SA82Q3 - 質疑応答会合、第3回

質疑応答会合、第3回
スイス、サーネン
1982年7月27日
テキストのみのバージョン
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1:13
これが、最後の 質疑応答の会合です。
たくさんの質問が されてきました。
書きとめられてきました。
それらのすべてに答える ことは、不可能です。
もしも私たちが それらのすべてに
答えることに なったとしたなら、
たぶん私たちは来月末まで 座っているでしょうが、
あなたたちは きっとそれを
お気に召さない だろうと、思われます。
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2:09
私たちはなぜ質問を するのかと、思われます。
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2:19
私たちが、 私たち自身の中で
答えを見つけられないのは、 なぜですか。
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2:28
なぜ私たちは、他の 人たちに、依存しますか
- それが 心理学者であっても、
導師、教師と 呼ばれる人物であっても、
または、 語り手からでも、です。
なぜですか。
それは、私たちのみんなは、 導かれることが
こうも慣習化している、 ということですか。
私たちは、他の人たちから 助けを、探し求めます。
私たちは、指針を ほしがります。
私たちは、何をすべきかを 語ってほしい。
私たちは、 助けてほしいのです。
世界は、今そうであるように、 ますます混乱しつつあり、
ますます怖ろしく なりつつあって、
私たちは、誰かに私たちへ 語ってほしいか、
私たち自身と世界を理解する よう、助けてほしいのです。
そして私たちは 訊ねています -
他の一人からの助けが そもそも、ありますか。
すると、あなたはこう訊ねて いいかもしれません -
4:04
なぜ私たちは、ここに 座って、あなたに聞くのか。
他の一人から 助けがないのなら、
なぜ私たちは そもそも集まるのか、と。
理解されるかぎり、 私たちは、
助けられるために 集まりません -
その言葉(助けられる)の 普通の意味で、です。
また、語り手に依存したり、 頼みにしたりもしません。
私たちは、ともに 集まります -
どの権威の精神において、 でもなく、
私たちの問題へ或る種の 解決を探し求めて、でもない。
むしろ、会話するために ともに出会う -
私たちの生において本質的な 事柄へ、入るように、です。
それは、 二人の人々の間、
二人の友だちの間の 会話です。
5:20
その会話の中で、 一人一人が、
自分の問題を明らかに 見はじめています。
一人一人が 観察しています -
この会話の間に、 ともにこの究明の中で、
自分自身で明らかに 見はじめています
- 私たちが何であるのか、
私たちに何が 起きてきたのか、
私たちをこの現状へ 導いてきた原因は
何であるのかを、です。
そして、ともに 究明する中で、
私たちは、答えを 見つけるだけではなく
- それは、さほど 重要ではありません -
この生全体を 解きほぐす。
解き明かす
- その言葉を使って いいなら、ですが -
人類のきわめて 複雑な問題を、です。
私たちがよく気をつけて それを見つめるなら、
6:46
それは、花開きはじめます。 それは、拡大しはじめます。
それは、 爆発しはじめます。
そのとき知覚され、理解され、 生きられるものが何であれ、
それは、自らの智恵を もたらします。
しかし、他の人たちへ 依存することは、
流行になってしまった だけではなく、
またそれは、 多くの世紀にわたって
人の状態であったのです
- 司祭者、 占い師、透視者、
導師、心理学者 - よろしいですか -
「私たちがあなたを助けてあげ よう」と言う世界全体です。
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7:47
私たちを助ける人たちは、 私たち自身に似ています。
混乱しています。
むしろ、不幸せです。
彼らは、あなたと私に 似ています。
そして私たちが、 誰にも依存しないとき
- 文字通り、内的に、 立派なお方に依存しない。
それは、自分自身にとって 光である、という意味です。
自らは、間違いを するかもしれません。
私たちは、しばしば そうです。
正確でないことを します。
後悔。
もし私たちが、 それらの後悔を
来る日も来る日も 持ち越さないなら
- 正確、精密でなかった 出来事、
混乱をもたらしてきた 活動を、です。
もし私たちが それらを明らかに見て、
それらを即時に 終わらせるなら、
そのときあなたは、誰にも 助けを求めなくていい。
9:18
いいですか。 私たちは、こうしますか。
または、持ち運んで いくだけです。
私は混乱しています。
私は不幸せです。
私はこれに従ってきたし、 私はあれに従ってきました。
あの人物やあの個人に 聞いてきました。
そのすべての終わりに、 私はやはり迷っています。
私はやはり混乱していて、 不幸せです。
私がひと度、 誰にでも従うことは
大変破壊的であるとの 真理を、見るなら
- なぜなら、それは 自由を拒否するからです。
そして、自由がないなら、 愛はないのです。
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10:19
で、これらの問いに 答える中で、
私たちはともに、これらの 事柄に入ろうとしています。
語り手があなたを助けて いるわけではない。
語り手はあなたを 導いていません。
後生ですから、あらゆる人が これを悟らなければなりません
- 言語的にとか、 気軽にとかではなく、
きわめて、きわめて 真剣に、です。
心理的に、誰にも 依存しない。
私たちは、外的に 依存するのです -
外科医、医師など、です。
テクノロジーの世界では、当然 誰かに従わなければなりません。
しかし、そこでさえ、
あなたは単に、まねをし、 模倣し、順応しているなら、
そのときあなたは、 別の機械になります。
ところが、もしも 私たちが本当に、
私たちの心と精神から、 片付けられたなら -
外側から何も助けはない との実在、真理、です。
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12:09
それについて 不幸せでいないでください。
そのとき、自分の 条件づけが、見られます -
助けへの自分の些細な きわめて狭い欲望が、です。
私たちが入るであろう 要因の一つは、
外側の世界と 内の世界です。
それらは、二つの 異なった状態ですか。
または、満ちてきて引いて いく潮に、似ていますか。
世界は、あちらにあるし、 私たちは、ここにある。
二つの間には、 相互関係があります。
常に流れていき、流れて くることが、あります。
外と内との間に、
この明らかな確定的な 分割は、ありません。
それは動きです。
13:24
すなわち外ですが、私たちが 外を創り出してきました
- 悲惨、戦争、破壊、
残忍なこと、憎しみ、 敵対を、です。
私たちがそれを 創り出してきました。
それが、私たちが 生きるところの社会です。
その社会が、私たちを 形作りはじめます。
私たちに、何をするかを 語りはじめます。
私たちは、これに 捕らわれています。
で、分割はありません。
それは相互関係です。
ですね?
それがきわめて明らかなら - 分割がないことが、です -
それは、潮の 満ち引きに似ています。
ものすごい速度を もっていて、
それは、流れ込み、 流れ出ます。
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14:24
そこから、問いが 生じます。
これらの問いが、です。
それは ここに出されていません。
きわめて根源的な 問いです。
外から内へ、 そして内から外への
この動きです。
内は 心理的な動きです。
それが、外へ 影響します。
そして外は、心理的な 状態へ影響します。
この動きが 存在するかぎり、
私たちは、 この悲惨の循環、
この混乱の循環に 捕らわれるでしょう。
なぜなら、外側が私たちを 押しているからです。
大変多くの圧迫が 私たちに掛かっているし、
私たちはそれに 応答します。
15:21
付いてきて おられますか。
で、私たちは、きわめて 深刻な質問をしています。
すなわち、内から外へ、 そして、外から内へ
心理的な状態への この動きは、終わりえますか。
または、これは、 果てしなく
進みつづけなければ なりませんか。
質問を理解されますか。
どうぞ、考え、それを 見つめてください。
二人の友として、それを 考慮してください -
一緒にじっくり 話し合って、です。
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16:08
そのとき、この動きに 捕らわれていない
精神、頭脳の状態は、 何ですか。
それは、そもそも 可能ですか。
憎しみへ、憎しみで 応答しないことは、
そもそも可能ですか。
(憎しみで応答する)それが 内的に起きつつあることです。
混乱を創り出しておいて、 明瞭さを探し求める。
その明瞭さは 部分的です。
そのとき、またもや、外の 世界に捕らわれる、など、
行きつ戻りつ、です。
これは明らかです。
これが 私たちがしていることです。
これが、私たちの みんなにおいて
実際に起きつつ あることです
外へ応答します -
(外)それは、私たちが 創り出してきたのですが、
そのとき、外が私たちに 挑戦しています。
そして、私たちは それに応答します。
17:15
そうですね。
私たちの生の、このものすごい 機械的過程を、見てください。
この動きの停止が ありますか。
この動きからの自由が そもそも、ありますか。
そのとき、 それがあるなら、
これらの反復的な反応に 捕らわれていない
頭脳の性質は、何ですか。
付いてきておられますか。
私たちは、見出さなくては いけません。
それが何であるかを、 語り手が
あなたに語るのは、 何にもなりません。
あなたが、働き、見出し、 取り組まなくてはいけません。
そのとき、この過程、 この生き方を、理解するなら、
そして、あなたがきわめて きわめて深く探究するなら、
そのとき、自由が あります -
そこには、この慈しみ、愛 などの性質が、あります。
18:54
外と内との間に、この反応が 進んでいるかぎり、
愛はありえません。
いいですか。
それに入ってください。
もし私が、自分の導師としての あなたに、依存するなら、
そして、あなたは自然に 私に依存します。
なぜなら、あなたは私なしに 導師でありえないからです。
で、あなたは私に語るし、 私はあなたに応答します。
それが外です - よろしいですか - 同じ現象が進んでいますが、
どうして、この大いなる 愛の感覚が、ありえますか
- それは智恵ですが -
私があなたに依存し、あなたが 私に依存するとき、です。
理解されますか。
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19:57
で、もしそれが 明らかであるのなら、
もはや経験を要求していない 頭脳の状態は、何ですか。
外への応答、
そして、自分自身への 外の挑戦は、
時と経験の中での 常なる動きです。
ですね?
私たちは、目覚めるために 経験に、依存します。
経験は挑戦です。
ですね?
そして頭脳は、 すべての経験から自由で、
ゆえにすべての挑戦から そうでありえますか
- それがすべての時に、 目覚めているように、です。
理解されますか。
それが全的に、それ自体に とって光であるように、です
- 何の影もなく、です。
いいですね?
これは明らかですか。
あなたは働かなくては いけないでしょう。
あなたは自分自身で、それに 入らなくてはいけないでしょう
- あなたが興味を もっているなら、です。
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21:33
すなわち、 時の奴隷でない(頭脳)、
進化の過程の奴隷でない、
頭脳の性質が、 ありますか -
(進化)それは、時、 次第な接近です。
そして、頭脳は、 とてつもなく活きていて、
様々な形の記憶に捕らわれ ないでいられますか
- それで、全体的に 目覚めているように、です。
これは、きわめて深刻な 問いです - すなわち、
あなたがじっくり考え、入ら なくてはいけないものです。
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22:54
問い1: 「あなたが語られる 見ることと聞くことの中に」
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22:59
- そうですね。
私が語ること。
それは、「私たちが語る」 のではありません。
ゆえに私、語り手が次第に 権威になりつつあります。
それは 忌まわしいことです。
なぜなら、私たちは、 あらゆる種類の指導者を
持ってきたからです - 政治的、宗教的、
心理的、などの (指導者を)、です。
そして私たちは、これら すべての幾千年の終わりに
今いるところにいます。
で、どうぞ、
それは、語り手が言って いることではありません。
語り手は、私たちの問題を 言葉に表しているだけです。
彼は、そこにあなた自身が 観察している鏡です。
あなたは鏡です。
彼は単にそれを、明らかに 言葉に表しているだけです。
それですべてです。
もし彼が鏡であるなら、 それを破壊しなさい。
それを粉々にしなさい。
なぜなら、精神は、自由で なければならないからです。
で、それは、新たに、 新鮮に生きはじめます。
子どものようにいつも依存し、 依存し、依存するのではない。
私たちはみんな、 大人たちです。
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25:14
問い1: 「見ることと 聞くことは、
私たちが知っている同じ 見ることと聞くことですか。
またはそれは、新しい知覚の 目覚めを、含蓄していますか。
私たちはどうすれば、 そこへ思考がもっと微妙に
忍び込んでいなかったことを 確かめられますか。」
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25:40
「見ることと聞くことは」
- 私は、その、「あなたが語る こと」を、切り離しています -
私たちがみんな知っている同じ 見ることと聞くことですか。
またはそれは、新しい知覚の 目覚めを、含蓄していますか。
私たちはどうすれば、 そこへ思考がもっと微妙に
忍び込んでいなかったことを 確かめられますか。」
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26:12
さて、それを 見つめましょう。
Kがそう言う、 ゆえにあなたは
それを聞かなければ ならない、ではない。
それを見つめましょう。
私たちは、いったい 聞きますか。
または、きわめて 部分的に聞きますか。
私たちは何をも、いつ 完全に聞きますか。
あなたは、訊ねた ことがありますか
- 私はいったい 完全に聞くのか。
例えば、 ベートーヴェンを、です。
彼が言っていることを 吸収する
- それの美しさ、 それの活力、
あの音楽の甚大さ、それの 強さを(吸収するの)です。
または、あの音楽への 私たちの反応が
即時に来ますか - 理解されますか。
私はベートーヴェンの(歌劇) レオノーレを聞きます。
彼は私に(主人公が入れられた) 牢獄について、語っています
- 物語はご存知です。
私は それに入らないでしょう -
そして私は、情動的に 掻き立てられます。
私は、この情動を 楽しみます
私は本当に、あの音楽を 堪能していると、感じます。
27:56
ところが、情動的に 応答がないなら、
私は、彼が私に語りたいこと すべてを実際に吸収しています。
いいですか。
で、私たちはいったい そのように聞きますか。
音楽だけを、ではなく、
私の妻を、あなたの 友だちを(も聞くの)です。
私たちはいったい、そう 完全に聞きますか -
音調を捉えるように、
彼女が語りたいことの 微妙さを感じるように、です。
またはあなたは、「うん、私は あんたのことを知っている。
彼女は私にこれを、二十年間、 語ってきた」と、言いますか。
理解されますか。
声の微妙さ、音調を、 言葉の裏の感じを
捉えるように、聞く。
それは、あなたが 起きつつあることへ
実際に注意しなければ ならない、という意味です。
29:26
あなたがそういう 注意をするとき
- どうぞ、私とともに少し 行ってくれるでしょうか -
あなたが、そういう 注意をするとき、
記録することが ありません。
いいですか。
そうね、記録する ことがあるのは、
私たちが完全に注意して いないときだけです -
彼女の侮辱や彼女の励まし、 その他すべてを、記録する。
頭脳は 記録しています
- これは、 重要な問いです -
私は少しそれに入りましょう。
それは、なかなか面白い。
頭脳は記録しています。
それがその機能です - 生存するために、です。
いいですね?
言語、技能、
環境を理解すること、 安全を探し求めること、
それは、記録しなくては いけません。
30:41
あなたは、車を 運転したいのなら、
学ばなくてはいけません。
それは 記録することです。
そして、自分の友だちや妻が あれやこれを言うとき、
それは、記録されつつ ありますね。
記録は、イメージです。
雑音です。
その記憶は、(録音) テープの雑音ですが、
私がその人物を理解するのか、 聞くのかを、阻止します。
あなたがこれらに付いてきて おられるのかどうか、
私は知りません。
で、訊ねます。
外的に生きるために記録 することが、必要です。
心理的に何をも記録する ことは、必要ですか。
質問を理解されますか。
彼女は、何か言葉を言います - 私を傷つけることを、です。
その言葉は、記録され なくてはなりませんか
- その言葉の裏の 感じは、です。
32:11
そうであるなら、 分割が あります。葛藤があります。
醜さのその他 すべてが、続きます。
この問いを 理解されますか。
それは、実際に 起きつつあることへの
きわめて明らかな知覚を、 必要とします。
私は、自分の妻に 聞きます。
または、自分の彼女や、何に でも、または友だちに、です。
私は聞きます。
そして、その聞くのが こうも明らかで、精密で、
全体的に注意深いなら、 見出します。
その注意の中に、記録 することが、ありますか。
理解されますか。
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33:11
で、私たちがいう注意とは どういう意味ですか。
私たちは、ともに 働いていますか。
または、私が 話しているだけですか。
あなたたちはこれを すばやく捉まえません。
注意とは、あなたの エネルギーすべてを制限なく
焦点化する、という意味 ではないのでしょうか。
いいですか。
ところが、集中は、一定の 点へのエネルギーの制限です。
明らかですか。
私は、本に 集中します。
それは、私の注意を一定の語句へ、 ページへ焦点化すること、
他の思考を 注ぎ込ませないことです。
34:21
集中には、抵抗が あります。そうですね?
ところが、あなたが 完全な注意をするとき、
抵抗がありません。
抵抗があるところ、 障壁があります。
で、他の人物が侮辱したり、 へつらったりするとき
- へつらわれないほうが はるかに困難です -
そういう注意をもって どちらをも聞くには、
憤りを築き上げること、 積み上げることや、
受け入れることが、 ありません。
いいですか。
私たちは今、 これをしていますか。
さもないと、それは 何も面白くありません。
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35:19
で、質問者は 訊ねます -
思考の介入なく、 こうも明らかに
聞くことは 可能ですか。
すなわち、思考は 過去の記憶です
- 自分の友だち、 妻などについて、です。
思考をともなった その過去なく、聞くこと。
それで、いかなる記録もない ように、です - 心理的にです。
互いについて言い合う、 いかなる醜いことへも、です。
いいですか。
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36:17
さて、質問者は 訊ねます -
その注意には、新しい 知覚がありますか。
私は、質問者のために それを表しています。
私は、あなたが言っている ことへ、注意します
- 何の解釈もなく、
何の反応もなく、
何の抵抗もなく、です。
私は、あなたが言うべき ことを、聞きます。
そういう聞くことは、明白に 何か全然新しいこと、
何か全然、
何か制限されて いないもの、です。
それで、 思考の活動ではない
知覚がありますが、
それは、全的な観察、 注意の知覚です。
そして、観察されるものを、 花開かせ、動かせるのです。
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37:37
私たちはいつも、
何がされるべきかについて 物語をしています。
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37:44
いいですか。 それが私たちの定めです。
私たちは、けっして 物語を聞きません。
物語は 人類の歴史です。
世界の歴史書すべては、 人類の物語です。
人類は私です。
書物は、私へ、私自身に ついて語っています。
それは、私自身の 物語です。
さて、私は、あなたの助け なしに、物語を聞けますか。
理解されますか。
あなたが、「それをこのように 読みなさい。
気をつけてそれを
見つめなさい」、「私を導いてくれ 」と言うことなしに、です。
(そう言うなら)そのとき、 私は、あなたの奴隷になります。
38:40
ところが、私はこの人類の 歴史全体を読んでいます。
その人類は私です。
私は人類です。
で、私はあの物語を 見つめられ、それを聞けますか
- 唯一の動機もなく、
唯一、「これは正確である。
これは間違っている。
これは正しい」と 言うこともなく、です。
それ(を言うこと)は、私は 物語を聞いていないのです。
私は、物語が何である べきかを、語っています。
いいですか。
で、あなたがそう 注意深いし、聞くとき、
そのとき、全的に新しい 知覚が、あります。
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39:37
問い2: 「あなたは、新しい世代を もたらすことについて語ります。」
- あなたはそれを望みませんか。
私はそれについて語ります。
「これは自己を変容させる個々 人により起きるのでしょうか。
それは不可能に思われます。
ほんのわずかな人の この変化は、
全的な人間意識に 影響できますか。」
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40:06
「新しい世代を もたらすことが
必要であると、 言われます。
」
新しい世代をもたらす ことが、必要である
- あなたは語る、ではない。
私はそれを変更しました。
「これは自己を変容させる個々 人により起きるのでしょうか。
それは、ほぼ不可能に 思われます。
または、ほんのわずかな 人の変化は、
全的な人間意識に 影響できますか。
」
いいですか。
質問を 理解されましたか。
もし質問者が、 私たちの会話において、
あなたたちの一人が この点を持ち出すなら -
新しい世代が必要である、 と。
明白です。
教育などに依存します。
41:25
それは、ほぼ 不可能に思われます -
あらゆる人間が変化する ことに頼ること、
新しい社会、新しい文化、
新しいこれを もたらすことは、です。
それがほぼ不可能に 思われるので、
わずかな人々の変容は
- すなわち、 あなたと私、
わずかな人々が、です。
エリートが、ではありません。
ああ、私たちがなぜその 言葉「エリート」を
使うのを恐れるのか、 私は知りません。
わずかな人はエリートです - いつも、です。
それらのわずかな人は、 人類の
意識全体に影響するの でしょうか。いいですか。
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42:23
科学者、生物学者などは
その問題を究明しつつ あると、私は思います -
動物たちの一つの 集団について、です。
その集団に変化が あるなら
- 一つのネズミや一つの オオカミの(集団)ですが -
それは、集団意識全体に 影響しますね。
彼らは、それを 実験しています。
私たちは先日、 一定の科学者たちと
それについて 話していました。
すなわち、
一定の種(しゅ)の集団 - 例えば、オオカミ、
様々な他の動物の 集団のように、です -
もしその集団の中で 一定の実験をするなら、
それは、他の者たちの 全体に、影響します。
あなたがニホンザルを
見たことがないのか どうか、私は知りません。
一匹のサルが、偶然に 芋を洗いました。
または、彼が食べようとして いたのが何であっても、です。
そのとき、それは 全体に影響しました。
他の集団も、同じことを しています。
43:58
あなたがそれを見た ことがあるなら、です。
で、問いはこうです - 理解されますか。
これを理解することは とても重要です。
もしあなたが 人間として、すなわち、
人類の全体の代表である ものとして、ですが、
なぜなら、あなたの意識は、 あらゆる人間の
意識であるからです - 彼らの格闘、痛み、
心配、さびしさ、不幸せ、 苦しみとともに、です。
それが、 あなたの意識です。
それは、あなたのでは ありません。
それは、人間の意識です。
すなわち、 人間としてのあなたは、
人類すべての代表です。
それは、 驚くべき真理です。
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44:51
さて、もしあなたが 本当に変容するなら、
自然にあなたは、人間意識の 全体に、影響するでしょう。
世界の、偉大な 殺し屋すべて、
いわゆる戦士たち
- 私は、これらを 説明しなくていい -
世界を征服しようとした 戦争指導者たちは、
チンギス・
ハーンから 現在まで、
彼らは、人の意識に 影響してきました。
いいですか。
明白です。
あなたと私は、戦争を してきませんでしたが、
戦争は、人類の意識に あったのです
- 殺すこと、殺すこと、 殺すことが、です。
クジラや、赤ちゃん アザラシだけではなく、
互いに殺し合う。
46:11
それが、私たちの 意識の一部です。
さて、あなたが、 殺すことは
忌まわしいことで あるのを、見るなら、
- つまり、それは、何か 不浄なことである、と -
そしてあなたは、あえて、 殺すことに加わりません。
私はカリフラワーを 食べるとき、
殺さないのかと、 言わないでください。
私たちは、カリフラワーや トマトについて話していません。
私たちは人間が互いに殺し合う ことについて話しています。
あなたが、人間として、
- すなわち、 全人類ですが -
あなたが根本的に 変化するとき
- 変化する。
新しい髪では なく、深みで変化する -
そのとき自然に、あなたは 人類に影響します。
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47:22
で、その問いから 生じます -
あなたは人間として、それを しようとしていますか。
または、来る日も来る日も 来る日も、ただ続けていく。
同じ古い様式が 反復されていき、
「戦争はいったい終わる だろうか」と言うのか。
そうね、それが 私たちの問題です。
あなたが戦争を終わらせる なら、戦争は終わるでしょう。
で、一つの集団の人々が
- 一つの集団の人々が いることを、私は望みます -
自らの心すべてでもって、
世界にそういう人々がいる ことを(望むの)です。
そして、彼らが 変容するなら、
それは、人間意識の 全体に、影響します。
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48:33
問い3: 「私は、霊的な 指導者に従ってきましたし、
それは、私を 助けてきたのです。
しかし、あなたに 聞いた後、
あなたが言うことは 正しいと、感じましたし、
私は自分が従っていた気の毒な 老いた導師を去ったのです。」
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48:49
彼はそう言いません。
すみません!
「あなたに聞いた後、
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49:09
あなたが言うことが 正しいと、私は感じたし、
私は、自分が従っていた 導師を、去ったのです。
今、私は、指導なく 迷った感じです。
あなたは、何と 仰りますか。
」
すみません!
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49:53
そうね、 西洋の世界では、
信仰が、きわめて 重要になったのです。
ですね?
信仰、信念が、です。
西洋の宗教的な 構造の中で、
信仰、信念は、
宗教の中心的な要因で あったのです。
ですね?
そして、懐疑、 疑いは、
忌み嫌われるもの、 呪いであったのです。
もしも、私が、 キリスト教の中で、
特定の宗派に所属して いて、疑ったなら、
それは 崩壊するでしょう。
いいですか。
ところが、 東洋の世界では、
疑い、問いは、真理を 探し求めている弟子の
必要条件の一つで あったのです
- 真理を探し求めている どの人でも、です。
その疑い、問い、探究は、 強調されてきました。
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51:48
さて、私たちのほとんどは、 かなり騙されやすいのです。
いいですか。
私は、身構えます。
一定の衣を着ます。
そして私は、 「私があなたに教えよう。
私があなたを助けよう」 と言います。
そして、あなたたちは 私のまわりに、群がります。
あなたは、私に 問いません。
あなたは、「あなたはこれを言う どういう権利を持っていますか。
私に語るあなたは 誰ですか」と言いません。
よろしいですか。
探究、問うこと、
挑戦することが ありません。
私たちはみんな、こうも 騙されやすいのです。
そしてあなたは、誰かがやって きて、こう言うのを、聞きます
- 「ごらん。
従わないで、 あなた自身を見つめなさい。
あなた自身について学びなさい。
それはすべてそこにある」と。
あなたはインドやジャマイカ へ行かなくてもいい
- または、それが どこであっても、です。
おそらくバルバドスのほうが すてきかもしれません。
もっと暖かい。
53:02
あなたはそこに行くし、
このすべてのサーカスが 進みつつあります。
そしてあなたは、 あの罠に、陥ります。
そのとき、何年も 過ごした後、あなたは、
「神様。
これは間違っている かもしれない」と言います。
誰かがあなたに、それは 正しくないと、語ります。
そして、あなたは 捕らわれています。
理解されますか。
あなたは、けっして 問うことから、
疑うことから 始めません -
他の一人の権威を 疑うことから、です。
長年の間、あなたは、 彼が言ってきたか、
彼女が言ってきたことに 従ってきました。
そのときあなたが 来て、私に語ります -
「ごらん、それは すべて間違っている。
それはすべてそこにある - あなたが見つめるなら、
あなたが、 その書物、すなわち
あなた自身をどう 読むかを、知るなら、と。
あなたは、自分の街を離れて、 はるか遠くへ行かなくていい。
それはそこにある。それは、 あなたの心と精神にある。
54:18
あなたは、 「私は読めない。
どう読むのかを私に教えて くれ。
」と言います。
そのとき、あなたは 捕まっています。
そうですね?
で、始まりから、 まさに最初から、
心理的に、霊の事柄には 何の権威もありません。
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54:56
そして、自分は迷って います。そうですね?
混乱しています。
さて、あなたが 迷っているとき、
自分が迷っているのを 見つめてください
- 理解されますか - それを見つめてください。
「私は混乱しています。
助けてください」と言って、
去らないでください。
混乱してください。
混乱を探究してください
- なぜあなたが混乱 しているのかを、です。
あなたが、 混乱しているから、
あなたは、自分の外側の 誰かを、受け入れてきたのです
- あなたを導こうと している人を、です。
ですね?
しかし、あなたが 誰にも頼らないなら、
そのときあなたは、 あの、とてつもない豊かな、
あなた自身の機器を 見つめています。
いいですか。
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56:11
で、訊ねはじめます - 混乱とは何ですか。
どうぞ、ただ聞いてください - 混乱は明瞭さの対極ですか。
いいですか。
もし明瞭さが、混乱の 対極であるなら、
そのとき、対極 - あなたが 明瞭さと呼ぶもの -
もまた、 混乱しています。
しかし、あなたが混乱を終わら せるなら、明瞭さがあります。
しかし、私たちは、
混乱をどう終わらせる のかを、知りません。
なぜなら、私たちはそれを 見つめないからです。
私たちは、それから 逃げ去ります。
私たちは、なぜかを 究明して見ません。
私は執着しています。
私は依存しています。
私はこれです。
私はあれです。
ゆえに、それは、混乱を もたらしつつあります。
いいですか。
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57:27
問い4: 「生において何か 神聖なものが、ありますか。
私たちのみんなが、それへ 来ることは、可能ですか。
これは神ですか。」
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57:42
「生において何か神聖な ものが、ありますか。
私たちのみんなが、それへ 来ることは、可能ですか。
これは神ですか。」
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58:05
まず第一に、
私たちは、何が神聖で あるかを、知りませんね。
私たちは、実際に 知りません。
私たちは、何か神聖と 呼ばれるものを崇拝します
- 教会で、モスクで、 寺院、神殿で、です。
私たちは何かを 崇拝します -
象徴を神聖だと呼んで、 その象徴を、です。
私たちはそのために 祈ります。
私たちはそのために 跪きます。
などなどです。
何が神聖なのですか。
思考は、このすべてを 組み立ててきました -
私たちが崇拝する象徴を、
私たちが崇拝する 人物像を、
聖者などなどの様々な 範疇を、です。
それらを、思考が 創案してきたのですね
- 儀式、教義、信念、 信仰を、です。
59:25
さて、何か神聖なものがある のかどうかを探究するには、
探究しなくては いけません
- 思考は、このすべてを 創り出してきましたが、
(思考)それ自体は 神聖ですか。
思考は神聖ですか。
それに答えてください。
思考は、戦争を 創り出してきました。
人々を、人種、集団、 宗派へ、分割してきました。
そうですね?
思考は、安全を望んで、この 分割を創り出してきました。
思考は世界へ、甚大な破壊を もたらしてきました。
思考は、爆弾を 創り出しつつあります。
思考は、あなたを あなたの妻より、
あなたの友より 分割します。
思考は「私が重要だ。あなたが ではない」と言います -
1:00:42
「私は進まなければ ならない」と。
それらすべてが、 思考の活動です。
ですね?
それらすべての活動は 神聖ですか。
明白です。
それらが そうでないことは、
こうも明白です。
ですね?
思考は、神を 創り出してきました。
あなたはこれを 受け入れないでしょう。
思考が、あの神の観念へ あらゆる種類の属性を
付与してきました
- 全知だ、遍在する、 すべてを愛する父親だ。
そうね、それらの事柄です。
もしも神が 存在していたなら
- それは、原因なしで なければなりません -
そのとき、もしも彼が 私たちを創り出したのなら
- いいですか。
あなたが その問いに答えるのです -
彼は、最もとてつもない実体 であるにちがいありません -
私たちを創り出す、私たちを 悲惨にするとは、です。
1:02:03
で、思考が 創り出してきたものは、
何も神聖なものが、 ないのです。
いいですか?
それが 明らかであるなら
- それはこうも論理的で、 こうも絶対的です -
そのとき、私たちの生に、 生きる中に、
何か神聖なものが ありますか。
神聖なものを達成するとか、 それに近づくとか、ではない。
いいですか。
これを理解することは 重要です。
神聖なものを達成するか、知覚 するか、それに近づくことは、
神聖なものが そこにあるし、
私はそれに近づかなくては いけない、という含意です
- 私は、良い振るまいを とおして
それを達成しなくては いけない。
これをとおし、 あれをとおし、
犠牲、その他すべてを とおして、です。
またもや、思考が
どんなごまかしをするのか、 お分かりですね。
1:03:13
それは、何かをあちらに 投影してきたし、
「それは神聖である。
私はその ために働こう」と言います。
いいですか。
で、重要なのは、何か神聖な ものがあるのかどうかではなく、
思考のものすごい微妙さを 見ることです。
いかに思考がいつも、何かを 投影しているのか -
もっともっと良いもの、 もっと尊いもの、
もっともっと多くを、 です。
一つの形の達成です。
すなわち、この世界で 私は事業部長です。
究極的に、私は社長に なります。
いいですか。
それは、同じ精神性が 持ち越されたのです。
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1:04:14
で、思考は、自身の 制限を悟られますか。
思考に対して、あなたは制限 されていると言うのではない。
それはまたもや、思考が 言っているのでしょう。
思考の活動こそが 制限されているのを、悟る。
そのとき、何か神聖な ものが、ありますか -
思考により組み立てられて いないものが、です。
理解されますか。
私たちが思考の本性を きわめて深く理解するまで
- それは、自らの所を 持っていますね。
私は、自分の 英語を使うには、
思考を使わなければ なりません。
私は、ここから あちらへ行くには、
思考を使わなければ なりません。
1:05:21
で、思考は砕けた断片 であるのを、悟る -
その断片は、永遠のもの、 名のないものを、
構想するかもしれません。
それはただの概念です - 思考 自体により投影されています。
ところが、あなたがよく気を つけて注意深くそれに入るなら
- 思考は 自らの所を持つが、
他の所を持たない ように、見届ける。
すなわち、心理的な蓄積の 記録することがないのです。
記録は、蓄積です - それが、「私」です。
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1:06:21
で、きわめて深くこれを 探究し、
あなた自身で 見出さなくてはいけません。
もし語り手があなたに、何か 神聖なものがあると、語るなら、
それは、こうも ばからしくなります。
しかし、あなた自身が、 人間として、
すなわち、残りの人類 としてですが、
あなたがこれに 真剣に入るなら、
そのとき、有るものである ものが、あります。
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1:07:17
問い5: 「私は、 自分の子どもたちに、
今日の世界のために どんな準備をしてやれますか。
教育の意味と焦点は、 何であるべきですか。
」
よし。「私は、 自分の子どもたちに、
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1:07:36
今日の世界のために、どんな 準備をしてやれますか。
教育の意味と焦点は、 何であるべきですか。」
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1:07:55
私たちはみんな、何のために 教育されつつありますか。
答えてください。
みなさんは、きわめて よい教育を受けた人々です。
あなたたちは、たぶん専門校、 大学へ行ったのでしょう。
様々な主題について、
たくさんの情報、 知識を集めてきました。
あなたはたぶん特定の科目を 専門にしてきたのです。
そして、技術者、 心理学者などとして、
あなたは、しっかり生活費を、 しっかりお金を稼ぎます。
そして、余生の間、 そこにいますね -
結婚し、子どもたち。
子どもたちと妻などの 問題すべてをもって、です。
1:08:56
それが、世界で起きつつ あることです。ですね?
教育を受けた人たちと、 教育を受けていない人たち。
インドや極東へ 行ってください。
日本へ、ではない。
そこで彼らは きわめてよく教育されています。
インドへ、他の東洋の 国々へ行ってください。
過剰な人口があります。
毎年インドでは、
千五百万から三千万の 人々が増えています。
それは オランダの人口です。
そして、貧困、 貧困の堕落。
彼らは 教育されていません。
彼らのほとんどはけっして本の 読み方を知らないでしょう。
いいですか。
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1:09:59
で、今そうであるような 現代の教育は、
人間の精神、頭脳をますます 機械的にしつつあります。
いいですか。
で、これは、きわめて 深刻な問いなのです。
知識は、人間の頭脳を
ますます機械的に しつつありますか。
質問を理解されますか。
私は、工学を 専門とします。
専門校から大学へ、 私は、
数学などなどについて 大変多く学んできたし、
私は、技術者に なったのです -
橋をどう架けるのかとか、 様々な種類の建設です。
それが、私が死ぬまで 私の生です。
または、退職し、 死ぬのです。
いいですか。
それは教育ですか。
それは、見たところ、 必要です。
そして、心理的に、 内的に、
私は知りません。
私は 教育されていません。
そうですね?
私は、百万年の間、自分が そうであったものなのです。
わずかに変容していますが、
私は残忍で、 暴力的で、残酷です。
他の人たちを傷つけたい、 などです。
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1:11:57
で、私たちがいう教育とは どういう意味ですか。
それにお答えに なってください。
それは単にテクノロジーの 世界に生きるためですか。
科学、知識、 よろしいですか。
それは世界に、こうも 荒廃を創り出しています。
そして私たちは、他方を 全的に無視します。
なぜなら、他方ははるかに 困難であるからです
- 大変多くの探究を、
あなたの頭脳を行使する ことを、必要とするからです。
それであなたが、生を
全然違ったように見つめて いるように、です。
で、このすべてから
- 私たちはそれに、大変 詳細に、入られません -
このすべてから、
教育は、善い人間を もたらすことです。
いいですか。
(善いという)その言葉の 古い意味において、善い。
その言葉は、流行 していません。
善い。
すなわち、高度に 智恵のある人間です
- 私たちがその言葉を使って きた意味に、おいてです -
テクノロジーの世界を 理解し、
そこに生きられる能力を 持っている人です。
そしてまた、 他方も、です
- 大いなる慈しみ、愛、 慈悲を感じ、持てるのです。
どの派、どの集団、 どの国にも所属していない。
1:14:08
理解されますか。
世界にそういう学校は ありません。
おそらく、一つか二つは 存在しています
- 私たちが関係している ところですが、
そういう精神の性質をもたらす ことは、きわめて困難です。
なぜなら、親たちは それを望まないからです。
外的な条件は、こうも おぞましく、こうも怖ろしい
などです。
で、あなたは、 人間としてあなたは、
あなた自身を 教育できますか -
あなたが この甚大な愛の深さ、
その他すべてを 持つように、です。
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1:15:00
最後の問いです。
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1:15:02
問い6: 「人類の未来は 何ですか。」
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1:15:10
それは、とても 良い問いです。
あなたの未来は 何ですか。
あなたは、人類なのですが、 あなたの未来は、何ですか。
私たちが今 生きているように、
それは、過去の継続、
戦争、憎しみ、分割の 継続であったのですが、
進んでいく醜さ、残忍さ、 あらゆる物事、です。
もし人類がそのように 継続するなら
- それはあなたが、です - そのように継続するなら、
そのとき、生存の可能性は ほとんど、ありません。
いいですか。
明白です。
世界のあらゆる国が 戦争の準備をしているなら
- いいですか。
彼らはそうしています -
開化していない国々は、
開化した国から武器を 買っています -
イギリス、フランス、 アメリカなどのような、
高度に文明化している 国から、です。
彼らは、武器を 供給しています
- 右と左、 あらゆる者へ、です。
なぜなら、産業において、
武器を供給することが必要に なりつつあるからです。
1:17:04
いいですか?
で、彼らの経済は、 それに依存します。
で、戦争、破壊の継続は 保証されています。
そして、私たちのみんなの 未来は、何ですか。
私たちの(未来)だけでは なく、来たるべき世代、
あなたたちの子どもの (未来)は、です。
それは本当に、きわめて 怖ろしい世界です。
あなたは、私たちが話して きた他の物事すべてについて
話をするかもしれません。
導師と従う人たちと、それら のばかげたものですが、
これは ものすごい問題です。
もし私たちが、今進んでいる ように、進んでいくなら、
私たちは必ず、何らかの 種類の破滅に、
終わってしまうはずです。
もしあなたが、それを 受け入れるなら、
それはだいじょうぶです。
1:18:19
それが、あなたが 望むことであるなら、
それは完璧に だいじょうぶです。
しかし、もしあなたが、 それは全然、間違っている、
他の一人を殺すことは全然、 聖でない、と言うなら -
いかなる大義のためでも、 いかなる理由のためでも、
あなたの名誉のため、 いかなる理由のためでも、
他の一人を殺すことは、 最も聖なるものの拒否です。
あの犬は同意します!
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1:19:13
で、自らは何を することになりますか。
それは本当に、きわめて 深刻な問いです。
あなたは、何を しようとしていますか。
なぜなら、何でも 私たちがすることは、
武器を供給し、助けようと しているからです。
政治家たちは これらを知っています。
そして、政治家たちの機能は 孤立を続けていくことです
- わが国が先だ、と。
彼らは、何も地球的な 関係を持っていません。
彼らは、その観念をも 持っていませんね。
すなわち、私たちが 大地を、私たちの、
私たちみんなのと 取り扱うときだけ、
私たちは、この地上に 存在できるのです -
イギリスの、 フランスの、ドイツの、
その他すべてではない。
さて、あなたは おそらく、
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1:20:29
そして私たちは これを悟ります。
そのときそれは、人類の意識 全体に、影響するでしょうか。
もし私が本当に、そして あなたと私が本当に、深く
どの集団、どの民族、 どの派にも
所属していないなら、です。
それは、世界の全体に 影響するでしょうか。
もちろんです。
このホールの 中、このテントの中の
私たちみんなが、もしも 本当にこれを感じたなら、
当然、それは、意識の全体に 影響するでしょう
- 政治家たちの(意識) にさえも、です。
いいです。
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