SA81T2 - 意識を変容させる学び

第1回公開講話
スイス、サーネン
1981年7月14日
テキストのみのバージョン
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0:25
私たちは、昨日、止めたところから 継続しましょうか。 一昨日でした。すみません。
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0:44
私たちはこう言っていましたね - 人間意識は、人間すべてに
同様である、と。
私たちの意識は、 私たちが東洋や西洋に 生きていても、
多くの層から作り上げられています
- (すなわち、)恐れ、心配、 楽しみ、悲しみ、
信念、あらゆる形の 信仰・
信条の(諸層から)、です。
そして、おそらく その意識の内容には、
愛、慈悲も またあります。
その慈悲から、 全然違った種類の 智恵が(あるの)です。
そしていつも、この終わることの 恐れが、あります - すなわち、死(の恐れ)です。
そしてまた、 世界中の人間は 記録なき時から、
探し求めてきました。
見出そうとしてきました - 思考すべてを越えた 何か神聖なもの、
何か腐敗不可能で、時がない などのものが、あるのかどうかを、です。
2:44
そしてまた私たちは、昨日 こう言っていました - 集団意識があるだけ ではない、と。
(例えば、)自らの意識をもった ビジネスの人々、 自らのをもった科学者たちと、
自らのをもった大工 などのように、です。
意識のこれらすべての 層や内容は、 思考の産物です。
思考は、とてつもない物事を 創り出してきました
- テクノロジー的に、 とてつもないコンピューターから
通信まで、 ロボットなど、外科手術、 医薬まで、です。
あなたがその種類の 医薬をお好きなら、です。 そしてまた思考は、宗教を 創案してきました。
4:05
どうぞ、怒ったり、辛抱できなかったり、 苛立ったりしないでください - 私たちが一定のことを指摘するとき、
私たちが、世界中の宗教組織すべては 思考により組み立てられた、 創案された、まとめられたと 言うときに、です。
そして思考は、 コンピューターを創案したのです。
私たちは、コンピューターの複雑さと 未来を、理解しなければなりません。
コンピューターは 思考において、人を 上回ろうとしています。
コンピューターは、社会の構造を 変化させようとしています
- 政府の構造を、 社会の構造を、です。
これは、 何か語り手の 突飛な結論ではなく、 何かの空想でもありません。
これは今、実際に進みつつありますが、 私たちはそれに、気づいていません。
5:41
コンピューターは、学べるし、 発明できるし、 機械的な知性を 持っています。
コンピューターは、 人間たちの雇用を 実質的に 不必要にしようとしています。
おそらく人間たちは、一日二時間、 働かなくてはいけないかもしれません。
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6:17
どうぞ、これらはすべて、 来つつある事実です。
あなたがそれを好きでなかろうと、 それに反逆しようとも、 それは来つつあります。
思考がそれを創案したのです。
人間の思考は制限されていますが、 コンピューターの 機械的知性は 人を上回ろうとしています。
で、そのとき、人間は何ですか。
これらに付いてきていますか。 これらは事実です。
語り手の、何か専門化した 結論ではありません。
私たちが一昨日、 指摘しましたように、 私たちは、幾人ものコンピューターの 専門家と、その他すべてへ、 話をしてきました。
それは、私たちの生に、全的な 革命を起こそうとしています。
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7:35
あなたが、その能力が何で あるかを、考慮するなら、そのとき 私たちは、自分自身に訊ねなくてはいけません。
人間は何をすることになりますか。
それは、頭脳の活動すべてに 取って代わろうとしています - そのほとんどに、です。
そのとき、頭脳には 何が起きますか。
理解されますか。 どうぞ、少しこれに付いてきてください。
彼らは、人間について 懸念しています -
人の職務は、コンピューターにより、 ロボットなどにより 取って代わられるが、
そのとき、人間はどうなりますか。
私たちは、組み立てられています。
むしろ、 私たちはプログラムされてきました - 生物的に、
知的に、情動的に、 心理的に 百万年をとおして、です。
私たちは、同じ様式を 何度も何度も反復します。
私たちが先日、指摘しましたように、 私たちは、学ぶのを止めてしまいました。
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9:26
私たちは、学びが何であるかの その問いに、入るでしょう。
人間の頭脳は こうもきわめて多くの世紀にわたって プログラムされてきましたが、
それは、学んで、 即時に自分自身を 全然違った次元へ変容させる 能力があるのかどうか、です。
私たちはその能力がないのなら、 コンピューターのほうが
はるかに有能で、はるかに急速で、 はるかに正確であり、 それは、頭脳の活動に 取って代わろうとしています。
どうぞ、これの重要性を 見てください。 これは、何か気軽なことではありません。 これは、きわめてきわめて深刻です。
10:19
絶望的に深刻です。 コンピューターは 新しい宗教を、創案できます。
それは、専門のヒンドゥー 学者により、プログラムできます - カトリックの人、プロテスタントの人、 イスラムの人によって、です。
それは、新しい宗教のすばらしい 構造を、作り出すでしょう。
私たちは、もし起きつつあることに まったく気づいていないなら、
私たちは、その新しいプログラム された構造に、従うでしょう - すなわち、コンピューターにより 差し出されてきたものに、です。
どうぞ、このすべての 深刻さを、見てください。
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11:18
で、私たちの意識は、 何千年に何千年もの間、 プログラムされてきました。
私たちは、条件づけられ、 プログラムされ、 配線されてきました - そのように表したいなら、です -
個々人として考えるように、 分離した実体として考えるように、です。
あなたが生まれた瞬間から死ぬまで 格闘し、格闘し、 抗争(する実体だ)、と。
私たちは、それにプログラムされています。
私たちは、それを受け入れてきました。
私たちは、けっして挑戦しませんでした。
けっして訊ねませんでした - 全的、絶対的に葛藤なく、生を
生きることが 可能であるのかどうかを、です。
私たちは、けっしてそれを訊ねなかったし、 ゆえにけっして、それについて学びません。 私たちは反復します。
12:31
葛藤の中にいることが 私たちの存在の一部である。
自然は葛藤の中にある - それが、私たちの議論です - そして前進は 葛藤をとおしてである、と。
それが、私たちが 何百万年の間、プログラム されてきたところのものです
そして、世界中の 宗教組織は、 この個人的な救いを 主張してきました。
私たちは、きわめて真剣に 問うています -
個人的な意識が あるのかどうか、 あなたが人間として、
残りの人類から分離した意識を、 持っているのかどうかを、です。
あなたはこれに、答えなくては いけません。それを玩ぶだけではない。
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13:50
私の意識とあなたのと、 もし私たちが個人へと育てられ、
プログラムされ、 条件づけられてきたなら、
そのとき私の意識は、 思考の活動すべてです。
恐れは思考です。
私たちは 今すぐそれに、入るでしょう。 楽しみの追求は 思考の動きです。
そして苦しみ、 心配、 不確実性、
深い後悔、損傷、
幾世紀もの 悲しみの重荷は、 思考の一部です。
思考は、このすべてに 責任があります。
私たちが愛と呼ぶものは、 官能的な楽しみ、
何か欲望されるものなどに なったのです。
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15:31
で、私たちは前回 ここで会ったとき、終わったように、
私たちは幾らか短く、 思考の動き全体と本性へ 入りました。
どうぞ、私たちが言いましたし、 私たちがまったくそれが 確かになるまで、何度も何度も
それを反復するであろうように、 私たちはともに考えているのです。
語り手はあなたに、何を 考えるのかを、語っていません。
彼は宣伝をしていません。
これは、怖ろしいものです - 宣伝は。
彼はあなたに、どう行為するのか、 何を考えるのか、何を信ずるのか などを、語っていません。
ともに、私たちは 究明しつつあります - 私たちの外側の世界で
起きつつある災禍を、 起きつつあるまったくの非情さ、 暴力、その他すべてを、です。
16:51
また内的に 各々の人間の中に、 進みつつある とてつもない葛藤をも、です。
ともに私たちは、検討しています。
ともに旅をしています - おそらく手に手を取って、です。
で、指摘してもよろしいなら、 あなたは単に
何か観念を、何か結論を 聞いているだけ ではないのです。
私たちは、結論、信念、 観念について、話していません。
私たちは、ともに この世界を、見つめています - すなわち、人間たちが 産出してきたものを、です。
私たちのみんなが、それに 責任があるのです。
で、初めに私たちは、自らの理解に おいて、明らかでなければなりません - その理解が、いかなる水準に あっても、です。
それが 知的な理解であっても - それは単に言語的です -
または、深い意義の 理解であっても、です。 そしてその理解は、行為します。
18:25
私たちは、そこで自らが決断を しなくてはいけない地点に、 来たのです。
意志の行使によって(の決断)ではなく、 自然に起きるであろう 決断です -
私たちが、自分たちの外側の 世界と内側の本性全体と構造を、 理解しはじめるとき、 (起きるであろうもの)です。
その知覚が、決断、行為を もたらすでしょう。
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19:10
ですね? 暑い朝です。
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19:20
で、初めにともに、 思考が何であるかを、 検討しましょう。
語り手は、思考が何であるかを、 何回も反復してきましたが、
毎回、私たちがそれについて話すとき、 あなたは、新しい何かを発見します。
あなたがともにそうするのでなければ - 語り手が言っていることを 単に聞くだけではない。
あなたは、ともにそうしているなら、 そのときあなた自身で、 思考の真理と意義と制限を、 発見するでしょう。
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20:13
思考は、私たちを取り囲む諸問題を 創り出してきました。
私たちの頭脳は、問題を 解決することへ、訓練され、 教育され、条件づけられています。
どうぞ、これを理解してください。
思考が、諸問題を 創り出してきました - (例えば)民族性の間の 分割のように、です。
思考は、様々な経済構造の間に、 分割を(創り出し)、ゆえに 葛藤を、創り出してきました。
思考は、様々な宗教を 創り出し、創案し、 それらを分割してきました。
ゆえに葛藤、抗争があります。
そして頭脳は、これら葛藤 - すなわち思考が創り出したもの - を、 解決するよう、訓練されています。
21:18
これらをご覧になるのかどうかと、思われます。 私たちは進んでいいですか。
私たちは、ともに この問題を理解しますか。
そして私たちが、 自らの考えることの本性、 自らの反応の本性を
深く理解するのでなければ - (反応)それは、私たちが考えることの部分です。
そして思考は、私たちの生を支配します。
私たちがいかなることをしようとも、 いかなる行為が起きようとも、 その行為の裏に、思考があります。
あらゆる活動は、 それが官能的な活動や 知的な活動であっても、
単に生物的な 物理的な活動であっても、 いつの時も、思考が 作動しています。
22:37
生物的に 幾世紀をとおして、それはプログラム され、条件づけられてきました。
身体は、自分なりに行為します。
呼吸しますが、
幾千年に幾千年をとおして 進化してきた頭脳
- それは、一定の様式へ プログラムされてきました。
それは明白です。
あなたがカトリックや ヒンドゥー教徒や仏教徒であるなら - それが何でも、です - あなたは それを、何度も何度も反復します。
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23:22
そして、先日 私たちが訊ねましたように、 思考とは何ですか。
なぜ思考は、私たちの生において こうもとてつもなく 重要になったのですか。
思考から生まれていない 行為が、ありますか。
私たちは、このすべてを 探究しなくてはいけません。
それはただ、 これらの質問をして、 他の誰かがそれに答えるのを 待つだけではありません。
誰もそれに答えようとしていません。
もしあなたが あなた自身に質問をし、 問いにおいて真剣であるなら、 あなたは様式を破るでしょう。
私たちは進みながら、お示ししましょう。 語り手はそれに入るでしょう。
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24:21
思考は時の動きです。
私はよく気をつけて、それに入るでしょう。
どうぞ、ともに それに入りましょう。
思考は 時と空間の動きです。
すなわち、思考は記憶です。
過去の物事を憶えていることです。
思考は 知識の活動です。
知識、すなわち、 何百万年に 何百万年にもわたって 集められ、まとめられ、
頭脳の中に記憶として 蓄えられてきたものです。
どうぞ、語り手は、頭脳の 専門家ではありませんが、
あなたは自分の活動を 観察するなら、
経験と知識が私たちの生の 基礎であることが、 分かるでしょう。
知識はけっして、完全ではありません。
それはいつも、無知と 相伴うにちがいありません。
26:15
重要性を見てください。 どうぞ、これを理解してください。 知識は、私たちの問題すべてを解決 しようとしていると、私たちは考えます。
それが、司祭者、 導師の知識であっても、 科学者や哲学者や、 最新の
精神科医のであっても、ですが、
私たちはけっして、問うたことが ありません - 知識はそれ自体が、
何かについて(の知識)ではなく - 違いを理解されますか - 知識はそれ自体が、私たちの問題の どれをも解決できるのかどうか、です。
おそらくテクノロジーの問題 以外に、です。 で、私たちはそれに、入らなければなりません。
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27:12
知識は 時をとおして来ます。
言語を学ばなくてはいけないなら、 あなたは時が必要です。
技能を学ばなくてはいけないなら、 あなたは、時を持たなければいけません。
あなたは、車を効果的に 乗りこなしたいのなら、 それについて学ばなくてはいけません。
それは時を必要とします。
あなたは、知識を持っています - どう運転 するのか、どう何かを巧みにするのか、と。
あなたが大工や 外科医であるなら、です。
または、コンピューターを組み立てるには あなたは知識を持たなければなりません。
それは、時を意味しています。
その同じ動きが - それは時の動きですが -
心理的な平野まで 持ち込まれます。
そこでもまた私たちは、 私は私自身について学ぶために 時を持たなければならないと、言います。
私は、そうしなければなりません。
「あるもの」から「あるべきもの」へ 私自身を変化させるために、 私は時を持たなければなりません。
28:46
テクノロジーの世界でと 同じ活動 - 私たちはその同じ動きを、 心理的世界まで 持ち込んだのです。
これらに付いてきておられますか。
それは、時が私たちの生において 大きな要因である、という意味です - 明日、 過去と現在が、です。
ですね?
で、時は思考です。
時は、経験をとおした 知識の取得です - 世界でそこにおいても、 内的にここにおいても、
時を必要とします。
それが、私たちが プログラムされてきたことです。
付いてきておられますか。
私たちは互いに少し 理解し合っていますか。
アンディアーモ(行きましょう)。
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29:57
で、人間の構造に 深い根源的変化をもたらすには、
時が必要であると プログラムされているので、 私たちは、思考を採用します。
すなわち、「私はこれである。
私はあれになるだろう」と。
技術の世界で 言われるだろうように、 「私はコンピューターの組み立て方を 知らないが、私は学ぶだろう」と。
で、時、 知識、記憶、思考 - それらは、単一体です。
それらは、分離した活動ではない。
それらは、単一の動きです。
そして思考は、時の(思考)であるので、 制限されているにちがいありません。
ですね?
31:13
思考は知識から出てきたもので、 知識は不完全なので、 思考は、永遠に不完全で あるにちがいありません。
ゆえに制限されています。
何でも制限されているものは、 葛藤を、もたらすにちがいありません。
民族性は、制限されています。
宗教的信念は、制限されています。
あなたがしてきた(経験)か、 あなたがあこがれている経験は、 制限されています。
あらゆる経験は - 私は当面それに入りたくありません。
それは錯綜しすぎています - あらゆる経験は、制限 されているにちがいありません。
聴衆: なぜですか?
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32:09
K: なぜなら、もっと多くの 経験が、あるからです。
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32:12
私は経験をするかもしれません - 性的に、です。
富を所有する経験、 あきらめて、 僧院へ行く経験。
それらはすべて、制限されています。
で、知識は制限されています。
それで、思考は制限されています。
思考は、制限されていて、 問題を創り出しています
- 民族的分割、経済的分割、 宗教的分割、 人種的分割を、です。
それは、世界で起きつつあり、 ゆえに、ものすごい葛藤、 抗争をもたらしつつあります。
問題を創り出しておいて、思考は「私は それを解決しなければならない」と言います。
33:10
それで、それはいつも、問題の 解消の中で、機能しています。
理解されますか。
これを 捉えられるのかどうかと、思われます。 私たちが何をしているのかを、見てください。
コンピューターは プログラムされてきましたが、 私たちみんなを、上回れます。
なぜなら、それは問題を持たない、 それは進化し、学び、動くからです。
私は当面、それに 入らないでしょう。
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33:53
で、私たちの意識は - 私たちはそれを、個人の意識として プログラムされてきました -
私たちは問うています。
その意識を あなたは個として 受け入れてきましたが、それは 実際には、まったく個ではありません。
私たちはともに考えています。
それに抵抗しないでください。 「私が個でないなら、何が起きる だろうか」と言わないでください。
何か全然違ったことが 起きるかもしれません。
しかし、私たちが、 果てしない時をとおして プログラムされてきたかぎり
- すなわち、私たちは個人である、 私たちの意識は個である、と。
そのとおりですか。
あなたは、巧みな個人の 訓練を受けるかもしれません - 特定の稼業において、 特定の専門職において、です。
あなたは外科医、医師、技術者、 などであるかもしれませんが、 それで、あなたは 個人になりません。
35:13
あなたは背が高い、低い、 黒い、白い、紫であるかも しれません。それが何色であっても、 それで、あなたは 個人になりません。
あなたは、違った名、違った形を 持っているかもしれませんが、 それで個人性になりますか。
または、受け入れです。
頭脳は、時をとおして、 「私は個人だ。
充足すること、なること、 格闘することが、私の欲望だ」 と言ってきました。
で、私たちは、そのいわゆる 個人的意識を、検討しています - すなわち、あなたの(意識)を、です。
その個人意識は 全人類の意識ではないのか どうか、です
- 医師、外科医、 それらとしての訓練を 別として、です。
お分かりになりましたか。
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36:25
私たちの意識、 あなたの意識は - それをあなたは、分離したと 受け入れてきましたが、 そのとおりですか。
そして、あなたの意識の 本性は、何ですか。
どうぞ、私たちが言いましたように、 ともにそれを見つめてください。
意識は残りの人類から 分離していると、 私たちは考えるのですが、
その意識は、 感覚的な応答です。
その一部は 感覚的な応答です。
そしてまた、 それら感覚的な応答は、
自然に、必然的に プログラムされています -
自分自身を防衛するよう、 空腹であるよう、 無意識的に呼吸するように、です。
あなたはこれをしています。
で、生物的に、あなたは プログラムされています。
38:02
それから あなたの意識の内容は、
多くの傷、 自らが子ども時代から 今まで 受けてきた損傷です。
多くの形の罪悪です。
私はゆっくり始めています。
私たちは それを、拡大しようとしています。
様々な結論、観念 想像上の確実性、
多くの経験 - 感覚的なのも、性的なのも、 他の形の 心理的な経験。
そしていつも、恐れの基礎、 根が、あります - 多数の形での(恐れの根)です。
どうぞ、私たちはともに それを見つめています - あなた自身の意識、 すなわち、あなたを、です。
恐れ、そして当然、 それに憎しみが、伴います。
39:47
恐れがあるところ、 暴力、攻撃が あるにちがいありません
- 成功したいとの ものすごい欲求が(、あるの)です。
物理的な世界においても、 心理的な世界においても 同じく、です。
恐れは、多くの要因を 持っています - 私たちは、 恐れについて話しているとき、 それに入るでしょう。
そして、楽しみの 常なる追求です - 所有の楽しみ、 支配の楽しみ、
金銭の楽しみ - それは権力を与えます
無量の知識をもった 哲学者の(楽しみ)、 サーカスをともなった導師の楽しみ。
楽しみは、またもや 無数の形を、持っています。
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41:04
それからまた悲しみ、痛み、 心配も、あります -
長続きする果てしない さびしさの深い感覚も、です。
いわゆる個人的な 悲しみだけではなく、
また、人類がもたらしてきた 甚大な悲しみも、です -
戦争をとおし、 放置をとおし、
一つの集団の人々を別の集団が 征服する、この果てしない、 感覚をとおして、です。
その意識には 民族的集団の内容が あるし、 究極的に死があります。
これが、私たちの意識です - 信念、 確実性と不確実性、
大きな心配、さびしさ、 悲しみの感覚と、 果てしない悲惨。
これは事実です。 そして私たちは、「この意識は 私のである」と言います。
42:46
そのとおりですか。
あなたは、極東や 近東へ行きます - インドやアメリカ、ヨーロッパへ、です。
あなたがどこへ行こうとも、 人間たちがいるところ、 彼らは苦しみます。
彼らは、心配で、さびしく、 憂鬱で、陰気です。
格闘しています。
葛藤。 あなたと同じ、 あなたと同様です。
で、あなたの意識は 他の人より異なっていますか。
それが人々にとって、とても 困難であるのを、存じています。
あなたは論理的にこれを、受け入れるかもしれません。
すなわち、知的に、言語的に、あなたは 「はい、そのとおりです。
そうかもね」と
言いますが、これを感じること
- あなた以外に人類はない、 あなたは残りの人類である、との
この全的な人間的感覚を、です - それは、大変多くの 敏感さを、必要とします。
44:20
それは、解決されるべき 問題ではありません。
それは、私は自分が個人でないことを 受け入れなければならないし、 私はどうやってこの地球的な人間の実体を 感じることになるのか、ということではない。
そのときあなたは、それを 問題に変えたのです。
そして頭脳は、すぐに問題を 解決するつもりです - 「これをしろ、あれをするな、 導師へ行け」と。
進んでいくサーカスすべてを ご存じでしょうが、 あなたが本当にそれを見つめるなら
- あなたの精神で、あなたの心で、 あなたの存在全体でもって、です - この事実に全的に気づいているなら、 そのとき、あなたは プログラムを壊したのです。
それは自然に壊れましたが、 「私がそれを壊そう」と言うなら、 あなたはまたもや、同じ様式へ 戻っています。
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45:24
これを理解されるのかどうかと、思われます。 私はもう一度、それをおさらいしましょうか。
語り手がそれを 反復することは、必要ですか。
いいえ。
どうぞ、これを受け入れないでください。 なぜなら、語り手はこれを感じるからです。
彼にとって、これはまったくの実在です - それが快いからといって、 言語的に受け入れる何かではない。
それは、 現実的な何かです。
そのとき、そのとおりであるなら、 それは論理的に、合理的に、 健全に検討されるし、 あなたは、そのとおりであるのを見ます。
しかし、この個人性の プログラムが 慣習となってきた 頭脳は、 それに反逆しようとしています。
あなたは今、それをしています。
すなわち - 聞いてください - すなわち、頭脳は進んで 学ぼうとしていません。
46:51
ですね? ところが、コンピューターは 進んで学ぼうとしています。
なぜなら、それは何も失うものがないからです。
ここで私たちは、何かを 失うのに、怯えています。
あなたがこれを理解しないなら、 私たちは、何度も何度も それに入られます。
が、世界の状況、 世界の災禍に直面している
真剣な人物 - (すなわち)テロ、原子爆弾、 民族、国家の間の果てしない 競争に(直面しているの)です。
それが、人間たちを破壊しつつあります。
それが、私たち一人一人を破壊しつつあります。
そしてあなたが、自分は 個人ではないとの真理を 知覚するとき、決断が来ます。
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48:13
で、頭脳は学べますか。 それが、論点全体です。
で、私たちは、学びが何であるかの この問いに、入らなくてはなりません。
理解されますか。
私のジャージーを脱いでもいいかと望みます。
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48:56
私たちのほとんどにとって 学ぶことは、知識を 取得する過程です。
ですね?
私はロシア語を知りませんが、 私は学ぶでしょう。
私は来る日も来る日も、学ぶでしょう - 学ぶ、記憶する、 一定の言い回し、言葉、 意味に、取りつく - 構文、動詞、不規則動詞、 その他すべてです。
私は専念します。
どの言語をも、 一定の時間の内に、学べます。
で、私たちにとって、 学ぶことは本質的に 知識、技能などの 蓄積です。
すなわち、 私たちの頭脳は、この様式に 条件づけられています。
知識を蓄積し、行為する。 ですね?
50:20
それが、私たちが知っていることです。 で、見てください。私たちは学んでいますか。
私は言語を学ぶとき、 学んでいます。
そこで知識は必要です。
が、私は心理的に 学んでいますか - 私の精神の、私の意識の 内容について、です。
そこで学ぶことは、その各層を 検討することを、 含蓄しています。
それについて知識を蓄積し、 その知識から、行為します。
他と同じ様式です - 付いてきておられますか。
。
そして私は、問うています。
それは、学びの一部だけです。
頭脳がこの様式を 反復しているなら - 言語を学ぶこと、
私の意識の内容について 学ぶことは、同様です。
なぜなら、私は時が必要だからです。
それは、私が私自身、私の意識に ついて知識を蓄積しつつある、 という意味です。
52:36
そのとき私は、問題が 何であるのかを、決定します。
そして頭脳は、すぐに 問題を解決するつもりです。
なぜなら、それは、問題を解決 するよう、訓練されてきたからです。
で、私は、この果てしなき 過程を、反復しています。
それが、私が学びと呼ぶものです。
ですね?
私はバカなら、 導師へ行きます。
彼は私に、何をするのか、何を しないのかを、語るでしょう - 「イニシエーションを受けろ」、 それらの続いていく戯れ言です!
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53:19
で、学ぶとは、どういう意味ですか。 理解されますか。 これではない学びが ありますか。
私たちは探究しています - どうぞ、「これより他の道は ない」と言わないでください。
または、「他の道を教えてくれ」とも、です。
ともに私たちは、それをしています。
で、あなたは、私から 学んでいません。
語り手は、あなたへ語る ことを、何も持っていません。
ともに私たちは、見ています。
これが、頭脳がプログラム されてきたところの様式です - いつも知識を 集積しています。
知識が、こうも驚くほど 重要になったのです。
私たちは、知識はそれ自体、制限 されているとは、言いません。
今、私たちは見出そうとしています - 違った学びの行為が あるのどうかを、です。
すなわち、知識の蓄積では ないものが(あるのか)、です。
違いが分かりますか。 これを理解されますか。
どうぞ、誰かが、はいか、 いいえを、言ってください。
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54:53
聴衆: はい。
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55:03
K: 違ったように表わさせてください。
経験、 経験から知識、
知識から記憶、 記憶の応答が 思考です。
そのとき、思考が行為します。
その行為から、あなたは もっと学びます。
で、あなたは、循環を反復します。
ですね? これが、 私たちの生の様式です。
彼は意図的にやっているにちがいない!
そして私たちは、言っています - その形の学びは、けっして
私たちの問題を解決しないでしょう、 なぜなら、それは反復であるからです。
もっと多くの知識、 もっと良い行為ですが、 その行為は、制限されている、 などです。
これを反復しつづける。
これは明らかです。
ですね?
その知識の活動は、 私たち人間の問題を まったく解決しないでしょう。
56:53
それはこうも明白です。私たちは それらを解決したことがありません。 二百万か五百万年の後、私たちは 自分たちの問題を解決していません。
私たちは互いに 喉元を切りつけ合っています。
私たちは、互いに 競争し合っています。
私たちは、互いに憎み合って います - ここで、ではない。
私たちは成功者になりたいのです。
様式全体が、人が始まった時から、 反復されつつあります。
私たちはやはり、そこにいます。
で、この様式は、問題を 解決したことがないのです。
それは明らかですか。
この様式に沿って、あなたが 何をしようとも、 人間の問題は 解決されないでしょう - 政治的にも、宗教的にも、 経済的にも、です。
なぜなら、作動しているのは、 思考であるからです。 ですね?
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58:00
さて、別の形がありますか - 私たちは当分、その言葉 「学ぶ」を、使うでしょう。
学ぶ - 知識の脈絡に おいて、ではなく、 違った形の 非蓄積的な行為です。
それをそのように呼びましょう。
いいですか。 理解されましたか。
非蓄積的な 知覚・
行為です。
で、私たちは、自らの意識の内容を 観察することが可能であるかどうかを
探究しなくてはいけません - 世界と私の意識を 単一の先入観もなく 観察することが(可能か)、です。
それは可能ですか。
「それは可能でない。私は先入観を どうやって取り除くべきか」と言わないで、 ただ質問をしてください。 あなたが先入観を持っているとき、 明らかに観察できるのか どうかを、è¦
59:26
明白に、それはできません。
もし私が、一定の結論、 一定の一組の信念、概念、 理想を持っているし、
私は、世界が何であるかを 明らかに見たいのなら、 すべての私の結論、 理想、先入観などは、 実際にそれを阻止するでしょう。
それは、私の先入観を どう取り除くのか、ではなく、 智恵をもって明らかに 見ることです -
すなわち、どの形の先入観も、 どれほど尊くても、醜くても、 どの形の先入観も、実際に知覚を 阻止するであろうことを、です。
あなたがそれを見るとき、 先入観は去ります。
なぜなら、重要なのは、 先入観ではなく、 明らかに見る要求であるからです。
ですね? 私に会っておられるのか どうかと、思われます。
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もし私が良い外科医でありたいのなら、 外科医についての私の観念と先入観 すべてでもって、私は 良い外科医にはなれません。
私は実際にそれをしなくてはいけません。
で、あなたは、見えますか -
すなわち、新しい形の行為、
新しい形の 非蓄積的な知識は まさに可能であることを、です。
ゆえに、様式を壊す。
プログラムを壊し、それであなたは 全然違った行為をしているように、です。
私は問いを明らかに出しましたか。
やれまあ、私は、それを明らかに出す ために、こうも格闘しています。
いえ、私は格闘していません。
すみません。 これは明らかですか。
すなわち、 私たちが百万年の間、 生きてきたさまは、
知識を取得し、 その知識から行為する 同じ過程の反復であったのです - (知識)それは、制限されています。
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その制限は、問題を 創り出しますが、 頭脳は、問題を解決することが 慣習となってしまったのです すなわち、知識が創り出してきたもの(問題)を、です。
で、それは、あの様式に捕らわれています。
どの形の学びも、それに もっと多くを付け加えることです。
そして私たちは、言っています - その様式は、けっして どの境遇のもとでも、私たち 人間の問題を解決しないだろう、と。
それはこうも明白です。
なぜなら、私たちは 今までそれらを解決しなかったからです。
違った、全然違った動きが、 なければなりません -
すなわち、非蓄積的な 知覚・
行為が、です。
そして、非蓄積的な知覚を持つことが、 先入観を持たないことです。
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絶対的に理想、概念、信仰を 持たないことです。 なぜなら、それらすべては 人を破壊してきたからです。
それらは、問題を解決 してきませんでした。
今や理解されますか。 あなたは今、そうなさっていますか。
さもないと、戯言をただ 聞くことは、的外れです。
あなたがそれをするのでなければ、 それは意味がありません。
あなたは年老いて、死にます。
あなたは、これらの会議に 毎年毎年、出席するかもしれません。
そうね、互いに会うことは すてきですが・・・
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で、あなたは、先入観を持っていますか。
あなたは、理想と何か共通のものを 持った先入観を、持っていますか。
もちろんです。
ですね? 理想は未来です - 達成されるべきものです。
そして理想は、 知識の過程において ものすごく重要になります。
で、あなたは、蓄積なく 観察できますか -
先入観の 破壊的な本性を、 理想、信仰、信念と、 あなた自身の結論と経験の (破壊的な本性)を、です。
あなたはこれをできますか。
「あなたはそれをしたのですか」と 語り手に、訊ねないでください。
さもないと、語り手は ここにいないでしょう。
で、どうぞ、これを理解してください。
集団意識があります - 私たちはそれに入りました。
私は無関係に話していません。
私は何かを指摘したいのです。
- 集団意識があります。
民族的な意識、 言語的な意識と、
専門職的な意識、 人種的な意識、
そして、恐れ、心配、さびしさ、 楽しみの追求、悲しみ、 愛、死 - そのすべてが 部分です。ですね?
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あなたが、その循環の中で 行為しつづけるなら、 あなたは、世界の人間意識を 維持します。
理解されますか。
それの真理を、ただ見てください。 なぜなら、あなたは、 その意識の一部であるからです。
あなたが、それを扶養するなら - 「私は個人だ。
私の先入観が 重要だ。私の理想が本質的だ」 と言うことによって、 です - よろしいですか。
「私の導師のほうが、 他の導師より良い導師だ」 などなどなどと、です - あなたは、同じことを 何度も何度も反復しています。
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さて、 その意識の維持、 扶養と養育は、
あなたがその様式を 反復しているとき、来ます。
あなたがそれを扶養しますが、 あなたがその意識を 断って離れるとき、
あなたは、その意識の全体へ 全然新しい要因を 導入しつつあります。
理解されますか。
どうぞ、これを理解してください。
彼らは実験しています。
語り手が先日、 指摘しましたように、 様々な形の集団意識 (の実験)を、です。
彼らはまだ、そこに来ていません。
一つの集団が、何かを 速く学んだのなら、 その集団に所属する動物たちは、 はるかに速く学びます。
なぜなら、 その集団の意識は 新しい要因により活気づいたからです。
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さて、私たちが自分たちの 意識の本性を理解し、
それがこの果てしなき循環の中で どう作動しているのかを、見るなら
- 知識、行為、分割などの(循環で)です -
その意識は、幾千年、 百万年もの間、 扶養されてきたのです。
もしあなたが、真理を見るとき - すなわち、どの形の先入観も、 このすべては、一つの形の先入観です - そしてそれを断って離れるなら、 あなたは、古いものの中へ 新しい要因を
私が言っていることを 理解されますか。
それはこういう意味です - あなたは 残りの人類である 人間として、
そして、あなたは その意識からですし、
あなたはその古い様式から 動いて離れられるのかどうか
- 服従、受け入れ、そうね、 それらの 古い様式から、です。
1:09:45
それが、私たちの生における 本当の転回点です。
なぜなら、人はこの様式を 反復しつづけられないからです。
それは、自らの意味を失ってしまいました - 生物的と技術的な世界 以外においては、です。
心理的な世界において、それは全的に 自らの意味を失ってしまいました。
あなたが充足するなら、何ですか。誰が気にしますか。
あなたが聖人になるなら、それが 何事なんですか。
よろしいですか。
ところが、あなたが全的に動いて あれを離れるなら、 あなたは、人類の意識全体へ 影響します。
いいです。私は止めました。
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