Krishnamurti Subtitles
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BR83DSS1.3 - 葛藤は、エネルギーのむだである。
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| 0:18 クリシュナムルティ: 前回、前の 日曜日、私たちはここで会ったとき、 私たちは、平和について 話しました。 世界に、私たちの社会に、 平和が、 私たち自身において平和が、 ありうるのかどうか、 そして、何が、世界に平和を持つ このことを、阻止するのか。 私たちは、それについて 話しました。 すなわち、私たちはともに、平和の 問題全体について、話し合いました。 私たちが言いましたように、 それは、きわめて複雑な問題です。 なぜなら、世界には、 こうも多くの闘争、 こうも多くの葛藤が、 あるからです - 個人的な関係において、 だけではなく、 人々の集団の間にも、です。 一組の強い意見の、 他のへ対する闘争、 イデオロギーの頑固さ、です。 世界には、永続的な葛藤が、 あるように、思われるし、 私たちが生きる社会に おいても、です。 1:50 そして、 平和に、静けさにおいて、 大変多くの安全を 持つことにおいてのみ、 自らは、本当に成長でき、花開け、 善い人間でありうるのです。 私たちはともに、それに ついて、話し合いました。 私たちは今朝、葛藤について、 話すべきだと、私は思います - なぜ、人間たちは、 この地上に、おそらく 百万年以上の間、 生きてきて、 ここ四万、五万年の内に、 もっと文明化しましたが、 なぜ人間たちは、生き方を、 見つけることができなかったのか - そこに葛藤、格闘、闘争が、 ありえない、生活の道を、です。 あなたたちは、これについて、 話すことに、興味がありますか。 |
| 2:52 質問者: はい。 |
| 2:56 K: で、私たちはともに、それについて 話し合い、究明しています。 あなたは、言われつつあることを、 聞いているだけではありません。 私たちはともに、小道を 歩んでいきます。 これらのことについて、 静かに話しています。 で、あなたは単に、言われつつある ことを、聞いているだけではなく、 また、あなたは、それを 分かち合っています。 会話に、究明に、 参加しています。 で、それは、一方的な 事柄ではありません。 それは、普通に理解されている ような、講義ではありません。 で、人間たちは、 進化してきて、 テクノロジーでは、大変にとてつも ないことを、してきました - すばらしいコンピューター、 戦艦。 あなたがそれを、好きでも、 好きでなくても、です。 航空機と、ロケット などを、です。 なぜ彼らは、生きる道を、 見つけてこなかったのか - 平和であり、 葛藤のない道を、です。 4:19 で、私たちはともに、なぜ それが可能でないのかを、 検討しようとしています。 または、それは、 人間的な条件です。 人類は、何千年もの間、 葛藤の中に、生きてきて、 今なお、私たちは、それを、 生の道として、受け入れます。 私たちは、それに 条件づけられています。 そして、私たちは、永続的に生きる よう、条件づけられていることを、 受け入れるなら - 私たちが生まれた 瞬間から、死ぬまで、ですが - 私たち自身に、葛藤が、 あるにちがいないのです。 私たちの、互いとの関係に、 世の中に、 戦争、すべての悲惨、残忍さと 苦しみ、です。 それは、私たちの 自然な条件ですか。 あなたは、「はい、それは自然です」 と、言うかもしれません - 「なぜなら、自然の中のあらゆるものが、 生存するために、格闘するから。 5:44 大きな樹は・・・ 大きな樹が、あるところ、 小さな樹は、存在できません。 それは、格闘しなくては いけません。 あらゆるものが、生存する ために、格闘しています。 それが、私たちの定めです。 それが、私たちの運命です。 それが、私たちの条件です。 あなたが、それを受け入れるなら - 永続的に葛藤の中にあることが、 私たちの条件であることを、です - そのとき、あなたは、戦争を するにちがいありません。 あなたは、自らの関係において、 そうなるにちがいありません - どれほど個人的でも、または、 集団との関係などでも、です。 そこにもまた、葛藤、格闘、闘争が、 あるにちがいありません。 それは、あなたは、どの種類の 平和、どの種類の平静さをも、 けっして持たないだろう、 という意味です。 闘争する感覚が ない瞬間が、 けっして、ない。 いいですね? 7:02 おそらく、それが、大多数の 人々が生きる道なのです。 すべての政治家、 宗教的な人々、導師たちは、 みんな、闘争を、 奨励しています。 そのとおりでしょう。ですね? 私たちは一緒に、ここにいます。 |
| 7:31 もしあなたが、「おそらく、違った 生きる道が、ある」と言うなら、 自分が、自らのエネルギー、活力と、 探究の継続を、注がなければなりません。 一日や、一時間、 注ぐだけではない。 葛藤なく生きることは、可能であるのか どうかを、見出すように、です。 が、それは、必ず・ ・・ それは、ものすごく 複雑な問題です。 それを理解するには、自らが、注意深く、 見守り、探究していなくてはいけません。 で、それが、私たちが今、している ことであると、私は望みます。 私が言いましたように、あなたが 闘争、葛藤、格闘を、受け入れるなら - 痛み、悲しみ、 戦争の悲惨すべてなど、 それらの嫌らしさを、です - そのとき、何も 問題は、ありません。 あなたは、それを 受け入れます。 が、あなたが、それを 受け入れないなら、 そして、それは、なかなか愚かな 生き方だと、見つけるなら、 そのときあなたは、自らの探究に、自らの エネルギーを、注がなくてはいけません。 で、私は望みます・ ・・ 今、私たちが今朝、こうする だろうことが、望まれます。 |
| 9:08 問いは、 なぜか、です。 なぜ私たちは、闘争の中に 生きますか。 それは、必要ですか。 それが、進化する道、 成長し、了解をもたらす道ですか - 闘争が、です。 問いを 理解されますか。 あなたはそれを、どのように、 探究するのでしょうか。 なぜ社会が・ ・・ すべてのその不平等と、 その残忍さと、 その他すべてを 伴いますが、 その社会は、私たちにより、 創り出されます。 ですね? 人間たちが、この社会を 創り出してきました。 その社会は、「あなたは闘争し なければならない」と、言います - 「あなたは、葛藤の中に 生きなければならない」と。 で、その社会は、 今・ ・・ 人間たちにより、 創り出されてきましたが、 そのとき、人間たちは、 責任が、あります - 起きつつあること すべてに、です。 で、一人の人間は - すなわち、あなたが、ですが - 自分自身の中の、この葛藤を 終わらせることは、可能ですか。 10:54 この葛藤は、外的に世界で 終わるだろうどうか、ではない。 なぜなら、世界は、 心理的に、 私たちが創り出してきた ものであるからです。 で、それは、私たちから始まらなければ なりません。 社会からではない。ですね? 社会に平和をどう もたらすのか、 または、社会がいったい、 無葛藤の状態を、すべての人間に、 持ちうるか、もたらしうるかを、 どう見出すのか、ではない。 社会は、人間たちにより 創り出されるので - 過去の世代と、 現在の世代によって、です - そのとき、私たちが、 私たち自身を観察することが、 しかるべきことです - 私たちの一人一人が、 私たちが葛藤なく生きられるのか どうかを、見出すことが、です。 ですね? |
| 11:58 葛藤とは、何ですか。 葛藤は私たちに、どう生じますか - 心理的に、です。 葛藤があります - 生物的に、物理的に、です。 なぜなら、自分が、健康が優れて いないとき、葛藤がある。 よくなろうとする格闘 などが、あるからです。 が、私たちは、ともに 話し合い、議論し合っています - 心理的に、内的に、 葛藤は 何であるのか、 葛藤の本性は、何であるのか、 それは、どう生ずるのか。 ですね? あなたが、とても強い意見を 持っているし、 他の一人が、とても強い意見 - 相反するの - を、持っているなら、 そのとき、あなたと相手との間に、 闘争が、あります - 強い意見を持っている 人との間に、ですね? で、私たちは、意見なく生きることが、 可能であるのかどうかを、訊ねています。 13:22 私たちは、これについて、 前に幾度も、話してきました。 私たちは、こう言います - 私たちは、何かを 事実だと見るから、意見を持っている、と。 そして、私たちの意見は、 事実に基づいているのだ、と。 ですね? あなたたちが、これらに付いてきて おられるのを、望みます。 ですね? 私たちは、互いに 付いてきていますか。 私に、ではなく、 あなたが、探究しています。 ですね? あなたは、強い意見を、持っています。 もう一人も、とても強い意見を、です。 あなたのへ 相反するのを、です。 彼は、それが正しいと 思います - 自分の判断は、正しい。 自分の結論は、正しい。 自分の理想、自分の信念は、 事実に基づいている、と。 あなたもまた、まったく 同じことを、言います。 彼が言っていることの 反対を、です。 で、なぜ頭脳は、これらの意見、 結論に、取りすがるのか、です。 14:40 問いを理解されますか。 なぜですか。 それは、意見と判断と 結論なしでは、 自分は、どこにも ないからですか。 いいですか? あなたたちは、 みんな眠りに就こうとしていますか。 または、私は、自分自身に 話していますか。 自分は、安全に 感じます - 意見、判断に 執着する中で、です。 事実は、意見を持たなくていい。 それは、事実です。 日は昇る。 日は沈む。 それは、事実です。 なぜあなたは、それについて、 意見を持ちますか。 闇と光が、ある。 あなたは、背が高い。 他の一人は、低い。 あなたは、智恵がある。 他の一人は、ない。 で、事実です。 なぜ私たちは、事実について、意見を 持ちますか。 理解されますか。 で、事実とは、 何ですか。 事実は、実際に起きつつ あることです。ですね? 16:15 事実が、あります。 あれは、マイクロフォンです。 私は、それについて、 意見を持てません。 それについて、意見を持つ ことは、何の役に立ちますか。 そのとおりなのです。 で、私たちは、自分の意見、 結論などを、 見つめられますか。 そして、私たちがなぜそれらを 持っているかを、見られますか。 意見は、判断、 結論、想像、示唆を 意味しています。 私たちは、このすべてに 取りすがります。 それは、そのほうが はるかに容易いからですか。 政治家たちは、意見を 持っています。 一つの集団は、もう一つの 集団に、反している。 で、世界は、これに 満ちています。 こう言う人は、 ほとんどいません - 私たちはなぜ、そもそも意見を、持って いるのか、ただ、事実とともに生きろ、と。 |
| 17:44 私たちは、互いに 出会っていますか。 で、私たちは、言います - 事実とは、何ですか。 私たちは、事実は、実際に起きつつ あることである、と言いました。 そうね、これは - これらに興味を持っておられるのか どうか、私は知りません - それは、とても複雑な問いです - これは。 なぜなら、私たちはいつも、過去の 記憶を自分の知覚に介入させて、 自分自身や、他の一人を 見つめるからです。 ですね? 私は、あなたを見ますが、私は、 あなたについて、あらゆる種類の記憶を 持っています - 気持ちいいのと、 よくないのと、です。 そして、それらが、 意見になります。 私は、あなたを判断します - 私の意見に沿って、 私の背景に沿って、です。 私は、あなたを 自由に、見つめません。 過去の記憶すべてが、 介入します。 それは、安全な 生きる道です。 少なくとも、私たちは、それが、 安全な生きる道であると、考えます。 19:09 そのとき、私たちは、「私は あなたを、知っている」と言います - 「私は、あなたが 何であるかを、知っている」と。 が、あなたは、変化しつつあります。 世界もまた、変化しつつあります。 しかし、私は、自分の結論に、 自分の理想に、取りすがります。 それが、葛藤の 要因の一つです。 あなたは、葛藤が 見えます - 自らの理想をもった、 いわゆる民主主義世界と、 自らの理想をもった、 全体主義世界との間に、です。 マルクス、レーニンとそれらに 基づいた理想です。 で、イデオロギーがあるところ、 葛藤が、存在します。 ですね? 信念があるところ、葛藤が、 存在するにちがいありません - あなたは、一つのことを、信じています。 私は、もう一つを、信じています。 |
| 20:17 で、私たちはなぜ、そもそも 信念を持っていますか。 或る人たちは、神を信じています。 他の人たちは、神を信じていません。 世界全体が、 あります - 仏教世界ですが、それは、 神を信じていません。 彼らにとって、神は 存在していません。 彼らはブッダを、神に するかもしれませんが、 神の観念は、 存在していません。 キリスト教世界に、それが 存在するようには、です。 で、信ずる者と、 信じない者との間に、 葛藤があります。 ですね? |
| 21:05 で、葛藤は、分割が あるところ、存在します - 民族性として、 理想として、 信念として、意見、 結論としての(分割が)、です。 そこには、葛藤が あるにちがいありません。 で、自分自身に分割が、 自分自身に断片化が、ありますか。 質問を理解されますか。 私たちの一人一人に、 矛盾がありますか。 矛盾があるところ、 明白に、分割があります。 理解されますか。 私たちは、自分たちの中の この矛盾に、気づいていますか。 この制限に、です。 理解されますか。 私たちは、互いに 出会っていますか。 私は、私が考えるのが制限されている ことに、気づいていますか。 私が自分自身に、関心を 持っているとき、 それは、きわめて、 きわめて制限されています。 ゆえに、 制限されているものは、 それ自体に、矛盾を もたらすにちがいありません。 22:52 矛盾した欲望が、 あります。 私は、一つのものを、ほしい。 後で私は、それをほしくない。 私は、平和に 生きたい。 が、私は、平和に生きないために、 あらゆることを、します。 で、自分自身に 分割が、あります。 さて、なぜ、この分割が ありますか。 あなたは、これを 訊ねていますか。 私たちは、互いに これを、訊ねていますか。 私たちの一人一人に、なぜ この矛盾が、ありますか - この分割、この断片化、 この制限が、です。 誰が、それを、もたらしてきましたか。 それは、どうして、生じてきましたか。 私は、これであるが、私は、 あれでありたいと思います。 それは、矛盾です。 私は鈍い。 が、研究により、 奮闘などにより、 或る日、私は 利発になるだろう。 24:33 で、私たちには、 二元性が、あります。 私たちには、 対極が、あります。 なぜ、これらの対極は、 存在しますか。 私はこれである。 それは、事実です。 私は、貪欲です。 暴力的です。 嫉妬深い、などです。 私は、それです。 しかし、私は、対極を 創り出してきました。 私は、嫉妬してはならない。 私は、貪欲であってはならない。 私は、暴力的であっては ならない。 理解されますか。 で、対極は、実際のもの ではありません。 事実ではありません。 有るものは、 事実です。 これが明らかになりつつ あるのかどうかと、思われます。 私は、暴力的です。 人々は、非暴力について、 話してきました。 非暴力は、事実では ありません。 事実であるもの。 事実であるものは、暴力です。 なぜ私たちは、対極を、創り出し ますか。質問を理解されますか。 26:13 それは、私たちが、対極が、 有るものより自由であるよう、 私たちを助けてくれるだろう、 と望むからですか。 私は、暴力的です。 私は、 非暴力の観念を、投影します。 そして、 その非暴力の追求が、 私が暴力より自由であるよう、 助けてくれるだろうと、望みます。 私はすでに・ ・・ 非暴力の追求の中で、 私はやはり、 暴力的でいつづけます。 どうですか・ ・・ いいですか。 いいえ? |
| 27:01 私は 嫉妬しています。 そして私は、「私は嫉妬しては ならない」と、言いますね。 嫉妬しないために、私には、 幾らか時間が、掛かるでしょう。 しかし、その間、私はやはり、 嫉妬しています。 ですね? で、非暴力の追求の中で、 あなたは、暴力的でいつづけます。 もちろんです。 で、なぜ事実を、 取り扱わないのですか。 非事実を、 ではなくて、です。 理解されますか。 私が言っていることを、 理解されますか。 事実は、私が嫉妬している、 ということです。 私が、「私は嫉妬しては ならない」と言うとき、 それは、事実では ありません。 事実は、私が嫉妬している、 ということです。 で、私は、事実のみで 通すなら、 そのとき、葛藤は ありません。 ですね? 私は、説明しましょう。 私は嫉妬しています。 嫉妬は、私です。ですね? 28:20 嫉妬は、私より 異なっていません。 怒りは、私より 異なっていません。 私は、怒りです。 私は、 嫉妬しています。私は、残忍です。 私は、暴力的です、 などです。 暴力、残忍さ、怒り、 嫉妬は、私です。 しかし、私が、「私はあれであっては ならない」と言うとき、 それは、私では ありません。 それは、私がありたいと思う ことの、単なる投影です。 それは、非事実です。 あなたがこれを 理解されるのかどうかと、思われます。 あなたはこれを、理解しましたか。 私たちはそこから、進めますか。 あなたたちは、この点について、 議論したいと思うでしょうか。 これは、重要な点です。 私たちがこれを理解するのが、 重要なことです - 基本的に、 根源的に、です。 |
| 29:21 私は苦しんでいます。 物理的に、だけではない。 それを、あなたは取り扱えますが、 私は、心理的にも、苦しんでいます。 なぜなら、私の息子、 私の兄弟、私の夫、 私の妻が、死んでしまったから、 または、逃げてしまったか、 何か私が好きでないことを、 するからです。 私は、苦しみます。 その苦しみは、 私です。 ですね? その苦しみは、私より 分離していません。 それが、私より分離しているとき、 そのとき私は、葛藤の中にいます。 そのとき私は、その苦しみを 乗り切ろうと格闘します。 理解されますか。 しかし、事実は、 私が苦しみであることです。 ですね? 苦しみは、私です。 で、私は、その事実に、 留まります。 そのとき、何が 起きますか。 質問を 理解されますか。 質問を 理解されますか。 30:33 これは・・・ 理解されますか。 私が、 分割を、創り出してきました。 思考が、分割を 創り出してきました - 暴力の事実と、 非暴力との間に、です。 あなたが、非暴力を持っているとき - それは、事実ではありません。 暴力が、事実です - そのとき、矛盾が あります。 ですね? 対極が、あります。 対極は、私たちが言いましたように、 おそらく便宜のために、創り出されます。 事実から逃避するか、 非事実が、事実より自由であるよう、 私たちを助けてくれるだろうと、望む。 それは、 助けてくれません。 もしも、自分が、事実に 留まったなら - 非事実になろうとして、 自分のエネルギーを むだにする代わりに、ね。 そうですね? それは、エネルギーの むだです。 31:49 あなたがこれらを理解されるのか どうかと、思われます。 私が、私がそうでない何かであろうとする とき、それは、エネルギーのむだです。 私は、非暴力的ではない。 私は、暴力的です。 しかし、私が、非暴力を追求するとき、 それは、エネルギーのむだです。 で、葛藤は、 エネルギーのむだです - 私が、何か非事実であることを 追求するとき、です。 これは、 明らかですか。 少なくとも、 知的に、言語的に、です。 私たちは、後で、 見にこられます - なぜ私たちが、 知的にか、言語的にか、 こうも容易く何かを 受け入れるのか、 そして、なぜ私たちは、 何かを、即時に見ないのか - 事実を、 事態の真理を、です。 |
| 33:04 そうね、 私はそれを、錯綜させたく ありません。 それを見つめましょう。 あなたは、その樹を 観察します。 あなたはそれを、検討しています。 あなたは、それを見つめます - それの美しさ、 それの深さ、影、木の葉、 それのとてつもない色、 それの高さ。 あなたは、全部が 見えます。 あなたと樹との間に、 距離が、あります。 それを見つめるには、あなたは、一定の 距離を、持たなければなりません。 それで、あなたは、距離を 持っていますか - あなたのあるがままと、 あなたが自分はこうであると 考えるものとの間に、です。 あなたは、違いが見えますか。 ああ、神様! あなたは、観念と、観念の事実との 間の違いが、見えますか。 ご覧ください。私は、私自身に、 「私は怒っている」と、言います。 34:34 それは、観念ですか。または、私は、 そのとおりであると、悟りますか。 あなたは、違いが 見えますか。 さて、私は言います。 私は あなたに、訊ねています - あなたは 暴力的ですか。 あなたが、「はい」と言うとき、 それは、観念ですか。 それは、あなたが、言葉、観念を 受け入れている、ということですか。 または、あなたは、自分が実際に 暴力的であることを、見ますか。 違いを 理解されますか。 観念と事実、です。 ですね? で、 あなたは、どうしますか。 あなたは、観念なしに 事実を、見ますか。 または、あなたは、観念を持ち、 それから、見つめますか。 どうかなと思われます。 あなたは、あの樹を 見つめますか。 なぜなら、あなたは、多くの 樹々を、見てきたからです。 あなたは、樹の映像、樹々の 記憶を、持っています。 あなたが、あの樹を 見つめるとき、 それらすべての記憶が、 前に出てきます。ですね? 35:59 で、あなたは、あの樹を、 記憶なく、見つめられますか。 ただそれを 見つめてください。 いいですか? で、私は訊ねています。 私たちは、互いに訊ねています - なぜ私たちは、エネルギーを むだにしますか。 それは、事実と非事実との間に、 葛藤を、もたらします。 非事実の追求は、 エネルギーのむだです。 私は、暴力的です。 または、貪欲です。 私が、無貪欲、非暴力の観念を、 追求するなら、 そのとき私は、葛藤の中に いるにちがいありません - 私自身を制御しようとし、私の 怒りを抑圧しようとして、です。 よろしいですか。 それが、 進んでいる葛藤です。 ところが、私が 事実に、留まるなら - 私は暴力的である ことに、です - 私はエネルギーを、むだに していません。 ですね? それを理解されるのか どうかと、思われます。 質問者: はい。 |
| 37:19 K: もちろんです。 |
| 37:20 学生: それは聞く道ではない。 K: それが、困難です。 |
| 37:26 質問者: そこで、何かを お訊きしてもいいですか。 事実と留まるというのは、 正しくは、どういう意味ですか。 |
| 37:31 K: お示ししましょう。 でも、初めに見てください。 あなたは、初めのことを、 理解しましたか。 すなわち、事実と、 非事実です。 ですね? 非事実は、非暴力です。 事実は、暴力です 非暴力の追求の中で、私たちは 葛藤を、創り出してきました。 ですね? それは 明らかですか。 それは、エネルギーの むだです。 で、葛藤は、 エネルギーのむだです。 ですね? 明らかですか。 私たちは、そこへ来るでしょう。 あなたは、分かるでしょう - ちょっと待って。 で、事実に留まる - それは、どういう意味ですか。 あなたが、私に語ってください。 それは、どういう意味ですか。 38:22 私が怒っているとの事実より、 動いて離れないことです。 それは、私がけっして、「私は怒っては ならない」と言わない、という意味です。 私は、それを抑圧しようと してはなりません - ですね? それを超越しよう、それを 乗り越えようとしてはならない。 それに留まる。 それより動いて離れようと する、どの試みも、 エネルギーのむだと 葛藤です。 あなたは、それを 捉えましたか。 はい? 私は背が低い。 または、あなたは高い。 いいですよ。それは事実です。 しかし、私は背が高くありたいのなら、 そのときそれは、問題になります。 そのときそれは、葛藤になります。 嫉妬と、これらが、生じます。 39:26 が、私は、「ええ、私は低い」、 「私は鈍い」と、言います。 そのとき、何が起きますか。 それが論点です。理解されますか。 あなたが、対極を 追求していないとき - それは、エネルギーのむだです。 それは、非事実です - そのときあなたは、 エネルギーを、持っています - 事実を 見つめるように、です。 ですね? 嫉妬の事実は、あなたより 異なっていません。 あなたは、それです。 で、あなたは全的に、 すっかり対極より自由です。 これをご覧になるのか どうかと、思われます。 これが見えますか。 |
| 40:25 質問者: いいえ。私は、いつも 非事実を、追求しています。 それは、あなたによれば、 エネルギーのむだです。 ゆえに、私は、見るための エネルギーを、持ちません。 |
| 40:32 K: いいえ。あなたは、非事実へ エネルギーを、むだにしている - あなたは、自分がそれを むだにしているのを、悟るなら あなたは、止めます。 それをむだにするのを、です。 |
| 40:43 質問者: いえ、私は それが見えません。 |
| 40:47 K: あなたが、私に 怒鳴っているなら、 私は、「私に怒鳴らないで ください」と、言います - 「それは、あなたの側での エネルギーのむだです」と。 あなたは、怒鳴るのを 止めます。 |
| 41:00 質問者: まあ、私は 激怒しているなら・・・ |
| 41:02 K: ええ。もちろんです。 私は少し真剣です。ですね? 「そんなに話さないで・ ・・どうぞ、 そんなに大声で、話さないでください。 それは、エネルギーのむだです。 なぜなら・・・」と。 よろしいですか。 そのとき、鎮まります。 同じように、それは、 エネルギーのむだです - あなたが、何か現実的でない ものを、追求するとき、です。 あなたは、それが見えるとき、 あなたのエネルギーを、むだにしません。 で、あなたは、 エネルギーを、持っています。 そのとき、そのエネルギーで もって、観察してください。 すなわち、あなたは、嫉妬や 暴力より、異なっていません。 あなたはそれです。 ですね? それは、事実です。 ゆえに、あなたは、葛藤に、何も エネルギーを、むだにしていません。 それは、あなたが、事実に違っていて ほしいと思うときだけです - そのとき、葛藤が 始まります。 ですね? それは、 明らかですか。 質問者: そうです、言語的には。 |
| 42:16 K: ああ! |
| 42:19 それが、困難です。 私たちのほとんどにとって、 言語的にとか、論理的に、 それは、きわめて明らかです。 が、あなたはなぜ、そう 言いますか - 言語的に、と。 質問者: なぜなら、私は感じないから・・・ |
| 42:34 K: いいえ。言わずに、見出してください。 |
| 42:36 なぜあなたは、「知的に、言語的に私は 理解する」と言いますか。なぜですか。 質問者: 私は見えなくて・・・ |
| 42:46 K: いいえ。 |
| 42:47 それは、あなたが完全に、全体的に 聞いていないことを、表示しませんか - あなたは興味を 持っていないのです。 私は、葛藤が終わりうるのか どうかを、見出したいのです。 理解されますか。 なぜなら、私は、それがいかに 重要であるかが、見えるからです。 世界全体が、 葛藤の中に、ありますね - 彼らの関係などに おいて、です。 私は、 見出したいのです - 葛藤の影なしに生きることは、 可能であるのかどうか、です。 それの追求の中、 それを究明する中で、 私は、その点に 来ます。 私は、葛藤が存在するのを、 見ます - 非事実の追求が、 あるとき、です。 ですね? で、事実は、「私」です。 「私」は、事実より 異なっていません。 44:03 ですね? そうなのです。 あなたは、あなたの鼻より、 あなたの眼より、あなたの身体より、 異なっていません - あなたの傾向、 あなたの心配、等々より、です。 あなたは、それです。 あなたは、これを受け入れますか。 あなたは、それの事実が、 見えますか。 または、それは、 やはり観念ですか。 理解されますか。 あなたは実際に、あなたが 心配であることが、見えますか - 心配はあなたより 異なっている、のではない。 ですね? あなたは、さびしさが 何であるかを、知っていますか。 もちろん、私たちのみんなが、 それを知っていますね。 あなたは、さびしい。 さびしさは、あなたより 異なっていません。 ですね? それは、あなたにとって、 事実ですか。 または、それはただ、あなたが 受け入れる観念だけですか。 |
| 45:15 質問者: それは、観念です。もしも 私は、それを、事実と見たなら、 私はそれを、自分の部分として 取り扱うでしょう。 私が、自分の身体を 取り扱うだろうように、です。 K: ええ、で、何ですか。 事実ですか。 |
| 45:21 質問者: はい。 |
| 45:23 K: あなたは嫉妬である、と? 質問者: ええ。 |
| 45:25 K: さて、で、あなたは、自分の エネルギーを、むだにしていません |
| 45:26 - 非事実を 追求する中で、です。 |
| 45:27 そうしていますか。 |
| 45:41 質問者: 残念ながら、私はそうしています。 私はそうしていると思います。 |
| 45:46 K: 何ですか。 質問者: むだにしています。 |
| 45:47 K: あなたのエネルギーを、です。 なぜですか。 |
| 45:48 質問者: 私は、それを 事実と見ません。 |
| 45:50 すなわち、嫉妬、さびしさは・・・ K: ・・・あなたです。 |
| 45:59 さて、私がしたいと 思うのは・・・ 私は、これがかなり 困難であるのが、分かります。 あなたは、 見えますか - あなたが、あなたの諸反応より 異なっていないことを、です。 あなたは、あなたが 分析するものより、 異なったり、分離していたり していません。 私はそれを、もう少し 拡大しましょう。 あなたは、あなたが自分自身の中で 観察するものより、異なっていません。 |
| 46:48 質問者: ふつう、クリシュナジ、 自分が怒っているなら、 あなたが、私を怒らせたのです。 あなたが、私を怒らせたのです。 それは・・・ 私は今、 怒っているけれども、 他の誰かが、私を 怒らせたのです。 または、何かが私を、怒らせたのです。 |
| 47:04 K: もちろんです。もちろんです。 |
| 47:05 質問者: そして、 他の何かを、強調する。 |
| 47:08 K: それは、反応です。 あなたは、自分の反応が 自分であることに、気づいていますか。 あなたは、あなたの諸反応より、 異なっていません。 |
| 47:20 質問者: が、ふつう私たちは、それを 引き起こしているものを、強調するんです。 |
| 47:23 K: 知っています。知っています。で、 それから動いて、離れてください。 同じことを、反復し つづけないでください。 そのとき、あなたは 捕らわれています。 が、あなたが、 「見なさい」と言うなら・ ・・ これは、事実です。 これは、真理です - すなわち、あなたは、 あなたの諸反応である、 あなたは、あなたの 諸記憶であることは、です。 |
| 47:55 質問者: ですが、それが、 困難全体であるようです。 なぜなら、私たちは、事実に 留まられないからです。 つまり、そこに何があり、私たちが 事実に留まるのを、阻止していますか。 |
| 48:04 K: なぜなら、私たちは、非事実を追求する よう、条件づけられているからです。 私たちは、理想を追求するよう、 条件づけられています。 |
| 48:19 質問者: 私は、自分が嫉妬するのが、 分かりますが、私は否認します。 K: すみません。 もう一度。 質問者: 私は、自分が嫉妬するのが、 分かりますが、私は否認します。 |
| 48:28 K: いいえ。私は否認しません。 否認する実体は、誰ですか。 それは、やはり私です。 いいですか? それをご覧になるのか どうかと、思われます。 |
| 48:45 質問者: クリシュナジ、 あなたは、こう仰いますが、 私は、とても強い条件づけが あると、感じます - すなわち、私の情動を見守っている 「私」といったものが、あるのだ、と。 |
| 48:54 K: それは存じています。存じています。 それが、私たちの困難です。 で、あなたは、こうもプログラムされて います - 私がそう言っていいなら、です。 それで、あなたは、新しい プログラムを、受け入れないでしょう。 ご覧ください。 これは、 とても単純な事実です。 あなたが何へ反対しているのかを、 私は、知りません。 私は 嫉妬しています。 私は、否認も、是認もしません。 それは、事実です。 私が否認し、それを 非難しはじめた瞬間、 葛藤が 始まります。 否認する人物もまた、 嫉妬です。 ですね? あなたがこれをご覧になるのか どうかと、思われます。 で、私たちは、もう 少し行けますか。 あなたが、その樹を見つめるとき、 樹は、あなたより異なっています。 明白です。そうであってほしいと 私は望みます。ですね? 50:11 しかし、あなたが、 あなた自身を見つめるとき、 観察者は、あなたが自分自身の中に 見えるものより、異なっていますか。 質問を 理解されますか。 私は、 嫉妬しています。 その一つのことで、通してください。 私は、嫉妬しています。 その嫉妬は、何か 私より離れたもの、 私より 分離したものですか。 樹がそうである ように、です。 私がそれを、何か私より 分離したものと、観察するなら、 そのとき私は、それを非難します。 そのとき私は、否認します。 そのとき私は、それと戦います。 そのとき 私は、それを制御しようとします。 が、嫉妬は私です。 観察者は、 観察されるものです。 |
| 51:14 質問者: いいよ。私はそれを観察します。 あちらのあのものは、樹です。 あなたは、樹はあなたであると、 言っていますか。 |
| 51:20 K: 私は、樹は、あなた、観察者より 異なっていると、言いました。 が、あなたが、自分自身を その樹と同一視するなら、 あなたはその樹である、と・・・ |
| 51:31 質問者: ナラ、カエデということですか。 |
| 51:32 K: 何ですか。 いいえ、お兄さん。 あなたは、あの樹を 見つめます。 ですね? あの樹は、あなたではありません。 ですね? そうでないのを、私を望みます。 それは、なかなか空想じみて、想像力 豊かで、なかなか間抜けているでしょう。 で、さて、あなたは、自分の嫉妬を 観察します。 ですね? 観察者は、あなたが嫉妬として 観察するものより、異なっていますか。 |
| 52:01 質問者: 明白に、そうではないね。もし あの嫉妬の感情が、私より生じたなら、です。 |
| 52:05 K: ええ。それは事実です。 そうでないですか。 質問者: ええ。 |
| 52:06 K: で、嫉妬を 観察する観察者は、 |
| 52:07 嫉妬です。 観察者と、彼が 嫉妬しているとの感情との間に、 違いは、ありません。 で、私は言っています - 観察者は 観察されるものである、と。 いいえ? |
| 52:35 質問者: ですが、彼は、違いがあると 感じます。クリシュナジ。 彼は、自分がそれより、 取り除かれることを、感じます・・・・ |
| 52:44 K: いいえ。これは、 少しの究明を、必要とします。 私とともに、それに 入ってください。 あなたは、同意されますね - 実際に 見てくださることを、望みます - すなわち、あなたが 嫉妬であることを、ですね? 嫉妬は、あなたより 異なっていないのです。 あなたが、それを 非難するとき、 あなたは、事実より あなた自身を、分離しています。 それは見えますか。 そのとき、この分離の中、 葛藤が生じます。 いいですよ。 全部を 別なように、表しましょう。 すべての人間は、 苦しみます。 ですね? 物理的に、同じく 心理的にも、です。 彼らがロシア人であっても、 彼らが全体主義者であっても、 彼らが、日本人であっても、 彼らが、アメリカ人であっても、 彼らが・・・すべての人間は、 苦しみます。ですね? 53:50 そして、あなたは、人間です。 あなたは、苦しみます - 何か違った形で、です。 それで、その苦しみは、 あなたです。 ですね? そのとき、あなたが、それに留まれて、 それより去ってしまわないなら、 そのとき、何が 起きますか。 あなたが、実際に、 こうするのでなければ、 私がそれについて、あなたに 語ることは、何の意味もありません。 あなたが見出そうとしているのを、 いつの時も憶えている - 自らが、単一の葛藤もなく、 生きられるのかどうかを、です。 |
| 54:45 質問者: でも、あなたが苦しむ とき・・・(イタリア語で) |
| 54:53 K: シー、シー(はい、はい)。彼は、 自動的にこれは起きると、言っています。 それは、私たちの 条件づけです。 で、条件づけを 探究してください。 なぜあなたが、こう条件づけられて いるかを、見出してください。 それより 離れてください。 ご覧ください。 私は、 プログラムされてきました。 私が、カトリックの国に生活し、 両親が、カトリックであったなら、 私は、カトリックであるよう、 プログラムされてきました。 私は、すべての言葉、進んでいく すべてのサーカスを、反復するでしょう。 私は、それを 進めてゆくでしょう。 そしてあなたは、仏教徒として、 条件づけられています。 あなたは、あなたの条件づけを 進めてゆきます。 で、条件づけは、 葛藤の要因の一つです。 55:42 私はあなたに、 カトリックになってほしい。 なぜなら、あなたの信念は すべて、白痴的であるからです。 私の信念は、神聖です。 それで、葛藤が あります。 で、私たちは、 生きられますか - それは、はるかに 複雑な問題です - 私たちは、プログラムされる ことなく、生きられますか。 ふーむ、 見出してください。 ヒンドゥー教徒でも、仏教徒でも、 アメリカ人でも、イギリス人でもない。 このすべては、私たちがプログラム されていることの結果です - ここ二千年の間、 キリスト教徒として、です。 五千年か、三千年以上、 ヒンドゥー教徒として、です。 それはすべて、 ばかげています。 |
| 56:44 質問者: まあ、みんなが、あなたに 同意はしないでしょうね。 |
| 56:48 K: もちろんです。 |
| 56:49 質問者: 或るヒンドゥー教徒、キリスト教徒は 「これが道だ」と、言うでしょう。 |
| 56:52 K: もちろんです。それが・・・ そして、ヒンドゥーは・・・ なぜなら、あなたは、ヒンドゥーと して、プログラムされてきたし、 私は、カトリックとして プログラムされてきたからです。 それは、司祭者にとって、 収益のいいビジネスです。 で、あなたは - この問いに入ってください - あなたは、プログラムされる ことなく、生きられますか。 プログラムされるとは、 何を考えるのか、 何をするのかを、語られることです。 |
| 57:38 ステファン・スミス: 私たちは、 明白にプログラムされているので、 プログラムを破る実体は、 誰ですか。 K: 誰が破るのか・・・ |
| 57:52 SS: 私たちは、 明白にプログラムされているので、 プログラムを 破る実体は、誰ですか。 K: 私はあなたに、 言いましょう。 プログラムを破る実体は、 ありません。 すなわち、あなたは、 自分がプログラムされて いるとの事実が、見えますか。 あなたは、その事実が 見えますか。 私がカトリックとして プログラムされてきたとの事実、 または、ヒンドゥー教徒としてか、 仏教徒としてか、 アメリカ人、イギリス人、イギリス人、 イギリス人として、です。 私たちは、プログラム されてきました。 私は、イギリス人に 反対していません。 フランス人は、同じことを言います。 全く同じことを、です。 インド人、 ヒンドゥー教徒は、 私たちがそこへ行って、私が、あなたたちは みんなプログラムされていると、言うとき、 彼らは、「私たちのプログラムは、正しい。 あなたの、ではない」と言います。 スティーヴ・ スミスさんが、 質問をしました。 プログラムを 破るのは、誰ですか。 宣伝のこの構造全体を、壊して しまう実体は、誰ですか。 私は、実体がないと、 言いました。 あなたがプログラムされている ことは、事実です。 あなたは、プログラムされた ことの結果です。 ですね? いいえ? |
| 59:38 質問者: まあ、それであるのは、 いいんじゃないですか。 いいんじゃないですか。 私に思われるのは、 問題は - あなたは、まさに始まりに、 それを指さします - 私たちが何であるかへの、 私たちの拒絶です。 |
| 59:48 K: ええ。 |
| 59:50 質問者: 意見を持つことは、いい ってことは、事実ではないですか。 プログラムされることは、 いい、と。 |
| 59:55 K: 私はよく聞こえません。 すみません。 |
| 59:57 レイ・マッコイ: プログラムされることと、意見を 持つことは、いいのではないですか。 |
| 1:00:02 K: それは、いいのですか。 質問者: ええ、意見を持つことは。 |
| 1:00:05 質問者: 私たちはみな、 私たちなるものを、拒絶します。 |
| 1:00:08 私は、あまりに多く話します。私は、 あまりに多く、意見を持っています。 そして、私たちは、 私たちなるものを、拒絶しています。 私たちは、こう言えませんか - 「いいさ。 私は意見を持っている。 意見を持つことは、 いいよ」と。 そして、生き方を・ ・・ 私たちなるものを、 拒絶するのではなく、 私たちなるものを、 生きることは、です。 |
| 1:00:30 K: そうです。それが、私が言っている ことです。あなたは、何ですか。 |
| 1:00:34 質問者: 私は戻っていいなら、ですね、 私は、意見を持っています - それが何であっても、葛藤について、 戦争などについて、です。 K: そうです。そうです。あなたは、 何ですか。 |
| 1:00:41 質問者: 私には思えますが、 |
| 1:00:43 私が理解しない何か特有の形で、 回避を離れるために・・・ |
| 1:00:51 K: あなたは、 何ですか。 |
| 1:00:53 質問者: どんな意味で、ですか。 K: あなたは、あなたの意見です。 |
| 1:00:55 質問者: はい。 |
| 1:00:56 K: はい。あなたは、 あなたの嫉妬ですか。 質問者: はい。 |
| 1:00:57 K: はい。あなたは、あなたが プログラムされてきたものです。 |
| 1:00:58 質問者: はい。 K: はい。それは事実です。 |
| 1:01:00 質問者: はい。 K: さて、ちょっと待って。 |
| 1:01:04 あなたがプログラムされている ことは、観念ですか。 |
| 1:01:05 または、あなたは、プログラム されることの本性全体と構造に、 |
| 1:01:07 実際に気づいていますか。 |
| 1:01:10 質問者: はい。 |
| 1:01:25 K: で、あなたとプログラムとの間に、 分割が、ありません。 |
| 1:01:27 質問者: たった一つのものが、 あります。それが私です。 |
| 1:01:32 K: お待ちください。 |
| 1:01:34 あなたとプログラムとの間に、 分割が、ありません。 |
| 1:01:41 質問者: 正確です。 |
| 1:01:42 K: あなたは、プログラムされた ものです。 質問者: はい。 |
| 1:01:44 K: ですね? 質問者: はい。 |
| 1:01:45 K: そのとき、 何が、起きますか。 |
| 1:01:46 質問者: 私の中に、 プログラムされることは、 |
| 1:01:46 間違っているとの見方が、 どこかに、あります。 |
| 1:01:51 K: ああ、いいえ。あなたの中に、 プログラムされることは |
| 1:02:00 間違っていると言うものが、 どこかに、あります。 プログラムされることは 間違っていると言うのは、何ですか。 |
| 1:02:11 質問者: プログラムです。 |
| 1:02:14 K: はい。 |
| 1:02:16 質問者: 自我です。 K: もう一つのプログラムです。 |
| 1:02:18 それが、 私の論点全体です。 一つの思考は、「私はプログラム されつつある」と、言います。 もう一つの思考は、 「私の中に、何か プログラムされないものが、 ある」と、言います。 それはやはり、思考が 作動しています。 で、これに 拘りましょう。 私たちは、プログラムされています。 それは 事実です。それは、反論不可能な事実です。 コンピューターのように、 私たちは、プログラムされています。 私たちの記憶は、プログラムです。 ですね? 私はカトリックです。 または、ヒンドゥーや アメリカ人です。 それが何でも、です。 誰かが、訊ねました。 このプログラムを 壊してしまうのは、誰ですか。 1:03:10 あなたが完全にプログラムされている なら、誰もいません。ですね? 理解されるのか どうかと、思われます。 それを壊してしまえる人は、 私の外側に、誰もいません。 ですね? で、それを壊してしまう試みは、 何もありません。 ただ事実だけが、あります - すなわち、私は、 プログラムされることの 錯綜全体を、観察するのです。 それは、事実です。 私は事実を観察します。 すなわち、観察者は、 観察されるものです。 それで、彼は 事実に、留まります。 |
| 1:03:54 質問者: あなたは、こう仰るつもり ですか - その事実に、 矛盾なく、葛藤なく、 留まるなら、 それはただ、解消する、と。 |
| 1:04:04 K: いえ、待って、待って。 見出してください! それは解消すると、言わないでください。 それは何かをします。見出しなさい。 何が起きるかを、 発見しなさい。 |
| 1:04:16 質問者: あなたは目覚める ように、思われます。 あなたは、ものすごく 気づきます。 |
| 1:04:21 K: 気づく。それは、要因の一つです。 それへ入ってください。 |
| 1:04:27 質問者: しかし、世界の ほとんどの人々は、 自分たちがプログラムされている ことに、気づいていません。 |
| 1:04:32 K: ほとんどの人々は、 私たちが話していることを、 聞きたいとさえ 思いません。 あなたたちも、また聞いているのか どうかと、私は疑います。 で、私は、失礼を しておりません。 私はただ、訊ねています。 私たちは聞きません。 私たちは、こうも強い意見、 強い結論を、持っています。 結論、意見は、私たちの プログラムの一部です。 で、私がプログラム であるなら - プログラムは私です。 ですね? - そのとき、何が 起きますか。 答えてください。あなたは私に、 何が起きるかを、訊ねました。 |
| 1:05:31 質問者: 葛藤がない。 |
| 1:05:35 K: そうなのですか。 それは、あなたにとって、事実ですか - あなたが葛藤を持たないことは? ただ、私がプログラムされている との事実を、見てください。 そのとき、何が 起きますか。 前に私は、私はプログラム されていないと、言ってきました。 私の部分だけだ、と。 前にあなたは、 言ってきました - 私は、自分のプログラムを、制御しよう。 私は、それを変化させよう。 私は、別のプログラム、 より良いものを、取ろう、と。 で、その過程の中で、いつも 葛藤が、あったのです。 それは、エネルギーの むだです。 さて、あなたが、それらを していないとき、 あなたが、それを悟るとき - すなわち、あなたは、 完全に、何世紀もの間、プログラム されたことの結果である、と。 むだにされてきた エネルギーすべて、 あなたは今、そのエネルギーを 持っています。 1:06:48 あなたは、 持っていますか。 矛盾、抑圧と それらの中に入ってきた エネルギーすべて - 今、あなたは、 このプログラムを見つめるための そういうものすごい エネルギーを、持っています。 で、あなたは、 訊ねます - まったくプログラムされることなく、 生きられるのかどうかを、です。 それは、あなたが完全な自由の中で 生きられるのかどうかを、意味しています - すべての印象から、 すべての圧力から、 新聞、政治家、 司祭者、導師たちの すべての活動から、です。 そのすべてから、 全的に自由、です。 それは、 本当の自由です。 「自由」(フリーダム)という言葉は、また (語源的に)、愛をも、意味しています。 1:07:58 あなたが、 プログラムされることと、 それより自由でありたい ことについて、話すとき、 プログラムされることから 自由でありたいとの欲望は、 あなたのプログラムの 一部です。 自由でありたいとの欲望。 これを理解されますか。 これは、明らかですか。 私は知りません。 で、それが明らかであるなら、そのとき あなたは、葛藤から自由ですか。 質問者: いえ、まあ・・・ |
| 1:08:34 K: おやまあ! |
| 1:08:37 なぜなら、そうね、それが・・・ 私たちの困難は、 私たちが実際に 聞かないことです。 私たちは、事実を、実際に 見ないのです - 私たち自身の中の、 プログラムされている、 このひどい感覚です。 私たちは実際に、それを見ません。 あなたが、水膨れを見るように、 あなたが、痛みを 感じるだろうように、です。 よろしいですか。 あなたは、 こうも鋭く、それを感じません。 それは、観念に留まります。 何か外側のもの、です。ですね? |
| 1:09:35 質問者: まあ、私が、葛藤は私であるとの 事実を、見たと、します。 それは、終わりになります。 で、何ですか。 |
| 1:09:41 K: ああ、葛藤は私です。 ですね? あなたは、それについて 何かを、するのでしょうか。 それを非難しますか。 |
| 1:09:57 質問者: うーん、いいえ。もしそれが 私の一部であるなら、私はできません。 それが私の一部 であるなら、いえ、 私は、その面倒を 見なくてはいけません。 |
| 1:10:02 K: あなたはできない。 |
| 1:10:09 それは、もしそれがあなたの一部である なら、ではない。それはあなたです。 質問者: いいよ。それは私です。 |
| 1:10:13 K: いいよ、ではない。そうなのです。 よろしいですか。 で、何が起きますか。 |
| 1:10:22 質問者: あなたが、 それの面倒を見ます。 |
| 1:10:24 K: あなたは、どのように それの面倒を見ますか。 誰が、面倒を 見る者ですか。 |
| 1:10:32 K: で、あなたは、 何をしますか。 あなたは、それです。 それは、あなたより 異なっていません。 あなたがそれを、自らの血の中に、 持っているのでなければ すなわち、あなたが自分は こうであると考えるものと、 実際にあるものとの間に、 分割がある、と。 よろしいですか。 |
| 1:10:57 質問者: まあ、ちょうど今、私の 血の中にあるのは、過去です。 そうね、何が・・・ |
| 1:11:01 K: そうです。 |
| 1:11:02 質問者: あなたが提案されているのは ・・・ K: いえ、いえ、どうぞ。 |
| 1:11:04 私が、あなたの血の中に、 と言うとき、 それは本当に、あなたにとって、 事実である、という意味で、です。 そうであるのでなければ、 そのときあなたは、錯綜した 問題すべてを、持ちます。 私は・ ・・ 自らは、こう言います・・・ 私たちは、事実が、たった一つの 大事なものであると、言います。 対極が、ではない。 対極は、葛藤を 創り出します。 で、事実は、私です。 で、私が観察するとき、観察者は、 観察されるものです。 ですね? 私は、自分自身を分析するとき、 分析者は、分析されるものです。 あなたは、それが 見えますか。 私は、なぜ私が嫉妬して いるかを、分析しますね。 私は、嫉妬の原因を 見つけられます。 それは、私が嫉妬を、何か 私より異なったものとして、 取り扱っている、 という意味です。 ですね? 明らかですか。 私が、それを 分析しはじめるとき、 それは、何か・・・ |
| 1:12:27 質問者: 何か異なったものです。 |
| 1:12:27 K: ええ。しかし、 嫉妬は、私です。 で、分析者は、 分析されるものです。 嫉妬を検討する分析者は、 嫉妬です。 いいえ? |
| 1:12:47 質問者: でも、それで何ですか。それで、 どういう違いが、できるのでしょうか。 ここに、四十億人の 私たちが、います - 自己破壊の途中に ある者たちが、です。 たぶん、今から20年後、 私たちは、ここにいないでしょう。 私たちが自由な存在として、 この部屋を出るなら、 それで、どういう違いが 出るのでしょうか。 |
| 1:13:01 K: そのとおりです。で、あなたは、 それは何に役立つのかと、言います。 このすべては、 何になりますか。 一人か二人が葛藤なく生きる ことの意味は、何ですか。 そのすべての意味は、 何ですか。 99%の誰それが、これらを 気にしないときに、です。 それは、どんな効果を 持ちますか。 で、あなたは、このすべてを、 効果のために、していますか。 |
| 1:13:31 質問者: はい。私は そう言うでしょうね。 |
| 1:13:33 K: あなたは、嫉妬を 理解しようとしています。 そして、葛藤なく どう生きるのかを、 他の人たちに 影響するために、ですか。 |
| 1:13:46 質問者: まあ、はい。この世界に、 変化をもたらすために。 |
| 1:13:49 K: ああ、ちょっと待って。あなたが いう変化とは、どういう意味ですか。 お待ちください。 あなたは、聞いてきました - あなたと私との間の この会話を、です。 あなたは、 変化したのですか。 質問者: 表面的に、ですが、 深くではない。 |
| 1:14:04 K: なぜですか。 |
| 1:14:08 質問者: なぜなら、私は、あなたが 言っていることについて、 |
| 1:14:12 自分の意見を持っている からです。 K: ええ。 |
| 1:14:14 で、あなたの意見は、あなたが プログラムされたことの結果です。 |
| 1:14:20 質問者: そうです。 |
| 1:14:22 K: で、なぜあなたが自分の プログラムに取りすがるかを、 あなたは 究明できるでしょうか。 自分のプログラムに拘るのではなく、なぜ 自分がそれらを持つかを、見出すのです。 そして、「もし私がそうするなら、 私がプログラムから自由であるなら、 それは、数百万、数千万の人々に、どんな 効果があるのか」と、言わないでください。 で、実はそのとき、あなたは、 葛藤なく、あなた自身で、 どう生きるのかを、 見出そうとしていません。 あなたは、効果が ほしいのです。 おそらくそれは、ものすごい 効果が、あるでしょう - もし、葛藤なく生きられる 私たちの数人が、いるなら、です。 それは、ものすごい効果を 持つかもしれません。 が、私は、それが、(首相)サッチャー 夫人に、影響するかどうかに、 関心を持ちません - そして、保守党や 労働党や同盟党すべてに、です。 |
| 1:15:26 質問者: いいよ。あなたは、 この世界に変化を、 もたらすことに、関心を 持っていますか。 あなたは、この世界に変化をもたらす ことに、関心を持っていますか。 |
| 1:15:33 K: はい。 |
| 1:15:34 質問者: でも、あなたは 何も、してきていません。 |
| 1:15:36 K: 私は言いますが、どうやって知りますか。 質問者: まあ、世界のせいです。 |
| 1:15:37 毎年、ますます多くの ミサイルが、あります。 |
| 1:15:41 K: ちょっと待って。 ちょっと待って。 レーニンは、ロシアでの革命を もたらした一人の人でした。 |
| 1:15:54 質問者: ええ。 |
| 1:15:56 K: 彼が、それをもたらさなかった。 境遇が、そこにありました。 そして彼は、革命をもたらすのを、 助けました。 ですね? もしもあなたが、実際に、深く、 これに、関心を持っていたなら、 あなたは、とてつもない ことを、するかもしれません。 ですね? それで、すべてです。 ですが、初めに 変化してください。 そうね、 それが、困難です。 私たちは、世界に示したいのです - 私たちが何かをすることにより、 それが世界に影響しようと していることを、です。 初めに、それをしてください。 そのとき、 何が起きるかを、見てください。 さて、あなたたちは、一時間、 聞いてきました。 一時間以上です。 あなたはそこから、何を理解しましたか - このすべての会話からです。 1:17:14 あなたは、この場所を離れるときや、 ここに残るとき、 あなたは、プログラムされる ことから、自由でしょうか。 けっしてあなた自身を、ロシア人、 アメリカ人、日本人、ヒンドゥー教徒、 仏教徒、カトリック、 その他すべてと、呼ばないのです。 それは、たった一つの、すべき、 きわめて小さなことです。 あなたは、そう するのでしょうか。 あなたが、そのきわめて 小さなことを、しないなら、 あなたはどうして、はるかに複雑な 他のことを、するのでしょうか。 そうですね、 私たちの困難の一つは、ですね、 私たちの教育、私たちの生き方とそれらが、 こうも表面的なので - ですね? - 私たちはけっして、自分自身を 深く掘らないのです。 「誰が掘ることになるのか」と 言わないでください。 1:18:46 「これは重要だ。私はこれを究明 しなければならない」と言って、 問い、疑い、 訊ねつづけるのです。 それで、あなた自身が、 自分自身で、見るように、です。 語られることなく、 これを、 すなわち、あなたが、広大な プログラミングの結果であることを、です。 理解されますか。 コンピューターは、 プログラムされつつあります。 プログラムすることは、 記憶の養成です。 ですね? コンピューターは、膨大な 記憶(メモリ)を持っています。 それは、プログラム されてきました。 私たちがそうである ように、です。 ですね? どうなのか・ ・・ 理解されますか。 そのとき、あれと私たちとの 間の違いは、何ですか。 |
| 1:19:42 質問者: 何もない。 |
| 1:19:44 K: あなたは実際に、 そう言いますか。 あなたが問いを理解するのか どうかと、思われます。 コンピューターが考えられ、 それ自体を訂正でき、 自分の記憶を 訂正できるなら - それが、起きつつ あることです - 一世代のコンピューター、 第二世代のコンピューターの ほうが、良い、などなど、 それは、それ自体を訂正している。 それらです。私たちのように、です。 そのとき、あれと私たちとの 間の違いは、何ですか。 もし、コンピューターが、 すべてのことを、できるなら - 私たちがすることの ほとんどを、です。 もちろん、それは、 夕べの星を見つめて、 「それは何と美しいのか」とは言えません。 ですね? それはできません。 1:20:52 が、それらのこと、 感情を別にして - 美しさを感じる。 優しさを感じる。 静かだ。それらを、です。 それを別として、 コンピューターは、 私たちがしていることのほとんど すべてを、できます。 ですね? たぶん、より良くです。 そのとき、私たちの頭脳に、 何が起きますか。 質問を 理解されますか。 はい。 あなたは この質問を、理解されます。 それは、 錯綜していません。 |
| 1:21:29 質問者: 頭脳に何が起きるのか、と 仰るのは、どういう意味ですか。 |
| 1:21:31 K: どういう意味ですか。 もしコンピューターが、 私たちがすることの ほとんどを、できるなら、 そのとき、私たちに何が 起きようとしていますか。 |
| 1:21:38 質問者: 私たちは、眠りに就くでしょうし、 コンピューターが、引き継ぐでしょう。 私たちの頭脳は、眠りに就くでしょうし、 コンピューターが、引き継ぐでしょう。 |
| 1:21:48 K: ええ、私たちの頭脳は、 眠りに就くでしょう。 さて、コンピューターが 生じてくる前に、私たちは、 考えなくてはいけませんでした。 私たちは 計算しなくてはいけませんでした。 私たちは、これを しなくてはいけませんでした。 私たちは、あれをしなくては いけませんでした。 ですね? 自動車を組み立てる。 ロボット付きのコンピューターは、 それらをできます。 車を組み立てられます。 あなたが、テレビで見たことが あるのかどうか、私は知りません。 私は、それを カリフォルニアで、見ました。 日本での ホンダの工場です。 すべての作業員が、白い衣服を 着て、白い手袋を付け、 コンピューターとロボットが 車を、製造していました。 1:22:38 何かが、間違えました。すると、 コンピューターは、ロボットを止めました。 そして、機構すべてが、 止まりました。 そのとき、コンピューターが、 それ自体を訂正し、 ロボットに、何をすべきかを、 告げました。 ネジが締まっていなかったとか、 何かです。 私は忘れてしまいました。 そして、ロボットは、それをしました。 そのとき、機械全体が、始めました。 で、それが来ようと しているなら、 コンピューターが、私たちがする ことのほとんどを、できるとき - もちろん、それは ベートーヴェンを、作曲できません。 それは、ベートーヴェンやモーツアルト などのようには、ならないでしょう。 私たちの頭脳に、何が 起きようとしていますか 1:23:29 - 理解されますか - 頭脳が 活動的であったときに、です。 理解されますか。 スーパー マーケットへ、入ってください。 そこでは、コンピューターが 作動中です。 そのほうが、速く計算します - 値札を出してくれている人物より、 どれほどお金が 掛かるのかを、です。 レーザー光線をもったコンピューターは、 それを即座にしています。 ですね? で、女の子は、自分の頭脳を 使わなくてもいい。 理解されますか。 で、その頭脳に、何が 起きようとしていますか。 |
| 1:24:12 質問者: あなたは 鈍くなります。 |
| 1:24:16 K: 鈍くなる。 または、何ですか。 |
| 1:24:17 質問者: 能力がない・・・ K: または、何ですか。 |
| 1:24:18 質問者: 鈍感です。 K: それを見つめてください。 |
| 1:24:19 気をつけて見つめてください。 または、何ですか。 |
| 1:24:21 質問者: 何をする 能力も、ありません。 |
| 1:24:24 K: いえ。 質問者: 物理的な活動以外に、です。 |
| 1:24:31 質問者: それは、自由に、もっと 創造的な仕事を、できるかもしれません。 |
| 1:24:32 K: いいえ。もう少し間近で、 それを見つめてください。 |
| 1:24:33 質問者: それは、 機械的になります。 |
| 1:24:35 K: 私たちは、機械的です。 私たちは、プログラムされています。 |
| 1:24:39 ゆえに、私たちは 機械的です。 |
| 1:24:41 もう少し間近で、それを 見つめてください。 コンピューターは、 ほとんどのことを、できます。 私たちの頭脳が、きわめて 活動的であるのでなければ、 それは、鈍くなろうとしています。 それは、萎れようとしています。 で、何が起きようとしていますか。 萎れないで? 娯楽産業が、ありますね - スポーツ、サッカー。 よろしいですか。 儀式、宗教的な、です。 それは、巨大な 娯楽の産業です。 で、頭脳は、娯楽で もてなされようとしています。 ですね? あなたがテレビで注目したことが あるのかどうか、私は知りません。 ますます多くのスポーツ、 映画が、ありますね。 あなたは、自分の部屋に座って、どの 種類の、ほしい映画でも、得られます。 で、娯楽産業が、あなたの頭脳を、 引き継ごうとしています。 ですね? それが、起きようと していることですよ! |
| 1:26:05 質問者: 娯楽はまた、コンピューターに よっても、供給されます。 |
| 1:26:08 K: はい、そうです。それが、私が 言っていることです。同じことです。 |
| 1:26:14 質問者: で、私たちは、 観察者になるだけです。 |
| 1:26:16 K: または、次は何ですか。 あなたが、娯楽で もてなされつつなくて、 あなたが、娯楽で もてなされたくないのなら - それは、なかなか 退屈になります - そのとき、何ですか。 |
| 1:26:32 質問者: 問いは明らかでなかった。それは 明らかでなかったです - その問いは。 |
| 1:26:36 K: 娯楽産業は、巨大です - あらゆる雑誌、あらゆる新聞が、 あなたを娯楽で、もてなしています。 教会は、あなたを、娯楽で 持てなしています。 ですね? スポーツ、 そのすべて。 あの巨大な複雑な産業が、 あなたの頭脳を、形作っています。 ですね? あなたに、「楽しめ。 気にするな」と、告げています。 ですね? 仮に、あなたはそれを追求しない、 娯楽で楽しみたくない、とします。 あなたは、何を するのでしょうか。 |
| 1:27:22 質問者: 山々へ 入っていき、歩きます。 |
| 1:27:24 K: あなたは、永遠に歩いて、 山々へ入られません。 |
| 1:27:33 質問者: あなたは、座って、 見つけないといけない・・・ |
| 1:27:35 K: 見出してください。見て、 これを問うてください。 娯楽産業は、あなたを、娯楽で もてなそうとしています。 それが、大多数の人々が、生きよう としている、一つの道です。 それを、彼らは 今、しています。 あなたは、その事業を 追求しないなら、 そのとき、あなたの頭脳に、 何が起きようとしていますか |
| 1:28:06 質問者: それは、コンピューターの ようになるでしょう。 |
| 1:28:08 K: が、コンピューターは、あなたの職の ほとんどを、引き継いでしまったのです - あなたがすることのほとんどを、 より良く、です。 で、あなたの頭脳に、何が 起きようとしていますか - それが、娯楽で 楽しみつつないなら、です。 ああ、みなさんは、これらに ついて、考えません。 あなたは本当に、これらすべての ことについて、考えません。 それはちょうど、あなたの目の 前に、あります。 危険です。 あなたは、何をするのでしょうか。 |
| 1:28:45 質問者: 破壊しようとする。 |
| 1:28:51 K: 何? 質問者: (イタリア語で) K: シー、シー。 あなたの エネルギーは、破壊的です。 どうぞ、質問に 答えてください。 あなたが、娯楽で 楽しもうとしていなくて、 あの産業に捕らわれようと していないなら - そして、コンピューターは、あなたが していることのほとんどを、できます。 それは計算できます。 それは、 とてつもないことを、できます。 もちろんそれは、空を 見つめて、愉しめません。 それは、生殖をできません。 それは、一定のことを、できません。 が、ほとんどのことを、 それはできます。 たぶんそれは、詩歌を 書こうとするでしょう。 キーツほど良くはないが、 それは、書くでしょう。 1:29:33 それは神々を、考案するでしょう。 私たちの神々より良いのを、です。 ですね? それで、あなたの頭脳に、何が 起きようとしていますか。 それは、余生の年々の間、娯楽で 楽しもうとしているのか、 あるいは、あなたは、全然 違った方向を、向くのか、です。 ですね? その方向は、何ですか。 どうぞ、私たちは、この事柄に ついて、議論してきました - コンピューターの、傑出した 開発者の何人かと、です。 彼らは、この問いについて、 考えたことさえ、ありません。 理解されますか。 |
| 1:30:35 質問者: クリシュナジ、今、 あなたが仰っていることは、 大いに意義深いと、 私は感じます。 なぜなら、同時に、 歴史の中で、初めて 人は、余暇を持つからです。 |
| 1:30:48 K: はい。それが、私が 言っていることです。 それがまさに、私が 言っていることです。 人は、一日に 二、三時間、働いて、 長い週末を持たなくては いけないかもしれません。 あなたは、何を するのでしょうか。 娯楽で楽しみますか。 航海に行ってしまいますか。 コンピューターを聞く。 コンピューターとゲームをしますか。 それはすべて、巨大な娯楽です。 そうでしょう。 それが、皆さんがしようと していることですか。 いいえ。 頷かないで、 見出してください。 それは、きわめて 深刻、真剣です。 それか、あるいは、 他の何ですか。 つまり、私は、他の何を言えるでしょう が、それは、意味を持たないでしょう - あなたが、きわめて明らかに これを、見るのでなければ、です。 すなわち、娯楽産業が、 あなたを、表面的にしつつあり、 あなたを、余生の間、 サッカーを観て 楽しむだけに していることを、です。 1:32:16 いいですね? サッカーではなく、教会へ行き、 主への讃歌を歌う。 そのとき、あなたは 何を、するのでしょうか。 私たちには、たった二つの 進路だけが、残されています。 あなたは、残りの年々の間、 娯楽を追求するのか - 世代に次ぐ世代、 娯楽を追求するのか、 あるいは、あなたは全然、 違った方向を、向くのか、です。 その方向は、心理的な 世界の中への究明です。 大いなる深みへ入り、 そのすべてを越えることです。 理解されますか。 人には、今、たったこれら二つの 道だけが、残されています。 私は、あなたを憂鬱にしたり、終末の 日を、もたらしたりしていません。 これらは、事実です。 |
| 1:33:30 質問者: (イタリア語で) |
| 1:34:01 K: そのお方は、こう 仰っています - 「私の困難は、私が自分自身に、 あまり深く入られないことです。 それが、私の問題です」と、 そのお方は、仰っています。 まあ、あなたは、何が 起きつつあるかが、見えますか - 私たちがいかに、 ますます機械的に、 ますます表面的に なりつつあり、 ただ、表面的に生きている だけなのか、です。 私たちの教育、 私たちの宗教、政治、 あらゆる物事が、奇怪なほど 表面的になりつつあります。 外側の上っ面だけです。 たまたま、あなたたちは、親切にも 聞いてくださるわけです。 ですね? 少なくとも、聞く。 あなたは、それに ついて、何もしないかもしれません。 が、少なくとも、あなたは、私のような 人物に聞いて、一時間を使います。 1:35:15 しかし、大多数は、 関心さえ、持っていません。 そして、彼らが、 世界を支配します。 そして、頭脳がいったい、 どのプログラムからも 自由でありうるのかどうかを、 自分自身を見出す。 それは、どの記憶からも、 という意味です。 私はそれを、困難に しないでしょう。 プログラムするとは、記憶を 意味しています。 ですね? 小さなチップに - チップに呼ばれるものに - 6億のメモリ(記憶)が、その中に あり、その中に入れられます。 ですね? で、私たちはまた、 記憶に他なりません。 あなたたちの何人かは、これが、気に入らない だろうと存じていますが、それは、事実です。 |
| 1:36:22 質問者: クリシュナジ、あなたが仰っている 一つのことを、私は明瞭にできますか。 |
| 1:36:29 K: ああ、どれほどでも、 明瞭にしてください。 |
| 1:36:32 質問者: 仮に、私が 若者である、とします。 私は、サッカーが楽しい。 私は、運動をするのが、好きだ。 私は、航海と、これら すべての活動が、楽しい。 さて、私は、それらのことが 楽しいが、私があなたに聞くなら - あなたが仰っている ことを、です - 私が、それらのことをするのを、 止めるべきだ、ということでなく、 私もまた、別の次元へ深く入る べきだと、いうことを、です。 |
| 1:36:56 K: はい。私はまた、サッカーへ 行かないかもしれません。 |
| 1:37:00 質問者: よろしいです。 |
| 1:37:02 K: 私はそれを、テレビで 十分間、見るかもしれません - それは、何と 退屈なのか。 一人の人が、いつの時も、 一つのボールを、蹴っていて、 至る所でボールを追いかける。それは なかなか、ばかばかしくなります。 |
| 1:37:14 質問者: でも、ともかく、私は 時々、何か運動が、必要です。 |
| 1:37:18 K: ああ、私は散歩します。私は 泳ぎます。私は山に登りますが・・・ |
| 1:37:24 質問者: でも、 それから・・・ |
| 1:37:25 K: 私は、大変多くゴルフをしたもの でした。一日に3ラウンドです。 私はかなり、それが上手でした。 一時、 私は、ハンディ2とハンディ4でした。 私は時々、スーパー・ ゴルフ 選手を、見ます。ですね? 五分の後、 もう十分です。 いいですよ。 でも、それは、その産業に 捕らわれることではありません。 それらは、娯楽で私を 楽しませていません。 それはちょうど、あの樹を 見つめるのに、似ています。 しかし、政治の世界全体、 宗教の世界、映画の世界、 文学の世界の幾らか - よろしい ですか。それは、巨大な娯楽です。 1:38:21 私たちがそれを悟るとは、 私は思いません。 物事が、いかに危険に なってしまったのか・ ・・ それは、私がこう言っている だけではありません。 ボーム博士と他の人たちが、 同じことを、言っています。 彼らは、こう言うまでには、 到っていません - 「私たちの頭脳に、何が 起きようとしているのか」と。 彼らは、今すぐ そこに、来るでしょう。 で、あなたは、楽しみに、 我を忘れるのか - 面白いこと、表面的な ものごとに、です。 あるいは、あなたは、 終わりのない世界に、入るのか - 無量の深さ、 無量の広大さに、です。 それは、あなたが 見出すべきことです。 |
| 1:39:16 質問者: でも、クリシュナジ、 それは、なかなか困難に聞こえます。 あなたは、初めの一歩かも しれないことを、表示できますか。 |
| 1:39:22 K: 何もない・・・ なぜあなたは、困難という 言葉を、使われますか。 「それは、困難だ」。 私たちは、困難だと言います。 なぜなら、私たちは、それに 入ったことが、ないからです。 私にとって、一時間、サッカーを観て 座ることは、ひどく困難です。 私はとにかく、そこへ 行かないでしょう。 で、もしも私たちが、「困難だ」と いう言葉を、忘れられて、 「もっと多く」、「より良い」と いう言葉を、忘れられたなら、 そのとき、私たちは これに、入られます。 私たちの頭脳は、 条件づけられてきたので、 私たちは、こうも 制限されているのです。 よろしいですか。 制限されている。 「私はイギリス人だ」、 「私は、自分の問題に、 関心がある」、 「私は愚かだ。 私は、より良くならなければ ならない。自己改善しなければ」と。 そのすべての 子どもっぽいことです。 1:40:41 私は、非難していません。私は ただ、指摘しているだけです。 が、あなたが、こう 言うなら - 「ほら、 人は、表面的な、プログラム された実体だけではない。 私は、人が何であるかを、 見出したい。 私は、自分自身で 見出したい - このすべての戯言を越えて、何かが あるのかどうかを」と、です。 それは、あなたが見つめ、見守り、 時間を使わなくてはいけない、 という意味です。 よろしいですか。 しかし、あなたが、それは何とひどく困難 なのかと言うことから、出発するなら、 そのときあなたは、それを、 ひどく困難にするでしょう。 私たちは今、止めたほうが いいと思います。 思いませんか。 いいですね。 あなたたちは、 疲れているにちがいありません。 私は、たった一つだけの 声ではありません。 あなたたちは、みんな 同じです。 ですね? 私は、たった一匹だけ 吠えている犬ではありません。 立ち上がっても いいですか。 |