BR83CB1 - 思考が関係しない行動は存在するのか?

デービッドボームと談話 第一回
ブロックウッドパーク イギリス
1983年6月11日
テキストのみのバージョン
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0:16
クリシュナムルティ: 人間の未来について
議論するのですね デイビッドボーム: はい
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0:29
K: 実にここで言う 人間とは
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0:38
人類についてを意味します DB: 人類全体です はい
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0:42
K: イギリス人やフランス人 ロシア人やアメリカ人ではなく
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0:44
人類全体についてです
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0:52
DB: 何れにせよ未来は 現在と連結しています
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0:57
K: 目下の現状は 私が察するに
世界は非常に 危険になってきています
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1:07
DB: はい
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1:12
K: テロリスト 戦争
そして国家の分断 民族の分断
ある独裁者達は世界を 破壊しようとする などです
そしてまた宗教的にも 非常に分断されています
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1:29
DB: それに 経済危機と
生態学的危機もです
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1:34
K: はい 生態学的 そして経済的問題
問題は複合的に 増加しているようです
では人類の未来とは?
現代の世代だけでなく この先の世代の
未来はどうでしょう?
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1:58
DB: はい 未来は暗いようです K: 大変暗いです
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2:01
仮にあなたが非常に若ければ そして私がとても若ければ
どうするでしょうか この状況を知った上で
私達の反応は
私達の人生は
私達の生活生計など どうするでしょう?
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2:27
DB: それについて 度々考えてきました
例えば また科学の道に進むか 自問しますが
今は全く分りません
なぜなら科学はこの危機に 関連がないようですから
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2:42
K: いいえそれどころか 助長します
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2:45
DB: 悪化させます 役立ちそうで実際そうではありません
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2:50
K: ではどうしますか?
私は今の仕事を 続けるでしょう
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2:56
DB: それはあなたには 容易でしょう
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2:57
K: 大変容易です
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3:00
DB: しかし数点問題があります 勿論
それを議論したいかは わかりませんが
人が生活を始めるにあたり 生計を立てる必要がありますね?
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3:07
K: 勿論です
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3:10
DB: 最近はその機会は 殆どなく
その機会は非常に 限らた仕事にあります
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3:19
K: 更に世界に渡る 失業者数
どうしましょう
未来は厳しいと知りながら
大変鬱々しく 危険で
とても不安定です
どこから始めますか?
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3:46
DB: そうですね その諸処の問題と
各々の持つ問題や 周囲の人の問題から
距離を置くべき かと思います
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3:58
K: ひとまず本当に自分を忘れる べきという事ですか?
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4:02
DB: はい
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4:05
K: 自分を忘れてたとしても
自分が生きるであろう この世界を見ると
何かしらの仕事や 専門を持ち
そしてこの失業者数 どうするでしょうか?
これは殆どの若者が 直面している問題だと思います
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4:33
DB: はい明らかに
では何か 提案がありますか?
何か提案を くださいますか?
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4:55
K: 進化論の観点から はありません
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4:59
DB: はい 分かります
それが議論したい 論点です
それについて議論 したいと期待していました
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5:05
K: はい 精神的な 進化はないと思います
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5:10
DB: はい それについて頻繁に 議論してきました
ですからある程度 仰る意味はわかりますが
初めての方や この動画を見る方は
理解しないかと 思います
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5:22
K: はい それを議論しましょう
良ければこの質問全体を 議論したいと思います
なぜ私達は将来を 懸念するのか?
全未来だけが 現在でしょうか?
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5:41
DB: はい ある意味 全ての未来は現在ですが
それを明確にすべきです
これは私達がこれまで 曝されてきた
人間の伝統的な考え方全てに 大きく逆行します
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5:54
K: 人類は進化や継続といった 事を考慮します
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5:59
DB: 他の角度から アプローチできるかと それは
進化論は現代において 一番自然な考え方であると
そこで質問ですが
進化論の観点から 何か反論はありますか?
要点を説明します: 進化という単語には色々な意味があります
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6:17
K: 勿論です
ここでは心理的進化における議論です
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6:23
DB: はい 最初に物理的進化 については破棄しましょう
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6:26
K: つまりドングリが オークの木に成長という
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6:31
DB: 種も進化を 遂げました
例えば植物から動物 そして人へと
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6:37
K: はい 我々は数億年かけ 今の姿に至ります
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6:40
DB: それについて 疑問はありませんね?
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6:43
K: ありません DB: そして進化は続くかもしれない
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6:44
K: はい それが進化論です DB: それは正当なプロセスです
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6:46
K: 勿論 それは妥当な自然の過程です
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6:48
DB: はい 時間をかけて K: はい
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6:50
DB: 即ちその分野では
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6:52
過去 現在 未来 は重要ですね?
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6:54
K: はい明らかに
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6:55
ある言語を学ぶには 時間が必要です
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7:00
DB: それに脳の改善にも 時間を要します
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7:06
最初は仮にこう 小さい脳から
徐々に大きくなり それに数億年の時間を要しました
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7:14
K: はい 更に複雑になった などです
それ全てに時間を要します
それ全ては空間と 時間の動きです
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7:25
DB: はい 物理的時間と
神経生理学的時間は認めるますね
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7:30
K: 神経生理学的時間 当然です
勿論です どんな健全もそうでしょう
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7:33
DB: はい しかし多くの人は 心理的時間も認めます
いわゆる心的時間です
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7:39
K: はいそれを私達は 議論しています
心理的な未来 心理的進化が
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7:48
在るのかどうか DB: もしくは過去
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7:50
DB: 初めは奇妙に 聞こえるかもしれません
私は昨日の事を 覚えていますし
そして明日があり 予測できます
それは何度も何日も 続いてきました
昨日から今日へ 明日へという
時間の経験が あります
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8:11
K: もちろん それはごくシンプルです
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8:14
DB: では何を 否定してるのですか?
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8:17
K: 私が否定するのは 自分が何かになる事
良くなるという事です
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8:24
DB: それには二つの 見解があります
一つは: 意図的に良くなろうと している
二つ目は: ある人々は進化は
自然で不可避の 過程で
潮流に流れされてる ようにそして
おそらく 良くまたは悪くなる
または私達に何かが起きていると
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8:44
K: 心理的にです
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8:46
DB: 心理的にです それは時間を要します
改善しようとする私の試みの 結果ではないかもしれません
どちらか知れません 人によって考えは異なります
しかしあなたは
ある意味自然な 心理的進化も否定しています
自然物理的進化は 存在したのに?
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9:03
K: はい それは否定します
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9:06
DB: ではなぜ否定するのですか?
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9:13
K: なぜなら まず
精神とは何ですか?
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9:17
DB: はい
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9:20
K: 自己 自我などと 何でしょう?
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9:23
DB: 精神という単語は 様々な意味を持ちます
例えば心理という 意味かもしれません
ではそれは自我と同じ という事ですか
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9:30
K: 自我 自我 自己について話しています
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9:33
DB: 進化論を 考える人の中には
自己を超越する進化が あるだろうと考えます
つまり更に高いレベルに 達するという
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9:46
K: はい 変遷に時間は必要ですか?
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9:48
DB: 超越 変遷 K: はい
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9:49
それが私の全質問です DB: はい
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9:52
では二つ質問があります: そもそも自己とは向上するのか?
それが一議論です 二つ目の議論は:
自己を超越したいと 仮定したとして
それは時が経てば可能ですか?
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10:04
K: それはできません
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10:06
DB: はい ではなぜかを 明確にすべきです
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10:09
K: はい その話を進めましょう
自己とは何ですか?
'精神'が様々な 意味を持つのであれば
自己とは思考がもたらした
全活動です
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10:32
DB: なぜそう言えるのですか?
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10:34
K: 自己とは意識です
私の意識
自己とは名前や外見
そして私がもつ 様々な経験
記憶などです
自己の構造とは 思考により組み立てられます
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10:56
DB: はい ただそれは再度
人によっては 受け入れ難いかと
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11:02
K: 勿論 これを議論しています
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11:04
DB: しかしそれを 引き出す事もです
自己について持つ
最初の体験や 感情は
自己が 独立して存在し
その自己が思考しています
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11:16
K: その自己とは自分の思考から 自立しますか?
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11:20
DB: 私自身の最初の感覚では
自己が在って私の思考 から独立しており
その自己が 思考しています
例えば私がここ居り 動くことができ
腕を動かしたり考えたり 頭を動かすことができます
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11:30
K: はい
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11:32
DB: それは錯覚ですか
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11:37
K: いいえ DB: なぜ?
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11:40
K: 腕を動かす際
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11:43
何かを得ようとする 意図があります
何か取ろうと 何か置こうとする
最初に 思考の動きがあり
それが腕を動かす などとです
私の論点は
- 真偽であろうと 受入れる準備はあります -
思考がこの全ての 基盤であると言う事です
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12:16
DB: はい あなたの論点は
自己の全て その行いの全ては
思考からくるのだと
では思考 といいますが
単なる知的な 思考ではありませんね
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12:26
K: 勿論違います DB: しかし他に何が?
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12:28
K: 思考とは経験 知識 記憶
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12:29
思想の活動です
この全ての動きです
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12:38
DB: 意識全体の活動と 意味するように
私には聞こえます K: 全体として その通りです
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12:45
DB: つまりその活動が 自己であるという事ですね?
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12:48
K: 意識の全内容が 自己です
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12:52
その自己とは私の意識と 違いません
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13:07
DB: 私とは自分の意識だと 言えると思います
なぜなら意識が無ければ ここにいませんよね?
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13:13
K: 勿論です DB: では
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13:14
意識とは 先ほど述べられた
思考 感情 意図を含む ものにすぎないと?
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13:22
K: 意図 野心 DB: 記憶
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13:23
K: 記憶 信念 定説 私が行う儀式
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13:24
プログラムされた コンピューターの様です
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13:36
DB: それは確かに 意識の中にあります
みな同意するでしょう しかし中には
それ以上に何かが 存在する
意識はそれを超越し得ると 感じる人も多いでしょう
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13:45
K: それを議論しましょう
それは
私達の意識の内容は
その意識を構成します - 内容
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13:58
DB: はい それには 多少理解が必要です
一般的に使う'内容'とは かなり違います
コップの中身は 水だとすると
一つはコップで もう一つは水です
コップが水を含み または'内容'という単語は
何か含む事を示唆します K: そうですね
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14:19
意識は記憶してきた事で 構成されます:
信念 定説 儀式
国籍 恐怖心 喜び 悲しみ
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14:35
DB: それら全てがなければ 意識が存在しないのですか?
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14:42
K: 知る限りありません
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14:43
DB: しかし何かしらの 意識があるのでは?
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14:45
K: 全く異なる意識です
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14:47
DB: では 仰っている事は
私達が知る通り 意識の構成は...
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14:51
K: 言いました 私達が知る意識とはそれら全てです
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14:55
DB: 一般的に知る K: はい
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14:56
それが複数の思考の 活動の結果です
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15:08
K: 思考がそれ全てをまとめ それが私の意識です
反応や応答
記憶 回想
非常に複雑に込み合った 複雑な問題や感情
それら全てが意識を構成します
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15:36
DB: 知る通りですね?
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15:38
K: 言いました 我々が知る通りです
意識には 未来はあるでしょうか?
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15:48
DB: はい 過去がありますか?
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15:51
K: 勿論 その記憶です
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15:53
DB: ではなぜ未来がないと 言えるのでしょう?
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15:56
K: もし未来があるとしたら 全く同じ事です
活動です
同じ活動 同じ思考 修正
しかしパターンは何度も 何度も繰り返されます
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16:14
DB: 思考はただ繰り返すだけと というのですか?
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16:17
K: はい DB: しかし例えば
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16:18
思考は新しいアイディアを 発展させる事ができます
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16:23
K: しかし思考は限定的です 知識が限定的ですから
そう認めれば知識は つねに限定されます
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16:38
DB: はいそれについては 多少議論が必要かもしれません
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16:42
K: 勿論です 議論すべきです
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16:45
DB: なぜ知識は常に 限定的と言うのですか?
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16:48
K: なぜならあなたは科学者として
実験をし 加え 追求します
つまり加えています
あなたの後に他の誰かが また知識を加えるでしょう
ですから知識とは 経験の産物で限定的です
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17:10
DB: はい 否定する人もいました
完璧な知識を得ようと 望むでしょう
またはは自然の法則の 絶対的知識を得ようと
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17:20
K: 自然の法則は 人間の法則ではありません
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17:25
DB: では議論を 人間の知識についてに
制限しますか? K: 勿論です
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17:28
それが私達の 議論です
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17:31
DB: そこでさえ自然の知識は 可能かどうかを
問う事ができます
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17:34
K: 人類の未来について 議論しています
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17:37
DB: そうですね ではつまり
人類は精神の無限の 知識を得られない
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17:45
という事ですか? K: はいその通りです
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17:46
DB: 常に更なる未知の 分野があります
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17:48
K: はい もっと更なる未知があります
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17:54
K: ですから知識は 限定的だと容認すると
思考は限定されます
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18:00
DB: はい 思考は知識に左右されます
そして知識は全てを 網羅しません
従って思考は起りうる 全てに対処できません
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18:12
K: それが政治家などが 行っている事です
彼らは思考が全ての問題を 解決できると考えます
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18:19
DB: 政治家の 事例を見ると
知識は非常は限定的で
実際にはそれは 皆無に等しい!
よって対処する事柄に 適切な知識が不十分で
混乱を招きます K: はい
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18:34
では 知識は限定的ですから
我々の意識
思考により 構成された意識も限定的です
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18:53
DB: 明確にできますか?
つまり我々は同じ輪の中で 繰り返すしかありません
一つの考え方としては 科学と比較すると
私の知識は限定的ではあるが 常に何かを発見していると
考える人もいるでしょう
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19:05
K: しかしあなたが発見する事も
加えられ しかしまだ限定的です
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19:13
DB: 未だ限定的である それが要点です
科学的なアプローチの 発想の裏には
知識は限定的であるが
発見ができその 実現性を維持できます
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19:25
K: しかしそれも限定的です DB: 私の発見は限定的であると
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19:28
そして常に私の発見していない 未知の事柄があります
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19:33
K: ですから未知や 無限を
思考で捉える事は出来ないと 言っています
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19:39
DB: はい
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19:41
K: なぜなら思考自体が 限定的ですから
私達がそれに同意すると
同意だけではなく しかしそれが事実です
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19:56
DB: 更に明らかに すべきでしょう
つまり思考は 限定的です
思考は限定的ではないと 簡単に口で言えるでしょうが
そこには非常に強い 性質があります
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20:07
K: 感情 DB: そう感じるという性質
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20:09
思考は何でもできるという
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20:13
K: できません
世界に何をしたか お分かりでしょう
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20:16
DB: ええ同意します 大変酷い事をしました
しかしそれが常に間違いだ という証明にはなりません
常に間違って使った人達を 責める事は出来きるでしょうが
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20:25
K: そうですね それは古き良き手法です!
しかし思考自体が 限定的ですから
従ってそれが何をしても 限定的です
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20:35
DB: はい そして非常に 深刻な意味で限定的だと
仰っています
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20:40
K: そうです勿論 大変深刻な状態です
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20:44
DB: その意味を 明らかにしませんか?
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20:46
K: それは世界で 起きている事柄です
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20:50
DB: いいでしょう それを見ていきましょう
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20:51
K: 全体主義者の理想は
- 思考による創案です
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20:58
DB: そう言えます '全体主義者' 単語そのものは
全体の網羅を意味しますが それを出来ませんでした
出来ませんでした 主義は崩壊しました
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21:07
K: 崩壊しています
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21:09
DB: しかし全体主義者 ではないという人達もいます
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21:14
K: 民主主義者など
共和主義や民主主義 理想主義者などとです
それら全ての考えは限定的です
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21:23
DB: はい しかし限定はある意味...
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21:27
K: それは非常に破壊的です
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21:28
DB: 非常に深刻で 破壊的です
それをどう 明らかにできますか?
私の思考は限定的だと 言えますが
全てがそう深刻ではない かもしれません
なぜこうも 重要なのか?
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21:40
K: それはごく単純です
なぜなら限定的な思考から 生み出される如何なる行動は
対立を生みます - 不可避です
人類を地理的に分断し
国家や国籍に 分断するなど
宗教的な分断と 世界に大惨事を引起しました
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22:06
DB: はい では思考の限定性と それを繋げましょう
つまり私の知識は限定的です K: そう言いました
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22:11
DB: それが世界の分断と どうつながるのか...
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22:13
K: 私達は安全を求めていませんか? DB: はい
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22:21
K: そして私達は家族の中に 安全があると考えました
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22:23
種族の安全
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22:25
国家主義の安全
私達は分断に 安全があると考えました
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22:40
DB: はい 見えてきました
種族を例にしましょう 一人が不安を感じたとしたら
種族に属しているから 安全だと言います
これが結論です
それれはそうだと十分に 理解しますが わかりません
私の知らない 物事が起きます
それが非常に不安にします 他の種族が現れます
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23:00
K: いいえその分断こそが 不安感をうみます
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23:04
DB: 分断が不安に加担しますが 私が言いたい事は
それを理解するに 十分に知りえません
わかりません
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23:12
K: しかし理解しないとは
なぜなら何も考え なかったからです
世界を全体として見ました
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23:22
DB: 安定を目指す 思考
重要事項全てを 知ろうとする思考です
思考が重要な事全てを 知ると想定し
そしてそれが 安全をもたらすと言います
知らない事が多い だけにとどまらず
本当に知らない一つは
その思考そのものが 争いの元だという事です
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23:38
K: 対立させる はい
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23:41
DB: 他の区域から 分断された安全な
区域を定義するからです
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23:45
K: それ自体が限定的ですから DB: はい
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23:47
K: 限定的な事は全て 必然的に対立をうみます
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23:49
DB: それは どんな思考でも...
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23:56
K: 仮に私は個人だと言うと それは限定的です
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23:59
DB: はい
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24:03
K: 私は自身を案じます それは非常に限定的です
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24:05
DB: はいこれは 明確にすべきです
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24:08
仮にこれがテーブルだと言います それは限定的です
対立は起きませんね?
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24:14
K: ええ そこに対立はありません
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24:16
DB: 私が 'これは私だ' と言うと対立が起きます
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24:19
K: はい その自己は対立させる存在です
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24:23
DB: なぜかを更に明確にしましょう
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24:27
K: なぜなら自己は分離的で
それ自身を懸念します
より大きい国家を 認識する自己は
なおも対立します
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24:42
DB: はい自身の安全の為に 自己を認識しますから
他に対立して 自身が何者かを認識します
そして自分を守ります
これが自己と他者との間に 分断をうみます
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24:57
K: 私達と彼ら などとです
それは限定的な思考が根底です なぜなら私達は実際に
密接に関係していると 理解しないからです
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25:06
K: 私達はみな人間だという事です DB: はい我々は皆人間です
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25:07
K: 人間は多かれ少なかれ 同じ様な問題を抱えています
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25:09
DB: いいえ理解できていません 私の知識は限定的で
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25:13
我々は区別を する事ができ
そして他人ではなく 私達自身または自己を守ります
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25:22
K: はいその通りです
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25:23
DB: しかしその行動自体が 不安定さを生みます
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25:27
K: はいその通りです DB: 不安感
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25:30
では仮にそれを理解すると
単に知的や言葉だけでなく 実際に理解すると
私達は 私達人間の
その責任は 非常に計り知れません
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25:50
DB: はいその責任について どうする事ができますか?
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25:54
K: そこで私はその混乱に 貢献するか
蚊帳の外にいるかです
それは平穏を保ち
自分に秩序をもつ事です
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26:09
DB: わかりませんでした K: それを説明します
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26:10
先に行き過ぎました
DB: 重要なポイントに 触れたと思います
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26:15
人類全ては一体である という事です
従ってそこに分断があり 破壊をもたらします
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26:25
K: 危険です
一方 私とテーブルの間に 分断がありますが
危険ではありません ある意味同一ではありませんから
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26:33
K: 私と木々 勿論です
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26:35
DB: 非常に一般的な意味でいうと 私達は一つです
人間は皆一つだという事に 気がつきません
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26:42
K: なぜでしょう? DB: ではそこを議論しましょう
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26:44
これは極めて重要な論点です
あらゆる分断が 存在しますから
国家や宗教だけではなく 個々人にも分断があります
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26:53
K: そうです なぜ分断があるのでしょうか?
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26:56
DB: まず少なくとも 現代においては
人類は個々の 人間だという認識です
これは過去にはそう強く なかったかもしれません
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27:05
K: それが私の問いです
私達はそれぞれ個人 なのかを問います
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27:12
DB: はい それは大きな質問です
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27:14
K: 勿論です
いま程話しました
意識それは 自己であり
それは他の人類みな 類似します
皆苦しみ
みな恐怖心を抱き
皆不安で
それぞれの信じる 神や儀式を持ち
それら全て思考によるものです
|
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27:46
DB: はい
質問が二つあります
一つは全員が全員 類似していると感じません
大多数は自分は独特な 特徴をもつと感じます
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27:59
K: 独特の特徴とは どういう意味ですか
何か行う特徴ですか?
|
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28:04
DB: 色々あると思います 例えば
ある国家が 他国よりも
何かに卓越している と感じるかもしれません
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28:13
ある人は何か特技や素質を 持ちます K: 勿論です
あなたは私より もっと知的です
誰々は然々において より優れているなどとです
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28:22
DB: 自分の特技や長所に 誇りを持つでしょう
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28:28
K: しかしそれを置くと 基本的にみな同じです
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28:32
DB: はい それがどういう意味か 述べるべきです
先ほど述べられた ことは...
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28:37
K: 表面的です
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28:39
DB: ではその基礎とは なんでしょうか?
|
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28:41
K: 恐怖心 悲哀 痛み 不安 孤独感
そして人間のあらゆる辛苦
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28:49
DB: 多くの人は その基礎が
人間の最高水準の達成と 感じるでしょう
人間の最高水準の達成は そうではありません
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28:57
K: 何を達成しましたか? DB: そこを議論しましょう
|
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29:00
DB: これについては 頻繁に議論しましたが
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29:03
ここで取り上げる べきかと思います
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29:09
K: はい議論しましょう
私達は何を成し遂げたか?
|
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29:13
DB: まず一つは
人々は科学や 芸術や文化
技術の功績を 誇るでしょう
|
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29:20
K: その方向性においては 確かに成遂げました
膨大な技術 コミュニケーション
旅行 医薬 手術
非常に発展してきました
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29:35
DB: はい本当に 様々な意味で素晴らしいです
|
|
29:38
K: それに異論はありません
心理的に何を成遂げましたか?
|
|
29:46
DB: はい 一つ言えるのは
それらは何も心理的に 影響していません
そして心理的な問題が
他の何より 更に重要です
心理的問題が 片付けられなければ
その他が危いからです
|
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29:59
K: 非常に正論です
もし我々が心理的に 限定的であれば
何をするに於いても 限定的です
そして技術は限定的な 思考により使用され...
|
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30:10
DB: はい主導は この限定的な精神です
技術の合理的構造 ではなくです
すると実に技術とは 危険な手段となります
それが一つの要点です 精神が全ての核心であり
そして精神が正常でなければ その他は無駄になります
では二つ目の質問は - 精神にはある種の疾患
または不具合があると いいますが
これらは我々に共通しており
私達はみな何か問題を 持つ可能性があるでしょう
しかし二つ目の論点: 私達は一つである 本当ですか?
つまりみな私達は 類似していますが
私達が全て同じで 一体と言う事ではありません
|
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31:03
K: 意識の中では 基本的に同じだと言いました
みな同じ土台に 立ちます
|
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31:13
DB: はい
その事実から私は 人間の体は類すると言います
全てが同じという 証明ではありません
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31:21
K: 勿論です あなたと私の体は違います
|
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31:23
DB: 私達は違う土地に住み 違う実在であるなど
仰っている事は
意識は個々の実在では 無いという事ですか
体は特定の 個性を持つ実在です
|
|
31:35
K: その通りです 非常に明確なようです
|
|
31:39
DB: 明確かもしれませんが 私は...
|
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31:43
K: あなたの体は 私の体と異なります
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31:46
DB: はい
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31:48
K: 名前も 違います
|
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31:50
DB: はい 私達はとても違います
物質的に似てはいても違います 交換が出来ません
|
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31:55
K: できません DB: なぜなら体内の蛋白質が
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31:56
他人のものと 合わないでしょう
そして心理的にも 多くの人がそう感じます
同意または反対といった 人々の間に
相性があると言います
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32:05
K: しかし実に その質問を深く掘り下げると
意識は全人類によって 共有されます
それが私の核心です
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32:17
DB: はい意識とは それぞれ個々であり
そのように伝達され それは...
|
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32:26
K: それは錯覚だと思います
私達はそうでない事に 拘っています
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32:33
DB: 人類の意識は一つだと 仰るのですか?
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32:36
K: 皆一つです DB: 皆一つだと それは重要です
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32:38
なぜなら1つか多数かは 極めて重要な質問です
多数かもしれません すると伝達し
大きな単位に形作ります
それとも最初から 全て一つだったと?
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32:52
K: 最初から 全て一つです
|
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32:54
DB: そして分離の感覚は 錯覚なのですね?
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|
32:58
K: それを何度も何度も 言ってきました
非常に論理的で健全のようです
他方が愚かなのです
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33:12
DB: 分離の存在が
愚かだと直には 理解しません
自分の体から心へと 当てはめるからです
自分の体は他人と別だとの認識が 良識的だと言います
そしてその体内に私の心があると
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33:26
K: 勿論です
|
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33:27
DB: では心は体内に存在しない と言うのですか?
|
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33:30
K: それは大変異なる 質問です
もう一方の議論を 仕上げましょう
もし私達それぞれが 精神的に別々の個だと考えれば
私達が世界にした事は 甚大な惨事です
|
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33:49
DB: 分離されない状態を 分離だと考えれば
それは明らかに 大惨事です
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33:53
K: それがまさに起きています
各々のしたい事を すべきと考え
自分を満たします
すると自身の分離の中で 平和や安全を達成しようと
苦闘し
その安定と平和は 完全に否定されます
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34:19
DB: 否定される理由は 分離が存在しないからです
本当に分離が存在すれば
それを試みるのは 合理的です
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34:26
K: はい実際です
|
|
34:27
DB: しかし分離できないのに 分離しようとすると
結果は大混乱を招く K: その通りです
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34:31
DB: それは明確ですが
|
|
34:32
しかしすぐにピンと こない人もいると思います
人類の意識は分離できない 一体であると言う事にです
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34:42
K: はい
分離できない一体 正にその通りです
|
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34:49
DB: その概念を一度考慮すると 多くの疑問がわきます
- これについて十分に深く 議論出来たでしょうか
一つの質問はなぜ私達は 別々だと考えるのでしょう?
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35:00
K: なぜか?
なぜ自分を他人と区別するのか?
それは自身の条件付けです
|
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35:08
DB: しかしそんな馬鹿げた条件を どう身に付けたのでしょうか?
|
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35:13
K: 子供の時から - これは私のおもちゃ あなたのではない
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35:18
DB: はい しかし初めに感じるのは:
これは私のものだと 自分は個別だと感じるからです
一つであった意識が どのようにして
個々に分れたこの錯覚に 至ったか明確ではありません
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35:33
K: 繰り返しですが 思考の活動だと思います
思考そのものの本質が
対立的で 断片的です
従って私は未完全な 断片なのです
|
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35:50
DB: 思考は断片的 感覚をうみます
例えばある国家を 建てるとします
すると私達は他国と 分離する考えます
そして様々な結果が 続き
その全てが独立して 現実的に見えます
様々に分かれた言語や 独立した法律
そして境界をつくります
時が経つと非常に多くの 分断の証拠が見えます
どう始まったのか 忘れたと言います
そして常にそうであったと つまり常にそこに在った事を
継続したに すぎません
|
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36:27
K: 一度その思考の 本質や構造
思考がどうのよに 作動しその源が
何かを把握すれば
従って思考は常に限定的です - 本当にそれを理解すればです
|
|
36:47
DB: 思考の源は - それは記憶ですか?
|
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36:49
K: 記憶 DB: はい
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36:50
K: 記憶とは過去の回想で それは知識です
|
|
36:50
知識は 経験の結果で
すると経験は 常に限定的です
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37:04
DB: 思考は当然ながら 前進を試みる為に
理論を駆使したり
発見や洞察の考慮を 含みます
|
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37:15
K: 以前に話しましたが 思考は時間です
|
|
37:18
DB: はい
思考とは時間であると
それについても更に 議論が必要です
なぜなら初見では まず時間がそこにあり
そして思考は 時間の中で起きます
例えばその活動が 起きているとすると
体が動き それには時間を要します
|
|
37:42
K: ここからそこへ行くには 時間を要します
言語を学ぶには時間を要します
|
|
37:47
DB: はい植物の成長には 時間を要します
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37:50
K: 絵を描くのに 時間を要します
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37:52
DB: 考えるのに時間を要する とも言います
|
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37:55
K: ですから時間の観点から考えます
|
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37:57
DB: はいまずは 何事にも時間を要する様に
思考も時間を要する と見る傾向があります
しかしそれとは違い 思考が時間であると仰います
それは精神的に 心理的にですね
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38:14
K: 勿論です
|
|
38:15
DB: ではそれをどう 理解しますか
|
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38:22
K: どう何を理解すると?
|
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38:26
DB: 思考が時間だという事です それは明確ではありません
|
|
38:29
K: ええ はい
思考とは 動きであり
時間は動きだと言いますか?
|
|
38:45
DB: 時間とは神秘的で それについて人々は論争してきました
時間は動作を要する
と言えます
動作なしに時間を持てないとの 理解は可能です
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38:58
K: 時間は動きです
時間は動作から 分離しません
|
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39:03
DB: 動作と分離する とは言いませんが
時間とは動きです
- もし時間と動作が 一体だと仮定するとです
|
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39:11
K: はい私はそう言っています DB: はい
|
|
39:12
時間と動作は切り離せない K: 切り離せません
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39:15
DB: ですからそれは非常に 明確なようです
|
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39:16
では物理的動作があります それは物理的時間を意味します
心拍がある などとです
|
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39:25
K: 暑さ寒さ 暗い明るいなど
|
|
39:28
DB: 季節 K: 日没 日の出など全て
|
|
39:30
そして思考の 動きがあります
そこで思考の本質における 疑問がわきます
思考は脳内の神経系の 動作にすぎないと
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39:45
そういう事ですか? K: はい DB: 思考は神経系の
|
|
39:45
動作を含むが それを超える
何かがあるだろうと 言う人もいました
|
|
39:53
K: 時間とは実に何ですか?
実際に時間とは何ですか?
時間は希望
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|
40:05
DB: 心理的に K: 心理的にです
|
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40:06
今は完全に心理的に 話をしています
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|
40:09
DB: 人は思考を継続する 傾向があります
|
|
40:11
K: 勿論です それは理解しました
|
|
40:15
K: 希望は時間 何かになる事は時間
達成は時間です
何かになる事について 議論しましょう
心理的に何かに なりたいと思います
非暴力になりたいと思います - これを例にします
それは完全に誤った推論です
|
|
40:53
DB: はい それは誤りだと理解しますが
その理由はその種の時間が 存在しないからです
|
|
41:03
K: ありません
人間は暴力的です
それについて多く 語られて来ています
- トルストイやインドの 非暴力
事実人間は暴力的です
|
|
41:20
DB: はい
|
|
41:22
K: そして非暴力とは 現実ではありません
しかしそうなりたいと願います
|
|
41:30
DB: はいしかし再度 それは物質的な事に関して
我々の持つ思考の種類の 延長です
砂漠をみれば 砂漠は現実です
そして庭園は現実ではないと 言います
しかし心の中に庭園があり
そこに水を与えると 庭園になります
ですから 砂漠が肥沃になれば
将来を計画できると 言います
さて注意が必要です - 人間は暴力的だと言いますが
砂漠の例の様な計画では 非暴力になりません
なぜですか?
|
|
42:04
K: なぜか? それは暴力が存在しながらに
非暴力の状態は 存在し得ないからです
|
|
42:13
DB: はい
|
|
42:15
K: それは理想論です
|
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42:19
DB: 更に明確にすべきです なぜなら同様に
肥沃と砂漠の状態は 同時に存在しえません
意識において言えば 暴力的である場合
非暴力は意味を持たないと 言う事でしょうか
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42:35
K: それが唯一の状態です DB: それがそこにある全てです
|
|
42:36
K: はい他方ではなく
|
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42:38
DB: 他方に向かう動きは 錯覚です
|
|
42:39
K: ですから理想とは錯覚です
|
|
42:45
心理的にです
壮大な橋を建築する理想は 錯覚ではありません
計画ができます
ただし心理的理想を 持つ事ではありません
|
|
43:05
DB: はい 仮に暴力的で そう在り続け
と同時に非暴力的に なろうとするのは...
|
|
43:11
K: 非常に明らかです DB: 意味を持ちません
|
|
43:12
K: そこには意味がありません
|
|
43:13
しかしそれが非常に重要な事に なって来ました
ですから何かになるという事
それは '何か' になるまたは
その '何か'から離れる事です
|
|
43:34
DB: はい 'どうあるべき‘
|
|
43:38
K: 両方に疑問です
|
|
43:44
DB: 仮に自己改善の方法に 何かになるという
感覚があり得ないとすれば
|
|
43:51
K: 自己改善とは 非常に不快な事です
ですからこの全ての起源は
時間としての思考の 動作だと言うのです
心理的に時間を 容認すれば
その他様々な理想
非暴力や超越状態を 達成するなどは
全くの錯覚となります
|
|
44:28
DB: はい 時間としての 思考の動きを語る場合
私には
|
|
44:37
思考の動作からくる時間は 錯覚だと思います K: はい
|
|
44:41
DB: 時間として感じるが 実際の時間ではありません
|
|
44:44
K: それで私が質問しました 時間とは何かと? DB: はい
|
|
44:47
K: ここからそこへ行くには 時間を要します
|
|
44:49
工学を学びたければ 勉強する必要があり
時間を要します
その同じ動きが 精神にも持ち越されます
良くなるのに時間が要ると言います
啓発されるのに時間が必要と
|
|
45:16
DB: はい それは常に あなたの一部分と
他方との間に 軋轢を生みます
ですから時間が必要という その動きが
精神的に 例えば観察者と
観察される側との間に 分断をうみます
|
|
45:32
K: そうです 観察者とは観察される側です
|
|
45:35
DB: はい 即ち そこに心理的に
時間が存在しません
|
|
45:40
K: 経験する人 考える人 が思考です
思考と分離した 思想家はいません
|
|
45:50
DB: はい 仰る事は 大変合理的のようですが
それは伝統や慣習 と非常に強く
逆行すると思います
それは実に 人々にとって
一般的に言うと 非常に難しいと...
|
|
46:05
K: 殆どの人は 安定した生活を望みます
このままでいたい 放っといてくれと
|
|
46:15
DB: はい でもそれは 大変多くの紛争対立の結果で
人々は何に於いても 疲れ果てています
|
|
46:24
K: しかし対立からの逃避や 紛争の未解決
好む好まざるに関わらず 対立は存在します
それが全ての要点です
争いのない人生を送る事が 可能ですか?
|
|
46:40
DB: それは全て言われて来た事に 暗黙的です
|
|
46:43
K: その通りです
|
|
46:44
DB: 対立の源それが 思考 知識
または過去です
|
|
46:49
K: では聞きます 思考の限界を超える事は可能ですか?
|
|
46:55
DB: はい
|
|
46:58
K: または知識の終結は 可能ですか?
心理的に言っています
|
|
47:08
DB: 一般的な 物の知識
物質的な客観や そういった事
科学の知識は 継続していきます
|
|
47:15
K: 当然です 続くべきです
|
|
47:18
DB: しかし所謂 自己知識における終結
|
|
47:21
という質問ですね? K: はい
|
|
47:23
DB: 一方人々は 自己知識は
- 仰ったように - 非常に重要だと言ってきました
|
|
47:28
K: 自己知識は重要です
しかし自分を理解するのに 時間をかけると
つまりいずれは自分を 理解するでしょう
検査や分析 などにより
他人との関係を 考察したりと
全てに時間を要します
私はこの事全てに
時間を持たない他の方法が あると言っています
それは観察者が 観察される事です
その観察には 時間が存在しません
|
|
48:13
DB: 更に深く 議論しませんか?
例えば 時間がないとします
しかし一時間前 どこに居たかを
記憶でき 認識します
どの観点で時間が存在しないと 言えるでしょうか
|
|
48:30
K: 時間とは分断です
思考は分断的ですから 思考は時間です
|
|
48:39
DB: 時間とは過去現在未来の 区切りの連続です
|
|
48:44
K: ですから思考もまた それほどに分断的なのです
即ち時間は思考であり 思考は時間です
|
|
48:53
DB: 仰った事に正確に 続きませんが
それは説明をしました K: それを議論しましょう
|
|
49:02
DB: 初見では ある人は
|
|
49:06
思考があらゆる 分断をうむ
統治者やそういった 類いの事により
また思考は時間の間隔を分割します - 過去 現在と未来
するとその 思考は時間との概念に
追随しません
|
|
49:23
K: 時間は動きだと言いました DB: はい
|
|
49:26
K: 思考もまた動作の 連続です
|
|
49:28
即ち共に動作です
|
|
49:33
DB: 思考は動作 なのですね?
神経系の 動きだと言えるでしょう
|
|
49:41
K: いいですか それは何かになるという動きです
心理的に言っています
|
|
49:49
DB: しかし考える時はいつも
血中や神経などと 何かが
動いています
心理的な動きについて 語るとき
内容の変化だけを 指すのですか
|
|
50:03
K: 内容の変化とは?
|
|
50:05
DB: 動きとは 何が動いているのですか?
|
|
50:07
K: いいですか 私はこうです
心理的に何かになろうと 試みます
|
|
50:15
DB: その動きが 思考の内容であると
|
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50:18
K: はい
|
|
50:20
DB: もし私はこうであり そうなろうと試みるとします
私はその動きの中にいますよね? K: はい
|
|
50:24
DB: 少なくとも 動きの中にいると感じます
|
|
50:25
K: いいえしかし私は -
|
|
50:27
仮に私は強欲だと例えます
強欲は動作です
|
|
50:36
DB: それはどういった 動きなのですか?
|
|
50:38
K: 自分が欲しいものを得る動きです DB: もっと欲しいと はい
|
|
50:39
K: もっともっと更に
|
|
50:40
それは動きです
そしてその動作が私は 苦痛であるとします
そして無欲になろうと試みます
無欲になろうとの試みが 時間の中での動きで
それが何かになる事です
|
|
51:06
DB: はいしかし強欲自体も 何かになる動きでした
|
|
51:08
K: 勿論です
|
|
51:11
K: では可能でしょうか - それが本当の質問です -
何にもならない事は
可能でしょうか?
心理的にです
|
|
51:25
DB: 心理的に 何にでもない状態が
必要な様です
つまりどの方法であれ 自己を定義する否や...
|
|
51:36
K: いいえ1-2分で 定義するでしょう
|
|
51:38
DB: しかし私が自分は強欲だと 仮に定義すると
もしくは自分は強欲だと言う または自分はあれこれと
すると何か他のものに なろうとするか
その自分であり続けるかです
|
|
51:49
K: では自分であり続ける事は可能ですか?
無欲ではなく強欲のままで いられるでしょうか?
そしてその強欲は 自己と別物ではなく
強欲が自己です
|
|
52:08
DB: はい
通常の考え方は 自分はここにあり
強欲であるか 無欲であるかで
それらは自分の持つか 持たないだろう属性です
|
|
52:21
K: しかしその属性が自己です
|
|
52:24
DB: はい それは再度 一般的な言語と経験に
|
|
52:28
非常に逆行します K: 勿論です
|
|
52:29
DB: 私は自分の属性だと いう代わりに
属性の思考が 自己の創造を提案します
自己の認識です
|
|
52:40
K: それらの特質 属性や美徳
判断や結論 意見が全て自己です
|
|
52:50
DB: それは直に 認識されるべきだと
感じます K: それが私の質問の全容です
|
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52:55
この動きの 全体像を認識する
即時にです
そして要点に来ました - 認知
認識が可能か どうかは
- 少し変に聞こえ そして恐らく狂気のようですが
そうではありません -
全ての記憶の動作なしに 認識する事は可能ですか?
何かを直接認識するという
言葉も無く 反応も無く
認識に介入する記憶 も無くです
|
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53:38
DB: それは非常に大きな質問です
なぜなら記憶は常に 認識に介入します
|
|
53:42
K: 勿論です
|
|
53:47
DB: 質問ですが:
認識への記憶の介入を 何が阻止するのですか?
|
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53:51
K: 何事も阻止出来ません
しかし理由をみると
記憶の活動の合理性は 限定的であり
認識そのものが 限定的です
そこから 他の側面に出ます
|
|
54:16
記憶の限界の 全体像を
認識しなければ ならないようです
|
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54:19
K: はい一部だけでなく
|
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54:21
DB: 記憶は限定的だと 一般的に言えますが
様々にみてそれは 明白ではありません
例えば我々の反応の多くは 明らかではありません
記憶かもしれないが 記憶として経験をしません
仰ったように 自己をその時点において
記憶ではなく経験します それが共通の経験です
私が無欲になりたいと 言うと仮定します
貪欲を経験します
そして実際になりたいと 強く思う経験をします
単に記憶の結果に すぎずです
しかし私は自分が強欲だった事を 記憶しています
しかしその自己が 記憶をしている当人で
逆ではなくです
その記憶が自己を形成します
|
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55:15
K: これが 行き着くのは:
人類は対立なく 生きる事ができるか?
実に基本的に そこへ行き着きます
この地球上に 平和はありえますか?
思考の活動は平和を もたらしません
|
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55:37
仰った中で 明らかなのは
思考の活動では 平和をもたらせません
心理的に本質的に 対立をうみます
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55:48
K: はい私達がそれを一度 本当に理解し容認できれば
私達の活動全ては 完全に異なるでしょう
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56:02
DB: 思考ではなく 思考を超える
活動が存在する のですか?
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56:07
K: はい
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56:09
DB: 思考を超越する だけではなく
思考の連携を必要としない 活動ですか?
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56:14
K: 勿論です
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56:16
DB: それは 議論を進めるにあたり
思考が不在のなか可能ですか?
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56:23
K: これが本当の要点です 頻繁に議論してきました
思考を超える何かが あるのかどうか
神聖や崇拝ではなく - そういう類いではなく
思考による接触のない 活動があるのですか?
あると言っています
その活動が 知性の頂点です
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56:59
DB: ここで知性が 持ち上がりました
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57:01
K: そうです 意図的に取り上げました
知性とは姑息な思考の 活動ではありません
テーブルを作る 知性があります
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57:19
DB: 度々仰った通り 知性は思考を使う事ができます
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57:23
K: 知性が思考を使う はい
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57:25
DB: または思考は 知性の行動であると
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57:28
そう言えますか? K: はい
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57:30
DB: または記憶の 行為でもあると?
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57:33
K: その通りです 活動は記憶から生まれ
よって記憶は限定的で 即ち思考は限定的で
思考独自の活動を持ち それが対立をもたらします
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57:44
DB: はい それは コンピューターについて
言われる事に 繋がるようです
全てのコンピューターは結局 何らかの記憶装置に依存します
取込まれるか プログラムされ
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58:00
それは限定されます K: 勿論です
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58:03
DB: 即ち記憶から 我々が操作する場合
私達はコンピューターと 大差はありません
恐らく逆で
コンピューターは私達と 大差がないでしょう
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58:13
K: ヒンドゥー教徒は 5000年前から
ヒンドゥー教徒である事を 組込まれています
またはこの国では英国人として プログラムされています
カトリック教徒として プロテスタントとして
私達はみなある程度 プログラムされています
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58:32
DB: そこであなたは
知性についての見解を 挙げています
プログラムされておらず
おそらく創造的な知性です K: はいその通りです
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58:39
その知性とは記憶や 知識と無関係です
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58:45
DB: はい記憶と知識に 作用するかもしれませんが
それはその源とは 無関係です
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58:49
K: 記憶などを通して 作用するかもしれない
その通りです
想像や無意味な空想ではなく 現実性を持つか
どうやって 見出せるでしょうか
どう解明するのですか?
そこに行き着くには 苦痛についての
全体を 議論すべきです
苦痛には 終わりがあるのか
そして苦痛や恐怖 快楽の追求が存在する限り
愛は存在し得ません
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59:26
DB: ここで多くの 質問があります
最初のポイントは 苦痛は快楽や恐怖を含み
そして怒りや暴力 そして強欲も含めるでしょう
まず最初に
それらは全て記憶の 応答です
それらは知性とは 無関係です
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59:50
K: それらは全て 思考と記憶の一部です
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59:52
DB: それが 続く限り
知性とは思考の中で または思考を通しして
作動できない様です
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1:00:00
K: そこには苦痛からの 自由があるべきです
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1:00:04
DB: はい 非常に要となるポイントです
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1:00:06
K: これは非常に真摯で 深い質問です
苦痛を終結する事は 可能なのか
それは自己の終結です
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1:00:22
DB: はい再度 繰り返すようですが
私はここにいます 苦しむ苦しまないとしても
つまり自分が楽しむか 苦しむかです
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1:00:32
K: はいわかります DB: そこで
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1:00:35
苦痛は思考から生じると 仰っています
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1:00:41
DB: 思考であると K: 特定された
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1:00:43
愛着
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1:00:48
DB: 苦しむのは何ですか?
そこにこの感情が-
それは快楽と真逆の感情の ように私には感じます
記憶は快楽を生むでしょうが それが機能しない場合
苛立った時 それは痛みや苦痛をうみます
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1:01:05
K: それだけではなく - 苦しみとは もっと複雑ではありませんか?
苦しみとは何ですか?
痛みを持つという その言葉の意味
悲しみを持つ
完全に途方に暮れる 孤独
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1:01:33
DB: 痛みだけなく 総合した苦痛のように
見受けられます
非常に広大な
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1:01:42
K: 苦痛 誰かを失う事
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1:01:46
DB: 大事な何かを 失う事
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1:01:48
K: はい勿論 妻を亡くす 息子を亡くす
兄弟 など
そして絶望的な 孤独感
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1:02:01
DB: はい 実に単純に全世界が
その状態に 向かっています
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1:02:09
K: 勿論です 全ての戦争を意味します
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1:02:12
DB: 全てを無意味に してしまいます
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1:02:14
K: フォークランド紛争は どれ程の苦痛をもたらしたか
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1:02:18
DB: はい全ての戦争です
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1:02:20
K: そして戦争は 何千年も続いています
同じパターンを 繰り返しています
過去五千年の またそれ以上もの間の争いです
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1:02:38
DB: 戦争の暴力や憎悪が 知性の妨げとなる事が
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1:02:43
容易に理解できます K: 当然です
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1:02:44
DB: そう明確ではないのです
人によっては 苦痛を通る事で
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1:02:50
DB: 人々は K: 知的になると?
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1:02:51
DB: 坩堝の中で純化する 金属のようだと
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1:02:52
K: わかります 学び得た苦痛を通して
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1:02:57
DB: またはある意味純化される K: 純化されます
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1:03:02
つまり苦痛を通して 自尊心は追放されます
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1:03:03
DB: はい溶解 精製される
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1:03:11
されません 人々は非常に苦しんできました
どれだけの戦争 どれだけの涙
そして政治の 破壊的本質
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1:03:30
DB: はい無数に 苦しんできました
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1:03:33
K: 更に乗算できます 失業率 無教育など全て
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1:03:37
DB: 病気 痛みなど全て
しかし 何が本当に苦しんでいますか?
なぜそれが知性を破壊し 邪魔し阻むのですか?
なぜ苦痛は知性を 阻むのですか?
実に何が起きているのでしょう?
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1:03:51
K: 苦痛は衝撃です
私は苦しい
痛みがある
それが自己の核心です
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1:04:05
DB: はい苦痛の 難しさとは
そこにいる自己 が苦しんでいる事です
そしてこの自己が実際 自分を哀れみます
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1:04:14
K: 私の苦痛はあなたの 苦痛とは違うと
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1:04:16
DB: それ自体が孤立します はい
そしてある種の錯覚を 生みます
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1:04:21
K: その苦痛は人類全体で 共有されるという認識はしません
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1:04:26
DB: はい しかし全人類で 共有されると認識すると?
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1:04:30
K: そこで苦痛とは何かを 問い始めます
私の苦痛ではないと DB: はい それは重要です
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1:04:35
苦しみの本質を 理解するにあたり
それが自分の苦痛だという 考えから抜け出すべきです
なぜなら自分の苦痛だと 信じる以上
その全ての錯覚的見解を 持つからです
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1:04:46
K: 苦痛を終える事も出来ません
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1:04:49
DB: 錯覚に対応すれば 出来る事は何もありません
では戻りましょう
なぜ苦しむのか 人間の苦痛とは?
まず最初は 歯が痛いと感じる
または喪失した もしくは何か自分に起きたと
すると他の人は 完全に幸せそうに見えます
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1:05:07
K: でもその人もその人なりに 苦しんでいます
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1:05:10
DB: はい その時点では見えませんが
その人も問題を抱えます
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1:05:14
K: つまり苦痛とは全人類 共通なのです
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1:05:16
DB: しかしその共通である事を 全て一つにするには不十分です
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1:05:20
K: 事実です
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1:05:22
DB: はいしかし言いたい事は
人間の苦痛は一つであり 別けられないと?
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1:05:27
K: はい そう言ってきました
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1:05:29
DB: 人間の意識 同様に
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1:05:31
K: はいその通りです
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1:05:32
DB: 誰かが苦しむと 人間全体が苦しむ
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1:05:37
K: もし一国が百人 千人の人を殺すと
つまりは私達は 苦しんで来たという事です
起源の最初から 我々は苦しんできました
そしてそれを解決していません
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1:06:00
DB: 解決していない それは明らかですね
解決していません
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1:06:03
K: 苦痛は終わっていません
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1:06:06
DB: 仰った事は つまり解決してない理由とは
私達は個人や小さな集団の 苦痛として扱っているからです
それが錯覚です
錯覚に対処しようとしても 何も解決できません
これは非常に明確に したいのです
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1:06:22
K: 思考は心理的に何も 解決できません
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1:06:27
DB: 思考そのものが 分離的だと言えます
思考は限定的であり この苦痛が一体であるとの
理解ができません
ですから私あなた彼らの 苦痛として分断します
それが錯覚をうみ 苦痛を増加させるだけです
人間の苦痛は 一つでである
その記述と 人間の意識は一つである
という記述とは 切り離せないようです
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1:06:55
K: 議論しました 苦痛は我々の意識の一部です
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1:07:01
DB: しかしその感覚は 直に理解できません
この苦痛が全人類に 属するという
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1:07:08
K: 世界が自己で 私が世界です
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1:07:10
DB: はい 度々仰ってきた事です K: はい
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1:07:12
しかし人間はイギリス領 フランス領などと分断してきました
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1:07:18
DB: 物理的世界という 意味でしょうか
もしくは社会という意味ですか?
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1:07:21
K: 社会という世界です
主に心理的な世界です
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1:07:27
DB: 人間の社会という世界 は一つであると
私は世界であるとは どんな意味ですか?
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1:07:37
K: その世界と私に 違いはありません
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1:07:39
DB: 世界と私は一体で 分離できなないと K: はい
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1:07:42
それが本当の瞑想です
わかるはずです 言葉だけでなく
それが実際なのです
私は兄の番人です
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1:08:05
DB: 多くの宗教は そう述べてます
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1:08:07
K: それは単なる口頭の 表現です
彼らはそれを 遵守しません
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1:08:13
DB: 守って来た人もいるでしょうが 一般的に言うとそうでしょう
少数でしょう
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1:08:20
K: 人間はそれを して来ていません
宗教はそれをむしろ 阻めてきました
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1:08:25
DB: 分断により宗教には それぞれの信念があり
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1:08:29
独自の組織があります K: 勿論です
独自の神 独自の救世主がいます
そしてそこから その知性は実際か
またはそれはある種 非現実的な投影か
それが我々の問題を 解決するというのでしょう?
私にはそうではありません それは実際的です
なぜなら苦痛の終結は 愛を意味します
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1:09:10
DB: その議論の前に '自己' について明確にしましょう
私にはそうではないと仰った
ある意味未だに個を 定義しているようですが
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1:09:21
K: はい DB: そうですか?
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1:09:22
K: '私' と言う際
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1:09:23
私という単語をコミュニケーションの 手段として使っています
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1:09:31
DB: どういう意味ですか?
人が二人いると しましょう
あなたの言うAと そうではないBと
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1:09:42
K: はい
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1:09:44
DB: それはAとBの間には 分断をうむようですが
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1:09:48
K: その通りです
しかしBが分断をうみます
ではその二者の関係は 何でしょう?
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1:10:01
DB: 自分が個別の人間だとBが 言う事で分断をうんでいます
しかしAが否定する事で Bに更に混乱を招きます
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1:10:09
K: はいそれが人間関係の 全概要ではありませんか?
あなたは分断はないと 感じ
そして本当に愛と 慈悲の心を持つと
そして私はそれを持ちません
その問題について 把握すらしていません
私にとってあなたの関係は何ですか?
それを言っているのです:
あなたは私と人間関係がある
しかし私はあなたとは 何も関係がありません
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1:10:51
DB: それが分らない人は 精神的に夢の世界に
住んでいる様なものと 言えるでしょう
すなわち 夢の世界は
覚醒した世界とは 関係しません
しかし覚醒している 同志は
少なくとも恐らく 他方の同志を覚醒できます
|
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1:11:08
K: あなたは覚醒して私はそうでない
するとあなたとの関係は 非常に明確です
しかし私はあなたとは 何も関係はない 持てません
私は分断を主張し あなたは主張しません
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1:11:29
DB: はい ある意味人類の意識は
それ自体が分断されたと 言えるでしょう
全ては一であるが 思考によって分離されてきたと
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1:11:38
K: 私達がその荒波に もまれてきました
|
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1:11:40
DB: よって私達は この状況下にいます
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1:11:43
K: ですから今人間の 直面する問題は
心理的にも他の意味でも
思考の結果なのです
思考はつも同じパターンを 続けており
思考は諸処の問題を 解決はしません
そこで別の手段が 存在します
それが知性です
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1:12:10
DB: それは全く別の 議題となります
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1:12:13
K: はいそうです
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1:12:16
DB: それに愛についても 述べられました
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1:12:19
K: はい述べました DB: または慈悲の心
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1:12:20
K: 愛と慈悲心なくして 知性はありません
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1:12:22
あなたがある宗教に 属していたら
慈悲の心を 持てません
もし柱に縛られていたら
例えば動物が柱に縛られるように
同情的に考える 事はできます
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1:12:45
DB: あなたの自己が 脅かされた瞬間
それは全て消えます
何を本当に考えるかが 重要です
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1:12:52
K: 自己は影に隠れて... DB: 他の事柄 高潔な理想
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1:12:54
K: はいそれ自体を隠す 膨大な能力を持ちます
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1:12:57
では人間の未来とは 何でしょうか?
私が考察するには 破壊へと向かっています
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1:13:19
DB: その方向に 向かっているようです はい
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1:13:21
K: 非常に暗く 残酷で危険
もし子供がいたら
その未来はどうでしょう?
この状況に踏み入れ
そしてこの全ての苦境を 通るのでしょう?
ですから教育が非常に 重要になります
しかし昨今の教育は知識の 蓄積にすぎません
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1:13:56
DB: はい人間が 発明した機械
または発見や開発が 破壊へと向かっています
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1:14:03
K: はい全くその通りです
自然を破壊しています
今では虎が殆どいません
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1:14:14
DB: 殆ど? K: 虎 全てを破壊しています
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1:14:15
DB: 森林そして農地をも 破壊しています
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1:14:17
過剰人口
誰も関心が無いようです
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1:14:29
DB: 二つあります 一つは
人々は自分の問題に 没頭しています
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1:14:33
K: 人類を救う小さな 自分の計画に埋没しています
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1:14:38
DB: 大多数は自分を救う計画に ただ埋没されます
一方人類を救おうと する人もいます
しかし暗示的に 今起きている事態への
絶望の傾向も あるようようで
打つ手はないと 考える人もいます
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1:14:54
K: はい
もし彼らが何か出来ると 考えるならば
小さな集団や つまらない理論を作ります
|
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1:15:03
DB: 自分の行いに 非常に自信がある人達と
自信がない人達がいます
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1:15:08
K: 殆どの首脳達は非常に 自信があるようにです
何をしているかを 実際は理解していません
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1:15:14
DB: しかし大多数は 自分の行いに
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1:15:17
あまり自信を持ちません K: そうですね
もし非常に大きな自信を 持つならば
それを受けとめ 共に進みます
|
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1:15:22
DB: はい しかし思考は限定的ですから...
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1:15:29
K: それが人の人間の 人類の未来です
それを懸念する人が いるでしょうか
または個人や集団は
自分が生き延びる事だけ 懸念するでしょう?
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1:15:51
DB: 最初の懸念はこれまでも ほぼ常にそうだったように
個々または集団の中での 生き残りでした
それが人類の 歴史でした
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1:16:00
K: すなわち終わりなき戦争
果てしない不安感
|
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1:16:06
DB: しかし仰った通り これは思考の結果で
未完全の元 自己を集団の中で
認識するなどといった 過ちをおかします
|
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1:16:17
K: これを聞き 同意します
この事実を理解しますが
権力者はあなたを 聞き入れもしません
|
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1:16:28
DB: ええ
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1:16:30
K: 彼らは更なる惨劇を つくり出しています
世界は更にもっと 危険になりつつあります
私達が同意し真理であろう何かを 理解する意味は何でしょうか?
人々はこれを問います: 私達が真理であろう事を
理解する核心は何でしょうか どんな影響があるでしょうか?
|
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1:16:52
DB: そうですね 私には
仮にもたらす 影響について考えると
|
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1:16:59
K: はいそして それは誤った質問です
|
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1:17:02
DB: 私達はその問題の
裏にあるその事を 持ち出しています
それは 最初の反応は
直にその事態を 変えるために介入し
何かすべきだという反応
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1:17:13
K: つまり社会や財団 組織などを作ります
|
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1:17:17
DB: しかし私達の間違いは 何か考るべきですが
その思考は未完全だという事です
何が起きているのが 実際よく解っていません
人々は理論立ててきたが 理解していません
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1:17:27
K: つまり
それが誤った質問であれば
人間として
人類として
私の責任は何ですか?
影響などは別として
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1:17:49
DB: はい影響には 目を向けられません
しかしAとBの例と同じで Aは理解しBは理解しない
Aは何かを見ると仮定します
そして残り殆どの 人類はそれをみません
人間はある意味夢を見ている 眠っていると言えます
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1:18:12
K: 彼は錯覚に捕われています
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1:18:14
DB: そして要点は
もし誰かが何かを理解すると その人の責任は
他の人の覚醒を手助けする事です
その錯覚から逃る手助けです
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1:18:28
K: その通りです
これが問題でした
よって仏教徒は 温情深い菩薩の
意図を 投影してきました
そしてそれが 全ての慈悲心の根底で
彼は人類を救おうと 待っています
聞こえはいいです
救う誰かがいるという 幸せな気持ちになります
しかし実際に私達は
容易でない満足しない 不安定な事は何もしません
心理的にも身体的 両方にです
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1:19:21
DB: それが基本的に 錯覚の元です
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1:19:25
K: どうこれを人に 理解させられるでしょうか?
時間がない 気力がない
傾きもしない 彼らは楽しみたいのです
この全真理をはっきりと どう 'X' が理解しそして
はい分りました がんばります
自分の責任ですなどとできるでしょう
それが真理を理解する人と
理解しない人との 悲劇だと思います
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