BR83DT2.2 - なぜ私たちは、ともに考えられないのか。

教師との討論会 第2回
イングランド、ブロックウッド・パーク
1983年10月18日
テキストのみのバージョン
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0:21
クリシュナムルティ: 私たちは、 何について出発しましょうか。
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レイ・マッコイ: クリシュナジ、 私たちはもう少し、
ともに考えることについて、 話せるでしょうか。
私は、明らかではありません - 正しくは、 それがどういう意味かが、です。
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0:39
ジュアン・ハンケ: 関係。 私たちはおそらく、 慈しみについて、話せるでしょう。
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0:46
K: 慈しみ。
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0:48
JH: なぜなら、自分が通常知る慈しみは、 きわめて制限されているからです。
それは、わずかな人々に 対して、です。
そして、制限されていない慈しみが、 あるのかどうかと、思われます。
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1:15
K: 何により、私たちは、 ともに考えないのですか。
例えば、私は、行って、 デモをしたいと思います。
私は、平和では ありません。
なぜなら、自分自身と、そして 世界と平和であることは、
とてつもない智恵の感覚と、 生の道を、
必要とするからです - 実際に日々を生きることを、です。
が、私は、それらでは ありません。
が、私は、原子力事業に 反対デモを、したいと思います。
みなさんは、それに 同意するでしょうか。
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2:16
フランク・アーチャー: 何へ、ですか、クリシュナジ。
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2:20
RM: あなたが、行って、 デモをすることへ、です。
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2:23
K: 私は、デモを したいと思います。
みなさんは、それに 同意されるのでしょうか。
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2:33
JH: 私はそう 思いません。
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2:36
K: 私はただ・・・そうね、 ともに考えているだけです。
私は、ともに考えるとは、どういう 意味かを、見出したいのです。
私は、それが私にとって、何を 意味するかを、知っています。
私は、あなたがいう、ともに考えるとは どういう意味かを、見出したいのです。
ともに考える。
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3:07
ブライアン・ジェンキンス: クリシュナジ、明白に
私は、あなたを止められません - あなたが行きたいなら、です。
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3:12
K: いいえ。私は、それを 例として、取りました。
あなたと私は、デモの 重要性を、見ますか -
または、新聞へ手紙を 書くことの、です。
それは、同じことになります。
こちらのほうが、声高であり、
明示的であるだけです。
もしも、25万の人々が、毎日、 新聞へ、手紙を書いたなら、
それは、デモほどの 効果を、持つでしょう。
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3:55
BJ: たぶん、 より良いでしょう。
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3:56
メアリー・ジンバリスト: 割り込んで、すみません。
ディヴィッドか、バルーク。
配管工は、 壊れたパイプがあると、考えます
- 私のバスルームのように 見えるところに、です。
あなたたちを、引っ張り出して、 ほんとにすみません。
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4:17
K: または、他の何かを、 取ってください。
いいですよ。
私たちがみんな、 日曜日に、会ったとき、
学生の一人は、冷笑的に 言いました -「ああ、彼らは
けっして、あなたが言っている ことに適うように、生きません」と。
さて、あなたたちは、それらが 聞こえたにちがいありません。
あの発言の原因は、 何ですか。
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4:51
シャクンタラ・ナラヤン: 誰がけっして、適う ように生きませんか。私たち、職員ですか。
彼らは、職員について 話していますか。
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4:57
K: ええ、ええ。「ああ、彼らは、それに ついて話をするが、彼らは、けっして
それに適うように生きない」と。
それの原因は、何ですか。
私たちは、原因に 同意できるでしょうか。
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5:13
RM: 彼らがそう言うことの原因に? 彼らがそう言うことの原因、ですか。
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5:17
K: はい。彼らがそう言うことの 原因です。 RM: はい。それは、
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5:22
彼らは、私たちが混乱の中で行為して いるのを見る、ということのようです。
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5:27
K: で、私たちはみんな、 それに同意しますか。
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5:30
多くの声: はい。
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5:32
K: はい?
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5:34
FA: 私は確かでは ありません。クリシュナジ。
それが、古い 学生であるなら・・・
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5:38
K: いいえ。誰かは大事じゃありません。 FA: 大事だと思います。
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5:41
SN: いえ、 そうではない。
FA: 大事です。
それが、 新しい学生であるなら、
それは、何か彼らが 過去の自分の経験から、
持ち運ぶものであるかと、 思われます。
彼らは、「ああ、彼らはともに 働いていない」と、言っています。
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5:50
K: または、古い学生は、すでに、 新しい者を、腐敗させてきました。
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5:55
FA: それは、はい。
で、それは、私たちがどうであるかの 正確な知覚でありうるのか、
あるいは、彼らは、 何かについて、考えています。
過去に起きてきた何かを 憶えています。
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6:04
K: ええ。
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6:05
SN: が、彼らは、私たちの振るまいが 矛盾していると見るのは、事実です。
彼らが、それを 見ることは、事実です。
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6:11
K: さて、私たちはみんな、 ともに、それが見えますか。
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6:17
FA: 私たちの振るまいは、 矛盾していますか。
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SN: そうだと思います。
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6:21
FA: 何が 矛盾していますか。
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6:23
SN: 私たちは、一つのことを考え、一つの ことを言い、三つ目のことをします。
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6:26
FA: すると、これらの ことは、何ですか。
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6:28
ジム・ファウラー: クリシュナムルティ 学校の職員として、私たちは、
クリシュナムルティの教えを 代表していますが、
私たちは、そうでありつつ ありますか。それは、矛盾です。
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6:40
K: 私たちは、即時に 逸れていこうとしています。
ご覧ください。
学生の一人は、どんな理由の ためかは、構いませんが、
「いいえ、あなたたちは、 そうでない」等々と、言います。
私たちはみんな、それの原因を 見つけたいですか。
私たちが、それの原因を 見つけるなら、
私たちはみんな、 一つの精神でいますか。
K: いいですよ。 J
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7:11
F: 私たちは みんな、それの原因を見つけることに、
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7:19
きっと、大いに関心を持って いると、私は思います。
SN: 私たちは、原因を見つける ことに、関心を持っています。
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7:20
K: いいですよ。
私は、一つのことを言い、自分が言った こととは反対の、何か他のことを、します。
学生は、それを聞くし、彼は、 言います - 「あなたは・
・・
あなたは、私にとって 偽善者です」と。
そして私は、なぜ私が偽善者 であるかを、見出したいのです。
なぜ私は、一つのことを言ったり、 一つのことを考えたりして、
別のことをするのか。
なぜですか。
助けてください。どうぞ、 私を助けてください。
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7:57
SN: でも、これが起きる前に、 学生が私に言うとき・・・
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8:01
K: 私は、私に言っています。 学生を忘れてください。
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8:04
SN: ええ、私は、 防御的になります。
私は即時に、言います - 「まあ、 私は、そのようではない」と。
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8:10
K: なぜ私は・・・このすべての 原因は、何ですか。
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8:13
JF: クリシュナジ、私たちの誰一人と してきっと、意図的に、故意に
一つのことを言い、何か他のことを しないだろうと、私は思います。
明白に、私たちは、それに 気づけないのでしょう。
私たちは、そうすることにより、 それに気づいていません。
もしも、それに気づいていたなら、 私たちは、そうしないでしょう。
K: で、原因は、気づいていない ことですか。 J
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8:28
F: はい。
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8:31
K: 私たちは、それに 同意しますか。
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8:33
JH: 私が思うに、 もう一つの原因は・・・
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8:36
K: あなたは、職員の一員ですか。 ステファン・スミス: はい。
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8:40
K: あなたは、何を 仰っていましたか。
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8:44
JH: もう一つの原因は、私たちが模範を 持っていることなのかもしれません・・・
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8:48
K: ええ。私たちは、模範を 持っています。私たちは、
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8:51
これがあのようであるべきだ との観念を、持っています。
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8:58
私がそれに 填まり込まないから、
彼らは、「あなたは偽善者だ」 と言います。 J
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9:08
H: はい。
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9:16
K: なぜ私は、 偽善者なのですか。
それの原因は、 何ですか。
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9:30
JF: 確かに、誰一人、意図的に 偽善者であろうとしていません。
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9:35
K: いいですよ。私たちは、自分たちが それに気づいていない、と言いました。
なぜですか。
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9:45
SS: 自らは、問い全体を見つめなくては いけないと、私は思います。
初めに言われた一言は、気づきの中で 言われた一言なのか、そうでないのか。
それは、そうでなかったかもしれません。
その場合、それは、何も良くありません。
困難の一つは、こうであると、 私は思います -
とても近くて、批判を とても受けやすいので、
人々は、反応します。
シャクが 言ったように、幾らか防御的に、です。
そこから、彼らは、 否定的に反応しがちで、
自分たちは、これのどれをも できないと感じがちです。
で、それは進んでいきます。
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10:18
K: で、 私たちは、何をするのでしょうか。
SS: 自らがその批判に出会わなくては いけないと、私は思います
- それが生じた瞬間に、です。
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10:25
K: いいですよ。
SS: それは、直接的な 知覚なのかもしれません。
その場合に、自らが それを究明すべきです。
それはそもそも、直接的な知覚 ではないかもしれません。
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10:37
K: その発言が、 されてきました。
私たちは、それに どう出会いますか。
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10:44
SS: まあ、それは、 発言の性質に、依存します。
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10:48
K: 私たちは、言いました - 性質は・・・
ドナルド・デニス: それが聞こえましたね。
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10:52
SS: はい、私は、それが聞こえました が、私は、それに納得していません。
それが、気づきの中でなされた発言であった ことが、確かだとは、私は思いません。
あなたは、同じ言葉を使えますが、 それは、知覚である何かの中から
出てきているのでなければ、それを 無視してもいいでしょうね。
ドナルド・
デニス: 私たちの初めの一歩は、 学生の発言を、疑うことであるべきですか。
または、私たち自身を 疑うことですか。
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11:20
SS: いえ、初めの一歩は、自分がしている ことを、発言に基づかせないことです。
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11:25
FA: あなたは、それに 入らなくてはいけません。
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11:28
スコット・フォーブス: 私たちは、こうするとき、
自分たちが気づいていないことが、 さほど確かでないと思います。
例えば、私たちは、意見をあきらめる こと、意見を持たないことの価値が
見えるが、けれども、 私たちは、それらを維持するなら、
私たちは本当に、それらを あきらめたいように、思われません。
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11:47
K: 私たちは、ともに考えることが可能で あるのかどうかを、見出そうとしています。
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11:54
SF: はい。 K: これを忘れてください。
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11:57
なぜ私たちは、ともに 考えられませんか。
何が、私たちを 阻止していますか。
私たちは、ここに十年間、 生活してきました。
私たちは、すべての浮き沈みと、 困難、等々を、見てきました。
なぜ私たちは、ともに 考えられませんか。
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12:22
SF: まあ、意見は、私たちを阻止する 一つのことだと、思われます。
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12:25
K: 理由は、何ですか。 このすべての原因は、何ですか。
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12:38
BJ: まあ、クリシュナジ、 私が思うに、もう一つのことは、
ここで、私たちがみんな、 違った人格であることです。
ゆえに私たちは、物事について、 違った展望を、持っています。
一人は、何かを 一通りに、見つめます。
もう一人は、何かを 別通りに、見つめます。
さて、私は、そこに 問題があるとは、見ません
- 相互に聞き合うことが、 あるかぎりは、です。
でも、私が思うに、私たちの傾向は、 特定の形で何かを見つめることへ、
閉じ込められるし、それから 私たちが、動かないことなんです。
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13:04
K: で、それは、どういう意味ですか。 私は、閉じ込められています。
私は、私の先入観へ、私の結論へ、 閉じ込められているし、
私は、それより 動こうとしません。
なぜですか。
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13:29
BJ: まあ、私は思うのですが、 私たちが持っている、これら
たくさんの先入観は、 より深い基礎を、持っているんです。
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13:34
K: 進んでください。それを検討し、 そいつを取り除いてください。
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13:39
BJ: それは、全くたくさんのきつい 仕事と、あなたとの議論が、掛かると、
私は思います。それを好きでも、好きで なくても、私たちが気づくためには、です。
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13:54
K: いいですよ、そうしましょう。 そうしましょう。
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14:01
BJ: クリシュナジ、私が思うに、私たちの 多くが、填まり込むことの一つは、
私は、それは困難なものだと 思いますが、それは、そうね、
私たちの多くが、ここに、 すっかり長い時間、いたことです。
私たちはみんな、何らかの形で 真剣であると、私は感じます。
そして、私たちは、この問題に、 取り組もうとしてきた、と。
そして私たちは、自分たちが こう考える地点に、来ます -
まあ、私はこれを、長年 やってきているが、
私はやはり、同じ人物であり、 私はやはり、そこに填まり込んでいる。
ゆえに、私は 能力がない、と。
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14:34
K: 私は、能力はそこから 来ないと、思います。
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14:39
BJ: まあ、私は、能力が どこから来るのかを、知りません。
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14:41
K: 一歩一歩、進んで、それを 拭い去りましょう。歩みごとに、ですね。
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14:46
BJ: まあ、私たちはやってみられます。 K: やってみる、ではない!
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14:48
FA: それを 試してみます。
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14:50
私は彼に、それを試して みるよう、言っていました。
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14:55
BJ: いいですよ、はい。
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14:57
イングリッド・ポーター: それは、 問題ですか、困難ですか -
いつ私たちが会うときも、 それが、あなたとであっても、
それが、職員としてだけでも、 たとえ、学生とでも、
私には、こう思われます - 私には確かでないですが -
私たちは探究しない、 私たちはいつも、発言をする、と。
何らかの形で、 肯定的な発言を、です。
それで、あなたは、二十の違った 発言に、終了してしまうんです。
それらはすべて、わずかに 違っています。
そして私たちは、
何かをどう、ともに探究するかを、 知っているように、思われません。
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15:30
K: そうであるなら、 今、やってみましょう。
なぜ私たちは、ともに 考えられませんか。
あなたは、言います - 私たちは、違った人格だ、
違った意見だ、 違った判断だ、違った結論だ、
私たちは、一定の地点に、 填まり込んでいる、
私たちは、 手放さないだろう、と。
そのとおりですか。
ブライアン・
ジェンキンスは、 その発言をします -
私は、そのとおりであるのか どうかを、見出したい。
私は、または、あなたは、 填まり込んでいますか。
または、私たちの判断は、 こうも強いので -
填まり込んだのではない。
私たちは、自らの判断を、 変化させつつあります。
理解されますか。
私たちは、自らの 意見を変化させつつあります。
私たちは、自らの結論を 変化させつつあり、
それを修正しつつありますが、 いつも、それらに取りすがっています。
それが、理由ですか。
すなわち、私たちは、ともに 考える能力が、ないのです
- どの問題についても、 どの主題についても、です。
あなたは、私とともに 議論するでしょうか。
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17:18
SF: そうだと 思われます。
しかし、私たちはなぜ、これらの 物事に、取りすがりますか。
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17:23
K: いえ、待って。初めに、そのとおり であるのかどうかを、見ましょう。
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17:27
JF: あなたが、ともに考えると仰るとき、 ともに合意し合う、という意味ですか。
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17:36
K: いいえ。そのとおりですか。 事実ですか。
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17:40
JF: 何が、ですか。 K: 私は 填まり込んでいるとの事実が、です。
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17:43
ジェンキンスは、私が特定の結論に 填まり込んでいると、指摘します。
私はそれを、 手放そうとしない。
私は、自分の意見を、 手放そうとしない。
ゆえに、私は、ともに 考える能力が、ない、と。
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18:05
JF: それは、ともに同意し合う、 という意味ですか。
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18:07
K: いいえ。考えることは、 同意することではありません。
私は、あれがマイクロフォンである ことに、同意できますね。
同意は、ともに 考えることですか。
JF: 私は、同意は ともに考えることであるが、
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18:27
逆は、必ずしも そうではないと、思います。
ともに考えることは、必ずしも 同意することではない。
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18:33
K: いいえ。私たちは、ともに考える ことについて、話しています。
考える。
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18:39
IP: ともに考えることは、 探究の本性に、ありませんか。
ところが、同意は、結論に 到着することである、と。
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18:45
K: ええ。私は、あれが緑の 車であることに、同意します。
私は、学生たちがかなり 未熟であることに、同意します。
私がいう、ともに考えるとは、どういう 意味であるかを、理解されますか。
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19:10
RM: すると、ともに 考えることは、
ともに何かを見つめること、 ともに主題を探検することですか。
K: いいえ、いいえ。
RM: いいえ?
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19:19
K: いいえ。
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19:22
BJ: クリシュナジ、私たちが、 職員会合で、話しているとき、
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19:24
そして私たちは、或る学生に ついて、話しているし、
各職員は、自分たちがその学生に ついて感じることを、何か言います。
それは、精確ですが、 そのとき、私は、
それがともに考えることだと、 言うでしょう。
私たちは同意しませんが、私たちは、 各々、違った角度から、見ています。
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19:45
K: たとえば、 対象が、あります。
対象は、学生などで あるかもしれません。
私たちは、その対象について、 ともに考えていません。
理解されますか。
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20:04
BJ: はい。ですが、
これは、なかなか、はるか遠く 先へ行くことだと、思われます。
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20:06
K: いいえ。ですが、これは、 相当に単純ですよね。
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20:11
RM: で、それは、ともに考える ことであるが、何かなしに・・・
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20:15
K: ・・・対象なし。 RM: ええ。
K: 何かについて ともに考えることと、
ともに考えることは、 全く違っています。
いいえ?
DD: 違った性質です。
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20:26
K: 違った性質、違った・・・
DD: で、あなたは、ともに考える ことは、気質であると、仰っています。
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20:39
K: ともに考えることは、 一定の慈しみの性質、
一定の敏感さの性質を、 含意していますが、
私たちが、何かについて、 考えるなら、
それは、すっかり 違った性質です。
いいえ?
ウェンディ・スミス: それはこうだと、私は思います
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21:03
- 私たちはそこで 訓練されてきたのだ、と。
私たちの考える訓練は、 何かについて考えて、
結論に到着すること であると、私は思います。
で、あなたは、違った物事 すべてを、見つめます。
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21:13
K: はい。さて、あなたは、 あの発言を、してきました。
さて、あなたは、私と、または、私たちの みんなとともに、考えられますか
- 対象なしに、です。 おやまあ、何ですか・・・
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21:30
ラーマン・パテル: クリシュナジ、私たちが 自分の先入観を持っているとき、
このともに考えることは、 起こりうると、言えますか。
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21:37
K: いいえ。 あなたは・・・
あなたが、意見に取りすがるし、 私は、私の意見に取りすがるなら、
あなたたちは、ともに 考えられません。
つまり、それは、 子どもっぽい。
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21:53
RP: 私はこう言います - 私たちが、人格について話すとき、
通常、私たちは、そう 言いがちだからです。
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21:58
K: ああ、いいえ。当面の間、 それらを、放っておいてください。
私は、間の区別をしようとしています。
ともに考えること -
考えること、です。
何かについて ともに考えることではありません。
これは、困難ですか。
これは、不可能ですか。
私は、意味がない発言を、 していますか。
私を問い、 疑ってください。
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22:32
SS: それは、或る意味で、 困難な意味だと、思います。
なぜなら、或る意味で、 考えることは、自らの過程において、
対象を創り出すと、 思われるからです。
考える過程の一部は、或る面で、 対象を創り出すことです。
K: ええ。
SS: で、この通常の出発点 - 私たちが話をするとき、
それはすでに、或る面で、 結論でもって、始まります。
そうね、あなたが話しておられる種類の ともに考えること、Xについて話すこと、
そこに関与した結論が、 すでにあります。
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23:01
SN: また、対象なしに考えることは、 とても困難だとも、思われます。
自分は、いったいどう考えるのか、 それなしで、どう考えるのか・・・
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23:10
K: いいですよ。いいですよ。 対象について、考えましょう。
何かについて、 ともに考える。
ですね?
なぜ私たちが、自分の意見に 取りすがるのかを、ともに考える
- これらすべての年の 後で、です。
ですね?
さて、それについて、 ともに考えましょう。
きっと、あなたたちは、たくさんの 意見を持っていると、私は思います。
あなたは、それらを持っていますね。
おそらく私は、それらを持っています。
で、私たちの一人一人が、多くの 意見を、持っています。
ですね?
私たちは、それらに 取りすがります。
ですね?
ゆえに、私たちは、ともに 考えられません。
ですね?
それは、慈しみの欠如を、 表示しています。
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24:27
デイヴィッド・シュルム: すると、 それは、私たちが対象について、
ともに考えるかもしれない、 という意味ですか -
対象が重要なものでなくて、 ともに、ということであるかぎり。
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24:40
K: ええ。対象が 重要でないかぎり、
私たちはみんな、 ともに考えられます。
が、それが、私たちに きわめて近づいた瞬間・
・・
さて、どうぞ、議論し、 論争してください。
私と 議論してください。
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25:04
WS: クリシュナジ、私は理解できません。 あなたが、ともに考えると、仰るとき、
ともに考える中に、 どれほどの思考が、ありますか。
K: ご覧ください。あなたは、意見を 持っていますね。
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25:15
WS: はい。
K: あなたは、それらに拘って きましたね。
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25:17
WS: はい。
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25:19
K: なぜですか。
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25:21
ちょっと待って。私たちは これについて、話しました -
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25:22
意見に取りすがることについて、 です。それらは、分割的です。
それらは、葛藤を 創り出す。
ここ五年か、 六年の間です。
けれども、あなたは それらに、取りすがります。
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25:44
BJ: ええ。ですが、彼女は ちょうどそのとき、言いました -
自分が意見を持っているのは、 自分が見ないからだ、と。
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25:50
WS: 時々なんです。
意見の問題の一つは、 それが正しく思われるし、
あなたは、それが意見なのか どうかを、知らないことです。
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26:00
K: で、困難は、事実と 意見であると、仰いますか。
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26:04
WS: はい。 K: さて、事実とは何ですか。
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26:07
WS: あなたが観察 できる何か、です。
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26:09
K: いいえ、事実です。
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26:11
あれは、樹です。 あれは、事実です。
あなたは、そこに座っています。
それは、事実です。
私は、ここに座っています。
ですね?
事実は、前に 起きてきたことです。
私が車で事故を起こしたように、 それは、事実です - 先週ですが。
または、私たちがここに 座っているとの事実。
それは、事実です。
そして、意見は、 何かです・
・・
ええ、意見が何であるかは、ご存じです。
私がそれを、説明しなければなりませんか。
事実は、意見ですか。
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26:59
WS: いいえ。が、 それは、時々、困難です。
それは、そのように 働くとは思われませんね。
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27:07
SS: すっかり別の区域が、 あるように、思われます。
私たちが、したような、「殺すことは 間違っている」といった発言を、するとき、
「どの形でも、命を取ることは、 間違っている」と。そうですね?
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27:19
K: 他の何かへ、逸れて いかないでください。
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27:21
SS: ええ。ですが、それは重要です。 なぜなら、これは、
起きつつあることの偽りの種類の 単純化だと、思われるからです。
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27:29
DD: が、それはたぶん、 なぜクリシュナジが
その発言をするのを、回避 したかの理由の一つです -
彼は、事実である何かを、言いました - すなわち、分離は葛藤を生み育てる、と。
殺すことは間違っている、 ということではない。
微妙だが、重要な 違いが、あります。
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27:44
K: あなたは、意見を持っておられるし、 私は、意見を持っていますね。
私たちは、それについて 話していました。
私たちは、この、意見を持つことについて 話してきました - それは、分割的です。
ここ五年以上の間、ですが、 私たちは、いまだに進めています。
SS: 見たところ、はい。
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28:03
K: なぜですか。
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28:04
それは分割的であり、それは 葛藤をもたらすのを、知って、
なぜ私たちは、それを 進めてゆきますか。
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28:13
SS: まあ、何らかの意味で、 意見を持つことは、
当分の間、必要です。
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28:16
K: いいえ。いいえ。
ちょっと待って。なぜあなたは、 当分の間、意見を持つべきですか。
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28:24
SS: なぜなら、私たちは、学生を 選抜しなくてはいけないからです。
なぜなら、私たちは、彼らには何が一番良い かを、判断しなくてはいけないからです。
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|
28:28
K: いえ、いえ。それをする、違った やり方が、あるのかもしれません!
|
|
28:31
SS: はい。でも、そうね、或る意味で 私には、そう思われません
- この知覚は、間違っている かもしれません -
が、私には、意見を持つことは、すべて さほどひどいとは思われません
- 意見が、何か あなたが従って生きるもの、
深く根づいたものではない、 との条件で、ですが。
|
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28:46
K: なぜ私は、そもそも 意見を持ちますか。
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|
28:48
SS: まあ、私たちは、それらを 持っています。 K: なぜですか。
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28:51
WS: クリシュナジ、それは、考える ことの本性と、関わりがないですか
|
|
28:54
- 意見が 訪れることは、です。
そういうわけで、私はともに考える ことについて、理解しないんですね。
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29:01
K: どうぞ、ちょっと待って。 「ともに」を忘れてください。
なぜ私たちは 意見を、持ちますか。
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|
29:09
WS: まあ、結論に - すなわち意見ですが -
思い至ることは、 思考の本性に、ないですか。
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|
29:16
K: 意見なしに、学生を招いたり、 学生を取り除いたりする、
違った道が、 あるかもしれません。
私たちは、それらに拘り、 それらを継続します。
私たちは、それをする 新しい道を、見つけません。
私は知りません。あなたたちは、来る年も 来る年も、同じことを反復しつづけます。
|
|
29:40
SS: まあ、自分は、何を することになりますか。
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|
29:43
K: ひどいそいつを、 落としてください。
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|
29:46
SF: でも、あなたは、こう 提案していると思われます -
意見なく作動することは、可能 である、と。
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29:50
K: 絶対に、です。
|
|
29:51
SF: 私たちは、それは不可能 であると、提案しているようです。
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|
29:54
K: ええ。私たちは そこにいます。
|
|
29:57
SF: ええ。さて、見られつつ ない何が、ありますか。
私たちの知覚や理解から 漏れているものが、
何か、あるようです。
なぜ、この単純なことは、 見ることが、不可能なのですか。
|
|
30:16
K: 誰かが、あなたは学生を、全然違った ように、選択できると、言います
- 私の先入観や、あなたの 評価や、私のに対する、
あなたの意見に沿って、ではない。が、 私たちはやはり、そのように進みます。
|
|
30:35
SS: でも、私たちは、人々に ついて、意見を変化させるし、
私たちは、しょっちゅう、そうします - 彼らについての感情から、です。
|
|
30:41
K: あなたは、そいつを 反復しつづけます!
|
|
30:43
SS: いえ。でも、私は、 進みつつあることの過程を、
見つめようと しています。
あなたが話していることは、 私にとって、何か
けっして起きない 想像上の過程です。
私は、実際に進んでいく過程に ついて、話そうとしています
- 私たちが実際に すること、です。
|
|
30:57
K: 実際に進む。私たちは みんな、知っています。
あなたは、一定の視点を、 持っています。
別の一人は、一定の視点を、 持っています。
|
|
31:07
SS: そして、 私たちは、交換します。
|
|
31:08
K: 私たちは、交換します。私たちは 議論しますが、その終わりに、
誰であれ、最終的な権威が、 選択します。
SS: 最終的な権威ではない。
|
|
31:15
K: ええ、いいですよ。
|
|
31:17
K: 私は、あなたが言うことすべてに、 不同意するかもしれません。
|
|
31:19
学生についてのあなたの 選択すべてに、ですが、
私は、譲ります。が、私は、自分の 視点に、拘ります。ですね?
|
31:35
SF: クリシュナジ、もう一つの 問題が、あるように、思われます。
たとえ私たちがみんな、同じ意見を 持とうと決断するし、
それで、私たちが みんな、同意するとき、
私たちはまだ、意見の中から 作動しています。
K: ええ。
SF: で、それはやはり、 意見の交換です。
または、 意見の修正です。
それはやはり、すべて、 意見の分野の中に、あります。
|
|
31:52
K: あなたは、同意されるので しょうか - 意見は分割する、と。
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31:58
RM: 明白です。 SN: ええ、それは明白です。
|
|
31:59
SS: それらが分割する ことは、明白です。ええ。
|
|
32:01
K: さて、それは、 どういう意味ですか。
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|
32:03
分割、 葛藤の過程 -
修正され、優しい。
ですが、それは葛藤です。
ですね?
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|
32:23
K: が、あなたは、それらすべての年に、 他の何かを、試そうともしません。
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32:29
JH: 私は思いますが、私たちが、 何かを聞くときもまた、
私たちは即時に、それから 問題を作りますね。
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|
32:34
K: はい、そうです。
|
|
32:36
SS: でも、あなたはどうやって、最も 単純な発言を、することにも、なりますか
- あなたが数分前に なさった発言のように、
これらの学生は、 未熟である、と。
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32:43
K: 待って。もちろん、 彼らは、未熟です。
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|
32:49
FA: それは、意見ですか。 IP: それは、観察です。
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|
32:50
K: それは、意見ではありません。 そうなのです。 IP: それは事実です。
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32:52
RM: 定義からして、 学生は、未熟です。
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|
32:53
K: これのどこが、 間違っていますか。
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|
32:55
IP: 間違っているのは、 こうだと思われます -
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32:57
ずっと前に私たちは、 意見は分割的であるし、
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33:00
私たちがそれらをほしがらないことに、 みんな、同意したと、思われます。
が、私たちは、他にすべきことを、 知らないように、思われます。
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33:12
バルーク・リヴナー: あなたはどうやって、 違った形で、学生を選抜されるのでしょうか。
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|
33:18
K: 私はお話しするでしょうが、 初めに・・・
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33:22
BL: 学生は、よくない振るまいをし、学校を 去らなくてはいけないかもしれません。
あなたはどうやって、 決断しますか。
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|
33:28
K: 私たちが意見を落とすとき だけ、それは起こりうるだけです。
|
|
33:33
FA: はい。
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|
33:36
DD: たぶん私たちは、 観察と結論との間の、
性質の違いを、 突き止めてこなかった
- 私たちが見ることなく、 得るものとの間の、です。
一方は、協働の可能性を、 認めますが、
他方は、分割を 生み育てるだけです。
|
|
33:57
SS: 観察も、進みつつある ように、思われますって、
私は言うでしょう。
|
|
34:03
JH: また私たちは、 意見に満ちているので、
いつも私たちが聞くとき、 私たちは、問題を作ります。
で、私たちはけっして、 本当にそれを見ません。
|
|
34:11
ドリス・プラット: あなたは、私たちが 意見に満ちていると、仰います。
私たちは、自分の意見以外の 何かですか。
|
|
34:17
SN: で、私たちが少なくとも、 五年間、この問いへ
入ってきたのは、 なぜですか。
K: あなたはやはり、そこにいます。 S
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|
34:22
N: 何度も何度も、です。
|
|
34:24
あなたはやはり、そこにいます。 SN: 私たちのほとんどは、
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|
34:25
自分が意見を持っていることを、 事実と見ると、私は思います。
|
34:33
ジョン・ポーター: なぜ、意見の名前を 変えて、推測と言わないのですか。
それは、あなたが知らないとき、 していることです。
それは、推測ですか。
K: 言ってください。
JP: あなたは、何についても知らない とき、意見を持っているだけです。
で、あなたは、それについて、意見を 差し出します - それは、推測です。
それは、空想の世界から来ます。 それは、私たちの夢の一部です。
|
|
35:00
DS: 私たちが自分自身、 言うことを聞くさまと、
私たちが他の人たちが言うことを 聞くさまについて、
話すことが、助けに なるでしょうか
- 聞くことについて、 話すことが、です。
|
|
35:18
K: 私は、もはや何も 言うことが、ありません。
|
|
35:22
クリスチーナ・ウエスト: でも、 たぶん私たちは、ブライアンが
持ち出していた困難を、見つめられるの でしょう。
なぜなら、日曜日に、私たちは
学びについて、話していたからです。 私たちは、何かについて、学んでいました。
|
|
35:32
K: あなたは、学んでいません。 あなたは、拘っています。
|
|
35:36
CW: 知っています。おそらく、 私たちが問えるだろう一つのことは、
私たちが、これをすることは ひどく困難だ、と言うとき、
私たちは、自分の経験を 使っているだけですか。
おそらく、私たちが、 それは実際には意見である、
それはとても 困難である、と言うとき、
たぶん私たちは、それが 何であるかを、知りません。
なぜなら、私たちは、それを 試したことが、ないからです。
そして、私たちが、それは困難だと、 言うとき、私たちは、填まり込みます。
|
|
35:55
K: ちょうど今、彼は、発言をしました。 彼は、私を引用しました -
すなわち、学生たちは未熟である、と。
それは、事実です。ですね?
SS: それはまた、度量でもあります。
|
|
36:07
K: いいえ。それは、事実です。
|
|
36:09
SS: いえ。あなたはそれを、 何に対して、測量していますか。
|
|
36:10
彼らは、未熟です - 年上の人々に 対して、測量されたら、ね。
おそらく一定の意味で、です。
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|
36:19
K: 私は、あきらめます。
|
|
36:21
JF: 必ずしもそうではない。或る人々は、 私たちは未熟であると、言うかもしれません。
|
|
36:24
SS: はい。私たちは、未熟であるかもしれ ませんが、それもまた一つの形の測量です。
そして、あなたは、この未熟さを、 何に対して、測量していますか。
それは、絶対的な事実ではありません。
|
|
36:34
K: お待ちください。すると私たちは、
成熟は何であるかを、議論 しなくてはいけません。
ですね?
いいですか?
|
|
36:41
SS: 全くです。
|
|
36:42
K: 私は、あなたに、成熟とは 何であるかを、語りましょう。
が、それは、どこにも 繋がりません。
|
|
36:48
DD: ほとんどの発言は、 使われたあらゆる言葉への
完全な分析に、 耐えようとしていません。
|
|
36:54
RM: でも、私たちが、自分の意見 なしに、聞くなら、私たちは、
「未熟」という言葉が使われるとき、 その人物がいう意味を、理解するでしょう。
で、私たちは、自分の 意見なしで、聞くなら、
その言葉がどう使われているかは、 明らかです。 D
|
|
37:08
D: ええ。
|
|
37:12
BJ: クリシュナジ、仮に、あなたが、 メルセデスは、世界で一番良い車だと、
仰った、とします。それは、 意見ですか。
|
|
37:19
K: はい。
|
|
37:21
FA: 私たちは前に、 このものを、通ってきました。
|
|
37:22
BJ: 私はそれを得たいね。 なぜなら、これは、
|
|
37:25
スティーヴが言っていることである からです。 K: ちょっと待って。
|
|
37:27
BJ: でも、そのとき、あなたがそう 言うことのどこが、いけませんか。
|
|
37:29
K: いえ、待って、待って。 私は、例えば、
ロールスロイスを所有する、半ダースの 人々へ、話をする、とします。
- 私は、誰も 知りません!
-
そして、メルセデスを所有する たくさんの人々へ、です。
どちらも、 良い技術者です。
これらの技術者は
- 私は、彼らの幾人もが、実のところ、 これについて議論するのを、聞いてきました。
彼らは、メルセデスの工学は、ロールス ロイスより、はるかに良い、と言います。
彼らは、そう言います。
私は、 工学については、何も知りません。
で、私は、おそらく そうだと、言います。
なぜなら、工学に、車の製造に、 熟達しているこれらの人々は、
メルセデスが一番良いと、 言うからです。
私は、そのほうが良い、 と言います。
そして、あなたがやってきて、 「いや、すまない。
ポルシェが一番良い」と 言います。
私は、いいですよ、 と言います。
私はそれに、拘って、 言いません・・・
|
|
38:44
BJ: が、スティーヴは先に、こう言い ました。あなたが意見を述べるなら
- あなたは、「メルセデスが一番 良い」と言います -
そのときあなたは、それを るつぼへ、入れます。
そのときあなたは、 それを手放します。
たとえば、私はあなたに話します。
私は、 こう言います - 「ほら、私は
この技術者、この技術者、 この技術者に、話してきた。
彼らはみな、ポルシェのほうが、良い 変速装置を、持っていると、言う」と。
|
|
39:03
K: いいですよ。いいですよ。
|
|
39:07
BJ: が、そのとき、その場合に、 スティーヴが言っていることは
- 私は彼に 同意しますが -
意見を持つが、 意見を落とすことです。
意見を持ち、他の人々が言うことを 聞くことができること、です。
|
|
39:15
K: ええ、私は気にしません。 私は、新しい車を、買っていません。
私は気にしません。 いいですよ。
|
|
39:23
DD: 軽く意見を保っておく ことは、危険ですか。
あなたは前に、私たちはまったく 意見を持つべきでないと、仰っていました。
|
|
39:32
BJ: なぜなら、あなたは、なぜそもそも 意見を持つのか、と仰ったからです。
|
|
39:34
K: 私は問うています。それが、 私が訊ねていることです。
あなたは、私の問いに、 答えていません。
|
|
39:39
BJ: 私はあなたに、訊ねましたね - なぜ メルセデスについて、意見を持ちますか、と。
|
|
39:41
K: 私は、メルセデスやロールスロイスに ついて、意見を持ちません。
|
|
39:45
BJ: でも、あなたは、ちょうど今、 仰いました。 K: ええ、私はそう言いました。
|
|
39:46
が、私は、自分はそれへ全然、 無頓着だと、言っています。
|
|
39:51
SN: それが、意見であるか、 ないかより、むしろ、
それは、発言の性質であると、 私は思います。
つまり、クリシュナジが、学生たちは 未熟であると、言うなら・・・
|
|
40:03
K: しかし、 それは事実です。
|
|
40:05
SN: 彼は、それで拘っていないし、彼は、 それについて、戦おうとしていません。
|
|
40:09
K: 私は あきらめます。
で、私たちの困難は、 何ですか。
|
|
40:17
SN: 困難は全く明白であると、 私は思います。
私たちは、自分の発言で拘るって、 いうのか。
それが、意見に変わります。
私たちは発言をします。それは、意見に なるし、私たちはそれで拘ります。
|
|
40:29
SS: それは、前に私たちが 言っていたことではないよね。
私はあなたに、同意しがちなんでしょうが、 それは、言われてきたことではありません。
ほぼ、どの発言も、一つの 形の意見である。
ゆえに・・・
と、言われつつあると、 思われます。
|
|
40:41
JH: が、そうね、私たちは、 四十五分間、話してきましたが、
四十五分間は、作動中の意見 であったように、思われます。
|
|
40:48
K: ええ。これが起きます。 私は、これを知っています。
|
|
40:51
BJ: でも、シャクンタラはちょうど、それは 或る面で、性質であると、言いました
- あなたが、その意見を 保っているさまは、です。
|
|
40:59
SN: すると、それは、 意見ではありません。
その性質が、そこにあるなら、 それは、意見ではありません。
|
|
41:03
BJ: まあ、私たちは、言葉については 論争したくないって、私は感じます。
|
|
41:08
DP: でも、私たちは、自らの 意見以外の何かですか。
|
|
41:10
BJ: 私たちは、それが性質の 問いであることに、同意ですか。
|
|
41:15
JH: が、なぜ私たちは、何かとても 単純なのかもしれないことを、
問題にすべきですか。
私は発言をするし、そのとき、あなたが 来て、そこから問題を作り出します
なぜそうですか。
|
|
41:39
DS: 困難は、 単純に、私たちが、
自分が言う一定のことと 同一視することですか。
すなわち、私たちは、自分が言う 一定のことと、同一視する、と。
私たちは、 物事を見ます。
私たちは、自分が何かを 理解することを、感じます。
私たちは、 発言をします。
さて、私は、その発言と 同一視しますか。
|
|
42:06
K: 私たちは、この問いに、違った 接近を、できるのでしょうか。
あなたの頭脳、自分の頭脳は、 自由でありえますか
- 自由である。
私たちがしているように、
このように飛び回っている ことの代わりに、ですね?
私は、訊ねているだけです。
私は、それは できる、できないと、言っていません。
あなたが 自由であるなら、
ジェンキンスさんは、 発言をします
- 構いません。
何らかの ことについて、です。
私は、その自由の中から、 聞くのでしょうか。
私がいう意味を、 理解されますか。
それを、問題に しないでください。
あなたは、自由です。
あなたの精神は、
二、三分の間、 それは、静かです。
そして、私は 発言をします。
あなたは、その発言を 聞くのでしょうか
- 静かである頭脳の その性質において、です。
ですね? あなたは、 そうするのでしょうか。
|
|
43:53
DD: はい。
|
|
43:56
K: いいです。そのとき、 何が起きますか。
何が起きるかを、 見てください。
JH: 私は、きわめて素早く 動きます。
|
|
44:02
K: はい。
|
|
44:04
DD: そして、あなたたち 二人の間に、接触があります。
|
|
44:06
K: そうしてください。
|
|
44:09
当面の間、あなたは、自由ですね。 私はそう望みます。 DD: はい。
|
|
44:16
K: そのとき私は、 発言を、します -
|
|
44:18
すなわち、私たちはみんな、 ともに考えなければならない、と。
それは、 とてつもない現象です。
ですね?
あなたは、 その発言を、どう受け取りますか。
ただそれを見守ってください。
それを一分間、見守ってください。
そのとき、 あなたの自由から、あなたは
この発言を、 探究しはじめます。
ですね?
探究するとは、透徹する自由が、なければ ならないことを、意味しています。
ですね?
あなたは、 そうするのでしょうか。
私の問いを、理解しますか。 J
|
|
45:33
H: はい、私は理解します。
|
|
45:34
K: なぜ私たちは、 そうできませんか。
|
|
45:39
JH: まあ、私は、 こう言うでしょう・・・
|
|
45:41
K: それを単純に保ってください - なぜ私たちは、そうできませんか。
見て。
あなたが自由であるとき、実際に 何が起きるかを、見てください -
ガタガタとやって回り、「あなたは正しい。
あなたは間違っている」、「なぜ私は、
意見を持つべきでないのか。
なぜ私は、 意見を持つべきか」と言わないで、です。
二、三分の間だけ、 自由です。
そして彼は、発言をします - ともに考えよう、と。
あなたは、その自由から、 その問いへ、どう接近しますか。
|
|
46:17
JH: 即時の理解とエネルギーが、 あると、私は考えるでしょうね。
|
|
46:21
K: それは、どういう 意味ですか。
あなたは、私の問いを 理解されますか。
私たちは、これを できますか。
|
|
46:50
DD: そこには、どちらも、 私が持ちかねない、どの結論をも、
脇に置くことが関与していると、 思われますが、また・・・
|
|
46:56
K: 二、三分の間、 自由であってください。
|
|
46:58
DD: それは、障壁を落とすことです。 K: いえ、それを錯綜させないでください。
|
|
47:10
K: 何でしょうか。
|
|
47:23
さて、私は、間違った発言を、 しているかもしれません。
発言へ跳びつかないで ください。
あなたは、自由です - 当面の間、です。
私は、あなたへ言います。
古い学生たちは
- 私は間違っているかも しれません。
理解されますか -
新しく来る人たちを、自分たちの 古い様式に、従わせつつあります。
理解されますか。
新しく来る人たちを、自分たちが 定めてきた様式に、従わせています。
そして、私は、あなたたちに、 それを防止してほしいと、思います。
あなたはそれに、 どう応答しますか。
理解されますか。
|
|
48:39
SS: はい。
K: あなたはそれに、どう応答しますか。
|
|
48:41
SS: 私もそうしたいです。
|
|
48:43
私もそうしたいです。 K: いえ、いえ、いえ、いえ。
|
|
48:45
あなたは、 当面の間、自由です。
私は、あの発言を します。
ですね?
私たちは、私たちのみんなが、 そうしたいのですか。
または、あなたはそれを、自分なりの 形でやりたい、などです。
違いは、分かりますか。
|
|
49:22
JH: まあ、それは、 とても単純に思われます。
|
|
49:23
K: それがすべてですよ! それが、私が言っているすべてです。
ジェンキンス、あなたは、 それへ何と言いますか。
理解されますか。
あなたは、 二、三分の間、静かです。
何の思考もなく、 ただ静かです。
私が、やってきて、学生たちに ついて、発言をします。
あなたは、どう・
・・ 何が、起きますか。
あなたは、言います -
「はい、私たちは、ともにこれを しなければなりません」と。
ですね?
で、私たちはみんな、そのために、 自由でありえますか。
私がいう意味を、理解されるのか どうか、私は知りません。
|
|
50:26
BJ: はい。すなわち、私たちが みんな自由で、聞ける、と。
|
|
50:28
K: それがすべてです。
|
|
50:36
JH: 議論の余地が、 ありません。
|
|
50:39
K: いえ、いえ。あなたは すでに行為したのです。
|
|
50:42
あなたは、行為しています。 JH: はい。
|
|
50:54
JF: それは、私たちがみんな 静かであることを、前提とします。
|
51:03
それは、私たちがみんな静か であることを、前提とします
- あなたがそう仰るときは。
K: 私は知りません。
私は、あなたが静かであるのか どうかを、訊ねています。
私は、あなたが静かであるのか どうかを、知りません。
誰をも判断するとは、 私は、誰ですか。
私は、見てください、 と言います。
全部を取り扱う、違った 道が、あるかもしれません。
自由から問題へ 接近してください。
もし私が、妻へ、「私は あなたを愛している。
ともに色々としよう」と 言うなら、
何の問題も、 ありません。
ですね?
彼女は、いいえ、と言いません ・
・・いいですか。
それが、欠けている ことですか。
妻と私は、家を清潔にしておく ことに、責任が、あります。
私は、彼女を好きだし、 彼女は、私を好きです。
慈しむ。
私たちは、互いに 愛し合っています。
どこに問題が ありますか。
あなたは、これへ 何と仰いますか。
あなたは、これへ 何と仰いますか。
|
|
53:10
WS: 何を言うことも、 困難です。クリシュナジ。
|
|
53:16
何を言うことも、困難です。 K: いいえ。
私たちは、ここに、そういう 慈しみを、持っていますか。
メルセデスとロールスロイス、意見、 その他すべてについて、忘れましょう。
私たちは、この感情を 持っていますか。
|
|
53:48
JH: いえ、私たちは、わずかな 人へだけ、それを持っています。
K: 私と、ですか。 J
|
|
53:49
H: いえ、わずかな人へ、
|
|
53:51
或る人々へ、だけです。 K: いいえ。
|
|
53:54
私たちはみんな、あれらの学生へ、 責任があります。 JH: はい。
K: あなたと私が、 だけではない。
私たちはみんな、あれらの 学生へ、責任があります。
その責任は、私たちがともに 行為することを、要求します。
ですね?
ともに行為するには、
私たちの間に、一定の慈しみが、 なければなりません。
互いに信用し合う 一定の性質が、です。
私が、妻を愛しているなら、 私は彼女を、信用します。
そして彼女が、「私は別の男と 行ってしまうわ」と、言うなら、
それは、 違った事態です。
あなたたちは、イタリアの ことわざを、ご存じですか。
|
|
54:44
BL: どれですか。
|
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54:46
K: フィダルシ・エ・ベーネ、 メッリョ・ノン・フィダルシ。
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54:54
BL: それを翻訳してもらえますか。 K: それは、こういう意味です -
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54:56
信用するのは、良いが、 信用しないのが、もっと良い。
すみません。 それは、ジョークです。
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55:10
JF: クリシュナジ、 あなたは、私たちに、
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55:20
ともに愛し合うか、ともに 考えるよう、頼んでいますか。
あなたは、私たちに、ともに愛し合うか、 ともに考えるよう、頼んでいますか。
K: 慈しみ、愛があるとき、 あなたたちは、ともに考えます。
ともに生きてきた 妻と私、
あらゆる種類の紛糾、 セックスと、それら。
私たちは、互いに 愛し合っています。
ゆえに、何も 問題が、ありません。
私は、それが私の意見だが、彼女は こう言う・
・・とは、言いません。
私は、ともに話し合おう、 それを乗り切ろう、と言います。
それが、問題ですか。
さて、あなたが、その慈しみ、愛を、持って いるなら - 私たちにおいて愛を、です -
あなたは、どうやって 学生を、選択するのでしょうか。
または、学生を 取り除くのでしょうか。
あなたたちは、 全く違った・
・・
これらに付いてこられるのか どうか、私は知りません。
DD: これらのことは、 容易いでしょう。
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56:52
K: はい。
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56:54
私は、みなさんに、考えないよう、 毛布を被せていません。
私は、訊ねている だけです -
なぜ私たちは、これら ひどい分割を、持っていますか。
私たちは、長年の間、 この邸宅に、いたのですが、
けれども、私たち自身の中に、大変 多くの分割が、あります。
ですね?
ですね? I
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58:09
P: はい。
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58:10
K: あなたは、それに 同意されるでしょうか。
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58:13
FA: それは、 私にとって、ニュースです。
私は、そういう分割が あることを、知りませんでした。
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58:21
K: いいですよ。
彼女は、言います、彼らは、 言います - はい、と。
あなたは、いいえ、 と言うかもしれません。
あなたは、知りません。 FA: 私は知りません。
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58:33
K: で、それがあります。あなたは 知らない。彼らは知っている。
分割が、あります。
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58:44
K: それを見つめてください。見つめて ください。それは、分割です。
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58:49
FA: 私は、それは 分割だと、感じませんね。
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58:51
K: それは構いません。私は 知っている。あなたは知らない。
私は、導師ですが、あなたは 導師ではありません。
それは、分割を意味しています。 FA: はい。それは、分割です。
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59:04
K: で、それを、 逆さまに表しましょう。
私たちみんなの中に、 一定の分割が、あります。
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59:14
FA: 私は、驚いています。 私はこれを感じません。
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59:17
K: いいですよ。 FA: たぶん、あなたが正確でしょう。
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59:19
たぶん、分割が あるのでしょう。
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59:23
IP: フランク、あなたは 同意するのでしょうか -
私たちみんなの間に、慈しみの 欠如が、あることに、です。
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59:30
FA: いえ、私は、そういう 発言を、しないでしょう。
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59:32
JF: フランク、もしも誰かがあなたに 来て、おしゃべりするよう、頼んだが、
あなたは前に、一度も そうしたことが、ないし、
あなたが、それを先延ばしし、 先延ばししつづけるなら、
それは、分割ではないですか。いいえ? FA: いいえ。 J
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59:41
F: いいえ。
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59:44
K: あなたは、 運のいい人です。
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59:46
IP: でも、あなたに頼みつづける人物は、 それは分割であると、考えます。
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59:56
で、あなたはどう、 出会いますか。
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1:00:01
FA: まあ、私はあなたに言えます。 私は全く忙しい。
私は、あなたに会いに 行こうとするでしょう。
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1:00:07
JF: それが 論点ではありません。
私たちは、分割について、 話しています。
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1:00:12
K: 私は忙しい。私は、 あなたを見ません。
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1:00:15
FA: いえ、いえ。私たちは、いつか、 一緒に会おうとしてきました。
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1:00:18
K: はい、はい。私は冗談を 言っていただけです。
私たちは、この慈しみを、持てますか - 私たちのみんなが、です。
ですね?
そのとき、 何も問題が、ありません。
WS: 私は、自分が何を 言えるとも、感じません。
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1:01:01
なぜなら、私たちが 今、何かを言うなら、
私たちは、もつれ込もうと しているだけだからです。
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1:01:07
K: いいえ。あなたは、 その慈しみを、持っていますか。
あなたは、問えます。
私たちは、先日、問うことの 芸術について、話しました。
私は 持っていますか。
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1:01:23
WS: しばしば私は持たないのを、 私は知っています。
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1:01:30
なぜなら、私はあまりに、私自身に 関心を持っているからです。
K: で、それが、私たちの困難の 一つであるかもしれません。
おそらく、 主要な困難です。
時々、私は持っていますが、 時々、私は持っていません。
時々は、私たちがみんな、 会うときです。
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1:01:51
IP: でも、私たちがみんな、 会わないときさえも、
私たちは、なぜ自分たちがそれを 持っていないのかを、見出せますか。
なぜなら、明白に私たちは、或る人々を、 他の人たちより、信用するからです。
そして、なぜ そうあるべきですか。
私たちは、とても率直で、開いていられ、 自分自身を、一人の人物へ晒せます。
別の人へ、 ではありません。
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1:02:13
K: 慈しみは、慈しみです。 それは、私は妻を愛しているが、
私は、他のあらゆる人を 憎んでいる、ではありません。
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1:02:20
IP: それは真実です。クリシュナジ、 でも、なぜなのですか
- 誰でも、名指しして みると、ですが -
私は、自分自身について、何かを、 たとえばラーマンへ、言えるでしょう。
私はそれを、スティーヴやフランクへ 言うことに、神経質に感じるでしょう。
なぜなら、私は、彼らを 信用しないからです。
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1:02:37
K: 私は、D夫人へ、大変 気をつけて、話すかもしれません。
私は彼へ、話さないかも しれません。
すみません - 私は、 見せしめにしていますが、
それのどこが、いけませんか。
私が、この慈しみを 持っているかぎり、です。
そうね、あなたは、それらを、 こうも困難にしています!
JH: はい。 S
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1:02:57
N: でも、 あなたが本当に話していた・・・
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1:02:58
私たちは一種、慈しみを 持っていると思いますが、
私たちは本当に、制限を持って います。
そしてあなたは、
全く違っていて、本当に養成できない 慈しみについて、話しています。
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1:03:14
K: 慈しみ。あなたが、慈しみを持っている なら、それは制限されていません。
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1:03:18
SN: ええ。それが、 私がいう意味です。
私たちは、こう言って います - あなたは、
違った種類の慈しみについて、 話している、と・・・
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1:03:29
K: ごらん、シャクンタラジ。 あなたが、慈しみを持っているし、
私が、慈しみを持っているなら - そうね、その性質を、です -
そして、学生が 私たちのほうへ、来ますね。
あなたは、取り除くか、 受け入れなくてはいけません。
そのとき、私たちの間に、 何が起きますか。
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1:03:55
SN: 何か全く違った ことが、起きます。
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1:03:57
K: そうしてください。 それを示してください。
もしも、私たちのみんなが、その慈しみを 持っていて、学生が来る、そのすべてなら、
私たちの関係は、 何ですか。
これは、まったく 新しいですか。
または、私たちは、 慈しみぶかい。
が、私たちは、それが花開くために、 十分な時間を、与えてきませんでした。
なぜなら、私たちは、自分の問題、 問いにより、曇っているからです。
私がいう意味に、 付いてこられますか。
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1:05:15
WS: たぶん、もっと そうだと、私は思います。
ここの誰も、慈しみふかく ないとは、私は思いません。
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1:05:21
K: すると、なぜ私たちは、 時間を見つけませんか。
または、それは、 時間を必要としますか。
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1:05:35
JH: それが時間を必要とするなら、 それは、制限されているでしょうね。
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1:06:04
K: 私が質問しても いいですか。
古い学生たちは、若い人、 新しい学生たちに、影響しています
- 良かれ悪しかれ、です。
私は、言っているだけです。
あなたは、これを どうやって、防止しますか。
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1:06:34
JF: 今年はそれが少ないと、 私は思います -
私が見てきた他の どの年よりも、です。
私が見てきた他のどの年より、今年、 これは、少なく起きつつあります。
そこでの要因の一つは、 以前の年より、今年、職員が
学生とに、はるかに多く 時間を使っていることだと、
私には見えます。
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1:06:53
K: ああ。
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1:06:58
DD: また、 新しい学生たちは、
自分自身のエネルギーを 多く、持っているからです。
古い学生たちは、それをどう すべきかを、よく知りません。
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1:07:07
BJ: でも、それは、起きつつあると、 私は思いますよ。クリシュナジ。
私は、あなたに 同意します。
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1:07:14
キャシー・フォーブス: 私は、 新しい数人の学生たちにおいて、
起きつつある一定のことを、 見ました。
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1:07:19
K: あなたは、これが 起きるのを、どう防止しますか。
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1:07:22
KF: まあ、私は、それを 或る古い学生へ、述べました。
彼は、驚きましたが、 彼は、それを見ました。
これが、自分がしていることであることが、 彼には、思いついていませんでした。
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1:07:37
K: 新しい学生の数人は、 とてつもなく利発です。
ほとんどが、人懐っこく、笑い、 陽気ですね。それは次第に・・・
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1:07:48
FA: それは、次第に なっていく?
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1:07:52
K: 私たちが何かをしないなら、 そうなるだろうと、見えます。
ですね? S
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1:07:58
N: でも、それは本当に、 職員としての私たちしだいです。
学生しだいではありません。
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1:08:01
K: それが、私が訊ねていることです。
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1:08:02
JF: そうね、彼らが 彼ら自身で、時間を過ごすほど、
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1:08:04
彼らは、彼ら自身の間で、 それについて、
話すことになりそうですし、 それは、一般的に・
・・
私たちが多くの時間、彼らといて、彼らと あらゆる物事を分かち合っているほど、
それが起こることに、 なりにくそうです。
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1:08:40
K: 私たちは、とてつもない 一団の人々になるでしょう
- もしも、この種類の性質が、 存在したなら、です。
私は、多くの僧院、修道院へ 行ったことが、あります。
私は、きわめて多くの僧侶、 修道士と、会ってきました。
ヨーロッパの修道院
- そこでは、 修道院長が、統治します。
朝の2時に 起きます。
私は、それの一部を、 したことが、あります。
そして、祈り。
よろしいですか。
そして、慈しみは、はるか昔に、 窓から、出て行ってしまいました。
彼らは、イエスを 愛しています。
私たちはみんな、ともに このことを、できますか。
私たちはみんな、そういう 慈しみを、持てますか。
よろしいですか。
そのとき、何の問題も、 ありません。
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1:10:18
FA: それなしでは、私たちもまた、 新しい学生たちに、影響するでしょう
- 古い学生たちが、しているように、 です。
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1:10:23
K: はい、そうです。
はい、そうです。
全部が、変化するでしょう。
もし私が、大変 尊敬を込めて、
あなたたちに、このものを 保つよう、請うていいなら、です。
そうね、それは、かつて 起きたことが、なかったのです。
あなたが、集団全体の人々で もって、これをできるなら、です。
ですね? ああ。
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1:12:09
FA: クリシュナジ、あなたが、これはかつて 起きたことがなかったと、仰るとき、
あなたは本当に、そう思われますか。 これはかつて、起きたことがない、と。
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1:12:16
K: はい、そうです。 はい、そうです。
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1:12:21
FA: なぜあなたは、 こう仰いますか。
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1:12:23
K: 歴史的に、多くの教師が、 いました - 宗教的な教師が、ですね。
彼らは、弟子を 持っていました。
彼らは、教師を 崇拝します。
ですね?
彼らは、彼へ 慈しみを持ちました。
彼を崇めました。
彼に献身しました。
何でも彼が望むことを、 しました。
これは、歴史的です。 FA: ええ。
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1:12:57
K: が、彼が死んだ瞬間、 彼らは、喧嘩しはじめました。
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1:13:05
FA: それで、あなたが 訊ねておられることは、
一団の人々が、一人の人物に依存 しないで、ともに働けるのか、です。
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1:13:16
K: 慈しみは、権威がない ことを、意味しています。
ですね?
慈しみ、です。
あなたは、私より、 慈しみふかくはない。
ゆえに、あなたは、 権威になりません。
慈しみ。
一種の信用、 一種の愛です。
集団が - 理解されますか、集団が - 指導者なく、自分たちの上に、自分たちへ
「あなたは愛さなければならない」と 語る誰かを、戴くことなく、です。
先日、
アメリカでは、テレビに、13の チャンネルが、ありました。
13です。
あなたは、何でも自分が ほしいものを、選択できます。
そして、10チャンネルは、 宗教チャンネルです。
福音主義者の一人は、大変 とてつもないのですが
- 私はそれらに、入らないでしょう - 彼は 「私たちはイエスを愛さなければならない、
1:14:48
イエスに、心を捧げなさい」 と言いました。
「彼を歓迎し、あなたの心に 彼を保ちなさい」と。
これは、反復されます。
- 吐き気がするまで、
何千と何百万の 人々のために、
来る日も来る日も、 来る日も来る日も、です。
ですね?
そして彼らは、進んで、互いに 殺し合うようになっています。
一人は、バプテスト派です。
一人は・・・
で、そういうわけで、私は、それは かつて起きたことがないと、言うのです。
家族の中では、
いつも、不和が あります。
ですね?
ご存じにちがいありません。
それは、ありふれているんです。
その家族には、けっして、 本当の慈しみが、なかったのです。
ですね?
もし私が、この家族を、持っている なら - あなたたちのみんなを、です。
私は、「どうぞ、慈しんで、喧嘩 しないでください」と、言います。
よろしいですか。
「ともに 幸せでありましょう」と。
まあ、私は、十分、 言いました。
FA: 1時を過ぎています。私たちは 学生たちに、会いましょうか。
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1:17:00
K: それは、 あなたしだいです。
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1:17:03
DD: そのほうが、学生たちには、 一番良いかもしれませんね。
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1:17:17
彼らは、待っているでしょう。 K: セタ・ヴ!(あなたの出番です)
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1:17:26
フィダルシ・エ・ベーネ、 (信用するのは、良い。
ノン・フィダルシ・エ・メッリョ 信用しないのが、もっと良い)。
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