BR82CPJ2 - 私たちは、千の昨日の重荷なしに、生きられるのか

ププル・ジャヤカルとの会話 第2回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1982年6月23日
テキストのみのバージョン
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0:18
P: 私は、自らが議論できるの だろうかと、思い巡らしていました -
人間精神における誕生の 不思議さと本性について、です。
赤ちゃんを持つという 誕生ではなく、
すさんで、古い、 知覚能力のない精神、ですが、
それは、自体を新たにできるのか、とか、 全的に、新しい知覚を持ちうるのか、です。
それが、私たちの多くにおいて、 問題であると、私は思います。
自らが年を取るにつれて、
精神のすばやさ、
知覚し、深く 取り込む能力は、
おそらくぼやけることが、 見つかります。
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1:50
K: あなたは、こう訊ねていますか - 精神を、きわめて若く、
しかも古(いにしえ)に 保っておくことは、可能ですか、と。
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2:07
P: はい。あなたは、「古の」という言葉を 使われました。私もまた、「古の」
という言葉が、どういう意味なのかの 本性へ、入りたいと思います。
もしも私たちが、初めに、 それの本性へ、入られたなら
- なぜなら、あなたが、 それを使われたし、
私は、あなたがそれを使うのを、 幾度も聞いてきたからです。
明白に、それは、あの古(いにしえ) の性質ではありません。
それは、昨日としての時に、 関係していません。
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2:44
K: はい。それに 入りましょう。
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2:48
P: この古(いにしえ)の 本性は、何ですか。
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2:52
K: 結局のところ、人間の頭脳は、 自分が理解するかぎり、
そして、あなたが、誰かに 聞いてきたなら - テレビで、ですが、
科学者たちが、頭脳の性質、 頭脳がいかに働くのか、
などについて、 話しているのを、です。
それは、自らの 保護的な本性を、
保護的な化学的反応を、 持っています -
衝撃があるとき、 痛みがあるとき、などに、です。
私たちは、結局のところ、 または、私たちの頭脳は、
きわめて、きわめて 古(いにしえ)のです。
きわめて、 きわめて古い。
それは、進化してきました - 類人猿から、人間へ・
・・
類人猿が立ち上がる、など、 今まで、です。
3:47
それは、時をとおし、ものすごい 経験をとおして、進化し、
大変多くの知識を 取得してきました
- 外的な知識とともに、 内的な知識も、です。
それで、それは本当に、きわめて、 きわめて古(いにしえ)のです。
それは、私が理解できるかぎり、 私に見えるかぎり、
それは、個人的な 頭脳ではありません。
それは、私の頭脳とあなたの 頭脳ではありません。
そうではありえない。
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4:20
P: しかし、明白に、 あなたの頭脳と、私の頭脳は、
それらの中に、古のものの違った 性質を、持っています。
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4:31
K: 待って。当面、私のとあなたのに ついて、話さないでください。
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4:35
P: 発言を することにより・・・
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4:39
K: 私はただ、始まりを探検し、わずかな 煉瓦を敷いているだけです。
それが、私たちがきわめて古い、 きわめて古(いにしえ)のであることが、
その意味で、 認められるなら、
そして、私たちの頭脳は、個人主義的な 頭脳ではないことが、です。
私たちはそれを、縮減して しまったかもしれません。
私たちは、それは個別である、 それは人格的である、
それは「私の頭脳」であると、 考えるかもしれませんが、
それは、時をとおして、私の頭脳として 進化したはずがありません!
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5:17
P: はい、明白です。
K: つまり、それを考えることは、 不条理なんです。
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5:18
P: それは、明白です。
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5:20
K: いいえ、それは、明白なのかも しれませんが、私たちのほとんどは、
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5:22
それが、個人的な頭脳である、それは 私の頭脳であると、考えます。
ゆえに、そこから、個人主義的な 概念全体が、生まれます。
当面、それは 放っておいてください。
さて、私たちは、こう言っていますか - そういう古(いにしえ)の精神は・
・・
頭脳か、精神か - 当面の間、精神を 放っておいて、頭脳を見つめましょう。
そういう古の頭脳は、 こうも条件づけられてきて、
失ってしまった・
・・または、 それは、無意識の中、奥底に、
きわめて、きわめて深く埋め込まれて いるのかもしれません。
で、それは、
きわめて、きわめて粗く、表面的で、 人為的で、卑俗になりつつあるのです。
私がいう意味に、 付いてこられますか。
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6:23
P: しかし、古(いにしえ)の精神は、 あなたがちょうど今、仰ったように、
時の中での 進化の結果です。
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6:35
K: 時の中で、もちろんです。 進化は、時を意味しています。
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6:38
P: 時の中で、です。さて、 何世紀も間、進んできた探求は・・・
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6:46
K: 時の始まりから、人は、 訊ねてきたにちがいありません。
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6:50
P: ・・・これを、あれより解き放つことが、 可能なのかどうか、であったのです。
なぜなら、時とともにまた、持って生まれた この老化の性質が、あるからです。
K: もちろんです。
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7:07
P: 古の感覚と ともに、組み込まれているからです。
K: ええ、ええ。 その問いは、理解できます。
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7:11
P: で、あなたは、こう話しておられ ますか - 古の精神を持つことが
必要であると、仰るとき、 あなたは、
その中にまた、組み込んできた頭脳に ついて、話しておられますか・・・
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7:27
K: (その中に)自らの衰退の性質をも、 です - もちろんです。
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7:33
P: なぜそれは、必要ですか。 そうなのです!
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7:37
K: いいえ。経験、知識が、 それを制限してきた、
それを条件づけてきた、 それを狭めてしまったから、
そうなのです。
ですね?
私たちが知識を 取得すればするほど、
それ自体の制限が、 あるのです。
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8:11
P: いえ、クリシュナジ、あなたは、 二つのことを、含意されているようです。
一つは、過去の重みとしての、 古のものの感覚です。
すなわち、それに、きわめて古いとの 感覚を、与えるものです。
K: それは、古い。
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8:31
P: なぜなら、それは、何百万年の間、
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8:32
経験してきたし、すべての経験は ・・・ K: すなわち、
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8:37
それを条件づけてきたし、それを狭めて しまった、制限してきたものです。
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8:41
P: しかし、あなたが話しておられる 古(いにしえ)のものは・・・
あなたは、それが、時をとおして 経験してきたものについて、
話しておられますか。
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8:52
K: 私たちは、それに 入るでしょう。当面は、です。
初めに、それがいかに 古であるかを、見てみましょう
- その言葉の通常の 意味において、です。
それはいかに、自らの 百万年の経験において、
それ自体を 制限してきたのかを、です。
ゆえに、それの衰退の 性質が、あります。
現代の世界 - すべての騒音をともない、
すべてのひどい衝撃と、 戦争の苦悶などをともなう
現代世界に、 生きることは、それを、
さらに制限し、さらに 葛藤の中に入れてきました。
なぜなら、その制限こそが、 自らの葛藤を、もたらすからです。
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9:58
P: 或る精神が、あります。 なぜなら、これら百万年の感覚が、
それに、濃密さと重みを 与えるからですが。
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10:16
K: ええ、ええ。 全くです。
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10:19
P: それから、 もろい精神が、あります。
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10:22
K: すなわち? P: もろい。 それは、容易く腐食します。
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10:25
K: いいえ。精神と頭脳 - 当面、 あなたは、どれについて話していますか。
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10:29
P: 私は、頭脳について、 話しています。
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10:35
K: 頭脳ね。精神という言葉を、 使わないでください。
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10:36
P: いいです。私は、「頭脳」 という言葉を、使いましょう。
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10:37
頭脳は、一定の重みと濃密さを 具えています。それは・・・
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10:49
K: はい。粗さ、重たさを 具えています。全くです。
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10:53
P: 重たさを具えています。 さて、それが、
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10:59
あなたが仰る、古(いにしえ)が 意味することですか。 K: 何ですか。
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11:00
P: それが、あなたが仰る「古」が 意味することですか。
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11:02
K: そうでもない。私は少し、 それに、ゆっくり入りたいのです。
もし私たちが、 頭脳は自らの進化により、
自体を条件づけてきた ことを、認めるなら -
そして、ゆえに、それは、自らの 壊滅の本来的性質を、持っている。
そして、その性質は、いったい 止められるのかどうか
- その衰退の意味で、ですが - 脳細胞は、
自らの条件づけにもかかわらず、 それら自体を、新たにできますか。
私が言っていることに、 付いてきていますか。
P: ええ。
K: 自らの苦悶、 失敗、悲惨にも、
私たちが生きるところの複雑な現代世界 すべてにも、かかわらず、ですが、
その頭脳は、自体を 新たにできますか
- その本源性(オリジナリティ)を 達成するように、です。
個人性という意味での、独創性 (オリジナリティ)ではなく、
本源性、 その起源において、です。
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12:24
P: こう仰るのでしょうか - 赤ちゃんは・・・
赤ちゃんの脳細胞は、 その意味で、本源的である、と。
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12:34
K: いいえ、もちろん、そうではない。 もちろん、そうではない。
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12:37
P: で、本源的な、というのは、どういう 意味ですか - 脳細胞の本源性とは?
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12:51
K: それに少し、 入りましょう。
「本源的」(オリジナル)という 言葉は、どういう意味ですか。
独特だ、特別だ。
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13:07
P: いえ、それは、「初めての時」 の性質を、持っています。
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13:11
K: ええ、原初的な性質。 P: はい。
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13:13
K: 本源的は、それを意味しています - 知識により、触れられていない、
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13:14
汚染されていない。 P: はい。
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13:24
K: それは・・・それが問いです。 そういう頭脳は、
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13:29
百万年か、二百万年の間、 条件づけられてきましたが、
それは、あれに到られますか。
または、自らの条件づけを拭い去り、
頭脳の原初的な新鮮さの あの性質に、到られますか。
私は、知りません。それは、すっかり 間違った問いであるかもしれません。
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13:55
P: しかし、それは・・・私が思うに、 科学的には、脳細胞は、
いつの時も死につつあると、 言われるのでしょう。
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14:08
K: いつの時も、です。
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14:09
P: ゆえに、利用可能な 脳細胞の数は・・・
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14:15
K: そしてまた、それ自体を 新たにしつつあります。
見たところ、一定の細胞は、死ぬし、 一定の細胞は、生まれ変わります。
それは、いつの時も 死につつあって、それで、
脳がバラバラになって、 死ぬ、のではありません。
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14:29
P: ええ。でも、 老化の事実こそが、
新たになることが、保たれない、 ということであり・・・
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14:36
K: はい。そうなんです。
はい。
それが、論点全体です。 本当に、そうでないですか。
頭脳は、条件づけられてきて、 ゆえに、
あなたが表されるように、
自らの衰退の組み込まれた性質を、 持っていますが、
その性質は、止まり、終わり、 消え去りうるのですか。
P: はい。
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15:07
K: すなわち、
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15:09
頭脳は、若く保たれますか - 新鮮だ、生きている、
自らの本源性の性質を持つ、 という意味で、若いのです。
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15:20
P: はい。あなたは、 どのように・・・
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15:25
K: ・・・そこから、 進行しますか。
私たちはその問いへ、入らなくては いけないと、思います
- 意識とは、何ですか。
ですね?
なぜなら、それは、
私たちの頭脳の部分、私たちの 存在全体の部分であるからです
- それが、私たちの 意識です。
ですね?
意識とは、何ですか。
外的にと、内的に、物事を 意識しているだけではなく、
意識の内容全体、です。
なぜなら、内容なしに、 私たちが知るような、
意識は、ないからです。
で、内容が、この意識を 作り上げますが、
その内容は、それ自体で 終わりえますか。
それで、意識に、全然違った 次元が、あるように、です。
よろしいですか。
なぜなら、頭脳や精神は、この意識の 性質を、持っているからです。
ですね?
P: はい。
K: それが、意識です!
内容が、意識です。
P: はい、そのとおりです。
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16:57
K: そのとおりです。
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16:59
内容は、楽しみ、 信念、興奮、
感受、反応、 信仰、苦悶、
楽しみ、苦しみ、 慈しみなどです。
それの全体が、 意識です。
ですね?
P: はい。
K: このすべてである内容が、 存在するかぎり、
意識の中での、その葛藤、 その混乱ゆえに、
それは、自ずと擦り切れるに ちがいありません。
そういうわけで、頭脳は 古くなるのです
- 老いる、老化する、死ぬ、 という意味で、です。
それに、新鮮さは ありません。
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17:48
P: さて、意識の内容は、 脳細胞と同一ですか。
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17:59
K: はい、もちろんです。
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18:03
P: そのとき、 意識の内容は、
まさにその本性ゆえに、 自ずと擦り切れます。
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18:11
K: 葛藤をとおして、です。 いえ、いえ。気をつけて。
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18:14
P: はい。 それは理解できます。
その過程こそが、脳細胞を 擦り切れさせつつあります。
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18:20
K: ・・・葛藤です。 動揺、衝撃、圧迫です。
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18:25
P: で、物理的なものと、 心理的なものは、
本当に、そこでは、 本当に、同じものです。
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18:34
K: はい、はい。 心理的に、そのとおりです。
物理的な反応、 心理的な反応、
それらは、どちらも 反応です。
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18:42
P: なぜなら、頭脳は、 物理的であるからです。
意識の内容は、 心理的です。
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18:48
K: それはまた、物理的な ものの過程です。
もちろんです。
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18:55
P: はい。
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18:57
K: で、それは、物理的なものと ともに、心理的なものです。
それらの反応すべてとともに、ですが、 痛みの思考、苦悶の思考、
楽しみの思考、 達成、野心の思考、
などなどを、 もたらします。
そして、信念、信仰は、 このすべてです!
P: それが、動揺を創り出すし ・・・
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19:15
K: ええ。
P: しかし、脳細胞の本性は、 継続的に死ぬことです。
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19:30
K: ええ。それらは、続けてゆきます。 伝統は、続けてゆきます。
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19:35
P: それは、組み込まれています。 それもまた、組み込まれています。
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19:37
K: もちろん、それは そこにあります。
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19:38
P: ゆえに・・・
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19:40
K: そしてまた、それ自体の保護、 それ自体の反応、
化学的反応 - 聞かれることから、ですが -
細胞は、 自らの反応をともない、
それらは、自体を保護するように、 自らの化学成分を、生産します。
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19:58
P: ええ。しかし、時もまた、 組み込まれています。
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20:00
K: もちろんです。結局のところ、 それは、時の産物です。
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20:04
P: ええ、時は、脳細胞に 組み込まれています。
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20:06
K: さて、問いは本当は、 このすべての意識が、
その内容とともに、 終わるのかどうか、です。
葛藤が全的に終わる、 という意味で、です。
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20:22
P: しかし、葛藤が全的に終わることで もって、時は、終わるのでしょうか。
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20:30
K: はい。結局のところ、 それが、サンニャーシ、僧侶、
本当に思慮深い人々が、探究してきた ことです - 時が止まるのかどうか、です。
ですね? もちろんです。彼らは みんな、この問いを、訊ねてきました。
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20:50
P: はい、しかし、 あなたは、今、
葛藤の心理的過程としての 時について、話しています。
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20:56
K: ええ、葛藤です。
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20:57
P: 持続としてとか、 時計の時とか、ではなくて・・・
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21:00
K: ええ、ええ、ええ。
で、私たちがともに、 見出そうとか、
むしろ、究明しようと しているのは、何ですか。
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21:10
P: この誕生の性質を、精神に、 もたらすだろうのは、何ですか。
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21:21
K: 誕生の性質、 その意味は・・・
いえ、あなたが仰る「誕生」とは、 どういう意味か、明らかにしましょう。
新しい、新鮮な要素が、 それに入ってくること。
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21:34
P: 持続的な - 私は、「持続的」 という言葉を、使わないでしょう。
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21:38
K: ええ、使えません。 P: 「持続的」を、切り捨てましょう。
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21:40
しかし、生まれた存在と、 誕生の新鮮さと
誕生の清浄さをもって・・・
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21:55
K: いえ、ちょっと 待って。気をつけて。
あなたのいう「誕生」とは、どういう 意味ですか。
赤ちゃんは、生まれます。
彼の頭脳はすでに、その父母の 性質を、持っています。
また、伝統をも、です。
それは、次第に・・・
そのすべてを、 出してきます。
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22:13
P: でも、誕生はまた、新しいものの あの性質をも、持っています。
誕生は、ある。それはなかったし、 それはある。
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22:23
K: ああ、あなたは、「誕生」を その意味で、使っていますね。
明らかにさせてください。
古いものが、生まれる。
古(いにしえ)の精神、 古の頭脳、
すなわち、あなたのでも、 私のでもないものが、です。
それは、普遍的な頭脳です。 赤ちゃんの中に、生まれ変わります。
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22:48
P: それは、赤ちゃんの中に、 生まれ変わります。
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22:50
K: そして、赤ちゃんが、成熟するに つれて、頭脳は、共通の頭脳です。
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22:58
P: しかし、自由である精神において、 何が、生まれ変わりますか。
K: それが、私たちが 知りたいことです。
P: それは、古のものが、 生まれ変わりますか。
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23:08
K: いいえ。明らかにしましょう。 ププルジ。
初めに、頭脳のこの条件づけより、 自由であることは、可能ですか。
それは、自らの衰えを もたらしてきたのですが。
その意識は全的に、自らの葛藤すべてを 終わらせられるのかどうか、です。
そのとき、その中から、 新しい誕生が、出てきます。
私が言っていることに、付いてきて おられるのかどうか、私は知りません。
私の頭脳が - すみません。
私の枯れ草熱です - 自分の頭脳が、
すなわち、自分の意識が 葛藤の中にあるかぎり、
それに入ってくる、 新しい要素は、ありえません。
それは、明白です。
それを、お認めに なるのでしょうか。
言語的に、ではなく、 事実を見る -
すなわち、私が闘いに 闘い、闘っていて、
何かになろうと格闘している かぎり、ということを、です。
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24:18
P: それは見えると、 思います。
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24:20
K: 大丈夫です。さて、それが見えるなら - 単に言語的に、だけではなく、
実際に、内的に、それが見える。
そのとき、問いが生じます
それを終わらせることが、 可能であるのかどうか、です。
終わらせる。私がいう意味は、苦しみを 終わらせる、恐れを終わらせる。
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24:41
P: そうね、クリシュナジ、 危険が、入ってきます - すなわち、
新たにならずに、あなたが それを終わらせられる、と。
K: ああ・
・・
P: どうぞ、 聞いてください。
K: いいですよ。
P: これらすべての物事を 終わらせるけれども、
そうね、減少するとの 可能性が、あります。
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25:09
K: ああ、いえ。 私たちは、「終わる」との言葉で、
|
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25:20
二つの別々のことを、 意味しています。
P: 何を終わらせますか。
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25:23
K: 「有るもの」を、終わらせる。
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25:26
P: 「有るもの」を、 終わらせる。
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25:28
K: すなわち、私の意識を、です。 私が持ってきた思考すべて、
時をとおして 蓄積されてきた複雑さすべて、
それが、終わること。
で、私たちは、終わると いうのは、どういう意味かが、
明らかでなくては いけないでしょう。
あなたは、意図的な意志の行為に より、それを、終わらせるのか。
あるいは、意図的な理想、目的、 優った目標によって、です。
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26:11
P: そうね、クリシュナジ、 実際に終わることが、起きるとき、
それは、これが、 停止すること、
本当に精神が 立ち止まることですが、
それは、何の理由もなく、 起きます。
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26:33
K: もちろん、はい。時々、時々ね。 ゆっくり行きましょう。
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26:38
P: 時々、それは、理由なく、 起きます。 K: ええ。
P: それは、どの単一のことのせいでも ありません。
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26:44
K: 意志の、ね。
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26:46
P: で、それは、あなたが自分自身を、 偶然に委ねる、ということですか。
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26:53
K: いえ、いえ、いえ。初めに、 明らかでありましょう。ププルジ。
私たちがいう、終わるとは、 どういう意味ですか。
終わるとは・
・・終わることは、 自らの対極を、創り出しますか。
P: いえ、なぜなら・・・
|
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27:08
K: 気をつけて。私に・・・
|
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27:09
私たちは、一般的に その意味で、いいます。
私は、これを終わらせます - あれを得るために、です。
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27:15
P: いえ、いえ。私は、その終わる ことについて、話していません。
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27:18
K: で、私がいう終わるとは、 「有るもの」の全的な知覚です。
私の意識の、全的な知覚、
その意識の全体的な、 完全な知覚です
- それは、 洞察です。
その洞察は、動機、 思い出を、持ちません。
それは、即時の知覚です。
そして、それが終わることは・・・
何か越えたものが、あります - 思考に より触れられていないものが、です。
それが、私がいう 終わるという意味です。
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28:05
P: それは、あなたが古(いにしえ) と呼ばれる百万年が・・・
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28:12
K: いいえ。それは、古の頭脳の 一部です。もちろん、当然です。
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28:16
P: いえ。それは、 その百万年の総体が、
それ自体を見る、 ということですか。
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28:24
K: ええ、そうなんです。 それが、本当の問題です。
ププル、それを、もう少し 単純にしましょう。
または、もう少し 明確にしましょう。
私たちは、その点を見なさい、と 言いますね?
すなわち、私たちの意識は、時を とおして養成されてきた、と。
ですね?
P: はい。それは容易い。
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28:48
K: ちょっと待って。
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28:49
そして、それが終わることへの、 どの反応も、
別の一連の反応を、 さらに進めることです。
すなわち、私がそれを 終わらせたいと願望するなら、
その欲望こそが、得られるべき、 もう一つの対象を、創り出します。
|
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29:14
P: はい。
|
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29:17
K: では、未来の動きなしに、 知覚する可能性が、ありますか。
私が言っていることを、 理解されますか。
終わることは、未来を 持ちません。
終わるだけです。
しかし、頭脳が、こう言うなら - 「私はそのように終わらせられない。
なぜなら、私は、生存するために 未来が、要るから」と。
私がそれを伝えているのか どうか、私は知りません。
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29:56
P: ええ。なぜなら、そこには、 未来が、組み込まれているからです。
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30:00
K: ええ、もちろんです。で、 終わることが、ありますか -
心理的な要求、葛藤・
・・ そのすべてが、終わる。終わる!
「私が終わらせるなら、何が起きる だろうか」との思考なしに、です。
何かが伝わっているのか どうか、私は知りません。
なぜなら、ご覧ください。
私は 何かを、あきらめられるからです
- もしあなたが、私に、他の何かを、 保証してくれるなら、です。
私は、苦しみを、あきらめるでしょう - もしあなたが、私に、
その終わりに、私が幸せになるだろう と、保証してくれるなら、です。
または、何かとてつもない褒賞が、 私を待っている、と。
なぜなら、私の頭脳全体は、 構築されているから・・・
30:51
その意識の部分は、 褒賞と処罰であるからです。
処罰は、終わることですし、 褒賞は、獲得することです。
さて、これら二つの要素が、頭脳に 存在しているかぎり、未来は、
現在の継続は、進むでしょう。
修正 される、などして、です。ですね?
で、これら二つの原理、 褒賞と処罰は、終わりえますか。
苦しみが終わるとき、 頭脳は、
天国での未来の存在を、 探し求めていません。
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31:45
P: しかし、それが、天国での 未来を、探し求めていないとしても、
苦しみ自体が 頭脳を、腐食します。
苦しみ自体が 頭脳を、腐食します。
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32:00
K: ええ、ですが、そうね、ププルジ、これを 理解することは、とても重要であると、
私は感じます。
すなわち、頭脳は常に、 安全を探し求めていることを、です。
それは、安全を 持たなければなりません。
そういうわけで、伝統、 思い出、過去は、
とてつもない意義を 持っているのです。
ですね?
それは、安全が必要です。 赤ちゃんは、安全が必要です。
私たちの頭脳は 安全が、必要です。
安全とは、 衣食住です。
安全は、神への信仰、 何か理想への信頼、
未来の、より良い 社会への信頼です。
これらすべてが、 寄与する原因です。
それは、頭脳をして、言わせます - 「私は、深い安全を持たなければならない。
さもないと、私は 機能できない」と。
ですね?
で、物理的に、安全は、 ありません。
ですね?
なぜなら、それは、 死のうとしているからです。
それは、自らが死のうとして いるのを、知っています。
心理的に、それは、実際に 何の安全をも、持っていません。
私は、速く 行きすぎていますか。
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33:34
P: いいえ、それではありません。 このすべてをもってしても・・・
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33:39
K: それは、私の 意識の一部です。
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33:41
P: ・・・私はやはり、一つの中心的な 要求があると、言います。
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33:50
K: 何? P: 一つの 中心的な要求がある、と。
K: それは、生存することです。
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33:51
P: いいえ。
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33:53
K: 中心的な要求とは、 何ですか。
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33:54
P: 中心的な要求は、或る精神を 持つこと、或る頭脳を持つことです
- 新しい存在の風味を 与えるものを、です。
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34:16
K: ああ、さて、待って、待って。誰が それを要求しますか。ちょっと待って。
誰が実際に、そういう頭脳を ほしがりますか。
大多数の人々、 ではありません。
ええ。彼らは、「どうぞ、物事をありの ままに、留めてください」と、言います。
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34:31
P: いえ、私たちは、大多数に ついて、話していません。
私は、あなたと議論しています。または、 Xは、あなたと議論しています。
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34:36
K: ええ、明らかに しましょう。
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34:38
P: で、基本的に、そうなのです。 つまり、安全は・・・
安全を得る道は、多い。 安全を得る道は、多い。
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34:53
K: 私は問います。いいえ! 私は、 安全があるのかどうかを、問います
- 私たちは安全がほしい、 という意味において、です。
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34:59
P: が、頭脳は、けっして 理解しないでしょう。
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35:03
K: ああ、いえ。 するでしょう。
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35:05
P: 頭脳はけっして、理解しないでしょう。 なぜなら、まさにそこに組み込まれた・・・
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35:10
K: ええ。ですが、そういうわけで、私は、 知覚が重要であると、言っているのです。
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35:18
P: 何の知覚ですか。
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35:20
K: 初めに、「実際に有るもの」の 知覚です。 P: ええ。
K: そこから動いてください - ゆっくり、ゆっくり、です。
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35:26
P: 「有るもの」の知覚は、
それがしてきた創造的なこと、 それがしてきた愚かなこと、
それが甲斐ありと 考えること、
それが甲斐なしと 考えることを、含んでいます。
で、これらすべての知覚と、 このすべての終わること、です。
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35:49
K: いえ、いえ。ちょっと待って。 ププル、気をつけて。
あなたが気にされないなら、 ゆっくり行きましょう。
実際に進みつつある ことの知覚、ですね?
物理的、外的にも、 内的にも、です。
まわりで 進みつつあることと、
心理的に、内的に、 起きつつあることです。
それが、「有るもの」です。
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36:23
P: はい。
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36:26
K: さて、問いは こうです -
「有るもの」は、 変容させられますか。
そうですね?
すなわち、 私の意識は、です。
それは、 頭脳の部分です。
P: ですが、その意識を空っぽにする 中で・・・
|
|
36:49
K: それが論点です。ええ。
P: その意識を空っぽに することは・・・
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37:07
K: いえ。あなたがその質問をする ことにより、それは、可能ですか。
理解されますか。
過去の全体を、空っぽにすることや、 拭い去ることは、可能ですか。
過去は、時です。
私の過去の全体、私の意識の 内容の全体が、過去です。
それは、未来を 投影するかもしれませんが、
それはやはり、過去に 根づいています。
ですね?
さて、これらの物事を空っぽに することは、可能ですか。
本当に、これは、 ものすごい問いです。
思想上のとか、知的な問い だけではありません。
それは、心理的に 可能ですか -
千の昨日の重荷を 持たないことは、です。
それが終わることが、新しいものの 始まりです。新しいものです。
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|
38:16
P: あなたは、ちょうど今、「千の 昨日の重荷を、持たないことは、
可能ですか」という言い回しを、 使われました。
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38:36
K: ええ。
問題は、重荷の中か、 千の昨日の中に、ありますか。
K: 千の昨日が、 重荷です。
その二つは、分離できません。
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38:43
P: いえ、いえ、いえ。
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38:45
K: では、どうやって、 二つを分離しますか。
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38:48
P: なぜなら、千の昨日は、 事実であるからです。
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|
38:52
K: 事実です。ああ、あなたは、 その意味で、言っていますね。
ですが、私が話しているのは・・・
|
|
39:00
P: 重荷は、
私が、自分がしてきたこれら 経験の多くへ、特別な内容を、
与えてきたとき、あります。
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|
39:21
K: もちろんです。もちろんです。
P: が、千の昨日は・
・・
K: 千の昨日は・
・・ちょっと待って。 千の昨日が、あるのでしょうか -
もしも、それら千年の、格闘の 思い出が、なかったなら、です。
または、それが 何(の思い出)であっても、です。
私は、分離できますか。私は、 暦により、分離できます。
|
|
39:39
P: ええ、できます。 あなたは、千の昨日を、
千の昨日の重荷より 分離できます。
|
|
39:48
K: さあ、どうやるかを、 示してください。
初めに、明らかに しましょう。
私たちが、千の昨日と言うとき、 それはどういう意味かを、です。
百科事典によってか、 本によってか、暦によって、です。
私は、エジプトが 四千年だったと、言えます・・・
|
|
40:03
P: いえ、いえ。 自分の人生を、取りましょう。
|
|
40:06
K: ええ、自分の人生を。 それは、四十か、五十か、八十か、
九十か、それが何であっても、 です。または、二十でも、です。
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40:15
P: あなたは、 自分の人生の、千の昨日を、
痛み、悲しみ、重荷、 それらより、分離できます。
それが、千の昨日の重荷です。
K: ええ。
P: で、あなたは、切り離せますか・・・
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40:29
K: 何を、ですか。
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40:31
P: ・・・痛みと悲しみと・・・
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40:33
K: できますか。 P: なぜ、できませんか。
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40:34
K: 切り離す。あなたがいう、 切り離すとは、どういう意味ですか。
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40:36
P: 知覚する。あなたは、 ちょうど今、それを仰いました。
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40:39
「有るもの」を知覚する。 K: ああ、はい!
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40:44
が、それは、この意味で、 切り離すのではありません。
そうね、切り離すことは、二つの部分を 含意しています。それが、私の・・・
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40:54
P: そうね、これが、 困難が入ってくるところです。
私は、私の三十年、五十年、六十年の 事実を、切り離せますか。
いえ、私は、それをできません。 私の身体は、六十五年のです。
|
|
41:08
K: もちろんです。私は、けっして そう言いませんでした。
私は、自殺を 遂げられません。
私は、八十七年を 生きてきました。
私は、八十七ですか。
ええ、または、八十八です。
私は幾つなのかな。
八十七です。 私は、八十七年、生きてきました。
私にはできません。
もちろん、 それは、存在します。
が、私は、それの思い出に ついて、話しています。
もちろん、私は それについて、話しています。
私は、千の昨日は存在する、 と言っています。
|
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41:36
P: 二つは、切り離せます。 分割できます。
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|
41:41
K: ああ、私には 分割できません。
私の身体は、千の昨日の間、 存在してきませんでした。
つまり、千の昨日の 意味は・・・
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|
41:54
P: あなたは、人の古(いにしえ)の 精神について、話しておられます。
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|
42:01
K: 私はそれを、切り離せません。 この頭脳全体と、
有機体の物質的過程 すべては、それの部分です。
|
|
42:11
P: そのとき、私は、 古の精神を、どうしますか。
古の精神でもって・
・・そうね、 自らは、表面的な諸々の昨日について、
何をしなくてはいけないのかを、 理解しました
- 表面的な諸々の 昨日の重荷について、です。
|
42:32
K: それが何を意味して いるかを、ご存じですか。
私は本当に、千の昨日を 拭いましたか、終わらせましたか
- その表面性、 その些細さ、その狭さ、
その残忍さ、残酷さ、 その野心などとともに、です。
それらは、すべて表面的です。
P: ええ。
K: 私は、そのすべてを、拭い去れますか。
そのすべては、終わりえますか。
私は、「私は切り離せる」と 言えますが、ナイフは誰ですか。
どれが、ナイフですか。
どれが、 それを切りつつある実体ですが。
それは、 あれの一部です。
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|
43:15
P: いえ、ですが、私は、一つのものを 切り離しつつありません。
|
|
43:20
K: 私は、全部を 切り離しつつあります。
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43:23
P: そうね、もしも私が、区別して、 「私は、これを切り離すが、
これを切り離すまい」と 言うことになったとしたなら・・・
|
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43:28
K: いいえ。それは、 あまりにばかげています。
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|
43:29
P: ですが、私が、「私は 切り離しつつある」と、言うとき、
私は、重荷全体を 切り離しつつあります。
|
|
43:38
K: さて、ちょっと待って。 ププルジ、私は理解しますよ。
よろしければ、「私は切り離しつつ ある」と、言わないでください。
|
|
43:43
P: 「私」は、切り離しつつ ありません。
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|
43:45
K: それがすべてです。それに ついて、明らかにしましょう。
|
|
43:47
P: 「私」を、切って、 取り除きましょう。
|
|
43:50
K: ええ。そうね、私は、異議があるのです - あなたが気にされないなら、です -
切り離すことの 意味は・
・・
そうね、あなたが何かを断ち切るとき、 二つの部分が、あります!
|
|
44:03
P: はい、私が目指している ことは、ですね・・・
そうね、これは、たくさんの 混乱が起きるところです。
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|
44:13
K: 知っています。言語的な混乱が、 起きます - 意味論的です。
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44:16
P: あなたは、八十七年を 切り離せません。
または、六十五年、 六十六年を、です。
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44:22
K: もちろん、できません。 あなたは、八十七ではありません。
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44:25
P: 私は、六十六です。
しかし、あなたは、切り離せます。または、 その言葉「切る」は、間違っています。
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44:33
K: その言葉を、 使わないでください。
|
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44:35
P: あなたは、「有るもの」を見る、 という言葉を、使っておられました。
|
|
44:39
K: 「有るもの」が終わること - それは、全然違っています。
|
|
44:43
P: なぜあなたは、区別を 付けたいのですか -
「有るもの」が終わることと、 切り離すこととの間で、です。
|
|
44:49
K: 終わることは、私にとって、 ありつづけた何かの、
継続がないことを、 意味しています。
|
|
44:57
P: 切り離すことの中には、 何が、ありますか。
|
|
44:59
K: 切り離すことの 意味合いは・・・
そうね、私が、 一本の木材を、切るとき、
同じものの二つの 部分が、あります。
|
|
45:12
P: それは、意味論的な ことであると、私は思いますね。
|
|
45:15
K: 知っています。 意味論的です。
が、私は言っています、私は 訊ねています - まず第一に、
私の意識の内容全体を、完全に 終わらせることは、可能ですか。
幾千年をとおして成長してきた 人間意識の(内容)を、です。
そして、その内容は、このすべての 混乱、低俗さ、粗さと
卑小さと、 愚かな生の些細さです。
|
|
45:50
P: しかし、それはまた、 善さです。
|
|
45:52
K: ああ、はい。それが すべて、含まれています。
さて、ちょっと待って。
私はきわめて・・・
善さは、何か全然、 違ったことです。
善さは、対極を 持ちません。
善さは、善くないものから、 出てきたものではありません。
善くないものが 終わることが、善さです。
それは、 違った事柄です。
さて、このすべての葛藤を、 終わらせることは、可能ですか。
葛藤に、終わることがないのなら - 葛藤は、修正されえます。
|
|
46:45
P: いえ。葛藤には、 終わることが、あります。
|
|
46:53
K: なぜあなたは、 そう言いますか。
|
|
46:56
P: 葛藤には、 終わることが、あります。
|
|
46:58
K: ありますか。または、葛藤を引き 起こしてきたものを、忘れるのですか。
または、本当に 終わるので・・・
|
|
47:10
P: あなたは、こう 仰るつもりですか・・・
葛藤が終わるという 事実こそが、
新しいものの誕生ですか。
|
|
47:22
K: はい。
あなたは、葛藤の含意を 理解します -
それの深さを、です。
表面性を、ではありません。
私はもはや、イギリス人や フランス人でないとか、
私はこの国やあの国に 所属していないとか、
あの宗教や、あの人種に、 とかの(表面性)、ではない。
それらはすべて、きわめて 表面的な物事です。
私は、深く埋め込まれたものに ついて、話しています。
|
|
47:46
P: あなたは、他の一人からの分離と しての葛藤について、話しています
- 分離性の感覚です。
|
|
47:52
K: 分離性。 それが、本物です。孤立です。
それは、必然的に 葛藤を、生み育てます。
それは、可能ですか。
それは、どういう意味ですか。
で、頭脳は、完全に・
・・ 何も葛藤が、ありません。
さて、ちょっと待って。
問題が 生ずるかもしれません。よろしいですか。
が、それらの問題は、取り扱われます。
即時に終わらされます。
問題は、葛藤を 意味しています。
|
|
48:45
P: なぜ問題が 生ずるのでしょうか。
|
48:48
K: その言葉、 辞書による普通の用法ですが、
問題(プロブレム)は、何かあなたに投げ つけられたものです - すなわち、挑戦です。
よろしいですか。
問題(プロブレム)は それを、意味しています。
何かあなたが、向き合わなくては ならないことです。
P: ええ。
K: 私たちは、問題を 解消します -
知的にか、物理的にか、 などなどです。
それはやはり、さらなる問題を 創り出しています。
政治家のように、です - 彼らがしていることです。
あなたは、征服します。
その征服の結果は、
あなたへ、別の一連の問題を もたらす、何か他の要因です。
49:38
あなたは、この問題を、 いつの時も、進めつづけます。
私は、何も問題が ないと、言っています。
物理的にか、心理的にか、 何も問題が、ありません -
もし私が二、三ヶ月の間、 ブロックウッドで、生活できないなら、
いいですよ。
私は、 ブロックウッドで、生活しません。
もし誰も、私に食べさせて くれないなら、いいですよ。
よろしいですか。
何も 問題が、ありません。
もし、新しいことが、 生ずるなら、
私の頭脳は、それを解決する 能力がない。
ゆえに、それは問題になるのか、 あるいは・・・
|
|
50:31
P: こう仰るつもり でしょうか・・・
|
|
50:33
K: それが、 その論点全体です。
|
|
50:36
P: ・・・新しいものの 誕生には・・・
|
|
50:38
K: そうなんです。あなたは、それを得つつ あります。そうでなければなりません。
ゆえに、新しいものの誕生は、 最も古(いにしえ)のものです。
よろしいですか。
|
|
50:53
P: 私たちは、それに 少し入られますか。
あなたは、それについて、 少し仰るでしょうか。
|
|
51:01
K: 結局のところ、 それが、基盤です -
それを越えて、他の基盤が ないところです。
それは、それを越えて他の本源が ないところの、本源です。
そうね、ププルジ、これは本当に 問題です - 問題ではない。
これは本当に、 疑問です -
頭脳はいったい、自らの束縛より、 自由でありうるのかどうか、です。
結局のところ、何かを 終わらせることは、
全的な自由ではありません。
ですね?
私は、終わらされます。
例えば、私の傷を、です。
私が傷を 持っているなら、ですが、
私はそれを、きわめて 単純に、終わらされます。
しかし、私が、自分自身について 創り出してきたイメージ、
それらイメージが、 傷つきます。
P: ええ。
52:43
K: イメージを作る者が、 問題です。ですね?
で、それは、ますます、他の何かへ 繋がります。
すなわち、
単一のイメージもなく 生を生きること、です。
ゆえに、何の傷もなく、 恐れもない。
そして、恐れが、ないなら、 安心感、神はなく、
慰め、その他すべては、 ありません。
さて、あなたは、こう仰るでしょうか。
最古のものは、ほとんどの者が・・・
いえ、私は、それを 言いさえしないでしょう。
すなわち、 すべての生の本源は、
古(いにしえ)の中でも、 古であるにちがいありません。
古いとか、新しいとかの思考 すべてを越えて、です。
それが、すべての 生の本源です。
精神が - それは頭脳を 含んでいます - その精神が、
全的に本源的であり、新しい、 汚染されていない基盤の、
地点に、到るとき - それは、可能ですか。
54:14
冥想は、それに到る手段の 一つであったのです。
精神を静寂にすることは、 それへ到る、来ることを、
助けるだろう、もたらすだろうと 望まれる道であったのです。
そうね、私たちはみんな、それへ 来るために、努力をしています。
それが、私が言っていることです。
それは、努力を必要としません。
「努力」(エフォート)という言葉 こそが、葛藤を意味しています。
そうね、葛藤を 持たないものへは、
葛藤をとおして、接近できません。 もちろん、できません。
|
|
55:11
P: この意味で、それは本当は、 あなたの教えにおいて、
部分的な接近は、まったく ない、という意味ですか。
|
|
55:21
K: ああ、不可能です。 どうして、ありえますか。
私が、様々な部分をとおして、 それに接近するなら
- それは、ヒンドゥーが 言ってきたことです。
カルマ・
ヨーガと、その他すべて、 ですが、それは、部分的なだけです。
あなたは、それに 接近できません!
P: では、何が、とお考えですか。
あなたは、そこに戻っています。
K: それが、 本当の問題です。
|
|
55:49
P: あなたは、どうしますか。 あなたは、普通の人間です。
|
|
55:52
K: いえ、あなたは、何もできません。 まず第一に、あなたは、何をもできません。
あなたは、物理的な活動を、 できるだけです。
心理的に、あなたは 何をも、できません。
|
|
56:05
P: 物理的な活動というのは、 どういう意味ですか。
|
|
56:08
K: 庭を造る。 邸宅を建てる。
テクノロジー的な、なんやらかんやらです。
|
|
56:13
P: が、物理的なものは、進んでいきます。
物理的なのは、進んでいきます。
|
|
56:17
K: それは、進んでいきます。
|
|
56:18
P: で、自らは 何をしますか。
|
|
56:20
K: しかし、心理的な 恐れが、ないのなら、
国々の分割などなどは、 ないでしょう。
何も分割が、ないでしょう。 よろしいですか。
|
|
56:32
P: はい。ですが、事実は、 心理的な恐れがある、ということです。
|
|
56:35
K: まさにそうです。ゆえに、 あなたは、けっして着かないでしょう。
心理的な孤立の中に 生きてきた頭脳
- それは、葛藤を意味しています - とうてい、あの基盤に、来られません。
すべての生の本源である 基盤に、です。
明白に来られません。
私の些少な精神は、自らの 獣のような小さな自己について、
悩んでいますが、どうして それに来られますか。
|
|
57:05
P: それは、もっと無益です。そのとき、 生の全体が、もっと無益です。
あらゆることをした後で、あなたは、 初めの一歩を、踏み出していなかったなら、
そのとき、あなたは どこにいますか。
|
|
57:20
K: 初めの一歩は、 何ですか。
ちょっと待って、それに入ってください。 初めの一歩は、何ですか。
|
|
57:24
P: 私は、初めの一歩は、何でも有るものを 見ることであると、言うでしょうね。
|
|
57:32
K: 「有るもの」を見る。 待って、待って。
あなたはそれを、どう見ますか。
あなたはそれに、どう接近しますか。
それに、「有るもの」の 総体が、依存するのです。
またはあなたは、「有るもの」の 部分的なものを、見るだけですか。
あなたが、「有るもの」の総体を 見るなら、終了しています。
|
|
58:00
P: そうね、それは、そのように うまく行きません。
|
|
58:04
K: もちろんです。 なぜなら、
私たちの精神、私たちの思考は、 断片化しているからです。
ゆえに、私は、生へ、または、 「実際に有るもの」へ、
自分の断片化した精神、 断片化した頭脳をもって、
|
|
58:16
接近します - すなわち、 砕けてしまったもので・・・
P: またもや私は、時でもって、断片化 したものは、減ると、言うでしょう。
私に跳びかからないでください。 そのとおりです。
|
|
58:28
K: 何を仰ろうとしているのかは、 存じています。それは単純です。
|
|
58:30
P: 時でもって、 断片化したものが、減ります。
そして、あなたを聞くことは、 可能です - 精神が止まること、
何も動きをしないこと、 何も努力をしないことが、です。
でも、それはやはり、 初めの一歩ではありません。
|
|
58:51
K: ええ。あなたが、 こう言うとき
- どうぞ、あなたが その言葉を使われました -
「有るもの」を観察するか 知覚するための、初めの一歩、と。
ですね?
それが、 あなたが仰ったことです。
私は部分的に、それを知覚するなら そのとき、そうね、
それは、さらなる錯綜へ 繋がります。
ですね?
部分的な知覚は、部分的な問題を 創り出します。
ですね?
さて、「有るもの」の複合体全部を 見ることは、可能ですか。
断片ではなく、 全体を、見る。
それは - ちょっと待って - それは、私は 見なくてはいけない、という意味です。
私は、断片化した生、断片化の生を、 送るのかどうかを、です。
59:55
それが、私が 始めるだろうところです。
なぜなら、私は 生に、接近するなら
- それは、私の意識です。
それは、思考、感情、
行為の道、 そのすべてです。
私がそれに、断片的に接近するなら、 そのとき私は、迷っています。
それが、世界で起きつつあることです。
彼らは、全的に迷っています。
私たちを統治する人々、 何が正しいか、間違っているか、
その他すべてを 私たちに語る人々は、です。
生を、断片化なく、全体として 見つめることは、可能ですか。
ププル、それが・・・
|
|
1:00:58
P: なぜ、古(いにしえ)の精神は これを、見ないのですか。
|
|
1:01:06
K: それは見られません。見ようとしません。 どうして、全的な、完全な秩序が・・・
|
|
1:01:13
P: ですが、あなたは、こう仰った - 古の精神は・・・
|
|
1:01:17
K: ちょっと待って。 それが、古のものです。
本源的な基盤が、 最も古のものです。
P: いえ、それは、そこにあります。
|
|
1:01:23
K: いえ、いいえ!
|
|
1:01:26
P: いえ、と仰るのは、どういう 意味ですか。 K: もし・・・
|
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1:01:28
それは、そこに 観念として、あります。
|
|
1:01:31
それが、すべての人々が主張して きたことです - 「神がある」と。
それは、観念、概念だけです 私たち自身の欲望の投影です -
快適でありたい、幸せでありたい、 その他すべてでありたい、と。
私は、生を、生きられますか、 人間は、生を、生きられますか
- そこに、断片的な行為が ないものを、です。
もし誰かが、「私はどこで始めることに なりますか」と、言うなら、
私は、「そこで始めなさい」と 言うでしょう。
あなたが、断片化な生を送るのか どうかを、あなた自身で見出しなさい。
あなたは、断片的な生が 何であるかを、知っています。
一つのことを言い、 別のことをする。
断片化した生活の道全体、です。
それは、孤立です。
ゆえに、私は、自分の妻と 関係を、持ちません。
または、 残りの人類と、です。
で、そこで 始めてください。
それが何を意味しているかを、 ご存じですか。
見出すように、あなたは、何とものすごい 探究を、しなくてはいけないのか。
P: 探究とは何ですか。
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K: 観察です。
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きわめて明らかに 観察する - 何も偏見なく、
何も方向なく、 何も動機なく、
私の生がいかに断片化しているのかを、 です。
ただそれを観察する。
「私は断片化している。
ゆえに、私は全体的 でなければならない」と言うのではない。
全体的になるとの観念は、 もう一つの断片化です。
で、断片化の道を観察する ことの含意です。
それは、思考自体が、断片である、 という意味です。
ですね?
それが、 断片化の原因です。
私は、あなたより異なった何かに、 なりつつあります。
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P: で、新しいものの 誕生は・・・
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K: あなたがこれを持つのでなければ、 可能ではありません。明白です。
止めたほうが、いい。
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