OJBR80CB6 - 洞察は、脳細胞の変異を、もたらせるのか home
ディヴィッド・ボームとの会話 第6回
カリフォルニア、オーハイ
1980年4月15日

0:00 これは、1980年、カリフォルニア、 オーハイでの、J.クリシュナムルティと ディヴィッド・ボームの間の 第6回対話である。
0:13 ディヴィッド・ボーム: 昨日、私はサンフランシスコで、 或る人々と 議論していましたが、 あなたが、洞察は脳細胞を 変化させると仰ったと、言いました。 彼らは、とても興味深く感じましたが、 私は、もっと多くを言うことが できませんでした。私たちは、それについて 議論できるだろうかと、思います。
0:57 クリシュナムルティ: 今、構成されているように、 頭脳は、一方向に 機能してきました - 記憶、経験、知識です。 それはその区域で、可能なかぎり 機能してきました。 ほとんどの人々は、 それに満足しています。
1:32 B: まあ、彼らは 他の何についても、知りません。
1:34 K: 他の何も、ね。 また彼らは、知識を、 最高に重要だ、位置づけてきた、 などなどです。 根源的な変化に、 関心を持っているのなら、 どこから始めますか。 仮に、Xは自らが、人類が設けた一定の 方向へ、進んでいると感じる、とします。 彼は、幾世紀に幾世紀も、 そこを行っています。 彼が自分自身に、根本的変化とは 何であるかを、訊ねるとき、 それは、環境にありますか。 それは、人間関係にありますか。 それは、知識などの区域にない 愛の感覚ですか。 それは、どこで 始まることになりますか。 質問を理解されますか。 ここ内側、私の精神、 頭脳の内側で、何か変異が 起きていないのなら、 私は、つづけていくでしょう。 私は、自分は変化したと、 思うかもしれません。 または、それは、表面的な 変化なのかもしれませんが、 それは、深みでの 変化ではないでしょう。
3:23 B: ええ。私は思うんですが、 第一のことは、 そこに含意されていることは、 現在の状況には、 精神だけでなく、神経系、 身体も、関与していると、 言うことである、と。そのすべてが、 一定の道に定まっています。
3:41 K: もちろんです。ええ、 それが、私が言った意味です - 動き全体が、一定の道にある。 その道に沿って、私は 修正、適応、錬磨できます。 もう少し多く、 もう少し少なく、などとですが、 人は、きわめて根本的な変化に、 関心を持っているなら、 どこで始めるべきですか。 先日言いましたように、私たちは、 自らを変化させるために、 環境に頼ってきました。 自らを変化させるために、 社会に頼ってきました。 様々な形の規律、修練などに、ですが、 それらはすべて、 同じ方向にあると、私は感じます。
4:38 B: まあ、ええ。それらがすべて、 精神が定まっていて、 身体が定まっている同じ道より、 発出するかぎりは、 それらは、何をも変化させないでしょう。

K: そのとおりです。
B: 関与した全的な構造が、 あります - 頭脳の中、身体の中、 社会の全体の中に、あるものが、です。
4:55 K: ええ、ええ。さて、で、 私は、何をすべきでしょうか。 Xは、何をすべきでしょうか。 彼は、この質問をしています。 変化する何が、ありますか。 理解されますか。
5:13 B: それは、どういう意味ですか - 変化する何が、ありますか、とは。 何が、変化されるべきですか。
5:22 K: ええ。何が変化されるべきですか。 どちらも、です。 変化される何があり、 変化させる何が、ありますか。 B: 変化を起こす、という意味ですか。
5:35 K: ええ。変化を起こす。
5:38 変化を起こすだけではなく・・・ B: ・・・変化を遂げる?
5:45 K: ええ。基本的に、 変化する何が、ありますか。
5:46 私は見ます。Xは見ます - 自らは、この道に沿って、 一定の物事を、変化させられる、と。 が、それより、はるかに先へ行きます。 何をすべきでしょうか。 きっと、人はこの問いを 訊ねてきたと、私は思います。 あなたは、それを訊ねたにちがいない。 哲学者は、それを訊ねてきたが、 見たところ、変異は 起きてきませんでした。 で、私は何を・ ・・ Xは何を、すべきでしょうか。 彼は、根本的な革命、 心理的な革命の必要を、悟ります。 彼は、自分が変化すればするほど、それは、 同じことの継続であるのを、知覚します - 彼が自分自身を 探究すればするほど、 自分の探究は、やはり同じである、 などなどと、です。 で、変化する何が ありますか。 Xは、頭脳自体を変化させる道を、 見つけないなら、
7:25 B: いいですよ。でも、すると、 何が、頭脳を変化させるのでしょうか。
7:30 K: そうなんです。そうなんです。 幾千年もの間、 様式に定まってきた頭脳。 それは分かりますか。
7:51 B: ええ。
7:59 K: それはもはや、「私はなぜ 変化すべきか」ではない、と思います。 私が変化することは、必須です。
8:03 B: ええ。昨日、議論する中で、 変化がなければならないことは、 合意されましたが、 疑問は、頭脳はどうやって 変化できるのか、ということですね。
8:11 K: そのとおりです。その点へ導入し、 来なければなりません。 この問いが、 科学者として、とか、 科学に関与している人間としての あなたに、出されるなら、 あなたの答えは、 何になるでしょうか。
8:37 B: まあ、科学はそれを 取り扱えるとは、私は思いません。 なぜなら、それは、どのみち さほど進まないからです。 どのみち、それは、 頭脳の構造を、 とうてい、どうにも、 さほど深く調査できません。 多くの問いが、頭脳と精神の関係を、 悩ませています。 それを科学が、解消することが できたことは、ありません。 或る人々は、 頭脳を越えて何もない。 ゆえに、あなたの問いには、 何の意味もない、と言うでしょうね。
9:07 K: ええ、それはもちろん、 純粋に唯物論的です。 私は、それらを理解します。
9:10 B: ええ。さて、 それが唯物論的でないなら、 当面の間、科学はそれについて、ほとんど 言うべきことを、持たないでしょう。 幾らかの人々は、そうしようとするだろう、 ということかもしれませんが、 科学は一般的に、 物質を取り扱う中で、 最も成功を収め、 最も系統的だったのです。 その他でやろうとする試みは どれも、あまり明らかではありません。
9:28 K: 全くです。全くです。 あなたは、私に語ります - 私はXです - あなたは、私に語ります。 洞察が脳細胞を変化させる、などと。 それへの私の即時の答え、応答は、 「どのように?」です。
10:19 B: ええ。それが、 あらゆる人が訊ねることです。
10:22 K: ええ。そうなんです。あらゆる人が、 どのようにかと、訊ねます。 それは、信条という事柄ではない。 それは、様式を別の様式へ 変化させる、という事柄ではない。 で、あなたは、何の方向もなく、 私を置き去りにします。 ですね? あなたは、これに透徹する何の 道具もなく、私を置き去りにします。
11:16 B: ええ。あなたが、 頭脳を越えた何かがあることを、 仄めかしているということ以外は、 その問いを立てる中で、 それは、明らかに思われます。
11:23 K: でも、私は、頭脳を越えて 何かがあるかを、知りません。
11:24 B: 私たちは知りませんが、 まさにその発言こそが、 洞察がどうにか頭脳を越えて いることを、含意しています。 さもないと、それは、頭脳を 変化させられないでしょうね。
11:33 K: ええ。そうなんです。で、私は、 どのように、それを捉えるべきですか - 自分がそれを捉えられないのを、 知って、です。
11:43 B: どのように、それは 訪れるのでしょうか。
11:47 K: ええ。どのように これは、訪れることになるのか。
11:51 B: ですが、はっきりさせる べきだと思います - あなたは、非物質的な何かが、 物質に影響できる、と仰っています。 そうね、これが含意です。
12:01 K: 私には、確かではありません。
12:03 B: 確かではないが、私は、 これをはっきりさせることで、 あなたの問いが何なのかが、もっと 明らかになるだろう、と思うんですよ。 そうされないなら、 それには、幾らか悩みます。
12:11 K: あなたが私に、言って きたことすべては、こうです - 洞察は、変化させる。 頭脳に変異をもたらす、と。 B: ええ。 
12:20 K: 今、あなたは、 洞察とは何かを、説明します。
12:22 それは、前進的な知識の結果ではない。 それは、前進的な時ではない。 それは、思い出ではない。 それは、あなたは指摘されますが、 それは、頭脳の本当の 活動なのかもしれません。
12:47 B: いいですよ。 違ったように表しましょう - 頭脳は、多くの活動を 持っています。 そこには、記憶と、仰ってきた これらすべてが、含まれています。 付け加えて、より深い、 より内的な活動が、ある。 でも、それはやはり、 頭脳の活動です。
13:02 K: すると、それは同じになるでしょう。
13:04 B: ええ、いいです。でも、 それは、明らかでないことですね。 このものを立てる中で、 何かが、すっかりは明らかでないように、 思われます。 
13:11 K: ええ。 いいえ。 私は、それは 前進的な知識の結果でないことが、 きわめて明らかで なければなりません - それは、どの意志の行使を とおしても、得られないのです。
13:33 B: ええ。人々は一般的に、 洞察は閃きで来る。 それは意志をとおしては来ないことが 分かると、思いますね。 K: ええ。

B: そして、ほとんどの・・・
それをそもそも考慮したことが ある人たちは、それが分かる、と。 また、たぶん化学は、それをもたらさない、そうね、薬物は、ということですね。
13:51 K: ええ。ほとんどの人々は、 それが分かると、思います。 ほとんど、ではない。 幾らかは、ということで・・・ B: 関心を持つ人たちは、です。
13:54 K: 或る人々は、それが分かるんです。
13:55 私は、Xは、どうすれば この洞察を持つことになりますか。 私は、あなたの論理が、分かります。 私は、道理が分かりますね。
14:21 B: 幾つかの面で、それは人々を 動揺させるかもしれません。 その論理が何なのか、 明らかではありません - 何が、頭脳の中に、この変化を 起こそうとしているのか。 それは、頭脳以上の何かですか。 それは、頭脳の中の より深い何かですか。 これが、疑問の一つですね。
14:35 K: もちろんです。
14:35 B: それは、論理的に、 すっかり明らかではありません。
14:40 メアリー・ジンバリスト: こう仰っていますか - その内容への関連なく、 作用する頭脳の機能が、ある、と。 その内容への関連なく、作用する頭脳の 機能、頭脳の中の能力が、ありますか。
14:58 K: 部分へ、他の内容への関連なく。
15:01 B: いいですよ。
15:03 MZ: ええ。それは、それを迂回できます。 それは、それなしに作用しますが、 これは、頭脳全体を 変化させつつあり、 頭脳に入ってきつつある 何かではなくて、 それは、頭脳の中の性能である、 ということです・・・
15:15 K: さて、あなたが訊ねているのは、 何か全く・・・
15:19 B: そうですか。ええ、まあ、 それは良い疑問です。 私が見るかぎり、 それは、正しい路線にあります。 頭脳の中には、 内容に依存していなくて、 内容により条件づけられていない 機能が、ありますか。 でも、それはやはり、 物理的な機能なのかもしれません。
15:36 K: ええ。理解できます。 その問いを理解できます。 おやまあ。 これが問いですか。 内容をもった意識は、別として、 頭脳の中には、 意識により触れられない 活動が、ありますか。
16:04 B: 内容によって、 ということですね。
16:06 K: 内容によって、です。 ええ。内容が意識です。
16:09 B: ええ。でも、時々、あなたは それを、別の意味で使われます。 時々あなたは、 意識について話をされます - 別の種類の意識が あるかもしれない、と。
16:17 K: ええ。でも、私たちは当面の間、 それを放っておくでしょう。
16:19 B: で、それを「内容」と呼ぶなら、 それは、もっと明らかでしょうね。
16:21 K: いいですよ。 内容により触れられない 頭脳の一部、です。
16:27 B: ええ。 いいですよ。 そのとき私たちは、そこから 始めて、こう言えるのかもしれません - それにより、頭脳が変化することは 可能なのかもしれない、と提起される、と。 頭脳は、その内容により、 全面的に制御されるのか。 あるいは、幾らかの面で、さほど 条件づけられていなくて、 それは何かを持っているのか・・・
16:53 K: ああ、それは危険なことです。
16:54 B: でも、それが、あなたが 仰っていることです。
16:56 K: 私は、その危険が見えています。 全くです。 そういうわけで、私は、それより 離れつつあるんです。 私は、自分自身に 認めることの危険、 それで、他の誰かに語ろうと することの危険が、見えます - 自分自身に、頭脳の一部があることを、 認めることの(危険)、ですが・・・
17:21 B: 或る機能か、活動ね。
17:23 K: いいですよ。内容により 触れられない頭脳の活動が、です。
17:30 B: 少なくとも、 それは、可能な活動です。 それは目覚めてこなかった、と いうことかもしれません。
17:34 K: それは、目覚めてこなかった。 そのとおりです。
17:38 ムーディ: ですが、危険は何ですか。
17:42 K: それは、さほどに単純です。 危険は、私は、自分の中に神がいる、と 認めている、ということです - すなわち、何か超人間的な、 何か内容を越えたものが、 ある。 ゆえに、あれが、これに対して、 作動するだろうとか、 あれが、これにもかかわらず、 作動するだろう、と。
18:12 ムーディ: でも、頭脳の どの部分が、危険を見ますか。 それは、あの部分ですか。
18:19 K: ゆっくり、ゆっくり。 危険を見る頭脳の どの部分が・ ・・ もちろん、内容が、 危険を見ます。 ムーディ: 見ますか?
18:29 K: ああ、そうです。なぜなら、 内容は、自らが行ってきたごまかし
18:30 すべてに、気づいているからです。
18:36 B: それは、古いごまかしの 多くに、類似しています。
18:39 K: ええ、ええ。 先に進んでください。 説明なさったことを、進めてください。
18:43 B: 私は、こう 言っていただけですね - 私たちが前に議論してきたごまかし、 すなわち、内なる神の想定と、 内なる神の想像と、 ゆえに、見た目の証明ですが、 明白に危険があるんです。
18:55 ムーディ: でも、そうね、 頭脳は、その危険を見て、 にもかかわらず、 その発言をできるのでしょうか。 なぜなら、その発言は、 にもかかわらず、 正しい方向を指しているかも しれないからです。
19:06 B: ええ。論点は、たとえ、 それは危険であるとしても、 そうすることは、必要なの かもしれない、ということです。 それは、正しい路線に あるかもしれません。
19:14 K: いえ、いえ。 危険は、こうです - それは、伝統的であるだけでなく、 人は、それについて 考えてきて、 X以前に、このものが存在する、 と言ってきただけではない。 ゆえに、無意識は、 内容の一部ですが、 それが、あれを捉えつつあり、 「そうだ」と言う。 で、それは即座に、危険を見ます。
19:52 ムーディ: それは、 自らの罠を見ます。
19:54 K: ええ。それは、自らが 創り出してきた罠を、見ます。 よろしいですか。
20:03 B: ええ、いいです。
20:04 K: で、それは、 あの罠を回避します。 それは、健全さです。 罠を回避することは、健全さです。 内容に全然、依存していない 活動が、ありますか。 それは・・・私たちは、言っています - その活動は、頭脳の一部ですか、と。
20:35 B: それは、頭脳の自然な活動ですか - 頭脳の中の物質的なもののそれか。
20:41 K: それは、どういう意味ですか。
20:45 B: まあ、そういう自然な 活動が、あるのなら、 それは、どうにか、 目覚めうるかもしれないし、 その活動は、頭脳を 変化させられるかもしれませんね。 それは、変化できる かもしれません。
20:54 K: ですが、それはやはり 物質的である、と仰るのでしょうか。
20:58 B: ええ。物質の違った水準が、 ありうるかもしれませんね。
21:02 K: それだけです。それが、私が 取りかかろうとしていることです。 いいですね? 
21:06 B: いいです。でも、そうね、
21:07 そのように考えるなら・・・ K: これは、とても面白い。
21:07 ・・・内容により 条件づけられていない、
21:08 より深い水準の物質が、 ありうるかもしれません。 例えば、そうね、私たちは、 宇宙の物質は、一般的に、 私たちの頭脳の内容により、 条件づけられていないことを、 知っています。 そのように条件づけられていない、 より深い水準の物質が、ありうる かもしれなくて、それが取りうる・ ・・ K: で、それは、やはり 物質でしょう。 
21:27 B: ええ。 K: 精錬されたり、極上だったり、 何であっても、それはやはり・ ・・ B: いいですよ。 K: 私が見出そうとしているのは ・・・それは、やはり内容でしょう。
21:44 B: なぜそう仰るのでしょうか。あなたは ゆっくり行かなくてはならないでしょう。 なぜなら・ ・・ 物質が内容である、と仰りますか。 K: ええ。
21:50 B: 本来的に、ね。
21:51 でも、すると、それは、はっきり させられなくてはなりません。 なぜなら、それは明瞭でないからです。
21:56 K: これをゆっくり、 はっきりさせましょう。 それについて 議論しましょう。これは、なかなか良い。 思考は、物質です。
22:10 B: まあ、いいですよ。 思考は、内容の一部です。 それは、物質的な過程の一部です。 それが物質として、独自に存在するのか どうかは、さほど明らかではないですね。 たとえば、水は物質であると 仰るなら、 水を一つのグラスから、 もう一つへ注げます。 それは、独立した実体を 持っていますが、思考が物質として、 それ自体で成り立ちうるのか どうかは、明らかではありません。 頭脳のような、 そこでそれが起きる何か 他の物質的実体と一緒に、 以外は、です。 私が言っていることは、明らかですか。
22:36 K: よくは分かりません。
22:37 B: そうね、水は物質である、と言うなら、 それは明らかです。 水を取れるでしょうし、それは、 どこであれ、内側に、海に成り立ちます。 さて、もしもあなたが、 思考は物質である、と仰ったなら、 思考は、同様な独立した実体を、 持たなければなりません。
22:56 K: すみません。私は、これに よく付いていけません。
22:57 B: まあ、空気は物質である、と 言いますね? 水は物質ですよね。 さて、波は物質ではなくて、 それらは、物質の中の過程だけですね。 私が言うことの意味は、 明らかですか。 
23:08 K: ええ。 波は、物質の中の過程です。
23:11 B: 物質的な過程です。 さて、思考は物質ですか。 または、それは、物質の中の過程ですか。
23:17 K: ああ!
23:19 メアリー・ジンバリスト: お訊きしてもいい ですか - 電気は、物質と考えられますか。
23:22 B: それらが電子であるかぎりにおいて、 それは物質ですが、 それはまた、それの動きでも あります - それは過程です。
23:28 MZ: で、それは二つのものです。
23:29 B: まあ、それは、 電波などを形成できますね。
23:32 MZ: 波は、物質なんでしょうが、 電気的作用は、そうではない。
23:38 B: まあ、電気的作用は、 波に似ていますが、 電気は、小さな粒子から 構成されています。
23:45 K: あなたの問いは、何ですか - あなたがちょうど、私に訊ねたのは。
23:48 B: 思考は、物質ですか。または、 それは、物質の中の過程ですか。 例えば、頭脳の物質の中なのか、 または、他のどこかで、なのか。
23:59 K: 思考は・・・
24:01 B: 思考は、物質的な実体ですか。 または、それは、何か他の 物質的な実体の中での、過程ですか - 頭脳の中でのように、です。
24:13 K: それは、頭脳の中での 物質的な過程です。
24:15 B: ええ。そのとおりです。科学者たちは 一般的に、それに同意するでしょう。
24:19 K: それで通しましょう。
24:21 B: もしも、それは物質であると仰った なら、彼らは、とても悩むでしょうね。
24:24 K: ええ、ええ。分かります。
24:26 Z: それは、脳細胞を離れて、 存在していません。 それは、脳細胞に 定住しています。
24:32 K: すなわち、思考は、 頭脳の中の物質的な過程です。
24:37 B: ええ。 K: ええ。それは 正しいでしょうね。
24:38 B: ええ。
24:40 K: 私はそれに、入ってはいけません。 B: 何ですか?
24:42 K: 私は、不適切な冗談を 言おうとしていました。すみません。
24:44 頭脳の中の物質的な過程。 それは、全く正しいです。
24:46 すると、その物質的な過程は、 独立していますか。 その物質的な過程は、 いったい、独立できますか。
25:11 B: 何から独立ですか。
25:13 K: 物質的な過程でない何かから、 独立していますか。 いや、ちょっと待って。私は、 ゆっくり行かなければなりません。
25:22 B: ええ。とても困難です。ええ。
25:23 K: 私は、自分が何を表現しようと しているかを、知っています。 私は、気を つけなければなりません。 それが、私が知っているすべてです。 ですね?
25:32 B: そうです。まあ、あなたは 何を知っていますか。 K: 頭脳の中の物質的な過程です。
25:35 B: ええ、いいです。
25:36 K: 私たちはみんな、 それに同意します。
25:38 B: ええ。それについては、相当に 広い合意を得られるでしょうね。
25:41 K: それについては、ええ、ええ。
25:43 私たちの問いは、こうです - 頭脳の中のその物質的な過程は、 それ自体に変化を、もたらしうるか、です。
26:04 B: それが問いです。ええ。
26:05 K: さて、ちょっと待ってください。 それ自体に、です。 その物質的なものが それ自体で、変化できるのなら、 それはやはり、物質的な過程です。 B: ええ。
26:20 K: そうですね?
26:21 B: まあ、思考はいつも、物質的な 過程に、なろうとしています。
26:22 それは本来的に、物質的な過程です。 K: で、それは、やはり物質的な 過程でしょう。 
26:27 B: ええ。 K: ゆえに、それは洞察ではない。私たちは その点へ、戻らなければなりません。
26:36 B: そうです。さて、あなたは、洞察は 物質的な過程ではない、と仰っています。 それが、仰っていることです。
26:40 K: 私は、ゆっくり 行きたいのです。 B: 「ゆえに」と言うことによって、です。
26:41 K: 分かります。すみません。
26:43 私は気をつけて、正しい言葉を 用いなければなりません。 思考は、頭脳の中の 物質的な過程です。 その物質的な過程より発する、 他のどの動きも、やはり 物質的な過程です。
27:05 B: ええ。そうにちがいない。
27:06 K: そうにちがいない。 そうです。 物質的な過程ではない 別の活動が、ありますか。
27:22 B: そうです。もちろん人々は、幾時代にも わたって、この問いを訊ねてきました。
27:26 K: ええ。知っています。 これはずっと・・・
27:28 B: 物質を越えて、 霊があるのかどうか、と。
27:31 K: ええ、ええ。知っています。 霊、聖霊です! 頭脳の中に、 物質的な過程が、あるのか・ ・・ 何か他の活動が、あるのか。 それは、これに関係づけられません - 物質的な過程に。
27:52 B: まあ、それは、それに依存できません。 あなたは、こう表したいですか・・・ 洞察は、物質的な過程に、 依存できません。 
28:05 K: そうです。 それはただ、もう一つの物質的な 過程になるでしょうから。 K: そうです。 それは、それに依存できない。 洞察は、物質的な過程に、依存していない - すなわち、思考に、です。 
28:24 B: ええ。 K: そうです。
28:27 B: ですが、あなたはそれを、 逆に仰っていました - 物質的な過程は、洞察に 依存するかもしれない、 洞察により、変化させられる かもしれない、と。
28:33 K: ああ、待って、待って。 物質的な過程は、それに 依存しています。 あれが、これに 依存しているのではない。
28:41 B: ええ。それが、 仰っていることでしょうね。
28:43 K: ええ。 さて、ゆっくり、ゆっくり。
28:46 B: さて、そうね、 一般的に言って、人々は、 非物質的な何かが、物質的な何かへ、 どのように影響しうるのかが、 分からないでしょうね。
28:58 K: ええ。全くです。
28:59 B: 非物質的な何かが、 物質により影響されないことは、 容易に同意できるかも しれませんが、 すると、どのように、 作動は、逆に働きますか。
29:11 K: あなたは、何と仰りますか。 頭脳は物質的・ ・・ 思考は、 その内容とともに、物質的な過程です。 そこからのどの活動も やはり、それの一部です。 B: ええ。
29:35 K: そうです。
29:36 さて、洞察は、 その一部ですか。
29:41 B: 私たちは、それがあれに 依存していないことに、合意しましたね。 それは、あれに依存しないで、 起こることに、合意しました。 それは、その一部ではありえない。
29:48 K: そのとおりです。
29:49 B: でも、逆にも 何かが、あります。 でも、それはやはり、物質的な 過程の内で、作用できます。 それが、決定的なことです。 
29:58 K: ええ。 そのとおりです。そのとおりです。 それは、物質的な過程より、 独立しています。 けれども、それは、物質的な過程に 対して、作用できる。
30:07 B: さて、それについて、 少し議論しましょう。そうね・・・
30:09 K: ええ。気をつけてください。 私たちは、聖霊に入り込んではなりません!
30:13 B: いえ。まあ、科学へ行くと、 科学では、一般的に言って、 AがBに作用できるなら、 それはふつう、BのAへの 交互作用です。 AがBに作用するが、BがけっしてAに 作用しない状況は、見つかりません。
30:27 K: 分かります。分かります。
30:28 B: これが、出てくるであろう 困難の一つです。
30:31 K: 理解できます。 ですが、BはAに作用できます。
30:38 B: ええ。でも、一般的に これは、他所には見つかりません。 一般的に、BがAに作用するなら、Aが Bに作用できることが、見つかりますね。 人間関係で、私があなたに作用できるなら、 あなたは私に作用できます。 ですね?
30:51 K: ええ、ええ。 ですが、私が作用しないなら - 私が言って いることに、付いてきておられますか。 私たちは、人間関係は 相互作用であると、言います。 B: ええ。それは相互関係です。
31:02 K: 相互関係です。
31:04 その関係には、 応答などが、ある。 さて、私は、あなたの作用へ 応答しないなら、 私は、それに依存していません。
31:18 B: ええ。 私たちがこれを、科学において明らかに しようとしているなら、と思います。 そうね、科学は一般的に、 この状況は可能でない、と見ます - 一方的な作用が、あることは、ね。
31:35 K: 一方的作用は、ね。全くです。 理解できます。私は、それを理解しました。 で、私たちは、物質的な過程が、 関係を持つにちがいないことを、 継続的に主張しています・・・
31:55 B: 作用ですね - 私は、むしろ その言葉を、用いるでしょう。 ここで、関係は、 曖昧な言葉ですよ。 もしも「作用」と言ったなら、 より明らかになるでしょう。
32:00 K: いいですよ。 物質的な過程は・・・
32:06 B: ・・・作用できるにちがいない。
32:08 K: ・・・非物質的なものに、 作用できるにちがいない。 そして、非物質的なものは、物質的な ものに、作用するにちがいない、と。
32:21 B: ええ。でも、すると、 どちらも、同じになるでしょう。
32:23 K: そのとおり!そのとおり!
32:26 ムーディ: 必ずしも、そうではない。 こう思い描けるのでしょうか - たぶん、洞察は、 頭脳の物質的な過程より、 はるかに大きな動きである。 ゆえに、そのはるかに 大きな動きは、 小さな動きに作用できるが、 小さな動きは、大きな動きに 作用できない、と。 
32:49 B: ええ。 K: ええ。私たちは、 同じことを言っています。
32:54 B: 小さな動きは、 大きな動きに対して、 意義深い作用を、持ちません。 たとえば、或る状況が得られます - 海へ岩を落とすなら、 海は、何の意義もなく、 それを吸収してしまいますね。 ムーディ: そのとおりです。
33:08 K: 全くです。全くです。
33:10 ムーディ: すると、それらはやはり、それら 自体の間で、作用を持つのでしょうが、
33:11 意義深い作用が、 唯一つあって・・・
33:18 K: いえ、いえ。いけません。 気をつけてください。 私はそれに、あまりに速く 入りたくありません。 愛は、憎しみへ 関係を持ちません。
33:37 B: まあ、またもや、それは、 「関係」という言葉です。そうね・・・
33:42 K: 作用です。
33:43 B: ・・・憎しみは、愛に対して 作用を持たない、と仰るんでしょうか。
33:49 K: ええ。それらは、独立していて・・・ 私は言わないでしょうが・・・
33:50 B: 独立している。 それらは、互いへ作用を持たない。 いいです。
33:55 K: ああ、これを 発見することは、重要です。 愛は、憎しみより 独立しています。 憎しみが、あるところ、 他方は、存在できません。 ですね?
34:11 B: ええ。
34:12 K: いいですか?
34:13 B: ええ。それらは、隣り合って、 互いに作用し合っていられません。
34:16 K: ええ、いられません。 で、あなたたち、科学者が、AはBに 関係を持つにちがいないと言うとき、 BはAに関係を持つに ちがいないのです。 ですね? 私たちは、それを 否定しています。 愛は・・・
34:40 B: すべての科学者は、そう 言ってきませんでしたが、 もちろん、わずかな人は、 別のことを言ってきました。 私は、アリストテレスを 持ち込みたくないですが・・・
34:49 K: アリストテレスを、持ち込んで ください。あなたたちの双方、です。
34:51 B: ・・・彼は、動かないで動かす者が ある、と言いました。 そうね、すなわち、彼は、神は けっして物資により動かされない。 神は、物資により作用されないが、神は 作用する、と言います。 分かりますか。 で、それは、そのときの 古い観念です。 その時以来、科学者たちは、 アリストテレスを放り棄てて、 それは不可能である、と 言いました。
35:14 K: さて、私は、 愛は憎しみに依存していない。 憎しみは、とうてい愛に対して 作用できないと、はっきりと見えるなら - 愛は、憎しみに対して 作用するかもしれません。 または、憎しみがあるところ、 他方は、ありえないのです。
35:38 B: それらが、二つの可能性ですね。 あなたは、どちらを仰っていますか。
35:42 K: 二つの可能性とは、何ですか。
35:43 B: あなたは仰りましたね。一つは、 愛は憎しみへ作用するかもしれない、と。 もう一つは、それらは互いへ、 まったく作用を、持っていない、と。 K: ええ、ええ。
35:48 B: さて、どちらですか。
35:49 K: 理解できます。理解できます。
35:51 いいえ。愛は、憎しみに対して、 作用できません。
35:57 B: そうです。それらは、 関係を持っていない。 だが、おそらく、洞察は できるかもしれませんね。
36:09 K: 私は来ようとしています - ゆっくりと、私は動いています。 じわじわと進み、これへ 入ろうとしています。 私は、この点について、 全く明らかでありたいです。 暴力と、暴力のないことは、 全然違った、二つの要因です。 ですね?
36:39 B: そうです。
36:44 K: 一方は、他方へ作用できない。
36:48 B: まあ、その場合には、 一方の存在は、他方の非存在であり、
36:51 一緒に作用する道は、何もないと、 言えるでしょうね。
36:58 K: ええ、そのとおりです。 B: それらは、一緒にそこにいられない。
36:59 K: 絶対に、です。
37:01 私は、それで通しましょう。 で、作用中の、この物質的な 過程が、あるところ、 他方は、存在できません。
37:21 B: すると、こう 仰ろうとしていますね - 今回、他方は、何ですか。 洞察ですか・・・ 
37:28 K: ええ。
37:33 ムーディ: すると、ですね。 それは、まるで洞察は、 あの物質的な過程を、変化させられないか のように、聞こえます。
37:41 B: それは、私たちが前に 言っていたことを、否認しますね - すなわち、洞察から物質的な過程に対して 作用がある、ということを、です。
37:50 K: さて、着実に。ええ。 暴力があるところ、 他方はない。 ですね? 非暴力は、です - 私は、その「非暴力」 という言葉を使うのが、嫌いです - それが何であっても、です。
38:10 B: 平和。
38:11 K: 平和。
38:13 B: だめですか。秩序、 調和、ですね? K: ええ。
38:14 暴力があるところ、 平和は存在できません。 ですが、平和があるところ、 暴力がありますか。 いいえ、もちろんない。 で、平和は、他方に依存していない。
38:39 B: ええ。
38:43 K: さて、私たちは、 こう言っていますか - 物質的な過程は、 洞察より独立していて・ ・・ B: いえ。私たちは、 そう言わなかった。
38:56 私たちは、それは洞察に依存する かもしれない、と言いました。
39:00 K: ええ。仮に、 私が言っている、とします。 仮に、当面ですが、 洞察より独立している、とします。 すると、洞察は、他方へ 作用できません。
39:09 B: ええ。それは真実です - ええ、それが実情なら。
39:11 K: それが実情なら。
39:24 すみません。 一息、つかせてください。続けてください。
39:32 B: いいです。休んでください。
39:34 K: 何ですか。
39:35 B: 少しの間、休もうと、 言いました。
39:37 質問者: コップ一杯の水は、 いかがでしょうか。
39:38 K: いえ、ありがとう。 それはただ・・・ 分かっています。 それはただ・・・
39:44 M.ジンバリスト: 議論するのではない ですが、あなたは、何度も何度も、 智恵は思考に作用できると、 仰ってきました - 洞察は、作用できる、 思考に影響できるが、 それは、逆の方には 働かない、と。 あなたはこれを、多くの形で 仰ってきました。 
40:02 K: ええ。無知と智恵 - 智恵は、無知を拭い去れるが、 無知は、智恵に触れられないのか どうか。 いいですね? 

B: いいです。
K: 愛があるところ、憎しみは けっして存在できない。 ですね? B: 愛があるかぎりは、ね。
40:27 K: ええ。私はそれを言っています。
40:33 ですが、愛は、憎しみを 拭い去れますか。
40:42 B: まあ、私たちは、それは 可能だとは思われない、と言いました。
40:45 K: それは可能だとは、 思われません。
40:48 B: なぜなら、憎しみは、独立した 力であるように、思われるからです。
40:51 K: もちろんです。 もちろん、そうです!
41:01 すみません。二分間、 続けて行ってください。
41:03 質問者: そのとき、 分量の問題がありますか。
41:06 B: 何ですか。
41:07 質問者: 分量の問題がありますか。 言い換えると、愛が憎しみを 拭い去れないのなら、 憎しみに取って代わるために、 十分な単位の愛が、ありえるのか。 B: 私には分かりませんね。
41:18 MZ: 愛を測量するのは・・・
41:19 質問者: それが、私が 言っていることです。
41:21 私たちは、物理的な可能性について、 話していますか。
41:22 B: まあ、憎しみは、自らで 独自につづいていくと、思います。
41:25 K: 戻ってまいりました。 B: いいですよ。
41:30 それは、自らの勢い(運動量)を、 そうね、
41:34 自らの力、自らの動き、 自己運動を、持っています。
41:45 質問者: 私は、この愛と憎しみの 独立について、 他のこの議論との関係を、 よく捉えられません - 洞察が影響するとの、 他の議論ですが・・・
41:56 B: それが、私たちが 取りかかろうとしてきたことです。 二つの異なった区域が あるように、思われます。
42:00 ムーディ: それは、二つの 異なった区域と、思われます。
42:04 質問者: それは本当に探検です。 B: ええ。
42:06 質問者: 思考は動きですし、
42:09 洞察は、動きでないと 思われます - そこでは、あらゆる物事が見かけ上、 休止していて、それは動きを観察できます。
42:17 B: ええ。それが、私たちが 取りかかろうとしていることです。 他の何によっても影響されない、 何ものかの概念です。
42:31 質問者: または、他の何かが、 それへ影響できるのか。
42:34 質問者: すると、私たちは、 こう言っていませんか - 私たちは、この愛と憎しみの ことを、見つめるなら、 私たちは本質的に、善があり、 悪があると、言っていませんか。 そして、悪は、 自らで、完全に分離し、 独立した自らの力である、と。
42:50 B: それは、善より 独立していますよね。
42:55 質問者: でも、その過程は、 精神の中にないですか。 または、それは 洞察に関係していますか。
43:03 B: まあ、私たちは、それに 来ようとしています。
43:07 質問者: 光と闇の場所だね。 光が現れる。 闇は去った。 それがどこに去ったのかは、 知られません。
43:13 質問者: まあ、或る面で、それはちょうど、 二元性の様式に、似ていますね。 善があるし、悪があるが、 それらは完全に 分離している、と言うとき、 一方が、他方より、完全に 独立しているなら・・・
43:24 B: まあ、一つがあるところ、 他方はありえないですね。 それが、私たちがこれまで 言っているすべてです。
43:30 MZ: 関係は、何もない。
43:33 質問者: 単一の頭脳の中に、 という意味ですか。
43:35 B: ええ、どの頭脳の中でも、または、 どの集団の中でも、どこでも、です。 まあ、どこでも集団の中で、憎しみが つづいているところ、愛はないですね。
43:46 K: 私はちょうど、何かについて 考えたところです。 それについて考えたのではなく、 それが、私の心に浮かんできました。 愛は、原因を 持っていません。 そうですね?
43:58 B: そうです。
43:59 K: 憎しみは、原因を 持っています。
44:00 洞察は、原因を持っていません。 B: そのとおりです、ええ。
44:07 K: いいですか?
44:08 思考のような、物質的な過程は、 原因を持っています。
44:15 B: ええ、それは、因果の 連鎖の部分です。ええ。
44:26 K: 原因を持たないもの - それはいったい、 原因を持つものに、作用できますか。
44:36 B: まあ、作用するかも しれませんね。 洞察が作用して、変化させるかも しれないことは、分かります・ ・・ K: 私はゆっくり、これに 入りたいです。 
44:42 B: ええ。
44:44 私たちは、原因を持たないものが、 なぜ、 原因を持つものへ、作用しないのかも しれないのかの理由が、分かりません。 明白な理由は、ありません。 それは、逆には 起きないでしょう。 原因を持つものは、原因を 持たないものへ、作用できませんね。 なぜなら、それは、全部のことを、 否定するだろうからです。
45:00 K: ええ、そのとおりです。 ですが、見たところ、 洞察の作用は、 物質的な過程へ、とてつもない 効果を、持っています。 B: ええ。因果全体を変化させる ように、です。 
45:19 K: ええ。 それは・・・それは例えば、幾つかの 原因を、拭い去るかもしれません。
45:27 K: いいえ。それは 拭い去りますが・・・ 私は、それが何を 拭い去るかを、知っています。 ゆっくり、私は ゆっくり行きたいです。 洞察は、無原因であるので、ゆえに それは、原因より生まれていません。 その洞察は、原因を持つものへ、 明確な効果を、持っています。
46:08 B: ええ、まあ、そういうことには なりませんが、それは可能ですね。 つまり、あなたは、まるで必然的に そうなるかのように、表されますが、 そうはならない。 これまでは、そうならないが、 私たちは、それは可能である、 と言います。
46:20 K: いえ、いえ。私は、 それは可能であるとは、言いません。
46:22 B: ええ。ですが、私たちは、なぜそれが 必然的かが、すっかりは見えていないと、
46:25 私は言っています。 K: 全くです。 ええ、それは可能である、 と言いましょう。 私はここに、可能性を 認められません。
46:33 B: ええ、私たちはただ、 「可能だ」という言葉を言うとき、 矛盾がないと、 言っているだけです。 私は単に、洞察が作用すると 言う中に、矛盾がない、 という意味で 言っているだけです。
46:41 K: 分かります。分かります。 理解できます。いいです、分かります。 私たちが、「可能だ」という言葉について、 はっきりしているかぎりは、です。
46:46 B: ええ・・・
46:50 K: いいえ!私たちは、ここで 気をつけなければなりません。 愛は、原因なしであり、 憎しみは、原因を持っている。 二つは共存できません。
47:05 B: ええ。それは真実です。 そういうわけで、愛と洞察との間に、 違いがあるのです。 
47:10 K: ええ。
47:12 B: そういうわけで、 何かが原因を持たないなら、 それが、原因を持つものに、 作用するだろう、ということには、 必ずしもならないんです。 それが、私が 言おうとしていたことです。
47:21 K: 私はただ、もう少し 探検したいと思います。 愛は、洞察ですか。
47:28 B: まあ、私たちに分かるかぎり、 それは、まさしく同じではないですね。 愛は、洞察と同一的に 同じではないでしょうね。
47:39 K: 愛は・・・ 問いは何ですか。
47:41 B: あなたは、お訊きになりましたね - 愛は洞察ですか、と。ですね?
47:43 K: ええ、私はそれを訊ねました。
47:45 B: さて、一見して、私たちは、 それらが必ずしも、 まさしく同じものではないことが、 分かります。
47:50 K: なぜですか。
47:51 B: 洞察は、愛なのかも しれませんが、そうね、 洞察はまた、例えば、 閃きの中で起こりますよ。
47:59 K: それはもちろん、 閃きの中で、です。 その閃きは、様式全体を 変更します。 B: そのとおりです。
48:06 K: ですね?
48:14 が、あの閃きは、 様式全体へ作動し、 様式を使います - 議論する、推理する、論理、 その他すべて、という意味で、です。 話が明らかになっているのか どうか、私は知りません。
48:27 B: ええ、まあ、私は、 ひとたび閃きが作動したとき、 様式は違っているし、ゆえにそれは、 もっと理性的であろう、と思います。
48:37 K: いえ。私が言おうとしているのは、 こうです - あなたは、閃きを持つが、 論理的でもありうる。
48:47 B: ええ。まあ、閃きは、論理を 可能にするかもしれません。 なぜなら、そうね、閃きの前、あなたは、 混乱していたかもしれないからです。
48:55 K: ああ、ああ、 はい、はい、はい。 アリストテレスは、論理により、 これらへ至ったかもしれません。
49:12 B: 彼は、何か洞察を持っていたかも しれませんね。私たちは、彼を知りません。
49:15 K: 私たちは知りませんが、私は、それを 問うています。私は、それを問うています。
49:19 B: ええ。私たちは、彼の精神がどう 作動したのかを、本当は知りません。 現存しているのは、ほんの わずかな本だけであるからです。
49:27 K: あなたは、わずかな本を読むことにより 彼は洞察を持っていたと仰るのでしょうか。
49:31 B: 私は本当は、アリストテレスを 直接的に、読んだことがありません。 ほとんどの人が、読んでいません。 それは難しいからです。 ほとんどの人々は実際にアリストテレスを、 彼が直接に言ったことを、読んでいません。 ほとんどの人々は、他の人々がアリストテレスについて言ったことを、読みました。
49:45 K: 分かります。 すると、私たちは迷っています。
49:47 B: ありふれた アリストテレスの言い回しが、 二、三あります - 動かずに 動かす者、のように、です。 彼は、幾つかのことを 見ていて、それらは、 彼が少なくとも、全く賢明で あったことを、仄めかしています。
49:56 K: いいえ。私が言おうとしていることは、 ですね - 洞察はけっして部分的でない。 私は、部分的な洞察ではなく、 全的な洞察について、話しています。
50:10 ムーディ: クリシュナジ、それをもう少し、 説明していただけるでしょうか。 仰っている「部分的な洞察ではない」 とは、どういう意味ですか。
50:18 K: 芸術家は、部分的な洞察を、 持つかもしれませんね。 ムーディ: ええ。
50:23 K: 科学者は、部分的な洞察を、 持つかもしれません。
50:24 私は、全的な洞察について、 話しています - Xは話しています。
50:36 ムーディ: では、一定の区域に 限定された洞察ではない。
50:40 K: それは、全的な洞察です。
50:43 ムーディ: そうね、芸術家は また人間でもあるので、・・・
50:47 K: ですが、彼の洞察の 捕捉は、部分的です。
50:53 ムーディ: 必ずや、そうなのですか。 でも、そうね、彼はまた人間で・・・
50:56 K: あなたたちが議論してください。
50:57 MZ: それは芸術へ方向づけられています。 絵画とか、その芸術が何であっても、です。
51:02 ムーディ: まあ、それはもちろん、 何か違ったことです。
51:05 MZ: で、洞察は、 制限された区域や主題を、 照明する、ということ - それが、部分的な洞察、 と仰る意味ですか。
51:15 K: ええ、ええ、それは 方向づけられていて・・・
51:17 MZ: ええ。それは、音楽に、とか、 何であれ、関係しています。 それから、全的な洞察が、あるのでしょう。 それは、何を包含するんでしょうか。
51:28 K: 全的な人間の活動を、です。 よろしいですか。 
51:43 B: いいです。 まあ、それが一つの点ですが、 戻ってくると、 私たちは前に、この洞察は、 頭脳を、照明するだろうことに ついて、議論していました - おそらく、頭脳の活動を、と 私たちは、言っていました。 その照明の中で、頭脳の活動、 頭脳の物質的な活動が、 変化するだろうと、 仰っていたと、思われます。 それは公正でしょうか。
52:03 K: ゆっくり、これに入りましょう。
52:05 B: ええ、私たちは、この点を 明らかにすべきだからです。 そのとき私たちは、全体性の問いを、 出せるのでしょう。 今、私たちは、洞察はおそらく、 頭脳の活動を照明する エネルギーだろうと、 言っていますね。
52:20 K: ええ。
52:21 B: その照明の中、頭脳自体が、 違った活動を、始めます。
52:25 K: そのとおりです。 それで、すべてです。 あなたは、全く正しい。 それが、起きることです。 ええ。 いいですか?
52:54 B: いいです。 さて、この照明ですが、 私たちは、 その本源は、 物質的な過程にないと、言います - それは原因を持っていない、と。
53:02 K: それは原因を持っていません。
53:04 B: ですが、それは 本当のエネルギーです。
53:07 K: ええ、それは、純粋なエネルギーです。 B: 純粋なエネルギー。
53:09 K: そのとおりです。
53:14 B: それは、こう言うのに似ています - まあ、私たちは、雷の閃光が 原因を持っているのを、知っていますが、 それは、地面へ閃きます - それは、地面にあるものの原因と、 連結していません。
53:22 K: 全くです。全くです。
53:25 質問者: 鉄の削りくずが、 すべて、でたらめなのが、 磁石を置くと、突然にそれらは、 すべて秩序立っています。
53:30 B: それは原因ですね。 それは、磁場が原因として 作用しているんですよ。
53:38 K: はい。はい。 全くそのとおりです。 それは、こういう意味です - 原因なき作用が、ありますか。
53:45 B: ええ、時なく、ですね。 原因は、時を含意しています。
53:50 K: もちろん、あります。 すなわち、この閃きは、様式を、 完全に変更したのです - 思考が、物質的な過程が 定めてきた様式を、です。
54:19 B: ええ。こう 言えるのでしょうか - 物質的な過程は、一般的に、 一種の闇の中で作動する。 ゆえに、それは、自体を 間違った道へ定めてきた、
54:29 K: ええ。それは無知です。 それが、闇と呼ばれるものです。 闇の中、物質的な過程は - 当然です。 全く単純です。それは明らかです。 物質的な過程は、無知の中、 闇の中で、作用します。 ですね? この閃きは、平野全体を、 照明します。  

B: ええ。
K: それは、無知、闇が、消し去られた ことを、意味しています。 
55:07 B: ええ。 いいです。 私はそれを通しますよ。 B: すると、そのとき、言えるの でしょうね - その意味で、暗闇は・ ・・ 私たちは、闇と光は、 明白な理由のために、 共存できないと、言っていただけです。
55:18 K: ええ、明白です、明白です。
55:21 B: にもかかわらず、 光の存在こそが、 闇の過程を、 変化させることになる。
55:27 K: 全くそうです。私はそれを 通します。全くそうです。
55:29 質問者: でも、何が 閃きに寄与しましたか。
55:32 K: 何ですか。 B: 何が、閃きを 発生させるのでしょうか。
55:34 K: 待ってください。私は まだ、そこに来ていません。
55:36 私は一歩一歩、行き、これに入りたいと 思います。さもないと、私たちは・・・
55:42 B: ええ。さて、すると、私たちは、それを きわめてはっきりさせなければなりません -あなたは、その過程、 頭脳の物質的な過程は、 この閃きに依存しうると、 仰っているということを、です。 閃きは、原因を持っていないし、 それはゆえに、通常の物質的過程の 連鎖の外側に、あるのです。
55:58 K: ええ、ええ。
55:59 B: 私たちは、何なのかを知りません ・・・ゆえに、私たちは・・・ いいですよ。それは、 私たちが言えるかぎりです。
56:06 K: いいえ。何が起きたかを、 見てください。 物質的な過程は、 闇の中で働いてきて、 こんな混乱と、その他すべてを、 もたらしてきました - 世の中に存在する乱れを、です。 この閃きは、闇を拭い去ります。

B: ええ。
K: いいですか? それは、どういう意味ですか。 物質的な過程は、そのとき、 闇の中で働いていません。 ですね?
56:41 B: ええ、いいです。 ですが、今、もう一つの点を、 はっきりさせましょう。 ここに、閃きがありますが、 光はつづくだろうと、思われます。
56:48 K: 光は、つづくでしょう。
56:49 B: そうです。ですが、 あの即時の中でなくて・・・ つまり、それはやはり光です。 閃きは去ってしまったが、 光はつづいています。ですね?
56:57 K: 光は、そこにある。 閃きが光です。
57:00 B: ええ。ですが、今、私たちは 考慮しなくてはいけません。 そうね、今、あなたは、 閃きを持ちますね。 一定の瞬間に・・・
57:08 K: 閃きは即時です。ええ。
57:09 B: 即時です。が、そのとき、あなたが そこから働くとき、やはり光がある。
57:16 K: なぜあなたは、閃きを 光より区別しますか。
57:20 B: まあ、単純に、 「閃き」という言葉こそが、 何か一瞬間に起きることを、 暗示します。 
57:24 K: ええ、ええ。
57:26 B: 私たちはこれを、すっかり はっきりさせるべきですね。 そのとき私たちは、あなたの洞察は、あの瞬間にだけ続くだろうと、言っています。 K: ああ。 

B: それを、すっかり はっきりさせましょう。 
57:32 K: ええ。
57:33 MZ: それは、突然の光と 呼べますか。 K: 分かります。
57:34 ちょっと待って。ちょっと待って。 私は、ゆっくり行かなければなりません。 これは何ですか。
57:42 B: まあ、それは、言語の問題ですね。 私たちがそうしないなら・・・
57:44 K: それは単に、 言語の問題だけですか。
57:46 B: たぶんそうでない。たぶんそうでないが、私たちはしなければならない・・・ 私たちの観念や見方は、ですね。 「閃き」という言葉を使うなら、 雷光の閃きが、その瞬間に、 光を与えてくれるが、 それから次の瞬間、あなたは、 次の雷光の閃きまで、 闇の中にいるように、です。
57:57 K: ええ。それは、そのようではない。 それは、そのようではない。
58:00 B: そうです。で、それは何ですか。 光が突然に点って、居つづける、 ということですか。 別の見解は、 光が突然に閃いて、 居つづける、と言うものです。 K: いいえ。
58:11 B: ええ、それでもない。
58:12 K: なぜなら、「居つづける、 消える」と、その質問をするとき、
58:13 あなたは、時ということに立って 考えているからです。
58:20 B: ええ。私たちはこれを、 はっきりさせないといけませんね。 なぜなら、あなたがはっきり しないなら、その問いは、 あらゆる人が、出すだろうもの であるからです。 
58:28 K: そうです。 物質的な過程は、闇の中、時の中、 無知の中などで、働いています - 知識、無知、それらの中で、です。 あの洞察が起きるとき、 あの闇が 消し去られることが、ある。
58:50 B: ええ。
58:52 K: それが、私たちが 言っているすべてです。
58:55 ムーディ: ですが、 物質的な過程は・・・
58:57 K: お待ちください。私はそれに来ようと しています - あの闇を消し去る。 思考は、物質的な過程ですが、 それはもはや、闇の中で 働いていない。  

B: そうです。
K: ゆえに、あの光が無知を、 変更した、終わらせた・ ・・ いえ、終わらせたのです。
59:39 B: ええ、いいですよ。 で、私たちは、この闇は 本当は、何か思考の内容に 組み込まれているものである、 と言いますね。 K: 内容は闇です。
59:50 B: ええ。そのとおりです。
59:53 K: おやまあ。
59:55 B: すると、光は、 無知を消し去ったのです。
59:57 K: そうなんです。 そのとおりです。そのとおりです。
1:00:00 内容を消し去った。
1:00:08 B: が、それでも、私たちは、 よく気をつけなくてはいけません。 あなたはやはり、内容を 持っているからです。 その言葉のふつうの認められた意味で、 あなやはやはり、内容を持っています - そうね、あらゆる種類の物事を 知っているように、です。
1:00:19 K: もちろんです。もちろんです。
1:00:20 B: で、私たちは、それが内容すべてを 消し去ったとは、言えません。
1:00:22 K: ええ、ええ、ええ。それは消し去りました・・・私は何かを分かっています。 それは・・・闇の中心を 消し去ったのです。
1:00:34 B: ええ、闇の本源、創造者を、です。
1:00:35 K: すなわち、自己を、です。 B: ええ。
1:00:40 K: ですね? それは、闇の中心を、消し去ったのです。 - すなわち、自己を、です。
1:00:47 B: 私たちは、言うでしょうね - 一定の内容は・・・ 自己は、内容の一部である。 そして、闇の中心であり、 それを創り出し、 それを維持する内容の部分は、 消し去られる、と。
1:00:59 K: 消し去られる。 ええ。 闇の中心は、闇を 維持してきましたが、 それが消し去られた。
1:01:25 B: そうです。 K: そうです。 私はそれを通します。 そうです。ゆっくり進んでいきます。 B: 私たちは今、それは、脳細胞の 物理的な変化を意味すると、言いますね。 あの中心、 中心であるあの内容は、 脳細胞すべての一定の 決まった形態、配置です。 それが、何らかの 形で変更します。 K: もちろんです。明白です。
1:01:41 B: そうです。
1:01:47 K: そうね。そうであるなら、 それは、甚大な意義を持っています。
1:01:54 ですね? B: そうです。

K: すなわち、私たちの関係に、
私たちの社会に、 あらゆる物事において、です。
1:02:12 さて、次の問いは、こうです - それは、リリフェルト夫人が 出したのですが、すなわち、 この閃きは、どのように 訪れますか。 逆の方から始めましょう。 愛は、どのように 訪れますか。 平和は、どのように 訪れますか。 すなわち、平和は原因なく、 暴力は原因を持つ。 その、原因なきものは、 どのように訪れますか - 私の生全体が、 因果であるときに、です。 いえ。 「どのように」は、ない。 いいですか。 「どのように」は、ない。 「どのように」は、原因を含意しています。 だから、「どのように」は、ない。 私はここで、ちょっと 止まらなければなりません。
1:04:06 MZ: あなたは、こう仰っていますか - それは、原因なしであるから、 それは、何かただ存在するものであり・・・
1:04:17 K: いえ、いえ。私は、 それが存在するとは、言いません。 それは、危険な発言です - 即時に、です。
1:04:23 MZ: まあ、それは、何らかの点で 存在しなくてはいけませんが、
1:04:26 それは、時の外にある。 K: いえ、いえ、いえ。よろしいですね? あなたが、「それは存在する」と 言った瞬間、それは存在しません。
1:04:31 B: まあ、危険は、それが内容の 一部であることであるのが、分かりますね。
1:04:34 K: ええ。これらのことには、 気をつけてください。
1:04:39 全くそのとおりです。 MZ: あなたが それを内容として用いているなら、です。 が、古い概念を 取り上げているなら、ですが、 あなたが仰っているなら - または、私が次の発言をできるなら、 「それがある」と言い、 精神が妨げられている。 頭脳が、何かより 妨げられている - 原因なき、または 時の性質なきものより、 頭脳は妨げられている。
1:05:08 K: それらの言葉を、使わないで ください。いえ、いえ、いえ。
1:05:11 MZ: 私はそれを 叙述しようとしています。
1:05:12 K: 私たちは、それらを 経てきました。 あなたは、また最初から 始めています。 いいえ。 私たちは、それらを経てきました。 ボーム博士、ディヴィッドが出した、 立てた問いは、こうでした - 関係は何ですか・ ・・いえ。 なぜあなたは、洞察は 脳細胞を変化させる、 そこに変異をもたらす、 と言いますか。 それが問いでした。 その問いは、一連の議論の後に、 出されました。 私たちは、或る点に 来ました - あの閃き、あの光は、 原因を持たないが、 あの光は、原因を持つもの、 すなわち闇へ、作動する、と 言う時点に、です。 すなわち、自己が、そこにあるかぎり、 あの闇の発生者であるかぎり、 あの闇は存在します。 あの光は、闇のまさしく中心を、 消し去ります。 それがすべてです。 私たちは その点に、来ていたのです。 ゆえに、変異がある、 などなどです。
1:06:32 そのとき問いは - 彼女が、 その問いを出しました - 私はどのように、それを得ますか。 それは、どのように起きますか、と。 ですね? それが、すべてです。 私たちは、そこにいます。 私は、それは、間違った 問いである、と言います。 「どのように」は、 ありません。
1:06:56 MZ: 「どのように」はないが、 闇があり、光がある。
1:07:04 K: いえ、いえ。初めに、「どのように」が ないのを、ただ見てください。 私があなたに、「どのように」を示す なら、あなたは、闇の中へ戻っています。 いいですね?
1:07:17 B: いいです。
1:07:19 K: それがすべてです。 B: ええ、原因です。 それは、ものすごいことです - それを理解することは。 私は、他の何かを、訊ねています。 問いは、こうです - 私たちが、まったく洞察を 持っていないのは、なぜなのか。 それが、私たちの子ども時代より、 始まらないのは、なぜなのか - この洞察が、です。話していることに、 付いてきておられますか。
1:07:51 B: まあ、生が 生きられているさまは・・・
1:07:54 K: いえ、いえ。 私は見つけたいのです。 それは、私たちの教育ですか。 それは、私たちの社会ですか。 それは私たちの・ ・・私は、それが それらであるとは、信じていません。 話に付いてきておられますか。
1:08:09 B: すると、何と仰りますか。
1:08:12 K: 私の話は、明らかになっているのか どうかと、思われます。 B: いいですよ。 K: それは、何か別の要因です。 私は、それを手探りしています。 一緒にそれを少し、手探りしましょう。 私は、これを手探りしています。 すなわち、 なぜ私たちは、それを持っていないのか。 それは、とても自然に思われます。
1:08:41 B: ええ。まあ、初めに私たちは、何かが それに介入していると、言います。
1:08:46 K: いいえ。私は、 戻りたくありません。 それは、とても自然に思われます。 Xにとって、それは、 まったく自然です。 なぜそれは、A、B、C、D・ ・・の26文字すべてにとって、自然でないのですか。 なぜそれは、可能でないのですか。 私たちが、妨げ、教育と言うなら、 それらは、すべて原因です。 ですね? 
1:09:23 B: ええ。
1:09:26 K: そのとき、妨げを取り除くことは、 もう一つの原因を、含意しています。 で、私たちは、その方向へ 転がりつづけます。 これらには、何か 不自然なことが、あります。
1:09:50 ムーディ: もしも私たちが、 妨げがある、と言うならば・・・
1:09:52 K: 私は、それを 使いたくありません。 それは、闇の言語です!
1:09:59 ムーディ: なぜなら、そのとき 私たちはまた、妨げが、 洞察が作用するのを、阻止できるとも、 言うだろうからです。
1:10:04 K: もちろんです。 ですが、私は、これら妨げより 動いて、離れたいのです。
1:10:11 B: 正しくは妨げではない。私たちは、 「闇の中心」という言葉を、用いましたね。 それは闇を維持している、と 私たちは言います - 何かが進んでいる、と。
1:10:22 K: Xにとって、それは とても自然に思われます。 なぜそれは、あらゆる人にとって、 自然でないのですか。 私が何を話しているのか、 付いてきていますか。 B: ええ、それが問いですね。
1:10:30 K: それが、私が訊ねている問いです。
1:10:32 私たちは、妨げ、自己、社会、 環境、遺伝的な継承と、言います。 私は、それらすべて 原因である、と言います。 さて、なぜそれは、あらゆる人にとって、 自然でないのですか。 よろしいですか。
1:10:58 B: いいです。
1:11:00 K: なぜ愛は、あらゆる人にとって、 自然でないのですか。 私は、その問いを 出していて・・・
1:11:09 B: まあ、私が思うには、 それをもっと明らかにすると、 或る人々は、それはあらゆる人にとって 自然である、と感じるかもしれませんが、 一定の形に扱われていて、彼らは 次第に、憎しみに捕らわれます。
1:11:22 K: いいえ。私はそれを 信じません。いいえ!
1:11:24 B: すると、訊ねなくてはいけない でしょう。仮に、あなたが、 幼い子どもが憎しみに出会って、やはり 憎しみでもって応答しないだろう、と 言うことになった、としますね。 なぜそれは、自然でないのですか。 K: ええ、そのとおりです。
1:11:34 B: ええ。それがあなたの問いです。
1:11:36 ところが、ほとんどの人々は、 幼い子どもが、憎しみに出会って、 憎しみでもって応答することが、 自然である、と言うでしょう。
1:11:44 K: ええ。今朝、私は、それを 聞きました。その全部を、です。 そのとき私は、自分自身に、 なぜかと訊ねました。
1:11:52 B: さて、憎しみへ、 憎しみなしに出会うことが、
1:11:56 自然だろう、と仰るなら・・・ K: それは自然に思われます。
1:12:08 今、ちょっとお待ちください。 Xはずっと、これらすべての境遇の もとに、置かれてきました。 いいですね? それは、闇を産出したのかも しれません。 それは、妨げを産出したのかも しれません。 それは、その他すべてを 産出したのかもしれませんが、 Xは、それにより 触れられなかった。 よろしいですか。 話が明らかになっているのかどうか・・・
1:12:29 B: ええ、まあ・・・
1:12:31 K: なぜそれは、あらゆる人にとって、 可能でないのですか。
1:12:41 B: もしも私たちは、言えたなら、 それを、もっと明らかにすべきです - なぜ私たちは、即時に憎しみへ 憎しみでもって応答しないことが、 自然だろう、と言うのかを、です。
1:12:52 K: いいですよ。 それに制限してください。
1:12:55 B: たとえ、それについて考えたことが なかったとしても、そうね、 その子は、これらすべてのことについて、 考えることができませんね。
1:13:01 K: 行為することは、可能ですか・・・ いいえ - それは何ですか。
1:13:07 B: 憎しみに出会って、憎しみでもって 応答しないことは、可能ですか。 たとえ、幼い子どもは、それについて 考えたことがなくて、 知らないとしても、です。
1:13:15 K: ええ、そうです。 これは、とても興味深い。
1:13:23 B: なぜなら、或る人々は、 それは本能、 動物的本能だろう、と 言うだろうからです。 K: すなわち、憎むことが、ね。
1:13:27 B: まあ、やり返すことが、ね。
1:13:29 K: やり返す。
1:13:30 B: 動愛をもって取り扱うなら、動物は 愛でもって応答するでしょうが、
1:13:31 憎しみをもって取り扱うなら、 動物は、やり返そうとします。 K: もちろんです。 
1:13:37 B: それは、 とても険悪になるでしょう。
1:13:38 K: ええ。 B: さて、或る人々は、
1:13:39 人間たちは、始まりにおいて、 その動物に似ていて、
1:13:40 後で理解できるのだと、 言うでしょう。 ですね? 
1:13:46 K: もちろんです。ええ。 すなわち、人間は、自らの起源を 動物とともに、始めた。 動物、類人猿や・・・
1:14:02 B: どの動物も、オオカミも。 オオカミもまた、愛でもって、 応答するでしょうね。
1:14:06 K: ええ。私は、 あの写真を見ました。 そして、私たちは 言っています - なぜ・・・
1:14:24 B: そうね。ほとんどすべての人が、 私が言ったことは真実だと、感じます - すなわち、私たちは幼い子どものとき、 動物に似ている、と。 さて、あなたは仰っています - なぜ幼い子ども、 なぜすべての子どもは、 即時に応答しない・ ・・ 憎しみに、憎しみでもって 応答しかねないのか。
1:14:40 K: ええ。私はそれを理解できます。 それは理解できます。 それは、それが親たちの過失である、 という意味ですか。
1:14:51 B: あなたが 仄めかしておられることは、 それは全面的にはそうでない。もっと 深い何かがある、ということですね。
1:14:56 K: そうです。私は、はるかに・・・ 全く違った何かがある、と思います。 B: ええ。 私はそれを捉えたいのです。
1:15:04 B: 見てみましょう・・・ これは、重要になりそうな何かです。
1:15:07 K: ええ。 K: あなたは、どのように 見出すのでしょうか。 それへ洞察を持ちましょう! 全然違った何かが あると、私は感じます。 私たちは、それを、因果的な 視点より、攻めています。
1:15:54 B: ええ。
1:16:02 K: それは正しいのでしょうか - ただの疑問符ですが - こう言うことは、 正しいのでしょうか - 人の始まりは、動物ではない、と。
1:16:19 B: まあ、それは 明らかではありませんね。 奉じられてきた 現在の進化論は・ ・・ K: ダーウィンとその他すべて・・・
1:16:26 B: ・・・幾つかの段階をへて、
1:16:27 類人猿がいて、発達してきた。 彼らが、ますます人間らしく なった筋道は、 辿られます。
1:16:35 K: ええ、知っています。 私は辿ってきました・・・
1:16:36 B: さて、人の始まりは 動物ではない、と仰るとき、 それは明らかではありませんが。
1:16:42 K: 私は訊ねています。 ゆえに、人の始まりが 動物であるなら - ゆえに、私たちは、高度に養成された あの本能を、持っていて、 あの本能が、自然です。
1:17:01 B: ええ。あの本能は、 因と果です。
1:17:03 K: ええ、因と果です。ゆえに、 それは自然です。 B: ええ。 K: 誰かがやってきて、 「そうですか」と言います。
1:17:10 B: ええ。そうです。では、これを 明らかにしようとしましょう。 これを明らかにしましょう。 なぜなら、そうね・・・
1:17:23 K: 私がいうのは、 すべての科学的、歴史的・・・ すべての考古学者たちは、 探検し、 彼らは、人は類人猿より始まった、と 言ってきたんです。 B: ええ、他の動物から始まった、と。
1:17:33 K: 他の動物から。
1:17:35 そして、すべての動物が、 愛へ、憎しみへ応答するように、 人間としての私たちは、即座に、 憎しみへ、憎しみにより応答する、と。 B: そして反対に、愛へ、愛により、と。
1:17:52 K: 愛により。
1:17:56 ムーディ: 私たちは、それは、 科学者たちにより、とうてい
1:18:01 答えられない問いである、と 言えるのでしょうか。
1:18:07 K: 私たちが科学者です。 ムーディ: いえ。
1:18:10 B: それは、仰ることの意味に、 依存します。
1:18:11 ムーディ: 科学は、そうね、 主要な原因をとおして 物事を説明しようとする、 という意味で、私は言っています。 生物学者は、こう言うでしょう - まあ、この種類の本能は、死に絶えた。 それは自然死を遂げた。 なぜなら、憎しみへ、 愛でもって応答する人は、 他の動物や他の人間により、 食われてしまったから、と。
1:18:44 B: ええ。まあ、それは 一つの見解です。 憎しみへ愛でもって応答することは、 生存のためには、 助けにならなかっただろう、と 言えるでしょうね - それは、憎しみへ、 憎しみでもって応答する人々の 選抜であっただろう、と。
1:19:01 K: もちろんです。
1:19:04 ムーディ: そういうわけで、私は、 それは、そういう 接近により答えられる その種の問いではないと、 感じるんです。
1:19:12 K: で、始まりには、けっして憎しみに 応答しない人々が、いました。 または、半ダースの人々が、 いました。  

B: ええ。
K: なぜなら、彼らは 愛を持っていたからです。 それらの人々、 わずかか、一人か二人は、 また、このものを、人間精神に、 植えつけてきた。 ですね? すなわち、愛があるところ、 他方はない、と。 それもまた、私たちの継承の 一部であったのです。 ですね? なぜなら、それら、わずかな人は、 この事実を、言ったからです。 なぜ私たちは、人間として、 憎しみへ 憎しみにより応答するよう、 養成してこなかったのか。 なぜ私たちは、他方を 養成してこなかったのか。 言っていることは、お分かりですか。 そして、他方は、養成可能ではない。
1:20:22 ムーディ: 彼らは、それを 養成しようとしてきました。
1:20:24 K: いいえ。それは、養成可能ではない。 B: あなたができることは、何もない。
1:20:25 それは、因果的ではない。 それはありえない。 養成は、原因に依存します。
1:20:32 K: 思考に、です。 で、なぜ私たちは、それを失ってしまった のですか - もしそうならば、です。
1:20:48 ムーディ: でも、なぜ私たちはそれを失って しまったのかと、お訊きになるとき、 それは、私たちがいつか、それを 持っていたことを、含意します。
1:20:57 K: いいえ、いいえ。私は言いました。 いいえ、あなたは、それを見逃しました。
1:21:05 B: 幾らかの人は、それを 持ってきました。 K: ええ。
1:21:06 幾らかの人は。私はそれを言いました。 幾らかのX、Y、Zや、A、B、Cは、 人が始まったとき、 言いました・ ・・ 人に、このもの、愛を 植えつけました - それは、無原因ですし、 それは、憎しみへ 応答しないでしょう。 いいですよ。 それが、 植えつけられてきました。 私たちは、思考により、よく 気をつけて、養成してきました - 憎しみへ憎しみにより、 暴力へ暴力により、 応答する、などします。 なぜ私たちは、他の線に沿って 動いてこなかったのですか。 私の疑問に、付いてきて おられますか。 
1:22:07 B: ええ。
1:22:18 K: これは、無益な問いですか。
1:22:26 B: 進行する道が、何も 見えませんね。
1:22:29 K: いいえ。私は、それらの線にでも、 進行しようとしていません。 私は言いました - さらに、何かが あるのです。 
1:22:38 B: 理解できます。 私たちは、なぜ人々が憎しみへ 憎しみでもって応答するのかを、 理解しなくてはいけませんね - なぜ彼らは、つづけなかったのか、 なぜ彼らは、しなかったのか・・・
1:22:50 K: Xにとって、他方が自然に思われます。 B: ええ。  

K: Xにとっては。彼はけっして 他方について考えたことすら、ありません。
で、それが、Xにとって自然であるなら、 なぜそれは、Yなどにとって、 自然でないのですか。 もし彼が変種であるなら、何も 答えはありません。  

B: ええ。
K: それは、彼を押し除ける 愚かなやり方です。 それは、Xにとって自然であるなら、 他の者たちにとって、 自然であるにちがいありません。 なぜそれは、自然でないのですか。 質問に、付いてきておられますか。 なぜですか。 そうね、この古代の観念 - たぶん、ユダヤの宗教と インド人などに 存在していることですが、 すなわち、最高のものの顕現が、 時折起きる、というものです。 そうね、あなたたちは、これらを聞いて きました。 
1:24:13 B: ええ。まあ・・・
1:24:13 K: それは、あまりに安易な 説明に、思われます。 私たちは、間違った方向へ 動いてきたのでしょうか。
1:24:32 B: それは、どういう意味で、 仰りますか。
1:24:34 K: 私たちは、間違った方へ曲がった、と? B: 人類が、という意味ですか。
1:24:36 ええ、私たちは、前に それについて議論してきました - 間違った方へ 曲がることが、あった、と。
1:24:44 K: 憎しみへ、憎しみにより、暴力へ 暴力により応答する、などなどと。
1:24:52 B: ええ、やはりなお、 知識に、至高の価値を与えて・・・
1:24:57 ムーディ: もう一つの要因は、また 愛の観念を養成しようとする 試みではないのでしょうか。
1:25:05 K: ああ、それは、誰もやりません。 誰がそう言うのか、ということです。
1:25:10 ムーディ: まあ、人々は、 文献を読むなら、 人々は、いつも本当に、愛と、 より良い人間たちを、 生み出そうとしてきました。
1:25:23 B: 宗教の目的すべてですね。 ムーディ: それが、宗教の目的です。
1:25:25 K: それはとても・・・本当に、 それは、一気に拭い去られます。
1:25:27 それが養成可能であるなら、 何ですか。思考によって、ですか。
1:25:36 ムーディ: ええ、それが、 その観念でした。
1:25:39 K: 思考によって、です。思考は、物質的な ・・・それらに、入らないでください。 愛は、原因を持っていません。それは、 養成可能ではありません。全停止です。
1:25:49 ムーディ: ええ。でも、精神は それが見えないんですね。
1:25:53 K: ですが、私たちは それらを説明しましたよ。 私は - お許しください - それではなく、 何かへ、入りたいと思います。 私は、見出したいと思います - それが A、B、Cにとって、自然であるなら、 それはなぜ、X、Yにとって 自然でないのですか。 私は、これは妥当な問いである、 と思います。ですね?
1:26:24 B: ええ。または、 離れることすら・・・ もう一つの点は、 憎しみへの憎しみの応答は、 とにかく何の意味もなさないことが、 分かるだろうと、言うことです - なぜ私たちは、それをつづけて いくのか、と。  

K: ええ。
B: なぜなら、人々は、あの瞬間に、 自分たちは憎しみでもって 自己を保護していると、 信じているかもしれないからですが、 それは、まったく 保護ではないですね。
1:26:52 K: ああ、どうぞ、私に 何か洞察を、与えてください! それは、とても良い問いですよ。 私は、それは妥当であると、思います。 A、B、Cは、原因なしに 生まれていますが、 X、Y、Zは、原因に 捕らわれています。 彼らは、そちらのほうで 働きますが、 それらは、そのように働かない。 そのように行為しない。 で、なぜX、Y、Zは、そうしないのか。 理解されますか。私はつづけます。 それは、わずかな者の特権ですか。 エリート主義ですか。 いえ、いえ。 逆の方から始めましょう。 あなたがそれで退屈されないことを、願って います。 
1:28:20 B: いえ。進んでください。
1:28:23 K: 私の精神・・・ Xの精神は、人類の精神です。 私たちは、それを 通ってきました。 人類の精神は、憎しみへ、憎しみにより、 暴力へ、暴力により、 知識へ、知識により、 応答してきた、などです。 そして、A、B、Cは、 人類の一部です。 ですが、A、B、Cは、憎しみへ 憎しみにより応答しない。 彼らは、私の一部です。 彼らは、Xの意識の一部、 それらの一部です。 どうぞ。
1:29:24 B: なぜこの違いが、ありますか。
1:29:26 K: そうです。それが、 私が訊ねていることです。 一方は自然ですが、他方は 不自然です。 なぜですか。 なぜ違うのか。 誰が、この問いを、訊ねていますか。 ちょっと待ってください。 誰が、この問いを 訊ねていますか。 X、Y、Z - 憎しみへ 憎しみによって応答する人々。 彼らが、その問いを 訊ねていますか。 または、A、B、Cが、 その問いを訊ねていますか。 MZ: A、B、Cが、この問いを 訊ねているように、思われるでしょう。
1:30:27 K: 私は見出したいのです。
1:30:31 B: そのように見えます - A、B、Cが、 その問いを訊ねてきた、と。
1:30:35 K: ええ。A、B、Cが、 その問いを、訊ねています。
1:30:54 B: ですが、彼らは違っていません。 そうね、私たちはまた、 彼らは違っていないとも、言っていました。 
1:30:58 K: 彼らは違っていません。
1:31:03 B: 私たちは、彼らは違っていると 言いますが、また、彼らは違っていない。
1:31:06 K: ええ、もちろんです。 彼らは、違っていません。 ちょっと待って、ちょっと待って。 X、Y、Zは、「A、B、Cは 違っている」と、言います。 A、B、Cは、「私たちは 違っていない」と、言います。 いいですか?

B: ええ。
K: 私たちは違っていない、と。 それは、どういう意味ですか。 この問い - あなたは、それに どのように応答しますか。 それについて、 考えないでください! A、B、C、X、Y、Z。 X、Y、Zは、この問いを出しません。
1:31:55 A、B、Cだけが、 この問いを出します。 A、B、Cは、「私たちは あなたたちの一部である」と言います。
1:32:02 B: ええ。 一つの精神がある。
1:32:09 K: そうです。一つの精神です。
1:32:11 B: ええ。そして、この一つの精神の、 もう一部分が、 「いいえ」と言うことに、 どうしてなりますか。
1:32:15 K: そうなんです。それが全部です! 精神の一部分が、「私たちは A、B、Cより違っている」と 言うことに、どうしてなりますか。 もちろん、あらゆる種類の 説明が、あります - 業、輪廻転生とか、 何やかやと、です。 それら説明すべてを、取り除いてください。 私は、何とともに取り残されていますか - A、B、Cは、X、Y、Zより 違っている、という事実です。 それらは事実です。 ですね? ムーディ: 彼らは違っているように 見えます。 
1:33:02 K: ああ、いいえ。
1:33:04 質問者: 彼らは、 実際に違っています。
1:33:06 K: 絶対的に違っています。 ように見える、ではない。私は・・・
1:33:07 ムーディ: すると、二つの違ったものだ と、仰る。 B: 矛盾があります。
1:33:10 なぜなら、あなたは前に、 A、B、Cは、
1:33:11 自分たちは違っていないと 言っていると、仰ったからです。
1:33:19 K: いいえ。私は、はっきり しなければなりません。 A、B、Cは、それへ 応答しません。 B: ええ。では、なぜ・・・ ですが、そうね、私たちが確かに
1:33:34 戻ってきたいと思った問いは、 こうであると、思います - 憎しみを養成する人々は、 自分たちは、そうしない人たちより 違っていると、なぜ言うのか、です。 K: 彼らは、そう言いますか。
1:33:49 B: 彼らは言うと、私は思います - 憎しみを養成しない誰かが、いることを、
1:33:50 彼らが認めるだろう かぎりにおいて、です。 彼らはそのとき、彼らは違っているに ちがいないと、言うでしょう。
1:33:56 K: 違っている。ええ。なぜなら、 それは、明らかであるからです - 光と闇、などですが、 私は見出したいのです - 私たちは、正しい方向へ動いていますか。 すなわち、A、B、Cは、私に あの贈り物をくれたが、私は、 あの贈り物を、持ち運んでこなかった。 私がいう意味に、付いてきていますか。 私は、他の贈り物を持ち運んできたが、 これを運んでこなかった。なぜですか。
1:34:32 MZ: それは、私たちのみんなに、 植え付けられているが、
1:34:38 それはずっと・・・と、仰りましたか。 K: もちろんです。 もしも、人がそこで 動物として始まったのなら、 そこの誰かが、「見なさい」と 言ったにちがいありません。
1:34:48 MZ: でも、A、B、Cにおいて、それは 自然であり、他の人たちにおいて、 それは潜伏しているが、けっして 出てこなかった。 そういうことですか。 K: 私はそれを、訊ねています。 よろしいですか。 
1:34:58 B: いいです。
1:35:04 K: 私の父親は、生きてきて・・・ - 私は尊敬をこめて話しています -
1:35:05 憎しみへ、憎しみにより 応答していました。 なぜ息子は、同じ方向に、 応答してこなかったのですか。
1:35:25 B: それは、ただ 洞察の問いであると、思いますね。
1:35:30 K: それは、 どういう意味ですか。 彼は、まさに始まりから、 洞察を持っていました。 私が言っていることに、 付いてきていますか。 まさに子ども時代から、です。それは どういう意味ですか。 
1:35:46 B: 何ですか。
1:35:47 K: すなわち - 私はまだ、この危険な分野に 入りたいとは、思いません。
1:35:53 ゆっくり入りたいと・・・ B: たぶん後で、ね。それは何ですか。 おそらくあなたは、それを 放っておきたいのでしょう。
1:36:01 K: 見失われている要因が、 何かありますよ。 私はそれを捉えたいのです。 そうね、もしそれが、例外であるなら、 それは、ばかげています。
1:36:25 B: いいですよ。で、私たちは、 そのものが、すべての人間の中に 休眠していることに、同意します。 それが、仰りたいことですか。
1:36:34 K: それが、私の言いたいことなのか、 私には、あまり確かではありません。
1:36:36 B: ですが、要因は、すべての人類の中に ある、ということで、私は言いました。
1:36:42 K: それもまた、危険な発言です。
1:36:44 B: ええ。ですが、それが、 あなたが仰っていたことです。
1:36:45 K: 分かっていますが、私は問うています。 私は問うてきました。 自らにすっかり確かであるとき、 お話しましょう。
1:36:53 B: いいですよ。ですが、そのとき 私たちは、これを試したし、 それは有望に思われる、と言いますが、 それは、ちょっと危険です - この可能性が、すべての人類の 中にある、ということは、です。 或る人々が、それを 見てきたかぎりにおいては、ね。
1:37:07 K: それは、神があなたの中に いる、という意味ですか。
1:37:09 B: いえ、いえ。それはただ、洞察の 可能性がある、ということだけです。
1:37:19 K: ええ、部分的には。 私は、これらを問うています。 父親は、憎しみへ応答するとか、 ですが、息子はそうしない。
1:37:33 B: ええ。それは、 時々、起きますね。
1:37:35 K: いいえ。始まりより、 首尾一貫して、です。なぜですか。
1:37:44 B: まあ、それは、洞察に 依存するにちがいありません - 憎しみの無益さを示す洞察に、です。
1:37:48 K: なぜあいつは、それを持ったのですか。
1:37:50 B: まあ、そうです。なぜでしょう。
1:37:53 K: 彼は、これはひどく自然に思われる、と 言います。そうにちがいない・・・ 自然であるのは、 あらゆる人にとって、です。 水は、あらゆる人にとって、 自然です。
1:38:11 B: ええ。まあ、なぜ洞察は、 あらゆる人にとって、 始まりから 存在していないのか。ですか?
1:38:16 K: ええ。それが、 私が訊ねているすべてです。
1:38:19 B: とても強いので、虐待すらも、 それに影響できません。
1:38:22 K: 何も、それに影響できません。 何も、です。 それが、私の論点です。 私はゆっくり、 それに取りかかっています。 虐待、叩かれる、 あらゆる種類の状況に入れられる。 それは、それに影響したことがありません。 なぜですか。付いてきておられますか。 私たちは止めたほうがいいかと、 思います。 
1:38:47 B: いいです。
1:38:50 K: 私たちは、何かへ来ようとしています。 あなたは、何とお考えですか。
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