OJBR80CB10 - 宇宙的な秩序

ディヴィッド・ボームとの会話、第10回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1980年6月7日
テキストのみのバージョン
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0:19
クリシュナムルティ: 聴衆を忘れましょう。
私たちは、あなたたちの面白さのために、 執り行っていません。
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0:33
私たちは先日、止めたと思うのは - 私が正しく憶えているなら -
精神が、思考がそこに置いた物事すべてより、
全的に空っぽであるとき、真の冥想が始まる、と。
しかし、私たちはその事柄へ、さらに入る前に、
私は、ちょっと戻って、
見出したいと思うのです - 頭脳はいったい、 自由でありうるのかどうか、です。
すべての幻影、どの形の欺瞞からだけでもない。
そして、それは、自体の秩序を、 持ちうるのかどうか、です -
思考により導入されていない秩序、です。
または、物事を、その適切な所へ置くために、 努力、尽力をするのではない。
また、頭脳は、どれほど損傷していても
- ほとんどの頭脳は、損傷しています。
衝撃により、 あらゆる種類の刺激によって、です。
その頭脳は、自体を完全に、 癒やせるのかどうか、です。
それが、私が入りたいと思うことです。
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2:25
で、初めに、よろしければ、 訊ねることから、始めましょう。
人が作っていない秩序が、
ありますか。
動揺の中から計算された 秩序の結果でないものが、です。
たぶん大いに満足できる秩序、ではない。
それは、ゆえにやはり、古い条件づけの一部です。
人が作り、思考が作ったのでない秩序が、ありますか。
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3:18
ボーム: あなたは、精神に言及なさっていますか。
自然の秩序は、それ自体で存在する、 と言えますね。
K: 自然の秩序は、秩序です。
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3:26
B: ええ。でも、人が作っていない。
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3:32
K: でも、私は、そういうことについて、 話していません。
それが、あの種の秩序であるのか、 私は確かではありません。
宇宙的な秩序が、ありますか。
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3:49
B: でも、それはやはり、拡大される同じものです。
宇宙的(コスミック)という言葉は、 普通の意味では・・・
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3:56
K: 宇宙的(コスミック)は、 秩序を、意味しています。
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3:58
B: それは秩序を意味しますが、 秩序全体ですね。
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4:01
K: 秩序全体です。私はそのことを、言っています。
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4:03
B: それは、宇宙・万物の秩序と、 精神の秩序を、含んでいますね。K: ええ。
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4:13
K: 私が見出そうとしているのは、 こうです -
人がとうてい構想できない
秩序が、あるのでしょうか。
付いてきていますか・・・
なぜなら、どの構想も、やはり 思考の様式の中に、あるからです。
で、そうでない秩序が、ありますか・・・
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4:43
B: まあ、私たちはどのように、それについて、 議論しようとしますか。
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4:46
K: それが、私が議論したいことです。 私たちは議論できる、と思います。
秩序とは、何ですか。
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4:58
ナラヤン: 私たちはちょうど、それについて 議論していました。
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5:02
K: 私たちは、何について、議論していましたか。 N: 食卓で、です。
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5:03
K: 昼食時に、ですか。
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5:04
N: 数学的な秩序が、あります。
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5:06
一般的に、数学的な秩序は、 より微妙な諸秩序の秩序です。
科学 - どの特定の秩序の裏にも、その秩序です。
それは、どの専門分野にも知られた、 最高の種類の秩序です。
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5:27
K: 数学者たちは、 数学が完全な秩序であることに、
同意するんでしょうか。
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5:37
N: ええ。数学自体は、秩序の整合性です。
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5:42
K: 彼らは、それに同意するんでしょうか。
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5:44
B: それは、数学者たちに依存する、と思います。
でも、フォン・
ノイマンという 有名な数学者が、いて、
彼は、数学を、諸関係の関係と、 定義しました -
彼のいう関係とは、本当は、 秩序という意味でした。
他の何かについて、ではなく、 秩序自体の分野の内で、働いている秩序です。
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6:03
K: 秩序の分野に働いている秩序です。
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6:09
B: 何か対象物へ働いているというより、ね。
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6:11
K: ええ、ええ。それが、私が 取りかかろうとしていることです。
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6:19
B: で、最も創造的な数学者たちは、 これの知覚を、持っています
- それは、純粋な秩序と 呼ばれるかもしれません。
でも、もちろん、それは、 制限されています - 一定の・
・・
それはやはり制限されています。
なぜなら、それは、 数学的に、表現されなくてはいけないからです
- 数式や方程式ということに立って、です。
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6:47
K: 秩序は、私たちが知っているような 無秩序の一部でしょうか。
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6:55
B: それは、問いではありません - 私たちがいう 無秩序とは、どういう意味か、というのは・・・
無秩序について、首尾一貫した定義を、 与えることは、可能ではありません。
なぜなら、無秩序は、本来的に・
・・
一貫した説明を、与えられません。
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7:10
K: なぜですか。
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7:12
B: 無秩序は、秩序に違反するものであるからです。
何でも実際に起きることは、秩序を持っています。
さて、望むなら、 一定のことは、無秩序と呼べます。
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7:21
K: 何でも起きることは、秩序である、と 仰っていますか。
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7:25
B: それは、何らかの秩序を持っています。 もし身体が、正しく機能していない、
癌が成長している、というなら、 それは、癌細胞における一定の秩序です。
それは、一定のさまで、成長している だけです - あまりに速すぎますが。
それは、身体を壊してしまいがちな、 異なった様式を、持っています。
でも、全部が、一定の種類の秩序です。
K: ええ。
B: それは、自然の法則に、 違反したことがありません。
K: ええ。
B: しかし、或る脈絡との相対関係では、 それは無秩序である、と言えるでしょうね。
なぜなら、身体の健康について、 話しているのなら、
癌は無秩序と呼ばれるからです。 しかし、それ自体では・・・
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8:02
K: 癌は、自らの秩序を、持っている。全くです。
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8:07
B: でも、それは、身体の生育の 秩序とは、両立不可能です。
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8:13
K: では、私たちのいう秩序とは、どういう 意味ですか。秩序といったものが、ありますか。
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8:20
B: 秩序は知覚である、と 私たちは言っていました。
私たちは、秩序を捉えることはできません。
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8:26
K: ええ、もちろんです。
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8:28
N: 一般的に、私たちが秩序と言うとき、 それは、或る枠組みへの関係にあるか、
一定の分野への関係にあります。
秩序はいつも、その含蓄を持っています。
あなたが、数学の研究として、
秩序の秩序と仰るとき - 数学の幾つかの様相ですが -
あなたは、秩序に対する有限の アプローチより、離れ去ろうとしています。
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8:55
B: 私たちはもはや、物事を、 秩序づけていません。
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8:59
ほとんどの数学は、 数の秩序より、始まります -
1,2,3,4のように。
その上に、 きわめて精緻な階層秩序を、築きます。
数の秩序というのが、 どういう意味かが、見られます。
一連の関係があります - それらは、例えば定数です。
数の秩序には、秩序の 最も単純な例が、あります。
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9:27
N: ゼロの発見にともなって、 新しい秩序が、創造されました。
新しい組み合わせの秩序が、生じました。
数学的な秩序と、自然における秩序は、
より大きな分野の一部でしょうか。
または、それは、局所化された形でしょうか。
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10:06
K: 頭脳、精神は、とても矛盾していて、
傷が付いているので、
秩序を見つけられません。
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10:28
B: ええ。でも、それは、 どんな種類の秩序が、欲しいのですか。
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10:32
K: それは、その中で自らが、 安全になるであろう秩序が、欲しいのです。
それは、傷をつけられないだろうし、 それは衝撃を受けないでしょう。
それは、物理的な痛みや、 心理的な痛みを、感じないでしょう。
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10:46
B: でも、秩序の全論点は、 矛盾を持っていないことです。
K: そのとおりです。
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10:52
B: それが、数学の全目的です。
K: ええ。でも、頭脳は、矛盾になっています。
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10:56
B: ええ。何らかの形で、何かが 間違ってしまったんです。
私たちは、それは 間違った方へ曲がった、と言いました。
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11:07
身体が間違った成長をしているなら、
私たちは癌細胞を持っている、と言えるでしょう。
それは、二つの矛盾した秩序です。
一つは、癌の成長であり、
もう一つは、身体の通常の秩序です。 それらは、隣り合っていられません。
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11:23
K: でも、私は訊ねているだけです。 私は、或ることへ、入りたいからです。すなわち、
精神、頭脳は、組織された秩序すべてから、 全的に自由でありうるでしょうか。
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11:43
B: ええ。
B: 私たちは、なぜあなたが、それを、 組織された秩序から、自由にしたいのかと、
組織された秩序とは、どういう意味かを、 訊ねなくてはいけません。
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11:49
K: そのとき、それは様式になります。
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11:52
B: 固定した秩序、課された秩序、 という意味です。
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11:55
K: ええ。固定した秩序や、固定した様式です。
B: 課されたのや・
・・
K: 課されたのや、自ら課したの、です。
なぜなら、私たちは、究明しようと しているからです
- 少なくとも、私は見出そうとしています -
頭脳はいったい、 自由でありうるのかどうか、です。
すべての賦課、圧迫、傷、負傷より、 自らを、様々な方向へ押していく
すべての存在の些細なことより、です。
それは、それらより、完全に 自由でありうるのかどうか、です。
ありえないなら、 冥想は、何の意味もありません。
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13:03
B: もしそれを、それらより 自由にできないのなら、
さらに進んで、たぶん生は何の意味もない、 と言えるのかもしれません。
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13:10
K: いいえ。私は、生は何の意味もない、 とは言わないでしょう。
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13:12
B: それが、無期限につづいていくなら・・・
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13:14
K: あのように無期限に、ええ。 もしそれが、これまでのように、無期限に、
幾千年もの間、つづいていくなら、 生は、何の意味もありません。
しかし、それがそもそも意味が あるのかどうかを、見出すには
- 私は、意味があると、思います -
精神、頭脳は、これらより、全的に 自由でなければならないのではないですか。
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13:41
B: あなたが無秩序と呼ばれるもの・・・
無秩序と呼ばれるものの本源は、何ですか。
それはほぼ、癌に似ている、と 私たちは言えるでしょう -
頭脳の内側で、つづいている、と。
それは、頭脳の健康と 両立可能でない形で、動いています。
K: ええ。
B: それは、時がつづくにつれて、成長します。
K: 増大です。
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14:11
B: 一つの世代から、もう一つへ、増大です。
K: でも、一つの世代から、もう一つへ、 同じ様式が、反復されます!
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14:16
B: それは、一つの世代から、もう一つへ、 蓄積さえしがちです
- 伝統をとおして、です。
さて、それはほとんど、誰かに対して、 「私たちはどうやって、これら癌細胞が
拡がるのを止めようとしますか」と 訊ねるのと、同じ問いです。
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14:33
K: それが、私が取りかかりたいことです。
この様式は、定まってきて、
世代から世代へ、蓄積してきましたが、
それはどうやって、終わること、 突き破られることに、なりますか。
それが、私の精神の裏での、真の問いです。
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14:57
B: もう一つの問いを、しても いいでしょうか - なぜ頭脳は、
このものが、つづくため、 成長するための土壌を、提供しますか。
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15:04
K: それは単に、伝統、習慣なのかもしれません。
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15:09
B: なぜそれは、そこに留まりますかね。
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15:12
K: それは、何か新しいことが起きることを、 恐れている、ということかもしれません。
なぜなら、古い伝統に、それは避難する、
それは安心を感じるからです。
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15:30
B: すると私たちは、問います - なぜ頭脳は、自体を欺瞞しますか。
この無秩序の様式には、 この無秩序について頭脳が
自体を欺瞞するという事実が、 関与するように、思われます。
頭脳は、それを明らかに見ることが できるように、思われません。
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15:54
N: また、あなたが秩序と 言われるとき、私の精神では、
秩序の裏には、智恵が、あります -
それを使用するものが、です。
私は、一定の目的を持っています。
私は、秩序を創造します。
その目的が済んでしまうとき、 私はその目的を、脇に置きます。
で、秩序は、自らを 作り出す智恵を、持っています。
ふつうの語法においては、それが含蓄です。
でも、あなたは、他の何かへ、 言及なさっています。
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16:25
K: 私は訊ねています - 私と彼は、です - 諸世代のこの様式は、
破られるのかどうかと、なぜ頭脳は、 すべての葛藤、悲惨にもかかわらず、
その様式を受け入れてきて、 同じようにつづけていくのか、です。
そして、その様式を破ることは、 可能でしょうか。
それが、私が本当に訊ねているすべてです。
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16:51
N: 私は、同じことを、違った形で言っています。
秩序は、その目的を果たしてきたなら、 それは、もはや役立たないとか、
適切でないからといって、 脇に置けるのですか。
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17:03
K: でも、見たところ、脇に置けません。
心理的に、私たちは話していますが、 それはできません。
そうなりません。
私たちの誰とも似た、ふつうの人間を、 取ってみてください。
それは、つづいていきます。
恐れ、悲しみ、悲惨を、反復します。
それらは、その日々の食事の一部です。
ボーム博士は、訊ねます - なぜそれは、つづいていきますか、
なぜそれは、突き破れないのですか、と。
私たちは言います - それは、重く条件づけられているので、
そこを抜け出す道が、見えないのか、と。
または、それは単に、 常なる反復なのかもしれません。
それで、頭脳は鈍くなってしまった。
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18:04
N: で、反復の運動量、惰性が、あります。 あなたは、そこから抜け出せません。
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18:10
K: 反復の運動量、惰性は、 精神を、のろく、機械的にします。
その機械的なのろさの中で、 それは避難しますし、
「行ってください。
だいじょうぶです。 私はつづけてゆける」と言います。
それが、ほとんどの人間たちが、することです。
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18:36
B: それは、無秩序の一部です。
そのように考えることは、無秩序の顕現です。
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18:41
K: もちろんです。
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18:48
N: あなたは秩序を、智恵に連結されますか。
または、秩序は、何か自体で存在するものですか。
どの種類の智恵でも、です。
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18:58
B: どちらの場合に、ですか。 確かに、智恵には、秩序が関与しています。
智恵は、秩序の知覚を、必要とします
- 矛盾なく、秩序立ったさまで、です。
しかし、私たちが前に 議論していたことに関しては、
私たち自身は、これを創り出しません。
私たちは、この秩序を課しません。 むしろ、それは自然です。
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19:33
K: では、戻りましょう。私は普通の人です。
私は、自分が捕らわれていることが、 見えます - 私の生き方全体と、
私の考えと、私の態度など、信念は、
甚大な長さの時の結果であることが、です。
時は、私たちが先日、それに入ったように、 私の存在全体です。
過去は、変化させられませんが、 そこに、私たちは避難します。ですね?
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20:11
B: もしも私たちが、普通の人へ、 話をすることになったとしたなら、
彼が感じるだろう最初のことは、 彼は本当に、時を理解しない、ということです。
すなわち、時は、何か彼へ起きるものです。
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20:21
K: ええ。でも、私たちは、それへ入りました。
私は言っています - 私は普通の人であり、
あなたと話し合った後、
私は、自分の存在全体が、 時に基づいていることが、分かります。
すなわち、時は過去です。 そこに、頭脳は避難します。
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20:43
B: どういう意味ですか。 それはどのように、避難しますか。
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20:46
K: なぜなら、過去は変化させられないからです。
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20:50
B: ええ、同意しますが、そのとき人々はまた、 未来は変化させられるとも、ふつう考えます。
それで、共産主義者たちは、言ってきました - 「過去をあきらめなさい。
私たちは変化させようとしている」と。
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20:58
K: でも、私は過去を、あきらめられません。 私たちは、過去をあきらめられる、と考えます。
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21:03
B: ええ、それが第二の点です。 過去をあきらめようとする人たち、
過去に避難したくない人たちさえも、 やはりそれを、あきらめられません。
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21:11
K: それが、まさに私の論点です。
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21:13
B: で、どちらでやっても、 行き詰まっている、と見えます。
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21:20
K: で、次の一歩は、こうです - なぜ頭脳は、この生き方を受け入れますか。
なぜそれを、壊してしまわないのですか。
それは怠けですか。それを壊してしまう中で、 それは、何の希望も持たないのですか。
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21:47
B: それはやはり、同じ問いです。
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21:49
K: もちろん、それは同じ問いです。
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21:51
B: 過去から未来へ行く。
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21:54
K: で、それは、何をすべきでしょうか。
これは、ほとんどの人々に適用可能だと、 私は思いますが、どうですか?
それで、どんな、なされる べきことが、ありますか。
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22:07
B: 私たちはまだ、なぜそれが こうするかを、理解していません。
だから、何と言うべきかが、 はっきりしません。
この振るまいは、無秩序で、非理性的だ、 などとします。
人々は、「いいよ、過去をあきらめよう」と言って きましたが、私たちは、それができないのを、見ます。
K: それはできません。
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22:23
B: なぜできないのですか。
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22:26
K: なぜ私たちは、過去を あきらめられませんか。お待ちください。
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22:30
私は、過去をあきらめるなら、 何の存在をも持っていません。
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22:47
B: あなたはそれを、明瞭にしなくては いけませんね。なぜなら、或る人々が言う・・・・
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22:52
K: それは単純です。私は、自分の憶えていること すべて等々を、あきらめるなら、
私は何も持っていません。私は何でもありません。
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23:02
B: 或る人々はそれを、少し違ったように見つめる だろうと、思います - マルクス主義者のように、です。
マルクス自身は、人間存在の条件を 変容させることが、必要であり、
それがこの過去を取り去るだろう、と 言いましたね。
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23:19
K: でも、そうなされていません。 それはできません。
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23:24
B: それは、彼は、それを変容させようとするとき、 やはり、過去から働くからです。
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23:29
K: ええ。それが、私が言っていることです。
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23:34
B: もしあなたが、仰るように、「まったく 過去に依存するな」と言うのなら、
私たちは何を、するのでしょうか。
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23:39
K: ええ。私は何でもない!
それが、なぜ私たちが、とうてい過去を あきらめられないことの理由ですか。
なぜなら、私の存在、私の考え方、私の生、
あらゆる物事が、過去からであるからです。
もしあなたが、それを拭い去りなさい、 と言うなら、私には何が残っていますか。
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24:08
B: 私たちは明白に、過去からの 一定の物事を、保たなくてはいけません -
役立つ知識とテクノロジーのように、です。
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24:16
K: ええ、それらは投げ捨てません。
B: 今、仮に、私たちは、 過去のその部分を保ち、
矛盾している過去の部分すべてを、 拭い去る、とします。
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24:23
K: それらはすべて、心理的で、 矛盾している、などです。
何が残っていますか。
オフィスへ行くことだけですか。
何も残っていません!
それが、なぜ私たちがそれを あきらめられないかの理由ですか。
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24:41
B: やはり、そこには矛盾が、 ありますね。なぜなら、
何が残されているか、と仰るなら、 やはり、過去を求めていますからね。
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24:47
K: もちろんです。もちろんです。
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24:51
B: あなたは単純に、こう仰っていますか - 人々が、自分たちは過去をあきらめている、と
言うとき、彼らは単純に、そうしていない。
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25:03
K: 彼らはそうしていません。
B: 彼らは単に、それを、 主題を回避する別の問いへ、変えている、と。
K: なぜなら、私の全存在は、過去であるからです
- 修正され、変化していますが、 それは、自らの根を、過去に持っています。
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25:17
B: ええ。もしも、あなたが誰かに、「それらを あきらめなさい。すると、未来にあなたは、
何か違った、ずっと良いものを、持つだろう」と 言ったなら、人々は、惹きつけられるでしょうね。
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25:25
K: でも、「もっと良い」は、やはり過去からです。
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25:29
B: そう仰るならね・・・おそらくそれは、 さらに開いていて、創造的なのかもしれません。
そうね、人々は、少なくとも、 そこにあるだろう何かについて、
保証してほしいのです。
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25:41
K: まさにそうです!何もないんです!
私は、ふつうの人、人間として、 何か自分が縋りつけるもの、
取りすがれるものを、保証してほしいのです。
B: ええ、楽しみに待ち、たどり着くものを。
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25:56
K: たどり着くものを。
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25:57
B: 彼らは、過去に縋りついているのではなく、
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25:59
何かへたどり着こうとしていると、感じます。 それが、ふつうの感情です。
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26:05
K: もし私が、何かにたどり着くなら、 それはやはり、過去です。
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26:10
B: ええ。それは、しばしば明白でないけれども -
なぜなら、人々は、それは、大きな新しい 革命的な状況であると、言うからです。
でも、それは過去に、自らの根を持っています。 そして、過去は無秩序です。
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26:22
K: それが、私が訊ねていることです。私が過去に 自らの根を、持っているかぎり、秩序はありえません。
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26:28
B: 過去は、無秩序が浸透しているからですか。 K: ええ、無秩序が。
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26:32
私の精神、私の頭脳は、 絶対的に何もないことを、
進んで見ようとしていますか -
私が過去をあきらめるなら、です。 付いてきておられますか。
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26:57
B: たどり着こうとすべきものは、 何もない、と仰ります。
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27:00
K: 何もない。 何も動きがない、という意味です。
ゆえに、私はとうてい、 過去をあきらめられません。
それで、人々は、私の前に にんじんを、ぶら下げます。
私は、愚かな人物のように、それに従います。
それで、私は、にんじんがなく、 賞罰として何も持たないなら、
どうして、この過去は、 解消されるべきでしょうか。
なぜなら、さもないと、私はやはり、 時の分野に、生きているからです。
ゆえに、それはやはり、人が作っています。
で、私は何を、するのでしょうか。
私は、絶対的な空っぽに、進んで 向き合おうとしていますか。よろしいですか。
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28:20
B: あなたは、向き合おうとしない誰か、 できないと感じる誰かに、何と仰るんでしょうか。
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28:24
K: 私は気にしません。もし誰かが、「すまないね。
私はこれらナンセンスをできないよ」と言うなら、 「まあ、続けていってください」と言います。
でも、私は進んで、自分の過去を、 完全に手放そうとしています。
それは、何も努力がない、報酬がない、 処罰がない、にんじんはない、
という意味です - 何もない。
頭脳は、何もない状態でのあり方、存在の
このとてつもない状態に、 向き合おうとしています -
自らにとって全的に新しいことに、です。
それは、おぞましく恐ろしい。
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29:14
B: これら言葉さえも、 過去に根づいた意味を、持つでしょう。
K: もちろんです。
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29:20
B: それが、恐れが入ってくるところです。
K: 私たちはそれを、理解しました。 言葉はそのものではない。
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29:22
B: でも、そのとき、それは恐れの原因です。
過去の中の根より、何もないという この概念は、恐ろしいからです。
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29:30
K: 私の頭脳は、「私は進んで、そうしよう」、
「私は進んで、この絶対的な無、 空っぽに、向き合おう」と言います。
なぜなら、それは自体で、すべての避難、
自らが避難してきた様々な所が、 幻影であることが、見えたからです。
だから、それは、それらを 終了させました。
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30:04
B: これで、何かが残される、と思います。 私たちは議論してきて、
あなたはまた、 頭脳への損傷や傷の問いをも、
取り上げられました。
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30:21
K: まさにそうです。
B: すなわち、頭脳は、もしも損傷されていなかったなら、 おそらく、相当にすぐに、それをできたでしょう。
K: さて、私は、何が頭脳へ損傷を、 引き起こしてきたのかを、発見できますか。
要因の一つは、強い情動です。
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30:34
B: ええ。強い持続した情動です。
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30:36
K: 強い持続した情動です。憎しみのように。
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30:39
B: たぶん、情動の閃きでは、そうならないの でしょうが、人々はそれを、やりつづけます。
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30:44
K: ええ、もちろんです。憎しみ、怒り・・・ B: 恐れ
K: ・
・・暴力の感覚。それらは 明白に、衝撃であるだけではなく、
頭脳を負傷させるでしょう。ですね?
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|
31:02
B: まあ、過剰な興奮も、ね。
楽しみのような、他の手段により、 過剰に興奮することも・・・
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|
31:08
K: もちろんです。薬物、その他すべてです。 過剰な興奮、
過剰な怒り、暴力、憎しみ、それらです。
自然な応答は、頭脳を損傷しません。
ですね?
さて、私の頭脳は、損傷しています - 仮にそうだとします -
それは、怒りをとおして、損傷してきました。
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31:43
B: たぶん神経が、間違った形で連結していて、
連結があまりに固定しすぎている、とも 言えるんでしょう。
これらのことが、実際に構造を 変化させるだろうとの証拠が、ある、と思います。
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31:56
K: ええ、構造を。 それが私が言っていることです。
すなわち、私は、動揺の本性全体へ、 洞察を得られますか
- 怒り、暴力(の本性)へ。
それらはすべて、同じものの一部です。
私は、それへ洞察を、持てますか。
それで、その洞察は、
負傷してきた頭脳の細胞を、変化させます。
|
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32:29
B: おそらくそれは、それらを 癒やしはじめるでしょう。
|
|
32:32
K: いいですよ。それらを、癒やしはじめます。
その癒やしは、即時でなければなりません。
|
|
32:39
B: 何らかの形で、それは、時間が 掛かるかもしれません -
もし、間違った連結が、作られてきたなら、 素材を配置しなおすために、
時間が掛かるだろう、という意味で、ですが、
K: ええ。
|
|
32:51
B: それの始まりは、 即時であると、私には思われます。
K: いいですよ。
そのように取ってください。 私はこれができますか。
私は、あなたに聞いてきました。
私は、気をつけて、読んできました。
私は、これらについて、考えてきました。
そして私は、怒り、暴力、憎しみ、
それらすべての過剰な、とか、 どの形の興奮なども、
頭脳を傷めることが、分かります。
この事柄全体への洞察は、細胞に
変異をもたらすのです。
そうなのです!
神経と、それらの調整すべては、
可能なだけ、急速でしょう。
|
|
33:48
B: 同じことは、癌細胞にも、起こります。
時々、癌は突然に、成長を止めます。
そして、何か知られていない理由のために、 逆に退いていきます。
でも、それらの細胞には、変化が、 起きたにちがいありません。
|
|
34:03
K: お訊きしていいなら、私は 間違った道筋に、いるかもしれませんが、
脳細胞は・
・・そこに、 根源的な変化が、あるとき、
癌の進行は、止まりますか。
|
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34:18
B: ええ。根源的にそれは止まるし、 分解しはじめます。
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34:21
K: ええ、分解する。そうなんです。
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34:27
N: あなたたちは、それは、正しい種類の連結を、
動かしはじめた、と仰っています。
|
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34:31
B: ええ。
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34:32
N: そして、間違った連結を止める、と?
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34:34
B: または、間違った連結を、分解しはじめる、とも。
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34:37
N: で、始まりがなされる。それは今、なされる。
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34:41
B: 一瞬に、ええ。 K: それが洞察です。
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|
34:42
N: それが洞察です。でも、 時の問いは、関与していません。
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34:44
なぜなら、正しい動きが、始まったからです。 B: ええ。
|
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34:53
K: 何?何?何?
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34:56
N: ディヴィッドが言っていることは、 時が関与していない、ということです。
なぜなら、正しい動きが、今、始まったからです。
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35:02
K: ええ、もちろんです。
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35:04
N: 過去について、私がお訊きしたいことが、 もう一つ、あります。
ほとんどの人々にとって、 過去は、楽しみを意味しています。
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35:12
K: 楽しみだけではなく、物事すべての思い出です。
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35:16
N: 楽しみが古くさくなるときや、 それが困難につながるときだけ、
それを嫌いはじめます。しかし、いつの時も、 楽しみをほしがります。
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35:27
K: ええ、もちろんです。
N: さて、楽しみと、 それが持ち込む古くささや困難の間を、
区別することは、とても困難です。
なぜなら、それがもたらす 古くささや問題を、持たないで、
楽しみを新鮮に保っておきたいと思うからです。
私は、通常の人間のことを、いっています。
私はあなたに、お訊きしています - 楽しみに対するあなたの態度は、何ですか。
|
|
35:51
K: 私の態度というのは、どういう意味ですか。
|
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35:53
N: この楽しみの無量の問題を、 どう取り扱いますか -
その中に、ほとんど人々は、捕らわれています。 なぜなら、それは過去であるからです。
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36:01
K: 楽しみは、いつも過去です。 ちょっと待ってください。
それが起きつつある瞬間には、 何の楽しみも、ありません。
それは、憶えられるとき、 後で入ってきます。
で、憶えるのは、過去です。
私は言いました -
私は、人間として、進んで、 何も無いのへ、向かい合おうとしています
- それは、それらを拭い去る、 という意味です。
|
|
36:37
N: 楽しみへのこのものすごい本能を、 どうやって拭い去りますか。
それはほとんど、本能だと思われます。
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36:50
K: いいえ、私たちは、それに入りました。
すなわち、楽しみの本性は、何ですか。
楽しみとは、何ですか。
それは、起きてきた過去の物事を、 常に憶えていることだ、と言いました。
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37:07
B: また、起きるだろう物事への期待です。
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37:11
K: もちろんです。いつも過去からです。
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37:14
B: あなたはふつう、楽しみと楽しさとの 区別をつけられました。K: ええ、そうしました。
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37:18
N: もちろん、区別をされました。 でも、私は言っています -
やはり人間は、あなたが仰っていることを、
理解するけれども、一種、この分野に 引き留められています。
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|
37:29
K: いいえ、ナラヤン。 なぜなら、彼は進んで、この空っぽに、
向き合おうとしていないからです。
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37:42
楽しみは、慈悲ではない。 楽しみは、愛ではない。
しかし、おそらく、この変異があるなら、
慈悲は、楽しみより、強い。
で、楽しみは、慈悲において、 どんな居所も、ありません。
B: さらに、単純に、秩序のほうが強い・
・・
秩序の知覚のほうが、楽しみより、 強いかもしれません。
K: そのとおりです。
B: 人々は本当に、何か自らが秩序でもって していることに、関心を持っています・
・・
K: そのとおりです。
|
|
38:24
B: ・・・芸術家や科学者、です。
楽しみは、あの瞬間に、 何の役割をも果たしません。
N: それが、私が仄めかそうと していることです。
それは、あれを自らの所に保てる 一定の強さを、持っています。
|
|
38:30
K: 慈悲は、ものすごい強さ、 計算不可能な強さを、持っています。
楽しみは、その中で、どこにもありません。
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38:40
N: でも、楽しみが支配的である人には、 何が起きますか。
|
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38:45
K: 私たちは、それを言いました。 彼は、このとてつもない空っぽに、
進んで向き合おうとしていないかぎり、 古い様式でもって、続けていくでしょう。
|
|
38:57
B: 私たちはまた、この人が損傷した頭脳を 持っていることをも、言わなくてはいけません
- 持続する楽しみへのこの強調を、 引き起こす一定の頭脳の損傷、です。
同じく、恐れ、怒り、憎しみへも、です。
K: ですが、損傷した頭脳は、洞察があるとき、 癒やされます。
|
|
39:10
B: ええ。
|
|
39:21
B: しかし、思うに、多くの人々は、 「私は、憎しみと怒りなどが、
損傷した頭脳の産物であることを、 理解します」と言うでしょうが、
彼らは、楽しみが、損傷した頭脳の産物である、と
言うことは難しいと、見るでしょう。
|
|
39:32
K: ああ、そうです。もちろん、そうです。
|
|
39:34
B: ところが、あなたは、 真の楽しさがある、と言われます -
それは、損傷した頭脳の産物ではないが、
それは、楽しみと混同されています。
|
|
39:44
N: ええ、それが困難です。なぜなら、 楽しみが、怒りを生じさせるなら、
怒りは、損傷した頭脳の 一部であるからですが・・・
|
|
39:53
K: また、楽しみへの要求も、です。
|
|
39:57
B: それは、怒り、憎しみと欲求不満、 恐れを、生じさせるかもしれません。
|
|
40:02
K: 私は、自分のほしい楽しみを、 得られないなら、困りはじめます。
私は、欲求不満を感じるし、 その他すべてが、付いてきます。
で、私は、あなたは、人間として、
過去へ、洞察を持ちますか -
それが頭脳にとって、いかに破壊的なのかへ、です。
そして、頭脳自体は、それを見て、 それへの洞察を持ち、
動いて、それを抜け出しますか。
|
|
40:46
N: あなたは、秩序の始まりは、 洞察から来る、と仰っています。
|
|
40:50
K: 明白です。
そこから動きましょう。
|
|
41:04
N: 私は、違ったように、 表してもいいですか。
一定量の秩序を集めることは、可能ですか・
・・
K: 人為的に、ですか。
|
|
41:10
N: 人為的に、ではなく、様式の意味で、です。
|
|
41:13
で、それが、一定量の洞察を、 生じさせるように、です。
|
|
41:23
K: ああ、虚偽をとおして、 真理を見つけられません。
|
|
41:31
N: 私はそれを、意図的に言っています。 なぜなら、多くの人々にとって、
洞察に必要とされるエネルギーや鋭さは、 欠けています。
|
|
41:43
K: あなたは、生計を立てることには、 ものすごく鋭いですよ -
お金を稼ぐことには、何かをすることには、ね。
あなたが、何かに興味を持っているなら、です。
あなたは、この変容等へ、 懸命の興味を持っているなら、
そのエネルギーを、持つでしょう。
|
|
42:11
つづけてもよろしいですか。 人間として、私は見て・・・
この洞察は本当に、過去を拭い去ったのです。
そして、頭脳は、何も無いことに、 進んで生きようとしています。
私たちは、違った方向から、 この点に、幾度も来ました。
そこから、私は進みたいのです。
いいでしょうか。
それは、思考がそこに置いたものが、 一つもない、という意味です。
思考の動きが、何もない -
知識、技術、それらが、 自らの所を持つの以外は、です。
ですが、私たちは、 そこに、思考の動きが何もない、
ゆえに、絶対的に何もない精神の
心理的な状態について、話しています。
|
|
43:31
B: そのとき、感じがない、という意味ですね。 思考と感じの動きは、一緒にある。
それが、あなたが仰る意味ですか。
|
|
43:38
K: いえ。ちょっと待ってください。 そこの感じ、というのは、どういう意味ですか。
|
|
43:41
B: ふつう人々は、「いいよ。思考は何もない。
でも、私は、あらゆる種類の様々な感じを、 持つかもしれない」と、言うかもしれません。
|
|
43:49
K: もちろん、私は感じを持ちます。 ピンを刺した瞬間・・・
|
|
43:52
B: これらは感受ですが、また、内の感じもあります。
|
|
43:58
K: 何の内の感じですか。
|
44:00
B: それらを叙述することは、難しい。
たやすく叙述できるものは、 明白に、間違った種類です -
怒りと恐れのように、です。
K: 慈悲は、感じですか。
B: たぶんそうではない。
|
|
44:08
K: いいえ、それは感じではない。
|
|
44:13
B: 人々は、慈悲を感じる、と言う かもしれませんが。K: もちろんです。
|
|
44:17
B: でも、まさに(コンパッションという)その言葉さえも それが一つの形の感じであることを、提起します。
|
|
44:22
K: もちろんです。私は、慈悲を「感じる」、と。
|
|
44:24
B: 慈悲(コンパッション)は、その中に熱情 (パッション)を含んでいます。それは感じですね。
または、それは、その意味とともに、 取ることができます。
で、それは、困難な問いです。
|
|
44:37
ともあれ、ふつう感じと呼ばれるものは、
叙述可能な性格の感じとして、
認識されるであろうものです。
|
|
44:48
K: 少しそれに、入りましょう。
私たちのいう感じとは、どういう意味ですか。 感受ですか。
|
|
44:54
B: 人々はふつう、そういう意味で、言いません。
感受は、そうね、身体と連結しています。
K: 身体、諸感覚ね。
|
|
44:59
B: または、身体の内の器官です。
|
|
45:01
K: ええ。で、あなたは、身体のではない感じを、 言っています。
|
|
45:03
B: または、所属していると言われるのは・・・
|
|
45:06
昔の日々には、それらは 魂のだと、言われたでしょう。
|
|
45:13
K: もちろんです。それは、たやすい逃避ですが、 それは、何をも意味していません。
B: ええ。
|
|
45:19
K: 内の感じとは、 何ですか。楽しみですか?
|
|
45:25
B: それをそのように ラベル付けできるかぎりでは、
それは妥当でないことが、明らかですね。
|
|
45:33
K: で、何が妥当ですか。 非言語的な状態ですか。
|
|
45:39
B: たぶん、何かを含んでいる、 非言語的な状態・・・
それは、固定しなかった感じに類似した何かを
持つのでしょうか - 名づけられなかった何かを?
|
|
45:55
N: あなたは、それは感じではない、と 仰っています。
それは、感じに相似していますが、 それは、固定していません。
|
|
46:02
B: ええ。私は、それが存在しうるのか どうかを、考慮しています。
|
|
46:04
N: 慈悲ね。K: え?
|
|
46:06
B: 慈悲ではない。思考が何もない、と言うなら
- それを明瞭にするため、です - 誰かは、こう言うかもしれません -
「私は理解します。
私は考えていません。 私は話していません。
私は、何をすべきかを、計らっていません」と。
|
|
46:18
K: ああ、いえ、いえ。それではない。
|
|
46:20
B: で、私たちはさらに、進まなくてはなりません。 それは本当に、何を意味していますか。
|
|
46:28
K: いいですよ。それが本当に意味していることは、 こうです - 思考は動きです。
思考は時です。ですね? 時と思考は、何もありません。
|
|
46:39
B: ええ、おそらく、内側に、 実体の存在の感覚は、何もない。
例えば、それは、感じと 呼ばれるかもしれません。
|
|
46:45
K: 絶対に、絶対に、もちろんです。もちろんです。
実体の存在は、記憶の束、過去です。
|
|
46:52
B: しかし、その存在は、 それについて考えている思考だけではなく、
また、それがそこに、内側に あるとの感じですね。
K: ええ、もちろんです。
|
|
46:59
B: あなたは、一種の感じを得ます。
K: すなわち、何も存在はない。
さもないと、あなたは・
・・精神は・・・ 何もない。
存在が継続しているとの感じが、 あるなら・・・
|
|
47:14
B: たとえ、それは、 言語化可能に見えないとしても・・・
|
|
47:18
K: もちろんです。
そういう状態があるとの幻影に、私たちは、
捕らわれているのかどうか、と思われます。
|
|
47:28
B: そうかもしれません。 あなたは、意志なく、欲望なき
状態があるだろう、と仰ります。
|
|
47:35
K: もちろんです。それらは、去っています。
|
|
47:37
B: ええ。でも、私たちは、この状態が真実であり、 真正であることを、どうやって知りますか。
|
|
47:41
K: それが、私が訊ねていることです。 私はどうやって、
そうであることを、知るか、 悟るか、述べるのですか。
言い換えるなら、あなたは、 それの証明がほしい。
B: うーん・・・少なくとも・・・
|
|
48:01
N: いいえ。証明でなく、あの状態の伝達です。
|
|
48:05
K: さて、ちょっと待ってください。 あなたはどうやって、私と伝達しあいますか。
仮に、あなたが、この独特の慈悲を 持っている、とします。
あなたはどうやって、 楽しみとそれらの中に生きている私に、
伝達できますか。できません!
|
|
48:23
N: ええ。でも、私は、あなたに聞く 準備が、できています。
|
|
48:26
K: ゆえに、聞く準備ができている - どこまで、どれほど深く、ですか。
|
|
48:32
N: 私の聞くことが、 連れて行ってくれる程度まで、です。
|
|
48:34
K: それは、どういう意味ですか。
|
|
48:39
N: それが、私が言えるすべてです。
|
|
48:41
K: いいえ。それは、とても単純です。
あなたは、安全、安心であるかぎり、 行くでしょう。
|
|
48:50
N: いえ、必ずしもそうではない。
|
48:54
K: その人は、有るということは 何もない、と言います。
自らの生全体はずっと、 このなること、有ることなどでした。
その状態においては、有るということが、 まったくない、と彼は言います。
言い換えるなら、「私」は何もない。
よろしいですか?
今、あなたは、「それを私に 示してください」と言います。
それは、それが持つ一定の性質、 一定の行為をとおしてのみ、
示すことができます。
有るということが、全的に空っぽである精神の、
行為とは、何ですか。
それは、良い・・・
その行為とは、何ですか。
ああ、ちょっと待ってください。
どんな水準での行為ですか。
物理的な世界での、行為ですか。
N: 部分的には。
K: ほぼそれです。
|
|
50:20
N: ほぼではなく、部分的には、です。
|
|
50:23
K: いいえ。私は訊ねています - それは部分的ですか。
|
|
50:23
いいですよ。この人は、空っぽのこの感覚を 持っていて、有るということが、何もない。
|
|
50:26
それで、彼は、自己中心的な利益から、 行為していません。
|
|
50:33
で、彼の行為は、日常生活の世界にある。
それだけです。
あなたは、そこだけで判定できます -
彼が偽善者なのか、 彼は一つのことを言い、
次の瞬間、それを反駁するのか、
彼は実際に、この慈悲を 生きているのかどうかを、です。
「私は慈悲深く感じる」ではない。
|
|
51:13
B: あなたは、同じことをしていないなら、 言い当てられません。
|
|
51:16
K: まさにそうなんです。 それが、私が言っていることです!
|
|
51:19
N: そこで私は、あなたを判定できません。
|
|
51:21
K: できません。では、あなたは、どうして私へ、
精神のあの独特の性質を、 言葉で伝えられますか。
叙述すること、それを巡ることはできます。
でも、あなたは、それの本質を、与えられません。
私がいうのは、ディヴィッドは、例えば アインシュタインと議論できます。
彼らは、同じ水準にいます。
彼と私は、一定の点まで、議論できます。
もし彼が、無い、空っぽだとのこの感覚を、 持っているなら、
私は、それにすごく近づけますが、 私がそれを持つのでなければ、
私はけっして、あの精神に 入れないか、出くわせない。
|
|
52:17
N: 言葉をとおさず伝達する道が、ありますか - 開いている人のために、です。
|
|
52:23
K: 私たちは、慈悲と言いました。
それは・
・・ディヴィッドが ちょうど今、表したように、
それは、「私は慈悲深く感じる」ではない。
そのとき、それはすっかり間違っています。
結局、日常生活において、そういう精神は、
「私」なく、自我なく、行為します。
ゆえに、それは、間違いをするかもしれませんが、 即時にそれを訂正します。
それは、その間違いを、持ち運んでいません。
|
|
53:14
N: それは行き詰まっていません。
|
|
53:22
K: 私たちはここで、間違いへの言い訳を 見つけないよう、よく気をつけなければなりません!
|
|
53:35
で、私たちは、先日 言いましたように、その点へ来ます -
そのとき、冥想とは何ですか。
ですね?
なりつつある人や、ありつつある人は、 冥想をしますが、
それは、いかなる意味もありません。
それは、ものすごい発言です。
この、ならないこと、ないことが、あるとき、
冥想とは何ですか。
それは、全的に無意識的でなければなりません。
よろしい ですか?ちょっと待ってください。分かります・・・
全的に・・・招かれていない。
|
|
54:27
B: 意識的な意図なく、というのが、 あなたが仰る意味です。
|
|
54:31
K: ええ。意識的な意図なく、です。
ええ、これは正しいと、思います。
|
|
54:45
バカげて聞こえますが、 あなたは、宇宙・万物、
宇宙的な秩序は、冥想中だ、と 仰るのでしょうか。
|
|
54:58
B: まあ、それが生きているなら、
それを、そのように 見なくてはいけないでしょう。
K: いえ、いえ。それは、 冥想の状態にある。
|
|
55:02
B: ええ。
|
|
55:06
K: それは正しいと、思います。私は 拘ります・・・私は、それとともに行きます。
|
|
55:10
B: 私たちは、冥想とは何かについて、 調べようとすべきだ、と仰るなら、
|
|
55:16
それは、何をしていますか。
|
|
55:36
N: 宇宙・万物は冥想中である、と仰るなら、
それの表現は、秩序ですか。
私たちは、どんな秩序を、判別できますか
- それは、宇宙的な冥想や普遍的な冥想を、
標示するでしょう。
|
|
55:57
K: 日の出と日の入りは、秩序です。 すべての恒星、
惑星、全部の物事が、完璧な秩序にある。
|
|
56:12
B: 私たちは、これを、冥想と 連結しなくてはなりません。
|
|
56:17
K: 彼は、「秩序」という言葉を、 持ってきています。
|
|
56:20
B: 辞書によれば、 冥想(メディテーション)という意味は、
考慮すること、精神の中で思い巡らすこと、
近い注意を払うことです。
|
|
56:29
K: また、測量することです。
|
|
56:30
B: それは、さらなる意味です。 でも、それは、量ることと熟慮することです。
それは、量るのと熟慮するという 意味で、測量することです。
|
|
56:37
K: そうです。熟慮する、 思い巡らす、などです。
|
|
56:40
B: 何かの意義を量ること -
それが、あなたが仰る意味ですか。
|
|
56:44
K: いいえ。
|
|
56:45
B: すると、なぜその言葉を、使われますか。
|
|
56:49
N: 私はこう聞かされました - 英語では、 観想(コンテンプレーション)は、
冥想より、異なった含蓄を持っている。
観想は、精神のより深い状態を、含意する。
ところが、冥想(メディテーション)は・
・・
K: 観想する。
|
|
57:01
N: それが、私が聞かされたことです。
|
|
57:03
B: 知ることは難しい。 観想(コンテンプレイト)という言葉は、
|
|
57:04
本当は、「テンプル」という言葉から、 来ています。K: そのとおりです。
B: 開いた空間を作ることが、 その基本的な意味です。
一種、開いた空間を創り出す - それを見つめられるように、です。
K: その開いた空間は、 神と私の間にあり、それで・
・・
B: それが、その言葉の生じたさまです。
|
|
57:23
K: 全くです。
|
|
57:27
N: テンプル、空間からです。 B: それは、開いた空間を、意味しています。
|
|
57:30
N: サンスクリットの 「ディヤーナ(禅定、静慮)」は、
|
|
57:34
冥想(メディテーション)と同じ含蓄を、 持ちません。K: ディヤーナには、ない。
|
|
57:38
N: 冥想(メディテーション)は、 測量の含みを、持っているからです。
|
|
57:40
たぶん、婉曲的な形で、その測量は秩序です。
|
|
57:49
K: いいえ、私は、秩序を 持ち込みたくありません。
秩序という言葉を、外しておいてください。
私たちは、それを通りぬけてきました。
私たちはそれを、叩き殺しました。
|
|
57:57
B: 私は、なぜあなたは、冥想(メディテーション) という言葉を、使われるのかを、お訊きしました。
|
|
57:59
K: 冥想という言葉を、使わないでください。
|
|
58:02
B: ここであなたが本当に、どういう意味で 仰るのかを、見出しましょう。
|
|
58:23
K: あなたは、無際限の状態、測量なき状態と、
仰るのでしょうか。
|
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58:37
B: ええ。
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58:42
K: そこには、どの種の分割もありません。
そうね、私たちは、たくさんの叙述を 示していますが、それはそれではない!
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58:56
B: ええ。でも、何らかの形で、 それ自体に気づいている
精神の意味が、ありますか。
それが、あなたが 仰ろうとしていることですか。
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59:11
他の時にあなたは、精神は、 それ自体より内容を
空っぽにしている、と仰ってきました。
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59:16
K: ええ。あなたは、何に 取りかかろうとしていますか。
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59:23
B: 私は、それが単に無際限なだけでは ないことに、取りかかろうとしています -
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59:31
それは、思うに・・・・ 何かもっと多くが、関与しています。
K: ああ、はるかに多くが、です。
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59:43
B: でも、この、内容を 空っぽにする中で、私たちは、
この内容は、無秩序になった 過去であることを、言いました。
そのとき、或る意味では、 それは、常に過去を、きれいに
片付けていると、言えるかもしれません。 あなたは、それに同意されるでしょうか。
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59:59
K: それは常に、過去をきれいに片付けていますか。 いいえ、同意しないでしょう。
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1:00:02
B: するとあなたが、精神はそれ自体より 内容を空っぽにしている、と仰るとき・・・
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1:00:08
K: それ自体から空っぽにしました!
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1:00:11
B: いいです。すると、私たちはこう言います - 過去がきれいに片付けられるとき、
それは冥想である、と仰ります。
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1:00:17
K: それは冥・・・ああ、いいえ。何の観想ですか。
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1:00:23
N: ほんの始まりです。それは、始まりにあります。
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1:00:26
K: 何の始まりですか。 N: 過去を空っぽにすることの、です。
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1:00:28
K: それは、されなければなりません。 内容、すなわち、怒り、嫉妬、
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1:00:30
信念、教義、執着を、空っぽにすること。
そのすべてが、内容です。
それのどの部分でも、存在するなら、
それは必然的に、幻影へつながるでしょう。
で、私たちは、それを言いました。
頭脳や精神は、幻影すべてから、
全的に自由でなければなりません -
欲望により、望みにより、 安全を欲しがること、
それらにより、もたらされた幻影から、です。
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1:01:16
B: それがなされるとき、これが扉を開きます
- 何か、より広いもの、深いものへ、です。
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1:01:24
K: ええ。
さもないと、生は、何の意味もありません - ただ、この様式を反復するだけです。
さて、私はこれへ入りたいのです。
B: いいですよ。
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1:01:37
K: 今、5時です。
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1:01:39
N: あなたが、宇宙・万物が冥想中だと仰ったとき、 それは正しくは、どういう意味でしたか。
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1:01:40
あなたは、宇宙・万物が冥想中だ、と仰るとき、
何かを、伝えようとしています。
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1:01:50
K: ええ。私はそのように感じます。
冥想は・
・・
「動きのない動き」の状態です。
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1:02:07
B: いいですよ、ええ。
私たちは、まず最初に、こう 言えるでしょうか - 宇宙・
万物は、実際に、
過去により支配されていない、と。 それが、第一の点です。
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1:02:19
K: ええ、そうです。
B: それは自由で創造的です。
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1:02:22
K: それは、創造的です。動いています。
B: そのとき、この動きは秩序の中にある。
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1:02:27
K: あなたは、科学者として、 そういうことを、受け入れるでしょうか。
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1:02:31
B: まあ、実のところ、 私は受け入れるでしょう!
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1:03:07
K: 私たちはどちらも、狂っていますか? B: まあ・・・
宇宙・
万物は、一定の形態を、創造しますね - それらは相対的に、恒常的です。
で、人々がそれを表面的に見つめて、 それが見えるだけなら、
それは、そのとき、過去から決定されて いるように、見えます。
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1:03:24
K: ええ。
K: 問いを、逆にするならば、
時が終わることは、本当に可能ですか。
時とは過去です - 時、時間の観念全体です。
まったく明日を持たないことは、です。
もちろん、明日はあります。
あなたは、講演に行かなくてはいけないし、 私もそうだ、などです。
明日はあります。
しかし、明日を持たないとの
感じ、本当の実在。
そうです - それは、最も健康的な 生き方だと、私は思います。
それは、私が無責任になる、 という意味ではありません。
それはすべて、あまりに子どもっぽい。
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1:04:47
B: ええ。それは単に、物理的な時という問いです。
それは、自然の秩序の一定の部分です。
K: もちろんです。それは分かっています。
B: 私たちはやはり、それを精神に 持っていますが、問いは、
私たちが、過去と未来を 経験する感覚を、持っているのか、
または、私たちは、その感覚より 自由であるのか、です。
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1:05:07
K: 科学者として、あなたに、私は訊ねています - 宇宙・万物は、時に基づいていますか。
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1:05:13
B: 私は、いいえ、と言うでしょうね。でも、 それが公式化されてきた、一般的なさまは、
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1:05:17
K: それが、私が望むすべてです。 あなたは、いいえ、と言う。
時の中で進化してきた頭脳は・・・
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1:05:29
B: それは、時の中で進化してきましたか。 それは、一つの話し方ですが、
それは、時の中で、絡み合ってきました。
K: いいですよ。
B: 何らかの形で、時の中で、絡まり合って きました。
なぜなら、宇宙・万物は、
時に基づいていない、と仰るなら、頭脳は、 宇宙・
万物の一部であるからです。
それは単に、時に 基づいているわけがない。
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1:05:48
K: ええ。思考という意味で、頭脳です。
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1:05:53
B: 思考が、頭脳を、時の中で 絡まり合わせてきました。
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1:05:57
K: いいですよ。 その絡まり合いは、解きほぐされ、
解き放たれますか。
それで、宇宙・万物が 精神であるように、です。いいですか?
宇宙・
万物は、時のでないなら、
精神は、時の中で 絡まり合ってきましたが、
それ自体を解きほぐせて、それで、 宇宙・
万物でありえますか。付いてきていますか。
それが秩序です!
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1:06:34
B: それが秩序です。さて、あなたは、 それは冥想であると、仰るのでしょうか。
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1:06:37
K: それなんです。今、私は、それを 冥想(メディテーション)と呼ぶでしょう。
熟慮する、量る、それらの、 普通の辞書の意味で、ではない。
それは、冥想の状態です -
そこには、過去の要素が、何もない。
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1:06:59
B: あなたは、精神は、時の絡まり合いより 自体を解き放っている、と仰います。
または本当に、時の絡まり合いより、 頭脳を解き放っている、と。
K: あなたはそれを、受け入れるのでしょうか。
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1:07:09
B: まあ、私はそれは分かります。
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1:07:11
K: 理論として。 B: ええ、提案として。
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1:07:13
K: いいえ、私はそれを、提案として望みません。
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1:07:14
B: あなたがいわれる理論とは、 どういう意味ですか。
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1:07:15
K: 理論は・・・誰かがやってきて、
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1:07:18
「これが、本当の冥想です」と言う。
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1:07:20
待ってください。誰かは言います - 人はこのように生きられる、
すると、生は、とてつもない意味を含んでいる、
慈悲に満ちている、等々と。
物理的な世界のあらゆる行為は、 即時に訂正できる、などなどと、です。
あなたは、科学者として、 そういう状態を、受け入れるでしょうか。
または、この人は頭がおかしい、 と言うのでしょうか。
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1:07:53
B: いいえ。私はそうは言わないでしょう。
私は、それは完璧にありうる、と感じます。
それは、私が自然について知っていることの 何とも、全く両立可能です。
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1:08:05
K: ああ、それはけっこうです。 自分は、バランスを失ったおかしな人ではない!
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1:08:12
B: ええ。絡まり合いの一部は、科学自体が、
時を、根源的な地位に入れてきた、 ということです。
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1:08:50
K: そのとおりです。
B: それは、それをさらにいっそう 絡まり合うよう、助けます。
K: 止めたほうがいい。
私たちは、 もう幾らか、継続しましょうか。
B: あなたはいつ、継続したいのですか。
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1:08:53
K: 次の日曜日。
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1:08:55
B: 次の日曜日、私はアメリカにいるでしょう。
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1:08:56
K: ああ、あなたはいつ、アメリカへ行きますか。 B: 木曜日です。
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1:08:59
K: 私たちは継続できませんね。 B: テレビを使う以外は、ね。
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1:09:00
K: それはとても単純です。
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1:09:02
B: 秋に、9月に、ですか。
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1:09:04
K: ええ。9月にそうしましょう。
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1:09:06
もちろん、言葉に表すことは、そのものではない。
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1:09:10
それは、理解できています。でも、 それは、他の一人へ伝達できますか。
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1:09:12
B: 私が思うに・・・ これの伝達についての要点は、
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1:09:29
それをもたらすことです。
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1:09:40
K: もちろんです。さて、私たちの 何人かは、ここに来られますか -
それで、そうね、私たちが 実際に伝達できるように、です。
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1:09:59
まあ、私たちは止めたほうがいい。
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