BR84SBR2 - そこに制限がない行為が、あるのか

科学者とのセミナー 第2回会合
イングランド、ブロックウッド・パーク
1984年6月9日
テキストのみのバージョン
|
0:25
ハンケ博士: 私は今日、 セミナーの始まりに、
二、三の言葉を 言いたいと思います。
もしも私たちが、仲の良い対話を できたなら、すてきでしょう -
私たちが、疑問に入るとき、 いろいろと主張するより、
むしろ、一定のためらいを持つ、 という意味において、です。
そして、どうにか、もしも私たちの みんながともに、何であれ、
私たちが議論しようとしている 疑問に入られたなら、です。
昨日、私たちは、頭脳を理解する ために、思考が助けてくれるのか
どうかを、訊ねることから、 セミナーを始めました。
私たちはまた、頭脳が心理的な 記録を持たないことは、
可能なのかどうかの 問いにも、入りました。
1:17
最終的に私たちは、きわめて短く、 洞察の問いを、開きました。
それが、私たちが止まった ところだと、私は思います。
で、私たちは、どんな問いから 出発したいだろうかと、思われます。
それは、あまり明らかに 思われません -
頭脳が記録しない状態に ありうるのかどうかの問いは、です。
おそらくそれは、少し明瞭化が 必要かもしれないと、私は考えます。
あなたはどう、 お考えですか。
|
|
2:06
クリシュナムルティ: 私は、お訊き したいと思います - 私たちは、
思弁的に、理論的に議論しているのか、 または、実際にか、です。
適用するという意味で、 実際に、です。
理論的に、ではなく、 事実でもって機能する、
という意味で、適用する。
私たちは、それを できるでしょうか。
私は、何か法外なことを、 提案していますか。
|
|
2:46
H: いいえ。
|
|
2:51
K: なぜなら、私にとって、 理論、思弁は、
心理的、霊的でも、 何の意味もないからです。
語り手にとって、 Kにとって、
意義があるのは、 事実を取り扱うことです。
事実とは、 起きてきたこと、
起きつつあることです - 起きるだろうことではない。
|
|
3:28
ヴァレーラ博士: で、 今、頭脳は事実ですか。
|
|
3:31
K: もちろんです。 V: どうしてそうですか。
|
|
3:32
K: なぜなら、それは、 機能しつつあるからです。
|
|
3:33
それは、言語的に何かを 疎通したい、
という意味で、 機能している
- そしてまた、おそらく 非言語的にも、です。
|
|
3:49
V: いいですよ。 意思疎通は、事実です。
が、あなたがそれを「頭脳」と 呼ぶとき、それは推論です
- 理論的な推論です。
|
|
3:57
K: もう一度、お願いします。
|
|
3:58
V: あなたがそれを叙述するとき - 頭脳が何らかのことをしていると、ですが、
それは、理論的な推論です。
|
|
4:05
K: それは事実です。
|
|
4:07
V: いいえ。なぜなら、 隔たりが、あるからです。
今の意思疎通の事実と、 「頭脳」という言葉を
使われたときとの間に、 推論が、あります。
なぜなら、頭脳は、意思疎通に 連携しているからです
- 長い一連の観察を とおして、ですが、
それらは、今ではありません。
|
|
4:21
K: もちろんです。
|
|
4:23
K: それは、今、 起きつつあります。
観察はずっとありました。
私はそれを言いました。
事実は、ずっとあったもの、 今、あるものです。
起きてきたこと、今、起きつつ あることです。ですね?
|
|
4:45
ベルグストロム博士: お訊きしてもいいですか -
あなたは本気で、洞察は頭脳と本当に 何か関わりがあると、仰っていますか。
または、それは、頭脳より 離れているのでしょうか。
|
|
4:58
K: 私たちは、洞察について議論して いますか。または、私たちは初めに、
自分たちが理論的に議論しているのか どうかを、確立しつつありますか。
私は痛みを持っています。
仮に、 私は痛みを持っている、とします。
シャインバーグ博士: それは事実です。
|
|
5:12
V: いいよ。さて、疑問はこうです
|
|
5:14
- 私たちはどうやって、そういう 事実を、扱おうとしていますか。
|
|
5:20
K: いいえ。私はどうやって、自分の 痛みより、自由になろうとしていますか。
それが、私が関心を 持っているすべてです。
|
|
5:27
S: いえ、いえ。あなたは、 飛躍されましたが。
初めにあなたは、痛みを持っています。 それは、あなたの事実です。
|
|
5:32
K: 待って。事実は、私が 痛みの中にいることです。
|
|
5:36
S: 終止符。 K: 全休止。
|
|
5:37
また、痛みからの自由が なければならないとの事実も、です。
|
|
5:43
S: なければならない、というのは、 どういう意味ですか。
|
|
5:46
K: それは、人間の本性です。 あなたは、何を仰っていますか。
|
|
5:50
H: Kが言っているかも しれないことは、こうです -
あなたは、痛みの中にいるとき、 どうにかそれを免れたいのです。
|
|
5:56
K: それは、 すべて事実です。
|
|
6:00
S: 私が言おうとしている ことは、こうです -
事実は痛みです。 次の事実は・・・
|
|
6:06
K: ・・・また、それを 免れたがっていることです。
|
|
6:08
S: ああ、それは、二つの事実です。 K: それらは、どちらも事実です。
|
|
6:09
S: そのとおり。いいよ。 それらは事実です。
|
|
6:11
K: が、ちょっと待って。
|
|
6:16
私たちは、痛みについて、痛みを持たない ことについて、議論していますか
- それは、理論に なりますが。
|
|
6:27
V: よし。私は、事実としての 痛みについて議論したいと思います。
さて、私は、その事実に 戻りたいと思います -
あなたが、頭脳という言葉を、痛みに 関係して使われた、ということに、です。
|
|
6:37
K: はい。さもないと、もしも 頭脳が機能しなかったなら、
私は、痛みが何であったかを、 知らないでしょう。
|
|
6:42
V: が、それは、推論ではないですか。 それは今、どのように起きつつありますか。
事実は - あなたは「頭脳」 という言葉を使われました -
過去に、関係を 作る人々がいたからですか・・・
|
|
6:52
K: 私はそれを、 目指したいと思います。
私はこれを、よく理解できません。 私は、論争していません。
|
|
6:56
V: ええ。たぶん私が、お話を 正確に理解していないんですが、
あなたが、「私は痛みを 経験する」と仰るとき、
これが今であることは、私たちの みんなにとって、明らかです。
さて、私がやってきて、こう言います - 痛みは、頭脳と関わりがある。
さて、これら二つの言葉、頭脳と 痛みを併置するための関係は、
長い一連の中間的な歩みを 持っています。
それは、人々の過去からの 仕事を、必要としました -
実際に、脳といったものの存在を 指摘した人たちのを、です。
それは、何か私たちが今、 していることではありません。
私たちは、頭蓋骨を開いて、 これが頭脳だと言って、
頭脳を部分に 切り分けてはいません。
|
|
7:42
K: どうぞ、それを 私にしないでください。
|
|
7:44
V: しませんよ。
で、そうね、私が 言っていることは、
あなたが「頭脳」という 言葉を、呼び起こした瞬間、
私は、推論と関係の大建造物をも 持ち込みつつあるのです。
それらは、 今ではありません。
|
|
8:00
K: はい。それは、 すべて過去です。
|
|
8:02
V: で、あなたが今、「頭脳」という 言葉を使われたとの事実は、どうやって、
現在の事実のみを取り扱いたいとの あなたの願望と、一貫していますか。
それを明瞭にして いただけるでしょうか。
|
|
8:16
K: 私はよく付いていけません。 私は、理解しようとしています。
私は 抵抗していません。
|
|
8:22
V: 私はそれを、何か 他の形で言えますか。
|
|
8:25
K: どうぞ、私たちの間で、理解して ください。私は何にも抵抗していません。
|
|
8:28
V: 絶対です。いいよ。 K: 私は探究しています。
|
|
8:30
V: 私はそれを、何か他の形で、 言い表してもいいですか。
|
|
8:32
私が関心を持っているかぎり、 あなたは正確に、
私たちが取り扱っているものの基盤を、 確立しようとなさっています。
そしてあなたは、仰います - 私たちは、 今あるとおりの事実を、取り扱えますか、と。
物事についての理論を、 ではなくて、です。
で、次の瞬間、あなたは、 「頭脳」と言いますが、
私たちが理論を呼び起こさなければ、 それは言えないと、
私は主張しています。
|
|
9:03
K: 同意します。
|
|
9:04
V: いいよ。で、すると、これら二つの ものは、どうして一貫していますか。
|
|
9:08
K: 頭脳は、長い進化の 結果です。ですね?
|
|
9:14
V: それもまた、理論です。 K: いいえ。それは事実です。
|
|
9:17
V: 私たちは、自分たちが今、経験 していることから、それを言えますか。
|
|
9:20
K: それは事実です。 B: すると頭脳は、事実です。
|
|
9:25
ピート博士: 私は手に痛みを 持つなら、痛みがありますが、
|
|
9:27
頭脳について話すことは、 何か私が教科書の中で
|
|
9:28
読んできたことについて 話すことです。
この上のあれは、たくさんの 神経細胞があって・・・
|
|
9:39
K: はい。もしも、頭脳を持って いなかったなら、私は感じないでしょう。
神経と、 その他すべてです。
|
|
9:46
V: が、それを、あなたは、今自分が 行っている観察から、知りません。
|
|
9:50
P: 私たちは、自分の頭脳を 経験しません。
私たちは、ここの中にある 何の事実をも、経験しません。
私は、神経を、結合を 経験しません。
|
|
10:06
K: 単純に私に 語ってください。
私は、愚かな人ですから、 単純に私に語ってください。
|
|
10:11
H: おそらく、私たちが言おうと していることは、こうです -
今、現実に起きつつ ある事実が、あります。
そして、未来にある 幾つかの事実です。
|
|
10:20
K: 未来ではない。 私は、過去と言いました。
私は、記憶すべて等々をともなった 過去もまた事実であると、言いました。
|
|
10:31
S: が、それは飛躍です。私たちが 言っていることは、こうです -
あなたが本当に持っている すべては、あなたの痛みの事実です。
それからあなたは、その痛みより自由で ありたいとの事実を、持っています。
が、あなたが、 その発言をなさるとき
- 頭脳は、痛みの経験に 責任があると、です -
あなたは、言語の新しい世界 全体に、入ったのです。
それにより、頭脳という 言葉を、使うとき、
それはあなたを、人々が行って きた想定へ、結合させます -
頭脳は何であるのか、頭脳は何を するのかについて、です。理論へ、です。
|
|
11:05
K: 私は、それについて 何も知りません。
|
|
11:07
S: するとあなたは、 「頭脳」を使えません。
あなたが持っているすべては、事実、痛み です。それが、持っているすべてです。
|
|
11:12
K: 待って。いいですよ。私が 持っているすべては、痛みです。
|
|
11:18
S: あなたは、痛みを 持っています。
|
|
11:19
K: また、私は痛みより自由で なければならないとの事実も、です。
|
|
11:22
S: それが、あなたが 持っているすべてです。
|
|
11:26
K: いいですよ。 そこから進行してください。
|
|
11:29
V: いえ、いえ。論点はこうです - 私は本当に感謝いたします。
正直に言って、これらの会話を 行うことを、です。
私たちはみんな、 生物学者や科学者です。
で、仮に、その探究が、 科学がそれに寄与できることと、
何か関わりがある、 とします。
そうでないかもしれない、そう かもしれない。
それは開かれています。
科学が寄与できるものが、 何かあるなら、
それは、科学が言えることへ 語らなければなりません。
頭脳や原子のようなもの、 または、何でも、ですが。
|
|
12:11
K: ええ、理解できます。
|
|
12:13
V: で、あなたが、それを 引きはがして、
私たちが持っているすべては、今の 経験の瞬間だと仰るなら・・・
|
|
12:18
K: 私は、そのすべてを 引きはがしません。当然です。
|
|
12:20
V: いいよ。で、私たちは、頭脳を 呼び起こさなくてはいけません。
ゆえに私たちは、今の即時の経験の 中から、跳び出さなくてはいけません。
K: はい。同意します。
|
|
12:26
V: よし。
|
|
12:27
B: それで、痛みから 自由であるために、
|
|
12:28
私たちは今、頭脳に何かを しなければいけません - 薬で・・・
|
|
12:39
K: ええ、私は医師へ行きます。 彼は私に、錠剤をくれます。
私はそれを飲みます。 痛みは去っています。
|
|
12:43
B: はい。それは、頭脳に影響 します。それは事実ですか。
痛みから自由になる この過程
- 錠剤か何かを 摂ることですが -
それは、事実ですか。
または、それは理論ですか。
または、あなたは、どう 仰るのでしょうか。
|
|
13:00
H: 私たちは言えるのでしょうか - 何でも 頭脳の内側で進むことは、事実である、と。
それが幻影であっても、 それが痛みなどであっても、です。
が、おそらく違いは、
それがこの瞬間に実際に起きつつ あるのか、ないのか、です。
K: そうですか。
|
|
13:17
H: おそらくね。私は知りません。
|
|
13:19
P: あなたは、痛みを持っています。 それは事実です。
|
|
13:22
そして、あなたが痛みを 免れたいとの事実です。
そのとき、 知識と科学は、
次のどの歩みとも、 何か関わりがありますか。
知識と科学は、次の歩みに 入ってきますか。
|
|
13:33
V: はい。現実との関係は、 何ですか・・・
|
|
13:37
K: そして知識との間で、です。それに 留めてください。やっと、です。
今、起きつつあること、痛みと、 知識との間の関係は、何ですか。
|
|
13:52
V: 頭脳等との、です。
|
|
13:54
K: あなたが仰る知識とは、 どういう意味ですか。
ゆっくり行ってください。 私は科学者ではありません。
|
|
14:02
V: 私は、ただの見習いです。
|
|
14:04
K: 私は人間です。 私は科学者ではありません。
あなたが仰る知識とは、 どういう意味ですか。
知識とは何ですか。
知識は、様々な経験、 出来事の蓄積です。
それらの経験は、甚大なのかも、 きわめて小さいのかもしれません。
それらすべての経験は、 知識になったのです。
ですね?
記憶として頭脳の中に 蓄えられた知識、です。
それだけです。そこから思考です。
|
|
14:46
V: はい、絶対に。
私は、もう一つのことを、 付け加えるでしょうね。
すなわち、
科学的な知識は、こう言う人々の 間の言語の合意により
蓄積される、ということです - 「これは事実です。
私たちは同意しますか」「ええ、私たちは 同意します」と言う人たちの、です
- で、私たちは、それを 片付け、次へ移ります。
で、それは、この想定と前提条件 とのネットワークに、なります。
|
|
15:08
K: それはそれらです。 私はそれを言いました。
知識は、 そのすべてです。
さて、知識は どんな所を、持っていますか。
知識の、痛みへの関係は、 何ですか。
ですね?
それは、疑問ではありません。
それは、事実です。
もしも知識がなかったなら、 私は痛みを持たないでしょう。
|
|
15:36
S: 何ですか。
|
|
15:41
V: 今、どうぞ、ゆっくり 行ってもらえますか。
この点で、あなたはゆっくり 行かなければなりません。
|
|
15:47
K: 私はゆっくり行っています。 どうぞ、みなさんは、科学者です。
みなさんは、熟達者です。 私はそうではありません。
|
|
15:52
V: 私は、 ただの人間です。
|
|
15:55
K: 私は、知識は、頭脳に 蓄えられていると、言っています。
または、心臓に、または、 それを何と呼びたいにしても、
それは、蓄えられて います。
ですね?
私たちは、その知識でもって 機能します -
大工として、外科医として、 心理学者として、です。
ですね?
私たちは、自分が学んできた ものでもって、機能します -
知識として、 蓄積されたもので、ですね?
|
|
16:33
V: 絶対です。
|
|
16:35
K: 私は英語で、あなたと 意思疎通します。
または、お望みなら、フランス語で、 またはイタリア語やスペイン語です。
私は、それら四つを 知っています。
で、私たちは、互いに 意思疎通できます。
で、知識が、あります - 蓄積されています。
その知識の、行為への 関係は、何ですか。
そのように表しましょう。
痛みではない。
痛みは、 当分の間、放っておきましょう。
いいですか。同意なさるでしょうか。
|
|
17:02
V: 現実性です。
|
|
17:05
K: この知識が ありますね。
私は行為しなくては いけません。
行為は、知識から 生まれますか。
|
|
17:20
H: そうです。 そのように思われます。
|
|
17:23
V: それが、あなたが 訊ねておられる疑問ですか。
|
|
17:25
K: 私は問うています。 見たところ、そう思われます。
いいですか。同意ですか。
|
|
17:34
V: それは あまり明らかではありません。
|
|
17:37
B: 頭脳の中で、 だけではない。
|
|
17:39
K: 少しの間、頭脳を 放っておいてください。
私たちは少し後で、それに 戻ってくるでしょう。
|
|
17:43
V: それは、さほど明らかではありません。 なぜなら、私がそれを見つめるなら、
私は、知識が行為と何か関わりが あるのを、見るからです
- 現在の状況の 顕現と、です。
|
|
17:57
K: で、私たちは、行為が何であるかを 探究しなくてはいけません。
|
|
18:00
V: が、開始するのは知識だけだ、 ということには、なりません。
|
|
18:04
K: 待ってください。知識があります。 私たちは、そこへ来たのです。
行為とは何ですか。
行為は、記憶、知識に 沿ってなのか
- 過去から、ですが -
あるいは、未来において、 観念または理想をもった行為、です。
過去に沿ってか、あるいは、 未来に沿って、です。
「私はこうしよう」とね。
|
|
18:45
V: が、あなたの叙述が及ばない 行為については、どうですか。
私の経験では、
それは、どこからも生まれたと 思われない行為です。
|
|
18:53
K: 待って。私はそれに来ようと しています。言語を外れている。
|
|
18:56
V: どこからでもなく、場違いに、 です。私はそれを突き止められません。
|
|
19:00
K: 私たちは、一分後に そこに来るでしょう。
過去、記憶から 生まれた行為 -
私はこれをしてきた。
私は 明日、あれをするだろう、と。
で、私たちが行為について知っていることは 過去から生まれるか、未来からです。
|
|
19:18
H: で、行為には、 情報が関与しています。
|
|
19:24
K: 同意しますか。 すると、
それは、 制限された行為です。
|
|
19:36
V: それは定義上、あなたが持っている 知識により、制限されています。
|
|
19:38
K: または、あなたが 蓄積してきた知識、
人種が蓄積してきた ものによって、です。
|
|
19:44
H: ところが、現在、 過去や未来は、大事でないと、
あなたは、そう 仰っていますか。
|
|
19:49
K: 行為が過去や未来に 基づいているとき、
その行為は、間違いなく、制限 されているにちがいありません。
|
|
19:56
B: 別の種類の行為が ありますか。
|
|
19:59
K: ちょっと待って。私たちは そこへ来るでしょう。
|
|
20:01
B: 私は、それに興味を 持っています。
|
|
20:05
K: で、制限されていない 行為が、ありますか。
なぜなら、行為が 制限されているなら、
それは、葛藤を創り出すに ちがいないからです。
|
|
20:19
P: たぶん私は、すっかり その距離まで行っていません。
私は、その距離全部を すっかり行きません。
知識から生まれた行為すべてが、 制限されているにちがいないなら・・・
|
|
20:30
K: いえ、私は、そう 言いませんでした。
|
|
20:31
P: 知識から生まれた行為は、 制限されているにちがいない、と。
|
|
20:34
K: 私たちは最初に、過去や未来に沿った 行為は、制限されていると、言いました。
|
|
20:42
V: 定義からして、です。 なぜなら、あなたは、
知識の制限された資源の上で、 行為しているからです。
|
|
20:46
P: 待って。私は、このグラスを 取り上げ、水を飲みます。
それは、制限されていますか。 それは、葛藤に繋がりますか。
|
|
20:53
V: 葛藤に繋がることについて、私は 確かでないが、それは制限されています。
私が理解するところ、この意味で、 それは制限されています -
例えば、あなたが、左利きでなく、 右利きの人であるなら -
そして、あなたは右手で、それを 取り上げます。
左手で、ではないが、
私はそれを、左手で 取り上げます。
なぜあなたはそうして、私はこうする のかは、私たちが、違った接近の様式を
蓄積してきたからですし、 それは、制限されています。
そういうわけで、あなたは それを手で取り上げるのです
- 足でもって、ではない。
|
|
21:18
P: が、それは、 単純な、機械的な、
自給自足した 行為だけでありえますか
- 始まって終わり、 それで終わるものですか。
|
|
21:24
V: これが、私たちが来ようと している点です -
制限された行為は、なぜ葛藤に 繋がっていますか - 必然的に、です。
それはありえます。それが ありえるのは、明らかです。
|
|
21:32
K: 私は説明しようと しています。
私は、自分自身について、 一日中、考えているなら
- ほとんどの人々が そうします -
それは、きわめて小さい行為、 制限された行為です。
私が、民族、国家と連携しているか、 同一視されているとき、
それは、きわめて 小さな行為です。
ゆえに、戦争が あります。
戦争の理由の一つは、 民族主義です -
経済的な分割などなどに 基づいています。
ですね?
それはすべて、 きわめて制限されています。
ですね? 同意しますか。
|
|
22:21
V: 絶対です。
|
|
22:22
P: まあ、これらは、 心理的な行為、作用です。
それらは、関係における作用です。
|
|
22:26
K: 物理的な行為さえも、です。
|
|
22:27
P: まあ、ええ。が、それらは、 単純なことと関わっていますか
- 穴を掘るとか、 火を点すように、です。
それと、より大きな行為との 間で、区別しましょう
- 民族主義や関係により 動機づけられるものと、です。
|
|
22:44
H: あなたは、制限の中で行為を 持つかもしれないと、思われます
- それもまた、 理性的でありえます。
それは必ずしも、葛藤を 創り出さないかもしれません。
それは、明白だと 思われますね。
が、あなたは別の問いを 述べておられると、思います
- すなわち、 心理的に、あなたの行為が、
制限に基づいているとき、 葛藤があります。
|
|
23:06
K: 私はこう言いました - 私が 私自身について考えているとき、
私は自分自身で、穴を 掘っている。
それは小さい。
ですね?
|
|
23:18
V: はい。
|
|
23:20
K: 私が、私の未来、私の問題、 私の妻について、考えているとき、
それはすべて、 囲い込まれていて、小さい。
|
|
23:28
H: で、葛藤を創り出すのは、 対立し合う制限です。
|
|
23:31
K: はい、当然です。ですね? あなたは疑っておられる。
|
|
23:35
V: はい。私は疑っています。 なぜなら、あなたが、そう仰るとき
- 知識は、参照点として 「私」を持っているなら、
それは、葛藤を創り出すだろうと 思われるからです。
はい。
問いですが、それは必然的に、その「私」 の参照を、持たなくてはいけませんか。
または、制限された行為、制限された 理解の可能性が、ないですか
- 「私」を参照点として 持たないものの(それ)が、です。
|
|
24:01
K: 私が穴を掘っているとき、制限 された行為が、あるかもしれません
- 彼の例を 採ると、ですが、
私たちは、はるかに広い主題に ついて、話しています。
|
|
24:12
V: いいえ。より広い主題 さえも、例えば・・・
|
|
24:14
K: 私が言いたいことを、 終了させてください。
制限から生まれたどの行為も、必然的に 葛藤を、創り出すにちがいありません。
私が科学者であり、私は自分の経歴に のみ、関心を持っているだけなら
- 私の研究に、私の調査に のみ、よろしいですね -
それは、きわめて 小さな事柄です。
私は、外側の世界で起きることを、 ちっとも気に掛けません。
|
|
24:50
V: それは、思考の 制限ですか。
または、それは、その種類の 思考の制限ですか。
|
|
24:54
K: それは、 思考の制限です。
能力の制限、 環境の制限です。
私は、あらゆる物事を 含めます。
|
|
25:04
B: 私たちはどうやって、 これを拡げられますか。
|
|
25:06
K: ちょっと待って。私たちは そこへ来るでしょう。
理解されますか。私たちは、 互いに疎通し合ってきましたか。
|
|
25:13
V: 私は、あなたが仰っていることを 理解すると思いますが、またもや、
あなたは、私にとって、知識の 本性から、一種類の知識の本性へ
移っておられるように 思われます。
|
|
25:24
K: いいえ。私たちは 知識から出発しました。
私たちは、自分たちが 同意し合うのを、知っています。
そして私は、行為は知識へ、どんな 関係を持っているかと、言いました。
|
|
25:32
V: いいです。あなたは、知識から 生まれたあらゆる行為は、
制限されていると、言いました。 それは、葛藤を創り出す、と。
|
|
25:40
K: はい。なぜなら、知識は 制限されているからです。
|
|
25:43
V: はい。が、またもや、私は、関係の その歩みを、検討しようとしています
- 制限された知識から生まれた 制限された行為の間で、です。
それらが制限されていることに 私たちは同意します。
そういう行為は必然的に 葛藤に繋がるとの結論に、です。
あなたが、知識へ、特別な 性質を、呼び起こしたとき
- それは、自己中心的な知識です。
|
|
26:07
K: さて、お待ちください。私たちは
知識と行為と言いました。
私たちは どちらも、それを理解しますね。
そして、どの制限された 知識から生まれた行為も、
行為もまた、制限されているに ちがいありません。
次の歩みです - そういう行為は 分割を、生み育てます。
それを一歩一歩、 進みましょう。
|
|
26:41
V: 分割。ええ。 区別です。
|
|
26:43
K: 分割があるところ、葛藤が あるにちがいありません。
|
|
26:46
B: はい。 S: それは真実ですか。
|
|
26:48
K: ちょっと待って。 彼が考え抜いています。
|
|
26:50
V: 私たちは、こう 言わなければなりません -
|
|
26:57
私は、「私」といった分割への絶対的な 参照点を持つ、この特別の性質が、
生ずるときだけ、葛藤が 生ずるのが、見られます。
|
|
27:09
K: これは分かりますよ。
|
|
27:11
V: 分割は、それ自体で 葛藤を、引き起こしません。
分割を分割的にするのは、分割、 足す、堅固な参照点です。
|
|
27:19
P: 仮に、あなたが 実験室で働く、とします。
あなたの知識は、 制限されています。
あなたは、この薬品やこの化学物質や 何にでも、取り組んでいます。
あなたは、外側のすべての ことについて、忘れます。
さて、あなたは、そこに自己は ないと、言うかもしれませんが、
それは、世界のために、葛藤を たくさん創り出すのです
- あなたの出発点がこうも 制限されているとの事実は、です。
あなたは、環境全体を勘定に入れない し、自分がしていることの含蓄を
勘定に入れません。
|
|
27:41
V: 私はそれが見えません。
その隠喩を、環境論の隠喩に 移行させましょう。
私がキツネを取り上げるなら、 キツネは、ウサギを好みます。
キツネの、 これら他の動物を追い回す
制限された傾向は、 制限ですか。
なぜなら、彼らは、全環境システムを 勘定に入れないからです。
それは、 実情だと思われません。
環境システムは、きわめて 調和的な総体です -
その中で、そのあらゆる部分は、 制限された役割を、持っていますが、
それらはすべて、調和的な 総体として、働きます。
K: 私たちはそうしません。
|
|
28:16
V: なぜですか。いえ、私は、
|
|
28:17
環境システムという意味で、言って います。人間たちではありません。
|
|
28:19
人間たちは、何か特別なものを、 付け加えます
- それが、あなたが 指摘なさっていることです。
知識へ、制限された知識へ、 何か特別なものを、付け加える。
それは、「私」たることの 堅固な参照点です。
これを、キツネはしません。それは 単純に、自らがすることを、します。
|
|
28:37
S: それは、違いと分割との間の 区別でないですか。
あなたは、違いと分割を 一緒くたにするように思われます。
|
|
28:46
K: 分割 - いいですよ。その分割 という言葉に、拘りましょう。
|
|
28:48
S: いえ。違いと分割との間に 区別を付けましょう。
|
|
28:52
H: あなたがいう違いと分割とは、 どういう意味ですか。
|
|
28:54
S: 言い換えるなら、キツネは、 ウサギより違っています。
|
|
28:58
V: 彼らは、ウサギをどう追いかけるかを 知っているだけです。鳥ではない。
|
|
29:02
S: それは違いですが、 それは分割ではありません。
|
|
29:06
K: ええ、もちろんそうです。 あの樹は、私より違っています。
|
|
29:10
S: そのとおり。 V: そこには 必ずしも、葛藤はありません。
|
|
29:11
K: もちろんです。 V: いいよ。
|
|
29:14
で、すると、私たちは こう同意します -
|
|
29:15
制限された知識からの歩みと、 分割や区別を創り出すことは、
必ずしも、葛藤に 繋がらない、と。
なぜなら、例えば キツネは、
自らの世界の知識が 制限されていても、
葛藤を 創り出さないからです。
|
|
29:31
K: インドやベイルートで 起きつつあることを、見てください。
または、アラブと イスラエルを、です。
|
|
29:42
V: 私は自分自身、(チリの) 内戦を経てきました。
|
|
29:44
K: はい、あなたはそれを ご存じです。で、何が起きますか。
何が、この分割を もたらしてきましたか。
|
|
29:53
V: それは、分割に加えて、
「私」は正しいとの感覚によって、 もたらされてきました。
|
|
29:59
K: はい、それですべてです。
|
|
30:03
V: いえ。ですが、どうぞ、 理解してください。
私は、その点を 否定していません。
私は全面的に、それが 分かると思いますが、
私たちは、特別なそれを、 分離しなくてはいけないと、
私には思われます。
すなわち、
「私」たることや自己中心性を 知識そのものからです。
その知識そのものは、制限された 様相で、存在できます。
|
|
30:21
K: 理解しますよ。それらの本の 中の知識そのものは、ね。
|
|
30:25
V: いえ、いえ。私の知識と しての、知識そのものです。
例えば、私は、この水のグラスを 取り上げられる、とか、
経済や鉄道の駅を どう営むのかとか、
といった、 より大きな知識です。
|
|
30:39
K: もちろんです。 それは理解できます。
|
|
30:44
V: 私は、知識の区別だと 思えるものを、
特定の種類の知識に、 置き換えないようにしています。
|
|
30:55
P: 私はそれについて、 すっかりは付いていけません。
特に、キツネに ついてのものは、です。
私は、それがキツネと人間との間の 良い類似だとは、思いません。
たぶん私たちは脱線 していくと、私は思います。
|
|
31:07
H: おそらく私たちは、 問いに戻るべきでしょう -
すなわち、私たちの行為すべては、 知識から生まれるように思われる、と。
|
|
31:14
K: はい。その知識は、
私たちがすでに言いました ように、制限されています。
で、行為は制限されています。 ですね? そこから出発しましょう。
|
|
31:27
私にとって、 次の歩みは、こうです -
知識は制限されているので、 行為は制限されている。
それが、人間の分割の 理由の一つか、原因の一つです
- 彼らの関係において、 です。
「私」、私の観念、 私の野心、
彼の観念、彼の野心、
彼の競争心と私の競争心、 私の攻撃性などです。
この常なる分割が、自然に世界で 葛藤、抗争を、生み育てています。
それがすべてです。
待って。
それに 合意しましょう。
そして私はこう言います - 「後生です から、この葛藤を止めましょう」と。
なぜなら、それは、人間たちを 殺しているからです
- ロシア人、アメリカ人、 民主主義者、全体主義者、そうね、
アラブ人とユダヤ人、 イスラム教徒とヒンドゥー教徒、
シーク教徒とヒンドゥー・・・ 私たちは、破壊し合っています。
32:51
私は自分自身に言います - このすべてを見て、
制限されていない 行為が、あるのか、と。
それがすべてです。
これを超越し、これを 乗り越えるものが、です。
さもないと、私たちは これを解決できません。
あなたは、あなたのに拘る・
・・ 私は、私のに拘る・・・
私は私のインド人に、彼は 彼のアラブ人に、拘ります。
そして私たちは 戦いますね。
で、私たちは、 意思疎通できますか -
あなたのアラブを落とし、 私のヒンドゥーを落として、
「ほら、人間として、 この問題を解決しよう。
互いに殺し合わない ように」と、言えますか。
で、分割的でない、制限されていない 行為が、ありますか。
ですね?
あなたは、それに 同意されるでしょうか。
さて、私たちは、どうやって それを、見出すことになりますか。
それが、私の論点 すべてです。
|
|
34:14
V: 私にはこう 思われます -
あなたは同時に、二つの 質問をなさっている、と。
望みが、この闘争が止められる道を 見つけることであるのか、です。
|
|
34:29
K: それは一つの問いです。
|
|
34:31
V: それが絶対的に本質的で、必要なこと であることに、私は十分に同意します。
答える可能性が、二つあると、 私には思われます。
一つは、あなたが提案なさる ものです - すなわち、
私たちは、制限から生まれて いない行為を、持てますか。
が、他の可能性は、 こう言うことです -
知識から生まれた、ゆえに 制限されているが、
視点や「私」たることを 防衛することに
集中していない行為を、 学ぶ可能性は、ないのか、と。
K: もちろんです。
|
|
35:08
V: しかし、私には、
どちらも対等に妥当します。
対等に妥当な行為の進路です。
K: どちらも妥当するし、どちらも この一つの問いに、収容されています。
|
|
35:14
V: どちらも、同じ問いに 収容されています。
|
|
35:17
S: 私は問いを、もう一つの 付け加えたいです。ちょっと待って。
どちらも、この一つの問いに、 収容されていますが、
今、もう一つの問いが、 あります。
ここに座っている私たちは、 この意味で、みんな科学者です。
科学の中か、科学的な やり方の脳研究の中から
出てきたことの一つは、
私たちが、自らがすでに知っている ことへの参照以外で、けっして、
何をも知覚しない、という 事実であったのです。
|
|
35:40
K: 私はそれを 問います。
|
35:42
S: あなたがそれを問われるのは、 存じていますが、私には、
そこには或る種の議論の際が あるように、思われます。
なぜなら、それが 真実であるなら、
私たちが、無制限の行為を 発見できるただ一つの道、
私たちが採れるただ一つの道路は、 あの種類の状況を通して、です。
K: それは理解します。
S: それが真実でないのなら、
制限されない行為を持つことは、 可能なのかもしれません。
さて、私たちはどう議論できますか ・
・・あなたは、それを問われます。
そして、これら他の 発言が、あります -
それはあなたを問うという 趣旨の、です。
K: はい。何を仰ろうと していますか。
|
|
36:19
S: 私は、科学者たちの間には、 或る問いがあると、言っています -
|
|
36:20
知識の中から生まれていない 行為を持つことが、
可能であるのか どうかに関して、です。
知覚はいつも、知識により 支配されます。
|
|
36:34
P: そして行為は、 知覚から進みます。
|
|
36:36
V: 絶対的に公平です。ゆえに、 二つの別々の問いが、あります。
一つはこうです - 私たちは、制限されて いない行為を、実際に発見できるのか。
二つ目は、その行為は、何か 科学たるものやその言うべきことへ、
とうてい関係づけられうる ものなのか。
|
|
36:51
K: または、人間の生や、人間存在へ、 です - それは科学の一部です。
|
|
36:59
S: 私が興味を持っているのは、 こうです - 私たちは本当に、
制限された行為を、知っている だけです。
|
|
37:07
K: それがすべてです。
S: それが、私たちが知っているすべて です。
それが、ただ一つの事実です。
K: 同意します。
進まないでください。
そして誰かがやってきて、 こう言います -
おそらく、制限されていない 行為がある、と。
|
|
37:20
S: そのとおり。
|
|
37:23
K: 私が全的に盲目で 聾唖で愚かでないならば、
私は彼の言葉を 聞きます。
|
|
37:30
B: 私は、戻りたかっただけです - 頭脳にだけ、ではなく、
昨日私は、幼い子どもに ついて、話しました。
子ども時代には、行為がさほど 制限されていない段階が、あります。
それは、もちろん始まります - そのとき、制限が、ですが、
始まりに彼らは、何か さほど制限されていない
行為の性質を、 持っています。
彼らは、環境の全体へ 開いています
- 家族へ、 他の子どもたちへ、です。
彼らは、他の民族の人とで 区別しません。
|
|
38:11
K: はい。赤ちゃんは、そうしません。 子どもたちは、そうしません。
後で彼らは、訓練されます。
|
|
38:17
B: 彼らは訓練されます。全くです。
|
|
38:19
K: 彼らは、黒と紫と青の人を 嫌うよう、教育されます。
|
|
38:22
B: 私が一つのことを言ってもいい ですか。私たちは、年を取るとき、
やはり、この幼い子どもの 頭脳を、持っています -
私たちの頭脳の中、私たちの 成熟した頭脳の中に、です。
私たちは、それを持っています。
私たちは、それを知っています。
それから、私がそれを見るところ、 私たちは、自分の頭脳に持っています。
ごめんなさい。
私は 頭脳について、話しています。
私たちは、作用できると知られた この部分を、持っています。
- すっかり制限されていなくて、 さほど制限されていないものを、です。
で、私たちは、そうしなくては いけないと、私は思います -
科学者として私は、そう言っています。
私たちはもう一度見つけなくてはいけない。
私たちは成人なので、この子どもらしい 視野を、見つけなくてはいけない、と。
理解されますか - 幼い子どもの価値を、です。
|
|
39:18
K: あなたもまた、同じことを 違った形で、言っています。
すなわち、私たちのみんなの中に、 神聖な火花がある、と。
それは、同じことに なります。
どうぞ、私は、それを 笑っていません。
|
|
39:39
V: いえ、私は類比がすばらしいと 思ったから、笑っています。
|
|
39:43
K: 何百万の人々が、自分たちの中に、 何かがあると、感じます -
通常の頭脳より はるかに優っていて、
環境、経済等々よりはるかに 優っているものが、と。
|
|
39:57
S: クリシュナジ、もしあなたが、 幼い子どもを取られるなら、
三ヶ月の子どもで行われた 実験が、ありました。
これらの子どもは、留め置かれて、 そこで彼らは、母乳を吸っていました。
もしも彼らが、 あの母乳を吸ったなら、
壁には、焦点のぼけた 映像が、ありました。
壁には、移り変わる 映像が、ありました。
もしも彼らが、この母乳を 一定の形で吸ったなら
- これらは、 三ヶ月の子どもたちでした -
映像は、焦点が 合いました。
そしてその子は、応答しました。
三ヶ月の子が、積極的に、
自分はその焦点を合わせられるとの事実 に、です。
で、こういうことです -
焦点へ応答する何か、組織体の中に 組み込まれたものが、あります。
|
|
40:52
H: 私が何かを言ってもいいですか。 Kは質問を出しました -
制限から生まれていない 行為が、あるのかどうか、と。
|
|
41:00
V: 制限から生まれていない。
|
|
41:06
H: 私たちはどうやって、 見出そうとしていますか。
|
|
41:08
P: 私は、ディヴィッドが その問いを付け加えたと、思います
- 知識を必要としない知覚が、 ありうるのでしょうか、と。
|
|
41:16
V: いいよ。そのものへ 拘りましょう。
|
|
41:20
B: が、幼い子どもには、 この種の知覚が、あります。
|
|
41:24
V: 私は実際は、 あなたに不同意です。
なぜなら、あなたの幼い子どもは、やはり 知覚している、やはり制限されているからです。
|
|
41:31
B: 私は今、ここで、 幼い子どもです。
|
|
41:33
V: ええ。でも、 幼い子どもは、違っています。
それは違っているから、 制限が少ないわけではない。
それは、同じだけ 制限されています。
|
|
41:40
H: 私たちはおそらく、元来の 問いへ、戻られますか。
知覚とは何かを訊ねることから やってみましょう。
|
|
41:52
V: 究明を、継続しましょう - 私たちがどうして、この無制限の行為、
この無制限の知覚を、知りうるのか、 知ることになるのかの、です。
|
|
42:03
S: それは、可能ですか。 それが、論点全体です。
科学は、いや、無制限のと いったものはない、と言います。
|
|
42:09
B: いえ。科学は、幼い子どもには あると、言います。
|
|
42:15
K: ちょっと待って。
世界には、「神がおられる」と言う 人々が、何百万もいます。
あなたがやってきて、「それは ただの思考の創案だ」と言います。
彼らは、「いいよ、地獄へ行け。
私は 崇拝しつづけるだろう」と言います。
そういうものです。
私たちは その立場にいないと、私は望みます。
V: で、究明しましょう。
|
|
42:35
K: で、私たちは それを探検しなくてはいけません。
|
|
42:38
私たちは、或る点に、来たのです。 私たちは、こう言ってきたのです
- 制限された知識から生まれた 行為は、分割的である。
ゆえに、分割があるところ、 葛藤が生ずる、と。
それが、私たちが 述べてきたすべてです。
それから、次の問いが 生じました -
制限されていない行為が、 ありますか。ですね?
|
|
43:10
S: いいよ。
|
|
43:13
K: さて、あなたは、どうやって 見出そうとしていますか。
|
|
43:20
H: 何か提案を 持っておられますか。
|
|
43:22
K: 私は、訊ねています。 あなたたちは、科学者です。
|
|
43:24
V: 私は前に言いました。私は 全面的にディヴィッドに同意します。
科学的な枠組みの 視点からですが、
その問いへ接近する道は、 ないのです。
が、同時に、 一人の人間として、
私自身の精神を 検討することにより・・・
|
|
43:39
K: あなたは、人間です。 科学者ではない。
私は人間です - 科学者として。
|
|
43:44
K: 私たちは人間として話し合えます。よし。
V: でもまた、私はたまたま、科学者と して、この技能を持っています。
|
|
43:49
K: はい。それは、 二次的に重要です。
|
|
43:53
V: が、人間として、私が 自分の精神を観察するとき、
私は、自分がする一定の行為が あることに、注目します
- それらは、知識より出てくる ように思われなくて、
それら自体から生まれるように 思われます。
|
|
44:05
K: 私たちは 見出しましょう。
|
|
44:07
V: いいよ。これは 今、観察です。
|
|
44:09
K: はい。で、それは偽りなのかも しれない。それは真実なのかもしれない。
|
|
44:14
V: それは観察です。 S: 私たちが進む前に、
|
|
44:16
私は彼に、この問いを 提起したいと思います。
それは、構想可能ですか。
または、真実でないのですか。
すなわち、私たちの科学的な究明の中で しょっちゅう、私たちが、
この行為は無制限より生まれると 考えるとき・
・・
こう見えるように思われます - さらなる究明において、
私たちは、それがいかに 制限されていたかを、発見する、と。
しょっちゅうですよ。
|
|
44:42
V: 私がそれに抗弁できそうな ものは、何もありません。
|
|
44:45
K: 私は、制限されていない 行為が、あるのかどうかを、
見出したいと思います - そして、 意識的にか、無意識的に、
知識に連結していない行為が、 です。同じことです。
|
|
45:03
V: いいよ。 私たちはそこにいます。
|
|
45:06
S: それは、私が最も機敏に それを追いかけるために、
あなたが許容可能でなくては いけない、という意味です -
私は、それが本当にあなたの知識の 中から出てこなかったことを、
お示しする道を見つけられるのか どうかを、見出すように、です。
K: はい。私は進んでそうします。
|
|
45:22
S: いいよ。
|
|
45:26
K: その問いへのあなたの 応答は、何ですか。
|
|
45:31
V: 私は、自分が知っている すべてを言ったと、思います。
|
|
45:35
K: あなたが仰ったことは、存じて いますが、もう少し深く入りましょう。
|
|
45:38
V: いいね。
|
|
45:42
K: 私たちは、 質問をしています。
|
|
45:48
そこに制限がない行為が、 ありますか。
自己は、制限されています - 「私」は、ですね。
自己は知識です。
ゆっくり行ってください。
私は説明しましょう。
自己は、記憶の束です。
ですね?
で、その自己が行為している かぎり、制限が、あります。
で、自己に、終わることが ありますか。
継続するのではなく、 終わる。
それが、私たちの 第一の問いです。
全体を終わらせる・
・・私は、「意識」 という言葉を、使ってもいいですか。
そのすべての記憶をともない、 そのすべての恐れ、悲しみ、
痛み、心配、憂鬱、信仰、 信念をともなって、ですが、
意識の内容全体が、 思考の動きです。
ですね?
同意しますか。 それが自己です。
それが知識です。
私たちは、自己は一連の記憶全体 であると、言いました - それは束です。
その行為が、そこから生まれている かぎり、それは制限されています。
ゆえに、葛藤です。
私たちはそれに同意 しました。
|
|
48:01
V: はい。
|
|
48:02
K: で、自己は 終わりえますか。
制限されていない行為が あるのは、そのときだけです。
それは、論理的な歩みです。
|
|
48:18
V: ええ、絶対に。
|
|
48:21
K: 自己は 終わりえますか。
自己は、こうも 欺瞞的です。
それは、最も聖なる 物事の裏と
最もとてつもない想像の裏にも、 隠れられます。
そして科学的なことに、何にでも、 それは、ゴキブリのように隠れられます。
その自己は、 終わりえますか。
マントラという言葉を、お聞きに なったことが、ありますね。
その言葉は、それを 意味しています。
その言葉の本来の語源的な意味は、 ならないことについて、
熟慮する、じっくり考える、 冥想する、です。
そしてまた、自己中心的な活動 すべてを片付ける、です。
その言葉の意味は、そうです - 根本の意味は、です。
私が言っていることを、 理解されますか。
49:33
ならないことについて、熟慮、冥想 する。それは、無量の要因です。
それは、心理的な進化が ないことを、意味しています。
私にとって、進化する 「私」は、ありません。
が、私たちは、継続する 「私」があると、考えます
- 天国においてか、地獄に おいて、よろしいですか。
私は本を書きます - それがある。
不滅だ、と。
またはあなたは、それを くずかごへ、放り込みます。
で、自己は、一連の 記憶と時全体ですが、
それは、完全に 終わりえますか -
それが、最も欺瞞的なものである ことを、知って、です。
いいですか?
見出してください。
私は、それが全的に終わりうると 言います。そして、この世界に生きる。
|
|
50:48
V: まあ、それが実に 終わりうるのなら、
そして、あなたはやはり、 この世界にいると、仰っています。
K: 絶対に、です。
|
|
50:55
V: それは 例えば、こういう意味です -
|
|
50:56
自己を持っていないが、この世界に いるこの人物は、車を運転します。
|
|
51:08
K: もちろんです。そこで、彼は 知識を、使わなくてはいけません。
|
|
51:10
V: よし。でも、するとそれは、その 知識がそこにある、という意味です。
で、知識の中からの その行為が、存在しています。
|
|
51:18
K: もちろんです。
|
|
51:20
V: で、これが、私があなたに お訊きしている問いです・・・
|
|
51:23
K: それは単純です。 あなた自身で見られます。
私に訊かないでください。 それは単純です。
|
|
51:28
V: いえ。このように 表させてください・・・
|
|
51:31
K: 私は手紙を 書かなくてはいけません。
それは、大変多くの 知識を、意味しています。
手紙を書く - 順序、言葉。
愚かな手紙を書くことには、 ものすごい知識が、関与しています。
その知識は必要です。
|
|
51:52
V: それは、自己中心的な行為です。
|
|
51:54
K: そうではありません。 V: なぜですか。
|
|
51:55
K: 自己がないなら、 それはありません。
|
|
51:56
V: でも、どうしてそれが、自己中心的 行為でありえないのでしょうか
|
|
51:58
- あなたの自己の定義によれば、 それは記憶の束であるからです。
|
|
52:04
K: いえ。私の定義ではありません。 どうぞ、私たちは同意しました。
|
|
52:09
V: ちょっと待って。 私たちは同意しましたが、
私は少なくとも 二回、反復しました -
私にとっては、知識と 自己中心的知識との間には、
違いがある。
そして、すべての知識が、自己 中心的知識ではない、と・・・
|
|
52:26
K: 私は申しました - 自己は知識です。
|
|
52:30
V: ええ。で、もし自己がないなら、 知識はない。そういうことになる。
|
|
52:34
K: が、私はそれを使えます。 ちょっと待って、気をつけて。
で、私たちは、何か全然違ったものを 探究しなくてはいけません。
すなわち、 智恵とは何ですか。
|
|
52:49
V: いいよ。私は進んで、 それを探究しましょう。
が、なぜ私たちは、 そうしなくてはいけませんか。
|
|
52:53
K: なぜかを、一分間でお話ししましょう。 私はそれを、お示ししましょう。
智恵があるところ、
その智恵は、知識を 使えます。
そして智恵は、知識から 生まれていません。
B: それは、どこからですか。
|
|
53:20
K: ゆっくりやってください。
|
|
53:22
みなさんは、不同意 されるかもしれません。
ばらばらに引き裂いてください。
私はそれに入りましょう。
で、私たちは、知識が何かを 探究しなくてはいけません。
もし知識が、「私はこれを、 他のどこでもなく、
ここに使おうか」と 言えるなら、
知識は、一定の所を 持っていますが、
心理的に等々、それは、 いかなる所をも、持っていません。
|
|
53:53
H: あなたが仰ることから、私にはこう 思われます - 自己から自由であることは、
あなたが完全に知識から自由である ことを、意味していない、と。
|
|
54:01
K: 私は、言いました - 車を 運転するには、手紙を書くには、
言語を話すには、と。 ですね?
|
|
54:10
V: でも、私たちは、 問いに戻っています。
では、私たちは、この問いを分析する 中で、気をつけなくてはいけません。
|
|
54:17
K: 私たちは、 それらを決着させたのです。
|
|
54:18
B: 智恵です。 K: 智恵とは何ですか。
|
|
54:21
それは、知識から生まれていますか。 思考から生まれていますか。
月へ行くことは、ものすごい 知識を、必要としました。
ものすごく、です。
三十万か、一万の人々の 仕事です。
協働し、あらゆる部分を 完璧にして、月へ行く。
それは、 思考の智恵です。
|
|
55:00
V: はい。それから、あなたは 質問をしています。
智恵は、どこから 来ますか。
|
|
55:04
K: ええ、その智恵は、 制限されています。
|
|
55:09
V: それは、きわめて 明らかに思われます。
|
|
55:13
K: プレーゴ、プレーゴ、アヴァンティ (どうぞ、進んでください)!
|
|
55:17
V: マ・イオ・ノン・パーロ・イタリアーノ (私はイタリア語を話しません)。
で、私が検討するとき、 起きることは、こうです -
思考には、智恵がある - 思考に固有であるものが、です。
それは、制限されています。
私が 方程式を解くときのように、です。
そしてまた、またもや どこからでもない性質を持つと
思われる智恵も、 あります。
|
|
55:42
K: 私たちはそこに来るでしょう。 一分後に来るでしょう
|
|
55:45
V: いいですよ。が、私にとって 二つの智恵が、あります。
|
|
55:48
K: はい。では・・・ 待って。
思考がもたらしてきた 智恵が、あります。
|
|
55:57
H: 理性的な思考、 論理的な思考です。
|
|
56:01
K: いえ。理性的か、 論理的か、利巧か、ずるいか。
ビジネスマンは、自分の商売において とても智恵があります。
テロリストは、誰かを殺すよう、みごとに 組織します。それはやはり制限されています。
|
|
56:19
V: ええ、自我としてか、自己と して自体を築く智恵が、あります。
|
|
56:23
K: で、思考から生まれた、 いわゆる通常の智恵が、あります。
ゆえにその智恵は、残酷に、親切に なります - よろしいですか。
一連の人間活動全体、です。
それは、制限されています。
それから、思考から生まれて いない智恵が、ありますか。
いいですか?
私は、あると言います。
私は間抜けかもしれませんが、 私は、あると言います。
その智恵が訪れうるのは、 ただ・
・・
あなたがそれに入りたいなら、 私はそれに入りましょう。
|
|
57:07
V: はい。でも、 私たちは、智恵の本性を
究明することに、 入ってきました。
あなたが前に仰ったことの 難局や逆説の中から、ですが、
無制限の行為を 見出すためには、
私は、自己を終了させなくてはいけない - それは、記憶の集積である、と。
が、私は、記憶の集積としての 自己を、終了させているなら、
私たちが前に言ったことから、 知識はないだろうと、思われます。
ゆえに、この人物は 手紙を書けないだろう、と。
|
|
57:34
K: いいえ。私は そう言いませんでした。
反対に、彼は 手紙を書けます。
|
|
57:39
V: が、彼が手紙を書くなら、 それは、知識を必要とします。
|
|
57:42
K: そういうわけで、私は言ったのです - 智恵を探究しましょう、と。
そのとき、その智恵が 言います -
私は知識を、他のどこでもなく、 ここで使おう、と。
|
|
57:52
V: 分かります。で、智恵は、 今、仲介者です。
|
|
57:58
K: 仲介者という言葉を、使わないで、 しばしその言葉を保ってください。
|
|
58:03
S: で、智恵とは 何ですか。
|
|
58:06
K: 私たちは、思考は、 そのとてつもない能力でもって、
一定の智恵を創り出してきた、 と言うなら -
大聖堂を築き、 最も美しい邸宅、
庭、家具を、
戦争の道具を、ですね。
それはすべて、思考の 結果です。
原子爆弾。
そういう智恵は、制限されて います。
同意しますか。
さて、制限されていない 智恵が、ありますか。
さて、あなたはどうやって、 これを探究しますか。
思考を行使しますか。
待って、待って!
|
|
58:57
V: 同じように、あなたは、 制限されていない行為を、
究明するでしょう。
すなわち、 観察することによって、
思考なく完全に 観察することによって、です。
|
|
59:08
K: 初めに、それは 可能ですか。
|
|
59:10
V: まあ、それは 可能であると、思われます。
|
|
59:13
K: 理論ではない。 V: いえ、それはできます。
|
|
59:15
K: 明らかにしましょう。
|
|
59:17
その知覚は、思考に 基づいていません。
V: はい、そうですね。
|
|
59:25
K: その知覚を進めてください。
|
|
59:30
P: あなたは、それに同意しますか。 S: いえ、私は同意しません。
|
|
59:35
V: しませんか。 K: どうぞ、 彼を説得してください。
|
|
59:36
V: それは、あなたにとって、 可能でない、という意味ですね。
|
|
59:38
あなたは、自分の家やオフィスの 中から、歩いて出て行く。
|
|
59:39
それは、とても冴えた 美しい一日です。
|
|
59:40
あなたは、ドアを開きます。 あなたは、その樹を見ます。
あなたが単純に樹を 見る瞬間が、あります。
入ってくる思考は ありません。
その経験の性質は、 思考がないものです
- あなたの思考には、 隔たりがある。
知覚の絶対的な 純粋さがある。
現在に中心がある 完全な感覚です。
そして、樹が樹であることが、 まさにそこにある。
そのとき思考が、 再び浮かんでくる。
それは、あなたにとって 経験ではないですか。
|
|
1:00:17
S: 私は、あまのじゃくの役を やろうとしています。
それはこうです - 私は、まさにその経験において、
そこで私たちが自分の知識を外へ 投影する感覚があると、考えます。
K: いいえ。
|
|
1:00:30
V: 待って。
|
|
1:00:32
私は、知識がないとは、 言いませんでした。
私は、思考がないと、 言いました。
|
|
1:00:36
S: 区別が聞こえましたか。
|
|
1:00:39
K: いえ、いえ。ちょっと 待ってください。
言葉なしの知覚が ありますか。
P: 言葉なしの?
|
|
1:00:48
S: ええ。
|
|
1:00:50
K: 一歩一歩、 答えてください。
|
|
1:00:52
S: まあ、あなたの 一歩一歩は、時々、そうね、
|
|
1:00:54
あなたは、すでに罠である 問いを、設けられます。
|
|
1:01:01
K: 私はあなたを罠に 掛けていません。後生です。
|
|
1:01:03
S: ええ、言葉なしの知覚ね。 K: 言葉のネットワークなし、です。
|
|
1:01:04
S: が、そこに言葉なしの 知覚は、すでに
|
|
1:01:06
或る種の知識に基づいている との感覚が、あります。
|
|
1:01:15
K: いいえ。私は、こう 言っているだけです
|
|
1:01:20
- ご覧ください。私たちは このすべてを経てきた、と。
S: いえ。これは、私たちの問いです。
|
|
1:01:22
K: あなたは、私を見つめられますか
- イメージすべて、 戯言すべてなく、
ただ私を見つめられますか。
|
|
1:01:31
S: いいえ、できると、私は思いません。
|
|
1:01:33
V: あなたは、科学的に言っていますか。 S: 私は、実際の事実を言っています。
|
|
1:01:36
何らかの形で私たちはいつも、何か知識の 中から作動していると、私は思います。
V: 私たちはそのものを、ゆっくり 取られますか。
|
|
1:01:45
S: きわめてゆっくりと。
|
|
1:01:47
V: 私はあなたを 見つめられると、思います。
|
|
1:01:50
私は、あなたや樹や 何をも、見つめられます。
そして、思考を 持たないで、です。
|
|
1:01:57
K: はい。それが、 私が言っているすべてです。
|
1:02:01
V: 待って。問いですが、 私があの樹を見るとき、
にもかかわらず、私は樹を見ます。
猫を見ません。
K: もちろんです。
V: 彼が言っていることは - 私は それが重要だと思いますが -
それは知識である、ということです。 それは、制限された知識です。
|
|
1:02:15
K: 制限された知識。いいですよ。 同意します。動いてください。
|
|
1:02:18
V: で、或る点がありました。 K: これは理解できます。
|
|
1:02:20
S: それは、 重要な問いです。
|
|
1:02:22
現実への智恵の 関係は、何ですか
- すなわち、私が 言っていることですが、
知識なしに知覚は 得られないことへ、です。
K: 私たちは、見出そうとしています。
|
|
1:02:32
S: それが、私が目指したいことです。
|
|
1:02:33
K: 私たちは、違った道で 同じことへ、来ようとしています。
|
|
1:02:34
この智恵は、何ですか - そういう智恵があるなら -
思考により養成されていないものが、 ですね。
|
|
1:02:49
H: が、それは思考を使う。
|
|
1:02:51
V: 私たちはまだ、それがそれを 使うかどうかを、知りません。
私たちは、見る点に 来たんです - すなわち、
思考の繋がりに基づく ことなく、出てくると
思われる智恵が あるのだ、と。
|
|
1:03:02
K: はい。それが、 私が訊ねているすべてです。
それは、一時的ですか。
それは、 普段の、偶然の何か、それらですか。
または、断続的ではない 智恵が、ありますか
- 虚構、理論的など ではないものが、です。
または、想像、 欺瞞的、幻影ではない。
そうね、それらすべて、それら すべての言葉の含意です。
私は、あると 言います。
V: 私たちはどうやって、見出しますか。
|
|
1:03:40
K: 私は、そこに来つつあります。
|
|
1:03:44
私は九十歳です。私は、長い間、 それを目指してきました。
このすべての中で、愛は どんな所を、持っていますか。
愛は 欲望ですか。
愛は 楽しみですか。
愛は、感受ですか。
そうですか。
|
|
1:04:33
B: ええ。 制限された愛です。
|
|
1:04:36
K: いえ、愛は愛です。制限されている、 制限されていない、ではない。
ゆっくり 行ってください。
愛は欲望ですか - その他すべてですか。
|
|
1:04:51
V: なぜ私たちは今、愛を 検討しなくてはならないのですか。
|
|
1:04:53
K: 一分間で、お話ししましょう。 私たちは、そこに来るでしょう。
ボールは、私のコートに あります。
|
|
1:05:04
V: で、あなたは今、私たちに、愛の 本性を検討するよう、頼んでいます。
なぜなら、その問いに答えるために、 それが必要だと、思われるからです
- どうやって私たちは 検討し得るのかの・・・
|
|
1:05:12
K: 得るのではない。その智恵は どのように存在しますか。
存在するのか。
愛なしに、それは存在 できないと、私は言います。
|
|
1:05:31
B: 愛とは何ですか。
|
|
1:05:32
K: で、私たちは、愛とは何かと 言っています。理解されますか。
私は言います - 思考は制限されているが、
それから生まれて いない智恵、
その智恵は、 愛の本質である、と
ゆえに私は、言います - 愛は 欲望ですか。
愛は野心ですか。
楽しみなどなどが、あるとき、 愛がありますか。
または、愛は、何か 頭脳の外側のものですか。
理解されますか。
話を終了させてください。
あなたたちは 後で私に飛びかかれます。
それは、まだ 私のコートにあります。
|
|
1:06:40
V: いいよ。 それが問いです。
|
|
1:06:43
K: それは、慈悲を 意味しています。
愛と慈悲があるところ、
思考の産物でない 智恵が、あります。
それは、断続的ではない。
それは、来たり去ったりしない。
その愛は、憎しみの 対極ではない。
愛は、対極を 持ちません。
そして、どの形の執着でもあるなら、 慈悲、愛は、存在できません。
私がカトリックやヒンドゥーや シーク教徒であり、
私が、自分の神に執着し、 私の根拠に執着していて、
私は慈悲を持っていると、言うなら、 それは、慈悲ではありません。
B: それは制限されています。
|
|
1:07:49
K: 制限されています。
|
|
1:07:58
ですね? さて、 進行してください。
待って、待って!
あなたの ラケットを持って、構えてください。
私にとってか、Kにとって、 それは、ただ一つの大事なものです。
それが存在しないなら、残りは すべて、制限されています。
ゆえに、あなたたちは、永続的な 葛藤、抗争を、持つでしょう
- 互いとの間に、 世界との間などなどに、です。
それがすべてです。
|
|
1:08:38
S: あなたは、私に 構えておられますか。
|
|
1:08:41
K: 待って。あなたは、語り手が 言ってきたことを、理解されましたか、
Kが言ったことを、です。
|
|
1:08:46
S: 私は理解したと思いますが、 私は問いを持っています。
|
|
1:08:48
K: 待って。あなたは、それを感じ、 それを嗅いできましたか。
それを 味わってきましたか。
あなたは、それを蹴飛ばす前に、 飲み込んでしまいましたか。
S: 私はそれを、蹴飛ばしたくありません。
|
|
1:08:59
K: いいえ、私はあなたにお訊きしています。
|
|
1:09:02
S: 私は、自分がそうしたと思う って言いますね。
|
|
1:09:05
K: それは、人間全体の 条件づけを解く、という意味です
|
|
1:09:11
- 思考の構造と 本性を、です。
|
|
1:09:24
V: さて、私たちは、それを掴んで きたし、それを聞いてきました。
|
|
1:09:30
K: さて、進行してください。それは あなたのコートに、あります。
|
|
1:09:32
S: いいよ。さて、私は あなたに、質問をしたいです。
数分前に私は、この三ヶ月の 幼児を、持ち出しました。
一分前に私は、三ヶ月の幼児と 焦点でのこの実験に、触れました。
|
|
1:09:47
K: ちょっと待って。私は、実際に 自分の目で、それを見てきました。
私はそこを 調べなくていい。
|
|
1:09:51
S: いいです。私が言いたい ことは、こうです -
ここに私たちは、三ヶ月の 幼児を持っています -
私がみなさんにお話ししたものを、です。
これは、或る面で欲望の基礎です。
言い換えるなら、 あの焦点への欲望です。
それが、三ヶ月の年齢での 欲望の本質です。
さて、その事実を 与えられて -
欲望は頭脳にとって中心的である、と。
私たちは、その言葉を使うでしょう。
あなたがちょうど仰ったことの、 この基礎的な事実への
関係は、何ですか - すなわち、欲望がこうも・・・
|
|
1:10:34
K: はい。私は お話ししましょう。
そのときあなたは、欲望が何である かを、訊ねなくてはいけませんね。
|
|
1:10:42
V: 私は、関係する問いを もう一つ、持っています。
私たちは両方を、同時に 扱うことができるかもしれません。
すなわち、私はあなたに聞いてきました。
私はそれを掴んだか、感じてきました。
そのとき私は、問いを持っています - 私はどうして、それが真実だと知りますか。
|
|
1:10:57
K: あなたは知りません。 それは、どういう意味か。
|
|
1:10:59
V: それは、私がそれを究明しなくては いけない、という意味です。
|
|
1:11:02
K: 何でもって、ですか。
|
|
1:11:03
V: まあ、これがまさしく論点です - 何でもって、ですか。
私が知っているたった一つの道は、 よく気をつけて観察することです
- 私の経験の中で 何が起きるのかを、です。
それは、私が見るものは、 あの智恵の継続ではなく、
あの智恵の断続性である、 という意味です。
で、あなたはどうやって、 言うのを越えて、
実際にそれを可能に できますか -
それが言葉だけではないと、 人々が見るように、です。
|
|
1:11:51
K: ゆえにあなたは、 欲望の所は何であるかとの
問い全体に、 入らなくてはいけません。
|
|
1:12:01
V: はい。そういうわけで、二つの ものは、関係しているのです。
|
|
1:12:03
K: 欲望の所は、 何ですか。
そして、なぜ欲望は、私たちの生に おいてこうも重要になったのですか。
よろしいですか - 欲望の動き全体が、です。
私たちは時間がありますか。
|
|
1:12:19
S: 数分です。
|
|
1:12:22
V: それは、あなたしだいです。 私は喜んで、つづけましょう。
|
|
1:12:25
K: 昼食を待っている 人々が、います。
|
|
1:12:29
S: まあ、これは、 決定的な主題です。
|
|
1:12:32
K: はい。私は そこに来るでしょう。
|
|
1:12:37
V: あなたは、もっと 継続されるおつもりですか。
|
|
1:12:39
H: ええ。私たちが話している 観念をめぐって、です。
なぜなら、私たちは、 五分ほど持っているからです。
|
|
1:12:44
B: 欲望と愛。それは、 重要になるでしょう。
|
|
1:12:49
K: 心理的に、なることが ないなら - 理解されますか -
自己はありません。
理論的に、それは だいじょうぶに聞こえます。
|
|
1:13:09
S: あなたは、これに 戻りつづけます -
|
|
1:13:12
理論では、それは だいじょうぶに聞こえる、と。
K: それの実在性を見て、 それを断ち切るのです!
|
|
1:13:17
H: どうやって それを見ますか。
|
|
1:13:21
K: 彼は私に語ります。彼は、何年 もの間、それを目指してきました。
彼は、「ほら、なることは ない」と言います。
このなることが、物理的になることから、 溢れ出てしまった、ということですか。
事務員になる。
階段を上がる。よろしいですか。
その動きが、他の平野へ 溢れ出てしまったのですか。
ゆえに、あなたはやはり、なると いうことに立って、考えています
- 心理的に、 内的に、です。
それを溢れさせないで、 そこから拡大しないでください。
そのとき、なることが、 ありますか -
「私はなるだろう」、 「私はなってはならない」と。
私は、自分自身を 比較しています。
で、測量が終わるのです。
理解されますか。
測量が完全に終わるのです - すなわち、比較が、です。
H: 止める?
|
|
1:15:01
V: 私は、 継続しようとしていました。
|
|
1:15:04
それは、 あなたしだいです。
|
|
1:15:14
K: 知識に終わりは ありますか。
|
|
1:15:20
S: 欲望に終わりは ありますか。
|
|
1:15:22
K: いいえ。知識に 終わりは、ありますか。
|
|
1:15:29
V: 私はそれが 見えません。
|
|
1:15:32
K: その質問を なさってください。
|
|
1:15:36
B: 私は、終わりがあると、 思います。
|
|
1:15:41
K: 私たちがいつの時も、知識の 平野の中で、機能しているなら、
それは、きわめて制限されて います。
|
|
1:15:53
V: ああ、はい。
K: ゆえに、何かに 終わりがありますか。
V: ああ、終わりが ありますか
- それがもはや、そこにない きわ、所、という意味で、です。
B: はい、あります。
|
|
1:15:59
K: で、 それは、どういう意味ですか。
|
|
1:16:01
B: それは、私たちが知識だけでもって、 前へ来つつない、という意味です
|
|
1:16:03
- この種類の知識、ですが。
|
|
1:16:16
K: 私はもう一つ、問いを 出してもいいでしょうか。
頭脳は、おしゃべりするのを、完全に 止められますか - 空っぽです。
それが訊ねられるとき、 行為するだけです。
ぴちっと調律された太鼓のように、 ですが、それは、いつも空っぽです。
それが音を立てるのは、 それを叩くときだけです。ですね?
|
|
1:17:00
B: 空っぽとは 何ですか。
|
|
1:17:03
K: それが、私が 言っていることです。
知識に終わりが ありますか。
もちろんです。 それは、別の事柄です。
|