BR82CPJ1 - すべての生の本源を、どのように探究するのか

ププル・ジャヤカルとの会話 第1回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1982年6月21日
テキストのみのバージョン
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0:08
K: あなたにとって、 最大の興味は、何でしょうか。
何か、訊ねるべき、
西洋に訴えかける だけのことではない。
また、インド精神、すなわち、 これらのことについて、おそらく
西洋世界より、はるかに長く 考えてきたものにとっても、です。
西洋と東洋をどちらも、 考慮して、
あなたは、何が最大の意義 であろうと、考えますか。
長続きする - 移ろいゆく意義だけではなく、
何か持続的であり、甲斐が あるものだろうか、と。
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1:13
P: 私たちの生のほとんどは、 こうも無益です。
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1:24
K: はい。
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1:33
P: そして、自分自身の中に、 発見するのでなければ
- 私は、正しい言葉を、 使いたいと思います -
おそらく・
・・無益さの中から 跳び出す能力、です。
K: 何?
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2:02
P: 無益さの中から跳び出す。
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2:06
精神が、 創造的な跳躍をする -
で、それが何をするにしても、 それが動けるように、です。
重要なのは、それが何を するのか、ではありません。
新しい、汚されていない 何かへの、必要です。
それで、境遇が何であるかは、 大事ではない。
あなたは、境遇を 乗り越えると、思われます。
それは、精神が 何にも依存していなくて、
何らかの空間、 何らかの知覚を、持つとき、
起こりうるだけです。
私は、思い巡らして きました -
おそらくそれは、 困難な問いですが、
それは、私が、ここ、二、三ヶ月の 間、熟考してきた問いです。
すなわち、創造的なものの 基盤は、何ですか。
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3:41
K: あなたが仰る、創造的とは、 どういう意味かと、思われます。
つまり、芸術家は、 自分は創造的だと、言います
- 詩人、思想家。
または、科学者による 何か新しい発見、です。
あなたは、そのすべてを 創造的な活動と、呼ぶのでしょうか。
P: おそらく。
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4:06
K: しかし、それは 制限されています。
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4:08
彼らは、それを 認知しないかもしれません。
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4:15
P: なぜあなたは、「制限された」と いう言葉を、持ち込みますか。
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4:19
K: または、「制限された」を 使わないでください。部分的、です。
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4:23
P: それさえも、です。 なぜ私は、持ち込みますか
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4:29
・・・私は、他方を知りません。 K: ええ。ですが、
それは、部分的です。
なぜなら、それは、
彼らの日々の生に、 関連していないからです。
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4:41
P: またもや・・・
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4:43
K: いいえ。自らは、偉大な 科学者であるかもしれないし、
きわめて凡庸な生を、 送るかもしれません。
科学者は、とてつもない 物事を、発見し、
それを創造的と 呼ぶかもしれません。
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5:00
P: ですが、そうね、 そういうわけで、私は、
創造的な行為について、 語りませんでした。
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5:10
K: ですが、 創造的な精神、です。
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5:12
P: ですが、基盤、精神、
知覚、すなわち、創造的なものに 休らっているもの、です。
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5:33
K: 私たちは、それをもう少し 明らかにすべきだと、私は思います
- あなたが気にされないなら、 その問いを、です。
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5:40
P: あなたはけっして、どの問いにも 答えてきませんでした
- 例えば、 顕現の基盤について、です。
それを、最も単純な水準で、 取りましょう。
これが、あるようになることを、 何についても、です。
K: 誕生について、何についても。
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6:04
P: 誕生について。
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6:06
K: それが赤ちゃんや、新しい樹や、 鳥であっても、です。
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6:08
P: 何が、 関与していますか。
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6:17
K: あなたは、こう 訊ねていますか -
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6:21
すべての生の本源とは、 何であるか、と。
顕現したものと、顕現して いないものと、どちらのも、です。
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6:36
P: ええ。私は、探査したいと思います - 探査することが、可能であるなら、ですが、
あなたがちょうど仰ったことを、です。
顕現していないものと・・・
顕現したものと、 未顕現のものを、です。
私は、「顕現していない」を 使いさえしないでしょう。
K: ええ、理解できます。
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7:05
P: 顕現がある前の、その瞬間です。
K: または、誕生がある前、です。
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7:09
P: その一瞬間です。
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7:13
K: 私たちは、 この主題について
テクノロジー的な、科学的な 用語で、議論していますか。
または、私たちは、 探査していますか -
あなたと私が知らない 何かへの探査、です。
ちょっと待って。
私は、それを 明らかにしたいと思います。
なぜなら、結局のところ、 赤ちゃんの誕生は -
私たちは、それを知っています。 それがどう、生じてくるかを、です。
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7:47
P: しかし、自らは、それがどう生じて くるかを、知っているかもしれませんが、
自らは、やはり 知りません・・・
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7:55
K: 何を、ですか。
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7:56
P: それに浸透する 生の性質を、です。
K: 何の性質?
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8:07
P: 生の、です。赤ちゃんが なぜ生まれるかを、知っていて・・・
K: 様々な過程をとおして、ね。
P: それは、あなたに、誕生の経験を、 与えてくれませんね。
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8:09
K: ええ。
P: 誕生の現実は、 誕生の叙述より、
きわめて 異なっています。
K: ええ。
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8:20
P: それは、あらゆる 物事について、同じです。
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8:22
K: 叙述は、そのもの ではありません。
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8:23
または、説明は、 実際のものではありません。
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8:29
P: が、あなたは、存在するに到る このことへ、入ることなく、
生を生き抜くことは、 できません。
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8:38
K: 私は、あなたが伝えようとして いることに、よく付いていきません。
私は、喧しくやっていませんが、 私は、よく付いていきません。
もしも私たちが、生すべての 起源が何であるか、
存在すべての始まりが、 何であるかについて、話したなら
- 次々、遡って、 遡って、ではない。
私がいうことが、どういう 意味かに、付いてきますか。
すべての物事の始まりである 何かを、発見しようとするか、
それに 出くわすのです。
つまり、様々な宗教的な人々は、 「神」と言ったのです。
- 「神が、あらゆる物事の 起源である」と。
が、それは、言葉だけです。
それは、
起源が何であるかを究明する 精神を、伝えません。
私が言っていることに、付いて きていますか。
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9:52
P: はい。
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9:53
K: さて、私たちは それについて、議論していますか。
それについて、対話を 行っていますか
- すべての生の起源へ、何の信念も なく、何の教義などもなく、
きわめて、きわめて深く 掘り下げるように、です。
または、私たちは、理論的に 対話を行っていますか。
一種、現実のことと、現実でない こととの間を、動いて、
思考でもって、何かを 探査しようとしていますか。
私が言っていることが、明らかに しているのか、私は知りません。
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10:43
P: 仰っていることは 理解します。
そうね、私たちは、「創造的」と いう言葉を、狭めてしまったのです
- あなたが仰ったように、 絵を描くとか、本を書くとか、
科学で何かを発見する、 という意味に、です。
しかし、基本的に、樹、人間存在、 大地、空の意味全体は・・・
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11:21
K: 人は、この質問を してきました。
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11:23
P: もちろん、人は この質問を、してきました。
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11:25
K: 人は、このすべての 意味は、何であるかと、
このすべての起源は 何であるかを、訊ねてきました。
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11:30
P: ええ。それは、 どこに生じますか。
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11:32
K: はい、このすべてが生じてくる ところの基盤は、何ですか。
それが、あなたが訊ねていること です。そうですか。
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11:40
P: はい。
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11:42
K: 存在すべて、生すべて、 行為すべての本源は、何ですか。
いいですか?
さて、自らは、それを どう探究しますか。
それへの私たちの 接近は、何ですか。
私たちは、どうやって、何かを、 究明することに、なりますか -
とてつもない自由を要求し、 条件づけられていない精神の、
とてつもない感覚を要求する 何かを、(究明するの)です。
私が(条件づけられていない)それを 使えるなら、です。
そうでないですか。
自由 - おそらく、その言葉「自由」(フリー ダム)こそが、(語源的に)愛です。
それは、精神の性質を、 必要とします -
実践的でも、 敏感でもあり、
この大いなる慈悲の性質を 持つ精神の、です。
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12:50
P: 私はそれでもって出発できません。 なぜなら、私は知らないからです・・・
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12:54
K: ええ。私たちはどう、その点に 来て、そこから動きますか。
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12:57
P: で、あなたがそれを、そのように 表されるなら、私は困っています。
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13:01
K: あなたは、行き詰まっています。 P: 私は動けないからです。
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13:03
K: いいえ。私は、 訊ねているだけです。
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13:04
私は、それがそこにあるに ちがいないと、言いません。
それが、探究の 過程ではないですか。
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13:11
P: 私は、こう言います - この問いが、私の精神に生じます。
私は、この問いとともに動いて、その中へ 入りたいと思います。
K: ええ、ええ。
P: 私は、精神は、自由でなければならないし、 ゆえに、それは愛である、と言うなら、
ゆえに・・・そのとき 私は、何をしますか。
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13:31
K: あなたは、 何をも、できませんが、
あなたは、何かを、 どう探究しますか -
人が百万年の間、 訊ねてきて、
探究し、それに名を付け、 それで満足する何かを、です。
しかし、私たちは、 それをしていません。
私たちは、こう言っています。
精神は何かを、どう探究しますか
- とてつもないに ちがいないもの、
普遍的だけでなく、宇宙的な性質を - 私がその言葉を使えるなら -
持つにちがいない何かを、 (探究するの)です。
どのように私の精神は・
・・自らの 精神は、そういう問いへ、入りますか。
至高の秩序の何かへ、です。
自らの探究は、どのように 始まりますか。
どこで、ですか。
あなたが、思考でもって探究するなら、 それは、あまり遠くへ繋がりません。
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15:02
P: ええ、ええ、ええ。私は・・・ あなたは、お訊きになりました
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15:10
- 探究は どう始まりますか。
K: ええ。
何かを探究したい精神の、 様態は、何ですか。接近は、何ですか
- 自らが知らないか、 気づいていない何か、
深い微妙さ、深い秩序などの能力の、 とてつもない性質を
要求する何かを、 (探究したい精神の、)です。
私は、どこで 始めますか。
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15:44
P: 明白に、自分自身の中の 無秩序に気づくことによって、です。
まず第一に、です。
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15:57
K: すなわち、私は始めます。
私は、結局のところ、 顕現したものです。
私は、生まれた人間です。
P: ええ。
K: 私は、生まれる過程を、 知っています -
子どもがどう、 生じさせられるのかを、です。
私たちは、それについて、 話していません。
さて、私は、私自身を 探究します。
私はどこで、 始めますか。
一歩一歩、 行きましょう。
それは、少し時間が掛かるかも しれませんが、私はどこで、始めますか。
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16:43
P: 私は、自分のまわりにあるもの、 自分の中にあるものにより、始めます。
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16:50
K: はい。 P: 明白です。
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16:51
探究の、他の出発点は、 ありえません。
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16:55
K: で、外側の世界、 内側の世界です。
基準は、何ですか - それにより、私が・
・・
外と内を 測量するものは、です。
度量とは、何ですか。
私は使っています - 「判断」を、ではなく、
私は意図的に、「測量」という 言葉を、使っています。
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17:18
P: しかし、測量することは、 必要ですか。
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17:22
K: 私が僧院で、 自分自身を探究するなら、
私は、自分自身を 尋常でなく欺瞞できます。
しかし、私は度量を持っているなら - 当面、その言葉を、使わせてください。
私の外側の世界で、実際に 起きつつあることについて、です。
何の偏見もなく、それらを 観察するため、そして、
起きつつあることを、内的に起きつつ あることへ、関係させるために、です。
それで、私は、 それが一つの動きであり、
二つの分離した動きでないのを、 見るように、です。
P: 私は、僧院の中にいません。
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18:09
K: ええ。そういうわけで・・・
P: 私は、生の最中にいます。
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18:14
K: そのとおりです。
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18:16
P: そして、生の最中にいるので、 私は、様々な水準で、行為を見ます
- 私に連結しているのか、私に 連結していないのかを、です。
私はまた、私の中で、 行為への応答をも、見ます。
長年にわたって、私が持っている かもしれない、すべての能力を、です。
・・
・反応せずに、 留まることさえできて、です。
私は、そのすべてを見ます。
私は動いて、それへ入ります。
私は、それとともに動きます。
それは、 その中へではなく、それとともに、です。
K: あなたは、それです!
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19:00
P: はい、そういうわけで、私は・・・
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19:02
K: 「私はそれとともに動く」と 言わないでください。
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19:03
P: はい、私はそれです。 K: あなたは、これです!
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19:04
P: そうね、それは、内部の動きに ついてのほうが、簡単です
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19:06
- 「私はそれである」と 言うことは、ね。
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19:07
外部的なものについて、見ることの ほうが、はるかに困難です。
あなたに私に、私が、起きつつある 戦争すべてである、と語るなら、
それを見ることは、 私にとって、きわめて困難です。
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19:29
K: いえ。私たちは、起きつつある戦争 すべてに、責任があります。
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19:35
P: はい・・・ K: その言葉の、深い意味で、です。
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19:36
P: はい、しかし、それは、 私にとって遠いことです。
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19:37
理解していただかなければ なりません。それは、遠い・・・
その責任は、 遠い責任です。
私は、こう言います - 「はい、おそらく私が、それを
その究極まで、持っていくなら、 私は責任がある」と。
しかし、私は、自分の中の応答を 結びつけるのと同じように、
それを結びつけません。
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20:02
K: 全くです。
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20:03
P: 当然、私の中の応答は、 生きた応答です
- すなわち、はるかに活力を 持っているもの、です。
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20:10
K: 私の次の問いは、それは、私たちが議論 していることより、逸脱するのでしょうか。
なぜあなたは、 全的な責任を、感じませんか
- 戦争、残忍性へ、
世界で起きつつある、 ひどいことへ、です。
なぜ自らは、全的な責任を、 感じませんか。
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20:35
P: どのように全的に 責任を持ちますか -
生まれることに よって、ですか。
K: いいえ、関与していない。
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20:42
P: いいえ、生まれることによって?
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20:44
K: いいえ。
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20:46
P: そのときあなたは・・・ そのとき、それは、罪悪の問いです。
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20:47
K: いいえ。生きている 大人の人間として、
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20:50
私の伝統すべて、
私の生きる道、考える、 行為する道すべてが
- 民族主義者、あれや これとして、ですが -
これに、寄与してきたのです。 世界の現状に、です!
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21:22
P: あなたは、それを、こうも 困難にしつつあります。
或る人は、加虐的な 殺害を、犯します。
私は、その加虐的な殺害へ、自分が責任が あるとは、言えません。
K: もちろんです。
P: で、そうね、あなたが、それを その範囲まで、持ってゆかれるとき、
それは、私がその実在を 感じることは、不可能です。
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21:42
K: 当面、それを 置いておきましょう。
私は、その質問をしました。 それを置いておきましょう。
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21:45
P: それを置いておきましょう。 これに入りましょう・・・
存在の基盤を、 探査しましょう -
すなわち、生の 「有ること」を、です。
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22:05
K: 「有ること」 - 動詞の「有る」ね。で、何ですか。
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22:12
P: で、唯一つの探査する道は、 動いて、自分自身へ入ることです
- それが何を意味する としても、です。
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22:26
K: いいですよ。当面、その言葉、 「行く」か、「動く」か、「入る」を
取りましょう - 自分自身の 全複合体の中へ、です。
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22:41
P: はい。
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22:43
A: それに入る - 外側から、 観察者として、ではない。
私は、それらです。
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22:48
P: はい、それは、私が、私が何である かを、述べることですら、ありません。
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22:54
K: ええ。 P: 私は述べません。
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22:54
発見させてください。暴かせて ください。 K: ええ、暴く。
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23:00
K: 発見する(ディスカバー)という より、むしろ、暴く(アンカバー)。
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23:02
P: 私が何であるかを、暴く。 そして、私が何であるかを暴く中で、
私は、自分が、人の存在全体を、暴き つつあることを、了解します。
K: ええ。
P: それを見ることは、可能です。
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23:20
K: それは、相当に単純です。
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23:22
P: はい。で、 この暴く旅の中で、
表面的な物事は、 掃き清められる、というんです。
で、私たちは、それに入らないでしょう。
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23:36
K: ええ。それらは、相当に単純です。
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23:39
P: しかし、一度、表面的なもの、 部屋が、掃かれてしまうと・・・
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23:45
K: それもまた、 重要ではないですか。
誰が、部屋を 掃きますか。
部屋を掃いてしまったとは、どういう 意味ですか。
それは、何ですか。
私が訊ねていることに、 付いてきておられますか。
掃くことや、 清めることや、暴くこと、
完全に動いて、 離れること
- すべての表面的な反応、
表面的な条件づけから、 です。
それから、精神を 条件づける本性や動きへ
入ろうとすること、です。
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24:53
P: 明白です。あなたは、
自分が部屋を掃いた。
そして、 済んだとは、言えません。
埃は、再び集まります。
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25:00
K: ええ。
|
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25:03
P: それで、掃くことは、 生きることの一部である動きです。
あなたは、できません・
・・
が、より粗大な要素は、 確実に、消去できます。
より微細な物事は、 隅々に、生存します。
そこへ、あなたは、届く ことが、できませんでしたが、
より明白な物事は、 掃きすてることが、可能です。
K: ええ。明白な物事は、できます・・・
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25:49
P: はい。
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25:50
K: いいえ。私たちはもう少し、 しなければなりません。
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25:52
P: それに入りましょう。 K: 入り ましょう。明白な物事とは、何ですか。
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25:54
P: そうね、クリシュナジ、 例えば、野心や、妬みや・・・
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25:56
K: ええ。憎しみ。 P: ・・・憎しみ。
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25:58
K: いいえ、ですが、そうね、ププルジ、 本当に、憎しみより自由であること、
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26:05
それを拭うことは・・・いえ。 少しそれに、入りましょう。
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26:06
憎しみより自由であることは、何か とてつもないことを、意味しています。
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26:07
攻撃の感覚すべてより 自由であること、
すべての感覚・
・・
何も敵は、ありません。
敵は、あなたです!
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26:45
P: しかし、憎しみは、攻撃の 性質より、違ったものです。
それを表しましょう・・・ それに、少し入りましょう。
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27:06
K: 攻撃は、憎しみに 関係しています。
なぜなら、攻撃的な民族や、 攻撃的な人物は、
必然的に、他の者を、 傷つけるからです。
P: いえ、ですが・・・
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27:19
K: その傷は、憎しみを生み育てます。
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27:20
それは、同じ動きの 一部です。
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27:30
P: はい、そういうわけで、私は、 より粗い物事があるし、それから、
より微細な物事がある、 と言うのです。
憎しみ - 誰でも 憎しみを知ってきた人は、
憎しみが、きわめて 強力なものと、
きわめて破壊的なものであると、 知っています。
しかし、攻撃は、 或る範囲まで、
自分の本性の一部でさえあるかも しれません。
K: ええ。
P: それはたぶん、あなたが・・・ あなたの仕組みが・・・
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28:11
K: ・・・動物などから、 それは、生存するためです。
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28:12
P: いいえ、 あなたの全存在です。
人間として、あなたは、 他の一人より、積極的です。
それは、攻撃です。そして、積極的 であることは、憎しみではありません。
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28:25
K: ププル、いいです、いいです。 動いてください。動きましょう。
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28:28
P: それは、より微細なものです。そういう わけで、私は、区別を付けたのです
- 掃き清めることが可能な、 より粗大な物事との間に、です。
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28:38
K: しかし、何が粗大なのかと、何が 微細なのかを、どうやって知りますか。
これが・・・と言う精神は、 何ですか。
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28:47
P: そういうわけで、私は、動いて、 これへ入る、唯一つの道は、
何事も些細ではないと見ること であると、考えるのです。
K: 何も・・・どの反応も・・・
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29:00
P: ・・・些細ではない、と。
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29:02
K: ・・・些細なだけではなく、それは、自分の 条件づけに、その本源を持っています。
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29:04
P: そうね、私は、 近頃、見ました -
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29:14
直径7フィート (2.1メートル)ほどの、
ものすごい金属の 大釜の鋳造を、です。
一番わずかな傷も - それが、 どんなにわずかでも、構いません -
大釜に、ひびを 入れていたでしょう。
それは、まさしく それに似ています。
どれほどわずかでも、どれほど 微細でも、構いません。
それはやはり、究明に ひびを入れるでしょう。
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29:47
K: それは 理解できます。
あなたは、私にこう言って いませんか -
それは、大きな訓練、 大きな修練、
ものすごい制御の 感覚が、必要だ、と。
すばらしいものを作る 陶工のように、です。
それは、大きな注意、エネルギーと、 きわめて微妙な手などが、必要です。
P: そうでないですか。
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30:24
K: ああ、はい。そうです。
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30:25
P: これが、 自分があなたから、
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30:27
「自由」という言葉を取る と、私が考えるところです。
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30:39
K: 自由ね。
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30:43
P: それは、 一定の精神の弛みを、意味すると、
取るんです。
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30:50
K: ああ、いいえ。いいえ!
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30:51
P: どうぞ、これを追求しましょう。 それは、とても重要です・・・
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30:54
K: それは、精神の弛みでは ありません。とんでもない!
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30:56
P: なぜなら、それは、 私が権威を受け入れない、
私は、何かをするのが必要だと考えない、 という意味かもしれないからです。
K: ああ、いいえ。
P: 私は、 無益な生を、生きられます。
私は、些細な生を、 生きられます。
それは、たとえ・・・
|
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31:15
K: 「自由」(フリーダム)という言葉こそが、 ププルジ、私がそれを理解するかぎり、
幾つもの辞書を見ることから、ですが、 その言葉こそが、意味は・
・・
(語源的に、フレンドと同じく) 「慈しみ、愛」です。
P: そして、ものすごい修練です。
|
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31:29
K: もちろんです。
P: 「修練」という言葉を、使わせてくだ さい。私が、それを使っているのは・・・
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31:38
K: 「修練」という言葉を使っておられるのは、 知っていますが、私は確かでない・・・
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31:41
P: 私は、「修練」(ディシプリン) という言葉を、使っているとき、
私は、見守りへの要求としての、 それについて、語っています
- 些細なことが、忍び込まない 見守りへ、です。
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31:59
K: はい。ですが、 気づきである、見守りです。
私たちが二人とも、 同じ言葉を使うなら -
それは、訓練が必要ですか。 それは、修練が必要ですか。
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32:12
P: それは、必要でなく・・・
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32:14
K: その言葉「修練」(ディシプリン) の意味を、理解しましょう。
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32:18
P: いえ、そうね、修練は - もし 私が、朝に座らなければならない。
脚を組み、壁を見つめ、目を定めて、 自分の精神が、何の思考もないよう、
見届けなければ、 と、言うなら、
それは、 一種の修練ですが、
精神が、自らは、自体の中のあらゆる動きに 気づいていなければならないとの
事実に、目覚めつつあるのも また、修練です。
|
|
32:50
K: あなたがその言葉を、どう使って おられるのかどうかと、思われます。
なぜなら、修練(ディシプリン)、 それは、一般的に、訓練、
順応、模倣、抑制として、 使われないですか。
|
|
33:06
P: でも、いいえ。そこに 勤勉さが、あって・・・
勤勉さなしには、 何も可能ではありません。
それで、「修練」という 言葉を、取り除いてもいい。
「勤勉さ」という言葉を 入れますね。
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33:20
K: ちょっと待って、ちょっと待って ください。ゆっくり行きましょう。
勤勉であること、それは、 自分がしていること、
自分が考えていることに、気づいて いることを、意味しています。
自分の反応に気づくこと、です。
P: ええ。
そして、それらの反応から、行為が 起きつつあるのを、観察する。
その観察の中、 その気づきの中で、
行為は、制御され、 一定の枠組みへ収められますか。
|
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34:07
P: いいえ、明白に・・・
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34:08
K: 私が異議を唱えているのは - 議論される べきことですし、そうしていいなら、です -
私が異議を唱えているのは、すっかり その「修練」という言葉です。
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34:17
P: しかし、私がこう 言っていいなら、あなたは、
その言葉へアレルギーに なっておられます。
|
|
34:21
K: いいえ。私は アレルギーではありません。
私は、アレルギーを持っていますが、 その言葉へアレルギーではありません。
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34:27
P: なぜなら、あなたはそれを、枠組みへ 収めるという意味で、使われるからです。
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34:34
K: ええ、ですが、 ちょっと待って。
私はまた、こういう意味でも 言っています -
学ぶ行為こそが、 それ自体の修練である、と。
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34:49
P: ええ、ええ。しかし、 学ぶ行為は、どう生じてきますか。
そうね、一歩、下がって ください。
さらに一歩です。
観察の必要は、 何から生じますか。
K: 必要?
|
|
35:10
P: なぜ私は、観察すべきですか。
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|
35:13
K: きわめて単純な 理由のため、
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35:15
人間精神が、何かを変化させることは、 可能であるのかどうか、です
- 自分自身を 変化させること、
こうも破滅的な区域へ 入りつつある世界を、
変化させることは、 (可能であるのか、)です。
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35:32
P: はい、ですが、私は、その前提で もって出発するなら・・・
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35:37
K: いいえ。前提ではない。 そうなのです!
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35:39
P: いいです。私はそこで出発するなら、 または、私は悲しみで出発するなら
- それはしばしば、自らが出発 してくるところの、本当の基盤です。
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35:48
K: それは、とても 複雑です。ええ。
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35:50
P: 基盤は、本当に 悲しみです。
私たちは、動いて離れてしまったと、 私は思います。
K: 離れてしまった。
私は そこへ来ようとしています。
P: で、この問いへ 戻りましょう。
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36:08
K: この、私たちが、 出発したところのものは、
すべての生の本源、 基盤でした。
P: ええ。
K: それから、それを探究するには、あなたは 自分自身を、探究しなくてはいけません。
P: ええ。
|
|
36:27
K: なぜなら、あなたは、 そのすべての表現であるからです!
P: ええ。ええ。
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36:29
K: あなたは、生です!
さて、それの本源について、私たちは 議論しようとしています。ですね?
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36:38
P: はい。本源です。それが 生じてきたところの状態です。
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36:44
K: 私は、私自身を理解することに より、それをできるだけです。
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36:47
P: はい、はい。 K: 単純な言葉を、使いましょう
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36:49
- 私自身を理解する。私自身は、 こうも怖ろしく複雑です。
私はどう、接近しますか - 私は ちょうど今、訊ねています -
私は、問題へ どう接近しますか。
複雑であり、容易く 診断されることにならないものへ、
「これは正しい。
これは 間違っている。これはあるべきだ。
あれはあるべきでない」と 容易く言えないものへ、です。
それは、生きて複雑で、ごちゃごちゃで 無秩序な実体に、似ています。
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37:28
P: しかし、それは、秩序だった実体を 探している注意をもって、
自分が出発するから、 ではないですか
- 自分は、無秩序を見つけて、 捕らわれてしまうのは、です。
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37:48
K: 私は、秩序を 探していません。
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|
37:50
P: その場合に、あなたが、 自分が探しているものへの
関心なしに、 見ているのなら・・・
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37:58
K: いえ、いえ。私たちは、 何かを見逃しています。
私は、世界は無秩序の中に あると、言いました。
私は、それを観察します。
私は、自分も また、無秩序の中にいるのが、見えます。
私は、それで出発します。
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38:12
P: はい。
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|
38:13
K: 私は、無秩序の 中に、います。
人間たちは、生きてきて、自分自身の 中に、こうも無秩序を創り出してきました。
ゆえに外的に、です。
当面、 そこに置いておいてください。
さて、私は、無秩序の起源を、 どう了解しますか、気づきますか。
私が言っていることに、 付いてきていますか。
なぜなら、私は、無秩序の 起源を、理解しはじめられるなら、
私は、動いて、ますます 何かへ、深く入られます
- それは、全的に混沌なのかも しれませんが、秩序立っています。
私がいう意味に、 付いてきていますか。
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38:51
P: それは、それについて可能なだけ、 単純であることによって、ではないですか。
|
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38:59
K: ええ。それが、 私があろうとしていることです。
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|
39:07
私は、 無秩序の中にいます。
P: 私は、一定の探究の道具を、 持っています。
私は、自分の目、自分の耳、 自分の感覚を、持っています。
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|
39:15
K: ええ、ええ。あなたは、自分の耳で、 とか、自分の目で、探究しません。
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|
39:21
P: そうしませんか。
P: あなたは、自分の目と 耳で、探究しませんか。
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|
39:26
K: 少しは、ええ。私は、見回すとき、 私は読むとき、探究します。
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39:30
P: そして、あなた自身を 見つめるとき、です。
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39:33
K: さて、私は、自分の目、自分の視覚的な 目でもって、私自身を、見つめられますか。
私は、鏡の中で 私自身を、見られますが、
私は、私自身の複雑さを、 自分の目でもって、見られません。
私は、気づかなければ なりません -
敏感に、何も選択なく、 この条件の中へ、です。
|
|
40:00
P: なぜあなたは、自分の目でもって 気づけないと、仰るのですか。
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|
40:06
K: またもや、「自分の目」と仰るのは、 どういう意味ですか。内的な目ですか。
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40:10
P: いいえ。ですが、 外の見方が、あるし、
内の見方が、あります。
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40:19
K: 内を見る。いいですよ。 あなたの目で、内を見る?
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40:24
P: 内を見る。 内を聞く。
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40:27
K: ええ。さて、私たちは、ここで、 少し気をつけなければなりません。
なぜなら、それは、 誤解に繋がるからです。
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40:32
P: ええ。それに入りましょう。 他に何か道が、ありますか。
|
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40:42
K: ええ。あると、 私は思います
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|
40:44
P: 他の道へ 入りましょう。
が、まず最初に、その道へ入りましょう - それが何であっても、です。
目、耳は、他の道の 一部ではないですか。
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|
40:58
K: 息をする、聞こえる、 見える、感じる。
それらは実際に、 感覚的な応答です。
ですね?
実際に、です。
私は、あの色が 見える。私は、物音が聞こえる。
私は、何かを味わう、などです。 それは、感覚的な応答です。
|
|
41:25
P: はい。ですが、怒りを見ることは、 ないですか - 怒りの反応を。
そして、怒りの反応を、 聞くことは?
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|
41:36
K: あなたは、自分の耳で聞きますか。 または、あなたは、怒りを観察しますか。
|
|
41:43
P: あなたは怒りを、 どう観察しますか。
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|
41:48
K: あなたが怒っているとき、怒りの 因と果を、見ることによって、です。
|
|
41:57
P: 怒っているとき、それはできません。 K: できません。それで、後で・・・
|
|
42:00
P: あなたは、 精神の本性を、見ます
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|
42:03
- それは、怒りの状態に あったのですが、
あなたは、「本性」が 見える・
・・
あなたが使われる言葉は、こうです - あなたは、精神の本性が「見える」。
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|
42:14
K: いいですよ。 いいですよ。私は・・・
|
|
42:19
P: それは、とても重要です、 クリシュナジ。
|
|
42:22
K: が、仰っていることは、 理解できますよ - すなわち、
まさに聞く行為、 感じる行為
- 内的に、ですが - それが、 あなたが自分の目でそれを見る、
感覚的な耳で聞こえること なのですか。
|
|
42:48
P: そうね、そのように 表されるなら、
けっして論点へ 到りません。
なぜなら、感覚的な耳は、外を 聞くことに、こうも慣れていて、
それで、それが何であるかを、 けっして了解できないからです。
あなたがそれを取り、それを 内へ押し込めようとするなら、
けっしてそこへ 到らないでしょう。
|
|
43:13
K: が、もしも私たちが、知覚について 話したなら、それは助けになるのでしょうか。
|
|
43:17
P: いいえ。私は、こう言います - もしもあなたが、目と耳でもって
見ること、聞くことについて話された なら、それは、助けになるだろう、と。
なぜなら、目と耳でもって見ること、 聞くことが、あるからです。
|
|
43:33
K: さて、ちょっと待って。私は、あなたが その発言をしているのが、聞こえますね。
その聞こえることから、私は 言葉を、理解しましたし、
あなたが仰っていることの意味を、 見ます。
ですね? ですね?
P: はい。
|
|
43:47
K: 言語的な疎通が、 起きてきました。
|
|
43:48
しかし、意義が 深いほど・・・
|
|
43:57
P: が、それもまた、 起きつつあります。
私が、お話を聞いて、 あなたを見ている間、
私はまた、自分の精神をも、 聞いて、見ています。
精神の地盤を、です。
|
|
44:13
K: いえ。
|
|
44:14
P: そのとき何が、起きつつありますか。 何が起きつつありますか。
|
|
44:18
K: 誰が、 聞いていますか。
|
|
44:20
P: 聞くことが、あります。私は、 誰が聞いているかと、言っていません。
|
|
44:24
K: ええ。聞いている。 P: 聞くことが、あります。
|
|
44:26
K: が、ちょっと待って、ププルジ。この点に ついて、明らかでなければなりません。
|
|
44:28
何も・・・私たちは、もう少し 気をつけなければなりません。
|
|
44:37
P: いいえ。でも、あなたが 全的に注意深いところの行為の中で
- あなたがそこで全的に 注意深い行為を、取ってください。
全的に注意深い、 その行為の状態は、何ですか。
|
|
44:52
K: 完全な注意の中から 生まれる、
行為の状態は、何ですか。
|
|
44:59
P: 完全な注意からです。
|
|
45:02
K: それは明らかであると、私は 思います。私は、それに答えましょう。
初めに、その問いに 答えるには、私たちは、
完全な注意というのが、どういう 意味かを、理解しなければなりません。
待って。
注意。それは、 集中ではありません。
P: はい・・・
|
|
45:23
K: はい。私は、 ここが、明らかでありたいと思います。
|
|
45:24
P: ええ。もちろんそうです。 K: もちろんです。
|
|
45:26
で、注意は、中心がない ことを、意味しています -
|
|
45:26
そこからあなたが注意している ところのものが、(ないの)です。
|
|
45:34
P: ええ、もちろんです。
|
|
45:36
K: いえ。「もちろん」と言わないで、そこに 何が含意されているかを、見てください。
|
|
45:40
P: そうね、私は、あなたに、一つの ことを、お訊きしたいと思います。
私たちはまだ、周辺の塵を 払っていますか。
|
|
45:49
K: いいえ、いいえ。 私はそうしたくない・・・
|
|
45:52
P: あなたが、周辺的な 塵を払っていないなら・・・
|
|
45:55
K: 周辺的な論争と探究は、 ほとんど、意味がありません。
|
|
45:58
P: すると、あなたがその質問をされる とき、私は、注意が何かを理解しないなら、
私は、初めの一歩すら、 踏み出せません。
|
|
46:07
K: ええ。それで、私は、 明らかでありたいのです。
注意は・・・それは、どういう意味ですか。 私は完全に注意します。
|
|
46:19
P: そうね、完全に注意することは、 「私」がそこにないことです。
|
|
46:25
K: ええ。それが、 本物です。
注意があるとき、 「私」はない。
それは、「私が注意している」 ではありません。
全体的に注意深い精神の 状態だけが、あります。
|
|
46:45
P: それで、 感覚すべてが・・・
|
|
46:50
K: ええ、全身、 全体が・・・
|
|
46:53
P: 存在が、目覚めています - 私がそう言っていいなら、です。
|
|
46:56
K: ええ、ええ。あなたは その言葉を、使えます。
|
|
46:59
P: あなたが、存在が目覚めている 状態に、あるなら、そのとき
あなたは、聞けます。観察できます。
|
|
47:07
K: ええ、ええ。
|
|
47:10
P: さて、私たちは、 そこから、進行できますか。または、
あなたはそこから、進行したくない。
|
|
47:14
K: 私たちは彷徨い、逸れてゆきます。
私は、私自身を 探究したいのです。
ですね?
ですね?
それが、 私たちが言っていることです。
なぜなら、私自身は、生であるからです。
私が何であるかを、探究する中で、
私はできるなら、 私の探究が正確であり、
歪曲されておらず、的確であるなら、 私は、来るかもしれません・
・・
すべての生の基盤、始まりが、 発見されるかもしれません。
暴かれるかもしれません。
|
|
47:47
P: あなたがそこから、出発しているなら、 そのとき私は、初めの一歩と言うでしょう
- あなたは、「私」がそこに あることを、見つけるでしょう。
|
|
47:56
K: ええ、ええ。 初めの一歩 -
|
|
48:01
明らかに見なさい。 明らかに聞きなさい、と。
P: しかし、「私」は、そこにあります。
|
|
48:02
K: はい、もちろんです。
|
|
48:03
P: で、観察者と、観察される ものが、あります。
|
|
48:06
K: もちろんです。
|
|
48:08
P: さて、それを見て、 それはまた・・・
|
|
48:16
K: さて、ちょっと待って、ププル。 そこから動かないでください。
私は、観察者と観察されるものが、 あるのを、知ります。
そうなのですか。
私は、探究しています。
私はそれを、当たり前だと 取ってきました。
|
|
48:34
P: いえ、初めに、明白に、 私が初めに、探究を始めるとき、
私は、観察者から 出発します。
|
|
48:42
K: はい、私は、観察者で もって、出発します。
|
|
48:44
P: さて、私は訊ねます - または、 あなたは、訊ねてきたし、ゆえに、
その思考が、私の精神の中に あります - 観察者は、ありますか。
|
|
48:58
K: 観察されるものより、 異なった観察者が、ありますか。
|
|
49:03
P: ええ。さて、その発言を 私の中に、持っていて、
私は、観察者を 探します。
K: ええ、ええ。観察者は誰ですか。
|
|
49:10
P: そして、観察者を探します。
|
|
49:12
K: ええ。観察者の本性を 探究する。
|
|
49:14
さて、ゆっくり それへ入りましょう。
なぜなら、私は 観察者を、理解するなら、
観察者の理解が、 あるなら、
そのとき、おそらく観察者は、この 分割の偽りを、見るかもしれません
- 観察者と 観察されるものとの間の、です。
|
|
49:48
P: 誰が 見るのでしょうか。
|
|
49:52
K: 「誰が見るのだろうか」ではなく、 何が真実であるかの知覚、です。
知覚です - 「誰が見るのか」 ではなく、知覚することです。
|
|
50:03
P: ええ、ええ。で、観察者の真理が、 何であるかを、見ることが、
分割の状態を、 終わりにするでしょう。
|
|
50:18
K: 分割の(状態)を、ええ。
ええ、それが、私が千回、 言ってきたことです。
P: 分割の状態を、終わらせる。
|
|
50:25
K: ええ、ええ。
|
|
50:28
P: そして終わらせること・・・それは、 一つの過程、一つの行為ではありません
|
|
50:31
- 私が、分割の過程を 終わらせることは、です。
あなたは、それは一度、起きたし、自分は あらゆることを見た、と言うかもしれません。
が、それは、そのようには 起きません。
|
|
50:47
K: ええ。が、それは、一般的に そのように、述べられます。
|
|
50:50
P: ええ。その瞬間には、 そのとおりです。
|
|
50:54
K: いえ・・・進んでください。 何を、仰ろうとしていますか。
|
|
50:57
P: 私が言っているのは、勤勉さですね - 私たちはその言葉を、使いました。
勤勉さ、または修練は、
その探究を、自分の中に、 生かしておくことです。
|
|
51:14
K: ええ。そして、私はこう言っています - それは、訓練が要らない、と。
|
|
51:22
P: いえ、私は、訓練について話していません。 あなたがそれを、持ち込まれました。
|
|
51:25
K: が、あなたは以前に、「修練」と いう言葉を、使いました。
|
|
51:29
ちょうど今、あなたは それを使いました。
P: いえ、いえ。
ですが、私は、 「修練」という言葉を、使っています
- まだ「訓練」という言葉を 持ち込まずに、です。
私は、こう言います - 修練は、 私がこれの理解を持つように、
期待できないことである、と。
精神がこれに目覚めているし、
これに目覚めていることについて 勤勉であるのでなければ、です。
|
|
51:56
K: ええ。いいですよ。私は、何をも 持ち込まないでしょう。進んでください。
|
|
52:00
P: あなたは、それを拒否できません。 K: ええ、ええ。
|
52:01
それは、勤勉でなくてはいけないし、 それは、見守っていなくてはいけません。
それは、注意深く、微妙で、 ためらっていなくてはいけません。
それは、それらで なくてはいけません。
P: それは、観察しなくてはいけません。
K: ええ。
|
|
52:13
P: 観察に休らい、
観察の中に、自分自身で、新しい家を 見つけなくてはいけません。
|
|
52:26
K: ププル、私たちはまたもや、 彷徨ってしまっています。
おそらく私が 彷徨ってしまっています。
私は、私は自分自身を探究していると 言いました。
|
|
52:33
P: まあ、それは探究です。
|
|
52:36
K: 私は、自分の反応をとおして以外、 自分自身を、どう探究しますか -
P: ええ。
|
|
52:54
K: 私の考え方、私の 行為の仕方、環境への私の応答の仕方、
他の一人への私の関係を とおして、以外に、です。
P: はい。
そして私は、見つけます - 私がそこから、出発しているなら、
私は見つけます - 初めに 自分自身を観察するにつれ、
応答、反応、すべて急速で、 混乱し、継続的で、・
・・
K: 知っています - 矛盾している、など です。
|
|
53:07
P: ・・・矛盾している。
|
|
53:08
が、まさにその観察する中で、 幾らかの空間が、これに入ってきます。
|
|
53:20
K: 幾らかの空間、幾らかの秩序が。 その意味は・・・
|
|
53:26
P: これは、ほんの始まりです。 これは、ほんの始まりです。
|
|
53:30
K: 知っています。 知っています。
ええ。
私たちは、始まりで、 もたもたしています。
P: それが、私が訊ねていることです。
|
|
53:35
K: 私は始まりに、飽き飽きしています!
|
|
53:36
すみません! P: で、さらに進行しましょう。
|
|
53:41
K: ププル、私は質問を したいと思います。
|
|
53:45
このすべてを経ていく ことは、必要ですか。
私の反応を見守る。
私の応答を見守る。
他の一人との私の関係を 勤勉に観察する
- 親密でも、 そうでなくても、です。
私は、このすべてを、 経ていかなければなりませんか。
または・・・
|
|
54:21
P: そうね、私は今、 何かを言いましょう。
事実は、自分はこのすべてを 経てきたことです。
事実は、歴史です・・・
|
|
54:33
K: あなたは、それを 経ていったかもしれません。
なぜなら、あなたは、その様式を 受け入れてきたからです。
P: いえ。
|
|
54:37
K: いえ、いえ。
|
|
54:38
ちょっと待って、ちょっと待って、 ちょっと待ってください。
そうね、私たちは、みんな、 それをしてきました -
思想家、サンニャーシ、僧侶、 修道士と、他の人・
・・
P: そして、クリシュナムルティ。
|
|
54:51
K: 私は、確かではありません。
|
|
54:52
P: それが、論点です。
|
|
54:54
K: 私は、確かではありません。 ちょっと待って。
|
|
54:56
私はこの点について、きわめて真剣に議論 したいと思います。なぜなら、それは・・・
|
|
55:04
P: あなたは、ここ三十年で、自分自身を 跳び越えてこられたのか、あるいは・・・
|
|
55:16
K: ちょっと待って。 一瞬の間、それを見ましょう。
私たちは、検討、分析の この様式を、受け入れてきました。
そして、これらの反応を究明し、 それらに注意を払って、
見守り、自制できている、 などなどなど。
そこには、何かが、あります - 偽りの音を鳴らすものが、です。
少なくとも、 私にとっては、です。
|
|
55:48
P: あなたは、こう 仰るつもりです -
存在の混乱全体に 捕らわれた人物は・・・
|
|
55:57
K: 彼は、これらを聞こうと さえしないでしょう。
|
|
56:02
P: 聞くためにさえ、空間が、 なくてはいけません。
K: はい。
|
|
56:08
P: その空間は、 どう生じますか。
K: なぜなら、あなたは、 苦しんできて、
あなたは、「私は見出さなければ ならない」と言うのか、
あるいは、あなたは、苦しんで、 「神が存在する。
私は彼を愛しているし、
私は、それにより慰められる」と 言うからです。
|
|
56:20
P: いえ。で、あなたは、やはり 私に、答えておられません。
あなたは、このすべてを経ていく ことは、必要ですか、と仰います。
|
|
56:26
K: 私はそれを、訊ねています。私は、 そうでないかもしれないと、考えます。
|
|
56:30
P: それなら、どうするかを、私に 示してください。あなたは・・・
|
|
56:34
K: 待って。私は、一分でそれを 示しましょう。それに入りましょう。
あなたが、この分析的過程を 受け入れるかぎり -
私たちはそれを、当面、探究の、 分析的過程と、呼ぶでしょう。
あなたの反応、それらを、勤勉に 見守ることの(過程)、です。
私たちは、そのために、 一つの言葉を、使います -
この分析的な、自己内省的な、 この常なる見守り、見守り、見守りです。
P: それは、分析的ではありません。
|
|
57:00
K: いいですよ。それを外してください。
|
|
57:01
常に見守る、常に探究すること、 常に・・・よろしいですか。
私が言いますように、私は、人が それを幾千もやってきたと、感じます。
P: 人は、そうしてきていません。
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57:17
K: ああ、いえ。そうしてきました。
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57:18
P: そうしてきませんでした。人は、 何か全く違ったことを、してきました。
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57:20
K: 人は、違った何を、 してきましたか。
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57:23
P: 人は、自分の精神を、見つめてきて、 それを、抑圧しようとしてきました。
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57:24
K: ああ、いいえ。それは、様式の 一部です。 抑圧する、逃避する、
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57:30
代替する、超越する - それは すべて、その枠組みの中です。
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57:39
P: それは、観察するのと 同じことではありません -
観察について、何をしようと することもなしに、です。
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57:47
K: いいえ。私は訊ねています、ププル。 私たちは、私の問いに出会っていません。
私が指摘してもいいなら、です。
おそらく 私は、間違っているかもしれません。
あなたは、私の問いに 答えていません -
私は、このすべてを 経ていかなければなりませんか。
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58:02
P: あなたは、「しなければならない」 という言葉を、言われます。
「しなければならない」は、 とても・・・
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58:06
K: いいですよ。私は、「しなければ ならない」を、使わないでしょう。
それは、必要ですか。
それは、 必須ですか。それは、本質的ですか
- 私はこれを経ていかなければ ならないことは、です。
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58:18
P: いえ。でも、あなたは、仰ろうとして いますか - すなわち、混沌の最中から、
あなたは、全的な非混沌の 状態へ、跳べる、と。
K: いいえ。私はそのように、 表さないでしょう。
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58:29
そうね、あなたは、 捉えようとしています。
いえ、いえ。私は、 そのように、表さないでしょう。
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58:37
P: すると、あなたは何を仰っていますか。 あなたは、仰っているのか・・・
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58:40
K: いえ、ちょっと待って。私は、きわめて 明らかに言っています。私は言っています
- 人類は、この過程を経てきた、と。
或るものは、勤勉に、
或るものは、あらゆるものを 犠牲にする、などです。
これが、私たちの存在の 様式であったのです。
或るものは、そうしてきました。
ですね? ですね?
探究した、分析した、 探求した、内省的な検討、
あらゆる行為を勤勉に 見守る、などなど、です。
終わりに人は、死んだ実体だけ なのかもしれません -
何か概念、幻影的な概念を もって、です。
P: そうでないかもしれません。
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59:26
K: そう でないかもしれませんと、私は言いました。
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59:28
きわめて、きわめて、きわめてわずかな ものが、それを抜け出したのです。
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59:35
P: で、人はそうでないかも しれないと、私は言います。
が、あなたが、「それは必要ですか」と 仰るとき、あなたは・・・
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59:44
K: 知っています。それが必要でないのなら、 私に、他のものを、示してください!
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59:49
P: 他のものを、示してください。 K: それが、あなたが言っていることです。
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59:50
私はそれを、あなたに 示しましょう。
しかし、初めに、 ここから、歩み出してください。
P: そうですね・・・
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1:00:05
K: 待って、待って、待って。
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1:00:06
私はそれを、あなたに 示しましょう。
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1:00:09
P: が、あなたが何を 求めているかを、ご覧ください。
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1:00:11
K: 知っています。知っています - 私がそれを求めていることは、ね。
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1:00:14
P: もし私が、他方から踏み出すなら、 それはすでに、そこにある。
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1:00:18
K: もちろんです。踏み出しなさい。 それが、私が言っていることです。
このすべてを経ていくために、 時間を掛けないでください。
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1:00:24
P: いえ。でも、それから踏み出す とは、どういう意味ですか。
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1:00:27
K: 私がいうそれが、どういう 意味かを、語りましょう。
私は認識します - 少し話をさせてください。
私は、きわめて明らかに認識、知覚 します - どんな言葉を使われようと -
すなわち、この内省的観察の 過程、勤勉などなど、
人は、大変多く 試してきたのです。
百万年の間、 いろいろな形で、です。
そして、どうにか、人の精神は、それの 終わりに、明らかではありません。
人は、幾つかの固執を、持っています。
人は、幾つかの観念などを、持っています。
どうやら、この動きの性質は、 きわめて、きわめて浅い。
さて、あなたが それを聞くなら
- このすべてをすることは、 きわめて浅い、と。
そして、あなたは、それは 浅いとの真理を、見ます。
それは、あなたの無秩序な精神が、 今、静かである、という意味です
- 見出そうと聞いて、です。 ですね?
1:01:43
あなたの混乱した、伝統的な精神は、 こう言います - 「私は、この、
自分の活動すべてへの勤勉な観察が、 慣習になっている。
そして、
それが本当に、きわめて、きわめて 表面的であることへも」と。
あなたが、その表面性の真理が、見える なら、あなたは、そこから出ています!
それは、何かまったく無意味なものを、 片付けてしまうことに、似ています。
さて、ちょっと待って。
それを、 逆の方から、表させてください。
私の精神は、無秩序です。
私の生は、無秩序です。
あなたが、やってきて、 言います - 「勤勉であり、
自分の行動を、自分の思考を、 自分の関係を、見守っていなさい。
勤勉に、いつの時も、まったく 見守っていなさい」と。
1:02:55
そして私は、「それは不可能です。 なぜなら、私の精神は、
いつの時も勤勉であるのを、許さない だろうから」と、言うからです。
それは、勤勉ではない。
それは、怠惰です。
そして私は、これら二つの間で、格闘します - 勤勉であることと怠惰であること、です。
私は、人がこれを してきたのが、見えます。
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1:03:27
P: しかし、クリシュナジ、 あなたは、こう仰るつもりです -
観察する能力がない 精神は・・・
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1:03:37
K: いいえ。私は、進んで聞こうと する精神を、言っています。
勤勉、でなく・・・私は、 注意について、話していません。
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1:03:46
P: ですが、どうぞ、 話を聞いてください。
精神は、その聞く状態に ありえると、お考えですか。
K: いえ、それは、とても単純です。
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1:03:53
P: そうですか。
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1:03:54
K: ええ、私はこう言います - 「私があなたに語っている物語を、
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1:03:55
ただ聞いてください」と。 あなたは、興味を持ちます。
あなたの精神は、静かです。
あなたは熱心に、
物語がどうであるのかなどを、 分かりたいのです。
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1:04:07
P: すみません。いいえ、それは、 そのようには起きません。
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1:04:11
K: いいえ? ちょっと待って、 ちょっと待って、
ちょっと待って。
いいえと、 言わないでください。ププルジ。
P: そうね、クリシュナジ・・・
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1:04:18
K: 私は、あなたに訊ねました
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1:04:19
- ちょっと待って - 私は、 あなたに訊ねました、ププルジ。
私が言っていることを、 聞くように、です。
P: 私は聞きました。
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1:04:26
K: 待って、 待って、待って。聞く。
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1:04:28
私は、私のいう聞くとは、どういう 意味かを、説明しようとしています。
感覚的な耳で、だけではなく、 何の動きも持たない耳でもっても、です
- 本当に聞いていて、 翻訳していなくて、比較していなくて、
見つけようとしていない耳で、 です。
聞いている。
私は、あなたが言うことを、 聞いています - 完全に、です。
そのとき、あなたがそう聞いているなら、 或る人がやってきて、こう言います
- 「このすべての勤勉な過程を、 経ていかないでください。
それは、偽りです。
それは、表面的です」と。
あなたは、それが聞こえるなら - それの真理が、です - 何が起きますか。
1:05:33
実際に、何が 起きますか -
あなたが、何か本当に真実な ことを、見るとき、です。
さて、この勤勉な 過程は・
・・
それは、時を 消費しています。
ですね?
私は、時を持っていません。
私の生は、こうも短い。
私は、こうも多くの問題を、 持っています。
あなたは、もう一つを、付け加えて います - 勤勉であれ、と。
私は、「どうぞ、私は、諸問題で 擦り切れています」と、言います。
あなたは、私へ、もう一つの 問題を、導入したのです。
私は、どうぞ、と言います - あなたは、問題を持っています。
私は、あなたが多くの問題を 持っているのを、知っています
- それらはすべて、相互に 関係し合っています。
当面、それは忘れて、 話を聞いてください。
それが、すべてです。
|
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1:06:51
P: もしも、そうであったなら、もしも、 そうであったなら、聞きます。
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1:06:56
K: 私は聞きます。
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1:06:57
P: もしも私は、聞けたなら - そして私は 聞くのです - 音楽を、そのように、です。
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|
1:07:04
K: ああ、音楽は 違っています。
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|
1:07:06
P: が、聞くことは - もし 私が音楽を、そのように聞くなら、
それは私を、全的に変化させる はずです。
そうでないですか。
K: いえ、いえ。そうではない。 もちろんです。
|
|
1:07:14
P: すると?
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1:07:17
K: 私たちは、他の何かへ 動いています。
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|
1:07:20
P: あなたは、或る精神について 話しておられます・・・
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|
1:07:24
- 私は、引用符に入った その言葉を、使っています -
すでに「成熟」していて、そのような 発言を、聞いている精神について、です。
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|
1:07:41
K: いいえ。そうね、ププル。 私は、確かではありません -
私たちは、自らの精神を こうも未熟にしてしまい、
それで、私たちは、何をも聞く 能力が、ないのでないのか、と。
|
|
1:07:56
P: しかし、そうね、 どうやって、クリシュナジ、
あなたは、物事を不可能に することから、出発されます。
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|
1:08:04
K: もちろんです!
いえ、いえ。
真理を見てください - 何か不可能なことを、です。
そしてあなたは、しなくてはいけない ・・・そうね、それはものすごい・・・
|
|
1:08:17
P: が、不可能なことを、取り扱うのに 必要な、その種類のエネルギーは・・・
|
|
1:08:23
K: ええ、それこそが、 それが何であるのか、です。
これは、可能であったのです - この勤勉な事柄は。
私は、それはこうも 些細であると、言います。
|
|
1:08:40
P: 私はあなたに、お訊きするでしょう - そのような不可能な発言を、
取り扱える精神とは、 何ですか。
その精神の本性は、 何ですか。
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|
1:08:57
K: 全く不可能であることは、 存在していません。
私たちは、あらゆる物事が 可能であると、考えています。
P: いえ。そうね・・・
|
|
1:09:11
K: 私は来つつあり・・・
|
|
1:09:13
P: そうね、それが、あなたが 来ようとされる形ですね。
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|
1:09:14
あなたは、仰っています - ちょうど今、 仰ったものは、存在していない、と。
で、存在していない精神で もって、聞きなさい、と。
|
|
1:09:31
K: いえ、ご覧なさい。ププルジ、あなたと 私、私たちがどちらも、同意するなら
- ちょっと待って。
一時的にでも、です -
すなわち、この勤勉な過程は、本当に、 どこにも繋がってこなかったのです。
それは、様々な活動へ 繋がってきました
- それらは、有益である、 などかもしれませんが、
「私は、物事のまさに本源へ 行かなければならない」と言う探究
- この道をとおして、では ありません。
明白です。
P: 明白です。私はそれを受け入れます。
|
|
1:10:06
K: それで、すべてです。
|
|
1:10:08
いえ、いえ。あなたが、それは、 勤勉な気づきをとおして、
でないことを、 受け入れるなら・・・
|
|
1:10:16
P: しかし、その時点に 来るのでさえ
- それは、これをとおして、そこへ 来られないと、私が言うときに、です。
|
|
1:10:27
K: ゆえに、あなたの精神へ 何が、起きたのですか。
そのときあなたは、これを脇に 置いたのです。
|
|
1:10:31
P: ええ。
|
|
1:10:33
K: さて、あなたの精神に、何が 起きたのですか - 「これは
あまりに些細だ。
あまりに表面的だ。 だめだ。やめた」と言うものに、です。
そのとき、あなたの精神の 性質とは、何ですか。
|
|
1:10:54
P: あなたが何を仰ろうとなさって いるかは、存じています。
|
|
1:10:59
K: いえ、あなたが 私の問いに、答えてください。
勤勉な探究の過程、 この時を消費する勤勉に
捕らわれてきた 精神の性質は、何ですか。
それが、自らは、深い根源的価値を、 持っていないことを、見るとき、です。
価値とは、この勤勉な過程が、本源を了解 したり、出くわしたり、暴いたりするように
繋がるとか、助けるだろう、と いう意味において、です。
この過程は、そうではありません。
なぜなら、それは、時を消費するからです。
他方は、まったく時を 持たないかもしれません!
|
|
1:11:46
P: しかし、あなたが仰っていることの 中の危険を、見てください。
あなたが仰っていることの 中の危険は、こうです -
私は、部屋を掃き清めることに、 関心を持たないだろう、と。
|
|
1:12:01
K: いいえ、いいえ。私は 私自身を、探究しています。
その探究こそが、精神と心、何でも存在 全体が秩序立っていることを、要求します。
|
|
1:12:24
P: あなたは、不可能なことで もって、出発します。
|
|
1:12:26
K: もちろん、私は、不可能なことで もって、出発しますよ、ププルジ。
さもないと、何が可能ですか。あなたは、 可能なことすべてを、してきました。
|
|
1:12:31
P: いえ、いえ・・・
|
|
1:12:33
K: いえ、いえ。あなたは、可能である ことすべてを、してきたのです!
自らは、断食し、犠牲を払い、 あらゆることを、してきました
- 物事の本源を 見つけるために、です。
それは、 可能であったのです。
そして、可能性は、どこにも 繋がってきませんでした!
それは、一定の利益、社会的利益 などに、繋がってきました。
またそれは、人類の大変多くの 悲惨に、繋がってきました。
あなたが私に、それを語るなら - この勤勉な過程は、時を消費する、
ゆえに、時に 束縛することを、です。
そして、あなたが、 こうしているかぎり、
あなたは、表面を 引っ掻いているだけです。
表面は、大変とてつもなくて、 とてもすてきで、
気持ちよくて、気高くする など、かもしれませんが、
それはただ、表面にだけ あります。
1:13:49
あなたがそれを認めるなら - 認める だけではなく、実際にそれを見る。
それを感じる。
これが偽りであることが、 あなたの血の中に、あるのです -
あなたは、すでに、何かの 中より、踏み出たのです。
すなわち、普通のものが、何か普通でない (とてつもない)ものの中へ、です。
私たちは進んで、そうしようとしません。
私たちは、これらを経ていきたいのです。
私たちはそれを、言語を学ぶように、 取り扱いたいのです。
言語を学ぶことは、修練的な行為、 勤勉な注意、などなどなどです。
私たちは、同じ精神性を、 他方へ運び込みます。
それが、 私が反対することです。
|
|
1:14:54
P: しかし、私は、 他方を、脇に置きます。
|
|
1:14:57
K: あーあ、私たちがやっているのは、 ゲームではありません。
|
|
1:15:00
P: ええ。私はゲームをやっていません。 あなたは、他方を脇に置きます。
|
|
1:15:07
K: それは、こういう意味です - ププル、気をつけて・・・
|
|
1:15:09
P: それは、見ること、聞くことさえも 終わりにある、という意味です -
私がこのように表せるなら、です。
|
|
1:15:33
K: それは、どういう意味ですか。
勤勉さの動きは、 止まったのです。
ですね?
もちろんです。
それが、偽りであるなら、 それは、去ったのです!
で、私の精神に、何が 起きたのですか。
私の精神は、勤勉な探究など などに、捕らわれてきました -
それは、時に束縛します。
そして 今、それは、こう言います
- 「おやまあ、私は、これは全く 表面的だと分かる」と。
そして、その精神の状態は、 何ですか -
人が百万年の間、運んできた 何かを、片付けてしまったもの、
その精神の状態は、 何ですか。
ですね?
それは、 新鮮な精神です。
ですね?
それは、全然、 新しい精神です。
そういう精神が、 探究するには、必要です。
探究ではない。
本源を 暴くには、必要です。
もしも私が、厳格な規律主義の 宗教人に、このように話したなら、
彼は、わざわざ聞こうとさえ、 しないでしょう。
1:17:36
彼は、あなたが話していることは、 すべて戯言だと、言うでしょう。
しかし、私たちの対話の中で、あなたは、 「それに入りましょう」と、言います。
それで、あなたは、自分自身を、見出す よう、聞く立場に、置いたのです。
しかし、あなたが、この勤勉な 過程を、反復しつづけるなら、
あなたはやはり、他の あらゆる人に、似ています。
それは、 あなたが好きです。
さて、 そういう精神は・
・・
まず第一に、そういう精神は、 何の束縛をも、持ちません。
ですね?
進まれるでしょうか。
それは、時への束縛を 持っていません。
すなわち、この勤勉な過程は、 何かになることです。
明瞭化すること、理解すること、 乗り越えることです。
で、この精神は、何も 越えたものを、持ちません。
それは、何にも なりつつありません。
あなたは、そこまで、 行かれるでしょうか。
|
|
1:19:48
P: そうね、動きが 終わった瞬間・・・
|
|
1:19:53
K: いえ。私は訊ねています - あなたは、 事実を見るほど、行くのでしょうか。
そういう精神は、どの種類の依存、 執着などをも、持ちえない、と。
|
|
1:20:21
P: はい、それは分かります。なぜなら ・・・そのとき、動きが終わるので・・・
|
|
1:20:36
K: なっていく動きが、です。
|
|
1:20:38
P: あなたが話してこられた このすべては、
なっていく動きです。
|
|
1:20:43
K: そのとおりです。
それは、違った形で、違った言葉の ネットワークでの自己の永続化です。
そうね、あなたが、私に これを語り、
私は、本源を暴こうと 出発するなら
- 私にとって、それは、熱情です。
私は、見出したいのです。
私はゲームをやっているだけではない。
私にとって、それは全く必要です
- すべての生の起源を 暴くそのこと、
それを暴くそのことが、あり、 それがそこにあるとき、
私の生、私の行為、あらゆる物事が、 違っています。
そうにちがいありません。
しかし、他方の、 勤勉な過程は・
・・神様!
私は、その終わりに、 死ぬでしょう!
そうね、そういうわけで、私は 感じるのです・
・・
それを、こうも破壊的である、 時を消費する要因として、理解すること。
時を消費することは、技術を 学ぶためには、必要です。
しかし、これは、学ばれるべき 技術ではありません。
|
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1:22:48
P: あなたは、全体の 精神を、持っておられます。
あなたは本当に、古代の精神を、 持っておられます。
|
|
1:23:00
K: 何ですか。
|
|
1:23:00
P: あなたは本当に、古代の精神、 太古の精神を、持っておられます。
|
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1:23:06
K: 古代という意味は・・・
|
|
1:23:08
P: 人間の全体を 収容しているという・・・
|
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1:23:15
K: 結局のところ、そうね、 ププル、そういうわけで、
「私が世界である」のを、 理解することが、重要であるのです。
理解されますか。 私は世界です。
|
|
1:23:28
P: 他の誰一人として、あなたがなさって いる、その種類の発言を、できません。
|
|
1:23:32
K: それは、しなければなりません。 さもないと、あなたは、どこから・・・
あなたが、これらの破壊、残忍性、 戦争、殺しを、見るとき、ですが、
それらは、けっして 止まらなかったのです。
愛した人 - 愛した、です。
彼は、イギリス人や、アルゼンチン人や、
イスラエル人や、アラブ人や、 何かではないでしょう。
彼は、他の一人を、 殺せないでしょう。
それで・
・・私は、この過程が 進んできたのを、見ます
- 何千年に 何千年もの間、です。
あらゆる人が、何かに なろうとしています。
そして、勤勉に 働く者は、みな、
人が何かになるのを、 助けつつあります。
啓明、覚りは、 覚りを達成することです。
それは、こうも 不条理です。
P: そうね、あなたにおいては・・・
|
|
1:24:56
K: 「私において」ではありません。
|
|
1:24:59
P: ちょっと お聞きください。
|
|
1:25:03
睡眠の動き全体が、 終わったのです。
|
|
1:25:19
K: すなわち、勤勉さは、終わりました。 なっていくことは、終わりました。
|
|
1:25:24
P: 中で睡眠している 全部が・・・
|
|
1:25:29
K: 私は思いますが、ププルジ、これを、 何かエリート的に、しないようにしましょう
- 何か、「それは、 わずかな者のためである。
エリートが、この種類の精神を、 持ちうるだけだ」と。
私は、それを 受け入れるのを、拒絶します。
それは、エリートと 非エリートの古い分割の中へ
また戻った、と いう意味です。
注意を向ける、どの人物も - 聞きたいと思い、
「私は、生の本源を見つけなければ ならない」と本当に言い、
気軽なだけではなく、 それについて熱情的である人 -
そのとき彼は、聞くでしょう。
私に、ではなく、彼は、聞くでしょう。
それは、空中に 漂っています。
そうね、ブッダが、覚りを達成したと 思われているように、です。
そういう発言について、 考えてみてください!
樹の下に座り、冥想し、 断食し、奮闘し・
・・
よろしいですか。
1:27:09
そして、究極的に、或る日、 彼にそれが、起きました。
それは、あまりに 全く無意味です。
それは、あなたが、時を、 覚りの要因だと
認めている、と いう意味です。
時を、深い深遠な 理解の要因と、です。
私たちは止めますか。
6時・・・ 7時まで20分です。
人々は、参与しています。
そういうわけで・・・
何らかのことへ、 参与しています。
知識へ参与し、 伝統へ参与し、
或る国、或る観念などへ 参与しています。
彼らは、 参与しています。
参与しているので、彼らは、 手放さないでしょう。
彼らは、わざわざ 聞こうとも、しないでしょう。
十分です。
|