OJ82CNM4 - 健全な心とは

第4部 ボーム博士、ヒドレー博士、シェルドレイク博士との対話
カリフォルニア州オーハイ
1982年4月18日
テキストのみのバージョン
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0:10
【 心の本質 】
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0:23
~ 第4部 ~
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0:25
~ 健全な心とは? ~
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0:37
これはJ.クリシュナムルティと―
その他の人々による一連の対話です
これらの議論の目的は 心の探究です
心理的無秩序とは何か?
心の変容に必要なものとは何か?
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0:57
クリシュナムルティ氏は 宗教哲学者として
この問題に長年携わってきました
米国、英国、インドでは
小中学校を設立しました
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1:11
ディビッド・ボーム氏は倫理物理学者
英国のロンドン大学の教授です
倫理物理学などに関する本を
多数執筆しています
2人は以前―
様々な対話を行いました
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1:28
ルパート・シェルドレイク氏は生物学者
彼は最近『形態形成場』という仮説を
本の中で発表しました
現在 インドの国際作物研究所に―
植物生理学者の意見を
求めています
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1:46
ジョン・ヒドレー氏は精神科医
クリシュナムルティ学校に
過去6年間携わってきました
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1:57
最初の3部では 自己同一化の過程と
その影響に焦点を当てました
安心感への欲求が 基本的な分裂から生まれ
その分裂の中で 意識の中身が―
意識そのものから分離します
今回は まず注意の重要性からです
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2:21
分析とは何でしょうか?
観察とは何でしょうか?
そこには分析者と 分析されるものがいます
よって常に不和が持続されます
ゆえに葛藤が生じます
分裂が。
それが心理的自由に―
破滅をもたらす原因の一つです
この葛藤、分裂が。
分析は この分裂を持続させます
だが よく観察してみれば―
調べてみれば―
分析者は 分析されるものです
3:24
また同じ問題です
思考が分析者と 分析されるものを分離したのです
分析者とは過去であり―
多くの知識と情報を習得し
分析されるものの誤りを訂正して―
同調させますが―
彼が分析されるものなのです
このことを深く理解するならば―
心理的葛藤は終焉します
なぜなら そのとき 分析者と分析されるものの間に
境界はないからです
あるのは観察のみです
4:14
それが ボーム博士と私が 去年 長らく話し合ったことです
それを明確に理解したなら…
命令ではありません
これまで観察してきました
葛藤というものを これまで観察してきました
葛藤なしに 人生を生きることができるかどうかを
つまり支配者の不在です
それは非常に危うい質問です
不注意、注意の欠如があるところに
葛藤の全過程が生じるのです
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5:09
ええ わかります もし双方が 最大の明晰さを持っているなら…
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5:15
ええ 問題に 英知を与えることになります
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5:20
片方だけが明晰な場合は
どうなるのですか?
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5:25
では 男女の関係を例にして―
これを見てみましょう
あなたは完全に注意を払っています
彼女があなたを侮辱するとき
お世辞を言うとき
執着するとき
それらはすべて注意の欠如です
あなたが注意深くとも 妻がそうでないなら
どうなるでしょう?
また同じ問題です
来る日も来る日も 辛抱強く 彼女に説明して
共に調べるのか…
6:15
結局のところ 注意とは 多大な配慮、愛情を意味します
単なる内的な注意でなく
全身全霊の注意です
その結果 彼女は あなたと共に歩むことにし―
言わば あなた側に来るのか
それとも 自分にしがみつくのか
分裂し矛盾した状態に
それで どうなるのか?
1人は愚かで 片方は賢明です
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6:58
つまり常にそこには
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6:59
対立が生じます
愚かな者と賢明な者の間で
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7:09
そこでは賢明な方が―
愚かな者に余地を与えているのでは?
自由に調べることができるように
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7:24
しかし片方がそれを拒絶したら
関係はどうなりますか?
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7:31
‐なくなります ‐それまでです
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7:34
部族主義は根本的に ひどく有害なものです
あなたはそれを理解しています
あなたは即座に 理解したかもしれませんが
私はそこに至るのに 何年も掛かるとします
あなたは辛抱強く―
いえ…
あなたは配慮、親愛、愛を持てますか?
私の愚かさを理解するために
私は反発するかも
離婚するかもしれません
逃げ出すかもしれませんが
あなたは私に種をまいたのです
こういうことは 実際にあり得るのでは?
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8:43
はい
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8:45
興味深い話ですね
片方は即座に理解し―
もう片方は時間が掛かる
この注意の中での理解とは
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8:58
即座のものですよね?
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8:59
‐蓄積したものでなく… ‐それは理解とは違います
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9:01
だから もう片方は
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9:04
理解できないのかも
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9:09
あなたは理解していて―
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9:15
私が理解していないとき
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9:16
2人の関係はどんなでしょう?
意思の疎通ができません
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9:23
ええ
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9:25
言葉の上でも 配慮を持っても 大変難しい
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9:29
話が通じない
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9:31
私は常に反発し 自分を正当化します
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9:36
自分の考えを…
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9:38
自分が正しいと思っていることを
自分が生まれ育った国の考えを―
それを手放すのは危険だと思うのです
人に心が狭いと言われるかも
世論に頼っていると言われるかも
手放すのが怖いのです
だから固執します
そのとき2人の関係とは?
‐関係がありますか? ‐いいえ
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10:15
本当にそうでしょうか?
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10:17
伝えることはできます
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10:20
ええ そして 執着や性的な理由からではなく
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10:22
あなたが本当に 私のことを愛しているなら
関係を失う訳にはいきません
私が逃げたとしても
結び付きを感じるはずです
伝わったでしょうか?
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10:45
つまり相手が拒絶しても
放り出すべきではないと?
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10:50
ええ そして―
愛があるとき 非常に深い関係を―
あなたは築いているのです
私が拒んでも あなたには愛の責任があります
特定の人物だけにではなく
人類全体に対して
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11:22
どう思いますか?
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11:25
これ以上言うことは あまりありませんが
配慮や注意は重要な点だと思います
例えば 観察者と観察されるものや―
分析者の話では
注意の欠如によって
分離が生じます
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11:44
その通りです
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11:46
ですから心理的な問題を調べるときも
それと同じ姿勢でのぞむべきです
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11:56
配慮の姿勢ですか?
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11:58
今への配慮と注意です
いつもの癖で分析してしまい
それを非難するとします
“正しい姿勢ではない”と。
しかし まさに 今そこで起きていることに対して
我々は配慮と注意を 払わなければならないのです
そこに注意がなかったり
正しい注意でなければ
最初の段階で分裂が生じ
持続されるわけですから
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12:35
しかし家族や友人に対しては
そのような注意を払えるとしても―
見ず知らずの人に対しては?
大抵の人は ロシア人に会ったことがなく
ロシアの核兵器や脅威などに対して
恐怖を抱いています
そして 我々も核爆弾を―
持とうとするわけです
“ロシア人は恐ろしい”と。
つまり 面識がない敵に対しては
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13:15
‐どうしたら? ‐敵とは何ですか?
敵などいるのでしょうか?
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13:24
ええ 例えば―
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13:27
あなたに賛同しない者?
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13:29
決定的に 観念や―
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13:31
イデオロギーが異なる者?
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13:36
大抵 ロシア人は我々を恐れ
我々はロシア人を恐れます
それが原因で―
敵の立場にあるのです
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13:46
我々は依然として部族主義です
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13:50
ええ 確実に
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13:53
そこから抜け出しましょう
私がロシア人で あなたはそれ以外の出身だとします
私が この手の部族主義を 軽蔑しているとして
そのとき2人の関係とは?
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14:12
私はロシア人ではなく―
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14:13
1人の人間です
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14:14
多くの悩みを抱えています
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14:16
そして あなたもまた
悩みを抱えた人間です
ラベルではなく 人間なのです
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14:31
しかし ロシア人は―
このことを 認めないかもしれません
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14:35
ロシア人が我々を拒絶したら
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14:37
どうするんですか?
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14:43
どうしましょう?
いいですか
私は全人類の代表です
私が全人類なのです
実際に 私はそのように感じます
ただの感情の爆発でも ロマンチックな着想でもなく
私は全人類だと感じているのです
私は苦しみ 楽しみ あらゆる苦痛を経験します
あなた方もそうです
つまり あなたが全人類なのです
故に 多大な責任があるのです
そこで ロシア人、ドイツ人、 英国人、アルゼンチン人に会うとき
あなたは人間と接するのです
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15:49
つまり 大多数が部族社会で 政府や爆弾を備え
戦争兵器を持っている中で
散在する少数の個人が
部族主義を解消できると?
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16:03
もし世界中のあちこちにいる 100人の人間が―
実際に非部族的な姿勢を示せば
それはまるで―
暗闇の中の光となるでしょう
我々はそうしません
ただの理想主義的な着想に過ぎないと
断念します 皆 我を通すからです
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16:35
ええ
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16:37
ここで注意と集中の違いを
見極めておきましょう
集中とは 一つの事柄に 焦点を合わせることです
そして注意とは―
一つの事柄に焦点がないことです
それが注意です
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17:12
集中には目標があります
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17:15
目標、動機― それは限定的な行為です
私は本に集中しますが―
思考が窓の外に奪われ
何度も本に引き戻します
一方 もし完全な注意を
窓から見えるものに払うなら
その同じ注意をもって―
私は本を読むことができます
己の現状が見れます
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17:47
集中には支配者がいて
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17:54
思考を引き戻します
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17:58
注意には支配者がいないなら
それは単なる反応なのでは?
何であれ現状に対する…
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18:06
注意を払うなら 侮辱されても
その屈辱を記録することはありません
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18:20
その通りです
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18:23
あなたは私にお世辞を言います
“先日の講演は素晴らしかったです”
だから何だと言うんでしょう?
わかりますか?
これは更に難しい質問です
記録せずにいられますか?
必要な場合以外に
運転には記録が必要です
運転の仕方を習うために
仕事をするときなども 記録は必要です
しかし 心理的に記録する必要が?
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19:07
勝手に記憶されるのでは?
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19:11
記憶は選択的なものです
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19:15
我々が記憶するものは
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19:18
自分にとって―
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19:18
重要なことのように思えます
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19:24
しかし通常 注意を払っている中で―
何を記録し 何を記録しないか決めるなら
無意識とは言えないのでは?
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19:35
もっともです
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19:37
過去、集中、分析が原因なら―
無意識のものでしょうが…
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19:46
議論すべき問題がもう一つ
昨日 我々が言ったことですが 宗教、瞑想―
神聖なものについて
話し合うと言いました
神聖なものがあるのか?
思考によって神聖なものを創り出し
崇拝するのではなく… それは ばかげたことです
インドの寺院の象徴などは 彼らのイメージです
キリスト教の教会のように
イスラム教の寺院には
素晴らしい文字があり それもまた同じことです
それを崇拝するのです
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20:48
‐偶像崇拝ですね ‐いえ 思考がこれを創り出したのです
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20:52
思考がイメージを創り
それを崇拝するのです
何とばからしいことか
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21:06
ええ
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21:07
確かにそうですが
さらに洗練された信者なら
崇拝しているのは
思考のイメージではなく
それが指し示すものだと
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21:21
言うのではありませんか?
象徴とは―
現実のものではありません
では なぜ象徴を創り出したのか?
答えてください
超越したものがあるとして なぜ仲介物を創ったのか?
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21:47
これは特定の宗教の人々にとって
中核をなしてきた問題で
ユダヤ人は偶像崇拝に反対しています
イスラム教も偶像がありません
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22:00
‐けど彼らには… ‐文字はあります
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22:02
その通り
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22:03
文字は象徴の向こうにあるものを
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22:05
教えてくれるものです
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22:10
単なる象徴ではなく
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22:11
それは我々を支えてくれる言葉です
例えば あなたの言葉が
私を救ってくれるかもしれません
それを書き出せば 同じことです
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22:27
それで なぜ仲介するものが 必要なのでしょう?
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22:38
私はここに居て 神聖なものは―
向こうにあるからですか?
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22:44
質問に答えていません
仲介者が真実を理解していて―
それで私にそれを―
伝えているのでしょうか?
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23:03
見たことを伝えたいのかも
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23:06
ええ でもなぜ 通訳の役を買って出るのか?
なぜ仲介者になるのか?
『それ』と私の間の。
私は無知で苦しんでいます
『それ』より 悩みに対処しては?
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23:26
『それ』が悩みを解決するのです
仲介することで…
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23:31
その手口が 世界中の聖職者によって
使われてきたのです
聖職者は 太古の時代から
存在しますが
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23:47
人は悲しみから解放されてません
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23:48
百万年たっても苦しんでいます
何のために?
解放してください
恐怖から解放してください
身分、権力、地位が 欲しいのでしょうか?
他の人々と同じように
だとしたら かなり深刻です
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24:27
もし聖職者を
好意的に解釈するなら
彼らの中で最良の者が
詩的なイメージによって 超越したものを表せると
考えたのかもしれません
それによって 彼らは神聖なものを
指し示めそうとしているのです
恐らくは。
さて あなたはこのことを
無意味だと言うのですか?
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24:57
しかし なぜ現状を理解する 手助けをしないのですか?
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25:04
神聖なものを示すより
まず現状を見ろと?
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25:08
解放しなさい!
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25:10
ええ わかります
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25:14
誰も深く調べようとしないのです
常に 神や救済者、 ブラフマンといった話ばかりです
これがいわゆる宗教です
儀式は思考の産物です
素晴らしい建築物も 思考の産物です
教会、寺院の中にあるものも
すべて思考の産物です
そして それを思考が崇拝するのです
思考は神聖ではありません
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25:59
つまり思考を―
停止できるかと?
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26:03
できますか?
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26:05
思考は―
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26:08
イメージを創り
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26:09
我々を妨げます
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26:11
私が神聖なものを探していると
あなたが来て こう言います
“全部教えるから それを構築しなさい”
そして全て見失います
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26:28
思考の中に留まるわけですね
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26:30
つまり 思考は 神聖なものではありません
神聖なところなどありません
ただ思考が 己の創造物を崇めているのです
ええ
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26:49
それでは時間は
神聖ですか?
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26:54
もちろん―
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26:55
神聖ではありません
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26:57
永遠なものは神聖では?
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26:58
永遠なものを知るには 時間を止めなくては!
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27:01
それにしても微妙な問題です
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27:07
完全な注意が 自我を消滅した結果―
注意が思考になるかもしれません
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27:17
観念の上ではあり得ます
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27:19
観念を創り上げる可能性がある
‐危険ですね ‐あなたがこう言います
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27:25
ええ
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27:27
“完全な注意”と。
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27:29
その意味の深さを 私は把握していません
あなたは調べたので 言うことができます
私はそれを聞き 観念化して
その観念を追いかけます
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27:50
我々はいつもこの調子です
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27:51
ええ
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27:53
だから見失うのです あなたが言ったことは―
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27:54
観念ではなく…
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28:02
しかし我々は―
観念を追っていると思ってません
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28:08
もちろんです 我々は 何でも抽象観念に変換することに
慣れていますから
従って 理解することはできますか?
思考が行うことは 何であれ神聖ではないことを
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28:40
自明の理です
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28:43
はい 自明の理です
このような宗教に 神聖なものは何もありません
そうでしょう?
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28:54
いえ 言葉や建物自体は
神聖ではないですが それらを超越したものを
宗教は示しているはずです
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29:06
ええ
しかし それらを超越するためには―
まず 己を苦悩から解放し―
人間関係を 理解しなければなりません
もし 心の中に混乱があれば―
何の意味もありません
私は物質主義でも
他者を排除 しているわけでもありません
ただ 非常に遠くに行くためには
身近な所から 始めなくてはなりません
自分は大変 身近です
つまり己を理解することです
私は全人類です
私は個人ではありません
私の中に人類の本があり
私がその本なのです
もし それを読むことができれば
そのとき私は―
30:22
確かめることができるでしょう
本当に計り知れない 神聖なものがあるかどうかを
単に『それ』があると言われても―
それは私を救ってくれません
宗教は長年存在してきましたが―
救ってくれないどころか
あなたを現状から遠ざけます
従って もし神聖なものが あるかどうかを確かめたいなら
身近から始めることです
非常に身近なのは己です
そして己を恐怖から 解放できるでしょうか?
苦悩、悲しみ、絶望などから
自由があれば 山に登ることができます
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31:36
つまり 恐怖などを解消すれば
神聖なものが明らかになると?
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31:42
もちろんです それが本当の瞑想です
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31:51
我々の中で起きていること―
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31:54
ええ
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31:56
人間関係で起きていること―
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32:00
あなたと人々の間で
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32:01
それらに注意を払うことによって…
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|
32:05
それから以前 ボーム博士と話し合ったことですが―
自我の運動全体を洞察することです
それは回想ではありません
洞察とは 己を完全に理解することです
分析したり 審査したりすることなく―
完全に あなたの意識の中身すべてを―
即座に理解するのです
少しずつでは きりがありません
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32:54
分裂した断片ではなく
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32:56
分裂しているから 全体が見えないのです
言うまでもありません
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33:05
では 分裂せずにいられるでしょうか?
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33:06
何が分裂するのか?
この意識の混乱について―
昨日お話したわけですが…
ご覧なさい 誰もそれほど深く調べたくはないのです
まず 時間がありません 己の仕事に専念しています
己の職業、己の学問―
何であれ己がしていることに
そして誰もが “難しすぎる 難解すぎる―”
“実用的でない”と言うのです
己がしていることは 実用的であるかのように
軍備は実用的なことですか?
部族主義は―
お分かりでしょう?
では そこから前進しましょう
心の静寂とは 注意を払っている状態のことですか?
あるいは 注意を超えたものですか?
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34:38
“注意を超えたもの”とは?
説明してください
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34:48
注意とは―
意志による行為ですか?
“注意を払おう”
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34:58
いえ それは集中です
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35:01
では お聞きします そこに注意があるとき―
何らかの努力がありますか?
奮闘が?
“注意しなければ”
もう少し踏み込みましょう
注意とは何でしょう?
『勤勉』という言葉は 注意の中に含まれます
勤勉になることです 怠慢ではなく
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35:48
油断がないという意味ですか?
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35:52
ええ 油断がなく 非常に的確であることです
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35:58
本来の意味は『骨を折る』です
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36:00
その通り 『骨を折る』 つまり 配慮をすること―
愛情を持つこと すべてを的確に 秩序立てて行なうことです
反復的にではなく
注意は 思考の行為を必要としますか?
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36:33
分析者の行為は―
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36:36
必要としません
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36:37
故に 思考を必要としません
そして意志の行為も必要としません
意志が 心の中の分離や努力に―
関与している限り
注意は『何かに成る』という意味を
含みません 『成る』は―
人を現在から遠ざけるからです
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37:03
注意深くなることはできません
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37:07
それが何を意味するか 見てみましょう
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37:09
注意深くはなれません
注意の中には 時間がないからです
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37:21
『成る』とは時間を意味します
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37:22
注意中 時間は生じません
故に 注意は 思考の産物ではありません
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37:29
ええ
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37:39
その注意とは 心の静寂のことでしょうか?
それは健全で分別のある心―
整頓されていて執着がなく
自由な心、 最も健全な心のことです
そこでお尋ねしますが
その注意の中にあるとき 心は静寂でしょうか?
思考の動きはないですか?
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38:30
ないと思います
それはどちらかと言うと
存在している状態です
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38:43
『存在している』とは?
それはどういう意味ですか?
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38:50
『あるがまま』に在ることです
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38:53
『在る』とはどんな意味ですか?
『成る』の反対の表現ですか?
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39:02
‐そうです ‐それなら―
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39:04
それは反対語ではありません
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39:09
『存在している』とは やがて別のところへ行く過程の中には―
ない状態という意味です
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39:19
つまり 運動がない状態ですか?
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39:26
そうだと思います
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39:28
運動がない状態
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39:30
つまり それは―
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39:31
静的な状態ですか?
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39:35
いえ 動的な状態です
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39:37
少し分かりにくいです
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39:39
ここからそこへと動きません
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39:42
別の種類の運動であると?
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39:45
それを論じましょう
『存在している』とは―
そこに運動がない状態で つまり思考や―
時間といった運動が
ない状態のことだとして―
しかし一方
独自の活力があり
時間や思考ではない独自の運動が
あるものだとして
それが『存在』ですか?
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40:31
そうだと思います
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40:39
それは静かなものですか?
どうですか?
静寂には様々な形態があります
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40:53
そうでしょう?
無音ではないかもしれませんが
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41:01
ここで言う“静寂”とは
思考の動きが全くないことです
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41:09
それなら確かに静寂です
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41:12
ええ つまり心が 考えることをやめたのでしょうか?
というより 思考が 自分の居場所を見つけたので
それが故に―
もはや運動、おしゃべり、 指図をしないのでしょうか?
なぜなら支配者がいないからです
もし そこに 卓越した静寂があるなら―
それが永遠なるものです
探す必要はありません
それは作業でも
成し遂げるものでもありません
断食や儀式といった ばかばかしいことによって
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さて あなたはこれを聞いて―
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ある人からこれを聞いて―
そこに どんな価値が?
それで どうするのですか?
何か意義があるのでしょうか?
皆 自分の道を進みます
あなたは精神分析医で 私は私の道を進みます
言うべきことを言って そこで終わりです
次に何が?
誰かが現れて 通訳を申し出るのです
あなたは時間がないので 彼がすべてを
通訳するわけです
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そして術中に陥ります
常にこうです
太古の時代から 彼らは―
これを演じてきたのです
そして依然として同じままです
宗教は人類に何かしたでしょうか?
救っていません
非現実な架空の慰めを与えました
実際に起きているのは 殺し合いです
そんなわけで 始めましょう
健全な心とは何でしょう?
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囚われがなく…
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無傷な心 健全な心―
分別がある心 神聖な心
全て健全な心を意味します
それを議論しましょう
健全な心とは何でしょう?
世界は非常に神経症的です
精神分析医として 健全な心とは何かを
どう伝えますか?
誰も気にかけません
彼らはテープやテレビに耳を傾け
賛同はしますが 我が道を行きます
では どうしましょう?
第一 私は健全な心を 持っているのでしょうか?
それとも ただの想像でしょうか?
まったく執着がない心
自分の国、自分の観念に
すべてにおいて 完全に冷静で執着がない心
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つまり患者と話す立場なら
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まず健全な心が必要だと?
もちろんです
私が結婚しているとして
妻に執着する必要が?
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それが結婚というものです
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愛は執着ではありません
私は理解したのでしょうか?
健全な心は 愛してるが故に執着しないことを
それは可能でしょうか?
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とても簡単そうに言いますが 非常に難しいことに思えます
どこが難しいのですか?
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なぜなら あなたの話を聞いて
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これは大変素晴らしいと
健全な心を持ちたいと思います
なのにその後 健全な心の状態には
なれないことに気付くんです
意志の行為や欲望では この状態に入れないことを。
それは生じるもので 意志では起こせません
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その通り
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なら生じさせなくては
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では 調べてみましょう
あなたは尋ねます
なぜ健全ではないのか?
なぜ家に執着するのか?
妻、人間関係― 人間関係なしに生きることはできません
人生とは人間関係です
しかし人に執着する必要が?
観念、信仰、象徴― わかりますか?
執着の連鎖です
私の国、私の教祖、私の神
これらの一貫した執着から
自由になることが? もちろんなれます
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しかし欲するだけでは…
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いえ 執着の結果を見るのです
それに関与していることを
苦痛、快楽、苦悩、恐怖―
関与する全てを見るのです
そんな心は不健全であると!
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ええ 人はそれに賛同することも
己の執着を知ることも―
有害な結果を見ることもできます
けど本質的には解放されません
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もちろんです そこで全く違う質問が生じます
あなたは単に 耳の感覚器を使って聞いているのか
それとも実際に聞いてるのか
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質問がわかりますか?
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文字通り ただ聞いているだけなのか それとも 心から聞いているのか?
非常に深く聞くなら それは あなたの一部になります
どうでしょう
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通常そこまで深くは聞きません
条件付けによって阻止されます
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または聞きたくないのかも
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それもまた条件付けです
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確かに
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不本意なことです
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妻に“愛してるが執着はない”と言えば
“寝ぼけるな”と言われるでしょう
しかし もし健全な心を持つことの 絶対的な必要性を―
理解するなら―
そして それを求めるなら… 自分にだけでなく―
自分の子供、自分の社会にも…
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まさか それを人々に
説いて回れと?
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いえ 自分に求めるのです
なぜ自分の心は 健全ではないのか?
なぜ神経過敏なのか?
そして調べ始めます
熱心に観察し 注意を払うのです
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健全な心の絶対的必要性を
理解するにしても―
執着を持続することが
絶対的に必要であると
我々は条件付けられてます
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一概にそうとは言えません
心に問題があることを
多くの人が認識していて
変えたいと思っています
そして瞑想などの精神修行を
始めるわけです
しかし あなたは―
瞑想やチャクラなどは
すべて同じ類のものだと?
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ずっと前にやったことがあります
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ええ
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それらは ばからしいことです
それでは思考は止まりません
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止めるものもあるのでは?
私には効果がありませんでしたが…
修行が足りないのかも…
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では そうする代わりに
調べてみては?
思考とは何なのか
終焉できるかどうかを
わかりますか?
探究なさい!
これら4回にわたる議論の末―
健全な心を得ましたか?
混乱のない心を得ましたか?
もはや模索していない―
求めていない心を
どうですか?
なんと厄介な!
それはヘビを見て―
近づかないことと同じです
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内側から見れば 途方もなく深く―
困難な問題ですが
外側から見れば
ヘビの話と同じくらい
単純なことであると?
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私にはそう思えます
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涅槃や天国など要らないからです
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観察するだけです
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なぜ事実と違って―
深く見えるのですか?
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我々は皆 非常に浅薄なのです
でしょう?
それで満足すると思うのです
良い家、良い妻―
良い仕事、良い人間関係― 何も打破しません
それぞれが教会、モスク―
寺院に行き 現状を維持するのです
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つまり目を背けていると?
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もちろんです
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54:02
もし自らの部族主義に 目を向けていれば
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戦争をやめたはずです
しかし皆 目を向けたくないのです
わかりますか?
非情になるよう教育されます
詳しくは言いません
つまり 健全な心とは―
いかなる葛藤もない心です
つまり全体観的な心です
そこに神聖なものとなる 可能性があるのです
でなければ子供じみたことです
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