MA8384Q2 - 第2回質疑応答会合 home
インド、マドラス(チェンナイ)
1984年1月5日

0:10 私は、忘れてしまう ところでした。 これらの問いを 究明する中で、 私たちは、対話を 行おうとしています。 対話は、二人の人たちの 間の、会話です。 あなたは、 質問をします。 語り手は、それに 答えます。 そのときあなたは、 その答えに、応答します。 そして、あなたが、 その答えに、応答するとき、 語り手は、あなたの応答に、 答えます。 で、この過程、 問い、答え、答える中で、 そして、答えることこそが、 問われつつあります。 で、これが、 進みつづけます。 ついに、質問者と語り手が、 どちらも、すっかり消えてしまい、 問いだけが 残るまで、です。 理解されますか。 私はこれを明らかにできるのか どうかと、思われます。 1:49 それは、 とても重要です - すなわち、問いが、いわば留保された ままに、留まることが、です。 そのとき、あなたは、 質問をする。 語り手は、 その問いに答える。 あなたは、その答えをとおして、 その問いに応答する。 これに付いてきていますか。 いいえ、そうでないと思います。 どうぞ、これは、 かなり錯綜しています。 私は、これをどう 伝えていいのかを、知りません。 それで、私たちが本当に、この問題、 この問いを、理解するように、です。 なぜなら、 問い、答える中で - 私たちの 一人一人から、ですが - ついに、あなたと語り手が、 もはや重要でなくて、 問いだけが 残るまで、です。 そして、問いは残るにつれて、それは 活力、エネルギーを、獲得します。 3:20 これを理解されますか。 私たちは、今朝、 試そうとしています。 あなたは、手を振るのを、 終了なさいましたか。 これは、かなり深刻な問いです - 私たちがお示ししているものは、です。 すなわち、重要なのは、 私たちは質問をしなければ ならない、ということです。 あなたが、そもそも 真剣であるなら、です。 そして、問う中で、 答えは、正確なのか、 不正確なのかもしれませんが、 あなたは、その答えに、 応答しなければなりません。 そのとき、 あなたが応答するとき、 そのとき、語り手は、あなたが 応答したことを、問います。 で、この過程の中で、 質問者としてのあなたと、 応答する私は、 すっかり消え去ります。 それで、 問いだけが、残っています。 それを理解されますか。 4:51 私たちはそもそも、これに出会いますか。 少なくとも、私たちの数人かは? なぜなら、私たちは、けっして 質問をしないからです。 すなわち、私たちは、答えに、 快適であってほしいと思います - ふさわしく、都合よく、 希望に満ちてほしいと。 が、問い、答える中で、 そのすべてが、消え去ります。 私たちは、何が真実であるかを、 見出そうとしています - 何が事実であり、何が正確な答え、 正確な応答を、精密に、です。 で、それを見出すには、あなたと私は 全的に消え去らなければなりません。 問いと答えのみが、残ります。 分かりますか。 あなたたちの幾人かが、それを 分かってほしいと、望みます。
6:00 うるわしい朝です。 雨がぽつぽつ。 そして、 大地は、豊かで、美しい。 そして、これらの樹々と 関係を持つには、 - 自然と、 おそらく今朝、ご覧になった あれらすばらしい雲と、です - 美しさに満ち、光に満ち、 驚異的な形、です。 私たちはけっして、 これらのものを、見つめません。 私たちはあまりに、自分自身に、 関心を持っています。 そして、私たち自身を 乗り越えるには、 大変多くの思考、探究などが、 必要とされます。 私たちは、理論や原理や観念を、 取り扱っていません。 私たちは、私たちの日常生活を、 取り扱っています。 7:25 私たちの日常生活を、何か理論、 何か教えへ、合致させていません。 それが、 ブッダの教えであっても、 他の誰かの教えで あっても、です。 私たちは、他の人たちの教えに、 関心を持っていません。 私たちは、 いかに生きるのかを、 自分自身で見出すことに、 関心を持っています - 葛藤なく、 痛みなしに、です。 それは、どの理論にも、 依存しません。 特にこの国では、あなたたちは 言葉によって、生きます - 文句、他の人々が言ってきたことの ものすごい知識によって、です。 あなたたちは、 注釈で一杯です。 あなたはけっして、 自分自身で、発見しません - あなたが、他の人々の 概念と原理と教えに、 依存したり、従ったり するとき、です。 8:42 で、どうぞ、見出しましょう - 私たちが 比較なく、 ゆえに、葛藤なく、 生きられるのか どうかを、です。 私たちが本当に、 根源的に、自らの生き方を 変化させられるのかどうかを、 見るように、です。 なぜなら、世界は、 大きな危機に、あるからです。 あなたがそれについて、すべて ご存知なのかどうか、私は知りません。 ものすごい危機です。 物理的な危機だけではなく、 人間たちの意識に おける危機です。 で、どうぞ、 真剣でありましょう - 樹々の間の美しさと 光にもかかわらず、です。
9:54 質問1: 「この七年の間、何であれ、 私が行おうと試みてきた仕事は、 内的、心理的でも、 外面的でも、 ビジネス、財務、教育、家族 などの分野においても、 失敗に 終わってきました。 私が触れてきたものは、何も 潰えてきました。 この事態の原因は、 何ですか。 そして、対処法は、 何ですか。」
10:35 「この七年の間、何であれ、 私が行おうと試みてきた仕事は、 外面的にでも、心理的にでも・ ・・」 すみません、もう一度、 「内的、心理的でも、外面的でも、 ビジネス、財務、教育、家族 などの分野においても、 失敗に 終わってきました。 私が触れてきたものは、何も 潰えてきました。 この事態の原因は、 何ですか。 そして、対処法は、 何ですか。 」 あなたは、この問いに、 興味がありますか。 あなたは、この問いに、 興味がありますか。 またはそれは、あなたが興味を 持たない、他の誰かの問いですか - あなた自身の問いに、 興味があるだけですか。 質問者は、訊ねます - 自分が、外的に、内的に、 触れてきたことすべてが、 なぜ潰えてきたのか、と。 その原因は、何ですか。 その対処法は、何ですか。 あなたが気をつけて、入るなら、 それは、かなり興味深い疑問です。
12:08 私たちはみんな、 成功したいと思います。 私たちは、成功の神や、 成功の女神を、崇拝します。 政治的に、宗教的に、 そして、ビジネス、 科学の分野において、 あなたたちはみんな、 認識されたい、 褒賞を得たい、 有名でありたいと思います。 あなたが、 科学者たちの中を、 見守ったことがあるのか どうか、私は知りません。 彼ら自身の中で、 内輪の戦いが、進んでいます - 教授たちの中、 ビジネスの人々の中で、です。 私の家族のほうが、 あなたの家族より、良い。 そうね、成功したいとの 欲望の過程全体、です。 成功とは、何ですか。 どうぞ、私はあなたに、 その質問をしています。 あなたがそれに、返事を しなくてはいけません。 13:18 みなさんは、返事を できません。 すると、あまりに大声です。 私たちは、 互いに理解しあわないでしょう。 が、あなたが、それに 応答しなければなりません。 私たちがみんな、成功を収めたいと 求めるのは、なぜですか。 成功を収めるとは、 どういう意味ですか。 それを、あなた自身で 内的に、答えてください。 自分の欲望を 充足するため、 お金を、もっと多く 持つため、 有名であるため、 ノーベル賞を 取るため、です。 あなたは、それができないなら、 嫉妬深く、怒り、戦っています。 で、成功とは、 どういう意味ですか。 あなたは、 誰か導師の弟子です - あなたが そうでないのを、望みます - あなたは、そうであるなら、 到達したいと思います。 それが何を 意味していようとも、です。 あなたは、 覚りたいと思います。 それが何を 意味していようとも、です。 14:32 それは、ビジネスの世界でも、 同じ過程です - 心理的な世界でも、いわゆる 霊的な世界でも、です。 私たちはみんな、 成功を収めたい、 何かを達成したい と思います。 なぜですか。 この裕福な社会の中で、なぜ、 このものすごい衝動ですか。 そして、そうでない社会の中で、 そうですか。 成功を求めるよう、 私たちを推進する、 私たちを駆り立てる、 人間的衝動は、何ですか。 どうぞ、それに 答えてください。
15:30 それは、権力をとおし、 金銭をとおして、 あなたは、自由を持つし、その自由が 楽しい、ということですか。 金銭が、とても 重要になったのです。 お金を持たないこともまた、 重要になります。 権力、政治的な権力、 宗教的な権力、 司祭者たちとともに、 寺院にある偶像 - そのすべてが、 一つの形の権力です。 あなたたちは、みんな それが、ほしいのです。 何らかの人に対する権力、 そのすべてを、あなたは、 成功と呼びます。 あなたは、さほど美しくない。 あなたは、美しくありたい。 などなどなど、です。
16:49 成功は、比較に 依存しますか 競争に、ですか。 どうぞ、あなたが 答えています。 ビジネスにおいて、です。 あらゆる少年が、試験で 成功したいと思う、などです。 それらは、何を 意味していますか。 成功したい、 達成したい、 なりたいとの、 このものすごい衝動。 どうぞ、それに 答えてください - なりたい。 私は、これではないが、 私は、あれになるだろう。 私は貧しいが、 私は猛烈に働こう。 そして、権力、金銭、 もっと良い地位を、得よう。 それは、何かになるための、 この果てしなくつづく格闘です。 あなたは、 法廷弁護士の見習いです。 そのときあなたは、法廷弁護士に なりたいと思います。 そうね、私たちが、 みんなやるゲームです - 何かになるために、です。 18:32 なっていくのは、 何ですか。 どうぞ、この問いに、答えて ください - あなたたち自身に、です。 なっていくのは、 何ですか。 あなたの欲望 - 自分の目標を達成したい、 もっと良い地位、身分を 達成したい、と。 なっていくのは、何ですか - なっていくものは? 質問を 理解されますか。 私は、何物でもないが、 私は、何物かに、なるだろう。 「私は何物でもないが、私は何物かに なるだろう」と言うのは、何ですか。 質問を 理解されますか。 私は、怒っています。 暴力的です。 私は、非暴力的になるでしょう。 それが、 あなたがやるゲームです。 が、その間に、あなたは、 暴力の種子を、蒔いています。
20:15 何ですか・・・ どうぞ。 これを、自分自身で 見出すことが、重要です。 なっていくのは、 何ですか。 それは、欲望ですか。 それが、 欲望であるなら - 車を持ちたい、 もっと良い住宅を持ちたい、 もっと良い妻を持ちたい、 もっと美しく、もっと従順で、 家庭的なのを、と。 で、欲望が、 なっていくことの根ですか。 私は、欲望に反することを、 何も言っていません。 だから、それを 差し控えないでください。 私たちは、互いに 問い合っているだけです。 それは、 その欲望ですか。 美しい住宅、すてきな庭を、 見て、あなたがほしいなら - すてきな庭をもつ 美しい住宅を、 あなたが、見たことが あるなら、です。 一本の雑草もなく、美しく 保たれている芝生。 あなたは、 それを見ます。 あなたは、「神様!私は、それを 持てたらなあ」と、言います。 21:49 それが、なっていくことです。 ですね? で、欲望とは、 何ですか。 どうぞ、あなたが その問いに、答えてください。 で、私は、様々な分野において、 成功を収めたいと、欲望します。 または、私が選んだ 経歴において、です。 私は、目的を 持っています - 長年の終わりに、持たなければ ならないものを、です。 どんな目標を、あなたが 持っていても、です。 あなたは、それを追って 奮闘します。 あなたは、子どもを持っていない なら、子どもをほしいと思います。 それは、同じことです - 欲望です。 ですね?  涅槃を 達成したいとの欲望、 啓明を 達成したいとの欲望、 アメリカへ行きたいとか、 偉大な科学者に なりたいとの欲望 - それで、ノーベル賞を 勝ち取れるように、です。 よろしいですか。それは、 同じ動き、なっていくことです。 23:26 で、私たちは、 探究しなければなりません - なっていくこと、すなわち、欲望の 局面の一つを、だけではない。 そして、 欲望とは何ですか。 さて、私は、その質問を してきました。 語り手は、その質問を してきました。 それは、そこに 残ります。 それは、空気中に あります。 あなたは、その問いに、 どう応答しますか。 または、あなたは、その問いが 花開き、成長するに、任せますか。 それの含意すべてを、 見ますか。 理解されますか。
24:19 あなたは、自分の前に 地図を、持っています。 この国の地図、です。 あなたは、自分が行きたい一定の 地点や一定の街を、持っているなら、 地図の残りを、 無視します。 あなたは、行きたい方向を、 持っています。 あなたは、地図で それを、追求します。 あなたは、けっして 地図の全体を、見つめません。 なぜなら、あなたは、ただ一つの 追求を、持っているからです。 なぜなら、あなたは 成功を収めたい、 あなたは 達成したいからです。 あなたは、達成しないなら、 何者でもありません。 あなたは、 怯えています。 あなたが、自分自身を 博士と呼ぶなら、 あなたの家族は、ごろごろ 喉を鳴らし、大喜びです。 あなたが、ノーベル賞を取るなら、 世界中の新聞すべてが - おそらく、鉄のカーテンの 向こう(の共産主義陣営)以外 - あなたの名前を公表します。 あなたは、有名に、豊かになります。 25:50 が、それは、 同じ動きです。 あなたの欲望が、 啓明、覚りへ、であっても、 ノーベル賞へ、であっても、 取るに足りない小さな街で、 金持ちであることであっても、です。 よろしいですか。 で、私たちは、訊ねています - 欲望とは、何ですか。 それを 理解できるなら - それを抑圧しない、 それを制御しない、 それを 超越しようとしない。 ただ神だけへの欲望を、 持っている僧侶のように、です。 それが、いかなる神で あろうとも、です。 彼を駆り立てるのは、あの王国を 達成したいとの欲望です。 彼はやはり、欲望の火を 持っています。 あなたが 持っているように、です。 で、欲望とは何ですか。 見出してください。 私は、 その質問をしてきました。 あなたは、その問いに、 どう応答しますか。 27:31 たぶんあなたは、それについて、 考えたことさえ、ありません。 たぶんあなたは、 一度も・ ・・ - 私は、大変尊敬をこめて、 これを、言っています - あなたは一度も、それを 究明したことさえ、ありません。 あなたは、欲望を持っているなら、 それを充足したいと思います - そこに関与した問題 すべてとともに、です。 あなたは、わずかに 道徳的な人物であるなら、 「私は、あの欲望を持っては ならない」と、言います。 あなたは、それを 抑圧します。 世界中の僧侶、修道士は 欲望を、抑圧してきました。 その欲望を、 或る人物像、象徴、 観念、原理と 同一視しただけです。 が、それは、 やはり欲望です。 で、訊ねましょう。 語り手は、あなたに訊ねて います - 欲望は、何ですか。 28:31 私を 引用しないでください。 そのとき、あなたは、 理解していないからです - 他の誰かを 引用するなら、です。 語り手は、欲望について 大変多く、話してきました。 あなたたちの幾人かは、それらの 本を、読んできたかもしれません。 が、言葉は、 その事実ではありません。 あなたが読むものは、 あなたなるものではありません。 で、より重要なのは、 あなたなるものです。 で、戻ってくると、 欲望とは何ですか。 そして、それが、 私たちの生において、 こうも、とてつもなく重大に なったのは、なぜですか。
29:27 聴衆: それは、私が生に意味を ほしい、ということですか。
29:30 K: すみません。もう一度。 聴衆: それは、私が自分の生に、
29:31 意味を、ほしいということですか - 私が欲望を持っているのは。
29:39 聴衆: 彼女は、こう言いました - 私は自分の生に、意味がほしい、と。
29:42 K: で、あなたは 生に、意味がほしい。 それは、あなたが、生に意味を持って いない、という意味です。 ですね? あなたは、意味を持っていません。 生は、意味を持っていません。 ゆえに、あなたは、 知的にか、別の形で、 生に、意味を 与えようとします。 で、あなたが生に、 意味を与えるなら、 それは、 生ではありません。 あなたが、あの樹に、 意義を与えたいなら、 あなたは、あの樹の 美しさを、知りません。 あなたが、自分の空っぽな生に、 意義を与えたいなら、 あなたは、結婚しているかもしれません。 子ども、その他すべての事柄です。 あなたは、終わりに 見つけます - 四十、五十、六十頃であるとき、 生は何の意味もない、と。 そのときあなたは、それに 意味を与えようとします - 寺院へ行くこと、文学、 ヴァイオリンを弾くこと、 絵を描くことによって、です。 あなたのあるがままより 逃避するために、何でも、です。 31:16 よろしいですか。 私たちは、 あなたの生について、話して います。 理論ではない。 他の人々が 言ってきたこと、ではない。 で、欲望とは、 何ですか。 さあ、どうぞ。 見つめてください。 私たちは、感受により 生きます。 感受は、 私たちの感覚の応答です。 私たちは、ただ一つか、二つの 感覚だけを、使います 眼、視覚や 聞こえるのを、です。 感受は、私たちの道です。 感受は、持たなければなりません。 さもないと、あなたは 麻痺しています。 あなたたちのほとんどが、 そうであるように、です。 麻痺しています - 坂を 下っていく国の中で、です。 あなたの神々により、 あなたの哲学により、 あなたの生き方により、 麻痺しています。 私は、批判していません。 これらは、事実です。 32:57 で、あなたが、全的に 麻痺しているのでなければ、 あなたは、感受の動きを 持っています。 感覚が 作動しています。 あなたが、あの樹を 見つめるとき - そして、木の葉の中の 光の美しさを、です - 応答が、あります。 感受が、あります。ですね? あなたは、美しい女を 見るとき、感受を持ちます。 あなたは、きわめて 利巧な男を、見るとき - あなたたちのほとんどは、 そうです - あなたたちは、きわめて 利巧な人々です。 半ば、利巧すぎます。 あなたは、あらゆる物事へ 説明を、持っています。 あなたは、分析、説明が 上手です。 それらの分析、説明、引用は、あなたの 日常生活と何の関わりも、ありません。 で、あなたの理論との間に、 大きな隔たりが、あります。 宗教的な概念、 哲学的な知識は、 あなたが日々生きることと、 いかなる関わりも、ありません。 そういうわけで、 あなたたちはみんな、 無意味な生を、 生きているのです。 34:40 で、進行しましょう。 欲望とは何ですか。 欲望は、どのように 生じますか。 欲望と思考との間の 関係は、何ですか。 ゆっくり行ってください。 私は、 これらすべての質問を、しています。 欲望を制御する制御者は、 誰ですか。 すべての宗教は、なぜ、 「あなたは、欲望を持っては ならない」と、言いますか - 多かれ少なかれ、 異なった用語法で、です。 で、私たちは、欲望の活動を、 きわめて深く理解しないのなら - 欲望の対象を、ではありません。 ですね? 話が明らかになって・・・ 欲望の対象ではなく、 欲望自体を、です。 子どもは、機関士になりたい かもしれません。 または、一流のピアニストに なりたいかもしれませんが、 それはやはり、欲望です。 理解されますか。それなど、です。 36:19 私たちは、欲望の対象に、 関心を持っていません。 欲望自体に、です。 ですね?
36:38 聴衆: 欲望と生存は、 分離不可能です。
36:43 K: 欲望と生存は、 分離不可能です。 生存するとは、どういうことですか。 生存するとは、どういう意味ですか。 物理的に、生存するのか。 あなたは、物理的に生存したいし、 物理的に安全でありたいのなら、 あなたは、民族性を 持ってはなりません。 ですね? なぜなら、部族主義、 すなわち、栄達した民族主義は、 世界を、破壊しつつある からです。 ですね? (ソビエト・ )ロシアの (共産主義の)理想、イデオロギーと、 民主主義世界のイデオロギーは、 人類を破壊しつつあります。 で、安全は、ありません。 あなたは、生存しつつありません。 危険は、そこに あります。 ですね? しかし、あなたは、 それに盲目です。 なぜなら、あなたは、民族主義が 安全であると、言うからです。 37:56 で、安全、生存は、 あなたがどの国にも 所属していないときだけ、 意味を持っています - どの集団にも、 どの宗教にも、です。 そのときあなたは、 強い人物です - 生物的にも、 また、心理的にも、です。 あなたは、 自由な人間です。 あなたは、政治家と 有権者たちの愚行を、 阻止するのを、 助けるかもしれません。 で、進行しましょう。 欲望とは、何ですか。 欲望の起源、始まりは、 何ですか。 私は、あなたを見ます。 見ることが、ある - あのサリーや あのシャツの色を、です。 眼で見る。 視覚です。 そして、感受が、ありますね。 すなわち、 私は、あの色が好きでない。 私は、あの色が好きだ、とね。 39:27 これに 付いてきておられますか。 見る。 そこから、 感受が生じます。 そのとき、私は、サリーや シャツに、接触します。 それに触れる、という意味で、 接触です。 感受、接触。 ですね? この接触から、 さらに大きな感受です すなわち、私は、ウィンドウに 美しいシャツを、見ます - または、サリーを、または、 何でもほしいものを、です。 見る。 そのとき、店内に 入って、素材に触れます。 その触れることから、 さらに大きな感受。 ですね?  これに 付いてきておられますか。 あなたは、こうしませんか - 日常生活の中で、普通に、です。
40:40 聴衆: はい。
40:41 K: それが、あなたが していることです - 見る、接触、 さらに大きな感受です。 さて、その後に、 何が起きますか。 今、私はあなたに、質問して います - 考えぬいてください。 考えぬいてください。 気を つけて、それに入ってください。 私は、あの美しい住宅を、 見ます。 見ることにより、 感受が、創り出されます。 私は、あの家の 友だちであるなら、 私は、内側へ入り、 壁を見、窓の形を見ます。 そのすべてが、 感受です。 そのとき、何が 起きますか。 聴衆: 私は、それを持ちたいです。
41:47 K: はい。それは感受です。
41:50 K: 私は、 訊ねています -
41:54 どうぞ、少し注意を払ってください。 それに、興味があるなら、です。 私たちは、感受を 持たなければなりません。 さもないと、あなたは、生物的に、 物理的に、麻痺しています。 あなたの腕が、感じないなら、 その腕は、麻痺しています。 で、感受が、 なければなりません。 それは、自然な、 健康的な状態です。 私が、あなたに 質問するなら、 そして、あなたが、活動的に、 精神的に気づいているなら、 あなたは、それに 応答します。 が、あなたが、疲れて、 眠たくて、怠けているか、 哲学の重荷、他の人々の言うことの 重荷を、負っているなら、 そのとき、あなたは 応答できません。 あなたは、他の人々が言ってきた ことを、言うでしょう。 ですね? で、見ること、接触、 感受が、あります。 ですね?  これは、 自然で、健康的です。 そのとき、何が 起きますか。 それはすべて、こうも急速で、 こうも即時的です。 で、私たちは、それを ゆっくりさせつつあります。 そのとき、何が 起きますか。 K: 何ですか。 
43:35 聴衆: 感受は、 頭脳に登録されます。
43:41 K: はい。私はそう言いました。 もちろんです。そのとき、何ですか。 大きな説明に、 入らないでください。 私たちは、ごく単純な発言を、 してきました。
43:54 聴衆: でも、後、その頭脳は、 また新鮮になります。
43:56 K: いいえ。ただ見つめてください - それに答える前に、です。 私は、進めなければなりません。 さもないと、 あなたたちは、たくさんの 言葉を、私に投げつけるでしょう。 私は、あの住宅を 見ます。 見る。 大理石に触れる。 柱を見つめる。 良い窓を、見つめる。 それは、感受です。 そのとき、何が 起きますか。 そのとき、思考が 入ってきて、こう言います - 「もしも私が、あの住宅を、持っていた なら、何とすてきだろうか」と、ね。 何が起きるかを、 見てください。 そのとき、思考は 感受を、使います。 思考もまた、 別の感受です。 思考は、イメージを 創り出します - 私のイメージ。 私は、あの住宅を 持たなければならない、と。 ですね? 理解されますか。 すなわち、感受。 そのとき、 思考が即座に、言います - 私がその住宅に生活している イメージを、創り出します。 45:26 理解されましたか。 ケスク・ ・・ヴザヴェ・コンプリ? ケルク・ショーズ? ああ、すみません。 何かを、 理解されましたか。 すなわち、思考が 感受を、担当します。 その感受の中から、 イメージを創り出します。 イメージは、 あの住宅を所有することです。 または、あの車や、 あの何らかのものを、です。 これに、付いてきて こられましたか。 で、気をつけて、 見守ってください。 感受は、健康的で、 正常です。 そのとき思考が、 やってきて、言います。 その感受の中から、 イメージを、創り出します。 そして、思考が 感受を、形作るとき、 その秒に 欲望が、生まれます。 同意しないでください。 「はい、それは良い説明です」と 言わないでください。 さて、あなたが、 同意で肯かないなら、 そのとき、あなたは、なぜ、 欲望の奴隷ですか。いいですか? 47:19 あなたたちは、あまりにすばやく同意 します - 何でも言われることに、です。 が、私は、大変尊敬をこめて、 指摘しています - すなわち、私たちはいつも、 制御、抑圧、超越するよう、 訓練されていることを、です。 様々な形で、欲望から 逃避するように、です。 あなたは、 この国のサンニャーシと、 ヨーロッパの、特にイタリアの、 修道士に、注目したことがありますか。 彼らは、通りを歩いて行きますが、 彼らは、バイブルを持っていて、 けっして、まわりを見ません - 誘惑のために、です。 で、書物です。 そして、この国の サンニャーシ。 私は、彼らの多くに、付いていった ことが、あります。 彼らの後を、です。 彼らは、何らかのことを、 詠唱しています。 けっして、大地の美しさを 見つめません - 花々、小川、空、 通り過ぎる女を、です。 「誘惑されるな」と。 いいですか? 48:49 で、私は、あなたに 質問をしています。 感受は、正しい。 自然で、健康的です。 思考が、介入しないで いられますか。 思考が、感受を 担当するとき、 その秒に、欲望が生まれます。 これを理解されますか。 いいえ、できるのか どうか、見出すのです。 感受とともに留まる。 感受は、自然です。 そして、思考が介入しない ときの隔たり、です。 私が言っていることを、 理解されますか。 で、思考は、数秒間、 謹慎できますか。 それは、ものすごい気づき、 大きな注意を、意味しています。 「注意とは何ですか。 気づきとは 何ですか」と、言って、 何か説明へ入って しまわないでください。
50:10 感受を見ることは、 自然です。 そして、あなた自身で 発見する - すなわち、思考が 感受を担当した瞬間、 その秒に、欲望が 生まれることを、です。 私は、あの住宅やあの女や あの何らかを、ほしい。 ですね? 気づく、注意を払う - 思考が 感受を担当しないように、です。 それは、時がありません。 私はそれらに、入らないでしょう。 あなたは、これらについて、 考えたことが、ありません。 あなたたちは、 みんな、大人です。 あなたは、頭に灰を付けます。 寺院へ行きます。 あらゆる種類の 子どもっぽいこと、です。 あなたは、自分自身に、 入ったことさえ、ありません。 あなたは、これらの質問をするよう、 考えたことさえ、ありません。 で、規律、修練(ディシプリン)は、 欲望の終わりではありません。 51:37 規律、修練自体が、 欲望になります。ですね? が、あなたが、欲望が 何であるかを、学ぶなら - 学びます。 語り手からではなく、 あなた自身からです。 それを理解する、究明する、 それに入る - そのときそれは、あなたのです。 あなたは、学んでいます。 偉大なスペインの画家が、 いました。 彼は、九十五でした。 その前後です。ゴヤです。 彼は、「私はまだ学んでいる」と 言いました。 理解されますか。 で、学びは、 果てしなく続きますが、 知識は、 そうではありません。 知識は、制限されていて、 有限ですが、 あなたは、 学んでいます。 それで、学ぶなら - 欲望について 学ぶのではない - あなたが、欲望の意味を 学んでいるなら - それに何が関与しているのか、それが いかに生ずるのか - 学びつづけるなら、 そのとき、その学びこそが、自らの 規律、修練を、もたらします。 53:04 あなたが、良い化学者、 良い生物学者でありたいなら、 その主題こそが、あなた自身の 訓練の手段、専攻の手段に、なります。 あなたは、これらのことの、 何についても、ご存じありません。 みなさんは、どこで 生活しますか。 トリプリケン、マドラスや、 このあたりに、ではない。 あなたは、どこに 生活しますか。 生が、意味を 持っていなくて、 寺院すべてが、 物に満ちているなら - 手により、精神により 作られた物に、です。 それらを、あなたは 崇拝しています。 このすべてが、もはや、 まったく意味を、持っていません。 で、どうぞ、あなた自身に この質問を、してください。 生は、 とてつもないものです。 - 大いなる複雑さ、大いなる深さ、 大いなる美しさ - その生はなぜ、こうも 見かけ倒しになったのか。
54:38 質問2: 「私たちは、自らの生における 危機を、自らの感覚すべてでもって、 見ることができません - あなたがそう表すように、です。 結果的に、私たちは、 果てしない悲惨の中に、います。 私たちは、どうすれば、 全エネルギーを集めて、 「有るもの」を、 見られますか。」
54:58 「私たちは、自らの生における 危機を、自らの感覚すべてでもって、 見ることができません - あなたが、そう表すように、です。 」 私が、語り手が、 そう表すように、です。 「結果的に、私たちは、 果てしない悲惨の中に、います。 私たちは、どうすれば、 全エネルギーを集めて、 「有るもの」を、 見られますか。 」 いいですか?  これが、質問です。 問いを理解されましたか。 なぜあなたは、「あなたが そう表すように」と、仰りますか。 なぜあなたは、語り手が言ってきた ことに、関心を持っていますか。 理解されますか。 重要なのは、あなたが何を考えるのか、 あなたが何を感じるのか、です。 書物すべてを、焼いてください - 語り手のを含めて、です。 そして、見てください。 56:18 問いは、こうです - 私たちは、自らの生に 危機を、持っています。 私たちは、それらを 解決したり、 それらに正確に出会ったり できません。 それで、私たちは、 終わりない悲惨の中に、います。 私たちはどうすれば、このものすごい エネルギーを、集められますか - この危機に出会うために 必要なものを、です。 理解されますか。 それが、問いです。 危機は、どこに ありますか。 危機は、経済的に、社会的に、 政治的に、宗教的に - それは、外に、 あちらに、ありますか。 または、 私たちの中に、ですか。 危機は、どこに ありますか。 私に言ってください。 私たちは、危機が外に、あちらに あると、考えたいのです。
57:30 聴衆: 危機は、私たちの精神にのみ、 あります - 私はそう思います。
57:34 K: そうです。それは、 あなた自身の意識に、あります。 あなたの存在に、あります - 初めに、です。 そうですか。 理解されますか。 私たちは、いいえ、と言います - 外に、あちらにはない、と。 で、それは、どこに ありますか。 それは、外に、 あちらにないのなら、 それは、あなたに、あるに ちがいありません。 ゆえに、あなたが、 危機なのです。 ですね? それを受け入れますか。 人間としてのあなたが、 本当の危機なのです。 政治ではなく、 戦争ではなく、 ビジネスや、テクノロジーや、 化学における危機ではない。 人間としてのあなたが、 危機なのです。
58:42 聴衆: 存在していた 危機が、あります。
58:47 K: あなたは、私が言ったことを、 聞かれましたか。 私はあなたを、抑圧しようと していません。 私は、あなたに質問をしました。 すなわち、危機は、あなたにありますか。 または、あちら、 外側の世界にありますか。 それは、あなたにあるなら、 あなたが、危機です。 それをご覧ください。 後生ですから。 人間たちが、 危機なのです。 聴衆: (聞き取れない) 

K: 何ですか。
59:35 聴衆: (聞き取れない) 聴衆: 人間たちの不在が、 危機を、解決するでしょう。
59:39 K: 人間たちの不在。 それは、利巧な所見です。 あなたは、事実に 向き合っていません。 ご覧ください - いかに・ ・・ 私は、何をすることになりますか。 危機は、世界にも、私たちにも、 どちらにもあります。 世界の危機 - 私たちが、 それを、創り出してきたのです。 で、外的にも、内的にも、 それは危機です。 外の危機は、 人間たちの産物です。 投票者たちを代表する 政治家たちの結果です。 共産主義の世界、 全体主義の世界では、そうではない。 民主主義の世界では、危機は、 あらゆる人間により、創り出されます - 自分たちの大統領、 総理大臣、州首相 などなどなどを、 選挙する中で、です。 1:01:09 で、人間としてあなたが、 責任があります - 私たちが向き合っている 無量の危機に対して、です。 あなたは、それを 見たくないかもしれません。 あなたは、「いや、いや。 それは、 どうしてか起きつつある。 私は、それに責任がない」と、 言います。 が、私たちの一人一人が、 それに責任が、あります。 ですね?  あなたは、 それの事実が、見えますか。 それの真理が、 見えますか。 見えますか。 見えないなら、語り手は、 それについて、何もできません。 ですが、見えるなら、 それについて、話しましょう。 それを究明しましょう - どちらかに味方しないで、です。 それは、 それを究明するには、あなたは、 何も先入観、何も偏見、何も意見を 持てない、という意味です。
1:02:32 精神は・・・頭脳は、 理解するには、究明するには、 自らの先入観より、 自由でなければなりません。 科学者が、物質を 探検しているなら、 彼は、それについて、 予め概念を、持てません。 彼は、それについて、 何か結論を、持てません。 持っているなら、彼の結論が、 自らの究明に、介入します。 ですね?  で、彼は、物質が 何であるかを、見出すには、 結論より、自由でなければ なりません。
1:03:18 で、私たちは、危機が私たちに あるのを、見なければなりません。 私たちが、この世界を 作ってきたのです - 自然を、ではない。 樹を、ではない。ありがたい。 虎を、ではない。 鹿を、ではない。 私たちが、社会的な世界を、 作ってきました - 私たちが 生きる世界を、です。 競争、世の中で 進んでいることすべてを、です。 で、私たちが 生きるところの社会は、 私たちにより、 創り出されています。 その社会は、立法により、 変化させられません - もっともっともっと 多くの法律によって、 もっともっと 多くの法律家、 もっともっと多くの、ましな 政治家によって、ではない。 1:04:14 その社会は、私たちの一人一人に よってのみ、変化させられます - 根本的な変化、です。 それは、事実です。 あなたが、社会を 変化させたくないのなら、 あなたは、今の自分のままに、 留まりたいのなら、 それは、完璧に歓迎します。 私は、あなたを招いていません。 それが、あなたが しようとしていることです - あなたが、この場を 去るとき、です。 あなたたちは、みんな、 頷いて、同意し、 「すべてが、何ともすばらしい」 と言うかもしれませんが、 あなたは、(会場の)門から一歩、出た 瞬間、自分の古い世界に、戻っています。
1:04:57 で、問いは、こうです - 何が あなたを、変化させるのでしょうか。 あなたは、 苦しんできました。 果てしなく、です。 あなたは、問題に次ぐ問題を、 持ってきました。 痛みに次ぐ痛みを、です。 葛藤 - 果てしありません。 何が、あなたをして、それらを、 変化させるのでしょうか。 もっと多くの褒賞、 もっと多くの処罰、 もっと多くの地獄と もっと多くの天国ですか。 そのすべてが、かつて 提供されてきましたが、 あなたは、変化した ことが、ありません。 あなたが微笑まれるのを、 存じています。 あなたが、「はい、そのとおりです」 と仰るのを、存じています。 で、あなたは、変化するために、 何をするのでしょうか。 で、あなたは、 訊ねます - 私はどうすれば、変化することに なるかを、語ってください、と。 それは、どういう意味ですか。 あなたは、体系、体制がほしいのです 1:06:03 - あなたが変化するのを、 助けてくれるものを、ですね? あなたは、注目したことがありますか - すなわち、すべての体系、 すべての体制が、民主主義の体制でも、 共産主義の体制でも、 宗教的な体制、 冥想の体系でも、 本来的に、それら自体に、 退廃を保有しているのです。 いいですか?  これに 注目なさったことが、ありますか。 すべての体系、体制が - 「私の体系は 違う」と、言わないでください。 すべての体系、体制は、それら自体に エネルギーのむだを、保有しています - それは、エントロピーです。 私たちは、科学の言葉を、用いています。
1:06:55 で、問いは、こうです - どう集めるのか・・・どう、ではない。 あなたのエネルギーすべてを、集めて、 何かに向き合うことは、可能ですか。 質問者は仰います - どうして、 どのように、集めますか・ ・・ あなたは、 疲れつつありませんか。 私は、人々があくびをしているのが、 見えます。 すみません。 あなたが疲れているなら、 私は止めましょう。 私は気にしません。 私は、侮辱されていません。 が、興味を持っておられるなら、 私たちは、進むでしょう。 あなたが問うのを、 進めましょう。 私に話をさせて、あなたは、 頷くだけではなく、 行きつ戻りつ、問います。 私は、自分がむだにしている、 このエネルギーを、 どのように、 集められますか - 性的に、だけではない。 私が創り出してきた、この危機に、 向き合うために、私に 必要なエネルギーを、です。 1:08:18 理解されますか。 質問者は、語り手より 引用して、 私たちは、自らの感覚すべてを、 用いなければならないと、仰います。 さて、私たちは、それについて 少し、議論しようとしています。 問いと答えです。 私は、あなたに語りませんし、 あなたは、私に語りません。 私たちは、互いに問うています。 で、何の権威も ありません。 何の弟子も、ありません。 何の、従う者も、ありません。 私たちは、互いに 問うています。 私たちは、自分の感覚を 部分的にだけ、用います。 ですね? それは、事実です。 あなたは、自分の耳だけで 聞こえますが、 あなたは、聞きませんね。 違いが、分かりますか。 1:09:21 私は、あなたが言っている ことが、聞こえますが、 あなたが言っていることの 深さを、聞きません。 すなわち、私は聞きます。 その聞くことこそが、変化を もたらしつつあります。 が、私は単に聞こえるだけなら、 それは、過ぎゆく風、言葉です。 で、私たちは、自分の感覚を、 部分的に用います。 私たちは、自分の感覚すべてを、 けっして、同じ瞬間に用いません。 ですね?  これに 注目なさったことが、ありますか。 ああ、後生ですから。 いいですか? 私たちは、自分の感覚すべてを、 けっして用いません。 それは、私たちがけっして、 完全に注意深くない、 完全に、自分の注意すべてを 注いでいない、という意味です。 それを、私は今、していますが、 あなたは、それをしていません。 1:10:30 理解されますか。 すなわち、私が、自分の感覚 すべてを、用いるとき - 私が何かを 見つめるとき、です - あのすばらしい海が、あります。 波に次ぐ波、青い水。 あなたが、感覚すべてでもって、 あの海を見つめるなら、 見ている「私」としての 中心が、ありません。 理解なさるのか どうかと、思われます。 いいですか? 「私」の感覚があるのは、 部分的な感覚が、 作動しているときだけです。 それに注目なさったことが、 ありますか。ああ、神様。
1:11:21 聴衆: あなたの感覚すべては、 鳥の騒ぎ、鳥の声を、聞けますか。 あなたの感覚すべては、 それを聞けますか。 K: 私はそうしています。
1:11:29 私は、自分の感覚すべてでもって、 あなたに聞いています。
1:11:33 私は お訊きしています。 聴衆: あなたは、音を見えますか。 あなたは、感覚すべてと、言いました。
1:11:38 K: あなたは、何かを 仰ってきました。 あなたは、あの鳥を、 注意深く聞けますか。 あなたは、あのカラスを注意深く、 聞いていますか。 
1:11:48 聴衆: はい。 K: それは、何を 意味していますか。 聴衆: それは、何を意味すべき ですか。 
1:11:52 K: いえ、いえ。
1:11:52 K: 私は、進まなければ なりません。
1:11:57 そうね、あなたは、 散逸してしまいます。 私は、大変尊敬をこめて、あなたに お訊きしているだけです。 あなたは、自分の感覚 すべてでもって、 何かを、見つめたことが、 ありますか。 あなたは、一度も そうしたことが、ありません。 何ですか。
1:12:31 聴衆: (聞き取れない) 聴衆: 彼らは、こう 考えるように思えます - 私たちは、何かを 見つめているとき、 私たちはまた、それが聞こえているし、 それを感じている。それらです。
1:12:38 K: どうぞ、ただ 聞いてください。 私は、質問を したのです。 すなわち、あなたは、 自分の感覚すべてでもって、 聞いたり、見たり、 感じたことが、ありますか。 見出してください。 私は、あなたがそうしたことが、ある とか、ないとか、言っていません。 私は、あなた自身で 見出しなさいと、言います。 あのカラスを聞くとは、 どういう意味なのか - あなたの妻に 聞くとは。 そちらのほうが、カラスより はるかに重要です。 あなたの夫に聞く。 そして、あなたのエネルギー すべてでもって、聞く。 それは、あなたの感覚すべてが 鋭敏だ、という意味です。 性的な感覚ではない。 単に、 感覚的な応答ではない。 あなたのエネルギーの 全体、総体です。 たぶんそうしたことは、ありません。 私は、批判していません。 私は、あなたに、あなたがそうした ことがないと、語っていませんが、 たぶん、あなたは、そう したことが、ないのです。 1:14:03 そして、そうするなら、 あなたは、何かとてつもないことを、 自分自身で、発見するでしょう - その瞬間に、完全に、 何の問題もない、 葛藤もないことを、です。 なぜなら、あなたは、 ものすごく生きていて、 ものすごく 注意深いからです。 問題を創り出すのは、注意 できないことだけではありません。 あなたが、自分が言うことに、 自分が考えることに、注意深くて、 あなたが考えるのと、あなたの 行為との間に、分割を見るなら - 一つのことを言い、 別のことをします。 あなたたちはみんな、美事に それを、訓練されています。 聴衆: 人は・・・
1:15:12 K: ちょっとお待ちください。 K: 何ですか。 
1:15:19 聴衆: 或る人は、 何日間も、飢えてきました。 彼は、自分の感覚すべてを、 出すことは、可能ですか。 K: もちろん、できません。 十分に食べ物を取ってこなかった人の ことで、思い悩まないでください。 そうね、あなたがいかに・ ・・ それは、エネルギーのむだです。 彼は、三日間、食べ物を取って こなかった人について、考えました。 ところが、あなたが危機です。 あの哀れな人が、ではありません。 で、初めに、あなた自身で 発見してください - 私たちがいかに、自分の エネルギーをむだにするかを、です。 おしゃべりをし、 果てしなく、おしゃべりをし、 ギーターについて、 果てしなく、話をしています。 哲学、ブッダが言ったことと、 反対のこと。 よろしいですか。 おしゃべりし、おしゃべりし、 おしゃべりし、 けんかし、 葛藤、格闘 - そのすべてが、 エネルギーのむだです。 1:16:33 そのすべてが、止まるとき、 あなたは、ものすごい エネルギーを、持っています。 そして、頭脳は、 とてつもなく生きてきます。 死んでいません。 それで、このものすごい エネルギーを、持つには - それは、熱情を持つことです。 欲情ではなく、熱情です - あなたは、大変多くの探究を、 必要とします - あなたが考えることと、 あなたが感じることより、 分離した行為ではありません。 それで、私たちは、健康的で、 正気で、通常の生を、生きるし、 それを越えるのです。 すみません。
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