Krishnamurti Subtitles
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BR82CPJ2 - 私たちは、千の昨日の重荷なしに、生きられるのか
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| 0:18 P: 私は、自らが議論できるの だろうかと、思い巡らしていました - 人間精神における誕生の 不思議さと本性について、です。 赤ちゃんを持つという 誕生ではなく、 すさんで、古い、 知覚能力のない精神、ですが、 それは、自体を新たにできるのか、とか、 全的に、新しい知覚を持ちうるのか、です。 それが、私たちの多くにおいて、 問題であると、私は思います。 自らが年を取るにつれて、 精神のすばやさ、 知覚し、深く 取り込む能力は、 おそらくぼやけることが、 見つかります。 |
| 1:50 K: あなたは、こう訊ねていますか - 精神を、きわめて若く、 しかも古(いにしえ)に 保っておくことは、可能ですか、と。 |
| 2:07 P: はい。あなたは、「古の」という言葉を 使われました。私もまた、「古の」 という言葉が、どういう意味なのかの 本性へ、入りたいと思います。 もしも私たちが、初めに、 それの本性へ、入られたなら - なぜなら、あなたが、 それを使われたし、 私は、あなたがそれを使うのを、 幾度も聞いてきたからです。 明白に、それは、あの古(いにしえ) の性質ではありません。 それは、昨日としての時に、 関係していません。 |
| 2:44 K: はい。それに 入りましょう。 |
| 2:48 P: この古(いにしえ)の 本性は、何ですか。 |
| 2:52 K: 結局のところ、人間の頭脳は、 自分が理解するかぎり、 そして、あなたが、誰かに 聞いてきたなら - テレビで、ですが、 科学者たちが、頭脳の性質、 頭脳がいかに働くのか、 などについて、 話しているのを、です。 それは、自らの 保護的な本性を、 保護的な化学的反応を、 持っています - 衝撃があるとき、 痛みがあるとき、などに、です。 私たちは、結局のところ、 または、私たちの頭脳は、 きわめて、きわめて 古(いにしえ)のです。 きわめて、 きわめて古い。 それは、進化してきました - 類人猿から、人間へ・ ・・ 類人猿が立ち上がる、など、 今まで、です。 3:47 それは、時をとおし、ものすごい 経験をとおして、進化し、 大変多くの知識を 取得してきました - 外的な知識とともに、 内的な知識も、です。 それで、それは本当に、きわめて、 きわめて古(いにしえ)のです。 それは、私が理解できるかぎり、 私に見えるかぎり、 それは、個人的な 頭脳ではありません。 それは、私の頭脳とあなたの 頭脳ではありません。 そうではありえない。 |
| 4:20 P: しかし、明白に、 あなたの頭脳と、私の頭脳は、 それらの中に、古のものの違った 性質を、持っています。 |
| 4:31 K: 待って。当面、私のとあなたのに ついて、話さないでください。 |
| 4:35 P: 発言を することにより・・・ |
| 4:39 K: 私はただ、始まりを探検し、わずかな 煉瓦を敷いているだけです。 それが、私たちがきわめて古い、 きわめて古(いにしえ)のであることが、 その意味で、 認められるなら、 そして、私たちの頭脳は、個人主義的な 頭脳ではないことが、です。 私たちはそれを、縮減して しまったかもしれません。 私たちは、それは個別である、 それは人格的である、 それは「私の頭脳」であると、 考えるかもしれませんが、 それは、時をとおして、私の頭脳として 進化したはずがありません! |
| 5:17 P: はい、明白です。 K: つまり、それを考えることは、 不条理なんです。 |
| 5:18 P: それは、明白です。 |
| 5:20 K: いいえ、それは、明白なのかも しれませんが、私たちのほとんどは、 |
| 5:22 それが、個人的な頭脳である、それは 私の頭脳であると、考えます。 ゆえに、そこから、個人主義的な 概念全体が、生まれます。 当面、それは 放っておいてください。 さて、私たちは、こう言っていますか - そういう古(いにしえ)の精神は・ ・・ 頭脳か、精神か - 当面の間、精神を 放っておいて、頭脳を見つめましょう。 そういう古の頭脳は、 こうも条件づけられてきて、 失ってしまった・ ・・または、 それは、無意識の中、奥底に、 きわめて、きわめて深く埋め込まれて いるのかもしれません。 で、それは、 きわめて、きわめて粗く、表面的で、 人為的で、卑俗になりつつあるのです。 私がいう意味に、 付いてこられますか。 |
| 6:23 P: しかし、古(いにしえ)の精神は、 あなたがちょうど今、仰ったように、 時の中での 進化の結果です。 |
| 6:35 K: 時の中で、もちろんです。 進化は、時を意味しています。 |
| 6:38 P: 時の中で、です。さて、 何世紀も間、進んできた探求は・・・ |
| 6:46 K: 時の始まりから、人は、 訊ねてきたにちがいありません。 |
| 6:50 P: ・・・これを、あれより解き放つことが、 可能なのかどうか、であったのです。 なぜなら、時とともにまた、持って生まれた この老化の性質が、あるからです。 K: もちろんです。 |
| 7:07 P: 古の感覚と ともに、組み込まれているからです。 K: ええ、ええ。 その問いは、理解できます。 |
| 7:11 P: で、あなたは、こう話しておられ ますか - 古の精神を持つことが 必要であると、仰るとき、 あなたは、 その中にまた、組み込んできた頭脳に ついて、話しておられますか・・・ |
| 7:27 K: (その中に)自らの衰退の性質をも、 です - もちろんです。 |
| 7:33 P: なぜそれは、必要ですか。 そうなのです! |
| 7:37 K: いいえ。経験、知識が、 それを制限してきた、 それを条件づけてきた、 それを狭めてしまったから、 そうなのです。 ですね? 私たちが知識を 取得すればするほど、 それ自体の制限が、 あるのです。 |
| 8:11 P: いえ、クリシュナジ、あなたは、 二つのことを、含意されているようです。 一つは、過去の重みとしての、 古のものの感覚です。 すなわち、それに、きわめて古いとの 感覚を、与えるものです。 K: それは、古い。 |
| 8:31 P: なぜなら、それは、何百万年の間、 |
| 8:32 経験してきたし、すべての経験は ・・・ K: すなわち、 |
| 8:37 それを条件づけてきたし、それを狭めて しまった、制限してきたものです。 |
| 8:41 P: しかし、あなたが話しておられる 古(いにしえ)のものは・・・ あなたは、それが、時をとおして 経験してきたものについて、 話しておられますか。 |
| 8:52 K: 私たちは、それに 入るでしょう。当面は、です。 初めに、それがいかに 古であるかを、見てみましょう - その言葉の通常の 意味において、です。 それはいかに、自らの 百万年の経験において、 それ自体を 制限してきたのかを、です。 ゆえに、それの衰退の 性質が、あります。 現代の世界 - すべての騒音をともない、 すべてのひどい衝撃と、 戦争の苦悶などをともなう 現代世界に、 生きることは、それを、 さらに制限し、さらに 葛藤の中に入れてきました。 なぜなら、その制限こそが、 自らの葛藤を、もたらすからです。 |
| 9:58 P: 或る精神が、あります。 なぜなら、これら百万年の感覚が、 それに、濃密さと重みを 与えるからですが。 |
| 10:16 K: ええ、ええ。 全くです。 |
| 10:19 P: それから、 もろい精神が、あります。 |
| 10:22 K: すなわち? P: もろい。 それは、容易く腐食します。 |
| 10:25 K: いいえ。精神と頭脳 - 当面、 あなたは、どれについて話していますか。 |
| 10:29 P: 私は、頭脳について、 話しています。 |
| 10:35 K: 頭脳ね。精神という言葉を、 使わないでください。 |
| 10:36 P: いいです。私は、「頭脳」 という言葉を、使いましょう。 |
| 10:37 頭脳は、一定の重みと濃密さを 具えています。それは・・・ |
| 10:49 K: はい。粗さ、重たさを 具えています。全くです。 |
| 10:53 P: 重たさを具えています。 さて、それが、 |
| 10:59 あなたが仰る、古(いにしえ)が 意味することですか。 K: 何ですか。 |
| 11:00 P: それが、あなたが仰る「古」が 意味することですか。 |
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11:02
K: そうでもない。私は少し、 それに、ゆっくり入りたいのです。
もし私たちが、 頭脳は自らの進化により、
自体を条件づけてきた ことを、認めるなら -
そして、ゆえに、それは、自らの 壊滅の本来的性質を、持っている。
そして、その性質は、いったい 止められるのかどうか
- その衰退の意味で、ですが - 脳細胞は、
自らの条件づけにもかかわらず、 それら自体を、新たにできますか。
私が言っていることに、 付いてきていますか。
P: ええ。 K: 自らの苦悶、 失敗、悲惨にも、 私たちが生きるところの複雑な現代世界 すべてにも、かかわらず、ですが、 その頭脳は、自体を 新たにできますか - その本源性(オリジナリティ)を 達成するように、です。 個人性という意味での、独創性 (オリジナリティ)ではなく、 本源性、 その起源において、です。 |
| 12:24 P: こう仰るのでしょうか - 赤ちゃんは・・・ 赤ちゃんの脳細胞は、 その意味で、本源的である、と。 |
| 12:34 K: いいえ、もちろん、そうではない。 もちろん、そうではない。 |
| 12:37 P: で、本源的な、というのは、どういう 意味ですか - 脳細胞の本源性とは? |
| 12:51 K: それに少し、 入りましょう。 「本源的」(オリジナル)という 言葉は、どういう意味ですか。 独特だ、特別だ。 |
| 13:07 P: いえ、それは、「初めての時」 の性質を、持っています。 |
| 13:11 K: ええ、原初的な性質。 P: はい。 |
| 13:13 K: 本源的は、それを意味しています - 知識により、触れられていない、 |
| 13:14 汚染されていない。 P: はい。 |
| 13:24 K: それは・・・それが問いです。 そういう頭脳は、 |
| 13:29 百万年か、二百万年の間、 条件づけられてきましたが、 それは、あれに到られますか。 または、自らの条件づけを拭い去り、 頭脳の原初的な新鮮さの あの性質に、到られますか。 私は、知りません。それは、すっかり 間違った問いであるかもしれません。 |
| 13:55 P: しかし、それは・・・私が思うに、 科学的には、脳細胞は、 いつの時も死につつあると、 言われるのでしょう。 |
| 14:08 K: いつの時も、です。 |
| 14:09 P: ゆえに、利用可能な 脳細胞の数は・・・ |
| 14:15 K: そしてまた、それ自体を 新たにしつつあります。 見たところ、一定の細胞は、死ぬし、 一定の細胞は、生まれ変わります。 それは、いつの時も 死につつあって、それで、 脳がバラバラになって、 死ぬ、のではありません。 |
| 14:29 P: ええ。でも、 老化の事実こそが、 新たになることが、保たれない、 ということであり・・・ |
| 14:36 K: はい。そうなんです。 はい。 それが、論点全体です。 本当に、そうでないですか。 頭脳は、条件づけられてきて、 ゆえに、 あなたが表されるように、 自らの衰退の組み込まれた性質を、 持っていますが、 その性質は、止まり、終わり、 消え去りうるのですか。 P: はい。 |
| 15:07 K: すなわち、 |
| 15:09 頭脳は、若く保たれますか - 新鮮だ、生きている、 自らの本源性の性質を持つ、 という意味で、若いのです。 |
| 15:20 P: はい。あなたは、 どのように・・・ |
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15:25
K: ・・・そこから、 進行しますか。
私たちはその問いへ、入らなくては いけないと、思います
- 意識とは、何ですか。
ですね?
なぜなら、それは、
私たちの頭脳の部分、私たちの 存在全体の部分であるからです
- それが、私たちの 意識です。
ですね?
意識とは、何ですか。
外的にと、内的に、物事を 意識しているだけではなく、
意識の内容全体、です。
なぜなら、内容なしに、 私たちが知るような、
意識は、ないからです。
で、内容が、この意識を 作り上げますが、
その内容は、それ自体で 終わりえますか。
それで、意識に、全然違った 次元が、あるように、です。
よろしいですか。
なぜなら、頭脳や精神は、この意識の 性質を、持っているからです。
ですね?
P: はい。 K: それが、意識です! 内容が、意識です。 P: はい、そのとおりです。 |
| 16:57 K: そのとおりです。 |
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16:59
内容は、楽しみ、 信念、興奮、
感受、反応、 信仰、苦悶、
楽しみ、苦しみ、 慈しみなどです。
それの全体が、 意識です。
ですね?
P: はい。 K: このすべてである内容が、 存在するかぎり、 意識の中での、その葛藤、 その混乱ゆえに、 それは、自ずと擦り切れるに ちがいありません。 そういうわけで、頭脳は 古くなるのです - 老いる、老化する、死ぬ、 という意味で、です。 それに、新鮮さは ありません。 |
| 17:48 P: さて、意識の内容は、 脳細胞と同一ですか。 |
| 17:59 K: はい、もちろんです。 |
| 18:03 P: そのとき、 意識の内容は、 まさにその本性ゆえに、 自ずと擦り切れます。 |
| 18:11 K: 葛藤をとおして、です。 いえ、いえ。気をつけて。 |
| 18:14 P: はい。 それは理解できます。 その過程こそが、脳細胞を 擦り切れさせつつあります。 |
| 18:20 K: ・・・葛藤です。 動揺、衝撃、圧迫です。 |
| 18:25 P: で、物理的なものと、 心理的なものは、 本当に、そこでは、 本当に、同じものです。 |
| 18:34 K: はい、はい。 心理的に、そのとおりです。 物理的な反応、 心理的な反応、 それらは、どちらも 反応です。 |
| 18:42 P: なぜなら、頭脳は、 物理的であるからです。 意識の内容は、 心理的です。 |
| 18:48 K: それはまた、物理的な ものの過程です。 もちろんです。 |
| 18:55 P: はい。 |
| 18:57 K: で、それは、物理的なものと ともに、心理的なものです。 それらの反応すべてとともに、ですが、 痛みの思考、苦悶の思考、 楽しみの思考、 達成、野心の思考、 などなどを、 もたらします。 そして、信念、信仰は、 このすべてです! P: それが、動揺を創り出すし ・・・ |
| 19:15 K: ええ。 P: しかし、脳細胞の本性は、 継続的に死ぬことです。 |
| 19:30 K: ええ。それらは、続けてゆきます。 伝統は、続けてゆきます。 |
| 19:35 P: それは、組み込まれています。 それもまた、組み込まれています。 |
| 19:37 K: もちろん、それは そこにあります。 |
| 19:38 P: ゆえに・・・ |
| 19:40 K: そしてまた、それ自体の保護、 それ自体の反応、 化学的反応 - 聞かれることから、ですが - 細胞は、 自らの反応をともない、 それらは、自体を保護するように、 自らの化学成分を、生産します。 |
| 19:58 P: ええ。しかし、時もまた、 組み込まれています。 |
| 20:00 K: もちろんです。結局のところ、 それは、時の産物です。 |
| 20:04 P: ええ、時は、脳細胞に 組み込まれています。 |
| 20:06 K: さて、問いは本当は、 このすべての意識が、 その内容とともに、 終わるのかどうか、です。 葛藤が全的に終わる、 という意味で、です。 |
| 20:22 P: しかし、葛藤が全的に終わることで もって、時は、終わるのでしょうか。 |
| 20:30 K: はい。結局のところ、 それが、サンニャーシ、僧侶、 本当に思慮深い人々が、探究してきた ことです - 時が止まるのかどうか、です。 ですね? もちろんです。彼らは みんな、この問いを、訊ねてきました。 |
| 20:50 P: はい、しかし、 あなたは、今、 葛藤の心理的過程としての 時について、話しています。 |
| 20:56 K: ええ、葛藤です。 |
| 20:57 P: 持続としてとか、 時計の時とか、ではなくて・・・ |
| 21:00 K: ええ、ええ、ええ。 で、私たちがともに、 見出そうとか、 むしろ、究明しようと しているのは、何ですか。 |
| 21:10 P: この誕生の性質を、精神に、 もたらすだろうのは、何ですか。 |
| 21:21 K: 誕生の性質、 その意味は・・・ いえ、あなたが仰る「誕生」とは、 どういう意味か、明らかにしましょう。 新しい、新鮮な要素が、 それに入ってくること。 |
| 21:34 P: 持続的な - 私は、「持続的」 という言葉を、使わないでしょう。 |
| 21:38 K: ええ、使えません。 P: 「持続的」を、切り捨てましょう。 |
| 21:40 しかし、生まれた存在と、 誕生の新鮮さと 誕生の清浄さをもって・・・ |
| 21:55 K: いえ、ちょっと 待って。気をつけて。 あなたのいう「誕生」とは、どういう 意味ですか。 赤ちゃんは、生まれます。 彼の頭脳はすでに、その父母の 性質を、持っています。 また、伝統をも、です。 それは、次第に・・・ そのすべてを、 出してきます。 |
| 22:13 P: でも、誕生はまた、新しいものの あの性質をも、持っています。 誕生は、ある。それはなかったし、 それはある。 |
| 22:23 K: ああ、あなたは、「誕生」を その意味で、使っていますね。 明らかにさせてください。 古いものが、生まれる。 古(いにしえ)の精神、 古の頭脳、 すなわち、あなたのでも、 私のでもないものが、です。 それは、普遍的な頭脳です。 赤ちゃんの中に、生まれ変わります。 |
| 22:48 P: それは、赤ちゃんの中に、 生まれ変わります。 |
| 22:50 K: そして、赤ちゃんが、成熟するに つれて、頭脳は、共通の頭脳です。 |
| 22:58 P: しかし、自由である精神において、 何が、生まれ変わりますか。 K: それが、私たちが 知りたいことです。 P: それは、古のものが、 生まれ変わりますか。 |
| 23:08 K: いいえ。明らかにしましょう。 ププルジ。 初めに、頭脳のこの条件づけより、 自由であることは、可能ですか。 それは、自らの衰えを もたらしてきたのですが。 その意識は全的に、自らの葛藤すべてを 終わらせられるのかどうか、です。 そのとき、その中から、 新しい誕生が、出てきます。 私が言っていることに、付いてきて おられるのかどうか、私は知りません。 私の頭脳が - すみません。 私の枯れ草熱です - 自分の頭脳が、 すなわち、自分の意識が 葛藤の中にあるかぎり、 それに入ってくる、 新しい要素は、ありえません。 それは、明白です。 それを、お認めに なるのでしょうか。 言語的に、ではなく、 事実を見る - すなわち、私が闘いに 闘い、闘っていて、 何かになろうと格闘している かぎり、ということを、です。 |
| 24:18 P: それは見えると、 思います。 |
| 24:20 K: 大丈夫です。さて、それが見えるなら - 単に言語的に、だけではなく、 実際に、内的に、それが見える。 そのとき、問いが生じます それを終わらせることが、 可能であるのかどうか、です。 終わらせる。私がいう意味は、苦しみを 終わらせる、恐れを終わらせる。 |
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24:41
P: そうね、クリシュナジ、 危険が、入ってきます - すなわち、
新たにならずに、あなたが それを終わらせられる、と。
K: ああ・
・・ P: どうぞ、 聞いてください。 K: いいですよ。 P: これらすべての物事を 終わらせるけれども、 そうね、減少するとの 可能性が、あります。 |
| 25:09 K: ああ、いえ。 私たちは、「終わる」との言葉で、 |
| 25:20 二つの別々のことを、 意味しています。 P: 何を終わらせますか。 |
| 25:23 K: 「有るもの」を、終わらせる。 |
| 25:26 P: 「有るもの」を、 終わらせる。 |
| 25:28 K: すなわち、私の意識を、です。 私が持ってきた思考すべて、 時をとおして 蓄積されてきた複雑さすべて、 それが、終わること。 で、私たちは、終わると いうのは、どういう意味かが、 明らかでなくては いけないでしょう。 あなたは、意図的な意志の行為に より、それを、終わらせるのか。 あるいは、意図的な理想、目的、 優った目標によって、です。 |
| 26:11 P: そうね、クリシュナジ、 実際に終わることが、起きるとき、 それは、これが、 停止すること、 本当に精神が 立ち止まることですが、 それは、何の理由もなく、 起きます。 |
| 26:33 K: もちろん、はい。時々、時々ね。 ゆっくり行きましょう。 |
| 26:38 P: 時々、それは、理由なく、 起きます。 K: ええ。 P: それは、どの単一のことのせいでも ありません。 |
| 26:44 K: 意志の、ね。 |
| 26:46 P: で、それは、あなたが自分自身を、 偶然に委ねる、ということですか。 |
| 26:53 K: いえ、いえ、いえ。初めに、 明らかでありましょう。ププルジ。 私たちがいう、終わるとは、 どういう意味ですか。 終わるとは・ ・・終わることは、 自らの対極を、創り出しますか。 P: いえ、なぜなら・・・ |
| 27:08 K: 気をつけて。私に・・・ |
| 27:09 私たちは、一般的に その意味で、いいます。 私は、これを終わらせます - あれを得るために、です。 |
| 27:15 P: いえ、いえ。私は、その終わる ことについて、話していません。 |
| 27:18 K: で、私がいう終わるとは、 「有るもの」の全的な知覚です。 私の意識の、全的な知覚、 その意識の全体的な、 完全な知覚です - それは、 洞察です。 その洞察は、動機、 思い出を、持ちません。 それは、即時の知覚です。 そして、それが終わることは・・・ 何か越えたものが、あります - 思考に より触れられていないものが、です。 それが、私がいう 終わるという意味です。 |
| 28:05 P: それは、あなたが古(いにしえ) と呼ばれる百万年が・・・ |
| 28:12 K: いいえ。それは、古の頭脳の 一部です。もちろん、当然です。 |
| 28:16 P: いえ。それは、 その百万年の総体が、 それ自体を見る、 ということですか。 |
| 28:24 K: ええ、そうなんです。 それが、本当の問題です。 ププル、それを、もう少し 単純にしましょう。 または、もう少し 明確にしましょう。 私たちは、その点を見なさい、と 言いますね? すなわち、私たちの意識は、時を とおして養成されてきた、と。 ですね? P: はい。それは容易い。 |
| 28:48 K: ちょっと待って。 |
| 28:49 そして、それが終わることへの、 どの反応も、 別の一連の反応を、 さらに進めることです。 すなわち、私がそれを 終わらせたいと願望するなら、 その欲望こそが、得られるべき、 もう一つの対象を、創り出します。 |
| 29:14 P: はい。 |
| 29:17 K: では、未来の動きなしに、 知覚する可能性が、ありますか。 私が言っていることを、 理解されますか。 終わることは、未来を 持ちません。 終わるだけです。 しかし、頭脳が、こう言うなら - 「私はそのように終わらせられない。 なぜなら、私は、生存するために 未来が、要るから」と。 私がそれを伝えているのか どうか、私は知りません。 |
| 29:56 P: ええ。なぜなら、そこには、 未来が、組み込まれているからです。 |
| 30:00 K: ええ、もちろんです。で、 終わることが、ありますか - 心理的な要求、葛藤・ ・・ そのすべてが、終わる。終わる! 「私が終わらせるなら、何が起きる だろうか」との思考なしに、です。 何かが伝わっているのか どうか、私は知りません。 なぜなら、ご覧ください。 私は 何かを、あきらめられるからです - もしあなたが、私に、他の何かを、 保証してくれるなら、です。 私は、苦しみを、あきらめるでしょう - もしあなたが、私に、 その終わりに、私が幸せになるだろう と、保証してくれるなら、です。 または、何かとてつもない褒賞が、 私を待っている、と。 なぜなら、私の頭脳全体は、 構築されているから・・・ 30:51 その意識の部分は、 褒賞と処罰であるからです。 処罰は、終わることですし、 褒賞は、獲得することです。 さて、これら二つの要素が、頭脳に 存在しているかぎり、未来は、 現在の継続は、進むでしょう。 修正 される、などして、です。ですね? で、これら二つの原理、 褒賞と処罰は、終わりえますか。 苦しみが終わるとき、 頭脳は、 天国での未来の存在を、 探し求めていません。 |
| 31:45 P: しかし、それが、天国での 未来を、探し求めていないとしても、 苦しみ自体が 頭脳を、腐食します。 苦しみ自体が 頭脳を、腐食します。 |
| 32:00 K: ええ、ですが、そうね、ププルジ、これを 理解することは、とても重要であると、 私は感じます。 すなわち、頭脳は常に、 安全を探し求めていることを、です。 それは、安全を 持たなければなりません。 そういうわけで、伝統、 思い出、過去は、 とてつもない意義を 持っているのです。 ですね? それは、安全が必要です。 赤ちゃんは、安全が必要です。 私たちの頭脳は 安全が、必要です。 安全とは、 衣食住です。 安全は、神への信仰、 何か理想への信頼、 未来の、より良い 社会への信頼です。 これらすべてが、 寄与する原因です。 それは、頭脳をして、言わせます - 「私は、深い安全を持たなければならない。 さもないと、私は 機能できない」と。 ですね? で、物理的に、安全は、 ありません。 ですね? なぜなら、それは、 死のうとしているからです。 それは、自らが死のうとして いるのを、知っています。 心理的に、それは、実際に 何の安全をも、持っていません。 私は、速く 行きすぎていますか。 |
| 33:34 P: いいえ、それではありません。 このすべてをもってしても・・・ |
| 33:39 K: それは、私の 意識の一部です。 |
| 33:41 P: ・・・私はやはり、一つの中心的な 要求があると、言います。 |
| 33:50 K: 何? P: 一つの 中心的な要求がある、と。 K: それは、生存することです。 |
| 33:51 P: いいえ。 |
| 33:53 K: 中心的な要求とは、 何ですか。 |
| 33:54 P: 中心的な要求は、或る精神を 持つこと、或る頭脳を持つことです - 新しい存在の風味を 与えるものを、です。 |
| 34:16 K: ああ、さて、待って、待って。誰が それを要求しますか。ちょっと待って。 誰が実際に、そういう頭脳を ほしがりますか。 大多数の人々、 ではありません。 ええ。彼らは、「どうぞ、物事をありの ままに、留めてください」と、言います。 |
| 34:31 P: いえ、私たちは、大多数に ついて、話していません。 私は、あなたと議論しています。または、 Xは、あなたと議論しています。 |
| 34:36 K: ええ、明らかに しましょう。 |
| 34:38 P: で、基本的に、そうなのです。 つまり、安全は・・・ 安全を得る道は、多い。 安全を得る道は、多い。 |
| 34:53 K: 私は問います。いいえ! 私は、 安全があるのかどうかを、問います - 私たちは安全がほしい、 という意味において、です。 |
| 34:59 P: が、頭脳は、けっして 理解しないでしょう。 |
| 35:03 K: ああ、いえ。 するでしょう。 |
| 35:05 P: 頭脳はけっして、理解しないでしょう。 なぜなら、まさにそこに組み込まれた・・・ |
| 35:10 K: ええ。ですが、そういうわけで、私は、 知覚が重要であると、言っているのです。 |
| 35:18 P: 何の知覚ですか。 |
| 35:20 K: 初めに、「実際に有るもの」の 知覚です。 P: ええ。 K: そこから動いてください - ゆっくり、ゆっくり、です。 |
| 35:26 P: 「有るもの」の知覚は、 それがしてきた創造的なこと、 それがしてきた愚かなこと、 それが甲斐ありと 考えること、 それが甲斐なしと 考えることを、含んでいます。 で、これらすべての知覚と、 このすべての終わること、です。 |
| 35:49 K: いえ、いえ。ちょっと待って。 ププル、気をつけて。 あなたが気にされないなら、 ゆっくり行きましょう。 実際に進みつつある ことの知覚、ですね? 物理的、外的にも、 内的にも、です。 まわりで 進みつつあることと、 心理的に、内的に、 起きつつあることです。 それが、「有るもの」です。 |
| 36:23 P: はい。 |
| 36:26 K: さて、問いは こうです - 「有るもの」は、 変容させられますか。 そうですね? すなわち、 私の意識は、です。 それは、 頭脳の部分です。 P: ですが、その意識を空っぽにする 中で・・・ |
| 36:49 K: それが論点です。ええ。 P: その意識を空っぽに することは・・・ |
| 37:07 K: いえ。あなたがその質問をする ことにより、それは、可能ですか。 理解されますか。 過去の全体を、空っぽにすることや、 拭い去ることは、可能ですか。 過去は、時です。 私の過去の全体、私の意識の 内容の全体が、過去です。 それは、未来を 投影するかもしれませんが、 それはやはり、過去に 根づいています。 ですね? さて、これらの物事を空っぽに することは、可能ですか。 本当に、これは、 ものすごい問いです。 思想上のとか、知的な問い だけではありません。 それは、心理的に 可能ですか - 千の昨日の重荷を 持たないことは、です。 それが終わることが、新しいものの 始まりです。新しいものです。 |
| 38:16 P: あなたは、ちょうど今、「千の 昨日の重荷を、持たないことは、 可能ですか」という言い回しを、 使われました。 |
| 38:36 K: ええ。 問題は、重荷の中か、 千の昨日の中に、ありますか。 K: 千の昨日が、 重荷です。 その二つは、分離できません。 |
| 38:43 P: いえ、いえ、いえ。 |
| 38:45 K: では、どうやって、 二つを分離しますか。 |
| 38:48 P: なぜなら、千の昨日は、 事実であるからです。 |
| 38:52 K: 事実です。ああ、あなたは、 その意味で、言っていますね。 ですが、私が話しているのは・・・ |
| 39:00 P: 重荷は、 私が、自分がしてきたこれら 経験の多くへ、特別な内容を、 与えてきたとき、あります。 |
| 39:21 K: もちろんです。もちろんです。 P: が、千の昨日は・ ・・ K: 千の昨日は・ ・・ちょっと待って。 千の昨日が、あるのでしょうか - もしも、それら千年の、格闘の 思い出が、なかったなら、です。 または、それが 何(の思い出)であっても、です。 私は、分離できますか。私は、 暦により、分離できます。 |
| 39:39 P: ええ、できます。 あなたは、千の昨日を、 千の昨日の重荷より 分離できます。 |
| 39:48 K: さあ、どうやるかを、 示してください。 初めに、明らかに しましょう。 私たちが、千の昨日と言うとき、 それはどういう意味かを、です。 百科事典によってか、 本によってか、暦によって、です。 私は、エジプトが 四千年だったと、言えます・・・ |
| 40:03 P: いえ、いえ。 自分の人生を、取りましょう。 |
| 40:06 K: ええ、自分の人生を。 それは、四十か、五十か、八十か、 九十か、それが何であっても、 です。または、二十でも、です。 |
|
40:15
P: あなたは、 自分の人生の、千の昨日を、
痛み、悲しみ、重荷、 それらより、分離できます。
それが、千の昨日の重荷です。
K: ええ。 P: で、あなたは、切り離せますか・・・ |
| 40:29 K: 何を、ですか。 |
| 40:31 P: ・・・痛みと悲しみと・・・ |
| 40:33 K: できますか。 P: なぜ、できませんか。 |
| 40:34 K: 切り離す。あなたがいう、 切り離すとは、どういう意味ですか。 |
| 40:36 P: 知覚する。あなたは、 ちょうど今、それを仰いました。 |
| 40:39 「有るもの」を知覚する。 K: ああ、はい! |
| 40:44 が、それは、この意味で、 切り離すのではありません。 そうね、切り離すことは、二つの部分を 含意しています。それが、私の・・・ |
| 40:54 P: そうね、これが、 困難が入ってくるところです。 私は、私の三十年、五十年、六十年の 事実を、切り離せますか。 いえ、私は、それをできません。 私の身体は、六十五年のです。 |
| 41:08 K: もちろんです。私は、けっして そう言いませんでした。 私は、自殺を 遂げられません。 私は、八十七年を 生きてきました。 私は、八十七ですか。 ええ、または、八十八です。 私は幾つなのかな。 八十七です。 私は、八十七年、生きてきました。 私にはできません。 もちろん、 それは、存在します。 が、私は、それの思い出に ついて、話しています。 もちろん、私は それについて、話しています。 私は、千の昨日は存在する、 と言っています。 |
| 41:36 P: 二つは、切り離せます。 分割できます。 |
| 41:41 K: ああ、私には 分割できません。 私の身体は、千の昨日の間、 存在してきませんでした。 つまり、千の昨日の 意味は・・・ |
| 41:54 P: あなたは、人の古(いにしえ)の 精神について、話しておられます。 |
| 42:01 K: 私はそれを、切り離せません。 この頭脳全体と、 有機体の物質的過程 すべては、それの部分です。 |
| 42:11 P: そのとき、私は、 古の精神を、どうしますか。 古の精神でもって・ ・・そうね、 自らは、表面的な諸々の昨日について、 何をしなくてはいけないのかを、 理解しました - 表面的な諸々の 昨日の重荷について、です。 |
|
42:32
K: それが何を意味して いるかを、ご存じですか。
私は本当に、千の昨日を 拭いましたか、終わらせましたか
- その表面性、 その些細さ、その狭さ、
その残忍さ、残酷さ、 その野心などとともに、です。
それらは、すべて表面的です。
P: ええ。 K: 私は、そのすべてを、拭い去れますか。 そのすべては、終わりえますか。 私は、「私は切り離せる」と 言えますが、ナイフは誰ですか。 どれが、ナイフですか。 どれが、 それを切りつつある実体ですが。 それは、 あれの一部です。 |
| 43:15 P: いえ、ですが、私は、一つのものを 切り離しつつありません。 |
| 43:20 K: 私は、全部を 切り離しつつあります。 |
| 43:23 P: そうね、もしも私が、区別して、 「私は、これを切り離すが、 これを切り離すまい」と 言うことになったとしたなら・・・ |
| 43:28 K: いいえ。それは、 あまりにばかげています。 |
| 43:29 P: ですが、私が、「私は 切り離しつつある」と、言うとき、 私は、重荷全体を 切り離しつつあります。 |
| 43:38 K: さて、ちょっと待って。 ププルジ、私は理解しますよ。 よろしければ、「私は切り離しつつ ある」と、言わないでください。 |
| 43:43 P: 「私」は、切り離しつつ ありません。 |
| 43:45 K: それがすべてです。それに ついて、明らかにしましょう。 |
| 43:47 P: 「私」を、切って、 取り除きましょう。 |
| 43:50 K: ええ。そうね、私は、異議があるのです - あなたが気にされないなら、です - 切り離すことの 意味は・ ・・ そうね、あなたが何かを断ち切るとき、 二つの部分が、あります! |
| 44:03 P: はい、私が目指している ことは、ですね・・・ そうね、これは、たくさんの 混乱が起きるところです。 |
| 44:13 K: 知っています。言語的な混乱が、 起きます - 意味論的です。 |
| 44:16 P: あなたは、八十七年を 切り離せません。 または、六十五年、 六十六年を、です。 |
| 44:22 K: もちろん、できません。 あなたは、八十七ではありません。 |
| 44:25 P: 私は、六十六です。 しかし、あなたは、切り離せます。または、 その言葉「切る」は、間違っています。 |
| 44:33 K: その言葉を、 使わないでください。 |
| 44:35 P: あなたは、「有るもの」を見る、 という言葉を、使っておられました。 |
| 44:39 K: 「有るもの」が終わること - それは、全然違っています。 |
| 44:43 P: なぜあなたは、区別を 付けたいのですか - 「有るもの」が終わることと、 切り離すこととの間で、です。 |
| 44:49 K: 終わることは、私にとって、 ありつづけた何かの、 継続がないことを、 意味しています。 |
| 44:57 P: 切り離すことの中には、 何が、ありますか。 |
| 44:59 K: 切り離すことの 意味合いは・・・ そうね、私が、 一本の木材を、切るとき、 同じものの二つの 部分が、あります。 |
| 45:12 P: それは、意味論的な ことであると、私は思いますね。 |
| 45:15 K: 知っています。 意味論的です。 が、私は言っています、私は 訊ねています - まず第一に、 私の意識の内容全体を、完全に 終わらせることは、可能ですか。 幾千年をとおして成長してきた 人間意識の(内容)を、です。 そして、その内容は、このすべての 混乱、低俗さ、粗さと 卑小さと、 愚かな生の些細さです。 |
| 45:50 P: しかし、それはまた、 善さです。 |
| 45:52 K: ああ、はい。それが すべて、含まれています。 さて、ちょっと待って。 私はきわめて・・・ 善さは、何か全然、 違ったことです。 善さは、対極を 持ちません。 善さは、善くないものから、 出てきたものではありません。 善くないものが 終わることが、善さです。 それは、 違った事柄です。 さて、このすべての葛藤を、 終わらせることは、可能ですか。 葛藤に、終わることがないのなら - 葛藤は、修正されえます。 |
| 46:45 P: いえ。葛藤には、 終わることが、あります。 |
| 46:53 K: なぜあなたは、 そう言いますか。 |
| 46:56 P: 葛藤には、 終わることが、あります。 |
| 46:58 K: ありますか。または、葛藤を引き 起こしてきたものを、忘れるのですか。 または、本当に 終わるので・・・ |
| 47:10 P: あなたは、こう 仰るつもりですか・・・ 葛藤が終わるという 事実こそが、 新しいものの誕生ですか。 |
| 47:22 K: はい。 あなたは、葛藤の含意を 理解します - それの深さを、です。 表面性を、ではありません。 私はもはや、イギリス人や フランス人でないとか、 私はこの国やあの国に 所属していないとか、 あの宗教や、あの人種に、 とかの(表面性)、ではない。 それらはすべて、きわめて 表面的な物事です。 私は、深く埋め込まれたものに ついて、話しています。 |
| 47:46 P: あなたは、他の一人からの分離と しての葛藤について、話しています - 分離性の感覚です。 |
| 47:52 K: 分離性。 それが、本物です。孤立です。 それは、必然的に 葛藤を、生み育てます。 それは、可能ですか。 それは、どういう意味ですか。 で、頭脳は、完全に・ ・・ 何も葛藤が、ありません。 さて、ちょっと待って。 問題が 生ずるかもしれません。よろしいですか。 が、それらの問題は、取り扱われます。 即時に終わらされます。 問題は、葛藤を 意味しています。 |
| 48:45 P: なぜ問題が 生ずるのでしょうか。 |
|
48:48
K: その言葉、 辞書による普通の用法ですが、
問題(プロブレム)は、何かあなたに投げ つけられたものです - すなわち、挑戦です。
よろしいですか。
問題(プロブレム)は それを、意味しています。
何かあなたが、向き合わなくては ならないことです。
P: ええ。 K: 私たちは、問題を 解消します - 知的にか、物理的にか、 などなどです。 それはやはり、さらなる問題を 創り出しています。 政治家のように、です - 彼らがしていることです。 あなたは、征服します。 その征服の結果は、 あなたへ、別の一連の問題を もたらす、何か他の要因です。 49:38 あなたは、この問題を、 いつの時も、進めつづけます。 私は、何も問題が ないと、言っています。 物理的にか、心理的にか、 何も問題が、ありません - もし私が二、三ヶ月の間、 ブロックウッドで、生活できないなら、 いいですよ。 私は、 ブロックウッドで、生活しません。 もし誰も、私に食べさせて くれないなら、いいですよ。 よろしいですか。 何も 問題が、ありません。 もし、新しいことが、 生ずるなら、 私の頭脳は、それを解決する 能力がない。 ゆえに、それは問題になるのか、 あるいは・・・ |
| 50:31 P: こう仰るつもり でしょうか・・・ |
| 50:33 K: それが、 その論点全体です。 |
| 50:36 P: ・・・新しいものの 誕生には・・・ |
| 50:38 K: そうなんです。あなたは、それを得つつ あります。そうでなければなりません。 ゆえに、新しいものの誕生は、 最も古(いにしえ)のものです。 よろしいですか。 |
| 50:53 P: 私たちは、それに 少し入られますか。 あなたは、それについて、 少し仰るでしょうか。 |
| 51:01 K: 結局のところ、 それが、基盤です - それを越えて、他の基盤が ないところです。 それは、それを越えて他の本源が ないところの、本源です。 そうね、ププルジ、これは本当に 問題です - 問題ではない。 これは本当に、 疑問です - 頭脳はいったい、自らの束縛より、 自由でありうるのかどうか、です。 結局のところ、何かを 終わらせることは、 全的な自由ではありません。 ですね? 私は、終わらされます。 例えば、私の傷を、です。 私が傷を 持っているなら、ですが、 私はそれを、きわめて 単純に、終わらされます。 しかし、私が、自分自身について 創り出してきたイメージ、 それらイメージが、 傷つきます。 P: ええ。 52:43 K: イメージを作る者が、 問題です。ですね? で、それは、ますます、他の何かへ 繋がります。 すなわち、 単一のイメージもなく 生を生きること、です。 ゆえに、何の傷もなく、 恐れもない。 そして、恐れが、ないなら、 安心感、神はなく、 慰め、その他すべては、 ありません。 さて、あなたは、こう仰るでしょうか。 最古のものは、ほとんどの者が・・・ いえ、私は、それを 言いさえしないでしょう。 すなわち、 すべての生の本源は、 古(いにしえ)の中でも、 古であるにちがいありません。 古いとか、新しいとかの思考 すべてを越えて、です。 それが、すべての 生の本源です。 精神が - それは頭脳を 含んでいます - その精神が、 全的に本源的であり、新しい、 汚染されていない基盤の、 地点に、到るとき - それは、可能ですか。 54:14 冥想は、それに到る手段の 一つであったのです。 精神を静寂にすることは、 それへ到る、来ることを、 助けるだろう、もたらすだろうと 望まれる道であったのです。 そうね、私たちはみんな、それへ 来るために、努力をしています。 それが、私が言っていることです。 それは、努力を必要としません。 「努力」(エフォート)という言葉 こそが、葛藤を意味しています。 そうね、葛藤を 持たないものへは、 葛藤をとおして、接近できません。 もちろん、できません。 |
| 55:11 P: この意味で、それは本当は、 あなたの教えにおいて、 部分的な接近は、まったく ない、という意味ですか。 |
| 55:21 K: ああ、不可能です。 どうして、ありえますか。 私が、様々な部分をとおして、 それに接近するなら - それは、ヒンドゥーが 言ってきたことです。 カルマ・ ヨーガと、その他すべて、 ですが、それは、部分的なだけです。 あなたは、それに 接近できません! P: では、何が、とお考えですか。 あなたは、そこに戻っています。 K: それが、 本当の問題です。 |
| 55:49 P: あなたは、どうしますか。 あなたは、普通の人間です。 |
| 55:52 K: いえ、あなたは、何もできません。 まず第一に、あなたは、何をもできません。 あなたは、物理的な活動を、 できるだけです。 心理的に、あなたは 何をも、できません。 |
| 56:05 P: 物理的な活動というのは、 どういう意味ですか。 |
| 56:08 K: 庭を造る。 邸宅を建てる。 テクノロジー的な、なんやらかんやらです。 |
| 56:13 P: が、物理的なものは、進んでいきます。 物理的なのは、進んでいきます。 |
| 56:17 K: それは、進んでいきます。 |
| 56:18 P: で、自らは 何をしますか。 |
| 56:20 K: しかし、心理的な 恐れが、ないのなら、 国々の分割などなどは、 ないでしょう。 何も分割が、ないでしょう。 よろしいですか。 |
| 56:32 P: はい。ですが、事実は、 心理的な恐れがある、ということです。 |
| 56:35 K: まさにそうです。ゆえに、 あなたは、けっして着かないでしょう。 心理的な孤立の中に 生きてきた頭脳 - それは、葛藤を意味しています - とうてい、あの基盤に、来られません。 すべての生の本源である 基盤に、です。 明白に来られません。 私の些少な精神は、自らの 獣のような小さな自己について、 悩んでいますが、どうして それに来られますか。 |
| 57:05 P: それは、もっと無益です。そのとき、 生の全体が、もっと無益です。 あらゆることをした後で、あなたは、 初めの一歩を、踏み出していなかったなら、 そのとき、あなたは どこにいますか。 |
| 57:20 K: 初めの一歩は、 何ですか。 ちょっと待って、それに入ってください。 初めの一歩は、何ですか。 |
| 57:24 P: 私は、初めの一歩は、何でも有るものを 見ることであると、言うでしょうね。 |
| 57:32 K: 「有るもの」を見る。 待って、待って。 あなたはそれを、どう見ますか。 あなたはそれに、どう接近しますか。 それに、「有るもの」の 総体が、依存するのです。 またはあなたは、「有るもの」の 部分的なものを、見るだけですか。 あなたが、「有るもの」の総体を 見るなら、終了しています。 |
| 58:00 P: そうね、それは、そのように うまく行きません。 |
| 58:04 K: もちろんです。 なぜなら、 私たちの精神、私たちの思考は、 断片化しているからです。 ゆえに、私は、生へ、または、 「実際に有るもの」へ、 自分の断片化した精神、 断片化した頭脳をもって、 |
| 58:16 接近します - すなわち、 砕けてしまったもので・・・ P: またもや私は、時でもって、断片化 したものは、減ると、言うでしょう。 私に跳びかからないでください。 そのとおりです。 |
| 58:28 K: 何を仰ろうとしているのかは、 存じています。それは単純です。 |
| 58:30 P: 時でもって、 断片化したものが、減ります。 そして、あなたを聞くことは、 可能です - 精神が止まること、 何も動きをしないこと、 何も努力をしないことが、です。 でも、それはやはり、 初めの一歩ではありません。 |
| 58:51 K: ええ。あなたが、 こう言うとき - どうぞ、あなたが その言葉を使われました - 「有るもの」を観察するか 知覚するための、初めの一歩、と。 ですね? それが、 あなたが仰ったことです。 私は部分的に、それを知覚するなら そのとき、そうね、 それは、さらなる錯綜へ 繋がります。 ですね? 部分的な知覚は、部分的な問題を 創り出します。 ですね? さて、「有るもの」の複合体全部を 見ることは、可能ですか。 断片ではなく、 全体を、見る。 それは - ちょっと待って - それは、私は 見なくてはいけない、という意味です。 私は、断片化した生、断片化の生を、 送るのかどうかを、です。 59:55 それが、私が 始めるだろうところです。 なぜなら、私は 生に、接近するなら - それは、私の意識です。 それは、思考、感情、 行為の道、 そのすべてです。 私がそれに、断片的に接近するなら、 そのとき私は、迷っています。 それが、世界で起きつつあることです。 彼らは、全的に迷っています。 私たちを統治する人々、 何が正しいか、間違っているか、 その他すべてを 私たちに語る人々は、です。 生を、断片化なく、全体として 見つめることは、可能ですか。 ププル、それが・・・ |
| 1:00:58 P: なぜ、古(いにしえ)の精神は これを、見ないのですか。 |
| 1:01:06 K: それは見られません。見ようとしません。 どうして、全的な、完全な秩序が・・・ |
| 1:01:13 P: ですが、あなたは、こう仰った - 古の精神は・・・ |
| 1:01:17 K: ちょっと待って。 それが、古のものです。 本源的な基盤が、 最も古のものです。 P: いえ、それは、そこにあります。 |
| 1:01:23 K: いえ、いいえ! |
| 1:01:26 P: いえ、と仰るのは、どういう 意味ですか。 K: もし・・・ |
| 1:01:28 それは、そこに 観念として、あります。 |
| 1:01:31 それが、すべての人々が主張して きたことです - 「神がある」と。 それは、観念、概念だけです 私たち自身の欲望の投影です - 快適でありたい、幸せでありたい、 その他すべてでありたい、と。 私は、生を、生きられますか、 人間は、生を、生きられますか - そこに、断片的な行為が ないものを、です。 もし誰かが、「私はどこで始めることに なりますか」と、言うなら、 私は、「そこで始めなさい」と 言うでしょう。 あなたが、断片化な生を送るのか どうかを、あなた自身で見出しなさい。 あなたは、断片的な生が 何であるかを、知っています。 一つのことを言い、 別のことをする。 断片化した生活の道全体、です。 それは、孤立です。 ゆえに、私は、自分の妻と 関係を、持ちません。 または、 残りの人類と、です。 で、そこで 始めてください。 それが何を意味しているかを、 ご存じですか。 見出すように、あなたは、何とものすごい 探究を、しなくてはいけないのか。 P: 探究とは何ですか。 |
| 1:03:40 K: 観察です。 |
| 1:03:42 きわめて明らかに 観察する - 何も偏見なく、 何も方向なく、 何も動機なく、 私の生がいかに断片化しているのかを、 です。 ただそれを観察する。 「私は断片化している。 ゆえに、私は全体的 でなければならない」と言うのではない。 全体的になるとの観念は、 もう一つの断片化です。 で、断片化の道を観察する ことの含意です。 それは、思考自体が、断片である、 という意味です。 ですね? それが、 断片化の原因です。 私は、あなたより異なった何かに、 なりつつあります。 |
| 1:04:58 P: で、新しいものの 誕生は・・・ |
| 1:05:01 K: あなたがこれを持つのでなければ、 可能ではありません。明白です。 止めたほうが、いい。 |