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OJ80Q1 第1回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1980年5月6日
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第一の質問: 「若者の教育において、 歴史の意義は、何ですか。」
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第二の質問: 「知識は、なぜ いつも、不完全なのですか。 自らが観察しているとき、自分が観察 していることに、気づいていますか。 または、観察されるものに、 気づいているだけですか。 気づきは、分析に つながりますか。 心理的な知識とは、 何ですか」。
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第三の質問: 「思考は、痛みに対する 防衛として、発生しませんか。 幼児は、物理的な痛みより 自分自身を分離するために、 考えはじめます。 どちらが、初めに来ますか。思考、 すなわち心理的な知識ですが、 それは、痛みの結果ですか。または 痛みは、思考の結果ですか。 子どもの頃に発達した防衛を、 どのように乗り越えますか」。
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OJ80Q2 第2回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1980年5月8日
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第一の質問: 「この頃は、 あらゆる物事が相対的であり、 個人の意見の事柄であるとの、 支配的な想定が、あります。 すなわち、 個人的な知覚に依存しない 真理や事実といったものは、 ない、と。 この信念に対する、 智恵ある応答とは、何ですか」。
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第二の質問: 「私たちはどうすれば、 自分の日常生活で 機能しつづけながら、 世界で起きていることに、 責任を取れますか。 暴力に関して、そして、 暴力に向き合ったとき、 正しい行為は何ですか。」
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第三の質問: 「明日が私たちの問題を 解決してくれるだろうとの望みが、 私たちが変化の絶対的な切実さを 見るのを、阻止します。 これをどのように、 取り扱いますか。」
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第四の質問: 「私たち人間が、 他の人たちとの日常関係において 満たすべき責任を 持つ心理的な必要が、 ありますか。 真の心理的な必要と いったものが、ありますか。」
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第五の質問: 「何かの総体を 見るとは、どういう意味ですか。 何か動いているものの総体を、 知覚することは、 いったい可能ですか」。
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第六の質問: 「対極を 持たない状態が、ありますか。 私たちは、それとどう 親交するかを、知りえますか」。
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OJ80Q3 第3回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1980年5月13日
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第一の質問: 「真の創造性とは、何ですか。 それは、大衆文化で 著名なものより、 どのように違っていますか」。
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第二の質問: 「あなたは、 見ることこそに、 行為があると、 仰ってきました。 この行為は、行為の表現と 同じですか。 そうでないなら、二つの間に、 関連がありますか。 それらはどうして、とうてい 抑圧に関係しますか」。
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第三の質問: 「イメージ作りが 終わるためには、 思考もまた、終わらなければ ならないですか。 一方は必ずや、他方に 含意されていますか。 イメージ作りの終わりは、 単に、その上で、 愛と真理が何であるかを、発見 しはじめられる基盤だけですか。 または、その終わることは、 真理と愛のまさに本質ですか」。
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第四の質問: 「どうぞ、 輪廻転生の非存在について、 断定的な発言を してくださるでしょうか。 ますます多くの「科学的な 証拠」が - 括弧付きです - 輪廻転生を事実だと証明するために 今、蓄積されつつあるからです。 私は心配しています。 なぜなら、多くの数の人々が、 すでに自分が持っている信念体系を、 さらに強めるために、 この証拠を使いはじめているのが、 見られるからです - それは、彼らが 生きることと死ぬことの問題に向き合うの より、逃避できるようにします。
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第五の質問: 「もしあなたが世界であり、 自らがそれを感じ、見るなら、 流れの中から、歩み出るとは、 何を意味していますか。 誰が、その中から 歩んで出ますか」。
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OJ80Q4 第4回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1980年5月15日
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第一の質問: 「私は、恐れがどう 生ずるのかを、訊ねていません。 それは、あなたがすでに 説明されました。 むしろ、恐れの 実際の実体とは、何ですか。 恐れはそれ自体、何ですか。 それは、生理学的な 反応と感受の様式、 筋肉の強ばり、 アドレナリンの急増などですか。 または、何か それ以上のものですか。 私が恐れ自体を見つめるとき、私は 何を見つめることになりますか。 この見ることは、恐れが目下、 存在していないとき、起きますか」。
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第二の質問: 「私たちのまわりの世界に、 立証可能な普遍的な正義の 原理が、見られないとき、 私は、自分自身や、 外側の混沌とした社会を 変化させるための、 説得力ある理由を、感じません。 私は、行為の帰結と それらの説明責任を 測量するための合理的な基準が、 見えません。 この事柄について、あなたの知覚を、 私たちと分かち合ってくれますか」。
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第三の質問: 「私たちは、心理的に 自己に対して死ねますか。 見出すことは、 選択なき気づきの過程です」。 - あなたが、私から引用されない ことを、願います - (笑) 「けれども、選択なく観察するためには、 私たちは、自我、私を終わらせたか、 それに死んでいるのでなければ ならないと、私には見えます。 で、私の問いは、こうです - 私は、 現在の自分の断片化の状態において どうやって、観察できますか。 それは、「眼」が「私」を見ようと するのに、似ていますか。
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第四の質問: 「観察者なしの 観察において、 事実とともに留まることから、 注意の増加へ繋がる変容が、 ありますか。 創り出されたエネルギーは、 方向を持ちますか。」 やれまあ! これらが 何なのか、私は知りません。 「思考に対する、 中心、自己に対する 注意の関係は、 何ですか。 注意と、 自由へ繋がる思考との間に、 隔たりが、ありますか」。
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「思考に対する、 注意の関係は、 何ですか。 注意と思考との間に、 隔たりが、ありますか」。
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なぜ私の精神は、おしゃべり していて、こうも休まないのですか。
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OJ81Q1 第1回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ1981年5月5日
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第一の質問: 「あなたは、条件づけの 弊害について、話されます。 けれども、多くの心理学者、哲学者などは、 適正な条件づけをとおしてのみ、人は 明晰に考え、行為できるのだ、と言います。 あなたの答えは、どうですか。」
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第二の質問: 「あなたは時々、頭脳について、 また精神について語ります。 それらの間に、違いがあるのでしょうか。 あるのなら、それらの関係は、何でしょうか。」
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第三の質問: 「私は子どもの頃に、 深く傷ついてきました。 何が起きたのかを、理解しようとする にもかかわらず、その傷は残っています。 私は何をすべきでしょうか。」
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OJ81Q2 第2回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1981年5月7日
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「私は、自分が神経症的に行為することを、 悟ります。私は、心理療法を受けてきましたが、 神経症はやはり、基本的にそこにあります。 私は何ができますか。」
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第二の質問: 「なぜ、この国の人間の振るまいは、 急速に退廃しつつあるのでしょうか。 それを変化させるために、何をできますか。 この国は、残りの世界に、 何を与えられますか。」
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第四の質問: 「関係の外側には、生きられません。 けれども、その形すべての中に、 葛藤があります。 これはなぜ、そうなのですか。」
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OJ81Q3 第3回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1981年5月12日
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第一の質問: 「智恵と責任との 関係は、何ですか。」
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第二の質問: 「自分の中の、休眠中の 恐れの種子に、どのように取り組みますか。 あなたは幾度も、恐れについて 話してきました。 しかし、恐れに向き合うことも、それを 根こそぎにすることも、可能ではありません。 それを解消するよう作動する、 もう一つの要因が、ある、ということなのですか。 それについて、何かできますか。」
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第三の質問: 「あなたは、謙虚さの性質を、 どのように定義し、 評価するのでしょうか」。
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第四の質問: 「「私」をどう 解消するかを、示してください。 それなしでは、 他のあらゆる物事が、無益です」。
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第五の質問: 「あなたは、洞察と覚りを ともに、観察者なしの、 全体への明らかな知覚と、定義されました。 しかし、私たちの多くは、覚りを得ずに、 洞察を得てきました。 で、洞察と違いとの間の違いは、何ですか。 そして、何が、洞察が覚りであるのを - ああ、神様! - 阻止するですか」
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OJ81Q4 第4回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1981年5月14日
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第一の質問: 「想像と言葉は、 人が生で機能するために、 使用する道具です。 常で鋭敏な注意を達成し、そのため、 思考の必要な使用と、 どこでイメージが幻影と葛藤に つながるのかの間の細かい線が、 いつも見えるようにすることは、 本当に可能でしょうか。」
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第二の質問: 「私は作家です。 私は、自分の理解を発言する 責任と欲求を、感じます。 けれども、私は、自分の理解が 不完全であると、知っています。 何かを見たり理解するし、 聞いてもらえる立場にいるが、 彼の理解は全的でない人にとって、 正しい行為は、何ですか。」
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第三の質問: 「生における質問の役割は、何ですか」。
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第四の質問: 「生は、死と、 物理的な別離をとおして、 友だちを分離します。 この分離は、関係の終わりであり、 記憶以上に何も、残さないのですか。 人々が物理的に現存しているときだけ、 彼らの間に、愛はあるのですか。 または、彼らが不在であるとき、 思考以上の何かが、ありえますか。 関係すべては、瞬間的であり、 長続きする絆は、ないのですか」。
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第五の質問: 「世界の葛藤、 抗争への本質的な応答は、 各個人の意識における 革命である、という事実は、分かります。 しかし、これは、その全的な行為なしには、 より小さいが、おそらく役立つ 他の行為すべては、無用である、 という意味でしょうか」。
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第六の質問: 「私は、今日社会で 起きつつあることに、愕然としています。 私は、その一部でありたくないと思います。 けれども、私は、自分が 分離していないことを、悟ります。 社会に対する私の関係は、何ですか」。
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第七の質問: 「私の中には、 暴力の深い根が、あります。 私は、それが、そこに、 自分の他の感情の裏にあるのを、知っています。 私は、どのように それを、取り扱いますか」。
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SA81Q1 第1回質疑応答会合
第1回質疑応答会合 スイス、サーネン 1981年7月29日
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問い1: 「あなたがいう洞察とは、 どういう意味ですか。 それは直観とは違いますか。」 「あなたがいう洞察とは、どういう意味ですか。
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問い2: 「あなたは世界であるし、 あなたは人類の全体へ 全的に責任がある、との観念は、 どうすれば、 理性的、客観的、健全な根拠の上で 正当化できますか。」
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問い3: 「あなたは、心理的な時 という用語を、使います。 これは了解することが困難です。 なぜあなたは、 心理的な時は 葛藤と悲しみの起源であると、 言いますか。」
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問い4: 「保持されなければ ならない知識と、 放棄されるべき ものとの間で、 どのように分割線を引きますか。 決断をするのは、 何ですか。」 もう一度、気をつけて読みましょう。
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しかし、これを知覚するには 何が必要ですか - それで、それが知的な水準を 越えていくように、です。」
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SA81Q2 第2回質疑応答会合
第2回質疑応答会合 スイス、サーネン 1981年7月30日
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問い1: 「私は、大切に 愛している息子を、持っています。 私は、世界が彼を腐敗 させるのを、防止できますか。 私はどうやって彼に 正しい教育を与えられますか。」 この問いにあなたたちが、興味を 持たれることを、望みます。
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問い2: 「もし個々人がないのなら、 どうして個人の努力が・・・」 「もし個々人がないのなら、 どうして個人の努力は、 真剣で、注意深く、 鋭敏であるように できますか。 ここにおいて、自らの 行為への個人の責任は、 どこにありますか。」
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問い3: 「私たちは、どう気づきを 維持するかを訊ねることが、間違った 問いであることを、知っています。 気づきは 瞬間、瞬間であるからです。 しかし、気づきの能力は 発達し、 持久性がますます 強くなりますか。 そしてこれが、あなたが智恵の目覚めと いうことで、いわれる意味ですか。 そうであるなら、これは 過程を含蓄していませんか。」
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問い4: 「私は研究し、 アジアへ行ってきて、 そこの人々と議論してきました。 私は、諸宗教の表面性を越えて、 私が自分の骨身に沁みる何かに、 透徹しようとしてきました - 私は論理的な人であるけれども、 何か深遠に神秘的で 神聖なものに、です。 けれども、私はそれを 捕捉するように思われません。 私を助けてもらえますか。」 「私は研究し、アジアへ行ってきて、
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SA81Q3 第3回質疑応答会合
第3回質疑応答会合 スイス、サーネン 1981年7月31日
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問い1: 「二人の人々が 葛藤と痛みの関係を、持っているなら、 彼らはそれを解消できますか。または 関係は、終わらなければなりませんか。 そして、良い関係を 持つには、 双方が変化することが 必要でないですか。」
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問い2: 「あなたがいう、 自分の生の書物を 一瞥で、または一目で読むとは どういう意味かへ、どうぞ、
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問い3: 「私自身を含めて 私たちの数人は、 光を見る経験を してきました - 宇宙と一体の感じ、 エネルギー、 クンダリニーの目覚め、 内的な明晰さを、です、 これらは時々、数瞬間か、 数時間か、続きます。 これらは、開明に向かう 歩みではないですか。」 神様、私たちは、何とばかげた 多くの人たちなんでしょうか。
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問い4: 「あなたは、 自分の聴衆、聴き手を 疑い、問うよう、招待してきました。 正しく問うことが 必要になります。 それで、間違った問いの主題と、 問うことの芸術全体へ 入る甲斐が あるでしょうか。」 私たちはそれをしてきましたが 私はもう一度、それを読み
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第五の問いは、こうです - 「あなたは誰ですか」。
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問い6: 「どうぞ、時、測量、空間について さらに語っていただけるでしょうか。」 疲れておられないことを、望みます。 そうですか?
聴衆: いいえ。 K: どうぞ、かしこまらないでください。
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BR81Q1 質疑応答会合、第1回
質疑応答会合、第1回 回イングランド、ブロックウッド・パーク 1981年9月1日
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第一の問い: 「あなたは、誰一人 真理への道を示せないことを、 たびたび 言ってこられました。 けれども、あなたの学校は、 そのメンバーに 彼ら自身を理解するのを 助けると、言われています。 これは矛盾ではないですか。 それは、エリートの雰囲気を 創り出しませんか。」
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第二の問い: 「人間の精神において、 指導者、導師、体系、 信念に従いたいもの、 何かに服従したいものは、 何ですか。」
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第二の問い: 「私は 痛みの中にいます。 私がどのようにそれに 出会おうとしても、 私は事実の総体に 到りません。 それは間違いなく部分的に 留まるし、抽象になります。 そして痛みは継続します。 私はどうすれば、 それが理論的になることなく、 問題へ透徹できますか。」
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BR81Q2 質疑応答会合、第2回
質疑応答会合、第2回 回イングランド、ブロックウッド・パーク 1981年9月3日
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第一の問い: 「私たちは、 自分自身が戦争の恐れの中に 生きているのを、見つけます - 職を持っているなら、 それを失う恐れ、 テロ行為、自分の 子どもたちの暴力の恐れ、 無能な政治家たちのなすがまま であることの恐れの中に、です。 私たちは、今日そうであるような 生にどのように出会いますか。」
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第二の問い: 「何か真に 宗教的なものへの人の探求は、 単純に、彼の永遠の 取得欲の拡張ですか。 または、それは何か 全面的に違ったものですか。 反応ではなく、 究極的な実在へ向かう 深く根源的な動きですか。」
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あらゆる物事に出会うであろう 正しい行為は、何ですか。」
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第四の問い: 「お金への 正しい関係は、何ですか。」
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第五の問い: 「あなたは、 解放は個人的な事柄ではなく、 全体としての人類に 関係すると、言います。 けれども、解放的な洞察は、 ブッダとキリストと おそらくあなた自身のような個人 の特異な達成であったのです。 どうしてそれが、人類の 全体の事柄でありえますか。」
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OJ82Q1 第1回質疑応答会合
1982年5月4日 カリフォルニア、オーハイ
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第一の質問: 「私たちの子どもたちは、 テレビと他の媒体をとおして、 自分たちが生きている脅威の世界に、気づきます - 犯罪の暴力、戦争、核の危機に、です。 私たちはどのように、彼らがこれらに 向き合うよう、助けるのでしょうか。」
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第二の質問: 「ブッダ、イエスといった、 偉大な教師たちが、地上にいました。 あなたが旅立たれるとき、葛藤、抗争は減り、 理解は増えるだろうと、思われますか。 それとも、世界は、変更不可能な方向へ 動いているのでしょうか。」
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第三の質問: 「私の振る舞いは、 私が恐れていることを、表示しています。 けれど、恐れの実際の知覚は、 つかみどころがありません。 私は、この深く根づいた無意識的な情動へ、 どのように到って、取り扱うのでしょうか。」
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OJ82Q2 第2回質疑応答会合
1982年5月6日 カリフォルニア、オーハイ
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第一の質問: 「私たちのほとんどにとって、 注意の行為は、維持するのが困難です。 自らのほんの一部だけが、 乗り気で、真剣な興味を持っています。 この注意を養うために、 何ができるのでしょうか。」
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第二の質問: 「完全に清らかである行為と 存在の状態は、何でしょうか。」
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第三の質問: 「言葉はそのものではないからには、 私たちは、言葉をとおして 真に覚りを開ける(啓蒙をできる)のでしょうか。 象徴は、象徴によりなされた損傷を、 なくせるのでしょうか。 または、私たちは、覚りの幻影によって、 誘惑されつつあるのでしょうか。」
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第四の質問: 「なぜ私たちは 変化しないのでしょうか。」
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その持ち場について、もっと深く話してもらえますか。」
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OJ82Q3 第3回質疑応答会合
1982年5月11日 カリフォルニア、オーハイ
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第一の質問: 「小さな幾らか選抜された 集団の子どもたちを教育するために、 百万ドルが使われていることを、 あなたはどう感じられますか - 彼らは、苦しんでいる者とか 困窮者からであるとは、見えません。」
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第二の質問: 「なぜ私たちは、機能を、役割と混同するのでしょうか。 例えば、私たちは、教えるとか何か仕事をするかもしれません。 しかし、なぜ私たちは、 これら機能を、個人的にするのでしょうか - それらを、私たち自身の属性と主張し、 それにより、意志、地位、権力を導入し、 結果的に、ものすごい害を導入するのでしょうか。」
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第三の質問: 「社会的な変化をもたらすためには、 政治的な行為が、必要でないのでしょうか。」
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第四の質問: 「私たちは、あなたが語られる真理を、 人類への愛ある奉仕をとおし、愛と慈悲の行為をとおして、見つけないのでしょうか。」
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第五の質問: 「霊性や意識の諸水準は存在するのでしょうか。(私は質問を見ていません) これらにおいて、精神的癒やし、 アストラル(次元)の投射、 オーラと実体を見る能力などは、 どんな役割を果たすのでしょうか。 これらは、関係と、はっきりと見る能力に、 介入しうるのでしょうか。」なんとまあ!
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第六の質問: 「人類の中で、何か宗教や神と 呼ばれるものに向かって、 いつも動いてきたのは、何なのでしょうか。 それはただ、恐れと苦しみの結果としての 投影だけで、 助けを探し求めることでしょうか。 またはそれは、何か深く実在し、 必要で、智恵あるものなのでしょうか。」
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OJ82Q4 第4回質疑応答会合
1982年5月13日 カリフォルニア、オーハイ
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第一の質問: 「世の中の混沌が、急速に増大しているのが、見られます。 何十億ドルが、軍備に使われつつあります。 社会正義は、浸食されつつあります。 全体主義のでも、民主主義のでも、政府は ますます攻撃的で、暴力的です。 はるかに深い根源的な 人間の変化の必要性は、分かるけれども、 語り手は、能動的な政治的関与の主題について、 論評してもらえるでしょうか。」
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第二の質問: 「あなたは、否定から 肯定が出てくると、言われます。 抑圧や拒否なく、葛藤なく、 どのように「私」を、否定するのでしょうか。 否定をするのは、誰でしょうか。 この問題に入ってもらえるでしょうか。」
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第三の質問: 「捕食者にならない一方で、どうすれば 餌食にならないのでしょうか。」
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第四の質問: 「謙虚さと謙遜は何でしょうか。」
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SA82Q1 質疑応答会合、第1回
質疑応答会合、第1回 スイス、サーネン 1982年7月25日
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私たちが、誰かに 問いを出すとき - または、 私たち自身に、ですが - 問いの裏の意図は 何ですか。
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問い1: 「精神の老化過程を 緩められますか。 または、それは 回避不可能ですか。」
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問い2: 「不治の病に どう向き合えますか - 関与したすべての物理的な 痛みと苦悶とともに、です。」
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SA82Q2 質疑応答会合、第2回
質疑応答会合、第2回 スイス、サーネン 1982年7月26日
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問い1: 「私の息子は 三年前に死にました。 私の夫は 四ヶ月後に、です。 私は、彼らの全くの絶望の 記憶を手放すことは、 極端に 難しいと見ます。 道があるに ちがいありませんし、 おそらくあなたは ご存知でしょう。 私は長い距離を来て、助けを 見つけました。」などです。 「どうぞ、死と執着について 語っていただけるでしょうか。」
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問い2: 「あなたはどのように 根源的な問いを立てますか。 精神の中で問いを 保つこと、見つめること、 観察することは・・・ 問いを保つこと、 思考を観察すること、 それは、 思考の過程ですか。」
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問い3: 「私は林の中で 自然に近く生きてきました。 そこには暴力は ありませんが、 外の世界は 本当の密林です。 私はそこで、どう生きる ことになりますか - その一部分に、その競争、 残忍さ、暴力と残酷さの 一部分に なることなく、です。」
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SA82Q3 質疑応答会合、第3回
質疑応答会合、第3回 スイス、サーネン 1982年7月27日
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私たちが、 私たち自身の中で 答えを見つけられないのは、 なぜですか。
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問い1: 「見ることと 聞くことは、 私たちが知っている同じ 見ることと聞くことですか。 またはそれは、新しい知覚の 目覚めを、含蓄していますか。 私たちはどうすれば、 そこへ思考がもっと微妙に 忍び込んでいなかったことを 確かめられますか。」
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問い2: 「あなたは、新しい世代を もたらすことについて語ります。」 - あなたはそれを望みませんか。 私はそれについて語ります。 「これは自己を変容させる個々 人により起きるのでしょうか。 それは不可能に思われます。 ほんのわずかな人の この変化は、 全的な人間意識に 影響できますか。」
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問い3: 「私は、霊的な 指導者に従ってきましたし、 それは、私を 助けてきたのです。 しかし、あなたに 聞いた後、 あなたが言うことは 正しいと、感じましたし、 私は自分が従っていた気の毒な 老いた導師を去ったのです。」
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問い4: 「生において何か 神聖なものが、ありますか。 私たちのみんなが、それへ 来ることは、可能ですか。 これは神ですか。」
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問い5: 「私は、 自分の子どもたちに、 今日の世界のために どんな準備をしてやれますか。 教育の意味と焦点は、 何であるべきですか。」 よし。「私は、 自分の子どもたちに、
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問い6: 「人類の未来は 何ですか。」
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BR82Q1 質疑応答集会 第1回
質疑応答集会 第1回 イングランド、ブロックウッド・パーク 1982年8月31日
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問いは、答えが必要ですか。 または、問いだけが ありますか。
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第一の問い: 「あなたは、集団的 意識があると、言ってきました。 集団的意識と 個人的意識の間の 関係とは、何ですか。 集団的意識が全的に 変化していない間に、 人間たちはどうして、全的な 心理的変化を、遂げられますか。」
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第二の問い: 「正しい行為は いったい暴力を包含できますか。」
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第三の問い: 「あなたは 慈悲について語りますが、 行為は原因を持つべき でないと主張します。 行為の原因であることなく、慈悲は どのようにして行為しますか。」
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BR82Q2 質疑応答集会 第2回
質疑応答集会 第2回 イングランド、ブロックウッド・パーク 1982年9月2日
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第一の問い: 「私たちの ほとんどは、結婚しています。 または、親しい関係に 関与しています。 それらは、すべての間違った 理由のために始まりました - あなたが、こうも正確に 叙述してこられたものです。 そういう結婚や関係は、 いったい、 本当に肯定的な力へ 変えられますか。」
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「安全への私たちの継続的な 探求は、妥当な必要ですか。 または、 神経症的なものですか。 不安全の対極でない 安全が、ありますか。」
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第三の問い: 「あなたがいう 頭脳、精神、意識とは どういう意味かを、どうぞ 明瞭にしてくださるでしょうか。」
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第四の問い: 「私たちは、誰かが 言語的にか、物理的にか 他の一人に対して攻撃的であるのを 見るとき、介入する必要を感じます。 そういう介入は、 正しくありえますか。 またはそれは、単なる 自己の微妙な反応ですか。」
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第五の問い: 「世界の 暴力と無秩序は、 私たちから、応答の 緊迫と強烈さを、要求します - 私たちが欠いていると 思われるものを、です。 私たちの個人的な 気づきは、不適切です。 より深い気づきが、 ありえますか - 問題の甚大さに 応えるものが、です。」
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第六の問い: 「あなたが行われる 講話では、私たちの多くが、 測量不可能な重要性の何かを 感じるか、感知します。 これは、ロマンチックな空想や 幻影ではありません。 それは、私たちの生の残りの多く より、もっと深遠に実在します。 しかし、私が去った後、 私は、 あの大いなる深遠さが次第に 散失するのを、止められません。 これは、真の悲劇です。 自分は何ができますか。」 「あなたが行われる講話では、 私たちの多くが、
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OJ83Q1 第1回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1983年5月17日
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第一の質問: 「芸術家とは何でしょうか」 - いや、すみません - 「生において、芸術家の役割は、何でしょうか。 私たちの互いへと世の中への関係において、 音楽、詩歌とすべての芸術の 意義は、何でしょうか。」
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第二の質問: 「思考への観察は、 思考の継続的な使用であり、ゆえに、 集中ではないのでしょうか。」
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一つの(録音)テープの中で、あなたは 結婚を、「あの怖ろしい制度」と称されます。 私の問いは、ですねえ - 詳説してもらえるでしょうか。 あなたは、例えば、若い男と若い女が 結婚なしに一緒に生活すべきだと、 思われますか。 または、一緒に生活すべきでない - その種のことは、と。 私は他のことを持っています。 K: よろしい。幾らか面白くやりましょう。
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第四の質問: 「あなたは、静けさ、静寂は、 探し求めずに来ると、言われました。 しかし私たちは、それをもっと容易に来させる であろうさまで、生きられるでしょうか。」
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マントラの正しい使用は、 いったいあるのでしょうか。」
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OJ83Q2 第2回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1983年5月19日
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第一の質問: 「なぜあなたは、自らが 言っていることにおいて、そんなに抽象的でなく、 もっと実践的でないのですか。」
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第二の質問: 「私のエネルギーと 時間のほとんどは、 生計を立てるための格闘へ、注がれます。 私が、そして私のような人たちが、 深く非利己的で 智恵を持つことは、可能でしょうか。」
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第三の質問: 「あなたは、世界を 大変多く旅行して、回られます。 しかし、私は、家族とともに 一カ所に留まり、制限された地平線に 生きなければなりません。 あなたは、地球的な視野について、語られます。 私はどうやって、これを持つべきでしょうか。」
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第四の質問: 「あなたは、恐れとともに留まって、 逃避しようとせず、 自分が恐れであることを悟るなら、そのとき 恐れは去ってしまう、と述べられました。 これは、どのように訪れるのですか。 他の機会にそれが 違った形で戻ってくるのを、 何が防ぐのでしょうか。」
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第五の質問: 「私たちが、 問題のまさに終わりへ 行くのを、妨げるのは、 エネルギーの何か欠乏でしょうか。 これは、特別なエネルギーを、 必要とするのでしょうか。 または、すべての生の根本には、唯一つの 基本的なエネルギーが、あるのでしょうか。」
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第六の質問: 「智恵の本性へ、 入ってもらえるでしょうか。 すなわち、知覚が起きるとき、 顕現するものへ、です。 これは、行為の唯一つの真の本源でしょうか。」
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SA83Q1 質疑応答会合、第1回
スイス、サーネン 1983年7月24日
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第一の質問: 「私は、 深い洞察を持つためには、 考えるのが、止まらなければ ならないことを、理解します。 考えるのが止まるには、すでに、 深い洞察が、なければなりません。 自らは、どこで 出発しますか。 ここにおいて、頭脳は、何かを 達成するために、働いていて、 かくして、洞察を 阻止していませんか」。
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第二の質問: 「私は、 愛されることに、焦がれています。 それは、常なる苦悩です。私は 何をすることになりますか」。
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SA83Q2 質疑応答会合、第2回
スイス、サーネン 1983年7月25日
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第一の質問: 「正しい教育といったものが、 ありますか」。 あなたが子どもを持っている なら、これが、疑問です。 「正しい教育といったものが、 ありますか」。
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第二の質問: 「私たちは、頭脳と精神について、 語られるでしょうか」。
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第三の質問: 「私はかつて、或る人を、 大いに傷つけました。 なぜ、罪悪の感じは、あらゆる ことにも関わらず、持続する、 こうも深い 強固なものなのですか」。
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SA83Q3 質疑応答会合、第3回
スイス、サーネン 1983年7月26日
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第一の質問: 「欲望とは何ですか。 欲望は、外的な対象により、 目覚めるのですか」。
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あなたがそれを 堪えられるのを、望みます。 第二の質問: 「あなたは、 意見を持たないことが、 必要であると、 言いました。」 そうね、またもや、あなたは、 私に言及なさっています。 「あなたは、 言いました」とね。 なぜあなたは、自分で、 見出さなかったのですか。 私は、質問を読み上げて、 後で訊ねましょう。
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第四の質問: 「あなたにとって、 死とは、どういう意味ですか」。
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第五の質問: 「お話を聞いて、 これらの事柄を 自分自身で考えた後、 私はどうやって、本当に、自分の 問題を解決するだけではなく、 根本的に私の生に、変化を もたらすことに、なりますか。
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第六の質問: 「霊的な生とは、何ですか」。
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BR83Q1 第1回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1983年8月30日
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第一の質問: 自分が仰っていることが、 真実であることを、
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第二の質問: 欲望は、人間たちにおいて 何か根源的なものですか。 欲望なしに、私たちは、いったい この世界に機能できるのでしょうか。 欲望は、人間たちにおいて、 何か根源的なものですか。 欲望なしに、私たちは、いったい この世界に機能できるのでしょうか。
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第三の質問: 嫉妬と不信が、 私の、或る人との関係を、 毒しています。 彼以外の他のあらゆる人間より 自分を孤立させるより、 他の解決が、ありますか。
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BR83Q2 第2回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1983年9月1日
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K: あなたの頭脳は、 問題より自由ですか。
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第一の質問: 意識、精神、頭脳、思考、知能、 冥想と智恵の間の、関係は、何ですか。 思考がないとき、気づき、注意は、 やはりありますか。 気づきは、時を越えていますか。 意識、精神、頭脳、思考、知能、 冥想と智恵の間の、関係は、何ですか。 思考がないとき、気づき、注意は、やはりありますか。気づきは、時を越えていますか。
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第二の質問: 私たちは、 Kに聞くことからより、 お互いより、 もっと多くを学べます。 なぜあなたは、人々に、 特定の話題について、 集団討論を行うよう、 対話と関係を促進するための 組織的な活動をするよう、 奨励しないのですか。
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第三の質問: 言われつつあることを、理解し、 違ったように生きたいと 思っていて、 失業と有限な機会の この世界の中で、 自らは、生計の問題に、どのように 接近することになりますか。 言われつつあることを、理解し、 違ったように生きたいと思っていて、 失業と有限な機会のこの世界の中で、 自らは、生計の問題に、どのように 接近することになりますか。
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あなたは、人により 築かれた大聖堂を、 思考から出てきたものと、 扱います - ゆえに、理解にとって、 何の価値もない、と。 ですが、私にとって、それらは、何か普遍的なエネルギーより、霊感を受けていて、 人の生の二つの最も重要な要因、 物質と霊魂を 繋ぐように、思われます。 この統合は、人類の核心と動きです。 霊感を受けた人の仕事、作品には、 霊的な価値が、ないのですか。 あなたは、この問いに 何と答えますか。
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MA8384Q1 第1回質疑応答会合
インド、マドラス(チェンナイ) 1984年1月3日
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質問1: 「もし理想がないのなら、 心理的な危機と、 結果的な社会的葛藤を、 適切に取り扱えません。 そして、単なる個々人が、 どうして 全体を、変化させたり、 影響したりできますか」。
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質問2: 「変異は、純粋に、 心理的な出来事ですか。 その出来事に、関与した 「化学」が、ありますか。 脳細胞自体に、 心理的な変化が、ありますか」。
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MA8384Q2 第2回質疑応答会合
インド、マドラス(チェンナイ) 1984年1月5日
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質問1: 「この七年の間、何であれ、 私が行おうと試みてきた仕事は、 内的、心理的でも、 外面的でも、 ビジネス、財務、教育、家族 などの分野においても、 失敗に 終わってきました。 私が触れてきたものは、何も 潰えてきました。 この事態の原因は、 何ですか。 そして、対処法は、 何ですか。」
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質問2: 「私たちは、自らの生における 危機を、自らの感覚すべてでもって、 見ることができません - あなたがそう表すように、です。 結果的に、私たちは、 果てしない悲惨の中に、います。 私たちは、どうすれば、 全エネルギーを集めて、 「有るもの」を、 見られますか。」
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BO84Q 質疑応答会合
インド、ボンベイ(ムンバイ) 1984年2月9日
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第一の質問: 「美しさとは、何ですか。 なぜ私たちは、美しい物事が 好きなのですか」。
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第二の質問: 「実際のものへの知覚は、 思考の干渉なく、 可能ですか」。
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第三の質問: 「気づかわない夫と ともに、どのように生きられますか」。
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第四の質問: おやまあ、「生において、 結婚することは、必要ですか。 男と女の間の、物理的な 関係とは、何ですか」。
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第五の質問: 「頭脳と精神との間の 違いは、何ですか」。
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第六の質問: 「信とは、何ですか」。
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第七の質問: 「人間意識が、一つであるなら、 一人の人物が幸せであり、他の人が、 不幸せであるのは、どうしてですか。 またあなたは、思考は 「私」であると、言われます。 どうぞ、私に、どうしてかを 示してください」。
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第八の質問: 「もし世界の偉大な宗教が、 宗教でないなら、 宗教とは何ですか」。
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OJ84Q1 第1回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1984年5月22日
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第一の質問: 「すべての人々が同様な意識を 持っていることは、理解できます。 しかし、すべての人々が同じ意識を 分かち合っていると言うのは、 大きな飛躍に思われます。 これら二つの点の間で、 ともにゆっくり歩けるでしょうか。」
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第二の質問: 「あなたは、去ってしまった後、教えを 引き継ぐ特別な教師や人物を、指名したのでしょうか。 誰かがこの地位を主張しています。」
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第三の質問: 「思考をまさにその根まで観察する、 というのは、どういう意味でしょうか。 私は自分の思考を観察します。 しかし、一つ一つが、果てしない連鎖の中、 他へつながります。 これを終わらせる要因は、何でしょうか。 実際に何が変化をもたらすのでしょうか。」
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第四の質問: 「真理を知覚して、行為しないと、それは 毒として作用すると言われているのは、 どういう意味か、どうか説明してください。」
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第五の質問: 「なぜ、真理の探求者にとって、 静寂の遵守が、こんなに重要なのでしょうか。」
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OJ84Q2 第2回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1984年5月24日
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第一の質問: 「気づきの瞬間があり、 そこには大きな明晰さがあり、 恐れ、分割、経験は不在です。 でも、その瞬間は短い。 持続した明晰さ、強烈さ、存在の全体性を 許すには、何が必要でしょうか。」
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第二の問い: 「判断とは何でしょうか。 意見と、事実の知覚とを 分割する線を、どのように 決定すべきでしょうか。」
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第三の質問: 「同性愛の事実に関して、 相当の困難を抱える人々が、多くいます。 幾世紀もの間、教師たちは、 この探究を回避してきました。 たとえ短くても、この問いに 何か光を照らしてもらえるでしょうか。 私は、この質問をするために、 二千マイルを旅してきました。」
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第四の質問: 最後の問いです。 「どうすれば、この地上において、 その美しさへ害や破壊なく、他の人へ 苦しみと死をもたらさずに、 生きられるでしょうか。」
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SA84Q1 第1回質疑応答集会
スイス、サーネン 1984年7月22日
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私たちは、生の中で、 何かきわめて真剣なことを、 実行するか、追求する中で、 どれほど、行くのでしょうか。
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質問1: 私たちは、どうやって 違いを、言い当てますか - 私たち自身を観察すること - あなたが言いたい意味での - と、 単に、私たち自身について 考えることとの間で、です。
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質問2: 他の一人との関係には、 記憶があります。 記憶を侵入させない行為は、 何ですか。 それは、それが生ずるままに、 その存在を見て、 即座にそれを落とすことですか。 または、記憶が必要でないのなら、 自らは、それが 頭をもたげない状態に、 いるべきですか。
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ああ! すみません。 質問3: 私は、内の静寂が 実践されたり、追い求められたり できないことを、理解しますが、 それが訪れるかもしれない ところの基盤は、何ですか。
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質問: どうやって、自らは、 社会の要求を、 全的な自由の生と、 和解させられますか。
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SA84Q2 第2回質疑応答集会
スイス、サーネン 1984年7月24日
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質問: 芸術は単に、 思考の産物であり、 ゆえに、創造ではないとの あなたの発言は、 多くの芸術家、詩人、音楽家を、 悩ませてきました - ここにいて、自分たちは創造者であると、 考える人たちを、です。 創造は、思考の活動を 含められませんか。
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私は、助けを求めて、 叫びたいと思いますが、 自らはどうやって、自由へ 「助け」られますか - 括弧付きです。
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質問: 私たちはどうすれば、今日の世界に おいて、自らの子どもたちを、 智恵をもち、自由であり、なおかつ、責任をもつ人間であるよう、教育できますか。
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SA84Q3 第3回質疑応答集会
スイス、サーネン 1984年7月26日
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どうすれば、自らは 全然、正直に生きられますか。
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質問: どうすれば、動機、欲望なしに、 このテントへ、来られますか - ここに来たい、お話を 聞きたいと思うことなしに、です。 私は、ここに来るには、動機を 持たなければなりません。 どうすれば、動機なしに 生きられますか。
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質問: 初めに、私たちのほとんどは、 意識的に、注意深くなければなりません。 ですが、この注意は、 常なる自発的な行為の状態に、 なりますか。
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あなたは、この広大な智恵について 語りますが、 それについて、もっと 語ってくれるでしょうか。 それは、頭脳の中の、 未開封の能力ですか。 またはそれは、何か具体化されて いない力 - 私たちがそれへ
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質問: あなたが差し出す教えは、なぜ 私たちに、ほとんど効果を持たないのですか。
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BR84Q1 第1回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1984年8月28日
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これらの問いに、入る前に、 私たちは、ともに 話し合うべきです - 私たちは、全包括的な 精神や頭脳の状態から、 質問をできるのか どうか、です。 人間の問題全体を 見るか、了解する状態や、 または、知覚から、です。 一つの特定の問題 だけではない。 すべての問題は、互いに 関係し合っています。
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第一の質問: 注意が、 思考とは何の関わりもないのなら、 それは何ですか。 それは、頭脳の活動ですか。 それは、物理的な過程ですか。 それは、どのように生じますか。 あなたは、注意は意志の行為により もたらされないと、仰います。 注意が存在するように するためには、 何をしては いけないのですか。
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第二の質問: もし生の全体が、 自らの秩序をもった、 一つの動きであるなら、 なぜ人は、こんなに 無秩序なのですか。
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第3の質問: 私たちが聞くのは、どうすれば、 あなたが言っていることの 深さに、相応しいのですか。 あなたが言っていることの 充実を、 私たちの中に 作用させるであろう 精神の質とは、何ですか。
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世の中には、善と悪と いったものが、ありますか。 または、これらは、人間的な概念、 価値、投影物ですか。
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BR84Q2 第2回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1984年8月30日
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崩壊しつつある世界の中で - 戦争と民族主義と派閥主義、 理想主義、観念論と、 あらゆる形の分割でもって、 意見に対する意見、 データに対するデータ、 判定に対する判定でもって、 などです。 私たちは、初めに世界に 平和を、持てますか。 または、私たちは、 平和に生きられますか。
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第一の質問: あなたは、火曜日に、 善について、語りましたが、 私はまだ、あまりはっきりしていません - 善や悪の性質が、外側に・・・ 外側の機関や、世界に 存在している力なのか、 私たち自身の思考の投影 だけなのかについて、です。
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第二の質問: ここや余所での、あなたの学校は、 学生たちに、全的な人間の問題、 人生の無量性と、 その可能性への理解を、 与えますか。
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第三の質問: 未来は今だと言われるのは、 どういう意味なのかについて、 詳しく述べてもらえるでしょうか。 それは、未来の種子が - 「種子」に傍線が付いています - 未来の種子が、現在に収容 されている、ということですか。 または、未来が、 違った時間の尺度で、 すでに十分に存在している、と いうことですか。
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第4の質問: なぜ、あなたは 祈りに、価値を見つけないのですか。
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第5の質問: あなたがもはや、物理的に 私たちとともにいないとき(笑) - タンピ(まあ、いいよ)! - 私たちの中で、たとえ知的にだけでも、 あなたのメッセージを理解する者は、 何をすべきですか。 私たちは、自分自身に取り組むのを 継続し、残りの世界を忘れるのですか。 または、私たちが分かるところの、 あなたの教えを、広めようとしますか。
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MA8485Q1 第1回質疑応答会合
インド、マドラス(チェンナイ) 1985年1月1日
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第一の質問: 「私は、 あなたが仰っていることを、 どんな圧迫、緊張、努力もなく、 つかまえたいです。 どうやって、こうしますか」。
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第二の質問: 「私自身とは、何ですか。 そして、宇宙(コスモス)への 関係は、何ですか」。
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第三の質問: 「心理的な時は、 事実でないのですか。 真理の達成へ、段階的移行は ないかもしれない一方で、 正しい種類の身心の調和を 確立するための自己準備の有益さを あなたは、どのように 問いますか。 確かに、これは、段階的な過程で あるにちがいありません」。
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MA8485Q2 第2回質疑応答会合
インド、マドラス(チェンナイ) 1985年1月3日
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第一の質問: 「あなたは、思考が 制限されていることを、示しましたが、 他のどんな探究の器具が、 人に利用可能ですか」。
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「静寂は、あなたの 教えすべての中で、 人の変容にとって、 中枢の点です。 あなたの一番 親しい仲間に対して、 あなたは、昼間に短い間、 「静かに座ること」 - 括弧付き - と、 「静寂の中に居ること」 - 括弧付き - の必要を、提唱されてきました - 頭脳の中のこの変異を、 もたらすために、です。 この変容への実践的な歩みを、 どうぞ、私たちに 教えてください。」
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第三の質問: 「人類は、普遍的な 道徳律なしに、生存できますか - すべての時とすべての気候に おいて、真実であるものなしに、です。 熱心な人は、 自分の探求と善意により、 この生の道を 発見できますか。」
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BO85Q1 第1回、質疑応答会合
インド、ボンベイ(ムンバイ) 1985年2月5日
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第一の質問: 「私のすべての愛、気づかい、 注意にもかかわらず、 私は、娘を育てる中で、自分は どこが欠けているかを、知りません。 あなたは、子どもを教育する一番良い道に、 何か光を、照らせますか。」
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第二の質問: 「私たちが、 二分間以上の間、注意を維持できないのは、 なぜでしょうか。」
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第三の質問: 「苦しみと楽しさは、 以前の生と、現在の生の行いに、 何か係わりが、ありますか。」
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第四の質問: 「感覚 - 目、耳、頭脳など - すべてでもって、 同時に気づくことは、 可能でしょうか。」
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第五の質問: 「私は、神聖な魂たちの 教義と命令に、従いません。 だから、私は、彼らが私に、何か間違った ことをしかねないと、恐れを感じます。 私はいつも、不安に感じるし、 恐れる状況に生きます。 どうか、私を導いて、助言してください。」
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BO85Q2 第2回、質疑応答会合
インド、ボンベイ(ムンバイ) 1985年2月7日
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第一の質問: 「神は、一つの法則を作り、 眠りに就いた。 あなたは・・・ 」 いったい何? - 「あなたは、蒔いたように、刈り取るべし。 理性的な行為に向かって、 現在の人間の尽力により、 これの効果を、希釈することは、 可能でしょうか。」
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第二の質問: 「あなたはしばしば、私たちに、 自らの頭脳を行使するよう、言われます。 またあなたは、 私たちが聞いてきたことに則って、 行為することなく、 単に聞くことを、提案されます。 これら二つの発言は、矛盾して見えます。 どうか、説明してください。」
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第二の質問: 「あなたは、神と いったものはないと言われるし、 またあなたは、偶像崇拝をも 非難される上は、 私たちがどう生まれるかと、 自然がどう存在するように なったかの問いが、 画像に入ってきます。 どうぞ、説明してください。」 私が、説明しなくてもいい。
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第三の質問: 「精神とは何ですか。 知覚者なしに、それが それ自体を見つめることは、 いったい可能ですか。 それは、どの中心からでもなく、 花を見つめるほど、 単純だとは、思われません。」
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OJ85Q1 第1回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1985年5月14日
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第一の質問: 「どうか、罪悪の機構と、 自我に対するその関係を、 さらに探検してくださるでしょうか。」
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第二の質問: 「進化は、人種的集団に、 一定の身体的違いをもたらしてきました。 また、特定人種の幼児に生まれた 並行的な心理的違いも、あるのでしょうか。 それらは、(後天的に)取得された 条件づけだけでしょうか。 条件づけが(遺伝的に)継承されるのなら、 それは本当に変化されうるのか、 それとも、後に残るのでしょうか。」
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第三の質問: 「あなたの本からの収入は、個人的に あなたへ行かない、と言われます。 あなたはどう生活されるのかを、 お訊きしてもいいですか。」
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第四の質問: 「なぜあなたは、 心理的な進歩はないと、言うのでしょうか。」
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第五の質問: 「平和に生きることは、 大きな智恵を必要とします。 どうか、これを詳しくしてください。」
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第六の質問: 「あなたは世界中で、 大きな聴衆を持っておられます。 私たちのみんなが願望するのは、何なのでしょうか。」
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OJ85Q2 第2回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1985年5月16日
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私たちが自己を理解するのを妨げる 障害は、何でしょうか。 意識的水準、 日常活動の水準でだけでなく、 また、はるかに深く自己に入ることを、です。
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第一の質問: 「あなたが話をされてきた 「恥ずかしがり」と、 恐れとの違いは、何でしょうか。」
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第二の質問: 「自然の世界全体は、 生存のための競争です。 同じ理由のために、闘争することは、 人間に生来的でないのでしょうか。 私たちは、変化しようと求める中で、 自らの基本的な本性に対して、 闘争していないでしょうか。」
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第三の質問: 「普遍的に人類が、神と呼ばれるものを 探し求めてきたのは、なぜでしょうか。 それはただ、恐れと、安全への必要からでしょうか。 それとも、何か本質的な宗教的本能が、 すべての人間にあるのでしょうか。」
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第四の質問: 観察と洞察を妨げる 最初の基本的な障害は、何でしょうか。
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第五の質問: 「私たち自身と他の人たちへの 責任は、何でしょうか。」
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SA85Q1 第1回質疑応答会合
スイス、サーネン 1985年7月23日
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なぜあなたは、ここに 来るのでしょうか。
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「様々な教師、導師たちは、 自分たちは本質的に、 あなたと同じ教えを 与えていると、言います。 あなたは何と言いますか。」
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罪悪か。
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「あなたのいう、創造とは、 どういう意味でしょうか。」
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SA85Q2 第2回質疑応答会合
スイス、サーネン 1985年7月24日
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第一の質問: 「何かを理解するとき、 この理解によって、 行為しなければならないのですか。 または、理解が、それ自体で、 行為しますか。」
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第二の質問: 「あなたは、暴力について 多くのことを、言ってこられました。 あなたは、目の前で、自分の友達の一人が 攻撃されるのを、許すのでしょうか。」
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第三の質問: 「智恵とは何でしょうか。」
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第四の質問: 「身体的な病気には、 人間にとって、何か 利益があるのでしょうか。」
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第五の質問: 「なぜあなたは、頭脳と精神の 間を区別するのでしょうか。」
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BR85Q1 第1回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1985年8月27日
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第一の質問: 「様々な時に、私たちは 神秘的で霊的な経験を、してきました。 私たちが実在を 知っているのでなければ、それらが幻影で あるのかが、どうして知られるのでしょうか。」
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第二の質問:「病気は、単純に 身体の衰退や濫用の せいですか。または、それは 何か他の意義を、持っていますか。」 すみません。私は下手に読んでいます。 「病気は単純に、身体の衰退や濫用のせいですか。 または、それは、何か他の意義を、 持っていますか。」
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第三の質問: 「現在の世界危機に対する、 私の責任とは、何でしょうか。」
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第四の質問: 「案内を頼むことは、 必ず理解を阻止するのでしょうか。 助けを求めることは、私たち自身の 発見の手段に、なりえないのでしょうか。 なりえないなら、あなたに、Kに 聞くことの意味とは、何でしょうか。」
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第五の質問: 「全的なヴィジョンとは何かを、 どうか説明してもらえるでしょうか。 それは、私たちの通常の 頭脳機能の延長でしょうか。 または、それは、何か全然違ったものを、 含意しているでしょうか。」
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BR85Q2 第2回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1985年8月29日
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第一の質問: 「Kは、真理への道はない、 と言います。 これを見る能力は、 私自身の外にあるのでしょうか。 私の意識と、知覚の手段は、 全面的に私の内に、あります。 私は、何も手段や道具もなく、どうすれば、 未知の目標に向かって、行けるのでしょうか。 何が私に、この方向へ動く必要、 エネルギーを、与えてくれるのでしょうか。」
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第二の質問: 「私は、変化するのを恐れています。 私が変化するなら、 後で何が起きるのでしょうか。 私はこれで麻痺しています。 この問題について話してもらえますか。」 喜んで!
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第三の質問: 「近い親戚からの侵略と、 心理的な攻撃を、どのように 迎えるのでしょうか。彼らからは 逃避できません。」(笑)
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第四の質問: 「或る人々は、あなたが言われる ことのうち、自分の問題や利益に適う 諸部分を、拾い上げ、それから 残りを捨て去るように、見えます。 これに対して、あなたは 何と言われますか。」
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第五の質問: 「特定の修練に従って、 測量不可能なものに 出くわす人々の報告が、多くあります。 彼らは、自己妄想になっていますか。 または、彼らは、自らの努力にもかかわらず、 どうやらこれに至ったのでしょうか。 または、他の説明がありますか。」
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BO85Q2 第2回、質疑応答会合
インド、ボンベイ(ムンバイ) 1985年2月7日
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第四の質問: 「恐れ、さびしさ、悲しさといった、 人間の問題を理解するためには、 あなたの、「観察者は 観察されるものである」との発言ばかりが、 重要であるように、思われます。 けれども、その発言の論理は、 知的な水準を、 越えていくように、 思われません。 一定の事実が、 単なる概念に留まるのは、
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BR83Q2 第2回質疑応答会合
イングランド、ブロックウッド・パーク 1983年9月1日
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第四の質問: あなたは、 暴力と自由について、話されますが、 法律については、 ほとんど仰いません。 それはなぜですか。 どの文明社会も、法律なしには、 存在できません。 法律は時々、力により 支えられなくてはなりません - それは、暴力を意味しています。 テロリストが、人質を取るとき、 あなたは、どうしますか。 あなたは、彼らが殺されるのを、 許しますか。または、建物を強襲しますか。 これらの中に、どこに 自由が入ってきますか。
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OJ81Q2 第2回質疑応答会合
カリフォルニア、オーハイ 1981年5月7日
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第三の質問: 「あなたは、執着しているとき、 愛はない、と仰っていました。 私はこれを理解できます。 ですが、そこに分離がなく、 欲望がなく、思考がない愛の瞬間が、 あります。 けれども、これらの瞬間は、しばしば 自らが執着している人物との関連で、来ます。 執着は、形、境界を創り出し、 その中に、愛の瞬間が あるように、見えます。 執着は愛ではないけれども、
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BR82Q1 質疑応答集会 第1回
質疑応答集会 第1回 イングランド、ブロックウッド・パーク 1982年8月31日
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第四の問い: 「存在するために、私は、 何の意味もない、日々の機械的な 任務を、遂行しなくてはいけません。 この意味の欠如は、 破壊性の感じと 内の憤激へ、繋がります。 私はこれを、私自身に 明らかに見ます - そして同じ過程が、テロ、 犯罪、非行の増大において 増しているのを(見るの)です。 この増加する混沌について 何もできないとの 感じがあります -
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