Questions and Answers from Public Meetings


Bombay (Mumbai) - 1st Question & Answer Meeting - 5 February 1985
Video I   II 第一の質問: 「私のすべての愛、気づかい、 注意にもかかわらず、 私は、娘を育てる中で、自分は どこが欠けているかを、知りません。 あなたは、子どもを教育する一番良い道に、 何か光を、照らせますか。」
Video I   II 第二の質問: 「私たちが、 二分間以上の間、注意を維持できないのは、 なぜでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「苦しみと楽しさは、 以前の生と、現在の生の行いに、 何か係わりが、ありますか。」
Video I   II 第四の質問: 「感覚 - 目、耳、頭脳など - すべてでもって、 同時に気づくことは、 可能でしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「私は、神聖な魂たちの 教義と命令に、従いません。 だから、私は、彼らが私に、何か間違った ことをしかねないと、恐れを感じます。 私はいつも、不安に感じるし、 恐れる状況に生きます。 どうか、私を導いて、助言してください。」

Bombay (Mumbai) - 2nd Question & Answer Meeting - 7 February 1985
Video I   II 第一の質問: 「神は、一つの法則を作り、 眠りに就いた。 あなたは・・・ 」 いったい何? - 「あなたは、蒔いたように、刈り取るべし。 理性的な行為に向かって、 現在の人間の尽力により、 これの効果を、希釈することは、 可能でしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「あなたはしばしば、私たちに、 自らの頭脳を行使するよう、言われます。 またあなたは、 私たちが聞いてきたことに則って、 行為することなく、 単に聞くことを、提案されます。 これら二つの発言は、矛盾して見えます。 どうか、説明してください。」
Video I   II 第二の質問: 「あなたは、神と いったものはないと言われるし、 またあなたは、偶像崇拝をも 非難される上は、 私たちがどう生まれるかと、 自然がどう存在するように なったかの問いが、 画像に入ってきます。
Video I   II 第三の質問: 「精神とは何ですか。 知覚者なしに、それが それ自体を見つめることは、 いったい可能ですか。 それは、どの中心からでもなく、 花を見つめるほど、 単純だとは、思われません。」
Video I   II 第四の質問: 「恐れ、さびしさ、悲しさといった、 人間の問題を理解するためには、 あなたの、「観察者は 観察されるものである」との発言ばかりが、 重要であるように、思われます。 けれども、その発言の論理は、 知的な水準を、 越えていくように、 思われません。 一定の事実が、 単なる概念に留まるのは、

Brockwood Park - 1st Question & Answer Meeting - 27 August 1985
Video I   II 第一の質問: 「様々な時に、私たちは 神秘的で霊的な経験を、してきました。 私たちが実在を 知っているのでなければ、それらが幻影で あるのかが、どうして知られるのでしょうか。」
Video I   II 第二の質問:「病気は、単純に 身体の衰退や濫用の せいですか。または、それは 何か他の意義を、持っていますか。」 すみません。私は下手に読んでいます。 「病気は単純に、身体の衰退や濫用のせいですか。 または、それは、何か他の意義を、 持っていますか。」
Video I   II 第三の質問: 「現在の世界危機に対する、 私の責任とは、何でしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 「案内を頼むことは、 必ず理解を阻止するのでしょうか。 助けを求めることは、私たち自身の 発見の手段に、なりえないのでしょうか。 なりえないなら、あなたに、Kに 聞くことの意味とは、何でしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「全的なヴィジョンとは何かを、 どうか説明してもらえるでしょうか。 それは、私たちの通常の 頭脳機能の延長でしょうか。 または、それは、何か全然違ったものを、 含意しているでしょうか。」

Brockwood Park - 2nd Question & Answer Meeting - 29 August 1985
Video I   II 第一の質問: 「Kは、真理への道はない、 と言います。 これを見る能力は、 私自身の外にあるのでしょうか。 私の意識と、知覚の手段は、 全面的に私の内に、あります。 私は、何も手段や道具もなく、どうすれば、 未知の目標に向かって、行けるのでしょうか。 何が私に、この方向へ動く必要、 エネルギーを、与えてくれるのでしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「私は、変化するのを恐れています。 私が変化するなら、 後で何が起きるのでしょうか。 私はこれで麻痺しています。 この問題について話してもらえますか。」 喜んで!
Video I   II 第三の質問: 「近い親戚からの侵略と、 心理的な攻撃を、どのように 迎えるのでしょうか。彼らからは 逃避できません。」(笑)
Video I   II 第四の質問: 「或る人々は、あなたが言われる ことのうち、自分の問題や利益に適う 諸部分を、拾い上げ、それから 残りを捨て去るように、見えます。 これに対して、あなたは 何と言われますか。」
Video I   II 第五の質問: 「特定の修練に従って、 測量不可能なものに 出くわす人々の報告が、多くあります。 彼らは、自己妄想になっていますか。 または、彼らは、自らの努力にもかかわらず、 どうやらこれに至ったのでしょうか。 または、他の説明がありますか。」

Ojai - 1st Question & Answer Meeting - 5 May 1981
Video I   II 第一の質問: 「あなたは、条件づけの 弊害について、話されます。 けれども、多くの心理学者、哲学者などは、 適正な条件づけをとおしてのみ、人は 明晰に考え、行為できるのだ、と言います。 あなたの答えは、どうですか。」
Video I   II 第二の質問: 「あなたは時々、頭脳について、 また精神について語ります。 それらの間に、違いがあるのでしょうか。 あるのなら、それらの関係は、何でしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「私は子どもの頃に、 深く傷ついてきました。 何が起きたのかを、理解しようとする にもかかわらず、その傷は残っています。 私は何をすべきでしょうか。」

Ojai - 2nd Question & Answer Meeting - 7 May 1981
Video I   II 「私は、自分が神経症的に行為することを、 悟ります。私は、心理療法を受けてきましたが、 神経症はやはり、基本的にそこにあります。 私は何ができますか。」
Video I   II 第二の質問: 「なぜ、この国の人間の振るまいは、 急速に退廃しつつあるのでしょうか。 それを変化させるために、何をできますか。 この国は、残りの世界に、 何を与えられますか。」
Video I   II 第三の質問: 「あなたは、執着しているとき、 愛はない、と仰っていました。 私はこれを理解できます。 ですが、そこに分離がなく、 欲望がなく、思考がない愛の瞬間が、 あります。 けれども、これらの瞬間は、しばしば 自らが執着している人物との関連で、来ます。 執着は、形、境界を創り出し、 その中に、愛の瞬間が あるように、見えます。 執着は愛ではないけれども、
Video I   II 第四の質問: 「関係の外側には、生きられません。 けれども、その形すべての中に、 葛藤があります。 これはなぜ、そうなのですか。」
Video I   II 「あなたは、問題へ完全な注意を 向けるとき、問題は花開き、 萎れてしまう、と言われました。 これを、さらに説明してもらえますか。」

Ojai - 3rd Question & Answer Meeting - 12 May 1981
Video I   II 第一の質問: 「智恵と責任との 関係は、何ですか。」
Video I   II 第二の質問: 「自分の中の、休眠中の 恐れの種子に、どのように取り組みますか。 あなたは幾度も、恐れについて 話してきました。 しかし、恐れに向き合うことも、それを 根こそぎにすることも、可能ではありません。 それを解消するよう作動する、 もう一つの要因が、ある、ということなのですか。 それについて、何かできますか。」
Video I   II 第三の質問: 「あなたは、謙虚さの性質を、 どのように定義し、 評価するのでしょうか」。
Video I   II 第四の質問: 「「私」をどう 解消するかを、示してください。 それなしでは、 他のあらゆる物事が、無益です」。
Video I   II 第五の質問: 「あなたは、洞察と覚りを ともに、観察者なしの、 全体への明らかな知覚と、定義されました。 しかし、私たちの多くは、覚りを得ずに、 洞察を得てきました。 で、洞察と違いとの間の違いは、何ですか。 そして、何が、洞察が覚りであるのを - ああ、神様! - 阻止するですか」

Ojai - 4th Question & Answer Meeting - 14 May 1981
Video I   II 第一の質問: 「想像と言葉は、 人が生で機能するために、 使用する道具です。 常で鋭敏な注意を達成し、そのため、 思考の必要な使用と、 どこでイメージが幻影と葛藤に つながるのかの間の細かい線が、 いつも見えるようにすることは、 本当に可能でしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「私は作家です。 私は、自分の理解を発言する 責任と欲求を、感じます。 けれども、私は、自分の理解が 不完全であると、知っています。 何かを見たり理解するし、 聞いてもらえる立場にいるが、 彼の理解は全的でない人にとって、 正しい行為は、何ですか。」
Video I   II 第三の質問: 「生における質問の役割は、何ですか」。
Video I   II 第四の質問: 「生は、死と、 物理的な別離をとおして、 友だちを分離します。 この分離は、関係の終わりであり、 記憶以上に何も、残さないのですか。 人々が物理的に現存しているときだけ、 彼らの間に、愛はあるのですか。 または、彼らが不在であるとき、 思考以上の何かが、ありえますか。 関係すべては、瞬間的であり、 長続きする絆は、ないのですか」。
Video I   II 第五の質問: 「世界の葛藤、 抗争への本質的な応答は、 各個人の意識における 革命である、という事実は、分かります。 しかし、これは、その全的な行為なしには、 より小さいが、おそらく役立つ 他の行為すべては、無用である、 という意味でしょうか」。
Video I   II 第六の質問: 「私は、今日社会で 起きつつあることに、愕然としています。 私は、その一部でありたくないと思います。 けれども、私は、自分が 分離していないことを、悟ります。 社会に対する私の関係は、何ですか」。
Video I   II 第七の質問: 「私の中には、 暴力の深い根が、あります。 私は、それが、そこに、 自分の他の感情の裏にあるのを、知っています。 私は、どのように それを、取り扱いますか」。

Ojai - 1st Question & Answer Meeting - 4 May 1982
Video I   II 第一の質問: 「私たちの子どもたちは、 テレビと他の媒体をとおして、 自分たちが生きている脅威の世界に、気づきます - 犯罪の暴力、戦争、核の危機に、です。 私たちはどのように、彼らがこれらに 向き合うよう、助けるのでしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「ブッダ、イエスといった、 偉大な教師たちが、地上にいました。 あなたが旅立たれるとき、葛藤、抗争は減り、 理解は増えるだろうと、思われますか。 それとも、世界は、変更不可能な方向へ 動いているのでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「私の振る舞いは、 私が恐れていることを、表示しています。 けれど、恐れの実際の知覚は、 つかみどころがありません。 私は、この深く根づいた無意識的な情動へ、 どのように到って、取り扱うのでしょうか。」

Ojai - 2nd Question & Answer Meeting - 6 May 1982
Video I   II 第一の質問: 「私たちのほとんどにとって、 注意の行為は、維持するのが困難です。 自らのほんの一部だけが、 乗り気で、真剣な興味を持っています。 この注意を養うために、 何ができるのでしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「完全に清らかである行為と 存在の状態は、何でしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「言葉はそのものではないからには、 私たちは、言葉をとおして 真に覚りを開ける(啓蒙をできる)のでしょうか。 象徴は、象徴によりなされた損傷を、 なくせるのでしょうか。 または、私たちは、覚りの幻影によって、 誘惑されつつあるのでしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 「なぜ私たちは 変化しないのでしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「聖なることの意味と、 特に現代生活、現代世界の中での その持ち場について、もっと深く話してもらえますか。」

Ojai - 3rd Question & Answer Meeting - 11 May 1982
Video I   II 第一の質問: 「小さな幾らか選抜された 集団の子どもたちを教育するために、 百万ドルが使われていることを、 あなたはどう感じられますか - 彼らは、苦しんでいる者とか 困窮者からであるとは、見えません。」
Video I   II 第二の質問: 「なぜ私たちは、機能を、役割と混同するのでしょうか。 例えば、私たちは、教えるとか何か仕事をするかもしれません。 しかし、なぜ私たちは、 これら機能を、個人的にするのでしょうか - それらを、私たち自身の属性と主張し、 それにより、意志、地位、権力を導入し、 結果的に、ものすごい害を導入するのでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「社会的な変化をもたらすためには、 政治的な行為が、必要でないのでしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 「私たちは、あなたが語られる真理を、 人類への愛ある奉仕をとおし、愛と慈悲の行為をとおして、見つけないのでしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「霊性や意識の諸水準は存在するのでしょうか。(私は質問を見ていません) これらにおいて、精神的癒やし、 アストラル(次元)の投射、 オーラと実体を見る能力などは、 どんな役割を果たすのでしょうか。 これらは、関係と、はっきりと見る能力に、 介入しうるのでしょうか。」なんとまあ!
Video I   II 第六の質問: 「人類の中で、何か宗教や神と 呼ばれるものに向かって、 いつも動いてきたのは、何なのでしょうか。 それはただ、恐れと苦しみの結果としての 投影だけで、 助けを探し求めることでしょうか。 またはそれは、何か深く実在し、 必要で、智恵あるものなのでしょうか。」

Ojai - 4th Question & Answer Meeting - 13 May 1982
Video I   II
Video I   II
Video I   II
Video I   II

Ojai - 1st Question & Answer Meeting - 17 May 1983
Video I   II 第一の質問: 「芸術家とは何でしょうか」 - いや、すみません - 「生において、芸術家の役割は、何でしょうか。 私たちの互いへと世の中への関係において、 音楽、詩歌とすべての芸術の 意義は、何でしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「思考への観察は、 思考の継続的な使用であり、ゆえに、 集中ではないのでしょうか。」
Video I   II 一つの(録音)テープの中で、あなたは 結婚を、「あの怖ろしい制度」と称されます。 私の問いは、ですねえ - 詳説してもらえるでしょうか。 あなたは、例えば、若い男と若い女が 結婚なしに一緒に生活すべきだと、 思われますか。 または、一緒に生活すべきでない - その種のことは、と。
Video I   II 第四の質問: 「あなたは、静けさ、静寂は、 探し求めずに来ると、言われました。 しかし私たちは、それをもっと容易に来させる であろうさまで、生きられるでしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「真のグル(導師)といったものが、 あるのでしょうか。 マントラの正しい使用は、 いったいあるのでしょうか。」

Ojai - 2nd Question & Answer Meeting - 19 May 1983
Video I   II 第一の質問: 「なぜあなたは、自らが 言っていることにおいて、そんなに抽象的でなく、 もっと実践的でないのですか。」
Video I   II 第二の質問: 「私のエネルギーと 時間のほとんどは、 生計を立てるための格闘へ、注がれます。 私が、そして私のような人たちが、 深く非利己的で 智恵を持つことは、可能でしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「あなたは、世界を 大変多く旅行して、回られます。 しかし、私は、家族とともに 一カ所に留まり、制限された地平線に 生きなければなりません。 あなたは、地球的な視野について、語られます。 私はどうやって、これを持つべきでしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 「あなたは、恐れとともに留まって、 逃避しようとせず、 自分が恐れであることを悟るなら、そのとき 恐れは去ってしまう、と述べられました。 これは、どのように訪れるのですか。 他の機会にそれが 違った形で戻ってくるのを、 何が防ぐのでしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「私たちが、 問題のまさに終わりへ 行くのを、妨げるのは、 エネルギーの何か欠乏でしょうか。 これは、特別なエネルギーを、 必要とするのでしょうか。 または、すべての生の根本には、唯一つの 基本的なエネルギーが、あるのでしょうか。」
Video I   II 第六の質問: 「智恵の本性へ、 入ってもらえるでしょうか。 すなわち、知覚が起きるとき、 顕現するものへ、です。 これは、行為の唯一つの真の本源でしょうか。」

Ojai - 1st Question & Answer Meeting - 22 May 1984
Video I   II 第一の質問: 「すべての人々が同様な意識を 持っていることは、理解できます。 しかし、すべての人々が同じ意識を 分かち合っていると言うのは、 大きな飛躍に思われます。 これら二つの点の間で、 ともにゆっくり歩けるでしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「あなたは、去ってしまった後、教えを 引き継ぐ特別な教師や人物を、指名したのでしょうか。 誰かがこの地位を主張しています。」
Video I   II 第三の質問: 「思考をまさにその根まで観察する、 というのは、どういう意味でしょうか。 私は自分の思考を観察します。 しかし、一つ一つが、果てしない連鎖の中、 他へつながります。 これを終わらせる要因は、何でしょうか。 実際に何が変化をもたらすのでしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 「真理を知覚して、行為しないと、それは 毒として作用すると言われているのは、 どういう意味か、どうか説明してください。」
Video I   II 第五の質問: 「なぜ、真理の探求者にとって、 静寂の遵守が、こんなに重要なのでしょうか。」

Ojai - 2nd Question & Answer Meeting - 24 May 1984
Video I   II 第一の質問: 「気づきの瞬間があり、 そこには大きな明晰さがあり、 恐れ、分割、経験は不在です。 でも、その瞬間は短い。 持続した明晰さ、強烈さ、存在の全体性を 許すには、何が必要でしょうか。」
Video I   II 第二の問い: 「判断とは何でしょうか。 意見と、事実の知覚とを 分割する線を、どのように 決定すべきでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「同性愛の事実に関して、 相当の困難を抱える人々が、多くいます。 幾世紀もの間、教師たちは、 この探究を回避してきました。 たとえ短くても、この問いに 何か光を照らしてもらえるでしょうか。 私は、この質問をするために、 二千マイルを旅してきました。」
Video I   II 第四の質問: 最後の問いです。 「どうすれば、この地上において、 その美しさへ害や破壊なく、他の人へ 苦しみと死をもたらさずに、 生きられるでしょうか。」

Ojai - 1st Question & Answer Meeting - 14 May 1985
Video I   II 第一の質問: 「どうか、罪悪の機構と、 自我に対するその関係を、 さらに探検してくださるでしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「進化は、人種的集団に、 一定の身体的違いをもたらしてきました。 また、特定人種の幼児に生まれた 並行的な心理的違いも、あるのでしょうか。 それらは、(後天的に)取得された 条件づけだけでしょうか。 条件づけが(遺伝的に)継承されるのなら、 それは本当に変化されうるのか、 それとも、後に残るのでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「あなたの本からの収入は、個人的に あなたへ行かない、と言われます。 あなたはどう生活されるのかを、 お訊きしてもいいですか。」
Video I   II 第四の質問: 「なぜあなたは、 心理的な進歩はないと、言うのでしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「平和に生きることは、 大きな智恵を必要とします。 どうか、これを詳しくしてください。」
Video I   II 第六の質問: 「あなたは世界中で、 大きな聴衆を持っておられます。 私たちのみんなが願望するのは、何なのでしょうか。」

Ojai - 2nd Question & Answer Meeting - 16 May 1985
Video I   II 第一の質問: 「あなたが話をされてきた 「恥ずかしがり」と、 恐れとの違いは、何でしょうか。」
Video I   II 第二の質問: 「自然の世界全体は、 生存のための競争です。 同じ理由のために、闘争することは、 人間に生来的でないのでしょうか。 私たちは、変化しようと求める中で、 自らの基本的な本性に対して、 闘争していないでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「普遍的に人類が、神と呼ばれるものを 探し求めてきたのは、なぜでしょうか。 それはただ、恐れと、安全への必要からでしょうか。 それとも、何か本質的な宗教的本能が、 すべての人間にあるのでしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 観察と洞察を妨げる 最初の基本的な障害は、何でしょうか。
Video I   II 第五の質問: 「私たち自身と他の人たちへの 責任は、何でしょうか。」

Saanen - 1st Question & Answer Meeting - 23 July 1985
Video I   II 「様々な教師、導師たちは、 自分たちは本質的に、 あなたと同じ教えを 与えていると、言います。 あなたは何と言いますか。」
Video I   II 罪悪か。
Video I   II 「あなたのいう、創造とは、 どういう意味でしょうか。」

Saanen - 2nd Question & Answer Meeting - 24 July 1985
Video I   II 第一の質問: 「何かを理解するとき、 この理解によって、 行為しなければならないのですか。 または、理解が、それ自体で、 行為しますか。」
Video I   II 第二の質問: 「あなたは、暴力について 多くのことを、言ってこられました。 あなたは、目の前で、自分の友達の一人が 攻撃されるのを、許すのでしょうか。」
Video I   II 第三の質問: 「智恵とは何でしょうか。」
Video I   II 第四の質問: 「身体的な病気には、 人間にとって、何か 利益があるのでしょうか。」
Video I   II 第五の質問: 「なぜあなたは、頭脳と精神の 間を区別するのでしょうか。」

Saanen - 3rd Question & Answer Meeting - 25 July 1985
Video I   II 第一の質問: 「私は、思考が 自分の混乱に対して 責任があることは、分かります。 けれども、それに入る中、 もっとそれに入る中で、 もっと多くの思考が発生します。 それには終わりがありません。 どうか、批評してください。」
Video I   II 「どうか、時と死について、 さらに語ってください。
Video I   II 第三の質問: 「他の者たちが飢えている間、 物理的な安全を持つことは、 暴力と腐敗ではないですか。」
Video I   II 第四の質問: 「私たちの制限された頭脳は、 どうすれば、無制限のものを、 すなわち、美しさと真理を、 掴まえられるでしょうか。 慈悲と智恵の基盤は、何でしょうか。 それは本当に・・・ それは本当に、私たちの一人一人に ありうるでしょうか。」