BR84T2 - 恐れを、あのとてつもない宝石を、見つめること

第2回公開講話
イングランド、ブロックウッド・パーク
1984年8月26日
テキストのみのバージョン
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1:59
昨日の朝、私たちが 話していたことから、
継続してもいいですか。
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2:12
もしよろしければ、ご注意を 申し上げることが、重要であると、
私は思います - すなわち、 これは、娯楽ではないのです。
これは、すてきな所での、 週末のお楽しみではないのです。
天気が悪いのは、残念ですが、 そういうものです!
私たちは、イングランドに いるんです!
私たちは、あなたに、 どの思想、どの概念をも
説得しようとしていません。
または、一連の 計画された調査でもありません。
むしろ、私たちは、できるなら、 みんな一緒に、考えているのです
- 私たちの問題について、です。
人間の、心理的な、 心霊的な問題だけではなく、
また、私たちの外側、 外側の、世界での問題も、です
- そこは、危険に満ちています。
テロリスト、思想的な傾倒 -
共産主義者と、 いわゆる民主主義者、
全体主義者と、独裁制。
また、世界で進んでいる 大きな発明すべても、です。
3:54
ものすごい発明、創案。
人を破壊し、大地を 破壊するだけではなく、
また、人間たちの頭脳を歪曲する、 大きな発明も、です。
コンピューターが、あります
- それは、とてつもなく 重要なものです。
私たちは、それについて、 幾人かの専門家に、話をしてきました
- コンピューターを構築していて、 関心を持っている人たちに、
アメリカなどと、ここで、です
コンピューターはたぶん、人間たちが できることを、ほぼ何でもできます。
はるかに速く考え、
はるかに速く計算します - 数秒で、です。
小さなチップに、百万の メモリーを、載せています。
5:01
また、人間たちの頭脳に、 何が、起きようとしていますか
- コンピューターが、ほぼ 何でもできるときに、です。
人間の頭脳は、 萎むのでしょうか。
どうぞ、これらすべての問題を、 考慮してください。
人間の頭脳、私たちの頭脳は、 奮闘し、格闘してきました。
攻撃的で、競争好きで、 計算していて、
果てしなく働いている - お金を稼ぐためか、
何か思想上の概念と 追求を、達成するために、です。
コンピューターは、 私たちの誰ができるのより
はるかにうまく、 このすべてをできます。
そのとき、人間の頭脳に、 何が起きますか -
それは、今、それ自体に こうも占有されています。
それは、萎れて しまうのでしょうか。
6:09
または、それは、 広大な娯楽の世界に、
娯楽産業に、 捕らわれるのでしょうか
- 映画、テレビだけではなく、
神の名において、 世の中で進んでいる、
宗教的な娯楽すべてに、です。
それもまた、別の形の娯楽です
- それが、インドの寺院で 行われていても、
ローマにおいても、 どこかのモスクにおいても、
それは、やはり娯楽です。
または、頭脳は、はるかに広大、 偉大で深い何かでもって、
それ自体を 占有するのでしょうか。
すなわち、利己的にではなく、自己中心的 でない、内的な眼差しを、向ける。
むしろ、それらを越えた何かへ、 向ける -
人が幾千年に幾千年もかけて 蓄積してきたすべてを越えて、
7:31
広大な測量不可能な何かを、 見つけるように、です -
言葉により、思考などにより 測量しえないものを、です。
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7:42
で、私たちは、心理的に 世界の危機に、
私たちの意識の危機に、 臨んでいるだけではなく、
また、世界には、現時点で 進みつつある危機が、あるのです。
私たちは、昨日の朝、 話していました -
私たちは、ともに、 話し合っています。
私たちは、自分たちの問題に ついて、話し合っています -
数学の問題とか、地理とか、 他の種類の問題ではなく、
人間の問題です - 私たちのすべての恐れ、心配、
悲しみ、痛み、憂鬱、
長く持続する葛藤と ともに、です。
私たちは、それらのことに ついて、話しています。
なぜなら、それが、 私たちの生であるからです。
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8:48
私たちは昨日、話をしました - 自らの 生を、むだにすることについて、です。
むだにする、というのは、
実質的に無意味になりつつある ことを、する、という意味です -
生計を立てることなどを、 別として、です。
私たちは昨日、また、
時、思考と安全について、 話していました。
頭脳は、 完全に安全であるとき、
その最高の能力とエネルギーで
抜群に機能できるだけです
- それが、何か幻影、 何か概念、信念、信条、
何か夢想的な観念に沿って 生きていたり、
取りすがっていないとき、 だけです。
または、マルクスと レーニンなどの理想や、
私たち自身の民主主義の理想と、 それらに取りすがっていないとき、です。
10:16
私たちは、時について、 話していました -
そして、時は、安全に どんな関係を、持っていますか。
時とは、明日です。
時とは、互いに続いていく 千の明日です。
その明日に、安全が ありますか。
私たちは、互いに 理解しあっていますか。
語り手は、質問をしています。
明日の追求に、 安全が、あるのかどうか -
未来の追求、に、です。
それは、時です。
いいですか?
どうぞ、私たちは、ともに いろいろと話し合っています。
私は、自分自身へ、 話していません。
これを、理解することが、 重要です。
私たちが、自分自身に入り、自らの 全体を、理解したいなら、です -
心理と呼ばれるもの、すなわち、 私たちの存在のそれを、です。
11:52
それを、きわめて深く 理解するには、
この安全の問いに、 入らなければなりません。
私たちは、安全を 探し求めます - 家族において、
共同体において、 コミューンにおいて、
または、 特定の派において、です。
それが、カトリックや プロテスタントなどの宗派であっても、
ヒンドゥー教などので あっても、です。
時の中に、安全が ありますか。
質問を理解されますか。
未来に、安全はありますか。
そして、未来は、何ですか。
未来は、 今の私たちなるものです。
今の自分なるものです - すべての騒動、心配、
憂鬱、暴力、自己中心的な活動、
悲しみ、慈しみと、
別離の痛みと、死の恐れとともに、
今、あるものです。 今の私たちなるものです。
13:33
それが、私たちの心理です。
それが、私たちの意識です。
それが、私たちの存在です。
それは、 広大な経験、知識の結果です
- 何千年に何千年もの間に、 私たちが
蓄積してきたことのそれ
- それが、 今の私たちなるものです。
伝統、私たちの条件づけ
- 言語的にも、ですが、 それは、別の事柄です。
私たちは、頭脳が、言語的に 条件づけられるのかどうかの、
問いに、入らないでしょう。
あなたは、これらに 興味が、ありますか -
日曜日の朝に、です。
これは、説教ではありません。
あなたが、本当に 自分の生に、興味があるなら
- 語り手が 話していることに、ではない。
自らが、この甚大な複雑な社会を、 理解することに、興味があるなら
- その中に、私たちは 生きています。
不道徳すべてをともない、 腐敗すべてをともない、
あらゆる社会が、あらゆる人間にもたらす 大きな悲しみを、ともなって、です。
私たちが 創り出してきた社会、
その社会は、私たちより 異なっていません。
15:17
私たちが、それを創り出してきた のです - 自らの貪欲をとおし、
自らの暴力をとおし、 自らの攻撃をとおし、
自らの競争好きなどをとおして、です。
私たちが、それを作ってきました。
私たちは、自らが作ってきた ものに、捕らわれています。
で、私たちは、外的に社会と 闘っているだけではなく、
それに適応しようとしていて、
また、それを拒絶していて、
その社会より 引き下がっています。
それはすべて、この自己中心的な 投影された活動の一部です
- 世界のあらゆる人間のそれ、です。
彼が、最も小さな集落、村に 生きていても、
世界の大都市にいても、です。
私たちが、このめちゃくちゃを、 作ってきました。
16:17
私たちは、訊ねています - 今の私たちなるもののように、
今、私たちの未来は、何ですか。
未来は、 すなわち、明日と
そして、十億の明日ですが、
そこに、安全がありますか。
私たちは、望みます -
その望みに - 私たちは、或る種の安全を、 望みに、見つけようとします。
望みは、未来を 含意しています。
で、私たちが昨日、 指摘していたように、
私たちは、これを、きわめて 真剣に、理解すべきです。
なぜなら、それは全的に、心霊的な革命を もたらすかもしれないからです。
私たちは、世界と私たち自身を、全然 違ったように、見つめるかもしれません
- 私たちが、時の本性を 理解するなら、です。
時は、一つの点から別への距離を、 行くことだけではありません。
17:46
時は、言語を学ぶために、 必要です -
技能を学ぶため、 住宅を建てるため、
技能を取得するため、 車を運転するためなどに、
時は、必要です。
ですが、時は、すなわち、
なる動きは - 理解されますか -
私たちは、これらに 一緒にいますか。
または、あなたは、催眠に 掛かりつつありますか。
どうぞ、人物は、まったく 重要ではありません。
語り手は、どんな面でも、 重要ではありません。
が、彼が言うことは、 重要です。
私たちは、それの真理を、 あるいは、それの虚偽を見るのか、
それの論理、健全さ、道理を、 見るのか。
それが、大事なことです - 個人的な こと、人格崇拝ではありません。
19:14
語り手は、単に電話です。
語り手は本気で、そう言っています。 それは、言葉だけではありません。
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19:28
それで、私たちは、 理解しようとしています -
時の中に、安全が あるのかどうかを、です。
すなわち、 私たちは過去です。
それについて、疑問は ありません。
その過去は、現在において、 作動し、自体を修正しています。
現在は、もし根源的な変化が、 ないのなら
- 何か表面を 引っ掻くことではなく、
根源的な変化が、ないなら、
未来は、 今の私たちなるものです。
で、すべての時、 過去、未来、現在は、
今にあるのです。
いいですか?
本当に、これの意義を 捉えられるなら、
私たちは、変化するとは、何を 意味するかの含意を、見はじめます。
私は、これを辿っている誰かと、 この事柄について、
親密に親しく、 議論できたらなあ、と思います
- ただ何気なく聞いている だけでない人と、です。
なぜなら、それは本当に、 とても重要であるからです。
なぜなら、それは本当に、生への見方 全体を、変更するであろうからです。
21:26
もしあなたが、明日が ないことを、受け入れるなら、
あなたは、世の中を どのように、見つめますか。
あなたは、自分自身を どのように、見つめますか。
あなたは、神をどのように 考えますか。
あなたは、何かになることを、 どのように考えますか。
理解されますか。
何かになることは、 時を含意しています。
あなたは、すべての時が、今に 収容されているのが、分かります。
理解されますか。
そのとき、なることは、 何ですか。
心理的に、いったい なることが、ありますか。
これらに付いてきておられるのか どうかと、思われます。
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22:26
そのとき - これを理解されるなら -
関係とは、 どういう意味ですか。
誰かに関係していること
- その中に、時がなく、 なることがない。
理解されますか。
私たちは少し、これに 付いてきていますか。
または、あなたは、ヴィデオを 見たいと思うのでしょうか。
なぜなら、これらは、本当に、 重要な問いであるからです
- 自分自身に訊ねなければ ならない、根源的な問いなのです。
それは、何ですか。
もし明日がないのなら、 変化するとは、どういう意味ですか
- なぜなら、明日は、 今であるからです。
もし変化が、段階性を 含意しているなら、
あなたは、時を認めます。
その時、未来は、今です。
で、即座に変化することは、 可能ですか -
まったく時が介入するのを、 許さずに、です。
23:58
で、頭脳は、
段階性が、慣習に なってきましたが -
段階的に(次第に)、良くなる。
段階的に、暴力を終わらせる。
段階的に、私の愚劣さを 乗り切る、など。
頭脳は、それが 慣習になっています。
私たちは、そのように 教育されます。
あなたは段階的に、学ぶでしょう - 学校で、適切な書き方、
数学の学び方を、です。
次第に、二年を掛けます。
あなたは、医師になるために、 幾年も掛けますが、
私たちは、その同じ感情、 その同じ動きを、
心理的な世界全体に、 拡大してきたのです。
で、私たちは、「私は段階的に、 何かになるだろう」と、言います。
段階的(次第)に、 どう冥想するかを、学ぶ。
何とまあ、理解されますか。
25:17
どう平和に生きるかを、 段階的に学ぶ。
そのすべては、 なるという概念への、
私たちの条件づけを、 含意しています。
もし時が・
・・もし、 すべての時が、今にあるなら
- それは、事実です。
それは、事実の発言です。
その発言は、 真実でないかもしれません。
で、あなたは、自分自身で 見つけなくてはいけません -
その発言が、事実であるのかないのかを です。
単に、語り手により、
影響されたり、強要されたり、 奨励されたりするだけではない。
ゆえに、自らは、疑いをもち、 問わなければなりません。
「それは真実なのか」と言う 懐疑が、なければなりません。
それで、あなた自身の 頭脳が、活動的であり、
あなた自身が、物事を、 ありのままに見るのです。
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26:41
私たちが 言っていましたように、
すべての時、 過去、現在と未来が、
今に収容されているのなら、
私たちの、互いへの関係は、 何ですか。
葛藤の中にある男と女の間の その関係 -
各々が充足したいと思い、
各々が、自分自身を維持する ように、相手を助けている。
もし自らが弱いなら、彼は、誰か 強い人に、依存する、などでしょう。
それが、現在の葛藤の関係です。
その葛藤は、即座に終わりえますか - 段階的に、ではない。
質問を理解されますか。
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27:42
そのとき、行為とは何ですか。
行為は、記憶に応じてであり、
過去により 条件づけられています。
または、明日の行為です。
「私はこれをするだろう。
私は、理解しようとするだろう」、
「私は、あなたが言っていることを、 聞こうとするだろう」と。
で、行為とは何ですか
・・
・すべての時が、 今であるときに、です。
質問を理解されますか。
どうかと思います!
自分は貪欲である。
または、自分は暴力的である。
暴力は、多くの様相を 持っています -
順応、模倣、適応、調整、
または、身体的な身振りと、 物理的に行為、
誰かを嫌うこと、など、 爆弾を投げることです。
それらは、すべて、 概念、観念、記憶、
理想などに、 基づいています。
で、もし、明日がないなら - 理解されますか -
そのとき、行為は何ですか。
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29:54
いいですよ。 別の方から、表しましょう。
おそらく私たちは、より良く それに取りかかれるでしょう。
世の中の人々のほとんどは、 神を信じています - ですね?
なぜなのか、私は知りませんが、 彼らは信じています!
古代の文献には、
きわめて古代の文献には、 神への言及が、まったくありません。
神はただ、最近の創案です。
その神を、私たちは崇拝し、 それへ私たちは、祈りますし、
彼が、世界を築いてきた、 世界を創造してきたのですが、
彼は、そのすべての本質である、 などなどなど、です。
私たちのみんなは、 世界のほとんどの人々は、
あの神々しさの感覚を、達成 しようとか、悟ろうとかしています。
30:59
ですが、もし、 明日がないのなら
- 何が含意されているかを、 理解されますか -
達成の感覚が、 まったくありません。
あなたが、職に就く、
一定の地位に到達するとか、
あなたが、たくさんのお金を 貯蓄するためとか、
権力のために、 一生懸命働くこと以外は、です。
そのためには、 たくさんの明日が、あります。
特に、お金と権力の ためには、です。
あなたが権力の問いへ、入ったことが あるのかどうかと、思われます。
人々に対する権力、
多くの者に対する、 わずかな者の権力や、
一人の権力
- それが、導師であっても、 独裁者であっても、です。
または、理想を代表する わずかな者の権力、
人間の頭脳を 制御し、形作るために、
この無量の力を持つこと。
教授、科学者と、
あらゆる人間が、
何らかの形で 権力をほしがります。
32:37
男は、女に対して、 女は、男に対して、
性的な力、
思考の力 - これらを理解されますか。
「私は知っている。
あなたは 知らない。私があなたに、
それについて、すべてを 語ろう」と言う人の権力。
知識の権力。
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33:03
で、権力は、どの形でも、 邪悪です -
それが、教皇の権力であっても、
男の、自分の召使いに対する 権力であっても、です。
私たちのみんなが、或る種の 権力を、ほしがります。
私たちは、謙虚さと無垢の 本質を、一度も
味わったことが、ありません。
「無垢(イノセンス)」と いう言葉は、(語源的に)
他の人を傷つけないとか、 傷ついていない、という意味です。
進んでもいいですか。
または、あなたは、(後でゆっくり) ヴィデオを、見たいですか。
あなたは、語り手が言っていることを、 実際に聞いていますか。
聞く。
耳で、だけではなく、 言葉を越えて聞く。
意義を即座に掴む。
説明に次ぐ説明、
叙述に次ぐ叙述を 要求しない。
34:26
私たちは、そもそも 聞きますか。
または、私たちは、言われている ことを、いつも翻訳していますか
- 自分の条件づけに、
自分の好き嫌いなどに、 合うように、です。
もしも私たちが、この事実を、 とても真剣に聞けたなら
- すなわち、すべての時は、 今であることを、です。
過去、現在と未来が、です。
そのとき、それの真理は、 とてつもなく、活力を持ちます。
それは、生きものです。
一連の言葉、概念、 信念だけではない。
そのとき、関係、変化と行為は、 全然、違った意味を、持っています。
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35:36
私たちは、今朝、また
恐れの問いを、考慮すべきです。
未来の恐れ -
起きるかもしれないこと、 不安全の恐れ、
死の恐れ、
過去に起きてきたことの恐れ。
人間たちが、持ち運ぶ恐れが、 こうも多くあります。
または、 一つの支配的な恐れ、です。
ほとんどの人間は 恐れを、持っています
- 傷つくとの 物理的な恐れだけではなく、
物理的に傷つくだけではなく、 内的にも傷つく。
私たちは、その恐れを 持っています。
私たちは、抑圧の恐れ、
職を失う恐れを、 持っています。
この国(イギリス)での、 失業の恐れ。
仕事とは何かを、一度も知らなかった 18歳と30歳の間の人々が、います。
37:19
それで彼らは、乱暴になる、 その他すべて、です。
この国と、世界の他の地方で、 起きつつあること、です。
私たちは、特定の形の恐れに ついて、話していません -
あなたの特定の形や、 私の特定の形、ではない。
私は、世論を 恐れているかもしれません。
私は、恐れていませんが、仮に、 自分がそうだと、しましょう
- 他の誰かが言うかも しれないことを、です。
そして、達成しないことの 恐れが、あります -
覚りを達成しないこと - そうね、 それが何を意味していようと、です。
多くの物事に 私たちは、怯えています。
同意しますか。
少なくとも、 私たちは、これが見えますか。
私たちが言いましたように、 私たちは、特定の形の恐れについて、
話していません。 恐れとは何であるのか、です。
38:34
質問を理解されますか。
自らは、暗闇を 恐れているかもしれません。
または、自分の妻が言うかも しれないことなどに、怯えています。
それらは、すべて表現です -
恐れの中心的事実の、 多数の表現です。
ですね?
で、私たちは、 恐れの中心的事実、
恐れの根について、 話しています。
様々な形の恐れについて、 ではありません。
これらの根は、何ですか。
恐れは、私たちの生の 主な要因の一つであったのです
- 今だけではなく、 過去に、幾千年、
幾世紀に幾世紀も前に、です。
最も原始的な人々は、 雷の電光に、怯えていました。
で、彼らは、それを 神にしました。
39:44
理解されますか。
私たちは、何でも自らが 怯えているものを、神にします。
または、何か崇拝されるものとか、 何か殺されるべきものに、です。
たぶんそれが、私たちが今、 していることなのです。
で、私たちは、怯えた人々です。
昨日の痛みに、怯えています
- 今日か明日、 再発することに、です。
自分の視覚、聴覚を 失うことの痛み、
そして究極的に、 死ぬことのそれ、です。
私たちは、訊ねています - すべての恐れの原因は、何ですか。
恐れの起源、始まりは、 何ですか。
その恐れは・
・・ 初めに心理的に、内的に
- 外的な物事の恐れではなく、 初めに、内的なもの、
頭脳の内側、頭脳のまさしく 隠れた部分の内側で、
頭脳のまさしく奥底、です。
恐れは、何ですか。
41:12
なぜ私たちは、それを 解消してこなかったのですか。
もし、まったく恐れがないのなら - 内的に、まったく、です -
私たちは、神々を 持つでしょうか。
そうです。
世界中で、神々を作り、 創造しているのは、恐れです。
で、自分自身で、理解し、 見出すことが、
とても重要です -
全的に恐れより自由であることは、 可能なのかどうか、です。
初めに、心理的に、内的に、 主観的に、です。
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42:05
あなたが、語り手に、 こう訊ねるなら -
「あなたは、これを 事実として、話していますか。
または、あなたは、主観的に、 それより自由ですか」と、
そして彼が、「はい」と 答えるなら、
そのとき、あなたは、 どこにいますか。
質問を理解されますか。
で、語り手が自由であるのか ないのかを、訊ねることは、
重要ではなく、自らが 自由であるのかないのか、
そして、恐れより自由である ことが、いかに重要で、
いかに本質的であるのか、です。
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42:56
で、恐れとは何ですか。
深く、起源、始まりは、 何ですか。
頭脳の深い水準において、
いわゆる無意識の恐れ だけではない。
語り手は、意識を、無意識的な ものと、意識的なものに、
分割したくありません。
それは、すべて意識です。
あなたは、それらの言葉を 弄べますが、意識は全体的です。
あなたは、それを 分割できます -
利得のためか、面白さのためか、
あるいは、様々な他の 主観的な理由のために、です。
ですが、意識は、全体的です。
それは本当に、 分割不可能ですが、
私たちは、それを分割したい、 砕いてしまいたいと思います。
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44:01
で、この問いに、入りましょう - 恐れの根は、何ですか。
それは、思考ですか。
思考は、蓄積された記憶です -
知識、経験より 生まれています。
思考は、知識より生まれて、 知識は、制限されています。
それで、思考は、 制限されています。
恐れは、
初めに、主観的に、 初めに、内的に、
その恐れは、思考より 生まれていますか。
明日について考えること、起きるかも しれないことについて、考えること。
自分の妻は、逃げ去って しまうかもしれない。
実際の現在ということに 立って、ではなく、
未来や過去ということに 立って、考える。
それが、恐れの原因ですか - 思考が、ですか。
45:30
それが、 恐れの原因であるなら
- 語り手は、 そうであると、言います。
どうぞ、それを 受け入れないでください。
そのときあなたは、思考をどうするの でしょうか。
質問を理解されますか。
もし私は、あなたを 恐れているなら
- 明日、あなたたちは、 大きな聴衆にならず、
小さな聴衆になるかも しれないからです。
私は怯えているなら、
私は、それの原因を、 見出したいと思います。
原因は - 私は、大きな聴衆を持ちたいの です。
自分自身のために・・・
そうね、あなたたちが、それを 理解されるのが、うれしいです!
・・
・などです。
私は、恐れの核心、起源を、 見つけたいと思います
- それがどう来るのかを、です。
46:41
私たちが先日、言いましたように、 自らは、分析していません。
自らは、見守っています。
自らは、知覚しやすい。
それは 敏感さを、必要とします -
結論、ではなく、「私は、それを 取り除かなければならない。
私は、それについて、何かを しなければならない。
私は、それより、逃避しなければ ならない」などと
言うことではなく、 見守ることを、です。
きわめて明らかに、見守る -
どの方向づけもなく、 どの動機もなく、
自分自身で、見る、見出す -
思考が、この恐れの 起源であるのかどうかを、です。
そのとき、私は自分自身に、言います - 「私は思考を、どうするのだろうか。
それが恐れの原因であるなら、私は どうやって思考を、止められるのか」と。
理解されますか。私たちは、 互いに付いてきていますか。
47:41
さあ、どうぞ。
そのとき私は、 訊ねなくてはなりません -
思考を止める実体は、 誰ですか。
いいですか?
付いてきていますか。
その実体もまた、恐れより 自由でありたい思考です。
ですね?
で、一つの思考が、別の思考と 闘っています。
ですね?
私は、それを 明らかに見ますか -
すなわち、これが、二つの思考の 間の闘いであることを、です。
「私は恐れより、自由でなければ ならない」と言っている思考と、
「思考の起源は、何なのか」と 言う思考です。
「思考の起源は、まさに考えること 自体である」と、思考は言います。
そのとき、別の思考は、
「私はどうやって、考えるのを、 止められるのか」と、言います。
48:47
問題を理解されますか。 で、葛藤が、あります。
私たちは、互いに 付いてきていますか。
で、葛藤が、あります。
そのとき私は、想定します
- 私はどうやって、その葛藤を 終わらせられるのか、と。
で、私は、このことを 築きます -
次から次のもの、 次から次の連想を、です。
そして、私は、恐れより はるか遠く離れています。
私は、恐れを 解決しようとしはじめて、
そういう混乱に、そういう葛藤、 そういう悲惨に、終わってしました。
そして、いまだに 恐れは、残っています。
一分間、待ってください。
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49:33
そのとき、私は訊ねます。 自らは訊ねます -
恐れの別の原因が、ありますか。
時。
時は、動き、一連の動きです。
時は、明日ですが、
明日、私は、自分の職を 失うかもしれません。
私は、盲目になるかもしれません。
私は・・・その他すべて、です。
で、時は、 恐れの要因です。
ですね?
で、時と思考は、 恐れの根です。
時は、思考です。
で、それが、恐れの根です。
私は、これを理解します。
自らは、これを理解します - 知的に、言語的に、です。
それは、よく気をつけて、 説明されてきました。
明日としての時、過去としての時、 現在としての時、
明日のみが、私にとって、 全く重要です。
51:01
千の明日、明日のみが、 全く重要です。
なぜなら、私はそれを、段階的に 取り除きたいと思うからです。
で、私は、見ます。
とても明らかに、自らは見ます -
すなわち、時と思考が、 恐れの根である。
時、思考が、 恐れの根であることを、です。
私は、それを 観念として、見ますか。
または、私は、それを 概念として、見ますか。
または、私はそれを、何か現実的、 事実のこととして、見ますか。
観念として見てから、
働いて、その観念を 事実にするのではない。
私たちは、互いに付いてきて いますか - 少なくとも、少しは?
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51:57
一般的に起きることは、こうです - 私は、発言を聞きます。
それが聞こえます。
すべての時は 今である、というように。
私はそれを、よく理解できません。
私はそれを、観念にします。
それを概念に、します。
そのとき私は、その概念に 従おうとします。
その概念は、 現実ではありません。
で、またもや、私は 葛藤の平野に、入ります。
で、私は、自らは、この事実を、 完全に聞けますか -
すなわち、時と思考は、 恐れの根である。
時・
思考は、 恐れの根、始まりである、と。
ただそれを知覚すること。
それに ついて、何をするのか、ではない。
理解されますか。
私たちは、それを・
・・
不幸にも、私たちは、 それを達成したいのです。
で、私たちは、努力を しつつあります。
ですが、あなたは、静かに、 静寂に聞くなら
- 催眠に掛かるのではなく、
それを静かに、深く聞く。
そのとき、あなたは、見ます。
そのとき、 その静寂の知覚こそと、
見守ることが・
・・
何の努力もなく、です・
・・
恐れは、まったく、 居所を持ちません。
53:53
これは、ロマンチックな 幻影ではありません。
これは、事実です。
あなたが、動きなく、 何かを保つとき、
あなたは、あの宝石の美しさや 醜さを、完全に見ます。
ですが、私たちは、けっして その宝石を、見つめません。
私たちは、「何と美しい」と 言って、それを手渡します。
ですが、私たちは、それを 自らの手に保つとき
- 世界で最も とてつもない宝石を、です -
それを、気をつけて、 見つめる。
何ととてつもなく複雑で、
何と繊細で、微妙であるのか、 その能力、こうも偉大である。
自らは、それが何であるかを、 学びはじめます。
学ぶことは、記憶することとは、 異なっています。
ですね?
神様!
私たちは、一つの講話で あまりに多くを、言っていますか。
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55:01
聴衆: ええ。
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55:03
K: ええ? 全くそのとおり。 あなたは、正しい。
一つの講話で、あまりに多くを、 言っている。仕方ない。すみません!
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55:17
あなたはかつて、恐れを 保ったことが、ありますか。
保ってください。
それより動いて、離れないで、
それを抑圧しようとか、それより 逃げ去ろうとか、それを超越しようとか、
それについて、あらゆる 種類のことを、しようとせず、
ただ、恐れの深さ、 恐れのとてつもない微妙さを、
見てください。
自らが、何の動機もなく、 それを見つめているとき、
あなたは、それらに 気づけるだけです -
それについて、何一つ、しようと せずに、です。ただそれを見守る。
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56:06
痛みについて、 同じことをできます。
もちろん、 極度の痛み、ではない。
あなたは、気をつけて 痛みを、見守るとき -
即時に、歯医者に 駆けつけようとせずに、です。
あなたが、それを見守り、 それとともに、留まるとき
- 陰鬱に、ではなく、
起きつつあること すべてを、見る -
自分がどのように、それに 反応するのか、などなどを、です。
あなたがそうするなら、 痛みは減ります - 当然です。
同じように、あなたが この宝石を、保つなら
- 恐れは、とてつもない宝石です。
何か、とてつもないものです。
それは、人間たちを、四万年 以上の間、支配してきました。
あなたが、それを保って、 見つめられるなら、
それが終わるのを、 見はじめます
57:16
- 段階的に、ではなく、それが 完全に終わることを、です。
それは、こういう意味です -
恐れは、私たちの自己中心的、 自我本位の活動の一部です。
自我、「私」が、孤立しているとき、 恐れが、あります。
「私」、自己、
この自己中心的な動き -
それは分離的であるから、
それは、葛藤とその他すべての まさに本質であるから、
それが、恐れの根です。
ですが、これが聞こえるとき、 あなたは、こう言うでしょう -
「自己中心的でなくて、どうやって、 世の中に生きられるのか」と。
いいですか?
これは、自然な、 健康的な問いです。
ですが、初めに、自由であってください。
そのとき、あなたは見出すでしょう
- 逆の方から、ではない。
58:34
私が言っていることを、 理解されますか。
それは、「山の向こう側には、 何があるのか」と
言うのに、似ています。
あなたは、見出すには、山に 登らなくてはいけません。
ですが、山の向こう側に 何があるのかの叙述は、
やはり、叙述です。
ですが、もしも、 山に歩いて登ったなら、
あなたは、見出すでしょう。
そうね、私たちがほしいのは、 保証です。
私が、これをあきらめるなら、あなたは 私に、あれを保証してくれるのでしょうか。
そして、保証は、 ありません。
実際に、あきらめることは、 ありません。
ですね?
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59:32
で、私たちは、今、 訊ねています -
思考と時、または、 思考・
時が、
恐れの事実ですか。
私たちは、 そうであると、見ます。
頭脳は、条件づけられ、形作られ、 枠に入れられてきました。
恐れを、生の道として、 受け入れてきました。
頭脳は、手放すのを、 渋っています。
それは、恐れの領域に、 何千年の間、生きてきました。
それは、それに慣れてきました - 細胞すべてが、
そうね、内側で 進んでいるすべて、ですが、
頭脳は、「それは自然だ。
それは、 私たちの生の部分だ」と言います。
自らは、ものすごい衝撃を とおして、学ぶのか
- それは、頭脳にとって 悪いのです。
あるいは、あなたは、 即座に、事実が見えます。
ゆえに、即座に 行為が、起きます。
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1:01:02
私たちは、安全について、 話していました。
明白に、未来に 安全はありません。
いいですか?
私たちはそれが 分かるのかどうかと、思われます。
未来は、あなたが、
「私は明後日、安全に なるだろう」とか、
「神がおられて、彼の中に、私は安全を 見つけるだろう」とか言うとき、です。
または、何かの形の 幻影の中に、です。
時の中に、安全が ありますか。
どうぞ、それに 入ってください。
または、真理を理解する中に
- すなわち、すべての時は、 今にあることを、です -
ただ一つ、安全が、あります。
完全な安全が、です。
今は、究極の安全です。
理解されますか。
さあ、みなさん!
理解されますか。
今は、 今のあなたなるものです。
あなたなるものは、 あなたの意識です。
1:02:52
いいですか?
あなたの意識が、 あなたなるものです。
あなたの意識は -
意識は、あなたの恐れ、あなたの 切望、あなたのあこがれ、
あなたの欲望、あなたの充足、 あなたの憂鬱、あなたの心配、
悲しみ、痛み、その他すべてを、 収容しています。
あなたの神々 - そのすべてが、 あなたの意識です。
その意識の中に、
この、時と思考の動き全体が - いいですか?
あなたがこれらを理解されるのか どうかと、思われます。
あなたは、 あなたの意識なのでしょう。
いいえ?
もちろんです。
いいえ?
で、あなたの意識は、 あなたの信条、
あなたの信念、民族性、国籍、
あなたの恐れ、 あなたの神々です。
あなたは、イギリス人、フランス人、 ドイツ人、インド人、シーク教徒です。
そして、これらすべての分割
- それらに、思考は、世界と 人間たちを、分割してきたのです。
1:04:17
で、そのすべての意識が、 あなたです。
利己的な活動と、
利己的でないようにすること、 などなどです。
その意識の全体が、あなたです。
この意識は、
残りの人類の意識です。
なぜなら、世界の あらゆる人間は、
あらゆる人が、 最も原始的な者たちから、
最も無教育な者たちから、
最も高度に洗練され、 教育された者たちまで、
彼らは、このすべてを、 経てゆくからです。
- 信条、恐れ、 あこがれ、憂鬱、心配、
悲しみ、痛み。
世界のあらゆる人間が、 それを経てゆきます -
彼が、共産主義者でも、 社会主義者でも、資本家でも、
民主主義者でも、どの集団に所属して いなくても、です。ですね?
1:05:30
で、この意識は、すべての人間に より、分かち合われています。
ですね?
残念ながら、あなたは
それを受け入れないだろうと、 思います。
ごもっとも。
なぜなら、あなたは、 宗教的に、そして、他の形で、
訓練され、教育されて きたからです -
すなわち、あなたの意識は、あなたの であり、他の誰のでもない、と。
誰かが、やってきて、「気をつけて、 それを見つめてください」と言います
- 「あなたが、内的に、 何であるのかを」と。
外的な刈り込みは、 異なっているかもしれませんが、
内的に、あなたの意識は、
はるか遠くの村の人に、 似ています -
原始的で、醜く、 無教育です。
彼は、あなたにそっくりです。
ほとんど、あなたと同様です。
で、あなたは、まったく 個人ではありません。
1:06:49
私は知っています - このすべては、 受け入れることが、きわめて困難です。
あなたは、残りの人類です。
あなたは、人類です。
あなたが、自分自身を分離するとき、 すべての問題が、始まるのです。
分離は、葛藤、恐れ、孤立を、 引き起こします。
あなたたちの天国は、孤立した聖霊で、 充たされています。
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1:07:26
で、これは、事実ですか、 そうでないですか。
または、ロマンチックな 概念だけですか -
すなわち、あらゆる人間が苦しむ、 ということは、です。
物理的に、あるいは、 心理的に、内的に、です。
あらゆる人間は、何らかの ことについて、心配しています。
あらゆる人間が、 怯えています。
彼は、何か慰め、望み、神、 父親像か、母親像が、
ほしいのです - 何でも、お好きなものを、です。
で、あなたの意識は、私たちの みんなにより、分かち合われています
- 私たちのみんなにより、 人類すべてによって、です。
ゆえに、あなたは人類です。
何か分離したイギリス人、 フランス人ではない。
後生です!
これらを理解されますか。
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1:08:39
そのとき、自らが持つ無量の責任を、 悟りはじめます。
そのとき、愛の本性を、 悟りはじめます。
あなたは、他の一人を 愛しているかもしれないが、
その愛は、一人に 制約されていません。
なぜなら、あなたは、 全人類であるからです。
あなたは、世界です。 そして、世界は、あなたです。
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1:09:28
立ち上がってもいいですか。
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