BR79CJLD2 - 私たちは、なぜ教育されるのか

ジャン=ルイ・ドゥウェズとの会話 第2回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1979年9月28日
テキストのみのバージョン
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0:22
ジャン=ルイ・ドゥウェズ: 語ることは、可能でしょうか
- 問いをどう表すべきですか -
私たちは語るだろうと 願いますが、
この議論の かなりの部分の間、
教育の問題について、です。
教育と、学校は - ここのようなものですが -
比較されると、ひどく脆い 何かであるように、思われます・・・
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0:53
K: 何か甚大なものと 比べると、ええ。
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0:56
D: 今朝、私たちが 話したこととの間には、
この対立が、あります
- その自己認識は、 あらゆる人が、自分自身で
持たなくてはいけない 過程だと、思われます。
そして、他方での、例えば、 科学的な知識との間に、です。
そちらの知識は、 蓄積します。
そして今、人間たちは、自分自身が 甚大な力をもつのを、見つけます。
そして、世代から世代へ、 人類は、力を蓄積しますが、
そのすべての割には、人は、一万年前に そうだったのより、少しも賢くありません。
1:37
しかし、人類は けっして、自然などについて、
これほど多くの力と知識を、 持ったことが、ありません。
この破壊の力は、 こうも巨大なので、
自らは、教育の脆い問題が、 あまり明らかに見えません。
自らは、政治運動へ加わるよう、誘惑 されます - 行動しようとするように、です。
なぜなら、状況は、危機に 瀕してさえいるからです。
私たちは、教育と 自己認識の問題を、
今日そうである状況の脈絡に、 置かれるのでしょうか
- そして、 行為のそれに、です。
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2:34
K: で、私たちは なぜ、教育されますか。
あらゆる人が、世界中で、 実質的にあらゆる人が、
学校、専門校、 大学を、経てゆきます
- 職、仕事、
結婚、子ども、 そのすべて、です。
なぜ私たちは、そもそも教育 されますか。
ただ、様式に従うため、
自分のお祖父さん、お祖母さん、 過去の世代が定めてきたこと、
様式に、従うため だけですか。
私たちは、それらに 従うだけですか。
階級の分割、民族の分割、 家族の分割、
そして、この常なる 格闘、葛藤、
外側での闘い、 内側での闘いが、
様式なるものです。
そして教育は、おそらく - テクノロジーとその他のですが -
外側の何かです。
そして、 他のことが、進んでゆきます。
私がいう意味を、理解されますか。
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4:17
D: はい、理解します。
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4:20
K: あなたがちょうど 仰ったように、心理的に、
人は、一万年か、百万年前に、 そうであったものであったのです
- 葛藤、悲惨、 不幸せ、です。
私たちは、その側に、 まったく触れません。
そして私たちは、もっともっと 多くの知識を、取得しています
- 外側の世界について、ですが、
私たちに起きつつあることに ついては、何もない。
それが、私たちの外側の世界を 破壊しつつあるのです。
で、ご存じのように、私たちは、世界の 色々な地方に、学校を持っています。
私はいつも、なぜ私たちは教育 されるのかを、訊ねてきました
- 科学者になるため、 医師になるため、
大工、ビジネスマンに なるため、です。
5:40
彼らは、世界を変化 させようとしていません。
彼らは、環境を 修正するでしょうが、
心理的に彼らは、他の 人間たちに、似ています -
百万年の間、 存在してきたものに、です。
ですね?
それは、こうも明白です。
わずかに 修正されて、です。
で、教育は単に、知識を 取得することだけですか -
それで私たちが、自らの前に 定められてきた世界の中で、
上手に行為できる ように、ですか。
もしもあなたが、子どもを持っていた なら、彼にとって、未来は何ですか。
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6:45
D: 私は、子どもを持っています。 1年4ヶ月なんですが。
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6:51
K: すなわち、ものすごく 競争の激しい世界において、
専門校、大学において、学校において、 様式全体が、競争することです。
もしあなたが、競争して、一定の 水準に届く能力が、ないなら、
あなたは、 放り出されるだけです。
あなたは、労働者や 大工になります。
配管工、整備士、これやあれで、 他の何でもありません。
で、今あるような教育は、とても 利巧な、わずかな人を、準備します
- 政治的、 宗教的、経済的に、
頂上へ到る ように、です。
残りは、だらだら 進みます。
そういうわけで、私たちは、自分の 子どもを、学校へ送るのですか。
あなたは、ここで 彼らを見ます。
何のためですか。
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7:59
D: 私たちは、自分自身に こう言います -
彼らはたくさんの 物事を学ぶなら、
もっと良い立場を、得るだろう、
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8:16
K: それだけです。
D: 世間に対して、自身を保護する ために、ちょっと力が増えるだろう、と。
K: 物事をありのままに 保持する、
現状維持をするのか・
・・
全体主義を、資本主義を、です。
物事を、ありのままに保つ、
それらを修正する、それらを変化させる - ここで少し、そこで少し、です。
それが、教育の すべてですか。
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8:47
D: たとえば、経済学を研究する人は、 真摯に望むと、私は思います -
経済学の知識でもって、 自分は、何かを変化させよう、
より公正な社会を 創り出そうとしている、と。
少なくとも、彼は そう望みます。
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9:03
K: ロシア革命が、ありましたが、 その歴史すべてを、ご存じですね。
それが終わりに、どうなって しまったのかを、ご覧ください。
官僚制度、暴政です。
で、あなたがそれを、 客観的に見つめるとき
- あなたの科学的か、 ビジネス的な視点からではなく、
世界を、ありのままに、 見つめる。
不確実さ、恐れ、
職の不足、過剰な人口、
そして、民族的、 国家的な分割、
戦争と、進みつつある テロのすべてを、ですが、
自分の子どもたちの 未来は、何ですか。
理解されますか。
私たちは、彼らを 何のために、教育しますか。
で、私たちは、 問わなくてはいけません。
自分が息子や娘を 持っているなら、ですが、
あなたが彼らに、成長して、 なってほしいものは、何ですか。
10:35
彼らは、成長して、なろうと しているものは、これです。
あなたが子ども、学生たちに、 話してこられたのかどうか、
私は知りません。
私がしてきたように、ですが、
彼らは本当に、これに 怯えています。
理解されますか。
彼らは本当に、それらに 怯えています。
で、彼らは、何と・
・・と言います。 彼らは、怯えています。
彼らは、何を すべきかを、知りません。
で、彼らは、何か戯言、薬物、 その他すべてへ、逃避します。
で、あなたが、世界全体を一体に 取らえて、それを見つめるとき、
私たちは、何を すべきですか。
もしあなたが、 年上の政治家であり、
一定の物事を変化させる能力を、 持つ人であるなら、
あなたは、何を するのでしょうか。
11:44
なぜなら、地位、権力に 就いた人たち、
彼らは、他の何をも、 ほしがらないからです。
理解されますか。
彼らは、 変化しようとしません。
で、何が・
・・あなたは、自分の 子どもに、何がほしいのでしょうか。
良い社会 - そこで、彼らが幸せに、 平和に、生きられるところ。
このすべての ひどい葛藤なしに、です。
一定の物理的、道徳的な 安全の感覚。
ですね?
さて、学校は、それを 準備できますか。
彼らが生を生きて、
彼らが、良い社会を、もたらす だろうように、準備するのです。
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12:43
D: 現時点で学校は、彼らを試験のためと 良い地位や何かのために、準備させます。
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12:52
K: それは、この腐敗した世界を 維持するよう、彼らを準備させます。
それが、私たちの 教育です。
あなたが、全体主義の世界を、 世界中を、見るなら、
それは、このひどい、 無秩序で、混迷し、
崩壊しゆく社会を、 維持するためです。
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13:21
D: また、自分は何かをもたらすことが できるだろうとの観念も、あります
- すべての科学とそれらを 理解してしまった後でのみ、ですが。
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13:30
K: どうやって、ですか。その間に、 あなたの子どもは、殺されるでしょう。
いいですね?
彼らは、理論的に生きます - 理論の中で、です。
現実は、これです。
私たちの日常生活で実際に 進んでいることは、これです。
男と女との間の葛藤、
地位、民族、国家の 間の葛藤、抗争。
よろしいですか。
これらをご存じです。
私たちは、彼らを、それに 填まり込むよう、教育します。
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14:19
D: すると、教育はただ、あちらの 良い地位に就くための、競走です。
列の前で、です。
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14:28
K: 他の人 たちの前で、です。そうです。
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14:30
D: すると、自分は、自らの子どもを、 良い学校へ、入れようとします
- 彼が、先に 到着するように、です。
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14:35
K: たとえば、フランスの、エコール・ ポリテクニーク(理工科学校)ね。
で、問題は、こうです - 私たちは、教育できますか、
正しい種類の教育を、 もたらせますか。
それで、学生、教育者と 教育されるものが、
良い社会をもたらすように、です。
それが本当に、問題です。
ギリシャ人は、良い社会に ついて、話しました。
古代ヒンドゥーは、良い社会に ついて、話しましたし、
彼らの一定の集団は、そのように 生きました - 一定の期間です。
もちろん、それはすべて 去ってしまいました。
良い社会は、未来のどこかを、 意味していました。
私が何を言っているのかを、 理解されますか。
いつか私たちは、それを 創り出そうとしています。
それはけっして、生じてきません。
D: 楽園のように。
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15:45
K: 楽園、そうです。
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15:47
で、教育は、これを もたらせますか -
良い社会を、です。
そこで人間たちが 幸せであり - よろしいですか -
果てしなく互いに闘っていない ところ、という意味で、です。
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16:05
D: 私たちが、その問い - 教育は、 これをもたらせるか - に、入る前に、
私たちは初めに、「もっと効果的に行為 しよう」と言うよう、誘惑されませんか。
このすべてを見てきて、
自分は、改革者に加わるよう、誘惑 されませんか。
これが問題です。
自分は、教育の問題が いかに重要であるかに、
本当に、入りたいと 思うなら、
初めに、行為、 改革と革命の問題に、
入るべきです。
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16:44
K: はい。
改革せよ。
そして、これを改革する だろう行為を、もたらせ、と。
ですね?
それは、 どういう意味ですか。
すなわち、改革する (リ・フォーム)。
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17:08
D: 形(フォーム)を、 作り直す(リメイク)。
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17:11
K: 同じものの、 形を変える(リフォーム)。
そういうわけで、 私たちが、
自己認識、自分自身を 知ることについて、話したとき、
根本的な革命の、本当の 起源が、あるのです。
物理的な革命ではありません。それは けっして、何をも、産出しませんでした。
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17:46
D: 小さな革命の例は、 たくさん、ありました。
私は、幾つかが、共同体の中で 作動するのを、見てきました。
人々は、「この社会は、もういい」と、 言います。
それから彼らは、まとまります。
私は知っているし、それを 見てきたし、参加さえしました。
彼らは、自分がどう生きるべきかの計画を 立案します。
K: そうです。そうです。
D: 彼らは言います - 「私たちは、 ともに生きようとしているが、
私たちは、これを持たないだろう。
私たちは、あれを持たないだろう」と。
そして彼らは、 出発します。
あなたがどれかを、ご覧になったのか どうか、私は存じませんが、
結果は、あらゆることが もう一度、始まるということです。
誰かが、指導者になる。 父親的に、です。
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18:25
K: そうなんです。 組織が、始まります。
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18:28
D: 彼らは、計画でもって、 社会がどうあるべきかの、
良い観念でもって、出発しましたが、 それが、一種の革命になります。
「私はここにいるが、 私はそこにいたい。
私は、全然違ったように 生きたい」と。
そして、結果は・
・・
どの共同体が、違った生き方を 叶えられたのかについて、私は知りません。
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18:46
K: ええ。私は、そういう 共同体を、知っていました。
私はかつて、試してみました。 それはけっして、成功しません。
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19:00
D: それは、国の規模での革命の 良いイメージなのかもしれません。
最終的に、社会を作るものは、 構成、憲法や計画ではありません。
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19:12
K: ええ。そうね、それは、組織は人を 変化させない、という意味ですよ。
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19:19
D: けれども、それが、例えば、 マルクス主義者が望んでいたことです。
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19:22
K: ああ、ご覧ください!
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19:25
D: 社会が、人を作るのか - それが、仮説です。
「私たちが、社会を 変化させるなら、
幾つもの世代の後、人は 変化しているだろう」と。
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19:38
K: 私は世界中で、多くの共産主義者と 議論し、対話を行ってきました。
彼らは、一定の点へ来て、「あなたは 完璧に正しい」と言いますが、
彼らは、それを 越えようとしません。
D: たぶん真摯に、ね。妨げが、 あります。
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19:55
K: そうです。
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20:00
K: それは、カトリックの人へ 話をするのに、似ています。
カトリックの人と共産主義者は、どちらも 同じです。衣服が違っているだけです。
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20:16
D: で、これらの実験を とおして、現実に見られます -
歴史をとおしてずっと、 共同体や革命のように、です。
近頃は、 カンボジアで、ですが、
全般的に世界を 変化させよう、
社会の違った様式を再建しようとの 最大の試みさえも・・・
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20:39
K: それは、けっして 働きません。
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20:45
D: けれども、それを別として、 自己認識は、思うに・・・
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20:57
K: 一度、私たちが、 智恵をもって、認識するとき
- 世界が私であることを、
そして、私たちが、私が、世界を 創り出してきたことを、です。
めちゃくちゃ、 混乱、暴力を、ですが、
一度、私たちがそれを、観念として ではなく、事実として認識するなら、
そのとき、自己の研究が、 本当の教育です。
なぜなら、それが、社会を 変化させるであろうからです。
私たちは、諸々の組織を、或る種、 神格化してきたように、思われます
- 組織されるべき、 何か神聖なものに、です。
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22:04
D: 自分は、外部を組織したいと思います。 それは、同じことです。統合です。
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22:14
K: で、問いに 戻ってくると、
私たちは、 自らの子どもを、
良い市民であるよう、 教育できますか。
順応するという意味で、 良いのではない。
それで、彼らの生が 良いように、
彼らが、暴力的でなく、そうね、 その他すべてでないように、です。
さもないと、あなたは、 良い社会を、産出できません。
あなたは、けっして それを、産出しないでしょう -
あらゆる物事が、どんなに よく組織されても、です。
全体主義世界を、 ご覧ください。
彼らは、新しい社会を創り出したいと 思って、出発しました -
階級なく、軍隊なしに、です。
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23:22
D: 良い観念をもって、です。
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23:24
K: 彼らは、政府は消え去らなければ ならない、と言いました。
そして、ご覧ください!
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23:32
D: 彼らは、外的な理由を 見つけます -
たとえば、他の者たちが 自分たちを攻撃しかねない、と。
それは、私たちについても、 同じです。
最終的に、障壁を蓄積するために、 外的な理由を、見つけます。
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23:47
K: で、そうね、私たちは、もの すごい問題を、持っているのです。
子どもたちは、その親たちにより 条件づけられます。
D: はい。
子どもたちは、自らが生きるところの 社会により、条件づけられます
- 自らの友だちにより、自らの お祖母さんによって、です・
・・
彼らは、条件づけられて、 学校へ来ます。
その条件づけは、 残ります。
そしてあなたは、彼に 知識を、積み上げます。
彼は、科学者でなければなりません。
彼は 医師、技師などでなければなりません。
しかし、彼の意識は、 条件づけられています。
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24:37
D: はい。ですが、ここで私は、 微妙な点があると、思います。
なぜなら、例えば、マルクス 主義者を、取ってください。
彼らは、私たちが条件づけられて いるとの観念を、受け入れます -
世界により、私たちの親により、 私たちの文化等によって、ですが、
注意してください。
なぜなら、 彼らの結論は、こうであるからです
- もしも子どもたちが、幼くして連れて ゆかれ、良い環境に置かれたなら・
・・
一例を取りましょう。
私の息子は、1歳半です。
仮に、私は彼をここに連れてきて、 彼がここで生活する、とします。
彼は、にもかかわらず、条件づけの 問題に、出くわすでしょう
- 彼が、どこに生活して いても、ここでも、です。
もし彼が、あなたと ともに生活しても、
彼は、条件づけの問題に、出くわす でしょう。
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25:22
K: それが、問題です。
教育者の意識と、学生の意識は、 変化させられますか。
その変化が、正しい教育です - 単に数学を学ぶことだけではない。
D: 数学とそれらね、これらは、 メカニズムです。
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25:57
K: そうです。
D: それは、チェスのゲームに、 ちょっと似ています。
規則があります。
あなたは、それらを 適用しなければなりません。
数学のように、 一組の規則が、あります。
あなたは、それらをどう使うのかを、 よく知っています。
または、知りません。
が、これは、あなたを助けようと していません - 人生で心理的に、
そして、他の人たちとの関係に おいて、です。それは、明白です。
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26:26
K: で、もしあなたが、教育者であるなら、 それが、あなたの問題になるでしょう。
あなたは、良い社会を、 創り出したいのです。
葛藤がない社会、という 意味で、良いのです
- よろしいですか - 平和の中に 生きる、その他すべてです。
それは、あなたが 植物状態、ロボットになる、
という意味では ありません。
人が全的に安全でありうる ところの社会、です。
D: 心理的に、です。
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27:08
K: ええ、心理的に、です。
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27:10
彼らは単に、外的に安全を ほしがります。彼らのみんなが、です。
私は、保守党、自由党、労働党、 共産党に、聞いてきました
- 彼らはみんな、外的に安全を 与えることに、関心を持っています。
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27:28
D: それは、重要です - 安全を提供する問題は。
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27:31
K: はい。ですが、彼らが外側で ほしい、その安全こそが、
安全の欠如を、自分自身に、引き起こし つつあります。理解されますか。
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27:46
D: 危険が、あります。 なぜなら、自分自身のためと、
一緒にいる子どもたちのために、 良い社会をほしい教育者は、
良い社会が何であるかの先入観を、 持っているかもしれません。
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28:03
K: いいえ、それは持てません・・・ そういうわけで、もしあなたが・・・
良い社会は、叙述され、 計画立案できます。
「原則的に、それは、 これやあれであるべきだ」と。
しかし、それは 観念です。
それは、あなたが学生を、観念に 順応させている、という意味です。
すなわち、あなたが 確立してきたもの、
すなわち、別方向での 同じものに、です。
理解されますか。
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28:41
D: 石に刻まれた「良い社会」は、 けっして存在できない、という意味です。
それは、あなたと私との間の 関係において、だけです
- 私が、感じることを とおして、
関係が正しいのか、そうでないかを 学ぶのは、です。
K: そうです。
D: しかし、教育者たちは、どうやって、 こういう問題に、取り組めますか。
なぜなら、彼らが、そこに安全を 探し求めるとか、自分自身のために
権力を探し求めるとの怖れも、ある からです。
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29:21
K: そうです。そうです。
それは、教育者に 教育が要る、という意味です。
もっと多くの学士や修士や博士と それらを、取得するのではない。
彼は、心理的に、教育 されなくてはいけません。
学生と教師のどちらも、 自らの責任を見るとき、
その教育は、 起こりうるだけです。
そうね、誰も、これらに 入りたくないのです。
彼らは、自らの子どもたちに 何が起きるかを、気にしません
- 彼らが、小さなお金、小さな地位を 得ているかぎりは、です。
それが、すべてです。
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30:18
D: しかし、それらに入るには、
少し時間が、要りますね - 探究するには、です。
K: ええ、そうです。
D: が、 親たちは、こう言います -
その学校は、それを見つめる ために、時間を掛けるが、
時間を掛けるなら、自分は 十分に学習をしない。
で、自分は、社会の中で トップの中にいないだろう」と。
で、彼らは、こう 言います -
「私は、おまえが一日中、 学習する学校を、選択しよう。
そこで、時間が、考察に むだにされないところを。
なぜなら、子どもは、自分のために、 トップに行かなければならないから」と。
それは、その子の ためなのです -
学校が一種の牢獄になるのは、です。
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30:54
K: 条件づけの場所に、です。
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30:57
D: そうです。教育することは、しばしば、 条件づけるのと同じと、考えられます。
彼らを条件づける - 彼らが、 いつでも必要とされたとき、
ふさわしく反応できる ように、です。
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31:08
K: それで、
これは、きわめて 深刻、真剣な事態です。
そして、真剣でありたい人々は、 ほとんどいません。
で、私たちは、何を するのでしょうか。
真剣な人は、何をするので しょうか - 子どもを持ち、
それらの子どもに 責任を感じる人、
彼らを学校へ送ってしまう だけではなく、子どもたち自身が、
良い社会を創り出す責任を 持つよう、見届ける責任です。
初めに、親たちは、 自分の問題を、持っています。
彼らのどちらもが、 占有されています。
なぜなら、彼らの どちらもが、
もっともっともっと多くの お金が、ほしいからです。
彼らは、商業主義の 奴隷です。
で、彼らが、 小さな子どもであるとき、
彼らは、可愛がられ、世話を されます。
後で、放り出されます。
D: 学校は、託児所になります。
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32:44
K: ええ。
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32:46
D: あなたは、その子を、 とても早く連れてゆき、
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32:48
晩に遅く彼を 拾ってこざるを、得ません。
なぜなら、自分は、はるか遠くで 生活するからです。
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32:58
K: そうです。
そのすべては、愛の欠如を 表示しています。
理解されますか。
そして、 責任の欠如を、です。
つまり、あなたは、 それを見つめるなら、
あなたは、自分の子どもを、 良い学校へ、送ります。
そのとき彼らは、軍隊に加わるよう 訓練されます。
二年間の兵役です。
で、彼らは、殺すよう 条件づけられます。
そして、他方もまた、 条件づけられています。
そして、これが、「私は、わが子を 愛している」と、呼ばれています。
理解されますか。
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34:01
D: が、問題は、こうです。 もし私が、子どもを持っていて、
私が彼に、良い地位を 持ってほしいなら、
私は彼に、晩に宿題を させなくてはいけません。
それで彼が、初めにポリテクニーク (理工科学校)に入るだろうし、
後で彼は、指導者に なるだろう、と。
そして、私は父親として、自分の 仕事をしたと、私自身、感じます。
なぜなら、私は、彼が安全である だろう地位に、就くよう、
彼を 手助けしたからです。
なぜなら、彼は、権力を 持つだろうからです。
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34:33
K: そうね、あなたは、彼に、外的な 安全を、持ってほしいと思います。
内的に、彼は、何も 安全を、持ちません。
彼は、何かに 執着しています。
ですね?
自分の妻、自分の家具、 誰かに、ですが、
その執着は、不安全を 表示します。
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35:01
D: もちろんです。「私は、そのすべてを 失ってしまうかもしれない・・・」と。
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35:07
K: で、彼は、外的な安全を、ほしがり ますが、内的に彼は、安全を持ちません。
ゆえに、内的な行為のほうが、 他方より、はるかに実在します。
で、彼は、外的な安全を 破壊します。
それが、世界で起きつつ あることなのです。
ご覧ください。
各民族が 安全を、ほしがります。
彼らは、どちらも 分離しています。
彼らが何を産出しているのか、 ご覧ください。
つまり・
・・彼らは、これらに おいて、こうも愚かです。
それはたぶん、彼らが自分自身の生に、 関心を持っているだけ、という意味です
- 短い時間の間、ですね。
私は、五十年、六十年か、八十年の間、 生きます。
それがすべてです。残りは・・・
私の後には、 洪水よ、来い、と。
D: 洪水は、人類の大部分を押し 流そうとしています。
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36:22
K: そうです。
D: 西洋は、相当に快適な所だと、 見えます - 当面の間は、ですが、
実際に、世界は、完全に 燃えさかっています。
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36:45
K: あなたは、世界が どれほど多くを、
軍備に使っているかを、 ご存じですか。
一年で、 4000億ドル、です。
理解されますか。
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37:03
D: はい。
そして、各々が、 安全のために、そうします。
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37:12
K: それが、彼を 破壊しようとしています!
ゆえに、自己認識、自分自身を きわめて深く知ることは、
とてつもない安全を、 もたらします。
執着の安全、 ではありません。
D: 権力のそれではない。
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37:36
K: ええ。 智恵の安全です。理解されますか。
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37:38
D: 正しい行為です。 K: 正しい行為です。
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37:43
K: それが、変化させようと しています -
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37:47
人間たちの間の関係、 その他すべてを、です。
さて、私たちは、これに ついて、話してきました。
誰が、これらを 聞こうとしていますか。
誰が、こう言おうとしていますか - 「神様、これは、こうも真実だ。
私はこれに、自分の生を 捧げよう」と。
または、「それは、すばらしい観念だ。
それはけっして、起きないだろう。
私は、やっていこう。
自分の職と、 自分の執着を、続けるだろう」と。
トップの人々は、 聞こうとしません。
宗教的な人々は、 聞こうとしません。
科学者たちは、 聞こうとしません。
で、普通の人、
「おそらく、ここには 真理があるかもしれない。
後生だから、それについて 何かをしよう」と言う人、です。
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39:09
D: 誰かが、それを 見るし・・・
これを、学校の問題へ、 関係させましょう。
そして、自分自身への 仕事をするとか、
この仕事を起こすとかの 問題へ、です。
学生と関係している 等の間に、です。
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39:30
K: いいえ。教師、 教育者と、学生は、
正しい関係に、 なければなりません。
教壇の上の教師、 下の学生は、いません。
理解されますか。
D: はい。
K: なぜなら、彼らは、どちらも 条件づけられているからです。
で、もし、教師が望むなら・
・・ その他すべてですが、
彼は、「私は、条件づけられている。
君は、条件づけられている。
ともに、それについて話そう。
私たちは それより自由になろう」と、言います。
「君が学んでいる 教科は、別として、
これが、私たちの 主な関心事だ」と。
どの公立の学校も、これを 支持しないでしょう。
どの宗教的な大学や学校も、これを 支持しようとしていません。
彼らは、自分のものを、 永続化したいのです。
D: 永続化させるか、方向を変化させる。
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40:38
K: それはいつも、同じ方向です。
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40:45
私たちはみんな、 こうも怯えています。
なぜなら・
・・ 何ですか。
私がこれをするなら、 何が起きるでしょうか。
私は、自分の職を、 失うでしょう。
私は、自分の住宅を失うかもしれません。
だから、それについて忘れろ、と。
彼らは、自分たちが何を しているのかが、見えません
- それを認識されますか - これの危険を、です。
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41:35
D: ですが、教育者は、何を できますか。またはむしろ、
人は、人のために、何をできますか。
教育者がいて、学生がいます。
が、終わりに、それは、一番 重要なことではありません。
二人の人間が、います - 条件づけと、
私たちの関係において、それに 向き合おうとする問題が、あります。
それはどうして、 可能ですか。
誰かは、他の誰かのために、 何をできますか。
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42:09
K: いいえ。
D: 何もない。
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42:11
K: 待って。 いえ、いえ、待って。
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42:12
仮に、あなたは 条件づけられている、とします。
仮に、私は 条件づけられている、とします。
条件づけは、同じです。
K: いいですか?
D: 起源は、同じです。
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42:30
K: それが、私が言っているすべてです。
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42:32
あなたは、フランス人として、条件づけ られている等々かもしれません。
他の一人は、ヒンドゥーとして、 条件づけられているかもしれません
- 彼の戯言すべてを もって、
そして、フランス人は、 彼の戯言すべてをもって、です。
で、条件づけ、起源、基礎的な ことは、各々に共通です。
ですね?
同意されますか。 もちろん、そうしなくてはいけません。
フランス人は、他の者の不可欠な 一部です - 心理的に、です。
彼のほうが、裕福で、利巧で、 もっとあれこれであり、
よりよい食べ物を摂っているかも しれませんが、本来的に彼らは・
・・
もし彼は、それを 見るなら、
そのとき、自己認識、自分自身を 知ることを、究明する人 -
彼は、他の人にもまた、影響 しています。理解されますか。
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43:41
D: はい。が、この探究は、 教育と平行し、
学業を教えるのとも そうですが・
・・
特定の教科を、教えるとき、 前進が、あります。
単純な練習から、 開始しますが、
それから、問題で、 それから、他のことで・
・・
が、これは、完全に違っています。
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44:09
K: どちらも、できませんか。
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44:13
D: それが、問いです。 K: そのとおりです。
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44:15
学校で、どちらも、 されるべきです -
自分自身の研究と、 教科の研究が、です。
もちろん、 それはできます。
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44:30
D: が、二つの過程は、同じ ように、取り扱われないでしょう。
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44:34
K: ああ、いいえ! 私たちは、それについて きわめて明らかでなければなりません。
私は、あなたに、あなた自身をどう 見つめるかを、教えようとしていません
- 私があなたに、数学を 教えるようには、ですが、
私たちはどちらも、自分たちの 関係の鏡において、見られます
- 実際に、私たちが 何であるのかを、です。
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44:57
D: やはり、危険が あります。
子どもは、こう言うかもしれません - 「彼は、数学について、知っている。
だから、彼は私に、同じように、自己認識に ついて教えられる」と。例えば、ですが。
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45:06
K: それは、私の知識でしょう。 あなたのではない。
そういうわけで、 私たちは言ったのです -
心理的に、私たちは、すべての権威を 脇に置かなければならない、と。
ですね? それをご覧になるのか どうか、私は知りません。
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45:33
D: はい、きわめて 明らかに。
K: すべての権威を、です。
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45:36
D: それは、 私が一人である、という意味です。
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45:38
K: いいえ。あなたは、一人では ありません。あなたは、残りの世界です。
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45:41
あなたは、残りの人類の 不可欠な部分です。
ゆえに、あなたは、 一人ではないのです。
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45:58
D: はい。ですが、私は、何かを するには、理解するには、一人です。
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46:03
K: いいえ。
一度あなたが、自分が 不可欠な部分である、
本質的に、あなたは世界である との真理を、理解するなら、
そのとき、あなたは、どうして 一人でありえますか。
あなたは、職に安全を 探し求めているとき、一人です。
それが、 あなたの孤立です。
D: 闘いの中で、一人です。
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46:34
K: ええ、ええ。
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46:38
K: 闘いの中で、一人です。
ですが、そうね・
・・
これは、 ものすごい問題ですね。
私たちは、すべての尊敬を 失ってしまいました。
ですね?
尊敬を、です。
あなたが知事である、あなたが総理大臣、 大統領や大金持ちであるから、ではない。
尊敬の性質です。
理解されますか。
それは、愛とともに 来ます。
私たちは、それを 失ってしまいました。
私たちの愛は、今、 感受です。
楽しみ、セックスです。それが、 私たちが愛と呼ぶものです。
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47:43
D: これは、いつの時も、教育に 関連してきた主題です。
すなわち、道徳の問題です。
人々は、こう言ってきました -
「私は、良い社会がほしいなら、 道徳律を、学ばなければならない」と。
「これをしろ。
あれをするな。 尊敬を持て・・・」と。
それは、あなたの仰る「尊敬」が 意味するところではありませんが、
これは、過去に使われていました - 「良い学校」で、です。
いわゆる「良い学校」では、 道徳について、学ぶでしょう。
そのとき人々は、自分の意志を 行使するよう、期待されました
- その種類の関係を 経てゆくように、です。
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48:20
K: 愛は、道徳を持ちません。 それは、愛です。
道徳的であろうと する人々 -
彼らは、自分の心に 愛を、持ちません。
つまり、「これは、正しい振るまいだ。
これは、間違った振るまいだ。
あなたは、自分自身を制御し、 自分自身を慎まなければならない」と。
それが、彼らが 道徳と呼ぶものです。
「あなた自身を 犠牲にしなさい」と。
愛は、それではありません。
それは、あまりに安っぽい!
そうね、それが、私が 言っていることです。
ご覧ください。
彼らは、教会へ行きます。
彼らは、ミサに 並びます。すべてのことを、ご存じです。
そして彼らは、何か自らが 創り出してきた像を、崇拝します。
彼らが、その像を、創り出したのです。
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49:23
D: 彼らは、そう考えませんが・・・
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49:25
K: インドでも、それは同じです。 アジアの世界で彼らは、
自分たちの混乱、悲惨の中から、 像を、創り出してきました
- 彼ら自身より、 異なった何かを、です。
そして、あれを 彼らは、愛しています。
それは、彼ら自身の投影です。
理解されますか。
教会、組織は、「あれが愛だ。
神を愛しなさい」と、言います。
そして、他方は、平等主義・
・・ 彼らは何と呼ばれるのですか。
実存主義者と、人道主義者と、 他の人たちは、
人は、条件づけられた状態に、 あると、言います。
あなたは、それを変化させられない。
あなたは、それを修正できる。
わずかにあなたは、それを変化させられるが、 根本的に、変化させられない、と。
で、彼らは、進んでいきます。
よろしいですか。
そして、利巧な人、知識人たちは、 どちらをも、支持します。
または、共産主義者も、です。 理解されますか。
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50:47
D: で、この学校や、他のどの学校へも 来る子どもたちの問題ですが、
それは、彼らが教えられようとしている、 ということではないですか・
・・
彼らは、科学の専門分野を、 教えられようとしていますが、
それは、主な主題では ありません。
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51:02
K: で、私たちは、どちらをも、 しようとしています。
科学的な専門分野と、彼らが彼ら自身を 理解するよう、助けることです。
誰かに沿って、ではない。彼ら自身を、 です - すなわち、私を、です!
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51:22
D: 彼らが、彼ら自身を 理解するよう、助ける・・・
彼らは、実習を期待しようと していませんか -
他のどの専門分野とも 同じように、です。
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51:32
K: すなわち、ご覧ください。あなたは、 教育者です。そして私は、あなたの学生です。
あなたは、自分は条件づけられている ことに、気づいています。
そしてあなたは、私が、私の 条件づけに気づくよう、助けます。
ですね?
それに ついて、話します。
あなたが、理科や、物理学や 数学を、教える前に、
これに、10分か、15分を 掛けます。
「ほら、座って。
これについて 話しましょう」と、言うのです -
「あなたと私が、私たちの恐れより、 自由でありうるのかどうかについて、
話しましょう」と。
よろしいですか、 心理的な構造全体 -
私たちの恐れ、教義、理論と心配、 さびしさをともなったものより、です。
私は、「それについて 話しましょう」と言うでしょう。
それから、数学を 続けるでしょう。
が、数学を教える中で、 私は、気づいています。
私はまた、彼を、心理的に 助けつつあります。
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52:49
D: そうね、自分が教えるし、例えば 自分がたまたま、間違いをするとき、
学生は、それに気づいています。
K: ええ、そうです。
D: おそらく、単に 綴りの誤りです。
そのとき自分は、誤りに向き合う中で、 自分の反応を、見ることができます。
例えば、自分は、知っている人、誤りを しない人の立場を、任じてきましたが、
この点で教師は、他の誰ともそっくり です。
自分の教科で、誤っています。
そのとき、彼自身が、自らが 自分の誤りにどう反応するかを、
見ることにより、学びます。
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53:30
K: そうです。そうです。
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53:32
D: 彼は、自分の誤りを、 説明し、正当化し、
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53:37
合理化しようと していますか。または・・・
K: で、世界は、こうですね。
理解されますか。
外側の世界は、私たちの一人一人に より、創り出されています。
ですね?
それを変化させるには、 良い社会をもたらすには、
一人一人が、心理的に、 変化しなければなりません。
それは、私が一人で立つ、 という意味ではありません。
なぜなら、基本的に、 私は世界であるからです。
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54:07
D: あなたは、関心を持っています。 あなたは、世界です。
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54:10
K: それは、私の責任です。 私の智恵は、こう言います -
「私が、これを創り出してきた。
それを変化させるには、
私は、私自身を変化 させなければならない」と。
熟達者や専門家に 沿って、ではない。
私は、私自身を観察するよう、 私自身を教育しなければなりません。
それが、私が 持つ修練です。
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54:38
D: 私たちは、今朝、私たちが 行った議論に、戻っています。
思考は、それ自体を観察できないの です。
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54:47
K: ええ、そうです。
が、それは、思考が 生ずるのに、気づけます。
もちろんです。 それは、十分に単純です。
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55:04
D: で、そのとき 教育は一方で、
各教科のメカニズムを、 学ぶことを、含んでいます。
それらは、日常生活で 重要です。
また、私たちが、教師・
学生の関係に おいて、作動しているのを見るもの、
それは、智恵と 呼ばれます。
が、違った形の智恵が、あるように、 思われます。
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55:33
K: いいえ。
たった一つの智恵が、 あります。
それは、私の智恵や、あなたのでは ありません。智恵が、あります。
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55:52
D: 公的な学校、すべての教育者は、 自らが智恵を伝達する、と信じています。
彼らは、智恵を伝えようとします。
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56:01
K: それは、思考の智恵です!
それは、きわめて利巧であり、 競走したがること、
結果を 達成することです。
D: スピード、敏捷性・・・
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56:13
K: ええ、それらです。
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56:18
で、私たちは、きわめて単純な ことへ、やってきます。
私たち人間は、この めちゃくちゃに、責任があるのです。
世界で進んでいる、 この狂気に、です。
私たちは、責任が あります。
政治家が、ではない。
彼らは、私たちに似ています。
どの組織も、それを変化 させようとしていません。
私が、精神の人間的性質を、 変化させなくてはいけません。
精神の人間的精神は、 私が持っている精神です。
私の精神は、 世界の精神です。
なぜなら、この精神は、苦しむ、心配 である、そうね、その他すべてであり、
世界は、それを 通っていくからです。
誰も、世界全体に、 関心を持っていません。
一人一人が、自分自身に 関心を持っています。
彼らは、孤立の中に安全があると、 考えます。それは、ありません。
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57:40
D: 自分自身と、 小さな集団、家族、
自分自身のまわりの 小さな集団、です。
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57:55
K: 孤立の中に、 安全は、ありません。
で、各々の民族が、それ自体を 孤立させつつあります -
各々の人物が、自分自身を 孤立させつつあるように、です。
これを見て、「よし。
私は、私自身の 中で、何かをしよう」と言う。
それは、単純ですが、 彼らは、そうしようとしません。
それが明らかに、明確に、自分の前に 置かれるなら、彼らは、そうするでしょう。
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