Krishnamurti Subtitles
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BR84Q2 - 第2回質疑応答会合
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| 1:54 残念ながら、お天気は、 崩れようとしています。 |
| 2:06 私たちは、質問、疑問を 探究しはじめる前に、 平和とは何かと、智恵へのその関係に ついて、ともに話し合うべきです。 私が話をしても、構いませんか。 |
| 2:39 崩壊しつつある世界の中で - 戦争と民族主義と派閥主義、 理想主義、観念論と、 あらゆる形の分割でもって、 意見に対する意見、 データに対するデータ、 判定に対する判定でもって、 などです。 私たちは、初めに世界に 平和を、持てますか。 または、私たちは、 平和に生きられますか。 |
| 3:25 ともに生きるとは、どういう 意味ですか - 男、女など、 または、集団の人々。 どの信念や派閥や信条などにも、 参与していなくて、ですが、私たちは ともに、平和に生きられますか。 見たところ、これは、世界で 最も困難なことの一つです。 ここでもまた、大変多くの騒動が、進み つつあります - イングランドには、 ストライキに次ぐストライキと、 人間たちの苦労すべて。 そして、平和への探求の中で、自らは 修道院、僧院へ行ってしまいます。 頭を剃り、或る種の衣を着て、 誓いを立てます。 これは、世代に次ぐ世代の間、 試されてきました。 インドにおいても、 西洋においても、極東においても、 人々の集団が参与して、 平和に生きようとし、自分の意見 すべてを、従属させようとし、 一定の様式の理想主義、観念論、 一定の教義、 僧院生活の道などに、 順応して、です。 5:19 先日、かなり、とてつもない事実、 ことを、聞きました。 とても上手い物書きの人が、 いました - 文筆家で・ ・・ 彼は全く上手くやっていました - 新聞、雑誌と、その他すべてです・ ・・ 彼は、或る日、そのすべてをあきらめて、 或る種の静養、アシュラムに、 行ってしまい・ ・・導師が 自分のまわりに、集めます。 そこで彼は何をしていると、 お考えですか。 古い木材から、古い釘を引き抜いて います。 彼は、完璧に幸せです。 これらを理解されますか。 自分は平和に生きている、と 彼は言います。 それは平和ですか。 世の中を、完全に忘れてしまう - 世の中で起きつつあることを、です。 どの種の責任をも忘れ、他の一人との どの種の関係をも、片付けて、 コミューンの中、共同体の中へ 消えてしまう。 または、僧院に入ってしまう - そこは、高度に組織されています。 僧院長がいて、彼には全く服従する などしなければなりません。 |
| 7:15 世の中に、自分自身の中に、 どうすれば、平和は見つかりますか。 自らがこの質問を、自分自身にした ことが、きっとあると、私は思います。 他の人たちとの関係において、完全に 平和に生きる。 自分自身を孤立させない - それは、相当に単純ですし、また それは、自体の危険をも、持っています。 危険は、あなたがますます 自己中心的になる、とか、 何か象徴や人物像へ、または、 教義上の概念へ参与して、 自分の全エネルギーを、 それに献上することです。 それを自分自身に秘めておき、 庭園やブドウ園で働く。 シャンパンと、フランスの良いワインは 修道士たちにより、生産されました。 修道士たちはまた、闘い、 人々を殺しました。 これは、幾世紀もの間、 進んできました。 そして、自らは、本当に奇怪に 破壊的で分割的な世の中に、 生きています - あらゆる形の 残忍さ、などです。 どこに、平和を見つけますか。 集団の人々は、一緒に 平和に生きられますか。 彼らが、教師、教育者であっても、 男や女などであっても、です。 自らは、平和を探しますか。 または、平和を、もたらしますか。 理解されますか。 平和は、外的にありますか - いわば、肌の外側に、です。 または、自らは、本当に 平和がほしいのですか。 欲望、意志、思考により平和であると 構想された物事すべてを、 脇に置くなら - 平和をほしがり、 何かの形の規制に参与しての、です。 それが、いわゆる霊的であっても、 その他であっても、です。 たくさんの人々が、軍隊へ消えて ゆきました。 なぜなら、彼らは、 そこで、何の責任もないからです。 政府が、あなたの世話をしてくれます。 僧院のように、ですが、あなたは、 働き、行進し、進んで殺すなど、です。 |
| 11:04 で、自分自身の中に、平和を もたらせますか。 そして、この世界に生き、世界がますます どうなろうとしているかを、知って - 科学的にも、いわゆる民族的、 国家的にも、です - 自らは、平和に生きられますか。 または、 平和をもたせるか、創り出せますか。 質問を理解されますか。 私たちは、二、三分間、あれを 待てますか。 (航空機の音) 平和の中に生きることは、分割性の行為が ないことを、含意しています。 ですね? 分離の行為がない。 「私が先、 あなたは次」の感覚が、ない・・・ 列においても(笑)、 家においても、です。 それはそもそも、可能ですか - 自分自身で、だけではなく、 人々の集団と生きていて、です。 語り手は、きわめて多くの年、 60年以上の間・ ・・ 語り手は、60年以上の間、人々の 集団とともに、生きてきました - インドで、アメリカで、ここで、 世界中で、というか、世界の各地で、です。 13:57 そこには、いつも諍い、いつも不和が、 あります - 意見対意見、です。 なぜ私はこのように考えるべきでないのか。 あなたは、あなたなりに考える、などと。 この過程は、進んできました - 今だけ ではない。 ああ、おそらく、いつもです。 そして、平和を創り出すことは、いったい 可能なのかどうかと、思われます。 「創り出す」という言葉を、その言葉の 普通の意味で、用いています。 「創造」ではない。 それは、別の事柄です。 自らは、人々の集団の中で、 平和を創り出せますか - あなたの家に、おそらく、家族の中で、 あなたたち四人か、あなたたち二人が、です。 私たちは、平和を もたらせますか。 15:16 または、それは不可能ですか。 質問を理解されますか。 自らは本当に、平和の中で 生きたいと思いますか。 そう思うなら、あなたはそのために、どれ ほどを支払いますか - 硬貨で、ではない。 紙幣などで、ではない。 あなたは、何を 進んで・・・願望したり、言っていますか。 私たちは、平和の中に生きなければ ならないし、自らが本当に花開けるのは、 平和の中だけであるので、 あなたは、何をするのでしょうか。 あなたは、何を片付けるでしょうか。 どんな身振りを、するでしょうか。 理解されますか。 表面的に言うことは、 とても簡単です - 「はい、私は進んで 平和に生きようとしています。 私は、あなたのひどく小さな共同体や、 あなたのコミューンに加わりましょう」 とか、「私は導師に従おう。あの 共同体へ行って、生活しよう」と。 16:44 それは、とても安易で、 かなり弛んでいます。 その言葉を許してください。 残りの世の中へ、起きつつある ことに、かなり無頓着です。 それは、一つの形の排他性です - 自らは、エリートに 反対しているわけではないが、 生への排他的な見つめ方です。 理解されますか。 |
| 17:22 さて、私たちは進んで、自分の特定の 意見、特定の判断を、あきらめよう、 片付けようとしていますか。 異議、議論を持ってはならない、 自分が思うことを述べてはならない、 ということではない。 そして、自分が考えることが、 正確でないと分かるなら、 譲ります。 変化します。 それらは、可能ですか。 または、私たちはみんな、頑固であり - 質問を理解されますか - 私たちは、どの境遇のもとでも、 けっして譲らないのですか - 無理強いされないなら、です。 で、私たちは、或る点に来ます - 自らが本当に平和を、自分自身に、 自分の家族に、自分の集団の人々に、 ほしいのかどうか、です。 大いに敏感であること - 自分の 特定の欲望に、だけではない。 それは、相当に単純です。 自分の自己中心的なイメージに、 だけではなく、 自然に対し、他の人々の観念に、 他の人々の見方に、 彼らの困難に対して、敏感である。 ともに生きることの過程全体、です。 それは、 ものすごい、譲る、見守る、 観察する感覚を、必要とします。 大いに・・・解釈的ではなく、 19:33 他者が何であるかを、見る 。 彼は残忍かもしれない、 彼は鈍感かもしれないが、 敏感であるよう、彼を助ける。 そうでないよう、彼を助ける ・ ・・よろしいですか。 それは、常なる動きの感覚です - どの時にも、立場を持たないのです。 それは、いったい可能ですか。 家族において、集団の人々において、 だけではない - 学校のように、です。 私たちはここに、学校の すぐ近くにいますが、 私たちはそこでも、たくさん 紛糾を、抱えています。 で、これは、大きな問題です - ここ、ブロックウッドの学校に、 責任がある私たち、だけではなく、 また、私たち自身にも、責任をもつ。 私たちの環境と、 私たちの生き方にも、です。 20:48 なぜなら、平和は、大変多くの 智恵を、必要とするからです。 ただ、「私は平和に生きなければ ならない。 私は、葛藤がある所を、 去らなければならない」と言って、 他のどこかへ行くだけではない - どこか内的に・ ・・葛藤がない所を 見つけたいと、望んで、です。 自らが完全に鈍くなるのでなければ、 そういう所は、存在しません - 完全に鈍感になり、起きつつある ことは、知ったこっちゃない、 などでなければ、です。すみません。 気にされますか。(笑) |
| 21:35 で、また、智恵とは何であるかをも、 探究しなくてはいけません。 21:43 なぜなら、平和は、ものすごい 智恵を、必要とするからです。 それは、マーケットで、または書物で 買えるものではありません - または、 何か詠唱や何か言葉を反復したり、平和を 祈ったりすることでも、です。 何とまあ! 人類は、日々の始まりから、 平和を祈ってきました。 世界には、または、自分自身には、 何も平和が、なかったのです。 揺るぎない平和の性質を、持つには - その中に動揺の影をも、 持たないものを、です - 大きな智恵が、必要とされます。 で、私たちは、自分自身に訊ねなければ なりません - その智恵は、何ですか。 その智恵は、書物から 生まれますか。 その智恵は、錯綜した微妙な思考から 出てきたものですか。 または、それは、理想の投影と、 その様式への順応ですか。 制限をともった思考は、智恵の 一定の性質を、持っています。 さもないと、私たちは、ここに 座っていられないでしょう。 あなたは、旅行するには、 月へ行くには、智恵が必要です - 月へ行くには、何千の人々が、 いなければなりませんでした・ ・・ そこへ昇っていくロケットを、製造 するために、一緒に協働して、です。 それは、一つの形の智恵です。 科学者が作業をし、 外科医が手術をすることは、 大きな技能を、必要とします。 何らかの形の智恵を、必要とします。 で、それらは、知識より、生まれますか。 経験より、生まれますか - 高度な訓練をともなって 蓄積された技能・ ・・ すべて、思考の 結果と産物と動きですか。 思考は、 制限されているので - 私たちが先日、それに ついて話したように、です - 思考は、平和を もたらせますか。 それは、自らの制限された智恵を、 持っています。 いいですか? または、智恵は、思考の活動とは、 いかなる関わりをも、持っていませんか。 これらに、 付いてきておられますか。 言語的に、だけではなく、 それの論理を、道理を見る。 制限をともなった思考は、最もとてつも ない物事を、創り出してきました - 現代世界において、です。 急速な通信、あなたが戦艦や潜水艦に、 乗ったことがあるのかどうか、 知りませんが、その複雑さ・ ・・ それらのものを築くために 注がれた、とてつもないエネルギー。 そして、発電機、モーターなど。 無量のエネルギー、大変多くの思考、 知識が、これらに注がれてきました。 ゆえに、制限された智恵の あの性質が、あります。 なぜなら、それは本質的に、思考や 知識に、基づいているからです。 制限されていない智恵は、 ありますか。 自らが平和をほしいなら、これらの 質問を、しなければなりません。 これらの本質的な質問を、 しなければなりません - 平和だけではなく、大きな深みをもち、 大きな美しさをもった生き方を、です。 これをもたらしうるのは、 その智恵の性質だけです。 |
| 27:28 すなわち、愛なしに、 平和が、ありえますか。 質問を理解されますか。 慈悲の感覚なしに、 平和が、ありえますか。 自らが、一定の派閥、宗教、 集団などに、所属しているなら、 慈悲が、ありえますか。 質問を理解されますか。 私が、自分の特定の条件づけに、 執着しているなら - ヒンドゥー教徒、イスラム教徒、 キリスト教徒や仏教徒として、です - 私は、慈悲について本質的だと 話す書物を、読めます。 書物の設え(しつらえ)には、 終わりが、ありません。ですね? 28:41 私たちはみんな、一緒にいますか。 または、私は自分自身に・・・ で、私はどこに、これを見つけますか - どこに、この智恵は、見つかりますか。 または、それに出くわしますか。 その智恵は、とうてい 養成できません。 制限された智恵は、養成できます - 科学、生物学、数学、芸術 などの世界において、です。 それは、 気をつけて、養成できます - 来る日も来る日も、あなたが、あの とてつもない技能を、持つまで、です。 ですが、慈悲は、そのとてつもない智恵と ともに、それは、養成可能ですか。 |
| 29:41 そのとき、そうでないので、 あなたは、来る日も来る日も、 愛を養成できません。 ですね? で、あなたは、何を するのでしょうか。 あなたが、平和に、深く生きたい と思うなら- 互いの間に、 唯一つの葛藤の影もなく、です - 私たちは、何をするのでしょうか。 または、しないのでしょうか。 |
| 30:30 自らは、欲望、意志と愛の問いに、本当に きわめて深く、入らなくてはいけません。 私たちは、三十分間、話してきました。 私は、問いに答えていません。 で、おそらく私たちは、土曜日と 日曜日に、これをできるでしょう。 なぜなら、私たちは、話すべきことを たくさん持っているからです。 その智恵と愛だけではなく、 痛みと悲しみと死と冥想、宗教と、 それらの、私たちが話さなくては いけない問題全体も、です。 で、語り手は、質問を取り上げた ほうが、いいでしょう! |
| 31:29 第一の質問: あなたは、火曜日に、 善について、語りましたが、 私はまだ、あまりはっきりしていません - 善や悪の性質が、外側に・ ・・ 外側の機関や、世界に 存在している力なのか、 私たち自身の思考の投影 だけなのかについて、です。 |
| 32:01 あなたは、火曜日に 善について、語りましたが、 私はまだ、あまりはっきりして いません - 善や悪の性質が、 外側の機関や、世界に 存在している力なのか、 私たち自身の思考の投影 だけなのかについて、です。 |
| 32:30 いいですか? 問いは、明らかですか。 質問者は、私たちが理解する ところでは、知りたいと思います - 善と悪は、何か外側のものであり、 私たち自身と、何の関わりもないのか。 自分自身を脇に置いて、この善は、 いわば空気中に、存在するのか。 悪は、外側にあるのか。 それは、全的に 私たち人間より、独立しているのか。 それを理解できますか。 これが、 質問者が訊ねていることです - 私たちがそれを、正しく 理解するなら、です。 |
| 33:25 ずっと戦争が、あったのです - 戦争について話して、すみません。 何千年に何千年の間、 戦争が、あったのです。 百万人ずつ、人間を 殺すことが、あったのです。 その殺しは、無量の悲しみを、 創り出してきました。 その悲しみは、外側に、私たち より分離して、ありますか。 私たちは、自分の悲しみ、 自分の痛み、自分の心配、 自分の善と悪の感覚を、 持っています。 または、あなたが、「邪悪」という 言葉を、使いたいなら、です。 それを別として、 邪悪と善は、存在しますか。 存在する - 理解されますか。 あなたは、何とお考えですか。 質問者が訊ねるように それは、私たちの投影、 私たちの先入観、 私たちの善と悪の感覚ですか。 または、邪悪が、ありますか - 人間の尽力、人間の存在より すっかり分離した何かが、ですか。 |
| 35:11 これは、とても深刻な問いです。それは 軽々しい問いだけではありません。 |
| 35:23 人々は、長年の間、 善について、話してきました。 アリストテレスは、それについて、話を したと、思います。 プラトンと・・・ アリストテレス、プラトンの前、 古代ヒンドゥー教徒が、いました。 彼らの前には、 他の誰かがいて、 それについて話をし、 探究していました。 私たちが今、しているのと、 同じことです。 人が創り出してきた邪悪、 人が追求してきた善、 理想と順応と、何か私たちの 外側に存在するもの、です。 世界には、テロリストのような、 帝国主義者のような人々が、います - 世界の偉大な征服者。 チンギス・ハーンから、ナポレオン、 ヒトラー・・・ その他のすべてを、ご存じですね。 36:42 彼らは権力がほしかった。ヨーロッパを 統合したいと望んで、力を、です。 教会、カトリック教会は、全ヨーロッパを 統合したいと望んできました - 教義により、儀式により、 信念により、 拷問と、その他すべて、 戦争によって、です。 そして、それらは、あの感じは、 まだ存在しています。 ですね? または、あなたは、それに 反論しますか。 そして、善を追求する人々が、 大変多く、いたのです。 人々は、彼らを知らなかった。 彼らは、有名人ではなかった。 彼らは、「私は、善い生活を しよう」と言う人々でした。 現代世界での、良い食事と 良い飲み物と、その他すべてがついた、 良い生活ではなくて、 きびしさの善い生です。 ただ腰布や、一枚の衣を まとうだけではない。 38:04 きびしさは、何か 全然違ったことです。 彼らは、それと、その善の建設を、 追求してきました。 それらの人々は、死んで、去ってしまい ましたが、存在するにちがいありません。 あなたは、家に入るとき、 見つけたことが、ないですか - 見知らぬ家に、ですが、 その雰囲気を、です。 ないですか。 家の中で、けんかが、 あったことが、感じられます - その家の中で、暴力があった、 永続的な抗争が、あったのだ、と。 それが感じられます。 で、それは、外側です。 いいですか? あなたは、それに反論しますか。 で、善があるし、邪悪とか悪と呼ばれる ものが、世の中に存在しています。 それへの私たち自身の寄与を 別として、です。 39:25 自らは、それらに 大いに敏感になりえて、 私たち自身の葛藤、分割を、 終わりにできますか - 意見へ取りすがり、「私の意見は事実だ」 と言うこと、そうね、通常の過程 - 何かへ取りすがり、 そのために闘うことのそれを、です。 |
| 39:58 このすべては、よく気をつけた 観察を、必要とします - 自分自身の知覚、自分自身の活動、 振るまいへの知覚を、です。 自らは、善に寄与するのか、あるいは、 いわゆる悪いことに、です。 |
| 40:34 これは、かなり際どい問いです 骨の間近です! |
| 40:41 第二の質問: ここや余所での、あなたの学校は、 学生たちに、全的な人間の問題、 人生の無量性と、 その可能性への理解を、 与えますか。 |
| 41:06 ここや余所での、あなたの学校は - 傍線つきです - (笑) 学生たちに、全的な人間の問題、 人生の無量性と、その可能性への 理解を、与えますか。 |
| 41:39 その問いは、語り手に出されています。 だから、一休みしてください。(笑) まず第一に、語り手は、様々な国で、 手助けしてきました。 インドには、五つの学校があり、 他の学校が、できようとしています。 ここ、ブロックウッドに一つ、カリフォルニアに、オーハイに一つ、あります。 それらは、語り手の 学校ではありません。 それらは、語り手だけ ではなく、他の人たちが それをもたらすように、 手助けしてきたところの学校です。 で、それは、 あなたの学校とは、呼べません。 Kの名前が使われているのは、 知っていますが、それは、 彼の個人的な学校ではありません。 それは、正確とか真実ではないでしょう。 42:55 それは、学校であって・・・ 世界の異なった地方の学校すべては、 何百の人々がそのために働いて、 建設されたり、まとまってきました。 理解されますか。 それは、たった 一人の人物だけではありません。 それは、ひどいでしょう。 それは、できないでしょう。 インドには、六十年以上、 存在してきた学校が、あります。 それを、私たちは 手助けして・ ・・ 語り手は、他の人たちの助けで もって、それをもたらすように、 助けてきました。 北には、ベナレス近くに一つ、 もう一つは、南に、 マドラスの近くに、などです。 そして、ここに、一つ、 カリフォルニアに、一つあります。 |
| 43:55 教師、教育者たちは、あなたと私に 似ています。彼らは人間です。 彼らは、自分の個人的な問題、 自分の困難を、持っています。 学生たちは、すでに条件づけられて、 来ます - 親により、隣人により、 他の子どもたちによって、です。 そして、これら様々な学校へ来ます。 教師たちもまた、不幸にも、 条件づけられています。 あなたは、生への、全的な人間的理解に ついて、質問をなさっています - 人間存在の無量性と、その広大な 可能性へのそれについて、です。 まず第一に、親たちは、これを 望みますか。質問を理解されますか。 45:07 一般的に親たちは、自分の子どもに、 或る種の学位を、持ってほしいと思います。 テクノロジーの学位か、人間の ・ ・・そうね、人文学の学位、 様々な学位を、です。 それで、 彼らが良い就職をできて、 生の中で落ち着き、結婚し、 子どもと、続けてゆけるように、です。 一般的に、それが、 親たちが望むことです。 子どもたちは、自分の親に対して、 一定の責任を、感じます。 それで彼らは、多かれ少なかれ、特に アジア世界では、インドでは、順応します。 あなたは、これらに 入りたいですか。 |
| 46:19 親たちは - 語り手は、 彼らみんなに、会ってきました。 いや、彼らのほとんどに、 カリフォルニアと、ここで、です。 彼らの幾人かは、ちっとも 気に掛けません。 彼らが試験に 通るのか、通らないのか、 親たちは、自らの子どもたちより 解放されるかぎり、です。 彼らは、子どもを 寄宿舎へ、送ってしまいます。 それらは、ご存じです。 イングランドでも、そうです。 彼らは、自らの子どもたちと、ほとんど 何の関係をも、持っていません - 夏休みや冬休み以外は、です。 教育者の責任は、 無量になります。 彼らに教えること、 人生の無量性、存在の広大さを、 彼らが理解するよう、助けること - 自分の個人的存在だけではなく、 存在、です。自然、動物、 宇宙・万物の全体、です。 47:41 それは、有能な精神、頭脳と、 それを探究することだけではなく、 また、特定の学科を教えることをも、 必要とします。 理解されますか。 なぜなら、 社会は今、こうなので、 あなたは、良い技術者であるなら、 より良い職、良い職を、得るからです。 で、学生もまた、 良い職が、ほしい。 彼らは、お店の販売員に なりたくありません。 で、彼らは、良い職が ほしいのです。 で、彼らの集中全体は - その言葉を使えるとして、ですが - 良い学歴を得るためです。 〔大学入試の〕 Aレベル、Oレベルと、その他すべてです。 そして、社会の圧迫 - あなたたち みんなが創り出してきたもの - が、 48:36 あります。そして、 親の圧迫などが、あります。 これらの困難を、 理解されますか。 あなたはそれを、きわめて 明らかに深く理解するなら、 私たちに加わるでしょうか。 いいえ、気をつけて。 あなたは、ただ加わりたいから といって、加われません。 あなたは、何かを しなくてはなりません。 あなたは、良い料理人、 良い庭師でなくてはいけません。 ああ、そうです - 良い教師、 良い親でなくてはいけません。 あなたは、これを ほしいのです。 それを、私たちに 任せておかないでください。 親が、教育が必要であるように、教育者は 教育が必要です。 学生も、そうです。 で、それは、生きる、働く、 協働する、ともに感じる過程です 意見を戦わせるのではなくて、です。 49:45 これは、大変多くの エネルギーを、必要とします。 そして、どの親が・ ・・ブロックウッド 学校には、多くの親たちが、います。 15から、19カ国の国籍が、 あると、思います。 この学校は、あるべきものではなくて、 あるだろうものです。 私たちは、そのために、 働いています。 私たちを、助けてください。 理解されますか。 私はあなたに、お金を お願いしていません。 それは、簡単なものです! (笑) ですが、ともに何かを創り出すよう、 一緒に加わってください。 |
| 50:42 第三の質問: 未来は今だと言われるのは、 どういう意味なのかについて、 詳しく述べてもらえるでしょうか。 それは、未来の種子が - 「種子」に傍線が付いています - 未来の種子が、現在に収容 されている、ということですか。 または、未来が、 違った時間の尺度で、 すでに十分に存在している、と いうことですか。 |
| 51:15 未来は今だと言われるのは、 どういう意味なのかについて、 詳しく述べてもらえるでしょうか。 それは、未来の種子が - 傍線付きです - 種子が現在に 収容されている、ということですか。 または、未来が、 違った時間の尺度で、 すでに十分に存在している、 ということですか。 |
| 51:48 私たちは確かに、自分の疑問が 違っていますね! これは、とても錯綜しています - すべての人間の問題、問いと同じく、です。 SF小説と、科学者たちが 時について持っている理論 - 一連の動きとして、です - などは別として、 未来は快適であり、安全で、 幸せ、その他すべてであるべきだ |
| 52:40 との要求は、別として、 時とは、何ですか。 私たちはともに、これに 入られますか。 ともに、です。 私が話すだけではなく・・・ 語り手が何かを言い、あなたが同意して、 それを放り出す、だけではない。 これは本当に、きわめて 真剣な探究を、必要とします。 時とは、何ですか。 時は、点から点への動きとして、 見られます。 ですね? ここから、あなたの家へ、 あなたの自宅へ行く・ ・・ 行くべき距離が、あり、それには、 時が掛かるでしょう。 それは明白です。 また、時は、 過去の動き全体です。 ですね? その中に、伝統すべてが、含意 されています - 蓄積された伝統・ ・・ 一世代から別世代へ 手渡されてきた・ ・・ 彼らの知識、彼らの書物、 ヴァイオリンの弾き方、など、 この甚大な過去の動き全体が、 そこにある。 54:21 私たちは、それに依っている。 ですね? 私たちは、過去です。 過去は、記憶です。 あなたは、 今の、記憶の動き全体です。 いいですか? それは事実です。 で、あなたは、記憶の束です - あなたがそれを好きでも、 好きでなくても、それは事実です。 それら記憶なしには・ ・・ 快くても、快くなくても、 著しくて、満足でき、充実しても、 それらすべての記憶が、現在にある。 それら記憶なしには、 あなたは、存在しないでしょう。 あなたは、植物状態として、 存在するかもしれません。 いや、たぶん、樹々は、 自らの応答の仕方を、持っています。 私たちは、それに 入らないでしょう。 で、あなたは、私たちは、 私たちの一人一人は、記憶です。 すなわち、知識の蓄積の 過程全体です - 応答、反応、 判定、非難、受け入れなど・ ・・ この過程全体は、 生物学的にだけではなく、主観的にも、 今の私たちなるものです。 56:12 私たちは、四万、五万年、 それらすべての世紀の後で・・・ あの広大な時の感覚は、 今なのです。 なぜなら、あなたは、それである からです。 それは、明らかですね? 途絶えることが、ないなら、 それが、未来です。 それは確かに、単純です。 |
| 56:54 とても単純な例ですが、部族主義は、 時の始まりより、存在してきました。 私はあの部族に 所属している、と。 それはまだ、アフリカに 存在しています。 それは、あらゆる国に存在しています - 栄達して、民族主義として、です。 それはやはり、部族主義です。 いいですか? その部族主義は、人々を 分割しています。 自分の信念に取りすがる、 その他すべて、です。 で、それは、集団や部族や民族、 共同体の蓄積全体です。 過去です。 いいですか? あなたが考慮なさるなら、 このすばらしい地上での、 五万年の人間存在の後で、 私たちは、ほぼ同じです。ですね? 58:19 心理的に、主観的に、内的に、 私たちはまだ、きわめて、 きわめて原始的です。 あなたは、電話を取り上げて、世界の 真反対側へ、話をするかもしれませんが、 あなたが言うことは、やはり、 かなり原始的です。 (笑) それは、ビジネスなのか、 誰かを罵るのか、 または、誰かに話をして、「ダーリン、 いかがですか」と言うのか。 それは、進んできた 同じ過程です。 過去の世紀には、はるかに困難だったが、 それは今、一秒で、できます。 で、過去は、今です。 私たちなるものです - 四万年の後の、私たちなるものです。 理解されますか。 59:22 何ととてつもなく、時は、私たちを 変化させてこなかったのか。ですね? 自分自身に 正直であってください。 私たちは、テクノロジーでは、 いわゆる前進を、遂げてきました。 無量の前進、信じがたいですが、内的に 私たちは幾らか、きわめて小さく・ ・・ おそらく、へりの飾りで、です。 核心では、私たちは、野蛮で 原始的です。 ですね? 互いに殺し合う、その他すべて、です。 で、時は - どうぞ、聞いてください |
| 1:00:06 時は私たちを、変化させて きませんでした。 いいですか? 私たちは、これが見えますか。 で、進化は、心理を 変化させてきませんでした。 反対に、それは、心理を ますます強くしています。 心理とは、記憶の蓄積全体です - 人種的、民族的、部族的、 宗教的な分割です。 古代のシュメール人、古代のヒンドゥー - 彼らはけっして、自分を ヒンドゥーと呼ばなかったが、 それは、大事なことではない。 そして、エジプト人。 それら四万か、五万年より、 私たちは、いまだに・・・進化した後、 私たちはいまだに、原始的です。 1:01:14 時は、進んでいきます。 時は、動きです。 で、未来は、今の私たち なるものです。 ですね? 私たちは、戦争を 起こすでしょう。 今、私たちは、一発で数百万の 人々を殺すすべを、知っています。 私たちは、互いに憎み合います。 私たちは、互いに競争し合います。 私たちは、互いに怒っています。 性的な充足や違った種類の充足を、 探し求めています。 彼らは、こうしてきました - 理解されますか。 私たちは いまだに、やっています。 未来は、やはり、 今の私たちなるものです。 で、未来は今です。その種子、 ではない。その現実です。 1:02:15 で、そのすべてを根本的に 変化させることは、可能ですか - 時をまったく許さないで、です。 理解されますか。 質問を理解されますか。 時は、 私たちを変化させてきませんでした。 進化は、私たちを 変化させてきませんでした。 異なった組織は、私たちを 変化させてきませんでした。 違った宗教は、私たちを 変化させてきませんでした。 苦しみは、私たちを 変化させてきませんでした。 私たちは、時が、変化するよう、私たちを 助けてくれるだろう、と言いました。 私は、そこに来ようとしています。 私に少し、時をください!(笑) 少しの時を! |
| 1:03:27 で、私たちは、こう言っています - 自らが変化をもたらすために、 時を、すなわち明日を、頼みに するなら、それは、無益な望みです。 ですね? それは明らかです。 ゆえに、あなたは探究しなくては いけません - 変化とは、何ですか。 変化は、未来ということに 立って、ですか。 変化は、何か、有るものから、 他の何かへのことですか。 どうぞ、それに 入ってください。 「私はこれである」、 「私はあれになるだろう」、 「私はなるだろう」は、未来を意味しています - 欲望により、もたらされたのです。 それは、(未来への)意志の本質です。 欲望は、意志の本質です。 で、あなたは、「私は後で何かを するだろう」と、言います - 「私は次第に変化するだろう」と。 ですね?「私は、尊くなりたいと望む」、 「私は自分の意見を取り除く だろう」と。よろしいですか。 1:04:49 そのすべては、あなたが変化するために、 時を頼みにしている、という含意です。 で、私たちは、訊ねています - その中に時がない変化とは、何ですか。 理解されますか。 私が自分自身に、「私は変化する だろう」と言った瞬間・ ・・ あなたは、すでに 未来を、認めたのです。 いいですか? 「私はなるだろう」、 「私は変化するだろう」、 「私は花開くだろう」、 「私は愛するだろう」。 そのすべては、時を認めますが、時は それを、変化させてきませんでした。 ですね? なぜなら、私たちは、 五万年の間、進化してきましたが、 その広大な空間と経験は、 私たちに、 まったく深い効果が、 なかったからです。 |
| 1:06:03 で、全的に・・・どうぞ、 これを理解してください。 ありつづけた何かが、今、全的に 終わることが、ありますか。 私が言っていることを、 理解されますか。 待ってください! 仮に、私は貪欲だ、とします。 それがどういう意味かを、ご存じです。 もちろん、誰もがみな、知っています。 貪欲で、妬んでいる - おそらく、 妬みのほうが、良い言葉です。 私は、妬んでいます。 私はそれを合理化できます。 それは 自然だ、それは文化的だ、と言えます。 それは、損得の商業的な過程の一部だ、 と - 生産と、それらのことです。 で、私は、「私は貪欲です」と 言えます。 人は、時の始まりから、 貪欲であったのです。ですね? 1:07:10 時はまったく、私を変化 させてきませんでした。 なぜなら、貪欲をとおして、私たちは このおぞましい社会を、 創り出してきたからです - 商業的にも、です。 そして、妬みをとおして、 すなわち、比較をとおして、 私たちは、互いに、破壊し合って きました。 これは、事実です。 その妬みは、即座に 終わりえますか - 「私は段階的に、そうなるだろう」 ではない。 質問を理解されますか。 私は、問いを 明らかにしましたか。 終わることが、ありますか - 継続ではなく、終わる。 継続は、時を含意しています。ですね? ああ、さあ、みなさま! |
| 1:08:18 で、自らは、時が変化の世界へ入るのを、 まったく許さないでいられますか。 その変化は、終わることを、 意味しています。 終わる - 何が起きるだろうかを、 知らないで、です。 なぜなら、起きるかもしれないことは、 やはり、望み、時などであるからです。 妬みを即座に、完全に 終わらせることは、可能ですか - それがもはや、けっして存在しない ように、です。 そうです! そういうわけで、時の本性を理解 することが、とても重要であるのです。 時は、動きです - 思考のように。 時は、言語を学ぶには、 技能を習得するには、必要です。 時は、月へ行くには、 必要です。 時は、軍艦や発電機やモーターを 組み立てるには、必要です。 1:09:51 ですが、心理的に、主観的に、 私たちが、時と変化ということに立って 考えるなら、けっして変化は、ないでしょう。 何が起きつつあるかを、 見てください。 かつて、国際連合が、ありました - いいえ、国際連盟、です。 今、国際連合(連合国)が、 あります。 別の引き伸ばしが、別の種類の・ ・・ 別の国際連合(連合国)になるでしょうが、 同じ過程です。 理解されますか。 同じ悲惨を、違った形で、 組織しなおすことです。 |
| 1:10:34 で、明日を持たないことは、 可能ですか - 生を見つめること、明日をまったく 持たない生とともに、生きることは、です。 |
| 1:11:14 私は、次の質問へ 進んでいいですか。 それが、甚大なことを、 含意しているのは、お分かりですね。 あなたは本当に、このこと、時を、 理解しつつありません。 太鼓は、気をつけて調律されます。 それは調律されているから、 それは内的に、内側が空っぽであるから、 それを叩くとき、正しい音色を立てます。 何物でもないとの、その内的な性質を 持つが、大いに敏感であること・ ・・ そのとき、あなたは、何か とてつもないものを、持っています。 語り手は、あなたを 何かへ、誘い込んでいません。 彼は、あなたを説得していません。 褒賞していません。 何も褒賞や処罰は、 ありません。 |
| 1:12:44 第4の質問: なぜ、あなたは 祈りに、価値を見つけないのですか。 |
| 1:12:50 なぜあなたは、祈りに 価値を見つけないのですか。 あなたは、祈りに 価値を、見つけますか。 あなたは、どうぞ・ ・・ どうぞ・・・ なぜあなたが、祈りに価値を持たないことで 私を責めるのか、私は知りません。 |
| 1:13:18 なぜ私たちは、祈りますか。 そうね、共同体や、修道士たちの 集団全体が、ありますね - 永続的に 祈っている人たち、です。 一つの集団が、祈るのを終了し、 別の集団が、それを引き継ぎます。 私たちはまた、困難の中に いるときも、祈ります。 自らの生に、大きな危機があるとき、 私たちは、祈りたいとか、 「どうか、誰か、私を助けて ください」と言いたいと思います。 そうね、崖にぶら下がっている男の 冗談を、ご存じですか。 彼は、「神様、どうぞ、私を 救ってください」と、言います。 神は、「信仰を持って、 飛び降りなさい! 」と言います。(笑) 崖にぶら下がっている男、 彼は、言います - 「もっと上に誰か、いませんか」と。 (笑) すみません! |
| 1:14:45 なぜ、私たちは そもそも、祈りますか。 この、祈ることは、進んでいます - キリスト教世界で、イスラム教世界で、 そして、仏教とヒンドゥー教の世界で 違った形で、祈ることが、です。 あなたは、誰に祈っていますか。 外側の機関に、ですか。 外側の機関とは、神や主です。 異なった国々と文化と 伝統に応じた主、です。 違った概念の全能の者に、 ですか。 私たちは、誰に祈っていますか。 なぜ私たちは、祈りますか。 祈りは、私たちの困難に、 答えてくれますか。 幾つかの事例で、あなたが祈っている とき、単に一定の言葉を使っている、 詠唱している、などだけではなく、 言葉なく静寂に祈っているとき - 私が何を言っているかを、 理解されますか - 1:16:21 おそらくあなたは、答えを 得るかもしれません。 なぜなら、あなたの頭脳全体が、 静かになったからです。 その静けさの中、 思考の動きなく、 頭脳のその静止の中で、 あなたは、答えを見つけます。 そのときあなたは、「私はもっともっと 祈らなければならない」と、言います。 すなわち、あなたは、達成しました。 あなたは、何か経験を集めてきました。 その経験は、一定の結果を、 もたらしてきました。 あなたは、それらの結果が、好きです。 で、あなたは、これをつづけます! そのとき、それは習慣になります。 そして、あなたは、あらゆる物事を 失ってしまったのです。 なぜ、私たちは そもそも、祈りますか。 私たちは、非難したり、「それは だいじょうぶだ」と言ったりしていません。 私たちは、全部のことを、 問うています - 一定の懐疑でもって、 一定の頭脳の性質でもって、です。 情動的な反応だけではなく、「私に道理を 示してください」と言う頭脳の、です。 そして、自分は、 大いなる困難の中に、います。 1:17:48 大いなる危機、痛み、悲しみが、 あります - 解決不可能です。 その瞬間に私たちは、誰かが 助けてくれるのを、頼みにします。 その誰かは、私の夫、妻、子どもと 私の隣人とか、通りの向こうの誰か ではありません。 なぜなら、私は 彼らを、知りすぎているからです。 彼らもまた、私自身と 同じ地位に、います。 それで私は、何か 外側の機関のほうを、向きます。 外側の機関とは、思考により組織されて いる何かではない、という意味です - 神、キリスト。 インドでは、 それは別の神などです。 私は跪いて祈ります。 なぜなら、私はこの 問題を、まったく解決できないからです。 私は、自分の悲しみ、自分の痛み、 自分のさびしさを、解消できません。 それで私は、次第に外面的に、 何かへ、依存しはじめます。 1:19:11 それは、医師、精神科医、 あるいは、神です。 それらは、すべて同じです - 私が 助けてほしくなった瞬間、です。 自らは、徳高き祈りと 呼ぶかもしれません。 他方を、彼は、「まあ、それは 世俗的だ」と言います。 あなたは、10ポンドを 支払って、得ます・ ・・ 何が起きるかは、ご存じです。 私が、これらに入らなくていい。 で、それらはどちらも、同じです。 まったく同じです。 で、なぜ私は、そうしますか。 なぜなら、私は、 助けてもらいたいからです。 私は、問題を解決する ことが、できません。 または私は、自分は問題を解決 することができないと、考えます。 それは、きわめて痛くて、壊滅的です。 私の全人生を動揺させます。 私は、誰かに、私の存在を 落ち着かせてほしい、 私がこれを乗り切るよう、 助けてほしいと思います。 1:20:40 これは、四万年、五万年以上の間、 なされてきました。 それはかつて、雷、稲光でした。 それから、それは、樹々の崇拝でした。 それから、それは今、象徴とイメージの 崇拝です。大きな違いはない。 |
| 1:21:09 で、私は、訊ねなくてはいけません - なぜ私は、助けがほしいのですか。 かなり残酷に聞こえるかも しれませんが、そうではありません。 いつも助けを 求めている人物は、 ますます弱く、弱く、弱く、 鈍くならないですか。 そのとき彼は、何かに、 全く依存します - 薬物にか、 あるいは、人々にか、理想にか、 究極的には、自分の神の概念に、です。 薬物であっても、神であっても、それは やはり、同じ線に沿っています。 なぜなら、あなたは、 助けてもらいたいからです。 |
| 1:22:06 今、私たちは、自分自身に訊ねています - 私が、自分の問題を、 他の一人から唯一つの援助もなく、 解決することは、可能ですか。 それは、大変多くの根気、 エネルギーを、必要とします - 進んでいき、 「さて、この妬みの問題だが、 妬みとは何なのか」と 言うには、です。 それは、いつも比較です。 比較より、もう少し多くです - 渇望する、ほしがる。 それは、時なく、終わりえますか。 そのとき、私は祈らなくてもいい。 そのとき、そのような人物は、 思考の汚染すべてより、全的に自由です。 で、それは、恐れの理解を、 必要とします - 完全にあなたの足で 立つことができるためには、です。 1:23:40 それは今、ゆっくりと 拒否されつつあります。 薬物、コカイン、ヘロインと それらが、世界に拡がりつつあります。 私たちは、生に退屈しています。 私たちは 生への代替物が、ほしいのです。 それで、祈りは、 あなた自身の欲望です - 大変満足できるだろう何かを、 達成したいとのそれ、です。 何の理解もない、 たやすい生き方です。 それは、単に語り手の発言より、 はるかに錯綜しています。 私たちがみんな、些細で小さな精神を しているのが、お分かりですね。 もしも私たちが、それより踏み出せた なら - 明日ではなく、今、です。 そのとき生は、何か 終わりなき、無量なものです。 |
| 1:25:17 今、1時まで10分です。 ああ、ここに 良い質問がある! |
| 1:25:35 第5の質問: あなたがもはや、物理的に 私たちとともにいないとき(笑) - タンピ(まあ、いいよ)! - 私たちの中で、たとえ知的にだけでも、 あなたのメッセージを理解する者は、 何をすべきですか。 私たちは、自分自身に取り組むのを 継続し、残りの世界を忘れるのですか。 または、私たちが分かるところの、 あなたの教えを、広めようとしますか。 |
| 1:26:06 あなたがもはや、物理的に 私たちとともにいないとき - なぜ「物理的に」と加えるの? (笑) - 私たちの中で、たとえ知的にだけでも、 あなたのメッセージを理解する者は、 何をすべきですか。 私たちは、自分自身に取り組むのを 継続し、残りの世界を忘れるのですか。 または、私たちが分かるところの、あなたの 教えを、広めようとしますか。 (笑) 私がこの問いに、答えなくては いけませんか。(笑) |
| 1:26:54 それは、あなたのメッセージです。 私のではない。 それは、あなたの書物です。 私のではない。 あなたの生き方が、メッセージであるなら、 私たちが話しているように、 あなたが、時なく生きるなら、それが、 あなたが生きることこそが、光です。 それは、誰にも依存しません。 Kは - それは、生における一つの事実です - 私たちは、みんな死のうとしています。 それは、絶対的な、 取消不可能な事実です。 そして、未来は今です。 死は、今です。理解されますか。 すなわち、終わることは、今です - 十年後の時や、五十年後の時にはない。 1:28:11 自らが、そのように生きるなら、 あなたの生き方こそが、メッセージです。 それは、Kのメッセージではない。 それは、あなたのです。 そのとき、あなたの生は、 広がりつつあります。 まさに生きること、 あなたの生き方 - そのときあなたは、自らが 生きていることを、広めます。 他の誰かが言ってきたことを、 広めるのではない。 理解されますか。 で、これは、きわめて単純です。 美しさは、あなたのです。 他の誰かのではない。 私たちはもう、 止めたほうが、いい。 |
| 1:29:02 立ち上がってもいいですか。 |