Krishnamurti Subtitles
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BR83DSS1.5 - あなたはどうやって、凡庸であるのを、止めるのだろうか。
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| 0:19 クリシュナムルティ: 私たちは 何について、話しましょうか。 前回、私たちが ここで会ったとき、 私たちは話していたと、 思います・ ・・ 頭脳は、一般的に 衰退しますが、 それが、若く保たれるのか どうかについて、です。 私たちはそれに、いくらか 明瞭に、入りました。 あなたたちは、今朝、何に ついて、話をしたいのでしょうか。 |
| 1:20 質問者: 私たちは、関係における 思考の役割を、見つめられますか。 |
| 1:25 K: 関係における 思考の役割。 |
| 1:34 質問者: クリシュナジ、一グループの学生は、 死について、話したがっていました。 |
| 1:41 K: 死ですか。 うるわしい朝に、はい? あなたたちは、死について、 話したいですか。 |
| 1:54 質問者: はい。 |
| 1:57 K: 二人の声? 本当にあなたたちは、 死について、話したいですか。 または、関係 - 関係における思考ですか。 関係において、思考は、 どんな所を、持っていますか。 または、おそらく、私たちは、 これらすべてを、含められます - 死と関係、ですが、 凡庸さとは、何ですか。 あなたたちは、 それについて、話したいのでしょうか。 あなたは、それについて、 話したいのでしょうか。 あなたにとって、 凡庸さとは、何ですか。 凡庸(ミーディオーカー) である。 |
| 2:51 質問者: まあ、その言葉は、丘の途中 まで上がっていく、という意味です。 |
| 2:55 K: 丘の途中まで、ええ。 その言葉の意味は、丘を 途中まで、上がっていき、 けっして、丘の頂上へ 行かないことです。 それが、その言葉(ミーディ オーカー)の根本の意味です。 さて、あなたは、何が 凡庸であると、考えますか - 凡庸であるとは。 偉大なテクノロジー研究者、 科学者、文学者たちが、います - 高度に知的で、 とてつもなく有能ですが、 あなたは、彼らを、そういう人々を、 凡庸だと考えるでしょうか。 |
| 3:52 質問者: 彼らの各自の分野では、 彼らは、そうではありません。 彼らの分野では、彼らは、 そうではありません。 |
| 3:59 K: 他の分野では、彼らは、 そうではありません。 |
| 4:01 質問者: いえ。彼らの分野では、 彼らは、凡庸ではありません。 |
| 4:04 K: 彼らの分野では、彼らは、 凡庸ではありません。 なぜあなたは、彼らの分野と 彼らの生を、分離しますか。 |
| 4:15 質問者: まあ、生のもう一つの部分では、 彼らは、凡庸であるかもしれません。 たとえば・・・ |
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4:22
K: 私は、偉大な科学者 であるかもしれません。
けれども、私の生は、きわめて 凡庸であるかもしれません。
ですね?
で、あなたは、何が凡庸さを 構成すると、思いますか。
質問者: 優秀でない。 K: すみません。 もう一度。 |
| 4:49 質問者: 優秀でない。 |
| 5:06 K: 私は、偉大な哲学者であり、 有名であり、 自分の表現は、 とてつもなく利巧であり、 自分の思考は、錯綜している かもしれません。 けれども、私は、とても狭い生、 日々の生を、生きるかもしれません。 ですね? あなたは、そういう人物を、 凡庸と呼ぶのでしょうか。 その人、 偉大な哲学の人で、 けれども、日々の生で 凡庸な生を、生きる。 で、凡庸であるとは、どういう意味かを 見出しましょう。 いいですね? それが、指摘されて きましたように、 その言葉の起源は、けっして 丘の頂上へ行かないで、 ただ途中まで 上がっていくことです。 それは、けっして、 優秀ではなく、 半分、優秀です。 6:17 ですね? 私が、嫉妬の生を 送るし、 私は、偉大な哲学者であるなら - 仮に、私がそうだ、とします。 そして、私は 嫉妬していて、怒ります。 私の個人的な思考は、 かなり制限されています。 ですね? 私の見通しは、哲学的には、 偉大なのかもしれませんが、 私の日々の生において、 私は怯えています。 ですね? で、あなたは、そういう人物を、 凡庸と呼ぶのでしょうか。 私は、偉大な技術官僚、すなわち、 偉大な技術者であるかもしれません。 けれども、私は野心的で、 かなり粗野で、低俗です。 そうね、 その他すべてです。 あなたは、その人物を、 凡庸と呼ぶのでしょうか。 |
| 7:27 質問者: クリシュナジ、私はそう できるだろうと、思いません。 なぜなら、私は、自分が彼より、 少しもましだ、と思わないからです。 |
| 7:33 K: はい。で、私は あなたに、訊ねています - あなたにとって、 凡庸さとは何ですか。 |
| 7:51 質問者: 自分がしていること、自分の 行為を、気にしないことです。 それは、自分の行為、 自分がすることを、 気にしないことです。 |
| 8:01 K: はい。 あなたは、或る人物を、 凡庸でないと、呼ぶでしょうか - 科学の区域で、だけでなく、また 自分の日々の活動で、日々の思考で、 他の一人への自分の関係でも、 優秀に生きる人を、です。 あなたは、 全体的である人物を、 凡庸でないと 考えるでしょうか。 |
| 8:39 質問者: その人物は、 凡庸ではありません。 |
| 8:45 K: はい。あなたも そうですか。 |
| 8:47 質問者: いいえ。ああ、 はい、私はそうです。 |
| 8:51 K: すみません。私は、個人的に申し上げて いません。私は訊ねているだけです。 で、あなたはどうやって、 凡庸であるのを、止めるのでしょうか。 他の誰かに適用しないでください。 私は、自分自身に、訊ねています。 私は、私が凡庸であると 悟ります。 すなわち、私は断片化しています。 理解されますか。 私は、偉大な科学者です。 けれども、私の関係において、 かなり、見かけ倒しです。 ですね? 私は、そういう人物を、 凡庸と呼ぶでしょう。 ですね? 一つの方向で、 優秀であり、 もう一つのでは、 優秀でない。 私は、そういう人物ですか。それを あなた自身に、適用してください。 9:47 あなたは、そうですか。 そして、自らが凡庸である ことを、悟るなら、 あなたは、それについて、 何をするのでしょうか。 あなたが凡庸であることを、 受け入れて、 余生の間、 やっていくだけですか。 あなたの行為は、何ですか。 あなたの振るまいは、何ですか。 あなたの生の道は、何ですか - それが、凡庸であるなら、です。 あなたはそれを、受け入れて、 そのようにやっていくのでしょうか。 または、その凡庸さをどう 破るのかを、見出すのでしょうか。 さあ、どうぞ。 あなたは、何を するのでしょうか。 |
| 11:05 質問者: それがどこへ繋がるのかを、 見ます - 凡庸さが、です。 凡庸さがどこへ繋がる だろうかを、見ます。 |
| 11:11 K: あなたは、それについて、 何をするのでしょうか。 仮に、私は自分が凡庸であると 悟ると、します。 私は、趣味を 持ちません。 趣味が何であるかを、 ご存じです。 衣服で、絵画での 良い趣味。 私は、することすべてに、趣味を 持ちません - 仮に、そうします。 そして私は、それを、自分の 生の道として、受け入れます。 私は、自分の趣味の欠如について、 批判されたくありません。 私は、自分がとても良い趣味を 持っていると、思いますが、 実際に私は、 持っていません。 ですね? そして、あなたが やってきます。 友人として、 あなたは、「ごらん。 あなたは、さほど・・・ お兄さん、あなたは、さほど良い 趣味を、持っていないよ」と、言います。 あなたは、それについて、 何をするのでしょうか。 私は、何を できますか。 12:09 私は訊ねています。あなたが、 考えぬいてください。 それは、私ではありません。 私は、あなたに訊ねています。 あなたは、何を するのでしょうか。 あなたの応答は、 何ですか - あなたが、自分の日々の生が、かなり 醜いことを、見つけるときに、です。 趣味の欠如、 礼儀作法の欠如、 良い振るまいの欠如 など、です。 あなたは、何を するのでしょうか。 ただ、それを 受け入れて、 「そのように・ ・・私は、 あのように生きたい」と言う。 すなわち、自分のあるがままに、 自分が持っているものに、 満足し、幸せである。 あなたは、それらを 受け入れるでしょうか。 または、あなたは、もたらす・ ・・ 全部を崩してしまうのでしょうか。 答えてくださるでしょうか。 今朝、 あなたたちはみんな、きわめて静かです。 答えてくださるでしょうか。 |
| 13:24 質問者: クリシュナジ、そのとき、 変化しようとすると、思います。 |
| 13:29 K: そうしてきましたか。 許してください。私は個人的に 言っていません。 |
| 13:34 質問者: はい。 私が用いる手段が、私をどこかへ導いて くれるのかどうか、私は知りません。 が、しかし・・・ |
| 13:51 K: これは、なかなか 重要な問いです。なぜなら、 初めの問いが、出されたとき、 何が・・・ |
| 14:05 質問者: 役割は、何なのか。 |
| 14:06 K: 関係において、思考の所、 役割は、何なのか。 そして、もしその役割・ ・・ 思考が単に、かなり浅くて、 自分自身に関心を 持っていて、 自らの見通しと活動が 制限されているなら、 それは、関係において きわめて破壊的です。 ですね? そして、それが、 ほとんどの・ ・・ 99パーセントの人々は、 そのように生きます。 人類の大多数は、 そのように生きます。 で、あなたは・ ・・ もし自らが、 凡庸さの活動を、 悟るなら、 私はそれを、どうやって 終わらされますか。 まず第一に、私は、自分自身を 凡庸だと見ると、恐怖するでしょう。 あなたは、そうですか。 |
| 15:34 質問者: たぶん、なぜ私たちが その凡庸さを免れたいかの理由は、 凡庸さ自体であると、 思います。 すなわち、あなたは 凡庸であるのを、恐れています。 私は思うのですが、 たぶん 私たちが自分の凡庸さを 免れたいと思うところの動機は、 私たちが恐れている、ということか、 私たちが、何か大きいものと 何か本当に良いものでありたい ことです。 |
| 16:04 K: いいえ。いいえ。 私は、あなたが私へこう言うのが、 聞こえます - 私は凡庸である、と。 私は、自分が凡庸であると、 悟ります。 私は、その状態に 留まりたいですか。 なぜなら、それは、とても 快適であるからです。 私は、何もしなくていい。 ですね? 私は、余生の間、 やっていくだけです。 が、私は、その凡庸さが、かなり 不条理で、かなり醜いことを、悟るなら、 私は、何を することになりますか。 その問いに、 お答えください。 |
| 16:44 質問者: まあ、私は、自分が凡庸 であることを、見つけるなら、 私はどうして、 何かをできますか。 K: いいえ。なぜですか。 |
| 16:48 質問者: まあ、私は凡庸です。 |
| 16:49 それは、丘の途中まで、 上がっていくことです。 私は、丘を途中までだけ、 上がっていけるなら・・・ |
| 16:55 K: 残りの道を、上がって いきなさい - 丘の上へ、です。 |
| 16:57 質問者: どうして 私にできますかね。 |
| 16:58 K: あなたが、途中まで上がっていける なら、残りを上がっていきなさい。 「どうして私にできますか」と 言わないでください。 そうね、「どうして私にできるか」 というその発言は、 すでにあなたを、 制限します。 質問者: それが凡庸さです。 |
| 17:16 K: それが凡庸さです。 |
| 17:20 私たちは、そのようですか。 「どうして私にできるのか」と。 私は、強さを持っていない。 私は、怠けている。 私は、他にすることを、 多く持っている。 私は、残りの者のようでいたい。 私にはできない。よろしいですか。 すべての言い訳、理由 - 論理的なのと、非論理的なの - すなわち、私を丘の途中に 留めておくものです。 あなたは、何を するのでしょうか。 あなたはどうやって、丘の頂上へ上がって いくエネルギーを、集めるのでしょうか。 さあ、どうぞ。 |
| 18:21 質問者: まあ、凡庸さへ繋がる行為が、 何かあるにちがいありません。 |
| 18:32 凡庸さへ繋がる行為が、何か あるにちがいありません。 K: はい。私は、お訊きしています。 |
| 18:33 質問者: それを言うことにより・・・ |
| 18:33 K: 私は、自分が丘の途中にいるのを 悟ります。 質問者: はい。 |
| 18:37 K: 私は、そこに留まるための 言い訳を、大変多く見つけます。 |
| 18:41 あなたは、それが自分に 起きつつあるのを、見つけますか - 大変多くの言い訳です。 おそらく、それらの幾つかは、 正しいか、必要です。 他のものは、 想像力豊かなだけですね - あなたが丘の頂上へ上がって いくのを、阻止するように、です。 さて、それを見て、あなたは 何を、するのでしょうか。 |
| 19:21 質問者: その変化を することは、 一定量の努力を 含意していませんか。 それはしばしば、あなたを、おそらく きわめて欲求不満にさせるか、 自分は、その凡庸さを変化させようとする 葛藤の中にいるかのように、感じさせます。 それを感じるなら、明白に、あなたの 生の中で、何かが間違っています。 あなたは、それを 改良したがります。 しばしばそれは、 必要とする・ ・・ しばしばそれは、葛藤が あることを、意味しています。 なぜなら、あなたの一部分は、 完璧に、それで幸せでいるし、 他の部分は、自分が少しまし だったらと、願っているからです。 |
| 19:57 K: はい。ですが、その終わりに、 あなたは、何をするのでしょうか。 あなたは、凡庸さへ、凡庸である ことへ、一定の理由を示してきました。 そして、自分はそこで 止まります。 ですね? 何が、あなたを押して、丘を 上がらせるのでしょうか。 それを、直接的に 表しましょう。 何があなたを、駆り立てるのか、 押すのでしょうか。 または、あなたは、自分を押して、丘を 上がらせてくれる誰かが、必要ですか。 または、あなたは、自分を押し上げて くれるチェアリフトが、ほしいですか。 チェアリフトが何かを、 ご存じですか。 |
| 20:36 質問者: いいえ。 |
| 20:38 K: そうね、スイスでは、そして、ここにも また、それはきっとあると、思います。 世界の色々な地方に、ですが、 丘の頂上へ到るために、 ケーブルに吊り下げた 電動の椅子が、あります。 彼らはスキーをするとき、まっすぐ 上がってゆき、それから滑り降ります。 あなたも、それをできますが、 それは・ ・・ 理解できますか。 で、誰が、あなたを押し あげてくれるのでしょうか。 はい? 理想ですか。 欲望ですか。 |
| 21:23 質問者: それなら、 できます。 |
| 21:26 K: それに入ってください - ゆっくり、 一歩一歩。見出してください。 あなたは、自分を押し上げて くれる他の人物が、必要ですか。 |
| 21:34 質問者: 必ずしも、 そうではない。 |
| 21:35 K: いえ。必ずしもそうではない、 と言わないでください。 あなたは、それが必要ですか - 丘の 頂上へ上がっていくために、です。 実際の丘ではなくて・ ・・ 理解されますか。 凡庸だと、私たちは 言いました - 丘を途中まで上がって いく人物は、です。 それは、 暗喩、直喩です。 が、実際に、人間たちは いつも、少し道を行きます。 彼ら自身において、 ですね。 テクノロジーの世界で、 ビジネスの世界で、 科学の世界などで、 ではない。 彼らはそこで、自分たちの 一番上へ、行きます。 ですね? ですが、それが、 彼ら自身の生に来るとき、 彼らは、1インチ(2. 54cm)ずつ 動くか、まったく動きません。ですね? 彼らはけっして、自分自身に 優秀さを、要求しません。 ですね? で、私は訊ねています - あなたは、その状態にあるとき、 あなたは、自分を押し、駆り立てて くれる誰が、必要ですか。 あなたに褒美をくれるか、あなたを 処罰する誰かが、です。 |
| 23:13 質問者: そうであるなら、私たちは、 凡庸に留まっています。 |
| 23:16 K: はい。 で、ただそれを聞いて ください。 すなわち、 褒賞と、処罰。 褒賞があるか、処罰があるから、 行われるどの行為も、 それは、凡庸さの 本質の一つです。 あなたは、それを 考慮するのでしょうか。 私が言ったことが、 聞こえましたか。 私は、褒美を得るだろうから、 丘を上がっていきたいなら - または、私は処罰 されるだろうから、ですが、 それが、凡庸さです。 それが、 世界中の人々が・ ・・ 王でも、領主でも、 偉大な司祭者でも、何でも、 彼らは、褒賞と処罰に、 依存します。 24:17 ですね? 褒賞は、権力である かもしれません。 褒賞は、金銭である かもしれません。 褒賞は、評判である かもしれません。 褒賞は、達成感である かもしれません。 理解されますか。 で、あなたは、どの褒賞の ためにでも、するなら - それは、あなたが処罰 されたくない、という意味です - それは、凡庸である 精神の性質です。 あなたは、丘の頂上へ 登っていきます - 褒賞を得る ために、です。 それはまるで・・・ いいですか? |
| 25:07 質問者: 何ですか。私たちは、 処罰されたくないのですか。 そのとき、私たちは、処罰 されたくないのですね。 |
| 25:11 K: または、あなたは、処罰 されようとしているから、 丘の頂上へ行くのです。 |
| 25:16 質問者: そのとおりです。 |
| 25:18 K: で、凡庸さは、 褒賞と処罰に、 依存します。 あなたは、それが 見えるでしょうか。 私たちは、 そのようですか。 私たちの一人一人が、です。 私は、何かをします。 なぜなら、私は、何かを、 得ようとしているからです。 それは、褒賞です。 または、私は何かをします。 なぜなら、私は、処罰される かもしれないからです。 ですね? で、私は、自分の行為のために、 褒賞や処罰に、依存します。 そして私たちは、それが、凡庸さの まさに本性であると、言います。 ですね? 私たちは、そのようですか - 私たちの一人一人が、です。 |
| 26:15 質問者: それは、あなたが、 私の昔の学校の日々を、 |
| 26:19 叙述なさっているように、 聞こえます。 K: 私は今、あなたに お訊きしています。 私たちは、そのようですか。 私たちの一人一人が、です。 褒賞と処罰に 依存して、です。 これは、とても 深刻な問いです。 なぜなら、 心理学者の何人かは、 褒賞を 提唱しているからです。 あなたがこれらを理解されるのか どうかと、思われます。 なぜなら、人はいつも、 処罰されてきたからです - 「あなたが、こうしないなら、 私はあなたを、罰するだろう」と。 宗教において、特に、 キリスト教の一部において、 「あなたが、あれを信じないなら、 私は、あなたを拷問しよう」と。 ですね? で、私は、「はい、私はあれを 信じます」と、言います。 で、あなたの行為は、 褒賞と処罰に、基づいていますか。 これは、とても良い問いです。 進んでください。 気をつけて、それを 検討してください。 |
| 27:38 質問者: あなたが、何かを 拒絶するから、行為するなら - 言い換えるなら、あなたは、 自分が凡庸であることが、見えるし、 あなたは、その凡庸さを 拒絶しますが・ ・・ K: あなたは、凡庸さを拒絶できません。 |
| 27:48 質問者: なぜできませんか。 |
| 27:51 K: なぜなら、あなたは、凡庸さの 本性を、理解しないからです。 |
| 27:53 質問者: まあ、おそらく理解します。 言い換えると、あなたは認識し・・・ |
| 27:56 あなたは、自分自身の中の 凡庸さに、気づきます。 そしてあなたは、 その凡庸さを、拒絶します。 |
| 28:06 K: はい。でも、それは、とても 表面的な拒絶なのかもしれません。 |
| 28:11 質問者: まあ、そうではない、 と想定しましょう。 |
| 28:14 K: ああ、いいえ。 何も想定しないでください - 気にされないなら、です。 実際に、私は 自分自身で、見つけます - すなわち、私は、自分の行為のために 褒賞と処罰に依存することを、です。 仮に、私はそうすると、 しましょう。 そしてあなたが、 やってきて、言います - 「ほら、それは、まさに 凡庸さの本性ですよ」と。 いいですね? 私は、 そのとおりだと見ます。 そのとき、何が 起きますか。 質問を 理解されますか。 あなたは、真理が 見えますか - すなわち、 褒賞と処罰に 基づいた、どの行為も、 きわめて、きわめて浅く、凡庸で、 かなり不条理であることが、です。 あなたは、それが 見えますか。 |
| 29:13 質問者: はい。 |
| 29:15 K: 私は、教会へ 行きます - 或る像が、 私が何かをするのを、助けてくれる かもしれないために、です。 私の痛みを 乗り切るように、です。 私は、神を崇拝します。 なぜなら、 私は怯えているからです。 理解されますか。 その崇拝は、 凡庸な崇拝です。 あなたは、それに 同意されるでしょうか。 そんなに愕然としたり、 虚ろであったりしないでください。 あなたはこれらに、 何と仰いますか。 で、褒賞と処罰に基づいて いない行為が、ありますか。 あなたは、その質問を しないのでしょうか。 |
| 30:14 質問者: それは、大いに自由に 関係していると、私は思います。 なぜなら、 依存していないことは・ ・・ あなたは、褒賞、あるいは、 処罰に、依存しています。 あなたの行為が、 それに依存するなら、です。 |
| 30:31 K: あなたは・・・ それは・・・ それは、何か価値がありますか - その発言は、あなた個人にとって、です。 すなわち、褒賞と処罰は、 値しない、と。 そうね、私たちは 動いて、 その問いを理解する 責任より、離れますか。 それで、私は、他の人たちは凡庸であるが、 私はそうではないと、言うのです。 または、あなたは、「ほら、これを 見つめよう」と、言いますか。 私は、行為し、 考えていますか - 私の動機は、褒賞と処罰に、 基づいていますか。 それが、凡庸さの様相の 一つです。 ですね? 私たちは、他のものへ入られます。 初めに私は、それを理解しますか。 私は、何も褒賞や処罰なしに、 行為できますか。 そこに、何が含意されて いるかを、見てください。 私は、褒賞と処罰なしに 行為するなら、 私は、もはや 嫉妬していません。 私はもはや、妬みを 持ちません。 ですね? あなたは、それが 見えますか。 いいですよ。 他のほうを、 見つめましょう。 あなたは、 嫉妬していますか。 私たちは、嫉妬していますか。 |
| 32:18 質問者: はい。 |
| 32:20 K: 大いなる静寂です。 それは、私たちがそうである、 という意味ですか。 |
| 32:28 質問者: はい。 |
| 32:31 K: 単純であってください。私たちは、 そうであるなら、そうなのです。 正直であって、それを 見つめましょう。 私たちとともに、 大人たちは・ ・・ つまり、 「私たち」ではないね。 私たちはみんな、嫉妬して います。 そうでしょう? 妬んでいるとは、 どういう意味ですか。 |
| 32:59 質問者: それは、 こういう意味です - |
| 33:07 私は、ジョンがポルシェを持って いるのを、見るなら、こう言います・・・ K: いいえ。感情を見出してください - 妬みの感情を、です。 |
| 33:12 質問者: 何も持って いないとの感情です。 |
| 33:15 K: そして、相手の人は? 質問者: 何かを持っています。 |
| 33:16 K: で、その感情です。 |
| 33:17 あなたが、妬んでいるとき、 あなたの感情は、何ですか。 質問者: 貪欲です。 |
| 33:28 質問者: 彼は、貪欲と言いました。 |
| 33:32 K: いえ、それは、 もう一つの言葉です。 私は訊ねています - この言葉が あるときの感情は、何ですか。 すなわち、あの感情を伝えるために 使われたものが、です。 その感情です。 あなたは、誰かが車を 持っているのを、見るし、 あなたは、それを 持っていないとき、 私はあなたに、訊ねています - あの感情は、何ですか。 誰かは、大変多くのお金、 大きな邸宅を、持っています。 麗しい絵画などを、です。 あなたは、それを見つめて、 「神様! 」と言います。 それは、あなたに 起きますか。 または、あなたたちは みんな、聖人ですか。 それは、あなたに 起きますか。 はい? あなたはそれを、凡庸と 呼ぶのでしょうか。 それの本性を 理解してください。 なぜなら、関与した褒賞もまた、 あるからです。 ですね? 処罰は、妬みなのかも しれません。 理解されますか。 いいえ。 私は・・・ それは、あまりに・・・・ さて、それに 拘ってください。 あなたは、この感情を 持っています。 そうでしょう? さあ、みなさま。 はい? よし。 さて、なぜあなたは、 それに留まりますか。 |
| 35:14 質問者: すみません。私は それが聞こえませんでした。 |
| 35:18 私は、仰ったことが、 聞こえませんでした。 K: 彼らは、はい、と 言いました。 多数、 あなたたちのみんなが、妬んで います。 明白です。いいえ? 質問者: はい。 |
| 35:23 K: なぜあなたたちは、 こうも恥ずかしがりですか。 |
| 35:25 もし私が、あなたは何と 美しいのか、と言うなら、 あなたは、 目覚めるでしょう。 さて、気をつけて、 見つめてください。 妬み。 あの感情と、あの言葉は、 処罰と、連携しています。 ですね? 「自分は妬むべき ではない」、 「大っぴらに妬むことは、 ひどいことだ。 が、内密に、秘密主義で、妬む ことは、だいじょうぶだ」と。 理解されますか。 しかし、あなたは、「ええ、私は あなたを妬んでいます」と、言います。 理解されますか。 いいえ。 これは、あまりに・・・ それに入ってください。 私たちはみんな、 妬んでいます。 それは、人間すべての 共通の要因です。 ですね? いいですか。よろしいですか。 大勢: はい。 |
| 36:32 K: 私たちは、妬んでいます。 私たちの一人一人が、です。 |
| 36:34 あなたはそれを、凡庸だと 呼ぶのでしょうか - 誰かを 妬んでいることを、です。 私たちは、私たちのあるがままではない。 私たちは、あなたのようでありたい。 理解されますか。 私は、自分のあるがままに、 不満足です。 私は、あなたの ようでありたい - 利発で、智恵があり、 知的であり、 利巧で、美しい、何やら かんやら、それらです。 すなわち、私は何物でもないが、 あなたは、あらゆるものです。 それを 理解されますか。 |
| 37:32 質問者: クリシュナジ、 私は妬んでいます。 が、そのとき、私が、 それは凡庸さだと、言うなら、 実は、私は、自分が妬んでいるとの 事実を、回避しつつあります。 |
| 37:43 K: はい。私は、そこへ来ようと しています。私は妬んでいます。 私は当面の間、それを、凡庸さと 呼びさえしないでしょう。 私は妬んでいます。 世界のほとんどの 人々が、そうであるように、です。 世界において、だけではなく、 ここでも、です。 私たちは、その言葉の意味に、気づいて いますか - それがどう生ずるのか、 妬みの帰結が 何であるのかに、です。 私たちは、その感情と、その言葉の 内容に、気づいていますか。 いいですよ。 私は妬んでいます。 幸運にも、私はそうなったことが ありませんが、仮に、私はそうだとします。 私は、あなたを妬んでいます。 それは、どういう意味ですか。 |
| 38:49 質問者: まあ、まず第一に、それは、 あなたが、自分が持っているものと、 自分のあるがままに、 不幸せである、という意味です。 |
| 38:55 K: はい。私は、私のあるがままに、 私が持っているものに、不満足です。 物理的に私は、自分が持って いるものに、不満足です。 なぜなら、私の住宅やアパートは、 きわめて狭く、二部屋だけであるからです。 そしてここに、私は、1ダースの部屋と 麗しい庭のある邸宅を、見ます。 そして私は、「神様。 私はあれを 持っていたらなあ」と、感じます。 ですね? それは、どういう 意味ですか。 それに入ってください。友よ、 それに入ってください。 |
| 39:31 質問者: あなたは 比較しています。 |
| 39:37 質問者: あなたは 比較しています。 K: 比較しているだけではなく、 私は比較する前に - 私はその言葉を、使いたくありません。 気をつけて、それを見つめてください - 私は、鈍い人です。 そして、 あなたは、とても利発です。 私は、あなたの ようでありたい。 それは、私が、自分のあるがままを、 拒否している、という意味です。 ですね? が、私は、あなたの ようでありたいと思います。 ですね? 私は、私の あるがままを、拒否しています。 あなたは、 そうしていますか。 ああ、さあ、みなさま。 |
| 40:21 質問者: はい、自分は そうすると、私は思います。 |
| 40:24 K: あなたは、それに同意しますか。 質問者: はい。 |
| 40:26 K: 私は、「有るもの」を 拒否します。 |
| 40:28 で、私は、「あるべきもの」で なければなりません。ですね? 私は、私が貧しいこと、私が小さい家を 持っていることを、拒否します。 そして私は、 あのようでありたい。 で、比較が あるだけではなく、 私は、私のあるがまま、 私が持っているものに、 不満足であるとの感情です。 そして、満足を 追求します。 |
| 41:07 質問者: 私はまた、イメージを、 持っています - あなたのようであるとは、 どういうことであるかについて、です。 私はまた、あなたのようであるとは、どういう ことであるかの観念を、持っています。 |
| 41:16 K: どうしてあなたは、 私のようでありえますか。 |
| 41:18 質問者: まあ、あなたが 大きな邸宅を持っているなら、 私は、あなたは、大きな邸宅を 持つことにより、 何らかの形で、より良いとか、 より大きいと、想定します。 K: 私は、あなたほどに間抜けなのかも しれません。 |
| 41:26 質問者: そのとおり。 |
| 41:29 K: 私は、私を妬む人ほど、 凡庸なのかもしれません。 |
| 41:31 ですね? あなたがこれらを、捉えつつ あるのかどうかと、思われます。 そうですか。 |
| 41:51 質問者: そのことは、 私自身を他の一人と比較するほうが、 はるかに容易い、と いうことです - 「いいよ。 これが、私の あるがままだ。私は、 私の問題に向き合わなくては いけない」と言うより、です。 |
| 42:02 K: それが、私が言っているすべてです。 それでもって、始めてください。 理解されますか。 あなたが何であるかで、始めて、 あなたが何であるかを、見てください。 比較して、「私は あれを欠いている。 私は、あの人の富を持っていたら なあ」と、言わないで、です。 または、彼の見映えや、 彼の智恵を、です。 理解されますか。 私は・ ・・ ご覧ください。 私は、比較により、私自身を 鈍くします。 ですね? あなたは、利発だ。 私は、そうでない。ですね? 私自身を、利発であるあなたと、 比較することにより、 私は、自分自身を 鈍くします。 ですね? が、私が比較しないなら、 何が、起きますか。 私は鈍いですか。 |
| 42:53 質問者: いいえ。 気をつけて、その問いを、 私に答えてください。 |
| 42:58 質問者: そのとき、あなたはただ、 あなたのあるがままです。 |
| 42:59 K: いいえ、そう言わないで ください。実際に、 それが、あなたが言うこと、 あなたが感じることですか。 あなたが、あなた自身を、 比較しないなら - ひどく生きている、ひどく 智恵のある人と、です - あなたが、比較しないなら、 あなたは、何ですか。 あなたは、鈍いですか。 |
| 43:27 質問者: 私は、鈍いかもしれません。私は 鈍いかも、鈍くないかもしれません。 |
| 43:33 K: 比較が、あなたを 鈍くしますか。 または、あなたは 鈍いですか。 |
| 43:41 質問者: または、 私は鈍いですか。 |
| 43:43 K: あなたは、どうやって知りますか。 質問者: うーん・・・ |
| 43:44 K: 気をつけて、それを考えぬき、 ゆっくりそれに入ってください。 |
| 43:46 質問者: 私は自分自身について、 イメージを持っています。 |
| 43:52 K: いいえ、 いいえ、いいえ。 |
| 43:54 あなたは、自分自身を、 鈍くない他の一人と 比較するから、 鈍いのですか。 あなたが、比較しないなら、 あなたは、鈍いですか。 |
| 44:08 質問者: いいえ。 |
| 44:09 K: あなたは、 あなたなるものです。 それでもって、始めてください - 比較することなしに、です。 質問を 理解されますか。 私は、私自身を、 あなたと比較します。 ゆえに私は、自分が鈍いと 感じます。 私は比較しないなら、 私は、「私は、鈍さが何であるかを、 知らない」と、言います。 で、私は、そこから出発します。 それが、私の基礎です。 それが、私の基盤です。 ですね? あなたは、 そうするのでしょうか。 ゆえに、比較しないで ください。 私が言っていることを、 理解されますか。 ああ、後生です。 さあ、みなさま! 私たちは、訊ねることから、出発 しました - 凡庸さは何ですか、と。 その言葉の根本の意味は、丘を 途中まで、上がっていくことです - 物理的にも、 心理的にも、です。 ですね? それは、けっして私たち自身に、 優秀さを要求しない、という意味です。 ですね? 質問者: すべての区域において。 |
| 45:30 K: すべての区域において。 |
| 45:31 物理的に、テクノロジー的に、 そして、内的に、 優秀だ、優秀な振るまい、 優秀だ、などです。 私たちは、こう言います - あなたが、丘の途中に留まって、 けっして、あなた自身に 最高のものを、要求しないかぎり、 それは、それ自体が、 凡庸さの本質です。 ですね? ですね? これは、明らかですか。 あなたは、そうですか。 |
| 46:11 質問者: それを、繰り返して いただけるでしょうか。 私は知りません。 私はただ・・・ |
| 46:15 K: ああ、あなたは、 他のどこかに、いました。 私は、それを 繰り返しましょう。 私たちは、その言葉の意味を、 言いました - 丘の途中まで上がった。 私たちは、けっして 自分自身に訊ねません。 自分自身に要求しません - 至高であるように、です。 テクノロジーの世界で 至高だ。 その分野で、です。 また、内的にも、です。 理解されますか。 その意味は・ ・・ 至高だ、 優秀とは、けっして 嫉妬を意味していません。 もちろん、嫉妬は・ ・・ いいですか? いいですか? 理解されますか。 |
| 47:07 質問者: はい。 |
| 47:09 K: あなたは、要求するのでしょうか、 見届けるのでしょうか - 自分が嫉妬していない ことを、です。 あなたが そうであるなら、 あなたは、自分自身に、 最高のものを、求めていません。 |
| 47:28 質問者: 最高のもの、 至高と優秀といった言葉は、 比較上の用語でないですか。 |
| 47:32 K: ああ、はい。それが困難な 言葉であることは、存じています。 これらすべての言葉は、 困難ですが、 最高は、優秀を、 意味しています - あなたの要求の頂上に いることを、です。 私は、要求します - 何を? 私が嫉妬すべき でないことを、です。 私はそれを要求します。 そして私は、なぜ私は そうすべきでないか 嫉妬、妬みの原因が 何であるかなどを、見ます。 そして、それを 終了します。 が、余生の間、嫉妬し、妬み つづけることは、こうも・ ・・ それは、きわめて凡庸です。 理解されますか。 いいですか? さて、あなたは、 そうしていますか。 あなた自身に、優秀である ことを、求める - あらゆることにおいて、です。 一つの方向で、だけではない。 48:37 あなたが、庭仕事を しているなら、優秀である。 いいですか? あなたが、科学の世界で 働いているなら、優秀であること。 そしてあなたが、「私は自分自身を 理解しなければならないな - 私が何であるのか、私が何である べきか・ ・・」と、言っているなら、 それにおいて、 至高でありなさい。 ですね? あなたは、 そのようですか。 もしあなたが、 そうでないなら、 「私は凡庸だ」と呼ぶことにより、 それを非難しないでください。 理解されますか。 もしあなたが、 自分自身に、 括弧付きの「最高のもの」を、 求めていないなら、です。 質問者: 私がそうでないなら、ですか。 |
| 49:25 K: あなたがそうでないなら、です。 |
| 49:26 「私は凡庸だ」と言うことにより、 それを非難しないでください。 そのとき、なぜあなたはそうでないかを、 訊ねてください。 理解されますか。 しかし、あなたが、「ああ、それは 凡庸さだ」と、非難するなら、 あなたは、それを 非難するだけです。 しかし、あなたが、 「いいですよ。 なぜ私は、 自分自身に求めていないか。 内的に、 最高のものを」と言うなら - そうね、 最高のものを、です。 私は当面の間、その言葉を使っています。 一定のためらいをもって、です。 |
| 50:01 質問者: まあ、私は求めていません。 なぜなら、私は凡庸であるからです。 |
| 50:04 K: いいえ。そのとき、あなたは それを非難しています。 あなたは、それを 見逃しています。 |
| 50:12 質問者: 彼は、 こう考えます - 彼は一度、自分自身を凡庸だと 見てきたから、 それは、自分が永久にその状態に あることを、意味している、と。 |
| 50:20 K: ええ。 私が自分自身を・ ・・私は 凡庸であると、見つけるなら - これらが、今朝の言語的な 交換が、聞こえた後、です。 そして、私は、自分が 凡庸であるのが、見えます。 私は、「神様、なぜ私は、 あのようなのか。 それの理由は、何なのか」 と言います。 私は、凡庸さを受け入れません。 理解されますか。 私は、「なぜ私は あのようなのか」と言います。 私は、自分自身を、誰かと 比較していますか - 凡庸でない人と、です。 そうしているなら、私は 彼を、嫉妬しています。 比較は、嫉妬、妬みの 要因の一つです。 ですね? 妬みの、ですね。 で、私は 比較しないでしょう。 |
| 51:12 メアリー・ジンバリスト: あなたが、 自分は凡庸であることを、悟るなら、 それは、何かへの 比較において、です - 「凡庸さ」という言葉を、使う、 選ぶのは、ね。 そこに、 何か他の潜在能力が・ ・・ それは、他の誰かではないかも しれませんが、それは、何か価値がある。 |
| 51:33 K: 不幸にも、私たちのほとんどは、 自らが凡庸であるのを、悟りません。 |
| 51:37 MZ: ええ。それを 悟るためには、私たちは、 いつの時も、その物差しを 見なくてはいけなくないですか。 |
| 51:44 K: 物差しは、ありません。 それが、私が言っていることです。 |
| 51:47 MZ: あなたは、「途中まで 上がった」と仰いました。 あなたは、それは部分的だ、それは 道のりすべてではない、と仰いました。 |
| 51:51 K: 物差しは、 ありません。 あなたが、物差しを 持っているかぎり - より良く、より良くと、 これとあれ、と - それは、凡庸さです。 |
| 52:03 MZ: でも、あなたは、自分が 凡庸であると、どうやって決定しますか - もし、物差しを見ないなら、です。 |
| 52:08 K: 私はそれに、入ろうとしています。 私は、自分が凡庸であると、 どうやって悟りますか。 ジンバリスト夫人は 訊ねています。 あなたはどうやって、 悟られますか。さあ! |
| 52:21 質問者: 比較なしに、です。 |
| 52:29 質問者: 自分が何かへ十分に 応答していないことが、見えます。 |
| 52:36 K: はい。それが、要因の 一つなのでしょう。 すなわち、他の一人との あなたの関係において、 あなたは十分に 応答していない、と。 それは、どういう 意味ですか。 |
| 52:55 質問者: あなたは、一通りに考えるし、 あなたは、もう一通りに行為します。 |
| 52:58 K: いいえ。 彼は、こう言いました - 自分が十分に、 完全に、調和的に 応答するとき、 その状態は、何も・ ・・ それは、凡庸さの状態では ありません。 ですね? それは、どういう意味ですか - 「それに応答する」とは。 |
| 53:29 質問者: あなたが全的に 注意深いことですか。 あなたは、他の人物へ 完全に注意深いことですか。 |
| 53:34 K: それは、あなたにとって、どういう 意味ですか - 完全に応答するとは。 |
| 53:48 質問者: それは、こういう 意味かもしれません - あなたの応答は、断片のではない。 ゆえにそれは、分割的ではない、と。 K: え? |
| 54:02 質問者: それは、 こういう意味かもしれません。 あなたの応答は、断片からではない。 ゆえにそれは、分割的ではない、と。 K: で、あなたは どうやって知りますか - あなたが断片から行為 していないことを、です。 |
| 54:12 質問者: 自分は、自らが断片から行為 するのを、知ると、私は思いますね。 |
| 54:14 K: それが、私が見出したいこと です。どうやって知りますか。 まず第一に - もう一度、始めましょう。 私たちが断片化しているのを、 あなたは悟りますか。 質問者: はい。 |
| 54:32 K: はい? |
| 54:34 あなたたちが違った人物である ことを、実際に悟る。 ですね? あなたが、富裕で 権力をもつ誰かに、出会うとき、 それへの違った応答が、 あります。 ですね? ですね? あなたが、 そうでない誰かに、出会うとき、 違った応答が、あります。 で、それが、 断片化です - 権力へ、違った応答が あるのと、 貧困へ、全く違った応答が、 あるとき、です。 ですね? 私が言っていることを、 理解されますか。 いいですか? あなたは、そのようですか。 |
| 55:23 質問者: はい。 |
| 55:25 K: それは、あなたが、断片化している、 という意味です。そうでしょう。ね? 一通りに応答し、 もう一通りに応答することは、 あなたが砕けてしまっている ことを、示します。 いいえ? で、あなたは、応答できますか- それが、富、貧困へ、でも、 司祭者へ、 などなどなどでも、 変動なしに応答する。 |
| 56:04 質問者: 私たちの応答は、境遇に 沿って、変動するかもしれません。 |
| 56:08 K: ゆえに、それは、 どういう意味ですか。 |
| 56:11 質問者: それは適切に違っているかも しれない、っていうことです。 |
| 56:14 K: 必ずしもそうではない。なぜ あなたは、適切に違っている、と? なぜ私は、教皇へ 違った応答をすべきですか。 |
| 56:25 質問者: 私は、権力への尊敬という 意味では、言っていません。 |
| 56:29 K: いえ、いえ、私はあなたに頼んでいます - それを、止めてしまいなさい、と。 教皇へ一通りに応答し、 首相へ一通り、 将軍へ一通り、 貧しい人へ一通り、 などとね。 違った応答です。 それらは、 適切ではありません。 なぜなら、私の中で、権力のほうが、 貧困より、重要であるからです。 ですね? ゆえに、私は 違った応答をします - 権力へ、金銭、 地位、権威へ、です。 そして私は、何も持っていない人へ、 応答がありません。 ですね? あなたが、これらを理解されるのか どうかと、思われます。 |
| 57:26 質問者: 私には、 こう思われます - 私たちが今、 話していること、 それは、私たちが先日、 話していた尊敬の気持ちと 何か関わりが あるのだ、と。 |
| 57:41 K: はい。私たちは、 尊敬について、話していました。 当分の間、それを 持ち込まないでください。 私はどうすれば、あなたに、 或る感覚を、お伝えできますか - そこに比較がない、 ゆえに、妬みがない、 ゆえに、あなたの中で物事を、あるが ままに、見ているところの生、です。 そして、それを変化させる。 他のものに なろうとするのではなくて、です。 私が言っていることを、 理解されますか。 |
| 58:25 質問者: いえ。 |
| 58:31 K: 仮に、 こうだと致します - 私は貧しくて、相当に 良い教育を受けた人です。 私は、あなたを見ます - 高度な教育を受け、 洗練されていて、自分がほしい ものすべてを、持っています。 そして私は、そうではなく、 私は、それらを持っていません。 私は、あなたを 妬んでいます。 私もまた、あなたが持っている すべてを、ほしい。 私は、それを持ちたいと 思います。 ですね? さて、私は、それが私をどこへ 導こうとしているかを、見ます - 私が自分自身を、あなたと 比較するとき、です。 あなたは、それが 見えますか。 あなたは、それが私を、どこへ 導くだろうかが、見えますか。 それは、私を、あなたとの 葛藤へ、導くでしょう。 あなたを嫉妬し、 私自身を拒否し・ ・・ 自分のあるがままを、拒否し、 自分のあるがままに、不満足です。 ですね? 私が、あなたのようで ありたいとき、そのすべてが、起きます。 59:42 ですね? それは、一連の 葛藤、抗争です。 ですね? さて、それを、逆のほうから、 見つめましょう。 私は、自分自身を、あなたと まったく比較しません。 私は、私のあるがままです。 ですね? 私は、アパートや 一部屋を、持っています。 私は、鈍くありません。 私は、私なるものです。 ですね? 私は、鈍くありません。 私が自分自身を、あなたと比較する ときだけ、鈍さは、存在します。 それに同意されますか。 で、私は鈍くありません。 私は、私なるものです。 それが、私が出発する ところの基礎です。 他方は、虚構です。 どうなのか・・・ |
| 1:00:58 MZ: クリシュナジ、比較が 人々の間にあるとき、 それは、大変 破壊的ですか。 たとえば、私は、 自分が無知であると、悟ります。 私は、物理学について 無知です。 まあ、私は、何か明白に中立的な ものを、取り上げています。 私は、自分がこれについて 無知であるのを、知っています。 私は、自分がケンより知っているとか、 ケンより知らないとか、言っていません。 私はただ、自分が物理学について 無知であると、言うだけです。 さて、そこには、比較的な 発言が、あります。 私は物理学を知らない - それは、比較ですか。 |
| 1:01:38 K: はい、確かに。 昨夜、あなたは、ナイポールがレヴィンに インタビューされているのを、 聞きましたか。 はい? |
| 1:01:47 質問者: はい。 |
| 1:01:48 K: あなたは、ナイポールが誰かを 知っていますか。 質問者: いいえ。 |
| 1:01:49 彼は、偉大な、 有名な作家です。 ものすごく有名です。 彼が、バーナード・ レヴィンから、 インタビューを受けていました。 バーナード・ レヴィンを、ご存じですね。 彼は、ここに来ていました。 彼は、この人物に インタビューを、しました。 私はそれを、 20分間ほど、観ました。 ナイポールは、きわめて、 きわめて利巧で、高度に知的で、 世界中を旅行し、 無数の本を読み、 報酬を得ています。 彼は、自分の子ども時代、 青年時代について、話しましたが、 彼は、自分の青年時代が 好きでなかった。 よろしいですか。 さて、私は、彼の話を 聞きました。 彼は、とても有名ですし、 私は、そうではありません。 仮に、私はそうでない、とします。 私は、有名でありたくありません。 ですが、私の中に、 妬みの感情が、生じましたか。 質問を 理解されますか。 ああ、さあ、どうぞ。 |
| 1:03:09 МZ: でも、それは、 またもや、人それぞれです。 |
| 1:03:11 K: 私は、そこへ来つつあります。私は、 人それぞれに、拘りたいのです。 |
| 1:03:15 質問者: で、違った性質の 比較は、主題でなく・・・ |
| 1:03:20 K: それらは理解できますよ、マリア。 私は言っています、 私は、あなたに訊ねています。 あなたが、美しい女優を、見るとき - または、美しい俳優を、です - あなたは、 「おやまあ、私はあのようで ありたい」という感情が、しますか。 |
| 1:03:43 質問者: はい。 はい。 それは、機械的な過程に なったように、思われます - それを見るやいなや、あなたは すでに、衝動を持っているんです。 |
| 1:03:52 K: ええ。で、その感情が、 存在します。ですね? あなたは何を・ ・・ それは、断片的ですか。 もちろん、そうです。 私は、シルクハットを被った誰かが、 歩いていくのを、見ます。 アスコット競馬場へ出かけてゆくのを、です。 それらのことをご存じですね。 そして、私は コックです。 あなたは、これらの感情を、 ご存じですね? そして、全世界が、このようです。 理解されますか。 あなたが、インドへ行こうが、 あなたが、シナへ行こうが、 あなたが、ロシアへ行こうが、 あらゆるところで、 それは、同じ現象です。 あらゆる人が、互いに 嫉妬しています。 ですね? これを ご存じないですか。 |
| 1:04:57 質問者: あらゆる人が、ですか。 どうして、あらゆる人が、と言えますか。 |
| 1:05:02 K: 例外は、あります。 いいですよ。 私の祖母と私の父は、 例外でしたが・ ・・ そうね、なぜあなたは、 例外でありえませんか。 例外的でないままで いることが、凡庸です。 私は、或る邸宅へ行きます。 私は、美しい家具を、見ます 麗しいカーペット、 すばらしい絵画を、です。 個人的に私は、その種類の 感情を、まったく持ちません。 それは、私にとって、 何一つ、意味しません。 私は、「ああ、神様、私はあれを 持てたらなあ」って、感情を持ちません。 なぜなら、私はどこにいても、自分自身を お客として扱ってきたからです。 私は、自分は世界のお客、 この地上のお客であると、 感じるでしょう。 ゆえに、私はお客です。 よろしいですか。 それは、とても単純です。 私が言っていることを、理解されますか。 あなたは、そのようであるでしょうか。 |
| 1:06:35 質問者: まあ、 もしも私が・・・ |
| 1:06:36 K: けっして、嫉妬する、妬む 感情を、許さないでください。 なぜなら、それは・ ・・それは、 こうも愚かであるからです。 それは、私が出発するための 基盤を持たない、という意味です。 理解されますか。 そういうわけで、私は混乱する、 私は格闘する、それらであるのです。 もし私が、私は私なるものである、 と言うなら - ですね? 私は鈍いかもしれない。 私は 愚かであるかもしれない。 私は、あれやこれ であるかもしれない。 それが、私のあるがままです。 ですね? それが、あなたがそこに家を 建てるための基盤です。 が、あなたはいつも、自分自身を 誰かを、比較しているなら、 あなたの基盤は、きわめて・・・ 何の基盤もありません。 1:07:37 あなたは、その上に家を 建てられません。理解されますか。 で、明瞭さを 持つこと、 安定して常なる基盤を 持つこと、 それは、壊れてしまいつつない、 変化しつつないのです。 あなたが、あなたなるものであり、 そこから動くかぎり、 その基盤は、 存在できるだけです。 ですね? で、比較、嫉妬は、 だめです。 それが存在するなら、 あなたは常に、不確実で、 くたびれようとし、 何かであろうと格闘しています。 よろしいですか。 あなたは、何かであるでしょう。 あなたが、 あなたなるものから、出発するなら、 - あなたが、何か でありたいのなら、です。 1:08:57 さて、あなたは、 問いを出しました - 関係において、思考は、 どんな役割を、持っていますか。 ですね? あなたは、 それを出しました。 あなたは、私の問いに答えてください - その問いに、です。 関係において、思考は、 どんな役割、 どんな所を、持っていますか。 理解されますか。 役割、部分、 思考、関係。 さて、関係とは、 何ですか。 実際に、です。 それを理想化したり、 それを想像したり、 それはあるべきだと言ったり しないでください。 実際に、それは 何ですか。 |
| 1:09:44 質問者: まあ、あなたと私は、お互いに 直接的に接触しあっています。 |
| 1:09:49 K: いいえ。私は、あなたに お訊きしています。 あなたは、こう言います - あなたは、そうですか - 直接的な接触があるとき、 関係がある、と。 それが、あなたが言っている ことですか。 物理的な接触ですか。 質問者: それだけではありません。 |
| 1:10:02 K: 性的な接触ですか。 |
| 1:10:04 質問者: そのすべてです。 K: ちょっと お待ちください。「そのすべて」。 |
| 1:10:07 あなたの「そのすべて」とは、 どういう意味かを、私は知りません。 |
| 1:10:08 ゆっくり始めてください。 一歩一歩、です。 あなたが、関係は、他の一人と完全に 接触していることである、と言うとき、 あなたがいうのは、 物理的に、という意味ですか。 あなたは、はい、と 言いますか。 |
| 1:10:36 質問者: なぜですか。 |
| 1:10:38 私は、彼がなぜそう 言うのかを、知りません。 |
| 1:10:40 K: 彼はそう言いました。私は、 なぜかを、訊ねています。 |
| 1:10:42 質問者: 私が関係を持っている人々は、 おそらく大勢、います - そこで私は、親密な物理的な 接触を、持たないのですが。 |
| 1:10:50 K: お待ちください。 お待ちください。 私は、関係するとは、どういう ことかを、見出したいと思います。 |
| 1:10:55 質問者: ああ、いいえ。そういう つもりではなくて・・・ |
| 1:11:01 K: いえ。あなたが仰ったことに、 拘ってください。 質問者: ええ。 |
| 1:11:02 K: あなたが言ったことに、 拘ってください。 |
| 1:11:03 そこには、たくさんあります。言葉に より、だまくらかされないでください。 あなたが言ってきたことに、 拘ってください。 完全に・ ・・ それは、本当の事実です。 が、私たちは、 そうではありません。 あなたは、関係は、 他の一人と 完全に接触している、という 意味だと、言いました。 ですね? 私は訊ねました - それは、 物理的に、という意味ですか - それは、感覚的に、 セックス、という意味ですが。 またはそれは、心理的に、 内的に、あなたと、他の一人と、 完全に接触している、という 意味ですか。 いいですか? あなたがいうのは、どの意味ですか。 そのすべてと、あなたは言いました。 物理的に、 感覚的に、性的に、 そして、 内的にも、です。 1:12:12 それは、分割がない、 という意味です。 ですね? ジョー氏や、 X女史ではない。 で、心理的に、 分割がない。 同意しますか。 で、分割が、あるところ、 関係が、ありません。 ですね? 私が、わが道を行くし、 私の妻や友だちや彼女が、 別の道を行くのなら - 物理的にではなく、情動的に、 想像力豊かに、宗教的に、です。 彼女は、カトリック教義を、信じて います。 私は、信じていません。 私は、仏教者です。 または、 気難しい何らかです。 彼女は、 そうではありません。 関係が、ありません。 彼女は、野心的です。 私は、野心的です。 関係が、ありますか。 |
| 1:13:23 質問者: 私たちがどちらも、 野心的であるなら、ですか。 |
| 1:13:25 K: 彼女は、自分自身のために 野心的です。 私は、偉大な画家に なりたいと、野心的です。 または、それが 何であっても、です。 私は、彼女と接触を 持っていますか。 いいえ。 で、私たちが、違った宗教を持っている なら、何も接触が、ありません。 ちょっと待って。 ゆっくり行ってください。 私は、カトリックであるかもしれません。 彼女は、カトリックであるかもしれません。 けれども、分割が あります。 いいですか。 それに同意されますか。 |
| 1:14:00 質問者: 私が、カトリックであり、 妻が、カトリックであるなら・・・ |
| 1:14:02 K: ・・・分割がない。 質問者: ・・・分割がない。 |
| 1:14:05 それが、あなたが 仰っていることですか。 |
| 1:14:06 K: 私たちは、分割が ないと、考えます。 ですね? それは明らかですね? さあ、どうぞ。 私がプロテスタントであり、 彼女がカトリックであるなら、 格闘が、あります。 が、私たちが、同じ宗派に 所属しているなら - が、私は、彼女が信ずるより、 もうちょっと信じています。 ですね? 私のイエスは、彼女の イエスより、偉大である。 または、彼女は、私のより、 偉大な救い主を、持っている。 で、信念は、 分割する要因です。 質問者: はい。 |
| 1:15:00 K: いいですか? |
| 1:15:02 で、私は、関係において、 彼女と、 完全な心理的な接触を、 持てません - 私たちの間に、信念が あるなら、です。 |
| 1:15:18 質問者: 完全な接触、というのは、 どういう意味ですか。 |
| 1:15:22 K: 私たちは、完全な、と言いました - 物理的に、心理的に、 あらゆるように、です。 |
| 1:15:30 質問者: まあ、紛糾があるから といって、 それは、接触がない、 という意味ですか。 |
| 1:15:36 K: 私が紛糾を持っているなら、私が 問題を持っていて、彼女は持っていないなら、 私は、彼女と接触を 持てますか。 |
| 1:15:45 質問者: まあ、あなたは、 彼女と接触を持つんです。 つまり、見てください。 私は、 毎日、これらの人々と生活します。 そして、私は、彼らの何人かとは、 うまく行きません。 それは、関係がない、という 意味ではありません。 |
| 1:15:56 K: いいえ。私は、「うまく行く」とは 言いませんでした。 私が言ったことを、ただ聞いて ください。 私は、こう言いました - ああ、私は、反復、反復、 反復をしたくありません。 ただ 聞いてください。 彼女は、カトリックです。 私は、プロテスタントです。ですね? 彼女は、アメリカ人です。 私は、ズールー族、野蛮人です。 その言葉「野蛮人」(バーバリアン)が どういう意味かを、ご存じですか。 それは、古いギリシャ人と ローマ人から、来ています。 同じ言語を話さなかった 人たちです。 それは、ラテン語か、 ギリシャ語です。 または、それは、帝国の中に いない人たちを、意味しています。 ローマ帝国か、 国家の中、 ギリシャの諸国家、そうね、 スパルタ、アテネなど、ですが、 1:16:59 彼らが国家に 所属しているかぎり、 彼らは、野蛮人ではないし、 同じ言語を話します。 しかし、彼らが、国家の外、 帝国の外にいるし、 同じ言語を 話さないのなら、 彼らは、野蛮人 (バーバリアン)です。 それは、「野蛮」の 一面の説明だけです。 私は、幾つもの辞書で、よく気を つけて、その言葉を調べてみました。 で、私は、全体的に、 他の一人と、接触を持てますか - (首相)サッチャー夫人の 崇拝者である人と、です。 私はそれを、ぐさりと させつつあります。 私は、支持者でないのですが。 質問者: 私たちは、持てません。 |
| 1:17:52 K: あなたは、持てません。 |
| 1:17:54 ですね? 質問者: 私たちはどうやって、 |
| 1:17:58 接触が完全であるか どうかを、知りますか。 |
| 1:18:01 K: 私は、 お話ししましょう。 私たちは、こう言いました - 接触は、彼によれば、 物理的な接触だけではなく、完全な 心理的な接触をも、意味している、と。 他の一人との私の関係に、 分割がない、という意味で、完全です。 |
| 1:18:19 質問者: 私は 持っていません。 |
| 1:18:22 K: 困難は、何ですか。 |
| 1:18:24 質問者: 私は理解しません。 残念ながら、私は理解できません。 あなたが、完全な心理的な関係、 と仰るとき、 それが、どういう 意味なのかを、です。 |
| 1:18:33 K: そういうものは、ない、と 私は言っています。 彼は、あれがそれだと、 言います。 私は 説明しましょう。 完全な接触は、心理的に分割が ない、という意味です。 ですね? それが、すべてです。 質問者: まあ、いいよ。 |
| 1:18:50 K: 「いいよ」ではない。 |
| 1:18:52 質問者: そうねえ、そのことは、 私たちがそれを、 |
| 1:18:54 私たちの定義と取っていること なんですね。 それから私たちは、回って行き、 こう言っています・・・ |
| 1:18:59 K: いいえ、私はそうしていません。 それは、定義ではありません。 私たちは 訊ねています・ ・・ 彼は訊ねました。 元来の問いは、こうでした - 関係において、思考は、どんな役割を 果たしますか。 いいですね? 私は、言いました - あなたがいう、その言葉 「関係」は、どういう意味ですか、と。 そして彼は、他の一人との 完全な接触、と言いました。 ですね? 彼が、そう言いました。 質問者: あなたは、完全な接触と言いましたか。 |
| 1:19:30 質問者: ええ、言いました。 |
| 1:19:31 K: はい、ダーリン。 質問者: はい。 |
| 1:19:33 K: そして私は、こう言いました |
| 1:19:34 - あなたがいう、完全な 接触とは、どういう意味ですか。 |
| 1:19:35 そして、私たちは、 それに入りました。 私たちは、こう言いました。 心理的に、分割があるかぎり - 理解されますか。 内的に、です - 完全な接触は、 ありえない、と。 私が、一つの道を行っているし、 彼女が、別の道を行っているが、 私たちは、ベッドで 出会うのなら、 それは、完全な接触 ではありません。 ですね? |
| 1:20:00 質問者: そうです。 |
| 1:20:01 K: もし、彼女が 野心的であり、 私は、私なりに野心的であるし、 彼女は、別通りに野心的であるなら、 何も接触が、 ありません。 |
| 1:20:09 質問者: 何か接触があるかも しれませんが、それは、表面的です。 |
| 1:20:12 K: ああ、それは・・・ ご覧ください。 私たちは、 完全な接触、と言いました。 「表面的」という言葉を、 導入しないでください。 |
| 1:20:18 質問者: ケイティは、こう言おうと していると、私は思います - 私たちはやはり、色々について不同意 しようとも、別々の道を行こうとも・ ・・ K: すると、私たちは互いに 忍耐しあいます。 |
| 1:20:23 質問者: はい。 |
| 1:20:24 K: ああ、神様! あなたは 自分の妻を、忍耐しますか。 |
| 1:20:25 みなさんは、何について 話していますか。 |
| 1:20:33 質問者: (聞き取れない) |
| 1:20:38 K: 私は・・・ 彼が、それを使いました・・・ 私は、示そうと しています - どうぞ、私が指摘するのを、 お許しください - 現在、他の一人とは、 完全な接触が、ありません。 分割があるかぎり、です。 それがすべてです。いいですか? 質問者: はい。 K: 同意しますか。 |
| 1:21:00 質問者: いいよ。 |
| 1:21:00 K: 確かですか。 質問者: はい、はい。 |
| 1:21:02 K: すなわち、分割が、 どのようにも、あるかぎり |
| 1:21:04 - 心理的に、 内的に、です - |
| 1:21:05 何も関係はない、 ということです。 |
| 1:21:07 私は、「完全」という 言葉を、使いません。 |
| 1:21:22 質問者: はい。もし関係が、 完全な接触であるなら、はい。 |
| 1:21:25 K: ええ。 で、私が誰かを 嫉妬しているかぎり、 私が自分の野心を 追求しているかぎり - 自分の貪欲、 自分のこれ、これを - そして、彼女が、彼女なりに 同じことを、しているかぎり、 何の関係も、 ありません。 同意しますか。 |
| 1:21:45 質問者: はい。 |
| 1:21:46 K: で、私は、 指摘しています - すなわち、私たちの間に、 分割があるかぎり、 何も関係が ないのです。 表面的なのも、 深いのも、です。 性的な応答は、あるかも しれません。 よろしいですか。 それは、何か違ったことです。 いいですよ。 さて、彼は 訊ねました - 関係において、思考が 果たす役割は、何ですか。 私たちは、関係が何であるかへ 明確化してきました。 ですね? さて、私たちは、 問おうとしています。 思考とは何ですか。 いいですね? 私たちは、先日、よくよく 気をつけて、それに入りました。 私たちは、再び、 それに入りましょう。 私たちは、思考は 制限されていると、言いました。 なぜなら、すべての経験は、 制限されているからです。ですね? 1:22:48 あなたは、それが見えます。 それは、事実です。 完全で、満ちていて、 終わる経験は、ありません。 で、経験は、 制限されています。 経験から、 知識が、あります。 ゆえに、知識はいつも、 不完全であるでしょう。 同意されますか。 あなたは、それを見られます。 科学は、多かれ少なかれ、 機能してきました - ここ二千から三千年 以上の間、です。 ガレリオは、 地球が・ ・・ いいえ。 教会、 ローマ・カトリック教会は、 全宇宙が、地球のまわりを 回る、と言いました。 ガリレオは、いいえ、と 言いました。 地球が回る、と。 そして彼らは、彼を拷問しようと しましたが、彼は、「だいじょうぶです。 だいじょうぶです」と言いました。彼は それを受け入れました。気の毒に。 1:23:58 あなたは、同じことをするでしょうし、 私は、同じことをするでしょう。 しかし、科学が やってきて、言いました - 「ガリレオ、あなたが 正しい」と。 ですね? 知識の段階的な蓄積、です。 ですね? 明らかですか。 で、知識は、もっともっともっと 付け加えられつつあります。 ですね? ゆえに、 それは、制限されています。 同意しますか。 知識は、いつも 制限されています - 過去においても、あるいは、未来に おいても、です。 同意されますか。 それで、知識は、 記憶です。 ですね? それに同意しますか。 それが、見えますか。 記憶なしに、 知識はありません。 で、経験、知識、 記憶です。ですね? 1:25:06 どうぞ、あなたは これらを、聞いていますか。 私は、数え切れないほど、反復しなくて いい。 それは、こうも明白です。 経験。 経験から、 知識があります。 その知識は、いつも制限されています。 なぜなら、経験が制限されているからです。 そして、記憶です。 記憶は、制限されています。 記憶から、 思考が生じます。 記憶がないなら、思考は ありません。 ですね? あなたは、すっかり確かですか。 |
| 1:25:41 質問者: はい。 |
| 1:25:43 K: 私は、生物学を 研究します。 私は、たくさん情報を、 蓄積してきました。 いわゆる知識を、ですね? その知識は、 制限されています。 そこから私は、生物学的に、 考えはじめます。 ですね? さて、彼は 訊ねました - 関係において、思考は どんな役割を、持っていますか。 ですね? 私たちは、関係が何であるかを、 言いました。 ですね? さて、私たちは、思考が何であるかを、 言いました。 ですね? あなたは、疲れつつ ありますか。 あなたたちが、疲れているなら、 止めましょう。 あなたは、疲れていますか。 |
| 1:26:38 質問者: いいえ。 |
| 1:26:40 K: 疲れていませんか。 あなたは、疲れている はずでしょう。 私たちがしているように、 あなたが、能動的に考えているなら、 あなたの頭脳は、混乱し、ガタガタ いっているに、ちがいありません。 終了させましょう。 で、彼は、 訊ねてきました。 関係において、思考は、 どんな役割を、果たしますか。 私たちは、関係・ ・・ と言いました - 分割があるなら、 関係がない、と。 あなたたちは、 それらに同意しました。 何が、分割を 引き起こしますか。 質問者: 思考です。 |
| 1:27:21 K: 思考です。 |
| 1:27:26 気をつけて、 見守ってください。 私たちは、関係が何であるかを、 きわめて明らかにしました。 ですね? 私たちは、きわめて 明らかにしました。 私たちは、思考が何であるかを、 明瞭にしました。 ですね? そして、私たちは、思考は 制限されていると、言いました - それが、 科学者の思考でも、 教皇の思考でも、 首相の思考でも、 あなたの思考でも、 誰の思考でも、 東洋の思考でも、 西洋の思考でも、 思考は、いつも 制限されています。 そして彼は、訊ねました - 関係において 思考は、どんな役割を、持っていますか。 1:28:16 私は、言います、 私たちは、言います - すなわち、思考が、関係において 分割を、創り出してきたのです。 私は、偉大な人でありたいと 思うが、彼女は、思いません。 偉大な人でありたいと思うのは、 思考の動きです。 ですね? そして彼女は、「後生です。 私は、単純な 生活をしたいんです」と言いました。 また、彼女が、単純な生活をしたいと 思うのもまた、思考の活動です。 ですね? ですね? これらに 付いてきていますか。 で、思考が、分割を もたらしてきました - 関係において、 心理的に、です。 ですね? |
| 1:29:16 質問者: で、それを見て、 それは、役割を持ちません。 それを見て - 思考は制限されている、と。 |
| 1:29:20 K: さて、ちょっと待って。 ゆえに、完全な・ ・・ または、関係を持つこと - 深くて根源的である 関係を、です。 思考は、関係において、 何の所をも、持ちません。 思考が、関係において 役割を、持っているなら、 それは、分割、葛藤を、 生み育てます。 ですね? ですね? あなたは、そういう関係を、 持っていますか - その中で思考が、 働かないものを、です。 持っていますか。 持っていますか。 もちろん、あなたは、 持っていません。 で、見出してください。 「はい、私の関係において、 思考が、 役割を果たします」と 言わないでください。 それに入ってください。 それを止めてしまってください。 「はい、それは自然です。 それは、 回避不可能です」と言わないでください。 よろしいですか。 見出してください。 そこから 動いてください。 |
| 1:30:47 質問者: 思考は、私たちが 持っているすべてですよ。 |
| 1:30:51 私たちは、どうやって 動けますか。 K: ご覧ください。 あなたにお話しましょう。 あなたに、お示ししましょう。 あなたは、これの真理が、 見えますか。 真理 - それの観念や、 理論や説明だけではなく、 あなたは、その真理が 見えますか - すなわち、関係において 分割があるし、 制限されている思考が、この分割を 創り出してきたことを、です。 ゆえに、葛藤と、 その他すべてを、です。 で、あなたは、 それを見ます。 それは、事実です。 それは、 真理です。ですね? それは危険であるのを、見るなら、 あなたは、何かをします。 あなたは、「はい、いいですよ。 いいですよ」と、言いません。 危険な蛇に会うとき、あなたは、 それより動いて、離れます。 あなたは、 何かをします。 ここで、見たところ、 あなたは、そうしません。 これは、蛇より、 はるかに危険です。 政治家たちより、 はるかに危険です。 |
| 1:32:03 質問者: もしも見たなら、 私は動くでしょうね。 もしも私は、 それを見たなら - すなわち、それは、毒蛇より はるかに危険であることを、です - 私は、それについて、 何かをするでしょうが、 現時点で、私は、それを そのように見ません。 |
| 1:32:14 K: なぜですか。 このすべての説明の後、 あなたは、それを 見ませんか。 いいえ、あなたは、すっかり正しいです。 私たちの誰一人として、見ません。 あなたは正しい。 それに拘ってください。 私たちは、部族主義が危険で あるのを、見ません。 ですね? 民族主義は、毒です。 私たちは、それを見ません。 私はイギリス人です。 私はフランス人です。 |
| 1:32:38 質問者: まあ、私たちは、 一定の点まで、見られます。 |
| 1:32:41 K: いえ、いえ。あなたは、それを見る なら、フランス人でいないでください。 イギリス人やアメリカ人やヒンドゥーで いないでください。 それが何でも、です。 パスポートを持っている けれども、です。 気をつけて。 それが、 私がいう意味です。 あなたが、何かを真実だと、見るなら、 偽りのことを、片付けてください。 論争しないでください - 誰がそれを見るのか、と。 私は後で、そこへ 来るでしょう。 が、何かが真実であるか どうかを、見てください。 すると、偽りのことは、 どこにも、所を持ちません。 もしあなたが、民族主義、 部族主義を、見るなら - それは今、ますます 人気になろうとしています。 大規模に危険です。 ですね? なぜなら、それは、戦争を もたらそうとしているからです。 そしてあなたは、「まあ、私は どの部族にも所属すまい」と言います。 あなたが、戦争に影響するだろう、 というのではないが、 あなたは、どの部族にも 所属しないでしょう。 違いを 理解されますか。 質問者: でも、クリシュナジ・・・ |
| 1:33:54 K: あなたは、正しいことをしつつあります。 |
| 1:33:56 質問者: ちょうど今、彼は、 |
| 1:33:58 思考は、私たちが持っている すべてであると、言いました。 彼は、思考は、私たちが持っている すべてであると、言いました。 私は、そのとおりであるのか どうかを、問います。 |
| 1:34:07 K: 私は、けっして、思考は ・・・と言いませんでした。 |
| 1:34:09 質問者: ケンは、ちょうど今、 そう言いました。 |
| 1:34:11 K: 彼がそう言ったのは、 存じていますが、 私は、彼のほうに付きたく ありませんでした。 なぜなら、それは、正しい 機会ではないからです。 なぜなら、私たちは、一つの ことを、追求しているからです。 ですね? あなたは、偽りを、 偽りと見ますか。 民族主義は、 偽りです。 それは、中に何をも 持っていない、 ただ言葉、言葉、言葉だけ、 という意味で、偽りです。 |
| 1:34:53 質問者: 私は、民族主義が、 偽りであることが、見えません。 |
| 1:34:58 K: あなたは、民族主義が、 毒と見えませんか。 |
| 1:35:07 質問者: まあ・・・ K: ちょっと待って。 |
| 1:35:08 私は、この小さな島に、 所属しています。ですね? 私はイギリス人ですが、あそこを 22マイル(35kmほど)渡ると、 フランス人、フランス人、 フランス人です。 もう少し北は、オランダ人、 ドイツ人、ノルウェー人。 みんな、自分たちは・ ・・ と言っています。 言い換えると、彼らは 部族主義に、取りすがっています。 ですね? そして部族主義は、 間違いなく戦争を、もたらします。 それが、すべてです。 あなたが戦争を好きで、 他の人たちを殺し、殺されるのが、 好きなら、だいじょうぶです。 が、あなたが、これの危険を、 見るなら - ですね? - あなたは、「すみません。 それはだめだ」と、言います。 1:35:58 努力は、ありません。「私は、 何をすることになるか。 何をすべきかを、 教えてくれ」は、ありません。 あなたは、「あれは危険だ。 私は それに近寄るまい」と、言います。 ですね? あなたは、そう していますか。 いいえ。 まさにそうなのです。 私たちは、危険を見ますが、 私たちは、何もしません。 あなたたちのどこが、 間違っていますか。 あなたが蛇を見るなら - 危険な蛇を、です - 私は、それを 踏みつけるでしょう。 あなたは、「私は気にしない。 それは だいじょうぶだ」と、言います。 だいじょうぶだ - それは、 一通りの生き方です。 |
| 1:36:46 質問者: または、 死に方です。 |
| 1:36:47 K: ええ。そのとおりです。あなたは、 死にます。それは、だいじょうぶだ、と。 が、それは蛇だ、危険だと 見て、動いてください。 で、あなたのどこが、 間違っていますか - あなたが危険を見て、 動かないとき、です。 それは、あなたが本当は、民族主義の 危険を見ない、という意味です。 あなたは、こうも 条件づけられている、 コンピューターのように、 プログラムされているから、 あなたは、反復し、 反復し、反復します - 私はヒンドゥーだ、私はドイツ人だ、 私はスイス人だ、と。 これらすべての所へのパスポートを得る ことは、ひどく困難になりつつあります。 |
| 1:37:31 質問者: で、あなたは、 こう仰っています - 思考は、制限されているが、それが 私たちの知覚を、曇らせる、と。 |
| 1:37:36 K: そのとおりです。 今そうであるように、ね。 で、あなたは、明らかに 見たいのなら、 どの先入観も、 意見も、結論もない。 偏向しないでください。 偏見を持たないでください。 それは、とても単純です - あなたがそうしたいなら、です。 あなたは、そうしたくないなら、 そのとき理由すべてを、持ち出します。 幸運にも、 少なくとも、あなたたちは、 これらを聞きますね? おそらくそれは、いつか、 あなたの頭脳に、入るでしょう。 しかし、教皇や、(英首相) サッチャー夫人や、政治家たちへ話すと、 彼らは、それが 聞こえないでしょう。 彼らは、あなたを、 近づけさえしないでしょう。 昔、彼らは、あなたを 焼き殺したでしょう。 それが、 それの終わりです。 私たちは止めたほうが、いいと 思います。 そうでないですか。 あなたたちは、疲れています。 よろしいですよ。 すみません。 立ち上がってもいいですか。 |