Krishnamurti Subtitles
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OJ77DT3 - あなたは、子どもが恐れを持たないように、どう助けるのだろうか。
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| 1:14 クリシュナムルティ: 私たちは、昨日 話していたことを、つづけましょうか。 そうしていいですか? 私は、昨日私たちが言ったことを 思い出そうとしています。 ああ、はい。 私たちは昨日、対話の中で、 言っていましたね - ほとんどの人間は、 実質的に誰もがみな、 安全を探し求める、と。 生理的にも、同じく 心理的にも、です。 それが、昨日私たちが 言っていたことでした。 その問いの究明の 過程の中で、 私たちは訊ねました - 物理的な 安全が、なければならない、と。 あらゆる人にとって 衣食住が、です。 そして、そもそも 心理的な安全が、ありますか。 2:55 私たちは、その点が 明らかでないなら、 私たちは必然的に、 神経症的な条件を もたらすでしょう。 存在しない何かを、 探し求めて、です。 それについて、私たちは 昨日、少し議論しました。 私たちは、これらの学生、 子どもたちを どう助けようと していますか - 完全に物理的な安全を 持ちながら、 心理的な安全を探し求めるのを 回避するように、です。 私たちは、教育者と 親として、 子どもたちがこれを理解する よう、どう助けるのでしょうか。 私たちはそれらを、そこで放っておいた と私は思います。 そうでないですか。 私たちはそれを、そこで放って おきましたね? |
| 4:06 質問者: はい。 |
| 4:10 K: で、私たち、大人は、 どうやって・・・ 私たちは、このきわめて 複雑な、きわめて深い問題を 彼らが理解するよう、 どう助けるのでしょうか。 なぜなら、学生、 子どもたちは、物理的に 安全を、要求し、必要とし、 持たなければならないからです。 それは明白であると、 私は思います。 私たちは、彼らが 心理的安全へのこの探求の 危険と無益さを、 理解するよう、 助けられますか - 信念に、導師に、何か 権威に、誰か司祭者に、 家族に、女に、男において (の心理的な安全)、です。 そうね、外的と内的に 安全を 探し求める問い全体です。 外的に、 或る人物などに、です。 内的に、信念、結論、 理想など、です。 5:37 私たちは、彼らを どう助けられますか。 私は、もしも子どもを持っていた なら、何をするのでしょうか - 彼らに、この問いを 理解させるように、です。 どうぞ、 これは対話です。 で、私たちは、何を するのでしょうか。 これは基本的な問い であると、私は思います - 異なった種類の世代を もたらすために、 私たちが議論し、理解し なければならないものです。 それで、外と内との間に 葛藤がないように、です。 あらゆる種類の 神経症的な信念と 望みと恐れとその他すべてに、 捕らわれていない世代、 全的に、完全に、 そのすべてから 自由であり、 あらゆる人間の 生理的な必要のために、 働くか、生きる世代、です。 7:14 あなたが、これの重要性をご覧に なるのかどうか、私は知りません。 世界の分割 - インド、 ヨーロッパ、アメリカへ、 共産主義者、社会主義者へ (の分割)、です - 民族主義、国家主義の 様々な範疇は、 民族、国家における 安全の探求です - (民族、国家) それは観念です。 それは結論です。 それは、 国旗を振ることです。 それは、まったく 意味がありません。 すべての様々な 宗教の分割は、 心理的な安全への 探求ですが、 このすべてを見て、 私は、子どもを もった親として、 彼らに阻止できるか、 彼らを助けられますか - 心理的な痛み、 矛盾と分割の苦しみと悲惨に、 関与しない、 捕らわれないよう、です。 8:51 質問を理解されますか。 私は、何をすることになりますか。 私は、何をするのでしょうか。 これは、あなたの問題です。 そうでしょう。そうでないですか。 または私は、あなたに 問題を、賦課していますか。 私は、あなたに 問題を、賦課していますか。 そうでないのを、望みます。 私は、自分の二人の子ども、男の子と 女の子を、どうするのでしょうか - 私は持っていませんが、 仮に、持っていた、とします - 私は、何を するのでしょうか。 私は、これが聞こえるし、 私は、それの論理、 それの理由が、見えます。 私は、世界で何が進みつつ あるかを、観察してきました - 暴力、矛盾、 世界中での軍備への 莫大な支出、 真の教育の 本当の欠如。 私は、何を するのでしょうか。 あなたは、この問いに どう答えるのでしょうか。 10:21 マーク・リーと あなたたちは、教師です。 あなたたちは、この問いに どう答えるのでしょうか。 あなたは、自分の子どもを どうなさるのでしょうか - これの真理を見て、です。 いいですか? 単に論理的に、ではなく、 それの実際の事実を、 ですが、あなたは、 子どもたちに関するこの問題を どう取り扱うのでしょうか。 なぜなら、彼らは、 未来の世代であるからです。 私たちは、 過去の者たちです。 あなたはこれを、どう 取り扱うのでしょうか。 私は、自分がそれをどう取り扱う だろうかを、知っていますが、 私はあなたに、語りたくありません。 これは、対話です。 |
| 11:25 質問者: 子どもを 授乳から離れさせるとき、 あなたはまた、子どもを 依存と、心理的な安全からも 離れさせようとも するでしょう。 |
| 11:36 K: あなたは、 ご覧になりますか - 親と教育者は - この事実の真理、 この事実の実際を、見るのか。 または、それは、 やはり理論だけですか。 質問を理解されますか。 それは、結論、利巧な 論議だけですか - 論理的に 解き明かされて、 それで、あなたは 知的に同意しますが、 完全に、全体的に それとともに、いません。 あなたが、全体的に、 完全にそれとともにいて、 それの真理を 見るのでなければ、 あなたは自分自身、問題を 持っているでしょう。 なぜなら、結論と事実との 間に、矛盾があるからです。 12:35 いいですね? で、私たちは、親、教育者として この事実を、見ますか。 部分的に、ではなく、 全体的に、です。 なぜなら、部分的な事実と いったものは、ないからです。 それは、事実であるのか、 あるいは、事実でないのか、です。 私は事実を部分的に 理解する、ではない。 それは、意味がありません。 あなたはそれを、どう 取り扱うのでしょうか。 マーク・ リーと仲間は、 どうぞ、 私と議論し、 対話をしてください。 あなたもまた、どうぞ、 アヴァンティ(進んで)。 |
| 13:23 質問者: それは、私には 明らかではありません - 心理的な安全が 幻影であることは、です。 それは、全面的に 明らかではありません。 K: それは全面的に明らかでは ないですか。 |
| 13:34 質問者: はい。 |
| 13:40 K: なぜ世界に 分割がありますか。 |
| 13:47 思想的な分割、生理的な分割、 心理的な分割、 民族、国家、共産主義者、 社会主義者、資本主義者など、 なぜ、この分割が ありますか。 |
| 14:08 質問者: なぜなら、私たちの一人 一人が、自分の継続性を持つ、 自分の歴史を保存するように、 思われるからです。 |
| 14:17 K: 特定の集団、共同体、 理想などとの 継続性と同一視です。 |
| 14:22 質問者: はい。 |
| 14:24 K: 集団との同一視の 必要とは、何ですか。 |
| 14:27 質問者: その必要は、何ですか。 K: その必要は、何ですか。 |
| 14:29 質問者: それは、心理的な安全が 構成されているところのものです。 |
| 14:32 K: ゆえに、 集団との同一視は |
| 14:36 - それほど大きくても、 それほど小さくても、です - 心理的に、内的に安全でありたい との欲望です。 そうでないですか。 で、その分割が、あります。 それが、理由の一つです。 他の分割が、あります。 共産主義者と資本主義者 - それは、思想的な違いです。 ですね? |
| 15:04 質問者: はい。 |
| 15:06 K: 彼らは、レーニン、 マルクスを、崇拝します |
| 15:08 - 自分たちの 新しい神々として、です。 それは、理想です。 そして、自らの理想をもった 他の人たちが、います - カトリック、プロテスタント、 ヒンドゥー教徒、仏教徒、と。 で、この常なる分割が ありますね。 すなわち、心理的な分割です。 なぜなら、そこに、 レーニンに、マルクスに、彼らは 安全を見つけるからです。 いいですか。 などです。 宗教的に、一つの集団は、導師に 従います - 特定の導師に、です。 他の集団は、 別の導師に、従います。 心理的に、彼らは探し求めます。 彼らは、安全を見つけてきました。 少なくとも、自分たちは 見つけてきたと、考えます。 あれこれの顎髭の紳士や、 それが何であっても、 様々な種類の導師に、です。 すみません。 私は、顎髭に反対していません。 様々な種類の導師に、です。 で、人間たちは、心理的に 安全を見つけようとしています。 私たちは、これに 入りました。 そもそも、心理的な安全が ありますか。 |
| 16:26 質問者: 私には、 私自身の利益の永続化は、 心理的な安全から構成されて いると、思われます。 |
| 16:36 K: 私はそれに、よく 付いていけません。 |
| 16:39 質問者: 私が安全を探し求めるとき、 私が探し求めていると思われるのは、 心理的に、私自身の 自己の継続です。 |
| 16:47 K: はい。あなた自身の 自己の継続です。 すなわち、あなた自身の 継続です - 観念をとおし、 民族をとおし、家族を とおして、です。 ですね? 一定の集団、一定の導師に所属するのを とおして、です。 問題全体です。 で、そういう安全が ありますか。 私は、私自身を同一視するかも しれません - 自分の家族と、 自分の宗教と、 自分の導師と、 または、 一定の理想と、ですが、 そこに、安全は ありますか。 私は、あると考えます。 私は、 それにあってほしいのですが、 実際に、それはありますか。 質問者: 生理的に、ですか。 |
| 17:34 K: 心理的に、です。 |
| 17:39 私は、自分自身の同一視を とおした継続が、ほしい - 私の妻と子どもと家族と (の同一視)でもって、ですね。 あの水準で始めてください。 すると、私たちは分かるでしょう。 私の妻に、安全は ありますか。 私はそれを持ちたいですが、 それはありますか。 質問者: いいえ。 |
| 18:07 K: いいえ。 |
| 18:08 K: すっかり確かですか。 質問者: はい。 |
| 18:10 質問者: ここに安全がないのを、 どうやって知りますか。 |
| 18:14 K: ご存じないですか。あなたの妻 - あなたの妻ではありません - |
| 18:19 私の妻は、私に背く かもしれないし、 |
| 18:22 私は彼女を 失ってしまいました。 私は、嫉妬深くなり、 心配し、怯えます。 憎しみ、その他すべてが、 続きます。 そのとき私は、彼女を離れます。 他の女へ行ってしまいます。 安全への同じ欲望、同じ心配な 探求が、そこにあります。 で、私は、一人の女や 男から、移ったのです。 私の関係のどこかに、安全を 見つけたいと望んで、です。 これが、 起きつつあることです。 私は、これと離婚し、あれと 結婚します。 |
| 19:09 質問者: いいよ。 |
| 19:11 K: 私はここに、安全を 見つけなかったから、 私はそこに、それを 見つけたいと、望みます。 継続性、慰めの感覚、その他すべて という意味での、安全を、です。 私はそこに、それを 見つけるのでしょうか。 私はそこに、それを見つける だろうと、考えますが、 実際に彼女は、どの瞬間にも 再び背くかもしれません。 もちろんです。 |
| 19:36 質問者: いいよ。 |
| 19:37 K: で、家族に、 安全はありません。 私の妻と集団、小さな集団 という意味で、家族に、ですね。 |
| 19:50 質問者: いいよ。彼女が 死ぬかもしれない、みたいな。 彼女は去るかもしれない、彼女は死ぬか もしれない、って意味で、安全はない。 K: でも、それは明白な事実です。 |
| 19:57 質問者: それは明白です。そうです。 |
| 19:59 K: さて、次の一歩を 行ってください。 |
| 20:00 私の民族に、安全がありますか - 私は 自分自身をそれと同一視してきました。 |
| 20:08 質問者: いいえ。私は、それと 何の面倒もありません。 |
| 20:11 K: 小さな共同体に、 安全がありますか。 |
| 20:17 質問者: ここのような。 質問者: 私たちのような。 |
| 20:18 質問者: あなたが、観念と民族で もって、そのように進むとき |
| 20:19 - これは、個人的なことだけです。 私には、それは面倒ではないですが、 あなたが、家族や、小さな 集団へ、やってくるとき・・・ |
| 20:30 K: ご覧ください。最も小さなもの から、最も大きな共同体へ、 観念として、最も小さな 個人的な経験から、 そもそも、安全が ありますか。 |
| 20:45 質問者: 家族には、一時的な 安全があると、思われます。 |
| 20:49 質問者: あなたは、「一時的な」 って言葉を、望みませんね。 |
| 20:50 K: あなたが、一時的と 言った瞬間・・・ |
| 20:55 質問者: 私には、問題は こうだと思われます - 私が安全にしようと している自己が、 それが、安全へのあの欲望のみから 構成されている、ってことだ、と。 - 継続を持とうとする あれらの試みと、 それが持つどの継続も、 その安全です。 K: 民族に、継続はありますか。 |
| 21:15 質問者: いいえ。 |
| 21:18 K: 導師に従うこと、理想に、 継続は、ありますか。 |
| 21:21 質問者: いいえ。 K: あなたは、継続がほしい。 |
| 21:25 私たちは、みんな 継続を、要求します。 |
| 21:28 質問者: なぜなら、 その自己は、一つの民族から、 |
| 21:31 一つの観念へ、 一人の導師へ行くし・・・ |
| 21:37 K: で、訊ねます - そもそも、安全がありますか。 いいですか? どうぞ、 それに答えてください。 「まあ、それはそれで 置いておこう」と言って、 自分の子どもを、不確実さの中、 混乱の中で、育てるだけではない。 それが、起きることです。 |
| 21:57 質問者: あなたは、 この社会では、男や女は、 家族の中で、個人に背くかも しれないと、仰いますが、 私は、違った背景から 来ています - そこでは、インドでは、 ふつう、これは起きません。 家族に、安全が あります。 |
| 22:12 K: いえ。でも、あなたは、安全を 見つけます - 家族に、ではない。 なぜなら、インドでは、離婚する ことは、かなり困難であるからです。 伝統的に、それは されていません。 それで、あなたは、その女か、 その男を、堪えるし、 「後生だから、それを 忘れよう」と言います。 |
| 22:30 質問者: 私は、或る人々に同意します - そのようであるかもしれませんが、 私はやはり、幸せに結婚している 人々もいると、言うんです。 |
| 22:37 K: ああ、はい。私は それを否定しません。 私は、結婚において幸せな 人々がいるのを、否定しません。 |
| 22:45 質問者: 究極的に死がこの不安全を もたらすことは、真実です。 結婚に、一貫性は ありません。 |
| 22:51 K: マダム、私は 指摘しているだけです - まったく安全はない。 自らが幸せに結婚している、その他 すべてかもしれなくても、です。 私は、幸せな家族、夫と妻に 会ったことが、めったにありません。 それは、異なった事柄です。 この付き合いは、除外されます。 |
| 23:20 質問者: けれども、それは、 怯えさせる発言ですね? 自らが明らかでなくては いけませんが、 浮かんでくる恐れが、 たくさんあります - 安全はない、安全はないかも しれないと、仰るときに、です。 それには、怯えます。 |
| 23:33 K: いいえ。反対です。 あなたは安全を探し求めているし、 それを見つけたいと望んでいます。 ゆえに、あなたは、それを 見つけないとき、怯えますが、 まったく安全がないなら、それに ついて、違った感じがします。 |
| 23:56 質問者: また、関係に おける幸せの要因は、 或る面で、依存の欠如に比例 しています。 |
| 24:05 K: もちろんです。 でも、私は、その詳細すべてに 入りたくありません。 よろしければ、私は、当面の間、 一つのことで通したいと思います。 すなわち、あなたは、これの 事実を、真理を見つけるなら - すなわち、心理的な 安全がないことを、です。 誰かがそう言うからではなく、 それは事実です。 私の妻は明日、死ぬかもしれません。 そうでないのを、望みます。 私の子どもたちは、 虐殺されるかもしれません。 何が起きるかも しれません。 ですね? そして、民族、 集団、導師です。 で、心理的に、根源的な安全は ありません。 終止符です。 それが、私が 指摘していることです。 私とともに、それについて議論し、 それについて対話をしてください。 どうぞ、それを 受け入れないでください。 |
| 24:58 質問者: それについては、何か 私が理解しないことが、あります。 家族の中で、そうであるように、 そういう安全は、安全ではない。 それは、せいぜい一時的 であるから、と仰るとき、 私たちは、理解することに なりますか - 物理的な安全は、 一度、獲得されるとき、それは一時的 ではなく、永遠に続くことを、です。 |
| 25:13 K: いいえ。私は、物理的な安全が 永遠に続くとは、言いませんが、 すべての人間にとって、物理的な 安全は、拒否されつつあります。 なぜなら、人間たちは、心理的に 安全を、探し求めているからです - すなわち、 存在していないものを、です。 ゆえに、すべての人間は、物理的な 安全を、持ちつつありません。 |
| 25:42 質問者: それは、 維持するのが 必要な種類のことです - 物理的な安全は、です。 それは、維持されなくては なりません。 K: もちろんです。 |
| 25:49 質問者: そうです。 |
| 25:51 K: 私たちがこれを明らかに理解 するのかどうか、私は知りません。 |
| 25:54 質問者: こう仰っていますか - もしも私たちが、 心理的な安全はないことを、 悟ったなら、 普遍的な物理的安全が あるだろう、と。 |
| 26:07 K: 必ずなります。 ご覧ください。いいですよ。 例えば、インドは、六億五千万の 人々を、持っています。 毎年、千五百万人ほどの人々が、 そのサーカスに加わります。 あの国は、自分自身を 食べさせられません。 不可能です。 彼らは、それに縋りつきます。 なぜなら、 私たちは民族であると、言うからです。 私たちは、独立した共和国である、 何とかかんとか、と。 で、彼らは、自分自身を養えない ことを認知するのを、拒絶します。 各々の国が、分割します。 よろしい ですか - 分割、分割です。 で、もしも民族性が なかったなら - それは、集団に、民族における、 心理的な安全への探求です - そのとき当然、私たちはみんな、 物理的な安全のために働くでしょう。 これは、こうも論理的に、 こうも真実に思われます。 いいえ? あなたは、それを信じておられ ませんね。 信じるのではない。 それは、信念の問いではない。事実に 向き合ってください。事実、です。 |
| 27:27 質問者: 少なくとも、一つの形の一時的な 安全があると、思われるんです。 少なくとも、精神は、それがあると 自分自身を納得させます・・・ |
| 27:35 K: 一時的な安全。 いいですよ。 あなたは、一時的な安全で 満足していますか。 |
| 27:41 質問者: いいえ。自らは、いつもそれに ついて確かであろうとしています。 |
| 27:43 K: はい。なぜ事実に 向き合わないのですか。 たとえ、あなたは、一時的な 安全を持っているとしても、 無意識的に、あなたは それに気づいています。 恐れがあります。 不安全です。 |
| 27:55 質問者: はい、まったくそうですが、 これは、別の問いへ繋がります。 すなわち、一時的な心理的 安全だけが、あるのなら - それは、まったく 安全ではありません - そのとき、私たちがその子へ提供 できるのは、どんな種類の安全ですか。 |
| 28:08 K: それが、私が望むことです - その点に来たいのです。 あなたたちは、その点に 出会うのを、拒絶しています。 |
| 28:12 質問者: その安全の本性は、 何でありえますかね。 |
| 28:17 K: あなたは、私の論点に 出会っておられません。 あなたは、親として、 教育者として、 学生が理解するのを 助けますか - 一時的な安全は、最も危険な 安全であることを、です。 なぜなら、それは、恐れを 生み育てるからです。 いいですか? 一つの ことで、通してください。 あなたは、その学生がその恐れを 持たないよう、どう助けるでしょうか。 あなたが確信しているなら - 一時的な安全は 恐れを生み育てるとの事実を、 あなた自身が知っているなら - そしてあなたは、その子にあの種類 の恐れを、持ってほしくありません。 私たちは、あの種類の恐れの 問題全体に、入らないでしょう - あなたはその子を、どう 助けるのでしょうか。 その子はけっして、一時的な安全を 探し求めてはならない、と。 なぜなら、それは、恐れを 生み育てるからです。 いいですか? あなたは、その子を どう助けるのでしょうか。 進んでください。 |
| 29:36 質問者: で、 私は訊ねなければなりません - 民族、集団、他の人々に おける一時的な安全は、 という真理と事実を、 私は見るなら・ ・・ 私は、その事実を 一時的だと、見ますが、 私は、訊ねなければなりません。 そこに区別があるのかどうか・・・ それは安全なのか何なのか、 私は知りませんが、 ただ行為すること、 日々の生で行為することと、 一定量の愛情をもって日々の雑用を することから、得られる感情と、 そこで分かち合う、自分自身 の内側の一定量の感情 - 言い換えるなら これをすることが、彼の職 であっても、なくても、 彼が、何かをしなければ ならないと、見るなら、 彼は、巡って行くし、 彼は、それをします。 彼は、時間を注ぐし、 彼は、それをします。 彼は、それがされるべき ことを、見るからです。 それをすることへ関与した 動機は、まったくないからです。 たぶん別の日に彼は、他のしなくては いけない何かを見るかもしれないし、 30:34 彼は、行って、 それをします。 |
| 30:37 それは安全ですか。それから 安全が、ありえますか。 K: どうぞ、それに戻るのを 許してください。 すなわち、 教育者として、あなたは取り扱う べき子どもを、持っていますね。 あなたは、子どもたちに おける根源的な恐れを、 どう阻止しようと していますか - その原因の一つは、 一時的な安全のための 探求です。 それが恐れを引き起こそうとして いることを知って、あなたは、 子どもたちがその恐れを持つのを どう阻止しようとしていますか。 質問を理解しましたか。 |
| 31:19 質問者: 自らがしたいと思う 初めのことは・・・ |
| 31:22 K: いいえ。したいと思う、ではない。 あなたは、何をするのでしょうか。 それらは、二つの 別々の事実です。 |
| 31:28 質問者: いいですよ。初めに、 そこでその子が安全である雰囲気、 環境を、 創り出すことです。 |
| 31:36 K: 待って。ゆっくり 一歩一歩、行ってください。 あなたは、こう 言っています - あなたは、恐れをともなう一時的な 安全の本性を、理解するから、 あなたは、それを理解する、 あなたは、それの事実を見るし、 他の教師たちもまた、 それの事実を見るから、 あなたたちは、自然に 雰囲気を、創り出します - 何の(雰囲気)、ですか。 ゆっくり行ってください。 あなたは、醜い雰囲気を 創り出せます。 あなたは、聖なる雰囲気、 畏怖の感覚を、創り出せます。 よろしいですか。 それらのものを 創り出すのは、きわめて簡単ですが、 あなたは、心理的な恐れが ないとの雰囲気を、 どう創り出すのでしょうか。 |
| 32:31 質問者: そこには秩序の雰囲気が 関与していると、私は思います。 |
| 32:34 K: いえ、待って。私たちはゆっくり 行くでしょう。ゆっくり、ゆっくり。 |
| 32:38 質問者: それが、雰囲気に 関与した混沌であるなら・・・ |
| 32:42 K: もちろんです。で、あなたは、秩序が なければならないと、言っています。 |
| 32:47 質問者: はい。 なければなりません。 |
| 32:50 K: あなたがいう秩序とは、 どういう意味ですか。 |
| 32:52 質問者: 私が思うに、彼らの 行為における暴力ですが、 彼らは、自分が行為において何をして いるかを、悟らなければなりません。 彼らは、悟らなければ なりません - なぜ自分がそれを しているか、というより、 自分がそれをしている間、 自分が何をしているかを、です。 |
| 33:09 K: あなたがいう秩序とは、 どういう意味ですか。 |
| 33:13 あなたは、まだ 私に、説明していません。 質問者: 彼らの机は、散らかって いるべきではないですね。 彼らの部屋は、散らかって いるべきではありません。 |
| 33:18 K: 待って。彼らに、部屋は 散らばっていてはならない、 秩序がなければならないと 語ることにより、 あなたは、彼らの中に、一定の 恐れを、創り出しています。 |
| 33:29 質問者: でも、彼らに 分からせるなら・・・ |
| 33:32 K: いえ。待って、 ゆっくり行ってください。 |
| 33:35 あなたは、これを どうするのでしょうか。 あなたは、「あなたは秩序を持た なければならない」と言います。 子どもたちは、無秩序です - 玩具、これとあれと他も、です。 自分の下着を、ここに放っておく。 そうね、子どもたちです。 あなたは秩序を、どうもたらす のでしょうか - 強制なく、です。 理解されますか。 なぜなら、それは 恐れを、意味しているからです。 お手本なしに、です - それは 恐れを、意味しています。 いいですか? 彼らに言うことなく、 です。あなたは無秩序の中にいます。 なぜなら、あなたが 彼らを批判した瞬間、 彼らは、あなたより尻込みする だろうからです。 よろしいですか。 で、あなたは、この事実を どう取り扱うのでしょうか。 あなたは、父親です。 |
| 34:28 質問者: 私のことはですね、私は子どもを どう取り扱うかを、知らないんです。 - 私が自分自身、これらの 問題を、解決するまで、です。 K: 待って。あなたは、今までにそれを 解決していませんか。 |
| 34:33 質問者: ええ。 |
| 34:34 K: ええ、というのは、 どういう意味ですか。 |
| 34:36 質問者: 私の感じは、ですね、一度 私が自分自身を理解するなら、 |
| 34:43 そのとき、私が 子どもたちを取り扱うさまは、 自然だし、 良いでしょう。 |
| 34:51 K: あなた自身は、 きわめて複雑な問題です。 当分の間、私たちは、あなた自身の 総体を、取り扱っていません。 私たちは、あなた自身の特定の 一様相を、取り扱っています。 それは、一時的な 安全への探求です。 ですね? あなたは、一時的な安全が恐れを 生み育てることが、見えますか。 質問者: はい。 |
| 35:14 K: さて、 あなたはそれが見えます。 |
| 35:15 それは、実際の事実です。 結論ではない。そのとおりです。 |
| 35:17 質問者: はい。 K: トーパトパ (の山々)には、雪があります。 |
| 35:24 そうなのです。空は青い。 |
| 35:25 質問者: 仰っていることは、 理解します。 |
| 35:32 K: いいですか? で、それは事実です。 |
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35:34
さて、あちらのあの方は、秩序が なければらないと仰います。
質問者: そうです。
K: 私たちは 当面、雰囲気に入らないでしょう。 秩序がなければ なりません。 あなたは、その子が秩序を持つのを どう助けるのでしょうか - 強制なく、です。 理解されますか。 それは、恐れを意味しています。 それは間違っていると、彼らに言う ことなく、です - それは恐れです。 質問者: そうです。 K: 彼らに 強いることなく、です。 で、あなたは、この事実を どう取り扱うのでしょうか。 あなたは、親です。 あなたは、教育者です。 これは、あなたの問題です。 または、あなたは それを、あきらめますか。 |
| 36:25 質問者: いいえ。経験でもって、 昨日、夕食でのように、 私たちの子ども、ルネは、話して いました - もしも自分が ビーツを食べたなら、自分の うんこが赤くなろうとしている、と。 即時に私はそれに困って、「それらの 言葉を言うな」と言いました。 なぜなら、食べている間、それは一種 私を気持ち悪くしていたからですが、 私はそれを見たし、どうにか 私はそれを解消したし、 私はそれを進めなかった。 私は、 自分の怒りや何をも、進めなかった。 それは、うまく行きました。 そのとき、私たちは 話しました。 なぜなら、それが、彼が 話したかったことであるからです - なぜビーツは、自分の うんこを赤くするのか、です。 で、彼は、血と消化について 知りたいと思いました。 私たちは、それに 入りました。 私たちはどちらも、食事をしたし、 それは、きわめてうまく行きました。 で、何が起きましたか。 私は、 何が起きたのかを、知りません。 私は、それが、話しておられることで あったかを、知りたいだけですが、 私は、それをどう 説明するかを、知りません。 |
| 37:20 K: 生において、誰が 最も重要ですか。 |
| 37:27 質問者: 誰が、最も重要ですか。 K: あなたの生において、です。 質問者: 私です。 |
| 37:29 K: それは、何ですか。 |
| 37:29 あなたは、自分の子どもたちに 関心を持っていませんか。 |
| 37:31 質問者: はい。関心を 持っています。 |
| 37:35 K: でも、あなたの生において、 彼らが、最も重要なものですか。 |
| 37:37 質問者: あなたは本当に、 きついことを、訊ねています。 |
| 37:40 K: あなたは、色々と 玩んでおられます。 |
| 37:44 学校は、子どもたちにだけ 関心を持っています。 いいですか? |
| 37:57 質問者: いいです。 |
| 37:58 K: それで、学校は、彼らに恐れを創り 出さないことに、関心を持っています。 |
| 38:00 質問者: いいよ、だいじょうぶ。 K: 恐れは存在するでしょう。 |
| 38:05 教育者は、様々な種類の 恐れが存在するのを、見ます |
| 38:08 - 一時的な安全への 探求があるときに、です。 それをあなたは、 指摘しました。 それにあなたは、同意しました。 それをあなたは、見ました。 さて、あなたは、彼らがあの恐れを 持つのを、どう阻止するのでしょうか。 質問者: 私は知りません。 |
| 38:28 K: そうです。あなたは知りません。 |
| 38:31 いいですか? 質問者: いいです。 |
| 38:33 K: さて、あなたは、何と仰るので しょうか - 他の教師、他の親たちは。 |
| 38:35 一人の親は言います - 「私は本当に これについて考えたことがない、 |
| 38:36 私は、それに入ったことがない、 私は、時間を持ってこなかった、 私は、必要性を持ってこなかった、 私は、衝動を持ってこなかった」と。 なぜなら、私にとって子どもたちは さほど重要ではないからです。 私のほうが、自分の 子どもより、重要です。 許してください。 あなたが、ではない。 いつも、現在のみなさんは別です。 で、学校が、子どもたちに 関心を持っているなら - それが、彼らの職です。 彼らの役割です。 あなたは、この種類の恐れを どう阻止するのでしょうか。 あなたは、「私は知らない」と 言います。 いいです。 あなたは、何をするのでしょうか。 マーク ・リーとあなた - あなたたちは教師です。 あなたは、この問題を どう取り扱うのでしょうか。 |
| 39:35 質問者: この問いを探究する だけではないのでしょうか - 学生が実際に、この種類のことに ついて、訊ねるときに、です。 |
| 39:44 K: いいえ。私はお訊きしています。 子どもたちが訊ねているのではない。 なぜなら、かわいそうな子供たちは 知らない。 彼らは怯えているからです。 彼らはすでに、恐れへ 条件づけられています - 彼らの家で、彼らの 友だちとともに、です。 どうぞ、マイケル。 ただそれを聞いてください。 あなたは、学生に、関心を 持っている教師として - 自分の栄光に、 自分の等々に、ではない - あなたは、この恐れを阻止する ように、何をするのでしょうか。 みなさんは、自分は 知らないと、言いますか。 M.ジンバリスト: 親によっても、教師によっても、 されなくてはいけない 初めのことは、 信用の関係と、その子が持つ 安全のそれが、あることです。 それで、あなたが何かを説明 するか、彼に何かを言ったり、 彼に何かを訊ねたり しなくてはいけないとき、 それは、恐れを呼び起こす 事柄ではないことです。 |
| 40:49 K: ご覧ください、マダム。 あなたは、学校で学生が、 ただ一つの重要なものであるとき、 学生との関係を、確立します。 あなたは、それを 確立したのです。 いいえ? 事実自体によって、 ね。その子が重要であるなら、 あなたは深遠に、彼に 関心を持っています - あなたの体質、あなたの信念が 何なのかに、ではないし、 なぜ彼らがこれをしては ならないのか、ではない。 あなたは、彼に 関心を持っています。 なぜなら、彼は、未来の 世代であるからです。 あなたは彼に、この怪奇な人類 より、全然異なってほしいのです。 で、あなたは、これを どう取り扱うのでしょうか。 あなたたちみんなが、「私は 本当に知らない」と言うなら、 そのとき私たちは、 前進できます。 いいですか? あなたが実際に、「私は本当に 知らない」と言うなら、です。 これは、ものすごい問題です。 私は知りません。 そのとき、私たちは それに入られます。 が、あなたが、「はい、 私は観念を持っています。 私たちはこれを できると、思います。 秩序がなければなりません」 と言うなら・ ・・ 質問者: 分かります。 |
| 42:08 K: いいですか。 |
| 42:09 K: 「私は知らない」と言い、 検討する科学者のように、です。 |
| 42:11 質問者: いいよ。 |
| 42:15 K: あなたは、このための 準備ができていますか。 |
| 42:19 実際に、こう言う - 「私は大いに戸惑っています。 私は本当に悩んでいます。 私は本当に知りません」と。 または、あなたは、自分は知って いるとの観念を、持っています - これがあるべきだ、これがあるべき でない、と。 よろしいですか。 そのとき、あなたと私は 意思疎通を、持ちません。 私たちは議論できません。 私は知りませんが、 私は見出そうとしています。 理解されますか。 なぜなら、私は関心を 持っているからです。 私の熱情、私の興味、 私のエネルギーは、進んで、 これを見出します - この事実を どう取り扱うのかを、です。 いいですか? あなたは、 このための準備ができていますか。 それは、私たちは知らないで、 出発する、という意味です。 いいですか? 私たちは出発します。 あなたは、知らないから、 あなたは自由で、究明できます。 いいですか? あなたは 自由で、究明できます。 あなたが、「私は知らない」 と言うなら、 私は前進できます。 私は訊ねるでしょう。 私は探究します。私は探査する でしょう - よろしいですか。 |
| 43:42 質問者: 私は、私は知らないと すでに言いました。 そのことは、 子どもと私は・ ・・ あなたは私に、どちらのほうが 重要なのかを、訊ねました。 私は、自分が子どもをどう 助けられるのかが、分かりません。 私が、「私は知らない」と言ったとき、 私が持った、ただ一つの思考は、 私は、自分の子どもや誰をも、どう 助けようとしているかを、知らない - 私が自分自身を理解し なければ、ということです。 |
| 44:03 K: 私は、「はい、それが 重要です」と言ってきました。 |
| 44:05 質問者: で、私が自分の子やどの子や 私自身を助けているのかどうか、 それは、すべて同じです。 一度私が理解するなら、 私は助けられますが、 私が理解しないなら・・・ |
| 44:13 K: ちょっとお待ちください。 あなたは、 一時的な安全の危険と含蓄を 理解しますか。 あなたは、はい、と言いました。 あれは、恐れを生み育てます。 あなたは、一つの事実を理解 したのです。 |
| 44:28 質問者: いいよ。 |
| 44:30 K: すなわち、どの形の一時的な 安全も、恐れを生み育てます - あなたの中にと、 子どもの中に、です。 そして世界は、一時的な恐れ、 一時的な安全です。 世界では、あらゆる物事が、 一時的な安全です。 アメリカ経済は、 崩壊するかもしれないし、 あなたのお金すべてが、 はかなく消えます。 とてつもない戦争が、 あるかもしれません。 で、私は、何かとても単純な ことと、闘っていますか。 さて、あなたは、その子が恐れを持た ないよう、どう助けるのでしょうか。 なぜなら、恐れを持つことは、 その子を破壊するからです。 もしあなたが、「私は本当に知ら ない」と言い、私が知らないなら、 そのとき私たちは、どちらも ともに究明できます。 しかし、あなたが、「はい、 これが起きるべきだ。 あれが起きるべきだ」と言うなら、 あなたと私は、意思疎通できません。 ですね? なぜなら、 私は知らないからですが、 私は見出そうと しています。 私はそれを、放っておこうと していません。 よろしいですか? 困難は何ですか。 |
| 45:55 質問者: あなたは本当に知らないんですか。 |
| 45:58 K: 待って。私が、「私は 知らない」と言うとき、 |
| 46:01 私は、この問題を、その子を どう取り扱うかを知らないと、 本気で言っていますが、 私は見出そうとしています。 |
| 46:12 質問者: それはただ、 子どものために 入る精神の状態だけ ではありません。 |
| 46:17 K: ええ、私は知りません。なぜ なら、私は、一団の子どもたちに 出会ったことがないし、彼らをどう 取り扱うかを、知らないからです。 私は、大人たちをどう取り扱うかを 知っています。 これなどのために、です。 子どもについて、 私は知りません。 いいですか。あなたは、 知っていますか。 |
| 46:35 質問者: 私は残念ながら、自分が 観念を持っているのを、白状します。 |
| 46:37 K: そうなんです。そのとき、 私たちは迷っています。 そのとき、あなたは 観念について議論します。 彼は、「私は知らない」と言います。 で、私は、彼らと議論できます。 なぜなら、私は本当に 知らないからです。 私は知らないと、本気で言って います。 あなたはこう考えます - 私は知っているが、私はそれを 覆い隠そうとしている。 あなたに何かを説得するために、と。 私は本当に知りません。 あなたは、私の正直さを 受け入れなくてはいけません。 私が、私は知らないと言うとき、 本気で、私は知らないと言っています。 いいですか? |
| 47:05 質問者: はい。 |
| 47:06 K: あなたは、その立場にいますか。 質問者: いいえ。 |
| 47:07 K: では、なぜですか。 なぜなら、あなたは、 |
| 47:08 観念、結論を持っているからです - これをどう取り扱うのかを、です。 |
| 47:18 質問者: はい。それは、私に とって明らかではありません。 私はほぼ、言いたいと誘惑される でしょう - それらは観念ではない。 それらは事実である、と。 |
| 47:28 K: 事実とは何ですか。 |
| 47:30 質問者: まず第一に、 ジンバリスト夫人が言ったように、 信用、開かれているという 関係で、始めます。 |
| 47:38 K: お待ちください。 信用の関係。 子どもは、あなたを 信用しますか。 質問者: はい。私はそう思います。 |
| 47:44 K: あなたは思う。それは事実ですか。 |
| 47:49 信用。それがどういう 意味かを、ご存じですか。 あなたは彼を 保護するだろうこと、 あなたは、彼の世話を するだろうこと、 あなたは、彼が適切な食べ物を 摂り、適切な気づかい、 適切な衣服を持つよう 見届けるだろうこと、です。 あなたへの信用、信頼です。 |
| 48:08 質問者: はい。 |
| 48:11 K: あなたは、その子に深遠に 関心を持っていること、 あなたは、自分の問題で 悩んでいないこと、 あなたは、そのすべてを 外側に置いて、ここに来る。 その子に深遠な関心を 持っていること、です。 で、あなたは 信頼をしています。 彼はそのとき、あなたを信頼 していますが、もしあなたが、 おまえは、これをしなければ ならない、あれをしてはならない、 これ、あれ、その他のことを、 言うなら、彼は言います - あなたの信頼はどこにありますか。 あなたは私に指令しています、と。 |
| 48:39 質問者: はい。それは 理解できます。 |
| 48:41 K: いいえ。事実です。 で、学生と関係を持つには、 尊敬が、なければなりません。 尊敬は、信頼の中から 出てきます。 いいですか? もちろんです。私は あなたに信頼を持っているなら、 あなたを尊敬します。 あなたを愛します。 これはすべて 新しいですか。 |
| 49:15 質問者: 私が仕事をする学生たちは、 私を尊敬し、信頼してくれます。 けれども、時々、私は彼らに、 色々と言わなくてはいけません。 |
| 49:21 K: いいえ。私は、彼に 何も言いたくありません。 私が彼に、「私を信用しなけ ればならない」と言った瞬間、 彼は、「なんでそう すべきですか」と、言います。 |
| 49:29 質問者: 私は彼に、私を 信用するように、言いません。 私は彼に、靴を履く ように、言います。 |
| 49:34 K: 私は、靴を履くのを 頼んでいません。 どうぞ、当分、詳細を外しておいてくだ さい。 私たちはそれらへ行くでしょう。 が、私たちは、最も根源的な ことについて、議論しています。 私たちが、根源的なことを 理解しないなら、 その子へ、「靴を脱ぎなさい」 と言うことにより、 その子は、あなたへの信頼を 失いはじめます。 それは、明白な事実です。 質問者: そのとき私は見ます - 根源的な問いは、 |
| 50:01 子どもが何を しなければならないかを あなたが、その子へ どう証明するのか、です。 |
| 50:07 K: 私は、彼が何をすべきかに、 関心を持っていません。 私は、この恐れを阻止する よう、関心を持っています。 |
| 50:14 質問者: それが、私が 言っていることです。 |
| 50:16 あなたは子どもに、どう証明しますか。 K: 私はそれをお示ししようとしています。 私たちは、それについて 議論しようとしています。 あなたは、何一つ 議論できません - 私たちがどちらも、「私は 知らない。 新鮮にそこへ来よう。 新鮮にそれを見つめよう」と 言わないなら、です。 よろしいですか? |
| 50:32 質問者: はい。 |
| 50:33 K: 新鮮にそれを 見つめましょう。 すなわち、初めに、私は その発言の論理、健全さを、 理解しますか -すなわち、 どの形の一時的な安全も 必然的に恐れを生み育てる、 と。 いいですか? 私は、自分のまわりの世界が 一時的であるのを、見ます。 いいですか? で、安全はありません。 私はそれを理解します。 一時的な安全は、けっして安全では ないし、それは恐れを生み育てます。 で、私は、あの子へこれを どう伝えようとしていますか - 家族、学生たちの中で、 すでに怯えている子に、です。 世の中、新聞、テレビ、 あらゆる物事が、 この恐れを、養成しますね。 51:30 私はその子を、どう 助けようとしていますか。 それが、当面の間、 ただ一つの問題です。 ジンバリスト夫人は、 こう言います - 初めに、学生へのあなたの関係は 何ですか、と。 理解されますか。 あなたは学生に、恐れを持たないで ほしい - それは理解しています。 そのとき、学生とのあなたの 関係は、何ですか。 あなたの関係は、何ですか - 実際のです。 あなたは、学生と関係を 持っていますか - 自分の息子と、自分の娘と、です。 親としてか、教育者として、 実際の、関係の事実を 持っていますか。 |
| 52:15 質問者: 人間対人間です。 |
| 52:19 K: いいえ。 関係とは何ですか。 どうぞ、子どもへの親の 関係は、何ですか。 学生への教育者の、などです。 で、実際の関係は、何ですか。 親は、演壇に座って、 その子へ言いますか。 または、親は、 自分の関係ゆえに - すなわち、慈しみ、尊敬、 信頼、愛、気づかいですが、 それが存在するなら、自然な 尊敬が、あります。 ですね? 何が困難ですか。 |
| 53:09 質問者: でも、恐れがないとき だけ、それは存在できます。 |
| 53:14 K: どうぞ、フリッツ、 ただ聞いてください。 私は、恐れの問題全体を 究明したことが、ありません。 それは、甚大な問題です。 私は、それの一つの様相を 取っています - すなわち、安全への 一時的な探求です。 ゆえに、それは恐れを 生み育てます。 理解できます。 そのとき私は、本当にその子、 私の学生に、関心を持っています。 そして私は、「彼への私の 関係は何ですか」と言います。 |
| 53:42 質問者: その時に、私が言えるただ 一つのことは、何が事実なのか、と。 すなわち、私はその子に ついて、観念を持っています。 私は、彼を変化させたい。 私は、彼を学校へ送りたい。 これらすべてが、事実になりつつ あり、もっと多くが関与した・・・ |
| 54:00 K: はい。ですが、私はそれより 少し深く行こうとしています。 私は、あなたに訊ねています - 実際の関係は、何ですか。 |
| 54:09 質問者: 私は、このすべてを見るなら、 何もないと言わなくてはいけません。 |
|
54:13
K: あなたには、何もない。 それがすべてです。
初めにその事実に向き合いましょう。
質問者: 次の問いは・・・ K: 待って。 私たちは、 次の問いに、来るでしょう。 親、父、母は、自分の問題に 占有されています。 自分のお金を稼ぐために 出て行ってしまいます。 晩に会う。 疲れている、等々です。 子どもは、すばやく 寝かされます。 手を洗いなさい、と。 または、学校へ送られます。 で、あなたは、何も関係を 持っていません。 ですね? 初めに、事実を 認識してください。 私たちは、自分は それを持っている、 自分は子どもを愛していると 考えますが、実際の事実は - まあ、それはご存じですね。 55:09 あなたは、もしも自分が 子どもを愛していたなら、 世界はこのようであろうと、 考えますか。 で、私は、自分が子どもと関係を 持っていないことを、認識します。 それは、ひどい事実です。 理解されますか。 私は、自分が二人の 子どもを持っていて、 私は彼らと何の関係をも 持っていないのを、悟るとき、 それは、私にとって、 大きな衝撃です。 で、私は今、私は関係を確立し なくてはいけない、と言います。 私はその子に関心を持っている なら、そうしなければなりません。 私はそれを、どう しようとしていますか。 |
| 55:57 質問者: それが、前に 私が言ったことです。 初めに、私たちは、 悟らなければなりません - この子は人間として、私たちと 同じく重要であることを、です。 |
| 56:05 K: 彼は、私の子どもです。 私は、彼が人間であるのを、 悟らなくていい。 |
| 56:10 質問者: お金を稼ぐために 出かけていく人物は、 自分の子どもについて 悩みません。 なぜなら、彼は五歳であり、彼は 重要でないと、考えるからです。 |
| 56:17 K: 私は、彼が自分の子であり、彼は 私の責任であるのを、悟ったのです。 - 彼は私のです。 私が彼を誕生させた、 その他すべて、です。 私は何を、することに なりますか。 いいえ。 私はお訊きしています - 彼との私の関係は、何ですか。 私は、実際に何一つ ないのを、見ます。 そのとき、事実が来ます - それを 悟って、私はどうして・ ・・ 彼との関係を 持っていないが、 この関係を確立しようと していますか。 それが、私の関心事です。 私は、自分の息子との関係を どう確立しようとしていますか - 一日、五分間、 会う彼と、です。 理解されますか。 私は 何をするのでしょうか。 私はこのものを、どう 確立するのでしょうか。 あなたたちは 教育者であるので、 あなたたちは、その関係を どう確立しますか。 |
| 57:23 質問者: それが論点だと、 私は感じます。 私たちは跪いて、私たちは本当に 知らないと、言わなくてはいけません。 私は知らないのを、見て、です。 私は知らないのを見ることにより、 私たちは本当に知るのを、 突然、見るのです。 |
| 57:35 K: 誰とでも、良い関係を 確立するには、あなたは、 誰かを愛するとはどういう意味かを、 理解しなければなりません。 質問者: はい。 |
| 57:43 K: よろしい ですか。そうしますか。 |
| 57:45 誰かを愛するとは、 どういう意味なのか。 記憶ではない。 「はい、私は ・・・」と言うことではない。 私は、それらに入らないでしょう - それらの恐怖に、です。 質問者: それは、 あなたがあらゆる人を |
| 58:00 愛さなければならない、 って意味だと、思います。 |
| 58:03 K: どうぞ、それは、 さらにもっとです。 小さなことでもって、始めさせて ください - すなわち、私の子、 私の息子、私の娘です。 「でもって」ではない。 私は、あらゆる人を愛するとは どういう意味かを、見出すでしょう。 が、私はそこで 始めなければなりません。 私に一番近いものは 私の子どもと私の妻です。 私が、それを理解するなら、 あらゆる物事が、そこにあります。 で、私は自分自身に訊ねます - 私は関係を持っていませんか。 私はそれを 持っていません。 それは、私は本当に、愛するとはどういう 意味かを知らない、という意味です。 私は本当に知りません。 神様! あなたは、「私は、愛する とは、どういう意味かを知らない」 と言うことが、どういう 意味かを、悟りますか。 59:01 私は、結婚しています。 私は、あの妻を愛してきました。 私は、彼女と寝てきました。 私は、あらゆることを、してきました。 私は、「ダーリン、私は あなたを愛しているよ」と 言いますが、私は知りません。 よろしいですか。 人間たちにとって、それは ものすごい衝撃です。 行きましょう。 私は 愛していません。で、私は、 誰かを愛するとはどういう意味かを 見出さなくてはいけません。 理論ではなく、花輪ではなく、 コミューンではなく、 私は愛する、愛は美しい、とか かんとかのものではない。 私は、愛するとはどういう 意味かを、知りません。 で、愛とは何ですか。 さあ、どうぞ。 それは、あなたの問題です。 それは、私の問題ではありません。 それは、あなたの問題です。 |
| 1:00:14 質問者: さて、なぜあなたは、事実から 出発しませんか - それが何でないかを 見ることから、です。 それは、 子どもたちを操作することではない、 それは、私の子どもを教育しようと する私の意図ではない、みたいな。 |
| 1:00:26 K: 私は、こう申しました - 私は、私の息子と私の娘と良い関係を 確立しなければならない、とね。 教育者は、それを 確立しなければなりませんね。 さもないと、何でもあなたが言う ことは、彼には意味がありません。 彼はあなたに反逆するだろうか、あるいは 彼は、尊敬をもたず、無頓着です。 それが、この世界で進みつつ あることです。 ですね? で、私は、誰かを愛するとは どういう意味かを、 自分自身で 見出さなければなりません - あなたの萎びた頭脳でもって、ではなく、 心でもって(愛することが)、です。 すみません。 私はこれらについて、 ちょっと熱情的です。許してください。 で、私は、自分自身に言います - 愛はどういう意味ですか。 それは、あの子において 恐れを阻止するかもしれません。 私が、あの子をどう 愛するかを、知るなら - よろしいですか - 恐れは、 阻止されるかもしれません。 私が彼に何かを語るとき、 その愛の中から、彼は 私に聞くでしょう。 理解されますか。 |
| 1:01:48 質問者: 「知る」という動詞は・・・ |
| 1:01:52 K: いいえ。知るという 言葉は、忘れてください。 いいですよ。 愛が あるとき、彼は、 自分が私を信用できる ことを、知るでしょう。 彼は、自分が私へ信頼を 持つことを、知るでしょう。 なぜ、みなさんは、 私に聞きますか。 質問者: それが、 愛なるものであり、 |
| 1:02:18 私が結論的なことを出すのは 難しいと見るなら・・・ |
| 1:02:22 K: いいえ。どうぞ、これは、 こうも繊細なことです。 それは、花の香りに 似ています。 あなたはただ、「それを嗅がせて くれよ」とは、言えません。 |
| 1:02:36 質問者: それが、私が言ったことです。 私はそれに、定義を見つけられません。 私は、それを叙述する 言葉を、見つけられません。 |
| 1:02:48 K: 私は愛しています。私は、愛が 何であるかを、知らないが、 私は、二人の子どもを、持って います。 ただ考えてください - 親が、「私は愛が何で あるかを知らないが、 私は二人の子どもを持っている」と 言うのを、考えてください。 あなたは、それがどういう意味かを、それが どういう認知であるかを、理解されますか。 |
| 1:03:12 質問者: 愛と慈しみとの間には、 何か関係か類似性が、ありますか。 |
| 1:03:16 K: 当面、言葉を別けないで、 ただそれを受けてください。 何とおぞましい悟りかを、 あなたは悟りますか - 親が「私は愛が 何であるかを知らないが、 私は二人の子どもと妻を 持っている」と言うとき、です。 それが、どういう意味かを 悟られますか。 |
| 1:03:39 質問者: はい。 |
| 1:03:44 K: で、愛とは何ですか。 私はそれを持っていないなら、 何でも私が言うことに、 彼は反抗するでしょう。 または彼は、それを受け入れるが、 裏で、あなたへ唾を吐くでしょう。 いいですか? で、私は 何を、するのでしょうか。 私は、それが何を意味するかを 見出さなければなりません。 私は、妻を愛していますか。 私は彼女を、ダーリンと呼びます。 私は彼女と寝てきた、それらです。 私は、妻を愛していますか。 私は、そうでないのを、 よーく知っています。 よろしいですか? 現在いらっしゃる方々は、 別ですが。 |
| 1:04:46 質問者: 慈しみがあります。 |
| 1:04:49 K: 慈しみ。あなたがいう慈しみ とは、どういう意味ですか。 慈しみとは、その人物のほうがあなた より重要である、という意味です。 その子のほうが、あなたより はるかに重要です。 ゆえに、あなたは 彼を甘やかせません。 あなたは、「これをしろ。 あれを するな。これをしなければいけない。 立ち上がって行きなさい」と 言えません。 よろしいですか。 で、私たちの生に、あの ふしぎなものは、存在しないし、 それが存在しないから、あらゆる 物事が、混乱になったのです。 いいですか? あらゆる物事が、です。 私たちが触れる、あらゆる物事が、 混乱になったのです。 混乱をもたらします。 私は、それが何を意味するかを、 見出そうとしています。 1:06:08 私は即座に、そう しなければなりません、 なぜなら、私は、あれらの子どもの 責任を、持っているからです。 - 理解されますか - 私は、「まあ、 私はこれについて考えようか。 私は余生の間、それについて 冥想しよう」と言えません。 私は時間を持っていません。 理解されますか。 なぜなら、彼らは そこにいるからです。 私は、毎朝、 彼らに会います。 彼らと食事し、 彼らに言います。 で、私は即時に、それを解決 しなくてはいけません。 いいですね? どうぞ、それの論理さえも 見てください。 よろしいですか。 私は、二人の子どもを持っているし、私は、 自分が彼らを愛していないのを、悟ります。 私は、その言葉の正確な意味で、 愛について、話しています。 ただの一日だけでも過ぎ去るのを、 私が許すなら - よろしいですか - それは、ますます困難に なります。理解されますか。 1:07:19 で、私はこれを、即時に 持たなくてはいけません。 私は、見出さなくては いけません。 たとえば、私は癌に罹っていて、 私は医師へ行き、 手術をしなければならないように、 です。 彼は延期できません。 あなたがそのように 感じるなら - 理解されますか。 マダム - そのとき、物事は 起こります。 しかし、あなたが、「ああ、 すみません」と言うなら - 「私は、少し時間を掛けるでしょう。 私は、よく理解できません。 私は、オフィスへ 行かなくてはいけません。 私は、お金を稼がなくてはいけません。 私は、自分のセックスを持っています。 私は、自分の理想を持って います」と。 よろしいですか。 子どもは、そこにいます。 で、時はありません。 私が言っていることを、 理解されますか。 時がないなら、 思考がありません。 1:08:21 思考は時です。ゆえに、あなたは 他のものを、持っています。 理解されますか。 いいえ? 愛を破壊しつつあるのは、 思考です。 で、もし、あなたたちがみんな、 新しい世代に、新しい世界に、 新しい社会に、 興味を持っているし、 あなたが、これらの子どもを持って いるし、彼らが未来であるなら、 あなたは、持てるすべてを 注がなくてはいけません - あなたのお金、あらゆる 物事を、その中に、です。 後生ですから、 さあ、どうぞ。 よろしいですか。 |
| 1:09:12 質問者: 問いはこうです。あなたたちは 自らの思考を、そこに注ぐでしょうか - あなたがあらゆる物事を 注ぐところに、です。 |
| 1:09:17 K: いいえ。あなたは 聞いていなかった。 もしその子が、最も 重要なものであるなら、 教育が、です - 理解されますね。 小さな子どもたちの、 小さな意味だけではなく、 大人たちの教育と、 全部のことが、です。 そのときあなたは、自分のお金、 自分の根性、自分の熱情、 あらゆる物事を、 それに注ぐでしょう。 しかし、私たちは こう言っています - 私は、ものすごい 衝撃をもって、 私が自分の子どもたちを 愛していないことを、悟ります。 私は、ものすごい衝撃を もって、悟ります - 私は妻と寝てきた、その他 すべての事柄だけれども、 それはただ、私が先で、 他のすべては、二の次ですね。 で、それは、私にとって打撃です - 心理的に、です。 理解されますか。 私は、その打撃に反応しません。なぜ なら、私はそれの真理を見るからです。 1:10:19 あなたが、それの真理を見るとき、 何も反応が、ありません。 理解されますか。 そして私は、あれらの 子どもを持っています。 私は、この炎なしに、一日を 過ごすのをも、許せません - 理解されますか - この愛なしに、です。 私は、一日を過ごせません。 よろしいですか。 なぜなら、私は、一日を 過ごすのを、許すなら、 分割は、ますます大きく、 大きくなるからです。 理解されますか。 私は、妻を愛していて、彼女と 寝ないなら、分割は・ ・・ 私は、離婚に 終わってしまいます。 で、私は、あのとてつもない ものを、持たなくてはいけません。 今、です。 明日ではない。 よろしいですか。 そのあなた 自身の論理を、見てください。 すると、あなたは、それを 受け入れるでしょう。 なぜなら、あなたは、あらゆる 物事を、はっきり割り切りたい、 白黒を つけたいからです。 しかし、白黒が、あらゆる 物事ではありません。 1:11:41 で、私は今日、今、それを 持たなければなりません。 何が、それを阻止していますか。 思考です。いいですか? いいえ? なぜなら、私たちにとって、 考えることがとてつもなく 重要になったからです。 私は、自分は妻を 愛していると、考えます。 私は、子どもたちはこのようで あるべきだと、考えます。 その他すべてです。 私は、それらに入る時間を 持っていません。 私たちはそれをできます。 私は別の時に それについて、議論するでしょう。 すなわち、思考は時です。 そして、愛は 時を持ちません。 で、私はそれの真理を見るなら、私は 即座に、他のものを持っています。 よろしいですか? で、私は、この問題を 持っています。 私は、安全、一時的な安全は恐れを 生み育てるとの真理を、見ます。 そして私は、責任を 持っています - 自分の子どもたちに対して、 一時的な安全を探し求めないように、 示すか、助けるのです。それ(一時的 安全)は、恐れを生み育てるのです。 1:13:22 で、彼らは、私に 訊ねるでしょう。 なぜなら、私は彼らに、智恵を 持ち、問うてほしいからです。 それで彼らは、私に訊ねるでしょう - 恒常的な安全が、ありますか。 質問を理解されますか。 一時的な安全が 恐れを生み育てるなら、 そのとき、まったく恐れを 持たない安全が、ありますか。 質問を理解されますか。 よろしいですか。 私は、「はい、あります」 と言います。 すなわち、 私は、一時的な安全は恐れを 生み育てることを、見ます。 よろしいですね? あなたは 「私は見ます」と言うとき、 あなたは、論理、言葉、理性を とおして、見ますか。 またはあなたは、それへ 洞察を持ちますか。 どちらですか。 |
| 1:14:28 質問者: それは洞察です。 |
| 1:14:30 K: それは、どういう意味ですか。 質問者: それは全的です。 |
| 1:14:31 K: それをまだ説明しないで、 気をつけて見つめてください。 |
| 1:14:33 それは、どういう意味ですか。 あなたが、何かへ洞察を 持つとき、時はありません。 思考は、ありません。 それは、結論ではありません。 それは、理性ではありません。 それは、何か組み立てられた ものではありません。 あなたは、洞察を持ちます。 その洞察は、最高の智恵です。 ゆえに、その智恵には、 安全があります。 その智恵は、それ自体が、 恐れなしです。 ゆえに、それは、安全を 探し求めません。 で、私は、彼に 言うでしょう。 もしも私が教師であったり、 自分の子どものためなら、 私は言います - 「ご覧。世界を、何が 起きつつあるかを、見なさい」と。 1:15:24 私はそれに、歴史的に 入るでしょう - 世界がいかに 分割されているのか、 民族性、理想、 思想的な発言、 共産主義者、カトリック、 プロテスタントと民族性。 よろしいですか。 私は、 その子に、示すでしょう - あらゆる人間が、一時的な安全を 探し求めていることを、です。 それが恐れを生み育てるだろう ことを、知らずに、です。 彼らは、それを 知りません。 彼らは、「これで今日は 十分だ」と言います - 「私たちは、明日に 関心はない。 どうぞ、私に一時的な安全を 与えてくれ。 それで十分だ」と。 世界は、これを求めています。 いいですか? が、彼らは、それが強烈な恐れを生み 育てることに、気づいていませんね。 1:16:18 で、私は、その子に話すでしょう。 十の違った形で、です。 私はそれを、その子に 指し示すでしょう - 家族、父親、母親に、です。 よろしいですか。 私は、一歩一歩 それに入るでしょう。 彼は、話を 理解するでしょう。 なぜなら、私は彼に、それを 理解してほしいからです。 なぜなら、私は、恐れは 子どもの中か、人間の中の、 最も恐ろしいものであると、 感じるからです。 理解されますか。 で、私は、初めの一月を使うでしょう - または、どれほどでも、です。 私は、「これを理解しなさい。 あなた の学課を忘れなさい」と言います。 よろしいですか。 私たちは それに、戻ってくるでしょう。 なぜなら、そのとき あなたの精神は、 明らかになるだろうからです。 彼の精神が、です。 で、私は、それについて 話すでしょう - 彼が自分自身で、きわめて 明らかに見るまで、です。 1:17:22 なぜなら、私は今、自分の子どもを 愛しているからです。よろしいですか。 彼は、私を信頼しています。 なぜなら、 私は彼を愛しているからです。 それで、学校とは・ ・・私は 入らないでしょうが、構いません。 学校(スクール)は、(ギリシャ語の) 余暇という言葉から、来ています。 理解されますか。 余暇です。 余暇を持つことは、学ぶための 余暇を、意味しています。 いいですか? で、私は、子どもたちに、「余暇を 持ちなさい」と言います。 理解されますか。 私は、余暇が何を 意味するかを、説明するでしょう - 出かけて行く、木登りを するだけではない。 余暇を持つ。 よろしいですか。 学ぶように、です。 で、初めのことは、私は 余暇について、話すでしょう - 山々を見つめる余暇を持つことが どんなに重要であるかを、です。 ただそれを やり過ごさないで、です。 ただ山々を見つめる - それらの雪、 影の美しさ、深さと、 線を、です。 彼に、余暇について 話します。 1:18:50 なぜなら、彼は、余暇をとおして のみ、学ぼうとしているからです。 強制をとおして、ではない。 よろしいですか。 で、私は彼に、恐れについて、恐れを 持たないことについて、話すでしょう。 「でも、それは、君がしたいことを する、という意味ではないよ。 恐れについて話そう」と。 「僕は、恐れを持たないなら、授業に 出席しないだろう」ではない。 私はこう言います - 「私たちは、 君が恐れを持たないとき、 何をするだろうかを、 話していません。 それについて話しましょう」と。 よろしいですか。 なぜなら、彼は、恐れより 自由でありたいからです。 それは、彼がしたいとおりに することを、意味しています。 ですね? それは、無秩序です。 彼は、無秩序に慣れています。 1:19:43 で、私は彼に 話をします。 私が、彼に話をするから、 彼は、 私が慈しみ、気づかい、愛の中から 自分へ話しているのを、知ります。 で、彼は、私に 聞くでしょう。 彼が私に聞いている間、 彼は、窓の外を見るでしょう。 いいですか? よろしいですか。 私は言います - 「いいよ。 窓の外を 見なさい。でも、見えるものすべてを 明らかに見つめなさい」と。 「私が君を叱ろうとしている、 と恐れないでください - 君は、私が言っていることに 注意を払っていない、と」ね。 理解されますか。 で、私は彼に言います - 「窓の外を見なさい。 それが、君が望むこと、 君が見たいものです。 だから、見なさい。 1:20:30 樹の美しさ、影を、見つめ なさい」と - よろしいですか。 それで、彼は、見ることに より、学びます。 私に抵抗することによって、ではない。 私は、彼が見るのを、助けています。 理解されますか。 で、彼は、 注意が何であるかを、学びます - そこには、強制がないのです。 私はこれらに入らないでしょう。 よろしいですか。 それはすべて、 なかなか厄介になりつつありますか。 質問者: 質問をしてもいいですか。 |
| 1:21:05 K: はい。もちろんです。 |
| 1:21:07 質問者: 私自身の人生で 過去、この一年間、 |
| 1:21:09 私は、とてつもない量の 時間を、持ってきました - 今日あなたが話しておられるのが 何であるかを、見られるように、です。 とてつもない量の時間、 とてつもない量のエネルギーです。 それは、何かほとんどの人々が 持つものではないと、私は思います - そうすることが できる余暇は、です。 あなたがこれについて 子どもたちと話されるとき、 私は、昨日、私が話をした 教師について、考えています。 先週の午後、五日間、 会って、それから、 一日の他の六時間、あれらの 子どもに、応答した人ですが、 それから、彼の疲れに、さらに 一、二時間、応答しました - そして、自分の宿題に、 残りの私たちに、です。 私は内側で、欲求不満を 感じました。 なぜなら、私は、道を 知らなかったからです - 彼らが、私が持つことができて、持って いる余暇を、持てるように、です。 |
| 1:22:08 K: 結局のところ、学校では、教師は 余暇を持たなければならないし、 子どもは、余暇を 持たなければなりません、 子どもたちが余暇を 持つだけではない。 私は余暇を、 持たなければなりません。 私は散歩に出かけ、物事を 見つめなければなりません。 余暇は、いつの時も占有されて いないことを、意味しています。 私の問題で、私の嫉妬で、 または、私の子どもへの 占有で、です。 私は、見るための時間を、 持たなければなりません。 で、私は学校に、この余暇の性質を 創り出さなければなりません。 質問者: はい。 |
| 1:22:48 K: 私は そうしなければなりません。 |
| 1:22:49 なぜなら、その子が 重要であるからです。 |
| 1:22:53 質問者: でも、確かに余暇は、ただ 別に時間を持つこと以上です。 それはまた、明瞭な態度です。 それは、明瞭な存在の状態です。 |
| 1:23:06 K: いいえ。余暇は、どういう 意味ですか - 余暇を持つとは。 私は、その言葉を 見つめたことが、ありません。 おそらくボーム博士が、私たちにその 言葉の意味を、語ってくれるでしょう。 私はそれを、探していません - 余暇を持つとは。 それは、フランス語、 イタリア語では、何ですか。 アヴォワール・ ・・ シニョーラ、 イタリア語では? イル・ テンポ? それは、フランス語では 何ですか。 ロワジール。 それが余暇です。 私はそれを 探しましょう - その語源を、です。 私はそれを突き止めましょう。 私は忘れてしまいました。 私は幾らか前に、それを探しましたが、 私はそれを、忘れてしまいました。 |
| 1:24:00 D.ボーム: 英語の「空っぽ」と同じ です。それは、余暇を意味しています。 |
| 1:24:03 K: はい、そのとおりです。 空っぽです。 で、余暇は、占有されていない ことを、意味しています。 |
| 1:24:14 質問者: 圧迫なくいることです。 |
| 1:24:17 K: いいえ。占有されて いないことです。 圧迫を持たないのより、 はるかに重要です。 占有されていない。 料理で、皿洗いで、 本で、何でもっても、 占有されていない。 質問者: それは秩序を含意しています。 |
| 1:24:31 K: いいえ。占有されていない。 |
| 1:24:33 私が学べるのは、 そのときだけです - 見守ることによって、です。 私が学ぶのは、精神が 空っぽであるときだけです - 私が洞察を持つのは、です。 で、学校へ戻ってきます。 私はそこで教師です。 で、私は 彼に、余暇について話すでしょう。 よろしいですか。 それは、 きわめて困難な職です。 なぜなら、彼らは、占有される よう、訓練されているからです - いつの時も何かをするよう、 駆け回る、ぐるぐる回るように、です。 なぜなら、それが、彼らの逃避 であるからです。 いいですか? で、私は辛抱強く、始めなくては いけません。 よろしいですか。 「ご覧、静かに座りなさい」 と言います。 インドでは、それは きわめて容易い。 なぜなら、彼らは、自分の 父親、自分の母親、 世代に次ぐ世代を 見てきたからです - 冥想と呼ばれるもの、すなわち、 静かに座ることを、です。 1:25:45 で、あなたが、 学校で言うとき - 私は、インドで二、三の学校へ 行きます - 財団の学校です。 私は、「静かに座ろう」 と言います。 即時に - 私は冗談を言っていません - 即時に彼らは静かです。 彼らは、そわそわしません。 ご存じです。 それは、伝統が 作動しているのです。 で、私は彼らに、余暇に ついて、話すでしょう。 それは、「君が二分間を 持っているなら、 自転車に乗って、駆け出すな」 という意味です。 いいですか? 私は それに入るでしょう。 なぜなら、私はそれに、興味を持って いるからです。 よろしいですか。 なぜなら、私は彼らに、 余暇を持ってほしい。 彼らに学んでほしいからです。 1:26:31 私から、本とそれらから ではない。学ぶ - 人々を観察することに よって、です。 で、私は彼らに、それに ついて話すでしょう。 そのとき私は、言うでしょう - 愛、安全について話そう、と。 私は、心をこめて、 それに入るでしょう。 なぜなら、私は、彼らに 異なってほしいからです。 いいですね? 私が創案 してきた様式ではない。 私は彼らに、恐れなく 育ってほしい。 それがどういう意味かを、 ご存じですか。 よろしいですか。 それは、世界を変化させるでしょう。 そうでないですか。 で、私たちは、ここ、 オーハイの、この学校で、 ここで、このものを 創り出せますか。 よろしいですか。 あなたたちが、それを創り出せない なら、それは、持つ甲斐がありません。 1:27:44 しかし、あなたが、「これは人生で 私のたった一つのものだ」と 言うなら、です。 いいですか? 理解されますか。 それは、たった一つのものです。 それは、神より賜った私の責任です。 括弧付きの 「神より賜った」です。 私たちのみんなが、 同じことを感じるなら、 私たちは明日、それを創り出す でしょう。 理解されますか。 お金は、私たちは行って 頼み込み、借りるでしょう - そういう学校を 創り出すために、何でも、です。 それは、小さな子どもたちが いるだけではなく、 また、年上の世代もいる 学校、という意味です。 彼らと一緒に、これらすべてのことに ついて、議論するように、です。 私が言っていることを 理解されますか。 年上の人々と若い人々 - 私たちはここに、十分な空間を、 持っています。私たちは 建てようとしている、等です。 1:28:47 大人たちがいて、これらの ことについて議論する、 センターが、 できるでしょう。 そうね、定期的に、一回に 三週間の間、です。 自らの生を、これらへ 捧げます。 そのとき、子どもたちは 年上の人々に会う。 そうね、それは、とてつもない 感じを、創り出します。 |
| 1:29:13 私は今朝、十分に 話をしましたね。 あなたたちの誰一人、話さない - 私は何をすることになりますか。 私たちは止めたほうがいいと、 私は思います。 思いませんか。 今朝は十分に言いました。 よろしいですか。 |