MA8485Q1 - 第1回質疑応答会合

インド、マドラス(チェンナイ)
1985年1月1日
テキストのみのバージョン
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0:10
こんなに天気が悪くて、 残念です。
あなたたちが、あまり濡れていない ことを、望みます。
これは、新しい年の始まりだと、 されています。
私たちがいう新しい年とは、どういう 意味かと思われます - 新しいとは?
それは、新鮮な年ですか。
全的に新鮮な年ですか。
何か、かつて一度も起きたことが ないものですか。
私たちが、何か新しいもの、 と言うとき
- 私たちは、日のもとに新しいものは、 何もないのを、知っていますが -
私たちが、新しい幸せな年に ついて、話すとき、
それは本当に、私たちにとって 新しい年ですか。
または、それは、何度も何度も何度も 反復された、同じ古い様式ですか。
同じ古い儀式、同じ古い伝統、 同じ古い習慣、
私たちがしてきたことの継続ですか - いまだにしていて、
私たちは今年も 同じことを、するのでしょう。
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2:00
で、何か新しいことが、 ありますか。
本当に新鮮なことが、 ありますか
- 何か、あなたがかつて見たことが ないことが、です。
これはかなり重要な疑問である、 と思います
- あなたが 付いていくなら、です。
私たちの生の日々すべてを、 変えて、
何か、あなたがかつて見たことが ないものに、するのです。
それは、自らの条件づけより 自由になった頭脳、という意味です
- 自らの特徴と自らの体質より、
意見と判断と確信より 自由、です。
3:20
私たちは、それらを脇に置き、 本当に、新しい年を始められますか。
もしも私たちが、そうできたなら、 それは、すばらしいでしょう。
なぜなら、私たちの生は、 かなり浅く、
表面的であり、
ほとんど意味を 持っていないからです。
私たちは、 生まれています
- 好きでも、好きでなくても、
私たちは、生まれて、 教育されます。
それもまた、 妨げなのかもしれません。
そして、私たちの生の方向全体を、 変化させる
- それは、可能ですか。
または、私たちは永久に、 宣告されていますか -
かなり狭く、見かけ倒しで、
かなり無意味な生を、 送るように、です。
私たちは、 自らの頭脳と生を、
何か思考が組み立ててきた ものでもって、満たします。
4:58
これは、説教ではありません。 これは、説諭ではありません。
たぶん、世界の教会 すべてにおいて、新年は・
・・
そして、寺院、 その他すべても、ですが、
彼らは、同じ古いやり方で 継続するでしょう -
同じ古い儀式、供養、
サンデヒャー・
ヴァンダナム (曙の礼拝)、などなどを、です。
私たちは、 そのすべてを落として、
新たに、白紙で始められ、
そこから何が出てくるかを、 見られますか
- 私たちの心と 精神でもって、です。
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5:47
ここ(の書面)には、 幾つもの質問が、あります。
私は、それらを 見ていません。
なぜあなたは、他の誰かに、 質問をしますか。
なぜ私たちは、自分自身で解決 できない問題を、持っていますか。
なぜ私たちは、外側から 助けを、探し求めますか。
私たちは質問をすべきではない、 ということではない。
私たちは、質問をすべきです。
私たちは、要求すべきです。
私たちは、疑うべきです。
その他すべてですが、
誰から、あなたは、答えを 期待しますか。
質問を理解されますか。
ここ(の書面)には、 これら幾つもの質問が、あります。
私は、それらが何であるかを、 知りません。
が、私たちは、これらの疑問、これらの 問題を、自分自身で解決できませんか。
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7:00
問題とは、何ですか。
問題(プロブレム)は、 辞書の意味によれば、
何か、あなたに投げつけられた もの、ですね。
語源的に、 その言葉(プロブレム)の意味は、
何か、あなたに投げつけられた ものを、意味しています
- 問題(プロブレム)は、です。
私たちは、問題を けっして、新たに見つめません。
なぜなら、私たちの頭脳は、問題の 解消へ、条件づけられているからです。
私は少し、それに 入ってもいいですか。
子ども時代から、 子どもは、問題を持ちます
- どう読むのか、 どう書くのか、
学校へ行く。
そこで、その子は、問題を 解消するよう、教育されますね。
これらは、ご存じでしょう。
驚いた顔を しないでください。
すてきな・・・ かなり雨降りの朝です。
8:28
質問を理解されますか。
子ども時代から、彼らは、 問題を持つよう、訓練されます。
彼らは、学校へ行きます。
何ダースもの問題が、あります。
彼らは、学ばなければなりません - どう読み書きをするか、
どう数学をするかを、です。
後では、地理、歴史、
そして、試験です。
それは すべて、問題になります。
それで、頭脳は、問題を解決する よう、条件づけられます。
なぜなら、それは、子ども時代より、 問題を持つよう、そして、
それら問題に答えを見つけるよう、 訓練されてきたからです。
ですね?
私たちは、互いに理解し合いますか - 少なくとも、少しは、です。
はい?
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9:28
仮に、私は問題を持っている、 とします。
まず第一に、私はけっして訊ねません - なぜ私は、問題を持っていますか、と。
それは、関係の問題でも、
職務の問題などなどでも、 です
- 特に、心理的な問題、です。
なぜなら、 私の頭脳は、子ども時代より、
問題を持つよう、教育され、
条件づけられ、 培養されてきたからです。
どうぞ、これを 見てください。
そのとき、生すべては、 問題になります。
何をすべきか、どう行為すべきか、 何を考えるべきか、
- よろしいですか - 死について、 死後の生が、あるのかについて。
私たちの頭脳全体が、 条件づけられています -
それ自体に問題を 持つように、だけではなく、
また、それに積み込まれた 問題をも、です。
ですね?
で、それは継続的に、 問題を持っています。
で、生は、全体として、
それが、科学、数学や 物理学などであっても、
それはすべて、 問題になります。
なぜなら、私たちの頭脳は、問題へ、 条件づけられているからです。ですね?
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11:17
さて、問題を解決することは、 重要ではありません。
まったく問題を持たないことが、 そうなのです
- 心理的な世界と 頭脳に関して、です。
理解されますか。
どうかと思われます。
私は、話を明らかに できていますか。
どうぞ、私に 教えてください。
そうでないなら、私は、よく 気をつけて、それに入りましょう。
問題を持たない頭脳だけが、 問題を解決できます。
すなわち、問題より 自由である頭脳だけが、
問題に入れて、 それらを解消できます。
ですが、頭脳自体が、問題とともに 生きるよう、条件づけられているなら、
それはけっして、どの問題をも 解決できません。ですね?
12:25
政治的に、世界を、 何が起きつつあるかを、見てください。
彼らは、一つの問題を 解決しつつありますが、
その問題の解決こその中で、 他の1ダースの問題が、生じます。
なぜなら、政治家の精神は、 私たちのと同じく、
問題に 条件づけられているからです。
これを理解なさるのかどうかと 思われます。
ですね?
それは、 相当に明らかです。
で、そのとき、疑問は こうです -
頭脳が、それ自体の 条件づけを解くことと、
問題をまったく持たない ことは、 可能ですか。
すなわち、問題が生ずるなら、 それを解決する。
が、すでに問題に条件づけられている 頭脳でもって、ではない。
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13:22
ご覧ください。
仮に、私は何も問題を 持っていないと、します。
実のところ、私は 何も持っていません。
私が年老いている、 というのではない。
私は、問題を ほしくありません。
私は、問題を持ちたい 気が、しません。
それは、 さほどに単純です。
で、私の頭脳は - 私は 自分自身について話していません -
私は、他の誰かについて、 話しています。
私は、Kについて、話しています - ここに座っている、外側の誰か、です。
で、それは、個人崇拝では ありません。
ですね?
私は問題を 持っているかぎり、
私はけっして、どの問題をも 解決できません。
ですね?
私たちは、それが 見えますか。
そのとき、私の問いは、 こうです -
私は、この条件より、 自由でありえますか。
すなわち、初めに問題を持つ、それ から問題を解消することより、です。
よろしいですか。
理解されますか。
で、私の問いは、 こうです -
私の頭脳は、それ自体の 条件づけを、解けますか。
それで、自由であり、
自由であるので、それは、 問題を解決できるのです。
問題の解決の中で、他の問題が 生ずる、のではない。
それは、問題の終わりです。
理解されますか。
仮に、Kは、誰かを憎む、 とします
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15:13
- そうでないのを、望みます。
誰かを憎む。
それは、問題になります。
私の頭脳は、問題へ 条件づけられているので、
そのとき、「私は憎しみについて、 何をしようか」と、言います -
「私はいかに、それを止めるべきか。
私はそれを制御できるか。
私はそれを抑圧できるか。
私は、それより逃げ去れるか。
私は、親切でなければならない。
私は、寛大でなければならない」と。
それはすべて、 問題になりますね。
それは、問題とともに、 ぐるぐる円周を回ります。
が、私は自分自身に訊ねます。
Kは、彼自身に訊ねています
- 頭脳は、問題すべてより 自由でありうるのかどうか、です。
性的な、関係の、 神の問題、儀式の問題、
民族、国家の問題 - いいですか。
戦争、平和。
で、それは、完全にそれより 自由であるように、です。
それは、可能ですか。
どうぞ、あなた自身に この質問を、してください。
問題より完全に自由である ことは、可能ですか
- そこに、何の防衛や攻撃も ないように、です。
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16:37
Kは、それは可能である、 と言います。
それを受け入れないでください。
なぜなら、あなたが それを受け入れるなら、
それはあなたにとって、 何の意味もないからです。
それは、或る白痴の主張ですし、 全く間違っているかもしれません。
で、あなたは、自分の頭脳を、究明 しなくてはいけません。
気をつけて。
私はそれを、 気をつけて使っています。
あなた自身の頭脳を、 究明してください。
で、それが本当に、問題より 自由であるように、です。
そのとき、問題が 生じます -
誰が、頭脳を条件づけより 自由にすることに、なりますか。
そのとき私たちは、それは外部機関で なければならない、と言います -
神か、導師か、 或る天使か、
或る思想か、権威、です。
理解されますか。
訊ねる過程 - それ自体の条件づけより 自由であることは、可能ですか、と。
その問いを訊ねること こその中で、私たちは、
導師、権威を考案します。
理解されますか。
で、私は、その質問を しないでしょう。
これらを理解されるのかどうかと 思われます。まあ、私は進むでしょう。
18:06
私は、その質問を しないでしょう。
私は、こう言うでしょう - さて、 その質問をしているのは、誰ですか。
私が自分の条件づけより自由である ことは、可能なのかどうか、
その質問をしているのは、 誰なのか、
答えようとしているのは、 誰なのか、です。
質問を理解されますか。
私は、すべての権威を、 脇に置いてきました -
すべての導師、すべての書物、 すべての神、すべての天使、
外側のすべてを、 完全に、です。
なぜなら、それらは、 意味がないからです。
そのとき私は、 自分自身に訊ねます
- その質問をしているのは、 誰ですか。
そして、答えを受け取ろうと しているのは、誰ですか。
ですね?
私たちはここで、一緒に 働いていますか。
または、あなたは 沈黙しているだけですか。
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19:04
さて、錯綜が来ます。あなたが 進んで、錯綜へ準備しているなら、
私たちは それに入るでしょう。
さて、私たちのほとんどは、質問をし、 それから、答えを待ちます。
ですね?
そして、答えが、都合良いとか、 快適でないとか、それについて
むしろ自分が恥ずかしくなるなら、 あなたは、それを脇に置きます。
で、あなたは、質問をします。
そして、 あなたは、答えを待っています。
そして、答えは、あなたの 背景に応じて、です。
ですね?
それは明らかです。
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19:56
さて、その質問をして、それを 放っておいてください。
私の問いを理解されますか。
すなわち、 私は、その質問をしたのです
- 私の頭脳は、問題すべてより 自由でありうるのかどうか、です。
それで、来るどの問題をも、 それが解消できるように、です。
問題は、挑戦です。
それが、死の挑戦でも、
悲嘆の挑戦、恐れの挑戦 などでも、です。
ですね?
私は、 その質問をしたのです。
問いが真剣であるなら - そうなのですが -
それへのどの返答も、私の条件づけに 応じて、になるでしょう。
ですね?
よろしいですか。 あなたは、かなり不確実です。
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21:03
私の頭脳は、問題へ教育 されてきましたからです。ですね?
私が、その質問をするなら
- 頭脳が、問題すべてより自由 であることは、可能ですか、と。
即時の応答は、 こうです -
「いいえ、それは可能では ありません」とか、
「それは可能です」、 すると、「どうやって?
」と。
で、「どうやって」と質問することは、 もう一つの問題を、創り出すことです。
「私は、あの導師の代わりに、 あの導師を好む。
私は、あの書物より、 あの書物を、好む」などとです。
それが正しくても、正しくなくても、 です。
私はそれに捕らわれています。
で、私がすることは、 その質問をすることです。
それは、きわめて 真剣な問いです。
頭脳が、すべての問題より全的に 自由であることは、可能ですか。
22:03
それは、 ものすごい問いです。
私は、それへ答えを 探し求めないでしょう。
その問いこそが、ものすごく 重要になります。
理解されますか。
私はそれを放っておきます。
その問いこそが、 自らの活力を、持っています。
これらを理解されるのか どうかと、思われます。
あなたは、私とともに、 そうしていますか。
すなわち、私は その質問をしたのです。
私は、答えを 探し求めません。
気をつけて。
これは、ものすごい、 大きな注意を、必要とします。
「ああ、私はその質問をしよう。
待とう」と言うだけではない。
私は、全く真剣に、 その質問をしたのです。
ゆえに、すべての注意を もって、です。
私は、その問いを、 放っておきます。
23:17
私は、それに 介入していません。
私は、「答えは何ですか」と 言っていません。
その問いが、 真剣であり、
ものすごい活力、意義を、 持っているなら、
問い自体が、 答えはじめます。
私が答えるとか、 あなたが答えるとか、ではない。
これは明らかですか。
あなたは今、 こうしていますか。
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23:51
もちろん私たちは、心理的な 問題について、話しています。
テクノロジー的な 問いではない。
私は職を得るだろうか、 私は試験に通るだろうかのような、
それらの種類の事柄ではない。
で、問いが重要です。
答えが、ではない。
なぜなら、問いが、 大きな切実さ、大きな強烈さを、
その問いの裏に熱情を、 持っているなら、
そのとき、その問いこそが、 花開いて、答えるでしょう。
または、 萎れてしまうでしょう。
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24:33
が、私たちがすることは、 こうです -
私は、自分の頭脳の 条件づけを、解けますか。
それは可能ですか。
どうするかを、 私に教えてください、と。
そのときそれは、 問題になります。
理解されましたか。
私たちは進んでいいですか。
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24:58
ここには、幾つもの問いが、 あります。
私は、それらが何かを、 知りません -
真剣なのか、浮ついているのか、 無意味なのか。
そして、誰が、これらの問いに、 答えようとしていますか。
あなたは、Kが答えるために、 質問をしたのですか。
または、あなたが、 質問をしたのですが、
その問いが、究明されなければ なりません - 答えが、ではない。
なぜなら、問いの中に、 答えは潜んでいるからです
- 問いの外側に、ではない。これを 理解されるのかと思われます。
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25:50
私は知りたい、私は真剣に 入りたいと思います -
私は、神が存在するのかどうかを、 知りたいと思います。
ですね?
私が、ではない。
K、他の誰かは、
神が存在するのかどうかを、 知りたいと思います。
あなたはいったい、どのように 見出すのでしょうか。
あなたは、本当に 正直であるなら、
あなたは、本当に 真剣であるなら、
信念、信条は、 何の所をも、持ちません。
または、伝統、「私は神を 信じている」も、ですね。
私は、自分がとても背が高くあるべきだ と信じている - それぐらいのことです。
私は、神が存在するのかどうかを、 見出したいと思います。
それは、前に言われたことすべてを 脇に置く能力のある頭脳を、
私は持たなければならない、 という意味です -
それが、ウパニシャッドでも、 ギーターでも、何か他の書物でも、
コーランでも、バイブルでも、です。
27:03
頭脳は、見出すように、全的に 自由でなければなりません。
科学者のように、です。
ですね?
科学者が、仮説、命題を 究明しているなら、
彼は、「私はこれらの 物事を憶えているぞ。
私は答えを見つけるだろう」 とは、言えません。
彼は、自由に究明できなければ なりません。
ですね?
で、私の頭脳は、自由ですか。
神がいるのか、いないのか、 ではありません。
ですね?
同意されますか。
あなたの頭脳は、 自由ですか。
または、怯えていますか。
または、心配し、さびしいですか。
それらの要因が存在するかぎり、あなたは けっして、見出さないでしょう。
で、神は、まったく 重要ではありません。
見出す自由があるのか どうかが、です。
ビヤン? 私たちは、ここを 一緒に進んでいけますか。
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28:17
第一の質問: 「私は、 あなたが仰っていることを、
どんな圧迫、緊張、努力もなく、 つかまえたいです。
どうやって、こうしますか」。
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28:35
「私は、 あなたが仰っていることを、
どんな圧迫、緊張、努力もなく、 つかまえたいです。
どうやって、こうできますか」。
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28:55
K: まず第一に、それは、 間違った問いです。
なぜなら、あなたは、「どうやって」を 訊ねているからです。
いわゆる倫理的、道徳的な、
そして、その言葉を使って いいなら、「霊的」なことで、
「どうやって」という 質問を、するとき、
あなたは、 不道徳的になります。
あなたが、「どうやって」を 訊ねるとき、
その「どうやって」には、 何が含意されていますか。
どうぞ、私は あなたに訊ねています。
あなたが、「どうやって」を 訊ねるとき、
あなたは、テクノロジー的な 技術を、訊ねているのか
- そのとき、 教示者が、いますね。
教授が、います。
数学者が、います - 長年の間、 それに入ってきた人が、などです。
あなたは、彼に 「どうやって」を、訊ねられます。
30:12
しかし、あなたが、心理的な事柄に ついて、「どうやって」を訊ねるとき、
あなたは、誰に、「どうやって」を 訊ねていますか。
質問を理解されますか。
それは、あなたが、自分の外側の誰かに 訊ねている、という意味です
- 導師、Kのような哀れなやつや、 そのような誰かに、です。
あなたは、他の誰かから 何かを、求めています。
他の誰かは、 あなたに似ています
- 意見に満ちて、
達成、成功に、 満ちています。
霊的に、彼は五十年の間、 冥想してきました。
彼は、十年間、沈黙を 守ってきましたが、
彼は書きます。
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31:06
で、私たちは、「どうやって」を まったく訊ねないなら、
- それは本当に、 きわめて重要です -
そのときあなたは、自分自身で 見出さなくてはいけません。
心理的にもっと多く 知っている人は、
やはり、もっと多くを、 探し求めています。
理解されますか。
これをお分かりに なるのかどうかと、思われます。
朝に、あまりに 早すぎますか。
または、晩に、 あまりに遅すぎますか。
そうね、私たちは、みんな、 「もっと多く」、
「もっと良く」を、 ほしがっています
- それは、測量です。
私たちは、測量より 自由でありえますか。
ですね?
それは、 比較、という意味です。
それは、時など、 という意味です。
「もっと多く」には、 大変多くが、関与しています。
ただ、もっと多い、もっと 達成する、だけではありません。
「もっと多く」の含意も、です。
32:38
で、頭脳は、測量に、 捕らわれています
- 心理的に、です。
もちろんテクノロジー的に、あなたは 測量を、持たなければなりません。
さもないと、あなたは 何もできません。
心理的に、もっと多くを 要求することは、
さらに多くを、 含意しています。
で、いつも、もっと、もっと、 もっと多くが、あります。
ですね?
それは、 時の過程全体を、意味しています
- 進化、測量の、です。
ですね?
そのすべてより、自由である。
なぜなら、「もっと多く」は、 ないからです。
これは、あまりに錯綜しています。 私は、それに入らないでしょう。
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33:27
で、質問者は、訊ねます
- 彼は、 何の圧迫、緊張、努力もなく、
Kを理解したいと思います。
麗しい問いです。
Kが言っていることは、
何か、あなたなるものより、 異なったものではありません。
彼は、あなた自身を 見つめなさい、と言っています -
語り手を、ではなく、彼が 言うことを、ではなくて、です。
彼が言うことは、ただ、あなたに 起きていることの叙述だけです。
叙述、説明、 言葉の絵図、
言語的な輪郭です。
ですね?
ですが、あなたは、 自分自身を見つめません。
あなたは、「私はどうやって、 あなたを聞けますか」と言います。
私は、言います - 「わざわざ Kを聞かないでください。
そのかいは、ありません。
34:38
あなた自身を、よく気をつけて、 聞いてください」と。
そして、あなた自身を 聞くには、
出てこようとしていることに、どんな 先入観をも、持たないでください。
「これは悪い。
これは良い。これは だめだ」と、言わないでください -
「これは、麗しい思考だ。
私はそれを 取っておかなければならない」と。
ただ、あなた自身を 見守ってください。
ですね?
そしてあなたは、 「私は時間がない」と言います -
「私は、オフィスに行く。
私は帰ってくる。
妻がいる。 子どもたちがいる。
これがある。
あれがある。
私は、自分自身を見つめる時間が ない」と。
それは、戯言です。
あなたはたくさん、 時間を持っています
- あなたが そうしたいなら、です。
すなわち、あなたが バスに乗り込むとき、
自宅からバスへ行く。
あなたは 見るために、その時間を持っています。
または、バスに 座っている。
または、自転車に乗って、 道路を行く。
あなたは、何か真剣なことをしたいの なら、たくさん時間を持っています。
35:48
ですが、真剣でないことには、 千もの言い訳が、あります。
で、あなた自身を聞くか、 観察する。
そして、あなたの自己は、千の、百万の 他の自己より、異なっていません。
ですね?
これが難しいのは、 分かっていますが・・・
私たちは、個人性へ 教育されています。
ですね?
私たちはみんな、 分離した小さな身体です。
分離した実体、分離した魂、分離した アートマンです - 分離した、ですね?
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36:33
私は、それを問うています - 私たちは いったい分離しているのかどうか、です。
あなたは、褐色です。
私は、濃い黒です。 または、ピンクか、青か、白です。
私は、一つの言語を話します。
あなたは、別の言語を話します。
それは、私たちに、 言語的な分離的な感じを、
与えるだけではありません -
「私は、テルグ人だ。
あなたは、タミル人だ。」
- 進んでいく、 そのすべての戯言です。
で、あなたは、他の誰よりも、 異なっていますか。
あなたは、背が高いかも、 あなたは、低いかもしれません。
あなたのほうが、良い雇用をされて、 良い技能を持っているかもしれません。
それらはすべて、 外的なひらひらです。
あなたは、青いシャツを 着るかもしれません。
私は、白いシャツを 着るかもしれません。
37:43
その白いシャツと 青いシャツにより、
あなたは、私たちが 異なっていると考えます。
が、私たちは、実際に 異なっていますか。
考えぬいてください。
私たちは、実際に 異なっていますか。
私たちは、苦しみます。
アメリカ人、ロシア人、シナ人、 フランス人は、苦しみます。
ですね?
彼らは、あなたのように、心配です。
あなたのように、不安全です。
今そうであるように、 安全を探し求めています。
心理的に、内的に、
私たちはみんな、同様です。
ですね?
で、私たちは、人類です。
「私はKだ」ではありません。
それは、こうも戯言です。
私たちは、人類です。
それを理解なさるのか どうかと、思われます。
よろしいですか。
あなたは、「私は人類だ」と言う ことの含意を、知っていますか。
39:05
あなたは、それを言うとき、 それを言語的に言うのか、
あるいは、それを、 思想的な概念に変えるのか、
または、それは、 実際の事実です。
それがあなたにおいて、 どれであるかを、私は知りません。
それは、概念ですか。
それは、達成されるべき 理想ですか。
ですが、事実は、あなたが残りの人類に 似ている、ということです。
あなたは、大きな苦労、 退屈、さびしさ、
絶望、ものすごい利己を、 経てゆきます。
あなたたちの一人一人が、 そうであるように、です。
ロシア人も、そうです。
アメリカ人も、そうです。
シナ人も、フランス人も、 ドイツ人も、ですね。
オランダ人も、そうです - ここに 幾らかオランダ人がいるなら、です。
で、あなたは、 残りの人類です。
40:17
それが、 言語的でないなら、
それが、 知的な概念でないなら、
それが、理論でないなら、
そのとき、それは 実際の事実です。
それは、そうなのです。
それが事実であるとき、それは、 ものすごい意義を、持っています。
そのとき、あなたは、 他の一人を、殺さないでしょう
- あなたの国のため、 あなたの神のために、です。
なぜなら、そのときあなたは、 自分自身を殺しているからです。
あなたが、その含意すべてに、付いて いくのかどうかを、私は知りません
- すなわち、あなたは残りの人類であると、 深く悟ることの、です。
あなたは、人類です。
それは、究極的な 目標ではありません。
それは、事実です。
その事実とともに、 生きられますか。
それは、大いなる慈悲がある、 という意味です。
41:37
慈悲があるとき、 智恵があります。
そのときあなたは、 民族性、国籍すべて、
戦争すべてを、拭い去ります。
理解されますか。
私は、あなたを殺せません。
なぜなら、 あなたは、私であるからです。
これらを理解されるのか どうか、私は知りません。
それは、ものすごい重要性を、 持っています - これは、です。
重要性だけではない。
それは、事実です。
自らは、ものすごい深い意義を 持つ何かとともに、
生きなくてはいけません。
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42:27
で、私たちは、次の質問へ 進んでいいですか。
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42:33
第二の質問: 「私自身とは、何ですか。
そして、宇宙(コスモス)への 関係は、何ですか」。
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42:48
「私自身とは何ですか」 - 私、自己とは。
「そして、宇宙への その関係は、何ですか」。
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43:05
K: まず第一に、自己が 何であるかを、見つめましょう。
あなたとは、何ですか。
怯えないでください。
私たちは、 剥ぎ取られて、裸になろう、
拭い取り、自己が何であるかを 理解しようとしています。
自己は、名、
形態、
反応、
応答です
- それらは、 生物学的な事実です。
そして、専門職、
天職 - あなたはそれが お好きでしょうが、
それを得られません。
結婚、セックス、子ども、
子どもの責任、
オフィスへ行く責任 - 五十年の間、です -
取るに足らない小額を 稼ぐ、
そして、もっと多くを得ようと 野心的である
- よりよい住宅、車、 その他すべて、です。
それはただ 外的なしるしだけです。
44:38
それから、内的に、
あなたは何ですか。
実際に、あなたは何ですか。
理論化しないでください。
なぜなら、理論化することは、 意味がないからです。
あなたは、「私は神だ」と 言えます。
またはあなたは、「私の中に 光がある」と、言えます
- アートマン、光です。
または、私は末裔である・
・・ そうね。
あなたは、そのすべての 戯言を、払い除けるなら、
あなたは、何ですか。
あなたは、国との、 家族の出自(ルーツ)との
同一視を、持たないなら -
自分の知識における根、
- それは、 最も危険な根(ルーツ)です -
あなたは、信念、信条、 継続性に、根を持っているなら、
そのすべてが、 思考の活動です。
ですね?
ですね?
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45:59
で、あなたは、何ですか。
記憶ですか。
付いていってください。
あなた自身に 非情であってください。
ごまかしを しないでください。
あなたは、何ですか。
あなたは、記憶です。
ですね?
正直であってください。
正直さにおいて、 あなた自身において、
本当に深く 非情であってください。
他の誰かに、 非情でなくて、です。
あなたは、過去です。
ですね?
あなたは、過去です。
それは、あなたは物語(ストーリー)、 である、という意味です
- 歴史(ヒストリー)は、 人類の物語です。
ですね?
それは、記憶です。
いいえ?
いいですか。
私たちは、進んでいいですか。
あなたは、過去です - すなわち、記憶です。
あなたは、自分のおばあさんや おじいさんを、憶えています。
あなたは、自分の化学を 憶えています。
あなたは、様々な著者、 音楽家、歌を、憶えています。
47:37
ですね?
頭脳は、記憶です。
で、あなたは、記憶です。
私は、それがひどく 聞こえるのを、知っています。
で、あなたは過去です。
そして、過去は、いつの時も、 作動しています
- それが、記憶です。
あなたは、車を運転するには、 記憶が必要です
- ここから、あなたの家や、 あなたの事務所へ行くには、
あなたの気の毒な不幸な妻や 夫を認識するには、です。
そこであなたは、 記憶が必要です。
しかし、なぜ、この無量の記憶を、 持ち運んでいきますか
- あなたが、千年間か、一日間か、 蓄積してきたものを、です。
質問を理解されますか。
この記憶が、 作動しているかぎり
- それは、過去、自己であり、 ゆえに、利己です。
それは、すべての腐敗の 始まりです。
テーブルの下で、金銭を 渡すことではない。
49:07
そして、特にこの国では、 彼らは、
腐敗を根絶することについて、 話しています - 麗しいですね。
すべての政治家は、それに、 取り組もうとしています。
それらは、 何と麗しい群衆ですか。
そして、そこにある - 利己です。
私たちの一人一人に あるように、です。
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49:37
で、自己は、思考により 組み立てられています -
すなわち、 記憶によって、です。
そのとき、疑問が 生じます -
もし、何も記憶が、 すなわち、知識が、ないなら、
他に何が 残っていますか。
で、私たちは、 考案しはじめます
- 自己は、生まれ変わる。
自己 - よろしいですか - 高い自己と、低い自己、
高い意識と、低い意識、
どうやって、その両方を 結びつけるのか。
どうやって・・・
すべて、利己です。
祈り、儀式 - 理解されますか - 寺院へ行くこと。
神さま、これは、 何という国でしょう。
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50:48
で、そのとき、 問いは、こうです -
自己の、宇宙への 関係は、何ですか。
ですね?
宇宙 (コスモス)とは、何ですか。
天体物理学者の宇宙や、
誰か偉大な哲学者や
些細な小さな導師の 宇宙ではありません。
宇宙(コスモス)とは、何ですか - その言葉の意味は?
コスモスは、 秩序を意味しています。
ギリシャ語などから、 それは、秩序です。
混沌(カオス)は、対極です - 宇宙(コスモス)と混沌です。
あなたに、完全な秩序が、 あるときだけ、
関係があります。
なぜなら、それは、 至高の秩序であるからです。
万物(ユニヴァース)は、至高の秩序に あります - それが、コスモスです。
日の出、日の入り、星々、
満月、新しい月、
雲、そして、 日の入りの美しさ。
そのすべてが、 秩序です。
52:32
そして、私は、無秩序に、
利己でもって 生きますが、
私は、秩序への自分の関係を、 見出したいのです。
そうね、私たちは こうも・
・・
で、初めに、私は、自分の家を 秩序立てられますか。
宇宙(コスモス)への 私の関係は何か、ではない。
私の家が、秩序立っていないなら、 私はけっして、見出せません。
ですが、ひとたび、 完全な秩序が、あるとき、
そのとき・
・・私は それに入らないでしょう。
そのとき、それは、あなたに とって、理論になります。
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53:20
で、そのとき、 私の問いは、です -
私は、自分の家を 秩序立てられますか。
そのとき、私は、秩序とは何かを、 発見しなくてはいけません。
秩序は、 政治家によってか、
法律によってか、
裁判官や 利巧な弁護士によってか、
または、秩序は、何か 限定的なものですか。
質問を理解されますか。
どうぞ、これらの質問をして ください。
眠らないでください。
秩序は、規律ですか。
秩序は、習慣ですか。
または、無秩序がないとき、 秩序が、あります。
私は、秩序を 探し求めなくていい。
私は、無秩序とは何かを、 理解しよう、入ろうとするでしょう。
54:41
私たちは、ともに 動いていますか。
または、私が、 話しているだけですか。
そのとき、無秩序とは 何ですか。
無秩序は、基本的に、葛藤を 意味しています。
ですね?
心理的に、葛藤が あるかぎり、
無秩序が、 あるにちがいないのです。
葛藤は存在します。
ヴェーダーンタ論者と その他すべてを、別として、
それらすべての人々を、 脇に押しやって、
二元性があるとき、 葛藤は存在します。
私はこれがほしいが、 私はあれがほしくない。
私はこれでなければならない。 私はこれである。
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55:30
で、私は問うています - 二元性とは何ですか。
そもそも、二元性が ありますか。
男、女、暗い、明るい、 以外に、です。
理解されますか。
そもそも、二元性が、 ありますか。
または、ただ一つのことが、 ありますか。
私は怒りです。
ですね?
私が怒ってはならないとき、 二元性が、生じます。
ですね?
で、ただ事実だけが、ある - その対極はありません。
理解なさるのかどうかと、 思われます。
事実は、対極を 持ちません。
私は、対極を 考案できます。
私は怒っています - それは、事実です。
ですね?
そのとき、生じます - それを どう終わらせるのかが、です。
で、私は考案します - 「私は そうであってはならない」と。
で、私は、事実とともに 生きられますか。
56:47
すなわち、 私は怒っています。
私は、どんな言い訳、合理化をも 見つけないでしょう。
いいですね?
私は怒っています。
私は、怒りより 異なっていません。
私は怒りです。
で、二元性はありません。
これを理解されますか。
あなたが本当にこれを理解する なら、葛藤は、終わります。
すなわち、 あなたのあるがままです。
あなたがあるべきもの ではありません。
あなたのあるがままは、 けっして思考により、
境遇により、変化させられません。
あなたは、それです。
あなたは、明日、違ったシャツを 着ているかもしれませんが、
シャツの内側にあるものは、 いつも、あなたです。
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57:40
で、葛藤があるとき、 無秩序が、存在します
- もっと多くが、あるとき、
もっと良くが、あるとき、です。
暴力と非暴力
- 非暴力は、 事実ではありません。
あなたは、それを 政治的な棒として、使えますが、
事実は、あなたが 暴力的であることです。
さて、事実とともに 留まること。
事実に 答えてもらいましょう。
あなたがそれに 答えるのではありません。
私は前に、それを 説明してきました。
ですね?
あなたは、これを 理解しません。
いいですよ。私はそれを 再び反復しましょう。
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58:42
あなたが、事実に 答えはじめるとき
- まるで、あなたが、事実より 分離しているかのように、です -
そのとき、問題が生じます。
ですね?
私は暴力的です。
それは、事実です。
物理的な暴力だけではなく、
憎しみ、怒り、嫉妬の暴力
- 服従、模倣、順応。
そのすべてが、暴力です。
あなたは、その暴力です。
あなたは、それに ついて、何もできません。
ゆえに、静かに それを保ってください。
私が言っていることを、 理解されますか。
それから離れないで ください。
そうなのです。
それは、あなたが、それへ全注意を 注いでいる、という意味です。
そのとき、それへ その完全な注意が、あるとき、
その暴力は、去ったのです。
1:00:02
あなたは、これを 自分自身で、試してみられます
もし・
・・ それに心を注いでください。
で、秩序が、ありえますか
- 社会の中に、ではなく、
初めに、あなた自身に、です。
なぜなら、人間としてのあなたが、 この社会を、作ってきたからです
- それを逃れることは、 できません -
あなたの貪欲でもって、 あなたの野心でもって、
あなたの攻撃でもって、 あなたの利己などでもって、です。
権力を探し求める。
物事の中心にいようとする。
あなたは、物事の中心に いたくないですか -
総理大臣の隣りに、です。
私たちはみんな、かなり 子どもっぽいでしょう。
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1:00:59
で、無秩序は、終わりになる。 そのとき、秩序がある。
その完全な秩序が、 あるとき、
あなたは、けっして訊ねないでしょう - 宇宙への私の関係は、何ですか、と。
そのときあなたは・・・ 理解されますか。
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1:01:34
第三の質問: 「心理的な時は、 事実でないのですか。
真理の達成へ、段階的移行は ないかもしれない一方で、
正しい種類の身心の調和を 確立するための自己準備の有益さを
あなたは、どのように 問いますか。
確かに、これは、段階的な過程で あるにちがいありません」。
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1:02:21
これは、きわめて 錯綜した問いです。
その問いは、それ自体において、 はるかに複雑な状態を、開示します。
まず第一に、 質問者は、言います -
心理的な時は、 事実でないのですか。
さて、それを 問うてください。
疑ってください。
なぜそれを受け入れますか。
心理的な時が、 事実として、ありますか。
あなたがいう時とは、 どういう意味ですか。
今、9時半・
・・ すみません。8時半です。
明日があります。
ですね?
日の出、日の入り、 二十四時間、
そして、明日は、 別の朝です。
それは、確かに、 心理的な時ではありません。
それは、普通の時系列の時です - 一日、二十四時間です。
ですね?
さて、心理的な時とは、 何ですか
- それは事実でないのかと、 あなたは言いますが。
1:03:46
あなたがいう、心理的な時とは、 どういう意味ですか。
私は明日、そこに いるだろう。
私は、明日、あなたに 会いたいと望みます。
望む。
私は、美しくなりたい。
私はそうでないが、 私はそうなりたい。
なりたいのは、時を 含意しています。
これを理解なさるのか どうか、私は知りません。
望みは、時を 含意しています。
私は、涅槃や真理に到達 しなければならない - 時です。
そして、私は、自己を修練 しなければならない - 時です。
それらすべては、時ともっと多くが 関与した要因です。
ですね?
質問者は、言います - それは、事実でないのですか。
幻想は、事実でありえます。
ですね?
私は、自分がナポレオンだと 信じます。
すみません。
あなたは、 ナポレオンを気にされませんか。
私はナポレオンだ。私は、自分が ナポレオンだと、確信しています。
1:05:19
あなたたちみんなが、私は 気違いだと思います。
が、私は、その幻想の中に、 生きます。
あなたが そうするように、です。
ナポレオンではない。
あなたは、 自分の幻想を、持っています。
雄大さについて、一定の国家に 所属していることについて、
花輪でもって、写真でもって - あなたは、所属しています。
で、あなたは、 幻影の中に生きます。
- 神、儀式、民族性。
ですね?
それらは、すべて 幻影です。
あなたは、それを 問いますか。
インド人とは、何ですか。
インドとは、何ですか。
後生ですから。
それは、亜大陸の 地理学的な叙述ですね。
その国の国境の中に 生きているその集団の人々に、
あなたは、ものすごい重要性を、 与えてきたのです。
1:06:25
古代の文化、五千年は、 今、粉みじんになっています。
あなたは、それらに 誇りを持ちます。
フランス人も、そうです。
イギリス人も そうです。理解されますか。
これは、事実的な、 心理的な時と、呼ばれます。
ですね?
私は、心理的な時は、 そもそもない、と言います
- 思考が、これらを 創案してきたこと以外は、です。
私は、自分がインド人であるのを、 創案してきました -
この共同体の中、世界のこの 特定地域の中に、生まれて、です。
バラモン、非バラモン、 互いに闘う、その他すべて、です。
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1:07:20
それで、私は、 この全体を問うています。
Kは、進化としての、この心理的な 時全体を、問うています。
理解されますか。
私は、これである。
私は、来世、あれになるだろう。
または、私はこれである。
私は明日、違っているだろう。
私は、新年のために、 決意をした。
私はそれに、拘ろうとしている。
できるなら、などなどなど、と。
で、時は - 私はそれらに、 入らなければなりませんか。
時は、動きです。
ですね?
思考が動きである ように、です。
で、時は思考です。
それらは、二つの分離した 過程ではありません。
1:08:21
時は、思考です。
そして、思考は、言います。
時は、言います - 私はなるだろう、
私は、涅槃に到達するか、 解脱に到達するか、
解放、啓明に 到達しなければならない、と。
そして、誰かが、 「私は達成した」と言います。
私たちは、 騙されやすいのです -
行って、「神様。
彼は何と すばらしい人なのか」と言い、
それから、彼を崇拝したり、 彼を殺したりするほどに、です。
それは同じことです。
あなたは、誰かを崇拝するとき、 彼を殺してしまったのです。
いいですね?
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1:09:04
で、進化としての心理的な時は、 そもそもありません - 心理的に、です。
他の何かになっていくあなたは、 ありません。
または、
もっと良く、もっと多くに、です。
私たちは、それに入りました。
なぜなら、自己は、記憶により 組み立てられているからです。
自己は、思考すべての 過程、中心です。
ですね?
もしも私が、何の 記憶も、持っていなかったなら、
私は自分自身を 「自己」と呼ばないでしょう。
が、記憶を越え、 知識を越えていくことは、
何か全然違ったことです。
私はそれに入らないでしょう。
これは そのための機会ではありません。
そして、真理の到達のために、
時が必要であると、 質問者は言います。
1:10:02
さて、利巧な人々は、 真理への道を、考案してきました。
あなたには、あなたの道がある。
私には、私の道がある。
あなたには、信仰の道がある。
私には、儀式がある。よろしいですか。
様々な種類の道 - キリスト教の道、
イスラム教の道、ヒンドゥー教の 道、チベットの道が、です。
それは、目標へつながる道、 という意味です。
目標を、あなたは、 真理と呼びます。
または、ブッダとか、 他の何かとか、ですね?
道は、固定した目標を、 含意しています。
ですね?
真理は、 固定していますか。
真理は、静止していて、
非動的で、静的ですか。
または、何か、ものすごく 生きているものですか。
大いに生きているものには、 何の道も、ありません。
何か動いていて、生きているものに、 どうして道が、ありえますか
- 変化し、生命力に満ち、他の 何かに満ちているものに、です。
1:11:25
ゆえに、真理への道は、 ないのです。
見て・
・・それについて、 明らかであってください。
そのとき、あなたは、 罠に捕らわれないでしょう。
目標は、手段です。
目標は、手段より 分離していません。
ですね?
共産主義者は、 こう言います
- 共産主義者のうちの 幾らかが、言います -
目標に至るために、手段は 大事ではない、と。
ですね?
私たちは、すばらしい 国家が、ほしい。
私たちたちが、千人か、 百万人を殺そうが、
それは 大事なことではない。
私たちは、目標を 持たなければならない、と。
これらを理解されますか。
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1:12:19
ですが、目標は、手段です。それらは、 分離した二つではありません。
そして、目標は、 どこにありますか。
あちらに、 遠方のどこかにか、
または、そもそも 目標は、ないのですか。
あなたは、これらの 質問をなさいません。
あなたは、目的を持ち、 目標を持った瞬間、
あなたは、 達成したいと野心的です。
ですね?
もちろんです。
ですが、達成は、 利己の基礎です。
なぜなら、 「私は達成した」からです。
軍隊の将軍のように、です。
軍隊の兵士のように、彼は 達成し、将軍になったのです。
神さま。
将軍たちは、 ものすごく重要です。
で、同じように、私たちの達成の 観念全体も、です。理解されますか。
1:13:33
涅槃を達成する - 何と 怖ろしい発言をするのか。
理解されますか。
まるで、涅槃や天国や、 何か無量なものが、
些細な小さな精神により、達成 されるべきであるかのように、です。
条件づけられた精神、頭脳によって
- 怯えて、心配で、 制限されて、恐れていて、
悲しんでいる、 その他すべてのです。
そういう頭脳が、どうして 何かを達成できますか。
それは、恐れすべて、さびしさすべて、 それらを、終わらされるだけです。
それは、それを終わらされます。
それが、それのできるすべてです。
それは、何か無量なものを、 達成できません。
利己があるところ、
すべての達成は、 無秩序です。
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1:14:46
そして、質問者は、 こう言います -
「自己準備は、正しい種類の
身心の調和の準備の ためになりませんか。
確かに、これは、段階的な過程で あるにちがいありません」。
あなたは、段階的移行の概念全体を、 片付けられるのかどうかと、思われます
- それは 本当は、測量です。
あなたは、悪い布に対して、 良い布を、測量できます。
悪い車に対して、 良い車を、です。
この国には、 悪い車だけが、あります。
すみません!
私が冗談を 言ってもいいですか。
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1:15:41
この国の 車の製造業者、
大物で、怖ろしく お金持ち、それらですが、
彼が、天国へ行きます。
彼は、天国の門へ 行きます。
そこにいる天使は、「あなたは 誰ですか」と、言います
彼は、「私はこれこれです」と 言います
- 「私は、教会、寺院、病院、 学校を、建ててきました」と。
その門のところの、その人は、
「私たちは、それらを 知っています」と言います。
「金持ちみんなが、そうします。
それは、彼ら自身の自我への利権です。
私たちは、みんな それを知っています」と。
そして、大物は、言います - 「神様!
私は今、何をすべきですか。
はい、はい、はい。
彼らは、私の車に 乗り込むたびに
- すなわち、私が製造したものです - 彼らは「ああ、神様!
」と言います」と。
冗談が分かりましたか。
すみません!
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1:17:04
で、身体と頭脳、精神は、
語り手にとって、 全然、異なっています。
私は今、それに 入らないでしょう。
頭脳と身体との間、です。
精神ではない。
身体は、頭脳より 異なっていますか。
それは、一つの器具なのでしょう。
それは、有機的な全体です。ですね?
ですが、私たちは、分離 してきました - 身体と頭脳、です。
そのとき、私たちは、 調和を確立しようとします。
または、葛藤です。
ですね?
で、なぜ私たちは、 分割しますか。
なぜ私たちは、分離し、 物事を壊してしまいますか。
インド人として、アラブ人として、 ユダヤ人として - よろしいですか?
1:18:11
なぜ私たちは、 これらをしますか。
常なる分離、常なる分割です。
あなたの家族に 対立した、私の家族。
私のほうが、中心に近い。
あなたは、そうではない。ですね?
なぜ私たちは、 これらをしますか。
この問いに、答えてください - あなた自身に、です。
なぜ私たちは、 壊してしまいますか。
私たちは、触れる物事すべてを、 壊してしまいますね。
私の妻に対して・
・・などと、 生をとおしてずっと、です。
神と、善と悪。
よろしいですか。
この分割の過程が、いつの時も 進みつつあるのです。
われらと彼ら。
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1:19:10
誰が、この分割を 創り出していますか。
それは、思考ですか。
もちろん、女と男の間には、 分割があります。
それらをご存じです。
自然に、です。
が、誰が、この心理的な 分割を、創り出していますか。
頭脳と身体。
二つを分割するのが、 いかに不条理なのか。
なぜ私たちは、分割しますか。
それが、ここで根源的な問いです。
それは、思考ですか。
もちろん、それは思考です。
男、女、明るいと暗い、
より良い車と、より悪い車など、 より良い素材は、別にして、です -
そこには、選択が あるにちがいありません。
測量が、あるにちがいありません ・
・・その他すべてですが、
その他で、なぜ頭脳は、 分割していますか。
または、頭脳自体が、それ自体で 分割されていて - 理解されますか -
ゆえに、それは、あらゆる物事を 分割するのですか。
あなたは、この質問を していますか。
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1:20:43
すみません。私たちは 今、止めるでしょう。
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1:20:48
あなたは、 疲れているかもしれません。
で、人類のこの分割に、 誰が、責任がありますか。
外的に、ヨーロッパ人、 アメリカ人、ロシア人。
そして、超大国、小国が、 あります。
よろしいですか。
誰が、このすべてを 分割していて、
ゆえに、世界に、ものすごい混沌を 創り出していますか。
戦争を、です - 戦争は、究極的な混沌です。
全的な無秩序という意味で、 混沌です。
誰が、これらを していますか。
それは、思考ですか。
なぜなら、思考自体が、 制限されているからです。
なぜなら、思考は、知識、 記憶に、基づいているし、
そして、知識は、何についても、 けっして完全ではないからです
- 今も、未来においても、です。
私は、すばやくしなければなりません。
私は、止めなければなりません。ですね?
知識は、何についても、けっして 完全ではありえません。
1:21:58
すべての科学者は、もっともっともっと 多くを、付け加えつつありますね。
彼らの知識は、もっともっと 蓄積しつつあります。
蓄積の過程があるところ、 制限が、あります。
ですね?
知識は、蓄積の過程です。
そして、知識は、 制限されています。
ゆえに、思考は、 制限されています。
それで、思考は、あらゆる物事を 壊してしまいつつあります。
なぜなら、思考は、それ自体が 制限されているからです
- ヒンドゥー教徒、バラモン、 非バラモン、この政党、あの政党、
誰も、人類を、全体として 考慮しません。
1:22:44
理解されますか。
経済的な分割、社会的な分割、 宗教的な分割が、あります。
私は、イエスを信じています。
あなたは、アラーを信じています。
私は、何をも信じていません。
あなたは、あらゆる物事を信じています。
そして、それが 進んでいきます。
ゆえに、あなたの理想に対立した 私の理想です。
私たちは、闘います。
何かのために、殺し合います。
|
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1:23:15
で、思考は、このすべての 分割に、責任があります。
なぜなら、それは、 安全がほしいからです。
理解されますか。
私は、してはいけません。
私は、止めなければなりません。
あなたはみんな、安全がほしい - 物理的なのと、同じく心理的なのを、です。
そして、あなたは、神を考案して きました - 究極的な安全、です。
それは、考案物、思考です。なぜなら、 あなたは怯えているからです。
|
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1:23:53
で、思考は、 終わりえますか。
思考は、テクノロジーの 世界には、必要ですが、
思考は、心理的な世界に、 他の所を、持ちません。
それは、ものすごい発見です。
そして、それへの深さです。
そのとき、分割はありません。
理解されますか。
そのとき、あなたは 人類です。
あなたが人類であるとき、 慈悲があります。
よろしいです。
メモを取らないでください。
すみません。
なぜなら、メモを取っているとき、 あなたは、聞かないからです。
単純な事実です。
あなたは、 注意しなければ・・・
あなたが、鳥の声を 聞くとき、
|
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1:25:26
あなたが、木の葉の間の 囁きを、聞くとき、
あなたが、妻に、夫に 完全に聞くとき、
そのときあなたは、 聞く芸術を、知ります。
それは、大いなる芸術です。
どの絵画、どの彫刻、
どの詩歌よりも、 はるかに偉大です。
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