OJBR80CB5 - 存在の基盤と、人の精神

ディヴィッド・ボームとの会話 第5回
カリフォルニア、オーハイ
1980年4月12日
テキストのみのバージョン
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これは、1980年、カリフォルニア、 オーハイでの、J.クリシュナムルティと
ディヴィッド・ボームの間の 第5回対話である。
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0:12
クリシュナムルティ: あなたが仰るべきことが、何か?
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0:17
ディヴィッド・ボーム: まあ、おそらく 私たちは行けると、私は考えました -
私たちは、これら議論の後で、 幾つも問いを、出しました。
一つは、私たちが議論した この基盤の本性でした -
私たちはそれに 来られるのかどうかと、
それは、人間たちに、興味を 持っているのかどうか、です。
また私たちは、 頭脳の物理的な振るまいに、
変化がありうるかもしれない 可能性について、議論しました。
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1:04
K: 全くです。
私たちはこの問いに、この視点から、 接近できるでしょうか -
なぜ観念は・
・・なぜなら ・・・基盤は観念ですか。
それが、私が初めに 明らかでありたいことです -
なぜ観念は、そんなに 重要になったのですか。
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1:48
B: 私はおそらく、こう 言うべきでしょうね -
観念と、 観念を越えているものとの間の
区別が、 明らかでないからです。
観念はしばしば、観念以上の 何かだと、取られます。
すなわち、私たちは、それは観念ではなく、 実際に実在である、と感じます。
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2:04
K: それが、私が見出したいことです。 いいですか。
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2:06
B: ええ。
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2:07
K: それは観念ですか。 または、それは、想像、幻影、
哲学的な概念ですか。
または、それを越えて 何もないという意味で、
絶対的である何かですか。
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2:35
B: どうして、それを越えて 何もないと、言えますか。
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2:37
K: 私はただ・・・私は、 ゆっくり来ようとしています。
私は、私たちはあれを見つめるのか、 私たちは概念から、あれを知覚するのか、
あれに洞察を持つのかを、 見たいと思います。
なぜなら、結局のところ、 西洋世界全体は、
そして、おそらく 東洋世界もまた、
概念に、 基づいているからです。
彼らの見通し全体、 彼らの宗教的な信念は
すべて、それに 基づいています。
アジア世界でもまた、 そうですが、
私たちは、あの視点から、 それに接近しますか。
哲学的な・
・・究明。
(語源的に)叡智の愛、 真理の愛、究明の愛、
精神の過程へ(の究明)、という意味での 哲学(フィロソフィー)的ですが。
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3:58
私たちは、 そうしていますか -
あの基盤が何であるかを、 議論するときや、
究明や説明をしたり、 見出したりしたいとき、です。
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4:11
B: ええ。まあ、おそらく、 哲学者すべても、
概念には、基づいて いなかったでしょうね。
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4:19
確かに哲学は、 概念をとおして、教えられます。
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4:22
K: ええ。それが・・・私は それを問うているだけです。
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4:25
B: ええ。でも、 哲学者すべてが、本当に、
あらゆる物事を、概念に 基づけたいと思ったのか
どうかは、別の疑問です。
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4:31
K: 私は、「すべて」と言いません でした。「幾人か」と言いましょう。
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4:33
B: 実は、彼らのほとんどが、です。 K: 彼らのほとんどが、です!
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4:34
B: 確かに、概念をとおして以外に、 それを教えることは、とても難しいですね。
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4:37
K: で、私はただ知りたいのです。
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4:41
そのとき、宗教的な精神と、 哲学的な精神との
間の違いは、何ですか。
私が何を伝えようとしているかを、 理解されますか。
おそらく私は、適切にそれを していないのでしょう。
私たちは、基盤を 究明しますが、
知識の修練をされている 精神から、ですか。
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5:29
B: ええ。まあ、 根源的に私たちは、
基盤は本来、知られていないと 言いますね。
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5:34
K: それが、私が 知りたいことです。ええ。
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5:36
B: ゆえに、知識は - 私たちは 知識でもって、始められません。
ずっと何年も前に、私たちは ロンドンで議論を行って、
知られていないものから 始めることを、提起しましたね。
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5:44
K: ええ、ええ。
例えば、Xは、そういう基盤が ある、と言います。
私たちのみんな、X、Y、Zと、 A、B、Cは、
その基盤は何であるかと、 言います -
それを証明してください。
それを示して ください。それを顕現させてください、と。
私たちが そういう質問をするとき、
それは、探し求めている精神、 または、むしろ
真理へのこの熱情、 真理への愛を持っている精神ですか。
私が言っていることに、 付いてきていますか。
または、単に私たちは、「それについて 話しましょう」と言うだけですか。
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6:39
B: あの精神には、 確実性への要求がある、と思います -
それが、「それ自体を示しなさい。
私は確かめたい」と言うのです。
で、ゆえに、探究が ないのです。でしょう?
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6:49
K: さて、仮に、あなたが、 そういうものがある、基盤がある、
動かしえないなど、と述べる、 とします。
Xは - 私はXの役を引き受けます - Xは、「私は見出したい。
私にそれを示してください。
私に それを証明してください」と言います。
私の精神は、知識をとおして、 進化してきましたし、
それは、高度に知識の修練を されてきましたが、それは、
どのように、あれに 触れることさえできますか。
なぜなら、それは知識ではないし、
それは、思考により 組み立てられていないからです。
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7:40
B: ええ。「それを証明してくれ」と 言うやいなや、あなたは
それを、知識に変えたいと 思っています。
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7:44
K: そうなんです。ええ。私にそれを 証明してくれ。私にそれを示してくれ、と。
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7:48
B: 絶対的に確実であるために、 知識が、あなたがほしいものです。
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7:50
K: そうなんです。 B: それで、 疑いがありえないように、です。
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7:53
けれども、もちろんまた、 他の側からは、
自己欺瞞と錯覚の危険もある。
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8:01
K: もちろんです。もちろんです。
私たちは、よく気をつけて、 ずっとそれらを通ってきました。
まさに始まりから、です。
私たちは言いました - どの形でも幻影が、あるかぎり、
基盤は、触れるなり 何なり、できない、と。
幻影は、欲望、楽しみ、恐れと それらの投影です。
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8:21
B: ええ。私は単に、こう言おうとした だけです - 「それを証明してくれ」と
言う人物もまた、それら幻影に対して、 これを防護しようとしている、と。
K: そうなんです。そうなんです。
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8:28
B: でも、それは、虚しい望みです。
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8:31
K: で、私はどのように、Xとして、 あのものを知覚しますか。
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8:33
それが、私が見出したい・・・
基盤は、究明されるべき観念ですか。
または、それは、 究明できない何かですか。
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9:06
B: そうです。
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9:09
K: なぜなら、私の精神は、 経験と知識により、
訓練され、修練されていて、
それはそこで、あの区域で 機能できるだけだからです。
そして、あなたが やってきて、私に語ります -
この基盤は、観念ではない、 哲学的な概念ではない、
それは、何か思考により 組み立てられたり、
思考により 知覚できるものではない、と。
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9:54
B: ええ。または、 思考により理解できない。
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9:56
K: ええ、思考により 理解できない。
そのとき、私は何を・・・ あなたがしている・・・
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10:00
B: ええ。あなたは、何らかの意味で、さらに付け加えてもいると、私は思います。
なぜなら、その人物は、「私はそれを、 経験により見つけたい」と言うからです -
思考だけではなく、また経験も、です。
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10:11
K: もちろんです。
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10:13
B: それは、経験できないし、 それは、概念化できないし、
そうね、思考をとおして、 理解できません。
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10:18
K: ええ。すると、私は 何を持っていますか。
私は、知識により条件づけられてきた この精神だけを、持っています。
私は、Xとして、どのように 離れることになりますか
- それらより、 動いて離れるのです。
なぜなら、宗教的な人々より、哲学者が 多くいるからです。すみません!
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10:54
B: まあ、それは事に依存しますね。 真の哲学者も、ほとんどいません。
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11:00
K: 宗教的な人々も、 ほとんどいません。
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11:03
B: どちらも、ほとんどいません。
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11:06
K: 私はそれを、冗談に しているだけです。
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11:10
B: ええ。まあ、私は知りませんが、
たとえば、自分自身を 哲学者と呼ぶ人、
自分自身を宗教的と呼ぶ人々の数を、 比較できるかもしれません -
はるかに多くが、 自分自身を宗教的と呼びます。
それは、大事ではない。 それは、数に入らない。
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11:25
K: で、どのように私は - ふつうの人で、 教育を受け、読書し、経験した者は、
このものを感じること、それに触れること、 それを了解することに、なりますか。
あなたは、私に語ります - 言葉はそれを伝えないだろう、と。
あなたは、私に語ります -
すべての知識より自由である精神を 持たなければならない、と。
テクノロジー的な、 他の種類の知識以外より、です。
あなたは私に、不可能なことを、 頼んでいます。
そうではないですか。
私は、「私は努力をしよう」 と言うなら、
それもまた、中心から、生まれています - 自己中心的な欲望の中から、です。
で、私は、何を するのでしょうか。
これは、まがい物の問いではない、と 私は思います。
それは、とても深刻な問いです。
これは、あらゆる人が 問うことです。
あらゆる人が - 私は、この一般的な 用語を、用いてはなりません -
真剣な人々が訊ねる、 という意味で、です。
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13:30
B: 少なくとも、暗黙裡に、です。 彼らは、それを言わないかもしれません。
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13:34
K: ええ、暗黙裡に、です。
あなたは - いわば、 岸のあちら側にいるあなたは、
渡るための船はないことを、 私に語ります。
あなたは、泳いで渡れません。
事実、あなたは何もできません。
基本的にそれが、到るところです。
で、私は、何をしましょうか。
あなたは私に、自由になるよう、 頼んでいます・
・・
あなたは、精神に、 頼んでいます -
一般的な精神ではなく、 この精神に・
・・
B: ・・・特定の精神に。
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14:51
K: 特定の精神に。
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14:52
あなたは、この特定の精神に、 知識すべてを避けるよう、頼んでいます。
何とまあ!
これは、キリスト教世界やユダヤ教世界で、言われたことがありますか。
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15:27
B: 私は、ユダヤ教世界について、 まさしくそう言われたことが
あるのかどうかを、 知りませんが、
或る意味で、 キリスト教徒は、あなたに
神へ信仰を捧げるよう、あなたの 個人的なことすべてを、あきらめるよう、
いわばイエスにお任せし、彼に 委ねるように、語るでしょう。
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15:43
K: いえ。彼らは、そう 言ってきましたが、
イエスをとおしてのみ、ですね。
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15:51
B: ええ、彼が・・・
K: 彼が、あなたが通って 行く扉である、と。
B: ええ。
彼が、私たちの間、
あなたと神との間の 仲介者である、と。
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15:53
K: ええ。
ですが、いいえ。
私が見出そうと していることは、こうです -
例えば、ヴェーダーンタは、 知識の終わりを、意味しています。
もちろんあなたは、それをご存じです。 知識が終わることです。
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16:13
B: それは、そういう意味 かもしれない、と思います。
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16:18
私はサンスクリットを、 さほど知りません。
K: ええ、ヴェーダ。私は、 それについて、議論してきました。
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16:19
B: ヴェーダは、自体では、 知識を意味するんですよね。
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16:22
K: 知識です。それは、 それの終わり、という意味です。
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16:25
B: ええ。それは、 それの終わり、という意味です。
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16:33
K: 私は、西洋人なので、それは 私にとって何の意味もない、と言います。
なぜなら、ギリシャ人と それらより、ずっと、
私がその中で生きてきた、この文化は、 知識を強調しているからです。
昨夜、(科学史の)ブロノフスキーが またもや(BBCの番組で)・・・
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16:58
B: それが再放送された、 ということですか。
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16:59
K: ・・・ええ、人の進化と それらについて、話していました。
K: ええ。
あなたが東洋の精神へ 話をするとき
- 私は、普通の者ではなく、
研究してきた精神(の人たち)に ついて、話しています -
彼らは、自らの宗教生活において、 知識が終わらなければならない時が、
来なければならないことを、 知っています。
承認します。
ヴェーダーンタ哲学 - それは、彼らの見方全体です。
彼らは、精神は知識より 自由でなければならないことを、
即時に理解するでしょう。
しかし、それはただ、概念的な、 理論的な理解だけですが、
西洋人としては、それは、私にとって 絶対的に、何の意味もありません。
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18:07
B: まあ、始まりには、ね。 類似しているが、
さほど普及しなかった西洋の伝統が、 あった、と私は思います。
たとえば、中世に『未知の雲』と呼ばれる 書物が、書かれていたように、です。
それは、その路線にありますが、それは 西洋思想の主な路線ではありません。
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18:23
K: ええ。それが、 私が言っていることです。
それは、西洋思想の主な路線ではない。
で、私は、何をするのでしょうか。
私はどのように、その問いに 接近するのでしょうか。
私は、それを見つけたいのです - それを見つけるだけではない。
それは、生に意味を与えます。
私の知能が、何か幻影や何か望み、 何か信念を創案することにより、
生に意味を与えるのではないが、
私は、漠然と分かります -
この基盤を理解したり、それに 出くわしたりする、このことが、
生に無量の意義を 与えることが、です。
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19:15
B: ええ。まあ、人々は、 生に意義を与えるために、
神のあの概念を、 用いてきましたね。
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19:20
K: いえ、いえ。神は 単に概念だけです。
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19:23
B: ええ。でも、その観念は、
東洋の観念に類似したものを、 何か保有しています -
すなわち、神は、知ることを 越えているのだ、と。
少なくとも、ほとんどの人々は、 それを、そのように受け入れます。
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19:32
K: ええ。
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19:33
B: 幾らかの人は、そうでない かもしれませんが。
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19:36
で、或る種、同様な概念が、あります。
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19:38
K: いえ。でも、あなたは私に、これは思考により創り出されていない、と語ります。
で、あなたは、 どんな境遇のもとでも、
どの形の思考の操作をとおしても、 それに出くわせません。
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19:54
B: ええ。仰っていることは、 理解できます。
私は、この問題、この危険、 妄想があると、言おうとしています -
西洋では人々は、「ええ。
それは全く 真実です。私たちがそれに出くわすのは、
イエスの直接的体験を とおして、であり、
思考をとおして、ではない」と言う という意味で、ですよ。
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20:12
K: ですが、結局、 イエスの直接的体験というのは・・・
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20:15
B: まあ、それらは、私の言葉です。
彼らは、そのように話すことすら、しない かもしれません。
私は知りません。
私は、彼らの見解を、正確に 表現することが、できません。
何ですか。ええ、神の恩寵です。
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20:27
K: ええ、神の恩寵です。
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20:28
B: 何か思考を越えたものですね。 K: 私は拒否します。
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20:33
相当に教育を受けてきた人、相当に思慮 深い人として、私はそれらを拒否します。
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20:39
B: ええ。なぜあなたは、 それを拒否しますか。
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20:41
K: なぜなら、まず最初に、それは ありふれてきたからです。
あらゆる人がそう言う、という意味で、 ありふれている。
またそこには、幻影の大きな感覚が、ある かもしれないか、おそらくあるでしょう -
欲望、望み、恐れにより 創り出された幻影の、です。
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21:08
B: ええ。或る人々は、そこに、この意味を 見つけるように、思われるんです。
それは、幻影なのかもしれないが・・・
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21:14
K: いえ。ですが、もしも彼らは、 イエスについて聞いたことがなかったなら、
イエスについて一度も聞いていないなら、 彼らは、イエスを経験しないでしょう。
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21:22
B: それは、合理的に思われます。
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21:24
K: 彼らは、自らが教えられてきたことを、 経験するでしょう。
つまり、インドではイエスは・・・
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21:32
B: それが、弱点であるように、 思われます - 特定の形のイエスは、
彼らがその観念やそれらの言葉を、 聞いてきたせいにちがいない、
ということです・・・
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21:40
K: もちろんです。もちろんです。
明白です。
B: ・・・絵画などにおいて、です。
K: 日々、イエスがあなたの 救い主であると、叩き込まれるとき、
自然に・・・ということです。
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21:49
B: 誰か、イエスのことを一度も 聞いたことがない人が、
この経験をしたなら、 それは、興味深いでしょう。
すると、それは、それ以上のものが あるとの、或る種の証明に、なるでしょう。
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22:00
ムーディ: でも、あなたはまた、 すべての宗教には、
より真剣な人々が幾らか、いる、と 仰らないんでしょうか -
本質的に、自分たちが言いたいことは、 神もまた、それが何であれ、
絶対的なものや基盤は、 考えるのをとおして
経験できない何かである、ということ であると、言うだろう人々が、です。
あるいは、彼らはまた、
それはまったく経験されない、と まで言うかもしれません。
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22:27
K: ああ、そうです。私は、それは 経験できないと、言ってきました。
Xは、それは経験できないと、 言います。
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22:33
ムーディ: ですが、 多くの宗教があります。
幾つかの宗教の本質も、そう 言うだろうと、私は思います。
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22:40
K: 私はそれらについて、知りません。 いいですよ。私は知りません。
ここに、或る人物が、います - そういうものがある、と言う人が、です。
私は、彼に聞きます。
私は、彼が自らの存在により、
それを伝えるだけではなく、
彼がまた、言葉をとおしても、 それを伝えるのが、分かります。
彼は私に語ります - 気をつけなさい。
言葉はそのものではない、と。
ですが、彼は、私に何かを 伝えるために、言葉を用います。
それを私は、漠然と捉えます -
この無量の何かが、あって、
私の思考は、それを 捉えられない、と。
私は、「いいですよ」と言います。
あなたは、よく気をつけて、
それを説明してきましたが、 私はどのように - 私の頭脳は、
そのように条件づけられています。
知識において、修練されています。
それは、どのようにして、それらより 自由になるべきでしょうか。
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24:03
ムーディ: それは、自らの制限を理解する ことにより、自由になれるんでしょうか。
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24:07
K: 何を理解することによって、ですか。
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24:09
ムーディ: それ自体を。 何であれ思考が・・・
思考自体は、自らが何をしていようとも、 それは、何か自然な制限により
縛られていることを、 理解できるのでしょうか。
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24:18
K: で、あなたは私に、思考は 制限されている、と語っています。
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24:24
ムーディ: ええ。 K: それを私に示してください。
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24:27
記憶、経験、知識。すべての知識は ・・・と言うことによって、ではない。
私はそれらを理解しますが、
私は、それが制限されている との感じを、捉えません。
なぜなら、私は 大地の美しさが見えるし、
私は、建物、人物、自然の美しさが 見えるからです。
私は、それらが見えますが、
あなたが、思考は制限されていると 言うとき、私はそれを感じません。
それは、あなたが私に語ってきた、 たくさんの言葉だけです。
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25:10
ムーディ: それは、真剣な究明を 必要とするでしょうね。
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25:13
K: いいえ。私は、それを 究明してきました。
私は、思考が制限されていることを、 究明してきました。
明白です。
そのとおりです。あなたは、 究明しなくていい。それは明らかです。
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25:26
ムーディ: ああ、分かります。思考は通常 間接的にそれが分かる、と仰っていますね。
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25:31
K: いえ、いえ。私は、私はそれが 分かる、と言っています。
知的に私は、それを理解します。
それは明瞭です。
ですが、私は、それへの感じを、何も 持っていません - 理解されますか。
そこには、香りがないのです。
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25:51
ムーディ: それが、間接的な理解であると、 私が言うだろうものです。
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25:55
K: いえ。それは、理解ですらありません。 それは、何をも意味していません。
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25:58
ムーディ: それはただ、 もっと多くの知識です。
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26:00
K: ええ。それは何の意味もない。
あなたは私に、どのように示すの でしょうか - 示すのではない。
あなたは、どのように私を助けるの でしょうか - 助けるのではない。
援助するのでしょうか - 私が、思考自体が 脆いとのこの感じを、持つように、です。
それは、何も持っていない・
・・ それは、こんなに小さい事柄である、と。
そのため、それが私の血の中にある ように、です。
理解されますか。
ひとたび、それが私の血の中にあるとき、 私は、それを持っています。
あなたがそれを、 説明しなくていい。
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27:00
ムーディ: でも、それは、 可能な接近ではないですか -
基盤について話をするのではない。
それは現時点で、はるかに かけ離れてすぎている、と。
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27:09
K: それは、はるかに 離れています。
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27:10
ムーディ: が、むしろ、精神が できることを、直接的に見つめる。
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27:14
K: それは、考えることです。
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27:15
ムーディ: そのとおりです。 精神は、考えています。
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27:17
K: それが、私が 持っているすべてです。
考える、感じる、憎む、愛する - それらは、ご存じです。
精神の活動は何か、です。
私はそれを、よくよく知っています。 あなたが私に、語らなくてもいい。
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27:30
ムーディ: あなたはそれを 知らないと、私は言うでしょうね
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27:33
- あなたはそれを 知っていると、考えるだけだ、と。
K: ああ、いいえ。
あなたはそう考えます。 私は、それを知っています。
私は、それを見てきました。
私は、それを捉えてきました。
私は、自分が怒っているとき、 知っています。
私は、自分が負傷したとき、 知っています。
それは観念ではない。
私は、その感じを持っています -
傷は、私の内側で、 続いて行っています。
私はそれに、取りかかりたいの です。
理解されますか。
私は何かを伝えていますか。
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27:59
B: あなたが仰りたいことは、何ですか。
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28:02
K: 私は、究明に、 飽き飽きしています。
なぜなら、私はそれを、生涯 ずっとやってきたからです。
私は、ヒンドゥーの 事柄へ行きます。
私は、自分はそれを究明し、研究し、 それを見つめてきたと、言います -
仏教、これとその他、
キリスト教、何でも、 イスラム教などを、です。
これらはすべて、言葉だけだと、 私は言います。
私は人間として、どのように、
それについて、このとてつもない感じを、 持つことになりますか。
理解されますか。
何かが伝わっているのかどうかと、 思われます。
伝わっていますか。
なぜなら、私は、その裏に熱情を 持っていないなら、それはただ・・・
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29:04
質問者: その感じは、 何から発しますか。
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29:07
K: 私は、究明していません。
私は、この熱情を 持ちたいのです -
爆発して、この小さな囲い込みより 私を放つだろうものを、です。
私が言っていることを、 理解されますか。
私は、自分自身のまわりに、壁を 築いてきました。
文化的になり、 相当に体裁よく、教育されて、
壁です - それは、私自身です。
私は百万年の間、このものとともに 生きてきました。
私は、それから抜け出そうと しながら、生きてきました -
研究することにより、読書することにより、 導師たちへ行くことにより、
私がやってきた、すべての 種類のことによって、です。
私はいまだに、そこに 根拠を置いています!
あなたは、基盤について 話します。
なぜなら、あなたは、 何か息を呑むもの、
生きていて、とてつもない、など と思われるものを、見るからです。
私は、ここにいます。
ここに、根拠を置いています。
あなたは、基盤を「見てきた」
- 括弧付きの「見た」です。
あなたは、何か爆発し、このものを 完全に壊してしまうだろうことを、
しなければなりません。
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31:00
質問者: 私が、 何かをしなければなりませんか。
あなたが、何かをしなければなりませんか。
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31:03
K: 私を助けてください!
祈りとか、それらの種類の 戯言によって、ではない。
私が何を言おうとしているかを、 理解できますか。
質問者: ええ。
K: 私は、断食をしてきました。
私は、冥想をしてきました。
私は、あきらめてきました。
私は、これとあの誓いを 立ててきました。
私は、それらすべてのことを、 してきました。
なぜなら、私は、百万年の命を 持ってきたからです。
百万年の終わりに、私はやはり、
始まりにいたところに、 います -
それは、私にとって大きな発見です。
理解されますか。
私は、自分が始まりから、 動いてきたと、考えました -
始まりに、これらを 経て行くことによって、ですが、
私は突然に、自分が出発したのと 同じ点に戻っていることを、発見します。
私は、もっと多くの経験を、持って います。
私は、世の中を見てきました。
私は、絵を描いてきました。
私は、音楽を 奏でてきました。私は舞い踊ってきました。
よろしいですか。
ですが、元来の 出発点に、戻っていたのです。
質問者: それは、「私」と非「私」です。
K: 「私」です。
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32:28
質問者: ええ。
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32:30
私は、自分自身に言います - 私は何をすべきなのか。
私の・
・・人間精神の、基盤に対する 関係は、何なのか、と。
それが、あなたが 仰っていることです。
おそらく、もしも私は、 関係を確立できたなら、
それは、この中心を、全的に壊して しまうかもしれません。
よろしいですか。
それは、動機ではない。
それは、 欲望ではない。それは、褒賞ではない。
私は、もしも精神が それとの関係を確立できたなら、
私の精神はそれになったことが、 分かります。ですね?
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33:22
ムーディ: でも、その精神は すでに、それになっていませんか。
|
|
33:24
K: ああ、いいえ!
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33:25
ムーディ: でも、クリシュナジ、あなたは ちょうど今、欲望はないなどと仰る中で、
最大の困難を拭い去ったと、 私は思います。
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|
33:32
K: いえ、いえ。なぜなら、私は百万年、 生きてきたと、私は言ったからです。
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|
33:36
ムーディ: でも、それは洞察です。
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33:38
K: いいえ。私は容易に、洞察を さほど容易に、受け入れないでしょう。
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33:44
ムーディ: または、このように 表させてください。
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|
33:48
それは、はるかに知識以上の何かです。
K: いえ、いえ。
あなたは、 私の論点を、見逃しつつあります。
私の頭脳は、百万年の間、 生きてきました。
それは、あらゆることを 経験してきました。
それは、仏教徒でした。
それは、 ヒンドゥー教徒、キリスト教徒でした。
それは、イスラム教徒でした。
それは、あらゆる種類の物事でした。
ですが、それの核心は、同じです。
ですね?
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34:16
B: そうです。
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|
34:16
K: そして、あなたが やってきて、言います -
「ごらん。
基盤があるよ。 それは・・・何かです」と。
あなたは、私がすでに知っていた ことに、戻っていきますか。
よろしいですか。
ヒンドゥー教徒、仏教徒に、です。
あなたが、そうするなら、 私は、それらを拒否します。
なぜなら、私はそれらを 通ってきたからです。
それらはまるで・
・・
私にとって、それらは、 その終わりに、灰に似ています。
|
|
34:48
B: まあ、それらの物事の すべては、見かけの基盤を、
思考により、創り出そうと する試みだったと、思います。
知識と思考をとおして、
これらすべて、仏教と他の 様々な道をとおして、人々は、
自らが基盤であると見做すものを、 創り出すように、思われます。
それは、そうではなかった。ですね?
|
|
35:02
K: そうではなかった。
なぜなら、私は、それに 百万年を使ってきたからです。
|
|
35:08
B: で、知識が基盤に入ってくる かぎり、それは偽りでしょうか。
|
|
35:14
K: もちろんです。
で、私は・
・・ 私は、ただ訊ねています -
あれと人間精神との間に、 関係が、ありますか。
その問いを訊ねる中で、
私はまた、そういう問いの 危険にも、気づいています。
|
|
35:41
B: ええ。
まあ、私たちがすでに経てきた 同じ種類の妄想を、
創り出すかもしれませんね。
|
|
35:48
K: ええ。
私は前に、あれを奏でてきました - あの歌を、です。
|
|
35:55
メアリー・ジンバリスト: あなたは、 関係は、自分によって作られない。
それは、来なければならない、と 提起なさっていますか。
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|
36:04
K: 私はそれを訊ねています。 いいえ。
それは、私が関係を作らなくては いけない、ということかもしれません。
今、私の精神は、こんな状態にあるので、 私は何一つ、受け入れようとしません!
|
|
36:17
MZ: でも、橋は・・・ そういうものがあるのなら・・・
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|
36:18
K: いいえ。待って、 私の精神に、聞いてください。
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|
36:19
MZ: どちらの側からですか。
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|
36:21
K: 私の精神は、言います - 私は前に、これらを通ってきた。
私は苦しんできた。
私は探求してきた。
私は見つめてきた。
私は究明してきた。
私は、この種のことに 怖ろしく利巧な人々と
生きてきた、などなどです。
で、私は、十分に気づいて、 この問いを訊ねています -
その問いの危険に気づいて、です。
なぜなら、それが、ヒンドゥー教徒が 言うことであるからです -
神が、あなたの中にある。
最高の原理、 ブラフマンが、あなたの中にある、と。
それは麗しい観念です。 私は、それらを通ってきました。
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|
37:10
で、私は、Xに訊ねています
- 人間精神は、それに関係を 持たないのかどうか。
そして、それは一方的な通路です。 あれから私へ、と・・・
|
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37:40
B: すると、それは、 神の恩寵に似ていますね。
|
|
37:42
K: ええ、そうなんです。 分かりますね。
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37:46
B: 創案されたものです。
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|
37:47
K: 私は、それを 受け入れないでしょう。
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|
37:51
ムーディ: またそのとき、私たちは 再び観念の区域に、戻っていませんか。
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|
37:55
K: いいえ。 それは、あるかもしれない。
で、私はそうでなく・・・私は、その説明を 拒否しています - 神の恩寵を、です。
|
|
38:06
B: あなたは、関係は一方的だと、 仰っていません。
またあなたは、それは 一方的でないとも、仰っていません。
K: たぶんね。私は知りません。
|
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38:10
B: あなたは、何をも仰っていない。
|
|
38:11
K: 私は、何をも言っていません。
|
|
38:12
私がほしいすべては - 括弧付きの「ほしい」ですが -
この中心が、吹っ飛ばされることです。
理解されますか。
私は(その言葉を)用いています - この中心が存在しないことです。
なぜなら、私は、あの中心が、 悪さのすべて、
神経症的な結論すべて、幻影すべて、 尽力すべて、努力すべて、
悲惨すべての原因であることが、 分かるからです -
あらゆる物事が、 あの核心から、です。
百万年の後、私は、それを 取り除くことが、できませんでした。
それは、去っていません。
で、何ですか・
・・ そもそも、関係がありますか。
善と悪や悪いものとの間の関係は、 何ですか。
いいですか?
それは、同じことになります。 関係は、何もない。
|
|
39:44
B: それは、関係といわれるのが、 どういう意味かに、依存しますが・・・
|
|
39:47
K: いいですよ。 接触、触れあい、疎通、
同じ部屋にいること。
|
|
39:58
B: 同じ根を持つこと。
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40:00
K: ええ、同じ根を持つ。
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40:03
ムーディ: でも、クリシュナジ、 そのとき私たちは、
善があるし、悪がある、と 言っていますか。
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|
40:11
K: いえ、いえ、いえ、 あなたは・・・
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|
40:14
ムーディ: 私は、はっきりしようと しているだけです。
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|
40:16
K: いえ、いえ、いえ。
善 - 別の言葉を用いましょう。
全体的と、
全体的でないもの。
それは、観念ではありません。
さて、これら二つの間に、 関係はありますか。明白にない。
|
|
40:41
B: ええ。まあ、 あなたは、何らかの意味で、
中心は幻影であると、 仰っているなら -
幻影は、真実であることに、 関係しているはずはない。
なぜなら、幻影の内容は、真実である ことに、何の関係もないからです。
|
|
40:57
K: そうです。そうです。
分かりますね。
それは、大きな発見です。
私は、あれとの関係を 確立したいと思います。
したいと思う - 私は、 同じ意味を伝えるために、
すばやく迅速な言葉を、 用いています。
すなわち、
この小さな些細なものが、
あの無量性と、 関係を持ちたいと思います。
それは持てません。
|
|
41:38
B: ええ。それは、ただ その無量性のせいだけではない。
実のところ、このものは、 実在しないからです。
|
|
41:46
K: ええ。
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|
41:50
質問者: でも、私は それが見えません。
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|
41:52
K: それは、どういう意味ですか。
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|
41:54
質問者: 彼は、中心は 実在しないと、言います。
それが、私の困難の一部です。
私は、中心が実在しないのが、 見えません。
|
|
42:00
B: 真正であり、幻影ではない、 という意味で、実在する(アクチュアル)。
何かが作用(アクト)しているが、
それは、私たちが知っている 内容ではない、ということです。
|
|
42:15
K: あなたは、それが見えますか。
|
|
42:17
質問者: いいえ。彼は、中心が 爆発しなければならない、と言います。
それは爆発しません。なぜなら、私は そこの偽りが、見えないからです。
|
|
42:24
K: いえ、いえ。いいえ、いいえ!
あなたは、私の論点を 逃してしまいました。
私は、百万年を生きてきました。
私は、このすべてを、してきました。
その終わりに、私はやはり、 始まりに戻っています。
|
|
42:38
質問者: そうです。あなたは、そのとき 中心は爆発しなければならない、と仰る。
|
|
42:42
K: いえ、いえ。
私が望むのは・
・・
精神は、これはあまりに ちっちゃすぎると、言います。
|
|
42:53
質問者: そうです。
|
|
42:55
K: それは、それについて 何もできません。
それは、祈ってきました。
それは、 あらゆることを、やってきました。
それはやはり、そこにある。
|
|
43:05
質問者: そうです。
|
|
43:11
K: 彼がやってきて、私に、 このものがある、と語ります。
私は、あれとの関係を 確立したいと思います。
|
|
43:19
B: ええ、それは・・・
|
|
43:21
質問者: 彼は私に、 このものがある、と語ります。
彼はまた私に、中心は幻影である とも、語ります。
|
|
43:26
K: いいえ。
B: 待って。それは、 あまりに速すぎます。
|
|
43:27
K: いえ、待って。私は、それが そこにあるのを、知っています。
|
|
43:32
お好きなように、呼んでください。 質問者: ええ。
|
|
43:33
K: 幻影、実在、固執 -
何とでも、お好きなように。
それは、 そこにある。 ムーディ: そうです。
精神は、それは 十分ではない、と言います。
それは、あれを捉えたい。
ゆえに、それは、それとの関係を 持ちたいと思います。
あれは、「すまないね。
あなたは私と 関係を持てないよ」と言います。
それだけです!
|
|
44:05
質問者: いいです。
|
|
44:07
ムーディ: でも、クリシュナジ、 あれと関連したい精神か、
関係を持ちたい精神 -
それは、「私」であるのと 同じ精神ですか。
|
|
44:18
K: ええ、ええ。いいえ、それを、 割ってしまわないでください。
あなたは、私が伝えようと している何かを、逃しています。
私は、このすべてを生きてきました。
私と論争しないでください。
私は知っています。
私はあなたと 論争できます - 行ったり、来たりです。
私はずっと・
・・
百万年の経験が、私に 一定の能力を、与えてきました。
私は、そのすべての終わりに、 悟ります -
私と真理との間には、 何も関係がない、と。
いいですか?
それは、私にとって ものすごい衝撃です。
よろしいですか。
それは、あなたが私を、 殴り倒したようなものです。
なぜなら、私の百万年の経験すべては、こう 言うからです - あれを追いかけなさい、
それを探し求めなさい、それを 探求しなさい、そのために祈りなさい、
そのために格闘しなさい、そのために 泣き叫びなさい、犠牲にしなさい、と。
私は、そのすべてを やってきました。
45:33
突然にXは、言います - あなたは、あれと関係を持てない、と。
理解されますか。
あなたは、私と同じことを、 感じていません。
私は、涙を流してきました。
自分の家族を 去ってきました - あらゆる物事を、です。
あれのために、です。
そして、あれは、 「すまないね」と言います。
で、私には、何が 起きてきましたか。
それが、私が 取りかかりたいことです。
理解されますか。
私が言っていることを、 理解されますか。
このように生きてきた精神、 あれへの探求において
人がしてきたことすべてを、してきた 精神には、何が起きてきましたか。
そして、あれは、或る朝、「あなたは 私と何の関係もない」と、言います。
ふーむ、これは、 最も偉大なことです。
ですね?
あなたが、私のいう意味に、 付いてこられるのか、私は知りません。
|
|
47:19
ムーディ: これは、「私」にとって、ものすごい衝撃です - あなたがそう仰るなら。
|
|
47:25
K: あなたにとって、そうですか。
|
|
47:28
ムーディ: そうだったと思います。 そのとき・・・
|
|
47:32
K: 言わないでください・・・ 私は、あなたに訊ねています。
それは、衝撃ですか - あなたの頭脳とあなたの精神、
あなたの知識は、無価値であることを 発見することは、です。
あなたの検討すべて、 あなたの研究すべて、
何年も何年、幾世紀もかけて 自らが集めてきた物事すべては、
絶対的に値打ちがない。
私は、気が狂うのか。
なぜなら、私は、「神様!
私は、むだに これらをやってきたのか」と言うからです。
私の美徳、私の禁欲、 私の制御、あらゆる物事 -
その終わりに、あなたは、 それらは無価値である、と言います。
それが私に何をするかを、理解されますか。 あなたは、それが見えません。
|
|
48:59
B: まあ、全部のことが去るなら、 それは何の重要性もない、ということです。
|
|
49:13
K: なぜなら、あなたが 言ってきたこと -
すなわち、絶対的にあなたは 何の関係も持たない、ということですが、
あなたがしてきたこと、 してこなかったことは、
絶対的に何の価値もない。
理解されますか。
B: どの根源的な意味でも、ない。
|
|
49:39
K: そうです。
B: それは、相対的な価値を 持っています。
それは、一定の枠組みの内で、 相対的な価値だけを、持っています。
それ自体は、何の価値をも 持っていない。
|
|
49:52
K: ええ、思考は、相対的価値を 持っています。私たちはそこに、
|
|
49:55
それを固定してきました。 B: が、枠組み一般は、
|
49:58
何の価値をも、持っていません。 K: ええ。そのとおりです。
何であれ、あなたが地上でしてきたことは - 括弧付きです - 何の意味もない、と
基盤は言います。
それは観念ですか、現実ですか。
理解されますか。
B: ええ。
K: 観念とは、あなたは私に語ってくれた が、私はやはり、つづけていくのです。
闘争し、ほしがり、 手探りし、探求しているが、
それは、現実ではない - 私は、 自分がしてきたことすべての
無益さを、突然に悟る、 という意味で、です。
|
|
51:32
で、私は、よく気を つけなければなりません。
私が、「私」という言葉を 用いるとき、その意味は・
・・
私は、それが概念ではないことを、見届ける ように、よく気をつけなければなりません。
あるいはむしろ、私はそれを 概念、観念に翻訳しないで、
その打撃を、十分に 受け取るように、です。
|
|
52:28
私たちは、どこにいますか。
|
|
52:32
ムーディ: そうね、 クリシュナジ。数百年の間、
たぶん人類が存在してから、
人は、これを追求してきました - 自らが神や基盤と呼ぶものを、です。
|
|
52:46
K: 観念として、です。
|
|
52:47
ムーディ: 観念としてです。 多くの人々にとって、それはきわめて・・・
|
|
52:50
K: 知っています。 すべての人々にとって、です。
|
|
52:51
ムーディ: 私は知りません。 K: そうにちがいない。
|
|
52:52
ムーディ: 私は知りません。
|
|
52:54
が、ともかくそのとき、科学がやって きました。科学的精神がやってきて、
また、その精神へ、それは観念だけだ、 それは愚かなだけだ、と語りました。
|
|
53:03
K: いいえ、いいえ、いいえ。
科学的精神は、物質を 究明するのをとおして、
私たちはおそらく、基盤に出くわすだろう。
出くわすかもしれない、と言いますね。
B: ええ、多くの人がそのように感じます。
|
|
53:17
K: 多くが、です。
|
|
53:19
B: 或る人たちはさらに、頭脳を 究明しろ、とも付け加えるでしょうね。
|
|
53:20
K: ええ。出くわすように、です。
|
|
53:23
結局、それが、精神を究明するための、 彼らの目的です。
互いを吹っ飛ばすため、 銃砲とそれら、ではない。
彼らは、科学者として言います - 私たちは、良い科学者について、
話しています。
彼などのように、良い人です。
政府系の科学者ではなく、 良い科学者は、
「私たちは、物質を、 頭脳とそれらを、検討している。
これらを越えて、何かあるのか どうかを、見出すためだ」と言います。
|
|
54:00
ムーディ: 多くの人々、 多くの科学者は、こう言うでしょう -
「まあ、私たちは基盤を見つけた。
基盤は、空っぽだ。
空っぽであることだ。
それは、エネルギーであり、 人に無頓着である」と。
|
|
54:13
K: さて、それは、彼らにとって、 観念ですか。または、現実ですか -
すなわち、彼らの生活に 影響するものですか。
彼らの血、精神、 世の中との関係に、です。
|
|
54:25
ムーディ: 私は、それは本質的に、 観念だけだと、思いますね。
|
|
54:26
K: すると、すみません。 私は、それを通ってきました。
私は、一万年前に、科学者でした!
いえ、いえ。
よろしいですか。私は そのすべてを、通ってきました。
それが単に観念であるなら、私たちは どちらも、そのゲームをやれます。
私は、あなたへボールを送れます。
それは、あなたのコートにあります。
あなたはそれを、私に送り返せます。
あらゆる人が、それをやれますが、
私は、その種類のゲームを、 終了させたのです。
|
|
55:01
B: そうです。なぜなら、一般的に 人々が、物質について発見することは、
彼らに、深く、心理的に 影響するように、思われません。
|
|
55:09
K: ええ。もちろんです。
|
|
55:11
B: 彼らは、宇宙・万物の 統合を見たなら、
違った行為をするだろうと、
考えられるかもしれませんが、 彼らはそうしません。
|
|
55:15
K: ああ、神様。私は、 「すみません」と言うでしょう。
彼らは、ノーベル賞のために 競争するなどを、していないでしょう。
|
|
55:24
ムーディ: それは、彼らの生の 幾らかに影響してきたと、
言うことさえ、できるでしょう。
そうね、共産主義の観念全体は、
彼らが事実だと考える観念の上に、 築かれていますね -
すなわち、何であれ、それは 物質的な過程だけである。
その過程は、本質的に空っぽである。
そのとき、人は、自らの生を 組織しなくてはいけなくて、
人は、社会を組織しなくてはいけません - それら弁証法的原理に沿って、です。
K: いえ、いえ。
|
|
55:47
B: それは、何をも変化させないでしょう。
K: 弁証法的な原理は、一つの意見に 対立する別の意見であり、
意見の中から、真理を 見つけたいと、望むのです。
|
55:58
B: まあ、違いがあって・・・ 私たちは、これを
脇に置いておくべきだと、思います。
「弁証法」という言葉には、
違った見方、違った意味が、 あります。
K: もちろんです。
が、それはまた、実在を、 流れる動きと見る、という意味ですね。
物事を固定しないで、 物事を固定していると見ないで、
それらを、動きと相互関連の中で 見ることです。
でも、こう言えるのだろうと、 思います -
どのようにでも、人々は何とか それを見られようとも、
彼らがこの統合を見た後、 それは根源的に変化させなかった、と。
|
|
56:26
K: 彼らの生を、です。
|
|
56:27
B: (ソヴィエト・)ロシアでは、 精神の同じ構造は、
他のどこかとも同じく、保たれます。
悪くなっていないとしても、です。
どこでも人々が、これを 試してきたところでは、
それは実際に、根源的に、 彼らの感じ方と考え方と生き方に、
影響してこなかったのです。
|
|
56:48
ムーディ: そうね、私が 言いたかったことは、
基盤の追求の棄却が、 人々に対して、何も衝撃的な効果を
持っていなかった、ということです。 東の共産主義世界全体は・・・
|
|
57:08
K: いいえ、いいえ。私は興味が ありません。私は人々です。
真理を発見することは、私に、ものすごい 衝撃を、与えてきました - 観念ではない。
教会すべて、祈りすべて、 書物すべては、
絶対的に何の意味もないと、 発見することが、です。
私たちが、より良い社会を 築けるなどなどのように、
それらが意味を持つ以外は、です。
|
|
57:43
B: もしも私たちは、この点を 何とか秩序立てられるなら、
それらは、良い社会を築くために、
大きな意味を持つでしょう。
|
|
57:49
K: そうです。
そこから私は、社会を 創り出すのを、始めます。
|
|
57:53
B: ですが、この無秩序が 中心にあるかぎり、
私たちはそれを、 正しい形で使えません。
それらには、大きな潜在的な意味が ある、と言うほうが、
もっと的確だろうと、 思いますが、
それが中心に影響しないかぎりは ・
・・そして、
それがかつて、そうしてきた との印は、何もありません。
|
|
58:20
ムーディ: そうね、クリシュナジ、 私が理解しないことは、
人生において一度も、 基盤と呼ばれるものや宗教を
本当に追求したことがない人々が、 多くいる、ということです。
|
|
58:32
K: 彼らは、興味がありません。
|
|
58:34
ムーディ: まあ、私はさほど 確かではありません。
あなたは、そういう人物へ どのように、接近するのでしょうか。
つまり、彼はただ・・・
|
|
58:44
K: 私は、どの人物へ 接近することにも、興味がありません。
私が興味を持っている・
・・ 興味を持つ、ではない。
私がしてきたすべての仕事、 良い、私がしてきたことすべては、
価値がない、と 基盤は言います。
私は、そのすべてを落とせるのなら、 私の精神は、基盤です。
そのとき、そこから 私は動きます。
そこから、私は、 社会を創り出します。
すみません!
|
|
59:27
B: まあ、ええ。 知識の手段により、
どこかに基盤を 探しているかぎり、
あなたは じゃまをしていると、
言えるだろう、と思います。
|
|
59:45
K: それで、実地に戻ってくると、
なぜ人は、これをやってきましたか。
|
|
59:53
B: 何をやってきましたか。
|
|
59:55
K: ・・・知識を 蓄積してきましたか。
一定の区域での知識の 必要性は、別として、
なぜ、この知識の重荷は、 そんなに長く、継続してきたのですか。
|
|
1:00:08
B: まあ、それは、或る意味で 人は、知識をとおして、
堅固な基盤を産出しようと してきたからであると、
私は思うでしょうね。
知識は、基盤を創り出そうと してきました。
|
|
1:00:26
K: ああ!
B: それが、起きてきたことの一つです。
K: それは、どういう意味ですか。
|
|
1:00:29
B: それは、またもや 幻影という意味です。
|
|
1:00:30
K: それは、聖者、哲学者たちは、 知識において、知識をとおして
私を教育してきた、と いう意味です -
基盤を見つけるように、です。
|
|
1:00:41
B: まあ、私は、 見つけなくてはいけませんが、
実のところ、知識を使うことにより、 基盤を創り出すことさえも・・・
|
|
1:00:46
K: ええ、そうです。それは よくよく理解できます。
ですが、あなたは、Xは、 言います・・・
|
|
1:00:56
ムーディ: 或る基盤を創り出すために、 そして、前に或る面で仰ったのですが、
私たちは、人類の 諸々の社会において、
人類が、最も狂った迷信に捕らわれている、 これらすべての期間が、ありました。
そこでは、知識は、 それを取り除くことができました。
|
|
1:01:15
K: ああ、いいえ。
|
|
1:01:17
ムーディ: 或る程度は、そうでした。 K: ああ!
|
|
1:01:19
知識はただ、私を不具にして、真理が 見えないように、してきただけです。
すみません。
私はそれに拘ります。
それは私から、幻影をきれいに 払ってくれませんでした。
知識は、それ自体が 幻影なのかもしれません。
|
|
1:01:39
ムーディ: そうかもしれませんが、それは、 幾つかの幻影を、きれいに払ってきました。
|
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1:01:44
K: ああ、私は、自分が持つ幻影すべてを、 きれいに払ってしまいたいのです。
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1:01:49
幾つかを、ではない。誰が気にしますか。 ムーディ: それは違った問いです。
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1:01:51
K: 私は、民族主義について、 自分の幻影を、取り除いてきました。
私は、信念について、 幻影を取り除いてきました -
キリストについて、これについて、 あれについて、です。
何ですか。
その終わりに、私は、自分の精神が 幻影であると、悟ります。
すみません!
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1:02:24
そうね、私、千年間生きてきた 者にとって、それが、絶対的に
甲斐がないことを、見つけること。 それは、何か甚大なことなのです。
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1:02:35
B: あなたが、自分は千年や百万年の間、 生きてきたと仰るとき、
それは、或る意味で、 人類の経験すべては・
・・
K: ・・・私だ、と。
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1:02:43
B: ・・・私だ、という意味です。
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あなたはそれを感じますか。 K: 感じます。
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B: あなたは、それを どのように感じますか。
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K: 私は、それはまるで・・・そうね、 あなたは、何でも、どのように感じますか。
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いや、ちょっと待ってください。 お話しましょう。
それは、同情や共感ではない。
それは、私が 願望してきたことではない -
私は人類すべてである、 ということは、です。
それは、事実です。
私にとって、絶対的な、 取消不可能な事実です。
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1:03:29
B: ええ。おそらく、もしも私たちは、 その感じを分かち合えたなら、です。
それは、失われている歩みの 一つであるように、思われますね。
なぜなら、あなたは、それを、 全部の中のとても重要な部分として、
しょっちゅう 反復してこられたからです。
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1:03:39
K: それは、こういう意味です -
あなたが誰かを 愛しているとき、
何も・
・・何ですか。 「私」がないのです。
それは愛です。
同じように、私が、 私は人類であると、言うとき、
そうなのです。
それは、あの指に似ています。
それは、観念ではない。
それは、結論ではない。
それは、そうね、私の一部です。
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1:04:14
B: まあ、それは、私がそれらを 経てきたとの感じであると、言いましょう
- あなたが叙述されるすべて、 それら百万年を、です。
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1:04:23
K: ええ。なぜなら、人間たちは それらを、通ってきたからです。
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1:04:25
B: ええ。誰でもそれを 経てきたなら、
どこかで私もまた、 それを経てきたのです。
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1:04:33
K: もちろんです。 しかし、それに気づいていません。
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1:04:36
B: ええ。私たちは、分離します。
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1:04:41
K: 私たちは、自分たちの頭脳が、 私の特定の頭脳ではなくて、
幾千年をとおして進化してきた 頭脳であることを、認めるなら、です。
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1:04:52
B: ええ。なぜこれは、さほど容易に 伝達されないのかを、言わせてください。
あらゆる人が、自分の頭脳の内容は、 何らかの形で個別である、と感じます
- 自分は、それらを 経てきていない、と。
何千年も前の誰かが、
科学や哲学を経ていった、と しましょう。
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1:05:11
K: ええ。
さて、それはどう、私に影響しますか。
それが、明らかでないことです。
K: なぜなら、私は、この自己中心的な 狭く小さい独房に、捕らわれているからです
B: ええ。
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1:05:26
K: それは、 彼方を見るのを、拒否します。
B: それが、つづいてきたことです。
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1:05:29
K: ええ。
ですが、あなたがやってきて、 科学者として、宗教的な人として
私に、語ります - あなたの頭脳は、 人類の頭脳である、と。
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1:05:49
B: ええ。また、すべての知識は、 人類の知識です。
それで、何らかの形で私たちは、 すべての知識を、持っています。
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1:06:00
K: さもないと・・・ もちろんです。
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1:06:03
B: もちろん、 詳細において、ではない。
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1:06:07
K: で、あなたは、私に それを語ります。
私は、あなたが言う意味を、 理解します - 言語的に、ではなく、
知的に、ではなく、私は知ります - 知るのではない。
そうなのです。
ですが、私は、そうね、 民族性、国籍のような普通の物事を
あきらめてしまったときだけ、 そこに来ます。
B: ええ。私たちは、分割を あきらめてきました。
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K: ええ。
B: 私たちは、自分たちの経験は、 人類すべてのであることが、分かります。
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K: それは明白ですよ。
インドの最も未開の村に、 行きますと、
彼はあなたに、自分の問題 すべてについて、語るでしょう -
自分の問題、自分の妻、 子どもの不足、貧困について、です。
そして、ここに来ます。
それはまさしく、同じことです。
ここでは、ズボンをはいていて、そこでは 他の何かをはいているだけです -
キモノや何であっても、です。
Xにとって、それは、議論の 余地なき事実です。
そうなのです。
彼は言います - 「いいですよ。
このすべて、百万年の終わりに、
私は突然に、それが空っぽであることを、 発見するか、示されたのです。
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そうね、私たちは、 それを受け入れませんよ。
私たちは、あまりに利巧です。
私たちは、論争と議論と知識に 浸りきっています。
私たちは、単純な事実が、見えません。
私たちは、それを見るのを、拒否します。
あなたが、Xがやってきて、「それを 見なさい。
それはそこにある」と言います。
証明します。
即時に、思考の機構全体が、 始まります。
それで、彼らは、 「静寂であれ」と言います。
それで、私は、静寂を実践します。
私は千年の間、 それをしてきました。
それは、どこにも、 つながってきませんでした。
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で、ただ一つのことが、ある。
それは、私がしてきたことは、 役立たないと、発見することです
- それらは、灰です。
そうね、それで、 自らは憂鬱になりません。
それが、その美しさです。
それは、不死鳥に似ていると、 私は思います。
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B: 灰から生ずる。
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1:10:37
K: 灰から生まれる。
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B: まあ、或る面で、それは自由ですね? - それらより、自由であること。
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K: 何か全然、新しいことが、 生まれます。
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B: さて、あなたが前に仰ったことは、 精神が基盤である、ということです。
それは、 知られていないものですね。
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K: 精神ね。ええ。ですが、 この(特定の)精神ではない。
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1:11:15
B: ええ。でも、その場合に、それは 同じ精神ではない、ということでした。
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K: 私は、そのすべてを 通ってきましたが、
そのすべてを終わらせなくては いけない時点に、来たのなら、
それは、新しい精神です。
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B: ええ。
それは明らかです。
精神は、その内容です。
内容は知識です。知識なしでは、 それは、新しい精神です。
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K: 三人の魔女のように、 私たちはいつ、また会いましょうか。
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B: さて、あなたは何を、提案されますか。 火曜日の午後は、どうですか。
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1:12:00
K: 火曜日。いいですよ。
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