OJ77D3 - 教育と条件づけ

公開討論会 第3回
カリフォルニア、オーハイ
1977年4月12日
テキストのみのバージョン
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0:37
私たちは、ともに話し合おうとしています - いつものように、ともに、です -
今朝は、教育について、ですが、 私たちがそうする前に、私は、
K財団全体とそれらの学校について、 紹介をしたいと思います。
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1:10
語り手は、Kは、1925年から 教育に、関心を持ってきました。
長い時間です。
彼は、教育に 関心を、持っていました。
彼は、インドで敷地を 選ぶことに、責任を持ちました。
北には、ベナレスの近くに、 一つの学校が、あります。
そこは、ニューデリーから 四、五百マイルほどに、あります。
そこには、二百エーカーほどがあります。
ガンガー、ガンジス川沿いに、です。
そしてまた、南インドに、リシ・
ヴァレーに、学校が、あります。
マドラスから、百七十マイルほど です。
それは、南インドです。
そしてまた、他に二つ、 学校が、あります。
一つは、マドラス自体に、 一つは、ボンベイに、です。
ボンベイのものは、二十五年 ほどの間、つづいていますが、
それは、全く、全面的に、貧しい人々の ためです - きわめて貧しい人々の、です。
そこは、百六十人ほどの 学生を、持っています。
2:39
そして、バンガロールの近くに、もう 一つの学校が、作られようとしています。
で、インドには、 五つの学校が、あります。
そして、おそらく、あなたたちの 幾らかは、ご存じでしょうが、
イングランドのハンプシャーの ブロックウッドに、学校があります。
それは、八年近くの間、つづいて います。
そこには、ほんの・・・
私たちは、そこは六十人の学生に 制限しようと、言ってきました。
そこには、ほんの六十人の学生が、 います。
そこには、十四ほどの
- 私はさほど確かではありませんが - 国籍の人たちがいます。世界中からです。
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そして、ここの、この学校について、 私たちは、議論してきました -
教師たちと、親たちと、建築家たちと ここ二年の間に、です。
この学校は、インドとイングランドの 他の学校より、全然違っています。
ここでは、親たちが、そこに関与して います - それは、新しい種類の実験です。
なぜなら、子どもたちが 異なろうとしているなら、
親たちもまた、異なって いなければならないからです。
さもないと、子どもたちと 親たちとの間に、矛盾があります。
そして、彼らの間に、 葛藤が、あるでしょう。
で、それらを回避するには、 親たちが、教師と学生とともに、
家族単位で、一緒に働くことが 正しかろうと、私たちは考えました。
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4:27
それで、 ここの建築物に関して、
私たちは、幾人かの傑出した 建築家と、話してきました。
ここ三年か、二年の間、ですが、 私は今、忘れてしまいました。
そして、マーク・
リーさんが 指摘したように、
私たちはそれを、創り出そうと しています - 学校だけではなく、
センターも、です。
それは、 インドにできようとしています。
それは、イングランドに できようとしています。
それは、ここに できなければなりません。
それは、人々がともに 集まれるセンターです -
おそらく、一時に三週間の間、 議論し、一緒にいて、
問題に関心を持つなど、です。 それが、導入です。
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で、どうぞ、語り手は、 すべての学校に、完全に、
全的に関与しています - インドで、 イングランドで、ここで、です。
これらの学校は、彼の願いに反して、 創り出されつつありません。
彼は、完全に関与しています。
また、センターについても、です。
で、それを 言っておいて、
ともに、教育の問いについて、 話し合いましょう。
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6:28
質問者: もし私たちが、親であり、 変容を遂げていなかったなら、
どうして私たちは、自分の子どもたちに そういう変容を、もたらせますか。
私たちは、彼らを助ける ために、何をしますか。
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6:51
K: 私は、それに 入ろうとしています。
私に与えてください・
・・初めに、 私に数分間、話をさせてください。
それから私たちは、その問い 全体について、議論するでしょう。
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私たちがなぜ、自分の子どもを教育 するのかを、私は知りません。
私たちはおそらく、一度も 訊ねたことが、ありません -
教育の意図は、何なのか、 意味は、何なのかを、です。
それは、こうも多くの技師、 技術者、学者、教授、専門家を、
医学的にか、その他で、 送り出すためですか。
見たところ、それが、 起きつつあることです。
事実についての記憶の養成、 テクノロジー的に教育される。
それで、世界中の人間が、 生計を立てられるように、です。
特定の社会の様式に 落ち着き、
人の心理的な構造全体を、 全的に、完全に無視します。
8:29
それが、世界で実際に 起きつつあることです -
精神の一断片を 養成する。
それで、学校、専門校、大学を、経て ゆく - 自分がそうしたいなら、です。
そして、充分な情報、 事実を学び、
その記憶から、上手に 行為するのか、しないのか。
それが、教育において、 人に定められた様式です。
ですね? 私たちは、これに 同意しますか。
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9:20
質問者: はい。
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9:23
K: どうぞ、同意しないでください。 私たちはともに、これが見えますか。
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そして、人間たちの、 心理的な要因が、です。
なぜなら、それらは、全く 無視され、放置されていて、
一度も考えられたり、 入られたりさえしなくて、
全く偏って全く断片化した社会を、 産出してきたからです。
で、もし、それが、私たちの ほとんどがほしい教育であり、
それが、私たちの子どもが 教育されているものであるなら、
そのとき私たちは、必然的に、 事実に、向き合わなければなりません
- 葛藤、戦争、テロのそれに、そして、 世界で進んでいる醜さすべてに、です。
またもや、それは 事実です。
で、私たちが、教育について話すとき、 私たちがいうそれは、どういう意味ですか。
それは、知識だけの 養成ではなく、
また、全体的、総体的な人に、 関心を持つことですか。
10:58
理解されますか。人の全体 - または、女も、です。
私が人(マン)について話すなら、許して ください。
そこには、女も含まれます。
それが、その養成や、 教育の関心事であり、
相当な情報と知識をもった人の 技術的な発達だけでなく、
また、心理的な構造全体の 理解も、教育に含まれるのなら
- その二つは、伴うべきです。
どちらか一つが、先に、ではない。
それで、人は、全的な人間存在です。 断片化した、砕けたものではない。
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12:12
また、見たところ、今ある ような、教育をとおして、
知識が助長され、 養成されるように、ですが、
多くの科学者が - イングランドと、 おそらくここでもまた、
テレビで話をしてきた有名な人の 幾人かを含めて、です -
すなわち、人は、知識をとおして 向上できるだけだ、と。
理解されますか。
向上です。
(科学史の)ブロノフスキーと他の人 たちが、言っているように、人は、
知識の取得をとおしてのみ登られる、 向上できる、前へ進める、と。
これらの専門家、教授、熟達者は、 全的に、他の分野を無視します。
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私たちはみんな、 財団において、こう考えます -
すなわち、二つが伴うべきである。
どちらかが先に、ではない、と。
それで、教育は、 人の全体の、
全的な養成、全的な発達に 関心を持つように、です。
それをもたらすには、歴史や その他すべてについて大変多く
知っている教師や教育者が、 必要なだけではありません。
また、他方に関心を 持っている者も、です。
ゆえに、そういう教師を見つける ことは、ひどく困難だと分かります。
理解されますか。
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彼ら自身を全的に理解することに、 本当に関心を持っている彼らと、
人の全体に 関心を持っている、
子どもたち、親たちが、 一体として、です。
で、それが、私たちの 問題の一つです -
適切な教師たちを、 見つけることが、です。
深い内的な養成に、本当に関心を 持っているだけではなく、
学問的にも 優秀である人たちを、です。
その二つが、ともに 行進します。
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そのとき、また 要因の一つは、こうです -
親たちは一般的に、 子どもを、学校へ送ります。
通学制の学校、公立の学校、 フリースクール、
私立学校、 寄宿制の学校などへ、です。
彼らは、子どもたちに、 責任を持ちません。
彼らは、 子どもたちが幼いかぎり、
おそらく、五、六才まで 彼らは、大いに責任を感じます。
その後、彼らを手放し、 彼らを、狼たちへ放ります。
これは、インドで 起きてきました。
私たちはインドで、それに ついて、大変多く話してきました。
親たちは、 経済的な理由のために、
そしてまた、数千年の ものすごい伝統のために、
「あなたのほうが、教育について ご存じです」と、言いたがります。
「彼らを教育してください。 なぜなら、私たちは、
16:37
自分たちの生活に、あまりに忙殺 (占有)されているからです」と。
で、それが、私たちの 問題の一つです
- 親たちは、全的に責任を 持っていないのです。
私たちが、「責任」(レスポン シビリティ)という言葉を
使っている意味に、 おいて、です。
それは、応答可能(レスポンシビル) である、という意味です -
子どもへの自分たちの 関係の深さを、感じる、
それで、彼ら自身が、子ども たちとともに、自分自身をも
教育しているのです。
それで、矛盾がないのです。
彼らは、家に帰るとき、親たちを 全然違った区域、次元に、
見つけません。それが、 私たちの困難の一つです。
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他の困難は、金銭的です。誰も、 この種類の仕事を、したがりません。
彼らはむしろ、自分の子どもたちを 私立、公立の学校へ、送るでしょう。
なぜなら、そのほうが、 はるかに安心であるからです
- 少なくとも、 彼らは、そう考えます。
なぜなら、彼らは、子どもたちが 良い職に就くだろうと、考えるからです
- そうね、 その他すべてです。
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で、これらが、多くの複雑な 問題です - いわゆる・・・
本当の教育において、です。
いわゆる教育において、 それは、比較的、容易です。
あなたが昨夜、テレビで聞いて おられたのかどうか、私は知りません -
イェール大学とカリフォルニア大学の 学長たち、です。
彼らの話を聞くと、彼らは、 人が心理的に開かれていくことや、
人の自由に、まったく 関心を持っていません。
彼らは、あれに関心を持っている だけで、他方には、持っていません。
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18:42
で、そのとき私たちは、訊ねます - そのとき、教育とは何ですか。
理解されますか。
これは、どう もたらされることに、なりますか。
教師、教育者の機能は、 何ですか。
彼の、学生への関係は、 何ですか。
そして、彼の、親への 関係は、何ですか。
これらに、付いてきて おられますか。
そう望みますが、私たちは 互いに出会っていますか。
ここから 始めましょう -
教育者の、学生との 関係は、何ですか。
彼の、学生への関係は、 何ですか。
語り手、Kは、 インドへ行くとき、
これらの学校の各地で、 実質的に一ヶ月を、過ごします
- 学生たちと、 教師たちと、話をし、
そして、学校全体と 一緒に、です。
19:53
で、彼は多く知っています・・・ そうね、私たちは、教育について、
果てしなく話してきました。
ここ五十二年の間、です。
で、私は、親としてのあなた、教育者と してのあなたに、お訊きしています
- 教育者、教師の、 学生への関係は、何ですか。
その関係は、情報を与える ことに、基づいていますか -
教師としての 地位から、ですか。
理解されますか。
地位です - 彼は 知っているが、相手は知らない。
それは、事実です。
で、彼の、学生への関係は、単に、 特定の教科の情報、知識を、
学生に与える ものだけですか、
で、彼は本当は、学生と 関係を、持っていないのです。
21:13
しかし、教育者が、自分の教壇から、 自分の地位から、降りてきて、
学生との関係を、 確立しはじめるとき -
教師が、テクノロジー的な 知識にのみ、関心を持っている、
という意味で、 ではありません。
心理的な構造全体に、
そしてまた、彼がどんな種類の 食べ物を、摂るのか、
彼がどんな種類の衣服を着るのか、 彼がどう振るまうのか、
彼はどう話をするのか、彼がどう食べるのか、 彼がどう歩くのかについても、です。
理解されますか。
このすべてが、教師と学生との 間の関係の一部です。
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22:09
で、教えられる者より、 分離した教師は、いないのです。
私の話は、 明らかになりつつ・
・・?
教師は単に、情報を 与える人だけではなく、
また、学生に、深い関心を 持っている人です。
それは、彼が、学生と ともに、自分自身にも、
関心を持っている、 という意味です。
すなわち、もう少し説明してもいいなら、 あなたたちが、許してくださるなら、
学生は、条件づけられて、 学校へ来ます。
ですね?
すでに、条件づけられています - 親により、友だちにより、
隣人などによって、です。
彼は、条件づけられています。
そして、教師もまた、 条件づけられています。
ですね?
教育者も、 教育されるべき者も、
どちらも、条件づけられて います。ですね?
23:20
で、良い教師の責任は、 学生に対して、
私たちがどちらも、条件づけられて いるのを、説明することです。
ですね?
彼がそれを、色々な形で説明できる なら、それは比較的簡単です -
そして、「私は、教育者として、条件づけ られている。
君もそうだ」と言う。
で、ともに話し合う中で - 理解されますか -
互いに議論し、 対話を行う中で
- 私たちが、散歩に 出ているときなどに、です -
この条件づけを、探検 しましょう。
理解されますか。
それで、それは、互いとの 常なる関係です。
私は何かを明らかにしつつあるのか どうかと、思われます。
どうぞ、私たちはこれを 試しています - ブロックウッドで、
そしてインドで、です。
そこには、新しい 校長の一人が、できようとしていますが、
私たちは、彼と、大変多く 話してきました。
私たちは、これを試しています。
それで、教師と学生との間に、
心理的に、何も分割が、 ないように、です。
24:42
それは、教師が、学生を 気づかう、という意味です。
その言葉の深遠な意味で、 気づかう。
慈しみ、そうね、 それらです。
私はこれを、幾らか 明らかにしていますか
- 私たちが何を しようとしているのか、
私たちが何をしたいのか、私たちが 何をするのだろうかを、です。
そうでないなら、試す甲斐が ありません。
理解されますか。
なぜなら、他の学校が 何百万も、あるからです。
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25:19
で、それが、私たちの 問題の一つです。
私たちの問題ではない。
それは、人間の問題です。
他の問題は、こうです - 親は、
自分の信念、自分の野心で もって、重く条件づけられていて、
子どもたちと一緒にいる、子ども たちを気づかうための時間を、
欠いている、 その他すべてですし、
母親もまた、彼らのために、 ほとんど時間を、持っていません。
なぜなら、現代社会では、 両親とも、父親と母親の両方が、
もっと多くのお金を稼ぐために、 外へ出て行くからです。
もっと多くの車と、もっと多くの他の何かを - 何か、知りませんが - 持つためです。
26:05
で、彼らは、自分の子どもたちと ほとんど関係を、持ちません。
で、親たちもまた、自分の子ども たちと、彼ら自身の全的な発達に、
関心を 持つのでしょうか -
教師の助けでもって、 みんな一緒に、です。
問いを理解されますか。
付いてきておられますか。
私たちは、お互いに、幾らか 意思疎通していますか。
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26:37
それで、他の問題は、 こうです。
歴史を物語るなら - 私は、それを 一例として、取っています -
事実本位の動きと して、ですが、
それを関係させる。
それで、子どもや学生が、
歴史の意味、十分な意味を 理解するように、です。
理解されますか。
もし私が、 歴史の教師であるなら、
- とんでもない!
私は 歴史の教師ではありません -
もし私が、歴史の 教師ではあるなら、
私はどうやって彼に、歴史の十分な 意味を、教えることになりますか。
理解されますか。
歴史の十分な意義を、です。
王と戦争と、 戦争の日付を、ではない。
一般的に歴史が 何であるかを、ご存じですね。
27:54
が、私は彼に、人の物語(ストーリー) を、理解してほしいのです。
それが、歴史(ヒストリー)です。
ですね?
あなたたちが、互いに出会って いるのかどうかと、思われます。
人の物語(ストーリー)。
私は彼に、それについて 語りたいと思います。
事実としての王や女王と、大統領と 戦争と、その他すべてだけではない。
また、私は彼に、人のとてつも ない物語を、見てほしいのです
人が成長させてきた・
・・ そうね、それらを、です。
私はどうやって、彼にそれを 教えることに、なりますか。
あなたがそれについて、考えたことが あるのかどうか、私は知りません。
私たちのうち、わずかな人は、 すでにこの点について、
ここで、議論してきました - 親と教育者たちとともに、です。
28:55
教育者は、どうやって、歴史を 教えることに、なりますか。
特定の国の、特定の人々の 集団や共同体の、ではない。
人の地球的な歴史を、です。
私たちは、互いに 出会っていますか。
もしも私が、その教師、 教育者であったなら、
私はこのように進行する でしょう。
すみません!
なぜなら、その学生は、全人類の 具体化であるからです。
ですね?
これを理解されますか。
お分かりになるのか どうか・
・・
私たちは、ここでの講話で 言いました -
世界は、あなたですし、 あなたは、世界です。
ですね?
私にとって、それは、 絶対的な真理です。
あなたにとっては、 そうでないかもしれませんが、
それは、完全な、取消不可能な、 侵犯不可能な事実です。
30:26
それで、その学生は - 彼は世界ですし、世界は彼です -
なぜなら、彼は、苦しもうと しているからです。
そうね、
人間たちの骨折りと苦労すべてを 経ていくからです。
世界中で、です。
で、彼には、人の歴史があります。
私が 言っていることを、理解されますか。
さあ、どうぞ。私たちは、これを 理解しますか。
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30:53
質問者: はい。
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30:55
K: よし。うれしいです - あなたたちの何人かが・・・はい。
で、私は今、こう言うでしょう - ともに、私たちは、
人の物語を学ぼうとしています。
すなわち、あなたのを、です。
私はそれについて、大変多くの 時間を、使うでしょう。
人 - すなわち、あなた - の 歴史を、どう読むのかに、です。
書物、その書物 - すなわち、 あなた - の内容を、です。
で、あなたが、その書物、 人のその物語を、読めるなら
- すなわち、人自身の、です。
すなわち、それが学生です。
それが教師です。
それが親です。 それが、人、人間存在です。
それから、また私は、戦争の 問いにも、入るでしょう。
そうね、特殊化した共同体、 アメリカ、イングランド、
そうね、分割ですが、なぜ その分割が、起きるのか、
その他すべて、です。
それで、彼は・・・
彼は、人の歴史を、学びます - 自分自身をとおして、です。
32:08
書物をとおして、ではない。 何か心理学者や教授や哲学者、
その他すべてを とおして、ではない。
で、彼は、真正の人である でしょう。
理解されますか。
これをお分かりになっているのかどうか と、思われます。
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32:23
質問者: はい。
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32:25
K: 彼は、受け売りの男や 女ではないでしょう
- 私たちが そうであるように、です。
彼は、全的な 人間存在であるでしょう。
もしも、私が 学校の教師であったなら、
それが、私が歴史に 接近するさまでしょう。
そして、もしも私が、数学に ついて、話していたなら
- そのほうが、 少し複雑な問題です -
私は、秩序に、関心を 持つでしょう。
ですね?
数学、その一部は、きわめて 秩序だっています。
ですね?
よろしいですか?
ここには幾人か 数学者が、いらっしゃいますか。
それは、きわめて 秩序だっています。
高等な数学は、より深く、きわめて 高度な物事へ、入っていきます。
それは、なかなか混乱し、不確実で、 明らかでないかもしれませんが、
一般的な数学は、 秩序です。
33:49
で、もしも私が、数学の 教師であったなら、
私は彼に、秩序について 話すでしょう。
日常生活での秩序。
彼がどう 振るまうのか、彼がどう食べるのか、
彼がどう話すのか - これらすべてが、 きわめて、きわめて重要です -
他の人たちへの配慮、礼節。
それは アメリカに、存在していません。
すみません。
私がこう 言っていても、許してください。
何に対しても、 尊敬がありません。
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34:38
で、秩序、配慮、 自分がどう振るまうのか、
自分がどう話すのか、 自分がどう歩くのか。
そして、その中から、互いへの 尊敬が、自然に出てきます。
で、彼の部屋の中の秩序 - 理解されますか -
彼の衣服における秩序、 などなどです。
で、私は、それでもって 始めるでしょう。
それで彼が、秩序を理解するように、 です。
賦課された規律ではない。
私は思うのですが・
・・ 何かを理解なさっていますか。
なぜなら、学生と私は、ともに 秩序に、関心を持っているからです。
それは、時間厳守を意味して います。
それは、食事に、
決まった時間に、現れること などを、意味しています。
35:46
そして私は、それについて、 大変多く話すでしょうし、
代数、その他すべてを 導入するでしょう。
それで、彼は、自分自身に おいて、この混沌の中から、
秩序をもたらしつつあるように、 です - 規律なしに、です。
それは、強制、賞罰、点数なし、 という意味です - 「君は良い子だ」、
彼を励ます、と。
その すべては、こうも不適当です。
すべての学校で、規律が 保たれてきました。
叩くとか、 その他すべて、です。
それは、何も違った人間を、 創り出してきませんでした。
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36:37
で、それが、私のやり方でしょう - もしも私が、教師であったなら、です。
二つの主題と、他の主題に、 私は入るでしょう。
それで、学生への私の関係は、 兄のそれや、教師や、
外側の誰かのそれではないのです。
私たちは、ともに学んでいます。
「学校」(スクール)と いう言葉は、(語源的に)
「余暇」という言葉から、 来ていると、私は思います。
余暇は、占有されていない 精神を、含意しています。
書物、家族、問題でもって 占有されていない。
ただ占有されていない。
37:33
それは、精神が占有されて いないときだけです。
そのとき、あなたは学べます。
しかし、それがすでに、占有され、
複雑さをぎっしり 詰め込まれているなら、
それは、学べません - その言葉の、 より深い意味において、です。
で、この種類の学校には、 余暇が、あるでしょう。
あなたが好きなことをするため、ではない。
座って見るための余暇を、持つ。
これらを理解されるのか どうかと、思われます。
構いません。私たちは それに入るでしょう。
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38:12
で、それが、私たちの問題です。 それが、教育の問題です -
自らが、教育者、 教育される人物として、
人類へ、お互いへ、 深い関心を持っているなら、です。
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38:37
さて、私は十分に 話してきました。
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38:45
で、おそらく、 あなたたちは・・・はい?
質問者: クリシュナムルティ、 あなたの叙述は、
きわめて明らかでした。
私には よく理解されたと、私は思います。
そして彼らは、教育において今日、 本来的な問題を、出すでしょう。
けれども、私は思うのですが、もしも 私に、答えてくださるのなら、
二つの実体が、集まるとき、 どうなのですか -
教育者と学生、両者が 条件づけられていますが、
彼らはどうやって、 教育を生成させられ、
教育を創造できますか - その境遇の中で、
両方の個人が、条件づけられて いるとき、です。
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39:17
K: ちょっと待って。あなたは 学生です。私は教師です。
問いを理解されますか。
私は、その 問いを、繰り返さなくてはいけませんか。
質問者: いいえ。
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39:24
K: あなたたちは あの問いが、聞こえましたか。
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39:26
質問者: いいえ。 繰り返してください。
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39:27
幾らかの人々は、それが 聞こえなかったかもしれません。
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39:31
K: 質問者は、こう訊ねます - 教育者と、教育される者が、
どちらも条件づけられているとき、 どうして互いへ接近すること、
どうして、互いを自由にする ことが、可能ですか。
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39:52
質問者: どう創造するのか。
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39:54
K: 創造が起きてこられる、 この自由を、どうもたらすのか。
そのとおりですか。
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40:00
質問者: そのとおりです。
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40:01
K: 今、質問が 聞こえましたか。
私たちは、こう言っています - こう言っていいなら、
あなたは学生ですし、 私は教師です。
私たちは、どちらも 条件づけられています。
あなたは、あなたなりに、私は、 私なりに、深く罠に掛かっています。
私たちはどうやって、この罠から 互いを自由にしますか。
私が、教育者に留まるなら - 教壇の 上に、黒板を背にして、です -
そのとき、私は 権威を持っています。
しかし、私が、あの形而上学的な 教壇から、降りてくるなら -
私が降りてきて、ともに 私たちが、こう言う -
「私は条件づけられている。
あなたは条件づけられている」、
ですね? 「それに入ろう。
41:11
条件づけられているとは、 どういう意味ですか」と。
条件づけられているとは、宗教的に、 心理的に、含意しています。
ですね?
で、あなたが、 何かに所属していて、
何かに執着しているかぎり、あなたは 必ず、条件づけられるはずです。
信念に、人物に、或る種の 物理的な・
・・などに、です。
あなたは必ず、 条件づけられるはずです。
で、私はそれを、彼と、あなたと、 じっくり話し合うでしょう。
「私は自由だ。
私があなたに語ろう」 と言う人として、ではなく、
ともに、私たちはどちらも、条件づけ られています。
よろしいですね?
質問者: ですが、盲者が盲者を 導けますか。
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42:10
K: 待って。いいえ、
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42:12
あなたは、論点を逃しました。 あなたと話をする中で、
私は、自分が条件づけられて いるのを、悟りつつあります。
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42:21
質問者: あなたは、自分が 盲目だと、仰っています。ええ。
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42:23
K: いえ、私は 塞がれていません。
私があなたと、じっくり話しているとき、 私は私自身を、あなたに露出しています。
そしてあなたは、あなた自身を 私に露出しています。
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42:37
質問者: 私たちは、どちらも、 自分たちの状態を、探検しています。
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42:39
K: 私たちはどちらも、自分たちの 条件づけを、見つつあります。
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42:42
質問者: 私たちの条件を見る。 正確です。それは、条件づけです。
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42:44
K: で、それをともに、じっくり 話し合う中で、私たちはそれより、
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42:48
自由になりつつあります。 質問者: 私は、その点が見えません。
私はどうやって、自分が条件づけられて いることを、あなたに認める中で、
あなたは、自分が条件づけられている ことを、私に認める中で・・・
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42:57
K: いいえ、お示ししましょう。
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42:59
質問者: 私たちはやはり、条件づけられて います。 K: お示ししましょう。
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43:02
私は、条件づけられています - そうであるなら、です。
ヒンドゥー教徒として、ですね?
インド人として、です。
あなたは、キリスト教徒として 条件づけられています -
そうであるなら、です。
それは、構いません。
私は、私の条件づけに入るでしょう - いかに・
・・伝統、迷信、手渡し
等々に、です。
私は、よくよく 気をつけて、それに入るでしょう。
私は、よくよく気をつけて、あなたが それに入るのを、助けるでしょう。
で、私たちは、 事実を見ます。
私は、見ます - ヒンドゥーと して条件づけられていることと、
あなたがキリスト教徒として、条件づけられて いることが、人々を分割するとの事実を、です。
質問者: はい・・・
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43:58
K: 待って、それに 付いていってください。人々を分割する。
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43:59
その分割から、葛藤が、生じます。 戦争、等々々が、です。
あなたは、学生として、私は、教育者 として、この事実が見えますか。
それで、私はもはや、ヒンドゥー ではないように、です。
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44:20
質問者: あなたは、 条件づけられた人間です。
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44:22
K: いいえ。私はもはや、 ヒンドゥーではありません。
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44:25
質問者: すると、 あなたは、何ですか。
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44:27
K: 待って。私は、自由な人です。 自由な人間存在です。
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44:30
質問者: いいえ。違うように お願いしてもいいなら・・・
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44:34
K: お願いしないでください。 違う。議論しましょう。
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44:41
質問者: 私に、あなたがヒンドゥーだし、 私が条件づけられたキリスト教徒だと示す、
そして、どちらも相互に、 深く論点を理解する中で
- 私たちがどちらも、互いに条件づけを 賦課された人間であることを、です -
この点を、真摯に、深く理解する中で、 私の論点は、残ります - すなわち、
その深い理解にもかかわらず ・・・
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45:10
K: そして、自由を、です。
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45:11
質問者: ・・・そして、私たちは やはり条件づけられていると感じて、
私たちはやはり、条件づけられたまま です。理解し、 条件づけられた人間です。
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45:20
K: いいえ。あなたは、 論点を、見逃しておられます。
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45:22
質問者: 私は、そうにちがい ありません。 K: お許しください。
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45:24
質問者: 私の心中では、自分が入獄しているのを 理解することは、私たちを解放しません。
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45:27
それは、自分が牢獄にいるのを、 解放してくれません。
K: します。
質問者: いいえ。
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45:37
K: 私はそれを、お示ししましょう。
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45:38
私はそれに、入るでしょう。 それに、静かに入りましょう。
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45:39
あなたは、学生です。私は、 教育者です。お許しください。
私はそうではありませんが、私たちは それを、互いに示しています。
私は、分割の意味を、 指摘するでしょう -
それが世の中で、何をするのかを、 です。
歴史的に、物理的に、
関係において、など、 葛藤です。
ですね?
質問者: そうお望みなら。
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46:14
K: いいえ、私が望むなら、ではない。
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46:15
質問者: 葛藤は、私たちが議論 している適当な論点ですか。
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46:16
K: はい、葛藤です。 質問者: なぜなら、私は、
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46:21
条件づけが適当な論点である と、考えたからです。
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46:22
K: いいえ。もし私が、信念に 条件づけられているなら
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46:26
- すなわち、すべての キリスト教徒は、悪魔であり、
一定の種類のヒンドゥー、バラモン だけが、聖なる人々であると、です -
そのとき、何が起きますか。 私たちは何も、関係を持ちません。
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46:53
質問者: はい。ですが、もしも、私が、 ヒンドゥーは美しい人々であると
理解するよう、条件づけられていたなら・・・
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46:58
K: いいえ。あなたは、そうではありません。
あなたは、美しい人々として、条件 づけられているかもしれませんが、
私は、あなたを悪魔として、取り扱う よう、条件づけられています。
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47:09
質問者: にもかかわらず、私の心中では、 私たちはやはり、そこにいます。
教育が始まらなければ ならないのは、
この条件づけを、 乗り越えるためです。
K: 私は、お示ししています。
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|
47:21
質問者: それをどう乗り越えるのか。
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47:23
K: それをどう越えるのか。
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47:24
私が、条件づけられているし、 あなたが、条件づけられているかぎり、
葛藤が、あるに ちがいありません。
それは、明白です - アラブ人とユダヤ人、
カトリックと プロテスタント、
そして、この村へ行ってください。
すると、あなたは、
どれほど多くの教会があるかが、分かる でしょう - バプテストと、そうね・・・
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|
47:50
質問者: いいですよ。条件づけは、 否定的でありえます。ええ。
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47:53
K: いいえ。ありえる、ではない。そう なのです。 質問者: そうです。いいです。
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|
47:55
K: で、あなたと私は、私たち自身の 条件づけを解くことは、可能ですか。
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47:58
質問者: それが、問いです。 K: 私は、それをしております。
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48:07
「私自身の条件付けを解く」 とは、ヒンドゥーでないこと、
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48:09
あなたを、白い悪魔として取り 扱わないことを、含意しています。
そして、あなたが私を、美しい インド人と呼ばないことを、です。
もちろんです。
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48:31
質問者: いいです。
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48:33
K: で、私たちはそのとき、どちらも 自分たちの条件づけより、自由です
- 私たちの先入観、 私たちの迷信より、です。
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48:44
質問者: 私は本当に、思います - 私たちがしているように、
それについて議論することは、自らを その条件づけから解き放つ、と。
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48:49
K: あなたが、それに注意を 払っているなら、そうです。
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48:51
質問者: いいです。そのとき、私たちは 自由です。私たちは、なりつつあります。
ゆえに、あなたは本当に、 こう信じておられますか・
・・
K: 「信じる」ではない。
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48:58
質問者: または、知っていますか - すみません。
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48:59
K: 「知っている」ですらない。 事実です。 質問者: すなわち、
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49:00
条件づけを解く道は、論議と 理解をとおして、である、と。
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49:03
K: 論議だけではなく、 関係をとおして、です。
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|
49:09
質問者: 関係をとおして。
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49:12
K: 私は結婚しています。私は、妻を 見守ります。彼女は、私を見守ります。
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49:14
そして、私は、 関係をとおして、
私たちがいかに、きわめて違っていて、 矛盾しているかを、悟ります。
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49:26
質問者: これは、 速い過程ですか。
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49:28
K: あなたはそれを、即座にできます。 または、時間を掛けます。
あなたが、ものすごく注意深いなら、 それは、終了しています。
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49:38
質問者: いいです。
私は、別の接近を、持っています - 私が召喚するものを、です。
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49:48
K: ちょっとお待ちください。 いいえ、彼に、してもらい・・・
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49:51
質問者: こういうことでしょう。個人の 条件づけを解く、ただ一つの道は
- または、個々人の 集団の条件づけを、です -
条件づけられていない様相を持つ 要素を、導入することです。
それは、条件づけられていない。清浄な 状態 - 条件づけを持っていないものです。
|
|
50:11
K: あなたはどうやって、 清浄な状態を、知りますか。
それは、理論です。
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|
50:20
質問者: いいえ。
私たちが、創造物には、条件づけられた 状態が、あることを、想定するなら、
私たちは、少なくとも 知的には、どこかに、
条件づけられていない状態が、 あると、同意しますか。
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|
50:32
K: いいえ、いいえ。それは、 こう言うようなものです。
ヒンドゥー教徒は、こう言ってきたし、 キリスト教徒は、こう言ってきました
- 数多くの年と世紀に、ですが、 神がある。
それは、条件づけられていないものだ、と。
|
|
50:46
質問者: ああ、はい、いいですよ。
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|
50:49
K: 私は、すべての神と、条件づけられて いない状態を、受け入れません。
私が始められるすべては、こうです - 私は、条件づけられています。
質問者: で、そのとき、何も望みは ない、と?
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|
50:59
K: そうね、反対です。
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|
51:02
あなたの望みは、 概念に、基づいています。
質問者: あなたは、それに入ろうと していません。
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|
51:10
質問者: いいえ。
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|
51:12
私たちが、条件づけられていない状態が あることに、同意しないのなら・・・
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51:20
K: 私たちはなぜ、そうしたいのか・・・ そうね、私たちの問題全体は・・・
あなたはすでに、条件づけられていない 状態があることへ、条件づけられています。
それが、あなたの条件づけです。
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|
51:35
質問者: 私がそうであるのかないのかは、不適当です。
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|
51:36
K: いいえ。ただ一つの適当な事実は、 人間たちが幾世紀をとおし、
経験等々をとおして、 条件づけられていることです。
|
|
51:49
質問者: 私は、条件づけられていない 状態が、あると、信じています。
それは、私の条件づけ なのかもしれません。
K: そうです!
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51:53
質問者: いいです。
|
|
51:54
K: 今、それを破ってください。 破ってください。 質問者: いいですよ。
|
|
51:55
私は、真摯な質問をしたいと 思いますが、
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|
51:58
どうぞ、私は、参加者席を 独占するつもりは、ありません。
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52:07
質問者: してください。 訊ねてしまいなさい。
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52:11
質問者: 私の信念にかかわらず、 それが、あるのか、ないのか、
もし、条件づけられていない状態が、 ないのなら、教育は、ありえません。
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52:22
K: お待ちください。 お待ちください。
あなたと私が、私たち自身の 条件づけを、解くこと、
その状態を見つけることに、 なるのです。
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|
52:33
質問者: または私たちは、私たち 自身の条件づけを、解けます -
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|
52:37
条件づけられていない状態が、ある ように、です。 K: お分かりですか。
お分かりですか。
あなたはやはり、 自分の条件づけに、拘っています。
質問者: そこにないものを、どうして 見つけられますか。
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|
52:43
K: 見つけましょう。
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|
52:46
質問者: 何らかの形で、 見出そうとしないでください。
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|
52:48
質問者: 今、仰った・・・ K: どうして、知りますか。
|
|
52:49
どうぞ、それを 論理的に見てください。
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|
52:53
質問者: 私は、そう しようとしています。
|
|
52:55
K: どうぞ、あなたは、それがあると、 仮定します。信じています。
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|
53:03
質問者: はい。
|
|
53:06
K: それは、私たちの条件づけの一部です。 質問者: はい。私は、それを受け入れます。
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|
53:08
K: あなたは、それを 受け入れますか。
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|
53:11
で、あなたは、何か存在しないものを、 受け入れています。または、
存在するかもしれないものを、です。
|
|
53:21
質問者: はい。私はそれを、受け入れます。
|
|
53:24
K: で、それを脇に置いてください。それは あるかもしれないし、ないかもしれない。
で、それを、脇に置いてください。
その条件づけを、離れてください。
そのとき出発し、こう言います - ほら、私たちは条件づけられています。
初めに自由になろう、そして、それが あるのかないのかを、見よう、と。
ですが、予め 仮定しないでください。
確かに、それは 単純ですね?
|
|
53:54
質問者: そのとき、終わりの結果は、何で しょうか - 私たちがこうするなら、です。
私たちがこうするなら、そのとき、 終わりの結果は、何でしょうか。
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|
54:02
K: ああ! 初めにそうしてください。終わりの 結果を、探し求めるか、仮定するのではない。
初めに、私たち自身の 条件づけを、解きましょう。
|
|
54:19
質問者: ゆえに、条件づけられて いない状態が、あります。
私は今、条件づけられて いないと、感じます。
ゆえに、条件づけられていない 状態が、あります。
これが、私が到着しなければ ならないものです -
教育が始まるためには、です。 私の教育、ですが。
|
|
54:38
K: いいえ。あなたはすでに・・・ そう言うのを、お許しください。
あなたは、自分の条件づけを 離れていません。
|
|
54:44
質問者: ええ。でも、少なくとも 知的には、私は、そうなりました。
|
|
54:47
K: ああ、いいえ。知的に、 ただ、言葉遊びをしている。
お互いに言葉を 投げつけているだけです。
知的に私たちは、あの山を越えて、 それは美しいと、言えます。
|
|
54:58
質問者: すると、お訊きしてもいいですか - この条件づけられていない状態を、
誰かが、達成したのですか。 聴衆の中で、知的に以外に、です。
|
|
55:06
質問者: まあ、彼らが聞いている という事実は・・・
|
|
55:08
質問者: あなたは、九十日間保証をほしいが、 それをけっして、得ないでしょう。
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|
55:13
質問者: で、あなたは、そうでない。 あなたは、質問をしています・・・
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|
55:15
K: ちょっとお待ちください。 ちょっとお待ちください。
仮に、語り手が、自分はそうしたと言うと、 します。あなたの立場は、何ですか。
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|
55:23
質問者: 私の立場は、ですね、
|
|
55:27
私もまた、それを達成したいです。 K: ああ。
仮に、語り手が、自分は自らの条件づけを 解いた、と言う、としましょう。
それは、あなたにとって、どんな価値を 持ちますか。
|
|
55:39
質問者: それはお手本です。
|
|
55:41
K: ああ、それは 模倣を、意味しています。
それは、あなたが、従おうとしている お手本を、持つ、という意味です。
|
|
55:50
質問者: いえ。目標であり、 私はそうしてもいい・・・
|
|
55:51
K: それは、方向を意味しています。 質問者: いいですよ・・・
|
|
55:53
K: 方向があるところ、条件づけが、 あるにちがいありません。
|
|
55:55
いいえ、 笑わないでください。
方向があるところ、条件づけが、 あるにちがいありません。
方向は、動機を 含意しています。
動機があるところ、あなたは すでに、逸れていきつつあります。
あなたはすでに・・・
|
|
56:20
質問者: たった一つの、条件づけられて いない状態は - 私はそれに同意しますが -
それは、方向がないことです。 遍在します。
|
|
56:27
K: ああ、そうね、あなたはやはり、自分の 古い条件づけに、捕らわれています。
|
|
56:32
質問者: なぜ動機は、 条件づけを、含意していますか。
|
|
56:40
K: いいえ。私は、動機は方向を 含意していると、言いました。
そして、方向があるところ、 それは、条件づけられている、と。
|
|
56:51
質問者: 私たちは、あちらにある山の あの例に、戻ってもいいでしょうか。
|
|
56:55
K: ご覧ください。私はここに 座って、想像します -
その山の向こう側が、どうで あるのかを、です。
ですね?
私は、「それはすばらしい。
それは美しい。 それは、こうにちがいない」と言います。
「ここは、こうも暑い。
あそこは、 もっと涼しいにちがいない」と。
が、私はけっして、ここから立ち上がり、 歩いて登り、見出さないのです。
|
|
57:19
質問者: まあ、私は そうしてきました。
|
|
57:20
K: ああ、いいえ! それは、あなたが 観念、概念、結論、信念より
自由である、 という意味です -
条件づけられていない状態が、 ある、というものより、です。
|
|
57:36
質問者: あなたは、それを悟るとき だけ、その概念より自由です。
|
|
57:39
K: いいえ。それは、概念では ありません。それは、事実です。
質問者: いいです。
あなたが、事実の 知識より自由であるのは・・・
あなたは、条件づけられていないその 状態に、到着するとき、自由です。
|
|
57:50
K: いいえ。あなたは、自分自身の 条件づけを解くとき、事実を知ります。
信念ではなく、 観念ではない。
|
|
57:58
質問者: 事実を知る - それの実在性を。 私はそれを知ります。
|
|
58:03
K: そのとき、もはや 論議すべきことは、ありません。
|
|
58:06
質問者: いいえ。あります。なぜなら、私は 教師として、他の人たちは学生として、
私は、彼らもまた、この条件づけ られていない状態へ、来るように、
しなければならないからです - 彼らの教育が始まるために、です。
|
|
58:20
K: すなわち、私は 彼らに、話をするでしょう。
|
|
58:26
私が言いましたように、 条件づけについて、です。
質問者: そのときあなたは、それを理想 として、彼らに掲げるのでしょうか。
|
|
58:29
質問者: いいえ。 私は、むしろ・・・
|
|
58:31
質問者: それが、あなたがここで 言っていることの含意です。
|
|
58:34
質問者: まあ、私は、弁論の水準で、 それに到着しようとしていました。
それは、あの場合に、 到着できません。
それは、反論不可能な実在として、 経験されなくてはいけません。
|
|
58:45
質問者: なぜそれは、いったい 考えられなくてはいけませんか。
条件づけの事実が 行為を、要求します。
|
|
58:52
質問者: ええ、正確です。
|
|
58:54
質問者: なぜ、「条件づけられていない 状態」って言葉が、
いったい、生じてこなくては いけませんか。
|
|
58:58
質問者: そうなりません。もし 教師が、条件づけられた学生を、
条件づけられていない状態へ導く 技能を、持っているなら・・・
|
|
59:07
K: 見てください!
|
|
59:10
質問者: ともに学ぶ者の 可能性を、考えることは・・・
|
|
59:14
質問者: 事実は、 行為を、要求しませんか。
事実が行為を要求するとき、なぜ、 導く者がなくては、いけませんか。
|
|
59:21
質問者: 川は、海へ 流れ込みます。
海の中で、それは、条件づけられて いない状態を、悟ります -
自分の境界を離れて、です。
教師は、私が思うには
- 私は、この瞬間に、完全に 不正確なのかもしれません -
彼が知識をもった人である、という ことです。
これは、事実です。
私たちは聞いてきました。
|
|
59:42
質問者: いいえ、いいえ!
K: ああ、ダーリン。
|
|
59:44
質問者: または、学生の気づきを、この
|
|
59:46
条件づけられていない状態、すなわち 清浄な知識へ、持っていくんです。
|
|
59:53
質問者: 「私」はない。 「私」はない。「私」はない。
|
|
1:00:02
質問者: 私が論点を逃したなら、 - おそらく私はそうですが -
私が学ぶために、ここに いるのは、そのせいです。
|
|
1:00:09
質問者: 座ってください!
|
|
1:00:11
K: あなたは、何を 仰ろうとしていましたか。
|
|
1:00:13
質問者: あなたが仰っていることの 落とし穴を、聞いてください。
|
|
1:00:16
質問者: それらを、私に 説明してください。
|
|
1:00:17
質問者: 深い落とし穴です。 「私は権威を持っている」、
「私は知っている人である」、
「あなたは、私の下だ。
あなたは、何物でもない」。
ここで落とし穴は、ひどいんです。
|
|
1:00:26
質問者: お答えしてもいいですか。
これは、その主題での私の 最後の発言に、なるでしょう。
質問者: よし!
|
|
1:00:31
質問者: 一度、 条件づけられていないと・・・
|
|
1:00:33
または、こう言いましょうか - 一度、教師が、学生の気づきを、
条件づけられていない状態へ 持っていく能力をもち・
・・
- 一瞬の間、私と 一緒にいてください -
一度、この教師が、 学生の気づきを
条件づけられていない水準へ、 来させることができるなら、
そのとき、真理は、学生にとって 自ずと光り輝いています。
彼は学生へ、もはや何も語らなくて いい。
教育が、始まりました。
学生は、自分自身の中の、条件づけ られていない状態を、知ります。
その点から、彼は、事実を 付け加えられます。
|
|
1:01:12
K: 待ってください。 許してください。
|
|
1:01:15
あなたの問いに、最終的に答えて いいですか。 質問者: はい。
|
|
1:01:18
K: 条件づけられた教師が、 どうして、
|
|
1:01:25
条件づけられていない状態が、 あると、言えますか。
質問者: なぜなら・・・
|
|
1:01:26
K: 事実に向き合ってください。
教師、あなた、悲しみに捕らわれた 人間が、どうして・
・・
理解されますか。
|
|
1:01:36
質問者: あなたの問いが、 きわめて明らかに聞こえました。
あなたは、私に質問されました - 教師、条件づけられた教師は、
どうして学生を、条件づけられて いない状態へ、導けますか。
|
|
1:01:48
K: いいえ、いいえ。
|
|
1:01:52
質問者: ごめんなさい。もう一度、 質問を仰ってください。
|
|
1:01:55
K: 条件づけられた教師が、 どうして、
|
|
1:02:04
条件づけられていない状態に ついて、話せますか。
質問者: なぜなら、二つの形の 条件づけが、あるからです。
永続的な条件づけられた状態が、 あるし、一時的な
条件づけられた状態が、ある。 で、条件づけられたものは・・・
|
|
1:02:17
ああ、はい。話を聞いてください。 それも、価値があるかもしれません。
言い換えると、条件づけられた教師は 明瞭さの期間を、持つかもしれません
- そこで、自らが条件づけられて いないものを、です。
|
|
1:02:30
K: 気をつけてください。「一時的」 に、捕らわれないでください。
すると、あなたは、 迷っているでしょう。
|
|
1:02:36
質問者: いえ、どうぞ、 私は、そうなっていません。
私は、論点を示そうと しているだけです -
条件づけは、 断続的かもしれない、と。
その点に、同意されるでしょうか - 条件づけは断続的かもしれない、と。
|
|
1:02:47
K: お待ちください。
私たちは、こう言っています - 条件づけは、事実です。
ですね?
事実です。 あなたは一時的に、
条件づけられていないかも しれませんが。
|
|
1:03:03
質問者: いいです。
|
|
1:03:05
K: お待ちください。いえ、 その最後まで聞いてください。
|
|
1:03:08
あなたは、同意 されないでしょう。
質問者: いいですよ。 私はここまで、同意します。
|
|
1:03:17
K: 自分は、条件づけられています。 自分は一時的に、
短い一秒間、条件づけられて いないかもしれません。
待って!
その状態は・
・・一時的ですが、 それは、何を意味していますか。
そこに時が存在する状態です。
短い一瞬の間、時はありません。
お待ちください。
あなたは・・・
ご覧ください。
私は条件づけられています。
そして、一瞬の間、 私は自由だと感じます。
私が、「私は自由だ」と言うとき、 その瞬間に何が含意されていますか。
あなたは、いったい 「私は自由だ」と、言えますか。
いえ、それに 入ってください。
あなたは・
・・「私は自由だ」 と、いったい言えますか。
または、逆に表すと、「私は幸せだ」 と、いったい言えますか。
あなたが、それを言った瞬間、 それは、去っています。
|
|
1:04:29
質問者: はい。「私は幸せだった」 と、言えるだけです。
|
|
1:04:31
K: いえ、私が言っていることを、 どうぞ、聞いてください。
私が、私は自由だと認知した瞬間、 私は自由ではありません。
|
|
1:04:39
質問者: 同意します。
|
|
1:04:40
K: で、一時的な自由は、 まったく自由ではありません。
|
|
1:04:47
質問者: その瞬間に、 それは、実在していました。
|
|
1:04:49
K: それは、けっして 自由ではありません。
|
|
1:04:53
自由は、牢獄から出ている ことを、意味しています。
質問者: はい。
が、それは、ただ一つの 抜け道です。初めは、一時的です。
K: すみません。
|
|
1:04:57
質問者: それから、恒常的になる。
|
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1:04:58
質問者: あなたは、ラベルを持たない 何かに、ラベルを貼りつつあります。
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1:04:59
質問者: いえ、いえ、いえ。 これは、とても重要なことです。
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1:05:02
質問者: 今日の午後、ヴィデオ・ テープが、あります
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1:05:06
- 聞くことの芸術に ついて、です。
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1:05:09
K: 一時的な幸せは、 まったくありません。
一時的な覚りは、 まったくありません。
一時的な栄光や、何であれ、 まったくありません。
それは、完全であるのか、 ないのか、です。
それは、けっして 断片的でありません。
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1:05:35
質問者: 無から実在へ、 どうやって行きますか。
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1:05:41
K: 初めに、事実に 向き合ってください。
実在があるのかどうか、私は 知りません。
私が知っているのは、
私たちが奇怪な世界に 生きることだけです。
ですね?
私が知っているのは、 私がこの世界により
条件づけられていることだけです。
私は、その世界です。
それが、私が知っているすべて です。
私は、そこから出発します。
私は、条件づけられていない 状態が、ある、
至福があると、想像しません。
何も、です。
私は、実際の日常的な 事実から、出発します。
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1:06:16
質問者: 奇怪な、と仰るとき、 それは、どういう意味ですか。
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1:06:23
K: ああ、いいえ・・・ 奇怪ですよ。
すべての殺し、テロ、強盗 - よろしいですか - 強姦。
世界で何が起きつつ あるかは、ご存じです!
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1:06:37
質問者: すみません。もしも私が、一つ 提案をしてもいいなら、この問いは、
人の変容における知識の所を、 指し示していると、思われます。
それは、議論のためには、 別の時なのかもしれません。
もう12時を 過ぎています。
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1:06:49
K: ご婦人は、お訊きになります - あなたは、論点を示していますか。
すなわち、知識は 自由において、重要ですか。
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1:07:02
質問者: 私の論点は、 自由とは知識であって・・・
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1:07:08
K: あなたは・・・
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1:07:09
質問者: ・・・知識ですが、 それは、一時的に獲得できます。
それから、一時的、断続的な 経験の基礎の上で、
恒常的になりえますが、自分は、 どこかで出発しなくてはいけません。
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1:07:23
K: 何と危険な論議へ、あなたは 入ろうとしておられるのか。
本当に、そうしないでください。 あなたは捕らわれるだろうからです。
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1:07:29
質問者: いいですよ。私は、それに 入らないでしょう。(聞き取れない)
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1:07:36
質問者: 12時10分です。 K: 何ですか。
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1:07:38
質問者: 誰かが持ち出した元来の 問いは、ですね、私たちは、
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1:07:40
親として、子どもたちをどう しますか。私たちの子どもを、です。
私たちは、彼らを、 どう取り扱いますか。
あなたが説明されていたように、 教育者と学生との間に・・・
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1:07:54
K: あなたは、ここにいない 子どもたちを、どう取り扱いますか。
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1:07:59
質問者: 私たち自身の 子どもを、です。
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1:08:00
K: ああ、ご自身の お子さんを、ね。よろしいです。
私たちは、自分の子どもを、 どう取り扱いますか。
あなたは実際に、今、彼らを どう取り扱いますか。
質問者: 愛なしに、です。
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1:08:17
K: で、初めに、愛なしに、です。
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1:08:21
二番目に、あなたは、彼らの ための時間を、持ちません。
あなたは、オフィスへ 行ってしまいます。
彼女は、オフィスへ 行ってしまいます。
または彼女は、彼女の野心を 追求します。
よろしいですか。
で、あなたたちは、彼らの ための時間を、持ちません。
三番目に、あなたは、 条件づけられているし、
彼らは条件づけられています。
あなたは、彼らを条件づけます。
あなたは、条件づけられます - 社会に より、回りの人々によって、です。
あなたは、それです。
ですね?
で、実は、愛がありません。
気づかいが、関係が、ありません。
そして彼らは、 あなたの子どもです。
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1:09:07
質問者: 何一つ、ですか。または、 私たちが望むほど多くない、と。
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1:09:12
質問者: 何一つないのかと、彼は言い ます。まったく関係が、ないですか。
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1:09:18
K: 質問者は、言います - まったく関係が、ないのですか、と。
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1:09:21
質問者: 何も愛がないのか。 または、ただ少し・・・
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1:09:23
K: あのお方は、 同意なさいます。
あの質問をされたお方は、 そのとおりだと、仰います。
私たちは、自分は彼らを 愛していると、考えます。
私たちが彼らを愛しているなら、あなたは 戦争を行うだろうと、お考えですか。
もしも、あなたたちが、 彼らを愛していたなら、
世界で進んでいるテロが、 あるだろうと、お考えですか。
もしもあなたたちが、本当に、 子どもたちを、深く気づかったなら、
この種類の教育が、ある だろうと、お考えですか。
あなたたちの子どもは、あなた たちから、逃げ去っていきます。
彼らは、 逃避しています。
彼らは、自分たちの小さな コミューンを、形成しています。
この国で何が起きつつあるかを、 ご存じです。
離婚。
各人が、自分の感受、 問題に、占有されています。
ああ、それは ご存じです。
1:10:23
で、あなたは、そういう人々を、 どう、取り扱うのでしょうか。
で、それが、私たちが 言っていることです。
父親、母親は、 条件づけられています。
後生ですから、変化し、変容して ください - あなた自身が、です。
そのとき、世界に、希望が 幾らか、あります。
しかし、単に、一種の 抽象概念の中に、生きることは、
絶対的に、何をも意味していません。
それが、司祭者すべてが、
良いことをする人、理想主義者 たちすべてが、生きることです
- 非実在の世界に おいて、です。
実在は、実際に、私たちの 日常生活で進んでいくことです。
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1:11:14
質問者: 私たちは、何かを 学ぶために、ここに来ます。
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1:11:16
K: もしも私が、子どもを持っていた なら、私はこう言うでしょう。
私はそうしようとしています - よろしいですか -
なぜなら、私たちは、彼らへの 愛を、持っていないからです。
あなたは、自分の赤ちゃんの世話をする お母さんを、見守ったことがありますか。
彼女が何を経ていくのか。
朝早く起きる。
夜通しずっと、見守る、 見守る、見守る。
五歳まで、です。
その後、 彼らを放り出す。
実は、彼らを 狼へ、放り出す。
で、あなたは、親、父、母として、 おじ、何であっても、ですが、
あなたは、変化できますか。あなたは 自分に、変容を、もたらせますか。
1:12:17
それは、生涯通してずっと、 その子を愛することです。
その子のほうが、はるかに重要です。
なぜ なら、彼は、未来の世代であるからです。
あなたが彼を、あなたのようである よう、条件づけるなら、それは・
・・
自分自身に、関心を持つことです - あなた自身について、
あなたの悩み事について、 あなたの野心、あなたの充足、
その他すべてに ついて、です。
あなたは、その子を、 ちっとも気づかいません。
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1:12:46
質問者: 私は、二児の母親です。 彼らの一人は、幼児です。
そして一人は、三歳半の息子です。
私は、自分の時間が本当に、
幼児に、たくさん占有され、たくさん 要求されるのを、見つけます。
(聞き取れない)・
・・私は 見ます - 自分の三歳半の息子が、
きわめて純粋で無垢な精神状態から 来て、幾つかの強い変化を経て、
暴力の興奮に、魅了 されきっているのを、です。
私は、自分が彼に専念するための、 ありったけのエネルギーでもって、
そうね、私自身が、幼児により 脱線しているのを、見つけます
- そうね、その興奮が、いかにスリル だけなのかを、 彼に指摘しようとし、
彼に、暴力の強烈さを、 理解させようとして、ですが、
私は、常に 立ち止まってしまうんです。
なぜなら、私は、何をすべきかを 知らないと、悟るからです。
K: 分かります。
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1:13:43
質問者: 何をすべきかを、知らないとき、
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1:13:45
何かが、起きます - その中で、 私は彼に、何かを示せますが、
が、それはただ、思うに ・・・(聞き取れない)
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1:13:52
K: ご婦人は、「私は二人の子どもを 持っている」と、仰います。
彼らは、すてきで、清潔で、 健康で、可愛い子どもです。
彼らは、テレビ、まわりの 人々を、見守ります。
そして、彼らは、 暴力に魅了されます。
私は彼らに話をしますが、彼らは、 私が言っていることより、
はるかにそちらへ惹かれています。 ですね?
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1:14:19
質問者: はい。
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1:14:21
彼らはテレビを見ませんが。 K: はい。分かります。
彼らが、他のものをほしがる とき、あなたは迷惑です。
で、彼女は、何を することになりますか。
問いを理解されますか。
あなたは 何をするのでしょうか。
理解されますか。
これは、苦悩 する問題です。理解されますか。
これは、あなたたちが仰る 知的なことだけではありません。
私は、何をすることに、なりますか。
私は子どもを、二人持っています。
彼らは、銃、兵士、 暴力へ、惹かれます。
私は、それらの不条理、 残酷さが、見えます。
私は、どうやって、それらを 止めることに、なりますか。
質問を理解されますか。
私はどうやって それを止めることになりますか。
あなたは、どうやって それを、止めるのでしょうか。
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1:15:18
質問者: それは止められないと、 私は思います。
私自身の事例では、私は自分の子どもで 同じ問題を持っていると、思いますが、
私は、彼とやっていき、彼の プログラムを、ともに見守っています。
私は、彼より、自分自身を 分割していません。
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1:15:39
K: あなたは、問いに 答えておられませんよ。
私は母親です。
私は、自分の子どもが
この罠に掛かっているのか、 罠に惹かれているのを、見ます。
私は、その危険を見ます。
私は、その 恐怖を見ます。私は、その悲惨を見ます。
私は何を、することに なりますか。
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1:16:07
質問者: 私が思うに、母親や父親が できる、たった一つのことは、
自分自身を、変化させることです - 根源的に、根っこで、です。
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1:16:16
K: はい。ですが、その間に私は、自分の 子どもを、どうすることになりますか。
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1:16:20
質問者: 彼らに警告します。 質問者: 私は、まわり人たちとの、
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1:16:21
わが子との関係をとおして、 私自身を見つけます。
その生きた露出は、私自身の 暴力の中から、出てきます。
私はそれを見ます。
私がそれを 理解する、本当に理解すると・・・
K: それらは理解できます。
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1:16:33
質問者: 私が本当にそれを理解すると、
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1:16:35
それは、もう存在していません。 (聞き取れない)
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1:16:46
K: はい、マダム。私たちは 問いを、理解しました。
親は、暴力より 自由であるかもしれませんが、
私の子どもたちは、暴力に惹かれて います。私は何をすることになりますか。
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1:17:00
質問者: それらに 注意を払う。
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1:17:04
K: あなたは、ご自身の 子どもを、どうされますか -
暴力に、それらに惹かれているお子さんを、 ですが、あなたは、何をするのでしょうか。
質問者: それは、彼らが・・・
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1:17:17
K: 何が起きるかを、ご覧ください。
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1:17:19
それを見つめてください。 見つめてください。
私は、彼らを、他の子どもたちより 離しておけませんね?
私は、彼らを連れて、 行ってしまえません。
森に入って、自分の子どもたちと ともに生きられません。
それは、不可能です。
私は、彼らと 論争できません。
私は、彼らに、危険を指摘 できません。
なぜなら、あちら、
他のほうが、はるかに魅力的 であるからです。
理解されますか。
このようにして、 すべての若者の運動は、
すべての圧政は、その若者の運動で もって、やっているのです。
それを、こうも魅力的にするので、あらゆる 人が、行って、それに加わりたいのです。
ヒットラーは、そうしました。
スターリンは、そうしました。
独裁者たちは、そうしています。
よろしいですか。
で、私は、何を するのでしょうか。
あなた自身を、その立場に 置いてください。
後生ですから、それを感じて、それに ついて、熱情を持ってください!
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1:18:23
質問者: 私たちは彼らを、違ったように 教育しようとできるのでしょうか。
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1:18:26
K: 彼らを、家に留めおいて、 他の子どもたちに、会わせませんか。
彼らに、テレビを観させませんか。
彼らに、暴力的な本を、読ませませんか。
あなたがそうするなら、 彼らが去っていくとき
彼らは、それら、 対極に、惹かれます。
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1:18:47
質問者: あなたは、自分自身、 明らかでなくてはいけません
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1:18:53
- テレビが 暴力的であることが、です。
質問者: 子どもが、たとえば 三歳で、テレビや、
暴力的な何にでも、 惹かれる理由は、
彼がすでに、イメージを 持っているからです -
すなわち、自分は、母親の注意を、 父親の注意を得られない、と。
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1:19:06
K: それが、私が 言っていることです。
マダム、私はそこに、来ようと しています。
ご覧ください。
彼は、それに惹かれています。
その すべての魅力に、惹かれています。
彼は、私の話を 聞こうとしません。
彼は一種、私を 忌避します。
ですね?
親として、これらを ご存じないですか。
いいえ?
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1:19:36
質問者: はい。
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1:19:38
K: で、私は何を、 することになりますか。
彼らが、それに惹かれることは、 何が、間違っていますか。
質問に答えてください。
なぜ 彼らは、それに惹かれるのですか -
そうね、他のはるかに美しいものや 何やらに、ではなくて、です。
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1:19:58
質問者: 美しいものについて、話す ことに、もっと時間を使います。
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1:20:01
質問者: 私たちが、それに 惹かれているからです。
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1:20:04
K: はい、理解できますが、 そのご婦人は・・・どうぞ・・・
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1:20:07
質問者: 子どもたちは、 テレビを、観ないでしょう。
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1:20:10
K: そのとき、その子は、 その間に、成長します。
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1:20:16
質問者: 私たちは彼らを、他のものへ 接触させるでしょう。たとえば・・・
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1:20:19
K: あなたは彼らを、接触させます。 私たちは、これらをしてきました。
彼らを、最も美しい音楽、 絵画へ、接触させます。
良い話、文学へ、ですが、 彼らは、あれを好みます。
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1:20:31
質問者: 彼らは、暴力に惹かれます。 なぜなら、彼らは、分離を感じ、
親との関係の欠如を、感じる からです。
あるのは・・・
K: あなたは、親ですか。
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1:20:42
質問者: いいえ。
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1:20:44
K: ご自身を、親の立場に 置いてください。
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1:20:46
質問者: ただ彼らを 愛しています。
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1:20:49
K: このことを感じる母親の 悲惨を、感じてください。
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1:20:51
知的に、これに 答えないでください。
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1:21:01
質問者: なぜ私の子どもたちは、これに 惹かれ、魅了されるのですか。
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1:21:04
K: 私はそれに、入ろうとしています。 私は何を、することになりますか。
私は、暴力的に感じません。
私は 働いて、そこから抜け出しました。
私は、自分が誰かを 殺したいとは、感じません。
私は誰かに、爆弾を 投げたいと思いません。
私は、物理的な革命を 起こしたいと思いません。
なぜなら、私は、物理的な革命を 信じていないからですが、
私の二人の子どもは、それらの 魅力に、惹かれています。
私は何を、することに なりますか。
これが起きるのを許す社会は、 どこが間違っていますか。
あなたは、これらに 向き合いません。
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1:21:46
質問者: おそらく・・・ (聞き取れない)
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1:21:51
K: 進めさせてください。 あなたは、これに向き合いません。
それは どういう意味ですか。
あなたは、あなた自身を、変容させたく ありません。
または、社会を、です。
あなたは、何についても、 熱情的に感じません。
いいえ?
熱情は、何か、大きな苦しみの 中から、出てくるものです。
ですね?
しかしあなたは、苦しみを回避します。
あなたは、苦しみから逃避します。
あなたは、熱情を持たないなら、 創造できません。何をも築けません。
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1:22:36
で、もしも私が、二人の子どもを持って いるし、私が、熱情を持っているなら
- 私が何をすべきか、すべきでない かの、知的な概念だけではない -
彼らがこのことを理解するよう、 見届ける熱情、です。
で、私は、彼らとともに、時間を 使うでしょう。
指摘するでしょう。
私は、そうするでしょう。
私は 彼らへの愛を、持っているからです。
私は、彼らへの慈しみを持っているし、 私は深遠に、彼らを気づかうからです。
私は、これらについて 熱情的です。
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1:23:06
質問者: 私は、 たくさんの熱情が、
方法の探求の中で、 消散すると、思います。
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1:23:11
K: 全くそうです。方法 - それが、あなたの・・・
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1:23:14
質問者: (聞き取れない)・・・ それを経験したことがありません。
子どもを観察することの苦悩、 それは、燃料です。
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1:23:19
K: で、もしも私が、母親であり、 二人の子どもを、持っていたなら、
そして、私は、彼らが狼へ 放られたいと思いません
- それが、社会です。
あらゆる物事です。
私は、彼らと私たち自身について、 関心を持っています。
そうね、
私の関係において、 見出します。
私は過ごすでしょう - よろしい ですか。
それは、私の熱情です。
私は、そうする道を、 見つけるでしょう。
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1:23:52
質問者: たぶん、あなたが 「熱情」と仰るとき、それは、
私たちがそれで理解するのより、 何か違ったものを、意味しています。
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1:23:59
質問者: たぶん、あなたは、愛と、 与えるための熱中が、必要なんです。
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1:24:01
K: ああ、いいえ。それは、熱中とは 何の関わりも、ありません。
熱中は、薄れて、 消え去ります。
あなたは、テレビや TMに、熱中します。
すなわち、超越冥想に、です。 新しい導師に、熱中します。
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1:24:22
質問者: 私は憶えていますが、子どもの とき - 私は親の視点から語れませんが -
子どものとき私は両親へ、何かとても残酷な ことを、言っていたにちがいありません。
彼らは、くたばってしまいました。
両方が、一度に、です。
K: はい。
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1:24:33
質問者: それで私は、 大いに衝撃を受けました。
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1:24:34
私はそれを、 憶えているだけです。
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1:24:40
K: あなたは、彼が言うことが、 聞こえましたか。
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1:24:42
質問者: それで本当に、私は、 自分がしている暴力が、見えました。
それはただ、彼らが くたばってしまったからです。
彼らは、泣きました。
私は、彼らが 泣くのを、見たことがありません。
たぶん人生で、三回です。
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1:24:50
K: そういうことです。それで十分です。
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