Krishnamurti Subtitles
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OJ77DT1 - 子どもが条件づけの無量の問題を理解するよう、どう助けるのか。
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| 0:54 クリシュナムルティ: 私たちは、 初めに、色々と話し合いましょうか。 または、私がボールを 転がして、始めましょうか。 私が初めに話をして、それから 私たちは、対話をできますか。 |
| 1:25 私たちは、学校について 話しているのでしょう - 学校、子どもとの 親の関係などを、です。 まず第一に、できるなら、 私は、指摘したいと思います - これは、宗派的な学校 ではない、 何か突飛な、時代遅れとか、それらの 種類の学校のどれでもないことを、です。 私は思うのですが、 マーク・ リーさんと私は、 長年の間、諸学校と 連携してきたので、 世界が何であるかを 考慮して、ですが、 これらの学校は、 全然違った種類の人間を、 産出すべきだと、 私は思うのです。 アメリカ人、カトリック、 プロテスタント、ヒンドゥー教徒、 仏教徒ではない人間たちを、です。 それらのどれでもなく、 条件づけられていない人間を、 です。それが可能であるなら、 2:41 それが、この種類の学校の 責任であると、私は感じます すなわち、彼らが 学校を出るとき、 彼らは、大学、専門校などへ 行き、学位を得て、 就職するのを 選ぶとしても、ですが、 彼らが学校、ハイスクールを 出て、大いに智恵をもち、 どの挑戦をも、智恵をもって 迎える能力を持つ。 彼らは、庭師、料理人で あるかもしれません。 または、総理大臣や 大統領ですが、 智恵が、いつの時も 作動しているように、です。 |
| 3:31 私は、こう言っていいなら、 あなたたちの誰をも、知りません。 私は、これらの問題のどれについても、 あなたたちと議論したことがありませんが、 私たちは、インドに、 四つの学校を、持っています - ブロックウッドに一つ、ここに一つ、 カナダ、ヴァンクーヴァーに一つです。 これらすべての学校は、一体です。 法律的には分離していても、 |
| 4:02 それらは、すべて第一に、 異なった種類の精神を、 子どもに、もたらすことに、 関心を持っています - 効果的に働ける能力を もった精神を、です。 学問的にも、 その他でも、ですが、 大いに智恵をもち、ゆえに人間を 尊敬する人を、です。 私は、これらが 理想であるとは、感じません。 これらは、 もたらしうる事実です。 なぜなら、私個人は、理想を 忌み嫌っているからです。 なぜなら、それらは、 まったく意味がないからです。 理想は、未来における何かを、 含意しています。 しかし、私たちは、 存在について、 実際に子どもたちをもたらす ことについて、話しています - 彼らが本当に全的な人間存在 であるよう、教育するのです - 情動的に、知的にも、 物理的にも、です。 それで、彼らが、慈悲深い 人間存在に育つように、です。 |
| 5:28 あなたたちが、これらに興味をもって おられるのかどうか、私は知りません。 私たちの困難の一つは、 こうなろうとしています - 何も権威がないのだ、と。 私がそれで始めて いいなら、です。 権威は、順応を 含意しています。 権威には、恐れ、 服従が、あります - 自分の観察能力、明らかに 考える能力の抑圧などが、です。 で、権威があるところ - 政治的に、とか、 学校でその他に、です - 精神が花開くことの 破壊が、あります。 6:34 この種類の学校で、 こういうことが、 どれほど実行できるのかを、 私は知りません。 それは、教師と親たちに、 依存します。 親たちが、教師とともに、 それの必要性を、見るなら - 権威が、模倣や順応を、 含意していることを、です。 伝統や生活様式へ(の順応)、 知っていて、 自分が知っていることを他の人へ与えて いる人の権威へ(の順応)、です。 で、学ぶ能力が、終わりに なります。どうですか・・・ |
| 7:18 私は進んでいいですか。 それは、だいじょうぶですか。 なぜなら、学校は、余暇が ある所であるからです。 学校(スクール)という言葉は(語源が) 「余暇」から来ていると、私は思います。 で、学べるのは、余暇を 持っているときだけです。 もし教師や親が、単に、 自分が知っていることを 変容させることと、 子どもや学生に移植することに、 関心を持っているだけなら、 そのとき、その形の学びは、単に 記憶を養成するだけです。 ですね? そして、記憶の作動が、 常にあるとき、 それは、機械的に なります。 8:21 ゆえに、活動すべてが、 機械的になります。 私たちは、これらについて、 後で議論するでしょう。 現代社会はほとんど、 機械的になりつつあるし、 大学は、人間を 一定の類型の人々へ 条件づけつつあるので、 子ども、学生たちを教育する ことは、可能ですか - 本当に学ぶ能力を もった人たちを、です。 機械的に 学ぶのではない。 私はこれらに入っていいですか。 それは、困難になるでしょうか。 私の言語がだいじょうぶであるのを 望みます。いいですか。 |
| 9:24 二つの種類の学びが あります。 いいですよ。 私は それに入りましょう。 学ぶ。 それから 行為する。ですね? 私は学ぶ。 すなわち、事実と情報を 蓄える。 記憶です。 その記憶から、 行為する。 それが、私たちがすることです - 経験をとおしてか、あるいは、 情報を集めることや、教えられる ことをとおして、です。 すなわち、学んできて、行為する - 上手にか、あるいは、下手に、です。 そして他方は、出ていく、行為する、 そして、学ぶことです。 ですね? どちらも、 知識を蓄積し、それから その知識より行為する 一つの形です。 ですね? これは、幾らか 明らかですか。 私は、学校で、専門校、 大学で学びます。 10:48 私は、自分が学んできた すべてを、蓄えておき、 そのとき、その知識から 私は行為します。 他方は、行為し、 行為から学ぶこと、 それでまた、知識を 集めることも、です。 で、どちらも 同じです。 そうね、共産主義者、 毛沢東主義者と他の人たちは、 出て行き、学べ、 と言います。 特に、毛沢東とあの集団全体は、 「出ていき、学べ」と。 他の流派は、「学べ。 それから 行為しろ」と言います。 で、どちらも、知識を 養成しています。 ゆえに、あなたがいつの時も、 知識にのって行為しているなら、 それは、機械的に なります。 私たちは、この問いに入るでしょう - あなたがそうしたいなら、後で、です。 11:58 他方は - それを私たちは 提案しています - これら二つの学びの範疇に、何が含意 されているかを、見ることです。 いつも知識にのって行為していて、 それがどう機械的になるか、 という意味で、何が 含意されているかを、です。 すなわち、知識 - それは過去ですね。 で、あなたは、自分がすでに知っている ことから、いつも行為しています。 ゆえに、けっして行為に 自由が、ありません。 他方は - それを私たちは 提案しています - これら二つについて 洞察を持つことです。 理解されますか。 知識の平野全体へ 洞察を、です。 |
| 13:10 あなたたちは、ブロノフスキーについて 聞いたことがあるにちがいありません。 (科学史の)彼は、話をしてきました。 彼は今、亡くなっています。 彼は、(イギリスの) BBCで、話してきました - 人の向上について、 大変多く、です。 彼と、彼の 集団全体によれば、 - 本当は、実は 科学者たち、ですが - 人は、知識をとおしてのみ、 向上すると、言います。 知識を蓄積し、成長し、養成し、 向上する - もっともっと、です。 それは、過去から生きる、行為 する、という意味です。 ですね? なぜなら、知識は 過去であるからです。 未来の知識は ありません。 私がすでに知っていることの 知識だけが、あります。 14:05 いいですね? で、その区域全体を 覗きみる - 知識の平野全体と その含蓄を、です。 それを見ることが、それへ 洞察を持つことです。 そして、洞察から行為する - 知識からではない。 私たちがそれに入るなら、 それは、まったくわくわくします。 それは、可能ですか。 子ども、学生と私たち自身を 教育することは、可能ですか - 物事へ洞察を持ち、洞察から 行為するように、です。 知識からではありません。 洞察は、知識を蓄えておく ことではありません。 私は、宗教の平野全体に 洞察を、持ちます - 例えば、宗教の 平野全体に、です。 それは、信念、 教義、儀式と、 条件づけに基づいた 経験(です)、そして、 人がすでに創り出してきたもの、 思考が創り出してきたものを 崇拝することです。 そして、宗教の平野全体を 見抜くことは、 それへの洞察を 持つことです。ですね? 15:56 そして、その洞察から 行為することです - それは、信念を持たない、 儀式を持たない、 教義、権威を持たない、 という意味です。 宗教へ洞察を持つことが、 最高の形の宗教です。 私たちは、互いに 出会っていますか。 で、それは 可能ですか。 |
| 16:27 それは、学生、教師と 親との間の関係が、 根本的な変化を遂げる、 という意味です。 親と教師は、情報を 与えているけれども、 彼らは、教壇から 情報を授けていません。 「私は知っている。 おまえは 知らない」と言う人物から、 ゆえに 権威と服従と、 続くその他すべて、 ではなく、 相互に学びあう関係、 生においてどう行為するかを 相互に学びあうことです。 そうでないですか。結局の ところ、すべての学びは、 17:29 生においてどう行為するのか、 です。いいですか? もし教師や親が、 情報を与えていて、 あの形の学びを 養成しているなら - すなわち、知識を 取得し、行為することか、 行為し、学ぶことですが - どちらも、知識を 蓄えておくことと、 その知識から行為することを、 含意していますね。 さて、親、教師と学生との 間に、関係が、ありえますか - その中で、単に知識の 養成だけではなく、 ただ洞察の探検だけが あるものが、です。 理解されましたか。私は 何かを伝えていますか。 |
| 18:37 教師: 先生・・・ |
| 18:40 K: ちょっと待って、私に、その 平野全体を、終了させてください。 私たちは、学生とそういう 関係を、持てますか - それで、私たちのどちらもが 学んでいるように、です。 私は、学びという言葉を、 二度と使わないでしょう。 私たちのどちらもが、 非機械論的な生き方を 理解しようとしているように、 です。 そのように表しましょう。 なぜなら、知識と、 知識から行為することは、 機械的な過程 であるからです。 それは、何千年もの間、 進んできていますが、 それは、人を変容させた ことが、ないのです。 人は、知識をとおして 向上しつつありません。 人は、月へ 行くかもしれません。 それは、人の向上では ありません。 人は、最もとてつもない テクノロジーの能力を、 持っているかもしれませんが、 それは、人の向上ではありません。 19:53 それはただ、人の きわめて小さな側面です。 人の向上は、 心理的な自由、 心理的に花開くことを、 含意しています。 私たちは、この種類の 学校において、できますか - そこでは、親、教師と子どもたちが 全的に関与していますが、 もしそうであるなら、 私たちは、この種類の関係を もたらせますか - その中で、知識としての権威が、 全的に脇に置かれるものを、です。 なぜなら、あなたが検討するなら、 あなたがそれに入ってきたなら、 あらゆる形の教育は、その子を 条件づけることです。 カトリック教会は、幾世紀もの間、 それを、きわめてよくやってきました。 インド人とヒンドゥー教徒は 世界中で・ ・・ 一定の形で行為するよう、 子どもを条件づけるのです - テクノロジー的に、 道徳的に、心理的に、ですね。 21:11 私たちが話していることは - あなたが同意なさるなら、 それは甲斐があると思われるなら、 そして、それが、正しい 生きる道であるなら - 人間精神の条件づけを 全的に解くことです。 それで、テクノロジー的に 知識を持つ能力はあるが、 人間の振るまいに洞察を持って 行為するように、です。 それが、一つの部分です。 そしてまた、 学校には、互いへの尊敬が ありえますか。 尊敬は、あなたが恐れを とおして、誰かを尊敬するのか、 あるいは、慈しみ、気づかい、 愛、慈悲をとおしてかを、 含意しています。 不幸にも、 私が見てきたかぎり、 この国には、誰へも尊敬が ありません。 ですね? それは、正確でしょうか。 または、私は誇張していますか。 |
| 22:43 教師: 恐れの中から でもない? |
| 22:47 K: 私はそう言いました。 私は、恐れをとおして 尊敬があると、言いました。 それは、尊敬ではありません。 |
| 22:54 教師: 分かります。 |
| 23:04 K: 学校には、尊敬がありえますか - 恐れの中からではなく、 気づかい、慈しみ、愛、 慈悲の中から、です。 それは、礼節を 意味しています。 それは、振るまいを 意味しています。 私は、あなたを尊敬します。 ゆえに、私は立ち上がります。 私はあなたのために、 ドアを開けます - 男でも、女でも、子どもでも、 それは構いません。 私はあなたを 尊敬します。 もし私が、恐れの中から そうするなら、 それはむしろ、見かけ倒し の小さい事柄です。 で、振るまいは、尊敬の 中から、生まれます。 それは可能ですか。 または、私たちは、みんな 言っていますか - あなたは旧式だが、 私は新式だ、と。 あなたは旧式だ。 ゆえにあなたは ご婦人のために、立ち上がる。 または、誰かに 紹介されるとき、ですが、 男や女は平等なので、 私は立ち上がらない。 あなたが内へ入ってきて、 私と握手するとき、 私は、デスクへ足を載せて いる。よろしいですか。 24:37 その種類の無責任な 振るまいは、 個人的な条件づけに 基づいています。 ところが、尊敬は、愛、 慈悲、気づかいの中からで、 そこには、恐れを持って いなくて、配慮があります。 よろしいですか。 物事全部が、変化します。 そのときそれは、古い世代と 現在の世代ではありません。 さて、それは、 学校において、可能ですか。 もう一つの関与した ことは、ですね・ ・・ 私はそれを 進めましょうか。 なぜなら、観察が、とても 重要であるからです。 なぜなら、あなたは、 本をとおしてより、 観察をとおして、はるかに 多く学ぶからです。 自然の観察、 自分の振るまい、 自分の思考、 感情の観察です。 それで、観察をとおして、 高まった敏感さが、あるのです。 26:42 自らが年を取るにつれて、 その敏感さは、衰退します。 なぜなら、自らは、観察 するのを、止めてしまったし、 それで、自らは、 自然との関係を、失うし、 それで、自らは、人間たちとの 関係を、失うからです。 私は、ちんぷんかんぷんなこと ばかり、言っていますか。 または、 あなたたちはみんな、私たちと ともに、互いとともに、いますか。 で、関係は、きわめて 重要になります。 学生が教師、教育者について 持っているイメージを、 消去するように、です。 そして、教育者は、学生について イメージを持っています - または、 親について、です。 それで私たちは、イメージをとおして ではなく、実際に関係しているのです。 結論や観念と様式を とおして、ではなく、 実際に、自らの生の毎日、 関係している。 28:07 それは、ここで 可能ですか。 なぜなら、さもないと、 私たちは、 他の学校、他の専門校、 他の大学のように、 ただ人間を送り出している からです・ ・・本当に・・・ そうね、彼らが何であるかは、ご存じ ですね。 私があなたに語らなくてもいい。 暴力的で、愚かです。 そうね、世の 中で進んでいる、そのすべてです。 で、さて、これについて、少し 話しましょう。 議論しましょう。 すなわち、 初めに、知識、 それから尊敬、 それから関係、です。 いいですか? 私たちは これについて、議論できますか。 それについて、 対話できますか。 |
| 29:15 教師: 私たちはともに洞察を探検するとは どういう意味かに、入られますか。 |
| 29:25 K: 私たちはそうしています。それに ついて議論しようとしています。 私たちが経験から 行為していることに、 自らは、 気づいていますか。 経験は、知識を 意味しています - ゆえに、いつも過去から 行為しているのです。 私は、技術者として 経験をしてきました。 なぜなら、私は、専門校、大学で 工学を、学習してきたからです。 私は、一定の技能を 取得してきました。 その技術、その知識は、 頭脳に蓄えられています。 そして私は、その知識に 沿って、行為します。 それを拡大し、それについて もっと学びますが、 それは、いつも 知識の背景からです。 それで、知識は 過去です。 ですね? 私に同意しないで ください。 このように、あなたは、それへ 洞察を得ようとしています。 |
| 30:41 教師: それを あなた自身で見るように。 |
| 30:43 K: 事実を見る - すなわち、私たちは、 知識から行為しているのです。 あなたが初めに学び、 それから行為するのか、 あるいは、行為し、 それから学ぶのか。 それはどちらも、 同じことになります。 それで、知識はいつも、 制限する要因です。 それは、自由の要因 ではありません。 「私は私のしたいことをしよう」 と言う自由ではありません。 それは、まったく 自由ではありません。 で、自らは、この事実に、 気づいていますか - すなわち、あなたと、 あなたの子ども、教師たちは、 知られたものより 行為している。 それで、彼らはけっして、新しい ものを、見ないことを、です。 彼らが若くても、 老いていても、です。 さて、あなたがそれを明らかに 見るとき、それは洞察でしょう。 で、その洞察から、 あなたは行為します。 どうですか・ ・・ 理解されますか - 私の言葉を、ではなく、 それの意義を、です。 |
| 32:32 教師: この気づき、それが、して いることではないでしょうか。 あなたは、気づいているとき、 何かをしています。 それはほぼ、あなたが 差し控えているようです。 あなたは、きわめて間近で 見守らなくてはいけません。 私たちは、こうも すばやく正当化します。 私たちはこうもすばやく物事を 言葉に表すように、思われます。 私は、この気づきは本当に、 差し控えることと、 ただきわめて間近で見守ること であると、思います。 |
| 33:05 K: いいえ。お訊きしていいなら、なぜ あなたは、差し控えると仰いますか。 |
| 33:09 教師: なぜなら、 この条件づけは |
| 33:14 こうもすばやく来ると、 思われるからです。 K: 応答のすばやさに 関心を持ってください。 それは、条件づけより 生まれています。 |
| 33:19 教師: そして、正当化です。 それもまた、条件づけの 一部です。 私たちは こうもすばやく自らの行為を 正当化するように、思われます - それらを検討する、本当に それらを検討する代わりに、です。 そして、自分たちが関与している と思われる正当化を、気に掛けません - 言葉において、さほどです。 私たちは、行為において、 それらをこうもすばやく 正当化すると思われます - ただ気づいて、それらを 見守っていることの代わりに、です。 私たちの関係における 行為を、ですが。 それが、していることです。 私がそれを見るさまです。 この実際の気づきが、 していることと、 正当化より離れていくことです。 |
| 33:55 K: ちょっと待って。 あなたが仰る気づきがどういう 意味かを、私は知りません。 |
| 33:58 教師: 見守ること。全部を、 自分自身を見守ることです。 |
| 34:01 K: さて、あなたはどう見守りますか。 すみません。私はきわめて 明らかでなければなりません。 互いに理解し合うために、 私たちは、一つ一つの言葉の意味を 知らなければなりません。 さて、あなたが仰る「見守る」 とは、どういう意味ですか。 私はそれに、違った意味を 与えるかもしれません。 |
| 34:18 教師: ほとんどそれは、 あなた自身を見つめることです - 回りで起きつつあることへの あなたの反応を、です。 |
| 34:23 K: 理解します。さて、 見守っているのは、誰ですか。 |
| 34:27 教師: あなたは、よく気を つけなくてはいけませんね。 それが気づきです。 |
| 34:31 K: いいえ。いいえ。気づきに 戻らないでください。 あなたは、「見守る」と言います。 |
| 34:36 教師: そうです。気づいている。 |
| 34:38 K: さて、見守る。気づきは当分の間、 放っておいて、見守る、です。 私は、自然を見守っています - 風、樹々、日射しなどを、です。 私は、あなたを見守っています。 あなたは、私を見守っています。 さて、私たちがいう見守る、 観察するとは、どういう意味ですか。 そして、観察しているのは 誰ですか。 観察者は、観察されるものより、 異なっていますか。 |
| 35:04 教師: いえ。観察者は 観察されるものです。 |
| 35:06 K: いいえ。ゆっくり行って、 気をつけてください。 |
| 35:08 教師: いえ、それは分かります。私は それをきわめて明らかに見ます - 観察者は観察されるもの であることを、です。 これが、私が話していることです。 これが、私が言おうとしていることです。 これが、することです。 観察者は観察されるものである ことを、見ること - 観察する中で、です。 私があちらに見るものすべては、 私です。私は世界です。 |
| 35:28 K: ええ。では、あなたは 「私」なく、観察しています。 |
| 35:36 教師: そうです。 私はそれを見ます。 |
| 35:40 K: もしあなたが、 親や教師であるなら、 あなたは学生が、「私」なく 観察するのを、助けられますか。 「私」は、すべての応答、 条件づけ、このすべてです。 |
| 35:51 教師: それをするただ一つの道は、 あなた自身でそうすることです。 |
| 35:55 K: ゆえに、あなたではない。私は 個人的にあなたに、訊ねていません。 私たちは そうしていますか。 |
| 35:59 教師: それが、私が言っていることです - 気づきが、していることです。 私たちが、それを しなくてはいけません。 私たちがそれをしないなら、 子どもたちがそれをできるとは、 私は思いません。 |
| 36:05 K: もちろんです。 教師: 私たちがそれをしなくては いけません。 |
| 36:07 K: そうなんです。 |
| 36:08 私たちは、こう 言っていますか - 何であれ私たちがその子へ言う ことを、私たちはしている、と。 で、そこには、何も 偽善がないのです。 そうなんです。それが、 私が目指したいことなんです。 |
| 36:27 教師: 私たちは、自分たちが言って いることを、見守る代わりに、 それを正当化するように 思われます。 それを、ごく間近で 見守る代わりに、です。 |
| 36:32 K: で、私が自分の息子へ、タバコを 吸うな、と言うが、私はタバコを吸うなら、 それは、なかなか ばからしくなります。 私は薬物を摂るが、 「薬物を摂るな」と言います。 で、親と教師との間の 関係において、 教師と親は、自分がその子へ、 学生へ言っていることとは、 何か反対のことを、 していますか。 そして学生は、かなりすばやく 偽善を突き止めます。 |
| 37:10 教師: ああ、はい。彼らは、 あなたへ通知してきます。 |
| 37:13 K: ゆえに、彼は、 注意を払いません。 |
| 37:15 教師: 私たちが条件づけでもって 彼らを叩いているなら、 私たちは、彼らを 条件づけています。 |
| 37:18 K: で、まさにそうなんです。 それが、私が訊ねていることです。 |
| 37:21 教師: で、私たちは それをしていません。 |
| 37:28 K: で、私は、その点に 戻ってきます - 私たちは、知識から 行為していて、 ゆえに、いつも行為を 制限していますか。 私たちは、それに 気づいていますか。 私たちは、 こうしますか。 私は、自分が知識の背景から 機能していることを、悟りますか。 教師: それが、問題全体です - 私に見えるかぎりは、です。 |
| 37:59 K: はい。それに 入ってください。 |
| 38:01 教師: それが、 問題全体です。 |
| 38:03 私たちは、それを見ないなら、 やはりその中にいます。 私たちは、正当化しています。私たちは やはり子どもたちを、条件づけています。 |
| 38:09 K: ゆえに、私が学校に いるのなら、 私は、学生がこれを理解するのを、 どう助けるのでしょうか。 |
| 38:17 教師: 私たちがそれを しなくてはいけません。 |
| 38:18 K: 私は今それをしています。私たちは今 それをしています。それに入ってください。 私はあなたの学生です。 あなたは、私をどう 助けるのでしょうか。 |
| 38:30 教師: 私自身を、ごく 間近で見守って・・・ |
| 38:32 K: いいえ。あなたは、それをして いますが、あなたは学級にいます。 あなたは、わずかな 子どもたちと、一緒にいます。 あなたは、私をどう 助けるのでしょうか。 |
| 38:38 教師: 私は、あなたを 助けられません。 |
| 38:40 K: いえ、いえ。助けられます。 そのとき、あなたと、学生としての 私との間の関係とは、何ですか。 |
| 38:46 教師: 私は、ただそこにいる、 気づいている、と思います。 |
| 38:50 K: あなたはそれをしています。いつの 時も、あなたはそれをしています。 が、あなたは、どう伝え、私が 理解するのを、助けるのでしょうか - 知識を取得することの 意義全体を、です。 それが、教育と 呼ばれているものです。 一方では、私は、テクノロジー的な 知識を、持たなければなりません - できるなら、あらゆる種類のを、 生計を立てるためなどに、です。 で、あなたは、私がこの問題 全体を理解するのを、どう 助けようとしていますか。 あなたは それをしています。明白です。 あなたがそうしているのを、 私は望みます。 教師としてあなたは、私を どう助けるのでしょうか。 私の問題を理解されますか。 私はあなたに、訊ねています。 教師: ともに行為します。 |
| 39:36 K: いいえ、マダム。 |
| 39:38 私は、何かを訊ねています。 許してくださるなら、 私は、何か違ったことを、 訊ねています。 学校、専門校、大学は、 知識を取得することに、 関心を持っています - それで、あなたが 職に就けるように、 それで、あなたが 結婚できるように、です。 そうね、現代の存在全体です。 そのために、大学は 存在しているのです。 私は、親として、知識の 意味全体を、見るなら - それは、過去から 行為することです。 それにより、向上する、越えていく、 その他すべてを望んで、です - 私は、それがいかに偽りであるかが、 見えます。 そこには自由がありません。 それはいつも、知られたものの 平野の中で、動いています。 それは、機械的です。 私はこの問いを、学生に、 どう伝えることになりますか。 40:45 彼がいつの時も、知識を取得して いる間に、です。よろしいですか。 私は、数学を 教えています。 地理、歴史、それが何であっても、 ですが、私は教えています。 彼は、数学を 知らなければなりません。 それは、 数学の問題全体について ものすごい情報を 取得することです。 私は彼に語ります - 「君は、 学ばなければならないよ。 数学、歴史、地理、その他 すべてだけではない」と。 それで彼は言います - 「なぜ私は 他の何かを、持つべきですか」と。 よろしいですか。 |
| 41:26 教師: はい。数学をさほど 重要にしないんです。 重要なことは、学ぶこと、 自分自身を理解することです。 |
| 41:32 K: いいえ。彼はまた、他方をも 持たなければなりません。 で、あなたは彼を、どう 助けるのでしょうか。 さあ、向き合って ください。 |
| 41:40 教師: 機械的な知識の取得は、 きわめてすばやい。 あなたが、これらの他のことに ついて、話しはじめるとき、 それは、知識になります - 心理的なのとともに、です。 |
| 41:51 K: ゆえに、あらゆる物事が、 翻訳されて、知識になります。 よろしいですか。それの 危険を、見てください。 |
| 42:00 教師: でも、あなたが、 あの状態にいるなら、 私は数学者です。 で、私は教わりました。 自らがあの日に、条件づけられて いない状態に、あるのなら、 それは、自然に 伝播するでしょう。 |
| 42:15 K: いいえ。或る日の自由は、 自由ではありません。 |
| 42:20 教師: いいよ。 |
| 42:23 K: あなたは どうやって・・・ あなたは、数学の教師です。 私は、あなたの学生です。 あなたがどう、私を助ける だろうかを、私に言ってください。 一方では、大変多くの知識を 持つように - 数学です - けれども、知識なく自由に行為できる ように、です。よろしいですか。 |
| 42:46 教師: はい、よろしいです。 私が思うに、教える中で・・・ |
| 42:50 K: 私に示してください。 私は今、それをしています。 |
| 42:51 教師: いいよ。私たちは、 数字を書きます。 あなたは私に、一緒に そうしてほしいですか。 |
| 42:55 または、あなたが 二歳児のように、ですか。 |
| 42:59 K: 私は、あなたの学生です。 教師: あなたは本当に、私に そうしてほしいですか。 |
| 43:01 K: もちろんです。 アヴァンティ(進んで)! 教師: 初めに私は、それを開始しない でしょう - あなたが私のほうへ来て、 |
| 43:08 あなたが、幾らか数学を 学びたいと、言うまで、です。 私はそこに座って、数学をして いますが、あなたが入ってきて、 「私も数学をしたい」と 言います。 私はあなたに言いはじめますが、 そのことはね、それは私の態度です。 なぜなら、あなたは 知識を求めるので、 私は、あなたに 幾らか与えます。 そのとき、私たちは 観念を、ともに探検します。 そのときたぶん、あなたは、私より 良い観念を、持っています。 それは、ともに学ぶことへ、 入っていってしまいます。 もし私が、知識が重要であるとの 態度を、持っていないなら、 それが、出てくるでしょう。 なぜなら、そのときあなたは、 幾らか観念を持っていて、それらを 私に返してくれるだろうからです。 |
| 43:44 K: で、あなたは、知識を持つことの 重要性を、見るだけではなく、 また、その非重要性をも、です。 |
| 43:50 教師: はい。 |
| 43:52 K: あなたはそれを、 きわめて明らかに見ます。 |
| 44:02 教師: 私は、それに関係だと思いますが、 さらに先のものは、私には見えません。 このものについて、私は 自分が洞察を持つと、思います。 |
| 44:06 K: これをきわめて明らかに見てください - すなわち、知識は必要であり、 また知識は、一定の心理的な 区域では、必要でないことを、です。 |
| 44:16 教師: はい。私はそれを、 洞察のために、持ちます。 |
| 44:20 K: そうです。あなたは、学生の 私を、どう助けようとしていますか - このきわめて複雑な問題を 理解するように、です。 それは、単純な問題では ありません。 理解されますか。 きわめて複雑です。 |
| 44:31 教師: いいよ。私たちは 数学を、しはじめます。 あなたが来て、あなたは幾らか 知識をほしいと、言います。 |
| 44:35 K: 私は何も言いません - なぜなら、 |
| 44:39 私は、哀れな小さな子ども であるからです。さあ! 教師: いえ。 事実は、私が 数学をしていることでした。 そのとき私は、あなたが私の ほうへ来るまで、待つでしょう。 |
| 44:43 K: いいえ。私はあなたのほうへ 行きません。学級があります。 |
| 44:46 教師: ああ、それはきつい。あなたが 私のほうへ来ると、仮定しましょう。 私は授業の後、数学を していると仮定します。 なぜなら、これは、起きてきた 事例であるからです。 あなたは私へやってきますし、あなたは こう言います - 「何をしていますか。 あなたは数学をしていますね。 私は、 幾らか数学を学びたいです」と。 で、私は、自分がしていることと、 幾つか数字があることを、説明します。 そのとき私の息子は、駆けて行き、 幾つかブロックを取ります。 それから彼は、私に 形を、示しはじめます。 今、観念は実際に、ね、彼は 幾つか観念を、持っていたのです。 彼は、これについてどうか、あれに ついてどうかを、言いました。 そのときあなたは、それらから学ぶ ことへ、開いていなくてはいけません。 |
| 45:14 K: いいですよ。 前進してください。 |
| 45:15 教師: で、あなたの精神と、 私の精神が、ありますが、 あなたが、私たちが言っている ことについて、熱心であるなら、 あなたは、幾つか良い観念を、 得ようとしています。 このことは、流れていき、 戻ってきます。 で、少なくとも今、私たちは、 ともに学ぶ水準へ、います。 |
| 45:26 K: いいです。そこから、 進行してください。 |
| 45:28 教師: いいよ。すると、 私たちがともに学ぶにつれて、 |
| 45:35 このことが 進んでいきます。 K: すみませんが、あなたは 私の論点を、捉えていません。 |
| 45:37 教師: 私は、あなたが彼らに 何も言うとは、思いませんね。 あなたはただその視点を生きるだけだと 思いますし、それは拾い上げられます。 |
| 45:44 K: 私はそれを、間違って 拾い上げるかもしれません。 |
| 45:51 私たちは一般的にそうです。 教師: いいえ。 あまり多くの人々は、あなたが 仰ったことを、信じていませんが、 教師たちが、絶対的に 洞察を、持っていて、 自分たちが言うことを 信じているなら、 あなたは、言葉なく、彼らから それを、拾い上げるでしょう。 なぜなら、彼らは、 生きているだろうし、 彼らは、それを行為して いるだろうからです。 あなたはそれを行為しなくては いけないと、私は言っています。 あなたは、他の誰かから学べる ように、行為しなくてはいけません。 あなたは、教師ではありません。 それは、二通りのことです。 観念が上がっていくにつれて、 あなたの態度は、示します - あなたは、知識を、行為のたった 一つの基礎と、取らないこと、 数学には、思考の自由が あることを、です。 |
| 46:27 K: しかし、思考は、けっして 自由ではありません。 |
| 46:29 教師: いいよ。あなたの言葉の ほうが、私のより良い。 が、私は、それは態度から 出てくると、思います。 その人物が洞察を 持っているし、 彼らが数学をしていて、 あなたが学生であるなら、 あなたは、言葉なく、それを 拾い上げるでしょう。 |
| 46:40 K: ゆえに、あなたは - すみませんね - あなたは、知識の平野全体へ 洞察を、持っていますか。 様々な種類の知識ではなく、 知識、です。 (知識)それは、 知る、という意味です。 知ることは、過去を、含意して います - 「私は知っている」と。 で、それは、きわめて複雑な ことです - 行為する、または、 理解する、このことは、です。 どこで知識が自らの所を持つのかと、 どこで心理的に、それが 危険であるかを、です。 あなたは、学生としての私を 助けるでしょうか - 知識の心理的な危険を 見るように、です。 待って、ゆっくり行って ください。よろしいですか。 |
| 47:43 教師: ええ、 よろしいです。 まあ、それは手本によって だと、私は思います。 |
| 47:48 K: そのとき私は、 あなたを、まねします。 あなたが、私の手本になるなら、 私は、あなたを模倣します。 そのときあなたは、私の権威です。 あなたは、私の導師です。 |
| 48:02 教師: でも、手本が、数学の 議論の最中のように、 そこで、私が教師であり、 あなたが学生として始めるなら、 私たちは、役割を反転させます。 なぜなら、あなたは、 このことについて勉強してきたし、 それは、逆さまに行くからです。 少なくとも、私たちは 役割を、反転しました。 あなたがそれを言語的に言える とは、私は思いません。 |
| 48:17 K: 私はそれを指摘しようとして います。あなたは、それを言えます。 |
| 48:20 ゆっくり行ってください。 教師: いいよ。 |
| 48:25 K: あなたは、親や 教師、教育者として、 知識の平野へ、洞察を 持っていますか。 すなわち、それは、どこで 絶対的に必要なのか。 もちろんです。 私は、自分がどこに 生活するかを、知っています。 で、私は、自分の家へ車を 走らせるか、家へ歩きます。 私は、機械的な車を、どう 走らせるかを、知っています。 が、私が、「私は自分の妻を 知っている」と言うなら - それは心理的ですが - そのとき、危険が始まります。 そのとき、「私は妻を知っている」 とは、私が彼女を知っている、 私はイメージを持っている、 私は映像を持っている、 私は結論を持っている、 という含意です。 49:21 結論は、彼女についての 私の知識です。 ゆえに、まったく 関係が、ありません。 さて、あなたは どうやって・ ・・ どうぞ、これを学生に伝える ことの困難を、見てください - それができない子に、です。 彼はこれら について、何の観念も持っていません。 彼は、言います - お父さんとお母さん、 好き嫌い、 怯えている、 等々を、です。 彼らが自分をどう 取り扱ってきたのか。 彼はそれらを 憶えているし、 彼は、それより 行為しているのを、です。 教師: そうです。 |
| 50:05 K: で、あなたは、 |
| 50:06 彼がそのすべてより自由になる のを、どう助けるのでしょうか。 それが、 教育者の機能です。 単に彼に、何か愚かな試験を 行う、その他すべてではない。 |
| 50:19 教師: 確かに。 まあ、あなたは、彼に 語ろうとできます。 |
| 50:26 K: 私に語ってください。あなたは、 私に、どう語るのでしょうか。 |
| 50:28 教師: 私は、一種洗練された言論 から、行こうとしていません。 私はただ、過去へ 入ろうとしています - 私が学生たちを持って いるときのように・ ・・ あなたは彼らに、あなたがちょうど 仰ったことを、語りますね。 または、誰かがいつの時でも、 数学をしているし、 あなたは、それを創造する中で、 本当にうまく進んでいます。 あなたは、指摘していいかもしれま せんね - 彼らの私生活が・ ・・ それは、犠牲に値しない かもしれません。 彼らが外へ出て行き、他の人々へ 関係すべきことは、です。 |
| 50:51 K: いいえ。すみません。 許してください。 あなたは、私の論点を 見逃しています。 私は、自分の親を愛しています。 私は、学生として言います - もしあなたが、彼らに訊ねるなら、「はい、 私は自分の親を愛しています」と。 それは、何ですか。 教師: 私はその点を 見逃しました。 |
| 51:07 K: すなわち、彼が「私は自分の 親を愛している」と言うとき、 |
| 51:09 そこには、何が 含意されていますか。 |
| 51:15 教師: ふつう、私が 話しかける子たちは、 自分は親を愛していないと、 言いますが、それは同じです。 |
| 51:19 K: いえ、それに 入ってください。 |
| 51:22 教師: いいよ。時々、 恐れがあって・・ ああ、私たちは、 長い道のりを、進んでいます。 |
| 51:28 K: そうなんです。これは、 きわめて複雑な問題です。 そういうわけで、私たちは 理解しようとしているのです - これらに、何が含意 されているのかを、です。 どの結論へ 到るのでもなく、 何が含意されているのか、これらの 実質は何であるのかを、です。 |
| 51:51 教師: いいよ。あなたはこう仰っています - あなたが教師としてどうやって・・・ 具体的な事例では、大学で、 私は数学をしているでしょう。 これらの人々は、ふつう自分の 親を、好きではありません。 |
| 52:02 K: ごらん。私は、数学の教師 ですし、あなたは、私の学生です。 |
| 52:10 教師: あなたは実際、 教授に、そっくりです。 |
| 52:13 K: 私は、数学の教師ですし、 あなたは、私の学生です。 私は、数学が知識、学びを含意 しているのを、知っています。 私はそれを自分の教授から 学んできたし、 私は幾つか試験を通ってきたし、 私は、学位を得たのです。 その学位は、私に、学校で教える 能力を、与えてくれます。 私は、お金がほしいし、 それで、私はここにいます。 あなたは、私の学生です。 私は突然に見たのです。 なぜなら、 誰かが言うのが、聞こえたからです - 知識が何をするかを、 見なさい、と。 私はそれを、よく 理解していませんが、 私は、それの意義を 捉えようとしています。 で、私は、それについて 大変多く考えています。 私は、それを見守っています。 私は、それに入っていきます - 私が歩いているとき、 私がバスに乗り、 バスの中で座るか、 運転しているときに、です。 私は、このものすごい問題の 含蓄を、見つつあります。 53:15 で、私は 数学の教師です。 私は全的に、ことの全体を 捉えなかったのですが、 私は、学生と話す中で、 それを捉えるでしょう。 私は、自分の思考を、 学生へ露出していますが、 学生は、私が露出している ことを、知りません。 なぜなら、気の毒に、私は彼に とって露出しすぎているからです。 で、私は話をします。 私はこう言います - さあ、私は当面、君に数学を 教えようとしていません。 私たちはともに、関係について 話し合おうとしています。 君は、自分の親を 愛していますか。 気の毒な子どもの本能的応答は、 「はい」と言うことです。 54:09 私は、それについて 彼に、話すでしょう - 愛に何が含意されているのかに ついて、です。 君は怯えていますか。 君は、彼らについてイメージを、 持っていますか。 そうね、 彼らとともに それに入ってください。 で、私は言います - ほら、君は、 知られたものより、行為しています。 私は、ああ、今朝はそれで 十分だと、言います。 彼に、それを少し 消化させましょう。 で、私は数学へ 入ります。 翌日、私は言います - ほら、他の あのものへ、もっと入ろう、と。 で、私たちは、ともに働いています。 私は、彼を助けています。 私たちがどうイメージから行為 するかを、彼に示しています - 象徴から、結論から、意見から、 こう言うことから、です。 あなたは年を取っているが、私は若い。 ゆえに私は、違ったように考える、と。 54:57 私は、それを彼と話し合うことにより、 彼に、このすべてを示します。 すなわち、私は彼に、これを 理解してほしいのです。 で、私は言います - ごらん、知識がある。 そして、知識からの 自由がある、と。 彼は、それを 得るでしょう。 |
| 55:17 教師: あなたは、これを 多くしてきましたか。 私は時々、 それを試します。 時々、それは、うまく行きますが、 時々、それは災難です。 |
| 55:22 K: 私はそうしないでしょう。私は あの気の毒な子と一緒にいます - 次の六ヶ月か、 八ヶ月の間、です。 で、私は、来る日も来る日も、 それに取り組もうとしています - ゆっくりと、辛抱強く、 気づかいをもって、です。 なぜなら、私は、これに 興味を持っているからです。 これが、私の生です。数学が、 ではない。 |
| 55:43 教師: 確かに。 時々、彼らはまた、 私たちより、すばやい。 時々、子どもたちは、私たちより すばやいと、私は思います。 彼らは時々、私たちより、すばやく それを、拾い上げると思われます。 違った物事への 彼らの俊敏さです。 |
| 55:57 K: で、私は言います - ほら、私が言う ことから結論を、導かないでください。 いいですね? 君が自分の親に どう関係しているかを、学びなさい。 関係が何を意味しているかを 見守りなさい、と。 それで、あなたが、過去から 関係に対して行為しているなら、 あなたは、「ええ、これが私の 妻です。 私は彼女について すべて知っている」と言います。 それは、ばかげています。 で、理解されているような 関係は、記憶を意味しています。 それは 憶えていることですが、 愛は、憶えている ことですか。 いいえ、私は、それらに 入らないでしょう。 |
| 56:48 教師: この学校で、私たちは、幼い 子どもたちと、働いています。 彼らとの対話に入ることは、 しばしば不可能です。 |
| 56:58 K: もちろんです。それは存じています。 ゆえに私は、雰囲気を創り出します。 その中で、あなたと私は 教師、教育者、親として、 私たちは、これについて 大変多く話してきました。 いいですか? |
| 57:11 教師: はい。 |
| 57:12 K: 時折ではなく、もし必要なら、 毎日です。私たちはそれに入ります。 「私は知っている、あなたは 知らない」として、ではない。 ともに私たちは、この知識の 平野全体のこの問題に、 入ろうとしています - それは、関係に 関連しています。 いいですか。 |
| 57:32 教師: はい。 |
| 57:33 K: で、ともにそれを話し合う中で、 私たちは、真剣な人々の集団です。 ここの雰囲気は、あなたの家のより 違っているかもしれませんが、 あなたがここに来るとき、 あなたは、真剣です。 で、私たちは議論します。 私たちは いつの時も、それに入ります。 M. ジンバリスト: が、それは、 親たちと、です。 あなたはそれを、幼い 子どもに、どう伝えますか。 |
| 57:58 K: 私はそれをしています。 お示ししましょう。 私は、何を どう伝えますか。 私は何を、伝えますか。 あなたは私に、何を 伝えてほしいですか。 |
| 58:11 MZ: 子どもに、 どう伝えますか - ほぼこれの抽象化が了解可能 である水準に、いない子に、です。 |
| 58:16 K: 気の毒な子には、とてもできま せん。私はそれは知っています。 |
| 58:18 MZ: で、幼い子に 届くものは、何ですか。 |
| 58:21 K: で、私は、 見なさい、と言います。 何が重要ですか。 彼らが、きわめて幼いとき、 何が重要ですか。 二歳や五歳では、 何が重要ですか。 教師: 確かに雰囲気です。 |
| 58:35 K: それは、どういう意味ですか。 |
| 58:36 教師: 安全です。 |
| 58:37 K: いいですよ。安全です。 |
| 58:43 あなたがいうその言葉は、 どういう意味ですか。 なぜなら、私はそれに、違った 意味を与えるかもしれないし、 あなたは、違った意味を 与えるかもしれないからです。 あなたがいう安全とは、 どういう意味ですか。 物理的な安全ですか。 |
| 59:02 教師: それは、その一部です。 |
| 59:03 K: それは、その一部です。 ゆえに、心理的な安全ですか。 |
| 59:06 教師: それは、その一部です。 |
| 59:08 K: あなたは、子どもに、心理的な 安全を、どう与えるのでしょうか。 学校で、五歳、十歳の 学生に、です。 あなたは彼に、その感じを、どう 与えるのでしょうか - すなわち、 自分は、ここに来るとき、完全に 心理的に安全であると、です。 |
| 59:36 教師: その子を 気づかいます。 |
| 59:38 K: 私はあなたにお訊きしています。 あなたたちは、 (オーハイの谷の)向こうの端に 学校を持とうとしています。 彼はそこに来ます。 あなたは 子どもに、学生に、この感じを どう創り出そうとしていますか - 彼がそこに来るとき、ですが、 自分は全的に、完全に安全で、 保護されているということを、です。 |
| 1:00:03 教師: 彼は、まわりの人々を 信用しなくてはいけません。 |
| 1:00:07 K: あなたは、ひどい親や、 立派な親です。 この問いに、答えてください。 |
| 1:00:13 教師: あなたは、 その子が安全に感じるのを期待する よう、その子に任せられません。 |
| 1:00:16 K: いいえ。その子は 外れています。 |
| 1:00:18 教師: ええ。その子が、あの環境に 入ってこなくてはいけません。 |
| 1:00:20 K: で、あなたはその子に、これを どう感じさせるのでしょうか。 |
| 1:00:30 教師: たぶん、いつ彼が安全に感じていないかを 見ることから、始めなくてはいけません。 |
| 1:00:37 K: いえ、ご覧ください。あなたたちは そこに、学校を持っていますね。 次の火曜日に、彼らはみんな、 あそこへ行こうとしています。 あなたはどう、感覚や感じや 雰囲気を、創り出すのでしょうか - すなわち、その子がそこに 来るとき、「おやまあ、 私はここで保護されている。 私は 安全だ」と知るものを、です。 あなたはそれを、どう 創り出すのでしょうか。 |
| 1:01:03 教師: 一貫性ですか。 |
| 1:01:07 K: いいえ。マダム、 ただ見てください。 |
| 1:01:10 教師: もしその子は、私が聞いてくれるのが 聞こえるなら、私が思うに、それは・・・ |
| 1:01:15 K: その子は、それを外れています。 その子を放っておいてください。 なぜなら、 かわいそうな子は・・・ |
| 1:01:25 教師: 私たちが、それを しなくてはいけません。ええ。 私たちが、その子とともに、環境を、 創り出さなくてはいけません。 安全は、内側から来ます。 で、もし職員と親たちが 安全であるなら、 子どもたちは、 安全であるでしょう。 もし私たちが、その子を、 そこから外しているなら・・・ |
| 1:01:42 K: いいえ。どうぞ。 あなたが、安全という言葉を使う とき、それはどういう意味ですか。 あなたは、ちょうど今、 仰いました - 学生たちは、安全が必要だ。 子どもたちは、安全が必要だ、と。 彼らはそうです。 さもないと、彼らの生で あらゆることが、いけなくなります。 彼らは、安全が 必要です。 さて、あなたがいうその言葉は、どう いう意味ですか - 安全だ、とは。 教師: 充分な量の内の空間です かね。 |
| 1:02:14 K: いえ、いえ。 教師: それは内側から 来ると、私は思います。 それは、外的なもの ではありません。 |
| 1:02:23 K: いいえ。あなたは 論点を、見逃しています。 あなたは、この雰囲気を どう創り出しますか - その子が来るとき、自分は歓迎されて いる、自分は安全だとの感覚、 あなたが自分を気づかって いる、ということ、 あなたが自分を保護している、 ということ、 その子は、自分は好きなことをできる と言える、ということを、です。 教師: それは真実です。 |
| 1:02:43 K: あなたは、私の論点を逃しています。 |
| 1:02:45 教師: すなわち、 その子が行く人々 - |
| 1:02:46 彼らは、自分を気づかうのだ、 彼らは安全であるし、 彼らは、自分を 愛しているのだ、と。 |
| 1:02:53 K: それは、どういう意味ですか。 あなたは、そうですか。 あなたは、そうですか。 あなたたちが そこに学校を持つときや、 自分の家で、あなたはその子に 安全を与えていますか。 |
| 1:03:03 教師: いいえ。それは 外側ではありません。 安全は、内から来ます。 K: いいえ。あなたは、私の論点を 逃しています。 |
| 1:03:08 教師: すみません。 |
| 1:03:10 K: 私たちは、安全は、恐れがない のを含意していると、言いました。 |
| 1:03:12 それは、あなたが本当に、彼を 気づかっている、という含意です。 彼の衣服を、彼の食べ物、 彼が食べる作法を、です。 どうぞ、聞いてください。 彼が どう食べ物を摂るかの作法、 彼が礼儀正しく、尊敬をもち、親切 であるのかどうか - よろしいですか。 それは、彼にとって、保護を意味して います。 それは、安全を、意味しています。 で、あなたは、それを どう創り出すのでしょうか。 年上のあなたたちが、これに責任が あります。 子どもが、ではない。 学生が、ではない。 で、あなたが それに、責任があります。 あなたはこれを、どう もたらすのでしょうか。 それで、その子は来た瞬間、「私は 家みたいに寛いでいる」と言うのです。 彼がそこから来たところ、 彼が放置されてきた ところの家ではない。 1:04:04 あなたは、自分のオフィスへ 行ってしまいます。 妻は、他の何かをしに、行って しまい、その子を放っておきます。 で、その子は、そこ、家では、 怖ろしく不安全です。 批判される、叩かれる、 そうね、その他すべてです。 おまえは、兄さんのように、 ならなければならない。 おまえはそうでない。 おまえはこれだ。 おまえはあれだ、その他すべてです。 で、その子は家で、 安全に感じません。 ここでその子は、私たちがみんな関心を 持っているところの学校に、来ます。 私たちはみんな、 関心を持っています - その子が完全に安全であるよう、 見計らうために、です。 それは、恐れがない、 という意味です。 すなわち、あなたは 本当に気づかいます - その子がどういう服装をするのか、 その子が清潔であるのかどうか。 その子がどう食べるのか、 どう座るのか、どう話すのか。 そうね、あなたは、 気づかいます。 |
| 1:05:01 教師: はい。でも、私たちは本当に、 その気づかいをもってそう言いますか。 または、その多くは、条件づけで もって言われるようです。 ゆえに、私たちはその子を、 混乱させつつあります。 彼に対して、たくさんのことが、 言われつつあります。 |
| 1:05:11 K: いいえ。私は、その子に 何一つ、語っていません。 |
| 1:05:14 教師: この、衣服を着る、あなたが どう振るまうのかのことですが、 その子にこれを伝えるには、そこに 初めに気づかいがなくてはいけません。 |
| 1:05:21 K: 私はそれを申しています。 |
| 1:05:23 教師: これが、 必要なことです。 |
| 1:05:24 K: あなたは、その子の安全に、 関心を持っていますか - すなわち、その子は恐れより 自由であるべきだ。 その子は、人々を愛し、 人々を気づかうべきだ、と。 親として、教師としての あなたを、気づかうのです。 |
| 1:05:42 教師: もちろんです。 それはひどい世界ですし、 その子は、そこに生きるには これが必要です。 |
| 1:05:51 K: それはひどい世界です。 あなたが私に、言わなくていい。 |
| 1:05:53 教師: いいですよ。 私はそこに生きます。 私は、自分の子どもに、 関心を持っています。 こういうわけで、私は こう言っているんです。 私は、自分の子どもについて、 気に掛けています。 |
| 1:06:03 K: で、あなたは、子どもたちを気づかう なら、彼らの好みを気づかうでしょうか - 彼らがどんな種類の 衣服を着るのか、 彼らがどんな種類の 食べ物を摂るのか、 彼らがどんな種類の 態度を持っているのか、 尊敬とか、よろしいですか。 あなたは、気づかいます。 今、あなたは、あの学校に おいて、この感覚、 その子は保護されている、 その子は安全である、というのを、 与えるのでしょうか。 風の中で安全な、すばらしい 樹のように、です。 よろしい? で、それが、 一番目のことですね。 安全だ - 心理的に、そして また生理的にも、です。 彼は、自分が来るとき、 あなたが本当に、 自分を気づかってくれて いることを、感じます。 その子が、一番とてつもない 理学士や理学修士や 医学博士になるべきである、 ということではなく、 あなたはその子を 気づかっているのです。 1:07:14 それは、知的に、物理的に 気づかうだけではないですね。 その子は、誰かが自分を見守って くれていることを、知っています。 神様! なぜなら、そうね、子どもや 人が、完全に安全に感じるとき、 生に対する彼の態度全体が、 変化するからです。 あなたたちが、『水中の精神』を 読んだのかどうか、私は知りません。 それはすべて、 鯨について、です。 彼らは、きわめて深い海で 生きてきました。 完全に安全でした。 ついに、銛とその他すべてをもった 人が、やってくるまで、です。 彼らは、五千万以上の鯨を 殺してきました。 で、あれら鯨は、とてつもない精神を 持っていると、私は思います。 なぜなら、彼らは、完全に 安全であったからです。 1:08:22 理解されますか。 で、それが、この学校で起きようと していることであるなら - そこでその子は、完全に、全的に 安全であろうとしています - それは、比較がないのを、 意味しています。 よろしいですか。 成績評価はなし。 いいですか? 「君は下の学級だ。 上の学級だね」と言うことは、なし。 よろしいですか。 それであなたは、競争の感覚 すべてを、取り除くのです - そこでは、その子のまわりのあらゆる ところが、競争しろ、競争しろ、 競争しろ、競争しろ、野心を持て、 駆り立てろ、攻撃的であれ、と言います。 あなたたちが、それを できないなら、 そもそもここに学校を持つことが、 何になるのか、私は分かりません。 もしあなたが、「あなたは他の学校で 成功しましたか」と訊ねるなら、 私は、「いいえ」と 言います。 が、ここで親、教師と学生たちは これにおいて、一緒にいます。 1:09:52 いいですか? それは、あなたがこれらの子どもを 送ってしまう、それからあなたは、 わが道を行く、というのではない。 あなたは関心を持っています。 インドで、ブロックウッドでの あれらの学校、そこでは、 親たちは、子どもを (寄宿舎に)送りますが、 親たちは、自分たちの普通の 生活を、続けていきます。 子どもたちが戻ってくるとき、 彼らは、「おやまあ」と言う。 そうね、 その他すべてです。 で、あなたは、彼らが来た瞬間、 彼らに、感じさせるのでしょうか - 自分たちは本当に 気づかわれている、と。 それで精神がどうなるのかが、 見えませんか。 |
| 1:10:56 教師: この学校で、 私たちは、 家で同じことをする責任を、 持っていませんか。 |
| 1:11:03 K: それは、 あなたしだいです。 |
| 1:11:06 教師: 私たちは家についても 話していると、私は感じます。 彼らは、ここに来た瞬間、ものすごく 安全に感じなくてはいけませんが、 私たちは、家でもまた、 それをしなくてはいけません。 それが、私たちがここで 持っている挑戦ではないですか。 |
| 1:11:17 K: もちろんです。あなたは、 どうしてそれを、家でできますか - あなたが 忙殺されているとき、です。 あなた個人が、ではない。 私は一般的に話しています。 あなたの問題に、あなたの 夫に占有されて、です - あなたが夫を 持っているなら、です。 進んでいこうと野心的な人で、 喧嘩、不和 - 各々が自分の問題に 占有されている。 で、あなたはこう言います - 「この子を学校へ連れて行って、 そこに置いておこう。 後生だから」と。 どうぞ、それが、 起きてきたことです。 「少なくともこの子を、私たちのめちゃ くちゃの外に、出しておこう」と。 で、その子が学校から家に帰るとき、 彼は、めちゃくちゃに出会います。 それで、その子は、 「ああ、あれらの親はね、 私は彼らと何も関係が ない」と言い、 行ってしまいます。 逃げて しまいます。薬物を摂ります。 ここで何が起きつつ あるかを、ご存じです。 教師: 仰っていることは、 こうです - |
| 1:12:19 私たちの一人一人が自分自身、 それをするのでなければ、 私たちは本当にここで、あまり 創り出そうとしていない、と。 |
| 1:12:26 K: で、それが、 私が言っていることです。 |
| 1:12:27 教師: それは、あなたがブロックウッド で仰るようなことになりますね - ブロックウッドは本当は さほどうまく働いていない、 親たちが離れていて、何か 他の生を、生きているから、と。 |
| 1:12:35 K: 全然違った種類のを、ね。 |
| 1:12:36 教師: 子どもたちは、親たちが あちらにいるから、というだけで、 彼らは、あちらで何が進んでいるかを 感じない、という意味ではないし、 彼らの親たちは、やはり それの一部です。 これはそれ自体、子どもを 条件づけています - 親たちがやはり その一部であることが、です。 |
| 1:12:49 K: いいえ、いいえ。 ご覧ください。 あなたと私は、 同意します - なぜあなたと私が、薬物を摂っては ならないのかの理由を、見ます。 いいですか? あなたと私は、理由を見ます。 先入観ではない。 なぜアルコールが、自分の 頭脳に悪いのかを、です。 あなたと私は、家での喧嘩が 破壊的であるのを、見ます。 ですね? で、私たちは、子どもたちを持って います - あなたと私は、です。 で、私たちは、学校を創り出します - 私たちがその一部であるように、です。 で、私たちは、家で 安全を創り出します。 私たちは、学校で 安全を創り出します。 で、付いてきておられますね - それで、あなたの精神がどうなるのか。 - あなたが完全に安全であるとき、 自分の存在が、です。 あなたは、暴力的では ありません。 |
| 1:13:54 教師: これが、私が言っていることです。 私たちはそれをしなくてはいけません。 |
| 1:13:56 K: してください。後生ですから。あなた たちはここに、機会を持っています。 |
| 1:14:00 教師: はい。私たちがそれをするので なければ、子どもたちがどうして・・・ |
| 1:14:04 K: 財団は、「私たちは建物を 創り出そう」と言います。 よろしいですね? それを創り出しなさい! |
| 1:14:13 教師: 安全自体が、 条件づけを解きますか。 |
| 1:14:17 K: 部分的に、です。 |
| 1:14:20 教師: なぜなら、これらの 子どもは、外側から来るからです。 オーハイへ来る前に、です。 私たちは、たくさんの時間を 使うように、思われます - 彼らに、心理的な初めの 援助を、施して、です。 |
| 1:14:32 K: はい、はい。 |
| 1:14:34 教師: 安全な家と安全な学校は、 あるかもしれないけれども、です。 |
| 1:14:37 K: 彼らは、自らの親により すでに条件づけられています。 彼らは、家で持っている友だちにより、 すでに条件づけられています。 彼らは、村へ出て行くこと、酒、その すべての卑俗さを見ることにより、 すでに 条件づけられています。 教師: テレビは彼らを破壊します。 |
| 1:14:50 K: そういうことです。 |
| 1:14:52 あなたは、すでに その子を、条件づけてきました。 で、その子は、条件づけられて、 学校へ来ます。 |
| 1:15:00 教師: その子がどこで 育ったかに、関わりません。 その子は、この世界にいた かぎり、条件づけられています。 |
| 1:15:05 K: その子は、 条件づけられて、来ます。 |
| 1:15:07 教師: それは、私たちが、条件づけ られた者のために、安全を創り出すと 思われている、という意味ですか。 それが、任務ですか。 |
| 1:15:13 K: いいえ。いいえ。 それについて議論しましょう。 この問題を、です。 なぜなら、それは、またもや かなり複雑であるからです。 私たちの子どもは、 条件づけられています。 私たちが、安全であっても、 安全でなくても、 私たちが家で、その子に安全を 与えても、与えなくても、です。 その子は、他の学生たちに、会います - 他の少年少女みんなに、です。 彼らがどのようなのかは、 ご存じです。 で、彼らは 条件づけられています。 私たちは、教育者と親として 責任があります - 彼らが条件づけられない よう、見届ける、 彼らが条件づけられないのを 助けるように、です。 |
| 1:15:52 教師: 彼らの条件づけを 解くように。 いえ。私たちは、彼らはすでに条件 づけられて、来ると、言っています。 |
| 1:16:01 K: 彼らはすでに条件づけられて 学校へ来ると、私は言っています。 |
| 1:16:07 教師: で、あなたは、 私たちの職は、 |
| 1:16:11 彼らが条件づけられないよう、 助けることだと、仰っています。 K: 私たちの職は、 あなたが同意されるなら、 あなたが、子どもは条件づけられるべき でないとの重要性が、見えるなら、です - それは、私たち自身が条件づけられ ないことを、意味しています。 |
| 1:16:21 教師: 私たちもまた、 条件づけられています。 で、私たちは、あの条件づけを 解きたいと、言っていますか。 または、あの条件づけが何で あるかを、彼らに見てほしい、と。 |
| 1:16:31 K: あの条件づけが何をするかを 見るよう、その子を助けます。 ゆえに、その子は見るから、 その子は理解するにつれて、 自分自身の条件づけを 解くでしょう。 私は成長したのですが、私は、自分 自身を条件づけてきませんでした。 なぜなら、私は、それの 不条理を、見るからです - その愚かしさ、 その不合理性を、です。 ですね? で、私は その子を助けたい。 で、私は、それを どうしますか。 どう、ではない。 私は、何をするのでしょうか。 教師: 私たちは気づかわなければ ならない、と言いましたね。 |
| 1:17:13 私たちはその子を 気づかわなければならない、と。 |
| 1:17:16 K: いいえ。当面、それを 置いておいてください。 私たちは、そこへ来るでしょう。 それは、含意されています。 なぜなら、私はその子を、 尋常でなく、気づかうからです。 |
| 1:17:23 教師: 私は、子どもの性格や存在へ 洞察を、持たなければなりません。 |
| 1:17:25 K: いいえ、まだです。まだ それに入らないでください。 ご覧ください。 私は、その子を 尋常でなく、気づかいます。 私は、彼が条件づけを解くよう、 強烈に気づかいます。 それは、私が自分自身の条件づけを 解きつつある、という意味です。 いいですか? |
| 1:17:42 教師: はい。 |
| 1:17:43 K: 私は気づかいます。 私にとって、それは、 燃えさかるものです - 私はこのすべてのひどいものより、 自由であるべきことが、です。 で、私は、何を するのでしょうか。 私は、学生とともに、この問題に どう取り組むのでしょうか。 彼は、私の息子です。 彼女は、私の娘です。 私もまた、教育者です - もし 私が、教育がうまいなら、です。 すべての親は、教えるのが うまくありませんね。 で、私はたまたま、 教えるのが、うまい。 ゆえに、私は 学校にいます。 で、私は、その子が条件づけを 解くのを、どう助けるのでしょうか。 私はその子の条件づけを 解きたい、ということではない。 私はそうしたいなら、その子の ための様式を、創り出します。 で、私は、何を するのでしょうか。 教師: 私は、開けておかなければ ならなくて・・・ |
| 1:18:29 K: いえ、いえ。 |
| 1:18:32 「私はしなければいけない」と、法を 定めないでください。見出しましょう。 |
| 1:18:39 教師: 私は、その子の精神を 変化させなければなりません。 |
| 1:18:41 K: いいえ、いいえ。 ご覧ください。まず第一に、 あなたは、条件づけられるとは、 どういう意味かを、ご存じですか。 |
| 1:18:49 教師: それは、前もって 与えられる、という意味です。 |
| 1:18:53 K: いいえ。条件づけられないとは、 どういう意味かを、私は知っていますか。 私は、自分が条件づけられている ことに、気づいていますか。 教師: 私はそれを感じますか。 |
| 1:19:03 K: いいえ、気づく。私は知っていますか。 |
| 1:19:06 教師: 私は条件づけられていることは、 私にとって、逃避不可能なほど明らかです。 |
| 1:19:09 K: 待って。私は、子どもから、 ヒンドゥーとして条件づけられています。 |
| 1:19:13 私は、条件づけられて いる、等々です。 1ダースの出来事によって、 ヨーロッパで、フランスで、 イタリアで、世界中で、です。 私は 条件づけられています。 私は、身の回りの、これら条件づける 影響力に、気づいていますか - そして、私がどう 条件づけられてきたのかに、です。 または私は、私が条件づけられている ことを、当たり前だと取りますか。 理解されますか。 |
| 1:19:50 教師: 私は、その二つの間の 違いを、理解します。 |
| 1:19:58 K: で、私は、身の回りの 影響力を、見ます - インドでは、何千年もの 伝統、などです。 これらすべての影響力は、いつの 時も、私に迫ってきています。 すなわち、それは問いを 出します。 すなわち、 影響されないことは、 可能ですか。 それは、こういう意味です - すべての 影響力に抵抗することは、可能ですか。 それはこういう意味です - あなたは、 抵抗するとき、障壁を創り出す、と。 それは 条件づけになります。 これを理解なさるのか どうかと、思われます。 で、私は、条件づけに 抵抗していますか。 または、私は、様々な要因、 影響力を、見守っていますか - 条件づけているものを、です。 1:21:06 親、年上の人々が 使う言葉、 衣装、食べ物、気候、 文学、新聞 - いいですか? あらゆる物事が、私に 注ぎ込まれつつあります - 進んでいく ものすごい宣伝。 これを買え、 あれを買うな、とか、 カトリックになるには、 あなたは、これを しなければならない、あれをしなけれ ばならない、と。 よろしいですか。 この哀れな精神に、 ものすごく注ぎ込む。 私は、それらの一つ一つを検討 できませんね。 それは不可能です。 教師: それは不可能です。 |
| 1:21:48 K: 不可能です。 |
| 1:21:50 で、私は、何を するのでしょうか。 |
| 1:22:02 教師: 私たちはみんな、同じ 共通分母を、持っています。 K: はい、私たちは、 みんな同じ共通・・・ |
| 1:22:06 まったくそうです。で、私は 何をするのでしょうか。 |
| 1:22:11 教師: 私が、褒賞への自分の 応答を、見守るなら・・・ |
| 1:22:16 K: 私は、アメリカに 生きています。 私は、アメリカ人として 育っています - 酒、薬物、 楽しみを探し求めること、 性的な欲望、 卑俗さ - よろしいですか。 身の回りで進んでいくことです。 私はアメリカ人ですし、そのすべてが 私を、条件づけてきました。 アメリカ的な生き方、私の好きな ことをする自由 - よろしいですか。 そのすべてが、私を条件づけて きました。 私はそれに気づいています - さて、私は、そのすべてから どうして自由になるのでしょうか。 私は、それらから自由である ように、何をするのでしょうか。 |
| 1:22:58 教師: いいよ。やってみましょう。 私はゆっくり行こうとしていますが、 まず第一に、幾らか 土台作りをしてみましょう。 私たちは、一団の子どもを持っています・・・ |
| 1:23:07 K: いいえ、子どもではない。お分かりですか。 |
| 1:23:09 教師: いいよ。分かります。理解します。 私は幾らか、土台作りをしたいのです。 私たちは、一団の子どもを 持っています - 七歳と十四歳との間の どこかにいる子たち、です。 そして私たちは、 自分自身を持っています - どちらも 条件づけられています。 で、私たちはこう言います - 私たちは、全然違った種類の 個人を、見つけたい、と。 子どもたちも、あなた自身も、 です。 |
| 1:23:30 K: 絶対に、です。 さもないと、あなたたちがこういう 学校を持つことは、無意味です。 |
| 1:23:34 教師: そうです。で、それは、私はどう 始めるべきかを知らない、という意味です。 |
| 1:23:37 K: 私たちは今、それを しようとしています。 |
| 1:23:39 教師: いいよ。待って。 今、私はそうしています。 私は、どう始めるべきかを 知りません。 で、私は、この若者とともに 探検しようとしています。 |
| 1:23:45 K: それは、どういう意味ですか。 誰と、ではない。分かりますか。 |
| 1:23:48 教師: 若者と私自身で、です。 それが含意されています。 |
| 1:23:51 K: まだ若者と、ではない。 待って。 初めに、学びなさい - 私が指摘して いいなら - 見出しなさい。 何をするのか、 どうするのかを・ ・・ 条件づけを解くことが可能であるか どうかを、見出しなさい。 よろしいですか。 見出し、探究しなさい。 さて、私たちは今、 それをしています。 そのとき私は、子ども、学生に会う とき、その子を、助けられます。 さらに条件づけを解くように、 互いに助け合います。 ご覧ください。 もしも私が、 その子と学校を始めて、 「私は知らない。 君は知らない」 と言ったなら - いいですか? - その子に、 何が起きますか。 教師: その子は 不安全に感じます。 |
| 1:24:34 K: その子は即時に、感じます - 「神様! 何?」と。 |
| 1:24:36 教師: 私はここで 何をしていますか。 |
| 1:24:39 K: その子は、ひどく 不安全に感じます。 |
| 1:24:41 それは、相当に 単純ですよ。 で、その子、学生を、当面の間、 外しておいてください。 私たちは後で、その子を 持ち込むでしょう。 あなたと私は、私たちが条件づけられ ていることに、気づいていますか。 明白に、あなたは そうですね? さて、私たちは 何をするのでしょうか。 お聞きください。 この気づきは、条件づけられて いるとの知的な概念ですか。 概念ですか、現実ですか。 理解されますか。 |
| 1:25:36 教師: 違いがあります。 知的なことと現実的なこととの 間には、大きな違いがあります。 |
| 1:25:40 K: それが、私が 訊ねていることです。 知的である言語的な 受け入れ、 あなたが 受け入れている結論か、 または、「はい」と 言う実際の事実です。 |
| 1:25:51 教師: あなた自身、それを経て きました。あなたはそれを見てきました。 |
| 1:25:53 K: 実際の事実です。 そのとおりです。 |
| 1:25:55 教師: そのとおり。 大きな違いがあります。 |
| 1:26:10 K: で、あなたが実際に 気づいているなら、 私が条件づけられていることに、 私が実際に気づいているなら、 私の、その「条件づけられた」と いう言葉は、どういう意味ですか。 |
| 1:26:32 教師: 私がいうのは、 私は、自分に楽しみを与える ものである、っていう意味です。 それが、私の条件づけられた、 という意味です。 私は、自分に楽しみを 与えるものである、と。 |
| 1:26:42 K: いいえ、 それだけではない。 |
| 1:26:48 私たちがいう条件づけられたとは どういう意味ですか。 教師: 私の応答すべてが、 すでにそこにあるし、 どの外的な刺激にも、私は、決まった 様式に合わせて、応答します。 |
| 1:26:57 K: 進んで、もっと深く 行き、見てください。 私は、アメリカ人であるよう、 条件づけられています。 それを、始まりから、 取ってください。 アメリカ人という言葉。 いいですね? 国旗、アメリカ人であるとの 観念全体 - 裕福だ、 自分が好きなことをする、 生を楽しむ、 何についても真剣に考えない、 楽しみを追求する、 裕福だ、お金、お金、お金、 楽しみ、権力、地位。 いいですね? その 世界は、そのようです。 アメリカだけではなく、あらゆる ところが、そのようです。 で、それが、私の条件づけの 要因の一つです。 ですね? 私は、これに 気づいていますか。 私は、卑俗ですか。 私は、楽しみ、権力、 お金を、追求していますか。 自分の性的な欲望を 満足させていますか。 自分が好きでないものより、 私は逃げ去ります。 私は、妻が好きでないなら、 彼女と離婚します。 すばやく、他の誰かと 結婚します。 無責任です - よろしいですか - 子どもたちに、破壊を もたらしています。 |
| 1:28:20 教師: で、自らが本当に、 あれに捕らわれています。 |
| 1:28:22 K: そのすべてが、 私の条件づけです。 |
| 1:28:24 教師: あれが私です。ええ。 が、自らは本当に、あれに 捕らわれています。 |
| 1:28:28 K: 私はあれです。 それは、私はあれに捕らわれている、 ではない。 あれは、私です。 私は、何をするのでしょうか。 私は悟ります。 私は気づきます。 私は認識 しています。私は意識しています。 私は、このすべての 言葉を、使っています。 すなわち、 私はあれである、と。 そのとき、何ですか - そのときに。 私はこれを 理解しないなら、 私はそれを、あの子へ どう通訳できますか。 教師: 私の思考様式全体が、 |
| 1:29:03 私が今、これを受け取った ように、条件づけです。 が、それは、 大きな違いになります - もし私が、仰ることを 自分がどう受け取るかが、 すでに、条件づけられた要因で あるかないかを、見るなら、です。 私は、自分が何かを 絶対的に見ると思うなら、 私はすでに、古い様式に 戻っています。 |
| 1:29:23 K: フリッツ、そういうわけで、 私は言っているのです - あなたが受け入れるのは、 事実ですか、理論ですか。 それは、現実ですか。 または、 あなたが知的に理解し、 「ええ、私はあれが好きだ」 と言う結論ですか。 |
| 1:29:39 教師: あなたがこの質問を なさるなら、それは答えるのは、 |
| 1:29:45 きわめて困難です。 K: 私は、それを立てています。 あなたに挑戦しております。 私は、あなたに、 それを見るよう強いています! |
| 1:29:49 教師: これは、何か私たちが 自分自身についても、取り 扱わなければならないことです - その言葉と 非言語的なことに関して、です。 |
| 1:29:53 K: で、私は条件づけられています。 で、私は今、言います - 私は、自分が条件づけられて いるのを、悟ります。 なぜなら、私の存在全体が、 楽しみを追求することであるのを、 見るからです。 ですね? 要因の一つ、と私は言っています。 私は、言葉を越えて腐敗していて 不道徳な社会で、育てられています。 それは、インドで、ヨーロッパで、 ここで不道徳的です。それは同じです。 |
| 1:30:21 教師: 私はそれを知っています。 私はそれを見られます。 |
| 1:30:25 K: で、私は、あのようですか。 よろしいですか。 私は、あのようですか。 私はそうです。 ゆえに、私は 何をするのでしょうか。 それを続けていくのか、 それを止めるのか。 教師: 私はそれを全的に見るなら ・・・ |
| 1:30:44 K: 待って、待って。 |
| 1:30:46 私は、一つのことを 取っています。 私は、一つのことを理解するなら、 総体を理解したのです。 |
| 1:30:53 教師: 初めのことは、それが 事実であるのを、認識することです - 私たちはこれら であるのを、です。 それが、始まりです。 |
| 1:30:59 K: それが、始まりです。 そこで、私は プロテスタントです。 それが、私の条件づけです。 私は、自分がプロテスタント であるのを、見ます。 それは何ですか。よろしいですか。 |
| 1:31:12 教師: そうです。 それはばからしい。 |
| 1:31:14 K: 私は それを見、それを止めますか。 すなわち、見ることこそが 止めることです。 私が止めるために 努力するのではない。 それは、洞察と行為です。 よろしいですか。 |
| 1:31:30 教師: はい。私はすでに そうしてきました。 |
| 1:31:31 K: で、私は、その一面を 止めました。 そのとき、私は言います - 私にとってお金が重要ですか。 それが、世の中が ほしいものです。 お金、お金、セックス、 権力、地位、認知。 よろしいですか。 |
| 1:31:55 教師: ああ、はい。 |
| 1:31:59 K: そのとき、私はこれらを見ます。 で、私はその子に会うとき、 こう言います - 「ほら、 私たちは、条件づけについて、 議論しようとしているよ。 それが何を意味しているのか、 その言葉、その言葉の意味、 その言葉の含意を、ね」と。 私は、過ごそうとしています - 一日の朝だけでない。 次の六ヶ月間か、八ヶ月の間、 その子は、私といます。 私はこれについて、議論しようと しています - 毎朝、十分間、 私が、いつもの数学や 何であれ、始める前に、です。 |
| 1:32:31 教師: これは、外側から 接近できる道が、あります。 そして、内側から 接近できる道が、です。 私には、外側からそれに接近して いることは、無意味に思われます - 個人にとって、私にとって、 それに外側から接近すること、 私は条件づけられているのか、 と考えることは、です。 私は、あなたが条件づけについて 仰っていることが、聞こえます。 あれは、私に 通用しますか。 |
| 1:32:57 K: あなたがいう、外側からそれに 接近するとは、どういう意味ですか。 |
| 1:33:04 教師: 自分自身を、条件づけの観念へ 対比するという、意味ですか。 ええ。自分自身をその観念へ 対比するのとは反対に、です。 |
| 1:33:11 K: 私はよく 理解できません。 |
| 1:33:12 教師: 私がそれに外側から 接近するときに、ね、 私は、条件づけが何であるかの 観念を、持っています。 そして私は、自分自身を それへ対比します。 私が内側からそれに 接近するとき、 私は単純に、それが私のあるが ままであることを、見ます。 |
| 1:33:24 K: それがすべてです。 それは同じです。 |
| 1:33:26 教師: でも、私がそれについて 他の誰かと話をするとき・・・ |
| 1:33:29 K: それは、外側の表現です。 |
| 1:33:35 教師: 誰も・・・その子は、 それを聞きたくありません。 |
| 1:33:37 K: いいえ。私は、その子へ、 そのように話そうとしていません。 ご覧ください。 まず第一に、言葉はそのもの ではありません。 いいですね? 教師: はい。 |
| 1:33:49 K: すっかり 明らかでありましょう。 |
| 1:33:52 樹という言葉は、 樹ではありません。 で、私は樹を叙述しますが、 叙述は樹ではありません。 いいですか? |
| 1:34:06 教師: いいです。 |
| 1:34:07 K: ですが、あなたは、 叙述を外側だと、取ります。 |
| 1:34:13 教師: あるいは、私は 樹を見つめます。 |
| 1:34:14 K: はい。または、 それを見つめます。 ところが、 叙述は外側です。 知覚は内側です。 |
| 1:34:22 教師: はい。 |
| 1:34:23 K: 知覚は、私は 条件づけられている、です。 そのとき外側です - 私は、それが どう訪れたのかを、観察します。 そして私は、それがどう 訪れたのかを、見ます - 私の親、そうね、事柄の全体、 教育、あらゆる物事です。 で、それは本当に、私が 指摘してもいいなら、 それは内側でも、外側でもありません。 それはすべて、一つの動きです。 海が外へ引いていき、内へ入って くる、満ち引きのように、です。 |
| 1:35:01 教師: それは、その子が 内側を気に掛ける、 その区域を知覚しようと することを、前提とします。 |
| 1:35:10 K: はい。 |
| 1:35:11 教師: しばしば、それは 実情ではありません。 |
| 1:35:17 K: 私が話すこともなく、その子は それを、即座に見るかもしれません。 一言で、その子は、それを 見るかもしれません。 そのとき、その子がそれを見るなら、 私はその子に訊ねるでしょう - 「今、君はそれを見たね。 さて、君はどう前進し、 君自身を解きほぐし、それから 抜け出すのでしょうか」と。 |
| 1:35:35 教師: でも、八歳の子に それを、訊ねられますか。 |
| 1:35:37 K: 私は子どもに、このように 話さないでしょう。 それは不条理すぎるでしょう。 その子は そのすべてを理解はしないでしょう。 が、私たちは、ともに話し合います。 私たちは、大人であるからです。 私たちは、大人だと思われています。 言葉を持っていると思われ、 知的だと思われている、 その他すべてです。 で、私は、これらの言葉を 使っています。 私は言います。 私は何をするのでしょうか。 内的に、外的に私が悟るとき - それは同じです - 私が条件づけ られているのを、悟るときに、です。 私が実際に悟るなら、そのとき そのことは、終了しています。 |
| 1:36:16 教師: そのときあなたは、その子に 接近しなくてはいけません。 |
| 1:36:21 K: 私が、ヒンドゥー教徒であることは 条件づけであるのを、実際に悟るなら - 実際にそれを悟る。 なぜなら、それは分離している、 その他すべてであるからです - それは終了しています |
| 1:36:33 教師: いいよ。でも、私は、 こう言っています - 今、あなたはそれを見たし、 あなたにとって、それは終了したが、 そのときあなたは、目の前に この子を持っています。 |
| 1:36:40 K: 待って。ゆえに、 私は前進します。 私は、彼がこの無量の問題を理解 するのを、どう助けるのでしょうか。 |
| 1:36:48 教師: それが、私たちが結構前に 扱っていると私が思った問いです。 |
| 1:36:50 K: 私たちは、そうするでしょう。 私たちは今、それをしています。 私は、それを どうするのでしょうか。 私は子どもとともに、この問題に どう接近するのでしょうか。 |
| 1:37:01 教師: 数多くの物事を、 あなたの条件づけの本性などを 見てきたんですが・・・ |
| 1:37:06 K: 私に言ってください。私は、目の前の 学生とともに、これにどう接近しますか。 |
| 1:37:12 教師: あなたは、学生が条件づけ られているのを、知ります。 |
| 1:37:14 K: いいえ。彼らは 聞こうとしません。 |
| 1:37:16 教師: 私は、あなたは学生が条件づけ られているのを知ると、言いました。 |
| 1:37:18 K: もちろん、彼らは 条件づけられています。 |
| 1:37:20 教師: その子は、条件づけられて いるから、聞きたくありません。 |
| 1:37:22 K: いいえ。その子は 知りさえもしません。 |
| 1:37:25 教師: いいよ。でも、私たちは外側 から見られると、言っています - 彼は条件づけられている から、聞こうとしない、と。 |
| 1:37:31 K: ええ。 それは理解できます。 |
| 1:37:33 教師: 私たちは、自分の 条件づけを、覗いたし、 私たちは、条件づけが何を するかを、見てきたからです。 |
| 1:37:36 K: 私はそれを 取ります。 彼は、条件づけられているから、 聞こうとしません。 で、私は、何を するのでしょうか。 私が、話をしているとき、 その子は、窓の外を見ていますね。 |
| 1:37:45 で、私は言います - 窓の外を見なさい。 でも、あなたの目すべてで見なさい、と。 |
| 1:37:57 教師: そのとき彼は、それに飽きます。 で、その子は、次のことへ移ります。 |
| 1:38:02 K: あなたは、論点を 逃しておられます。 私は、その子に 言います - 私はその子へ、条件づけに ついて、話したいですね。 でも、その子は、それを 聞きたくありません。 |
| 1:38:11 教師: それは理解できます。 |
| 1:38:12 K: で、その子は 窓の外を、見ています。 私は、彼が窓の外を 見ているのが、見えます。 私は、言います - さあ、窓の外を見なさい。 そして、すべての形と 色と影を見つめなさい、と。 君は、そのすべてが 見えていますか。 |
| 1:38:32 教師: そのとき その子は、見つめません。 なぜなら、私が言語的に、「おい、 君はそれが見えていますか。 君はそれを見つめていますか」 と言うやいなや・・・ |
| 1:38:40 K: いいえ。私は そう言いません。 どうぞ、後生ですから。 その子が、私に聞いていなくて、 窓の外を見ているとき、 私は、彼が私に聞くべきことに、 関心がありません。 |
| 1:38:55 教師: それは理解できます。 |
| 1:38:56 K: 私は、彼が窓の外を見る べきことに、関心があります。 私は、彼が窓の外を、はっきりと 見るのを、助けています。 |
| 1:39:07 教師: でも、あなたは、言葉を 使っているか、指し示しています。 あなたは、彼に見させるよう、 何かをしていますね? |
| 1:39:13 K: いいえ。私は、彼が窓の外を 見るのを、助けています。 |
| 1:39:16 教師: いいよ。あなたは指し示して います。 K: 私は指し示していません。 |
| 1:39:17 教師: または、それを何と呼びたいに しても、その子を助けています。 |
| 1:39:19 K: そうね、二つの違ったことが ありますね。どうぞ、聞いてください。 |
| 1:39:21 私は、条件づけを解くことに ついて、話したいし、 その子は、窓の外を 見たいのです。 で、私は、 条件づけを解くことについて話したい との自分の欲望を、脇に置きます。 私は、「さあ、二人ともあれを 見つめよう」と言います。 |
| 1:39:42 教師: 彼がいるところへ行く。あなたが 彼にいてほしいところではない。 |
| 1:39:45 K: 私たちの二人とも、 見ましょう。 |
| 1:39:46 教師: いいです。そのときそれを 進めます。はい、それは分かります。 |
| 1:39:52 K: で、私は、彼が 見つめるのを、助けます - 影を、光の美しさを、色々な ・ ・・よろしいですか。 その子は、興味を持ちます。 あなたは、論点を逃しています。 その子は、興味を持ちます。 |
| 1:40:02 教師: 仰っていることは 理解できますが、 私は実は、あなたは、 何をも見つめない若者を、 持っていると、言います。 |
| 1:40:10 K: その子は、何かを 見つめています - 絵本を、です。 その子は、隣の子が話して いるのを、聞いています。 その子は、何かをしています。 |
| 1:40:26 教師: はい。 |
| 1:40:27 K: で、私は言います - 私たちは 一緒に、それをしよう、と。 私は、自分の条件づけを 解くことを、忘れたのです。 私は興味を 持っていません。 |
| 1:40:33 教師: 分かりました。 理解しました。 |
| 1:40:36 K: で、私が、自分の 条件づけについて、話すとき、 彼は興味を持っています。 なぜなら、私は、 彼が見つめるのを助けてきたからです - 彼が何を見つめていても、です。 ああ、あなたたちは これらを、見ません。 教師: 私は それが見えます。 |
| 1:40:49 私たちは、彼らがいるところへ、 行かなくてはいけません。 私たちは、自分が望むことの これら観念を、持てません。 私たちは、彼らが どこにいるかを、見て、 彼らがどこから 来ているかを、見出し、 彼らとともにそこへ 行かなくてはいけません。 |
| 1:40:59 K: 彼は窓の外を 見たいのです。 |
| 1:41:00 教師: それをともに分かち合う。 そのとき、そうしますね。ええ。 または、その子が、クリシュナムルティに ついて、話をしたいなら、 その子へクリシュナムルティに ついて話します。 |
| 1:41:08 K: 彼がそう言うとき、 それを見つめてください。 彼が窓の外を見ているし、 私が彼へ、条件づけを解くことに ついて、話したいとき、 私は、自分の、条件づけを 解くことを、忘れるし、 私たちは 一緒に見ます。 で、それで、その子は どうなりますか。 いいえ。 そうしてください。 見守ってください。 答えないでください。 それで どうなるかを、見守ってください。 教師: あなたはそれを、ともに しています。 |
| 1:41:30 K: いいえ。 |
| 1:41:31 K: 何が起きつつありますか。 その子は、注意深くなりつつあります。 |
| 1:41:32 教師: はい、そうです。 K: あなたは それを見逃します。同意しないで。 |
| 1:41:36 彼は注意深くなります。 なぜなら、 |
| 1:41:37 私たちはどちらも、それを 見つめているからです。 |
| 1:41:39 その子はそれに、興味を持っています。 私はそれに、興味を持っています。 で、その子は、 注意深くなります。 で、私は、彼が注意深く あるよう、助けたのです。 その子がマイクロフォンを 見ているとき、 私は、「一緒に見よう」と 言います - 注意深い。 で、私が条件づけについて 話すとき、その子は注意深い。 それがすべてです。 |
| 1:42:07 教師: 教師は 消え去ったのです。 |
| 1:42:12 K: 私がその子に、「窓の外を 見るな」と語るとき、 それは抵抗です。よろしい? 全部が去ってしまっています。 |
| 1:42:18 教師: 時々、子どもたちが 聞きたくないとき、 それは、それが彼らが言われて きたことであるからです - 「あなたは今、私に聞きなさい。 私に注意しなさい」と。 それが、 彼らが抵抗するものです。 |
| 1:42:37 教師: あなたが、学校へ来る 子どもたちを、持っているなら・・・ そしてあなたは、「ほら、 ご覧」と言おうとしています - 彼らとともに、です。あなたは 彼らとともに、こうしています。 |
| 1:42:45 K: 私は彼らと、何をも していません。 |
| 1:42:49 教師: あなたは、こう 言っています - |
| 1:42:52 「自分が見つめている ものを、見なさい」と。 K: 私は、彼らがしたい ことを、しています。 |
| 1:42:54 教師: いいよ、それが、 私が言った意味です。 たぶん私は、正しい言葉を 使わなかったが、 それが、 私が言った意味です。 あなたは、彼らがしたいことを、 しています。 彼らは、互いに取っ組み合いを したいと思います。 |
| 1:43:03 K: 私は言います - 「いいよ。取っ 組み合いについてすべてを、見出そう - 取っ組み合いに、何が 含意されているかを」と。 |
| 1:43:10 聞いてください - 取っ組み合う ことに、 何が含意されているか、 怒る、残忍だ - それが何を意味しているかを、 見出そう。 それに注意を払おう、と。 あなたは、これを 見逃しています。 |
| 1:43:26 教師: 仰っていることは、 理解できますが、 若者は、あなたを切り捨てます - あなたが、彼とともに、 取っ組み合いが何であるかを訊ね られるか、探究できる前にも、です。 |
| 1:43:34 K: ご覧なさい。私たちみんなの間で、 今、何が起きつつありますか。 あなたは、私の学生です。 いいですね? あなたは、私に聞いています。 そうですね? いいですか? |
| 1:43:57 K: 私は、見ることに、熱情的に 興味を持っているから、 あなたが見ているとき、 私もまた見ています。 私は熱情的に興味を持って います - 光、影を、 線の美しさが何であるかを、 見ようと、です。 私がほしいのは、 何ですか - それで、その子は、注意する 能力を、持っています。 教師: はい、理解できます。 |
| 1:44:18 K: それがすべてです。 |
| 1:44:20 教師: で、間違ったことへ 注意する、といったことは、ない。 |
| 1:44:24 K: いえ。注意する。 教師: はい。 |
| 1:44:28 K: 私が話をするとき、 その子は、注意します。 |
| 1:44:29 教師: おそらくきわめて すばやく、私たちは |
| 1:44:31 これを一目見るのを、試せるかも しれません - 注意の本性を、です。 |
| 1:44:40 きわめてすばやくと、たぶん私は 言えるのかもしれません - 自らは注意する・ ・・そうね、 自分は注意していないなら、 彼らは、自分の思考に 耽溺している、と。 |
| 1:44:59 K: でも、あなたは 注意していません。 |
| 1:45:04 教師: で、私は 耽溺しています・・・ |
| 1:45:06 K: 私は、話をしていますが、 あなたは、注意していません。 あなたは、自分の思考に 注意しています。 いいですか? すみません。 私はあなたを批判していません。 |
| 1:45:19 教師: それは理解できます。それが 実情なのか、私は定かでありません。 |
| 1:45:24 K: あなたは、私が言っている ことへ、注意しているなら、 あなたは、それにずっと 付いていくでしょう。 あなたは、「理解できないなあ」 とは言わないでしょう。 |
| 1:45:33 教師: でも、私は、私は理解できない とは、言っていませんでした。 私はずっと、お話に 付いてきていました。 |
| 1:45:38 K: いいえ。見てください。 私たちはどちらも、 条件づけを解くことに、 関心を持っています。ですね? |
| 1:45:43 教師: はい。 |
| 1:45:46 K: あなたは、全体的な注意を 問題へ、注いでいますか。 または、あなたは、留保して いますか。 またはあなたは、 「それは可能でない。 それは 可能だ。私はどこにいるのか」 と言いますか。あなたは、 突っつき回しています。 |
| 1:46:03 教師: 私は、自分の全体的注意を それに注いでいます。 |
| 1:46:05 K: 何へ、ですか。 教師: あなたが話すのへ、 |
| 1:46:07 私たちが探求するのへ、です。 K: いいえ。 |
| 1:46:11 あなたは、自らの注意全体を 問いへ、注いでいますか - 条件づけの問いへ、です。 あなたは、それが何を意味 しているかを、知りませんが、 あなたは、「私はそれへ注意を 注いでいます」と言います。 それは、あなたが自分の 個人的な結論、先入観、意見を 排除している、 という意味です。 あなたは、何かへ 注意しています。 で、あなたは、自分の 先入観を片付けるし、 私は、自分の先入観を 片付けます。 私は知りません。私たちは出発します - 私たちがどちらも知らずに、です。 |
| 1:46:54 教師: それは理解できます。 |
| 1:46:56 K: あなたは、そうして いますか。 教師: はい。 |
| 1:46:58 K: で、あなたが、「私は している」と言うなら、 |
| 1:46:59 そのとき私たちはどちらも、 あの問題を、見つめます - 条件づけを解くことか、 条件づけの、あの問いを、です。 で、私たちは言います - この条件づけとは、何ですか。 なぜ人類は、幾つもの時代をとおして 自らを、条件づけてきましたか。 なぜですか。 父親から息子へ - よろしいですか - 集団から集団へ、 共同体から共同体へ、 なぜですか。 なぜ精神は、 それを、受け入れてきましたか。 なぜなら、彼らは 安全がほしいからです。 で、私はそのように、 安全をほしいですか。 それが、私の精神が 探し求めているものですか。 |
| 1:48:08 教師: なぜ彼らがこうしているのか への、あなたの答えは、何ですか。 |
| 1:48:12 K: なぜ人間たちは、条件づけを 受け入れてきましたか。 |
| 1:48:15 教師: 私は、問いを理解しますが、 あなたの答えを理解しませんでした。 |
| 1:48:18 K: 私は、問いを 出しています。 なぜ人間たちは、それを 受け入れてきましたか。 なぜ人間たちは、二千年の間、 言ってきましたか - キリスト、キリスト、イエス、 イエス、と。 なぜですか。 その神話です。 教師: 私は、自分がそれへの答えを 知っているとは、思いません。 |
| 1:48:41 今、あなたは、それが 安全のためだと、仰った? |
| 1:48:44 K: いいえ。いいえ。人間たちの 精神は、安全を要求します。 私は、神話を 信じています。 それは、本当なのかもしれません。 それは、偽りなのかもしれません。 それは、そもそも 起きなかったのかもしれませんが、 私は、あの神話を 信じています。 なぜなら、そこで私は、その中に、 安全を感じるからです。 ですね? それは、神経症的な信念 なのかもしれません。 それは、真実なのかもしれません。 |
| 1:49:10 教師: が、何かの権威です。 |
| 1:49:11 K: そうなんです。 権威です。 そして、心理的に何かの平野で 安全でありたいとの欲望です。 私は、自分の妻を知っています。 ゆえに、私は安全です。 |
| 1:49:26 教師: 同じことは、概念でも、 進みます。あなたは精神に、 何か概念を持っているかもしれないし、 あなたはそこに安全を見つけます。 それは、あなたに安全を 与える言葉です。 K: 何時でしょうか。 |
| 1:49:33 教師: ほぼ1時です。 |
| 1:49:35 K: 私たちは止めたほうがいいと、 思います。思いませんか。 |
| 1:49:37 K: 私たちは止めたほうがいいと、 思います。思いませんか。 |