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WO78DSS1 - クリシュナムルティ学校の目的 home
ウルフ・レイク学校 学校討論、第1回
カナダ、ヴィクトリア
1978年4月20日


0:19 質問者: おそらく私たちは、 クリシュナムルティ学校の目的について、 議論できるかもしれません。
0:23 クリシュナムルティ: はい。
0:47 あなたは、何と思いますか。 その意味は・ ・・ 教育を受けるとは、 どういう意味ですか。 なぜ私たちは、教育を 受けるべきですか。 何の理由のためですか。 その言葉「教育 (エジュケーション)」の意味は、 (語源的に)引き出す、 引っ張り出す、という意味です。 私は、それがどういう意味なのかを、 よくは知りませんが、 その言葉が、どういう意味なのかは、 さほど大事ではありません。
1:38 そうね、このような場所では、 または、私たちが関係している インドの諸学校と、 また、イングランドのものと、 カリフォルニアのものと、 ここで、ですが、 重要なことは、 理解することであるように、 私には思われます - すなわち、自由とはどういう意味か、 権威とはどういう意味か、 学ぶとは、どういう意味か、 ということを、です。 私たちは、それに 入っていいですか。 多かれ少なかれ、それが、 含意されていることでしょう。 学校(スクール)という言葉、 その言葉の根本の意味は、 余暇です。 余暇を持つことです。 2:38 余暇とは、 占有されていない精神、 たくさんの悩み事、個人的なこと等々に、 満たされていない精神、という意味です。 で、学ぶには、精神は、 自由でなければなりません。 学ぶための時間を、 持たなければなりません。 学ぶための余暇を、 持たなければなりません。 完全に占有されていない精神を、 持たなければなりません。 それが、意味です。 なぜなら、学べるのは、あなたが、 大変多くの余暇を 持つときだけであるからです - 私たちは、よく気をつけて、 その言葉について、 議論しようとしています。
3:20 で、そこに関与したことが、 幾つも、あります。 私たちがいう余暇とは、 どういう意味ですか。 そして、私たちがいう、学ぶとは、 どういう意味ですか。 あなたたちが注目されたのか どうか、私は知りませんが、 あなたは、充分な時間を 好奇心を、探究の感覚を 持っていないなら、 学べません。 いいですか? あなたは、好奇心、興味を 持たなければならないし、 その興味が、 花開くため、育つため、 繁殖するため、増大するための時間を、 持たなければなりません。 いいですか? どうぞ、それについて、 ともに話し合いましょう。 私は、法を定めていません。 私は、権威ではありません。 私は本気で言っています。 私たちは、今すぐ、よく気をつけて、 それに入るでしょう。 で、私たちがいう、その「余暇」という 言葉は、その好奇心が花開くために、 存分に時間を持つこと、それで 学ぶことを、意味しています。 4:44 ですが、あなたは、 余暇や時間を、持っていません。 あなたは、自由に 探究できないなら、 あなたの精神が、あなたの考えが、 いつの時も、何らかのことで 占有されていないなら - 遊びで、互いにからかい合うことで、 食べ物で、そうね、 自分の精神に入ってくる、あらゆる種類の 思考に、占有されていないなら、です。 その精神が、これらすべての 思考でもって、満たされていないとき、 あなたは、学ぶための一定量の 余暇を、持っています。 ですね? 私は、余暇というその言葉を、 明らかにしましたか。 それは、あなたが、本を手に取る とか、森の中へ彷徨い込むとか、 占有されるために何かを読む、と いった意味ではありません。 「外へ出て行き、遊びなさい」と 昔、イングランドで 言われたように、です - 私が彼らの幾人かと、 一緒にいたとき、です。 「麗しい一日です。外に 出かけて行き、何かを殺そう」と。 5:52 で、あなたは、 この余暇の感覚を、持ち、 占有されていない精神を、 持っているのでなければ - 自分自身、自分の楽しみ、 自分の髪、自分の顔、 自分の色、自分の背丈、 自分の美しさで、 自分が、こうでない、ああで ないのかどうかの占有、です。 それは、占有されていないのなら、 学ぶ能力があるのです。 ですね? 「学校(スクール)」という言葉は、 余暇という語源から、来ています - 学ぶための余暇を、 たっぷり持つことです。 いいですか? 私たちは、これについて、 議論するでしょう。
6:34 そのとき、それはまた、 こういう意味合いです - 学ぶには、自由が なければならないのです。 さて、自由とは、 どういう意味ですか。 私たちがそれがどういう意味で あってほしいかを、私は知っています - 何でも自分がしたいことを、 することです。 いいですか? このように麗しい日に、 外に出かけ、 この川沿いに登り、 歩いたり、遊んだり、 または、 学習以外の何でも、する。 自分がしたいことを、 すべて、する。 それが、私たちが一般的に、 自由と考えるものです。 そうですか。 それは、自分が好きなことを する自由を、含意していますか。 これは、無量の問いです。 理解されますか。 これは、学校生徒の 問いだけではありません。 それは、関係しています - この自由の観念は、全世界に、 関係しています - 大人たち、若者たち、教育者、 科学者、哲学者、 あらゆる人が、この自由という 言葉に、関心を持っています。 7:45 (全体主義の)ロシア人すらも、です。 (共産主義の)ロシアのソヴィエトでは その言葉を、使いませんが、 政府に反対する異論者たちは、 自由について、話しています。 宗教ですら、特に東洋では、 自由の観念が、 尋常でなく存在します。 で、私たちは、その言葉がどういう 意味かを、見出さなければなりません。 それは、あなたにとって、 どういう意味ですか。
8:16 質問者: まあ、自由は、私にとって、 誰かが内面が自由であるなら、 彼らは一種、所有と物より 自由である、という意味です。
8:27 K: 私はよく付いていけません。
8:30 質問者: それで、彼らは・・・
8:40 K: 自由は、あなたにとって、自分の 好きなことをする、という意味ですか。
8:45 質問者: ええ。 K: ええ? もちろんです。
8:46 K: 一般的に、それが、 その意味するところです。
8:48 あなたがしたいことを、 じゃまする人は、誰でも、 権威主義者と呼ばれます。 ですね? 私は、何かをしたいと思います。 あなたがやってきて、私が それをするのを、阻止します。 あなたは、「あなたは、私が自由に 行動するのを、阻止している」と言います。 そのとき、あなたは、 権威、独裁者、 暴君、親などに なります。 ですね? で、自由は、 自分がしたいことを する、という意味ですか - 何でも、あなたが したいことを、です。 さて、 西洋では - そこには、 ヨーロッパ、アメリカなどが 含まれます。 西洋、です。 自由は、一般的に、 各個人、あなたが、 別個の人間として 自分がしたいことを、 自由に選択できる、 自由に動ける、という 意味合いです - 町から町へ、職から職へ、 個人企業から、などなどです。 10:17 それが一般的に、西洋で、自由と 考えられているものです。 私は、それを、きわめて 制限された形で、表しています - 私たちは、今すぐ、 それに入るでしょう。 それに反対して、 共産主義世界全体が、 あります - ご存じですね? ロシア、中国と東ヨーロッパの (共産主義)世界は、 「それは戯言である」 と言います。 「私たちが国家である。 その国家の中の人民、人間、市民は 制御されなければならない」と。 で、彼らは、選択がありません。 彼らは、職から職へ、 町から町へ、動けません。 何をしても、彼らは、 この(共産党の)政治局の 権威により定められた規則や様式に、 従わなければなりません。 11:08 政治局は、最高の 統治組織です。ですね? で、これら二つの体制が、 あります。
11:16 これらを理解されますか。 一つは、全的に、 個人の自由に、反対しています - 何でも自らがしたいことを する自由に、です。 彼らは、自らが読みたい本を、 どれも読めません。 彼らは、自分たちの政治について、 自由に話すとか、 自分たちの政府を批判するとか などはできません。 ところが、西洋では、 アメリカすべてと 西ヨーロッパを含めて、 各個人が、自分の好きなことを できると、思います。 ですね? 個人は、職から職へ、 町から町へ、行けます。 一つのものを離れてゆき、 他のものを試せます。 それは、自由企業と呼ばれます。 で、それら二つの巨大な ブロックの体制が、あります。 いいですか? これを理解されますか。 もちろん、それについて、 すべてご存じです。 12:25 で、各々が、自らの錯綜、 自らの悲惨、 自らの混乱を、持っています。 西洋は、自由は選択を意味する、 と言います - 自分が好きなことを 選択できる、と。 ですね? そして、専制的な 全体主義の国家では、 あなたは選択できません。 政府が、あなたのために、 選択します。 「あなたは、あの工場で、余生の間、 働かなければならない。 あなたは、或る大学へ 行かなければならない。 あなたは、もしそこで良くなければ、 労働者になるだろう」などと、です。 それはすべて、そこでは 強制的な社会です - 理解されますか。 ここでは、自分は自由であると 考えます。 このような学校を始めること - 全体主義国家では、 それはできません。 で、これが一般的に、 自由と考えられています。 13:28 いいですか? さて、私たちは、問おうとしています - 自由とは何ですか。 これが、自由ですか - 自分が好きなことをする、 自分が好きなことを、 選択する - 仕事、専門職、経歴。 他の世界は、「あなたは 自分自身で選択しない。 私たちが、あなたのために、 それを選択する」と言います。 理解されますか。 で、これら二つの 統治体制が、あります - 経済的、社会的、 その他すべての、です。 で、これらの二つの体制を、 当分の間、脇に置いておいて、 私たちは、自分自身に訊ねるでしょう - 自由とは何ですか。 実際に、自由は何ですか。 あなたは、自由ですか。 あなたは、好きなことをできますが、 あなたは自由ですか。 自由 - 物理的に 自由なのではなくて、です。 理解されますか。 それが、問いの一面です - 私たちはそれに入るでしょう。 14:44 物理的な自由と、 内的な自由が、あります。 ですね? 心理的なのは、内的な自由ですが、 そして、物理的な自由、 外的な自由です。 理解されましたか。 いいです。 西洋世界で、 あなたたちは、 物理的に自由ですが、 内的に、あなたたちは、みんな 奴隷ではないですか。 なぜなら、私たちは模倣し、 私たちは順応し、 私たちは伝統的であり、 私たちは恐れているからです。 それらは、ですね、内的に 私たちは、監獄の中にいますが、 外的に、私たちは、行って、 好きなことをできます。 これをお分かりになるのか どうかと、思われます。 あなたは、この学校を離れて、 別の学校へ、行ってしまえます。 または、特定の職を離れて、 別の職へ行けます。 ですね? ところが、全体主義国家では、物理的に あなたはそれらをできません。 16:18 心理的には、何でも 好きなことを、できます。 なぜなら、それは 大事でないからです。 「好きなことを、考えなさい。 でも、それを言葉に表すな」と。 理解されますか。 ここで、あなたたちは、 物理的に自由です。 あなたは、ヴァンクーヴァーの学校へ、 行きたいと思い、親に頼むでしょう。 すると、彼らは、あなたを そこに送ってくれるでしょう - 両親が乗り気であるなら - などなどです。 で、私たちは、訊ねています - 自由であるとは、 どういう意味ですか。 生物学的、物理的に、だけではなく、 内的にも、です。 自由であるとは、 どういう意味ですか。
17:06 質問者: 触れていること。
17:11 K: ゆっくり、それに 入りましょう - 一歩一歩です。 そうね、 数学は - あなたたちは、幾らか ご存じですが、数学は、順序でしょう。 一つに続き、もう一つ。 適切な順序がないなら、 無秩序があります。 いいですか? で、私たちは、 順序よくしましょう - 何らかのことへ、 跳びつくのではなく、 一歩一歩、順序よく 行きましょう。 それで、終わりに、私たちは、 秩序があるのを、知るように、です。 いいですか? で、私たちがいう、自由とは どういう意味ですか。 自由とは、権威を持たない、 という意味ですか。 警察官の権威が、あります - (道路の)通行ですが、何ですか。 ここ(カナダ)では、右側通行ですね。 または、左側ですか。 質問者: 右です。
18:29 K: 右ね。
18:31 K: ヨーロッパでは、やはり右です。 右側通行です。
18:32 イングランドでは、車を 運転しているとき、左側通行です。 あなたは、それに服従せず、 右側を走るなら、 自分がけがをしたり、 誰かを殺したりするかもしれません。 で、あなたは服従します。 いいですね? すなわち、 あなたは、服従します - あなたは、服従します - なぜなら、あなたは、他の人たちを 傷つけるかもしれないし、 あなた自身を傷つけるかも しれないからです。 それは、秩序です。 ですね? いいですか。 この点は明らかですか。 すなわち、 政府の法律に服従する - 例えば、右側通行です。 イングランドでは、左ですし、 残りの世界では、右ということですが、 いや、アメリカも、そうじゃないかな? おやまあ、私は 忘れてしまいました。 すると、イングランドで、 だけですか。 質問者: インドでも、です。
19:36 K: もちろん、インドもです。
19:37 たぶん、それらはすべて、 変化するのでしょう。 あらゆるところが、まもなく 右側走行になるでしょう。 そして、あなたが 税金を払わないなら、 様々な形で処罰する、権威が、 あります。 で、あなたは、それに 従わなくてはいけません。 それで、 無秩序があるところ、 無秩序こそが、権威を 創り出します。 いいですか? 理解しましたか。 それは明らかですか。 あなたたちは、ムッソリーニについて、 聞いたことがありますね - あなたたちの幾人かは。 もちろんです。 彼は、権力を握りました - なぜなら、イタリアは、全的に 無秩序になっていたからです。 列車は、定時に走っていなかったし、 荷物は、盗まれました。 路面電車は、定時に走らなかった。 バスもそうだった、などです。 20:51 次第に、ムッソリーニは、 権力を握りました。 無秩序の中から 彼は、創り出されました。 この種類の学校を、 取り上げてください。 もし、無秩序があって、各々が 自分の好きなことをして、 食事のために、好きなときに現れて、 (朝、)好きなときに、起きて、 そうね、無秩序です。 そのとき、あなたは、権威を 創り出すことに、責任があります。 その錠剤を、呑み込んでください いいですか? で、無秩序があるとき、 権威は存在します。 秩序があるとき、 権威はありません。
21:47 私は、あなたたちに、秩序正しく なるよう、頼んでいません。 私たちは、初めに 検討しようとしています - それら「秩序」と「無秩序」という 言葉が、何を意味しているか、ですね? 私たちが言いましたように、 西洋世界には、 無秩序があります - 全体主義国家によれば、です。 なぜなら、(全体主義国では) あらゆる人が、一定の時刻に起きて、 あらゆる人が、同じ仕事へ行き、 あらゆる人が、行き、従うからですが、 ここ(西洋)では、 民主主義の世界は、 めちゃくちゃのなかを、 格闘してゆきます。 全体主義の世界には、 めちゃくちゃはなく、 完全な権威が、あります。 権威が、秩序を 創り出してきましたが、 その権威は、無秩序の中から 出てきました。 22:51 分かりましたか。 理解されますか。 で、自由とは、 内的にも、外的にも、 完全な秩序があるかぎり、 権威はない、 という意味合いではないですか。 いいですか? もしも、この世界のあらゆる人が、 適切に、正直に振るまったなら、 政府は、必要ないでしょう。 ですね? 私たちはみんな、 ひどく不正直であり、 ひどく利己的であるから、 政府は、「いいか、 これは不可能だ」と言うのです。 で、無秩序があるところ - 各々が、自分の 好きなことをする、 好きなときに、食事に来る、 好きなときに、ベッドへ行く、 好きなときに、授業に出席する、 などなど、 それは、このような小さな 共同体での無秩序ですが - そのとき、この無秩序の中から、 誰かが、「どうぞ、後生だから、 これを組織化しよう」と言います。 理解されますか。 24:11 それが、権威を創り出します。 これは、明らかですか。 私が、無秩序であるとき、 あなたが、権威になろうとしています - それは、私が創り出したのです。 そのとき、私は、その権威に 反逆します - 私がそれを創り出して きたことを、悟らずに、です。 これを理解されますか。 で、権威と私自身との間に、 闘いが、ある。 権威は、 それを創り出した私です。
24:48 分かりましたか。 これを理解されますか。 それで、秩序は、誰かに 従うことを、意味していますか。 秩序は、服従することを、 意味していますか。 秩序は、課業に従うことを、 意味していますか - 機械的な課業に、です。 私は、毎朝6時に起きて、 ヨーガをします。 あなたたちが、ここでヨーガを するのかどうか、私は知りません。 6時に、です。 私は、どんな境遇の下でも、 それを破らないでしょう。 6時。 よろしいですか。 課業です。 それが秩序ですか。 で、私は、秩序が何なのかを、 見出さなくてはいけません。 秩序とは何ですか。 それにゆっくり、一歩一歩、 入ってください。 初めに、物理的に、です。 あなたの部屋 - あなたが、 自分のソックスを、適切な所へ、 ドレスを適切な所へ、 靴を適切な所へ、 ハンカチなどを適切な所へ、 置かないなら、 あなたは、ソックスを履きたいとき、 至る所を探し回るでしょう。 26:30 ですね? 時間のむだ、 エネルギーのむだです。 ところが、あなたが、あらゆるものを、 その適切な所へ置くなら、 無秩序はありません。 あなたは、時間を むだにしません。 あなたは、自分のソックスが、ちょうど どこにあるかなどを、知っています。 いいですか?
26:51 それで、秩序は、 外的にも、内的にも、 あらゆるものごとを、 その正しい所へ置く、 という意味ではないですか。 いいですか? 内的に、 あらゆる物事を、 その正しい所へ置く。 それが、どういう意味なのかを、 考えぬいてください。 結論に、 跳びつかないでください。 「これはそうだ」と 言わないでください。 それに入り、それを検討し、 探検してください。 あらゆる物事を、 その正しい所へ置くとは、 どういう意味ですか - 内的に、です。 それは、心理的に、と 呼ばれます。 自分にお金は必要です。 ですね? ですが、お金が、 世界全体になるなら、 お金が、私の人生の 唯一つのものになるなら、 私は、お金を その正しい所へ、置きません。 いいですか? 分かりますか。 そして、私たちが熱狂している、 他の物事は、何ですか。 お金。 私は、セックスには 入らないでしょう。 なぜなら、あなたたちは、 あまりに・ ・・ お金、それから何ですか。
28:36 質問者: セックスです。
28:43 K: やれまあ、そうね。 セックス - いいですよ。 なぜ、世界は、セックスを こんなに重要にしてきましたか。 理解されますか。 そうね、雑誌を 手に取ってください。 あらゆるものが、 セックス、セックスです。
29:13 質問者: それは、 私たちの回り中に、あります。
29:16 K: あなたの回り中に、です。 それは、世界を満たします。 ですね? なぜですか。 なぜセックスは、非常に 重要になったのですか。 たぶん、お金の後、それは、 世界で最大のものです。 あらゆる物事を、 秩序立ててください。 私たちは、こう言いました - お金が、私の人生すべてになるとき、 私は生涯ずっと、お金を 探し求めているだけです。 それは、場違いでしょう。 生には、他の物事もまた、 あるのです。 で、セックスが、私の世界すべてを 満たすなら、それは、場違いです。 ですが、なぜ人は、人間たちは、 それを、 こういう甚大な、輝かしい、充足し つくす存在に、してきたのですか。 考えぬいてください。
30:50 質問者: 一つのことは、ですね、
30:54 それは、ほとんどの人々へ、 一番楽しみを与えます。 それはもっと、楽しみを与えます。
30:56 K: そうですか。
30:57 質問者: また、それにより、 もっと安全を感じます。
31:00 K: いえ、いえ。一歩一歩、 一歩一歩、行ってください。 何かに跳びつかないで、です。 その物理的な楽しみが、 ありますね。 で、楽しみは、世界を 満たしてきました。 楽しみは、最も重要なことに、 なっています。 それが、セックスであっても、 それが、あなたが、たくさん お金を持っていて、 好きなことができるときの、 楽しみであっても、です。 これを買う、 あれを所有する楽しみ - 住宅、家具、 すてきなカーペットとヨット。 そうね、楽しみ、です。 いいですか? あなたが、その楽しみを 妨げるとき、 それが、性的な楽しみでも、 お金の楽しみでも、 所有の楽しみでも、 敵対が、あります - 充足していない感覚、です。 それで、あなたは、怒ります。 あなたは、暴力的になります。 あなたは、神経症になります。 32:07 いいですか? で、なぜ私たちは、セックスを、 その適切な所に、置かないのですか - あの一つのことでもって、私の存在の 全体を充たさないで、です。 理解されますか。 それは、 するのが、きわめて困難なことです。 で、私たちは、「それについて 悩まないでください」と言います。 それは、困難です。 すべきことは、こうです - 何があなたに、楽しみを与えるのでも、 それをしてください。 それと折り合ってください。 それについて、大騒ぎをしないでください。 結果でもって、無秩序があります。 結婚した人々において、 結婚していない人々において、 それが、人生で、彼らの人生を 充たす唯一つのことであるなら、 無秩序があるに ちがいないのです。 アンタンデュ・ サ? (聞こえましたか) ヴザヴェ・ コンプリ? (理解しましたか) ビャン?アレズィ (いいですか。どうぞ)
33:26 で、私たちは、お金、セックス、 と言いました。 他に何がありますか。 それは、私たちが、それらを その適切な所に、置かないなら、 無秩序があります。 同意しますか。 あなたが、ソックス、ドレス、シャツ、 その他を、適切な所に、置かないなら、 あなたの部屋に、 無秩序があるように、です。 そして、誰かがやってきて、 言います - 「どうぞ、それらのものを、あなたの 引き出しに、あなたの適切な所に、 収めてください」と言います。 あなたは、怒ります。 あなたは、「あなたは 権威主義者になった」と言います。 ですね? で、それは、あなたの過失です。 誰かが権威になったわけではない。 例えば、 あなたたちみんなが、 10時に就寝することとか、 何でもいいですが、合意して - 8時か、9時か、10時か、 何に決定するにしても、 あなたは8時か、9時か、10時に 就寝すると、私たちがみんな同意した後、 あなたが就寝しないなら、 誰かが言います - 「ああ、 どうぞ、あなたたちは今、三日間、 合意の時刻を越えて、夜更かしを してきた」と言います。 そのときあなたは、振り返って、 こう言います - 「いいかい。 僕は、ここは自由な学校だと 思ったが、あなたは私に、 34:37 何をすべきかを、語っている! あなたは、権威になってしまった」と。 よろしいですか。 そして、あなたは、 昼食や朝食や夕食へ、 好きなときに、現れます。 それは、食べ物を 調理した人々への失礼です。 私たちはみんな、1時か、7時に 同意しました - または、晩の6時か、 朝の8時に、です。 合意された適切な時刻に、 あなたが、そこに来ないとき、 あなたは、その帰結が、 分かりますか。 その帰結です。 誰かが権威主義者である、 ということではない。 あなたたちや、私たちは、 生に秩序がないのなら、 私たちは、政治的、 宗教的、倫理的に、 権威主義的な人々を、 創り出しています。 35:34 分かりましたか。 さて、そこで、私たちは、 お金、セックス、と言います。 人が追求しているこれは、 他に何がありますか。 楽しみ - 私たちは、 セックスと言いました。 様々な形での楽しみ、です。
35:54 質問者: 権力?
35:55 K: いいですよ。権力。 政治的な権力、 人々に対する権力。 あなたの観念が、私のより良いなら、 あなたは、権力を持ちます。 あなたのほうが、私より上手に 描くなら、あなたは有名になります。 もっと多くのお金、 もっと多くの楽しみ、です。 で、お金、セックス、権力です。 さて、あなたがいう、権力とは、 どういう意味ですか。 家族の中で、 母親、父親、子どもたち。 母親と父親は、権力を任じます。 権力の地位を、ですね? 彼らは、あなたたちに、 何をすべきか、とか、 何をすべきでないかを、 語ります。 いいですか? 一般的に、西洋で、彼らは それらに対して、反抗しています。 インドでは、彼らは あまりに従順です。 子どもたちは、「いいですよ。 私は、何でも、しろと仰ることを しましょう」と言います。 それは、彼らの甚大な 伝統の一部です - 「あなたは、親に服従しなければならない、 親を崇拝しなければならない、 親に聞かなければならない、 親が話すとき、口答えするな」 などなどなどと、です。 それは、東洋において、です。 37:36 彼らは、それに 条件づけられています。ですね? で、彼らは、自らの条件づけに 沿って、服従します。 ここでは、あなたたちは、その種の 条件づけを、持っていません。 で、私たちがいう権力とは、 どういう意味ですか。 男が、女に対して - 権力。 または、女が、男に対して。 それは、彼を支配する、 彼や彼女をいじめる、 という意味です。 たとえば、私は、あなたを 所有する、とします - 男や女を、です。 それが 彼らに、権力を与えます。 で、それを越えて、私たちがいう 権力とは、どういう意味ですか。
38:43 質問者: それは、秩序のための基準を、 誰が判断するか、でしょうか。
38:47 K: もう一回、お願いします。
38:49 質問者: 秩序のための基準を、 誰が判断するか、ですか。
38:50 K: 私は分かりません。 聞こえません。
38:53 M.ジンバリスト: 秩序のための 基準を、誰が判断しますか。
38:56 K: 誰も判断しません。 仮に、私たちみんなが、8時に 就寝することに、合意する、とします。 または、9時か、10時か、 何であっても、です。 私たちみんなが、合意します。 秩序のための基準は、 どこにありますか。 私たちは、「ええ。 あなたは8時か9時に 就寝するのが、良い」と言います。 何を判断するにしても、 あなたは、成長しつつあるから、 適切な休みを、 取らなくてはいけません。 医師たちは、あなたは8時間から9時間の 睡眠を取らなくてはならない、と言います。 それは、あなたにとって 優れている、と。 私たちは、あなたが9時に就寝すべき 理由には、入らないでしょう。 精神を休めるため - 私たちは、当面、 それらに、入らないでしょう。 私たちみんなが、合意しますね。 そのとき、基準の必要とは、 何ですか。 それは、あなたが反対して、 私は、「あなたは就寝しなければ ならない」と言いたいときだけですね - なぜなら、私は権威であり、 私は、学校のボスか、 学校長であるから、 「あなたは8時に就寝しなければ ならない」と、言います。 40:06 そのとき、私が言うことは、 基準になります。 で、ここで私たちは、「一緒に それを話し合おう」と言います。 「みんな、分別を持とう。 なぜあなたが、8時か、9時か、10時に 就寝すべきかを、みんなで見出そう」 - それが何であっても、です。 私たちは1時に昼食をとることを、 みんなで、合意しましょう - 便宜などなどのため、です。 それは、私たちが合意したのに、 あなたが何かをしないときだけ、です - そのとき私は、「どうぞ。 あなたは、 合意したよね」と言います。 あなたは反応し、「あなたは、 権威主義者になった」と言い、 私たちが合意したことに、 反抗します。
40:58 いいですか? で、私たちは訊ねています - 私たちがいう権力とは、 どういう意味ですか。 お金の権力が、あります。 いいですね? ものすごい力です。 または、地位、 威信。 一国の首相は、 ものすごい権力を、持っています。 または、将軍、元帥、 一流の技術者や、 一流の教授は、持っています。 彼は、言います - 「私は知っている。 あなたは知らない。私があなたに語ろう」と。 これらに、付いてこられますか。 で、専門職、経歴は、 あなたに、 ものすごい権力を、与えられるのです - もしあなたが良いなら、 あなたが優秀であるなら、 有能であるなら、 権力の階段を登ります。 そして、各人が、その権力の 階段を、登りたいのです。 それは彼に、お金を与え、 それは彼に、自由を与え、 それは彼に、人々に対する 統制を、与えてくれます。 いいですか? また、私たちがいう権力とは、 どういう意味ですか。 それに入ってください。
42:28 質問者: 操作です。
42:32 K: はい。それが、その一部です。 私は、権力の階段を登っているとき、 人々を操作できます。 私は、「あなたは、そのあたりを 行きなさい」と言います。 あなたは、「やれまあ、私も その階段を、登りたいな」と言います。 あなたは、「よし! 」と言います。 で、権力への欲望が、 人々を操作しています。 あなたが、私を 操作しているのではない。 あなたが持っているのと同じ権力を、 持ちたいとの私の欲望が、 あなたと私を、操作しています - 権力への欲望が、です。 私が言っていることを、 理解されますか。 権力への欲望が、 操作しています - Xさんとしてのあなたと、 Yとしての私が、あなたを操作したり、 あなたが、私を 操作しているのではない。 権力への欲望が、私とともに、 あなたを、操作しています。
43:21 分かりましたか。 で、私たちは、お金、と言います。 自らは、「私はお金をほしくないが、私は 権力をほしい」と言うかもしれません。 「私は、セックスを 気に掛けないが、 私が、権力を持っているかぎり、 それはだいじょうぶだ - 私が、地位を持っているかぎり、 だいじょうぶだ」と。 私が部屋に入ってくるとき、 あらゆる人が、立ち上がります。 なぜなら、私は、 首相や司教や枢機卿や、 教皇であるからです。 いいですか? 権力には、単にこれより、 はるかに多くが、あります。 ひとかどの者でありたいとの 欲望が、あります。 ですね?  まだ、 眠らないでください。 あなたたちが、退屈しているなら、 止めましょう。 で、所有には、権力が ありますね。 もし私が、1万エーカー (の土地)を、持っているなら - ウルフ・ レイクで、です - それは私に、社会の中で、 ものすごい権力を、与えてくれます - 土地の所有権を認める 社会の中で、です。
44:42 いいですか? 私たちのほとんどは、成功を とおして、権力を探し求めています。 良い本や、良い小説、 スリラー物を書くと、 そうね、 それは、映画に取り上げられて、 あなたは、大金持ちになる。 権力です。 で、あらゆる人間は、ひとかどの者で ありたいとの、この欲望により、 駆り立てられます。 いいですか? ひとかどの者とは、 お金、セックス、 地位、権力、という意味です。 そして、数学、歴史とかについて、 大変多くの知識を持つこと - それは、私に、優秀な地位を 与えてくれます。 私はそこに、権力を持ちます。 で、知識は、権力を与えます。 あなたが、これらを悟られるのか どうかと、思われます。 ですが、私は、知識を 持たなければなりません。 46:01 ですが、権力への欲望のほうが、 知識をその正しい所に、 置くことより、強い。 ですね? あなたは、これらに、 付いてきていますか。 それに、あなたは 興味がありますか。 すると、私たちは訊ねます - 私たちは、お金、セックス、 権力、と言いました。 すると、人は、何を 探し求めていますか。 知識、ですね? 書物から、経験から、 講義へ行くこと、 これを聞き、 あれを聞くことから、です。 で、知識の蓄積は、 私に、大きな成功の感覚を、 与えてくれます。 私に権力を、与えてくれます。 私は、教授であるなら - 数学の、だけではなく、 地理学、経済学、 哲学と法律でも 一流の、です。 そして、何とまあ、 外的な権力とともに、 内的な権力の、この大きな感覚です。 47:25 で、知識は、 欲望により使われるとき - 欲望は、権力を探し求めます。 そのとき、知識は、 無秩序の手段になります。 あなたが、これらに付いてきて おられるのかどうかと、思われます。 分かりましたか。 誰かは、それを分かりましたか。 私はそれを、お示ししましょう。 私たちは、無秩序について 話していました。 すなわち、私たちは、あらゆる物事を、 その正しい所に、置かないなら、 自然に、無秩序があります。 それは、単純な原理です。 それは重力に似ているんです。 あなたは、それを受け入れなくていい。 それは、事実です。 窓から跳び出すと、 何が起きるかが、分かるでしょう。 で、同じように、あなたが、 あらゆる物事を、秩序立てないなら - ソックス、靴を、です - そのとき、無秩序が、あります。 48:36 で、あなたが、お金を その適切な所に、置かないで、 お金のみが、重要になるなら、 それは、無秩序を、 創り出します。 それが、この国で、 アメリカで、起きつつあります。 いや、私は今、カナダに いますか。 ええ。 私は、セックスを その正しい所へ、置かないなら、 それは、無軌道の比率、 甚大な意義を、帯びます。 よろしいですね。 私は、権力を、すなわち、 欲望を、権力、地位、 威信、評判を欲しがることを、 ふさわしく置かないなら - 私は地元で、小さな溜まり場で、 評判を持つことに、 満足していなくて、 世界的な評判が、ほしい。 で、権力は - 権力はそもそも、何か所を 持っていますか。 49:39 理解されますか。 権力、すなわち、 何かになりたい、 何かでありたいとか、 何か大きなものを、 達成したいとの欲望 - 私に権力を、与えて くれるだろうものを、です。 有能な人、 経営能力を持っている人 - それは、その所では、 だいじょうぶですが、 彼がそれを、権力への 手段として、使うとき、 それは、無秩序を創り出します。 これに、付いてきて おられますか。 これはあまりにすぎるのかと、 思われます。 いいえ?
50:32 質問者: 私たちは、物事をどう その正しい所に置くのかを、 どうやって、見出しますか。
50:37 K: 私たちは今、そうしています。 あらゆる物事に、正しい所が ないなら、 全的な無秩序が あるだろうことが、 私たちは、見えないなら - 私はそれが見えないなら、 もちろん、それは、自分の部屋を、 全的な無秩序にするのに、似ています。 で、私は、原理、法則を 学ぶなら - すなわち、 あらゆる物事を秩序立てる、 その所に置くことにより、 完全な秩序がある、 ということを、です。 それで私は、 正しい所が何であるかを、 学ばなくてはなりません。 学ぶ - 言われるのではない。 で、私は、お金にとって、 正しい所が何であるかを、 学ばなくてはなりません。 もちろん、それは とても単純です。 ですね?  私は、それについて、 学ばなくてはいけません。 あなたが私に、それが 正しい所であると、語り、 私がそれに服従するなら、 それは無秩序です。 52:03 これに 付いてきておられますか。 そのとき、私は、 あなたと闘います。 「あなたは権威になる」と言います。 私は、自分のソックスを、 あそこに入れたいと思い、 闘いが、あります。 で、私は、基本的な規則、 基礎的な原理を、理解するなら - 重力のように、です。 私は、窓から跳び出すなら、大けがを するだろう、ということを、です。 窓が高ければ高いほど、 それは危険です。 それは、法則です。 同じように、この原理、 この法が、あります - すなわち、 私たちは、あらゆる物事をその正しい所に 置かないなら、無秩序があるし、 その無秩序の中から、権威が 出てくる、ということ、です。 その権威は、私たちが 創り出したのです。 明らかですか。
53:03 で、お金を、その正しい所に 置くのを、学ぶこと、 それをできますか。 あなたは、それについて 学ぶでしょうか。 学ぶ、探究する、見出す。 「まあね・ ・・」と言わずに、です。 いいですか? セックスを、その正しい所に。 そして、性的な思考と 映像とすべてで、 自分の宇宙を、充たさない。 そしてまた、権力。 知識をとおし、お金をとおし、 セックスをとおした 権力への欲望。 理解されますか。 このすべてが、無秩序を 創り出しています - 社会的に、世界に、です。 あなたは、それらがいかにむちゃくちゃ なのかを、見たことがありますね。 彼らは、戦争の準備をしていて、 「平和について話そう」と言います。 54:06 彼らは、教会へ行って、 言います - 彼らが教会で、何をするにしても、です。 私は、彼らが何をするかを、知っています。 あなたも、それを見たに ちがいないからです。 祈ります - 平和のために祈り、 平和と、父なる神、その他 すべてについて、話をし、 日常生活では、 正反対のことを、します。 それは、何の意味も ありません。 全くのまがい物、 全くの不正直です。 で、私たちは、あなたと私は、 あらゆる物事を、 その適切な所に置くことを、 学んだのでしょうか。 そのとき、自由があります - 内的にも、外的にも、です。 よろしいですか。 理解されますか。 誰も私に、「これをしろ。これを するな」と、言わなくていい。
55:16 ここには、たくさんの樹々が、 ありますね - カリフォルニアとは 違っています。 そこでは、春は、ほぼ 終わっています。 ここでは、ちょうど 始まろうとしています。 北へ行くにつれ・ ・・私はかつて、 (イタリアの)シチリアにいました。 シチリアがどこにあるかは、 ご存じですか。 そこでは春が、始まっていました。 それは美しかった。 ミモザと、あらゆる種類の花々と 美しさです。 それから私は次第に、北へ行き、 それは始まり、 オランダで終わりました。そこでは、 ちょうど始まっていました。
56:08 で、自由とは - それは、またもや法則です。 重力に似ています。 秩序があるときだけ、 自由があります。 政府が創り出したのではなく、 警察国家が 創り出したのではなく、 何かユートピア的な白痴により 創り出されたのではなく、 私たちの一人一人が、 あらゆる物事を、秩序立てたから、 もたらされたのです。 いいですか?  あなたは、 そうするのでしょうか。 それが、教育の一部です。 単に、数学と地理学について 学ぶだけではなく、 この種類の学校で、学ぶ - そこでは、あらゆる物事が、 内的と外的に、秩序立っている。 そのとき、あなたは、 とてつもない人間です。 あなたは、自由な人間です。 戸惑って、混乱し、怒り、 苦々しく - いいですか - 失望したのではない。 あなたは、今これを学ばないなら、 そうなるでしょう。
57:49 で、教育者、教師の機能、 そして、学生の機能とは、 何ですか。 質問を理解されますか。 いいえ? 教師、教育者と、 あなた、学生との間の、 関係とは、何ですか。 彼は単に、あなたに、 歴史について、 事実を語っている だけですか - 特に、カナダの 歴史について、ですが。 または、あなたがアメリカ人であるなら、 アメリカの歴史だけですか。 で、私たちは訊ねています - 教育者、教師と、 あなた、学生との間の 関係は、何ですか。 それで、私は言いました - 教師とあなたの機能は、 何ですか。 彼は、単に 数学、歴史、地理学と 化学と生物学などについて、 事実を、授けているだけですか。 彼は知っているが、 あなたは知らない。 彼は、教壇に座り、 あなたは、そちらの下にいる。 そういうことですか。
59:39 質問者: あなたは、ここについて、 訊ねておられますか。 ここではどうなのかを、 訊ねておられますか。
59:43 K: ああ、私は訊ねていますが、 ここでどうなのか、だけではなく、 初めに一般的に、です。 一般的に、はるかに 単純に始めましょう。 それから、私たちは、 ここに来るでしょう。 より安全に、です。 そのとき、あなたたちは、私に 煉瓦を投げつけないでしょう。 進んでください。 教師と学生との間の関係は、 何ですか - 私たちのまわり中にある 世界で、一般的に、です。 まったく何の関係も ないですね。 後生ですから、 私に同意しないでください。
1:00:29 質問者: 外側の学校では、 教師は、知っている人です。
1:00:33 K: ええ。彼は、演壇に座り、一時間、 あなたに、何をすべきかを、語ります。 それから、次の授業へ、 さっさと行ってしまいます。 あなたは、別の授業へ、急いで 行きます。 これが、つづきます。 ですね? 彼は、あなたに 情報を与えています。 彼は、あなたに 数学、歴史について、 語っています。 で、彼はあなたに、それらを語っています。 彼はあなたに、事実を語っています。 少なくとも、彼の知識に応じた 事実を、ですが、 彼はそれらを、書物からとか、 教授から、学んできました。 教授たちは、誰かから 学んできた、などです。 ですね? さて、その関係には、 何が起きますか。
1:01:27 質問者: ふつう、学生は、教師を 尊敬しなくてはいけません。 なぜなら、彼のほうが、 高い水準に、いるからです。
1:01:35 K: ええ、高い水準に。 あなたは、彼を尊敬します。 または、あなたは、 彼に怯えています。
1:01:39 いえ、怯えています。 あなたは、怯えているとき、 尊敬という言葉を、使えません。 で、そのとき、何が起きますか。 関係は、何もありません。ですね? さて、 教師は - 私は、ここの 教師たちについて、話していません。 私たちは今すぐ、そこに行くでしょう。 お許しいただきたいと、思います。 普通の学校の教師は、 無秩序の中に生きます。 明白です。 私たちが合意した 原理によれば、ですね、 あなたが、あらゆる物事をその正しい所に 置かないなら、無秩序が、あります。 それは、法則です。 それは、原理です。 重力のように、です。 さて、ほとんどの教師は、 とてつもなく 例外的でないのなら、 無秩序の中に生きます。 ですね? 1:02:47 彼らは人間です。 ただ、彼らの経歴や彼らの専門職が、 教えることなのです。 ですね? で、あなたは、 無秩序の中にいるし、 教師は、無秩序の中に います。 ですね? これに 付いてきていますか。 で、彼は、数学について、話しますが、 それは、順次の秩序を持っています。 あなたは、それを学びます。 すなわち、 情報を集め、 それを頭脳に蓄えて、 それから後で、あなたは、 技師になりたいのなら、 数学のその知識を、使います - 圧力、緊張、 その他すべて、です。
1:03:40 ですが、本当に、 優れた教師、 本当の一流の、 一流の人間 - 教師以上であり・ ・・ 教師は、経歴だけであって、 人間です。 もし、そういう教師が・・・ 彼が、教師になるなら、 彼のあなたとの関係は、こうです - 彼は言います、「私の友、君たち、 私は無秩序です。 君は無秩序です。 だから、あらゆる物事を、 どう秩序立て、 その正しい所に置くのかを、 見出そう」と。 理解できますか。 そのとき、あなたと私は、 関係を持ちます。 私は教壇に座って、 「まあ、これをしろ。 あれをするな」、 その他すべてを、言いません。 「ごらん。 私は無秩序に生きる。 私は、自分がそうだと 知っている。 私は外的に、大変とてつもなく 秩序立っているかもしれない。 書物を、正しい所に、ソックスを 正しい所に、置くかもしれないが、 内的に、私は 煮えたっていて、無秩序であり、 お金をほしがり、 そうね、無秩序です。 1:04:59 で、もしも私が、 教師であったなら - もしも私が、教師であったなら、 私は来るでしょう、私は 言うでしょう - 「ごらん。 ちょっとの間、数学や歴史や 地理学を、忘れよう。 私は、無秩序の中にいるし、 あなたは、無秩序の中にいる。 私たちが、物事を秩序立てるのを 学べるのかどうかを、見出そう。 私自身の中でも、です。 私は、あなたに そうするように、語っていません。 それをあなたと話し合うことから、 私もまた、学んでいます。 で、学ぶことは、私たちの間の、 共通要因になります。 どこで物事をその適切な所に 置くかを、学ぶのです。 ですね? あなたは、これらを するのでしょうか。 もう時間ですか。
1:05:51 聴衆: 12時5分です。
1:05:54 K: あなたたちは、私にどれほど つづけてほしいですか。 いえ、いえ。 あなたたちは、 一定量以上を、受け取れません。 一般的な規則とか、 一般的な合意とは、何ですか - 私は昼食時間まで、 つづける、と? いえ。昼食時間は、いつですか。
1:06:14 聴衆: 昼食は1時ですが、たぶん私たちは、 12時30分まで、つづけられるでしょう。
1:06:21 K: あなたたちは、 そうしたいですか。 あなたたちは、 疲れていませんか。 あなたたちは、私を侮辱しないでしょう。 私は何者でもありません。 もしあなたが、「いや、さっさと 行ってしまえ」と言うなら、 私は、「私はさっさと 行ってしまおう! 」と言います。 あなたたちは、私に、これらへ 入ってほしいですか。十分ですか。
1:06:44 質問者: いいえ、進んでください。
1:06:46 K: ああ、進める。いいですよ。 で、もしも私が、ここで、 この学校の教師であったなら、 それが、私がするであろう 主なことの一つです。 私は、あなたと私との間に、 正しい関係を、築くでしょう。 私が教壇の上にいるなら、 それは存在できません - 単に、教壇の上にいて、あなたたちに、 事実を語り、行ってしまうなら、です。 が、ところが、私は、 あなたと正しい関係を確立して、 こう言うでしょう - 「ごらん。 私たちは どちらも、同じ船に乗り合わせている」と。 すなわち、私は進んで、自分自身を あなたに露出しようとしています。 理解されますか。 あなたは進んで、自分自身を 私に露出しようとしています。 一方的に、だけではない。 1:07:46 「ごらん。私たちはどちらも、 無秩序、混乱、 不確実さの中に、生きている。 私たちはどちらも、不幸せだ。 私たちはどちらも、みじめだ。 だから、それらより 自由になろう」と言います。 いいですか? それを、あなたと話し合う中で、 私もまた、自分自身を、内的に 秩序立てています。 私は、それを 見届けるでしょう。 それは、重力に似ています。 私は そうしないなら、倒れるでしょう。 私はそれを、きわめて 深く理解したなら - 生における、ものすごい事実 絶対的な事実として、です。 一日、事実で、別の日、 非事実なのではない。 絶対的な、取消不可能な事実、 法則、です。 そのとき、 あなたと話し合う中で、 私は、「いいよ。ともに そうしよう」と言います。 1:08:49 私は、あなたを助けている。 あなたは、私を助けている。 そのとき、私たちの間には、 とてつもない関係が、あります。 そのとき、私は、あなたに、 関心を持っています。 あなたは、私に、 関心を持っています。 私は、あなたを気づかいます。 あなたは、私を気づかいます。 なぜなら、あなたは、「おやまあ、あなたは だいじょうぶですか」と言うからです。 そして、私は、あなたのことを、 気づかいます。 私は、「あなたは、適切に 食べていますか」と、言います。 「あなたは、正しい食べ物を、 摂っていますか。 なぜあなたは、そのような 服装をしますか」と。 よろしいですか。 適切に歩きなさい。 あなたも、私に語ります。 で、それは、 一種の相互関係です。
1:09:33 それは、おそらく、 慈しみです。 おそらく、 愛と呼ばれるものです。 さて、一般より 特定へ来ると、 それは、ここに 存在しますか。 あなたたちは、髪の毛が眼に 入るから、首を振っていますか。 または、あなたは、 不同意ですか。 それが存在しないなら、 または、存在するにしても、 私たちは、それを 創造できますか。 ともに、です。 私たちが創造し、 あなたが加わるのではない。 ともに、私たちのみんなが、 そういう学校を、創造します - そこでは、教師と学生は、 互いが相手に関心を持つ 関係にある、学校を、です。 どちらも、学んでいます - あらゆる物事を、その正しい所に 置くように、です。 私たちは、これを ここで、できますか。 それをできないのなら、私たちを 阻止しているのは、何ですか。
1:11:12 質問者: 無秩序です。
1:11:15 K: 何が、私たちを 阻止していますか。
1:11:18 質問者: 不均衡、です。
1:11:20 K: で、それは、 どういう意味ですか。 私は単に、普通の教師である、 ということ。 私は、ここにいるから、 私はただ、他のどこかより、 100ドルか、200ドルか、 50ドル、多くもらう。 そのとき、あなたは、 学校を創造しないでしょう。 あなたたちは、他の誰とも同じく、 普通の学校を、創り出すでしょうが、 本当の種類の学校を、 創り出さないでしょう - 本当の種類の教育を、です。 教育は、数学、歴史と 物理学と生物学を 学ぶだけではなく、 あなた自身について、 生のあらゆる物事について、 学ぶ、という含意です。 さて、私たちは、ここに そのような所を、創造できますか。 あなたは、私たちがそうするのを、 助けてくれるでしょうか - あなた自身の家でも、 ここでも、です。 それで、家とここの間に、 分割がないように、です。
1:12:50 そうね、私たちは、カリフォルニアに、 オーハイに、います。 彼らは、親たちを、これに 取り込もうとしています。 理解されますか。 親たちは、教育が必要です。 ですね? この種類の教育が、 教師と同じく、 あなた自身と同じく、です。 で、それは、 三者間の事柄です - 親、教師とあなた、です。 それが、彼らがしようとしていることです - カリフォルニアで、オーハイで、です。 インドの学校では - それらは、五つあります。 これは、ほとんど不可能です - 様々な、経済的、社会的、伝統的、 迷信的な理由のために、です。 私たちは、それを 試してきましたが、 それは、ずっしりと重いものと 闘うのに、似ています。 ですが、それは時間が掛かるでしょう。 次第に、何かが起きるだろうと、願っています。 イングランドのブロックウッドでは、 違っています。 そこでは、 14から、81まで・ ・・ 81ではない。 18か、20まで、です。
1:14:10 さて、私たちは、ここで それができますか。 なぜなら、私たちは、まさに 始めようとしているから - 私たちの数人、 小さな共同体が、ですが - 私たちは、そういう学校を、 創造できますか。 さもないと、 その甲斐はありません。 私たちが、そういう学校を、創造 できないのなら、止めてください。 それは、やりがいがありません。 あなたのすべてのエネルギーとお金と 気苦労、その他すべてを 費やす甲斐が、ありません。 それは、私たちはみんな、同じ船に 乗り合わせている、という意味です - あなたは、それから 外れていません。 あなたは、自分の親に 話さなくてはいけません。 あなたは、他の人たちがそうであり、 私たちがそうであるように、 興味を持たなくてはいけません - 教師たちもまた、私たちと ともにいるなら、です。 そうね、これは、 ものすごい活力、興味、 エネルギーを、与えます。 もしあなたが、「やれまあ、授業に 行って、数学を教えることは、 くそ退屈だな。 それは、いつも 同じ古くさいことだから。 学生たちは、興味を持っていなくて、 私は、彼らに興味を持つよう 強制しなくてはいけない。 やれまあ」と言うなら、です。 それは、ひどく 退屈なことになります。 1:15:43 教師は疲れるし、 あなたも疲れます。 あなたは、出て行きたいと 思うでしょう。 彼は、退屈していて、 「ああ、やれまあ、私は ヨーガをしようとしている。 私は散歩へ 行こうとしている」とか、 「私は、女の子や男の子を 追いかけようとしている」と、言います。 私が言っていることを、 理解されますか。 で、それは - そういう学校を創造するとは、 私たちがみんな、それをもたらすように、 ともに働いている、という意味です - あなたと、残りの私たち、 若者と、年寄りが、です。 あなたは、そうするのでしょうか。 絶対的な静寂です。
1:16:29 質問者: はい。
1:16:50 K: あなたは、 そうするのでしょうか。 いや、してください。 何かをするとき、心のすべてを 込めて、そうしてください。 それに、あなたの全部を、 注いでください。 今日は「はい」で、明日、 「何てことだ」と言うのではない。 で、あなたはこれに、自らの生を、 注がなくてはいけないでしょう。 これは、あなたの生です。 それで、ここの教師である大人たちは、 そうするのでしょうか。
1:17:44 質問者: 彼らはそうするだろうと、 思います。
1:17:47 K: そうするでしょうか。 あなたは、どうして そう言いますか。 私は、それを聞くのは、うれしいですが、 あなたはどうして、そう言いますか。
1:17:54 質問者: 彼らはすでに、そう しつつあると、私は思うからです。
1:17:59 K: 何を、ですか。あらゆる 物事を、秩序立てていますか。
1:18:03 質問者: 私たちがそうするのを、 助けています。
1:18:04 K: 待って、待って。いろいろなことに、 跳びつかないでください。 彼らは、あなたの生とともに、 彼ら自身の生を、秩序立てていますか。 互いに助け合っていますか。 自分自身を欺瞞するのではなく、 すっかり確かであってください。 そうね、「はい。 あらゆる物事が、 秩序立っています」 と言うことは、とても簡単ですが、 それは、そうね、身体を洗わずに、 きれいなシャツを、 着るのに、似ています。 当然ながら、他の人たちについては、 話せないでしょうね。 ですが、あなたは、 そうしていますか。 私は、そうしていますか。 私がそうしているなら、私は、あなたが そうするのを、助けるでしょう。 私は、「後生だよ。 ごらん。 このように生きることは、何と すばらしいのか! 」と言うでしょう。 私は、あなたに示す熱意に満ちて、 喜びに満ちているでしょう。 ですが、そうでないなら、私は、 それについて、話をするでしょう。 そうすると、私は、 ひどい偽善者、 まがいもので、 聞く甲斐のないものでしょう。 1:19:54 ひとたびあなたが、それの原理が - 理解されますか - それの真理が、分かるなら、 そのとき、あらゆる物事が、 正しくなります。 ですが、あなたは、 それが見えないなら、 遊び戯れています。 つまり、それは、 或る種の狂った、 或る種の混乱した神経症です。 彼は、自分が死のうとしているのを、 知りながら、窓の外へ跳び出します。 が、あなたは、真っ当で健康的ならば、 それは、あまりに危険すぎると、言います - その思考さえも、あなたには、 浮かんできません。 で、同じように、あなたが本当に、 生における法則と、見るなら - たとえば、重力のように、です - すなわち、 あらゆる物事を、その適切な所に、 置いていなかったなら、 それは、窓の外へ跳び出すのに、 似ている、ということを、です。 おそらく、それが、学校の 標語なのかもしれません。 いえ、私は冗談を言っている だけです。すみません。
1:21:32 そうね、私は、生涯ずっと こうしてきています。 私は、五十年間、そうしてきました。 私は、あらゆる物事を、そうしてきました - 私はあなたに、語らないでしょう。 私がそうしてきたと言うのは、不条理です。 で、正しい時刻に、体操をする。 ですね? 私は毎朝、1時間半、 ヨーガをします。 何かのためでなく・ ・・ それを適切にすること、 それを優秀にすることは、 面白いのです - 優美さをもって、 一定の英気をもって、です。 で、私は、体操を、 その正しい所に、置きます。 優美さをもって、それをする。 あなたたちは、ヨーガについて 何かを、ご存じですか。 誰かがここで、教えていますか。 1:22:34 誰が、教えていますか。 誰?  ああ、あなた、ね。 そして、優秀な頭脳を持つ。 きわめて明瞭に考える。 それは、客観的であるときだけ、 明瞭に考えられます - 個人的とか、私の反応とかではなく、 私は自分のやり方に沿って考える、 自分の好みに沿って考える、 のではなく、 明瞭に、客観的に、 非個人的に、考える - 私の先入観、私の固執、 私の結論に沿って、ではない。 そして、どの種でも、 恐れがあるなら、 優秀な頭脳を、持てません。 今朝は、これで十分ですか。
1:24:11 なぜなら、私は、恐れの問いへ、 入りたくないからです。 なぜなら、それは、あまりに 錯綜しているからです。
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