MA84DSG1.1 - 生きることは、絶えざる動きである。

小グループ討論会、第1回
インド、マドラス(チェンナイ)、
1984年1月2日
テキストのみのバージョン
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0:19
クリシュナムルティ(K): 誰がこれを始めますか。
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0:22
ジャガンナータ・ウパディヤーヤ(JU): ププルジです。
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0:28
ププル・ジャヤカル(PJ): 私は、
あなたに、お訊きしようと しています -
その上に、議論の殿堂を 築ける基盤を敷く、
基盤を創り出す疑問です。
問いは、こうです - 三つの要因だけが、あります。
空間、時と物質です。
私たちは、パンディットジから、 これについて
仏教の見解が何であるかを、 聞くでしょう。
私たちはまた、科学者たちが、きわめて深く これを究明しているのを、知っています。
私たちは、あなたから 知りたいと思います -
あなたがいかに、これら三つの要素を、 関係させるのかを、です。
外側、環境において、そして、 人の内の環境において、です。
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1:44
K: で、誰が始めますか。
パンディットジ、 あなたの番ですよ。
で、あなたは、彼女が 言ったことを、理解されましたか。
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2:03
アチュット・パトワールダーン(AP): ええ、私たちは理解しました。
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2:04
K: あなたたちは、それについて 話してきました。よろしい。
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2:06
AP: 少しだけです。
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2:15
JP: (ヒンディー語で)
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2:24
AP: ブッダは、 人間の問題から始めます。
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2:35
JU: (ヒンディー語で) ・・・時、空間、物質・・・
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3:03
AP: 空間、時と物質は、
ゆえに、ブッダにとって、
それをとおして人が 自己を表現する媒体です。
ゆえに、それらは、 そこに始まりません。
それらは、それら自体では 目的ではありません。
それは、人がこれらを とおして、作動するからです。
ゆえに、それらは、意義を持っています。 それらは、意義を取得します。
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3:37
JU: (ヒンディー語で) ・・・時、空間、物質・・・
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4:05
AP: ゆえに、問題、 問いは、こうです -
人が、主要な要因であるし、
人が空間の中、時の中で、 そして、物質をとおして、
いかに作動するのか、
または、人が物質でもって いかに作動するのか -
それらは、意味を 取得します。
なぜなら、人が、それらを 手段として使っているからです。
が、それらが、自体で 目的になるなら、
人は、自己を 失ってしまうでしょう。
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4:39
K: 私は、これを よく理解できません。
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4:42
PJ: 私がそれをはっきり させてもいいなら、
パンディットジは、 私の問いを、問うています。
私は、時、空間、物質の間の関係を 訊ねることから、始めました。
パンディットジは、 こう言います -
ブッダにとって、それは、 本当の問いではなかった、と。
実在は、人でした。
これらは、ただ 人が用いた器具だけです。
それらを誤用することは、 問題を創り出しました。
が、それらは、人の本質的な 問題ではありませんでした。
それへ、私は 応えるでしょう
- 私は、議論を 取ってきました。
私たちが以前に行ってきた、 数百の議論から、です。
5:39
なぜなら、私たちは、
自分たちが行ってきた以前の 議論すべてに、戻っていくなら、
私たちはけっして、この質問を できなかったからです。
私は、この質問を しています。
長年、クリシュナジと議論を してきた後で、です。
私には思われますが、時は
条件づけを解消する中で、
本質的な要素で あるようです -
解放への追求において、 人を阻む条件づけを、です。
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6:20
K: 私は本当に、あなたたちが みんな、何について話しているかを
理解できません。
すみません。
私は、あなたたちの用語や、 あなたの発言に、親しんでいません。
あなたたちが何について話して いるのかを、私はよく理解できません。
それは、私の無知なのかも、 私の愚かさなのかもしれませんが、
私は理解できません。
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6:46
PJ: あなたはこの問題に、何の応答も 持たないと、仰りたいんでしょうか
- 空間、時、物質の間の 関係について、です。
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7:02
K: あらゆる物事が、 空間の中に、存在します。
あなたは、空間を 持たなければなりません。
樹が、十分に成長するために、空間を 持たなければならないように、です。
ですね?
それは、空間を 持たなければなりません。
そして、大地に、水に、 由来する養分などを、です。
で、次の問いは、 何ですか。
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7:28
PJ: 束縛を破ること。
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7:31
K: 破る? PJ: 人の精神を 抑えている束縛を、です。
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7:33
K: ああ、あなたは、他の何かに ついて、話していますね。
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7:35
PJ: いいえ。それは、きわめて 関連しています、クリシュナジ。
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7:38
K: どうぞ、私には、単純に してもらえるでしょうか。
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7:44
私は、単純な人物です。
どうぞ、あなたのことを、 単純に述べてくださるでしょうか。
するとおそらく、私は、 理解するでしょうし、
おそらく、他の人たちは、 理解するかもしれません。
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7:56
PJ: 私は、もう一つの 質問を、しましょう。
あなたは、時について 語られました -
今に、収容されている 過去と未来として、です。
昨日が、です。
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8:12
K: それは動きです。
ええ、それは動きです。
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8:17
PJ: それから、あなたは、
すっかり別の時に、 触れられました。
私は、その別の時 - あなたが 話しておられるもの - に、
至ろうとしています。
私は、それを探査する問いとして、 これを用いました。
そのすべてを、脇に 放っておいてください。
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8:42
K: パンディットジ、 あなたは・・・
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8:52
AP: 私が理解するところ、
彼女は、時、空間、物質に ついて、質問しました。
実際に、
二種類の時があるし、また 二種類の空間と物質も、です。
微細なものと、粗大なものが、 あります。
さて、実際に私たちはまったく、それの 粗大な方を、取り扱っていません。
私たちが空間について 話すとき、
あなたと私との間の空間は、 何フィートかの距離ではありません。
その空間は、 心理的な空間です。
同様に、物質もまた、 単に時系列的ではありません。
それは、心理的です。
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9:41
K: 物質 - あなたがいう物質とは、 どういう意味ですか。私は迷っています。
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9:47
AP: 時もまた、心理的です。 そして、物質は、仏教の用語で、
私たちは、(微細な水準で)タンマートラ (唯それのみ)という言葉を、使います。
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9:57
JU: ダールマ(法)。
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9:59
AP: それは、物質性へ帰属している 心理的性質、という意味です。
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10:08
PJ: 言い換えると、 思考です。
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10:13
K: それが、あなたが言おうと していることですか。
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10:19
ラーダー・バーニアー(RB): パンディットジが同意されるのかどうか、
私は知りません - すなわち、ダールマ(法)が
物質に帰属している心理的性質を 意味することに、です。
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10:30
JU: しません。
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10:39
PJ: ですが、思考は物質です - あなたは、同意されるでしょうか。
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10:41
AP: いえ。昨日、私は彼と、 ダールマについて、話をしました。
ダールマ(法)には、 二つの定義が、あります。
K: ダールマ?
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10:48
AP: ダールマです。
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10:50
ダールマの仏教的定義は、 こうです -
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10:51
特定の実体に、 典型的な特徴であるか、
帰属しているものです。
それを除去するなら、その実体は、 その名により呼ばれません。
で、ダールマは、 その特定の対象物の、物質の、
本来的な実相です。
で、時、空間、物質がどれも取り扱われて いないことを、見なくてはいけません
- そこでは、 物質から、他の何かへ、
科学者がそれに接近する、 という意味で、です。
が、私たちは、逆の方から それに接近しています。
私たちは、こう言っています - 心理的に、
これらが、作動しつつある 要因である、と。
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11:37
K: あなたは、物質は、固形化されたエネルギーであることに、同意されるでしょうか。
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11:50
AP: いいえ。これは、 とても重要です。なぜなら、
このお方は、この点について、 ためらっておられると、私は見たからです。
K: 何ですか。
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11:56
AP: 彼は、 この点について、ためらっています。
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11:58
PJ: 彼はこれを、さほど 容易く受け入れません。
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11:59
AP: 昨日、私は、この点で 彼がためらっているのを、見ました。
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12:02
で、それをはっきり させたほうが、いい。
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12:06
K: ほら、私たちは、 何について、話していますか。
私は単純にしましょう。
私たちは、時と、 思考と、空間について、
話しています。
それに 同意されるでしょうか。
時、思考、空間と物質
- なぜあなたは、物質を 持ち込みますか。
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12:34
PJ: 物質は、 顕現しているものです。
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12:39
K: 私たちは、それに 同意しますか。
(ヒンディー語での議論)
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13:41
PJ: 彼は、思考は物質でない と言うでしょう。
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13:49
K: 私は、こう考えるでしょうね - 思考とは・・・
思考は物質です。
さて、それに 取りかかりましょう。
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13:55
AP: 私は、こう言います - あなたは身体を持つのでなければ、
私は身体を持つのでなければ、 自分の感覚を持てません。
感覚、五感は、私が身体を 持っているから、存在します。
そして、感覚を持っているから、 私は、思考を持っています。
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14:18
K: 何ですか。
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14:19
AP: ゆえに、思考は、 感受により存在します -
五感により頭脳へ運ばれる 感受によって、です。
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14:44
JU: (ヒンディー語での議論)
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15:54
RB: 彼は、こう言います -
普通のその用語の意味で、 思考は物質ではありません。
普通のその用語の意味では、
これは物質です。
マイクロフォンも また物質です、などと。
ですが、思考は、特別な意味では、 物質と見做されるかもしれません。
なぜなら、思考は、 特徴を与えるもの、
精神を特徴づけるもの であるからです。
そして、何をも 特徴づけるものは、
その判別する性質です。
それは、他のあらゆる物事より、 それを判別します。
他のあらゆる物事より、精神を 判別するものは、思考です。
その視点からは、思考は、 物質だと言えます。
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16:42
JU: (ヒンディー語で)
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17:09
RB: あらゆる思考は、他のあらゆる 思考より、異なっています。
私は 通訳しているだけです。
それは、他のあらゆる思考より 異なっているから、
それは、実存的な性質を持っていて、 それにより、それは物質になるのです。
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17:39
K: で、何ですか。
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17:40
PJ: 問いは、こうです - あなたが質問されました -
あなたは、受け入れるでしょうか・・・
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17:52
K: ・・・思考は物質的な過程である、と。
思考は、 物質的な過程である、と。
一つの思考は、別の思考より 異なっているかどうか、などではない。
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18:02
RB: 思考は、頭脳の 記憶から、生じます。
ゆえに、それは、 物質的なものです。
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18:08
K: それが、私が 言っていることです。
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18:11
RB: 記憶は、頭脳に、 居住しています。
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18:13
K: さあ、それをヒンディー語に 翻訳してください。
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18:22
JU: (ヒンディー語で)
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19:14
PJ: 私が理解するところ、
彼は、知識は本質的に、 物質ではないと、言います。
それは、物質を 創り出すのを、助けます。
K: 何ですか?
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19:30
RB: 彼は、こう言います -
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19:31
彼は頭脳に、記録過程があることを、 受け入れる、と。
彼は科学者ではないですが、
彼は、本質的に知識は、 物質ではないと、言います。
なぜなら、
頭脳の物質的過程は、知識が 生ずるのを、援助するかもしれないが、
それは、知識 そのものではないからです。
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19:59
K: さて、私は、あなたがいう知識とは、 どういう意味かを、知りたいと思います。
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20:07
AP: (ヒンディー語で)
(ヒンディー語での議論)
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21:06
AP: 翻訳しましょう。
私は、こう言いました -
感覚対象と 接触する五感は、
感受を、頭脳へ 運んでいく、と。
そのとき、知識は、それら感受の 子どもとして、生まれます。
ゆえに、感受なしには、 知識はありえません。
ゆえに、知識は、
諸感覚の物質性に 従属する、過程です。
さて、それへ、彼は、 他の何かを言っています。
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21:35
RB: が、クリシュナジは、彼に 訊ねています - 知識とは、何ですか。
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21:39
K: それがすべてです。
あなたの「知識」という言葉は、 どういう意味ですか
- 知る、とは。
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21:48
JU: (ヒンディー語で)
(ヒンディー語での議論)
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23:44
RB: 彼は、こう言います - 感覚器官は、物質的である。
感覚の対象は、物質的である。
が、感覚対象の、感覚器官との 接触をとおして、
知識が生じます。
その知識は、 物質的ではありません。
なぜなら、器具は、 物質的であるかもしれないが、
効果は、器具と 同じではないからです。
ゆえに、器具が 物質的であるからといって、
効果もまた 物質的であることを、
結論できません。
彼は、知識は、物質より異なっていないと 言います。なぜなら、それは所属する・・・
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24:24
K: ですが、知識は、どこに 蓄えられていますか。
(ヒンディー語での議論)
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24:36
PJ: 知識は、どこに 蓄えられていますか。
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25:00
JU: (ヒンディー語で)
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25:03
RB: 記憶の中、と 彼は言います。
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25:05
K: すなわち、頭脳です。
ゆえに、知識は、 物質的です。
過程です。
(ヒンディー語での議論)
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25:51
RB: が、彼は、矛盾している 二つのことを、言っていると、
私は思います。
なぜなら・・・
(ヒンディー語での議論)
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26:13
RB: 彼は、記憶は 精神の性質であると、言います。
アチュットジは、こう 言っていました -
頭脳が死ぬなら、 記憶はない。
だから、それは、精神の性質ではなくて、 それは、物質に所属している、と。
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26:33
AP: 私は、記憶は、脳細胞の 産物であると、言いました。
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26:41
K: いいえ。私自身を見守っていて、 私が理解するかぎり
- 私は全然、間違っているかもしれません。
ものすごく訂正を受け付けます -
経験は、単純です。
経験から、 知識があります。
経験なしに、知識はありません。
同意しますか。
そのとき、その知識は、 頭脳に蓄えられています -
脳細胞の中に、です。
脳細胞は、 物質的な過程です。
で、思考は、 物質的な過程です。
それが、私が 言っているすべてです。
それは、頭脳の脳細胞の中に、 保たれています。
そして、記憶は、 それら細胞の一部です。
そして、思考は、記憶から 生まれます。
さもないと・・・
すなわち、 過程全体が、時です。
過程全体が、一定の 空間の中に、あります
- 制限されている など、です。
そして、物質は、 この過程です
- それが思考です。
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27:53
RB: その言葉なしの 観察や知覚 - それについて、
あなたは、話しておられますが - それは、一種の知識ですか。
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28:02
K: いいえ。
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28:04
RB: あなたの用語法において、 そうではありません。
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28:07
K: 「私の用語法」を 使わないでください。
私は、普通の英単語を 使っているだけです。
私は経験をします。
私は、車を運転していました。
私は、別の車へぶつけました。
それは、経験です。
私は、その事故から、 学びます -
私は、運転するとき、はるかに 気をつけるべきことを、です。
それが、私の知識です - 頭脳に蓄えられた知識です。
で、私は、次回、 見張っています。
で、その見張る中、
思考と、その他すべてが、 生じます。
問題は何ですか。私は これらが、よく分かりません。
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28:47
PJ: いえ。ですが、何を訊ねるのが、 妥当するのでしょうか・・・
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28:53
知覚の中から・・・ K: あなたは 知覚へ逸れていっていますか。
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28:55
PJ: いいえ。なぜなら、それが ちょうど今、持ち上がったからです。
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28:57
K: 私たちが知覚へ入る前に、 私は、パンディットジが、
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29:00
このことに同意されるのか どうかを、知りたいと思います。
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29:06
AP: 私もまた、彼を、この 特定の点に、固定したいです。
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29:09
K: 彼を留めてください!
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29:22
JU: (ヒンディー語で)
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29:54
RB: 彼は、経験は結論より 異なっていると、言います。
あなたが、マイクロフォンを見て、 それはマイクロフォンだ、と言うなら、
それは、以前にマイクロフォンを 見たことなどに、
基づいている結論です。
が、経験は、何か それに先行するものです。
経験が、結論に 先行します。
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30:20
PJ: ですが、私が 言っていいなら、
クリシュナジは、その点に 来ていないのです。
彼は、訊ねています - 頭脳の中に、 記憶として蓄えられているもの、
それは、物質的な過程です。
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30:35
K: それが、 私が言っているすべてです。
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30:37
(ヒンディー語での議論)
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31:11
PJ: (ヒンディー語で)
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31:17
JU: (ヒンディー語で)
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32:13
PJ: (ヒンディー語で)
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32:19
JU: (ヒンディー語で)
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33:12
AP: 私は、あなたに 同意いたしません。
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33:15
RB: あなたは、彼が言ってきた ことを、彼に語っていません。
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33:18
PJ: 彼は、知識と経験との間に、 区別を付けたのです。
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33:23
K: ちょっと待って、ププル。 私はよく理解できません。
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33:26
PJ: 私は、彼に 訊ねました -
あなたはどうして、経験が 知識に先行すると、仰るのですか。
K: 何ですか?
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33:32
PJ: 私は、彼に訊ねました
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33:33
- あなたは、経験が知識に先行する、 知識に先立つと、
どうして仰るのですか。
彼は、経験は、私がそれに名づける事実に、 先行する、と言います。
そして、私は、あなたはどうして そう仰るのかと、言いました。
それに対して、彼は、知識は、支持が なくてはいけない、と言いました
- 支持とは 物理的なものです。
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34:07
JU: (ヒンディー語で)
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34:16
PJ: 経験のためには、 物質が必要です。
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34:22
K: なぜあなたは、 これらに入りますか。
私は、車で事故を 起こします。
私は、車を 運転しています。
それを、物質的とか、その他 すべてで、呼ばないでください。
事故があります。
私のラジエーターは、 潰れて、粉々になります。
それが、記録されます。
私は、次回、運転するとき、 はるかに気をつけています。
すなわち、私は、 経験をしてきました。
その経験から、私は、 知識を取得してきました。
ですね?
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34:59
AP: 私は、仰っている ことを、理解しました。
が、彼は、進んで 受け入れようとしていません。
彼は、ラジエーターが潰れるのが、 経験である、と言います -
が、その中から生ずる知識は、 物質的ではない、と。
それが、彼が言おうと していることです。
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35:17
K: それは、どこに蓄えられて いますか - その知識は。
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35:21
AP: 彼は、これを 受け入れていません。
(ヒンディー語での議論)
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35:41
K: あなたは、彼に頼んでくれる でしょうか - 大変丁重に、です -
仏教についてすべて忘れて、 人間として話をするように、です。
私は、あなたを 侮辱しているのでしょうか。
どうぞ、私は大変、尊敬を こめています。
パンディットジ。
が、あなたは、仏教を一分間、 忘れられ、そして、
二人の人間として、私へ 話してくださるでしょうか。
ご覧ください。
パンディットジ、
私のような人物 - 私は、仏教を 読んだことが、ありません。
ですね?
私は、キリスト教を読んだ ことが、ありません。
私は、これらについて、 何一つ知りません。
ですね?
そして、人間として - 人間存在です -
私は、知識を、 行為の手段と見ます。
その行為が、完璧に実施されるの でも、されないのでも、です。
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36:52
JU: この行為とは、 何ですか。
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36:54
K: 待って。私は、 行為について、話していません。
私は、こう 言っているだけです -
私の経験は・
・・
始める・
・・ 生は経験です。
その経験から、
取得される知識が、 大変多く、あります。
科学者のように、です。
彼らは、実験し、 実験しつづけます。
彼らがすでに知っていることへ、 付け加え、付け加えるまで、です。
そして、 続けてゆきます。
そのすべての知識は、 頭脳に蓄えられています。
それは、単純です。
それが、私の論点すべてです。
ゆえに、知識は、物質的過程の 部分です - 思考のように。
それが、すべてです。
私は間違っているかもしれません。
訂正してください。
それが、私が言っている すべてです。
仏教徒としてや、キリスト教徒や イスラム教徒として、ではない。
そのすべてを忘れて、 それについて、話しましょう。
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38:03
JU: (ヒンディー語で)
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38:31
(ヒンディー語での議論)
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39:09
RB: 問題の一部は、翻訳に あります。 PJ: 意味論です。
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39:10
RB: アヌバーヴァ(領納)を 「経験」と翻訳することは、
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39:12
誤解を与えると、 私は思います。
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39:18
K: サンスクリットの言葉を、 まったく使わず、
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39:23
単純なヒンディー語で 話してください。
PJ: 私は、一つのことを、 お訊きしたいだけです。
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39:25
RB: サンスクリットとヒンディー語は 同じ言葉を、持っています。
サンスクリットで話すことなく、 ヒンディー語で話せません。
(ヒンディー語での議論)
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40:17
RB: ブッダが言ったことに ついて、何か。
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40:20
K: それが、私が異議を 申し立てていることです。
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40:22
質問者: 彼は、病は 言葉であると、言っています。
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40:25
AP: いいえ。私は、 彼は老人を見ると、言っています
- 彼は、病人を見る、 彼は、死体を見る、と。
K: 誰が見ますか。
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40:34
PJ: ブッダが、です。
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40:35
K: が、私は言いました - ブッダに ついて、話さないようにしましょう、と。
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40:36
AP: いえ。私は、 一例を示しているだけです -
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40:39
知識はどうして、経験より 分離できないのか、です。
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40:44
PJ: いえ。私は、パンディットジに 一つ質問をしたいです -
もし、経験と知識が、二つの 分離したものであるなら、
それらを分離し、ただ経験する ことは、可能ですか。
ただ経験することは、 可能ですか。
JU: 可能です。
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40:59
K: 何? 何?
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41:00
PJ: もし知識と経験が・・・ K: 分かりました。
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41:02
PJ: ・・・二つの 分離したものであるなら、
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41:03
知識なしに、経験することが、 可能であるにちがいありません。
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41:04
それは、可能ですか。
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41:14
K: 待って。ええ。
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41:21
JU: 可能です。 大いに可能です。
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41:30
K: 息を 止めないでください。
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41:36
JU: (ヒンディー語で)
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41:43
RB: 彼は、経験なしに知識は ありえないと、言います
- が、知識なしに、 経験はありえない、と。
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41:48
PJ: が、クリシュナジが、彼がちょうど 言ったことを、追求できたなら。
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41:53
K: いいえ。 それが、私が・・・
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41:58
RB: アヌバーヴァ(領納)は、 経験という意味ではありません。
それは、実際の知覚です。
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42:04
K: いいえ。私は、こう 言いたいと思うのです -
あなたは、私を 傷つけてきました。
それは、経験です。
それは、知識になります
- それが記録されるとき、知識として 蓄えられます。
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42:21
RB: はい。
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42:22
K: それが記録されないとき、 それは、たくさんの言葉だけです。
それで、すべてです。
それは、知識なしの経験です。
私が言っていることを、理解されるのか どうか、私は知りません。
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42:34
RB: はい。
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42:35
K: さて、あなたは、 サンスクリットに翻訳してください。
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42:38
PJ: そのために、記録過程が 終わらなければなりません。
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42:40
K: それが、私が 言っているすべてです。
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42:42
PJ: そのために、時の問題全体が、 そこに内在しています。
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42:49
K: 誰が、パンディットジへ 説明するんでしょうか。
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42:51
RB: 彼は、英語を、 すっかり理解します。
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42:58
K: 私は言っています -
記録過程が、 進みつつあるとき、
知識が生まれます。
私は、あれを見ます。
それは、登録されます - マイクロフォンとして、です。
私は次回、それを認識します - それは、キリンではありません。
そんなふうに見えますが、 これはキリンではありません。
それが、すべてです。
が、登録がないとか、
記録がないのなら - そのほうが良い言葉です -
そのとき、経験は、 何の意味もありません。
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43:43
AP: (ヒンディー語で)
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43:52
PJ: 私たちは入ろうとして・・・ 私たちはその中へ動けるなら・・・
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43:59
JU: (ヒンディー語で)
(ヒンディー語での議論)
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46:01
質問者: 彼は、知識より 事実を、分離していますか。
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46:04
RB: いえ。彼が言っている ことは、こうです -
「ここに人がいる」と あなたは言います。
実際に、人はいません。
「人」というその言葉は、 記憶のせいで、入ってきます。
その人を実際に 見ることは、
人の姿での知識より、 異なっています。
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46:26
PJ: 論点全体は、パンディットジが、 知識を用いていることです。
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46:33
JU: いえ。経験です。 PJ: いえ、 知識という言葉を、知覚として、です。
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46:35
JU: 初めに、経験、 それから、知識、です。
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46:36
RB: いえ。彼は、経験という言葉を、 知覚として、用いています。
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46:39
JU: 経験、知覚です。
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46:41
PJ: いえ。彼は、「経験」という その言葉を用いています。
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46:43
それでもって、 それは記録されるからです。
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46:48
RB: 彼は、記録は純粋に 機械的な過程であると、言います
- それは、知識とは、何の 関わりもない、と。
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47:07
PJ: 私たちは動くべきだと、 私は思います -
私たちは動いて、この時の 区域全体へ、入るべきです。
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47:15
K: パンディットジ、私たちは、 当面、他の何かへ動けて、
少し後で、それに 戻ってこられるでしょうか。
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47:21
AP: そう思います。
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47:26
K: 時は動きです - 理解されますか -
過去、現在、未来としての時。
それは、動きです。
それは、動きです - 樹々の間の風のように。
それは、動きです。
ですね?
樹は静かです。
強い微風が、あります - 海から吹いてきて、
樹を動かし、 木の葉を動かします。
それを、直喩に 保ってください。
理解できますか。
で、時は動きです。
思考は、動きです
- 空間の中で、です。 それは、単純です。
|
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48:17
JU: 思考は、動く過程ですか。
思考の中で、 動く過程とは、何ですか。
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48:26
RB: 彼は訊ねています - 思考の中に、 どんな動く過程が、ありますか。
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48:31
K: もちろん、あります。
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48:36
PJ: それは、 過去から生じます。
(ヒンディー語での議論)
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49:45
RB: 彼は、思考が 動きであることを、認めません。
彼は、動きは無いと、言います - それはただ生じて、死ぬだけだ、と。
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49:53
K: そうではありません。 日常生活の中では、です。
(ヒンディー語での議論)
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50:46
K: 知識へ 戻らないでください。
(ヒンディー語での議論)
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51:06
K: 何ですか。
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51:07
PJ: 私は、時は動きであるのか どうかを、訊ねました。
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51:10
JU: (ヒンディー語で)
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51:24
RB: 彼は、時は 動きでないと、言います。
させるのは、 記憶の動きだけであり・・・
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51:30
K: それは、時です。
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51:32
PJ: それは、思考です。 RB: それはまた、思考です。
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51:33
K: ププル、これを 伝えてください。
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51:34
動きがあるところ、 動かぬことも、あります。
分かりますか。
この観念を得てください。
さて、ちょっと待って。
私に終了させてください。
動きがあります。
同時に、動かぬことも、です。
その両方が、調和的に 一緒に働くとき
- 動きと、 動かぬことが、です -
そのとき、生は、 全的に違った何です。
それが、私が 言いたいすべてです。
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52:03
PJ: もう一度、 これを仰ってください。
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52:06
JU: これは可能です。
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|
52:08
PJ: 私が申し上げていいなら、 これを探検しましょう。
あなたが仰るのは、どういう意味 ですか。
私たちは、探検できますか
- この動きと、動かぬことを、 同時性として、です。
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52:30
K: ああ、待って、待って。
まず第一に、生は動きである ことを、認めましょう。
生きることは、動きです。
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52:39
AP: ジャガット(趣、世間) - その言葉は、動きを意味しています。
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52:46
K: パンディットジ、 単純な英語を、話しましょう。
生は動きです。
生きることは、 動きです。ですね?
その動きの中に、時が、ある。 あらゆる物事が、ある。
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53:01
JU: 生は、 動きではありません。
K: いえ、ダーリン。
待って。
JU: 動きは、知識です
- 私はある、と。
(ヒンディー語での議論)
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53:27
RB: 彼は今、生は 動きではないと、言います。
彼は、知識は 動きであると、言います。
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53:33
K: いいえ。私は動きます。 私は始めます。
私は座ります。
私は怒ります。 それは、絶えずです。
動きは、生です。
さもないと、私は死んでいます。
(ヒンディー語での議論)
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|
54:55
K: 私がしたいのは、ですね・・・ ただ、樹を見つめてください。
それは、静かです。
風がやってきて、 それに吹き付けますね。
動きが、あります。
また、その風が止むとき、 それは静かです。
それが、私が 言っているすべてです。
人生、生きることは、 動きです。
動きです。 生は、動きです。
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|
55:20
JU: このすべての知識です。
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55:22
K: いいえ。動きです。 私は行って、彼女に会います。
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55:25
AP: それは、知識とは 何の関わりもありません。
知識に依存せずに、動きがあります。
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55:32
K: なぜあなたは、混ぜますか・・・
PJ: 種子は 樹になります。
AP: 星は、動いています。
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55:33
JU: いえ、いえ。動いていません。
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|
55:37
(ヒンディー語での議論)
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57:06
RB: 彼は、動きは記憶と 知識だけであると、言います
- 実際には、 何の動きもない、と。
K: 私はあなたに会いに来ます。
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57:13
RB: ええ。
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57:14
K: あなたは、(アディヤール)川の 向こう(の神智学協会)で、生きています。
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57:16
RB: 私は彼に、生きることは 動きであると、語りました。
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|
57:18
彼は、「いや、 そうではない」と言います。
(ヒンディー語での議論)
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58:10
K: 私は、あなたに何かを 語りたいと思います。
私は、彼女を知ってきました。
彼女は、川の向こうに生活します。
私は行って、 彼女に会います。
ですね?
すなわち、ここ五十年の間、 彼女を知ることと、
それら五十年の動き - それは、記憶です。
ですね?
そして、私は行き、 歩いて橋を渡ります。
そして、行って、 彼女に会います。
それの全体は、 動きです。
JU: これは、知識です。
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|
58:43
K: 知識に基づいています。
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58:44
JU: あなたの知識です。 K: ええ、 ダーリン。私はそれを言っています!
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58:45
AP: それは、知識に基づいていますが、 それは、動きです。
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58:47
JU: いいえ。 K: はい。
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58:49
あなたの仏教を、 忘れてください。
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58:51
人間として、私はあなたに 会ってきました。
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58:54
十年前か、十五年前、です。
私は、ベナレスへ来て、(そこに 住む)あなたに、会います。
私は、あなたを認識します。
なぜなら、 私は十五年前、あなたに会ったからです。
さて、そのすべてが 動きです -
あなたに会いに来ること、 マドラスからベナレスへ、です。
ジャトカに乗り、
あなたの住宅へ、来る。
あなたに会うため、です。
それは、記憶、知識に基づいています。
そして、私のベナレスへの旅行に、です。
それが、すべてです。
それは、動きです。
単純です。
単純に しつづけてください。
いいですか?
それに同意されるでしょうか。
それがすべてです。
私は、あなたを 掴まえていません。
それが、私が 言っているすべてです。
で、生、生きることは、
動き、 絶えざる動きです。
JU: 精神の中で。
|
|
1:00:05
K: 待って。
|
|
1:00:07
それを、私が言っていること 以上に、翻訳しないでください。
それを、仏教に 翻訳しないでください。
人間として、
これが、いつの時も、 起きつつあることです
- 行為(作用)、反応(反作用)。
その行為と反応は、
引いてゆき、満ちてくる 潮に、似ています。
それは、動きです。
あなたは、これは 動きではないと、言えません。
それは、動きです - 入って来て、出て行く。
理解されますか。
いいえ。
しようもない人に、 礼拝しなくていい。
私はそれを、あなたに 示しているだけです。
あなたは、その動きを 考慮するのでしょうか。
また私は、 言っています -
動きがあるから、また、 動かぬこともある、と。
JU: 私の指は・・・
|
|
1:01:05
K: 待って、 待って。あなたが跳ぶ前に。
|
|
1:01:07
JU: 私の指は、動きます。 K: おい、待って。
|
|
1:01:09
JU: 動かない。 私の指は、動いていません。
|
|
1:01:11
この所と、この所、
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|
1:01:13
そこで、私の指は、 動いていません。
この指は・
・・ (ヒンディー語で)
質問者: これは、悪い仏教です。
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|
1:01:42
JU: いえ、いえ。
|
|
1:01:43
PJ: これは、このクシャナ(刹那)の 概念に、基づいていると、私は思います。
|
|
1:01:45
- すなわち、毎秒は、自体で 完全で、全的である、と。
ゆえに、それらを結合することは、 彼にとって・・・
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|
1:01:59
K: これが、まさに頭脳を、 破壊しつつあります
- このことを 反復しつづけることが、です。
パンディットジ、私が言っている すべては、ごく単純に、こうです -
生は、絶えざる動きと 行為です。
それがすべてです。
ですね?
これは、事実です。
|
|
1:02:27
PJ: もしも私たちが、 少し探検できたなら、
|
|
1:02:29
AP: (ヒンディー語で)
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|
1:02:32
PJ: でも、アチュットジ、もしも 私たちが、一跳びできたなら、です。
その一跳びは、こうです -
彼は、動きと動かぬことは、 共存しうると、言ってきました。
私は、あなたとともに、 それを探検したいと思います。
|
|
1:02:51
スナンダ・パトワールダーン(SP): 彼はまた、別の発言をもしました。
動きがあるから、 動かぬことも、ある。
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1:02:56
K: ええ。動きがあるから、 動かぬことも、ある。
|
|
1:03:00
AP: それは、クリシュナジが言う ことです。彼は、そう言いません。
|
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1:03:02
PJ: いえ、クリシュナジ。
一跳びして、彼が言うべき ことを、聞きましょう。
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1:03:09
K: 何? 誰を?
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1:03:10
PJ: あなたです。私はそれに ついて、議論したいと思います。
|
|
1:03:13
K: 私はそれを言いました。 ありがたい。あの光が消えました。
ご覧ください。
闇と光が、あります。
樹には、どちらも 必要です。
ですね?
花には、どちらも必要です - 光と闇が、です。
で、生は動きですし、 また、
この動きの傍らに、 動かぬことが、あります。
また、静けさも、あります。
止まったこと、闇も、です。
闇は、隠喩的な闇と いう意味で、ではなく、
静かであり、 動かぬことである闇、です。
これは、いつの時も 私たちに、起きています。
私は、大変多く考えます - 私が、ではない -
大変多く考えるし、また、それが 休むとき、考えることがありません。
|
|
1:04:23
PJ: でも、それらは、 同時ですか。
|
|
1:04:25
K: いいえ、そうではありません。 PJ: それらは、同時ではありません。
|
|
1:04:26
K: ゆえに、私は言います - それらが どちらも、一緒に動くことは、可能ですか。
|
|
1:04:28
動きと、動かぬことが、です。
動かぬことは、死です。
JU: 死ですか。
|
|
1:04:44
PJ: 死です。
|
|
1:04:46
K: ですね? 死です。
|
|
1:04:48
K: 動きは、 生きることです。
|
|
1:04:51
そして、死は、動かぬことです - 一緒に、です。
パンディットジ、 理解されますか。
何が困難ですか。
何が問題ですか。
ちょっと待って。私は説明するでしょう。
|
|
1:05:17
PJ: いえ。私はしたいと思うのは・・・
|
|
1:05:20
K: 私は、あなたに 執着しています。
|
|
1:05:22
また、私は執着から 自由であるなら、
私はまだ、あなたとともにいます。
私はどちらも、一緒にいます。
何が困難ですか。
私が 言っていることを、理解できますか。
私は執着しています。
執着がないなら、
それは、私が慈しみ、愛を欠いている、 という意味ではありません。
で、執着からの自由は、 死です。
動かぬことです。
あなたが理解されるのかどうかと 思われます。
それを捉えましたか。
いえ、待って。
あなたは、 それを捉えるなら、通訳してください。
私は同時に、生きていて、 死んでいきます。
|
|
1:06:15
RB: あなたが、執着を持ち込まれる とき、それは、少し創り出す・・・
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|
1:06:18
K: いいえ。それを 切り捨ててください。
私は生きていて、動いていて、 考えています。
また・・・
RB: あらゆる物事が、終わりに なります。
|
|
1:06:24
K: 毎日、毎分、です。
|
|
1:06:27
RB: ええ。 K: さて、それを説明してください。
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|
1:06:29
すなわち、生きること、動くことと、 動いていないこと。
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|
1:06:30
それが、生です。
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1:06:38
PJ: ですが、 その精神の状態は、何ですか。
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|
1:06:40
K: 待って。彼女にこれを、気を つけて、通訳してもらいましょう。
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|
1:06:45
RB:アチュットジのほうが、うまく 通訳できるだろうと、思います。
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|
1:06:49
AP: 私は、 理解していません。
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|
1:06:53
JU: でも、私は 理解しました。
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|
1:06:56
K: 何が困難ですか。
|
|
1:06:58
RB: 私のヒンディー語は、不適当です。 それが、困難です。
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|
1:07:02
K: 進んでください。
それを伝えるように、どの古い 言葉でも、使ってください。
|
|
1:07:08
質問者: 英語でも、 ヒンディー語でも、ゆっくりと。
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|
1:07:11
RB: いえ、英語で、 クリシュナジは、語ってきました。
生には、生きることすべてへの 慈しみの動きが、あります。
同時に、あらゆる物事が 終わりになるとき、
それは、思考において、継続しません - 何であれ、それにおいて、です。
そのとき、何の 動きも、ありません。
それが、あなたが 仰っていることですか。
|
|
1:07:42
K: 通訳する中で、 何が困難ですか。
私はそれを、きわめて 単純にしましょう。
毎分、私は生きていますし、 毎分、私は死んでいきます。
それが、すべてです。
死ぬこと、生きることが、 ある - 一緒に、です。
|
|
1:08:07
RB: クリシュナジ、これは、
思考が生ずるが、 記録されないのと、同じですか。
|
|
1:08:15
K: ええ。何か そのようなことです。
が、思考を・
・・ 出さないでください。
そのとき私たちは、思考は何なのか、その他 すべてに、逸れていってしまいます。
私は生きています。
生きることは、 動きです。
|
|
1:08:29
RB: ええ。
|
|
1:08:31
K: 普通の動き - 超常的な動きや、潜在意識ではなく、
ただ生きることが、動きです - それは、時です
そしてまた、 死ぬことも、です。
私の生の終わりに、ではなく、 死ぬことです。
|
|
1:08:47
RB: 継続的に、です。
|
|
1:08:49
K: それを違ったように、 表すと、
集める、放棄する、 集める、放棄する。
あなたがそれを、 通訳できるなら、です。
|
|
1:08:59
PJ: 彼は、これを 理解しました。
|
|
1:09:05
JU: (ヒンディー語で)
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|
1:09:12
K: 何ですか。
|
|
1:09:13
RB: 彼は、 言います -
彼は、言いたく ありません。
(ヒンディー語での議論)
|
|
1:09:32
RB: 彼は十分に これを受け入れます。
|
|
1:09:34
K: ゆえに、何が起きるかを、 ご覧ください。
ゆえに、それの帰結を 見てください。
記録することと、記録を 破壊することが、あります。
記録することが、記憶です。
そして、それを放棄することです。
これは、十分に単純です。
|
|
1:10:00
PJ: どうして、 それは単純だと、仰るのですか。
私は、これが起きる精神を、 究明したいと思います。
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|
1:10:11
K: 待って。 頭脳は、記録しています。
そしてまた、 記録しないでください。
|
|
1:10:19
PJ: 「記録しない」とは、 どういう意味ですか。
あなたがそれを与えないなら、 それに透徹しないなら・・・
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|
1:10:26
K: 私がいうのが、どういう 意味を、説明しましょう。
|
|
1:10:31
RB: あなたは、こう 仰っていますか -
頭脳は、機械的であり、 記録するが、
心理的には、いわば、 それに燃料が、与えられません。
|
|
1:10:45
PJ: いえ、私は 訊ねています。
頭脳は、記録します。
同時に、知覚が生ずることが、 ありますか - 破壊するものが、です。
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1:10:57
K: ええ。それが、私が 言っているすべてです。
それがすべてです。
単純にして おいてください。
ゆえに、動きと、動かぬことが、 あります。ですね?
|
|
1:11:32
RB: 知覚が自然に 生ずるなら、
それは、記録を 破壊しますが、
そのとき、あらゆる物事は、 記録されつづけますか。
例えば、 あなたの頭脳において、
あらゆる物事が、 記録されつづけますか。
|
|
1:11:48
K: いいえ。いいえ。
当面、記録を 放っておいてください。
なぜなら、それは、主題を 錯綜させるからです。
私は、同時に、生きていて、 死んでいきます。
それがすべてです。
|
|
1:12:03
RB: ええ。
|
|
1:12:05
K: それがすべてです。それを 単純にしておいてください。
|
|
1:12:06
そのとき、あなたは その深みを得るでしょう。
私たちは記録するとかなら、 私たちは、迷ってしまうでしょう。
私は生きる。
私は動く。 また、同時に、
動かぬこと。
あなたが理解されるのか どうか、私は知りません。
仮に、私がこの邸宅を 所有していると、します。
そして、私は、 それに執着しています。
ゆえに、それに、 終わることは、ありません。
が、私は見るとき、 知覚があるとき
- 執着の含意、です -
そのとき、その知覚こそが、 執着を終わらせます。
ゆえに、それは、同時に 死ぬことと生きることです。
|
|
1:13:03
あなたが理解されるのか どうかと思われます。
|
|
1:13:07
RB: はい。 K: それがすべてです。
|
|
1:13:07
それは、可能ですか。
理解されますか。
私たちは、「はい。
私は理解します」と 言いますが、それは可能ですか。
パンディットジ?
含意は、全く・
・・
ここには、ものすごい 含意が、あるんです
- 集めることと、手放すこと。
それは、集める、保つ、それから、 それを手放すことではない。
あなたは理解されるのかどうかと 思われます。
|
|
1:13:59
RB: はい。
|
|
1:14:01
AP: 集める、保つ・・・
|
|
1:14:03
K: 保たない。
|
|
1:14:05
RB: 集める、保つ、 手放す、ではない。
|
|
1:14:10
集める、手放す。 AP: それが、 私が言っていることです。
|
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1:14:12
K: これの美しさが、見えますか。 RB: はい。
|
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1:14:13
K: あなたは、それが 見えるのかどうかと、思われます。
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1:14:15
AP: 集める。 保たず、手放す。
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1:14:16
K: いいえ。私たちは、友だちです。 私に敬礼しないでください。
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1:14:18
これは、生において、 可能ですか。
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1:14:22
私たちは、理論的に話していますか。 または、実際にですか。
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1:14:29
JU: 理論的に、です。 RB: 彼は、理論的に、と言います。
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1:14:46
K: ああ! それなら、 それに意味はありません。
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1:14:48
JU: これは真理です。 私の真理です。
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1:14:50
K: 私がいいますのは、
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1:14:58
保つことが、問題です - 集めることと 手放すことが、ではありません。
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1:15:01
保つことが、です。
そのとき、私は、 放棄しなくてはいけません。
そのとき、私は、それについて、 何かをしなくてはいけません。
が、集めることと 手放すことが、あるとき、
それは、潮が満ちてきて、 潮が引いていくのに、似ています。
時は、保つことです。
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1:15:41
JU: ですが、時は・・・
|
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1:15:43
AP: それを 取り入れてください。
|
1:15:45
K: 時は、 保つことです。
ですね?
RB: はい。時は、 保つことです。
|
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1:15:58
JU: いいえ。
|
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1:16:00
K: 待ってください。私は、 間違っているかもしれません。
|
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1:16:03
パンディットジが、正しいかも しれません。見出しましょう。
集めることと、 手放すことが、あるとき、
間隔がありません。
それは、絶えない動きです。
よろしいですか。
ですが、保つことは、 二つを分離します。
私は、それを 説明しましたか。
保つこと。
保つことは、「私」です。
保つこと、 保たれてきたものが、
自我、「私」、人物です。
それは、時です。
自己は、時です。そして、 保つことは、自己です。
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JU: (ヒンディー語で)
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1:17:10
K: 私が言う意味は、分かりますか。 RB: はい。
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K: それは、太鼓に似ています - 太鼓、ムリダンガム。
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1:17:21
それは、調律されています。 どの調べも、そこで叩けます。
頭脳が、空っぽであり、 調律されているとき・・・
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JU: 全体性です。
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1:17:44
K: 私は、他の何かへ逸れていこうと しています。そうしてはなりません。
あなたは、何について 話していますか。
(ヒンディー語での議論)
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1:18:07
PJ: 私たちは、もう一回、 議論を行うでしょう。
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1:18:10
K: ええ。ですが、私は、 これを明らかにしたいです。
私は、何かへ 至ろうとしています。
(ヒンディー語での議論)
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1:18:44
PJ: 彼は、何かへ 至りたいと思います。
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1:18:49
K: いえ、いえ。彼は、何を 言っていましたか。
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PJ: それは、ちょうど太鼓について、 です。それはイメージです。
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K: 私たちは、見ますか
- どうぞ、私が言っていることを、 何も受け入れないでください -
保つこと、 それは、記憶、等々ですが、
保つことは、 自己の本性です。
ですが、この絶えざる動きが、 あるとき、
自己は、ありません。
結局のところ、自己は、
記憶、知識、経験を 保つことです。
そのすべてが、 自己の本性と構造です。
瞬間から瞬間・
・・ その他すべて、ですね。
しかし、入れるための器が ないなら
- 器、入れ物です。
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1:20:14
AP: 容器。
(ヒンディー語での議論)
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AP: 再び、彼は、 戻ってきています。
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RB: クリシュナジは、保つことが 自己であると、言っています。
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1:21:28
AP: いいえ。彼は再び・・・ そうね、それは再び捻れています。
彼は、存在は保つことを、 意味すると、言います。
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1:21:37
RB: 自己は存在です。 それは、同じことです。
存在するのは、自己です。
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1:21:44
AP: なぜあなたは、そう 仰いますか。私は同意しません。
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1:21:46
K: ご覧ください。潮は引いて いきます。潮は満ちてきます。
川には、海には、 材木が、あります。
岸辺に残っているのが、 自己です。
ですが、水は、 いつの時も、動いています。
理解されますか。
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1:22:00
RB: ええ。
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1:22:02
何も残っていないなら、 自己は、ありません。
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1:22:12
K: すなわち、 ご覧ください。
先日、カリフォルニアで、
ものすごい、ひどい 暴風雨が、ありました。
それで、岸には、材木すべて、 あらゆる種類の破片が、残りました。
それが、自己です。
K: ですが、何もないとき - よろしいですか。
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1:22:35
RB: はい。
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1:22:38
K: カリフォルニアについて、 彼に説明してください。
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RB: 私にはできません。 AP: どうぞ、どうぞ。
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RB: 潮と、それらです。
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1:22:44
(ヒンディー語での議論)
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1:22:46
K: もちろんです。
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1:23:20
あなたは、前に同意していました。 そうしないでください・・・
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1:23:29
AP: 合間に彼は、こう 言おうとしていました -
存在の本性は、 保つことである。
そして、存在と保つことは、 類義語である、と。
私は、自分はそれを 受け入れないと、言いました。
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1:23:42
質問者: 彼は、存在という言葉を用いる ことで、同じ感じを伝えています。
私は、間違っているかも しれません。
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1:23:49
AP: そうね、彼は、存在を、 保つことと、同等視しようとしています。
私は、いいえ、と 言っています。
すると彼は、それは、ヴェーダーンタ 的な立場であると、言います。
私は、事実に拘ろうと 言っています。
事実は、あなたが仰ったことです。
すなわち、嵐がある。
その嵐は、たくさんの破片を、 もってくる。
そして、嵐が鎮まるし、 破片は残ります。
破片は、自己です。
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1:24:16
K: それが、私が 言っているすべてです。
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PJ: 言い換えるなら、 それは、残留物です。
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1:24:22
AP: それは残留物です。そのとおり です。それが、その言葉です。
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1:24:31
PJ: 彼が、創造と、同時に終わる ことについて言ったこと -
破片は何もありません。
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K: それですべてです。
RB: が、間隔があるとき・・・
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PJ: そのとき、破片が入ってきます。
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RB: もし潮がないなら、もしそれは、 すべて出ていくのと、入ってくるのなら、
それはまた・・・
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1:25:03
(ヒンディー語での議論)
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1:25:10
K: 潮は入ってゆき、 潮は出ていく。
水は出てゆき、 水は入ってくる。
そこに、時はありませんが、 保つことは、時です。
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1:25:19
PJ: それは、自然です。
潮が満ちてくるのと、 潮が引いていくのは、自然です。
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AP: それは、存在です。
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1:25:28
K: よろしいですか。 彼は、それを認めません。
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1:25:33
PJ: もうお止めになる べきだと、思います。
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1:25:35
K: 私はただ、言おうと しています -
自然は、時について 考えません。
それは、時を持ちません - それは成長する。
それは死ぬ。
それは、ただ・
・・ 生はそうです。
が、私たちは、時を 考案してきました -
昇る。
沈む。
赤ちゃん、青少年、 頂点に至る、下降する。
そのすべてが、時です。
ですが、潮は引いていく。
潮は満ちてくる。
それは、樹が 成長するのに、似ています。
それらは、時について 考えていません。
それは、ただ 成長し、死にます。
が、私たちは、時を 考案してきました。
すなわち、
私は赤ちゃんです。
私は、大人になり、 これを達成し、死にます。
で、時は・・・時は、なっていく ことだと、仰るのでしょうか。
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1:26:56
PJ: それは、 受け入れなければなりません。
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1:27:00
AP: マハーカーラは・・・ K: 仏教へ戻らないでください。
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1:27:03
AP: ええ。私は、サンスクリットの 言葉を、用いています。
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1:27:05
K: 私は、普通の人物です。 私は、学識を持ちません。
私は見ます - 私は赤ちゃんでした。
そして私は、成熟を見ます
- 成熟における残りの 問題すべて、などなどです。
そして、私は 死のうとしています。
これは、自然です。
が、私が、「私はあれに ならなければならないよ」と言うとき
- 「私は、覚りを 開かなければならない。
私は、導師にならなければならない」とか、 「私は、首相にならなければならない」と。
それは、時の過程です。
お分かりになるのかどうか、私は 知りません。私は間抜けですか。
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1:27:38
質問者: いいえ。 これは、完璧です。
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1:27:42
PJ: お止めに なければなりません。
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1:27:44
K: ちょっと待って。 ちょっと待って。
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1:27:51
RB: そして、知識すべては、 保つことです。
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1:27:53
K: もちろん、そうです。
ゆえに、頭脳に、 何が起きるかを、見てください。
それが、私が 訊ねていることです。
それは、いつの時も、 新鮮です。
ゆえにそれは、けっして 老いません。
理解されますか。
けっして、退廃しません。
パンディットジが、理解されるのか どうか、私は知りません。
少し、それを 説明してください。
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1:28:24
PJ: (ヒンディー語で)
それはいつも、生まれつつ あり、破壊されつつあるから、
頭脳はけっして、 老いません。
それはけっして、老いません。それは いつも、創造されつつあります。
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1:28:53
K: 頭脳を老いさせるのは、 保つことです。
保つことは、 エネルギーのむだです。
私は、それについて、 話しつづけられます。
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1:29:11
PJ: いえ、あなたは、お止めに ならなければなりません。
このものさえも、あなたは話すのを 止めなければならないと、言ってきました。
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1:29:20
K: 私たちは、この小さなばかげた ことへ、来るために、
そのすべての時間を掛けてきた、 と、仰るつもりですか。
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