BR85DS1.2 - 学びがあるとき、自由がある。
四人の学生との議論、第2回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1985年6月9日
0:37 | K: 前回、会ったとき、私たちは、あなたたちの背景について、 話していましたね - あなたたちの育ち、 あなたたちの子ども時代、あなたたちの教育について、です。 様々な形でのこれらが、あなたを、条件づけてきました - 新聞、雑誌、テレビ、 政治、経済、気候、食べ物、です。 食べ物について話すと、あなたたちはみんな、とても健康ですか。 |
1:26 |
D: 相当に健康です。 K: 良い、強い身体ですか。 または、みんな、かなり、ふにゃふにゃとし、だらしなく、弱々しいですか。 |
1:37 | A: そうだとは思いません。 |
1:40 | K: あなたは、良い強い身体を、持っていますか - テニスをしたり、走ったりできる身体です。 私は、或る時、一日、5マイル(8km)を走ったものです。 あなたは、それらをできますか。 または、みんな、この種のことについて、かなり怠けていますか。 |
2:02 | C: いいえ。私たちはみんな、何かの体操を、全くうまくできる、と思います。 |
2:05 |
K: でも、あなたはそうしますか。 A: ええ、します。 |
2:07 | K: そう?よし。 ここでは、良い食べ物を、とりますね。 |
2:12 |
A: ええ、とても良い。 K: もちろんです!とても良い食べ物です。 あなたの頭脳は、適切に働いていますか。 A: 適切に? |
2:23 | K: 鋭い、冴えている、明らかである、ごたまぜで混乱していない、 という意味で、適切に、です。 |
2:34 | D: 時々、私たちは混乱する、と思います。 |
2:36 | K: 時々、ではない。 そうね、時々、と言うなら、それは、時間のほとんどです。 |
2:44 | D: ええ。 |
2:46 | A: 私たちは、明らかであろうとしますが、 時間のほとんど、自分は混乱しています。 |
2:54 | K: いえ。私はあなたに訊ねています - あなたの頭脳は、明らかで、 鋭敏で、活動的ですか。おしゃべりをしているのではない。私はそれを、言っていません。 活動的で、活力に満ちていますか。 あなたたちは、まったく若い。 |
3:10 |
あなたは、何歳ですか。 A: 十七です。 |
3:13 |
K: あなたは? B: 二十六です。 |
3:15 |
K: あなたは? C: 十八です。 |
3:16 | D: 十七です。 |
3:17 | K: なんと!あなたたちは、先に長い人生がありますね。 で、あなたの精神は、あなたの頭脳は、とても鋭敏ですか。 |
3:29 | C: あなたの言われる鋭敏とは、どういう意味でしたか。 |
3:32 | K: 私は言いましょう - 鳥たち、樹々、草、花々、 あれらモリバトの飛ぶのを、見守る。 あなたは花々を、見守ったことが、ありますか。 |
3:44 |
A: ええ。 K: 樹々の姿、 強い風があるときの響き。 あなたは、樹々の音を聞いたことがありますか。 またあなたは、樹々がとても静かであるとき、聞いたことがありますか。 先日、それは絶対的に不動でした。ですね? あなたたちが、これらを見守ったのかどうか、私は知りません。 一定の静寂の性質と、 樹の響きが、あります。 私は、それらに入らないでしょう。 しかし、あなたたちは、そういう頭脳 - 見守り、見つめ、観察し、感じているもの - を、 持っていますか。 またはそれは、すべて普段通りですか。 |
4:30 | A: しばしばそれは、普段通りでありがちです。 |
4:33 | K: 気に掛けない、という意味で、普段通りです。 あなたは、自分が何を考えるのか、何を感じるのかを、構いません。 自己の気づきが、ありません - 自分自身の批判的な気づきが、です。 |
4:49 |
A: おそらくこれは、あなたが先日、触れられたことへ、関係します -
自分自身を見つめることについて、です。 K: 私はそれへ、行こうとしています。 |
4:57 |
A: 私たちはそれへ入れると、お考えですか。 K: ええ。私は、それへ入ろうとしています。 でも、初めに、あなたは、とても良い頭脳を・・・私は、あなたたちに訊ねています。 単に私に聞かないでください。 私は、あなたたちに訊ねています。 あなたは、とても良い頭脳を、持つべきではないですか。 ただ利巧なだけでなくて、です。 私はそういう意味で言っていません。 または、たくさんの言葉、名前の後の学位を、持つことでもない。 しかし、見守り、聞き、見つめ、量り、 非個人的、それらである頭脳、です。 または、あなたは、いつの時も、自分自身について、考えていますか。 自分の背景について - 「ああ、私は、間違った形で、育てられてきた。 私の父は、少し奇妙だった」などと、です。 で、批判的な自己の気づきが、ありますか。 |
6:05 |
C: いいえ。 D: いいえ。そう思いません。 |
6:08 | K: ええ。利己性ではない。 私はそういうつもりで、言っていません。 その中で選択しない自己の気づき、です。 私は、「これは良い」と言いますが、気づくこと。 私が話していることを、理解できますか。 気づいていないなら、なぜですか。 |
6:32 | A: 私は、散漫になりがちです。 |
6:37 |
K: 散漫に? A: ええ。 |
6:40 | K: さて、ちょっと待ってください。 散漫といったものが、ありますか。 気をつけて。私とともに、それを考え抜いてください。 私はあなたに、訊ねています - なぜあなたは、それを散漫と呼びますか。 |
6:57 | A: 私は、一定のことへ、注意を払おうとしているからです。 そのとき私の精神は、さまよいます。 私は、他の物事について、考えはじめます。 |
7:05 | K: あなたは、読書、予習をしています。 または、書物を学習しています。 何か特定の学科を、です。ですね? あなたがそれを、見つめていると、精神は、逸れていってしまいます。 あなたは、幾つもの思考を持ちます。 なぜですか。 なぜあなたは、それを散漫と呼びますか。 |
7:27 | A: 私がしたいと思うことが、何かあるからです。 |
7:30 | K: しかし、あなたが、他の種類の思考を持つなら、 それは、あなたの存在の一部、あなたの頭脳の一部です。 で、なぜあなたは、それを散漫と呼びますか。 |
7:41 | C: 私たちは、読書している間に訪れるそれらの思考を、 受け入れないからです。 |
7:45 | K: では、なぜあなたは、しばらくの間、それを追求しないのですか。 |
7:48 |
C: 私たちは読書したいからです。 K: 分かります。ちょっと待って。 |
7:52 | 私が言っていることを、聞いてください。 あなたは、特定のページへ集中したいと思います。 あなたは、集中し、それを見つめていると、 他の思考を持ちます。 さて、なぜあなたは、それを散漫と呼ばずに、他の思考を追求しないのですか。 付いてきていますか。 それを散漫と呼ばないでください。 |
8:20 | A: 私は、自分がしなくてはいけないことと比較して、それらを、重要でないと見がちです。 |
8:24 | K: でも、あなたは、そのページを読みたいのです。 あなたは、その学科を学びたいのです。 そして、他の思考が介入する。 なぜそれらは、介入しますか。 ゆっくり、それへ入ってください。 |
8:46 | B: たぶん、それは、私たちの問題なのかもしれません・・・ |
8:49 | K: それを問題にしないでください。 私が言っていることを、ただ見てください。 私は、あの時計を見つめたいと思います。 私はそれを、見守っていますが、 他の思考が入ってきます。 私は、それを散漫と呼んだ瞬間、 考える過程全体を、分離したのです。 ですね?私が言っていることを、理解できますか。 |
9:15 | C: いえ、あまり理解できません。 |
9:18 | K: 私は、あのページを読んでいるとき、考え、観察し、見つめています。 言葉がどう綴られているのかなどを、見ています。 |
9:27 | A: 私は、ページを見つめるとき、自分がそうしているのかも、確かではありません。 |
9:32 | K: ええ。あなたは、とても速く読むかもしれません。 または、それは、とても困難な主題なのかもしれません。 それで、あなたは、気をつけて読まなくてはいけません。ですね? あなたが、気をつけて読んでいると、この他の思考が入ってくる 一秒か二秒が、あります。 その介入を、あなたは散漫と呼びます。 なぜあなたは、それを散漫と呼びますか。 私は、あなたが言おうとしていることを、知っていますが、自分がなぜその言葉を使うのかを、見出してください。 あなたは、そのページに魅了されています。 または、その特定の学科、主題に、です。 または、あなたは樹や鳥を、見守っています。 他の思考が入ってきます。 なぜあなたは、それを散漫と呼びますか。 それは、思考の動き全体なのでしょう。 |
10:28 | A: ええ。でも、私はそれが、そうだと見えません。 |
10:31 |
K: 今、それを見てください。 A: ええ。 |
10:34 | K: それは、考える動き全体です - あなたは、読んで記憶しつつある主題、学科について、考えている。 なぜなら、不幸にもあなたは、何か試験に、通ろうとしているからです。 ゆえに、あなたは、準備しなければなりません。 そして、思考が生じます。 その思考を究明するように、一秒を掛けて、 そして、戻ってきてください。 そのため、あなたは次第に、いかに自分自身を見つめるかを、学びはじめます。 私が言っていることを、理解できますか。 |
11:21 | B: 思考を究明するとは、どういう意味ですか。 |
11:25 | K: ちょっと待って。 私は、自分の靴を磨いています - 大概、私はそうします。 そして、思考が生じます - 一秒か二秒か、もう少し長い間、です。 私は、なぜそれが来るかを、見出したい。ですね? 私は見つけます - それは気がかりだとか、それはこれである、それは他の何かであるからです。 それで、一分か二分の間、私は言います - 「待てよ。なぜ私はあれを考えているのか。 私が自分の靴を磨いているとき、これに、何か興味があるのか」と。 ですね?付いてきていますか。 私は、自分の靴を磨くことに、興味を持っています。 私は、それを可能なだけ、清潔に、すてきに見えるように、しています。 で、このひどい「散漫」という言葉は、ありません。 そのときあなたは、気づいています。 あなたは、学科を学んでいます。 あなたの精神は、活動的です。 あなたは活動的です。 |
12:43 | A: あなたは、集中と注意との間に、違いを、設けておられるようです。 |
12:47 | K: ああ、むしろ、私たちは今すぐ、それに入るでしょう。 それは、もう少し複雑です。 一分間、待ってください。 もしもあなたが、頭脳から、「散漫」というその言葉を、棄てられたなら、 何が起きるかを、見てください。 もしあなたが、「やれまあ、私は 散漫になっている。私は注意を払わなければならない」と言わないなら、何が起きるかを、見てください。 そう言うと、あなたは、葛藤を創り出しています。 |
13:18 | A: 二つの違った動きが、つづいている、と仰るのですか。 |
13:22 | K: ええ。私は、集中しなければならないが、また私は、・・・しなければならない。付いてきていますか。 あなたは、自分の語彙より、「散漫」をすっかり棄てられますか。 学んでください。 あなたは、学んでいます。ゆえに、散漫はありません。 あなたたちが、これに付いてくるのかどうか、私は知りません。 あなたは、あのページについて、学んでいます。 あなたは、なぜその思考が生ずるか、なぜそれが介入するかについて、学んでいます。 それは、たぶんあなたは、その特定の学科に、興味を持っていなくて、 あなたの内側には、他の興味がある、という意味でしょう。理解できますか。 |
14:19 |
K: あなたは同意しますか、しませんか。 A: ええ。 |
14:22 | K: それは分かりますか。私があなたに教えている、のではない。それについて、学んでください。 |
14:30 | B: あなたは、「学ぶ」という言葉を、違った意味で、使っておられるようです。 |
14:35 | K: ええ。私は学んでいます。私は、あのページ、あの学科について、学んでいます。 |
14:40 | B: しかし、その学びは、知識の蓄積です。 |
14:43 | K: 待ってください。あまりに先へ行かないで、 一歩一歩、行ってください。 さもないと、あなたは・・・ 私は、学科について学んでいます。 私はまた、 なぜこれら生じてくる他の思考が、あるかについて、学んでいます。 で、動きの全体が、学ぶことです。 私は、その学科、その特定のページについて、学んでいます。 また私は、なぜ思考が生ずるのかについても、学んでいます。 で、それは、学びの動き全体です。 彼は訊ねます - 学ぶのと、知識を蓄積するのとの間の違いは、何ですか。 |
15:33 |
ですね? B: ええ。 |
15:35 | K: 一分間、待ってください。あなたはどう言いますか。違いが見えますか。 気をつけて。 あなたは、蓄積、取得に取得し 取得することと、 取得しないこと、すなわち、学びの動きとの間の違いが、見えますか - ますます多く、学ぶのです。 とても有名な画家がいた、と思います。 思う、のではない。 スペイン人の、ゴヤ、です。 彼は、九十か、九十二だったとき、「私はまだ学んでいる」と 言いました。理解できますか。 彼はけっして、「私は学んでしまった」と言わなかった。 で、違いが見えますか。 私は、あなたは見えるべきだとか、見えるべきでないとか、言っていません。 あなたは、知識を取得すること、記憶することとの 違いが、見えますか - 試験に通るだけためではなく、一定の技術を持つためにも、です。 それは、生涯をとおして、職に就くため、生計を立てるために、使えます。 それと学びとの間の違いが、見えますか。 |
17:04 | A: いいえ。私は、学びを、知識の蓄積として言うとき、 普通、同じ意味で言いがちです。 私は、あなたが言われる意味が、分かりません。 |
17:15 | K: あなたはどう、仰いますか。 |
17:17 | C: 多くのものを受け取り、読んだり、聞いたりするところには、 一つの学びがある、と見えるし、 もう一つを、あなたは体験します。 |
17:33 | K: いいですよ。私は、このように表しましょう。 あなたは、自分の家に、自分の部屋にたくさんのものを、蓄積してきました。 その蓄積は、あなたです。 あなたは、たくさんの記憶、たくさんの痛み、たくさんの恐れを、収集してきました。 そのときあなたは、自分が蓄積してきたものの奴隷に、なります。 |
18:02 | A: すなわち、私自身の奴隷です。 |
18:06 | K: ええ。収集する。 そこには、何も自由がないけれども、 学びがあるとき、自由がある。 あなたがこれを捉えられるのかどうか、と思われます。 あなたがいう学びとは、どういう意味かを、私に語ってください。 私が言ってきたことを、忘れてください。 あなたがいう学びとは、どういう意味ですか。 あなたは学びます - 言ってください。 単純であってください。 |
18:39 | D: 私は、自分が知るために、学ぶことを、見つけます。 で、私は、何かを憶えられるように、記憶を蓄積しています。 それが、私が、自分は学んでいると言うとき、することです。 |
18:54 | K: あなたは、車を運転するよう、学んでいます。 講師はあなたへ、どうハンドルを持つのか、ペダルは何か、 その他すべてを、語ります。 彼はあなたに、情報を与えます。 そのとき彼は、あなたに、ゆっくり発進するよう、言います。 あなたは、車をどう運転するかを、学びはじめます。 それは、三週間か、一ヶ月間か、一週間などが、掛かるかもしれません。 そこであなたは、何をしてきましたか。 その過程において、あなたの頭脳には、何が起きてきましたか。 答えずに、気をつけて、それを見つめてください。 あなたは、車の運転の仕方を学ぶために、三週間とか、 もっと長くが、掛かってきました。 |
19:49 | A: 私は技術を、取得しました。 |
19:53 | K: それはどういう意味ですか。 |
19:58 | ゆっくりと言ってください。私に話してください。 あなたたち二人は、黙りつづけています。 |
20:03 | A: 私は、一定の物事に、親しんできました。 |
20:06 | K: 進んで、私へもっと言ってください。 |
20:09 | C: それは、一種、自動的に、一種、反射になっています。 なぜなら、車を運転するなら、そうするとき、毎回出てくるのは、 同じことであるからです。 |
20:19 | K: で、何が起きてきましたか。 あなたは、車の運転の仕方を、学んできました。 あなたは、ギアの切り替え方、ブレーキの掛け方か、 加速の仕方を、学んできました。 あなたは、エンジン音を聞きます- それがどう働いているのか。 またあなたは、道路を見守っています。 右側を走っていく、などです。 またあなたは、先の300ヤード(270m)ほどを、見守っています。 そのため、あなたは、全部のことを、取り入れています - 道路、道路の濡れぐあい。 で、それらをする中で、あなたの頭脳に、何が起きてきましたか。 私に答えてください。 いいですよ。何かを取り上げましょう。 あなたたちは、みんな数学を学んでいるでしょう。 |
21:21 |
B: ええ。 K: 或る種ね。さほどは・・・ で、あなたは、数学や歴史を学んでいるとき、 情報を蓄積しています。ですね? その情報を、蓄えています。 頭脳はそれを、蓄えています。ですね? |
21:43 | A: 記憶として、です。 |
21:46 | K: あなたは、それを使います。 職を得るため、合格するためなどに、それを使います。 あなたは、書き方を学ぶとき、 同じことをしています。 すなわち、それはほぼ、自動的になります。 しかし、運転していて、全く自動的にはできません。 違いを見てください。 |
22:14 |
B: ええ。あなたはまた、見張らなくてはいけません。 K: よく気をつけなくてはいけません。 あなたは、ほぼ50か、55か、60以上で、進んでいます。 よく気をつけなくてはいけません。 ハンドルから、手を放して、話をし、身振りすることは、 できません。 見守らなくてはいけません。 二つの間の違いが、見えますか。 |
22:37 | D: でも、やはり、この見守りは、幾らか自動的なように、見えます。 |
22:43 | K: ええ。それはほとんど自動的です。 私は、「自動的」という言葉を、使いたくありません。 |
22:49 |
D: 機械的です。 K: 機械の力学や何かのように、です。 あなたはそれを、学びと呼びます。 あなたは、書き方、数学、化学などについて、 学ぶ、と呼びます。 その過程において、あなたは、十年か、十五年か、 二十年を、掛けてきました。 その時の間に、あなたは、たくさんの知識を、蓄積してきました。 その知識は、ほとんど通常になる。 すると、頭脳は機械的になる。 |
23:48 | A: 私たちはそれに、あまりに慣れている、ということですね。 |
23:50 | K: それに慣れている。あなたは、自分の学科について、学んできました。 あなたは、技術者や化学者です。 あなたは学んでいます。 そのとき、あなたは動いていきますが、 いつも基礎は、以前の知識です。 あなたは、それへ付け加えるかもしれませんが、 やはり基礎は、知識です。 で、知識を探究してください。 |
24:26 |
A: 知識は、見たところ・・・ K: 学んでください。私が言っていることから、学び、 あなたがいう知識とは、どういう意味かを、学んで、見出してください。 知識とは何ですか。 探究し、学び、動いてください。 それは、コンピューターに似ていますか。 あなたは、コンピューターがどう働くかを、知っています - 多かれ少なかれ、ね。 私もまた、知りませんが、 あなたたちはそれを、プログラムします。ですね? で、どうプログラムするかを知っている人々が、います。 そのとき、それは返答するなどです。 それは教えてくれます。 あなたは、それに似ていますか。 |
25:31 | D: それが、時々見られることです。 |
25:33 | K: 答える前に、初めに、ただ聞いてください。 |
25:36 | A: ええ。私もまた、一定の情報を、取得するから、 自分のやりたい形で、それらを玩び、それらを使います。 |
25:48 | K: で、あなたは、プログラムされつつありますか。 |
25:53 | A: ええ。 |
25:58 |
K: 恥ずかしがらないで。 D: ええ、同意します。 |
26:02 | B: 私は、自分がその過程に気づいていることさえ、確かでありません。 |
26:06 | K: そうですか。見出してください。 私は今、あなたに訊ねています。 翌日や、後でではなく、 私は今、あなたに訊ねています - あなたがプログラムされつつあるのかどうかを、見出してください - フィリピン人としてとか、ヒンドゥー教徒としてとか、 キリスト教徒としてとか、他の何かとして、です。 あなたは、子どもの頃から、「あなたはフィリピン人だ」と言われています。 私はヒンドゥー教徒だ。彼女はキリスト教徒だ、 彼女はヒンドゥー教徒だとか、バラモンだとか、です。 彼は、南アメリカ、アルゼンチンからです。 で、あなたは、プログラムされつつあります。 あなたは、カトリックであるなら、二千年の間、プログラムされてきました。 事実を見てください。私は、それが正しいとか、間違っているとか、言っていません。 彼女は、バラモンと呼ばれる社会の一定階層のヒンドゥー教徒です。 彼女は、プログラムされてきました - 「私はバラモンです」とか、 「私はもはやバラモンではない」とか言うように、です。 それは、同じ過程なのでしょう。 あなたは、ここ三千年から五千年の間、 ヒンドゥー教徒として、プログラムされてきました。 ヒンドゥーは、「インダス」という言葉からです- 有名な河です。私はそれに入らないでしょう。 で、あなたは、プログラムされつつあります。 それは、必要なのかもしれません。 私は、舞踏の仕方、フットボールやクリケットのやり方を、学ぶとき、 プログラムされつつあります。 私は、学んできました。 |
28:16 | A: それで、私が、あなたについて持っている一定の情報を、使うとき、 それをもまた、プログラムと呼ばれるのでしょうか。 |
28:23 | K: あなたが、私について学んできたことのその知識を、使うし、 それが、記憶になるのなら、そのとき、それは障壁になる。 そのときあなたは、新鮮に私を見つめません。 |
28:35 | A: 私はあなたに会うごとに、私はすでに知ったことを、憶えています・・・ |
28:37 | K: もちろんです。あなたが、彼や彼女について、築いてきたイメージすべて - そのイメージは、あなたが彼を、新鮮に見つめることを、阻止します。 あなたは、これらに出会っていますか。 |
28:49 | C: でもやはり、あなたは、一定の物事を、憶えなくてはなりません。 |
28:51 | K: もちろんです。私は毎回、あなたへ、「お名前は何ですか」と、訊ねられません。 それはバカげて聞こえます。 |
28:57 | A: でも、すると、一定のものを持たなくてはいけなくて・・・ |
28:59 | K: 見出し、学んでください。 「一定のことをしなくてはいけない」と言わずに、 それに入って、見出しなさい。 そうね、あなたはそれをしていません。 待って。あなたは、私が言っていることから、学んでいますか。 私は言っています、あなたに訊ねています - あなたは、私たちが議論してきたことから、学んでいますか。 または、それを通り過ぎているだけですか - あなたはプログラムされつつある、と私たちが言ったときに、です。 |
29:35 |
A: 私はそれは分かります。 K: それは、あなたにとって事実ですか。 事実と観念の間の違いは、分かりますか。 微妙であり、敏くあってください。 時間を掛けないでください。 ごらん、あの時計は事実です。 でも、あれは、錯綜した事実です。 たくさんのメカニズム、独創性、発明があり、 それが、私たちの前にある。 あなたは、それに触れられる。それを感じられる。 あなたは、ほぼそれを嗅げるほどです。 すっかり味わうことはできないが、 それは事実です。 あなたは、それを観念にしません。 それは、置き時計や懐中時計です。 さて、私はあなたに言います - ただ静かに聞いてください - あなたは、プログラムされつつある、と。 それは、あなたにとって事実ですか。観念ですか- あなたがプログラムされつつある、ということは。 違いが分かりますか。 |
31:04 | C: 私たちが、それを見つめるとき、自分たちをプログラムしてきた過程 すべてを見つめるとき、それが事実であることが、分かります。 |
31:10 |
K: で、それは観念ではない。 C: ええ。 |
31:14 | K: 待って。私はあなたに示しましょう。 あなたは歯が痛いとき、それは事実です。 あなたは、自分は歯が痛いと言って、ふりをしたり、その観念を持ちません。 あなたは、聞いていましたか。 |
31:29 | A: ええ。事実と仰るのは、存在する何か、という意味です。 |
31:34 |
K: 存在するだけではない。
ちょっと待ってください。 私はあなたに、訊ねています -
あなたがプログラムされつつあるのかどうかを、自分自身で見出してください。
あなたは、「私はそれを悟ります。 私がプログラムされつつあることは、
私にとって事実です」と言うとき、
それは観念ではない。ですね?
あなたは、注意を払っていますか。 B: ええ。 |
32:00 | K: 待って、ゆっくり行ってください。 私はあなたに言います - 気をつけて、ただ聞いてください。 あなたは世界です。世界はあなたです。 それは観念ですか、事実ですか。気をつけて。 気をつけて、それを見つめてください。 その発言 - あなたは世界であり、世界はあなたである、というそれは、 あなたにとって、事実ですか。 または、観念、ユートピア、それはすばらしい、という感情ですか。 |
32:44 | B: それは観念だと、思います。 |
32:46 | K: ええ。なぜですか。なぜあなたは、それを観念にするのですか。 私はさらに行くでしょう。「あなた」 - それは、観念ですか、事実ですか。 あなたが考えること、あなたの怒り、あなたの嫉妬、あなたの恐れ、 あなたの敵対 - それは、事実ですか。 または、それは観念ですか。 さて、あなたは、それをひどく困難だと、見ようとしています。 それに入り、学んでください。 |
33:30 | A: この有機組織が、こちらに存在することは、事実です。 |
33:35 | K: 有機組織は事実です。 私は、親指を持っている。 あなたは、親指を持っている。 あなたは背が低い、私は高い。 または、私は低い、あなたは高い。 それは事実です。ですね? あなたは、あの樹を創り出さなかった。 ありがたい! または、虎をも、です。 しかし、あなたは、この部屋を創り出しました。 あなたが、ではないが、あなたたちは、この部屋を創り出しました。ですね? さて、探究し、学び、さらに動いてください。 私はあなたに、自分自身について学ぶよう、頼んでいます - あなたが何を考えるのか、あなたが何を感じるのかについて、です。 それから進み、学んでください。 |
34:36 | D: クリシュナジ、「自分自身について学びなさい」と仰るとき、 時々私は、自分はそうすると思いますが、それはただ、自分が何が好きなのか、 何が好きでないかを、記憶しているだけです。 |
34:47 | K: そうなんです。 で、好きだったり、嫌いだったりする「私」は、誰でしょうか。 理解できますか。進んでください。 私は推し進めています。 私は、彼女を好きだ。 私は、あなたを好きでない。 彼女は友だちだ。 あなたは、私の友だちではない。 そして、私は怒っている。 怒りは、私より異なっていますか。 |
35:24 |
A: いいえ。 K: ええ。なぜ、いいえと言いますか。 |
35:27 |
D: それは、私の一部だ、と言えるでしょうね。 K: いいですよ。あなたの一部です。 |
35:33 | K: 楽しみは、あなたの一部です。 恐れは、あなたの一部です。ですね? 痛みは、あなたの一部です、などと。 あなたは、すべての部分をまとめて、それを全体にしますか。 私が言っていることを、理解できますか。 |
35:55 | A: それが私です - これら小さな諸部分すべてが、まとめられたんです。 |
35:58 |
K: それがあなたです。 B: ええ。 |
36:00 |
K: ゆえに、それはどういう意味ですか。
あなたは、それらです。 A: ええ。 |
36:05 |
K: 待って、気をつけて。 そんなにすばやく同意しないでください。
あなたは、それらより異なっていません。
あなたは、怒りより異なっていますか。 いえ、もちろん異なっていません。
で、あなたは怒りです。ですね?
さて、私は自分自身を、見つめようとしています。 私たちは、それへ行こうとしています。
私は、髭を剃ったり、髪をとかすとき、鏡に、自分自身を見られます。
鏡は、顔を反映します - それは私です。
で、鏡に顔が見えるように、私は、明らかに自分自身を、見つめられますか。
A: どうやって・・・ K: あなたは聞いてきましたか。聞いて、聞いて。 あなたは、それをできますか。 あなたは、それをするでしょうか。 または、あなたは、自分自身をどう見つめるのかを、見出すでしょうか。 |
37:27 | A: 私自身を反映するだろうものが、何かありますか。 |
37:33 | K: 見出してください。 あなたたちは、みんな同意しました。 または、私たち自身で見えました - 怒りはあなたである、楽しみはあなたである、 怯えているのは、あなたである、と。 それで、あなたは、これらの束です。 あなたの背景、あなたの反応です。 「ああ、私は、ひどい子ども時代を過ごしてきたが、 あなたは、幸せな子ども時代を、過ごしてきた」 - そのすべてが、あなたです。 |
38:17 | A: でも、私が、自分自身より、それを分離しがちなのは、なぜですか。 |
38:20 | K: 今、なぜかを、見出してください。 聞いてください。スプラバー、あまりに速く答える前に、ただ聞いてください。 なぜあなたは、それらより、あなた自身を分離しますか。 それは伝統ですか。 |
38:41 | A: 部分的には。 |
38:43 | K: 部分的には、ではない。「部分的に」という言葉を、使わないでください。 それは伝統ですか。それは習慣ですか。 それは、あなたの文化、あなたの宗教ですか。 |
38:57 |
A: それは、それらです。 K: で、それはすべて、どういう意味ですか。 |
39:03 | B: それは、もう一つのプログラムでしょうね。 |
39:06 | K: ええ、進んでください。 それらは、どういう意味ですか。 |
39:12 |
A: 私がしてきた経験すべては・・・ K: あなたは、反復しているだけです。 |
39:14 | A: いえ、いえ。 |
39:18 | K: あなたが、言うとき・・・ 私があなたに、なぜあなたは分離するかを、訊ねるとき、 私はあなたへ言いました - なぜあなたは分離しますか、と。あなたは今、知ります・・・ たぶんあなたは、かつてそれについて、考えたことがないでしょう。 怒りは自分である、と。ですね? それは事実です。 あなたはなぜ、それを分離しますか。 怒りを分離する - まるで、それが、あなたより異なった何かであるかのように。 私は訊きました - それは伝統ですか。 それは習慣ですか。 それは、あなたの特定の文化ですか。 さらに進んでください。 それは、善と悪という意味です。 善は、悪と闘っている。 悪は、善と闘っている。付いてきていますか。 それらにすっかり、付いてきてください。 |
40:23 | A: これらは、私たちが幼いときから、言われてきたことです。 |
40:27 | K: ええ。ゆえに、あなたは、分離するとき、機械的になりつつある。 なぜなら、あなたは、それを教えられてきたし、「いいよ」と言うからです。 |
40:37 | B: そういうわけで、彼は、私たちはただこれらを反復する、と言ったんです。 |
40:42 | K: いいですね?で、理解しましたか。 |
40:48 | C: 私たちは、それについて、あまり明らかではありません。 |
40:50 | K: あなたは明らかでない。あなたが明らかになるように、それをもっと明らかにしましょう。 あなたは、あの樹を見つめます。 花が満開で、緑の葉、豊かです。 それを見つめてください。 見つめてください。 顔を向けて、見てください。 そよ風が、それと戯れています。 それは、ほとんど舞い踊っています。 あなたはどのように、あの樹を見つめますか。 |
41:27 |
C: どのように、というのは、どういう意味ですか。 K: あなたは、何が見えますか。 |
41:33 |
C: まあ、樹が見えます。 K: もちろん、あなたは、あの樹ではない。 |
41:40 | さて、あなたは、自分自身をそのように見つめますか。 |
41:46 | C: いいえ。 |
41:47 | K: もちろん、そうです。 あなたは、あの樹ではないからです。 しかし、あなたは、自分自身を見つめるとき、どのように自分自身を、見つめますか。 まるで、自分は分離していて、見つめているかのように、ですか。 |
42:09 | A: ええ。なぜなら、私は、自分は恐れていないとか、恐れは「私」でないとか、 考えたいからです。 |
42:15 | K: で、あなたは、自分自身を分離してきました - 自分の恐れより、 自分の心配より、自分の等々より、です。 私はあなたに、訊ねました - なぜですか。 なぜ人類は、あなたと私を含めて、 なぜ私たちは、私より、怒りを分離してきましたか。 |
42:42 | A: 私たちはまたもや、怒りは悪いと考えるよう、プログラムされてきたからです。 |
42:46 | K: それだけです。 さて、あなたは、プログラムされずに、見つめられますか。 |
42:54 | A: 私たちがするよう条件づけられてきたそれらより、離れていなさい、という意味ですか。 |
42:58 | K: もちろんです。私は、子ども時代から、「あなたは、恐れより異なっている」と言うよう 語られてきたのなら - 「ゆえに、それと闘いなさい。 ゆえに、それを征服しなさい。 ゆえに、勇気を出しなさい。 ゆえに、それを回避しなさい」などと、です。 で、子どもの頃から、私は、恐れを、まるで私より離れた何かのように、 見るよう、条件づけられ、訓練され、教育されてきました。 それの結果、この分離の帰結が 何なのかを、見てください。 気をつけて。私に答えないで、初めにそれを見つめてください。 それが何をするかを、見てください。 私は、自分自身をヒンドゥーと呼びます - そうするなら、です。あなたは、イスラム教徒です。 私は、プログラムされてきました。 あなたは、イスラム教徒であるよう、プログラムされてきました。 アラー、コーランすべて。ですね? 私は、違ったさまで、プログラムされてきました - ユダヤ人とアラブ人として、です。 私たちは、互いに殺し合うでしょう。 これは、この分離の帰結です。 で、私が自分自身をユダヤ人と呼び、あなたが、自分自身を、 イスラムの伝統に従う者と呼ぶとき、 私たちは、互いより分離しています。 それは、その分離が、私たちの間に、葛藤をもたらす、という意味です。 私は、ジハードを信じています。 あなたは、その言葉が何を意味するかを、知っていますね - 聖戦です。 私は、殺される中で、殉教者になる。 それはすばらしい。 あなたは、プログラムされてきました - 仮に、「殺すな」とします。 または、あなたは、アラブ人としてプログラムされてきて、私はユダヤ人です。それで、私たちは闘います。 今、見てください。それを、関係づけてください- あなたが自分自身を、恐れより分離するとき、 そこには、葛藤がある。 |
45:27 |
A: でも、なぜそれは起きますか。 K: 私はあなたに言いました。 |
45:31 | A: でも、なぜ私は、自分自身を分離したいのですか。 私が、自分自身をこれらより分離したいのは、全く意図的に見えます。 |
45:37 | K: そのとき、あなたはそれを制御できるだろうし、そのとき、それを抑圧できるからです。 そのときあなたは、それより逃げ去ったり、それを超越したりできるからです。 それは、葛藤です。 |
45:50 | A: でも、どこで私は、それに捕らわれますか。 |
45:52 | K: それは、どこにも、つながらなかったが、あなたは、その伝統が好きなのです。 あなたはそれに、機械的に従います。 |
46:01 | A: または、他方で、それを機械的に拒否します。 |
46:05 | K: そして、怠けて、無気力になる。 気づかわない。 で、あなたは、自分自身を恐れより 分離することの帰結、結果を、学んできましたか。 |
46:24 | C: もしも私たちが、自らがそうしていることに、気づいていなかったなら、どうですか。 |
46:28 | K: 通常の恐れを、取ってみてください - あなたが恐れに、気づいているとき、です。 |
46:32 | C: ふつう、私たちは気づいていません。 |
46:35 | K: ああ、いえ。あなたは、恐れに気づいています - 誰かが来て、あなたを平手打ちする。 当然です。 |
46:41 | C: ええ。でも、私たちが気づいていない感情が、他にも多くあります。 |
46:44 |
K: 私は、何か、あなたが掴まえられるものから、始めています -
あらゆる物事に気づくのではなくて、です。
それは、はるかに後で、来るでしょう。
あなたがそれについて学ぶなら、後で、ではない。 進んでください。
で、あなたは、分離の帰結が、実際に見えますか。
私、ユダヤ人、私の伝統は、四千年に遡ります。
私は、選ばれた民である、等々です。
私は、名のないもの、ヤハウェを、崇拝する、などです。
あなた、アラブ人、イスラム教徒は、イスラム、アラー。
私たちは闘います。なぜですか。
私は、プログラムされてきました。 あなたは、プログラムされてきました。
私たちは、自分たちが分離していると、考えます。
私の神は、あなたの神より、分離している、と。
A: でも、見たところ・・・ K: そうなのでしょうか。それは事実です。 A: ええ。 K: 私は、イギリス人です。 あなたは、アルゼンチン人です。 で、私は、フォークランドへ行って、あなたを殺します。 これを私たちは、何千年もの間、やってきました。ですね? |
48:26 | A: 一つの水準では、私は、それが起こしてきた破壊が、見えます。 でも、もう一つの水準では、私はいまだに、それへ寄与します。 なぜそれは、つづいていますか。 |
48:36 | K: 私たちは今すぐ、それへ行くでしょう。 あなたは、先へ行っています。 |
48:40 |
A: いえ。 K: いえ。 初めに、あなた自身において、分離の帰結を、見てください。 そして実際に、世界で何がつづいているのかを、です。 私はイギリス人だ。あなたはフランス人だ。 22マイル(35km)の(海峡の)水だけが、私たちを、分離します。 私は、イギリスのビジネスマンです。 私は、彼女たちより、 うまく製造する、などと、 虚栄・・・付いてきていますか。 |
49:20 | A: それは、二人の友だちの間でも、起こります。 |
49:22 | K: それが、私が言っているすべてです。 それへ入ってください。 初めに、世界で何が起きているかを、見てください。 それから、起きつつあることを、あなた自身へ、関係させてください。 あなたは、外への基準を持つのでなければ、 判定し、評価し、見つめることはできません。 気をつけて!あなたは、聞いていません! 見てください。ソヴィエト(・ロシア)の(社会主義の)イデオロギー。 それは、マルクス、レーニン、スターリンより、作られてきたものです。 そして、民主主義世界全体です。 で、イデオロギーは分離します。 ですね?学んでください。 で、彼らは、イデオロギーをめぐって、闘っています。 それは何ですか。 社会はこうあるべきだ、という観念。 それで、世界全体を支配する (共産党)政治局を、持っている- (ソヴィエト・)ロシアです。 |
50:42 | A: 社会は、私がそうあるべきだと考えるものであるべきだ、と。 |
50:45 | K: まさしく、そうなんです。 または、私たちみんなが考えるものであるべきだ、と。それは自己利益です。 で、分離の帰結を、見てください。 |
51:07 | B: でも、これらがつづいているのを、何が止めるのでしょうか。 |
51:11 | K: 私は、つづいていることを、止めようとしていませんよ。 初めに私は、私の中でつづいていることを、見なければなりません。 なぜなら、私は、これらへ寄与しているからです - 自分自身をヒンドゥーと呼ぶことによって、です。 あなたは、フィリピン人です。 彼女はフランス人です。彼はアルゼンチン人です。 彼女はイスラム教徒です。いいですね? |
51:29 | A: なぜ私は、それで、他の人物を責めるのですか。 私は、自分もまたそれへ責任があることが、見えないようです。 |
51:34 | K: 私は誰をも、責めません。 私は言います - これが、人類が互いへやってきたことである、と。 |
51:45 | A: いえ。私はこう言っています - 私が自分はアラブ人だ、あなたはユダヤ人だと 考えるとき、私は責めのすべてを、あなたに負わせます。 |
51:51 | K: もちろんです。様々な理由のため、です。 |
51:54 | A: 私は、おそらく自分も、責任があることが、見えません。 |
51:57 |
K: 私は、百年か、二百年か、四百年前に
自分に帰属していたあの土地が、欲しい。
イスラエル人は言います - 「いいかい、私はかつて、この土地を、所有していた 。
四千年前より、はるか昔に、
この膨大な土地すべてを、だ」と。ですね?
で、私はあなたに、
私における分離の結果を、見るよう、頼んでいます -
私は、怒りより異なっている。
ゆえに、私は怒りと闘う、それを制御する、
それを抑圧するとか、それを超越する。ですね?
私の中で、分離がつづいています。
それで私は、自らがその中に生きる世界を、創り出すのです。
明らかですか。 A: ええ。 |
52:57 |
K: 社会は、私により、創り出されています。 A: 幾つもの私によって、です。 |
53:02 | K: あなたによって、です。あなたにより、私のおじいさん、私のひいおじいさんによって、です。 私たちはみんな、「私」が先です。社会も、です。 私たちがそれを、創り出してきました。 ここに変化があるのでなければ、私はそこで変化させられません。 あなたは、話していません。 あなたはただ、「はい」と言っているだけです。 |
53:28 |
A: でも、あなたは再び、変化と言われました。 K: 見出してください。 |
53:32 | B: それはどういう意味ですか。 |
53:34 | K: 訊かないで。私がいうのが、どういう意味かではない。「それはどういう意味ですか」と、 |
53:37 |
けっして言わないでください。 A: あなたがその言葉を、使われました。 |
53:39 | K: 私はあなたに、訊ねています - 分離が何をするのかの事実が、 あなたは、実際に自分の心、頭脳で、見えますか。 私は結婚します。 セックスすべてとそれらです。 私は、とても野心的です。 または、攻撃的です。 私は、進んでいきたい。お金を稼ぎたい。 良い職、良い車が欲しい。 私は、昇進したい。 私の妻もまた、違った方向で、 同じことをしたいのです。ですね? で、私たちは、すでに分離しています。 で、その分離の帰結は、 私は、自分のセックスとそれら、家の快適さを、楽しむのかもしれませんが、 私たち二人は、分離しています。 ゆえに、私たちは、互いにいがみ合っています。ですね? |
54:45 |
理解できますか。 C: ええ。 |
54:46 | K: 「ええ」と言わないで。 あなたは実際に、これが事実として、見えますか。 または、「ええ。私は全くあなたに同意します。進みましょう」と言いますか。 |
55:01 | D: クリシュナジ、私の問題は、私はそれが外側で起きつつあるのが、見える、ということです。 私は、それが他の人々へ起きつつあるのが、見えます。 しかし、どうやら私は、自分自身にそれを見るのが、難しいと思います。 |
55:13 |
K: なぜですか。 B: 分かりません。 K: 何も難しいと受け入れて、難しいままに、留めておいてはいけません。 それはまるで、難しいことであるかのように留めておかずに、 それが何をするかを、見てください。 初めに、世界で何が起きつつあるかを、見てください。 アルゼンチンとイングランド。 それは、とても単純です。 |
55:31 | D: ええ。それは分かります。 それは自然だと思われます。 |
55:34 | K: あなたが、自分の恐れより、反応より、自分がすることより、 自分自身を分離するとき、何があなたへ起きつつあるかを、見てください。 それはまさしく、同じことなのです。 |
55:48 | A: 二つの抗争する動きが、つづいています。 |
55:53 | K: 抗争する動き - あなたは、それからです。 |
56:03 | A: 私は、それらどちらの動きでもある、と? |
56:05 |
K: もちろんです! A: わぁ! |
56:18 | K: それが見えますか。あなたたちが構わないなら、私はこれより、動かないでしょう。 それがあなたの中で、実際でないかぎり - すなわち、あなたは、分離するとき、 自分自身に、矛盾した動きを、もたらし、 ゆえに、葛藤をもたらしつつある、と。 あなたにとって、これを見るのが、なぜこんなに困難なのか、私には分かりません。 |
56:48 | C: 私たちは、例えば、自分の怒りについても、同じことをする、と、仰っていますか - 私たちは、それを押しのけたい。 私たちは、それを抑圧したい。 私たちは、他の国から誰かについても、同じことをする。 私たちは、「彼はイギリス人だ」と言う。 それで、私がしたい・・・ |
57:01 | K: 分離 - 理解できますか。 それは分割です。 私はイギリス人だ。あなたはフランス人だ。 私は、ものすごい帝国を持ってきた。 あなたも、そうだ。 私は、自分の伝統が、とても誇らしい。 あなたも、そうだ。 私たちはどちらも、象徴を崇拝する- キリスト教の、です。 でも、私たちは進んで、互いに殺し合おうとしています - 経済的に、その他すべてで、です。 または、様々な領土目的のために、です。 イングランドは、一時、フランスに大きな権益を、持っていました。 |
57:51 | A: なぜ私は、自分は他のあらゆる人より、良い、と考えるのですか。 |
57:55 | K: それは、あなたの虚栄の一部です。 あなたの攻撃性の一部、 あなたの伝統の一部です。 先日、テレビで見ましたか - 「ドイツの信頼性とイギリスのノウハウ」です。 理解できますか。 まるで、ドイツ人はノウハウを知らなくて、 私たち、イギリス人だけが、ノウハウを知っているかのように、です。 彼らはとても信頼できるが、私たちは・・・付いてきていますか。 分離の感覚、虚栄の感覚。 ドイツ人は、あなたと私が知っているほどに、ノウハウを知っています。 さもないと、彼らは車を、組み立てられなかったでしょう。 アメリカ人もまた、「私たちはノウハウを持っている。 私たちのほうが良い」と言います。 |
58:54 |
A: でも、それはどこから、来ますか。 K: 見出してください。 |
58:58 | A: それは、私たちが生まれた瞬間から、私たちの中にありますか。 |
59:01 |
K: たぶん少しは、ね。 A: 遺伝子的に、という意味ですか。 |
59:07 | K: 私の父は、あなたのより良い、と。 |
59:11 | A: 私は赤ちゃんであるとき、そのように考えません。 |
59:13 |
K: そうではない。それは、ゆっくり始まります。 A: 何年もかけて、です。 |
59:19 | K: 伝統。伝統は言います - あなたはイギリス人だ。 イギリス人らしく振るまいなさい。 自分の伝統を誇りなさい。 あなたは、ものすごい帝国を、持っていた。 今あなたは、縮小しているが、いまだに・・・憶えておきなさい、と。 |
59:37 | C: でも、あなたが子どもであり、両親が、あなたに語るときも - あなたが若いとき、あらゆる人が、 「何て彼はすばらしい。 見なさい。彼は、これとあれをしている」と 言うからです。 そのときあなたは、それが誇らしくなる。 |
59:48 | K: それで、あなたは、学んでいますか。 この議論から、 この対話から、 あなたは、学んでいますか。 または、ただ記憶していますか。 違いが見えますか。 もしあなたが、「ああ、そうだ。 私は学んできたが、私は変化したくない。 今の私のまま、続けていくことは、結構だ。私は葛藤が好きだ。 私はこの闘争が好きだ」と言うなら、続けてください。 それが、いずれにしても、世界がやっていることです。 あなたは、一人で立つことに、怯えているかもしれません。 で、どうぞ、私はあなたたちに、大変尊敬をこめて、お願いしています - これらから学んでください。 逆戻りして、「それは私の古い伝統だ」と言わないでください。 これらに気づいてください。 |
1:01:17 | A: で、私たちは、学びが何でないかを、見つめましたが、 学びのこの動きは、何ですか。 |
1:01:25 |
K: なぜ私に、訊ねるのですか。 A: 私は知らないからです。 |
1:01:28 | K: 私たちは、一時間を使ってきましたが、あなたはまだ、訊ねています - 学びとは何なのか、記憶とは何なのか、と。 |
1:01:35 | A: いえ。私たちは、学びが何でないかについて、語ったと、私は言いました - すなわち、それは記憶ではない、 それは、知識の蓄積ではない、と。 |
1:01:43 |
K: ゆえに、それが何なのかを、見出してください。 A: 私は知りません。 |
1:01:47 | K: 知るでしょう。「私は知らない」と言って、そこに留まらずに、動いてください。 私はあなたたちに、言いました - (スペインの画家)ゴヤは、何を描いた後か、知りませんが、 彼は、九十二か九十になるまで、 「私は今も学んでいる」と、言いました。 あなたがそれへ入るなら、それは、すばらしい発言です。 |