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BR85DSG1.1 - なぜあなたは、聞かないのか home
小集団の討論会 第1回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1985年10月14日


0:18 メアリー・ジンバリスト: 世界中で、繰り返し 出てくると思われる問いが、 あります。 私たちはあなたに、お好きなだけ深く、それに入って くださるのかどうか、お訊きしたいと思います。 その問いは、人々の精神に、あるように、 思われます - あなたの教えを、 本当に研究し、どうかを自らが知るほど 深く、入ってきた人たちの(精神に)、です。 その問いは、何かが起きない、 ということです - 自らが知的水準と 考えるだろうものを、 越えさせてくれる、 一種の爆発が、ない、と。 私たちが入っていけるだろう 変化の要因が、何かありますか。
0:55 K: これは、何度も何度も、 訊ねられてきた問いであったのです。
1:01 スコット・フォーブス: はい、クリシュナジ、私は お邪魔して、また、この問いに相関的なことを、 お訊きしてもいいですか。 すなわち、 あなたの教えから来ている素材のすべて、 本とヴィデオ・ テープと オーディオ・テープのすべて - 自らは、それらに、どう接近できますか。 または、それらと、どんな関わりを持ちますか - それで、それらが本当に、 違いを出すし、 それがただ、もっと知的化するとか、もっと 知識を集めるだけではないように、です。 そして、自らが、これをどう 聞くのかさえも、です。
1:32 K: 私たちは・・・Kは、初めの問いに 答えますか。または、あなたの問いに、ですか。
1:37 SF: それらは、関係した問いであるかも しれないと、思われました。
1:41 K: 分かります。 SF: はい。 K: 初めの問いは - この問いは、世界の色々な 地方で、訊ねられてきました - なぜ、関心を持って真剣である 人たちのみんなにおいて、 爆発が、何か全然違ったことが、 起きつつないのですか。 それは正しい問いであるのか どうかと、思われます。 なぜ、何かが 起きるべきでしょうか。 何かが起きるべきだとの、この期待は、 全く間違っているかもしれません。 私はただ、それを、あなたたちと 話し合っているだけです。 たぶん、かなり些細に 聞こえる何か、 それは、とても真剣に表されるかも しれませんが、それは適当ではありません。 2:57 なぜ、何かが 起きるべきなのでしょうか。 爆発として、さらなる 明瞭さとしてか、あるいは、 何か、頭脳がけっして 占有されていないもの、 何か、頭脳が 知悉していないもの、などです。 それは、正しい問いですか。 私は、 私自身とあなたたちに、訊ねています。 それは、正しい問いですか。 または・・・言わせてください。 または、何かが 起きるべきだとの、この期待は、 全然、間違っているかも しれません。
3:50 MZ: あなたは、期待がそれを阻止するかも しれないと、提起なさっていますか - または、何かが、 あるべきではない、と。
3:57 K: それは、阻止する だけではなく、また、 頭脳は、何か自らが調理して こなかったものを、期待できますか。
4:13 MZ: あなたは、変化について、 大変多く話してきました - 変化の必要性、緊急性、 変異について、です。  

K: はい。 MZ: これは、私たちがみんな、 様々な程度に、知っているものより、 何かきわめて違ったものを、 含意しています。
4:27 K: あなたが何を仰ろうとしているのかを、 私は理解できません。
4:29 SF: あなたは質問をされます - なぜ私たちは変化しないのか、と。 そして、あなたは、変化の緊急性と、 変容することの必要について、話されます。 けれども、私たちは、 そうしません。
4:38 K: 私は、私たちがむしろ、それに 拘ることを、提起してもいいですか - 「何かが起きない」 よりも、です。
4:46 SF: 何に拘りますか。
4:48 K: なぜ、人間たちは、あなたや 私やジンバリスト夫人は、 なぜ私たちは、自分たちに変化が ないのかを、見出しませんか - 何かが起きる、爆発して、変化を もたらすのを、期待するよりも、です。
5:11 MZ: 私が思うに、人々は、自分たちが これへ懸命に働いてきたと、感じるのです - 彼らは、読書して、研究し、 聞いてきたのです。 K: それもまた、間違っているかも しれません。 
5:16 MZ: どうしてですか。
5:19 K: あなたは、懸命に やってみられません。
5:21 あなたが、懸命にやってみて、自分の時間と エネルギーすべてを、何かへ注ぐなら、 それは、これらの僧侶、修道士の 一人のように、なります。 世界中の僧侶、修道士、 サンニャーシのように、です。 彼らは、ものすごく努力をしています。 計算不可能な努力を、しています。 彼らは、祈ります。 朝に起き、あらゆる 種類の拷問をして、経てゆきます。 そのすべては、全的に、 大事でないかもしれません。 で、私は、訊ねています - あなたたちもまた、訊ねていませんか。 私たち人間が、根本的に 変化しないのは、なぜですか。 そのほうが、重要であったと、 私は思うでしょうね - 何か新しいことが起きるのを 期待するより、です。 それは、ばかげています! 
6:30 SF: ええ。 それが根源的に、私たちの問いです。 なぜ私たちは、根源的に 変化しないのですか。 私たちは、自分たち、ここの、 あなたたちの前の二人が、 なぜ根本的に変化しないのかと、 言うことさえ、できません。 なぜなら、それは、疑いもなく、 誰にとっても、同じであるからです。
6:43 K: なぜですか。 なぜあなたは、または、彼女は、 根源的に変化しませんか。 または、変化は、時を、含意しています - これから、あれへ、と。 ですね? 私たちは前に、また それをも、言いました。
7:12 SF: ええ、それは、あなたが話して こられた、なっていくことです・・・
7:16 K: どうか、話を 終了させていただけませんか。 変化は、時を 含意しています。 一つの部屋から、もう一つへ変更する、 もう一つの部屋へ行く。 私なるものから、 私のあるべきものへ、変化する。 それらすべての尽力、それらすべての 試みは、時を、含意しています。 長い時か、あるいは、 短い時でも、です。 私たちは、変化について話をするとき、それに 間違った接近を、しつつあるかもしれません。
7:54 MZ: クリシュナジ、私は、これについて真剣で あった人々の弁護で、言ってもいいでしょうか - すなわち、彼らは、時を 補助として使っていないことを、です。
8:05 K: ええ。私は、 補助として言っていません。
8:10 変化という言葉こそが、時を含意して います。 MZ: そうですか。 
8:12 K: ええ。 何への変化ですか。
8:15 SF: ですが、あなたがその問いを訊ねてきた とき、それは、時を含意していません。 K: ええ。 
8:31 SF: さて、ここでクリシュナジ、 あなたの前には、誰かがいます。 なぜ、この人物は 変化しませんか。 K: 何への変化、 何からの変化ですか。
8:34 SF: その人物なるものから、です。 それは明白に・・・
8:39 K: すると、お訊きしてもいいですか - スコット、なぜあなたは、変化しませんか。 私は、よろしければ、その言葉を 使いさえしないでしょう。 同じ言葉を反復しつづけることは、 危険であると、私は思います。 そのとき語彙は、 単調で無意味になります。 私たちは、その言葉を、 変化させられるでしょうか - その言葉を、そもそも使わない、 ということです。 
9:05 SF: いいです。
9:06 K: そして、それを 違ったように、見つめる。 あなたは、そうするでしょうか。
9:12 SF: はい、もちろんです。
9:14 K: すなわち、私は、私なるものです。 すなわち、私は怒っている。嫉妬している。 憎んでいる。 嫌っている。 痛み、楽しみ、悲しみと、 そのすべて、ですね。
9:30 SF: はい。
9:34 K: 私はそのすべてであることを、私は 悟りますか。または、あなたは悟りますか。 他の実体は、ありません。 何も優った ものや、劣ったものは、ありません。 上の自己や下の自己、試みている者は ない。 私はそれです。 あなたたち二人は、それを 悟られますか。
10:02 MZ: クリシュナジ、その「悟る」と いう言葉こそに、何かが、あります。 なぜなら、自分が それを悟るからです。 K: あなたは、それの事実が、 見えますか。 
10:08 MZ: 事実が見えます。
10:09 K: 待って。それですべてです。 ちょっと止まってください。
10:12 あなたは、事実が見えます。 そのとおりです。 さて、よく気をつけて、 それに入ってください。 あなたがいう、それを見るとは、 どういう意味ですか。 事実が見える。 そこに多くの 本があるとの事実を、見る。 MZ: 見えませんか・・・ 
10:37 K: 私は、 きわめて明らかでありたいのです。
10:39 あなたが、「見る」という 言葉を、使うとき、 あなたは、それの観念が、見えますか。 または、それの現実が、ですか。 まだ私に 答えないでください。 あなたは、見えますか。 そこにあります。 または、あなたの頭脳の裏には、それは あるべきでないとの観念が、あります。 または、自分は それに満足していない、と。 または、それはあるべきでないとの 一定の衝動が、あります。 なぜなら、それが私たちの伝統であり、 それが、私たちの教育全体であり、 あらゆる物事が、そこに 関与しているからです。 あなたは、私たちは、それを 見つめられるのでしょうか。 すみません - あらゆる形の非難や 承認を、拭い去れるのでしょうか。
11:49 MZ: 私は、この叙述が見つめること であるのかどうかを、お訊きできますか。 私にとって、それは、その瞬間に行為が 起きつつあるのを、見ることです。 K: 十分です。 
12:01 MZ: それが 精神の中で、何であっても、
12:02 その瞬間に起きつつ ある感情を、です。 善し悪しや他の何の特定をすることも、 それを変化させることもなく、 ただ、それが 起きるのを、見る。
12:12 K: ゆえに、戻ってゆき、なぜそれが 起きるのかを、見なくてはいけません。
12:15 MZ: はい。 K: なぜ、それを 動かそう、それを変化させよう、
12:17 それを制御させよう、それを 軽蔑しようとのこの衝動、ですか。
12:25 SF: 自らがそれを見つめるとき、それは明白 です - これらの物事は正しくないことが、です。
12:30 K: それが、私が異議を 唱えていることです。
12:33 SF: それらは、自分の生と自分の まわりに、混沌を引き起こします。
12:35 K: いいえ。私は、それは混沌だと、 感じたくありません。そうなのです。
12:40 SF: そうですし、それはめちゃくちゃです。 K: それがすべてです。そうなのです。
12:43 SF: ええ、そうです。 K: それは、衝動や、非難的な態度や、
12:46 そのとおりだと受け入れる ことではありません。
12:48 SF: ですが、そこに・・・ 判断なしに、ですか。
13:02 K: それが、私が訊ねていることです。 SF: そうです。それはどうやら
13:06 不適当であるとか、それは正しくない ことを、ただ見ることです。
13:07 K: いいえ。あなたはすでに、 非難の視点を、取りつつあります。
13:11 SF: 非難の、ではなく、そのものを ありのままに見ることの、です。
13:17 K: ありのままに。 そこで止まってください。
13:19 MZ: 私は、あなたの問いに 戻っていいですか。
13:21 あなたは、その裏に 何があるかが、見えますか - なぜそうなのか、 その過程は、何なのか。 それは、たやすく知的なものに、 なりえます。 
13:33 K: いいえ、いいえ。 私は、これらの知的な言葉を、 どれも、使わないでしょう。 MZ: が、そこで、それは危険です。
13:41 K: 私にとって、これは事実です。
13:46 そうなのです。 有るものが、ある。 そして、他の動きは、ありません。
14:02 MZ: しかし、あなたは、 何がそれを引き起こしつつあるかを、 見ることを、提起されました。
14:05 K: 私はまだ、それへ入ろうと さえしていません。 初めに、私たちは、悟りますか。 見るか、観察しますか - どの形の受け入れや、 受け入れないことも、 脳細胞自体に、 存在していないことを、です。
14:26 SF: 私はここで、 利巧であろうとしていません。 が、有るものの一部、 自分自身の条件の一部は、 物事が正しくないとの、 この感覚です。
14:43 K: それが、私が異議を 唱えていることです。
14:45 SF: そのとおりですが、物事が 正しくないとの感覚を持つことは、 正しくないと、私が 言うことになるならば、 それは実際に、それを 創り出しています。 自らのあり方は、判断の感覚を持って いるか、非難の感覚を、持っています。
14:59 K: いいえ。それはすべて、 私たちの訓練、私たちの条件づけです。 人の歴史についての私たちの感覚です。
15:05 SF: でも、それが、自らのあり方です。
15:08 K: で、私は言います - 初めに、あなたがその すべてを、持ち込んだことを、見なさい、と。 私は見ます - 事実は、私は このすべてであるのだ、と。 それがすべてです。 私はそれを 主張しています。すみません。 あなたは、背景の反応を もう一つ、持ち込みつつあります。 すなわち、私たちは、訓練され、 教育されているのです - これは正しい、これは間違っている、これは あるべきでない、これがなければならない、 これが理想である、これがレーニンや誰かが 教えたことだ、と言うように、です。 私は、そのすべてを拭い去って、 出発したいのです。 SF: それは、変化を含意していますか。
15:52 K: 私は変化について、何も知りません。
15:54 SF: が、それのすべてを拭い去る ことは、一種の動きなのでしょう。
15:57 K: 私は、これは正しいとか間違っている とか言うことへ、異議を唱えています。
16:02 または、これは正確である、これは 偽りであると認めることへ、です。 そうなのです - あなたは、 ブラウンの靴を、履いています。
16:15 SF: ええ、ですが、あなたは、非難することは 不正確であると、仰っているのか・・・
16:20 K: いいえ、あなたは、 「これは正しい。これは間違っている。 これはあるべきだ・ ・・」と 言うとき、見えますか。 それは、有るものへの介入です。 それが、私が言っているすべてです。 私は、他の何をも、 言っていません。 あなたは本当に、有るものへ異議を唱えて います - それらを持ち込むときに、です。 SF: はい。 
16:44 MZ: 「有るもの」に ついて、お訊きしてもいいですか。 私たちが話をする、ふつうの種類の情動を、 取ってみましょう - たとえば、怒りです。
16:53 K: 私は怒りです。 私は怒っています。
16:56 MZ: それが何であるかを、見つめる - それは あの瞬間に、それを感じていることです。 それは、「私は怒っている」と言うこと ではない。それは、事実の発言だけです。
17:03 K: 私は、怒ってきました。 それは、事実です。
17:06 MZ: それは、あの瞬間に それを感じることと、 精神と身体に、あの怒りの 活動を、見ることです。 それが、あなたが仰る意味ですか。
17:15 K: いいえ。私がいう意味ではない。 「それが、あなたが仰る意味ですか」 といった、そのような質問を、 私にすることは、 間違っています。 なぜなら、あなたがいうのは、 どういう意味ですか、 私がいうのは、どういう意味か、Kが いうのは、どういう意味か、ではなく、 あなたがいう、怒りの一瞬に 気づくとは、どういう意味ですか。 それが、含意 されていることです。 それは、弾け出します。

MZ: はい。 
17:45 K: いいですよ。
17:47 そのとき、二秒後に、あなたは、 それはあるべきでないと、言いますね。 または、怒ることは正確であった。 怒る ことは合理的であった、などと、です。 それは、後に来ます。 怒りの瞬間に、 そこに関与した「私」は、 まったくありません。 それは、反応だけです - アドレナリン すべてが、作動しはじめます。 いいです。 後で私は、それを非難するか、 それを合理化するか、しはじめます。 SF: きわめて速く。
18:30 K: きわめて、ね。
18:31 MZ: が、その前に あなたは、それを認識します。
18:32 「怒り」と言います。 あなたは、それに名付けます。
18:36 K: もちろんです。 私は怒っていました。 私はまたそれに、名付けても きました - 即時に、です。
18:43 SF: すると、私たちは 戻ってこられますか。私たちは、 自分たちが何であるかを、非難することや 判断することなく、それが見えますか。
18:52 K: あなたがそれをできるのか どうかを、ただ見てください。 あなたがそれをただ観察できるのか どうかを、ただ真剣に考慮してください - 観察があるのかどうか・ ・・ あなたが観察するのではない。 何の反応もなく、観察が、 あるのかどうか、です。 それが、変化です - あなたが、 その言葉を使いたいなら、です。
19:26 MZ: 私は訊ねていいですか - まさにその瞬間、その観察において、 怒りはやはり、流れています。 それはやはり、起きつつあります。 K: いえ、いえ、いえ。それは去ってしまい ました。 
19:33 MZ: それは去ってしまった?
19:35 K: もちろんです。 MZ: いつそれは、去りましたか。
19:36 K: あなたが、それは正しいとか、 間違っているとか言うとき、です。
19:38 MZ: いえ、いえ、 私はそう言っていません。
19:39 あなたは、それを感じるなら、あなたは、 「怒り」と言います。 K: はい。
19:41 MZ: そのとき、それは、去りますか。 または、あなたがそれを・・・
19:45 あなたはそれを感じます。 その感じを去らせて・・・
19:47 K: それは、去ってしまいました。 MZ: あなたはそれを、いわば破棄しません。
19:53 あなたが、それは怒りだと言った 瞬間、ですか。 K: ええ。
19:55 MZ: それは、去ってしまいました。 K: もちろん、それは去ってしまいました。
19:59 あなたは、あの特定の反応に関して、 その言葉を、たびたび使ってきました。
20:00 それは、すばやく出てきます - 「私は怒っていた」と。
20:02 MZ: で、それは、 あの瞬間に去ったのです。
20:19 K: 去ったのではない。 それは、そこにありません。
20:21 あなたは、この「去った」という言葉を、 使っています。それは、ありません。 私はあなたに、あなたがしていない 何かを、するよう、頼んでいます - 私が 要望していいなら、です。 あなたは、 怒りや嫉妬を、見ます。 あなたは、その、嫉妬の生ずること、 因果、それらを、観察します。 それは、きわめて ありふれています。 私が提案してよろしいなら、 それを非難しないでください。 「それは正しい。 それは間違っている。私は すべきだ。私はすべきでない」と言わずに、 あなたが、何の判断の感覚もなく、 その感情に留まれるのかどうかを、 ただ見てください。
21:18 SF: あっ! 火災警報です。 私たちは、事実への観察を、持って います - 何も判断なく、何も・ ・・ K: 反応なく。
21:35 SF: すると、何ですか。
21:37 K: それは、事実ですか。または、 「すると、何?」だけですか。
21:41 SF: こう思われますね - あなたがその質問 「私がそうするなら・・・」を、するとき・・・
21:44 K: いいえ。私は、何をも 提案していません。
21:50 私は、言います - あなたは、 事実を、実際に観察しますか。 自己の動きを、頭脳の、 自意識的や無意識的な状態を、 自分はそれであるとの 感じを、観察しますか。 あなたは、自分の前に、その現実的な 実在、真理や事実を、持っていますか。 そして、あなたは、 それを観察していますか。 または、「それで やっていこう」ですか。 残念ながら、あなたたちは、こう 含意しておられると思います - 「はい、私は理解します。やって ゆきましょう。次は何ですか」と。
22:41 SF: でも、あなたが、 その質問をされるなら、 そして、答えが、いいえ、であるなら、 - それが、含意されていることです - そのとき次の問いが、あります。
22:49 K: 私は、いいえや、はいを、訊ねていません。
22:51 SF: ええ。が、あなたは私に、あの質問を なさっています。私がもし、いいえと言うなら、 私の次の問いは、そのとき、 「では、なぜか」です。
23:00 K: なぜあなたは、事実が見えませんか - 虎や、それが何であっても、 樹や、あなた自身の敵対や、 好き嫌いなどが、です。 なぜあなたは、何の反応もなく、 それらが見えませんか。 いいえや、はい、私はできる、 私はできないと、言わないで、 なぜあなたができないのかを、ただ見出して ください - あなたができないなら、です。
23:34 MZ: ですが、お訊きできますか。 その見ること、その観察は、 多くの人々において - 私自身を含めて、 ですが - 知的でありがちです。 それは、ずっと、それが 見通せていることではありません。
23:50 K: それが、私が論駁している、 あなたのもう一つの発言です。 それは、知能とは 何の関わりをも、持ちません。
23:56 MZ: それはしばしば、 そのように出てきます。
23:59 K: いえ、それは、あなたが事実より離れ 去ってしまったことを、意味しています。 事実は、これが青いセーターであること です。 そのとき私は、それを見つめます。 私は、「私はそれが好きでない。 ボタンが間違っている。 それは、正しい所からのではない ・・・」を、持ち込みません。
24:15 SF: はい。それを、絶対的に 単純にいたしますと、 これは、何か自分がすることではない。 自分は、填まり込んでいます。
24:23 K: いいえ。自分は 填まり込んでいません。 あなたは、言葉を使って、発言を していますが、私はそれに・ ・・ それは私には、何一つ意味がありません。 あなたは、填まり込んでいません。
24:35 MZ: 青いセーター。あなたの精神、 眼は、色の波長が何であれ、見ます。 あなたの精神は、それを同定します - 「青い」と「セーター」と。 で、それは、純粋に 知的な応答ですが、 この内側の自分自身は、 全く違っています。
24:50 K: さて、同じ波長とか、どんな 言葉が好きでも、沿って動いて、 なぜあなたが、反応なく、自分自身を 見つめられないかを、見出してください。 それに入ってください。 あなたは、それに入りません。
25:09 SF: 自分は、 しようとしています。
25:12 K: いいえ、あなたは、していません。 あなたは、しようとできません。 あなたはただ今、しようとすることなく、 認めました - あなたはそのすべてです。 ですね? あなたは、それを認めました。
25:22 SF: はい。絶対に、です。
25:24 K: さて、あなたは、 戻っていって、言います - 「私は、これらの因果を 見ようとしている」と。 それは、きわめて単純です。 
25:32 SF: 私は、 絶対的な馬鹿なのかもしれませんが、 長年、お話を聞いてきて、 本を読んできました・・・
25:43 K: そうしないでください。 そうするのを、止めてください。
25:46 SF: が、自分がすることの すべては、ですね、 なぜなら、自分は、何かこのような ことの必要性が、見えるから・・・
25:52 K: いえ、いえ。何かへ 逸れていかないでください。 スコット、私が提案してもよろしい なら、この点に拘ってください。 なぜ、これらの反応が、 優勢なのですか。 なぜあなたは、自分の怒りを 見つめられませんか - それが何であっても、 何の判断もなしに、です。 はい、私は怒ってきました。 そのとおりです。 私は、嘘をついてきました。 そのとおりです。 私は、あの女が嫌いだ、とか、 私はあの男が好きだ、とか・ ・・ なぜあなたは、他の物事すべてを、 持ち込まなくてはいけませんか。 Kは、こう言っています。 なぜなら、 彼は実際にそうしてきたからです。 彼は、自分がそうしてこなかったなら、 それについて、話さないでしょう。 それは、愚かで、 偽善的でしょう。 で、私は、あなたたちお二人に、訊ねて います。 あなたは、事実が見えますか - 何も背景の応答、 その他すべてなしに、です。 そしてあなたは、それより 動きつづけます。
27:17 SF: いいえ。ひどく聞こえるのを、承知の 上で、自分はそれをしてきたと思われます。
27:25 K: ああ、私は それを疑います。
27:27 SF: 同意します。なぜなら、 何もそこより、来ないからです。
27:29 K: 私を問うてください - なぜ私は、それを疑うのですか。
27:31 SF: 私もまた、それを疑います。なぜなら、 それより、何も続いてこないからです。 けれども、自分が、そのものを見つめるとき、 それが、自分がしていることだと、思われます。
27:39 K: あなたは、このすべての話なしに、 実際に聞けるのでしょうか。 そして、「私はしている。 私はしていない」と言わずに、です。 あなたは、自分自身の中の何かが、実際に 見えますか - 背景の何の応答もなく、 何かあなたが自分自身の中に 見てきたことへの 以前の判断、以前の評価や低評価 何の感覚もなく、です。 そうね、それが、私たちが填まり込んでいる ところです - さらに進むのではない。 SF: 同意いたします。 
28:27 K: 私にとって、 何もさらには、ありません。
28:31 より多くや、より少なくや、 より良くも、です。 そのすべてが、測量を、含意しています。 測量は、時を、意味しています。 そして私は、「何だ。 なぜ私は、これらを 持つべきか。そのとおりだ」と、言います。 誰かが、私を叩いたのです。 そのとおりです。 なぜ私は、そこへ、自分の 特定の反応を、持ち込んで、 「私は、私に無礼だったあの男や女が、 嫌いだ」と言うべきでしょうか。 はい、彼らは無礼でしたし、 通り過ぎます。 これは本当に、きわめて 重要であると、私は思います - あなたがそれに静かに入るなら、 です。 「それは不可能だ。 私はやろうとしてきた。やろうとして こなかった」と、その種類のことを言わず、 29:29 もしも、あなたが、 少しの時間を使って、 なぜ、この常なる背景の騒音かを、 見出せたなら、です。 あなたは、そこに何か 本当のものを、見つけるでしょう。 すなわち、まず第一に、 記憶が作動しています。 あなたは、前に千回か、 前に二回、怒ってきました。 で、記憶は、「あれは怒りだ。 それを 切り捨てろ。それは悪い」と言います。 で、記憶が、 問われているのです。 そのとき、記録することが、 問われています - 理解されますか - いかに頭脳が、 以前の反応を記録し、 以前の反応を 反復しつづけるのか、です。 30:36 私は、怒っていました。私は、 それの感じを、知っています。 私はまた、アドレナリンが表面に上がって くる、などなどをも、知っています。 それは明白です。 が、 それは、進んでいきます。 で、私は、あなたに 訊ねています - 何の認識の感覚もなく、 それを見つめてください。 仮に、私は 叩かれた、とします。 ひどく、です。 私はそうでした。 Kは、そうでした。 そして、翌日、それは、 そうだったままなのです。 言っていることを、理解されますか。
31:42 SF: それは、跡を残していません。
31:43 K: さもないと、私は、 居られませんでした。 ああ、いいえ。 さもないと、ではない。 それは、起きませんでした。 私は、出来事の前と同じく、 仲良く、寛大でした。 で、なぜ頭脳は、このことを、 つづけていきますか。 記憶と、「あなたは、私を叩いた。 ゆえに、 私はあなたを、叩かなければならない」と。 「私はあなたを、叩いてはならない。 なぜなら、 私は一定の観念を、持っているから」などと。 それは、すべて、 錯綜しています。 それは、きわめて、きわめて 単純である事柄です。 これに答えてください。 きわめて単純であることや、 単純さは、反対なのかもしれません。 または あなたは、その言葉こそに、異議を唱えます。 なぜなら、私たちは、 高度に教育を受け、高度に 洗練されているからです - どの言葉を使いたかろうと、です。 私たちは、あるがままの物事の、この 本当の単純さを、失ってしまいました。
33:11 SF: でも、あなたはまた、それがただ進んで いく意味での単純さをも、言っておられます。 それは、何一つ、 持ち運びません。
33:17 K: 物事を、きわめて単純に、あるがままに 見つめる。ええ、それらはそこにある。 私は怒っていた。 ええ、 全くそのとおり。終了しました。 なぜ私は、それについて、 これらの長話へ、入るべきですか。 あなたは、私に語ります - あなたは、それをできますか。 やってみる、ではない。 そのとき あなたは、去っています。 私は、習慣を作ってきました。 何か習慣を、です。 私はそれを、止めてしまえますか - きわめて きわめて短い時間を、与えられて、です。 来る日も来る日も、来る日も来る日も、 来る年も来る年も、続けていかないで、です。 進んでください。 それが、私の問題です・・・ それが、あなたが異なった形で 訊ねている問いです。
34:10 SF: はい、その単純さが、 そこにないなら、 その教育が、その洗練が、或る意味で すでに頭脳を錯綜させてきたなら・・・
34:18 K: それは、そこにあります。「それは そこにないなら」と、言わないでください。
34:22 SF: その教育、その洗練。 K: それは、そこにあります。
34:24 SF: そこにあります。で、 その単純さは、そこにありません。
34:26 K: それが、私が言っているすべてです - それは、そこにありません。
34:28 SF: そのとき、何が・・・ K: 何もしないで ください。それは、そこにありません。
34:32 SF: 私は同意します。それは、そこにありません。 K: ゆえに、それを見つめてください。
34:34 それは、そこにありません。 それに留まって、
34:37 何が起きるかを、見てください。 あなたはそうしません。
34:39 あなたは、動いて去るし、「それがあるべきだ。 なぜ私は単純でないのか」等々と、言います。 SF: それに留まることは、ほぼ、あまりに 単純すぎます。 
34:54 K: そうなんです!
34:55 なぜなら、私は思いますが、あなたは、 本当の意味で、とても単純であるなら、 その単純さこそが、大いなる 微妙さを、持っているからです。 高度に教育された頭脳や、 その種類の何の、微妙さでもない。 大いなる単純さの 裏に潜む、微妙さです。 この主題から、他の何かへ 動きましょう。 私たちは、話そうと していましたね。 何も個人的な探査なしに、 私たちは、私たち自身について、 話そうとしていましたね。 SF: そうです。 

MZ: はい。
36:13 K: あなたは、そうしていますか。
36:17 SF: そう感じますね、はい。 自分はしようとして・・・
36:20 K: あなたは、どうかが見えますか・・・ 「感じます」と言わないでください。
36:22 または、あなたは今、「ほら、私は自分自身に ついて話したいな」と、言うのでしょう。 SF: ええ。私はそうだったのです。
36:32 K: さあ、そうしてください。
36:35 SF: でも、私は・・・ K: 私は あなたにお話ししましょう。
36:38 あなたは、幾つかの習慣を 持つよう、縛られています。
36:40 いいですか? 長く確立しされています。 おそらく、あなたの 子ども時代からです。 私はそれを、あなたに 指摘するかもしれません。 あなたは、それを止めるでしょうか。 全面的に、その習慣を破るでしょうか。 一定の短い期間の中で、です。
37:10 MZ: これは、他の問いに きわめて近いと、私は思います。 なぜなら、またもや、あなたは 「ええ、もちろん」と言うからです。
37:18 K: あなたは、外れていますよ。 私はお訊きしていますが、
37:22 あなたは、それより動いて、 離れつつあります。 SF: 私たちが、その問いにただ 留まれるなら、です - 「あなたは、 それからすばやく動いて、離れるでしょうか。 または、短い時間に、ですか」と。
37:32 SF: 何により、それは 起きるのでしょうか。
37:34 K: それについて、とても単純でありましょう。 私は習慣を、持っているかもしれません。 あなたは、私の友として来て、「後生ですから、 その習慣を持たないでください」と、言います。 待って、あなたは、 聞いていません。 私はあなたに、言うでしょう - 「私に その習慣を示し、それを指摘してください。 私はそれに反抗しないで、苛立たない でしょう。 私に示してください」と。 そして、三日の内に、私はそれを 破るだろうと、お約束します」と。 ですね? 
38:08 MZ: 私が言っていい のなら、これは、含意として思われる・・・
38:11 K: いいえ、思われるではない。あなたは、 そうしますか。 MZ: いいえ。
38:13 SF: ええ、クリシュナジ、私はこれを、仰って いるのより、もうちょっと現実的にできますか。
38:14 K: それは、とても 現実的です。
38:18 SF: が、あなたが習慣を持つ代わりに、 誰かがやってきて、言います・・・
38:19 私は習慣を持っている、と。 K: いいえ。
38:24 あなたは、自分がいかにそれを錯綜 させているのかが、分かりますか。
38:28 SF: いえ、そうしていません。私は実際に これを、はるかに現実的にしようとしています。
38:32 K: いいえ。私はあなたに、あなたが 持っている習慣を、語ります。すなわち、 あなたは、いつでも語りはじめるとき、 「ああ」と言います。  

SF: そのとおり。 さて、待って、待って、 待って、聞いてください。 あなたは、あの習慣を 持っています。
38:47 SF: はい。
38:48 K: 私は、あなたがどれほど長く、 それを持ってきたのかを、知りません。 それは 神経質なのかもしれません。 それは、こうなのかもしれません - それを 言う中で、あなたは考えぬいています。 それはあなたに、空間、時 などを、与えてくれます。 今、私はただ、 あなたに訊ねています。 私はあなたに、「これをしろ。 あれをするな」と、頼んでいません。 あなたは、三日の内に、それを 完全に破るのでしょうか。 「はい」や「いいえ」とか、「私はやってみよう」 とか、言わないでください。 それはすべて・・・ 私はあなたに、言っています - ただ聞いてください - 私に習慣を示してください。 何でも構いません。私が考えるのか、 私は、これとあれについて 考える習慣を、持っていて、 おしゃべりしはじめます。 ですね? 私に三日間を、ください。 それは 私にとって、長すぎるかもしれません。 私は、完全に止めるでしょう。 それに、終わりが、あるでしょう。
39:45 SF: 私は今、訊ねてもいいですか - 私が 話しはじめて、「ああ」と言うのは・・・ あなたは、幾度も、それを 指摘してきました。 その習慣は、破られてこなかった。
39:56 K: なぜかを、見出してください。 いいえ、いいえ。 あなたは、答えつつ あります。私に答えないでください。 なぜあなたが、それを止められ ないのかを、見出しなさい。
40:07 SF: 私は、見出してきていません。 それは、事実です。
40:11 K: それはとても単純だと、私は思います。 あなたはそれを、錯綜させていますよ。 単純なことは、あなたがそれに 注意を払っていないことです。 SF: それが起きるときに。
40:21 K: それが起きるとき、あなたは、
40:22 「ほら、私はよく気をつけて、 それを見守ろうとしている」と言います。 「それを見守る。 私はもはや、 そうしないよ」と。 私は、なぜ私はそうしているかを、知りたい。 私はただちにそれに、針を刺します。 あなたは、言いはじめます - 「ええ、私は、 自分が習慣を持っているのを、知っている。 私はやってみよう。 私は、 これとあれになるだろう」と。 それは、風船に似ています。 あなたは、 いつの時もそれに、空気を吹き込んでいます。 もしあなたが、「ええ、それが 私の習慣です。 私はそれを認識します。 それを私に指摘してくれて、ありがとう」と 言って、三日すると、もはやない。 待って!  三日です。 それ以上は、ありません。 SF: あなたがこうされるとき・・・
41:09 K: 「私がするとき・・・」ではない。
41:12 SF: いえ。私がこうするとき、 三日で、もはやないが、
41:14 ここに、非難はない。判断はない。 終わらせたがることは、ない、と? K: いいえ。 
41:28 SF: 三日と言う中で、 時の感覚が、ないのですか。 K: あなたは私に、習慣を 指摘します - いいですか? 私は知りません。 私に指摘してください - Xの習慣、一定の種類の習慣を、です。 初め、私はそれに反抗します。 または、それが何でも、です。 私は、「あなたは 全く正しい」と言います。 「私は、あのおしゃべりの習慣を 持っている」と、言うことにしましょう。 そして私は、「あなたは、全く 正しい」と、言います。 習慣は、反復を含意しています - 機械的な 頭脳、機械的な態度、習慣、反復です。 いつの時も、反復し反復することは、 なっていきます・ ・・理解されますか。 頭脳は、これらにうんざりします。 または、 死んだのか、散漫な頭脳に、なります。 で、私はすばやく、それらを悟ります。 私は誰とも、議論しなくていい。 SF: それは、非難でもありません。
42:28 K: もちろんです。それは、習慣です。
42:30 SF: そうです。それは事実です。非難では ありません。で、それが頭脳を鈍くするのです。
42:32 K: ええ、そのとおりです。 SF: そうです。
42:35 MZ: なぜその悟りは、作用しませんか。
42:37 K: 作用するのは、 その悟りではありません。
42:40 MZ: が、あなたは、 注意と仰いました。
42:44 K: 私は、私が朝六時に起きるべきだと、 悟りますが、私はそうしません。
42:46 で、私は、それは 悟りではないと、言います。 どうぞ、私が言っていることを、ただ聞いて ください - あなたは、そうしていません。 あなたは私に、私は習慣を 持っていると、語ります。 ですね? あなたは、或る習慣を、持っています。 または、1ダースの習慣を、です。 習慣は、習慣です。 反復し、反復する。 なぜなら、あなたは前に、それを千回、 やってきたから、などなどです。 あなたは、私に指摘します。 私はそれを 非難していません。そうなのです。 そして、私も悟ります。 頭脳も悟ります - 反復、機械的だ、無思考、 散漫した頭脳。  

SF: はい。 K: で、私は言います - 「私に三日間を、 ください。 私はそれを、終わらせるでしょう」と。 それは、私はものすごい注意を 払う、という意味です。 注意です。 私と論争しないでください。 私は注意を払います - 私がどこにタオルを置くのか、 私が、他の何かをするよう、 慌てているのか。 私は注意を払います。 あなたは、そのとき、或ることが 起きるのが、見えるでしょう。
44:08 SF: お訊きしてもいいですか。この同じ注意は、 単純な習慣を、終わらせるかもしれません・・・ 「ああ」と言うような・・・ 
44:17 K: いいえ、 いいえ。それは、単純ではありません。 習慣は習慣です - それは、教会へ行って、 何か像を崇拝することであっても、 セックスでも、それが 何でも、です。習慣です。
44:31 SF: あなたは、こう仰っていますか - 私たちの背景の継続すべて、 怒り、それのすべてが、習慣である、と。
44:38 K: それの一部です。
44:40 MZ: が、何が、あの強烈な 注意を、もたらしますか。
44:44 K: 何も、それをもたらさないでしょう。 あなたは再び、戻っていきますよ。
44:48 MZ: が、何かが、それを 生成させるにちがいありません。 なぜなら、仰ったように、 習慣は機械的であるからです。 それは、深く染み込んでいます。それに 対して、何かが、鋭敏でなくてはいけません。
44:58 K: いいえ、聞いてください。もう一人の 人物が言っていることを、聞いてください。 MZ: はい。  

K: 気軽でいないでください。 私はあなたに、一定のことを語ってきました。 来る日も来る日も、です。 ええ、それは過ぎ去っていくでしょう。 あなたは、実際に聞きません。 スコットが 私に、その習慣について語るとき、 私は、それに抵抗しています。 私は、あなたに聞きたくありません。 あなたが言っていることは、 そうですが、私は、 あなたがそれを私に指摘するのが、好きでは ない。 私はあなたに苛立つ、などなどです。 で、あなたが言うことが私に聞こえる ことには、このすべての介入が、あります。 それは、私における 習慣です。 あなたは、 「それが、あなたの習慣です。 それを終わらせなさい」と言います。 45:49 いいえ、あなたはそれを、私に言いもしません。 私は「はい、まったくそのとおり」と言います。 私は、自分の背景すべてが、習慣であったことを 悟ります - おそらく、そのほとんどが、です。 起きること、下ろすこと、これを放り、あれを 放ること。 それが、習慣になったのです。 あなたは私に、それを語ります。 私は、それを拒絶しません。 私は、それを受け入れません。 私は、 自分がこうしているとの事実を、見ます。 それは、私が本当に、あなたに 聞いてきた、という意味です。 ですね? さて、あなたは、今、私に 聞くのでしょうか。 この三者間の議論において、私が言う ・ ・・Kがあなたに言うとき、 - あるいはむしろ、 熟議において、です - あなたの怒りや嫌いを、見てください。 気をつけて聞いてください - あなたの民族主義や、 それが何であっても、です。 それを変化させよう、それを非難しよう、 正当化しようとか、何をもしないで、 ただ、それを見守ってください。 あなたは私に、 47:08 私があの習慣を持っていると、語ってきました。 私は反抗しません。私はそれを見守ります。 私は、「あなたは、全く正しい。 それを 指摘してくれて、ありがとう」と言いません。 あなたは私に、語ってきました。 聞くことこそが、注意です - 注意がどう、訪れる だろうか、ではない。
47:28 MZ: あなたは、拒絶なく聞く ことの性質を、仰っています。
47:32 K: はい、そうです。私はこれを、数え切れない 年数、言ってきました。聞きなさい、と。
47:37 MZ: 拒絶することなく。 K: 聞きなさい。
47:41 あなたは、ちょうど今、火災警報を 聞いて、駆け出しました。 ですね?   同じように、聞く・・・ 私は本当に、あなたに聞くでしょう。 Kは本当に、あなたに聞くでしょう - あなたが、「あなたの習慣はこれだ」と言うなら、 です。 あなたは私に、もはや語らなくていい。 ですね?  私の頭脳、 頭脳はすでに、作動中です。 なぜなら、私は、あなたに聞いてきたし、 私は、それの正確さが、見えるからです。 そして私は、怒りません。 それを 正当化もしません - それは習慣です。 私は、習慣の本性全体が、見えます。 ですね? 即時に、です。
48:40 MZ: が、あなたは、 特定のものが、見えます。
48:43 K: 習慣、と私は言いました。それが、一つの 習慣でも、十の違った習慣でも、です。
48:46 MZ: が、私たちが存在するために 必要な、果てしない習慣が、あります。
48:51 K: それは、違った事柄です。 それを持ち込まないでください。
48:53 MZ: で、あなたは、この特定の習慣が、 必要でないことを、見なくてはいけません。
48:59 K: あなたはそれを、私に説明しなくて いい。私は、それについて、玄人です。
49:02 MZ: 私たちは見なくては いけないって、ことなんです。
49:04 K: 私は、あなたの説明を、ほしく ありません。そうしなさい。 お許しください。私は、手荒くしたり、 失礼にしたりしていません。
49:15 SF: 私たちがお訊きしたかった 元来の問いの一部は、 なぜ私たちはそうしないのか、です。 あなたは、「そうしなさい」と仰います。
49:29 K: いえ、いえ。なぜあなたがそう しないのかは、相当に単純です。 私たちは、それに入っていいですか。

SF: はい。 
49:36 K: なぜですか。
49:38 それは、私たちが 無能である、ということですか。 なぜなら、私たちの生は、 こうもすばやくて、無能力なのか、 または、私たちは、自分自身を縮減し、 無能力に、聞かないようにしてきたからですか。 ですね?  誰にも 聞かないように、です。 MZ: クリシュナジ、それはまるで・・・
50:06 K: あなたは、Kに聞きません。
50:08 MZ: それは、まるで私たちの頭脳は・・・ K: あなたは、彼の本を読みます。
50:11 彼のテープが、繰り返し繰り返し 繰り返し、聞かれます。
50:13 SF: が、本当に聞きません。 K: 何も、です。
50:19 ゆえに、本を引きはがし、 それらを拭い去りなさい。
50:20 二、三ヶ月の間、もはや 本を読まないでください。 古い道を、ただ進んでいく代わりに、 働き、見出してください。 私はこれを反復しました。 私は またもや反復します。反復ではない。 Kはまたもや、こう言います - 自らはほとんど聞かない、と。 彼は、それについて、果てしなく話して きました - 聞くことの芸術、です。 SF: はい、そうです。
51:09 K: 誰もそうしません。 SF: 私は、他の何かを、お訊き してもいいですか - すなわち、 あなたが、この聞く芸術に関係して、 たびたび話してこられたことなんですが、 それは、問いを保つことです。
51:23 K: はい、そうです。
51:27 SF: それは、根源的に思えます。 K: はい、そうです。あなたはしません・・・
51:29 始めましょう。それは、 とても興味深いことです。 私は、問いを 持っています。 私はいつも、それに答えを 見つけようとします - 本において、誰かへ話すとか、それが 答えられるのを待つとかの中で、です。 それは、頭脳がけっして、問いとともに いない、という意味です。 ですね? それは、単純な事実です。 なぜなら、私は いたるところで、答えを探しているからです。 ですね?  偉大なパンディットや、誰か ヨーガ行者や、他の誰かに、話をする。 で、私はけっして、問いに留まりません。 ですね? 
52:29 SF: ええ。 私たちは、これについて話せますか。 
52:32 K: 私は それに入ろうとしています。私はそうしています。 で、頭脳は、答えを見つけようと するのを、止められますか。 理解されますか。 私はあなたに、質問をします。 私たちは、どの問いを出すのでしょうか。
52:53 SF: なぜあなたは、聞きませんか。
52:56 K: なぜあなたは、 聞きませんか。いいですよ。 それは問いです。 なぜ あなたは、聞きませんか。 あなたが私に、Kに、「なぜあなたは 聞きませんか」と語るとき、 私の頭脳は即座に、「全くそのとおり。 私はあなたに聞きません」と、言います。 まず第一に、私はけっして、 誰にも聞いてきませんでした。 私は、漠然としています。 または、 私はこの漠然さを、継承してきました。 または、私の母は、漠然としていました - すべての言い訳を、ご存じですね。 または、現実、 遺伝的な現実です。 そして私は、「はい。 私は、それら すべてを、認識します」と、言います。 そして私は、「ほら、私はこの男や あの女に聞きたい」と、言います。 私は聞きます。 「私は やってみよう。やってみまい。 それはあまりにくたびれる」 等と、言いません。 彼女は私に、何かを語りたいし、 私は聞きます。 SF: が、保つことは・ ・・

K: いえ、 待って、待って。私は初めに聞きます。 私は、それを聞く前に、 それを保てません。 SF: はい。が、そのとき、自分は聞きません。
54:25 K: で、その問いをどう保つのか、ではない。
54:28 で、なぜ私は、聞きませんか。 私のどこが、間違っていますか。 なぜ私は、何かあなたが私に語ろうと していることを、聞きませんか。 なぜなら、私は、他の多くのことをしたいか、 または、私は本を読んでいるからです。 または、「どうぞ、後で」と。 または、彼女は、 「読むのを止めなさい。 私はあなたに 何かを語りたい」と、言います。 私は本に、興味を持っています。 彼女が 言おうとしていることに、ではない。ですね? で、「早くして」と、私は彼女に言います。 「私はこれに、興味を持っています。 早くして。 手短に 語ってください」と。 彼女は、そうできません。私は すでに、彼女を苛立たせたのです。 55:23 で、私は、何をも言わないでしょう。 私は、聞きます。 本を置く。 または、 私が何をしていても、です。 なぜなら、私は、あなたに聞きたい からです。 それが、私の感情です。 聞くことの切実さです。 ですね? 私は、あなたに聞きます。 私は、聞く中で 反応があるべきでないことを、見ます。 なぜなら、そのとき私は、聞いていないから です。 ですね? それは、明白な事実です。 私は、あなたに聞きたいなら、私は、 「私には時間がない」とは、言えません。 または、「私はあなたに飽きています。 それを 繰り返さないでください」とも、です。 が、私は、あなたに聞きたいです。 で、私は聞きます。 私の頭脳は、静かです - 理解 されますか。それが論点です - 56:18 私の頭脳は、聞く中で、 全面的に静かです。 「私はすべきだ。 すべきでない」 とか、「それは古い習慣だ」 等々と、言っていません。 私は、聞いています。 あなたが注目されたのか どうか、私は知りません。 頭脳が静かであるとき、 それは、無際限に聞けます - 大変ひどく鋭く、 敏感で、生きています。 で、私は、私が習慣を持っていると 語ってくるあなたに、聞けますか。 誰かが先日、私に語りました - これらの集会の一つの後で、ですが、 彼は、「私が何かを申し上げても いいですか」と。 「はい」。 「あなたは、溝に 填まり込んでいます」。 私は、異議を唱えませんでした。 その少年が正しいとも、感じませんでした。 57:18 私は、自分が居住している部屋へ、行きました。 私は、「これは事実なのか」と言いました。 私が溝に填まり込んでいることは、 事実ですか。 たぶんそうでしょう。 私は注目していなかった。 で、 検討しよう、と。よろしいですか。 私はそれに入りました。 「私は正しい。彼は 間違っている」と、どちらにも付かずに、です。 で、あなたの、生きている感覚全体 - 私がその言葉を使えるなら - あなたの能動的観察の 感覚全体、です。 あなたは、私に語ります - 私は、 言葉や溝に填まり込んでいる、と。 私は聞いています。 なぜなら、溝に填まり 込んでいることは、ひどいからです。 私は、老いつつあります。 おそらくそうでしょう。 58:24 老いつつ、ではない。 私は老いています。 私は、填まり込んでいるかもしれませんし、 あなたは、全く正しいのかもしれません。 で、私は、自分がどこに填まり込んで いるかを、見守っています。 私は、それを拒否しません。 私は、見守っています。 ですね?  あなたは、 そうするでしょうか。 あなたは、それを そのように見守るでしょうか。 私に、「私はやってみよう」と言わないで ください。 そのとき、あなたは、外れています。 それは、ほんの言い訳です。 あなたは、そうするでしょうか。 あなたは、聞くでしょうか - 全面的に、 それであなたが、自分の馬鹿さの実際を、見る ように、です。その言葉を使って、すみません。
59:24 MZ: あなたをして、そう見張らせておく ものが、何かありますか。 この無量に鋭敏な見張りの 性質は、何か・ ・・ それは、あなたより離れていません。 それは、あなたのあり方です。
59:44 K: で、あなたは、非鋭敏であり、 鋭敏でないなら、なぜですか。
59:48 MZ: はい、なぜですか。
59:49 K: 十分に眠っていないとか、あなたは、 一種の気だるさに、慣れているとか、 または、 1ダースの理由です。 それらの理由は、 これを説明しません。 あなたが聞かないことを、 説明しません。 そしてまた、私たちは、 老いつつあります。 頭脳は、こうも長い間、 特定方向を、続けてきました。 または、特定の習慣を、です。 それは、変化できません。 彼らは、変化について話します。彼らは 話をしますが、彼らは、できません。
1:00:31 MZ: これは年齢の事柄 ではないと、私は思います。 そうでありうるかもしれませんが。 なぜなら、 すべての年齢で、それが見られるからです。 あたかも、頭脳は幾層にも 重なっているかのように、です。
1:00:41 K: それらすべてのことについて、 話さないでください。
1:00:44 MZ: 物事は、人々に透徹しません - 彼らがあなたとそうするさまで、です。
1:00:48 K: 初めに、どうかを見る、等です。 SF: では、お訊きしてもいいですか・・・
1:00:52 K: いいえ、訊ねなさい。 してもいい、ではない。
1:00:54 SF: この聞くこと - これは、何か あらゆる人に利用可能なことですか。
1:00:56 長年の聞かないことにもかかわらず、ですが。 K: あなたはなぜ、その質問をしていますか。
1:01:11 私が、良い音楽を聞きたいなら、 私は聞きたい。そこには何も・・・ それは、こうも単純です。
1:01:23 SF: 私はお訊きします。なぜなら、 あなたが仰ってきた、これら すべての物事にもかかわらず、 それはまだ、されていないからです。
1:01:36 K: それは、あなたしだいです。 私がやってきて、あなたに言います - 「喫煙は、あなたの健康に、きわめて悪い。 それは、あなたの心臓に影響する。 あなたの頭脳に影響する」と。ですね? 「本当の敏感さに影響する」と。 あなたは、「全く仰るとおり」と言います。 が、あなたは、つづけていきます。 それは、どういう意味ですか。
1:01:56 SF: それは、あなたが何かを 見ていなかった、ということです。
1:02:00 K: 味わいのほうが、見出すこと より、重要になったのです。 私は、幾人もの人々を、知っています。 彼らは、私に語ってきました - 「私は、それが、咳をする、それらで、 自分にきわめて悪いと、知っているが、 タバコを吸います。私は、それの味わいが 好きです」と。で、それは終わりです。
1:02:20 MZ: 何か喫煙のようなことには、 物理的な依存症の要素が、ありますが、 この注意の表面性は、 こうも多くの人々において・・・
1:02:33 K: 私たちは、多くの人々について、話して いません。私は、あなたに訊ねています。 あなたは、良くも私に 話してくださるので、 私はあなたに、注意を払うよう、 頼んでいます - 聞きなさい。 あなたが何をしているのかに、 注意を払いなさい。 あなたは、十のことをしなくてはいけないかも しれませんが、一時に、一つのことを、です。 これらは、外来的な話、役立たずな話 であると、私は思います。 あなたは私に、何かを語るし、 それは、真実に響きます。 私は、誠実でありたいから、 よく気をつけて聞きます。 私は、偽善者で ありたくありません。 私はあなたに、私へ指摘してほしいと思います - 私が偽善者であるのかどうかを、です。 1:03:39 私はそうしてほしいです。私は、 「すまないね」とは、言いません。 私は、私が偽善者であるのかどうかを、 指摘してほしいと思います。 そして、あなたは、「はい。 あなたは、 あれとは反対に、これをする」と言います - 「あなたは、一つのことを 言い、他の何かをする」と。 私は、異議を唱えません。 反対に、 私は、それを受け取ります。 私は基本的に、偽善は私に とって、ひどいと、感じます。 で、私は言います - 「いいですよ。 私は、あなたが語ってくれたのが、とても うれしい。 私はそれを見守ろう」と。 私はすでに、その上に 立っています。
1:04:27 SF: はい。
1:04:37 K: 1時5分前ですよ。 バスタ?(十分ですか)
1:05:27 SF: バスタ。
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