Krishnamurti Subtitles
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OJ77T3 - 人は心理的に、自分自身を根本的に変容させられるのか
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| 0:35 前の二回、私たちが ここで会ったとき - 前の土曜日と 日曜日です - 私たちはともに、安全の問いに ついて、話し合っていました。 生理的なのも、また 心理的な安全をも、です。 私たちはそれに、全くもって 相当、詳細に入りました。 そして、先の日曜日、私たちは 葛藤について、話していました。 あなたたちのうち、初めて ここに来られた人たちは、 私たちがそれをもう一度、おさらいしても、 気になさらないだろうことを、望みます。 |
| 1:40 私たちは、それがいかに重要 であるかを、言っていました - こうも全く混沌になりつつ ある世界において、 人間の変容が、あるべきであり、 なければならないことを、です。 大いなる、深い 心理的な革命が、です。 革命は、血なまぐさい種類、 物理的な種類ではありません すなわち、人が、幾世紀に 幾世紀も、実験してきて、 葛藤、流血、あらゆる 種類の暴力をとおして、 環境を変化させようと したもの、です。 そして見たところ、人は、 まったく成功してきませんでした。 人は環境的に、一定の破壊的な 変化を、もたらしてきたけれども、 人は、根本的に、 心理的に、 人の深い変容を、 もたらしてきませんでした。 3:01 私たちは、これらの集会において、 それに、関心を持っています - 人が根本的に、自分自身を、心理的に 変容できるのかどうか、です。 なぜなら、人が その変容、その革命を、 心理的に もたらさないなら、 必然的に私たちは、ますます 多くの葛藤、抗争を持つでしょう - ますます多くの戦争と、 すべての関係において、 親密でも、表面的でも、 葛藤を、です。 |
| 3:37 また私たちは、 言っていました - 前にそれを聞いてきた、あなたたちが 気にされないことを、望みます - あなたが世界で どこに行こうとも、 東洋にも、ヨーロッパにも、 ここにも、 人(マン)は - そこには、 (男だけでなく)女も含まれますし、 私が毎回、「女」と言わなくても、 あなたが気にされないことを、望みます。 男と女は、世界中でおおよそ 同じです - 心理的に、です。 彼らは、苦しみます。 彼らは、大きな 騒動、不確実さの中に、います - 心配で、 大変多くの悲しみと、 大変多くの涙、 さびしさ、絶望、 そして、最終的に 死に向き合う。 それで、この事実を 観察するので、 人は - あなたや女は、世界全体 であることが、見られます。 人は世界ですし、 世界は人です。 5:20 それを、きわめて深く悟るなら - 知的にとか、単に言語的にではない - そのときそれは、生命力の とてつもない性質を、もたらします - 物事に向き合うよう、あるがままの 世の中に、向き合うように、です。 それが、私たちが、ここで前の二回の 講話の間に、言ってきたことです。 さて、今朝、私たちは、よろしければ、 意識とは何であるかの問いに、 入ろうとしています - 意識の内容、です。 そして、その意識は、根本的に 変容させられるのかどうか、です。 私たちは、前の土曜日・ ・・ 前の日曜日に、それを止めましたが、 私たちは、よろしければ、 それをつづけるでしょう。 |
| 6:34 人間たち、あなたと私と 他の人たちは、自分自身に 気づいているのかどうかと、 しばしば思われます。 ほとんどの人々は、かなり 表面的に気づいています - 自分たちの些細な欲望、表面的な 葛藤、自分たちの物理的な要求、 性欲と、 その他すべてに、です。 彼らは、自分たちが経ていくことを、 表面的に認識しており、知っています。 しかしまた、自分の存在の はるかに深い諸層が、あります。 それが、意識です。 自分自身を意識することです。 すなわち、意識の 本性全体と構造を、 知るか、それに 気づくことです。 自分が何であるかに、です。 それが意識です。 7:55 気づくことは、見守っていること、 観察することを、含意しています。 自分自身の中で進みつつ あることを、観察する - 生物的に、ではなく、 心理的に、思考、動機、 葛藤、欲望、 対立し合う目的、 理想と事実、一つのことを言い、 別のことをする。 一つのことを考え、 日々の生で反駁する。 これの過程全体が、 意識です。 それは、相当に 明白です。 私たちは、「意識」という 言葉を、使っています。 それは、自分自身を 意識する、という意味です - そして、自分自身の中で 進んでいく騒動すべてを、です。 |
| 9:08 それを観察することは、 または、それに気づくことは - もしその観察に 何か選択が、あるなら - その選択の要因は、観察を 歪曲することを、含意しています。 それは相当に明らか であると、私は思います。 すなわち、自らが、自分の意識の 深い諸層を、観察することになるなら - すべての格闘、 痛み、心配 笑い、涙と野心と、 自分自身の中で進んでいく 悪さとともに、です。 それを観察する、 それに気づく - そして、自らが選択するなら、 そのとき、観察は歪曲されます。 それは、 相当に単純です。 ですね? 私たちは、 そこより進行できますか。 |
| 10:11 で、観察は、選択なしを 含意しています。 あなたが、自分自身の この過程全体、 自分自身の内容全体を、 観察するとき - この意識をもたらす、様々な 要因、影響力を、です。 その意識は - どうぞ、聞いて、これに 少し注意を注いでください - その意識は、観察者より 異なっていますか。 質問を 理解されますか。 自らは、山を 観察します - 影を、雲の動きなどを、です。 観察します。 あなたが観察するとき、「あなた」、 観察者と、観察されるものが、あります。 11:25 私たちが言いましたように、 観察者は過去です。 すべての記憶、 経験、知識 - 頭脳に記憶として蓄えられて いる。 それは、過去です。 そして、あなたが、記憶を とおして、観察するとき、 観察者と観察されるものとの間に、 分割が、あります。 ですね? で、観察者なく、観察することが、 本当の問題です。 それに、私たちは 今すぐ入るでしょう - 私たちが、以前の二回の講話で、 すでに、それをしていないなら、です。 なぜなら、これは本当に、 全く重要であるからです。 なぜなら、それは、葛藤の 要因であるからです。 12:19 分割があるところ、葛藤が あるにちがいありません。 で、民族、国家におけるように、あなたが 様々な種類の信念を、持っているとき - 宗教的な信念に、です - いつも 分割、いつも葛藤が、あります。 で、完全な、深い平和の 中に、生きるには、 観察者は、観察されるものなのです。 ゆえに、葛藤が、ありません。 で、私たちはともに、この問いを、 検討しようとしています。 この意識に、ともに 入ろうとしています。 |
| 12:58 どうぞ、私がもう一度、指摘してもいい なら、これは、きわめて真剣な話です。 自らは、相当の注意を 注がなくてはいけません - そこには、気づかい、 慈しみが、含意されています。 そして私たちは、ともに 旅を行っています。 私が旅を行っていて、あなたは 私に従っているのではありません。 私たちはともに、これを 探検しています。 ゆえに、それは あなたの責任です - あなたが、そもそも真剣である なら、これに入ることが、です。 私たちが、先日もまた、 言いましたように、 語り手は、あなたとともに探検する 中で、何の権威をも、持ちません。 13:56 ですね? 彼は演台に座るけれども - それは、便宜のためだけです - 彼を権威に しないでください。 そのとき、あなたは、探検する 能力が、ありません。 なぜなら、あなたの意識は、 人類の意識であるからです。 それが、自らが理解しなくてはいけない 基本的なことであると、私は思います。 あなたが何であるのか - 世界は、それです。 あなたの意識は、葛藤、乱雑の中に あり、混乱し、無秩序です。 あなたの関係に、あなたがすること すべてに、無秩序が、あります。 そして、世界に、 無秩序が、あります。 14:57 で、あなたが何であるのか - 世界は、それです。 で、私たちはともに、この問いを、 探検しようとしています - 意識は何であるかと、 その内容は何であるのかと、 内容は、意識より 異なっているのかと、 内容が 意識であるのか、 そして、この小さな 条件づけられた意識を、 乗り越えることは、 可能であるのかどうか、です。 それが、次の三、四回の講話の間に、 私たちが探検しようとしていることです。 で、どうぞ、少し 真剣であってください。 |
| 15:57 残念ながら、ほとんどのアメリカ人は - そう言うのを、許してください - あまり真剣な 人々ではないのです。 彼らはむしろ、面白がり、 娯楽で楽しむのでしょう。 本から、表面的な知識を たくさん取得したり、 授業へ行って、心理学と他の事柄に ついて、聞かされたりします。 そして、彼らは、自分たちは ひどく学識があると、考えます。 自分たちは、世界の事実 すべてを、知っている、と。 が、彼らは、彼ら自身について、 実際に、ほとんど何をも、知りません。 彼らは、彼ら自身について、 フロイトと、ユングと、 その他すべてに沿って、 知っていますが、 あなたが、それらすべての 権威を、外してしまうとき、 そして、あなた自身を見つめるとき、 あなたはほぼ、自分自身を知りません。 16:54 で、私たちが指摘するのを 気にされないなら、 少し真剣であってください - それができるなら、です。 あなたの特定の理論に、あなたの特定の 結論に、取りすがらないでください。 または、私たちが言っていることを、あなたが すでに知っていることに、付け加えたり、 私たちが言っていることを、あなたの特定の 導師へ、適合させたりしないでください。 そうね、 それらの事柄を、です。 で、ただ・ ・・私たちは、 これを覗きみている友だちとして、 私たちは、あなたのために、 宣伝をしたり、 あなたに何をも説得しようと したりしていません。 で、あなたは、少し 真剣であり、 進んで少し注意を、幾らかの時間、 期間、払おうとしているなら - なぜなら、あなたは、30秒の 注意を注いで、それから、 他の何かについて 考えられないからです。 18:04 これは、きわめて相当の、 深い探究を、必要とします - それは、あなたの気づかい、あなたの 慈しみ、あなたの責任感を、要求します。 |
| 18:24 で、私たちは、自分たちの意識を観察しよう、 気づこうとしていると、言いました。 私たちはまた、こう言いました。 観察に、選択があるところ - 「私はこれを好む。 私はこれを好きでない」とか、 「これが、私が・ ・・これが正しい。 あれは間違っている」と言って、です - で、選択は、心理的に、 明瞭さ、観察を、歪曲します。 で、どうぞ、選択なく、 観察してください。 |
| 19:00 私たちの意識には、 一定の要因が、あります - すなわち、権力、 地位への欲望です。 そして、私たちが子ども時代から 受けてきた傷が、多くあります。 損傷、深い 心理的な傷が、です。 そしてまた、 その意識には、 楽しみへの果てしない 探求が、あります。 どうぞ、私たちはともに、見ています。 私は、そうであると言っていません。 私たちは、ともに 探究し、学んでいます - 私たちの意識の 内容全体を、です。 そして、楽しみの追求が、 あります。 そして、この甚大な恐れの 感覚が、あります。 ですね? それからまた 苦しみも、あります - 個人的な苦しみだけではなく、 人類の苦しみも、です。 男と女は、百万年、 幾千年をとおして 一年おきに、戦争と ともにいました - 破壊と、 甚大な悲しみの感覚です。 20:35 その意識の中には、また、 愛と呼ばれるものも、 あります - そのすべての嫉妬、傷、損傷、 怒り、暴力などとともに、です。 また、その意識には、 無数の信念、教義、 観念、結論も あります。 また、死があります - 知られていないことの恐れ、 死ぬこと、終わりになる ことの恐れ、です。 で、これが、私たちの意識の 内容です - ですね? 私たちが、本から 取得してきた知識、 私たちが経験から 取得してきた知識 - 記憶の中・ ・・頭脳の中に、 記憶として、蓄えられています。 それが、思考の動き 全体です。ですね? |
| 21:47 で、私たちの意識の内容全体は、 これらの物事です。 で、私たちは、主な要因を 検討しようとしています - すべての詳細を、ではありません。 なぜなら、それは果てしないからです。 主な要因 - たとえば、 権力、権力への要求です。 すなわち、私たちのほとんどが ほしいものです。 地位、権力は、成功、支配を 含意しています - 他の人たちに対する権力や、 自分自身に対する権力などです。 そしてまた、そこには、傷も あります - 傷ついていることです。 子ども時代から 私たちは、傷ついています。 傷ついているので、私たちは、 暴力的になります。 22:42 私たちはゆっくりと、一歩一歩 それに入るでしょう。 で、私たちは初めに、権力への 欲望を、検討しようとしています。 いいですか? 支配したいとの欲望、 主張したいとの欲望、 攻撃性 - そのすべてが、 権力の感覚です。 世界中の独裁者たち、 彼らは、 その権力の代表です。 それらが解決されていないかぎり - 権力の問題が、です - 葛藤が、あろうと しています。 独裁制、全体主義の世界に おいて、だけではなく、 また、いわゆる 民主政治の世界 - 個人投票とそれらに おいてもまた、 権力、所有、支配への 欲望も、あります。 23:48 これは、理解することが 重大な要因です。 そして、それがそもそも可能であるなら、 それより自由であることが、です。 この権力への欲望より 自由であることは、可能ですか - すなわち、他の一人を所有したい、 他の一人を支配したい、 自分の特定の 理想を実行して、 それらの理想を 主張したいことから、です。 よろしいですか。そのすべては 意志の表現です。 |
| 24:21 これを理解されますか。 これらに付いてきておられますか。 そうなさっているのを、 望みます。 なぜなら、それは、あなたの生 であるからです。 私の生ではない。 そして、あなたがいかに自分の生を むだにするかを、観察するなら、です。 理解されますか。 で、ともに、仲良く 話し合っている中で - 友情をもち、慈しみをもち、 慈悲をもって、ともに、です - あなたの生を、 むだにしないでください。 それをむだにしないこと - それは、 自分の意識を理解することと、 それを乗り越えることを、 含意しています。 で、それは、きわめて、 きわめて深刻な事態です。 |
| 25:12 で、自分の中、 自分の日常生活の中で、 権力への欲望から 自由であることは、可能ですか。 権力は、支配、所有、 主張、攻撃性、 それらを 含んでいます。 で、権力を理解するには、 欲望の動き全体を、理解 しなければなりません。 ですね? これらに付いてきておられますか。 少なくとも、あなたたちの幾人かは? なぜなら、私たちのほとんどは、 自分の欲望を、充足したいからです。 それらの欲望が、充足されないとき、 私たちは、欲求不満を感じます。 その欲求不満から、あらゆる種類の 神経症的な活動が、来ます。 で、私には思われるのですが、 欲望の本性と構造を 理解することが、 きわめて重要です。 それ(欲望)は 最終的には、意志ですし、 意志は、 権力の本質です。 これらに 付いてきておられますか。 |
| 26:36 で、あなたは、この欲望の問いへ 入らなければなりません。 私たちは、あなたが欲望を持っては ならないとは、言っていません。 それを理解する、それに入り、欲望の 結果を見るように、言っています - 欲望がどう生ずるのか、 その本性が何であるかを、です。 世界中の修道士、僧侶の ように、ではありません。 宗教的な彼らは、「欲望を 抑制しろ」、と言ってきました。 私たちは、そう 言っていません。 反対です。 あなたが欲望を抑制するとき、それは、 他の方向で爆発するにちがいありません。 それを理解する、それに入る、 それの本性全体を見る。 そのとき、それは、 他の何かになります。 27:34 で、私たちはともに、欲望の 理解へ、入ろうとしています。 あなたは、欲望が何であるかを、 ご存じでしょう。 あなたたちの ほとんどが、そうでしょう。 衣服への欲望、車への欲望、 男や女への欲望、 地位、知識への欲望、「私は、 あの男ほど利巧であったらなあ」 と言う欲望、 などなど、です。 で、この欲望は、何ですか。 それは、どう生じますか。 |
| 28:19 どうぞ、あなたにお訊きするか、 提案していいなら、 何かあなたが 知らないこと、 あなたが直接的に見なかったことを、 反復しないでください。 なぜなら、私たちはみんな、 受け売りの人間であるからです。 私たちは、標語を、反復します - 人々が言ってきたことを、 あなたが本から 学んできたことを、です。 あなたはけっして、自分自身で、 何も発見したことが、ありません。 それが、私たちが しようとしていることです - あなた自身で見出すのです。 そのとき、それは取消不可能です。 それは、破壊できません。 それは、侵犯不可能です。 それはけっして、 損傷できません - 何かあなたが、自分自身で 見つけることなら、です。 |
| 29:18 で、私たちは、訊ねています - 欲望とは何ですか。 それは、どうやって 来ますか。 なぜなら、それは、私たちの生における おもな要因の一つであるからです。 ほしいもの。 こうも 多くの物事をほしいこと。 あなたが、さびしいから、 何かをほしいのではない。 または、あなたは、 健康に恵まれていない。 ゆえに、あなたは 他の何かが、ほしいのです。 健康に恵まれているように、です。 私たちは、話していない・・・ 私たちは、訊ねています - 欲望自体は何ですか。 それは本当に、きわめて単純です - あなたがそれを見つめるなら、 あなたがそれを、ごく間近で 観察するなら、です。 欲望は、知覚をとおし、 接触をとおして、 感受、そして思考をとおして、 生ずるのでしょう。 そのとき思考は、イメージを創り出します。 ですね? これらに付いてきておられますか。 見る、接触、感受、 そのとき、欲望、 そして、イメージを創り出す。その 中から、欲望。そして、それをほしい。 31:15 これは分かりますか。いいえ。どうぞ、 あなた自身において、それを見てください。 私がそれを指摘する からではありません。 あなたは、車を見つめます。 あなたは、女を見つめます。 あなたは、住宅を見つめます。 視覚的な知覚、感受が、あります。 そのとき、接触、 そして、欲望です。 そのとき欲望は、あの車を持つ イメージを、創り出す。 または、あの住宅や、 あの女や、あの男を、ですね? これは見えますか。 実際に、です。 私が あなたに語るから、ではない。 そのとき思考は、その欲望の 充足を、追求します。 ですね? その中から、 葛藤が出てきます。 充足することができないことと、 充足することができること、ですね。 |
| 32:33 で、欲望は、その意志とともに、 権力への探求です。 ですね? 分かりますか。 すなわち、 人々を支配する - 神の名において、 平和の名において、 理想、革命などの 名において、です。 で、生きることは、可能ですか - どうぞ、聞いてください - 意志なく生きることは、 可能ですか。 いいですか? それは、方向なく 生きることを、意味しています。 それは、混沌に生きる、 という意味ではありません。 私たちは、当面の間、 それで放っておくでしょう。 私たちは後で、そこに 戻ってくるでしょう。 |
| 33:44 また、私たちの意識における 要因の一つは、 自分が受けてきた多くの傷です。 ですね? 損傷です。 あなたは気づいていますか・ ・・私たちは 互いに、付いてきていますか。よし。 負傷。 自分が子ども時代から 受けてきた心理的な損傷 - 学校、専門校、 大学で、です。 私たちが成長するにつれて、 ビジネスで、家族で、です。 自分が蓄積してきた 傷です。 よろしいですか。 いいですね? あなたは、それに 気づいていますか。 それらの傷の結果 - あなたが 傷ついているとき、何が起きますか。 34:42 あなたは、抵抗する、 自分自身のまわりに壁を築く - そして、もはや 傷つかない。 ゆえに、生より退く。 ですね? そして、あなたは、退けば 退くほど、神経症になります。 これらに 付いてきておられますか。 そして、あなた自身を孤立させる - 傷つかないように、です。 そのとき、訊ねます - 生において まったく傷つかないことは、可能ですか。 私たちは、自らが傷ついている ことに、気づいています。 すなわち、学校において教育者が、一人の 少年を、別の少年と比較するとき、 その少年は、傷ついています。ですね? あなたは、これが見えますね? 35:47 親たちが、「おまえは、お兄さんほど利巧 でない」と言うとき、それは傷です。 そして、誰かがあなたを馬鹿と 呼ぶとき、それは傷です - などです。 大変多くの 心理的な深い損傷が、あります。 そして、そういう種類の 損傷があるとき、 それらの損傷からの行為は、 自分自身を保護する、 退くこと、 抵抗することです。 その抵抗の中から、 暴力が、あります。 これらに付いてきておられますか。 今、私は・・・ |
| 36:28 私たちは訊ねています - まったく 傷つかないことは、可能ですか。 そして、過去の傷を、全的に 拭い去ることは、です。 問いを 理解されますか。 過去の傷が、拭い去られて、 二度と傷つかないことが、です。 ですね? これをご覧に なるのかどうかと、思われます。 質問を 理解されましたか。 これを理解することは、 とても重要です。 なぜなら、私たちが これを理解しないなら、 私たちは、互いとの適切な 関係を、持たないからです。 今、私たちは、この問いへ 入ろうとしています - 二度と傷つかないことと、自分が 子ども時代から受けてきた傷を、 拭い去ることは、 可能であるのかどうか、です。 気をつけて、これに 付いてきておられますか。 あなたが興味を持って おられることを、望みます。 なぜなら、それは あなたの生であるからです。 |
| 37:53 傷とは何ですか。 質問を理解されますか。 あなたが、「私は傷ついている」と言う とき、傷ついているのは、何ですか。 私たちは質問をしています - それで、私たち 二人が、これを探究するように、です。 私は・ ・・語り手は、主張して いません。私たちは探究しています。 それは、あなたが自分自身についてイメージを 持っている、ということではないですか。 そして、傷つくのは、 そのイメージです。 ですね? 付いてきておられますか。 これが見えますか。 あなたは、利巧であることや、 利巧でないこと、 美しいとか美しくないことに ついて、イメージを持っています。 あなたは、あなた自身について、 イメージや映像や観念を、持っています、 ですね? 傷ついているのは、 そのイメージ、その映像です。 ですね? これをご覧になるのかどうかと 思われます。それは相当に単純でしょう。 39:05 で、私たちは、訊ねています - 傷つくことの帰結を見て、 すなわち、暴力、退き、 抵抗、孤立と、 その孤立から来る神経症的な 振るまいすべてを、です。 そのすべてを見ると、見出すことが きわめて重要になります - そして切実に、そういう傷が すっかり拭い去られるのかどうかを、 ゆえにけっして、生において 傷つかないように、です。 それがどういう意味かを 理解されますか。 無垢の精神を持つ - 触れられていない、 けっして傷ついていない 精神を、です。 「無垢」(イノセンス)という 言葉は、その言葉から、来ています。 それの語根は、「傷ついたことが ない精神」を、意味しています。 ですね? それの美しさを 見てください - 初めに、です。 |
| 40:20 で、あなたが「私」と呼ぶ イメージ - 「私は傷ついた」と。 そのイメージが、存在するかぎり、 傷が、あるにちがいありません。 ですね? それは見えますか。 私が私自身について イメージを持っているかぎり - 私は利巧である、私は これである、私はあれである、とか、 私は一定の評判を持っている、 私は偉大な人である、 私はこれである、と。 自分自身に ついて、1ダースのイメージです。 あなたが、あなた自身について イメージを持っているかぎり、 あなたは、傷つこうと しています。 |
| 40:59 で、イメージを 持たないことは、可能ですか。 それは、あなたが空虚になる、 夢のような世界に生きるとか、 植物状態になる、とか いう意味ではありません。 私たちは、その質問を しています - あなたが 傷ついているかぎり、 傷ついていることの帰結は、 大きく、醜い。 そして、傷がないとき、あなたの 行為は、とてつもなく明らかです。 で、あなた自身について、イメージを 持たないことは、可能ですか。 専門職としても - 理解されますか。 すなわち、有能である人、 熟達者、専門家のように、です。 あなたが、彼らを問うとき、 彼らもまた、みんな傷つきます。 42:11 普通の人のように、あなたが、彼は 間抜けだと言うとき、彼は傷つきます。 なぜなら、彼は、自分自身について イメージを持っているから、などです。 で、イメージを持たない ことは、可能ですか。 理解されますか。 もしあなたが、「私はどうやって、イメージを 取り除くことになるのか」と言うなら、 「どうやって」は、 方法、体系ですが、 あなたが、「どうやって」と言う とき、それが含意されています。 そのとき、その体系、その方法は、 もう一つのイメージを、もたらします。 よろしいですか。 そのイメージも また、傷つくでしょう。 これをご覧になるのか どうかと、思われます。 ですね? これは明らかですか。 私たちは、進めますか。 43:12 ですが、事実、 現実を見る - すなわち、 あなたは、イメージを持っているかぎり、 ひどく傷つこうとしているのです。 あなたが、正気の生を生きたいのなら - それは、傷がない、という意味です。 あなたは、何も傷なく正気で明らかな生を 生きることの重要性が、見えます - 自然にイメージは、消え去ります。 理解されますか。 ベーネ(いいですか)? あなたが、必要性、重要性と 切実さを、見るなら - すなわち、あなたは、イメージを持って いるかぎり、傷つこうとしているし、 傷の帰結が 甚大であることを、です。 あなたは、それが見えるなら、 けっして、イメージを創り出しません。 44:18 それは明らかですか。あなたは、 今、そうしていますか。 または、あなたは、こう言うので しょうか - 「私は家に帰ったとき、 私は、少し時間を持っているとき、 それについて、考えよう」と。 あなたは今、その時間、 余暇、平和を、持っています。 あなたは今、そう しないなら - なぜなら、あなたは、それを見る よう、強いられつつあるからです。 理解されますか。 私たちはともに究明している、 という意味で、強いられる。 ゆえに、ともに、私たちは、 事実を見つつあります。 あなたは、傷ついていることの 事実と、帰結を、見るから、 イメージ作りが、止まります。 で、訊ねます |
| 45:03 - どうぞ、気をつけて これに入ってください - イメージは、思考により築かれて います。 ですね? ですね? いいですか? これに 付いてきておられますか。 思考が、私は何かであるべきだ、 私は何かであるとの イメージを、 組み立ててきました。 そして、思考は何ですか - 私たちは先日、それに入りました。 私たちは再び、それに入る でしょう。 思考とは、何ですか。 考えるとは、何ですか - その上に、 私たちのすべての社会的、道徳的、 倫理的、宗教的な構造が、基づいて います。 考えること、です。 すべての神々と、 すべての教会、 すべての象徴、救い主 - そうね、 キリスト、ブッダ、そのすべて。 宗教的な構造全体。 教皇、司祭者と 司教、大司教 - ご存じですね。 それはすべて、思考に基づき、思考により もたらされます - 幾世紀もの、です。 46:30 で、私たちはともに、探究しなくては いけません - 考えるとは、何ですか。 それは、とても重要です。 なぜなら、私たちはともに、 恐れについて、 話し合おうとしているからです。 私たちは、考えるとは何かの この問いに、入った後で、 私たちはともに、この恐れの 本性全体に、入ろうとしています - それは、私たちを、 こうも強く捉えます。 |
| 46:59 思考は、 記憶の応答です。 これを 理解されますか。 思考、記憶は、蓄積された 事実、知識、経験です。 あなたは、技術者であるなら、工学に ついて、大変多く学んできました - 圧力、構造、数学を、 子ども時代からです。 それが、あなたの頭脳に、 知識として蓄えられています。 その知識に沿って、あなたは、 上手にか、下手に行為します。 ですね? 専門職の人と、 愛好家の人が、です。 |
| 47:46 で、考えるのは、記憶の応答です - 記憶は、経験です。 あなたの経験だけではなく、 人の全的な経験です。 そして、幾世紀もの 蓄積された知識です。 あなたは、男や女として、 それの代表です。 ですね? で、考えるのは、 記憶の応答です。 記憶は過去です。 ですね? もちろんです。 私は、何かを憶えています。 あなたは、未来を憶えられません - おそらく、占星術的にと、 それらの種類のこと以外は、です。 私たちは、そのすべてを 脇に置いておけます。 |
| 48:41 そうね、大変多く 疑わなければなりません。 理解されますか。 疑いを持つ。 あなたは、確実性でもって始める なら、疑いに終わってしまいます。 ですね? それは見えますか。 しかし、あなたが、疑いでもって 始めるなら - あらゆる物事を疑う。 受け入れないで、疑う - そのときあなたは、 確実性で終わるでしょう。 しかし、私たちは不幸にも、 確実性でもって始めるし、 不確実性に終わってしまうし、 死にます。 |
| 49:37 で、私たちは、思考は記憶の 応答であると、言っています 脳細胞の中に 蓄えられたものの、です。 私たちは、頭脳の専門家では ありませんが、それは事実です。 あなたはこれを、あなた自身の 中で毎日、観察できます。 で、あなた自身のイメージが、 あります - それが傷つきます。 そして、そのイメージより 自由であることは、可能ですか。 そのイメージは、思考により 創り出されてきました - 連続的な出来事、 事故、主張、 そのすべてが、イメージへ 傷を、もたらします。 そして、 関係における思考、 人間関係におけるのは、 歪曲する要因です。 私たちは、それに 入ってもいいですか。 50:45 私たちはともに、人間関係について 議論しようとしています - 妻と夫、 彼氏と彼女、です。 私たちは、関係における 思考は - いいですか? - 関係を破壊すると 言っています。 私たちは、それに 入ろうとしています。 なぜなら、思考は 愛ですか。 思考は、慈悲ですか。 そして、二人の人間の間の関係に おいて - 親密でも、そうでなくても、 思考の動きは、 分離する要因です。 これに、 付いてきておられますか。 おやまあ、こうも 大きな群衆です。 あなたたちの誰かが、これらを理解 されるのかどうかと、思われます。 |
| 52:10 で、私たちはともに、関係の問題に ついて、話し合おうとしています。 それは、生において最も 重要なことの一つです。 あなたは、適切に自然へ 関係していないのなら - 樹々、鳥たち、 自然へ、です - そのときあなたは、適切に 男や女へ、関係していません。 そして、生は、 関係です。 そして、正しい関係は 何であるのかを、見出すことが、 きわめて、きわめて 重要になります。 私たちは、事実から 始めるでしょう。 私たちは、観念ではなく、事実を 取り扱っているだけです - 関係が何であるべきか、 あるべきでないか、 それが何でなければならないのかを、 ではありません - それらはすべて ・・・それらは、 事実ではありません。 53:15 実際に、あなたとあなたの妻との 間の関係は、何ですか - または、あなたの 彼女や彼氏と、実際に、です。 そもそも、何か関係が、 ありますか。 その言葉「関係」は、 何を意味していますか。 関係していること、 接触していること、 触れ合っていること - 物理的にも、 また、心理的にも、です。 ですね? 分離していないことです。 ですね? その言葉は、 それを意味しています。 私は、あなたに 関係しています。 その言葉は、ものすごい 意義を、含意しています。 私たちは、それを見つめようと しています - 事実本位に、です。 実際に、日々の生で、 何が、起きつつありますか。 |
| 54:37 あなたが、結婚していても、 結婚していなくても、 あらゆる出来事、あらゆる 言葉、あらゆる主張。 その関係において - それは、とても繊細です - イメージが形成されます。 ですね? これに付いてきておられますか。 あなたは、妻や彼女について イメージを、持っています。 彼女は、あなたについてイメージを 持っています。 それは単純です。 ですね? これに 気づいておられますか。 気づいていますか。 単純であってください。 あなた自身で、知ってください。 「はい」や「いいえ」を 言わなくていいが、 あなた自身で、それを 知ってください。 55:29 あなたが、イメージを 持っているかぎり、 分割があるにちがい ありません。 ですね? あなたが、「私は妻を 知っている」と言うとき - または、自分の彼女や 彼氏を、ですが - あなたが、「私は知っている」 と言うとき、 その主張こそに、あなたは、 安全を見つけます。 ですね? これらに 付いてきていますか。 その安全は、持つことの 結果です・ ・・ あなたが彼女や彼について持っている イメージがあるとの要因です。 そのイメージは、あなたに、大きな 安全の感覚を、与えてくれます。 そうでないですか。 あなたは実際に、自分の彼女や 妻や夫を、知っていますか 56:33 - 実際に、です。 もちろん、知りません。 あなたは、すべての反応、すべての 表面的な物事を、知っています。 なぜなら、あなたは、彼女に ついて、イメージを持っているし、 彼女は、あなたについて イメージを、持っているからです。 これら二つのイメージが 関係を、持っています - それは、言葉、 記憶、観念です。 ですね? これらをご覧に なるのかどうかと、思われます。 あなたは進んで、これらを 見たくないのですか。 なぜなら、あなたはすでに、自分の 精神に、落ち着いてしまった。 あなたは、すばらしい関係を、 持っているからです。 |
| 57:14 ご覧ください。あなたは、男である なら、自分のオフィスや工場や、 何かの仕事へ 出かけて行きます。 そこであなたは、野心的で、 貪欲で、妬んで、 成功、地位をほしがって います。 ですね? そして、あなたは家に帰るし、 彼女もまた、ほしい・ ・・ アメリカでは、働きに 出ていきます。 彼女は、彼女の野心を、成功、 地位への欲望を、持っています。 ですね? あなたたちの関係は、 どこにありますか。ベッドに、ですか。 それが、あなたたちが 持っている関係すべてですか。 そして、あなたの、自分の 子どもへの関係は、何ですか。 まったく何もない。 これらに 付いてきておられますか。 私たちが世界で、何を産出 しているかを、見てください。 後生ですから。それは あなたたちの世界です。 58:19 そして、思考は、あなたの関係に おける要因です。愛が、ではない。 そして、思考は、記憶です - 理解されますか - 思い出です。 で、他の一人とともに、生を 生きることは、可能ですか - 親密にか、その他で、何の イメージの感覚もなしに、です。 それは、大きな注意、 気づかいを、必要とします。 しかし、あなたは進んで、その 気づかいと注意を、注ごうとしません。 なぜなら、あなたは、自分自身について 関心を持っているからです。 ですね? そして、彼女は、彼女自身に ついて、関心を持っています。 関心は、どちらも同じです。 どちらも、野心的です。 どちらも・ ・・その他すべてです。 理解されますか。 あなたはこれらを捉えるのか どうかと、思われます。はい? |
| 59:27 で、その終わりに、訊ねます - 愛とは何ですか。 よろしいですか。 私たちは ともに、進んでいますか。 愛は、欲望ですか。 愛は、セックスですか。 愛は、執着ですか。 愛は、自分自身について、 永遠に、関心を持つことですか。 愛は、嫉妬ですか。 そして、恐れが、あるとき、 愛が、ありえますか。 楽しみへの探求だけが、ある とき、愛が、ありえますか。 これらを理解されますか。 で、私たちは、楽しみは何であるかの、 この問いに、入ろうとしています。 いえ、初めに、恐れを、取り扱い ましょう。 恐れとは何ですか。 そうしましょうか。 私たちは、 それに入りましょうか。 あなたは、疲れつつありますか。 あなたは、すっかり確かですか。 あなたは、注意を長い時間、 維持でき、注げますか。 そう私は望みます。 さて、私たちは、恐れについて 話そうとしています。 |
| 1:01:18 そうね、あなたが恐れを持っている かぎり、自分は闇に生きます。ですね? 私たちの行為すべては、 歪曲されます。 恐れは、ひどい病気に 似ています。 私たちは、それを堪えます。 私たちは、それとともに生きます。 私たちは、それを 受け入れます。 なぜなら、私たちは、 それをどうすべきか、 それよりどう自由であるべきかを、 知らないからです。 で、私たちは、恐れの問題全体を、 探究しようとしています。 まず第一に、それに入るには、 私たちは、分析していません。 なぜなら、分析者は、 分析されるものであるからです。 これに、付いてきておられますか。 これは あなたにとって、何か新しいことですか。 私たちは、分析者は分析されるもの である、と言っています。 1:02:41 分析者は、彼が分析しているもの より、異なっていません。 彼は、その分析の 一部です。 ですね? 分析は、 分割を含意しています。 ですね? これに 付いてきておられますか。 分析は、時を 含意しています。 あなたは、心理学者へ行きます - もし あなたが、お金と時間を持っていて、 手間暇を掛ける、その他 すべての事柄であるなら、です。 彼は、あなたを 分析するでしょう。 それは、あなたが分析者より 異なっていることを、意味しています。 ですね? 分析者は、 彼自身の分析です。 これらをご覧になるのか どうかと、思われます。 いいえ? これを理解されますか。 まったくされませんか。 1:03:44 なぜなら、私たちは、分析はどの問題をも 解決しないと、言っているからです。 反対に、それは、問題を 永続化し、それを延長します。 なぜなら、見てください。 私は、 私自身を分析します。ですね? 私が、専門職へ行かないなら、 私は、私自身を分析します。 そこに、何が 含意されていますか。 私は、私自身を 分析します。 私は、私が分析しようとしている ものより、異なっています。 ですね? ですが、 それは、事実ですか。 私が分析するのは、私です - それが、分析しています。 これに、付いてきて おられますか。いいえ? |
| 1:04:42 あなたたちはいったい、これらすべての ことについて、考えませんか。 これはすべて、全く 新しく幻想的ですか。 あなたたちはみんな、よく教育 された人々でしょう。 構いません。これを 進めましょう。 |
| 1:05:08 で、分析は、時、分割を含意して います。それは、例えば・・・ 分析は、彼自身を分析して います - いつの時も、です。 それは、何の意味も ありません。 で、私たちは、分析していません。 私たちはただ、観察しています。 分析なしに あの樹を見つめる。 理解されますか。 ただ、見つめる - 山を、 または、あなたの友だちが脇に 座っているのか、女の子を、です。 ただ見る。 分析しない。 で、私たちは、恐れに関して、 同じことを、しようとしています。 私たちは、分析していません。 私たちは単に、恐れを観察しています - 恐れの本性、恐れの原因、 恐れの構造を、です。 |
| 1:06:09 あなたは、自分が何であるかを、知っています。 あなたは、自分の恐れを、知っています - さびしさの恐れ、老齢の恐れ、 充足しないことの恐れ、 失うことの恐れ、 執着することの恐れ。 そして、あなたは、自分が執着して いるものを、失うかもしれません。 生において成功を収めないことの恐れ - 何ダースもの恐れ、ですね? あなたは、少なくとも、 一つの恐れに、気づいていますか。 ここで、今そこに座っていて、あなたは 自分の恐れに、気づいていますか。 あなたたちは、 何と仰いますか。 はい? 私は 進んでいいですか。 私たちは、分析していません。 私たちは、観察しています。 あなたは、恐れの多くの枝を、 検討し、観察するのでしょうか、 または、恐れ自体を、ですか。 理解されますか。 1:07:37 理解されますか。自分は、さびしさを 恐れているかもしれません。 自分は、妻や夫、彼女や彼氏を、 恐れているかもしれません。 自分は、自分が持っているものを 失うことを、恐れているかもしれません。 自分は、職について 恐れているかもしれません - 職を失うことと、職に 就けないことなどを、です。 そして、心理的に、自分は、 このとてつもないさびしさの感覚を、 恐れているかも しれません。 ですね? 自分は執着していて 失うのを、恐れているかもしれません。 または、自分は、死を 恐れているかもしれません - 病気を、自分が受けてきた 痛みを、です。 そしてあなたは、あの痛みを明日、 ほしくなくて、ゆえに・・・ 1:08:27 きわめて多くの 恐れが、あります。 私たちは・ ・・どうぞ、聞いてください。 どうぞ、気をつけて聞いてください。 あなたは、恐れを 一つずつ取り上げますか。 または、あなたは、恐れの 中心的な事実を、観察しますか。 質問を理解されますか。 あなたは、恐れの断片を 見つめますか - 恐れの諸断片を、または、 全体の、全的な恐れを、ですか。 あなたがしたいのは、 どれですか。 いいです。 |
| 1:09:38 あなたは、一度に、一つの 恐れを、取り上げるのでしょうか - さびしさの恐れ、死の恐れ、 職を持たないことの恐れ、 あなたの妻や彼女が、あなたに そっぽを向くかもしれないとの恐れ、 一つずつ、または、 恐れの根、ですか。 質問を理解されますか。 あなたがしたいのは、 どれですか。 恐れ全体か、または、 恐れの色々な表現ですか。 いかがですか。 あなたが、恐れの根に取り組む なら - いいですね? - そのとき、恐れの全体、 樹が、消え去ります。 質問を理解されますか。 あなたが、その根に 取り組むなら、 様々な断片は、 自らの意味を、失います。 1:11:02 理解しましたか。で、私たちは、 そうしようとしています。 あなたは、断片的な恐れに、取り組みたい、 それを掴みたい、理解したいのか、 あるいはまた、それの まさに根こそを、です。 あなたが、それのまさしく根こそを、 理解し、それに入るなら、 断片的な恐れは、 消え去ります。 分かりますか。 で、私たちは、この恐れの問いに 入ろうとしています - 根本的に、それのまさに 根こそに、です。 全的な恐れより、すべての恐れより、自由で あることが、可能であるのかどうか、です - 表面的な恐れも、 深く根づいた恐れ、 無意識的な、知られていない 恐れも、です。 何時でしょうか。 |
| 1:11:56 質問者: 12時17分です。 |
| 1:12:00 質問者: 12時15分。 質問者: 12時20分。 |
| 1:12:03 K: 私たちはともに、一時間 二十分の間、話してきたと、 |
| 1:12:07 仰るつもりですか。 |
| 1:12:11 あなたは、疲れていませんか。 質問者: いいえ。 |
| 1:12:20 K: いえ、いえ。 ちょっと待って。 |
| 1:12:21 ちょっとお待ちください。なぜなら、 これは・・・私はそれに入られます。 あなたは、よく気をつけて、私と ともに、それに入るでしょうか - あなたは、一時間を過ごしてきた けれども、です。 |
| 1:12:33 質問者: はい。 |
| 1:12:35 K: 正直に、そうなさるでしょうか。 よし! 質問者: はい。 |
| 1:12:38 私たちは今、恐れを 観察しようとしています - まさにその根で 恐れを、それの根を、です。 そして私たちは、それは 分析ではないと、言っています。 なぜなら、分析は、恐れを 根絶しないだろうからです。 私たちが指摘しましたように、 分析は、時が掛かります。 分析者は、分析されるものより、 異なっていると考えます - それらがどちらも、本質的に 同じである、などのときに、です。 で、私たちは、ともに 観察しようとしています。 あなたは、私に 聞こうとしていて、 それからそれを受け入れるの ではない。 ともに、です。 私たちはまた、この 恐れの問いへ入る中で、 理解しなくてはいけません - 自由とは何ですか。 自由は、見たところ、ほとんどの 人々にとって、選択の自由です。 1:13:55 彼らは、自分が選択できるとき、 自分は自由であると、考えます。 違った街、違った国へ行くのを 選択する。 旅行 - 自由です。 選択は、自由の まさに拒否です。 二種類の自由が、あります。 何かからの自由、 恐れからの自由。 そして、 自由です。理解されますか。 あなたが、恐れから、牢獄から 自由でありたいのは、 あなたが牢獄に 捕らわれているときだけです。 しかし、あなたが 自由であるとき、 何かから自由であるとの 問いは、ありません。 理解されますか。あなたがかつて、そう なさったのかどうかと、思われます。 |
| 1:14:49 で、私たちは、これを 覗きみようとしています。 自由 - 何かからではない。 要求、必要、充実。 そして、この自由の感覚の深さです - 何からでもありません。 で、私たちは、恐れを覗きみようと しています。 恐れの根は、何ですか。 恐れの根は、時です。 どうか、気をつけて、 それを見つめてください。 私が言っていることを、 受け入れないでください。 恐れの根は、時であると、 私たちは言っています。 ご覧ください。 自分は先週、痛みを 受けました - 物理的な痛みです。 あなたは、それが再発 してほしくありません。 あなたは、それが起きるかも しれないと、恐れています。 ですね? で、痛みを 憶えている - あなたはそれを、一週間前に受けたが、 それを二度と、ほしくありません。 で、時が、あります。 理解されますか。 恐れは、本質的に、基礎的に、 根源的に、時の問いです。 それに入ってください。私はゆっくり それに、入ろうとしています。 |
| 1:16:36 時とは何ですか。 これは、無量の問いですが、 私たちはそれを、きわめて短く しなくてはいけないでしょう。 私たちは明日、それを 継続するでしょう - あなたが進んでそうするなら、そして あなたがここにおられるなら、です。 時は動きです。 ですね? ここからそこへ。 それは、動きです。 時計によって、また、 心理的にも、です。 ですね? 「あるもの」から、 「あるべきもの」へ動く。 それは、時を 要求します。 そしてあなたは、自分がなりたい ものを、達成しないかもしれません。 ゆえに、恐れが あります。 で、時が、 恐れの要因です。 ご覧ください。私は、恐れています - 仮に、自分は死を恐れている、とします。 1:17:40 それは、未来に あります。ですね? もしも死が、即座に起きたなら、 何も恐れは、ありません。 これに付いてきて おられますか。 で、時が、 恐れの要因です。 そして、時とは、何ですか。 時計による時系列的な事実は、 別として、です - あなたが、バス、車と それらに乗らなくてはいけないとき、です。 時の要因とは、何ですか。 時とは、何ですか。 私は明日、あなたに 会うでしょう - ですね? それは、時の事実です。 ですね? そして私は、 私のあるものから、私のあるべき ものへ、変化したいと望みます。 それは、時を 必要とします。 そして時は - あなたが理解されるだろう とは、私は思いません。私は進みましょう。 |
| 1:18:49 「あるもの」だけが、あるとき、 時は、停止します。 理解されますか。 理解されますか。 私が・・・ 自分が暴力的であるとき、 非暴力的になるために、 時が、必要です。 ですね? ですが、暴力だけがあり、 その対極が、ないとき、 何も時が、 ありません。 これをお分かりになるのか どうかと、思われます。 それは、 あなたしだいです。 |
| 1:19:39 で、時は動きです。 動きは、時だけではなく、思考をも、 含意しています。 ですね? ここからそこへ行く。 思考の動きすべては、 時です。 ですね? 思考の動きすべては、 度量と時です。 私たちは、動いていますか。 いいえ。 これはあなたにとって、あまりに困難です。 で、時が、 恐れの要因です。 時は、思考により、 もたらされます。 ですね? すなわち、私は、二年の 時の後に死ぬだろう、と。 ゆえに、私は怯えています。 ですね? 私は、それについて考えます。 で、思考と時 - それらは どちらも同じですが - それが、恐れの 基本的な要因です。 1:20:58 そして、絶対的な 事実だけが、あるとき、 即座に、 何も恐れが、ありません。 これらを 理解されますか。 すなわち、あなたは 時の動きを、観察できますか - 恐れを生み育てる 思考として、です。 ですね? 理解されますか。 私は、明日を 恐れています。 明日、何が起きるかも しれないのかを、私が考えるとき、 恐れは、生じてきます。 ですね? または、私は昨日、 痛みを受けました。 私はそれに、二度と 起きてほしくありません。 私は二度と、あの痛みを 受けたくありませんが、 それが起きるかもしれません。 そして、恐れが、あります。 ですね? で、恐れは、 時と思考の動きです。 1:22:11 そのとき、根源的な問いが、 生じます - 私たちはおそらく、それに明日と 他の三回の会合で、入るでしょう。 思考は、終わりになりえますか。 思考は、止まりえますか。 それは、こういう意味です。 頭脳は、 その条件づけすべてとともに - よろしいですか - 頭脳は、自らの動きを失えますか。 頭脳は、記憶の活動を止められますか。 それが、必要である ところだけ、 そして、それが、必要でない ところです。 理解されますか。 で、私たちは、明日、恐れと、 その他すべてを、継続するでしょう。 あなたたちが、これらの幾らかを 理解なさったことを、望みます。 |
| 1:23:28 どうぞ、拍手することは、 不必要です。 あなたは、拍手するとき、 何のために、拍手していますか。 あなた自身を理解する ことのために、ですか。 |