、二つの過程は、同じ ように、取り扱われないでしょう。 |
| 44:34 K: ああ、いいえ! 私たちは、それについて きわめて明らかでなければなりません。 私は、あなたに、あなた自身をどう 見つめるかを、教えようとしていません - 私があなたに、数学を 教えるようには、ですが、 私たちはどちらも、自分たちの 関係の鏡において、見られます - 実際に、私たちが 何であるのかを、です。 |
| 44:57 D: やはり、危険が あります。 子どもは、こう言うかもしれません - 「彼は、数学について、知っている。 だから、彼は私に、同じように、自己認識に ついて教えられる」と。例えば、ですが。 |
| 45:06 K: それは、私の知識でしょう。 あなたのではない。 そういうわけで、 私たちは言ったのです - 心理的に、私たちは、すべての権威を 脇に置かなければならない、と。 ですね? それをご覧になるのか どうか、私は知りません。 |
| 45:33 D: はい、きわめて 明らかに。 K: すべての権威を、です。 |
| 45:36 D: それは、 私が一人である、という意味です。 |
| 45:38 K: いいえ。あなたは、一人では ありません。あなたは、残りの世界です。 |
| 45:41 あなたは、残りの人類の 不可欠な部分です。 ゆえに、あなたは、 一人ではないのです。 |
| 45:58 D: はい。ですが、私は、何かを するには、理解するには、一人です。 |
| 46:03 K: いいえ。 一度あなたが、自分が 不可欠な部分である、 本質的に、あなたは世界である との真理を、理解するなら、 そのとき、あなたは、どうして 一人でありえますか。 あなたは、職に安全を 探し求めているとき、一人です。 それが、 あなたの孤立です。 D: 闘いの中で、一人です。 |
| 46:34 K: ええ、ええ。 |
| 46:38 K: 闘いの中で、一人です。 ですが、そうね・ ・・ これは、 ものすごい問題ですね。 私たちは、すべての尊敬を 失ってしまいました。 ですね? 尊敬を、です。 あなたが知事である、あなたが総理大臣、 大統領や大金持ちであるから、ではない。 尊敬の性質です。 理解されますか。 それは、愛とともに 来ます。 私たちは、それを 失ってしまいました。 私たちの愛は、今、 感受です。 楽しみ、セックスです。それが、 私たちが愛と呼ぶものです。 |
| 47:43 D: これは、いつの時も、教育に 関連してきた主題です。 すなわち、道徳の問題です。 人々は、こう言ってきました - 「私は、良い社会がほしいなら、 道徳律を、学ばなければならない」と。 「これをしろ。 あれをするな。 尊敬を持て・・・」と。 それは、あなたの仰る「尊敬」が 意味するところではありませんが、 これは、過去に使われていました - 「良い学校」で、です。 いわゆる「良い学校」では、 道徳について、学ぶでしょう。 そのとき人々は、自分の意志を 行使するよう、期待されました - その種類の関係を 経てゆくように、です。 |
| 48:20 K: 愛は、道徳を持ちません。 それは、愛です。 道徳的であろうと する人々 - 彼らは、自分の心に 愛を、持ちません。 つまり、「これは、正しい振るまいだ。 これは、間違った振るまいだ。 あなたは、自分自身を制御し、 自分自身を慎まなければならない」と。 それが、彼らが 道徳と呼ぶものです。 「あなた自身を 犠牲にしなさい」と。 愛は、それではありません。 それは、あまりに安っぽい! そうね、それが、私が 言っていることです。 ご覧ください。 彼らは、教会へ行きます。 彼らは、ミサに 並びます。すべてのことを、ご存じです。 そして彼らは、何か自らが 創り出してきた像を、崇拝します。 彼らが、その像を、創り出したのです。 |
| 49:23 D: 彼らは、そう考えませんが・・・ |
| 49:25 K: インドでも、それは同じです。 アジアの世界で彼らは、 自分たちの混乱、悲惨の中から、 像を、創り出してきました - 彼ら自身より、 異なった何かを、です。 そして、あれを 彼らは、愛しています。 それは、彼ら自身の投影です。 理解されますか。 教会、組織は、「あれが愛だ。 神を愛しなさい」と、言います。 そして、他方は、平等主義・ ・・ 彼らは何と呼ばれるのですか。 実存主義者と、人道主義者と、 他の人たちは、 人は、条件づけられた状態に、 あると、言います。 あなたは、それを変化させられない。 あなたは、それを修正できる。 わずかにあなたは、それを変化させられるが、 根本的に、変化させられない、と。 で、彼らは、進んでいきます。 よろしいですか。 そして、利巧な人、知識人たちは、 どちらをも、支持します。 または、共産主義者も、です。 理解されますか。 |
| 50:47 D: で、この学校や、他のどの学校へも 来る子どもたちの問題ですが、 それは、彼らが教えられようとしている、 ということではないですか・ ・・ 彼らは、科学の専門分野を、 教えられようとしていますが、 それは、主な主題では ありません。 |
| 51:02 K: で、私たちは、どちらをも、 しようとしています。 科学的な専門分野と、彼らが彼ら自身を 理解するよう、助けることです。 誰かに沿って、ではない。彼ら自身を、 です - すなわち、私を、です! |
| 51:22 D: 彼らが、彼ら自身を 理解するよう、助ける・・・ 彼らは、実習を期待しようと していませんか - 他のどの専門分野とも 同じように、です。 |
| 51:32 K: すなわち、ご覧ください。あなたは、 教育者です。そして私は、あなたの学生です。 あなたは、自分は条件づけられている ことに、気づいています。 そしてあなたは、私が、私の 条件づけに気づくよう、助けます。 ですね? それに ついて、話します。 あなたが、理科や、物理学や 数学を、教える前に、 これに、10分か、15分を 掛けます。 「ほら、座って。 これについて 話しましょう」と、言うのです - 「あなたと私が、私たちの恐れより、 自由でありうるのかどうかについて、 話しましょう」と。 よろしいですか、 心理的な構造全体 - 私たちの恐れ、教義、理論と心配、 さびしさをともなったものより、です。 私は、「それについて 話しましょう」と言うでしょう。 それから、数学を 続けるでしょう。 が、数学を教える中で、 私は、気づいています。 私はまた、彼を、心理的に 助けつつあります。 |
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52:49
D: そうね、自分が教えるし、例えば 自分がたまたま、間違いをするとき、
学生は、それに気づいています。
K: ええ、そうです。 D: おそらく、単に 綴りの誤りです。 そのとき自分は、誤りに向き合う中で、 自分の反応を、見ることができます。 例えば、自分は、知っている人、誤りを しない人の立場を、任じてきましたが、 この点で教師は、他の誰ともそっくり です。 自分の教科で、誤っています。 そのとき、彼自身が、自らが 自分の誤りにどう反応するかを、 見ることにより、学びます。 |
| 53:30 K: そうです。そうです。 |
| 53:32 D: 彼は、自分の誤りを、 説明し、正当化し、 |
| 53:37 合理化しようと していますか。または・・・ K: で、世界は、こうですね。 理解されますか。 外側の世界は、私たちの一人一人に より、創り出されています。 ですね? それを変化させるには、 良い社会をもたらすには、 一人一人が、心理的に、 変化しなければなりません。 それは、私が一人で立つ、 という意味ではありません。 なぜなら、基本的に、 私は世界であるからです。 |
| 54:07 D: あなたは、関心を持っています。 あなたは、世界です。 |
| 54:10 K: それは、私の責任です。 私の智恵は、こう言います - 「私が、これを創り出してきた。 それを変化させるには、 私は、私自身を変化 させなければならない」と。 熟達者や専門家に 沿って、ではない。 私は、私自身を観察するよう、 私自身を教育しなければなりません。 それが、私が 持つ修練です。 |
| 54:38 D: 私たちは、今朝、私たちが 行った議論に、戻っています。 思考は、それ自体を観察できないの です。 |
| 54:47 K: ええ、そうです。 が、それは、思考が 生ずるのに、気づけます。 もちろんです。 それは、十分に単純です。 |
| 55:04 D: で、そのとき 教育は一方で、 各教科のメカニズムを、 学ぶことを、含んでいます。 それらは、日常生活で 重要です。 また、私たちが、教師・ 学生の関係に おいて、作動しているのを見るもの、 それは、智恵と 呼ばれます。 が、違った形の智恵が、あるように、 思われます。 |
| 55:33 K: いいえ。 たった一つの智恵が、 あります。 それは、私の智恵や、あなたのでは ありません。智恵が、あります。 |
| 55:52 D: 公的な学校、すべての教育者は、 自らが智恵を伝達する、と信じています。 彼らは、智恵を伝えようとします。 |
| 56:01 K: それは、思考の智恵です! それは、きわめて利巧であり、 競走したがること、 結果を 達成することです。 D: スピード、敏捷性・・・ |
| 56:13 K: ええ、それらです。 |
| 56:18 で、私たちは、きわめて単純な ことへ、やってきます。 私たち人間は、この めちゃくちゃに、責任があるのです。 世界で進んでいる、 この狂気に、です。 私たちは、責任が あります。 政治家が、ではない。 彼らは、私たちに似ています。 どの組織も、それを変化 させようとしていません。 私が、精神の人間的性質を、 変化させなくてはいけません。 精神の人間的精神は、 私が持っている精神です。 私の精神は、 世界の精神です。 なぜなら、この精神は、苦しむ、心配 である、そうね、その他すべてであり、 世界は、それを 通っていくからです。 誰も、世界全体に、 関心を持っていません。 一人一人が、自分自身に 関心を持っています。 彼らは、孤立の中に安全があると、 考えます。それは、ありません。 |
| 57:40 D: 自分自身と、 小さな集団、家族、 自分自身のまわりの 小さな集団、です。 |
| 57:55 K: 孤立の中に、 安全は、ありません。 で、各々の民族が、それ自体を 孤立させつつあります - 各々の人物が、自分自身を 孤立させつつあるように、です。 これを見て、「よし。 私は、私自身の 中で、何かをしよう」と言う。 それは、単純ですが、 彼らは、そうしようとしません。 それが明らかに、明確に、自分の前に 置かれるなら、彼らは、そうするでしょう。 |