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RV83DS3 - 私は、自分が何であるかを見るために、どこを見ますか。 home
インド、リシ・ヴァレー
学生との討論、第3回
1983年12月16日


0:19 クリシュナムルティ: これは、ここでの最後の講話ですから、 君たちは私に、何について 話してほしいのでしょうか。
0:28 学生: 真剣さです。僕たちは、 真剣さについて、知りたいです。
0:33 K: ええ。君は、それについて、 何を知りたいと思いますか。 学生: 自分自身を見つめる このこと全体と、 自己をじっと見つめて、 それを、ただの観念や、あちらの 何かだけに、させないこと、 本当に、それと 接触を持つこと、です。
1:02 K: 何との接触ですか。 学生: 何であれ、 自分がやっていること、 何であれ、自分が見つめていることとの 接触です。
1:14 K: それらは理解できます。 自分自身を見つめる、 自分自身と接触している、 自分自身を観察する - 自分がしていることに、気づく。 学生: それに則って行為する。
1:25 K: それらです。
1:27 君はそれを、真剣さと呼びます。 そうでしょう?
1:34 学生: どうすれば、真剣に そうするのでしょうか。 学生: 僕がいうのは、どのように それを真剣にするのでしょうか。 僕は、説明を求めていません。
1:43 K: なぜ君は、それを 複雑にしますか。 私は、自分自身を見つめたいと 思います - 鏡の中を、ではなくて、 自分が何であるかを見るために、 私は、どこを見つめますか。 君たちは、これらに 興味がありますか。 私は、自分自身を知りたいです。 私は、とても複雑な人間です。 私は、多くの経験、多くの 概念、意見、判断、伝統を、 継承してきました - 記憶の広大な蓄積を、 意識的なのも、無意識的なのも、です。 私はそれらです - 私の信念、私の信条、私の心配、 私のさびしさ、憂鬱、野心、 悔恨、罪悪、 痛み、悲しみ、慈しみ。 私はそれらです。 さて、私はどのように、 自分自身を見つめますか。 私はそれらであるなら、どこで私は、 自分自身を、ありのままに見ますか。
3:32 学生: 僕は、自分がそれらであることを、 どのように見ますか。
3:35 K: 私は指摘しようとしています。 それについて、話しましょう。 先日、私が指摘しましたように、 聞こえるのと聞くのとは、 二つの異なったことです。 私は言語的に、君が言うことが、 聞こえます。 君が話していることを、 言語的、知的に理解できます。 ですが、実際に 私は聞いていません。 聞くことと聞こえることの間の 違いが、分かりますか。 耳で聞こえることと、 耳でだけでなく、 はるかに深く聞くことです。 4:31 君たちは昨夜、西洋のクラシックの 幾つかが、聞こえていましたね。 君たちは、それを聞きました。 君たちは、もしも西洋のクラシックを 鑑賞し、愛していたなら、 それを、よくよく気をつけて 聞きます - その美しさ、その偉大さ、 その活力、独創性、深さを、です。 君は聞くにつれて、 美しさが見えはじめ、 それとともに動き、それとともに走り、 それとともに爆発しはじめます。 さて、君は、自分自身を理解する中で、 どのように、同じことをするのでしょうか。 質問を理解できますか。
5:30 学生: いいえ・・・
5:34 K: 私は、自分が何であるかを、知りたいと 思います。ごく単純に始めましょう。 私は、自分の鏡を、 覗き見られません。 私の鏡は、私の外側がどう見えるかを、 私に語ってくれます。 いいですか? ですが、その鏡は、何が内側に あるのかを、私に語れません - 私の思考が何であるのか、私の感情が 何であるのかを、です。 ですね? さて、私が、 そこにきわめて明らかに 自分自身を見られる、 別の鏡が、ありますか。 君は、関係について、 話したいと思っていました。 君は、自分の関係において、きわめて 明らかに、自分自身が見えませんか。 君はどう反応するのか、 君の応答は、何であるのか、 どのように君は、自分の先入観、 自分の意見の重みを、示すのか いいですか。 好き嫌いについて、 褒賞と処罰について、です。 7:01 よろしいですか。 君は、関係の鏡において、 ゆっくりと ちょっとずつ観察しはじめます。 いいですか? 私が君たちへ話しているとき、 君は、そうしていますか。 君と私は、関係しています。 なぜなら、君たちはここで、 何回も私を、見たことがあるし、 私たちは、一緒に散歩をしてきて、 一緒に幾らか議論を、 行ってきたからです。 その議論の中、その散歩の中、 あの音楽を聞く中で、 君たちは、私より はるかに多く聞きました。 一定の関係がありました。 いいですか? その関係が鏡ですが、 その関係の中で、 君は、自分自身を観察できます - 自分の反応、自分のそれらを、です。 それはできますか。 そうするでしょうか。
8:17 学生: はい。 ですが、分離があります - それはやはり、外のそこにあります。
8:28 K: それは、外のそこにありません。 いいえ。ただそれを見つめてください。 君は、見つめています - その関係において、 君の反応を、です。ですね?
8:41 学生: はい。 K: 君の意見、君の先入観、 君の恐れなどを、です。 さて、それらすべての反応は、 君より異なっていますか。
8:59 学生: ええ。それらは・・・
9:03 K: ちょっと・・・ゆっくり、 気をつけて、検討してください。 私が君に尊敬をもって言うのを、 気にされないなら、 即時に答えないでください。
9:18 学生: 私は自分の関係を 観察していると言うとき・・・
9:22 K: ここに、上がってきてください。
9:26 学生: 私は観察していると言うとき - いいえ、私は座りましょう - 私は、誰かとの自分の関係を 観察していると、言っているとき、 それは、まるで私が自分自身を、 二つの異なった実体へ、 分割しているように、思われます。
9:37 K: いいえ。
9:39 学生: 私は、何かを観察しています。 それは異なっているように、思われます。 私が、「これが私の精神です」と 言うとき、それは、どういう意味ですか。
9:50 K: 君の精神は、君の先入観は、 君の怒りは、 君より異なっていますか。
10:05 学生: 理解できません。
10:07 K: 私は、怒っています。 辛抱できません。 その辛抱できないこと、怒り、貪欲は、 私より異なっていますか。
10:23 学生: いいえ。
10:24 K: ゆえに、君が「いいえ」と言うとき、 それはどういう意味ですか。
10:27 学生: それは、同じことです。
10:29 K: で、君は怒りです。 君は先入観です。 いいですか? 君は貪欲です。 で、君の外側や君の内側に、 君が見つめている何かは、ない。 君がそれです。 仮に、君はこの色である、とします - 君はあの色です。 ですが、君は、あの色を 叙述できます - 叙述は、色より 異なっています。 見てください。 私は、 ヒマラヤを叙述できます。 なぜなら、私はそこに 上がっていたからです - その美しさ、雄大さ、 壮大さ、その無量性、 雪を被り、晴れた青空と、 すばらしい よそよそしさの感覚と、 大いなる堅固さの感覚、 山の栄光です。 私はそれらを叙述できますが、 叙述は、山ではないですね。 そうでしょう。
11:52 学生: ええ、そうではありません。
11:54 K: なぜ君は、そう言いますか。 学生: それは同じことですか。
11:56 それは、自分自身についても、 同じことですか。
11:59 K: で、私は、自分の反応を 叙述できます。 ですね? ですが、叙述は、 私の反応ではありません。 困難は何ですか。
12:17 学生: それは明らかでありません。
12:19 K: 私は自分の反応を 叙述できる、と言いました。 言語的な叙述は、実際とは 異なっています。 いいですか? この講堂 - 「講堂」という言葉は、 実際の事実とは異なっています。 それは分かりますか。
12:46 学生: ええ。
12:47 K: で、言葉は、 そのものではありません。 明らかですか。
12:57 学生: はい。
13:00 K: 君の名前は、君ではない。
13:05 学生: ですが、しょっちゅう 私たちがしがちな・・・
13:07 K: ちょっと、待って。 私は終了していません。 君は聞いていません。 それは、君は答えが とても速いとき、という意味です。 で、君は、何かを学びました - すなわち、 言葉は、そのものではない。 実際のものではない、 ということです。 ですね? その意味合いを見てください。 私の妻 - 「妻」という言葉は、 実際の人物ではありません。 ですが、人物ではなく、言葉が とても重要になります。 ですね? で、君は、頭脳が、現実ではなく 言葉に満ちていることを、 発見しはじめます。 いいですか?  君は、 それを見つけましたか。 ここに、私の妹がいる。 それで、それは終わりです。 いいですか。 「妹」という言葉は、 実際の人物ではありません。
14:35 学生: ですが、彼女は、その名前で 呼ばれます - 「妹」です。 妹は、彼女を意味しています。
14:42 N: 彼女は、その名前で呼ばれます。
14:44 K: そのとおりです。
14:48 学生: 「妹」と言うとき - 精神の中の「妹」という言葉、 それは、その人物に連想されます。
14:57 K: そのとおりです。 君が、その人物に連想するとき、 言葉ばかりが、重要になります。
15:10 学生: 言葉は、そのもの自体より 分離しているようではないです。 なぜなら、それを、その人物へ 連結させるからです。 あらゆる人が、共通の理解を 持っています - 「妹」という言葉を言うとき、それは、 そのものに連結されるということ、です。
15:27 N: 彼は、「妹」という言葉を 言うとき、 それは、そのものを連想させられ、 連結されると、言います。
15:36 K: いいですよ。マイクロフォン - いいですか? 「マイクロフォン」という言葉を、 知っていますね。 マイクロフォンが、あります。 その言葉は、現実ではありません。
15:52 学生: 言葉なしでは、 それを何と呼べますか。 言葉なしでは、そのものを、 何と呼べますか。 N: 私が思うに、彼が言っている・・・
16:02 K: 彼が言っていることは、分かります。
16:05 言葉なしに、そのものを 何と呼ぶのでしょうか。 私は知りません。 君は、言葉なしに、 自分自身を、何と呼びますか。 空を見上げないでください。 君は、もしも名前を持っていなかったなら、 自分自身を何と呼ぶのでしょうか。 別の名前を、考案するのでしょうか。
16:46 学生: 私は何て・・・
16:47 K: 君は考えていませんね。君は、 応答しているだけです。見出しなさい。 私は君に言いました - 「マイクロフォン」という言葉は、 実際のものではない。 いいですか? それだけです。私は、 少しも先へ行きませんでした。 で、君は区別しはじめます - 言葉は、現実にそのものではない。 で、君は、現実と観念との間を、 区別しはじめます。 捉えましたか。 現実と、 現実についての観念、です。 現実についての観念は、 実在していません。 触れられるものなどだけ、です。 捉えましたか。 で、関係において、君は、自分が 何であるかを、発見しはじめます。 その関係が、とても親密でも - 夫と妻のように、です。 または、友だちなどでも、です。 で、君は発見しはじめます。 逆の方から、それを表しましょう。 君は、自然に関係していますか。
18:33 学生: はい。自分自身が自然です。 自分自身が自然です。
18:40 K: ここに来なさい。 来て、楽に座りなさい。
18:50 君は、自分自身が自然であると、 言っています。
18:53 学生: はい。
18:56 K: どうして分かりますか。
19:02 学生: 自分は、この大地より 来ています。 自分は、この大地のみから、 大地自体から来ています。
19:14 K: いいですよ。 で、自分は自然の一部であると、 君は言っています。 君の自然との君の関係は 何ですか - あれらすべての花々、 すべての丘、樹々、 山、枯れた川。 いいですか? それへの君の関係は、何ですか。
19:40 学生: それは生です。 関係は生です。
19:47 K: 関係は愛です? N: 生です。生命。
19:48 K: どういう意味ですか・・・
19:50 私は君に訊ねています - 自然との君の関係は、何ですか。 ただ、生と言わないでください。 
20:00 学生: (聞き取れない)・・・生と自然です。
20:03 N: 彼は、はっきりしません。
20:06 K: ごらん。私は、「自然」という 言葉を、使わないでしょう。 それは、あまりに大きな言葉です。 樹への君の関係は、何ですか。
20:15 学生: 自分は、いのちを持っていて、 樹々は、いのちを持っています。
20:17 K: お兄さん、君は、私が君に 訊ねていることを、聞いていません。 君は、あの樹が見えますね。 君はそれについて、何を感じますか。
20:28 学生: 愛情です。愛情。
20:35 K: 愛情ですか。 君は、あの樹を愛していますか。
20:41 学生: はい、先生。
20:48 学生: 賞賛です。 私は、その樹を賞賛します。
20:51 K: しますか。 学生: はい、します。
20:52 K: すると、何ですか。
20:53 君たちは、何かを 逃しつつあります。 君たちは、私が君に訊ねていることに、 注意を払っていません。
21:04 学生: 自分が存在するように なったのは、樹々のせいです。
21:15 N: 彼が存在するのは、 樹々のせいです。
21:21 K: 君は、古いことを 言っているだけです。
21:24 学生: 樹々との私の関係は、 こうです - 私は、それを見つめています。 私は、それを感じます。 私は、何であれ、幾らかの時間、 それと一緒にいます。
21:38 学生: それは、僕より 分離しています。
21:42 K: そう願います。 君は、あの樹より 分離しているけれども、 それへの君の反応は、 何ですか。 質問を理解できますか。眠らないで ください。 
22:08 学生: 僕たちは考えています。 学生: 樹が見えるとき、僕はただそれを 見つめます。 僕はその樹を感じません。 僕は、それが樹であるのを、 知っているだけです。それだけです。
22:22 K: 「樹」という言葉は、 現実のものではない。いいですか? さて、君はそれを見つめますか。 それを 見つめるのに、時間を掛けますか。 それを聞きますか。 君は、その響きを聞きますか。
22:44 学生: 僕たちは、それを 当たり前だと、受け取ります。 僕たちは、その樹を見るように、 そうしなくて・・・ただ・・・
22:49 K: 私は君に、何かを訊ねています。 君は、すばやく返事をします。 君は、誰かに聞きませんね。 君は、何を言うのかを、 すでに決意しています。 私は、君を叱っていませんよ。 私は ただ、君に言っているだけです。 私はただ、君に言っているだけです - 君は聞きません。 私は言っています - 君はいったい、 じっと立ち止まり、樹を見つめますか。 その全体を、です。 君は、それの響きが 聞こえますか。 その美しさが、見えますか。 そのとてつもない能力が、です。
23:37 学生: いつもは見えない。
23:40 学生: 先生、いつでも・・・ K: 君はそれを、したことさえない!
23:43 「いつもは」と言わないでください。 君はけっして、樹を見つめて、 その美しさが見えたことが、ない - 静けさ、威厳、響き、 樹という、 とてつもないものが、です。 さて、待って。 君は、そのように 自分の妹や妻や夫を、 見つめますか。 それを見つめてください。 または君は、「これは私の妹です。 いいよ、つづけてください」と言いますか。 私は君にお訊きしています。 なぜなら、これを理解することは、 とても重要であるからです。 どうぞ。 私たちは、関係によって 生きます。 ですね? 私たちは、関係なしには、 存在できません。 隠者すら、サンニャーシすら、 修行僧すら、関係しています。 彼は僧院の中、森の中に 消え去るかもしれませんが、 彼はやはり、世界に 関係しています。 25:04 いいですか? 記憶の、彼の経験すべての 世界へ、です。 ですね? 彼はやはり、それを、 持ち運んでいます。 いいですか? で、関係は生です。 関係は、生において とてつもなく重要なものです。 関係に、葛藤、抗争が あるところ、 関係はありません。 いいですか? で、君は自分自身を 関係の鏡において、 見つけるか、発見するか、 見えるのです。 それは、明らかですか。 その鏡は、君より異なっていません。 君がその鏡です。 で、毎日、はるかに深く、もっと深く、 それへ透徹し、それに入ってください。 または、これは はるかに困難ですが、 君は、自分自身をちょっとずつ 理解するために、 二十年を掛けるかもしれません。 いいですか? 26:39 または君は、それを捉えます - 一秒で全部を、です。 私が言っていることを、 理解できますか。 私は、自分自身を知ることが できます - 自分自身を研究し、 他の人々が私について言ってきたことを 研究することから、です。 いいですね? 哲学者、分析者、 フロイトとユングたちと その他すべてを、です。 私はまた、何か いわゆる聖典を読んで、 「私はそれである」と 言うこともできますが、 書物と言葉は、私ではありません。 いいですか?  で、私は、自分自身を 見つけなくてはいけません。 これは、古代ギリシャ人と 古代ヒンドゥー教徒からです。 彼らは、「汝自身を知れ」と 言ってきました。 いいですか? ほとんどの人々は 本当に、自分自身を知りません。 彼らは、試したことすら ありません。 27:53 さて、私たちは、君に言います - 関係は、生において 最も神聖なものです。 最も神聖なものの一つです。 その関係の中で君は、君である 物事すべてを、発見できます。 時間を掛けるのか、あるいは、 それを即座に理解するのか、です。 こちらのほうが困難です。 なぜなら、 これは、時、思考、知覚の問い全体に 入ることを、必要とするからです。 そして、過去が、君の今の知覚へ 介入しないよう、見計らう - それは、とてつもない注意を、 必要とするし・・・
28:59 学生: ですが、先生、 僕たちは、関係を、 経験と記憶に基づけるように、 思われます。
29:07 K: ええ。君の経験は、記憶に 基づいています・・・
29:12 学生: 僕たちの関係が、です。 K: ええ。
29:13 さて、ちょっと待って、ちょっと待って。 もう少し、それに入ってください。 君は、経験なしに、考える能力を、 持つのでしょうか。 質問を理解できますか。 持つのでしょうか。 お兄さん、考え抜いてください。 気をつけて考えぬいてください。 何か自分の知らないことを、 答えないでください。 それから、オウムのように ならないでください。 私は、君たちに お訊きしています - 君みんなに、です。 (大学入学資格 試験の)AレベルとOレベルと、 あらゆる種類のことですが、 経験なしに、 考えることがありますか。
30:15 学生: いいえ。
30:18 K: いいえ。待って。 一歩一歩行ってください。 なぜ君は、いいえ、と言いますか。
30:31 学生: 経験のみのせいで、 僕たちは考えます。 経験なしに、僕たちは考えられません。
30:41 K: 君は、経験なしに、 考えることはない、と言っています。 それが、君が言っていることですか。 神経質にならないでください。
30:50 学生: はい。
30:52 N: 彼は、経験のせいで、 私たちは考える、と言いました。
30:54 K: ええ、そのとおり。同じことです。 さて、ちょっと待ってください。 経験は、制限されていますか。 気をつけて、これに答えてください。 一番上の大きな男の子たちと 小さな男の子と女の子たち、みんな - 経験は、制限されていますか。
31:19 学生たち: いいえ、先生。
31:22 K: いえ。気をつけて、見てください。 気をつけて。答えないで、 考えぬいてください。 気をつけて、見つめてください。
31:32 学生: 毎日、新しい経験を しつづけます。
31:42 K: いいですよ。君がいう 経験とは、どういう意味ですか。
31:51 学生: 何か興味深いことが、 僕たちに起きるんです。
31:55 K: 何か興味深いことが、 私たちに起きる。 それはまた、不快なのかもしれません - 痛いなど。 で、この経験は何を・・・いいえ、これは あまりに困難です。君たちはまだ・・・
32:11 学生: それは、自分に依存します - 経験が制限されているとか・・・
32:19 教師: 彼は、それは、自分に 依存すると言います - 自分の経験が、制限されているのか、 制限されていないのかは、です。
32:29 K: 経験は、君に依存する - それが制限されているのか、 制限されていないのかを、 見出すには、です。 お兄さん、君は、 私の質問に答えていませんよ。
32:44 学生: それを望もうと望むまいと、 経験を獲得します。
32:55 K: これが、君がこの学校で 学んできたことすべてですか - ただ反復することが、ですか。 さて、私は、君たちとともに、ゆっくり 行きましょう。 学んでください。 記憶しないで - 理解できますか - 学んでください。 進みながら、発見してください。 いいですね? 私は、車で経験をします。 私は、注意を払っていませんでした。 私は他の車に、ぶっつけました。 いいですか? いいですね? それで、ラジエーターが 破損しました。 で、その出来事が、 頭脳に登録されてきました。 ですね? 記憶として、です。ですね? 私は、丘のてっぺんへ登り、 向こう側に何があるかを見る 経験を、します。 いいですね? 他の丘々があり、はるかに高い。 で、この小さな丘に登ることは、 制限された経験です。 いいですか? 理解できますか。 より高い山に登って、見る - もう少し多くの・ ・・経験ですが、 やはり制限されています。なぜなら、 さらに高い山々が、あるからです。 34:44 経験すべては、いつも 制限されています。 気をつけて、気をつけて。 考えぬいてください。 よろしいですか。 科学者たちは、ここ二百年の間に、 ものすごい経験、知識を 蓄積してきました。 ですね? ちょっとずつ、です。 理論。 その理論は、証明されたり、 反証されたりします。 それから、新しい理論、 新しい仮説が、 証明されたり、 反証されたりします。 で、次第に彼らは、甚大な量の 知識を、築き上げますが、 それはやはり、制限されています。 なぜなら、発見されるべきことが、 もっとあるからです。 いいですか? で、知識すべては、 過去においても、未来においても、 いつも制限されています。
35:56 学生: もし経験が制限されているなら、それは、或る種の分割を、含意しています。 私が理解しないのは・・・
36:03 K: いえ、いえ。 分割とそれらを、 気に掛けないでください。 ただ、経験すべては制限されている という事実を、見つめてください。 学生: いいですよ。
36:12 K: いいですよ、ではない。
36:14 学生: 経験は、 制限されているでしょう。
36:16 K: そうなのです。 学生: ええ、そうです。
36:19 K: それは、君にとって事実ですか。または 君は、私に続いて反復していますか。
36:20 学生: いいえ、それは事実です。
36:22 K: それは、経験すべてを、 意味しています。
36:25 ゆえに、経験から 知識を持ちます。
36:27 ゆえに、知識は、いつも 制限されています。いいですか? さて、さらに一歩、前進します。 知識すべては、頭脳に 記憶として、蓄えられています。 いいですか?  同意しますか。 で、記憶は - 何ですか? - 過去の物事の思い出などです。 いいですか。 その記憶。 その記憶から 思考が生じます。 いいですか?  いいですか? 明らかですか。 で、思考はいつも、 制限されています。 ひとたび、経験は制限されている、 知識は制限されていることを、 認めると、 そのとき、記憶は制限されていて、 思考は、間違いなく 制限されています。 37:42 で、これの重要性を、見てください。 年長の人々は、これらに 注意を払っていますか - 年上の少年たちです。 そうでないと、思いますが。 君たちは、これらに 退屈していますか。 上級の、第九、第十、 第十二学年は? ええ、残念ながら、 君たちはそうだと、私は思います。 彼らは、注意を払いません。 それは、だいじょうぶです。 君たちの何人かは、 これに注意を払います。 で、思考は、記憶より 生まれますが、 記憶は、知識より生まれます。 知識は、経験より生まれます - ずっと通して、制限されています。 いいですか? 制限された思考が、してきたことは、 人々を分割することです - インド人、イスラム教徒。 思考がこうしてきたのです。 38:55 いいですか。同意ですか。 思考が、宗教を 分割してきました。 大聖堂、大きな寺院とモスク などなどを、築いてきました。 その中にある物事すべては、 思考により、創案されています。 理解できますか。 気をつけて、本当に、 これらの真理を見てください。 なぜなら、それは君を、ものすごく 助けてくれるだろうからです。 で、私たちの行為、私たちの感情すべて、 することすべてが、制限されています。 なぜなら、それは、思考により、制限されているか、形作られているからです。
39:51 学生: 僕たちの生全体が、 思考のまわりを回転します。
39:54 K: そのとおりです。で、君の 生全体が、制限されています。 制限があるところ、葛藤が あるにちがいない。 ですね?  ごらん。君が自分自身について、 一日中、考えているとき、 それは、とても制限された事柄です。 彼は、彼自身について考えるし、 私は、私自身について考える。 ゆえに、何が起きますか。 私たちは、永続的に 葛藤の中にいます。 彼とではありません。 なぜなら、彼は すてきな少年であるからです。 理解できますか。 何であれ、制限されているものは、 葛藤を誘発します。 私は、私自身について考えるし、 君は、君自身について考える。 私自身は、とても小さい事柄ですし、 君が君自身について考えるのは、 きわめて小さい事柄です。 41:09 私たちの関係は、 とても小さい事柄ですし、 ゆえに、小さいもの、 制限されているものは、 葛藤を、誘発するにちがいない。 もたらすにちがいないのです。 国に所属することは、 とても小さい事柄です。 いいですか? たとえば、「私の国家、民族。 私はインド人だ」 - それは、とても制限されています。 イスラム教徒は、「私はパキスタン人だ」 とか何とか、言います。 で、分割がある。 葛藤、抗争がある。 すなわち、制限があるところ、 分割がある。 ゆえに、葛藤、抗争がある。 これは法則です。
41:54 学生: 葛藤があるところ、 関係がないと、仰ります。
41:57 K: それは、さらに先です。 これは分かりますか。 お分かりですか。
42:13 学生: それは、やはり思考です。 それは、やはり思考です。なぜなら、 そこからは、何も出てきていないからです。
42:22 K: いいえ。 なぜ、何かが出てくるのですか - 何からですか。
42:31 学生: 見ることから出てきます。 (聞き取れない)
42:37 K: 君たちは、何かが見えません。 君たちの頭脳は、萎縮しています。
42:45 学生: それは、どこでも 葛藤があるところ、 それは小さいにちがいない、 という意味ですか。
42:50 K: もちろんです。 ごらんください。 アメリカと(ソヴィエト・ )ロシアが、 あります。いわゆる超大国です。ですね? この分割は、彼らの国籍、 民族性により、存在します。 分割は、政府とは何であるかの 彼らの概念により、存在します。 理想により、もたらされた分割です - 私は、マルクス主義を信じています。 彼らは、民主主義を信じています。 で、私の国、私の理想。 そして、彼らは 闘い、闘い、闘います。ですね? で、理想は、制限されています - 当然です。 それで、葛藤、抗争があります。 分かりましたか。 幾らか、分かってください。 さて、私たちは、 君が関係の鏡において、 君自身を、自分が何であるかを見られると、 言うことから、始めました。 いいですね? さて、君は自分自身へ、 無際限に遠く入れます。 君は外的には、 あまり遠く行けません。 44:22 君は、ヒマラヤへ行けます。 何日も掛けて、または、 歩いて何ヶ月か、または、 飛行機で二時間を掛けて、です。 理解できますか。 ですが、それもまた 制限されています。 君は、地球を回れます - 2万4千マイル、 二回か、三回か。 それは、制限されています。 ですが、君は、 自分の関係をとおして、 自分が何であるかを知り、 それへ透徹するとき、 内的に、測量不可能な距離を、 行けます。 いいですか? 私は、それに入らないでしょう。 なぜなら、それは、本当の冥想であり、 あらゆる種類のことが、 そこに関与しているからです。 先日、私たちが会合したとき、私は君たちに、訊ねました - 君の未来は何ですか。 君の未来だけではなく、 君たちの教育者の未来、 人類の未来も、です。 45:47 理解できますか。 理解できますか。 私は君たちに、これを訊きました。 眠らないでください。 君の未来は、 どうなるのでしょうか。 逸れてしまわないでください - 私たちが先日そうしたように、 時は何なのか - よろしいですか - それらに、です。 私たちは、それに入りました。 それに迷わないでください。 君たちは若い。 七歳、十歳、 十五歳、十八歳、二十歳です。 君たちは、出て、 専門校、大学へ行きます。 君は、学位を取り、結婚します。 君は、できるなら、就職するか、 何か他のことを得ます。 君はそこに いて、生涯、行き詰まっています。 ですね? それが、君の未来です。 いいですね? その未来は、きわめて 制限されていませんか。 学生: ええ、それは、きわめて制限されています。 
47:02 学生: ええ、それは、思考により、 もたらされます。 
47:05 K: それは、思考とたぶん他の要因により、
47:07 もたらされます。 それは、制限されています。 で、君の生は、 制限されているので、 他の人たちのためと、 君自身のために、ものすごい紛糾を、 創り出そうとしています。それを 悟りますか。 
47:25 学生: はい。 学生: はい。
47:28 学生: はい、先生。
47:32 K: で、君は、何を しようとしていますか。 理解できますか。 戦争は、凡庸な制限をとおして、 創り出されます。 私たちは、それらに入りました - 凡庸さとは何なのか。 凡庸さは、そうね、 根本の意味を、私は説明しました - 丘を途中まで上っているのです。 君は、経歴がとても良いが、けれども、 徹底的に凡庸なのかもしれません - ほとんどの人々が、 そうであるように、です。 君の未来の生は、 君の親が計画するように、 君の社会が計画するように、 君は、とても制限された生を、 送ろうとしています。 まさにその制限こそが、葛藤、抗争を もたらそうとしています。 私が、私自身について考えていて、 君が、君自身について考えているとき、 私たちのみんなが、必ず葛藤、抗争の 中にいることになる。 よろしいですか。 で、君は、何をするのでしょうか。 「はい、先生」と言わないでください。
48:48 学生: なぜですか。なぜ そうでなくてはいけないのですか。
48:52 K: どういう意味ですか。 学生: なぜ、そのようなのですか・・・
48:53 僕たちは、なぜ そのように生きるのですか。
48:57 K: 君たちは、なぜそのように 生きるのですか。 なぜなら、私たちは、そのようなのを 手放すのを、恐れているからです。
49:07 学生: それなら、手放します。 つまり、それが分かるなら。
49:08 K: それなら、手放して、 何が起きるだろうかを、見てください。 やり抜いてください。 そんなに ユートピア的で無頓着でいないでください。 何が起きるかを、見てください。 私は、試験に通りません。 私はそれらに、興味がありません。 そのとき私は、何をするのでしょうか。 私は、生計を立てなくてはいけません。
49:36 学生: 僕は、可能性を見るでしょう。
49:39 K: 君は、可能性を見る。 可能性とは、君は料理人か、庭師か、 教師になるかもしれないし、 あれらひどい政治家の一人と 実業家の一人か - いいですか? - または、 大学教授になるかもしれません。 それはすべて、ひどく 制限されています。 いいですか?
50:07 学生: はい。
50:10 K: さて、それを辿って 行ってください! 君が、それは制限されていると 言うとき - そうですね? - 何が君に、そう言わせますか。 学生: それが分かります。
50:28 K: はい。それが分かります。
50:30 そのとき君はまた、 制限があるところ、空間がないことも、 分かります。 理解できますか。 それは制限されています。 ゆえに、様々な形の矛盾、闘争、 その他すべてが、 あるにちがいない。 ですね? さて、君が、「はい、分かります」 と言うとき、 それは、智恵が作動していますか。 または、 君は単に、観念に同意するだけですか。 私が言っていることを、 理解できますか。 これらの子は、辛抱できなく なりつつあります。すみません。
51:14 学生: 僕は、関係の中で 自分自身を観察するとき、 自分は何かになりたいが、自分は 他の何かをすることが、分かります。 でも、それは、思考のせいです。
51:25 K: ええ、それもまた制限であると、私は 言いました。私たちは、それへ入りました。
51:29 学生: 僕たちはどうやって、 それを破りますか。 僕はどうやって、それなしに 自分自身と関係を持ちますか。
51:40 N: 彼は、私たちはどうやって、 それを破るか、と言います。
51:42 K: 君はそれを破りません。 君は、それがどんなに白痴的なのかが、 分かり、それより離れます。 私は、民族性、国籍が戦争の原因、 百万ずつ人々を殺すことの 原因の一つであることが、分かるなら - おぞましい観念で、 残忍で、邪悪です - 私はもはや・ ・・ 私はどの国にも、所属していません。 君たちは、何か本当に 重要なことを、見逃しています。
52:24 学生: 先生、すると、 どのように生きますか。 それを悟った後、 どのように生きますか。
52:29 K: 私はどのように、 何を生きますか。
52:31 学生: つまり、こちらの誰もがみな、 料理人や庭師になるのが、 凡庸であることが、分かるなら、 つまり、彼らは、料理人や 庭師にならないでしょうし、 僕たちは、どこから 食べ物を得ますか。
52:46 N: あらゆる物事が、凡庸で制限されていると言うなら、私たちは何をしますか。
52:52 K: 君は、自分が 凡庸であることを悟り、 それを破って抜けるなら、 智恵があります。 そのとき君は、 凡庸であるのを、止めます。 君は、智恵ある人間です。 そのときその智恵が、君に、 何をすべきかを、語るでしょう。 君たちはそのとき、それについて 気に掛けなくていい。 そうね、これが、 その不幸な部分です。 私は、何かとても興味深いことの 最中に、去って行きます。 君たちはまだ、本当のことを、 まったく掴んでいないのです。 さて、逆の方から 見つめてください。 君は、宗教とは何だと、 考えますか。 君にとって、宗教は何ですか。 君にとって、です。 君にとって、宗教は何ですか。 理解できますか。君は、この問いに 答えなければなりません。
53:54 学生: どのように生きたいのか、です。
54:04 K: それが宗教ですか。 君が生きたいさまですか。
54:08 学生: 一通りには、それが宗教です。
54:11 K: いいえ。私はお訊きしています。 君たちは、人々が寺院へ 行くのを、見ます - インドの寺院すべて、 そしてモスクを見ます。 教会を見ます。 教会の内側、モスクの内側、 ヒンドゥー寺院の内側を、です。 彼らは崇拝し、それらが進みます。 君は、それを 宗教と呼びますか。 進んでください。私に答えてください。 君は速すぎます。答えてください。
54:52 学生: 自分自身を他人より 分離する、たやすいやり方です。
55:02 K: ああ、いいえ。君が寺院へ入るとき、 そこにも、たくさんの人々がいます。
55:16 学生: 他の誰かに従うとき、 自分自身で考えたくなくて、 体系に従っているとき、です。
55:27 K: 君たちは、自分は この国に生きてきたが、 それらを探究したことがない、と 言うつもりですか。 君は何と仰りますか。 君にとって、宗教とは何ですか。
55:45 学生: 宗教は、 憎しみに満ちています。 なぜなら、僕たちは、互いに 理解し合えないからです。
55:55 K: 私たちは憎しみに満ちているから、 私たちは互いに理解し合わないので、 宗教は、ほとんど意味がない。 そういうことですか。
56:04 N: 彼は、宗教は 憎しみに満ちている。 なぜなら、私たちは互いに 理解し合わないから、と言います。
56:10 K: 同じことです。 そうね、君たちは、 どうやって世の中へ出て行って、 これらを理解しないでいられますか。
56:21 学生: 宗教といって、僕が 理解するのは、これらです - 寺院とモスクと・・・
56:29 K: 君はそれを、宗教と考えますか。
56:31 学生: それが、宗教であると 僕が言われてきたものです。 僕は、他に何も知りません。
56:37 K: なぜ君は、それを受け入れますか。 なぜ君は、それを究明しませんか。 君は十分に年長です。 なぜ君は、宗教とは何であるかを、 見出しませんか。 このすべての迷信、信念、伝統、 寺院へ行くこと、 供養をすること・・・
56:55 学生: でも、それは、宗教ではありません。 それは、宗教ではありません。
56:59 K: では、何が宗教ですか。 学生: それは宗教ではありません。
57:01 K: もし君が、それは宗教でないと 言い、本気でそのつもりなら -
57:04 お兄さん、ちょっと待って。 もし君が、それは宗教でないと 言い、本気でそのつもりなら、 君は、何が宗教であるかを、 見出さなければなりません。 なぜなら、人は、一番古い時代から、 「これらは何なのか。 これらよりはるかに大きな何かが、 あるにちがいない」と、 言ってきたからです。 一番古代のシュメール人、 ギリシャ人、エジプト人から - いえ、エジプト人、ギリシャ人、 イスラエル人、 ハラッパー、モヘンジョダロにいた、 それらすべての人々。 ハラッパーを知っていますね。 君たちは、 それらすべてを、知っていますか。 彼らはみんな、神が何であるかを、 見出したいと思いました。 神でなければ、他の 或るものが何であるかを、です。 それはすべて、或る種の迷信的なごみへ、 落ちこんでしまいました。 いいですか? ですが、何かがあるにちがいない。 いいですか? 宗教とは何ですか。 これらは、何なのですか。
58:26 学生: 宗教は、自分の一組の 観念に、従うことでしょうね。
58:36 K: ああ、何と! 宗教は、自分の一組の観念に、 従うことであるはずだ、と。 君の観念は、何ですか。
58:47 学生: (聞き取れない)
58:56 K: 君は、観念が何を 意味しているかを、知っていますか。
59:05 いえ、私はそれに入らないでしょう。 学生: 宗教は愛です。真の宗教はそうです。
59:11 K: 宗教は愛ですと、 小さな男の子が言います。 君は、その樹を、 愛していますか。 草の葉を? 君は、鳥たち、来る猿たちを、 愛していますか。 おそらく君たちは、みんな たくさんのお猿さんなんでしょう。 私たちは、止めなければなりません。 ですが、これへ心を注いでください - 成長した方々は、見出してください。 なぜなら、さもないと、 生は、何の意味もないからです。 理解されますか。 毎日、オフィスへ行くこと、 一日中、料理人とか、 偉い政治家とかでいること。 これらは、何になりますか。 または君は、すばらしい経歴を持つ。 学生: どうにか生きていくには、 何かをしなくてはいけません。
1:00:17 N: 彼女は、 どうにか生きていくために、
1:00:21 何かをせざるをえない、と 言っています。
1:00:30 K: それへは答えが、ないでしょう。 それなら、そのことをつづける だろうことを、何かしてください。 それなら、君は、 機械の中の歯車になる。 そうね、君たちはみんな、防御に 立っています。 いいですか? 君は究明しない。 君は、それを やり遂げない。それに入らない。 これで君を助けることが、 教育者の機能です。 私が、もしも、ここ(リシ・ ヴァレー)に留まったなら - 私はそうしようとしていません。 だから、悩まないでください - もしも私がここに、君たちの 教育者として留まったなら、 私は、君たちとともに、 このすべてに、入るでしょう - 冥想とは何なのか、 これらを越えた何かが、 何か神聖なものが、あるのかどうか、 そして、精神は・ ・・頭脳は 静かであり、本当に静かでありうるのか、 などなどなど、です。 1:01:59 ですが、そうね、君たちはみんな、 職を持つよう、訓練されて、 志向していますね。 それが、君の関心事すべてです。 結婚し、良い経歴を持ち、 他のすべてなんか、 くそくらえ、と。 いいですか?  よろしいですか? いいですか。 正直でいてください。ええ。 で、君は、自分自身に、 関心を持っているだけです。 君自身は、とても小さな事柄です。 それは、小さな池のガマガエルに、 似ています - たくさん騒ぎ立てています。 世界全体が、ものすごい破滅を 被ろうとしています - 核戦争です。 核戦争がないのなら、 細菌戦争、 普通の戦争、通常の戦争。 コンピューターは、君たちの頭脳に 取って代わろうとしています。 アメリカの スーパーマーケットに入るなら、 そこの女の子は、数えもしません。 それは、電子と レーザー光線で、行われます。 それがされて、二、三秒で お勘定が、出されています。 1:04:04 で、私たちの頭脳は、次第に、 萎縮しつつあります。 君たちのが、 そうであるように、です - 君たちが、反復し、反復し、反復するの ではなく、実際に働かないなら、です。 まあ、私たちは、十分に 話をしてきました。 しばらくの間、 静かに座って、見ましょう。 君が静かに座るとき、 自分の思考を見守り、それらに 付いていってください - 一つの思考を追求できるのか、または、 一つの思考が、別の思考により 中断させられるのか、など、 ただそれを見守ってください。 よろしいです、みなさん。
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