RA84T1 - 私たちの日常生活の意義は、何なのか。 home
公開講話、第1回
インド、ラージガート
1984年11月11日

0:18 すべて、手強く 見えますね? ただ寛いで、色々なことに ついて、話し合いましょう。 私たちはともに、話し合う べきだと、私は思います - 本気で、ともに、と申しています - 多くのことについて、です。 不幸にも、私たちは、 他の行事のために、 早く来ることが できませんでした。 あなたたちをここにお待たせして おいて、すみません。 これは、講義では ありません。 講義は、 情報を与えるとか、 特定の主題について指導する ことを、意図しています。 で、これは、 講義ではありません。 これは、あなたと 語り手との間の会話です。 私たちはどちらも、ともに、自らが持つ 問題を、幾つも探検しようとしています。 語り手が、それを、言葉に 表すかもしれませんが、 あなたもまた、ともに分かち合うか、 究明するのでなくてはいけません - 言葉の意味を、 だけではない - 私たちは、英語を 話しているからです - また、言葉の意味、 言葉の意義、 言葉全体の内容を、です。 それで、私たちの間に、直接的な 意思疎通が、あるように、です。 2:18 これが明らかであるのを、 望みます。 これは、講義や説教 ではなく、 または、導師が、自分のばかげた 弟子たちに、話しているのでもない。 で、ともに私たちは、初めに、 ともに考えようとしています。 私たちがともに検討しつつ あることを、見よう、 私たちが究明しつつあることへ、 可能なかぎり、入ろうとしています。 それで、私たちがどちらも、自らの 生において、意味と意義を 理解するように、です - 私たちが 究明しつつあることを、です。 これが明らかであって ほしいと、私は望みます。 すなわち、私たちは、ともに究明しつつ あり、会話、対話を行いつつあるのです。 ですね?
3:40 まず第一に、私たちは ともに見るべきです - なぜ、人間たちは この地上に 数百万年の間、 生きてきたのに - 近頃、科学者、生物学者と 考古学者たちは、 私たちは人間として この地上に、この五万年か、 それ以上、生きてきたと、 言っています。 なぜ私たちは、安全を、特に現代に 見つけることができなかったのか - 心理的、内的な安全も、 外的な安全も、です。 それが、問題の一つです - この国だけではなく、 世界のあらゆる国が、現時点で 向き合っているものです。 これは明らかですか。 安全です。 4:43 社会的に、経済的に、 そして、物理的に、なぜ 私たちは、完全な安全を見つける ことが、できなかったのか。 わずかな人のためだけではなく、 すべての人間にとって、です。 豊かな人たちのため、小さな コミューンに生きる人たちや 委員会のためではない。 なぜ私たちは、物理的な安全を、見つけて こなかったのかを、私たち自身に訊ねます。 初めに、 物理的に、です。 最も野蛮な種類の殺害が、 進みつつあります。 テロリスト、 誘拐、破壊、 そして、究極的な暴力は、 戦争です。 戦争は、 組織された殺害です。 それは、許容され、大いに 立派だと考えられています。 宗教により祝福される など、です。 おそらく、あなたたちの 幾らかは、これらをご存じです。 6:08 で、私たちは、訊ねています - それは、なぜですか。 私たちが、どれほど文明化しても、 どれほど文化的でも、 私たちはやはり、互いに 闘い、殺し合っています。 なぜ、安全が、 ないのですか。 そして、持つことは、 可能ですか・ ・・ 心理的な安全、内的な安全で もって、始めることは、です。 そのとき、その内的な安全は、 外的に表現されるでしょう。 すなわち、私たちが内的に、 心理的に、主観的に、 完全に 安全でないのなら、 そのとき、何でも私たちが外面的にする ことも、また不安全になるでしょう。 私は、これは明らかで あると、思います。
7:13 で、私たちは初めに、もし できるなら、探究すべきです。 なぜ内的に、肌の内側で、 主観的に - 理解されますか - 心理的に人は、安全をまったく 見つけてこなかったのか。 人は神に、安全を 探し求めてきました。 それは、観念です。 思考により 創案されています。ですね? 私はあなたに、衝撃を与えていますか。 私は、そうでありたいと、望みます。 で、神は、思考により創案されています。 なぜ なら、私たち人間は、怯えているからです。 それで、私たちは、何か頼れるもの、 取りすがれるものを、ほしいのです - 私たちを助けてくれるだろう 誰かのほうを、向きます。 それで、私たちは、 様々な幻影を、考案します。 これらに付いてきて おられるのを、望みます。 8:26 自らは、慰めと安全を探し求める 様々な道を、創案します。 それらすべての道は、 自らが観察してきたように、 すっかり失敗 してきたのです。 あなたは、自分の導師を、持っているかも しれません。 あなたが信仰する人を、です。 そして、彼があなたに、或る種の内的な 安全を、与えてくれるだろうと、望みます。 しかし、それらの導師さえも、 失敗しつつあります。 ですね? あなたは、これらが確かですか。 あなたは、究明しつつあります。 私は、語り手はあなたに、何が正しいのかや、 何が間違っているのかを、語っていません。 ともに私たちは、 何が真実であるか、 何が正しいのかを、 見出そうとしています。
9:22 で、初めに、内的な安全が、 ありえますか。 それから、その安全が、必然的に 社会を、創り出すでしょう - それは、秩序立っている でしょう。 それは、すべての人間のために、 安全を与えるでしょう。 豊かな人や、いい暮らしをする 人たちのため、だけではなく、 きわめて、きわめて貧しい人たちの ためにも、です。 ですね? なぜなら、あなたが、内的に 安全であるのでなければ、 その不安全の外的な表現が、 社会の現状です。 それは、明らかですね? これはすべて、論理的で、 合理的で、正気です。 何か夢想的な ことではない。 で、私たちは、 訊ねなければなりません - なぜ私たちは、内的な安全を、 持っていませんか。 私たちを阻止しているのは、 何ですか。 ですね? なぜですか。 10:33 語り手があなたに、その質問を するなら - なぜですか、と - あなたの答えは、何に なるのでしょうか。 なぜ、私たちの一人一人が、 内的に、安全でないのですか。 なぜ私たちは、こうも 怯えていますか。 なぜ私たちは、こうも何か 夢想的な概念に、従属しますか。 自らが、この不確実性、 不安全の原因を、検討するなら - どうぞ、私はそれを問うています。 どうぞ、 あなたもまた、それを問うてください - それは、私たちの一人一人が、こうも 自己中心的であるからですか。 私たちの一人一人が、自分自身に、 関心を持っています。 自分の充足に、 関心を持ち 自分の成功に、 関心を持ち、 自分の昇進に、 関心を持っています - 達成、自分の楽しみ、 自分の悲しみに、です。 12:19 すなわち、私たちの一人一人が、この 大きな自己利益を、持っています。 それは、正確でしょうか。 それは、理由の一つです。 あなたはそれに、同意される でしょうか。 自己利益です。 自己利益は、何を 意味していますか。 どうぞ、訊ねてください。 自己 利益は、何を含意していますか。 それは、分離し、分割された、狭い、 制限された活動を、含意していませんか。 ですね?  私が、自分自身に、関心を 持っているとき - 朝から晩まで、 私の眠りの中で さえも、です - それは、きわめて小さな事柄に なります。 そうでしょう。 自分の冥想さえも、です - あなたが、何らかのことを達成する ことに、関心を持っているなら、 それは、きわめて 小さな事柄です。 いいえ? 13:31 それは、きわめて 制限された活動です。 それは何かを、あなた自身に取って おくのに、似ています - いつの時も、です。 悩んで、心配で、 恐れていて、憂鬱です。 そうね、それはすべて、こうも些細な 小事に、なります。 そうですね? いいえ?  同意しないで ください。 なぜなら、同意することは、きわめて 容易いからです - 言語的に、です。 しかし、能動的に 関心を持つこと。 - この世界に生きることは、 可能なのかどうか、です。 そのすべての腐敗をともない、 すべての獣性、 そのすべての残忍さ、 残酷さをともないますが、 この世界に、自己利益なしに 生きることは、可能ですか。
14:29 あなたは、その質問を したことがありますか。 また、それは、何か私たちがよく 気をつけて忌避することです。 自分は、結婚しているかもしれません - 子ども、家族。 それが、私たちの関心です。 私たちは、毎朝、祈り、何か 供養をするかもしれません。 それもまた、一つの形の 自己関心です。 いいえ? また、自己関心は、 分離し、分割された、断片的な 活動を、含意しています。 いいですね? そのときそれが、社会的 分割を、もたらします。 上、下、中流と、一番下。 この分割。 そうでないですか。 あなたが、あなた自身に、 関心を持っているとき、 それは、世界において、 分割する力になります。 それは、民族主義、 人種的な分割、 言語的な分割、宗教的な分割です - シーク教徒、ヒンドゥー教徒、 イスラム教徒、仏教徒、 キリスト教徒。 ご存じです。 断片化している。次から次へ 導師に従っている。 16:15 ですね? これらに注目 なさったことが、ないですか。 すなわち、アラブ人とユダヤ人は、 互いに殺し合っています。 民族性は、人々を分割 しつつあります。 ですね? 私たちは、民族主義に、 安全を、見つけたいと望みます - インド、フランスなど、 アメリカとロシアです。 で、この自己利益は、多くの 微妙な形で、表現されます。 で、自らは、それらに 気づかなくてはいけません。 あなたが、興味を持っているなら あなたが、真剣であるなら - 私たちがそうするように、来る日も 来る日も、続けてゆかないで、です。 自らが、真剣に、生に 関心を持っている - 起きつつあることすべて、起きつつ ある、ひどいことすべてに、です。 そのとき自らは、訊ねなければなりません - きわめて深く、根源的な問いを、です。 表面的な問いと表面的な答えに 満足するのではなくて、です。 17:41 自らは、この世界に、 現代世界に、生きられますか - どの集団にも、どの民族性にも、 どの宗教にも、所属することなく、 どの導師にも 従うことなく、です。
18:13 あなたは、これらを できますか。 または、それはすべて、 表面的な話ですか。 あなたは、このホールを離れるとき、 自分の古い道に、従うのでしょうか。 すると、これらの意味は、 何ですか。 何か真実であることを、聞く - 語り手に より、考案されていないことを、です。 これらは、事実です。 私たちの生の日常的な事実です - 私たちの残酷さ、 私たちの自己関心、 私たちの、深い、見たところ 持続的な利己性は、です。 それが、世界を破壊しつつ あるものです。 アメリカ人は、アメリカに、 関心を持っています。 アメリカ人は、分離した人間として、 自分自身に関心を持っています。 ここのように、などです。 で、自らは、理解しはじめます - 言語的にではなく、きわめて深く、です。 すなわち、分割があるところ、葛藤が あるにちがいないことを、です。 19:41 民族的に分割が、あるところ、 葛藤が、あるにちがいありません。 イスラム教徒とヒンドゥー教徒、 パキスタン人と・ ・・ そうね、進んでいく、 その他すべてのゴミです。 あなたが、事実、現実に 向き合うとき - 何か想像力豊かな、 ロマンチックな概念だけではなく、 日常的な事実に、 ただ向き合う。 そのとき、あなたは、答えを 要求する挑戦に、直面しています。 あなたが受け入れなければ ならない挑戦 - それを理解し、行為しなければ ならないものです。 で、たった一つの安全が、あります - 自己中心的な自己利益に、ではありません。 事実を見、事実を理解し、 行為する中に、です。 それが智恵です。 その智恵には、 安全が、あります - 何かロマンチックな概念、 感傷性と、 すべての表面的なことに、 ではありません。 で、私たちはまた、 訊ねるべきです。 21:14 なぜ、世界には、こうも多くの 腐敗が、あるのですか。 これが、かなりややこしい主題 であるのは、存じています。 なぜ、世界には、こうも 多くの腐敗が、ありますか。 腐敗(コラプション)とは、 何ですか。 その言葉 - その言葉の 語源的な意味は、 ラテン語とギリシャ語と イタリア語から、来ていて、 それは、「壊してしまう」を、意味 しています - 「ロンプル」です。 私は、それらに 入らないでしょう。 腐敗の根は、 何ですか。 腐敗は、どこで 始まりますか。 テーブルの下で、お金を渡す - それは、腐敗ですか。 自分を大物として入場させるために、 ポーターに、金を掴ませることですか。 腐敗とは、何ですか - それは こうも蔓延しています。 この国では、 よりそうです。 自分の友だちのため、自分の甥、 自分の息子のために、陰で操る。 それは、腐敗ですか。 22:48 どうぞ、それについて、 考えて、見つめてください。 確かに、それは、きわめて 表面的な形の腐敗ですが、 それは、より深い原因、はるかに 深い原因を、持っています。 進みつつある、 このひどい腐敗。 あなたが指導者に従うとき、 それは、腐敗ですか。 進んで、これらの問いに 答えてください。 あなたが、自分の導師に従うとき、 それは、腐敗ではないですか - 真理の名において、何やらかんやら、 そのすべてのものの名において、です。 あなたが、誰かに 従うとき、 または、あなたが、何か 理想に、従うとき、 それもまた、 腐敗ではないですか。 あなたは、これらの問いに、 驚いていますか。 または、あなたは、それを 受けます - そうですね? 私たちはともに、これらの原因が 何であるかを、見出そうとしています。 24:20 私たちの一人一人が、 野心的であり、妬んでいるとき、 それは、 腐敗でないですか。 - 私たちの一人一人が、自分の 充足に、関心を持っているとき、 彼が、自分の特定の道を、 ほしがるとき、 人間たちが、何かについて 立場を取るとき、です。 これらを 理解されますか。 私は信じている。 そして、あなたは、 そこに、地位を持ちます。 他の一人もまた、「私は正反対を 信じている」と、言います。 ですね? それもまた、 腐敗ではないですか。
25:16 で、腐敗は、私たちの一人一人が、自分 自身に、関心を持っているだけではなく、 また、深く執着している とき、始まりませんか - 何か迷信的な、 イデオロギー的な、 想像力豊かな信念に 対して、です。 いいえ? それが、腐敗の 始まりではないですか。 カトリックは、きわめて強く、 何かを、信じています - ですね? - 何かの概念、何かの信念、 何かの信仰を、です。 あなたは、何かの信仰、何かの信念、 何かの神へ、別の立場を取ります。 そして、あなたたちは、 互いに戦争しています。 実際に、 戦争ではないが、 あなたたちは、あのばからしさから、 一種、自分自身を分離します。 まるで、あなたのばからしさが、 全然違っているかのように、です。 これらに、注目された ことが、ないですか。 腐敗は、そこで 始まりませんか。 腐敗は、 本質的に、深く 自己利益が、あるところ、 始まらないですか。
26:39 それを 飛ばしてください。 それを放って おいてくださるでしょうか。 ああ、放って おいてください。 彼は、聞きません。 そして、 あなたたちもまた、聞きません! 質問者: それは腐敗です。
27:17 K: そうでしょう。
27:21 完璧な実例が、 ありますね。 彼は、聞きませんし、 あなたは、聞きません。 そうね、 自らは、聞くことの芸術を、 学ばなければなりません。 私たちは、自分の妻や夫の 声に、慣れます。 あなたたちは、けっして、互いに 聞きません。 そうでしょう? あなたは、 それに慣れます。 彼女はあなたに、何か本当のことを、 語っているかもしれませんが、 あなたはすでに、それを 理解しています。 それで私たちは、けっして 実際に、誰かに聞きません。 きっとそれが、ここで進んでいること であると、私は思います。 間違いない。 私はそれに、賭けても いいですよ! あなたが本当に、聞いていない、 ということに、です。 それが、その残念な ところです。 なぜなら、もしもあなたが、本当に 聞いたなら - 言葉を、だけではなく、 言葉の意義を 捉えるように、です。 すなわち、あなたは、聞こえている ことを、翻訳するのではなく、聞く。 自分の観念に順応させたり、 反駁したりするように、ではなく、 相手が何を言っているかを、 見出すように、です。
29:18 あなたが子どもに、物語を語るとき - そうなさったことがあるなら - 彼は、とてつもなく 注意深い。 彼は、物語にわくわくします。 彼は、あなたに続けてほしがります。 なぜなら、その子は、 好奇心を持ち、熱心であり、 物語が何についてであるかを、 見出したいからです。 ゆえに、彼は、それに 注意を、払っています。 ですね?  が、見たところ、 私たちは、そうしません。 あなたは、語り手が言っている ことを、実際に、聞いていません。 語り手は、不幸にも 一定の評判を、持っています。 あなたは、彼について、一定の イメージを、持っています。 あなたは、それに満足しています。 あなたは、問いません。 30:21 あなたは、「仰るのは、どういう 意味ですか」と言いません。 深い疑惑を 持ちません。 疑惑、ではなく、 疑い、問いです。 それは、そうね、良い息と 通り過ぎる悪い空気に、似ています。 で、どうぞ、あなたに要望して よろしいなら、聞いてください。 語り手が言っている ことを、だけではなく、 また、すべての 物事を、 世界のささやきを、 あなたの妻を、夫を、 鳥たちを、 風の歌を、です。 あなたは、見出すには、敏感さの 性質を、持たなければなりません。 で、あなたが、注意を 払ってくださるなら、ですが、 31:27 見たところ、それは、 きわめて困難です。 なぜなら、私たちのほとんどは、 二分間以上、注意を払えないからです。 なぜなら、数分間・ ・・それから、 あなたは、他のどこかに逸れています。 けっして、何かを、深く注意して 聞くことが、ありません。 なぜなら、私たちが、深く聞くなら、 それは、最大の奇跡であるからです - あなたは、何一つ しなくていい。 聞く行為こそが、 行為です。
32:18 また私たちは、ともに 話し合うべきです - なぜ世界には、こうも多くの 貧困が、あるのか、です。 自らは、これへの理由を、答えられます - この国のように、過剰な人口、 悪い政府。 すみません。 ここには、政府のお役人が、 おられますか。おられないのを、望みます。 きっと、ここに政府のお役人は、 おられないと、私は思います。 悪い政府、 腐敗した政府、 それは、こうもおぞましい - 起きつつあることは、です。 そして、貧困は、生じます - 過剰な人口のためだけではなく、 各国が、自分の経済に、 自分の問題に、関心を持ち、 軍備を築いている からです。 33:26 これらをご存じなのか どうか、私は知りません。 各国が、何百万、何千万も 軍備に、使っていて、 お互いに、すぐに殺し合おうと しています。 ですね? そして、分割が あるところ、 葛藤だけではなく、貧困も、 あるにちがいないのです。 これを 理解されますか。 もしも、 すべての世界が、 貧困を拭い去る責任を、 感じたなら、 私たちは できるでしょう。 しかし、あなたは、アメリカやインドをして、 他のどこかの国に、介入させようとしません。 よろしいですか。 各国が、 自分自身に、関心を持っています。 各人間が、自分自身に、関心を 持っているように、です。ですね? 34:21 さて、私たちは、ともに考え、 じっくり話し合うべきです - なぜなら、私たちは、もう一回だけ、 明日の朝、講話を行うからです。 で、私たちは、あらゆることを、 すばやく、まとめなければなりません。 なぜ人間たちは、 怯えているのか。 恐れです。 あなたは、 恐れていませんか。 単純であって ください。 自らが何であるかを、認知することは、 恥ずかしい行為ではありません。 それは、 「有るもの」です。 私たちは、怯えた 人間です。 私たちは、この恐れの重荷を、 持ち運んできました - 幾世紀も、何千年もの間です。 ですね? あなたが、歴史的に 観察してきたなら、 そしてまた、あなたが、読書する ことなく、観察してきたなら、 すべての宗教は、 恐れに、基づいています。 35:35 もしも恐れが、なかったなら、 神は、ないでしょう。ですね? それは見えますか。 もしもあなたが、本当に まったく怯えていないなら - 主観的に、 内的に、です - あなたは、神々を 持つでしょうか。 あなたは、供養を行うでしょうか。 あなたは、お祈りを行うでしょうか。 誰か、「私は真理を知っている。 おまえは知らない。私が助けてあげよう」 と言う人に、あなたは 従うでしょうか。 で、あなたは、恐れを 見つめられますか。 あなたは、自分の恐れを 見つめられますか。
36:29 あなたは、質問をなさりたいの ですか。マダム?
36:31 質問者: はい。あなたは、供養は恐れ から来るだけだと、仰っていましたが、 それらはまた、そうね、 祝賀なのかもしれません。 全的に否定的ではなくて、です。
36:40 K: もう一度、お願いします。
36:41 質問者: あなたは、供養と これらすべてのことは、 恐れから来ているだけかも しれないと、仰いましたが、 それらはまた、生(ライフ) の祝賀なのかもしれません。
36:51 K: さて、ちょっと待って、 ちょっと待って。 あなたがいう「愛」 (ラヴ)とは、何ですか。
37:02 質問者: それは 統合です。
37:08 K: そうね、それは、無量の 問いです。マダム。 あなたは、「愛(ラヴ)の 祝賀」とは言えません。
37:14 質問者: 生(ライフ)の、 です。それは祝賀ですよ。
37:18 K: 初めに、私たちは、 ただ進んでもいいですか。 私たちは、探究するのを、 進めてもいいですか。 恐れを、だけではなく、 生が何であるかを、です。 生とは何ですか。 生きるとは、何ですか。 それが生です - 生きることです。 私たちが生きることとは、 何ですか。 葛藤。 ですね? 私たちの生は、格闘です。 私たちの生は、楽しみです。 性的なもの、何かを 達成することの楽しみ、 何かを所有する ことの楽しみ。 そしてまた、 恐れ、葛藤、 心理的に傷つくこと、 悲しみ、 同情、親切さと寛大さなど。 それが、私たちの生です。 それが、生です。 そこには、一定の優しさ、親切さの ほとばしりが、あるかもしれません。 愛は、楽しみではありません。 愛は、欲望ではありません。 愛は、反応を 持ちません。 38:50 で、私たちは、現時点で それらに、入らないでしょう。 で、「幸せな生を生きる」と言う ことは、何の役にも立ちません。 ふしぎなことの一つは、インドは とても悲しい国ですが、 いつも、微笑みが、 あるのです。 それに注目したことが、 ないですか。 貧しい人たちは、 微笑みます。 彼らは、飢えています。 彼らは、微笑みます。いいえ? それが、この国の 奇跡です。 彼らは、飢えています。 虐げられています。 幸せの手段が 何もない。 彼らは、永続的に 働いています。 けれども、あなたが、通りを 行きすぎると、特に田舎で、ですが、 彼らは、あなたに 微笑みます。 これは、世界の、他の どこにも、起きません。 それが、この国での、 偉大なことの一つです。
40:12 それで、 私たちは、恐れに ついて、話しています。 この恐れは、 終わりえますか。 あなたは、恐れの原因が 何であるかを、知りたいですか。 特定の形の恐れ、ではない。 あなたは、自分の妻や夫や、 一番上のボス、あれやこれやに、 怯えているかもしれません。 それはただ、恐れの 様々な枝です。 ですね? 樹は、きわめて多くの枝、 多くの葉を、持っています。 そして、単に一つの枝を断ち切る だけでは、何の役にも立ちません。 恐れの根を、理解 しなければなりません - それに、きわめて、 きわめて深く入るのです。 恐れの起源、始まり、 因果が、何であるのか、です。 41:34 私は・・・語り手は、 原因を説明できます。 恐れの起源を、 叙述できますが、 説明、叙述は、現実では ありません。 ですね? 私は、ヒマラヤを 叙述できますが、 叙述は、ヒマラヤの 実際の美しさと、 壮大さではありません。 ですね? しかし、私たちのほとんどは、 叙述に満足しています。 私は、恐れの原因を 説明できます。 あなたは、同意か不同意する でしょうが、それはある。 しかし、あなたが自分自身で、 それに、深く入られるなら、 単に同意や不同意するだけではなく、 それに入り、それに食いつくなら、 そのときおそらく、あなたは、 それより自由であるでしょう。 42:46 しかし、私たちは、 恐れより自由でありたいとの エネルギーや傾向や、 衝動さえも、持っていません。 ですね? なぜなら、あなたは、供養をする。 あなたは、神を信じているなどだからです。 が、あなたはけっして、何の根にも 行って、自分自身で見出しません。 で、私は、それの、この原因に、 入ってもいいですか。 なぜ人間たちは、 世界中で、 幾千年に幾千年の後、恐れと ともに、生きてきたのか。
43:37 質問者: 「持てる人たち」が、「持たざる人 たち」に、恐れを創り出しています。
43:45 質問者: 「持てる人たち」が、「持たざる人 たち」に、恐れを創り出している - それが、 彼の言うことです。 持っている人たち、彼らが、持っていない 人たちに、恐れを創り出しています。
43:54 K: 私には 聞こえません。 何を仰っておられますか。 ゆっくり私に、言ってください。 立ち上がらないで ください。
44:09 質問者: 誰かは権力を持ち、誰かは資産を 持ち、誰かは地位を持っています。 彼は、持っていない人たちに、 恐れを創り出しています。
44:19 K: 私は、あなたに お訊きしています。 所有物を持っている人たち - 彼らは、 失うことを、恐れています。 ですね? 彼らは、死への恐れを、 持っています。 ですね? 自分の夫、妻への恐れ、 世論への恐れ、 何かあなたが持っている ものを、失うことの恐れ、 慈しみを持たないことの恐れ、 さびしさの恐れ、 何者かでない ことの恐れ、 で、あなたは、きわめて多くの 形の恐れを、持っています。 さて、あなたは、各々の主題を取りたい ですか。 または、その根に行きたいですか。 質問者: その根に行きます。
45:12 K: その根に行く。
45:15 あなたは、私とともに その根に、行くでしょうか。 質問者: はい。
45:19 K: でも、それへ行ってください。
45:21 ただそれを玩ぶ だけではなくて、です。 あなたたちは実際に、労を惜しまず、 自分の頭脳を使うでしょうか。 あなたの、ではない。 見出すように、 あなたの頭脳、あなたの能力、 あなたのエネルギーを、です。 そして、叙述に 満足しない。 自らは、ヒマラヤのすばらしい 絵画を、描けますが、 絵画は、ヒマラヤでは ありません。 言葉は、実際のものでは ありません。 ですね? で、あなたは、その言葉を乗り越えて、 それに取り組むでしょうか。 恐れの原因は、 何ですか。 様々な形の恐れではなく、 それの根本の原因です。 46:29 それは、 思考でないですか。 「私は、これである。 私は、 あれでないかもしれない」、 ですね?  「私は、職を持っている。 私はそれを、失うかもしれない」と。 ですね? 理解されますか。 で、考えることは、恐れの 一部です。 そうでないですか。 よろしいですね? 考えることは、です。 私は、成功者にならないかも しれないと、考える - 世間ということに 立ってか、または、 宗教ということに立って、私は、 覚りを達成しないかもしれない。 ですね? 考えることが、 恐れの主な 原因の一つです。
47:30 質問者: 不安全です。 不安全が原因です。
47:35 質問者: 不安全が、恐れの 原因だと、彼女は言います。
47:39 K: みなさんが言うと、私には 聞こえません。 質問者: 不安全です。
47:42 K: 私たちはそれへ入りましたよ、マダム。 前に私たちは、不安全へ入りました。
47:44 おそらく、私たちが始めたとき、 あなたは、ここにおられなかったのか、 あなたは 聞かなかったのでしょう。 私たちは、不安全に ついて、話しました。 なぜ、それがある・・・ 私はそれを、反復しないでしょう。
48:06 で、思考が、恐れの 原因ではないですか。 もしも、死について考えなかったなら、 あなたは、死を恐れるでしょうか。 もしも死が突然に、今、私に起きた なら、それが、その終わりです。 しかし、私は考えはじめるなら - 「神様! 私に、何が起きるだろうか。 私は、自分の住宅、自分の家族、自分の 何やかやを、失うかもしれない」と。 私は、怯えます。 ですね? あなたは、それに 同意されるでしょうか。 同意するのではなく、 事実が見えますか。 で、考えることが、おそらく、 恐れの原因です。 ですね? で、私たちは、探究しなくては いけません - 考えるとは、何ですか。 理解されますか。 考えるとは、何ですか。 なぜなら、あなたの行為は、考える ことに、基づいているからです。 ですね? あなたがする供養すべては、 考えることに、基づいています。 テクノロジー的な前進すべて、 すばらしい前進は、 考えることに、基づいています。 ですね? よろしいですか? 49:34 あなたのビジネス、 あなたの生の道、 あらゆる物事が、考える ことに、基づいています。 けれども、あなたは、考えることが、 恐れの原因の一つであるのを、見つけます。 ですね? で、考えることは、 何ですか。 考える過程は、何ですか。 理解されますか。 私は、語り手は、それに入られますが、 あなたが単に、それに従うなら - 言葉のように、です - それは、何の意味もありませんが、 あなたたちが、それに 頭脳を注ぎ、取り組むなら - あなたが、金をほしいとき、セックスが ほしいとき、そうするように、です - あなたは、何でもほしいとき、 それに取り組みます。 で、あなたもまた、これに 取り組むでしょうか。 語り手は、あなたに示す でしょう。 説明するでしょう - 説明はそのものでは ないのを、知って、です。
51:04 考えるとは、 何ですか。 それは、記憶の中から 生まれませんか。 いいですか? もしもあなたが、記憶を持たなかった なら、あなたは、考えないでしょう。 そうでしょう。 すっかり 確かであってください。 語り手が言うことを、何も 受け入れないでください。 もしもあなたが、記憶を持たなかったなら - それは、知識がない、という意味です - ですね?  あなたは、考えないでしょう。 あなたは、考えられないでしょう。 あなたは、それが 確実ですか。 確実だ - それで 遊び戯れるだけではない。 すなわち、経験は、知識を もたらします。 ですね? 科学的な世界で、起きつつ あるように、です - 生物学の世界で、 遺伝子工学の世界で、です。 おそらく、それについて ご存じでしょう。 私は、それらに 入らないでしょう。 考えるのは、経験に 基づいています。 すなわち、経験は、 あなたに、知識を与えます。 蓄積された知識を、もたらします - 一歩一歩一歩、です。 科学的な世界のように、 ますます多く、多く、ですね。 52:46 で、知識と経験は、制限 されています。そうでしょう。 いいえ?  制限されている。ゆえに、 考えることは、制限されています。 ですね? あなたは、無量性について、 考えるかもしれません - 啓明について、 完全な知識について、です。 あなたは、それについて考えるかもしれません が、考えること自体が、制限されています。 ゆえに、何でもあなたが 考えることは、制限されています。 神様! ですね? あなたが、神について何を考えようと、 神は、制限されています。 あなたは、彼に、自分が好きな属性 すべてを、与えるかもしれません - 親切さ、全知、全能、この すべてとあのすべてを、ですが、 あなたが考えるのは、制限されて いるので、あなたの神々は、 制限されています。いいえ? 
53:49 質問者: 神が、制限されていますか。 私たちが神について考えるのが、 制限されていますか。
53:56 K: いいですよ。神について 考えることは、制限されていますが、
54:02 神は、制限されていますか。 質問者: いいえ。 K: あなたはどうやって、知りますか。 
54:04 質問者: 何であっても、神は、制限されていません。
54:05 神は、制限されていません。 K: あなたはどうやって、知りますか。
54:08 質問者: なぜなら、それは 神であるからです。
54:12 K: あなたは、神を 愛しています。そうですね?
54:18 あなたにとって、神は、 とても重要ですが、 あなたはどうやって、神が 存在するのを、知りますか。 なぜなら、あなたは、 信じてきたからです - それは、あなたの伝統の一部です。 あなたの宗教的概念全体の一部です。 ですね?  あなたは、ただ従いますし、 「神は存在する」と言います。 科学者たちは、正反対の ことを、言います - すなわち、人は、海から、 単細胞として始まった。 そして、幾世紀をとおして築いて、 築いて、ついに人になった、と。 あなたは、それを好きではなくて、 神が、世界を作った。 そして、あなたは、神が 私たちを作ったと、言います。 彼は、あなたを作るとは、かなり 哀れな神であるに、ちがいありません。
55:17 いいえ? で、神は、きわめて哀れで あるにちがいありません。 あなたたちは、 論理的ですらありません。
55:26 で、私たちは、考えるのが、恐れの 原因の一つであると、言いました。 私は今、生きていますが、私は明日、 死んでいるかもしれません。 ですね? 私は、それを 恐れています。 で、考えることは、 制限されているので・ ・・ それは、制限されています。 なぜなら、 知識はいつも、制限されているからです。 よろしいですね?  これについて すっかり確かであってください。 知識は、今でも、未来にでも、いつも 知識は、制限されているでしょう。 なぜなら、経験に 基づいているからです。 ここ150年以上の中で、 科学は、蓄積してきましたね - よろしいですか - もっと もっと多く、多くを、です。 もっと多くが、あるところ、それは、 制限されているにちがいありません。 56:30 もっと良くが、あるところ、それは、制限 されているにちがいありません。ですね? で、思考は、 制限されています。 そして、制限が、あるところ、 葛藤が、あるにちがいありません。 思考が、戦争を、 創り出してきました - そして、戦争の 兵器すべてを、です。 で、私たちは、思考が恐れの一つ であると、言います。 ですね? そしてまた、時も 恐れの原因です。 ですね?  時です。 あなたは、これらのことに、 興味を持っていますか。 またはそれは、一種のゲームだけですか。 あなたは、ましなすることが、ない。 時は、恐れの要因です。 私はこれである・・・ すみません。 あなたにとって、時は 何かであるかを、見出しはじめましょう。 あなたにとって、 時は、何ですか。 質問者: 変化(チェインジ)です。

K: 連鎖(チェイン)? 
57:48 質問者: 変化です。
57:50 K: 連鎖。あなたがいうその言葉、 「連鎖」とは、どういう意味ですか。
57:55 質問者: 変化です。一つのことが、 過ぎ去っていき、他のことになる。 変化の動きです。
58:03 K: 時は、一連の動き ではないですか。 すなわち - 私は 科学者ではありません。 私は、何の専門家でも ありません。 ありがたい。 しかし、私は見守って、 生きて、探究してきました。 で、時は、過去です。 そうでないですか。 時は、過去ではないですか。 過去の記憶。ですね? 昨日は、かなり曇った日で、 寒かった。 ですね? おそらくここで、ではない。 私がいた、デリーでは、です。 で、時がある・ ・・昨日です。時は 今です。時は、未来です。ですね? で、時は、過去から現在へ、 未来への動きです。 59:09 それで、時は、 一連の動きです。ですね? で、進化は、時です。 私たちはこの地上に、五万年の間、ホモ サピエンス、人として、生きてきました。 その五万年の 長い持続の間に、 私たちは今、過去にそうであった ものであったのです。 ですね? わずかに修正されて、です。 彼らはそのとき、利己的でした。 私たちは今、利己的です。ですね? あなたは、これらに ついて、考えません。
1:00:07 で、過去とは、何ですか。 過去とは、何ですか。 あなたの記憶すべてでしょう。 ですね? あなたが取得してきたすべて、 あなたが感じてきたすべて、 あなたを傷つけてきた 物事すべて - 生物的にも、また、 心理的にも、ですね? 過去は、記憶です。 そうでしょう。 そうでないですか。 あなたは、すっかり確かですか。 みなさんは、こうも躊躇っています。 過去は、あなたの父、母、 祖母、祖父です。 上りに上っていくのか、お好きなら、 下りに下ってくるのか。 過去は、すべての蓄積された 記憶です - 人種全体の、 共同体、家族、 家族の中の一人の、です。 それは、 それらの記憶です。 そこには、伝統、知識、 実践とそれら、 技術が、含まれています。 それが、過去です。 そして、現在とは、 何ですか。 現在は、修正された 過去ではないですか。 いいえ?  そう思いませんか。現在が 何であるかを、私に語ってください。 質問者: 記憶は、過去です。 
1:01:56 K: はい、 修正されています。私はそう言いました。
1:01:59 過去が、現在に、挑戦に、 出会う。それ自体を修正するか、 現在を制御して、 進んでいく。 で、過去が、現在において それ自体を修正して、進んでいく。 で、過去が進んでいく。 いつの時も、 それ自体を修正していますが、 それは、やはり 過去です。 ですね?  ああ、 やれまあ。いいえ? 過去が、それ自体を修正して、 未来になる。 ゆえに、未来は、 今、です。 なぜなら、過去は、修正されて、 未来であるからです。 で、未来は、今です。 いいえ? ご覧ください。 もし自分が妬んでいるなら、 あなたは、修正するかもしれません ・ ・・仮に、私は妬んでいる、とします。 なぜなら、あなたのほうが、良い住宅、 良い車、良い地位を、持っているからです。 私は、あなたを 妬んでいます。 私は、それと格闘しますが、明日、私は やはり、妬んでいるでしょう。 ですね? いいえ? 何が困難ですか。 私が今、変化 するのでなければ、 明日、やはり、妬みが あります。 よろしいですか。 で、明日は、今です - 私が 変化するのでなければ、です。 ですね?
1:03:57 質問者: 変化は、 現在において、可能です。
1:04:03 K: 現在においてのみ、です。 未来において、ではない。
1:04:06 質問者: なぜなら、過去は去ってしまった。 未来は、私たちの手に、ないからです。
1:04:09 K: あなたは、お聞きにならなかった。 質問者: 過去は、今現在です。
1:04:12 現在は、 あなたの全過去です。
1:04:18 K: あなたは、過去です。 そうでしょう。 あなたは、専門校や 大学に、行っていました。 または、大学でないなら、何らかの もの、あなたの技術すべてです。 あなたが、一流の大工であるなら - あなたたちが、ではありません - あなたたちは、みんな官僚や、 ビジネスの人々や何らかです。 私が、良い大工で ありたいなら、 私は、大工の親方の 見習いに、なります。 私は、木材の性質、木目、 学ばなくてはいけません - 木材の美しさを、 ですね。 私は、道具を木材に、どう使うのかを、 学ばなくてはいけません。 ですね? それは、知識を取得することです - それが、記憶になります。 ですね? 私はそのとき、大工です。 ですね? 理解されますか。 1:05:20 あなたは、ビジネスマンや、 政府の役人なので、蓄積します。 で、あなたは、 過去です。 ここに、困難は、 何もありません。 なぜあなたが、それに抵抗して いるのか、私は知りません。 あなたは、自分が神であると、考えるかも しれません。 それもまた、いいですよ。 それもまた過去です。 それは、あなたの 伝統の一部です。 ですね?  で、 あなたは、過去です。 その過去が、この挑戦に出会います - 私が今、あなたに挑戦しているものです。 そして、「はい。 たぶん、 たぶん・・・」と言います。 そして明日、あなたは、 このようであるでしょう - あなたが今、 変化するのでなければ、です。 で、未来は、今です。
1:06:11 質問者: 私はどうやって、未来を 知りますか。私は、知りません。 私は、自分が明日、妬んでいるのか いないのかを、知りません。
1:06:20 K: あなたは、そうなるでしょう - 事故があるのでなければ、ですが、 あなたは、家に 帰ろうとしています。 あなたは、家に 自分の物事を、持っています。 それは、理論だけです。 あなたは、 明日ここに、いるでしょう。 あなたに、事故があるのでなければ、 です。 そうでないのを、私は望みます。 あなたは、未来を知ります。 なぜなら、今の あなたなるものが、未来であるからです。 もちろんです。 あなたがこれをお好きで ないのは、知っています。 未来は、現在に あります。 ですね? 私は今、 妬んでいます。 そして私は、明日、妬んで いるでしょう。 ですね? 明日は、未来です。 私が今、妬んでいるなら、 私は明日、妬んでいるでしょう。 1:07:26 しかし、私が、妬みを 止めるなら・・・ ゆえに、明日は今です。 後生 ですから、これを見てください。 で、今、妬みを終わらせる ことは、可能ですか。 あなたは、これらのことに ついて、考えません。 私は今、暴力的です。 ほとんどの 人間が、暴力的であるように、です。 彼らは、平和と、それらの 戯言について、話しますが、 人間たちは、 きわめて暴力的です。 ですね?  そうなのです。それに ついて、何も疑問は、ありません。 さて、非暴力は、 未来にあります。 ですね? なぜなら、あなたは、今、 暴力的であるからです。 ゆえに、非暴力は、 何の意味をも、持ちません。 1:08:33 あなたは今、暴力を 止められますか。 あなたが今、それを止めないなら、 明日、あなたは、暴力的でしょう。 で、明日は今です。 ですね? で、時を終わらせることは、可能ですか - すなわち、明日を、今です。 私は暴力的です - 私は、今、即座に 暴力を終わらせられないなら、 私は明日、暴力的でしょう。 わずかに修正されているが、 私はやはり、 暴力的でしょう。 ですね? 人類は、「私たちは次第に、暴力を 減らしていこう」と、言ってきました。 ですね?   それは、戯言です。 あなたたちは、これに 驚いていますか。
1:09:47 で、あなたは今、あらゆる 物事を、終わらされますか。 あなたが執着している、としましょう。 あなたがそうであるように、 執着しています - 自分の信念、 自分の神、自分の家族に、です。 執着し、そうね、 取りすがっています。 あなたが今日、 執着しているなら、 あなたは明日、執着している でしょう。 当然ですね。 死が来て、「すまないね、君。 それで 終わりだよ」と言うのでなければ、です。 私は、あなたが輪廻転生を信じているのを、 存じています。 それは、違った事柄です。 死も、来て、「すまないね。 あなたは、 あらゆるものを、持ってゆけないよ。 あなたは、それを落とさなくては いけない」と言います。 それで、あなたは今、 執着を、落とせますか。 執着より、まったく 自由であるように、です - あなたの信念、あなたの神、あなたが 執着しているすべてへのより、です。 さもないと、明日、あなたは やはり、執着しているでしょう。 1:11:16 で、変化は、段階的移行をとおして、 次第に時をとおして、ではない。 変化は、即時で、 無媒介です。 それが、自由です。 来世や、二年後に 自由を達成するのではない。 これは、大変多くの 専注を、必要とします - あなたの 日常生活へ、です。 ゆえに、あなたの観念、 あなたの理論、 あなたの理想は、 何の意味も、ありません。 あなたたちは、非暴力を 信じています。 そうでしょう。 しかし、あなたたちはみな、 ひどく暴力的な人々です。 で、理想への信念は、 そもそも大事ですか。 それは、何の意味も ありません。 意味があるのは、今の あなたなるものです。 それは、即座に 変化させられます。 明日に、ではない。なぜなら、 明日は、今であるからです。
1:12:45 神様!
1:12:50 私たちはまた、きわめて真剣に、 じっくり話し合うべきです - 私たちが真剣でなかった、 ということではありません - 宗教的な精神が 何であるかを、です。 宗教的な精神とは、 何ですか。 私たちは、1時間15分の間、 話してきました。 あなたたちは、これを進めたい ですか。 
1:13:20 質問者: はい。
1:13:22 K: いえ、いえ、私が話すのは、 容易いですが・・・ どうぞ、これは、きわめて 深刻な主題です。 恐れのように、です。 それは、大変多くの 探究を、必要とします。 なぜなら、宗教的な 精神、頭脳は・ ・・ 宗教的な頭脳が 何であるかを、見出すには、 自らは、すべての組織された宗教より、 自由でなければなりません。 当然です。 仏教、ヒンドゥー教、 ジャイナ教、シーク教、 キリスト教と、それらのすべての 様々な、いわゆる宗教的な態度と 実践とそれらすべてより、 自由です。 さて、あなたは、それらより 自由であるでしょうか。 あなたは、それらより 自由でありえますか。 本当に探究する - 宗教的な頭脳が 何であるかを、きわめて深く、です。
1:14:40 質問者: ヒンドゥー教徒や仏教徒であると、 自らは、広い精神でありえます。
1:14:46 K: ああ、はい。 とてもすてきに聞こえます。 それが、国際連合(連合国)が言うことです。 「私たちはみんな、一緒の国々でありうる。 が、あなた自身の特定の戯言を、 取っておきなさい」と。 そうですか。 それは、事実ですか。 質問者: はい。
1:15:04 K: ただ聞いてください。
1:15:05 あなたは、「はい」と仰いますが、 それは、事実ですか。 私は、熱心なキリスト教徒です - 仮にそうだとします。 熱心な、実践的なカトリックです。 それが何を意味するかを、ご存じですか。 私は、聖母マリアを、物理的に 天国へ行くことを、信じています。 それが、教義の一つです。 私は、それを信じています。 あなたはそれを、戯言と 呼ぶでしょう。 そうでないですか。 そうでないですか。 なぜあなたは、 それについて神経質ですか。 そう呼ぶでしょう。 後生ですから。 あなたは、あれは、何と愚かな 種類の信念なのかと、言うでしょう。 誰も天国へ物理的に昇っていかない。 天国とは何だ、と。 それは、こうもばかげて聞こえますが、 私はそれを、信じています。 私は熱烈に、それに 関心を持っています。 そして、あなたたちは、「ええ。 私たちは それを、許容しよう」と言います。 それで、すべてです。 「あなたは、 この国に生きられるが、 あなたは、ヒンドゥーだ。 あなたは、自分の信念を持つ」と。 私たちの間には、分割が あります。 いいえ? よろしいですか。 いいですか。
1:16:15 質問者: あなたは、あなた自身の信念を 持てます。私は、私自身の信念を、持てます。
1:16:19 K: そうです。はい、麗しい! 私はアメリカ人です。 あなたはロシア人です。 または、私は ロシア人です。あなたはそれを保ちます。 それで私たちは、進んで、互いに 殺し合おうとしています。 いいえ? で、私は、私の信念に、拘ります。 あなたは、あなたの信念に、拘ります。 私たちはこれを、「宗教」と 呼びます。 それがそうですか。 あなたは、事実に向き合って いるとき、それを避けます。 あなたは、静かに しています。 で、信念は、分割しています。 ですね? あなたは、自分の信念を、落とすでしょうか。 なぜなら、分割は、あなたと私の 間に、葛藤をもたらすからです。 なぜなら、私は、何も 信念を持っていないからです。 何が事実であるかが、 重要です。信念が、ではない。
1:17:17 質問者: 無信念は、 信念でありえますか。
1:17:22 K: ああ、いえ、いえ。信念の 終わりは、信念の終わりです。 それが終わることへの信念ではない。 私は、それを終わらせます。
1:17:34 で、宗教的な頭脳が何であるかを、 きわめて深く探究する - なぜなら、頭脳は・ ・・ 頭脳 - 頭蓋骨の中に あるものは、 思考すべての中心です。 ですね? 情動すべての中心、 あなたの反応すべての中心、 あなたの信念すべて、 あなたの恐れすべて、 あなたの悲しみすべて、 あなたの憂鬱すべての中心です。 それは、あらゆる物理的な 活動の中心です。 いいえ? いいですね? あなたは、その事実が、見えますか。 私は、科学者ではありません。 科学者は、よく気をつけて、これを あなたに、説明するでしょう。 あなたは、受け入れますか。 そうなのです。 あなたがそれを好きでも、 好きでなくても、です。 あなたは、自分の中に、アートマンが ある、魂がある、神があると、 信ずるかも しれませんが、 それはやはり、 頭蓋骨の中に、あります。 あなたは、神は完璧であると 想像するか、言うかもしれません。 それはやはり、 頭蓋骨の中に、あります。 ですね? 私は、あなたに、何をも 説得しようとしていません。 説得されないでください。 私は興味がありません。
1:19:08 で、宗教的な頭脳が、 何であるかを、探究するには、 すべての信念より、 自由でなければなりません。 あなたは、信念を持っているなら、 その信念に、執着しています。 ゆえに、あなたは、 自由ではありません。 それは、自分に縄を巻いて、河の中に 出ていくのに、似ています。 ですね?  縄です。私は、岸へ安全に執着 しています。そして私は、出て行きます。 そのとき私は、 自由ではありません。 で、私たちは、信念に 繋がれています。 ゆえに、そこには、 何の自由も、ありません。 あなたは、何かの概念に、 繋がれています。 で、自由が、なければなりません - すべての宗教的な概念、 信念、信仰、イメージ、 像、偶像から、 人が、恐れをとおして、組み立てて きたものすべてから、です。 1:20:12 いいですか? あなたは、 そうするでしょうか。 私はあなたに、そうするよう、 頼んでいません。 私は気にしません。 あなたが、宗教的な精神、頭脳が、何で あるかを、本当に探究しているなら、 あなたは、自由でなくては いけません。 明白です。 それは、牢獄の中の人が自由を ほしがるのに、似ています。 ですね?  彼はそれを、ほしがれますが、 彼は牢獄を、離れなければなりません。 そのとき彼は、自由とは何であるかを、 けっして訊かないでしょう。 ですね?  で、 私たちが、自分たち自身で創り出してきた 束縛より、自由であるのでなければ、 何かものすごいエネルギーと 自由を要求するものを、 私たちは、とうてい 探究できません。 それが、 第一のことです。
1:21:12 で、宗教的な精神や 頭脳は、 完全に自由でなければ なりません - すべての執着から、です。 そして、きわめて、きわめてわずかな 人々が、この種類のことを、ほしがります。 きわめて、きわめてわずかな人々が、 この事柄に入るほど、真剣です。 彼らは、それらについて 話したいと思うでしょう。 それを玩ぶでしょう。 子どものように、ですが、 子どもっぽい精神は、けっして これを理解できません。
1:21:58 おそらく私たちは、今日、 止めたほうが、いいでしょう。 私たちは、つづけるでしょう。 探究するでしょう - 宗教的な人間とは、何であるか、 宗教的な生とは、何であるかを、です。 明日です。そうしましょう。 私たちは今、止めたほうがいい。
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