NY71T2 - 考える事柄が、あなた自身

第二回
ニューヨーク、アメリカ合衆国
1971年4月18日
テキストのみのバージョン
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0:25
クリシュナムルティ: 昨日は人間関係の
重要性を考察しました
私達は常に過去に 生きてきました
そしてその生き方を 根本的に変える事が
可能かどうか について話ました
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1:04
そして今日は 意識の中に何が潜んでいるか
隠れた心の 深層を皆さんと一緒に
精査していきます
つまり一般的には無意識と 呼ばれる事です
自分自身の中に
また社会に 抜本的な変革を
生み出す事を懸念します
身体的な変革は
昨今世界中で 支持を得ていますが
人間に根本的な変革を 生み出しません
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2:12
腐敗した社会に 変化は必要ですが
ここアメリカやヨーロッパ インドなどと
どこの国でも社会構造の 抜本的な変革が必要です
腐敗したままの状態の
人々の活動
どのような社会構造で 完璧をな社会を
打開しても
変化は必要不可欠です
私達が変わる事は 当然必須なのです
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3:01
そしてこの変化は 時間の経過により起こり
徐々に達成するでしょうか
徐々の変化を通して
または変化は即効的 でしょうか
この事を今日皆さんと共に 考察して行きます
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3:37
自分に変化が 必要だとする人
より繊細で
機敏で 聡明な人は
深く持続的で活きた
変化があるべきだと気付きます
意識の内容は 意識で
そのふたつを分離できません
植え付けられた事
植え付けられた意識が 意識を構成します
意識に変化を もたらすには
表面的にも裏もどちらにも
それは分析によるでしょうか
時間によるのでしょうか
環境的圧力に よるでしょうか
または変化とは
完全にあらゆる 圧力 負担 衝動脅迫から
独立しているでしょうか
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5:24
これは寧ろ 難しい議題です
非常に複雑な 議題ですから
皆さんと共に
話を共有できればと 思っております
この難題をどこから 始めるべきかわかりません
非常に真剣に議題に 向きあうべきです
面倒であっても深い興味と
情熱を持ってです
私があまり先には 進めません
時間や空間の先という 意味ではなく
ご自身の中で非常に深くです
皆さんの強い情熱と
大きなエネルギーを要します
私達は殆どのエネルギーを 対立や葛藤で無駄にします
我々の存在について 精察するには
エネルギーを要します
エネルギーには 変化の可能性が伴います
変化の可能性が 無ければ
エネルギーは無駄になります
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7:24
私達は変われないと 考えると
ただ受入れます
すると意気消沈し 鬱々しくなり
不安定で混乱します
抜本的に変化は可能です
それについて 考察していきます
話し手の話が 理解できなければ
話し手は言葉を 鏡として使いまが
皆さん自身が情熱と
興味と活力 そして莫大なエネルギーを持ち
観察し問うのです
すると恐らく 明らかで
どんな努力の必要なく
動機もなく
根本的な変化を遂げる
ポイントに到達できます
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8:58
昨日お話した通り
自分達について 表面的な知識だけでなく
深く隠れた 深層の
意識の要素があります
それをどう考察しますか
意識の内容をどう 露呈しますか
徐々に少しづつ でしょうか
徹底的に露出され
速攻で察知し
よって分析的過程が 終結するでしょうか
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10:04
ここで分析について 話をします
私 話してにとって
分析は行動の否定です
行動は常に アクティブな現在です
行動とは '行った' ' 行うだろう ' ではなく 行っている です
分析は現在の アクティブな活動を妨げます
分析には時間が 関与するからです
レイヤー事に 徐々に剥がす
各レイヤー事の
内容を 分析をします
その分析が完璧で 完全で事実で無ければ
その分析は 不完全です
完全ではない知識が
残ってしまいます
そして次の未完全な 分析が沸き起こります
お分かりでしょうか
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12:06
例えば私が 自分を分析します
自分の分析が完全で 事実で無ければ
分析した事は 知識となり
次のレイヤーの分析に 進みます
ですから
その過程で各々の分析が 不完全となるのです
そして更なる葛藤へ導き 惰性と繋がります
先に進みますが良いですか
分析には
分析する側と される側があり
分析者が 専門家であろうと
素人でもご自身でも
二重性が存在します
分析者が分析し
自身とは異なると考え 何かを分析します
分析者とは
何でしょうか
分析者は過去で
分析された事柄が 蓄積された知識です
その知識は 過去でありながら
現在を分析します
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14:05
その過程で葛藤 対立があり
分析に順応または
無理強いしもがきます
分析には
夢を見る 過程があり
ご自身で追求した事が おありでしょうか
または誰かの本を 読んだり
それは非常に不運な事です
誰かの言う事を 繰り返すだけですから
どんな専門家でも 有名人でもです
そんな啓発本を 読んでなければ
私は読んでいません 非常に退屈です
読んでなければ ご自身で探求してください
すると更に 興味深くなります
オリジナルで 直接的で真実です
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15:30
分析の過程において
夢という世界が存在します
夢は必要に応じ 受入れます
専門家は 夢を抱くべきだと
さも無ければ 取乱すと言います
ある部分は事実ですが
夢とは何ですか
私達が考察している この事は
根本的な私達の
変化変革の可能性 についてです
世界には大変な 混乱や惨劇
憎悪と残虐行為 が起きており
慈悲心はありません
みな大変真剣に 問うべきです
16:44
単に知的な興行ではなく 実際に私達が
変わる事ができるか
それを真剣に問うのです
我々が何者であろうと 変わる可能性が分る時
どう浅はかで 表面的で
反復や模倣であろうと
根本的変革の可能性を 理解すれば
変わるエネルギーを持ちます
不可能だと言えば そのエネルギーは消失します
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17:34
ですからこの問題について 問うのです
分析が抜本的変革を 生み出す事ができるのか
それとも分析とは単なる 知的なエンターテインメント
行動の逃避でしょうか
お話した通り
分析は夢の世界への 導入を示唆します
夢とは何ですか
夢がどのようにして 現実になりますか
この事について 考察した事がありますか
もしそうであれば
夢とは日々の生活の 継続です
日中に行う事です
悪さや腐敗
嫌悪や過ぎ去る享楽
野望や罪悪感 などとです
それは継続します
夢の世界の中で
ただ象徴として
映像やイメージとして継続します
そのイメージや画像は 解釈され
そのあらゆる騒動や 虚構が生じます
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19:58
なぜ人は夢を抱くべきかと 問いません
夢を人生の一部に 必須だと受入れます
私と一緒に 問いましょう
なぜ夢を抱くのか
完全に 静かな心で
床につく事が 可能でしょうか
その静かな心だけが それ自体を刷新します
全ての内容が 空になります
新鮮で幼く
断固とうろたえません
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21:03
夢が日常の 継続であれば
我々の日々は混乱や不安
安定を望み
執着し
象徴的な型に
夢を預ける事が
不可避となります
明確ですよね
私が問うのは
夢を見るべきか
脳細胞は静かになれるでしょうか
日々の問題を 持ち越さずにです
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22:07
それを見出すには
実験的に
話の内容を受入れるのではなく
お願いですから絶対に そうしないでください
私達は共有しています 共に精査しています
実験的にそれを見出すには
試してみてください
一日の中で しっかりと気付く事です
ご自身の思考
意図
話
歩き方や話し方にです
とても注意深く見るのです
深い層の無意識の 胸の内です
するとご自身を晒し
隠れた意図を見出します
不安などとです
無意識の中身を さらけ出します
眠りにつく際に
ご自身の心
脳内を含めて その時に
非常に静かな 休息を見出します
日中に行っていた事を 終えるのですから
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24:01
ご自身で試した事が おありでしょうか
寝る時にその日を
振り返る
しませんか その日の振り返り
こうすべき すべきで無かった などとです
こう言えば良かった 言わなければよかったなどと
つまり
日に起きた事を 棚卸し
順序付けようとします
どうか注意を向けて みてください
寝る前に序列を 付けています
24:59
寝る前にそれを しなければ
脳がそうしようとします
寝ている際にです
脳は完璧に序列を追って 機能するからです
無秩序ではなくです
非常に効率的に機能します
その完全な序列が在れば
神経過敏でも 合理的でもです
ご理解していますか
神経症にも 不均衡にも
順序が在り
脳はその序列を受入れます
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26:10
そして
その日の出来事を 寝る前に
棚卸しすると
その序列を もたらす事になります
よって睡眠中に その序列を生む事はありません
起きている時に終えるからです
序列を日中の間 常に持っていると
つまり
何が起きているか 全てに気付くと
内向的に外的にもです
どうですか
ある意味外的に あなたの無秩序
残虐さや無関心 無神経さ
腐敗 浅ましさや口論
政治家の ごまかし
全て起きている事ですよね
27:17
あなたの 夫婦関係においても
子供達でも
日中気付いてみてください
修正するのではなく ただ気付くのです
修正しようとする瞬間 混乱が起きますが
単にそのままを 観察すると
その事を それが秩序です
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27:52
その事を変えようとすると そこに無秩序が存在します
過去に得た 知識を元に
変えたいと思うのですから
知識は過去です
過去ではないその事を 自分が学んだ過去に従って
変えようとします
従って矛盾 ねじれ
混乱が生じます
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28:31
話し手と同様みなさんも 真剣に向き合ってください
上着を脱いでも構いませんか
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29:02
日々の中で 皆さんの思考の動きに
気付けば
動機
偽善 調子のいい事を言う
ある事をする 別の事を話し考える
ごまかし 仮面をかぶります
様々な手口です
すぐ届く手段は非常に容易です
日常の中でそれに 気がつけば
眠りにつく時に 日々を’振り返る必要がありません
常に秩序を 持つからです
すると眠りにつく際
過去を記録し 保存する
脳の細胞は 完全なる静寂にある事に
気付くでしょう
すると睡眠が
全く別のものと なります
30:41
その眠りの中で
心という単語 これは
脳を 含めます
全神経組織です
愛情
人間の全構造が 心です
その単語を使う時 それら全てを指します
個別ではありません
その単語の中には 知性や心臓
神経組織全てを含みます
眠る際に
分析の過程は 完全に終わります
そして目が覚め
物事をありのまま 見ます
あなたの解釈ではなく 変えたいという欲望でもなくです
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31:59
分析とは話し手にとって
活動を阻害します
活動は 当然必須です
では
この抜本的な 変化を見出す為には
分析が手法ではありませんね
話し手の言う事を 受入れないで下さい
ご自身で観察してください
学んでください
私からではなく 自身を見て学ぶのです
分析のあらゆる含蓄をです
時間
分析者とされる側
分析者が分析されます
分析は合致すべきです
でなければ次の分析を 歪曲します
分析の全ての過程を 理解する事
内観であろうと 知的分析であろうと
それは完全な誤りです
それが出口ではありません
ある意味不均衡な人には 分析が必要かもしれません
おそらく私達はみな 不均衡でしょう
つまり分析は逃げ道ではありません
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33:56
観察をする方法を
見出すべきです
意識の全容を
分析者なく見るのです
わかりますか
追求すると非常に 興味深いのです
人類が言って来た事 全てを
一蹴するからです
笑わないで下さい
ご自身で
見い出してください
真の本物の真実です
どこかの教授や心理学者 分析者などに
依存するのではなくです
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35:01
分析なく観察する方法を 見つけるべきです
それについて話します
皆さん 構いませんでしょうか
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35:22
聴衆: 構いません
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35:24
K: グループセラピーではありません
公開懺悔でもありません
話し手が皆さんを分析したり 変えようとするのでもありません
または皆さんが驚異的な 人になるのではありません
ご自身ですべきです
私達殆んどは使い古した 人間ですから
非常に難しい事です
専門家達によって
型を付けられた心を 完全に取り払う
宗教家でも科学者 でもなく
自身で見出すべきです
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36:22
分析は出口ではありません
私が知る限り そうではありません
話し手は合理的に 説明致しましたから
ではどうやって
意識の全貌を
精査し観察するのでしょうか
全容とは何でしょうか
意識の内容とは 何ですか
誰かの言う事を 反芻しないでください
あなたの全容は何ですか
見た事が 考えた事がありますか
考えた事があれば
内容とは記録された事件
出来事
喜びや不快感
様々な信念
伝統
様々な個々人の
追憶や記憶
民族や家族の記憶
育ってきた 文化
それが中身ですよね
38:29
ヒンドゥー教としてインドで生まれ
バラモンなどと
あらゆる伝統や 独断主義の
偶像崇拝や信仰心
何千年も蓄積された あらゆる文化
そして日々の
出来事 記憶
様々な痛み苦しみ
不憫や事件 侮辱など全ては
記録されます
私の意識の全容は その全てです
あなたの意識の全容です
カトリックやプロテスタント この西洋での生活は
更にもっと 何かを求めて
驚喜の世界
娯楽
富
絶え間ないテレビの音
映像 残虐
その全てがあなたで あなたの内容です
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40:25
それがどう曝されるか
露呈される中
各出来事は精査され
それぞれの出来事や伝統
傷や痛みなどと
それ各々を見るのか 全体を見るのでしょうか
わかりますか
ひとつづつ徐々に 精査されるならば
分析の世界に 突入します
そしてそこに終わりはありません 分析し死を迎えます
分析者に莫大な お金を払います
それがお望みでしたらです
もしくは全体を考察しますか
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41:40
この様々な断片の 見方についてお話します
断片とは意識の 内容で全容です
分析的にではなくです
コミュニケーションが 図れていますか
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42:03
回答 : はい
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42:08
K: 完全に全く 分析の無い
考察について お話して行きます
つまり全てを見てきました 木や雲
ご自身の奥さんや旦那さん 娘息子さんなど
全て観察者として 観察される側とです
ですよね
どうか注意深く 見てください
自身の怒りを観察しました
欲や嫉妬 何でもです
観察者が欲を見ます
観察者が欲です
しかし観察者を 分離させます
心は分析のプロセスに 条件づいていますから
従って常に 木や雲など人生の
全ての事柄を観察者と 観察される物として見ます
43:41
お気づきですか
ご自身の奥さんを
自分の持つ奥さんの イメージを通して見ます
そのイメージが観察者です
そのイメージは過去です
そのイメージは時間を通して まとめられました
そして観察者は時間で
それは過去であり
蓄積された様々な 過去の出来事や事件
経験などという 事柄です
つまり観察者は過去です
観察される事を
観察する事と 分離してしまいます
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44:42
では観察者なく 観察できますか
つまり木を見る事ができますか
- お聞きください -
観察者として過去を持たず 木を見る事ができますか
つまり観察者が存在すると
観察者とされる側の間に 空間が生まれます
木との間にです
その空間は時間です
そこに距離が在りますから
その時間とは 観察者の属性であり
それは過去で
蓄積された知識です
それは木だ
自分の奥さんのイメージだと言います
では観察者なく 観察できますか
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46:10
つまり木だけではなく
妻や夫を イメージを持たず
見ることができますか
これには大変な自制を要します
規律や統制 自制とは
一般的に
服従
訓練
真似
衝突を示唆します
その事と在るべき形 との間にです
自制の中には 葛藤があり
抑圧や克服といった 事が起こります
その全てが単語の意味です
しかし自制心とは学びを意味し
服従でも
抑圧でもなく
学ぶ事です
47:41
そして 学ぶ心の質は
それ自体に秩序があり それが規律です
観察者なく 観察する事を学びます
過去なく イメージなくです
' それ自体 ' を観察する際
そのものは実に 生きている物で
死んだ物として 見なすのではありません
過去の事柄や過去の知識により
認識できます
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48:33
更にシンプルにして みましょう
私が傷つく事をあなたが 言うとします
心を痛めます その痛みは記録されます
その記憶は続き
更なる痛みがあると
それをまた記録します
よって痛みは幼少期から 強化されます
一方で痛みがある際
私にとって苦痛な事を あなたが言うと
完全に観察すると 傷として記録されません
ご理解できていますか
傷として記録する瞬間から
記録は続き
残りの人生あなたは 傷つきます
その傷を追加して 行くからです
これに対し痛みを観察すると
記録せず痛みを完全に 観察すると
ご自身の注意全てを その痛みの瞬間に注ぎます
これを実行していますか
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50:50
散歩に行く際
様々な騒音が 通りを取り囲んでいます
叫び声や
下品や残虐さ
この殺到する騒音は 非常に破壊的です
繊細であればある程 この騒音が破壊的となり
あなたを傷つけます
そしてその傷に対抗しようと
よって壁を造ります
壁を造ると自身を 隔離させます
よってあなたは 隔離を強化しています
更にもっと傷ついて しまいます
一方その騒音を 観察すると
その音に注意を払うと
組織体が傷つく事がない事に 気がつくでしょう
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52:12
この根本的鉄則を ご理解できたら
非常に甚大な事を理解した と言う事です
そこに観察者は居いません
自身を観察者とされる側に 分離すると
そこに対立が生まれます
ご自身で見てください そこに観察者と
観察される側との分離がある限り 対立が葛藤が存在します
分離がある限りです
イスラム教とヒンドゥ教と 分離がある限り
対立が存在します
カトリックとプロテスタント 分離が存在すれば
対立が存在します
お互い我慢をするかもしれませんが
知性が忍耐を カバーしています
黒人や白人と 分離がある限り
紫や青 黄色や黒と
そこには対立が存在します
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53:28
ご自身と奥さんの間に 分離がある限り
そこには対立が存在します
対立は根本的に観察者と
観察される事が 分離する限り存在します
自分の怒りと自分は 異なるという限り
怒りをコントロールすべきだと 怒りを変えるべきと
自分の考えをコントロールすべき 変わるべきだ 何をすべきだと
その分離の中に 従って葛藤が存在します
葛藤は抑圧 服従や模倣を示唆し
それら全てが関係します
この本来の美を 本当に理解すると
観察者が観察され
そのふたつに分離はありません
すると意識の完全性を 分析なく観察できます
そして全容を瞬時に 把握します
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55:14
つまり観察者が 考える人である
そして私達は思考に 非常大きな重要性を与えてきました
そうですよね
思考によって生きます
思考に基づき行動します
思考に基づき人生を計画します
私達の活動は思考に 動機づいています
思考は世界中を通して 崇拝されています
何より最も 重要な事としてです
思考は知性の一部です
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56:26
思考とは - どうかよく 聞いてください -
思考は考える人と 分離されてきました
考える人が言います この考えは良い悪い
彼はこの方が その理想よりもより良いと
この信念が あの信念よりも良いと
これらは全て思考の産物です
思考はそれ自体を 考える人と
経験者として 分離し断片化します
思考が高尚だ下等だと 自分自身を分離させます
インドではアートマンと 呼ばれます
ここでは精神や我など と呼ばれます
しかしそれは 未だ作動中の思考です
明確ですよね
理論的であり非合理ではありません
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57:43
では非合理的な側面を お見せします
本や文学などと 私達は生きてきました
全てこれは思考です
私達の人間関係も 思考に基づきます
私の妻 - 私には居りません -
私の妻とは考えから造り上げた イメージです
その考えは小言などから 纏められます
夫婦の間に繰り広げられる事 お分かりですよね
喜びや性生活 イライラや排除
それら全て
全て分離した強い 動機が続きます
58:58
私達の思考は
人間関係の 結果です
では思考は何ですか
思考は何かと 聞かれたら皆さんどうですか
誰かの言う事を繰り返さず
ご自身で探ってください
思考とは何ですか
思考は疑いなく 記憶の反応です
知識としての記憶
蓄積されてきた 経験としての記憶
脳細胞の蓄積されています
よって脳細胞自体は 記憶の細胞です
思考しないのであれば 記憶喪失の状態です
ご自宅に 戻れません
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1:00:26
よって思考とは 知識や経験として蓄積された
記憶の反応です
自身のものや受継いだり 共同のものであったりと
つまり思考は過去の 反応です
それ自体を未来へと 反映もするでしょう
しかし現在を通りすがり 未来として修正しますが
未だそれは過去で しかし過去なのです
続けますか
よって思考は自由になる事はありません
どうやって可能でしょうか
自由が何かをイメージは出来ます
自由の在るべき姿を 理想化出来ます
自由のユートピアを想像できます
しかし思考自体が 過去のものです
よって思考は自由ではなく 常に古いものです
1:01:52
ですよね
これは話し手に 賛同するか否かではありません
それは事実です
思考が我々の生活を体系化します
過去に基づいてです
そしてその過去に基づく思考が 明日がどうあるべきかを反映します
そこに葛藤が生まれます
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1:02:43
そこで質問が浮上します
それは殆どの人々にとって
思考は非常に大きな 喜びを与えてきました
ですよね
喜びが私達の人生の 最たる主導です
その正誤について ではありません
精察しているのです
享楽が私達が最も 欲する事です
- この世界 スピリチュアルな世界
天国があればですが - 喜び享楽
あらゆる形の享楽 :
宗教的な娯楽
ミサに参加するなど 宗教の名の下行われます
喜びの為のあらゆる行事
日没でも 性的でも
感覚的喜びでも
記録され繰り返し考えます
1:04:19
ですよね
喜びとしての思考が 私達の人生に絶大な部分を占めます
昨日何かが起ったと
良い出来事で とても幸せだと
記録されます
思考が出てそれを 繰り返し考え続けます
また明日 繰り返したいと
性的でもその他の事でも
終わった出来事に思考が 活力を与えます
ご理解してるでしょうか
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1:05:16
記録のそのプロセスが
知識であり過去です
思考は過去です
よって享楽としての 思考は持続します
お気づきでしょうか 喜びは常に過去です
または想像した 明日の喜びで
未来に反映した 回想です - 過去です
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1:06:06
また喜びの存在する場所 喜びの探求について
観察する事が出来
恐怖心を助長します
お気づきでしょうか
昨日してしまった事の 恐れ
痛みの恐れ
先週あった身体的な痛み
それを考える事で 恐怖が持続します
その痛みに終わりはありません
終わった時が終わりです
しかし考える事でそれを 持ち越します
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1:07:10
従って思考は喜びも 恐怖心も持続し
助長します
ですよね
この責任は思考にあります
昨日うれしい事があったと
それが明日また 起って欲しいと
何かしてしまったり 痛みがある
身体的な苦痛
それは望まない 酷すぎると
考えてみてください
現在の恐怖心だけでなく 未来も
死の恐怖 未知の恐怖
- 非常に多くの恐怖心 -
満ち足りない事の恐れ
愛されない事の恐れ 愛されたい
全て機械的な思考です
したがって思考には 合理性も
非合理性も存在します
わかりますか
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1:08:33
行動の中で思考のエクササイズが 行われてるはずです
技術的にもオフィスでも
料理中 食後の片付けの最中
知識は完璧に 機能すべきです
合理性 思考の理論は存在します
行動の中でです
しかし思考は全くもって 非合理的にもなります
享楽や恐怖心を 維持する時にです
しかし思考は 喜びを手放せないと
しかし思考は 繊細で自覚があれば
そこには痛みが共に在る事を 知ります
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1:09:33
従って機械的な思考の あらゆる動き
複雑で微妙な 動きに気付く事
これは難しくはありません
これはそう難しい事では ありません
全く違う生き方を 模索すべきです
葛藤の無い 生き方
それが本当に求める事であれば
喜びとしての強い要望
それが断固たる 情熱的な欲求であれば
内的にも外的にも 人生を送る中で
対立も葛藤も 全く無い人生
可能性を見出す事が 出来ます
説明した通り
分離があると 対立が存在します
あなたと私との間
ヒンドゥーと キリスト教
共産主義や社会主義と
世界中でおこる 騒動
1:11:08
それを理解すると
言語的や知的だけの 理解ではなく
あなたが実際に気付くと
観察者と観察される側に 分離がないという事実
考える人と思考の間に分離がない
するとそのものを 実際に観察すると
そのもの事の 実際を理解すると
あなたはその先を超えています
その事に留まらず
その事に留まるのは
観察者とその事が 異なる場合のみです
お分かりですか
お待ちください
何時か分りません 聞いてみます
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1:12:21
これを理解してください
寧ろ複雑ですが 本当は実に単純です
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1:12:27
A: 最後の部分をもう一度 話してもらえませんか
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1:12:32
K: 最後の部分を 繰り返すと
何を言ったのか分りません
笑わないでください ショーではありません
本当に覚えていません 違う表現で繰り返します
異なる言い方をしてみます
私達は自身と他者と 分離してきました
私達や彼らなどとです
地理的に国家的に 宗教的に家族と
分断です
この分断が不可避的に 行われてきました
観察者が観察される事と 異なる場合です
自身を見ると
自分が観察者として 観察される事と異なる
その事が私が変えたい事で
抑圧したり 乗り越えたいと
自分の考える 在るべき姿に順応しようと
観察者として 自分の反映する理想の姿にです
1:14:03
そこに葛藤があります
その事を観察者なく 実際に観察すると
それは過去であり 時間であると
実際にその事を 凝視すると
その事がとてつもない 変化を遂げます
なぜならその事は あなたの考えるその事でなく
完全に何か新しい事だからです
この後お話します
例が必要ですか 例え話が得意ではありません
お分かりですよね
互いに理解していますか
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1:14:54
Q: 質問があります
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1:14:58
K: 話がまだ在ります その後にご質問をどうぞ
何時でしょうか
今夜話した事は 非常にシンプルで
自身の中でどのようにあらゆる
葛藤を取り除くかです
そして初めて愛が何かを 知ります
自分の完全な中身を
観察する事でしか 起りません
分析的でなくです
観察者が存在すると 分析が起ります
分析する考える人
しかし考える人分析者 観察者が分析されます
分析される事柄が 彼が分析する事です
それは思考です
従って観察者と
される側との間に完全な 分断が終結すると
その事が その事では無くなり
あなたはその先を超え 心はその先を超えます
ではご質問は 何ですか
ご質問は何でしたか
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1:16:33
質問者 : 仰る事は 分るのです
観察者とされる側との 間の分離についてです
朝起きて自分のする事を 観察していると
自分が気付きそこに
観察される物が ある場合
- つまり私が観察者で そこに私が観察する物がある -
これを変えるにはどうすれば良いですか
基本的に仰る事が 理解できるのですが
その点については分りません
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K: ご質問は 分ります
朝起きて
疲れている
- なぜ笑うのですか -
怠いと自分が観察します
起きて準備をする 気がしないと
どうしますか それが質問ですか
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Q: 必ずしも そう感じているのではなく
朝起きた時に
事を観察したいという 気持ちとの分離がみえますが
しかしそれは状況で 認識されます
どうすればいいのか
この現象をどう変えるのか 解りません
観察者と される側
変えていいのでしょうか
はいそうですと 単に賛同できないのです
何かをしなければなりません
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K: そうですね
そこに認識がないのです
自身を観察されると 認識すると
それは未だに 思考のパターンですよね
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Q: まさに どう抜け出しますか
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K: ご説明しましょう
抜け出すのではありません これからお話します
観察者と
される側この 真実は理解していますね
その真実 事実で理論です
その真実が 見えています
そうですよね
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Q: ただ未だ コメントが浮かびます
真実は存在しないと
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K: 事実は存在しないと
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Q: そうです 賛同するという意見が出てきます
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K: 賛同しないでください その事実が見えるのですよね
賛同や反対しないでください
これは非常に真面目な問いです
瞑想についてお話したいのですが 今ではありません
この件を示唆しています
お待ちください 話を終わらせてください
重要性を見てください
事実は私自身が怒りです
私は怒りと違うのではなく
それが真実ですよね
それが事実ですよね
私が怒りです 怒りと別物ではありません
嫉妬する時 私は嫉妬する
嫉妬心と自分が別物ではありません
嫉妬心と自分を 別個にするから
その嫉妬心を どうにかしたくなり
維持するか除こうと 正当化しようとします
または飽きてします 何であろうとです
しかし真実は 私が嫉妬です
それが事実ですよね
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1:21:07
嫉妬する時 どう行動するか
' 私 ' が嫉妬である時にです
以前は自分と嫉妬を
分離し行動すると 考えました
どうにか出来ると 考えました
抑圧する正当化する 逃避する
様々な事をします
何かをしていると考えました
でも何もしてないと 感じます
つまり私が嫉妬する と言う時
動けないと感じます
そうですよね
ご説明します
ふたつの活動について 見てみます
行われる活動
自分が嫉妬心とは 異なると認識する時の活動
嫉妬の終わりが ありません
それを逃避したり 抑圧するでしょう
脱却したり 逃避したりなどと
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しかしそれは戻ってきます そこに常に在ります
そこにご自身と嫉妬心の間の 分断が在るからです
では全く別の アクションが存在します
そこに分離が存在しません
即ちそこに 観察者とされる側
自身は何もできません
その前は何かしようと する事ができましたが
当惑し
イライラし 何もできません
観察者がされる側であれば
何もできないとは 言えません
彼がそのものです
彼自身が嫉妬心です
では彼が嫉妬するとき 何がおきますか
どうぞ
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Q: 何かを理解します
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K: 見てください
少ししばらく 見てみてください
自分が自分の嫉妬心と
違うと気付く時
どうにか出来ると 感じます
その中に 葛藤が起きます
では一方で 真実に気付いたら
その ' 私 ' が嫉妬で 観察者がされる側である
何が行われますか
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Q: そこに対立は存在しません
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K: すると何が起きますか
対立の要素は 終止符を打ちますよね
対立の要素は終止します
葛藤が存在する 葛藤は存在しない
その葛藤は嫉妬心
分りますか
私の話す事をよく見てください
時間をかけてください
なぜ拍手するのですか
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1:25:25
Q: 質問して良いでしょうか
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K: 待ってください
葛藤がありました
その葛藤は自分の 人生の一部であると
その葛藤と共に生きて来た
生まれた瞬間から 死に至るまで
葛藤しか知らないと
観察者が される側であれば
考える人がその思考で
そこに対立葛藤はありません
そこに対立がなければ 嫉妬心もありません
嫉妬は葛藤ですよね
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1:26:11
Q: はいある意味
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Q: 質問よろしいですか
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K: これを理解されましたか Q: はい
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K: そこには完全な アクションが在ります
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そこに全くの努力がない 活動です
従って完全で完結し 二度と戻りません
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Q: 質問です K: はい
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1:26:46
K: 何をお聞きになりたいのですか
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Q: 分析は致命的な思考の もしくは意識の
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ツールだと仰いました
完全に賛同します 脳内に断片があり
議論を発展させると 説明されようとしました
または思考や意識は 反分析的であると
その思考の話について 展開して頂けますか
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K: その何ですか
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Q: 思考の断片は
対立や葛藤を 構成しないとおっしゃいました
それは反分析的と ...
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K: 繰り返してます 質問は何ですか
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Q: 断片が反分析的 という話について
進めてほしいのです ありがとうございます
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K: 先ほど説明しました
観察者と観察される側が
異なるふたつである場合 分裂し断片化すると
説明しました
違いますか
これは議論ではありません
展開させるものでもありません
かなり精密にお話しました
勿論もっと時間を 割く事はできますが
更に深く追求する程 更に気付きます
多くの断片に人生を 別けてきましたよね
科学者 ビジネスマンや芸術家
主婦などと
この断片の基礎は 何ですか
この断片のルーツは 何ですか
1:29:01
この断片のルーツは 見られる側と見る側にあります
自身が分断し 自身が人生を分割します
自分はヒンドゥー教だ あなたはカトリックだと
私は共産主義で あなたは資本主義だと
従ってこの分断が 常に起っています
この分断は なぜなのかと問います
分断の原因は何ですか
外的な経済や社会構造 に限らず
更に根深いこの分断の 原因は何でしょうか
この分断が断片を 生み出します
自分と他者
他者より優れている もっと有名にと野心を持ち
もっとより良い
' あなた 'とは異なると
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つまり自己が観察者で
その自己とは過去です
それが現在を 過去と未来に分裂させます
よってそこに 観察者
経験者や考える人がいる限り 必然的に分断が生じます
一緒に見てきました
そこに分断が在れば 嫉妬があり
嫉妬と葛藤します
嫉妬の中で対立が 持続します
観察者が観察されると 葛藤が終結します
従って嫉妬も終結します 嫉妬は葛藤だからです
嫉妬は葛藤ですよね
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Q: 嫉妬は人間の摂理ですか
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1:31:15
K: 嫉妬は人間の摂理か
暴力は ? 強欲は 人間の摂理ですか
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Q: 他の質問を お尋ねしたいのですが
仰った事を 元に
簡潔に申し上げると
人は 心で考えます
思考をみて 経験から利益を得ます
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K: 何ですか
仰る事がよく 理解できません
質問は何ですか
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Q: 人は心で 考えます
思考に注意すべき ですよね
そして過去の経験から 利益を得るべきだと
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K: そう言いました 考える通りがあなた自身です
それだけです
あなたが考える事 それがあなたです
あなたの考える事 あなたは他人より優れていると
あなたは他人より 劣っていると
あなたは完璧だ 美しくない
怒っている - 考える内容があなたです
シンプルですよね
思考の 合理的な機能で
人生を送るれるのか 非合理的な思考
これについては
明日話します
来週末ではありません
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Q: 嫉妬と同様の 筋で続けると
嫉妬が私であれば 私が嫉妬で
自分が嫉妬に気がつき 嫉妬との葛藤が終結する
しかし街の通りの 雑音を聞くと
自分が雑音で 雑音が自分である
雑音が永遠と続くのに どうこの対立を終えられますか
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1:33:53
K: 非常にシンプルです
ご質問は :
道を歩いていると 非常に煩い騒音が聞こえます
その音が自分であると言う
その騒音は終わらず 続きます
それが質問ですね
その音が自分だとは言いません
雲が自分だとはいいません
木もそうです
なぜ騒音が自分だと言うのですか
笑わないでください
なぜ馬鹿げた事を 笑うのか解りません
先ほど指摘した通り 観察すると
その騒音を聞くと
完全に聞くのです
抵抗せず
すると騒音は永遠に続いても あなたに影響はしません
1:35:09
抵抗する瞬間つまり
ご自身を騒音と 分離する事です
騒音をもってして 自分を認識しない事です
違いが お分かりでしょうか
騒音は続きます
音に抵抗する事で 切り捨てたり
自分と音の間に 壁を造ると
何が起きますか
抵抗すると 何が起きますか
対立 葛藤です
そうですよね
抵抗なくその騒音を 聞く事はできますか
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Q: はい一定の時間内に 騒音が終わると知っていれば可能です
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K: いいえ
それは未だ抵抗の 一部なのです
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Q: つまり街の騒音を 一生聞き続ける事が
可能という事ですか
難聴になる 可能性もあると...
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1:36:21
K: いいえ
全く異なる事を 私は申しています
抵抗がある限り そこに葛藤が存在します
妻に夫に 抵抗するか
騒音に 吠える犬に
街の騒音にと そこに対立が存在します
では対立なく 音を聞くには
騒音が延々と続くか 続かないか問わず
終わると希望を持たず
しかしどう騒音を 葛藤なく聞くのか
それについてを話しています
心が自由である時に その音をいかなる抵抗もなく
聞く事ができます
騒音のみならず 人生全てにおいてです
ご自身の旦那さんや奥さん 子供
政治家に対してもです
1:37:33
何が起きますか
聞く事が更に 鋭くなります
更に繊細になります
従って騒音は 単なる一部となり
それが世界全てではなくなります
騒音より聞くその事自体が 更に重要となります
聞く事そのものが 重要となります
騒音ではなくです
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1:38:10
これで終わりにしましょう 7 時 10 分を過ぎました
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