OJ77D2 - 経験と思考の関係

公開討論会 第2回
カリフォルニア、オーハイ
1977年4月7日
テキストのみのバージョン
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0:51
おそらく、今朝来た、新しい人々が 幾らか、おられるでしょう。
で、私たちは、 対話をしています。
「対話」(ダイアログ) という言葉は、
自分の思考を、言葉に 表すことを、意味しています。
そして、自分たちの問題について、 ともに話し合っている二人の
仲の良い人々として、おそらく 私たちは、今朝、その精神で、
議論できるか、 対話、会話をできるでしょう。
すなわち、私たちはともに、 自分たちの問題を、検討し、
探検し、 究明しています。
これは、集団療法 ではありません。
集団療法は、自分の汚い洗濯物を、他の 人へ露出することを、含意しています。
そして、その甲斐があるとは、 私は思いません。
ところが、もしも私たちが、深く 私たちの問題を、検討できたなら、
おそらく今朝、私たちは、それらを 解消できるかもしれません -
私たちが死ぬまで、年々、それらを 持ち越していくのではなくて、です。
で、私たちはともに、何について 話し合いましょうか。
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2:44
質問者: クリシュナジ、 私は、お訊きしたいと思います -
思考と経験することは、いつも、 対極に留まっているか、
そのように 見えるでしょうか。
または、この隔たりに橋を架けて まとめられる理解が、ありますか。
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3:02
K: はい、そうです。
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3:04
質問者: もしも私たちが、人間たちに おける暴力と残酷さについて、
話せたなら、 そうしたいと思います。
そして、それと、動物の王国に おける暴力と残酷さとの間の
関係が 何であるのか、です。
そして、その関係は、遺伝ということに 立って、どこで終わるのですか。
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3:26
K: あなたの問いに、私は よく付いてゆけません。
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3:30
質問者: 私は、関係が 何かを、訊ねています・・・
人間たちにおける残酷さ、 人間たちにおける暴力と
動物たちにおける暴力との間に、 関係がありますか。
そして、その関係は、暴力の間で どこで終わりますか。
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3:58
K: 初めの問いは、こうでした - 思考と経験は・・・
それらは、違っていますか。
そして、 それらは、まとめられますか。
そして、もう一つの問いは、 こうです -
人間と動物との間の関係は、 何ですか -
彼らのどちらも暴力的ですが。 他に何か?
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4:33
質問者: はい。私は、 思い悩んでいました -
私たちは、先の火曜日に、特定の 点で、会話を終わらせました。
そしてあなたは、四十五分間の私たちの 議論の後で、それに触れられました。
すなわち、もし、たとえば、 二人の愛された者たちの間で、
もしも、その時間の後で、 一人が理解しないなら、
何も関係は、 ないだろう、と。
または、愛された者たちの間の 愛は、存在しなかった、と。
あなたが幾らか、そのあたりを行って くださるだろうかと、思われました
- 私は本当に・
・・個人的に 私は、それに同意しません。
その意味は・
・・たとえば、 時における特定の一点への
あなたの叙述において、ですが、 あなたは、観察者と観察されるものが
一つであることについて、 話をしておられたからです。
5:30
あなたが、特定の点を 叙述されるとき、
たぶんあなたの議論は、 あの特定の水準にあります
- 私が「水準」という言葉を 使っていいなら、です。
ところが、たとえば、 ここの聴衆は、
あなたの哲学を 理解しようとしているなど、
私たちは必ずしも、或る水準に、 いないかもしれなくて・・・
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5:52
K: あなたの質問を、 私は理解すると思います。
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5:54
質問者: そして、一つの他のことは - ただの観察ですが -
私にとっては、こう思われます。
人々が質問をするなどの途中で、
もし、あなたの議論の中で 進みつつあることにとって、
問いが、幾らか 不適当であるなら、
あなたは一定の点で、欲求不満に なるように、思われました。
そして私は、 思い巡らしたんですね -
無限の辛抱についての、あなたの 話の中、あなたの本などの中で、
そこには、逆説や矛盾が あるように思われます。
6:36
それは、ほんの観察です。
或る意味で、ここの人々が、自分は 本当は理解しないと言ったことは
- 火曜日に、私たちが 言ったことの多くを、ですが -
彼らは、質問を していました。
それらの問いは、誤解の 中から、訊ねられます。
それで、あなたが彼らに語るのは、 要を得ていないかもしれません。
たぶん、彼らは 本当に理解しません。
そうね、あなたはただ、欲求不満に なるように思われたんです。
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7:07
K: あなたの問いに、私はよく 付いていけません -
あなたが訊ねられたことに、です。 私は、よく・・・
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7:21
質問者: 私は、まるであなたが・・・(聞き 取れない)・・・かと思い巡らしました。
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7:24
K: なぜ私が 欲求不満なのか、ですか。
もう一度、お願いします。
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7:33
質問者: ええ、なぜあなたが、訊ねられる 質問により、欲求不満なのか・・・
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7:38
K: よろしいですよ。
なぜあなたは、聴衆が訊ねる 質問により、欲求不満なのか。
他に質問は、 何でしょうか。
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7:48
質問者: 自分が本当に、他の一人を気づかう なら、それは、どういう含意ですか。
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7:53
K: 自分が、他の一人を気づかうなら、 それは、どういう含意ですか。
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8:01
質問者: 私たちは、関係について 話せるでしょうか。
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8:04
K: 私たちは、関係について 話せるでしょうか。
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8:09
質問者: クリシュナジ、私がお訊き したことを、反復するだけですが、
それは、思考と 経験することでした。
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8:15
K: 思考と経験すること。 理解できます。
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8:22
質問者: 私たちはどうすれば、 恐れと嫉妬なしに、
関係を持てるのかを、 説明してもらえますか。
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8:29
K: 私たちは、他の一人との 関係を、持てますか
- 嫉妬、恐れと心配と、
関係に入ってくる、 すべての悲惨なしに、です。
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8:42
質問者: 私たちはなぜ、 傷つきますか。
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8:43
質問者: 前に或る所に いたとの経験から、
学ばれるものが、 何かが、ありますか。
なぜなら、私は、デジャヴを 経験したことがあるからです -
そのとき、まるで、前に特定の行為を 経てきたかのように、感じます。
今、現時点で、それは、すべて 新しい経験であるとしても、です。
まるで自分は前に、そこに いたかのように、感じます。
そこから学ばれることが、 何か、ありますか。
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9:06
K: 学ばれることが、 何かありますか・・・
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9:12
質問者: ・・・デジャブから。
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9:16
質問者: 前にここにいたとの 感じからです。
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9:19
K: 前にここにいたことから 学んだ - その感じですか。
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9:29
質問者: 私たちは、「私」の問いに ついて、話し合えるでしょうか。
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9:34
K: 私たちは、「私」の問いに ついて、話し合えるでしょうか。
それで十分です。 出発しましょう。
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9:45
まず第一に、 あの問いに答えると、
すみませんが、私は 欲求不満を感じません。
おそらくあなたは、私がそのはずだと 考えますが、私は欲求不満でありません。
で、その問いを 落としてしまいましょう。
私たちは、関係について 議論すべきですか。
関係の意義、 関係の深さは、何ですか。
私たちは、それについて 議論すべきですか。
または、私たちは、この思考の 問いに、入りましょうか。
思考の、経験することへの 関係は、何ですか。
そして、思考なく 経験することとは、何ですか。
私たちは、それに入るべきですか。
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10:44
質問者: はい。
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10:46
K: ああ。あなたたちは、 経験することの問い、
そして、思考への関係に、 入りたいのですね?
経験することと思考の関係。
いいですよ。
あなたはそれに、きわめて深く 入りたいですか。
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11:06
質問者: はい。
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11:10
K: まず第一に、ともに 見出しましょう -
私は本気で、ともに、といいます。
私たちはどちらも、探検しています。
私たちはどちらも、自分たちが話して いることを、理解しようとしています。
私たちは、どちらも理解する 言葉を、使っています。
私は、イタリア語やロシア語で 話していません。
英語で、です。
で、ともに私たちは、このきわめて複雑な 問題を、検討しようとしています。
まず第一に、 考えるとは、何ですか。
考えるという言葉は、 どういう意味ですか。
考えることは、どう生じますか。 考えることの意義は、何ですか。
12:16
すべての思考の起源は、 何ですか。
すべての思考です - 科学的なのも、宗教的なのも、
毎日の思考も、 ビジネスの思考も、です。
で、私たちは、この思考の問いに ついて、議論しています。
ともに話し合っています。
なぜ思考は、人間の生において、こうも とてつもない役割を、果たしてきましたか。
思考は、言葉なしに、 存在しますか。
そして、言葉は 思考ですか。
どうぞ、これらすべてが、 この問いに、含意されています。
で、どうぞ、あなたがそうしてくださる なら、ここを、ともに進んでください。
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13:29
で、初めに、私たちは、 訊ねることから、始めましょう
- 言葉なしに、考えることが ありますか。
象徴、イメージ、映像なしに、 考えることが、ありますか。
質問を理解されますか。
または、言葉が 思考ですか。
または、思考が、言葉を 行為に、持ち込みますか。
そうね、これは、きわめて 複雑な問いです。
で、私たちは、きわめて ゆっくりと、これに入ろう、
そして、本性全体と構造を 見出そうとしています
- 思考の構造を、です。
それが、あなたが望まれること ですね。
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14:33
質問者: はい。
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14:35
K: 少なくともあなたは、それに ついて、議論したいと思います。
私たちは、今すぐ、 関係に来るでしょう。
で、考えることは何ですかと、 あなたに訊ねるとき、
その言葉への あなたの応答は、何ですか。
何が進んでいるかを、 あなたが観察するなら、
すなわち、語り手はあなたに、質問を します - 考えるとは、何ですか、と。
あなたの即時の反応は - あなたが それに気づいているなら -
あなたの記憶の中で、正確な 答えを、探し出すことです。
本をとおして 蓄積された記憶、
あなたが、心理学の本などを読む ことから、受け取った情報、です。
15:50
で、その問いへの あなたの即時の応答は
- すなわち、考えるとは 何ですかへ、ですが -
あなたの頭脳は、ものすごく 活動的です。
見つめ、訊ね、 探求しています。
ですね?
そして、あなたは 何を見つけますか。
私はこのように、 表してもいいですか。
親しみ深い質問を されるとき
- あなたの名前は、何ですか。
あなたは どこに住んでいますか、などとです -
応答は即時です。 なぜですか。
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16:44
質問者: なぜなら、考える過程は、 ただ、自分の記憶の貯えの中で、
思考を探すことであるからです。 あなたは、それを探し出し・・・
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16:51
K: はい、そうですが、 私は、質問をしたのです。
ちょっとお待ちください。
私は、 質問をしたのです - すなわち、
私はあなたにお訊きします - あなたのお名前は、何ですか。
あなたの応答は、 即時です。
ですね?
私はあなたに、訊ねています - なぜそれは、こうも即時なのですか。
質問者: それを知っているからです。
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17:05
K: 答えないで、覗きみてください。
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17:07
初めに、 見出してください。
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17:13
質問者: 私は、究明するより、ベラベラ しゃべることに、関心を持っています。
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17:17
それはちょうどそこに あります。 K: いいえ。
私は訊ねています。
私は あなたの名前を、お訊きします。
そしてあなたの返事は、 きわめて速い。
なぜですか。
私はあなたに、何かもう少し複雑なことを 訊ねます。
あなたは、時間を掛けます。
私はあなたに、 何かを訊ねます。
そして、あなたは、返事をします。
あなたは、「私は知らない」と言います。
で、これら三つの 要因が、あります。
一つは、即時の応答 - あなたの名前は何ですか。
あなたの家はどこに ありますか、等々。
そして、もう少し複雑な問い。
あなたは、時間を掛けます。
問いと答えとの間に、 遅れ、間隔です。
そして、あなたが 一度も考えたり、
究明したりしなかったことに ついて、問いが、あるなら、
あなたは、「私は本当に知らない」と 言います。
ですね? それは明らかです。
で、これら三つの 要因が、あります。
18:28
一つは、親しみ深い。 すばやい答え。
なぜなら、あなたは、自分の名前を、 十万回、繰り返してきたからです。
あなたはそれに、 きわめて親しんでいます。
で、応答は、速い。
時間の遅れが、ありません。
もし私が、ここと(西アフリカの) ティンブクトゥーとの間の距離は
何かと、言うなら、 時の遅れが、あります。
あなたは「おやまあ、考えてみよう」と 言います。
あなたは、計算しています。
そしてあなたは、「これほどだ」とか 「私は知らない」とか言います。
または、私は、あなたに 質問をします -
「あなたは、神がいるのか どうかを、知っていますか」と。
答えないでください。
あなたが 正気で、理性的であり、
どの形の信念にも 参与していないのなら、
そのときあなたは、「私は本当に 知らない」と、言います。
で、これら三つのことが、 あります。
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19:32
さて、私は訊ねます・・・問いは、 こうです - 考えるとは、何ですか。
あなたはそれに、速く返事を することが、できないでしょう。
なぜなら、あなたは、それについて 考えたことがないからです。
さて、私はあなたに、その質問を します - 考えるとは、何ですか。
あなたの頭脳は、 探求しています。
ですね?
訊ね、見つめ、見張っています - 「私はどこで、それを見出せるのか。
それへの答えは、 どこにあるのか」と。
それが、進みつつあること ではないですか。
で、あなたは、記憶を覗きみて います - 記憶の貯えを、です。
そして、それへの答えを、 見つけようとしています。
あなたは、それを 見つけたのですか。
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20:29
質問者: はい。
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20:30
K: あなたは、自分自身で 答えを、見つけたのですか
- それは、理性的で、論理的で、 客観的でなければならなくて、
どの尋問にも 立ち向かえて、
容易く受け入れられるのではなく、 疑うことができる。
で、あなたは、そういう答えを、 見つけたのですか。
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20:57
質問者: はい。
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21:06
K: で、私たちは、訊ねています - 考えるとは何ですか。
考えることは、 記憶の応答でないですか。
よろしいですか。
知識として、 経験としての記憶
- 頭脳の中に、まさに脳細胞 自体に、蓄えられている -
その知識、経験、記憶が、 応答します。
で、経験、知識、記憶と、
記憶の応答が、 考えることです。
ですね? よろしいですか。
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22:10
質問者: はい、はい。
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22:12
K: いいえ・・・どうぞ、 受け入れないでください。
この哀れなやつが、それについて 話をするからといって、です。
それを見てください・・・
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22:19
質問者: それらはすべて、一つで同じです。
そうではありませんか - それらの 三つすべては、一つで同じです。
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22:30
K: 私は、そこへ来ようとしています。 私は、そこへ来ようとしています。
すなわち、経験、知識、 記憶、考えること、
それは、ものすごく 急速な動きです。
ですね?
それは、一つの単位です。 分離した溜まりではありません。
それは、一つの 統合された動きです。
ですね?
で、考えることは、記憶に 基づいています - それは過去です。
ですね?
で、考えることは、けっして 新しくありえません。
ですね?
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23:35
質問者: 新しい発明、考案は、 あります。
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23:42
K: 発明、考案。いえ、ちょっと 待ってください。私は・・・
待って。
逸れないでください。私たちは 今すぐ、その問いに答えるでしょう。
が、初めに、あなたに何が 起きつつあるかを、見てください。
新しいものを発明している 人物に、ではない。
私たちは、それに 入るでしょう。
あなたが、この質問をするとき、 何が起きつつありますか。
どうぞ、それをあなた自身に、適用 してください - 発明者に、ではない。
で、私たちは、 この事実が見えますか -
考えることの本性と構造。
ビルディングのように、構造です。
考えることの構造は、 記憶としての過去の動きです。
で、記憶、思考と 考えることは、
どの状況の下でも、けっして、 新しくありえません。
なぜなら、それは、 記憶の応答であるからです -
知識として蓄えられた 過去の経験の、です。
で、思考は、過去から 来つつあります。
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24:59
はい?
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25:00
質問者: この考えること、 この思考や、この知識とそれら、
それは、新しい思考の中に、 まとまりえますか
- 新しい悟り、 何かの極致に、です。
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25:10
K: 思考は、何も新しいものを けっして、悟られません。
なぜなら、それは、記憶、 古いものの応答であるからです。
思考が止まるときだけ、 新しいものは、ありえます。
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25:30
質問者: 新しいなら、 それは思考ではない?
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25:38
K: いえ、どうぞ、 私は・・・
まず第一に、これを 明らかにしましょう。
私たちが何をしているかを、見て ください - 私たちの社会的、道徳的、
政治的、宗教的な構造全体が、 この思考の動きに、基づいています。
私たちの神々すべて、私たちの教会 すべて、私たちの儀式すべて、
私たちの救い主すべて、あらゆる ものが、思考に基づいています。
ですね?
しかし、あなたが 「はい」と言うなら、
あなたが言っていることの 危険を、見てください。
新しいものを見つけたいとの衝動が、 あるなら - 全然新しいものを、です -
思考は全的に、終わりに ならなければなりません。
それは、思考に基づいている あらゆる物事を、
あなたは放棄しなければ ならない、という意味です。
あなたは、 そうしようとしません。
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27:02
質問者: あらゆる物事を 放棄することは、可能ですか。
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27:10
K: これは、可能ですか。
そのご婦人は、 お訊きになります -
これは、可能ですか。
思考を終わらせることは、と。
質問者: 思考はそれを終わらされません。
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27:25
K: すみません。私には聞こえません。
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27:35
質問者: あなたは、その質問を するなら、あなた自身を塞ぎます。
あなたは、どちらかで答えるなら、 あなた自身を、塞ぎます。
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27:39
K: で、自分自身を塞ぐことなく、 見出しましょう。
私たちの、互いとの関係は、
- 男、女、夫と妻、 彼氏と彼女、などですが -
どうぞ、聞いてください。その関係は、 思考に基づいていませんか。
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28:20
質問者: 思考を結合する能力は、 何ですか - それが考えることです。
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28:24
K: 思考を伝える能力は、 何ですか。
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28:28
質問者: いいえ。 結合する。
イメージを結合して、考えにする。
その能力は、何ですか。
K: その能力は、何ですか・・・
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28:33
質問者: 結合する能力は?
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28:38
K: ああ、様々なイメージを 結合する能力は?
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28:41
質問者: そのとおりです。 それは、思考ですか。
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28:44
K: 気をつけて、お聞きください。 それにもっと付け加えないでください。
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28:46
その能力は、何ですか。私は、 あなたを止めようとしておりません。
結合し、付け加える能力は、 何ですか -
様々なイメージをまとめる 能力は?
ですね?
あなたは、それは何だと 思いますか - その能力は。
私は、国のイメージを持っています。
私は 自分の妻のイメージを、持っています。
私が信じているなら、私は、自分の 神のイメージを、持っています。
私は、自分の上司の イメージを、持っています。
ですね?
さて、結合するのは、互いとの 関係をもたらすのは、何ですか。
それは、思考自体ではないですか。
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29:51
質問者: はい。
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29:54
K: ちょっとお待ちください。私たちは それに、違ったように入るでしょう。
あなたは、一分間で それが、見えるでしょう。
私たちは、互いに 二分間で、見えるでしょう。
私は訊ねています - 人間たちの間の関係は、何ですか。
その関係は、何に基づいていますか。
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30:13
質問者: 感じることに、です。
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30:18
K: 感じることに。
思考なしに、感じることが ありますか。
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30:26
質問者: はい。
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30:30
K: そうね、みなさんは、 こうも素早い!
もしもあなたが、感じを認識しなかった なら、感じが、あるのでしょうか。
すなわち、自分は嫉妬しています。
それは、感じです。
ですね?
ですね?
もしもあなたが、それを 認識しなかったなら、
すなわち、「嫉妬」という言葉は、 記憶の中に、蓄えられていて、
特定の感じを、 表現しています。
あなたが、その言葉「嫉妬」を 使うとき、それは認識されます。
さもないと・
・・ それは感じです。
で、思考なしに、 感じは、ないのです。
どうぞ、私は 入りたくありません・
・・
これは、きわめて複雑なことです。
私は願いますが・・・
私たちはそれに、今すぐ入るでしょう。
私はあなたに訊ねています - まず第一に、
人間たちの関係は、 何ですか。
それは、何に基づいていますか - 夫、妻、彼氏、彼女など、ですが。
それは、何に 基づいていますか。
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31:56
質問者: 関係には、思考と同じく、 直接的な知覚が、ありえませんか。
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32:10
K: 関係には、思考と同じく、 直接的な知覚が、ありえますか。
私たちは、見出そうとしています。
私は訊ねています。
私たちは互いに訊ねています - 私たちの 関係は、何に基づいていますか。
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32:26
質問者: 痛みと楽しみです。
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32:28
質問者: 関係は、 思考に基づいています。
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32:36
K: あなたが、自分の関係は 思考に基づいていると、言うとき、
あなたは、それの含意が 何であるかを、知っていますか。
質問者: 何も関係がありません。
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32:44
K: いいえ。それは、こうも・・・
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32:47
あなたはそれを、自分の妻に 言えますか - 「何も関係はない」と。
または、あなたの彼女に、「ああ、 それはすべて思考だけだ」と。
どうぞ、それに入ってください。
ともに、です。それに入りましょう。
私たちは、訊ねています - この関係は、何に基づいていますか。
質問者: 痛みと楽しみです。
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33:30
K: 神様!
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33:34
質問者: 愛に基づいています。 K: 愛に基づいています。
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33:39
そうですか。
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33:43
それが、愛に基づいているなら、 嫉妬は、ありえません。ですね?
執着は、ありえません。
ですね?
所有欲は、支配は ありえません。
私に所属している、他の人に 所属しているとの感覚は、ありません。
で、あなたが許してくださるなら、 私たちは、その言葉に入るでしょう。
それは、きわめて複雑な事柄です。
で、きわめて単純に始めましょう。
私たちは、自分たちの関係が愛に 基づいていると、考えたいのです
- 善、優しさ、 慈しみ、気づかい、
愛と、その他すべてに、ですが、 それは、そうではありません。
質問者: 恐れに基づいている?
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34:53
K: それは事実です。
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34:55
そうでしょう。 事実を見つめましょう。
で、私たちは、訊ねています。 それは、何に基づいていますか。
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35:07
質問者: 恐れですか。
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35:10
K: それは、恐れに基づいていますか。 質問者: 相互の利用ですか。
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35:12
K: 私は存じません。みなさんが、それに 関与しています。私はそうではありません。
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35:14
質問者: 他の一人の人物への あなたの欲望に、基づいています。
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35:23
質問者: それは、必要に 基づいています。
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35:28
K: 私たちは見ません。どうぞ、 あなたの妻を見つめて、
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35:29
彼女とのあなたの関係が 何であるかを、見出してください
- 言葉を放り出すだけの代わりに、 です。
または、あなたの彼女を、です。
見出し、それを 見つめてください!
質問者: 知識、です。
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35:45
質問者: それは、必要に基づいています。
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35:47
私たちが、自分たちの社会で 育てられているさまに、です。
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35:55
K: 私に? 何? 必要に。 それは、何ですか。
私はあなたが必要です - 何のため ですか。慰め、セックス・・・
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36:07
質問者: 安全。
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36:09
K: 依存ですか。 質問者: 洗濯物です。
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36:12
K: あなたは、 これに入りません。
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36:15
あなたは、これに入ることに、 怯えていますか。 質問者: はい。
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36:21
K: はい、そうです。
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36:23
質問者: それは、私たちの過去の 条件づけに、基づいています。
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36:25
K: おやまあ!
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36:28
質問者: こう思われます・・・ 私は本当に知りませんが、
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36:31
私の経験からは、関与した力が あるように、思われます。
二人の人々が、います。
彼らは二人です。
彼らは、対極です。
彼らは、男性と女性です。
または単純に、彼らは二人です。
あなたがいるし、私がいる。
この力は、その条件を解消 しているように、思われます。
それは、彼らが二人である ことだと、思われます。
そして、この深い欲望、 この深い必要が、あります。
すなわち、この力は、解消して、二人を 一つにするのを、求めている、と。
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37:04
K: 私が、大変尊敬を込めて 指摘してよろしいなら、
私は、自分が尊敬を込めて指摘するのか どうか、本当に確かではありませんが、
それは構いません。
私は、 指摘してもいいですか -
すなわち、私たちはみんな、こうも 観念、結論に満ちているのです -
私たちがほしいものに、です。
私たちは 「あるもの」を検討しません。
私が結婚していて、私が妻を持って いるか、彼女を持っているなら、
彼女への私の関係は、何ですか。
それは、何に基づいていますか。
魅力、物理的な感受、 セックス、
そして、思考の動き - この すべてを支配するものです。
いいえ?
あなたが、そうしてこなかったのが、 分かります。それを見つめましょう。
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38:13
あなたは、結婚しています。自分は 結婚しているか、彼女を持っています。
即座に、 何が起きますか。
それを見つめてください。
どうぞ、見つめてください。
あなたは、結婚しています。
あなたは、彼女を持っています。
何が起きますか。
それを見つめてください。
あなたは、彼女のイメージを 持っています。
そうでしょう。
彼女は、あなたのイメージを持って います。
持っていませんか。いいえ?
はい、そうですか?
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38:57
質問者: はい。
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38:58
K: さて、それから 出発してください。
あなたは、彼女について イメージを持っているし、
彼女は、あなたについて イメージを持っています。
このイメージは、どうして 生じてきますか。
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39:13
質問者: それは、記憶の過程により、 生じてきます - すなわち、思考の、です。
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39:17
K: で、あなたは、このイメージを築くのは 記憶に基づいていると、言っています。
あなたは昨日、何かひどいことを、 言いました。
あなたは、私に無礼でした。
あなたは、私を侮辱しました。
あなたは、私を馬鹿と呼びました。
登録されて、記憶。
そして、イメージを築く。
ですね? いいえ?
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|
39:44
質問者: あなたが毎回、その人物に会う たびに、関係は、新鮮でありえませんか
- あなたが、イメージを 持っていないなら、です。
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39:52
K: が、それは 観念、結論です。
初めに、「あるもの」で 始めてください。
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|
40:03
質問者: 私たちは、明らかに見ますが、 私たちは、知的に見ます。
すなわち、あなたが 仰っていることすべてを、です。
すなわち、私たちの関係すべては、記憶、 「あるべきもの」に、基づいています。
私たちは、自分に 必要だと考えるから、
私たちには、必要です。
それより 他の必要は、ありません。
私たちはこれを、すべて言語的に見ます。
それは、私たちの心に、ありません。
それは、どうやって そこに届きますか。
|
|
40:21
K: 私たちの心において、ね。 私たちの心において、関係を持つこと
- それは、慈しみ、気づかいを 意味しています。
よろしいですか。
そのすべてが、そこに関与しています。
私たちは、それを捉えましたか。
見たところ、あなたは、率直に これを見つめられません。
自分は、他の一人について、 イメージを持っています -
それが、妻でも、この国の 大統領や、教皇であっても、
あなたたちは、互いについてイメージを 持っています。
それは、事実です。
以前の記憶、 以前の出来事に基づいて、
記憶の中に 蓄えられています。
そして、記憶は、イメージ作りです。 記憶は、イメージ、言葉です。
41:25
ですね? それは単純です。
で、私の、 妻や彼女への関係は、
私が持っているイメージに、 基づいています -
出来事をとおして、 集まってきたものに、です。
セックス、楽しみ、この楽しみ、 セックスの記憶、それら、です。
そのとき、彼女への依存が、 あります。
ですね?
執着、所有欲 - そのすべてが、
記憶とイメージとしての時を とおして、築き上げられます。
これは、事実です。
いいえ? いいえ?
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|
42:17
質問者: はい。
|
|
42:19
K: 反論してください。議論し、 それを崩してください。
私が間違っているなら、私が 間違っている。
見出しましょう。
質問者: それは、事実です。
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42:26
質問者: それは、真実です。
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|
42:27
K: そうです。 すると・・・
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42:28
そのときあなたの関係は、これら 二つのイメージの間に、あります。
それの含意を 見てください。
記憶、関係 - 二人の人々、夫、 妻、彼氏とそれらの間のは、
これら二つのイメージ の間に、あります。
それは、時をとおして、 思考が築いてきました。
それは、一日なのか、一秒なのかもしれ ません。
それはすでに、そこにあります。
あなたが私に、何か すてきなことを、言うとき、
それは、すでに 記憶の中に、あります。
または、あなたが私を侮辱するとき、 それはすでに、そこにあります。
で、二つのイメージの間に、関係が あるとき、それは関係ですか。
質問者: いいえ。
|
|
43:26
K: いいえ。いいです。
|
|
43:28
そうでないなら、私たちは、 何について話していますか。
質問者: 一つであること。
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|
43:33
質問者: 幻影。
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|
43:35
質問者: あなたがそれを言うその秒に、それは 愛ではありえない、ということですか。
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43:37
あなたがそれを言ってきたなら、それは 思考です。それは、愛ではありません。
|
|
43:45
K: 私はまだ、それに 入っていません。
私は、二つのイメージの間の関係と、言い ました - 思考により組み立てられていて、
そこに、私たちは捕らわれて います。
ですね?
ゆえに、常なる戦い、 男と女の間の格闘
- 彼女と彼氏、それが何であっても、 です。
夫、妻 - 常なる葛藤です。
離婚と、その他すべてに 終わってしまいます。
いいですね?
事実です。
さて、そこから 動きましょう。
私は、事実に向き合います。
私は、自分自身を欺瞞しません。
私は、こう言いません - 「それは愛だ。
それはロマンスだ。
それは、麗しい感情だ」と。
それを すべて、洗い流してください。
事実は、こうです -
それは、このイメージ作りに 基づいています。
ですね?
さて、私の次の問いは、こうです - このイメージ作りは、止まりえますか。
理解されますか。
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|
45:08
質問者: イメージ作りがあって、それに 捕らわれないことが、ありえますか。
|
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45:27
K: 私は質問を 理解できません。
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45:32
質問者: あなたは、ケーキを持っていて、 なおかつ、それを食べられますか。
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|
45:34
K: イメージ作りがありながらも、それに 捕らわれないことは、ありえますか。
|
|
45:38
質問者: 頭脳は、イメージに捕らわれる ことなく、それらを製造できますか。
|
|
45:48
あなたは、問いが見えておられ ません。見えておられませんよ。
あなたは、問いの初めの部分を、 理解していません。
考えるとは、何ですか。
考えることは、記憶、経験、 知識であると、私は言いました
- 頭脳に蓄えられた 記憶です。
それは、一つの動きです。
分離した動きではありません。
それは、一つの動きです - それが、 考えることの過程全体です。
この考えることは、関係において これらのイメージを、築いてきました
- 私とあなた、我らと彼ら、 共産主義者、社会主義者、
そして、 残りの世界すべて、です。
46:33
で、私は自分自身に、 訊ねています。私は見ます -
これら二つのイメージが、 あるとき、
あなたは、彼女について持っているし、 彼女は、あなたについて持っている。
私はここに、ものすごい危険を、 見ます。
よろしいですか。
あなたは、ここに、 大きな危険が、見えますか。
関係に、 すべての関係に、
それが、隣人とでも、 一万マイル離れた隣人でも、です。
あなたは、これら二つの イメージがあるとき、
何が起きるのかを、 実際に見ますか。
|
|
47:15
質問者: 私たちは、 今に生きません。
|
|
47:19
K: それは、今に生きることの問い ではありません。それは、事実です。
私たちは、事実より 離れてゆきます。
|
|
47:27
質問者: もしも、イメージなく関係 していたなら、私たちは関係を・・・
|
|
47:29
K: で、あなたは 自分自身に、訊ねています -
これら二つのイメージが、 存在するかぎり、
葛藤が、あるに ちがいないのです。
ですね?
そして、次の問いは、 こうです -
私は、人間関係における 葛藤の危険を、見ます。
なぜなら、葛藤があるとき、 愛がないからです - 明白です。
で、私たちは、訊ねています - この イメージ作りは、止まりえますか。
|
|
48:24
質問者: 誰が、問いに 答えようとしていますか。
|
|
48:32
K: 誰が、問いに 答えようとしていますか。
私たちの双方が、 ともにです。
私が、問いを 出してきました。
すなわち、
イメージ作りと、私たちが関係に おいて持っているイメージですが、
私たちは、そのイメージ作りは 止まりえますか、と言います。
誰が、それを止めることに なるか、ではない。
どうぞ、これを 理解してください。
誰がそれを止めることに なるか、ではない。
もしあなたが、「私はそれを 止めよう」と言うなら、
「私」は、思考の産物です。
ですね?
で、思考が、イメージを 創り出してきたし、
思考は、「私はそれを 破ろう」と言います。
なぜなら、それは、別のイメージを 創り出すだろうからです。
ですね?
で、何が、イメージ作りに 終わりを、もたらすのでしょうか。
|
|
49:43
質問者: 常なる無思考の ヨーガ統合です。
|
|
49:55
K: ヨーガ?
神様、何ともはや。
「ヨーガ」という言葉 - 私はそれに 入らないでしょう。
すみません。
それは、散漫です。
私たちが、何かきわめて真剣、深刻な ことについて、話しているとき、
ヨーガについて話すことは、 何の意味もありません。
あなたが、ヨーガについて議論したい なら、私たちはそれに、入るでしょうが、
あなたたちが、そこに葛藤がある関係に ついて議論しているとき、ではない。
葛藤を ご存じないですか
- あなたと妻の間で、 夜も昼も、です。
そして、思考が もたらしてきた、その分割、
それは、 終わりえますか。
|
|
50:56
質問者: 思考が 終わるとき、です。
|
|
51:01
K: いいえ。いいえ、それは 終わりえますか - イメージ作りは?
|
|
51:07
質問者: 私たちが、思考の使用を 消去するなら、です。
|
|
51:13
質問者: 現在の瞬間に、 注意深い。
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|
51:16
K: はい、現在の瞬間。すなわち、 現在に生きること。よろしいですか。
さて、現在に生きることは可能ですか。 それは、どういう意味ですか。
|
|
51:29
質問者: あなたの注意を、 現在に向ける。
|
|
51:31
K: いいえ。それは、どういう 意味ですか - 現在に生きるとは?
理論的に、ではなく、 実際に、です。
実際に、日々、あなたが 自分のオフィスに、
自分の家に、いるとき、 あなたが、誰かと眠っているとき、
現在に生きる。
それは、 どういう意味ですか。
質問者: イメージを持たない。
|
|
51:46
K: それは、理論です!
|
|
51:51
質問者: 私たちは、知りません。なぜ なら、私たちはそうしないからです。
|
|
51:53
K: 現在に生きるとは、どういう 意味かを、あなたは本当に知りません
|
|
51:55
- それは、時なく 生きることです。
私は、それらに 入らないでしょう。
またもや、私たちは 散漫にしています。
で、私は 訊ねています・・・
|
|
52:13
質問者: 私たちはどうすれば、現在 以外のどこかに、生きられますか。
私たちはどうして、現在以外の どこかに、生きられますか。
|
|
52:28
K: 私たちはどうして、現在以外の どこかに、生きられますか。
「現在」という言葉、 実際の秒、現在は・
・・
そうね、私はあなたに語られますが、 私たちが、これについて議論しているとき、
それは、 何の意味もありません。
で、イメージを作る者 - それは思考です -
そして、イメージを築くことは、 終わりえますか。
|
|
53:10
質問者: もし私たちが、精神を 鎮めるなら、それを終わらされます。
|
|
53:13
K: もし私たちが、精神を鎮めるなら、 それを終わらされます。
さて、それは仮説だけです - 「もし」、
「私は、雨が降ってほしいと思う」。
それは、降りません。
どうぞ、後生ですから。
私たちが話していることに、拘って ください - 理論ではなく、
条件つきの応答ではない。
それは、 「もし」、「~のとき」、それらです。
事実は、こうです。
あなたが、聞くだろうとしても、 私たちはともに、これに入るでしょうが、
あなたは、こうも 観念に、満ちています。
|
|
53:55
私は、ものすごい危険を 見ます。
私は、「危険」という言葉を、その 十分な意義において、使っています。
関係における危険 - 彼女についてと、 彼について、イメージを持つこと、
なぜなら、それは生に、大きな 葛藤を、もたらすからです。
ですね?
そこには 暴力が、あります。
葛藤は、暴力を 意味しています。
そこには、気づかいが、 ありません。
あなたは、「ダーリン、 あなたは、何と美しいのか。
ここに指輪があるよ」と 言うかもしれませんが、
葛藤は進んでいます。
次の分に、です。
で、あなたは、このイメージ作りが 終わりうるのかどうかを、
見出さなくてはいけません - 努力をとおして、ではない。
なぜなら、あなたが努力をするなら、それは またもや、葛藤の一部であるからです。
54:52
欲望をとおして、ではない。 褒賞をとおして、
「私はこれをするなら、私はあれを 得るだろう」と言うのではない。
で、私は、何を することになりますか。
その問いを、あなた自身に してください。
あなたは、これら二つのイメージを持って いるとき、何をすることになりますか
- あなたが、 他の一人の人間と
親密にか、親密にでないか、 生きていて、
あなたが、これらのイメージを持ち、 ゆえに、葛藤を持っているとき、です。
あなたは、何を することになりますか。
|
|
55:28
質問者: イメージなしに、 それを始めます。
関係は、イメージでもって、 始まりました。
|
|
55:40
K: それは、イメージなしで 始まります。
あれは、それと何の 関わりが、ありますか。
|
|
55:46
質問者: 私たちは毎日、新たに 始めなくてはいけません。
|
|
55:50
質問者: 彼は、あなたの本より読んで きました。それは、とても良く聞こえます。
|
|
55:53
K: それもまた、理論だけです - 毎日、新たに始める、と。
|
|
55:57
質問者: イメージなしに。 K: イメージなしに。
|
|
56:00
質問者: 完全で全的で絶対的な 内の静寂の経験が、
|
|
56:02
イメージなしの経験です。
K: 絶対的な、全的な静寂。
|
|
56:12
質問者: 内的な静寂。
|
|
56:14
K: 内的な静寂。あなたは、それを持って いますか。 質問者: はい、持っています。
|
|
56:16
K: ああ、それなら、問題は 済んでしまいました。
|
|
56:18
そうね、あなたたち みなさんは、行きませんね・・・
|
|
56:19
質問者: 一日二十四時間 ではないが・・・
|
|
56:27
K: 二十四時間ではなく、 時折です。
|
|
56:29
残りの時は、戦いです。
|
|
56:41
K: どうぞ、聞いて くださるでしょうか。
私は本当に、これを 終わらせたいと思います。
このイメージ作り - 私は、 そこに、ものすごい危険を見ます。
で、私は、自分自身に訊ねます - これは、終わりえますか。
なぜなら、その危険は、他の 何より、重要であるからです。
そうね、断崖絶壁のように、です。
それの危険を見るとき、
あなたは、それより 動いて離れます。
あなたは、ガラガラヘビを見るとき、 それより動いて、離れます。
|
|
57:20
質問者: (聞き取れない) K: ウン・ モメント、ペル・ファヴォーレ
|
|
57:22
(ちょっとお待ちください)。 ただお聞きください。
で、私は見ます・
・・自分は それの危険が、見えます。
すなわち、思考はなぜ、これらの イメージを、創り出しますか。
どうぞ、即時にそれに 答えないでください。
|
|
57:49
質問者: 欲望ですか。
|
|
57:53
K: あなたが答える前に、 それに、少し入ってください。
それに、少し 入ってください。
すなわち、私は訊ねています - なぜ思考は、
すなわち、私の妻は、昨日 何かを、私に言いました。
私にがみがみを言いました。
私を いじめました。私とともに幸せでした。
私に、幾らか慰めを与えてくれました - そのとき私は・
・・等々と。
それが、イメージを築いて きました。
そのイメージ -
私は、そのイメージに沿って生きます し、彼女もまた、そうします。
私は、自分自身に言います - なぜ思考は、こうするのですか。
質問者: (聞き取れない)
|
|
58:38
K: まだそれに答えないでください。
|
|
58:41
どうぞ、それへ入るのに、 二分間を掛けてください。
あなたは、それについて観念を持って いないとき、それに入られるだけです
- あなたが、「これはそのとおりだ。
あれはそのとおりだな」と言って、
言葉に飛びつかない ときだけです。
で、あなたは、なぜ思考がこうする のかを、見出さなくてはいけません。
|
|
59:13
質問者: こう 思われるのですが・・・
|
|
59:19
K: 思考が、そうします - 私は 継続しなくてはいけないでしょう。
なぜなら、あなたは・
・・ 思考が、そうします。
なぜなら、それは、イメージに 安全を、見つけるからです。
私の妻 - イメージ。
そこで、私は安全です。
ちょっとお待ちください。
ただそれを聞いてください。
私の国。
ですね? 安全。 私の集団 - 安全。
集団とは、私が集団について 創り出してきたイメージです。
私が民族について、 創り出してきたイメージ、
私が、宗教的教義の刷り込みをとおして、 私が創り出してきたイメージ、
イメージ - キリストでも、 ヒンドゥーの神々でも、
その事柄の めちゃくちゃすべて、です。
1:00:15
それで、思考が、これらの イメージを、創り出します。
なぜなら、それは、そこに 安全を、見つけるからです。
ですね?
その安全が、 神経症にあるのでも -
神経症的な信念、神経症的か、 何か美しい空想的なイメージでも、
それはやはり、 同じです。
で、思考は、安全を見つけます。
それは、安全をほしがります。
なぜですか。
|
|
1:01:02
質問者: 私には、思考はそれ自体を 維持したいように、思われます。
|
|
1:01:05
K: はい。進んでください。 もう少し進んでください。
|
|
1:01:10
そこで止まらないでください。 質問者: それが始める・・・
|
|
1:01:11
K: いいえ。あなたは、 何かを仰いました。
究明し、それとともに 動いてください。
|
|
1:01:19
質問者: 私には、思考は 非恒常的であると、思われます。
ゆえに、それは 探し求めて・・・
|
|
1:01:24
K: ご自分が仰っている ことは、確かですか。
それについて 理論化しないでください。
いえ。
あなたが事実より 語っているのでなければ、
他のあらゆることが、 無意味です。
|
|
1:01:40
質問者: 思考はいつも、安全、 安心、確実性を、探し出す。
|
|
1:01:46
K: それは、何ですか。 確実である、安全である。
それらは、それが、完全な侵犯不可能な 安全を、要求する、という意味です。
ちょっと待って。
なぜですか。
なぜ思考は、これを 要求しますか。
私の妻 - よろしいですか。
私は、彼女を所有する。
彼女は、 私のだ。彼女は・・・等々々。
そこには、大きな確実性、 大きな安全が、あります。
私は自分自身を、彼女に 同一視してきました。
彼女は、私がほしいものを、 充足してきました。
そして彼女も、同じことをします。
それは、相互の作用し合う利用です。
醜い言葉を使って、すみませんが、 それは、事実です。
1:02:51
で、私は自分自身に言います - 思考が安全を探し求めるなら、
イメージに、 安全がありますか。
理解されますか。
私は、自分の妻に、安全を 探し求めました - 妻や彼女に、です。
そして私は、彼女について、 イメージを築いてきました。
そのイメージに、安全が あります - 私にとって、です。
が、それはイメージです - 理解されますか -
それは言葉です。
それは記憶です。 それは、こうも脆いものですが、
けれども、私は それに取りすがります。
|
|
1:03:37
質問者: 私の思考は、 時の経過に、気づいています。
私は、それが終わろうと しているのを、恐れています。
で、私は、自分が創り出すイメージに、 恒常性を探し求めます。
|
|
1:03:47
K: あなたは何にも、恒常性を 探し求めます。ですね?
で、私は訊ねています - なぜ 思考は、それを探し求めますか。
|
|
1:04:01
質問者: (聞き取れない)
|
|
1:04:03
K: それを 覗きみてください。
私は探し求めます - どうぞ、 お聞きになってください。
私は、伝統的な象徴に、 十字架に、安全を探し求めます。
私は、そこに 安全を探し求めます。
あの十字架、 構造全体、本性と、
その裏に潜んでいるすべて - 儀式、教義、それら、です。
私はそこに、安全を 見つけます - なぜですか。
そして私は、論理的に、知っています - 私がそもそも気づいているなら、です。
論理的に、それは、 思考の産物である、と。
ですね?
けれども、思考は、それに 縋りつきます。なぜですか。
|
|
1:04:47
質問者: 恐れている・・・
|
|
1:04:55
K: それは、私たちの 条件づけの一部ですか。
私たちが子ども時代から、 その象徴を信ずるよう、
条件づけられていることの一部 - ラーマ、 クリシュナ、キリスト、そうね・
・・
なぜですか。
思考がそこに、安全を見つけるが、 思考がそれを覗きみて、
「神様、安全がない。
それは観念 だけだ!」と言うなら、ですね?
それは、思考が 組み立ててきたのです。
で、思考が、イメージに 縋りつくとき、
それは、まさしく 神経症の本質です。
ですね?
私は、それが危険 であるのを、知っています。
けれども、私は、それに 縋りつきます。
あなたは、これの不条理を、 ご覧になりますか。
|
|
1:06:00
質問者: 私たちは、そのとき、 恐れに入りつつあります。
|
|
1:06:04
K: で、あなたは実際に・・・ いえ、ちょっと待って。
あなたは実際に、 それの不条理が、見えますか。
質問者: はい、私は見えます。
|
|
1:06:11
K: すると、それが終わりです。
|
|
1:06:13
質問者: はい、はい。 K: いえ。すると、 あなたはイメージを創り出しません。
|
|
1:06:14
待って、待って。すなわち、 妻は、私を馬鹿と呼びます。
|
|
1:06:16
私は、イメージを形成することなく、 彼女に、聞くのでしょうか。
または、古い伝統、習慣、条件づけ、 応答が、「はい」と言います。
イメージ作りです。
よろしいですか。
彼女が私を馬鹿と呼ぶとき、イメージ 作りが、ない。
それは、可能ですか。
または、彼女が、私にへつらうとき - それは、同じことです。
硬貨の裏側です。
さて、どうやって・
・・あなたが聞く であろうなら、私は、お示ししましょう。
私たちは、それに入りましょうか。
|
|
1:07:13
質問者: はい。
|
|
1:07:14
K: すなわち、妻は、 私を馬鹿と呼びます。
私が、何か彼女が好きでない ことを言った、やった、
その他すべてだから、 私を馬鹿と呼びます。
思考は、条件づけられています。
で、即時の応答は、イメージです。
ですね?
「私は馬鹿ではない。 私は・・・」と。
イメージがあります。
さて、私は、彼女に 聞けますか。
どうぞ、見出してください。
私は あなたに、何かを語ろうとしています。
私は、応答なく、 彼女に聞けますか。
理解されますか。
無頓着ではない。
私は彼女に聞けますか - 彼女が「ダーリン、 あなたはすてきだわ」と言うとき、です。
それは、別のイメージです。 ですね?
1:08:15
私は、彼女に聞けますか - 彼女が私を、馬鹿と呼ぶとき、
彼女が私に、「あなたは すばらしい」と言うとき、
どちらも、です。
理解されますか。
それを蓄えることなく、 それを登録することなく、聞く。
質問を理解されますか。
理解されますか。
これは、とても重要です。
どうぞ、 これを、少し捉えてください。
すなわち・・・あなたは、 これらに入りたいですか。
|
|
1:08:43
質問者: はい。
|
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1:08:48
K: 頭脳の機能は、 登録することです。
ですね?
それは、登録しています。
それは、条件づけられているので、 それは即時に登録します - 「馬鹿」と。
または、あなたは言います - 「あなたは、何とすばらしい人物だ」と。
それは、登録されます。
さて、登録するのを止める。
質問を理解されますか。
彼女が私を、馬鹿と 呼ぶとき、登録しない。
または、彼女が私を、すばらしいと 呼ぶとき、登録しない。
それは、私が無頓着に、きつく、冷淡に なることを、意味していません。
で、私はそれを、できるだけです。
- どうぞ、聞いてください -
私は、登録しないことが、できます - 彼女の言うことへ、私が、
完全な注意を向けるときだけ、 それは、可能です。
1:09:54
彼女が私をそう呼ぶとき - どうぞ聞いてください -
彼女が私を、馬鹿とか、 すばらしい人物と、呼ぶとき、
私が、完全な注意を払うとき、 何も登録することが、ありません。
なぜですか。
質問を 理解されますか。
どうぞ、そうしてください。
そこに 座っていながら、今そうしてください。
すなわち、あなたは、自分の妻や彼女に ついて、イメージを持っています。
または、自分の彼氏に、です。
やれまあ、この彼氏と彼女は。
私は、これに 飽きつつあります。
私たちは、死ぬまで、 この問いを、つづけていきます。
彼氏、彼女、よろしいですか。
女、男。ああ!
それは、こうも ばかげています!
私は指摘しています - イメージ作りが、思考の過程です。
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思考が、このイメージを作ってきました。 ゆえにそこに、葛藤があります。
私は、葛藤に ものすごい危険が、見えます。
インドとパキスタンとの間でも、 ロシアとの間でも - よろしいですか。
ものすごい危険です。
なぜなら、 彼らは、殺し合うからです。
で、私は訊ねます - その イメージ作りは、止まりえますか。
それはできます・
・・なぜ思考は、 これらのイメージを、もたらしますか。
それは、これらのイメージに 安全を、見つけます。
ですね?
安全、安心を、です。
けれども、思考は、それがどんなに 不条理であるかを、知っています。
ゆえに、思考は、何か 非理性的なことに、縋りつくとき、
それは神経症的です。
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で、私は、言っています、 訊ねています -
精神は・
・・頭脳は、こうも 条件づけられているので、
それは、手放して、「私はしないだろうな ・
・・終了だ」とは、言えません。
で、私は言っています - 妻が 「あなたは馬鹿だ」と、言うとき、
または、男が、夫が言うか、彼氏が 言うか、彼女が言うとき、登録しない。
ただそれを見てください。
「それは可能である。
それは可能でない」と言わずに、 見出してください。
なぜなら、あなたが、それは 可能であると、言うなら、
あなたはすでに、逸れて しまっているからです。
または、あなたが、それは可能でないと 言うなら、あなたは自分自身を塞いだのです。
で、それは可能ですか。
それはできますか。
私たちは、究明しようと しています。
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なぜ頭脳は、「馬鹿」を 登録しますか。
「馬鹿」という言葉と、「美しい」、 「すばらしい」という言葉、
「あなたは、すてきな人です」と。
なぜですか。
一つは、侮辱です。
一つは、へつらいです。
なぜなら、「馬鹿」という言葉は、 大変多くの意義を、持っているからです。
ですね?
その言葉自体が、 侮辱的な言葉です。
私は、私自身について イメージを持っています。
そのイメージは、私が馬鹿である との観念を、拒絶します。
理解されますか。
私は、自分の妻、夫、彼女について イメージを、持っているだけではない。
または、 何であっても、ですが、
私はまた、私自身についても、イメージを 持っています。よろしいですか。
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で、あなたが私を、「馬鹿」と呼ぶ とき、そのイメージが、傷つきます。
ですね?
で、それは、すべてのイメージ作りを 終わらせることは、可能ですか -
他の人とともに、 私自身について、です。
すべてのイメージを、全的に 終わらせることは、です。
「いいえ」、「はい」を 言わないでください。
で、イメージ作りが起きてくるところ の 運動、エネルギーは、何ですか。
私が話していることを、 理解されますか。
いいえ。私の話は、明らかにされ つつありません。そうしましょう。
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始めましょう。「私」と しての中心が、あるかぎり
- 私のイメージとともに、です。
ですね? それが中心です -
そのイメージは、いつも傷つくか、 へつらわれるでしょう。
ですね?
で、中心があるかぎり、登録 しないことは、不可能です。
お分かりになりますか。
あなたは、あなた自身について イメージを、持っていませんか。
あなたが、本当に正直であり、 あなた自身を見つめるなら、
あなたは、自分自身について イメージを、持っていませんか。
すなわち、あなたはこれである、と。
あなたはかなり醜い、と。
あなたは、さほど利巧でない。
私は、 あなたがもっと美しかったらと願う、と。
そうね、さほど利発でない。
さほど智恵がない。さほど・・・
あなたは、あなた自身について イメージを、持っています。
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で、そのイメージは、あなたの 存在の中心です - ですね?
そのイメージが、そこにあるかぎり、 それは、登録するにちがいありません。
それは - 登録することは、 分割を、意味しています。
葛藤、暴力、 その他すべてを、です。
あなたが、関係の構造全体を見る とき - それの全体を、です -
そのとき中心は、非重要になります。
これらに付いてきておられますか。
中心は、何の価値をも 持ちません。
ゆえに、まったく 登録が、ありません。
私は・
・・語り手は、語っています - 自分にとっての事実を、です。
観念だけではありません。
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なぜなら、私は、これを 生きぬいてきたからです。
K、この人物は、これを 生きぬいてきました。
私は、侮辱され、傷つき、残忍に され、蹴り回されてきました。
「ああ、すばらしい。
あなたは、 偉大な教師です」と
呼ばれてきました。
あらゆることです。
登録が、ありません。
なぜなら、中心が、ないからです。
理解されますか。
ゆえに、葛藤がない。
これを 捉えられましたか。
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で、私たちは、訊ねる ことで、始めました -
思考とは何ですか。
そして、経験 するとは、何ですか、と。ですね?
何を経験する瞬間にも - それは、構いません -
セックス、 あの麗しい枝を、または、
夕べの日の入りを、見つめる。
そして、朝早くの歓喜です。
経験することが、 実際にあるとき、
それは、その秒です。
そこには、思考がありません。
そのとき、思考がやってきて、「あれは、 何とすばらしかったのか」と言います。
それは、それを保ちます。それが、 「何とすばらしい」と言った瞬間、
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それは、それを捕捉したのです。 ゆえに、それを反復したいのです。
よろしいですか。
で、あの 日の入りを、見つめるには -
または、木の葉への朝の光を、 です。
それの経験と、
それを終わらせること - それを 持ち越していくのではない。
そのすべては、ものすごい 注意を、要求します。
そして、「私は注意しなければならない。
私は得なければならない」と言う
中心が、あるとき、注意は、可能 ではありません。
よろしいですか。
よろしいですか。
いいですか。
今、何時でしょうか。
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質問者: 12時20分です。
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1:19:10
K: ああ。
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1:19:12
次の火曜日に、私たちは この対話のために、
ともに教育について、 話し合おうとしていると、思います。
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1:19:33
質問者: そのご婦人は、 私に訊いてほしいと思います
- イメージは、 傷の一部ですか。
イメージと傷は、 同じものですか。
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1:19:46
K: イメージと傷ですか。
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1:19:48
質問者: それらは、同じものですか。 K: もちろんです。
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あなたが、イメージを 持った瞬間、
あなたは、へつらわれようとか、 負傷しようとか、しています。
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1:19:57
よろしいです。
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