MA82DSG - 頭脳が全的に行為することは、可能なのか

小さな集団の討論会
インド、マドラス(チェンナイ)
1982年1月1日
テキストのみのバージョン
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0:24
PJ: 頭脳と、その作動の 仕方の問題、そして、精神
- それは、 頭脳だけなのか、
または、頭脳と一緒になって 精神を作り上げる、別の要素が、
あるのかどうか、です。
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1:02
K: 私は専門家ではないことを、指摘 したいと思います - 私は素人です。
しかし、自らが、自分の作動中の 頭脳を、見守ってきましたし、
他の人々の、作動中の頭脳をも また、見守ってきました。
で、私は、 自分の頭脳と、
私が接触してきた 他の人々のそれへの観察から、
出発しつつあります。
頭脳は、とても敏感な道具です。
高度に敏感ですが、
それは、知識により、 酒により、薬物と、
あらゆる形の破壊的圧力により、 薬漬けにされてきました。
で、私たちは、 頭脳の活動は何であるかを
探究することから、 出発すべきです。
2:16
私たちは、よろしければ、当面の間、 精神を放っておくでしょう。
頭脳の動きとは、 何ですか。
確かにそれは、本質的に、 感覚すべての中心です。
ですね?
反応と行為(反作用と作用) すべての中心です。
それは、自らのために完全な安全が あるとき、大変効果的に機能します。
それは、経験と知識に、 安全を見つけます -
それらから、思考が生じます。
記憶をとおして、です。
で、あの循環の中に、それは 完全な安全を、見つけます。
それを見つけないとき、それは 自らの幻影を、創り出すし、
あの幻影に縋りつきます - 宗教的な幻影でも、
精神病的な幻影でも、様々な 形の他の妄想でも、です。
3:24
それが、精神の活動です - すみません。頭脳の(活動)です。
で、経験から、知識、 記憶、思考、行為。
それは、あの循環に捕らわれているし、 あの循環の中に、条件づけられています。
それは、時、 制限された空間と、
ものすごい努力です - あの平野に 留まるためだけではなく、
また、知られたものの恐れと、 知られていないものとの恐れです。
それが、頭脳の状態です - 私が それを理解するかぎりは、です。
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4:11
PJ: クリシュナジ、あなたは 数多くのことを、仰ってきました。
それは、 感覚の中心です。
それは、受け取るし、 感覚をとおして、作動します。
それは、挑戦に応答します。また感覚を とおして、です。それが一つです。
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4:32
PJ: 二番目にそれは、記憶を 蓄えるし、記憶を使います。
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4:38
K: もちろんです。上手にか下手にです。 PJ: はい。ですが、それは蓄えます。
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4:40
それは、 蓄えが起きる区域と、
そこからエネルギーが生じて 応答する区域です
- 部分的にか、 非部分的に、です。
それはまた、見る能力をも持っていますか ・・・その範囲すべてまで見る・・・
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5:14
K: それ自体の制限を 見るように、ですか?
あなたは、それ自体の制限を 見るよう、訊ねていますか。
または、頭脳の動き全体を見るように - あなたは、それを訊ねていますか。
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5:30
PJ: 私は、それが自体の総体を 見られるのかどうかを、訊ねています。
それは、これらすべてのものです。
それは、そのどれかを使っています。
それはいつも、自体の一部分で もって、応答しています。
それは、取り入れているのか、 あるいは、動いて出ていきます。
それは、記憶を 用いているのか、あるいは
それは、或ることへ応答する ために、あの記憶を使っています。
あるいは、それは、外側から 取り入れ、記憶に蓄えています。
これらすべてが、そこにあります。
今、私は訊ねています -
それはまた、これら すべてのものを使い、
応答するか見る能力を、 持っていますか。
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6:17
K: 私は、問いによく付いて いけません。あなたはどうですか。
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6:19
DS: 私は、彼女は本当は こう言っていると、思います
- この動き、この頭脳、 この循環する動きは、
いったい、それ自体に対する 外面的な眺望を、得られますか。
言い換えると、それは、 このように回っていきます。
それは、いったいここにあり、 それ自体を見られますか。
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6:39
K: それは、それ自体を観察できるか と、あなたは訊ねていますか。
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6:44
PJ: 私は、それ自体という 言葉を、使わないでしょう。
なぜなら、それが見るものは、 それ自体であるからです。
それは、それ自体を十分に、 全的に使えますか。
なぜなら、あなたは、「それは それ自体を見られますか」と言うとき、
見ているものへ、「それ自体」を 他の何かとして、立てているからです。
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7:03
DS: ええ。でも、それは、仮定しなくては いけないだろうものだと、私は思います。
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7:07
RB: ププルジは、こう 訊ねていると、私は思います
- それは、十分に 機能できるのかどうか、と。
それは、感覚印象を受け取りますが、 生理学者たちによれば、
それはけっして十分に 受け取らないと、私は思います。
様々な段階があり・
・・
K: 制限されている。
で、あなたは、頭脳は十分に完全に行為 できるかどうかを、訊ねていますか。
右側と左側、互いを 均衡させるのではない。
ちょっと待って。
右側と左側を 均衡させるのではない。
PJ: 私はそれについて何も 知りません。
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7:44
K: 私も知りません。
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7:46
他の人々は、それについて 私に語ってきました。
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7:49
P: たとえそれ自体の制限を もってしても、
あなたは頭脳の小さな部分を 使うことが、言われていますが、
頭脳のその小さな部分さえも、 あなたは全的に使いません。
頭脳のその部分さえも、さらに 分割され、細分されているので、
脳細胞の中には、 二十の機能が、あります。
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8:12
DS: それは本当は真実では ないが、先に進んでください。
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8:15
PJ: 私は、またもや 素人として話しています。
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8:18
DS: 私が思うに、私たちが、それは 自体を部分的に使うと、言うとき、
私たちは、 作動している部分は、
総体の部分だけである、と 言っているのです。
それが、あの部分で作動しているとき、 あの部分は、それ自体では全的です。
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8:34
K: それはたぶん、 どの形の専門化も、どの形も、
さらに頭脳を制限する、 ということではないですか。
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8:49
DS: それは、とても興味深い問いです。 幾つか新しい研究が、ありますね。
彼らは、人々に、 染料を与えます -
あなたが、それの写真を撮るとき、 それは、頭脳を照らします。
これらの研究は、示してきました - あなたが書いているとき、
あなたの頭脳の一部分だけが、 照らされることを、です。
けれども、あなたが痛みの中にある とき、頭脳全体が、照らされます。
K: 痛みや苦しみね。
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9:09
DS: 苦しみやストレスです。
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9:10
K: または、大変大きな衝撃です。 DS: ええ、頭脳全体が照らされます。
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9:11
K: あなたは、これらを観察できます。 あなたは、本を研究しなくていい。
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9:14
あなたは、自分自身において、 これを観察できます。
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9:16
DS: そのように、仰ることは、専門化 があるとき、部分があるんです。
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9:24
K: そうなんです。 あの部分が作用するとき、
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9:27
それは、あの部分で 十分に作用しています。
それは、全的に作用していません。
頭脳は、完全に作用していません。
で、問いは、どうやって・
・・ 「どうやって」ではない。
頭脳が全的に作用することは、 可能であるのかどうか、です。
それが問いですか。
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9:50
PJ: はい。
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9:53
K: それが問いですか。 DS: で、それに近づきますが、
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9:56
それは、彼女が言っていること そのものではありません。
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10:01
PJ: 私たちは、訊ねる ことから、出発しました -
私たちは、脳細胞の本性と 構造を、探究しています。
それらがどう作動するのか、です。
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10:11
K: それは、あまりに技術的になります。
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10:14
PJ: 頭脳の様々な機能は、 何ですか。
あなたは、それでもって 出発されました。
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10:19
DS: 私が思うに、あなたは、 目指そうとされています -
頭脳が、特殊な機能として、 作動しているとき
- その特殊化された機能、多様な 特殊化された機能の一つにおいてです -
全体的過程が、いったい それ自体に気づくための道が、
何かありますか、と。
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10:40
K: はい、はい、はい。
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10:42
DS: それが、あなたが 目指していることですか。
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10:46
PJ: 私が言おうとしている ことは、まさに同じことです。
ただ私が、違った言語を 使っているだけです。
あなたは「それ自体」に気づくと仰る。
「それ自体」は、それが見るすべて、
それが聞くすべて、その知識 すべてです。
それがそれ自体です。
それを離れて、 それ自体は、ありません。
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11:04
DS: で、あなたは、自分の問いに答えて います - それは可能でない、と。
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11:07
PJ: それは、可能ですか。 または、可能ではないですか。
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11:12
K: 本当の問いは何ですか。ププルジ、 ここから動いて、離れましょう。
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11:16
P: 私は、その言葉「それ自体」を 問うているだけです。
私はこう言っています -
その頭脳は、全的に それ自体でもって作動できますか。
DS: それに気づく、気づいている。
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11:27
PJ: 全的に作動する。
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11:30
K: 私が、問いを理解できるかぎり、 彼女は訊ねています -
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11:33
頭脳はいつ、全的に 作動しますか。
私たちはちょうど今、言いました - 強烈な苦しみや、大きな衝撃や、
挑戦があるとき、それは全的に 答えなければならない、と。
そのとおりですか。
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12:00
PJ: そういう 状況には、何が起きますか。
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12:05
K: はい、理解します。私は あなたの問いが、分かりました。
それが衝撃であるなら、それは絶対的に 止まり、どきどきし、待っています。
それが、苦しみであるなら、 それは、十分に作動していますが、
それは、そこから抜け出す道を、 見つけようとしています -
化学的に、物理的に、です。
あの 苦しみから逃避するという意味で、か、
または、それは 幻影を創案します。
これが起きてきました。
自らが、ものすごく苦しむとき、
それの衝撃は、一、二瞬の間、 麻痺させています。
または、それは二日の間、続くかも しれません。私は知りません。
13:00
あなたが、あの衝撃の 中から出てくるとき、
それは、慰めの道を 見つけようとします
- 痛みを和らげるため、 痛みから離れ去るために、です。
で、それは、逃避の方法を考案するか、 見つけるにちがいありません -
それは、酒をとおしてか、 薬物を摂ること、
様々な宗教的な式典へ 行くことをとおして、
どの形の逃避でも、 ですね?
それらの逃避は、幻影的なのに、 きわめて実在的になります。
で、それが、状態です。
起きることです。
耐えがたい痛みと、 それからの逃避です。
DS: はい、軽減を得るためです。
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13:50
K: 軽減を得る。
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13:53
軽減のほうが、苦しみより 重要になります。
酒のほうが、痛みより 重要になります。
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14:04
DS: はい、それが 目標になります。
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14:07
K: で、宗教的、心理的、 哲学的な概念のほうが、
実際の苦しみより、 重要になります。
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14:21
PJ: 頭脳は、全的に目覚めることを 極度に困難だと、見ますか -
目覚める、作動的なことが、です。
それは、これらの逃避を 見つけなくてはいけませんか。
大きな痛みや悲しみの状態の中で、全頭脳が 目覚めていると、あなたは仰います。
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14:42
K: ププル、単純な例を 取ってください。
あなたは、目の前に 大きな挑戦を、持っています。
何の挑戦・・・
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14:54
PJ: 死。 それは、最終的な挑戦です。
K: 死。
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14:59
PJ: あなたは 死に向き合います。
K: 死の挑戦を 取り上げましょう。
そのとき、有機体全体が 目覚めています。
恐れ、心配、さびしさ、 分離の絶望と、
その他すべてが、 そこに入ってきます。
さて、あの頭脳の状態は、 何ですか -
こういう強烈な挑戦が あるとき、です。
あなた自身の精神、あなた自身の 頭脳に、入って究明してください。
究明し、それを 見つめてください。
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15:34
PJ: いえ。誰でも、死に 十分に向き合ってきた人は、
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15:43
一瞬の間、精神が麻痺しています。 K: もちろんです。衝撃です。
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15:45
PJ: その麻痺の状態は、 目覚めている状態ですか。
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15:47
K: いえ、いえ、 ああ、いいえ!
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15:51
それは、衝撃の状態です それは、目覚めていません。
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15:58
PJ: ええ。ですが、衝撃の 状態があると、仰るとき、
全頭脳が、 照らされています。
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16:05
K: いいえ。強要を とおした衝撃です。
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16:11
PJ: はい。あなたはまた、全頭脳が 照らされていることも、見られます。
ゆえに、この衝撃より自由である 頭脳の部分は、何もありません。
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16:22
DS: それは、一秒間、完全に 焦点を合わせています。
そして、総体は・
・・ 何も言葉は、ありません。
それは、一瞬の間、 鋭敏な知覚の状態です。
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16:39
RB: 照らされている 全頭脳とは、ただ、
頭脳の中に収容されている ものすべてが、
あの瞬間に刺激される、 という意味だけです。
それは、十分に機能している頭脳と 同じものではありません。
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16:58
PJ: が、私は同意しないでしょう。 私はこう言うでしょう -
頭脳が全的に照らされているなら、 それは、私たちが知っているすべてです。
頭脳は全的に 照らされているが、
それは、全的に照らされて いることに、留まれません。
それは、それにとって あまりに過ぎます。
それは、あの光を縮小するために、 即時に、影を持ち込みます。
そのように、私は それを見るのです。
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17:24
DS: それは、幻影や自己定義へ、 届こうとしはじめます -
それらが、実在や、 そこにある苦しみより、
これらのもののほうを、 重要にします。
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17:37
RB: が、クリシュナジは 論点を示してきました -
それは、圧力のせいで 照らされているのだ、と。
K: もちろんです。
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17:43
PJ: 私たちは それより離れつつあります。
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17:44
私たちは、他の照らすのを 何も知りません。
私たちは、圧力の照らすのを、 知っています。
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17:51
RB: が、私たちは、他の照らすことが あるのかどうかを、訊ねられます。
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17:57
K: 私たちは、何について 議論していますか。
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17:59
DS: 私たちは、 議論していました。
私たちは、あなたの論点より 離れてしまいました。
すなわち、一定の瞬間に、 苦しみがとても強烈なので、
そのとき、幻影への 動きがある。
そのほうが、苦しみより 重要になるのだ、と。
で、私たちは、苦しみの中で、 あの動きを作るのは何であるかを、
見ようとしていました - 私たちは 総体へ戻っていきました。
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18:28
K: ああ、総体へ、ではない。
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18:31
PJ: 頭脳は、実在に堪えられますか - 実在の充実に、です。
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18:42
K: あなたがいう実在とは、どういう意味 ですか。 PJ: 苦しみです。死、苦しみ。
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18:45
K: ちょっと待って、ププル。 一歩一歩、行きましょう。
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18:47
私の息子は、死にます。
それは、私にとって 大きな衝撃です。
一秒間、おそらくそれは、 続くかもしれません -
二時間か、数日間、 二年間さえも、です。
私は、衝撃の状態にいます - 頭脳は それが、慣習になっていません。
そこから、それは逃避したいと 思います。
いいですか?
それは、この痛みから 逃避したいと思います。
それは、或る種の逃避を 見つけます。
それは、あれに満足しています。
それが、一般的に起きることです。
それは、あれに寄りかかります。
それは、それより逃避するし、
あれに満足を感じます。
そのとき、次の問いは、何ですか。
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19:47
PJ: 次の問いは、こうです -
頭脳が、衝撃に留まる ことは、可能ですか。
K: それは逃避してきました。
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19:56
PJ: が、それが逃避する前にです。
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19:58
K: ああ、今、あなたは、 違った問いを、訊ねています。
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20:01
それは、逃避する前に、 あの衝撃を保てますか。
そこに留まれますか。
あの衝撃を 乗り越えられますか。
二日か、二年か、 二週間の後に、です。
それを終了させられますか - あれより離れないで、です。
痛みを引き起こしてきた 息子の喪失より、です。
そういうことですか。
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20:33
DS: はい。
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20:34
K: それが、あなたが訊ねていること です。もちろん、それはできます。
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20:40
PJ: さて、一つ お訊きしたいです。
「衝撃を乗り越える」というのは、 どういう意味ですか。
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20:44
K: 衝撃を乗り越える - 私は逃避 してきた、私は和らげてきた、
私の神経は、寛いできた、 私の有機体全体が、
多かれ少なかれ、和んでいる、 という意味で、です。
言い換えるなら、私は 忘れてしまいました。
私は、あの日の痛みを 忘れたいのです。
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21:05
PJ: いえ、あなたは、それを 別の意味で、使われました。
あなたは、逃避する代わりに、それは あれに留まれますか、と仰った。
K: もちろん、それはできます。
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21:13
PJ: 衝撃を乗り越え、
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21:14
それに留まる。 私はお訊きしています -
「衝撃を乗り越える」とは、何ですか。 悲しみに留まるということに立って、です。
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21:24
K: ええ、それは、十分に単純です。 逃避しないでください。
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21:30
DS: 「逃避しないで」とは、 どういう意味ですか。
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21:34
「逃避するな」とは、どういう 意味ですか。 K: 逃避するな。
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21:36
DS: が、誰が、「逃避しない」 ように、しようとしていますか。
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21:40
頭脳が逃避すまいとしていますか。 K: いえ、いえ、いえ。
頭脳は、どの形でも逃避は 無益であることを、悟ります -
どの形の抑圧も、どの形の慰めを求める ことも、涙と子どもっぽいことも、です。
DS: 頭脳はそれをできますか。
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21:58
K: ええ、もちろん、できます。
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22:00
DS: 言い換えると、あなたは、 こう仰っています - 頭脳の習慣は、
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22:03
即時に問題を解決しはじめる ことである。 K: ええ。
DS: 即時に習慣が解決を得はじめる、と。
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22:14
K: で、私たちは先日、そう言いました。
とても興味深いが、私たちは先日、 言いました - 思考が問題を創り出す。
それから頭脳は、問題を 解決するよう、訓練される、と。
で、それは、問題を持つのと問題を解消 するのとの循環の中に、いつづけます。
そして、問題の解消が、 問題自体になります。
で、それは、永続的に 問題の中に、生きています。
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22:40
DS: ええ。いつもまた、新しい 自己定義を、放り上げています。
それが、習慣です。
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22:48
K: それが、条件づけです。
私の息子が死ぬとき、私の 条件づけは、逃避することです。
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22:57
DS: ええ。何かを することですね。
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23:00
K: 逃避する、泣く、呻る、 誰かに寄りかかる。
寺院やモスクへ行く。あなたが するのが、何であっても、です。
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23:09
DS: それは習慣です。
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23:11
K: さて、その習慣は、自らが 習慣であるのを、悟られますか
- その習慣は無益である、と。
そして、それを片付けられますか。
もちろんです。
もちろんです。それは可能です。
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23:29
PJ: それは、こういう意味です -
衝撃の真ん中で、悲しみの 中央で、目覚めがありうる、と。
すなわち、逃避を見守り、逃避する 傾向を、見守るものが、です。
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23:45
K: いいえ、ププルジ。私は 自分の息子を、失ってしまいました。
私は、あなたや彼や彼女が、 私に言うのを、聞いてきました
- 「逃避するな。
なぜなら、 それは無益であるから」と。
あの発言は、私の頭脳に 記録されてきました。
そして、あの記録は、 反復しつづけます。
そして、私の息子が死ぬとき、あの 記録は、「逃避するな」と言います。
逃避しないことは、 ものすごい問題に、なります。
私が十分に鋭敏であるなら、私は、 「いいよ。
私は逃避すまい」と言います
- 「私は、問題に留まろう。
私の息子の死の痛みに」と。
私はそれに留まります。
問いは、何ですか。あなたは 何を、目指そうとしていますか。
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24:42
PJ: いいえ。なぜなら、 それは、視覚化するからです -
すなわち、この悲しみの ものすごい衝撃の中央に、
頭脳の中に、その習慣を 破る能力があることを、です。
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24:55
K: もちろん、それは 持っています。
きわめて単純な習慣を、取って ください。どの単純な習慣でも、です。
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25:04
PJ: あなたは、単純な習慣を 取れません。単純な習慣の真ん中で、
突然に精神が、目覚められるからです。
それは、きわめて違っています。
あなたが、死のように、ものすごい 衝撃の真ん中に、いるとき、
それは、あの麻痺の 状態に、あります -
精神、身体、頭脳とあらゆる ものの(麻痺状態に)、です。
あなたは、その中にやはり、 能力があると、言います。
で、あなたは、習慣の能力を 離れて、能力を設定します。
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25:34
K: 習慣は、記録、反復ですね。 習慣は、反復です。
あの反復の間に私は、あなたが「逃避 するな」と言うのが、聞こえます -
「あなたは、大きな痛み、心理的な痛みの 中にいるとき、それを見つめなさい」と。
それがやはり、私の頭脳で、 進んでいきます。
で、私は、逃避しないよう 試みます。
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26:02
PJ: ここで、どうぞ、 私を入らせてください。
それは、ちょうど、 逃避する習慣があるように、
あなたの発言「逃避するな」が 私に聞こえることもまた、
記憶の層になったし、あの 記憶が刺激される、と。
あの記憶が、刺激されます - 「逃避するな」と。
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26:25
K: はい。それは刺激されます。どこが いけませんか。さらに進んでください。
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26:29
PJ: それは、あの 「逃避するな」の刺激ですか -
生じて、私の頭脳を立ち止まらせ、 見させるものは、です。
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26:41
K: 部分的に、です。
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26:43
DS: 私は、それはもっと 大きいと思います - 洞察は。
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26:46
K: 私は、その言葉を使いたくない。 DS: 前に何かが起きたが・・・
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26:50
PJ: 私は言っています。 クリシュナジは、こう仰っていますか。
通常使われないが、やはりそこに ある頭脳の技能の一つは、
それ自体に目覚めることである、と。
私がこのように表していいなら、です。
すると、通常のことが、あります - 私たちが頭脳について理解すること、です。
頭脳は、通常触れられていないが、 衝撃の瞬間に
目覚めさせられる技能を、 もう一つ、持っていますか。
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27:27
K: 逃避がないなら、 目覚めさせられます。
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27:33
RB: 明白です。生物学的に さえ、そのとおりです。
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27:41
長い習慣があり、 それは危険に接近し・・・
K: それは、それを破ります。
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27:43
RB: それは、それを破ります。
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27:45
PJ: しかし、長い習慣は、きわめて 違ったものです。なぜなら、
長い習慣の中で、それはどこでも線に 沿って、それを破られるからです。
が、ここでは、これは 全く違っています。
衝撃は、ものすごい。
そして、動きは即時です。
K: ええ。
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28:06
RB: いえ。 逃避は、長い習慣です。
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28:11
DS: しかし、頭脳は、逃避しない よう、学んできましたか。
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28:16
RB: いいえ。論点はこうです - 頭脳は、 自身の習慣を破る能力を、持っています。
危機があるとき、 それは、そうします。
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28:29
DS: はい。ですが、それは、 学んだのですか。言い換えるなら、
私はここへやって来る。
私は危機を持って いるし、私は自分の習慣に入ります。
私はやってきます。
私は今回、自分が そうするのは、良くないのを、見ます。
次回、私が危機に遭うとき、私は 即時にあの道を戻っていかないのか。
または私は、私自身に「あの道を戻って いくな」と言わなくてはいけませんか。
私は学んできて、それで私は 根源的に変化したのですか。
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28:57
K: お待ちください。それは、どういう 意味ですか。この点を見つめましょう。
学ぶことと、蓄積された知識との 間には、違いがあります。
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29:05
DS: そのとおりです。それが、 私が言っていることです。
私が自分自身に、「その習慣をするな」 と反復しなくてはいけないなら、
私は知識を 蓄積してきただけですが、
私は本当に学んだのなら、 そのときそれは、拘りません。
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29:16
K: そうです。学ぶことと記憶する こととの間には、違いがあります。
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29:20
PJ: で、頭脳は、 学ぶ技能を、持っています。
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29:25
K: そしてまた、記憶する技能を、です。 PJ: それを、私たちは知っています。
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29:27
それの記憶する部分を、私たちは みんな、知っていますが、
他を、私たちは 知りません。
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29:34
K: いえ。私たちはみんな知って いると、言わないでください。
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29:39
私たちはそれを知っていますが、 私たちは続けます。
PJ: はい。
が、私たちはそれを 知っています。私たちはそこに生きます。
それが私たちの生です。
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29:44
K: それが、私たちの生です。
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29:47
PJ: 学ぶことは、 私たちの生ではありません。
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29:50
K: ええ。で、あなたは、学ぶことに ついて、何に反論していますか。
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29:52
PJ: 私はただそれを探査しようとして います。私はそれに反論していません。
私は、こう言っています。
頭脳の中に、技能がある -
すなわち、新しい聞き方や 新しい見方、新しい学び方が、と。
それは、蓄積する過程 ではありません。
さて、それは、衝撃と悲しみの状態に おいて、生じなくてはいけません。
私は、何かを 言おうとしています -
それは、時を越えて、聞いて 学んできたにちがいありません。
さて、それは、 時の問いですか。
それは、時を越えて、 これを学んできましたか。
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30:30
K: いいえ。学ぶことは、 時の中の蓄積ではありません。
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30:35
PJ: どこに・・・それは、 頭脳のどこに、ありますか。
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30:41
K: 私はこれらに、 よく付いていけません。
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30:44
PJ: 記憶は、頭脳に蓄えられて います。学びは、どこにありますか。
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30:50
K: あなたがいう学びとは、 どういう意味ですか。
それに少し入りましょう。
私たちが いう学びとは、どういう意味ですか。
私は、記憶するのを知っています。
それは、相当に明らかです。
それは反復です。
私はそれを たびたび、聞いてきました。
記憶、その他すべてが あります。
それは、蓄積された情報です。
それが、知識と呼ばれるものです。
学ぶとは、何ですか。
知識を別にして、
学ぶことが、ありますか。 知識の蓄積より別に、です。
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31:27
DS: この瞬間に、私たちが直接的に 苦しみに向き合っているなら、
そこでの学びは、 何ですか。
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31:33
RB: が、それを直接的に見ること 自体が、学びではないですか。
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|
31:39
DS: 苦しみを 直接的に見ることですか。
習慣へ入る私の動きを、 直接的に見ることですか。
学びは、どこにありますか。
私の息子は、死にます。
そして、私は即座に、 それより離れて行きます。
私はその中で、どこで学びますか。 学びとは、何ですか。
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32:00
PJ: いえ。ですが、私たちの 多くもまた、気づいています。
それで、危機の瞬間に、
自らがクリシュナジに 聞く前には、
頭脳は自動的に、動いて 離れていました。
クリシュナジに聞いた後、 それは、休止するのです。
その中で、そうできる 空間が、あります。
私は、「選択」という言葉を、使わ ないでしょうが、空間があります -
その中でそれは、動いて離れなくて いい - そのように表させてください。
さて、私は、頭脳に生ずる空間を、 目指そうとしています。
それは、瞬間を 与えてくれます。
それは、記憶と同じ性質なのですか。
浮かんでくるのは、別の記憶ですか
- 「動いて離れるな」と。
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33:04
DS: もしあなたが学ぶなら・・・
K: 私たちは、「学ぶ」より 違った言葉を、使えるでしょうか。
それは、知覚です。
知覚はけっして継続的ではありません。
それは、時のではありません。
私は、衝撃を 受けてきました。
私の息子は、死んでいます。
私は、衝撃を受けてきました。
そして私は、逃避が 無益であるのを、知覚します。
あの知覚は、あるものより離れて しまうのを、阻止するでしょう。
それは、形成された 習慣ではありません。
これが伝わっているのか どうかと思われます。
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33:54
DS: あなたが伝えて こられなかったのは、こうです。
仮に、私の習慣が、離れて しまうことである、とします。
で、それは、知覚の調整です。
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34:05
K: ちょっと待って、ちょっと待って。
私の息子は、死んでいます。
それは、大きな衝撃です。
あの瞬間に、あなたが、私の 友だちが、やってきて、言います
- 「ほら、これから、けっして 逃避しないでください」と。
あなたは、私の友だちです。
あなたは、大きな慈しみをもち、
大きな気づかいをもって、 そう言います。
私は見ます - 「これから 逃避するな」と。
私は、あなたの声がきわめて明らかに 聞こえるし、私はそれの真理が見えます。
あなたは私に説明します - それの原理を です。
私は、「はい」と言います。
あの知覚は、すべての逃避を 阻止するでしょう。
逃避しないとの決断は、 何もありません。
決断はありません。
決断の機構は、作動しません。
なぜなら、私はよく気をつけて、 あなたに聞いてきたからです
- 「友よ、逃避するな」と。
それは、私の心に入ったのです。
それは、知的な概念 だけではありません。
それは本当に、私に浸透したし、 私は、「そのとおり」と言います。
私は、真理を知覚したのです - 逃避は全く無意味である、と。
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35:20
RB: それは本当に私の中へ浸透した、 それは本当に私の心に入った、と
仰るとき、それは どういう意味ですか。
そのとき、あの知覚の 母胎は、何ですか。
それは、明白に 頭脳ではありません。
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35:34
K: なぜですか。なぜあなたは、 それは頭脳でないと、仰いますか。
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35:40
RB: なぜなら、頭脳は 時の中で、機能するからです。
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35:45
K: はい。それは 時に関与しています。
時の中で機能します。
知識は、時です。
その機能は、すっかり あの区域の中に、あります。
さて、私が、自分の息子の 死の衝撃の中に、あるとき、
私の友だちが やってきて、言います -
「ごらん。
君は、大変 苦しんでいるね。
私たちはみんな、経験するよ。
私たちは、それらを経ていく」と。
彼は、「ほら、逃避しないで。
なぜなら、 それは全く無意味だから」と、言います。
あの瞬間に彼は、私の中に 何かを、射し込んだのです。
ものすごい意義を 持っている種子。
すなわち、「逃避しないで、 事実に留まりなさい」と。
36:28
それが、彼が私に 語っていることです。
私は敏感であって、様々な ことを、聞いてきたから、
彼がそれを言うとき、私はきわめて速く きわめて深く、それを受け取ります。
そのとき私の精神、私の頭脳は、 自分の痛みに、鋭く気づいています。
で、ここに私の友だちが、やってきて、 「そうしないで」と言います。
それは即時に、真理を見ます。
そこで知覚は、学びではありません。
それは、いつの時も知覚です。
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37:01
PJ: 質問をしてもいいですか。
不幸にも、大きな 悲しみの瞬間に、
私たちは、あのような 友だちを、持ちません。
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37:11
K: ええ。私たちは、友だちを 養成したことがありません。
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37:14
PJ: ええ。友だちを 別にして、離れましょう。
本当に自分は、悲しみの中で 一人です。
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37:21
K: 全的に、です。
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37:25
PJ: さて、私たち自身の中で、何が 友だちに、取って代わりますか。
K: ああ、それは相当に単純です。
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37:32
PJ: そうでないですか。
|
|
37:33
私たち自身の中に、機構が なくてはいけません -
友だちと同じ本性を 持っているもの、
私たち自身の中に、あれを 喚起するものが、です。
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|
37:46
K: あなたは、こう訊ねていますか - 機構という言葉を使うとき、
友だちなしでも、 作動する機構が、ありますか。
あなたは、何と 仰いますか。
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38:04
DS: それが、私たちが学びに戻って くるところだと、私は言います。
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38:09
K: いいえ。彼女は、何か 他のことを、訊ねています。
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38:12
DS: 何かが、そこで 保たなくてはいけません。
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|
38:14
K: ププルジは、質問をしています。 私は、友だちを持っていません。
私が苦しむとき、 友だちは、ありません。
私は全くさびしい。
私の頭脳は、
この空っぽ、一人を、 感じます。
孤立の感覚です。
あの孤立の中に、こう 言う要因が、ありますか -
「あるものに留まりなさい」と。
逃避 しないよう私に語る友だちなしに、です。
それが問いです。 いいですね? ププルジ。
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|
38:52
PJ: はい。私は 感じを、持っています。
それ自体を見つめたこと、探究し、 究明したことがない精神にとって、
それは、可能ではありません。
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|
39:06
K: そのときあなたは、議論できません。
|
|
39:07
PJ: が、究明し、見つめ、 探究してきた精神は、
その中に、ものすごい悲しみの あの状態、それ自体の中に、
あの中から生じうる 智恵が、あるのです。
智恵が生ずることは、あの エネルギーの貯まりの中からです。
|
|
39:39
K: もう一人の人、人間存在を 取ってください -
記憶の無益さ、 記憶の制限を、見てきたが、
生涯ずっと 逃避しなかった人です。
突然に、彼の息子が 死にます。
そのとき彼の精神は、痛みに 鋭く気づいています。
また、彼は生涯ずっと、見守って、 学んで、知覚してきたから、
そのとき、逃避するとの 問いは、ありえません。
|
|
40:19
DS: そのとおりです。今、彼は 知っています。彼は知っています。
彼は、全的に参与しています。 彼は、確信を持っています。
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|
40:26
K: 確信ではない。彼は、真理を 見ます - 逃避はない、と。
|
|
40:32
DS: そのとおり。では、彼と知らない 人物との間の違いは、何ですか。
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|
40:36
K: たくさんの違いです。 なぜなら、彼は
ただ生涯ずっと、眠って いる人であるからです。
誰かが来て、彼の頭を叩きます。
彼は一瞬の間、目覚めます。
そのとき再び、眠りに戻って いきます。
|
|
40:47
PJ: この頭脳は、
目覚めていて、 悲しみに向き合います。
それは、過去、現在、未来の中で 動いている頭脳ではありません
- このように表しましょう。
現在にいられるこの能力は、
智恵の要因であるに ちがいありません。
|
|
41:20
K: ププルジ、それを単純に表すと、 あなたは、こう仰っていますか -
この人はいつも、あるものに、 留まってきました。
あるものから、けっして 離れていっていません。
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41:37
RB: しかし、いつも、あるものに いる精神にとって、痛みはありますか。
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|
41:50
K: はい、あるに ちがいありません。
RB: 私がいうのは、物理的な痛み って意味ではありません。
K: あるものについて、私は、自分の 息子に執着しています。
それは事実です。
DS: あなたは、息子に執着できる でしょうか - もしも本当に・・・
|
|
42:01
K: あなたが本当に目覚めているなら、 もちろん、ありえません。
|
|
42:04
RB: はい、そのとおり。 DS: で、それは、重要な点です。
|
|
42:05
なぜなら、あなたが本当に 自分の息子に、執着しているなら、
そのとき、頭脳の成分は、 そういうもので、
あなたはやはり、あの瞬間に 知りません。ああしないように、です。
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42:19
RB: これは矛盾です。なぜなら、 あなたがいつも、あるものにいるなら、
それは、目覚めた状態です。そこに執着は ありえません。
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|
42:33
DS: そのとおり。
PJ: 私たちは、中間の段階に ついて、話しています。
私たちはまだ、あなたがそう目覚めている ところの状態について、話していません。
私たちは、気づきの瞬間、 眠りの瞬間について、話しています
- 悲しみの瞬間、 逃げ去る瞬間について、です。
私たちは、きわめてまぜこぜの 袋について、話しています。
|
|
42:52
DS: さらに、私たちは頭脳が放り上げる 微妙なさまについて、話しています
- さびしさの瞬間に向き合って、 放り上げるのです。
単純な例を取ると、自己定義を 放り上げる - 「私はさびしい」と。
そのとき、あの自己定義に 執着しています。
そのとき、本当の感じと孤立は、 失われます - 苦しみは、です。
|
|
43:19
PJ: で、いつも現在に生きる 精神を、脇に置きましょう。
取り上げましょう・・・悲しみに 向き合って、私は何をしますか。
|
|
43:33
K: いいですよ。 出発しましょう。
椅子に座ってください。
あなたには、 そのほうが、居心地がいいでしょう。
私は、通常の人として、 悟りますか -
自分が、過去、現在、 未来であること、
私が、時を作る者であることを、 です。
これは重要です。
いいですか?
私は 自分の未来を創り出すこと、
私は、時を 作る者であることを、です。
私は、時の奴隷です。
初めに私は、それを悟りますか。
私は、きわめて、きわめて速く 歩めるのか、這っていくのか。
私は、自分がそうであるものに、未来が なろうとしていることを、悟りますか。
私が今、根本的に変化しないなら、私に 未来はありません。
理解されますか。
で、私は、この無量の事実に、私が時を 作る者であることに、気づいていますか
- 私は、自分の時を 作る者である、と。
私は、素人で出発するでしょう。
私は、素人です。
あなたが、やってきて、 私にこれを語ります。
そして私は それの真理を、見ます。
45:17
私は這っていく - 余生の間、眠たくか、
私は自分の時を作る者である ことを、悟るので、
私は、尋常でなく速く歩める、 走れるのか。
どの目的へ、 でもなく、走る。
さて、それが、素人としての 私にとって、真理であるなら、
そのとき、あの精神の状態に おいて、私の息子が死にます。
私は、これが 重要であると、考えます。
私の息子が死にます。
私は 当然に、衝撃を受けます。
物理的な衝撃です。
またそこには、心理的な 衝撃も、関与しています。
私は、自分の時を作る者であるので - よろしいですか - 私に何が起きますか。
そのとき、逃避の問いは、 ありません。
これらに付いてきておられるのか どうかと、思われます。
ああ、これは重要です。進んで ください。私は理解しますよ。
|
|
46:26
PJ: で、多くの知覚が、あります。 あなたを或る状態に、導く知覚が、
多くあります - そこで、精神がその 不適切さを見て、休止するものに、です。
私は、そう言うでしょう。
私は、 それが終わるとは、言わないでしょう。
脳細胞は、休止します。
私たちは、それを知っています。
私たちは、それに 気づいています
- すなわち、脳細胞を導いて 休止させる知覚が、ある、と。
私は、別の表現を使っています。
あなたは、
それは、私が時を作る者であるとの 知覚だと、言うかもしれません。
それは、「私」の実在を見られない 無能力への知覚なのかもしれません。
|
|
47:24
K: ププルジ、あなたは、自分が時を 作る者であるとの実在が、見えますか。
私は、他の様々な形の知覚に ついて、話していません。
あなたが私に語るとき、 私は見ますか -
あなたは自分自身の 未来を創り出している。
すなわち、時を 作る者であることを、です。
|
|
47:47
PJ: ええ、それは容易いと、思います。 それを見ることは、可能です。
|
|
47:50
K: さて、待って。あなたは それを見ます。観念としてでなく、
理論としてでなく、 ものすごい悟りとして、です。
さて、私の息子は 死にます。
私は痛みの中にいます - 当然です。
そのとき、私は 逃避しません。
なぜなら、私は、私自身の時を 作る者であるからです。
|
|
48:25
PJ: あなたは、困難をご覧に なりますか。私は言っています -
私は、自分が時を作る者である ことを、この瞬時に、見ます。
私の息子は、死にます。
あの瞬時に、
「私は、時を作る者である」は、 私の精神に、ありません。
K: ああ、いいえ、それはあります。
|
|
48:42
PJ: それはどうしてですか。
|
|
48:44
K: 私は、私が時を作る者である との真理を、見たのなら、
|
|
48:46
私の息子が死ぬとき、 その真理は、
逃げ去ったり、逃避したり、隠れたり しません。それはあります。
|
|
49:00
PJ: それが、記憶として そこにないなら・・・
|
|
49:04
K: ええ。それは、記憶と して、そこにありません。
PJ: それは、どこにありますか。
|
|
49:07
K: 真理として、それはあります。
|
|
49:09
記憶ではない。 PJ: この 神秘的なものは、何ですか。
|
|
49:13
「真理としてそれはある」と いうのは、どういう意味ですか。
DS: 私は戻りたいですね。
私は、自分が時を作る者である ことを、見てきました。
|
|
49:27
K: あなた自身の時を作る者です。 それは、ものすごいことです。
|
|
49:33
DS: ものすごい。そして 今、私の息子は死にます。
私は、自分の息子が死んだとき、 私が作ってきた私の時が、
動揺してしまったことを、 感じます。
|
|
49:51
K: 私たちは、それを 持っていないのです。
|
|
49:53
RB: あなたは、こう仰っていますか - 私は時を作る者であるとか、
何でもですが、自らが 真理を見てしまったとき、
その真理は、破壊可能でない。それは いつもある、と。
|
|
50:09
K: もちろんです。
RB: それは、記憶が浮かんでくるの ではない。
|
|
50:15
K: ええ。それは胚です。
|
|
50:18
胚。植えられた種子に 似ています。
あなたが何をしようとも、それは 成長しつつあります。
それはある。
あなたは、それを押さえ込め、 それにセメントを載せられますが、
それは、セメントを突き抜ける活力を、 持っています - 芝のようにです。
|
|
50:39
PJ: それの、脳細胞への 関係は、何ですか。
|
|
50:45
K: ああ、ちょっと待って。今、 それに違ったように入りましょう。
脳細胞は、私が素人として 見守ってきたかぎり、
それらは、知識により 条件づけられています。
知識が、それらの安全です。
ですね?
それが、知識でないなら、 それは、何かの形の幻影です
- 理論的、哲学的、 宗教的な幻影です。
さて、それは、一つの宗教から別のへ 動けます。
一つの形から別のへ、
ですが、それは、変異では ありません。
ですね?
何が、変異をもたらしますか。それが あなたが訊ねていることですか。
|
|
51:37
PJ: 或る面では、ね。なぜなら、 これらの胚が、頭脳の一部であるなら、
頭脳は変異させられるからです。
|
|
51:46
K: させられます。
PJ: そのとき、頭脳は、 変異しています。
あなたへ、表させてください。
|
|
51:52
K: 思考は、物質的な過程です。
|
|
51:54
PJ: いいえ。私は、何か 違ったことを、言っています。
この真理の胚が、 脳細胞の一部であるなら、
そのとき脳細胞は、変異したのです。
|
|
52:06
K: はい、そうなりました。
|
|
52:08
PJ: これが、私が話したいと思うこと です。 K: もちろんです。もちろんです。
|
|
52:10
それが、私が 言っていることですよ。
私は、あなたに聞くなら - 理論として、ではない。
私が訊ねて行った誰か人物や あれやこれとして、ではない。
私は、あなたに聞きます - ものすごい尊敬の感じ、
大いなる慈しみの感じを もって、です。
私は、あなたが言うことが 真実だと、感じます。
私は、あなたが言うことは 真実であると、見つけたのです。
あの胚が、 植えられたのです。
それは、自らのものすごい 活力を、持っています。
ですね? これは、明白です。
|
|
52:56
PJ: 胚は、時を作ることと、 何の関わりも、持っていません。
|
|
53:01
K: ええ、もちろんです。もちろん です。 DS: 学ぶことも、ですか。
|
|
53:04
K: 学ぶことはない。 ちょっとお待ちください。
|
|
53:07
私は、友だちとして、 あなたを訪ねてきます。
私たちは、互いに、 大変多く話してきました。
実際に私たちは、そうしてきました。
私たちは、大変多く話してきました。
あなたは、私を訪ねてきます。
なぜ なら、私の息子は死んだからです。
あなたは、ニューヨークから 飛んでくるし、
私に語ります - 「ほら、 逃避しないでください。
それは、あなたができる 最悪のことです。
泣きなさい。
それは解放の一部です が、逃避しないでください」と。
私は、あなたに聞きます - ものすごい注意をもって、です。
なぜなら、苦悩が、私をして、 聞かせるからです。
よろしいですか。
そして私は、 あなたに聞きます。
そして私は、あなたが言ってきた ことの真理が、見えます。
私はそれが見えます - 知的にでは ない。私はそれが真実だと見ます。
54:08
それは私の中の胚です。不滅の 胚です。それは進んでいきます。
私は泣くかもしれませんが、 それは、「見なさい」と言います。
それが、私が 言っているすべてです。
あなたは、私が逃避の様式の習慣を 破るのを、助けてきました。
それは、変異です。
私は、この循環に 捕らわれてきました。
あなたがやってきて、それを 指摘します。
それは破れています。
で、私は、いつの時も これをしますか -
この苦しみの瞬間に、 だけではなく、
私はいつの時も、これを しますか。
それが問いです。
その瞬間に、だけではない。
それは、ばかげていますが、
私はいつの時も、これをしますか - 聞いて、聞いて、ね。
|
|
55:11
DS: それが、本当の問いです。
|
|
55:13
K: もちろんです。 それが、本当の問いです。
|
|
55:20
DS: それは、こうも根源的な 問いですね。
|
|
55:33
なぜなら、それは、私たちの 日常生活に、挑戦するからです。
K: そのとき、それらは重要になります。
|
|
55:35
DS: その文脈の中、その問いの中でです。
|
|
55:38
K: あなたは、私に挑戦します。 私に語ります -
「あなたは、何について 話していますか。
何という戯言ですか!
」と。 よろしいですか。
私自身において、私が十分に鋭敏で あり、私が十分に批判的であるなら、
「あなたが言うことは、 何という戯言か」と。
そして私は、訊ねはじめます - 「そうなのか。
私は見たい」と。
それは、いつの時も新鮮です。
それは、死の瞬間にだけではない。
それが、眠っている人に、 起きることです。
もし私が一日中、眠っている なら - 習慣、課業、
金儲け、セックスや 酒によって、です -
衝撃の瞬間に、 私は逃避しますが、
私はずっと、これをしてきた なら - よろしいですか -
そのとき死は、 私にとって挑戦です。
悲しみや衝撃として、ではない。
それは、私にとって挑戦です。
そうね、この脈絡において、私たちは ともに議論すべきか、話し合うべきです
- 洞察とは何であるか、です。
それは、時のではない。
それは、記憶のではない。
それは何ですか。
私たちが先日、言いましたように、 知識のではない行為が、ありますか。
|
|
57:23
DS: あなたは、これを知覚と 呼ぶのでしょうか。
|
|
57:32
それは知識のではない。ええ。 K: ええ、もちろんです。
私たちは、ここで、それに ついて話していました -
幾らか前に、ボーム博士と、この 事実について、です。
すなわち、
洞察が、変容させるか、まさに 脳細胞自体に変異をもたらす、と。
私たちはそれについて議論し、 彼はそれを見ました。
彼は同意しました - 私が 間違っていないなら、です。
私は、誤っているかもしれません。
訂正は受けつけます。
すなわち、即時に何かを見る - 何かの真理を、です。
合理化するのではない。
説明、結論、
それから、その結論から 行為するのではない -
それは決断を行うことです。
それは 問題を解決している精神です。
または、問題を 解決している頭脳ですが、
明らかに、即座に見る。
|
|
58:32
DS: そのとき、けっして あの方向へ行かない。
|
|
58:35
K: まったくね。終了しました。
|
|
58:38
DS: 私はそれについて、何らかの 面でボーム博士に、不同意です。
私が不同意するわけではなく、私は それを、根源的な困難と考えます。
日常生活で・・・
|
|
58:52
K: お待ち ください。私がこれを述べました。
ボーム博士は、それを言いません でした。
私が述べました。
彼は、同意しませんでした。彼は 礼儀正しかったのかもしれません。
|
|
59:03
DS: 私は、あると思います・・・ このように表しましょう・・・
私たちは、さらに 入らなくてはなりません -
この洞察が根源的であるのを阻止 するのは、何であるのかへ、です。
K: 大いに、です。
|
|
59:20
DS: ・・・ それで、確信がとても強いので、
|
|
59:21
それはけっして、あの方向へ動きません。 PJ: 私が言ってもいいなら、
|
|
59:32
精神や頭脳は、まず第一に、それ自体を 緩やかにするのを学ぶと、私は思います。
私はそれを 言っています・
・・
私は、精神への観察こそが、 頭脳を緩やかにすると、思います。
この休止は、 生ずべくして生じます -
どの衝撃とも、 その衝撃への応答との間に、です。
私は、洞察が可能であるのは、 あの休止の中のみだと、思います。
何であれ、洞察が生ずるのは、
あなたの感覚すべての一定の 集まりが、あるとき、生じます
- それらが作用しない 不動性の点まで、です。
|
|
1:00:30
DS: で、あなたは、方法を 提案なさっています -
精神を準備するものを、です。
|
|
1:00:32
PJ: それは、方法ではありません。
私がまたも方法を出すなら、クリシュナジは こっぴどく叱られるでしょう。
私は方法について話していなくて、精神の 観察こそが、精神を緩やかにします。
|
|
1:00:42
RB: 方法ではないが、クリシュナジに とって洞察は、即時に来るかもしれません
- たぶん、いつの時も、です。
私たちは知りませんが、
私たちのほとんどにとって、 探究の過程が、あります -
私がその言葉を使ってもいいなら、 理性的なものが、です。
その探究の過程は、或る種の 洞察へ、つながります。
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1:01:11
K: 待って、待って、待って、 待って。私は確かではありません。
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1:01:16
PJ: 私はそれを、そのように 表さないでしょう。
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1:01:17
K: 私はそれを、まったく そのように表さないでしょう。
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1:01:22
PJ: あなたが見るにつれて、 知覚は花開きます。
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1:01:28
私は、それについて、 全く確信しています。
RB: が、あなたは、探究の 価値を、否定されませんね。
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1:01:31
K: ええ。ちょっと待って。 私は貪欲です。
私は、貪欲の全的な 含蓄を、見ます。
合理化しません。
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1:01:49
RB: ええ、 合理化していません。私は見ます。
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1:01:51
K: 私は、貪欲の複雑さ全体と動きを 見ます - それの全体を、です。
それへの洞察を持つことが、 それが終わることです。
すなわち、脳細胞は貪欲が慣習になって います。
それが、それらの習慣です。
さて、それの帰結全体への 知覚が、それを破ります。
それが洞察です - それを破るのは、です。
RB: それは、即時です。
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1:02:28
K: それは即時ですし、終了しました。
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1:02:31
DS: でも、もしもそれが真実で あったなら、クリシュナジ、私たちは
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1:02:33
長年あなたに聞いてきたし、私たちは 長年これについて話してきましたが、
私たちはこれを、千回 浚ってきました。
K: が、それは起きません。
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1:02:42
DS: 私たちは見ません。
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1:02:46
それは、私たちが探究しているさまが それ自体、或る面で私たちを
制限しているからだと、私は思います。
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1:02:57
K: はい。探究しないでください。
待って、待って、待って、 いえ、ちょっと待って。
探究しないでください。
あなたは、何をするのでしょうか。
私は真剣です。
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1:03:09
DS: 存じています。
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1:03:10
K: 私は探究しません。 私は貪欲です。何が起きますか。
私はそれに耽溺しますか。
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1:03:33
DS: それは止まります。
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1:03:35
K: が、私が、なぜ私が 貪欲なのかを、探究するなら
- これのため、あれのために、 と - 私は外れています。
間違った方向で、 紡いでいきます。
が、私は、「いいよ。
私は貪欲です」と言います。
それは事実です。
私は、それに留まります。
私は、ひどく感覚的です。
私は、それに留まります。
または、他のどの人間的な錯綜も、 私は、その事実に留まります。
なぜ私は、 探究すべきですか。
DS: それは習慣です。
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1:04:13
K: いいえ! 私たちは望みます -
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1:04:14
因果作用が、私たちがそれを取り 除くのを、助けてくれるだろう、と。
DS: それは習慣です。
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1:04:19
K: いいえ。
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1:04:20
それは、原因を 見つけたいとの欲望です。
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1:04:25
DS: すなわち、原因より 自由でありたいとの欲望です。
K: 等々ですが、私がそれに留まるなら、 それは、自らの活力を持っています。
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1:04:45
DS: それは、 あきらめるのに似ています。
それは、こうも可笑しい。
それは、こうも逆説です。
言い換えると、私がしたいこと こそが、探究しつづけるんです。
なぜなら、私はそれより 自由でありたいからです。
私を罠に填めているまさにそのもの です。
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1:05:00
K: ええ、もちろんです。
PJ: 質問をしていいなら、洞察の 前の、ほんの一瞬は、何ですか。
洞察の前の、 ほんの一瞬は、何ですか。
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1:05:19
K: ご覧ください。仮に、私は 問題を持っている、とします。
私はあなたへ行くし、 あなたと議論します。
私はあなたへ行きます。
私は議論します - その問題の解消の中で、です。
私は、それについて 議論します。
なぜなら、私は本当に、それに ついて、何かをしたいからです。
私は、それより逃避したくありません。
私は、行為したいのです。
いいですか?
付いてきていますか。 私は行為したいのです。
すなわち、私は問題に対して行為 するために、それに指令しています。
ところが、問題は、 こう言います -
「私に対して行為しないでください。
私はあなたの問題です」と。
問題は、あちらにありません。
それは、ここにあります。
いいですか?
で、私は 問題を外在化させてきたし、
私は、それについて何かをしたいの です。
ところが、問題は私です。
私はそれを明らかにできているのか どうかと、思われます。
1:06:28
で、私は言います - 「いいよ。 私はこれを理解した。
私は分析もしない、何もしないだろう。
問題はそこにある。それは私だ」と。
そして私はいつの時も、それが どう行為するかを、見守っています。
「私」がどう行為するのかを、 です - それが問題です。
私は、まるで部屋に蛇がいるかの ように、見守っています。
私はいつの時も、それを見守っています。
あらゆる反応、あらゆる思考を、です。
私はそれを制限したり、拡大したり しません。
私はそれを誇張しません。
「私はそれを見守っている」と、 私は言います。
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1:07:07
DS: それは、深い確信を 含意しているので、
私と問題との間に、 何も違いがないし、
私は、そのあるがままほどで しかありえません。
それは、私に起きませんでした。
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1:07:24
K: もっと多く、ね。
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1:07:25
DS: が、それは、もっと 深く含意しています -
私はまさにこれに他ならなかったし、 過去と未来はないことは、です。
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1:07:35
K: が、そうね、世界のように、特に、 アメリカとヨーロッパで、ですが、
もっと多く、もっと多く、もっと多く です。
私はこれへ行く。私はあれへ行く。
私は他へ行く。
もっと多く、 もっと多くを、得ています。
そのとき、何ですか。
で、これは、本当に良い問いを、 持ち出します。
すなわち、
私は、あなたと関係を持っている なら - すなわち、私の友だちです。
あなたは、私の友だちです。
私は あなたと関係を持っています。
ゆえに私は、あなたに 聞いています。
どの関係も、常に聞くこと、 やりとりであるはずです。
私たちは、そのすべてを止めてしまって います。
何も関係がありません。
私は、私の道を行きます。
あなたは、あなたの道を行きます。
それが私に合っているとき、 私は、あなたと協働するでしょう。
それがあなたに合っているなら、 あなたは、協働するでしょうが、
他のことでは、私たちは、 全的に分離した人間です。
私がひとたび、私があなたに全的に 関係しているのを、悟るなら
- その言葉の最も深い意味で、です - 私はあなたに、聞かざるを得ません。
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1:09:05
DS: あなたが、 「私に聞いている」と仰るとき、
あなたはまた、それはこういう 含意だと、仰っていますか -
私がどこにいようとも、あなたは いつも、私に聞いている、と。
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1:09:15
K: もちろんです。また私は、あらゆる 物事について、ひどく疑い深い。
私は自分自身の中で、問います - 「これは・
・・?」とね。
で、私の精神は、ものすごく 敏感です。
頭脳は活動的です。
それは、何かおぞましい小さい習慣の 中で、眠りに就いていません。
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1:09:35
PJ: どの点にも、あの精神は 保たれていません。
K: 何?
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1:09:45
PJ: どの点にも、あなたの あの精神は、保たれていません。
K: ええ。
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1:09:47
DS: 留め置かれていない。
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1:09:51
PJ: それが自体を固定する 点は、何もありません。
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1:09:56
K: ええ。それは、本当に 執着がない、という意味です。
許してください。
私は、その言葉を 最も深い意味で、使っています。
執着がないとき、慈しみ、愛、 その他すべてが、あります。
さて、戻りましょう。
時間は ありますか。時間はありますか。
PJ: あなたは、進められます。
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1:10:43
K: 私は議論したいと思います
- 頭脳と精神との間の 違いについて、です。
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1:10:52
DS: あなたは、どれほど具体的に、 それについて議論したいですか。
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1:10:55
K: できるかぎり、 具体的に、です。
どの科学的とか 他の視点からでもなく、
自分自身を見守り、 観察してきた素人として、です
- 世の中を観察してきた、 などなどです。
私は、その二つの間に、 巨大な違いがあると、思います。
頭脳は本質的に、 感覚的な組織体です。
その組織体は、生において 最も優勢です。
人間たちにおいて、思考、 その含蓄すべてが、です。
その頭脳は、きわめて 制限されています。
なぜなら、それは 知識の平野にあるからです。
それは、あれにより条件づけられて います。
それは、知識です。
その頭脳は、常に動いています - 一つの隅から別の隅へ、
ですが、それは、 同じ区域にあります。
1:12:09
ゆえに、一つの隅へ動いて、 それは、自分が自由だと考えます。
または、同じ平野の中で他の隅へ行き、 それは、自分が自由だと考えます。
が、それはやはり 塀の中にあります。
頭脳は、これを 悟りますか。
または、あなたが、私に それについて、語ります。
そのときそれは、あなたが 言ってきたことへ、服従します。
その服従こそが、知識の 区域の中に、あります。
または、私は、 自分の頭脳が基本的に、
現在、制限されているとの 真理を、見ます。
この平野において、です。
私は それの真理が、見えますか。
見えるなら、私は、知識が一定の 水準で必要であるのを、知っています。
私は、他の知識を 何も持ちません。
私が言っていることを、理解 されますか。他の知識はない
1:13:22
- 私自身について ・・・です。
結局のところ、知識は、私自身に ついて、です。
理解されますか。
私は、自分がやはり、あの知識の 区域の中で動いているのを、悟るとき、
中断があります。
それは、自己が 終わることを、意味しています。
自己が終わることが、そのとき、 精神への回廊や扉を、開きます -
それは、私の精神ではありません。
それは、普遍的な精神です。
「普遍的なもの」ではない。
私は使いたくないが・・・
精神は、ものすごい、 無際限です。
しかし、一度 それが見たとき・
・・
精神の甚大さ(非道さ)への 知覚が、あります。
そのとき頭脳もまた、 あれで汚染されます。
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1:14:29
DS: あれで汚染されるが、 またおそらく、
精神へ違った関係にある。
K: もちろんです。
DS: それは、別の問いに なるでしょう -
精神の全的知覚の脈絡において、 頭脳はどう機能しますか。
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1:14:46
PJ: 私たちは、それに入られる前に、 私は彼に、質問をしたいと思います。
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1:15:06
彼はこう言います - この心理的平野の どの中断も、知覚へ扉を開きます。
K: 無量性の、ね。
PJ: ・・・あの無量性へ、です。
私たちは、その言葉を 使います -
一度その無量性の知覚が、精神を汚染 すると・・・
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1:15:14
K: 頭脳を汚染する。
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1:15:21
P: あなたが仰る括弧付きの「汚染 する」とは、どういう意味ですか。
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1:15:23
K: それは、新鮮な空気が部屋に 入ってくるのに、似ています。
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1:15:27
PJ: それで精神・・・頭脳は、 けっして同じではない?
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1:15:31
K: けっして同じではありません。 それはありえません。
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1:15:36
DS: もっとそれに 入りましょう。
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1:15:39
私たちがいうその汚染とは、 どういう意味ですか。
頭脳が汚染されるとき、 それには、何が起きますか。
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1:15:54
K: 何という言葉か!
そのとき、何が起きますか。
何が起きますか。
そのとき、あなたは、段階的な 過程を、持ち込みつつあります。
K: いいえ。
ああ、それがすべてです。 気をつけて。私は、一度と言いました。
私は、頭脳がこの区域の中で機能 しているとの真理を、見るなら
- いつの時も、一つの隅から他へ 動いている。
選択、自由です。
それは、自らの全くの制限を、見る とき・・・
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1:16:43
DS: それは宣告です。
K: ・・・そのときそれは、窓を破ったの です。あなたは、窓を開けました。
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1:16:47
PJ: ええ。それは、 戻りえますか。
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1:16:49
K: どうやって? それは、新鮮な 空気が入ってくるのに、似ています。
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1:16:52
DS: けっして戻らない? K: 何へけっして戻らない?
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1:16:54
PJ: 再びあの循環へ入らない? DS: 言い換えるなら、ここに
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1:16:55
私たちは、これを持っています。 私たちはそれを、映像に入れます。
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1:16:57
私たちは、それを持っています。 回廊は開いています。
私たちはあれを 持っています。
PJ: 門は、閉められますか。
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1:17:07
DS: 門は、閉められますか。
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1:17:10
K: 門は、閉められますか。
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1:17:14
PJ: 開くことと閉めることが、 ありますか。 K: ああ、神様!
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1:17:18
ありえないでしょう。それは、あなたが やっているのは、ゲームではない。
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1:17:21
PJ: ええ。それはゲームではない。 DS: それは、きわめて真剣な問いです。
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1:17:24
K: 理解しますよ。誰が、それを 閉めようとしていますか。
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1:17:26
誰がそれを、開こうとしていますか。 DS: 頭脳。頭脳の習慣です。
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1:17:27
K: ああ、いいえ。すると、 私たちは理解していません。
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1:17:32
DS: 社会です。世界に生きる ことです。 PJ: いえ、いえ。
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1:17:34
私たちはここに、あなたとともに 座っています。 K: 世界は私です。
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1:17:35
PJ: 私たちはここに、 あなたとともに座っています。
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1:17:38
私たちはここに、あなたとともに 座っています。そして、門が開きます。
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1:17:42
あなたが行ってしまうとき・・・ K: 門は閉まります。
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1:17:44
PJ: またもや精神は、 閉まります。引き継ぎます・・・
K: いいえ。頭脳が引き継ぎます。
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1:18:03
DS: 頭脳が引き継ぎます。
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1:18:05
PJ: 頭脳が引き継ぎます。 K: 知識です。待って、待って、待って。
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1:18:07
頭脳が、引き継ぎます。 知識が、引き継ぎます。
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1:18:09
あなたは、それが引き継ぎつつあるのに 気づいていますか。 DS: はい。
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1:18:18
PJ: それはまたもや、門が 開いているんです。 K: ええ。
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1:18:20
DS: けれども、時々あなたは、自分が それを追って走っているように感じます。
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1:18:25
K: ああ、ただ、それを 見つめてください。
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1:18:30
この会話により、 窓は開いています。
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1:18:33
私は、外へ出て行きます。 そして、窓は閉まります。
私は、窓が閉まりつつある ことに、気づいていますか。
それは大変重要です。
それが閉まりつつ あることに、私は気づいているなら・・・
PJ: それは開いている。
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1:18:57
K: ・・・ それはすでに開いている。ですね?
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1:18:59
私は何をもしません。それは、私が それを閉めようと決断するとか、
開こうと決断するとかの 問いではありません。
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1:19:09
K: それが閉まりつつあるのを、私が 知覚した瞬間、それは開いています。
で、これは、反復される ことに、なりますか。
それが、あなたが訊ねている問いです。
常に気づく。閉まる。開く、とね。
もしも、それが起きたなら、 あなたは、何をするのでしょうか。
あなたの次の問いは、 何ですか。
あなたは本当に、窓が閉まるのと 開くのに、気づいていて、
知るなら・
・・窓が閉まりつつある ことに、あなたが気づいた瞬間、
そのとき、それは 開いています。
これが、あなたがいつの時も しようとしていることですか。
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1:20:00
PJ: 私は、自分自身に その質問をできます。
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1:20:03
K: あなたは、私に訊ねました。 私は、訊ねています。
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1:20:07
あなたは、何を するのでしょうか。
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1:20:10
PJ: 私はただ、 その問いに留まれます。
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1:20:12
K: いいえ。私は問いを越えてきました。 ちょっと待って。ププルジ。
私はこれを悟ります。
これが、私が余生 の間、しようとしていることですか。
開く、閉める、 開く、閉める、と?
私の問いにお答えください。
あなたは、何をするのでしょうか -
もしもあなたが、本当に知覚した なら、です。
気づいていて・・・
あなたが、窓が閉まるのに気づいた 瞬間、それは開いているのです。
これが、いかにくたびれる ことかが、見えますか。
このゲームが、いかにひどく 疲労困憊するのか、です。
で、あなたは、何を するのでしょうか。
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1:21:00
DS: 一度それが開いているとき、 それは、もはや可能ではありません。
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|
1:21:03
K: いえ、それは可能です。 あなたは、
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1:21:10
「くたばりやがれ」と 言って、それを閉めます。
DS: または、ずっと開けて おきます。
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1:21:12
K: そのとおりです。
ずっと開けておくのではない。 それが問題です。それを閉めなさい。
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1:21:21
PJ: 私たちには できません。
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1:21:24
K: ああ、ああ。 PJ: あなたは それを、閉められません。
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1:21:25
DS: 本当にそうお考えですか - それが 開いた後、自分がそれを閉められる、と。
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1:21:26
本当にお考えですか - それが開いた 後、自分がそれを閉められる、と。
あなたは本当は、そう考えませんね?
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1:21:34
K: ええ、考えません。
が、「私はこのゲームに くたびれている」と言う人には、
私は言います - 「ならば、 友よ、それを閉めなさい。
後生ですから、それを 閉めておきなさい。
それについて 悩まないでください」と。
なぜなら、それは 疲労困憊するからです。
あなたにとっては、このほうが 良い。
それを閉めておきなさい。
それが開いているなら、あなたは けっして、それを閉められません。
あなたが閉めるとの観念は、 起こりえません。
なぜなら、そうね、私たちは、「私は それについて何かをできる」との
視点より、それを見つめているから です。
それが、その本当の要所です。
あなたはそれを閉められる。
開けられる。それを玩べる、と。
一度あなたが、この感じの 制限を、完全に見るなら、
そのとき、あなたは 扉を開きます。
そしてこれは、「あなたは入って こられる」と言いますが、
それは、もはや 意味がありません。
終了しましたか。
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